鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

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2021年07月

「暁」部隊と被爆: 研究の思い出

はじめに

未だにいろいろなところで暁部隊の被爆障害について問い合わせを受けるが、研究を行ったのはすでに35年も前のことなので、記憶に定かでないことも多い。

そもそもの研究のきっかけは、とりあえず北海道の一民間病院の被爆者医療の取り組みを報告しておこうとしたものだ。「北海道でもやってますよ」という程度のレポートのつもりだった。いま考えると、研究の仕方もかなり雑なもので、方法論的にも問題を抱えている。

ただそんな研究であっても、被曝体験と肝機能異常の発生率の相関関係は画然としたものであった。

これは、原爆被爆における内部被曝の影響を初めて数字で示した研究と言えるのではないか、そんな思いをいま抱いている。

この研究を出発点として、私の考えの変遷をたどってみたい。


1.被爆者検診を担当するきっかけ

1980年から90年にかけて、私の勤務する勤医協札幌病院は、一日外来患者数が1千人に達する市内有数の病院だった。私も連日多くの一般外来患者さんの診療にあたっていた。

その傍らで年2回の被爆者検診も一手に引き受けていた。そして検診期間最後の日曜日には、検診結果の説明をふくめて被爆者の集いを持っていた。


2.「暁」部隊との出会い

A) 酒城無核さん

検診受診者は毎回平均して100人程度、延べ受診者はその2.5倍ほどであった。その中に目立った世話役の人がいた。それが酒城繁雄さん、後に無核と名乗るようになる。

詳しい経過は不明だが、広島の陸軍船舶部隊、通称「暁部隊」の兵士で、本部のある宇品港から船に乗っていく金輪島という基地に勤務していた。爆発と同時に招集を受け、小型舟艇で市内中心部に進出。数夜をそこで過ごしたと言う。

帰道後は札幌市内で働いていたが、広島で開かれた第一回原水爆禁止世界大会に参加。その時に広島で被爆者団体協議会結成の動きを知った。

札幌で戦友と連絡を取り、道庁に被爆者手帳の交付を迫る。このため北海道で登録した被爆者の多くを旧兵士が占めるようになった。

また北海道勤医協と積極的に連絡をとって検診活動を推進した。このため、勤医協は被爆者の側に立って相談に乗ってくれる医療機関として多くの被爆者を結集するようになった。そして渋る道庁に掛け合って被爆者検診機関の指定を実現した。


B) 「暁」部隊元兵士の人々

先輩医師から検診担当をバトンタッチされたのが1983年、「暁」部隊元兵士をふくむ被爆者の方とは、その後10年余りの被爆者検診をともに経験することになる。

「暁」部隊は広島市の東南端、宇品港を中心に半径数キロ内に広がる補給基地で活動する部隊である。この部隊の詳細は、最近発行された「暁の宇品」(堀川惠子 講談社)に記載されている。

北海道からも多くの兵士が配備され活動していた。平均年齢は被爆当時で20ないし23歳。私が検診担当となった83年ころには、まだ60歳前後の現役世代であった。

外見上は申し分なく健康で、同年代の人と比べてもむしろよほど健康そうに見える。考えてみれば当たり前の話で、健康だから兵隊になったのであり、兵隊だから食料は不自由することなく(おまけに糧秣担当だから)、当時の日本人の中でもっとも恵まれた食生活を送っていたことになる。

北海道はさほど大規模な空襲もなかったので、戦後も生活基盤はほぼ無傷で残されていた。しかも北海道は食料・資源基地として重視され、農林水産、鉱業などの基幹産業が大いに振興した。このため戦後日本の中では、もっとも豊かな生活を享受してきた(戦後入植者の悲惨な生活は除く)。


C) 「暁」部隊元兵士のちょっとした異常

「暁」部隊元兵士を一言で言えば、比較的のびのびと行動している印象。被爆者特有の「生き残り」的トラウマは薄いように見える。ただし被爆者と言うより、爆発後入市・援護活動に従事したことにみずからを限定する心的傾向がみられた。

検診を続けていくうちに、私はちょっとした異常に気づくようになった。それは肝機能障害の頻度が高いということだった。気にしなければそれで済んだのだが、やはりなんとなく気になる所見だった。

このことは後で触れる。


3.臨床研究の開始とその動機

A) 厚生省主管の被爆者検診担当者講習会への参加

担当医になって2、3年した頃、道から厚生省主管の被爆者検診担当者の研修会議への参加を命じられた。

実はこれ自体が大きな出来事で、それまで北海道勤医協は検診指定医療機関にはなっていたが、あくまでも任意の参加ということになっていた。検診の主管はあくまでも公的病院であり、勤医協は被団協からの強い推挙のもとで渋々認めていたに過ぎなかった。それが被爆者検診の1/3を実施するようになると、道庁も本格的に認定するようになった。そのきっかけとなったのが担当者講習会への参加だった。

実は、私は2回講習会に参加している。最初は長崎で、2回目は広島である。2回目は、「被爆基準の改定(DS86: 1986年線量システム)があったので新基準を学ぶ必要がある」と道庁にせっついて無理やり認めさせたものである。私にはそれ以上に、やはり広島で勉強しないと勉強したことにならないという思いがあった。また宇品港をこの目で見てみたい、被爆手帳に書かれた多くの住所も自分の足で実感してみたかった。言ってみれば「オタク」である。

講義の内容は、現在放影研で出されているパンフレット(ネット参照)とほぼ同様である。というのは今回ネットでこのパンフに巡り合って分かったことである。読んでみて本当に驚いた。チェルノブイリ、劣化ウラン、フクシマの経過を挟んで、その内容にほとんど変更がないということ自体が驚異である。おそらく石棺に覆われて、化石化しているのであろう。

放影研パンフ
放影研パンフレット

最近の放影研レポートはDS02 (2002年線量システム)と言われているが、基本的な視点には変更はない。また平成 25 年度外務省委託 「核兵器使用の多方面における影響に関する調査研究」というレポートもネット閲覧可能だが、基本方向は同じである。

B) 放影研パンフの批判

当時の被爆者後障害の日本における学問的状況である。

私はこのパンフには次の3つの問題が含まれていると考えている。ただしそれは、今そう考えているということであって、当時は有力な反論もなかった。

担当医としては、これを信じてこの考え方に沿って放射線評価をするしかなかったのである。

第一の問題 放射線障害の主要原因はX線とガンマ線

アルファ線は大きな粒子なので、紙1枚で止めることができますベータ線も1センチのプラスチック板で十分止めることができる。

それだけです。内部被曝は一切無視されている。

第二の問題 「原爆による死因は爆風、熱線、放射線だった。また火災が発生し多くの人が焼死した」

ここでは原爆の通常爆弾的な威力が強調されている。その結果、放射線の影響は低く見積もられている。また核汚染の問題は無視されている。

しかし、原子爆弾の本質的な問題は放射線被曝と核汚染にある。そのうち前者は軽視され、後者は無視されている。

第三の問題 調査方法が根本的に間違っている

パンフレットでは調査の方法が書かれている。
放射線の影響を見るために爆心地からの距離や、放射線を遮る建物などの情報を元に、放射線の量を推定した。そして被爆したときの体の向きから、臓器ごとの線量を計算した。
それとがんの発生数を対比させて、がんリスクの解析を行った。
こんな「実験モデル」はありえない。これでは通常爆弾的な威力の影響が優越するのは当たり前である。

放射線の影響(被曝効果)を見るのであれば、遮蔽物の有無、体の向きなどの個別因子をできるだけ排除して、放射線のピュアな影響が浮かび上がるような対象設定をしなければならないはずだ。科学とはそういうものだ。なぜならこれは統計学的議論だからである。

それに対してABCCの研究方法は「どうすれば放射線の影響をより少なくできるか?」というタスクに基づいた研究でしかない。そこから出てくる結果は被爆者をマウスに仕立てた放射線防護のストラテジー構築であって、核兵器の脅威を実証的に示すものではない。

だから私は、そこから非常に悪魔的な発想法を感じてしまうのだ。


C) もう一つの教科書 ロートブラット

結局ABCC型の評価基準では爆心からの距離が決定的な要素になる。だから被爆者手帳も、距離に基づいて交付されたり、されなかったりしたのである。

実は当時からABCC-放影研の線量評価には批判があった。それがロートブラットの「核戦争と放射線」(東大出版会 1982年)です。彼は爆弾が爆発したときの爆弾からの直接放射線だけでなく、フォールアウト(死の灰)による被爆、地面に残された残留放射能を重視して、これによる健康被害を重視するよう求めた。
これだと距離や遮蔽物だけではなくその時の風向きや、「黒い雨」の影響も考えなければならなくなる。

この主張は1954年3月の第五福竜丸の死の灰事件に基づいたものだ。第五福竜丸はビキニ島の核実験地点から数10キロ離れて爆発の影響はまったく受けていない。しかし甚大な「被曝」障害を受けた。実は他にも多くの漁船が被爆しているが、政府はこれを隠した。

