溝口優司「アフリカで誕生した人類が日本人になるまで」(SB新書 2011)

猿人の部分の抜き書き

1.バラントロプス

バラントロプスはアウストラロピクテスの後期と重なって生存していた。草食に適応した骨格を獲得し、160万年間にわたり生息した。

しかし彼らの生活はほとんど食べることに費やされた。栄養価の低い“粗食”に完璧なまでに適応しまったがゆえに、環境の変化に対応できなくなって絶滅した。

本にはこれだけしか書いてない。もう少し調べておく

ウィキペディアの記載

パラントロプス (Paranthropus) は、東アフリカと南アフリカに生息していた化石人類の属である。パラントロプスとは、「人のそばに」という意味。

200~120万年前にかけて生息した。かなり長期間、後期アウストラロピテクスから初期のホモ属と同時期に生息していたが、100万年ほど前に絶滅したと考えられている。

後期アウストラロピテクスとは頑丈型として区別される。発達した顎と側頭筋を持ち、堅い食物を摂取する方向に進化したと思われる。

同種ではないにしてもアウストラロピクテスの親戚筋であるのは間違いないようだ。

2.ホモ・ルドルフェンシスが最初のホモ属?

パラントロプスで検索しているうちに美しい図を見つけたので転載する。

a.jpg

この種の系統図は、書く人ごとに違うので大体の流れという感じで…

パラントロプスがさらに三種に分けられているなど、けっこう細かい。

この絵で見るとA.アファレンシスがA.ガルヒに、そしてホモ・ルドルフェンシス→ホモ・ハビリスという流れになっている。ルドルフェンシスとハビリスの関係は、リーキーの逸話のとおりだ。そうすると問題はガルヒだ。

3.アウストラロピクテス・ガルヒ

ウィキペディアによると

1996年にエチオピアで発見された。脚が長く、石器を使った形跡がある。

当初は現存する人類の直接の祖先であると考えられ、アウストラロピテクス属とヒト属の間の最後のミッシングリンクであると思われた。

しかし現在では、他のアウストラロピテクスよりは進化していたとしても、ホモ属の競争相手の一つに過ぎなかったと考えられている。

ついでにもう一つ、2008年南アフリカで発見されたアウストラロピテクス・セディバ。こちらは180万年前とされ、発見者はこれがホモ属の直接の祖先だと主張している。

これを紹介した記事には以下の脚注がある。

(発見者は)古人類学にかける情熱は人一倍だが,スタンドプレーを好む研究者でもあり…(彼の)提唱した学説は,多くの研究者からは支持されていない,という現状もあるようです。

けっこう、そういう世界なのだ。

4.アウストラロピクテス

ウィキペディアのアウストラロピクテスの項目を読むと、また微妙に違っている。(この項はかなり異端チックだ)

以前は最も古い人類の祖先とされていたがアルディピテクス属の発見により、その次に続く属となった。(この記述そのものが古いのかサヘラントロプスには触れられていない)

約440万 - 約390万年前にA・アナメンシスが、約390万 - 約300万年前にアファレンシスが現れ、約330万 - 約240万年前にA・アフリカヌスに進化した。

この属からパラントロプスと、ホモ(ヒト属)最初の種ホモ・ハビリスが進化したと考えられている。

ほぼ古いものから新しいものへ。
    アウストラロピテクス・アナメンシス †Australopithecus anamensis
    アウストラロピテクス・バーレルガザリ †Australopithecus bahrelghazali
    アウストラロピテクス・アファレンシス †Australopithecus afarensis
    アウストラロピテクス・アフリカヌス †Australopithecus africanus 模式種
    アウストラロピテクス・ガルヒ †Australopithecus garhi
    アウストラロピテクス・セディバ †Australopithecus sediba

ふーむ、ガルヒの次もあるんだ。しかしアフリカヌスからホモ・ハビリスに行っちゃうんじゃ、ガルヒとセディバは立つ瀬がないな。それにアフリカヌスからパラントロプスが分岐したというのも、時期的には遅すぎるのではないか。そもそもアフリカヌスという種は認められているの。

5.アウストラロピテクス・アフリカヌス

ということで、アウストラロピテクス・アフリカヌス。

南アフリカの4箇所で、1924年から92年にかけて見つかっている。アウストラロピテクスと名付けられた元祖である。

2-3百万年前の鮮新世に生きていたと見られ、アファレンシスよりは新しい。

新しいからといって、こちらがホモ属につながった根拠はない。(そもそもホモ・ハビリスがホモ属の祖先かどうかも確証はない)

6.アナメンシスとバーレルガザリ

こうなればついでだ。アナメンシスとバーレルガザリもチェックしておこう。

アウストラロピテクス・アナメンシス

1995年、ミーヴ・リーキーがケニアで発見。400万年前に生息していたとされ、アルディピテクスからアウストラロピテクスへ移行した形跡が伺える。

アウストラロピテクス・バーレルガザリ

チャドで見つかったということが話題。頑丈型猿人に似るという。

7.アルティピクス

リーキーと並ぶもう一方の旗頭ティム・ホワイトらは、92年にアルティピクス・ラミダスを見つけている。発見者が日本人(諏訪元)だったため、日本ではわりによく知られている。

アルティピクスの仲間は他にも見つかっていて、現在ではアウストラロピクテスに先行する猿人の集団に定位されている。

その諏訪さんの言葉

人間の進化というテーマは、ある意味で誰でも物語を作れてしまうところがあります。みんな自分のことなので、けっこう好きで詳しいですから。研究者も、うっかり安易な物語を作ってしまうこともある。


8.サンブルピテクス

というのもある。京都大学チームがケニアで1982年に発見したもの。950万年前と言うから、チャドのサヘラントロプスより古い。もう猿人ではなく、類人猿とヒト科の分岐部に位置するとされる。

82年といえば猿人発掘史では古いほうだし、日本人の発見ならばもう少し有名でもいいと思うのだが。何か事情があるのだろうか。

調べたところ、類人猿の起源については非アフリカ説が有力なようだ。非アフリカ派はサンブルピテクスは共通祖先の系統にはつながらないとしている。


9.ケニアントロプス・プラティオプス

もう終わりかと思ったら、変なものが出てきた。

あのリーキーのチームが1998年にケニアで見つけた。

年代は約330万年前。顔面を含む頭骨、歯などが残っている。顔が非常に平らで、「顔の平らなケニア人」と名付けられた。

リーキーは、プラティオプスの顔面の特徴は、他の猿人とは異なりホモ・ルドルフェンシスと似ているので、他の猿人とは独立してヒト属に続く系統であると主張している。

ようするにアウストラロピクテスとは別系統だ。