岩盤規制 言葉を厳密に使わないと議論にならない

1.岩盤規制は下品な言葉だ

「岩盤規制」という言葉が突然流行り始めた。メディアがいっせいに流し始めているようだ。

これまでも進めてきた規制緩和をさらに進めようという狙いのようだ。

だったら、「異次元の規制緩和」と呼べばいいのだが、これを「岩盤規制の打破」と表現するところに、今までにない一種の「敵愾心」とか「憎悪感」を感じるのは私だけではないだろう。「規制緩和に反対するものは敵だ」という心理が、そこにはある。

それは一種の罵り言葉であり、一言で言って下品だ。

2.冷静に議論しよう

ここでは「岩盤規制の撤廃が国民に何をもたらすか」などの話は一切捨象して、「そもそも論」に集中する。

そもそも「規制」というのはシステムの維持のための装置だ。

これはまず確認しよう。

いわば、スポーツやゲームのルールだ。ルールがなくてはゲームは成り立たない。社会もそうだ。犯罪は法に基づいて罰せられる。

もう一つ確認しておきたいこと、ルールは基本的に善なのだ。

色々なルールを作ることによって、人間社会は発展してきた。そして人間社会が発展するにつれて新たなルールが必要になってくる。

ソクラテスは「悪法も法である」と毒を仰いだ。それは法がその根底において「善」であるという信念からである。

3.ルールを変更することはありうる

スポーツの世界でもルールのマイナーチェンジはしばしば行われている。国の政策においても規制改革は必要だ。それは否定しない。

規制を改革する必要は、以下の三つの場合に合わせて主張されうる。

A.規制を隠れ蓑にした特権の横行が目に余る場合、B.システムに照らし合わせて規制が不合理になった場合、C.システムそのものを改編する場合、

今回の場合、そのどれに属するのかを明らかにすべきだろう。

その際、言っておきたいが、B. を除けば、規制改革は目標に照らしてあまり有効な手段とはならないだろう。悪徳役人を懲らしめるために規制緩和がどう役に立つのか…

4.対案なき提案は建設的ではない

今の規制のやりかたが悪いと批判するのはひとつの見識だろう。決して行儀が良いとはいえないが。

しかし「どこがどう悪い」というのなら、そこを「どう直す」かが問われるはずだ。みんな今までこのやり方でやってきたのだから。

しかし彼らには対案がない。ただ壊して取っ払うだけだ。それで良くなるという保障はなにもない。

むかし小学校のホームルームでこういう発言をすると、「もっと建設的に発言しなさい」と叱られたものだ。

5.「規制」は法律だ

「規制撤廃!」というのはスローガンであって、具体的作業としては法律の改正である。

「規制」は法律として裏打ちされている。「規制」の体系は法律の体系なのだ。

法律というのは規制するものなのだ。

「規制一般が悪だといえば、それは法律一般が悪だ」というに等しい。これは無政府主義だ。

6.岩盤は岩盤だ

最後はちょっと左翼的な言い方になるが、「岩盤」は「岩盤」だろうと思う。

既得権層がうるさいからとか、役人が抵抗するから「岩盤」だというが、ルールの中には、たしかに「岩盤」的ルールがある。既得権層が主張しようとしまいと、それは「岩盤」だ。

サッカーで手を使ってはいけないとか、相撲で相手を殴ってはいけないとか、そういうルールは「岩盤」だ。

そういう意味での「岩盤」ではなく、たまたまうるさい人がいるから「岩盤」になってしまっているだけだというのなら、それを証明する責任はあなたがたにある。