日本の原水爆禁止運動はこれを機に爆発的に盛り上がり、世界を突き動かしていった。まずイギリスのロートブラッドが動き、翌年には「ラッセル・アインシュタイン宣言」へとつながっていく。運動の仕掛け人ロートブラッドが、ビキニのデータを元に書き上げたのが「核戦争と放射線」である。(この本は絶版になっている。私の書棚の何処かにあるはずだが…)

ただロートブラットの解釈も今となっては不十分だ。たとえばフォールアウトの減衰率はかなり早く、数時間ないし数日間のうちに地表、滞留水から消失していく。多くの生存者は歩けるものは市の中心部から数時間以内に撤収しており、残留放射能の影響はそれほど高いものではない。

もちろんロートブラットは経口・経気道的な内部被曝にも触れているが。比重の置き方は十分とは言えない。

むしろ、被爆の影響が深刻なのは被爆後入市の人たちだが、この人達も遺族探しが目的なので、それほど長期間にわたり滞留することはなかったと思われる。その点では防災、救護、焼け跡整理等で入市し、数日間にわたり現地に滞在し活動した人たちが、もっとも激しく残留放射能の影響を受けていると思われる。

彼らは焼け跡で「ガスを吸い」、汚染された水をのみ、炊事・洗濯をするという形で放射性物質(アルファ、ベータ、ガンマのすべて)を体内に取り込んだ可能性がある。

それがまさしく「暁」部隊の人々である。

D) 広島市の発行したレポート

2007年に広島市国民保護協議会の「核兵器攻撃被害想定専門部会」が発行したレポートではこのような核被害が網羅されている。
核兵器攻撃による放射線被曝は、
①核兵器の起爆後1分程度以内に放出される中性子線やガンマ線などの初期放射線、
②中性子線によって土や建材中に生成される放射性核種から放出される残留放射線、
③降下した核分裂生成物から放出される残留放射線、
④未分裂の核物質(ウラン235、プルトニウム239)の降下に由来する残留放射線、の4つに起因すると考えられる。
①は体の外部からの被曝(外部被曝)、②③は外部被曝及び体内への摂取に伴う体の内部からの被曝(内部被曝)、④は内部被曝がそれぞれ問題となる。
これを読んだあと、放影研パンフを読むと、いかにそれが古色蒼然たるものであるかがよく分かる。


4.「ガスを吸う」ことの意味

実は、「ガスを吸う」という言葉は講習会のあと宿舎に戻るタクシーのなかで、運転手さんから聞いた言葉だ。

講習会の2日目はすこし早めに終わったので、会場近くから電車に乗って宇品を目指した。いくつも停留所があって思ったより遠かった。オリンピックの男子バレーで有名になった専売広島工場があったが他には変哲のない、やや寂れがちな町並みが続いた。宇品の港は閑散として向かいにいくつかの島が見えたが、それだけだ。

何かぐったりと疲れを感じ、帰りはタクシー。
「北海道から来ていて、原爆の被爆者検診の講習会に出ているんです」と話すと、とたんに運転手さんが饒舌になるが、原爆に共感したのか、北海道に興味を持ったのかは分からない。

問わず語りに、「むかしから、広島では言われているのだけど、被爆者の中で特別に症状が重かったり、いろいろ病気が出てくると、“ガスを吸ったんだよね” と言ったり言われたりするんです」と語ってくれた。

そして「爆心地の距離とは関係なく、ガスが溜まりやすいところがあって、そういうところから病人が多く出る」とも話していた。

ほとんど都市伝説みたいな話だが、ひょっとしてこれは内部被曝の話をしているのではないか、という思いがよぎった。

もう一つは、いままで社会運動的関心の対象くらいにしか見ていなかった「暁」部隊兵士が、果たしてほんとうに健常者なのかどうか、内部被曝を受けているのなら遅発障害、あるいはマイクロ障害が発生している可能性はないだろうか、ということが気になり始めた。


5.最初の研究: 成人平均値との比較

帰札後、まず最初に行ったのが「暁」部隊元兵士と一般成人との比較だった。こちらは対象データがしっかり有る。病院で成人病検診を受けた対象者の平均値だ。これと「暁」部隊兵士約100名の平均値とを比較した。

残念ながら元データが見当たらない。いまはあやふやな記憶でたどるしかないが、60歳から70歳の男性、約1千名の平均である。これで年齢はほぼ均一になった。

その結果、GOTとGPT、γGTPで有意差が出た。差は僅かなものであったが、対照群が大きいために有意となった。なお、肝機能異常者のそれ以上の検索、肝炎ウィルスの有無とかアルコール習慣については行っていない。

実は「暁」部隊以外の兵士がここには加わっている。したがって対象となっている群は、実は「暁」部隊だけではなく、「兵士被爆者群」であることをご了承いただきたい。

その数は約10名ほどである。これは2群に分かれ、一つは「暁」部隊の比治山船舶通信部で被爆した人たちである。この人達は完全な直接被爆者で、直撃を受けかなりの重傷を受けている。したがって市内救援活動には参加していない。もう一つは幸の浦、江田島等の秘密基地で特攻艇で出撃すべく待機していた人々である。彼らは所属を暁に移され、救援に動員されたものと思われる。


6.第二研究: 肝機能異常群と正常群のリスク比較

これ以上の「暁」部隊元兵士対一般人の比較は差が出せないと判断したため、元兵士内での群間比較に切り替え、想定されるリスクとの相関関係で有意差検定を試みた。

対象約100人のうち、GOTとGPT、γGTPのいずれかに異常を示したものを異常群、いずれも正常範囲内であったものを正常群とした。両者は各々50名ほどとなった。

この2群について、爆心からの距離、黒い雨に会ったか否か、被爆後の急性症状の有無について調べた。結果として、被曝線量の指標となる爆心からの距離においては有意差を認めず、それ以外の2つで明らかな有意差を認めた。

この結果は、直接にビキニ型被曝の問題を想起させた。第五福竜丸の乗組員は被爆後10日ほどしてから脱毛に始まり肝機能障害へと進む内部障害を引き起こした。

そして最後には再生不良性貧血から出血傾向を引き起こした。貧血治療のため大量の輸血が行われ、そのために血清肝炎を引き起こした方もいた。

しかしそれとは関係なく、被曝の合併症そのものとして肝機能障害も報告されていたので、私は肝機能障害に注目したことを覚えている。

この結果を補強するため、対象100人を無疾患+単疾患群と複数疾患群に分け、同様の検討を行った。また腫瘍なし群と腫瘍発生群に分け、同様の検討を行った。これらにおいても同様の傾向を認めたが、有意差を示すには至らなかった。これについては群への振り分けに主観が入ったり、当時の風潮としてガン告知をしないことが一般的だったためもある。


7.学会発表と反応

これらの結果を最初は札幌医師会の発表会で、ついで広島の後障害研究会のシンポジウムに応募して発表した。札幌での発表は何の反応もなく終わった。

広島での発表もさして期待はしていなかった。終わってからカキ料理で一杯というのが、心づもりであった。

ところが、学会終了後に懇親会がありシンポの発表者は招待された。行ってみると、放影研の先生が寄ってきて話しかけてくる。年は私よりふた周りくらい上で、いただいた名刺には内科の役付の肩書きがあったように覚えている。最初は喜んで話を伺っていたが、どうも私の発表にケチを付けるのが目的だったようだ。

つまるところ、被爆後の入市者の被曝量はほとんど問題にならず、「暁」部隊の兵士は被爆者と言えるほどものではない、というのが言わんとする所だった。

彼の研究の結論としては、原爆の主たる威力は高性能爆弾(爆風と放射熱)ということに尽きるのであって、爆発の瞬間のガンマ線がこれに相乗されたのが被爆の実相だということである。死の灰は一晩で威力を失い。地表の残留放射能も数日のうちに減衰する、というのだ。

その証拠として、彼が長年管理している女性のことも話された。その女性は爆心から600メートルで被爆したが、いまも無傷で健康に暮らしているそうだ。鉄筋コンクリートの影で、奇跡的に助かったらしい。

結局、彼の論理は放影研の論理そのものだ。改定された被爆基準(DS86)の本質を、これほどわかりやすく語ってくれたのは誠にありがたいことだった。

この話はもう少し続く。私と件の先生との会話を、傍らで静かに聞いていた先生がいた。私より何期か上の先生のようにお見受けした。広島大学病院の内科の先生だったが、これもまたお名前を失念した。

放影研の先生が去った後、この先生が静かに語りかけてきた。「ああいう先生なので、お聞き流していいですよ」

その先生は内分泌が専門で、甲状腺の被爆との関連を研究されていた。つまり内部被曝問題の専門家だ。「ちょっと外に出ましょうか」と言われ、街に出た。おそらく先生の行きつけらしくほの暗い静かなバーだった。

「実は先生からの抄録がきたとき、私は注目しました。いままでは内部被曝といっても強烈な死の灰をかぶったとか、黒い雨をたっぷり浴びたという急性放射線障害のことを指していたのです。でも、それだけではない、もっと長期にわたってじわじわと出てくるようなものがあるのではないか。それが欧米では問題になってきているのです。それがスリーマイルとチェルノブイリです」

