詳しい経過は不明だが、広島の陸軍船舶部隊、通称「暁部隊」の兵士で、本部のある宇品港から船に乗っていく金輪島という基地に勤務していた。爆発と同時に招集を受け、小型舟艇で市内中心部に進出。数夜をそこで過ごしたと言う。
帰道後は札幌市内で働いていたが、広島で開かれた第一回原水爆禁止世界大会に参加。その時に広島で被爆者団体協議会結成の動きを知った。
放影研パンフレット
放射線の影響を見るために爆心地からの距離や、放射線を遮る建物などの情報を元に、放射線の量を推定した。そして被爆したときの体の向きから、臓器ごとの線量を計算した。それとがんの発生数を対比させて、がんリスクの解析を行った。
それに対してABCCの研究方法は「どうすれば放射線の影響をより少なくできるか?」というタスクに基づいた研究でしかない。そこから出てくる結果は被爆者をマウスに仕立てた放射線防護のストラテジー構築であって、核兵器の脅威を実証的に示すものではない。
だから私は、そこから非常に悪魔的な発想法を感じてしまうのだ。
日本の原水爆禁止運動はこれを機に爆発的に盛り上がり、世界を突き動かしていった。まずイギリスのロートブラッドが動き、翌年には「ラッセル・アインシュタイン宣言」へとつながっていく。運動の仕掛け人ロートブラッドが、ビキニのデータを元に書き上げたのが「核戦争と放射線」である。(この本は絶版になっている。私の書棚の何処かにあるはずだが…)
もちろんロートブラットは経口・経気道的な内部被曝にも触れているが。比重の置き方は十分とは言えない。
D) 広島市の発行したレポート
核兵器攻撃による放射線被曝は、①核兵器の起爆後1分程度以内に放出される中性子線やガンマ線などの初期放射線、②中性子線によって土や建材中に生成される放射性核種から放出される残留放射線、③降下した核分裂生成物から放出される残留放射線、④未分裂の核物質(ウラン235、プルトニウム239)の降下に由来する残留放射線、の4つに起因すると考えられる。①は体の外部からの被曝(外部被曝)、②③は外部被曝及び体内への摂取に伴う体の内部からの被曝(内部被曝)、④は内部被曝がそれぞれ問題となる。
4.「ガスを吸う」ことの意味
講習会の2日目はすこし早めに終わったので、会場近くから電車に乗って宇品を目指した。いくつも停留所があって思ったより遠かった。オリンピックの男子バレーで有名になった専売広島工場があったが他には変哲のない、やや寂れがちな町並みが続いた。宇品の港は閑散として向かいにいくつかの島が見えたが、それだけだ。
何かぐったりと疲れを感じ、帰りはタクシー。
「北海道から来ていて、原爆の被爆者検診の講習会に出ているんです」と話すと、とたんに運転手さんが饒舌になるが、原爆に共感したのか、北海道に興味を持ったのかは分からない。
問わず語りに、「むかしから、広島では言われているのだけど、被爆者の中で特別に症状が重かったり、いろいろ病気が出てくると、“ガスを吸ったんだよね” と言ったり言われたりするんです」と語ってくれた。
つまるところ、被爆後の入市者の被曝量はほとんど問題にならず、「暁」部隊の兵士は被爆者と言えるほどものではない、というのが言わんとする所だった。
原爆の「平和利用」ではなく最初から原子力を使った発電装置を作るつもりだったら、もっと安全性に気を使ったものになっていただろう。
一方、医療従事者内では医用放射線と並んで「もう一つの核の平和利用」すなわち放射性同位元素の使用が進んでいた。私も臨床医としてほとんど毎日のようにRI検査を組み、テクネチウムやヨードの同位元素を利用して診断していた。私の病院はRIイメージング検査の札幌における一大センターであった。ある意味で放射性物質に対する「慣れ」と「寛容」が発生していたと言える。
【外部被曝は薪ストーブにあたって暖を取ること、内部被曝は薪ストーブの中で燃えている小紛を口から入れることと例えることができます。またSvのインチキは、放射線は当たった部位しか影響がないのに全身化換算するSvという単位で議論するので、健康被害がわからなくなってしまうのです。
目薬は2-3滴でも眼に注すから効果も副作用もあるのですが、その2-3滴を口から飲まして、全身投与量に換算して計算するようなものなのです。
またトリチウムはDNAを形成している塩基に水素として化学構造式に入り、β線を出すだけでなく、元素変換してHeに変わりますので、遺伝子編集しているようなものな のです。
これが大量に使われ、多くの健康被害が出て、それがアルファ線被曝であるとの仮説が唱えられたときに、それは私の胸にグサッと突き刺さった。これが長期型内部被曝の本質なのかもしれない。
劣化ウラン弾は旧ユーゴスラビアの内戦でもNATO軍により頻用され、セルビア側に甚大な被害をもたらした。そしてそこでも劣化ウラン汚染水の摂取による放射線障害が報告された。
劣化ウラン弾は劣化ウランそのものが爆発力の源になっているわけではないから、少なくとも核爆弾ではない。しかし劣化ウランの保つ特性が爆弾の威力を増すために用いられていることも間違いないから、核使用兵器であることも間違いない。
しかも当初はその重い比重が装甲を貫くための破壊力をもたらすとされたが、実戦で使用する中でそれ自身の爆燃性にも注目されるようになった。つまり一種の「核爆発兵器」化が行われた。
ただ核分裂を用いた核兵器の特別な危険性は明確に区別して重視すべきであり、「核兵器」の用語は第一のカテゴリーに極限すべきだと考える。
私のまとめは下記に掲載しているのでご参照いただきたい
劣化ウラン弾:その人体への影響 2001年
「劣化ウラン弾無害論」の批判的解説 2004年
アルファ分裂の頻度はきわめて低い。年単位の発生だ。きわめて慢性的にウランの分裂が発生し、アルファ線が放出される。しかしそのアルファ線は、100%体内で吸収される。その衝撃の激烈さは、大部分が通り過ぎていくガンマ線の比ではない。
放射線障害の現れ方はガンマ線とはまったく異なる。動物実験においてはアルファ線照射によりDNA二重鎖の同時切断が見られた。つまり修復不可能な損傷である。
だいぶ情勢に遅れていたようだ。アルファ線被曝はすでに教科書的事実として扱われている。
体内に取り込まれた食物や空気中に含まれる放射性物質によって,体内から被曝する場合を体内被曝(内部被曝)という。 この場合はむしろ,透過力の弱い放射線(α線,β線)の方が被曝線量への寄与が大きい。とくにα線は短い飛跡内に集中してエネルギーを与えるため,細胞内のDNAに幾つもの損傷を密に生じさせる。体内被曝による被曝線量は体内に残留している期間の積分値で表す。 これが預託線量である。(「体外被曝と体内被曝」井尻憲一)
むかし地方会の発表で「興味ある〇〇の一例」などとやっていると、「興味あるとは何事だ、患者をモルモット扱いするのか」と叱られたことがある。私はそうではないと思う、患者さんを特殊性としてすくい取るのは、学ばせていただくという精神の発露であり、リスペクトだと思う。ただ「興味ある」という言葉が、今となっては不適切であることも間違いないが。
私の35年前の拙い研究が、いまだに多くの人の注目を集めているのは気恥ずかしいことである。