総選挙を総括する共産党の三中総が開かれた。
躍進の意義は二つにまとめられている。
一つは長きにわたる反共戦略と反共攻撃を打ち破った貴重な勝利だということである。これには気持ちがこもっている。
報告は、これまでに三回の勝利があったが、今回の勝利の意義はもっとも重要だとしている。色々意見もあろうとは思うが…
二つ目は、本格的な自共対決が始まったということである。

21世紀の行方と、共産党躍進の意義

ずいぶんと振りかぶったものだが、共産党の三中総を読んで、ふと気になった。

三中総報告は基本的には躍進バンザイ論に貫かれている。それは当然のことと思う。反共攻撃の長い歴史を突き破り、自共対決の本格的幕開けをもたらしたという点には躊躇なく賛成する。

ただ、なんとなく1950年前夜の「共産党35議席に躍進」という出来事を思い出してしまうのである。

だから、どこがどう違うのかということを、一生懸命分析しなければならないだろうと思う。

共産党にとって、「50年問題」は忌まわしい過去の体験である。これまでさんざん議論されてきたし、一定の総括も明らかになっている。

しかしそれはあくまでも党内の問題であって、世界史的に見た50年問題というのは、主体的には明らかになっていないのではないだろうか。

1950年とはどういう時代だったのか

第二次大戦の直後には進歩勢力の大きな前進があった。それは一種のバブルであったのかもしれない。

旧支配勢力は米ソを除けば弱体化し、存続の危機に立たされていた。だから進歩勢力の提起を受け入れざるを得なかった。それはとくに敗戦国・日本において顕著であった。

進歩勢力の主張は大きく2つに分かれる。一つは政治的民主主義の要求であり、もうひとつは労働運動と結びついた福祉・厚生の要求である。さらに国際関係では、開かれた公正な経済秩序への要求である。

私の印象としては、平和への要求は国際的には少し遅れて登場しているような気がする。これは戦勝国では戦争を指導した勢力が引き続き政権を担当したからである。

日本は例外的に平和への要求が当初から強かった。これは日本が敗戦国であることから、軍国主義勢力が断罪されたためだ。明治以来の軍国主義への嫌悪感もあっただろう。

民族自決への要求、社会保障、人権(市民的権利)への要求はさらに遅れて登場し、国際的に承認されるようになるのは60年代以降のことになる。

要するに人類・社会の進歩は意外に遅いのだ。戦後の変化は共和制の拡大、婦人参政権をふくむユニバーサルな選挙制度、労働法制の整備くらいではないか。

貴族制度は廃止されたのではなく、二度の大戦で貴族が没落し自然消滅した。貴族制度により支えられていた王制は廃止されるか名目化するかして共和制に移行した。

むしろ民主主義は冷戦期と「雪解け期」のなかで進行した。

だから、1950年前後は朝鮮戦争とレッドパージに象徴される「戦後民主主義バブルの崩壊」としてとらえられると同時に、民主主義のための苦闘の時代の起点として捉えておく必要があるのだろうと思う。

まったく異なる形態の闘争が求められ、団結と創意が要求された。その蓄積が60年代後半に始まる市民運動の時代に結びついていくのである。