「原爆被害調査の段階ではそれはあまり問題になりませんでした。原爆の威力があまりに大きかったからです。しかし原発事故では身体被害は純粋な被曝なので、ガンマや中性子だけでは問題は片付かないのです。そんなときに先生の研究が飛び込んできたので注目したのです」

その後、各々の日常診療の話題などを話したのち、高いご評価を頂いたことと、今夜のご親切に感謝しお別れした。残念ながらその後お会いしたことはないが、優れたご研究を行われたものと想像している。

とは言うものの、研究そのものについての評価は「?」であった。「非常に貴重な研究対象なので、ぜひ大事に育ててもらえれば」みたいなことでお茶を濁されたように思う。私はいつも、何でもそうなのだ。自分で言うのは何だが、着眼はいいし、切り口もよいのだが、途中で投げ出してしまうのだ。


8.自分で考えたこの研究の意義

叩かれては持ち上げられの、なかなかに忙しい学会発表だったが、札幌に戻ってからまもなく、今度は中国放送から連絡が入った。夕方のニュース番組で、今年の原爆記念日の放送は、「暁」部隊の被爆について取り上げたいということであった。

「あぁそうですか」と聞き流していたのだが、女性キャスターみずから電話に出られて、「先日の後障害研究会での発表が、地元でかなり話題になっています。これまでとは違う対象を違った切り口で捉えられていると思います」ということで、なんと私をフィーチャーした番組になるというのだ。

私のほうが慌てふためいてしまって、「それほどの研究じゃありませんし、統計学的処理とか対象者の選定とか結構いい加減なんです」と恐れ入ってしまったが、「これはドキュメンタリーなんだからそれでいいんです。切り口も新鮮だし、被爆者検診の実践もふくめて問題提起になります」とぐいと迫られた。

そして連休明けにキャスターをふくめテレビクルーが来札。日曜特別診察をふくめ2日間にわたり撮影が行われた。その放送は8月6日の午後6時というゴールデンタイムに行われた。そのビデオを送っていただいてみることができた。なにかちょっとした有名人になった気分である。

私が検診を初めて5年になるので、そのまとめと言うつもりでやった研究だったが、思わぬ反響を呼んだことから、あとづけでその意義を改めて考えることになった。

手がかりは広島大学の先生の言葉の中にあった。

まず第一はABCC→放影研で打ち出している「DS86(1986年線量システム)」への密かな不信感。そこにこの研究が「統計的事実」として突きつけた反証行為。これに放影研が対抗できる統計的事実がないということ。暁部隊などは関心の外にあったから、調査もせず、データもない。
第二には、死の灰とか黒い雨でない内部被曝のもう一つのタイプ、すなわち慢性被曝という被爆パターン。それが40年を経て未だに統計的な差として現存しているという事実。
第三に、これらを踏まえると、原爆体験は被爆体験と被曝体験と生涯被曝という三重の体験として語られなければならないという結論。

これが私の考えた本研究の意義である。

偉そうなことを言う割にはほんとにチンケな研究で、おこがましいのだが、とりあえずそのように総括しておきたい。


9.チェルノブイリが教えるもの

これから先は、「暁」部隊の臨床研究と言うよりは、内部被曝論についての私なりの考察である。

その最初となったのが、チェルノブイリの原発事故である。私にとっては1987年というのが大きな変曲点になっている。被曝線量の判定に関する新基準「DS86」(1986年線量システム)が、臨床医の前に示された年であり、これを指針としながら「暁」部隊被爆者の検討を開始したのだっった。

チェルノブイリは爆弾ではない、殺傷を目的とした兵器でもない。だから安全性がすべてに優先する、少なくともそのはずの設備だ。それがこのような事故を起こしたことには、もとを糺せば核兵器であったことからくる社会心理学的背景があるのではないか。

原爆の「平和利用」ではなく最初から原子力を使った発電装置を作るつもりだったら、もっと安全性に気を使ったものになっていただろう。

もし原発に同情の余地があるとしたら、その不幸な出自と生い立ちについては斟酌すべきだろう。原発の生い立ちには、その全てではないが、隠された目的がある。すなわち核兵器の原料を生産するという「国家的使命」だ。だから原発の建設のさいは、あらゆるデマとまことしやかな口実と隠蔽工作が用いられてきた。

しかしチェルノブイリは、国家権力がそうやって築き上げてきた「安全神話」を木端微塵にした。たとえ「平和利用」目的であっても核の使用が認められないことが明白となった。その最大の根拠が欧州全土を覆ったフォールアウトと残留放射能による内部被曝である。

だから、国家権力にとっては核汚染と内部被曝については、問題の所在自体すら認めることはできない。ABCC-放影研は未だに「DS86」にこだわらざるを得ないのだろうと思う。

ただこの頃まだ、残留放射線の影響は核種の問題を中心テーマに掲げていた。そこではストロンチウムやセシウムなどの毒性が問われていた。

一方、医療従事者内では医用放射線と並んで「もう一つの核の平和利用」すなわち放射性同位元素の使用が進んでいた。私も臨床医としてほとんど毎日のようにRI検査を組み、テクネチウムやヨードの同位元素を利用して診断していた。私の病院はRIイメージング検査の札幌における一大センターであった。ある意味で放射性物質に対する「慣れ」と「寛容」が発生していたと言える。

前の記事で触れた、放射線治療の権威である西尾先生から以下のようなコメントを頂いた。「拡散OK」とのことなので引用させていただく。
【外部被曝は薪ストーブにあたって暖を取ること、内部被曝は薪ストーブの中で燃えている小紛を口から入れることと例えることができます。またSvのインチキは、放射線は当たった部位しか影響がないのに全身化換算するSvという単位で議論するので、健康被害がわからなくなってしまうのです。
目薬は2-3滴でも眼に注すから効果も副作用もあるのですが、その2-3滴を口から飲まして、全身投与量に換算して計算するようなものなのです。
またトリチウムはDNAを形成している塩基に水素として化学構造式に入り、β線を出すだけでなく、元素変換してHeに変わりますので、遺伝子編集しているようなものな のです。
このバリアーを突破するのには、アルファ線被曝の概念が導入されるまで待たなければならなかった。


10.劣化ウラン弾を巡る論争

3年後に第一次イラク戦争で劣化ウラン弾が大々的に使用された。戦車の装甲を貫く弾頭としてこれほど有効で、「安価」なものはなかった。劣化ウランは核のゴミであり、弾頭への使用は「廃物利用」であり、コストはゼロに近かった。

これが大量に使われ、多くの健康被害が出て、それがアルファ線被曝であるとの仮説が唱えられたときに、それは私の胸にグサッと突き刺さった。これが長期型内部被曝の本質なのかもしれない。

劣化ウラン弾は旧ユーゴスラビアの内戦でもNATO軍により頻用され、セルビア側に甚大な被害をもたらした。そしてそこでも劣化ウラン汚染水の摂取による放射線障害が報告された。

第二次イラク侵攻が起こったのは2003年のことだった。このときの反対闘争の広がりは未曾有のものだった。ヨーロッパ各地で100万人を超える反戦デモがはじまり、それが朝日の移動するように東から西へとぐるりと世界を回った。デモ参加者の総計は1千万にのぼった。札幌でも70年闘争以来となる6千人の市民による集会とデモが行われた。それはインターネットの時代の闘争のあり方を示唆するものだった。

私も、直前にインドのムンバイで開かれた世界社会フォーラムの参加者の一人として、世界の動きを市民に広げるのに頑張った記憶がある。

マスコミでは人質問題を巡って自己責任論が話題の中心となってしまったが、運動面では劣化ウランは核兵器なのかという議論がかなり深刻に展開された。わたしもいくばくかの理論的寄与を行っている。

ここで一つ一つを取り上げていると、とんでもないことになるので、重要なポイントだけ上げておきたい。

まずは核兵器をどう定義するかである。

原子爆弾・水素爆弾はともに核分裂をエネルギーとする爆弾であり、そのために凄まじい威力を発揮する。つまり通常兵器と同じ位置づけのもとに、それをはるかに凌駕する強力爆弾である。

劣化ウラン弾は劣化ウランそのものが爆発力の源になっているわけではないから、少なくとも核爆弾ではない。しかし劣化ウランの保つ特性が爆弾の威力を増すために用いられていることも間違いないから、核使用兵器であることも間違いない。

しかも当初はその重い比重が装甲を貫くための破壊力をもたらすとされたが、実戦で使用する中でそれ自身の爆燃性にも注目されるようになった。つまり一種の「核爆発兵器」化が行われた。

つまり核兵器の定義は3種類あるということだ。第一に核分裂を利用した兵器、第二に核物質としての特性を利用した兵器、第三に特定の物理化学的特性を持つ物質として核物質を用いた兵器、ということになる。

ただ核分裂を用いた核兵器の特別な危険性は明確に区別して重視すべきであり、「核兵器」の用語は第一のカテゴリーに極限すべきだと考える。

劣化ウラン弾は第二カテゴリーに入るのだが、現地イラクから劣化ウラン弾による健康被害が次々と報告されるようになった。札幌でもイラクからの留学医師による報告が行われ、そこで明らかな放射線被害が確認された。

