これはレーニンが繰り返し語った言葉だ。
レーニンにとって身に染み付いた言葉であろうと思う。
しかし、やはり「目には目を」的な発想が潜んでいると思う。
違和感が拭えない理由はいくつかある。
ひとつは、独裁に対置されるべきは民主であるからである。
独裁政権を打倒し、その政権を維持するには、独裁者とそれに追随した者たちがまたぞろ独裁政治の再現を狙おうとするのを押さえつけなければならない。しかしそれはもうひとつの独裁の課題ではなく、民主主義の課題である。
それを独裁というのは、言葉の綾としてはいいとしても、不正確で誤った発想である。
もうひとつは、ブルジョア独裁という言葉が、プロレタリア独裁を合理化するエクスキューズとして使われているにすぎないのではないかという疑念である。
ブルジョア支配の体制は、今日の日本も含めてだが、階級的本質から見ればブルジョア独裁と呼んで差し支えない。得票率から見れば1/4政党にすぎない自民党が国会の多数を握り、思いのままの政治を展開しているさまはまさにブルジョア独裁としか言いようがない。
しかしそれは統治の階級的性格について言っているのであって、具体的な方法についてではない。独裁というのは政治手法の一つであり、民意の無視ときわめて抑圧的な体制を意味しているのである。
革命前のロシアがまさにそうだった。それはロマノフ王朝によるきわめて専制的な国家だった。
それが2月革命によりケレンスキー政権が成立し、民主化への一歩を辿ろうとしていた。
そこに封印列車で戻ってきたレーニンが「プロレタリア独裁」を呼号し勢力を拡大、最後には「戦争を内乱に」というスローガンで反乱を起こし、ケレンスキー政権を放擲することに成功したのである。
この大転換の局面で、ブルジョア民主主義者と称している連中が、ツァーリ独裁の亜流にしかすぎず、その政治がブルジョア独裁であることを指摘するのはきわめて正しかったし、それにプロレタリア独裁を対置するのも適切だったと思う。
だがこれは社会科学的な概念と「闘いのスローガン」の、なかば意図的な混同である。これを世界における革命の共通のスローガンとするのはとんでもない間違いだ。
ロシア革命はフランス革命と並んで民衆が政治に参画し政治を変えた偉大な出来事だ。しかしそれは決して「マルクス主義の偉大な勝利」ではないことを念頭に置くべきだろう。