東北大学井上総長の不正研究疑惑の記事が書けない理由、というより言い訳

井上総長の研究不正疑惑の解消を要望する会(フォーラム)

のページがえらく読みにくいのである。

基本的には闘争日誌であって、関係者の覚書である。その中にファクトはすべて詰め込まれているのであるが、それを読み込もうとする人間にとってはえらく辛い作業を強いられることになる。

それと基本的には闘いの記録であるから、争点がうんと絞りこまれている。イロハから始めようとする人向きではない。

さらに言えば初期の文章には、ちょっと荒っぽい論理が含まれていて、対象とする論文の把握も十分ではないものがある。

例えば93年論文、94年論文、95年論文などの論及があるが、それらが一体どんなものであったのか、それらがすべて異なっていて、認識の過程がそれらによって発展しているものなのかどうかも定かではない。

図表の問題、質量の問題、装置の問題も後から小出しに出てくるから、元論文はどうなっているのか、そのたびに振り返らなければならない。

まぁ、当事者はそれだけ苦労したということだろうから、文句は言えないが、ちょっとつき合いきれない。

そこで日付の古いものから順に読んでいく作業は断念した。すっかり嫌になってしまって、それまでつけてきたノートもゴミ箱に放り込んでしまった。

というのが、言い訳。

とは言ってもこのままでも済ますわけにも行かず、今度は新しいものから順に読むことにした。

この読み方は楽ちんだが、書いている人の主観に左右されやすいので要注意だ。

ということで、仕事は明日から。