結果は濃淡、地域差はあるにせよ明らかに慢性の放射線暴露による内部障害を思わせるものであった。これまで無害と思われていた劣化ウランによる放射線障害は驚異であった。

これまでのウラン精製過程における内部障害の報告が改めて取り上げられ、かなりの確度で、それらが劣化ウランの放出するアルファ線に由来するものであるとの推測がなされた。

私のまとめは下記に掲載しているのでご参照いただきたい
劣化ウラン弾:その人体への影響 2001年
「劣化ウラン弾無害論」の批判的解説 2004年


13.内部被曝論のアルファ線仮説による精緻化

アルファ線仮説の登場により、被曝問題にコペルニクス的転回が生じた。
アルファ分裂の頻度はきわめて低い。年単位の発生だ。きわめて慢性的にウランの分裂が発生し、アルファ線が放出される。しかしそのアルファ線は、100%体内で吸収される。その衝撃の激烈さは、大部分が通り過ぎていくガンマ線の比ではない。

これまでガンマ線による被曝がもっぱら議論されてきた。死の灰といえども、各汚染物質の体内摂取であっても、被曝のあり様はガンマ線で説明されてきた。

しかし半減期を考えると、ガンマ線では理論的に隘路に突き当たる。被爆後数十年を経て未だに、有意な「体の弱さ」を示す被爆者の本質を説明できないのである。

放射線障害の現れ方はガンマ線とはまったく異なる。動物実験においてはアルファ線照射によりDNA二重鎖の同時切断が見られた。つまり修復不可能な損傷である。
私の感じとしては、アルファ線によるDNA損傷がもっともよく長期の内部障害を説明できる理論なのだが、証明法が難しく、まだ完全な定説になりきったとは言えないかもしれない。

アルファ線仮説が証明されるということは、被爆の影響が生涯にわたり続くこと、続くだけでなく緩やかに進行することが証明されたことになる。

このような兵器が今後も存続することは許されない。そういう国際世論が広がっていくように望む。

だいぶ情勢に遅れていたようだ。アルファ線被曝はすでに教科書的事実として扱われている。
体内に取り込まれた食物や空気中に含まれる放射性物質によって,体内から被曝する場合を体内被曝(内部被曝)という。 この場合はむしろ,透過力の弱い放射線(α線,β線)の方が被曝線量への寄与が大きい。とくにα線は短い飛跡内に集中してエネルギーを与えるため,細胞内のDNAに幾つもの損傷を密に生じさせる。体内被曝による被曝線量は体内に残留している期間の積分値で表す。 これが預託線量である。(「体外被曝と体内被曝」井尻憲一

さいごに

「暁」部隊が私に教えてくれたこと、それは流行を追うだけではなく目前の仕事を一つ一つ大事にすることだ。ただそれだけではだめで、いまひとつ深堀りすることが大事だ。それとともに日頃から幅広く関連分野に興味を持ちづづけることだ。それがないと深堀りの構えは決して形成されない。

むかし地方会の発表で「興味ある〇〇の一例」などとやっていると、「興味あるとは何事だ、患者をモルモット扱いするのか」と叱られたことがある。私はそうではないと思う、患者さんを特殊性としてすくい取るのは、学ばせていただくという精神の発露であり、リスペクトだと思う。ただ「興味ある」という言葉が、今となっては不適切であることも間違いないが。

私の35年前の拙い研究が、いまだに多くの人の注目を集めているのは気恥ずかしいことである。

しかし恥ずかしがってばかりいては、手がかりを与えてくれた被爆者の方、調査研究に協力してくれた多くのスタッフ、私を励ましてくれた多くのメディア関係者に申し訳ない。

記憶がまだ残っているあいだに、これまでの研究の経過を記録に残し、核被害の研究の歩みととも深まってきた私の内部障害への認識をあとづけたいと考えた。これが私なりのリスペクトである。

多くの方々にご叱正をいただきたいと願う次第である。
 
空白込みで12、800文字

再掲ついでにもうひとつ

与謝野晶子の「君死にたもうことなかれ: 旅順口包囲軍の中に在る弟を歎きて」、日本を代表する詩である。
刃(やいば)を呑んだ詩で、100年後の今も恐ろしい詩でもある。
“そこまで言っていいんかい”、が3ヶ所ある。
旅順の城はほろぶとも
ほろびずとても何事ぞ
すめらみことは戦ひに
おほみずから出でまさね
かたみに人の血を流し
獣の道で死ねよとは
死ぬるを人のほまれとは
これを家の倫理で辛うじてオブラートに包んで、
ぬっと突き出した。
しかしオブラートだから半ば透けて見える。
家の倫理というのは、実は仏の教え、浄土真宗の論理ではないか、と思う。
廃仏毀釈の折から、店先には神棚が飾られているが、奥の座敷にはしっかり仏壇がましましている、という具合である。

晶子は天皇制の押し付ける倫理に家族の“情”を対置したのではなく、もう一つの倫理を以って対抗しているのだと思う。“獣の道”にたいする“仏の道”である。叙情に流されない、凛とした鋼の強靭さはそこから生まれているのだと思う。

思い出した。
一部を再掲する。

保育園、増やせよ!

オリンピックで何百億円ムダに使ってんだよ

エンブレムとかどうでもいいから、保育所作れよ

有名なデザイナーに払う金あるなら、保育所作れよ

どうすんだよ

会社辞めなくちゃならねーだろ

ふざけんな、日本!

奇襲作戦をかければ、当座は勝利する。卑劣な奇襲はヤマトタケル以来の日本軍のお家芸。
しかしいずれ化けの皮ははがれる。
後に残るのは勝てる見込みのない相手に、道理なき戦いを挑み、敵味方合わせ数百万の命を奪った国家首脳の愚かさだ。それを忖度し国民を叱咤したのが、資本家、官僚、マスコミだ。

BSワールドニュースは休止した。2チャンネルでも見られない。「熱狂」という情報統制が世間を覆い尽くす。

社会は80年で劣化するのか。明治維新から80年で戦争、それから80年でコロナ。きっかけは何でも良いのかもしれない。
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あの頃、大きな戦闘作戦に勝利すると、路面電車に電飾を灯し祝ったそうだ。町内会にも奉祝行進の動員がかかったそうだ。

それに悪乗りして大本営が、負けているのに「勝っている、安全安全」と嘘っぱちを垂れ流す。「ばれない嘘は嘘ではない」というわけだ。
神州不滅
           神州不滅の碑(鹿児島)

二年もすると化けの皮が剥がれ、日本中火の海だ。若者がバタバタと倒れていき、未来が失われる。哀れなのは、この期に及んでも国民が「神州不滅」と信じ続けることだ。

これが五輪組織委員長の予言した「ハルマゲドン」だ。あぁ東条よ、牟田口よ。

JULY 23, 2021 ロス・アンジェルス・タイムス
「エリック・クラプトンは神ではない。ただの下劣な反ワクチン野郎だ」


若い頃に夢中になった音楽は、その人のアイデンティティーとなって析出し、大海原に解き放たれたような感情をもたらす。

なにかの曲に執着し、その素晴らしさをいとおしみ、手放そうとしないのは当たり前でしょう。

多くのロックファン(特に白人男性)にとって、そのような若き日の憧れがエリック・クラプトンである。きらめくような伝説に彩られたロックミュージシャンである。

そのクラプトンは、76歳のいま、ロックの神話ではなく、浅はかな反ワクチンの暴言でニュースになっている。

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ウィキペディアより

性懲りもないクラプトン弁護論

ワクチンに関する彼の危険な発言は、"この男からその音楽を切り離すことができるのか" について、またも議論を巻き起こしている。

ファンの間では、クラプトンは「レイラ」「コカイン」「ワンダフル・トゥナイト」などの曲で音楽界のミケランジェロのような存在だった。

それでフアンたちは再び主張し始めている。

「彼が重大な不祥事を起こしても、それが作品に疑問を抱かせるようなことはあり得ない」と。

1960年代半ばにロンドン中にスプレー・インクで描かれた「クラプトンは神だ」という落書きは、ヤードバーズ(クラプトンが在籍した60年代のロックバンド)のプロモーターが考案したものだが、未だにそれを信じている人もいる。実はクラプトン自身がほのめかしているのだが…

クラプトンが神だと信じる人々にとっては、クラプトンという人物を批判するのは構わないし、反ワクチン論に異議を唱えることも認める。しかし音楽には口を出さないでほしいと言いたいところだろう。

しかし、それは的外れだ。

クラプトンの場合、音楽と人間は一体不可分である。それは傲慢さの表現であり、「悪のヒーロー」を求める気弱な若者に向けた虚勢でしかない。

クラプトン的演出セットは、思春期の一定の段階にスポットを当てたものだ。しかし、その後、音楽の好みと人格の完成が進んでくると、そのようなアイコンには飽きてくるものだ。

