不破さんが新綱領決定を機に、公職を降りたのには理由があるのだろう。
スターリン批判は身を切る作業だ。野坂参三の除名はその端的な例だ。
野坂は決してトカゲの尻尾ではない。ある意味で共産党の象徴だった。
毛沢東はあわや除名されかかった。ホーチミンだって何らかの影は引きずっているだろう。至る所に野坂がいて、エジョフがいた。
不破さんはスターリンの過ち、それによる幾多の犠牲を、ある意味で「他人ごとのように」書き進めている。思わず「他人ごとではないでしょう」と言いたくなるが、しかしそのようにしか書きようがないのである。
不破さんこそ、何度もスターリン主義の被害を受けてきた人である。そのことは半ば周知の事実である。だから自分の目の黒いうちに、この問題にけりをつけることを「天命」と心得ているのではないか。
世界では未だに共産党は「時代遅れの消滅しつつある運動」のままである。
これを再生させるべきか、別の党名に変えて、社会民主主義政党として再出発すべきかが問われている。その際根本的な分水嶺は、マルクスに始まり、資本主義との闘争を通じて発展してきた科学的社会主義を党の指導原理として掲げるか否かであろう。

だから不破さんは、路線問題と組織問題を決して切り離さない。「下からのスターリニズム」を克服するために、このことは決定的である。
その考えが典型的に示されたのが、今回のコミンテルン第7回大会と反ファシズム統一戦線の評価だ。これまでは反ファシズム統一戦線はスターリンの戦略から孤立して、浮き上がっていた。
それは「スターリンはひどい男だが、反ファシズム統一戦線を提唱した点においては優れていた」というこれまでの定説をひっくり返そうというものだ。
不破さんの結論を一言で言えば、「反ファシズム統一戦線はすでに出来ていた。スターリンはそれを利用して、大テロルをカモフラージュしようとしたに過ぎない」というものだ。
だからベルリンの国会放火事件で有名になったディミトロフの名声を利用して舞台効果を狙ったのだということだ。
コミンテルン第7回大会の決定は、それにもかかわらず世界各国で予想以上の反響をもたらした。ここが歴史の面白いところかもしれない。
ここをいま掘り返してみて、白日のもとに晒した時、スターリンの恣意的なオポチュニスティックな情勢判断が大テロルを招き、ソ連共産党そのものを死に追いやったのだということを、我々は確認しなければならない。
「スターリンは情勢判断は正しかったが、組織論で間違っていた」のではなく、彼が情勢判断で過ちを犯し、路線を踏み外したからこそ、「反ファシズム統一戦線」の思想を弄んだり、大テロルを実行したりしたのである。
不破さんの基本的視点は確固としているのだ。