釧路の孫が血管腫の治療のため我が家に泊まっている。久しぶりの大所帯で、妻が何もできない障害者だから、てんてこ舞いしてる。

斗南病院の形成外科にかかっていて、インデラール治療を受けている。古い医者にとっては話はレーザーで止まっていたが、なんでも画期的な治療なのだそうだ。

そこで少し調べてみる。


話は2008年に遡る。

New England Journal of Medicine にこの治療法が掲載されたそうだ。

著者はフランス人で、Láeautáe-Labràeze らとなっている。

きっかけはまったくの偶然だった。著者はもともと小児循環器の専門らしい。閉塞性肥大型心筋症に対する治療としてインデラールを用いたのだそうだ。これはむかしからHOCMの標準的治療として確立されたものである。

これらケースの内、2例は重篤な乳児鼻腔血管腫を併発しており、ステロイド治療中であった。インデラール投与後に患児の血管腫は消退した。

その後10例の乳児血管腫に対してプロプラノロールを投与したところ、いずれにおいても良好な治療成績を収めた。

Leaute-Labreze C, de la Rque ED, Hubiche T, et al: Propranolol for severe hemangiomas of infancy. NEJM 358:(4) 2549-2651, 2008

NEJMのエディターもよくこんな論文を載せたと思うが(割とそういうところのある雑誌ではあるが)、これは大ヒットだった。その後多くの追跡で、即効性があること,経口投与可能で低侵襲であること,副作用が少ないことなどが次々と報告された。

2012年4月 American Academy of Dermatology の年次総会で、プロプラノロールが新たな標準治療となりうることが認められた。

報告者は、初期成績が素晴らしいこと、血管腫の安定だけでなく縮小も生じること、概して安全であることなどをあげている。主要な副作用として低血糖が報告され、他に睡眠障害、手足の冷え、傾眠、高カリウム血症、胃食道逆流などが報告されている。最大の潜在的副作用として懸念されるのが気管支けいれんだが、その報告はない。

それまでの標準治療であったステロイドとの対照試験が行われた(マイアミ研究)

110例の報告では、著効率がステロイド29%に対し、インデラール82%とケタ違いの成績。 副作用はステロイドの100%に対し、インデラールは低血糖1例のみだった。

その後の研究で、増殖後段階でも効果があるが、成人型に対する有効性は確かめられていない。部位特異的効果があるようだ。鼻の先端の病理には奏効性が低いようだが、眼周囲および耳下腺病変は非常によく奏効する。また浅在型には著効し,深部型には無効、混合型はその中間とされる。
プロトコールについて(私見もふくめて)

1 日 1~3 mg/kg を 1 日 2 回または 3 回。通常の目標投与量は 1 日 2 mg/kgとされる。

ただし、長年インデラールを使ってきた私としては、いくつかの留意点がある。まず第一にインデラールへの薬剤感受性は欧米人と日本人ではまったく違うことだ。おそらく5分の1くらいの用量で効くのではないだろうか。もう一つは脂溶性薬剤であるがゆえに、蓄積効果みたいなものがある。初期量をそのまま続けると過量になる危険があることだ。半年から1年位してから、患者さんから「実は…」と切りだされることがある。

治療開始前に心臓専門医が患者全員を診療し、患者全員に心エコー検査を行う病院もある。そして初回投与から目標投薬量となるまで初診で最低 2 時間のバイタルサインの測定が必要だとされる。

一番難しいのは「いつやめるか」ということらしい。いまだに「治療に必要な正確な期間は判明していない」とされている。リバウンドを避けるためには漸減していかなければならないが、そのやり方もまだ手探り状態だ。

積極的治療を 6 ヵ月経過前に中止した場合、再増殖したという報告がある。いっぽう、再発例に対してもインデラールが有効との報告もある。

私が考えるには、一番有効な方法は脈拍数ではないだろうか。インデラールはさまざまな効果があるが、もっとも顕著なのは脈拍への効果(陰性変時効果)である。同一年令の平均脈拍の90%を維持するように調整していけば話は簡単になる。要は自然消退する良性疾患だということを念頭に置いて、ムリしないことだ。


プロプラノロールの作用機序

血管収縮、血管増生阻害、アポトーシス誘導の3つが想定されている。

1.血管収縮

血管腫の本体である毛細血管内皮細胞はアドレナリン受容体を持つ。アドレナリンはα1受容体やβ2受容体に作用し、血管を収縮、拡張させる。

インデラールはβブロッカーであり、アドレナリンによる血管拡張を阻害する。このため内皮細胞の血管収縮を起こす。

これが血管腫の縮小に結びつくのではないか。

2.血管増生阻害

血管増殖促進因子には血管内皮増殖因子(VEGF)などがあり、これらの活性は血管腫の成長期に高まる。

βブロッカーはVEGFの発現を阻害し血管増殖を抑えるとされている。

3.アポトーシス誘導

こちらはβと言ってもβ1の方で、β1の刺激でアポトーシスが抑制されるという成績があるらしい。この支え棒を外してやるということになるのか。

この辺は、気管支痙攣への配慮からしても、選択的β1阻害薬との比較がほしいところだ。