パンデミックの間中、クラプトンはロックダウンを非難し続けた。「それって、まるで政府が1960年代に大麻を吸っただけで子供を外出禁止にしたようなものだ」という無茶苦茶な言い分である。

同じように科学を否定するヴァン・モリソンの反ロックダウンの曲を、クラプトンは演奏した。そして最後には、「パンデミックにまつわる陰謀の証拠だ」として、変人オタクやYouTubeの動画を引用し始めた。

ワクチンを接種する道

しかしそう言っときながら、クラプトンはワクチンを接種する道もことも選択した。致命的な病気にかかりたくないという気持ちもあったようだ。

2回目の接種後、クラプトンはワクチンの影響で10日間ほど手足の痛みが続いたと主張している。

末梢神経障害とは、神経が損傷を受けた結果生じるものである。ニューロパシーは、神経が傷ついて起こるもので、アルコール依存症が原因となることもある。クラプトンは以前からアルコール依存症であることを認めている。

水曜日、クラプトンは言った。「観客に予防接種の証明書の提示を求めるような会場では演奏しないぞ!」

明らかに「スローハンド」(最大のヒットアルバム)のギター奏者は、コロナウイルスが自分に感染する可能性が低いという安心感から、みずからスーパースプレッダーとなるイベントを開きたがっているのだ。

テキサス州選出のテッド・クルーズ上院議員も同類だ。彼はクラプトンと同様にワクチンを接種している。そしてただちに称賛のツイートを送った。

「ブラボー、エリック・クラプトン。アーティストは個人の自由を守るべきだ!」


これでいいのだ!

ワクチンを接種した有名人が、大衆にはワクチン接種を思いとどまらせる。さらに悪いことに、「ワクチン接種を拒むものは、専制政治への反乱者である」かのように英雄視させようとしている。

これはもはや芸術ですね。デルタ変異株が世界中に死をもたらすように。

かつての名声のおかげで、ギターの英雄クラプトンは、今も排除されずに済んでいる。公衆衛生上の視点からすれば、彼はずっと前にその台座から引きずり降ろされるべきだったのだ。

クラプトンはデビュー当時から、みずからが人種差別主義者、暴力容認主義者、そして反科学主義者であることを明らかにしている。それは彼の一部であり、「クラプトンは神である」というパッケージから切り離すことはできない。

もちろん、クラプトンの音楽を愛する人が皆、彼の意見に共感していると言っているわけではない。

私の言いたいのは、「狂乱のソリストであるクラプトンは、反科学の伝道師であるクラプトンと常に同じ和音を奏でている」ということだ。

合理化されてきた下劣さ

何十年にもわたって見過ごされてきた、あるいは合理化されてきた下劣さが、彼のうちにある。

1968年、クラプトンは『ローリング・ストーン』誌上でジミ・ヘンドリックスを非難した。彼はさりげなく人種差別的な言葉を使い、下品な人種差別的な戯言をちりばめ、ヘンドリックスの魅力の源としてセックスシンボルの側面を強調した。

1976年にはコンサートでこう語った。

「イギリスを白人の国のままにしておきたい。すべての黒人を追放したい」

人種差別的な言葉をふんだんに盛り込んだ曲を発表したこともあった。

1999年には、ロンドンのサンデー・タイムズ紙に、妻パティー・ボイド(モデルで写真家でもあった)をドラッグとアルコールで泥酔して虐待したと語ったこともある。

今のクラプトンは、危険な反ワクチンの思想を持ち、生死に関わる公衆衛生上の問題を、わけもなく笑いものにし、それが自分の権利だと思っているようだ。


「芸術家ではなく、芸術を信じなければならない」のか

2018年のガーディアン紙で、評論家のニール・スペンサーはクラプトンの音楽を「まばゆい」「苛烈な輝き」に満ちていると称賛した。そして、彼の "劣悪な行動と様々な依存症 "を重視しすぎないように戒めている。

「芸術家ではなく、芸術を信じなければならない」とスペンサーは書いている。

“まばゆくきらめく”(DazzlingやBrilliant)はクラプトンの音楽に対する常套句である。それは明らかに見る人の耳に入ってくる。

しかし、「痛烈な」(caustic)は金属を溶かすような激烈さを意味する。

クラプトンの音楽が「腐食性」(caustic)だとすれば、彼の行動や思想も腐食性である。どれもがひとつのピースなのだ。

クラプトンには、その芸術と芸術家の両方をふくめてだが、膝を屈し懇願すべき時が来たようだ。
「引退してくれ」と。
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面白そうな文章なので、訳し始めたが、とても門外漢の手に負える代物ではないことがわかった。その筋の人には常識である事実を伏線にして、さまざまな皮肉や嫌味が飛び交う。
さすがに題名そのままではきついので、すこし忖度した。
皆さん、私に文句を言わないで原文にあたってください。(ただし有料です)

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クラプトンとコロナ、そしてワクチンを巡る経緯については、ネットでも随分いろいろな情報が飛び交っている。
それらのうちかなりの文章が、クラプトンに好意的なものになっており、クラプトンの主張をそのまま、あるいは肯定的に引用しているからだ。そして、それらが結果としてワクチン拒否の有力な論拠となりつつある、という見立てだ。
グーグルで「クラプトン コロナ」で検索すると、たしかに最初の100項目まではクラプトンの言い分を伝えるだけの記事だ。これがグーグルの現状であり、日本の現状である。そういう世界ではコロナワクチンはベネズエラ並みの悪の象徴になりかねない。そのうち「中国が新型コロナをばらまいた」という主張が「科学的事実」にすらなりかねない。

それらを読んでいるとヘファマンの憤りの理由が分かってくる。

クラプトンは時系列を置き換えることによってみずからの行動を「合理化」し、心情を吐露することによって行動の矛盾を覆い隠し、カルトに逃げ込むことによって科学に逆襲し、場合によっては犠牲者ふうなふりをして同情を買おうとしている。

医者を長年やっていると、こういう患者には嫌というほど出会う。

ミック・ジャガーが激白、陰謀論者と反ワクチン派は「議論しても無駄」

が面白い。不良ぶりにかけてはさらに上手のミック・ジャガーが言うから面白い。とくに子供の頃の小児マヒ流行時の思い出は、共感するものがある。

クラプトンのジミー・ヘンドリックスへの罵りは、日本語記事にはまったく見当たらない。ヘファマンが根拠としているのは When Eric Clapton gave his opinion about Jimi Hendrix という記事である。だが、直接原文にあたってもそれほどの記事とは思えない。

小山田氏のいじめ」問題というのが、世上を騒がせているが、その内容がどうもよくわからない。というか、ほとんどまったく分からない。

何よりも、「誰に、なぜ遠慮しているのか?」が分からない。「社会的タトゥーing」とか言っていじめの当事者を保護することが理由となっているらしい。

たしかに子供の頃の軽い悪さであれば、多少は眼をつぶるのもありかと思うが、だとすれはオリンピックのなんとか担当を降すという社会制裁の口実がわからないままというのも、逆に法治国家としていかがなものかとも思う。

話が飛んで申し訳ないが、ミャンマーで若者が罪状が明らかにされないまま次々に逮捕されている。理由がわからないということが一番の恐怖だ。真綿でくるんだまま社会から排除するのでは、「仕返し」と選ぶところはない。

そんなもやもやした気分が、この文章で一気に晴れた。「猫系作家の時事評論」という連載コラムの一編で、記事を書いたのは古谷経衡さん。

題名は「
加害と向き合えない小山田圭吾君へ──二度と君の音楽は聴きません。元いじめられっ子からの手紙」とやや長い。思いを正確に表現するにはこれだけの長さが必要だったのだろう。

事件の内容が具体的に描かれているが、それを明らかにしたみずからの氏素性も明らかにし、理非曲直を詳らかにし、ただのいじめ事件に終わらせずに本質論議まで展開している。

ナチスのユダヤ人に対するホロコースト、日本軍の中国での数々の蛮行などまで話が及ぶが、その焦点は、小山田氏が「カルチャー」という言葉によって、逃げようとしているという指摘である。それは「空気」という構造化された虚無と、付和雷同のブラックボックスで醸し出されていく。

彼は、被害者の側から事実を眺めよと主張する。なぜなら、いじめの事実と記憶は、被害者の心の中にしか存在しないし、被害者の側からしか再構成できないからである。

これらいくつかの提言は、読んだものの心に残るものとなるだろう。


かなり長いが、一気に読ませる。是非一読をおすすめする。

2021年前期、ラテンアメリカの動向


この文章は、A GUIDE TO 2021 Latin American Elections という記事を元に若干の解説を加えたものです。文責は鈴木頌にあります。

解説的前書き

1.自主派が反米派になり強権派になるというトリック

エクアドル:  2月7日 大統領選挙 
エルサルバドル:2月28日
チリ:     5月15日 制憲議会、地方選挙、知事選挙。
        1月21日 総選挙。12月19日 大統領選挙

ペルー:    4月11日 総選挙、6月6日 大統領選挙
メキシコ:    6月6日 中間選挙、8月1日 国民投票
アルゼンチン: 11月14日 総選挙
パラグアイ:  10月10日 地方選挙
ニカラグア:  11月7日 大統領選挙
ホンジュラス: 11月28日 大統領選挙

今年はチリ、エクアドル、ホンジュラス、ニカラグア、ペルーのラテンアメリカ5か国が大統領を選出することになっています。また9か国が議会選挙を行います。チリでは国民投票が行われ、憲法改正が決まりました。
中南米地図


この内、エクアドルとペルーの大統領選が終わり、秋にはチリ、ホンジュラス、ニカラグアの選挙が待ち構えています。

エクアドルは保守派、ペルーは革新派が勝利しましたが、いずれも僅差でした。

保守派、革新派というのは国内での色分けです。階級色をより鮮明に出すなら、大企業派民衆派と言い換えることもできるでしょう。
これを国際的に見るならば、親米派自主派という分け方になります。あえて反米派と書かずに自主派としたのは、もともと反米ではないからです。

いろいろ経過がありますが、アメリカの言うことに是々非々で対応すると、アメリカから見て面白くない。そうすると米国は反米派のレッテルを貼っていじめにかかるわけです。その際、米国はみずからを民主派、あるいは人権派と強弁するわけです。

最近は、これに強権派というレッテルが加えられるようになりました。反米派→強権派というレッテルの変化は、最近、とくにトランプ政権以後に激しくなりました。

これには2つの背景があります。

2.「情報の不均衡」の拡大

最大の問題は極端な富の偏在のために、アメリカの支配力がますます強くなり、情報の世界を圧倒的な量で支配するようになったことです。情報格差は1対100から1対1万くらいに拡大しました。とくにグーグルなどの商用検索エンジンでは、よほど頑張らないと自主派のサイトを探し出すのは至難の業になっています。

さらに既成メディアに加えて、SNSが強力な拡散力を獲得したことです。SNSが無数のフェイクを生み出し、若者の間に容易ならない浸透力を備えるようになりました。

その結果、これまで比較的冷静に全体像を把握していた人たちにまで、フェイクの嵐が影響を及ぼし始めました。親米派自主派という分け方をしていた人が、いつの間にか民主派強権派という米国式の分類にはまっていくのです。

3.欧州諸国の対米従属

もう一つの背景は、EU圏の政権やNGOなどが米国の意向にすり寄るようになったことです。
これはとくに、リーマンショックと引き続く欧州金融危機の時期に一気に進行しました。米国の量的緩和とドルの流入がなければ南欧諸国とフランスまでふくむ債務の拡大は克服困難でした。
それは今も変わっていません。アメリカが国債の利率をちょっとでも上げれば、欧州諸国の債務はたちまち天井知らずになり、ギリシャのような大不況と大失業がやってきます。

さらに中東紛争による難民の流入は、中下層労働者を中心に激しい排外主義と政治的動揺をもたらしました。

EUは米政府の言い分を鵜呑みにするようになり、場合によっては米政府のメガホンとなるまで達しています。またBBCやロイター・AFPなど欧州系通信社も、とくに人権報道では米情報筋の謀略的なニュースを拡散しています。(ロイターは2008年、カナダ企業に買収され、大きく右旋回した)


4.バイデン政権の中南米政策

今年はじめ、トランプを破ってバイデン民主党政権が誕生しました。トランプの展開した国境の壁大作戦、「アメリカ・ファースト」などの露骨な政策は影を潜めましたが、自立政策をとる国家への不合理な制裁、封鎖作戦は依然として継続されており、緊張は解けていません。

キューバやニカラグア、ベネズエラへの人権を口実にした攻撃と暴力誘発作戦の試みも、そのまま受け継がれています。これは一つには、唯一の超大国となったアメリカへの理性的批判の声が弱まっていることの反映でもあります。

これはバイデン新政権がトランプよりマシとはいえ、中南米に対する覇権意識に固執していることを示しています。これが最初に述べた「21世紀における新保守主義」の攻勢を意味することは明らかです。違った攻撃に対する違った反撃、とくに中間層の支持の奪還が求められるところです。


そんなことを念頭に置きながら、ラテンアメリカの動きを眺めてみたいと思います。かなりメディアの論調とは様相を異にするものとなると思いますが、ご了承ください。



2021年前半の動き

1.エクアドル大統領選挙

2月にエクアドル人で大統領選挙がありました。エクアドルは前の大統領がコレアという進歩派の経済学者で、多くの改革が成し遂げられつつありました。

しかしアメリカの陰謀で一時は大統領が誘拐され、軍が臨時政権樹立の動きを示すなど、政情は必ずしも安定したものではありませんでした。

3期にわたり政権をになったコレアが退陣したあと、彼の政権で副大統領を務めたモレノが後継大統領に当選しました。しかし半年程してから突然裏切り、これまでの革新的な政策を投げ捨て、米にすり寄るようになりました。官憲はついにはコレアに逮捕状を出すに至りますが、間一髪逃れたコレアはヨーロッパに居を構え抗議運動を組織します。

任期を終えたモレノ大統領でしたが、国民の不信は強く再立候補は不可能となりました。そしてコレアの意思を継ぐ青年政治家アラウスが、寡頭支配層の代表ギジェルモ・ラッソに対抗馬として立候補しました。

支配層は「コレアは犯罪者だ」と罪をでっち上げ、「その後継者の立候補は許さない」と嫌がらせを続けました。アラウスは泡沫政党に入党してその党の候補としてなんとか立候補できましたが、その後もさまざまな難癖をつけられ、まともな選挙運動ができないほど追い詰められました。

しかしそのような攻撃を跳ね返し、彼はあと僅かのところまで反動カイライ候補ラッソを追い詰めました。惜敗はしたものの、政治的影響力をしっかり残した意義は大きいと思います。


メキシコ国会議員選挙

7月にメキシコで国会議員選挙が行われました。これは任期半ばを迎えたアムロ大統領に対する信任投票の意味を持ちます。アムロと革新陣営は相当本腰を入れて臨みました。あむろ
アムロ大統領

しかし議席数で若干の前進を勝ち取ったものの、改憲議席(議員ポストの2/3)、いわゆる “supermajority” の確保には至りませんでした。

もともとメキシコは保守の二大政党制の国でした。革新派は保守派の一部と手を握り、一定の力を持つ野党を形成していましたが、これが10年ほど前に変節してしまいました。これに怒ったアムロらが袂を分かち、真の革新政党を結成しました。この党を母体にしてアムロが大統領に当選したのです。

そして今度の選挙では議会でも圧倒的多数を獲得し、国民的改革に一歩を踏み出そうとしました。そこで旧来の二大政党はタッグを組み、これになんと野党まで合流したのです。

この3党連合を相手に“supermajority” まであと一歩に迫ったのですから、躍進と言うべきでしょう。
ただメキシコは中南米を代表する大国であるだけに、一筋縄では行きません。今後、より注意深い観察が求められるでしょう。


ペルーでは革新派の候補が僅差で勝利

ペルーの大統領選は、コンマ以下の僅差で自主派のペドロ・カスティージョ候補が勝利しました。なかなか決着がつかずニュースにするのが遅れましたが、長年にわたり保守の牙城であったペルーにおいて革新派候補が勝利したことの意義は、決して小さなものではありません。

Peru_PedroCastillo
PedroCastillo

この選挙には当初、リマの急進左派組織の代表セロン氏が立候補するはずだったのが、右派がさまざまな難癖をつけて立候補を阻止したことから急きょ決まりました。

しかし、そのことは山岳部の先住民候補が当選したことの意義を損なうものではありません。この勝利は、ピサロのインカ征服以来、隷属的地位に置かれていた高地の先住民勢力が、リマの白人支配層に初めて勝利したことをも意味します。

今後も迂余曲折が予想されますが、数年前に事実上崩壊したUNASUR諸国が、アメリカの干渉をはね退けふたたび勢いを取り返したことは、ラテンアメリカの今後にとって大きな意味を持つことになるでしょう。


ニカラグアの大統領選挙を巡る状況

最近の事態は、親米派と言うよりアメリカのエージェントが、国内の保守派をさえ無視して、強引に選挙戦に割り込もうとしているだけにみえます。

彼らは2年前、アメリカの秘密資金を元にグアテマラやホンジュラスのギャングを狩り集め、騒動を引き起こした犯人です。暴動を引き起こし数百人を死に追いやった罪で起訴されましたが、現在は二度と暴動を起こさないという制約をした上で恩赦になっています。

当然、被選挙権などには厳しい制限がかけられており、選挙登録した政党からも共同行動を拒否されています。さらに外国から秘密資金を受け取り、そのほとんどが使徒不明になっていて、政治資金規正法で起訴されています。

保守政党の人は、「こんなことをすればオルテガが有利になるだけだ」と冷ややかな目で見ています。
(Reforms and a fractured opposition only make it easier for Daniel Ortega to secure a fifth term as president in November. May 26 as-coa


民主制度に向け動き出したチリ

チリでは憲法改正の是非を問う国民投票が行われ、圧倒的多数で改正が承認されました。

この憲法は1980年に血塗られた独裁者ピノチェトのもとで成立したもので、民政復帰したあとも30年にわたり手つかずのままとなってきました。如何に軍政の爪痕が深いものであったかを思い知らされる出来事です。

その後、制憲議会が招集され、審議が進んでいます。軍人議席が廃止され、共産党の進出を阻んでいた選挙制度が自由化されます。選挙はこの秋に行われます。
Jadue
Daniel Jadue

大統領候補の一人として、左派の統一候補ダニエル・ハドゥエが有望視されています。この人は共産党員で、サンチャゴ近郊の街で市長を勤めている人物です。


teleSUR   21 July 2021
Solidarity Groups from the US Send 6 Million Syringes to Cuba

leads:
連帯と愛、そして封鎖の撤廃を求めて、「アメリカ=キューバ連帯運動」(the Cuba Solidarity Movement in the United States)は記者会見を開き、キューバ支援を継続すると宣言した。
また「600万本のワクチン用シリンジをキューバに送る」キャンペーンが達成されたことを発表した。
……………………………………………………

US solidarity


記者会見では運動のメンバーが、コロナ対策のために「600万本のワクチン用シリンジをキューバに送る」資金調達キャンペーンについて語られた。

声明によると、7月17日(土)に約200万本のシリンジがキューバのマリエル港に到着した。連帯運動のメンバーは、ワシントンD.C.のキューバ大使館に受け渡し証明書を贈った。

メンバーの一人、ベンジャミン氏は、「今後も注射器だけでなく、抗生物質、鎮痛剤、避妊薬、ビタミン剤、高血圧・がん・糖尿病の治療薬などの医薬品や医療品を送るための資金を集める」と述べた。

彼は、カルロス・ラソ教授の「愛の架け橋」プロジェクトのおかげで、キューバ系アメリカ人からの支援を受けていることも強調した。

記者会見では、次のようなエピソードも語られた。

キャンペーンの宣伝車に乗っていると、誰かが車を止めて出てきた。そしてポケットから20ドルを取り出して、「キューバの医師の偉大な仕事に敬意を表したい」と言った。

「このキャンペーンは、乏しいお金しか持たない人々でも、本当に真剣に貢献してくれています」とベンジャミン氏はつけくわえた。

会見者の一人で、米国在住キューバ人のカバレロ氏は、米・キューバ両国の国民が団結する必要性があり、国外に住むキューバ人の大多数が故国支援の思いを持っていると述べた。

そして「このキャンペーンに50万ドル強の資金が寄せられたことは、キューバに共感し、両国民の結束を願う人々が貢献してくれた結果です」と強調した。

……………………………………………………

今回のシリンジの購入と発送計画は、27年間にわたってキューバに医薬品や医療品を送り続けている人道支援団体「Global Health Partners」が企画したものである。

募金を行った団体には、
#SavingLives Campaign(封鎖反対の団体の連合体)、コードピンク、「人民フォーラム」、国際港湾労働者組合(ILWU)、アメリカ民主社会主義党(DSA)、そしてキューバ系アメリカ人で構成された2つのグループ、「キューバ封鎖をやめろ」運動と「愛の架け橋」プロジェクトがある。

新藤さんを経由して、キューバ大使館より以下の要請がありました。このブログを通じて拡散します。
ぜひご協力ください。

キューバでは、このところPCR検査(一日40,000件以上)による陽性者が12日間6,000人以上続いています。これまで陽性率は6%弱でしたが、6月後半から急上昇しています。キューバ政府も困難な経済状況の中でワクチンを開発したり、PCR検査だけでも2億ドル以上出費を余儀なくされています。ところが、キューバの経済を一層締め上げ、体制転換を図ろうと、バイデン政権は経済封鎖をむしろ強化し、キューバ経済はますます厳しくなっています。そのようなおり、汎米保健機構から、医薬品、試験用具、フェイス・ガード、近々12トンが寄贈されます。世界の各地から支援の手が寄せられています。私たちも、微力ではありますが、その支援の輪に加わり、キューバの主権と国民の健康を守りたいと思います。

 

以下に在日キューバ大使館からの支援の要請文を引用します。ご検討をお願いいたします。

 

 

友人のみなさん

 キューバのパンデミアへの戦いに貢献されたいとのご意思があることを伺いました。
みなさまの心温まるご配慮に心から感謝申し上げます。ご寄付の方法については、
次の三つの方法から、ご選択ください。

 

1)現在、ご寄付の品物の荷物を、東京オリンピック2020年に参加して日本に滞在中のキューバオリンピック代表団を通じてキューバに送付する可能性があります。

 この目的で、注射針の購入に利用するために次の銀行口座にご寄付を送金していただければと思います。


三菱UFJ銀行 堀留支店  (普)5008033

口座名義: 信英インターナショナル ()


送金された場合、下記の担当者宛てに送金内容をご連絡ください。

キューバ大使館商務参事官秘書

メールアドレス:tcomercial@ecujapon.jp

 

2)寄付をモノの形でお送りすることを希望されるなら、キューバが最も必要としているのは、次の品物です。

1.       プラスチック製シリンジ1 ml23Gx針長1インチの注射針つき

2.       N95マスク、もしくは同規格の品
3.       フェイスガード
4.       サイズがMもしくはLのニトリル手袋。ラボでのサンプリングや作業用。
5.       サージカル・マスク
6.       フィルター付きピペットチップ、0 10 ul 0 200 ul1000 ulのもの
7.       使い捨て医療用ガウン
8.       1.5 ml 0.2 mlのバイアル

*1,6,7,8の品物の場合は、複雑な技術的に特殊用具で個人では購入が困難ですので、特別な機関に寄付していただくのが良いと思います。

 

もし、医療機器や医薬品を寄付されることを希望されるなら、事前に次の情報をお送りください。

医薬品:学術名および商品名、メーカー、製造年月日、ロット番号、有効期限、化学分析証明。

医療機器:ブランド名、製造年、電圧、サイクル、技術状態、可能なら写真を添付。

 

いずれにしましても、事前に当大使館に詳細をお知らせください。送付には大きさの制限があることを考慮ください。

 

品物送付先:送付先については、必ず事前に下記のキューバ大使館担当者にご相談ください。

 

3)さらに、直接キューバへの資金援助の場合の通常の口座があります。

銀行名:Banco Financiero Internacional

口座番号: 0300000005336242

タイトル: DONATIVOS POR EMERGENCIA

スイフトコード: BFICCUHHXXX

しかしながら、アメリカのキューバへの経済封鎖による制限と日本の銀行の影響により、このルートで送金できるか、保証はできかねます。

 以上、みなさまのご協力に感謝申し上げますとともに、重ねてよろしくご配慮をお願いいたします。

 

在日キューバ共和国大使館

担当 カティア・モンソン商務参事官

 

 

 

この記事を読んで、アメリカの人権政策がいかにマヤカシであるか、経済制裁・金融封鎖がいかに卑劣で人権蹂躙で非人道的なものであるかを知り、その尻馬に乗るのがいかにナイーブな行為であるかを理解し、併せて仲間の皆さんに拡散してください。


病いとの共生ということ
療養権と共同の営み


はじめに 療養活動の過程

人は普通、病気になると病院にかかって診察を受けます。だから病気の人を患者さんと呼ぶことが多いのですが、最近は疾病構造の変化により、病院にかかるだけが病人の仕事ではなくなっています。

このことは慢性疾患が増え、高齢化が進み、障害者との境界ゾーンが拡大するにつれ、ますます注目されるようになりましたここでは病気を持ち、病院にかかり、療養する人たちを病者と呼ぶことにします。

病者も一人の人間として健常者と同じように生活する権利を持っています。
「病者の営み」の目的は次のように考えられます。
第一に、病いや病いのもたらす苦しみと向き合い、それを克服しようとすること、これを闘病過程と呼びます。療養活動のなかで物質的基礎となる活動と言えるでしょう。
第二に、病いによってもたらされる生活上の障害に対応し、自立した人格を維持することです。つまり病者が営む社会的な生活過程です。
第三に、病いの中にあっても健常者に伍して目標を持ち、状況を受け入れると同時にそれを変革し、療養の中に生きがいを追求しようとすることです。それは心の動きを伴なう内面的な活動です。
病者には助けが必要です。第一の営みには医療者の診断と治療、家族や友人の心の支え、社会の理解が必要です。第二の営みには病院など医療供給システムや、医療保険など社会的バックアップが必要です。
これらの助けがあって初めて、病者は療養の営みを実行できるのです。そして病気が治ることによって、周りの支えなしに自活できるようになり、療養の営みを完結するのです。
療養生活の中では労働の産物が利用され消費されます。そして、健康な身体と「健康な生活」が再建されます。これは療養生活の特殊性です。


療養権と生存権

ところで、病者が療養活動のために医療者、家族、友人、そして社会に助けを求めるのは不当なことでしょうか? こう聞かれて「不当だ」と答える人はほとんどいないでしょう。苦しいときはお互いさま、助け合うというのが社会というものです。
病者を取り巻く人々も、はじめは病者を支えるものとして病者に向き合いますが、「病者を支える営み」の当事者となることによって、自らの要求を権利として自覚し、主張するようになります。
このことから、「病者の療養する権利」は憲法25条の「健康で文化的な生活を送る権利」に直接つながるものとなり、国民的な広がりを持つようになります。また、教育を受け、学習し、発達する権利や、人としてふさわしい労働をおこなう権利と結びついて、ひっくるめた「人間として生きていく権利」の一部を構成するようになります。
また医療や介護の活動は、病者の療養活動を助け、国民の療養権を保障し擁護する活動、そのために社会から付託された活動として位置づけられるようになります。このように考えることによって、私たちが目指す「共同の営み」の拠って立つ基盤が分かりやすくなります。


論点の整理

以上のような考えは、実はこれまであまり一般的なものではありませんでした。だからすこし言葉や議論を整理しておく必要があります。
病者の立場から医療を考える場合、医療を受けることと、医療を受けながら病気から立ち直ることが二重の行動として捉えられます。それは社会が付与する生存権の一部になっています。
医療に関わる行動の二重性は教育と似ています。児童は教育を受け、学習し、知識・技術を身につけ、みずから発達・成長していくのです。
医療も同じように理解されます。病いを受け止め、構えを形成し、疾病から立ち直り、病前生活に復帰することが本質的で、医療機関への受診やさまざまな医療資源を利用することはそのための条件となります。
そのさい、行動の主体は患者というより病者と呼ぶのがふさわしく、その行動は医療ではなく療養(セルフケア)と呼ぶほうが正確でしょう。そして病いから立ち直り、場合によっては病いと共存しながら生きることは、病者の主体的な権利です。
今まで医療権とか健康権と言われてきた考えは、「療養権」と名付けると非常にわかりやすくなります。

(療養権といえば、かつては療養所に入っている人の権利であって、娑婆の世界とは隔絶したものと考える人がいるかも知れません。たしかに朝日裁判はまさに「療養権裁判」でした。しかし介護、養護、予防などに裾野が広がっている現代、療養権はもっと広く、国民の生存権の重要な柱として蘇るべきと思います)

「患者の権利」を、病院や治療方針の選択の自由と捉える傾向もありますが、それ自体を否定するものではありませんが、病者の権利はもっと広範で底深いものでしょう。


共同体における病者の意味

人間は孤島で一人療養を行うわけではありません。生産が生産関係の中で行われるように、療養は人間同士の交わりの中で行われます。資本主義的生産関係は契約関係ですが、療養は血縁、姻戚、地縁など共同関係の中で営まれます。
療養と周囲の支援の原型は、近代以前の共同体の中にあります。これについては、中世ドイツの医療哲学をヒルデガルトの考察に沿って紹介したいと思います。
医療者をふくむ共同体の人々にとって、病める人は人間的受苦の象徴としてとらえられていた。肉体は限界であるが、単純な限界ではない。それは普遍的な媒介者である。
あらゆる病的状態は根源の状態、われわれの「健全な状態」の想起に役立つだけでなく、終末状態における最後の使命への示唆でもある.あらゆる疾病は治癒への、そして結局のところ救いへの示唆なのである.
病める人は、病めることによって、受肉した(肉体によって媒介された)人間存在の本質を突き出す。そのゆえに、病める人は範例を顕示する存在として受け止められた。
人間は宇宙の中心にとどまり、救いへと出立する.人間は本性上、すべて途上にあり、巡礼者であり、求道者である。
中世世界においては、病いも臨終も「健全な共同体のいとなみの中心に存在」している.病者は共同体と無媒介的に合一した共同主体であり、病を得て死に至るまでのすべての過程を、共同体の一員として生きていくことになる。
HvB Wikimedia
ヒルデガルトの胸像(Wikimediaより)


社会的活動としての療養ー近代以降

近代化に伴なう膨大かつ多面的な変化については、ここでは取り上げません。ただ一つだけ言うとしたら、中世の療養生活を成り立たせていた共同体が砂のように崩れ落ち、すべてが自己責任に帰せられるようになってしまったことです。
それだけではなく、個々の生活過程が共同体の一部ではなく、生産過程と価値増殖過程にとっての「厄介な付着物」にまで陥れられました。
このような歴史的状況の中にあって、療養者は「キズ物」として扱われ、相対的に弱者とならざるを得ません。
近代社会は、それ自体は進歩的ではあっても、共同体社会の対立物です。それをいかに揚棄し、自由で友愛的な共同社会の実現に進んで行くかは、近代社会が与えられた本質的テーマでしょう。
晩年、マルクスはこんなことを言っています。
共同体滅亡の歴史的宿命性は、“純粋に理論的な見地”からみて正しくない。農耕共同体にふくまれる私的所有の要素が打ち勝つか、それとも集団的要素が打ち勝つかは、その共同体がおかれている歴史的環境に依存する。
療養活動と、それを取り巻く集団的要素の構築は、新しい社会に向けての重要な足がかりになるでしょう。


療養権擁護の活動

擁護の活動なくして療養活動はありません。私たちが療養活動と療養権を考える上でも、療養を底支えし、療養活動の横糸となって社会的療養活動を編み上げていく擁護の活動を、社会活動の中に位置づけなければなりません。
そのためには療養活動と擁護の活動とを結びつけ、私たちの生活過程の一環として位置づけるようなパラダイムの転換が必要です。しかしこの作業はまだ緒についたばかりです。
ここでは3つの視点を提起したいと思います。
第一は「統一」の視点です。みずからの要求が病者の要求でもあることを念頭におき、要求の一致を運動の一致につなげていくことです。
労働者は、人間として働くのにふさわしい仕事の確保、人並みに暮らせる最低賃金、健康を損なうことのない労働時間、職場の衛生と安全、社会保険や公的サービスの充実などをもとめています。そういう働く人々の要求は、そのまま療養者たちの生活と健康を守るための条件でもあります。
第二は「参加」の視点です。医療や介護、養護分野の業務を行政的・私的なサービスと捉えるのではなく、自らもその一員として参加することです。
第三は、「未来」への視点です。人間が疎外され、他人への無関心が広がる社会を克服し、連帯と友愛の共同体を作るという共同の目標にどう進んでいくのか、もっと語り合わなければならないと思います。

参考文献
H・シッパーゲス 「中世の医学(治療と養生の文化史)」 人文書院 1988年
岩佐茂 「哲学のリアリティー」 有斐閣 1986年
佐藤正人「ザスーリチの手紙への回答」考 北海道大學 經濟學研究 1973年


空白込みで 3617文字


 

動物の定義  
1.多細胞
2.従属栄養性
3.消化機能と消化器官
4.自動性
として特徴づけられる。
細胞レベルでは形態的に共通の特徴が維持されている。
それは、動物細胞間の接着構造、コラーゲンやプロテオグリカンといった細胞外マト スの構成要素などである。
しかしこれには適応や退化による例外が多くある。すべての動物種に共通な形態的な特徴はほとんどないといえる。
そこで第5の規定が登場した。すなわち、遺伝子レベルでの共通性である。これらの性質を持つ生物の系統樹に、遺伝子的に抱合されるということである。

これはゲノム解析によってのみ証明される。21世紀に入って以来、ゲノム全体や個々の遺伝子の知見が積み上がり、それらの比較により、動物種が系統として単一であることがほぼ確定してきている。
これらの特徴の一部を欠いている動物種も存在するが、その祖先では備わっていたものが退化したと考えられる。

ということで系統樹が下図の通り。これは講談社のブルーバックスで「アメリカ版 大学生物学の教科書」の一つ、第4巻「進化生物学」から引っ張ってきたものである。原著の発行年は2012年となっており、アメリカの教科書の改訂スピードから推測すると、相当新しい知見と考えて良さそうである。(経験上、アメリカの教科書は、日本より5年位は早くアップデートしている)

動物系統図
それでこの図を眺めると、「明快な器官系」という想像上の共通祖先が前口動物と後口動物の分岐点になり、ここから前口動物が節足動物などへ、後口動物が脊索動物へ発達・進化していくという流れになるようだ。
どちらにせよ、ホメオボックスという遺伝子セット(Hox遺伝子)は、動物が「前後軸を挟む対称性」=左右相称性を獲得する時に形成されたものということになる。だから昆虫と魚類のあいだにゲノムの高い相同性が認められるのであろう。おそらくそれはカンブリアの前、エディアカラ期の中でも比較的早期に形成されたのではないか。


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ニカラグアは良い国、良いところ

「ゆたかな貧しさ」の国

ニカラグアは貧しい国ですが、ニカラグアの貧しい人々と他の中米やメキシコの貧しい人々との間には大きな違いがあります。

* ニカラグア人が食べるトルティーヤは国内で生産されており、遺伝子組み換え作物は含まれていません。 
人口の主食(米、とうもろこし、豆、肉、乳製品)の90%はニカラグア産です。これはラテンアメリカの国々の中でとびっきりユニークです。

* 2006年に電気を利用できたニカラグア人は約半数でした。 15年後の今日では、99%以上がそうしています。 

以前は電気と水が不足していて、毎日長い停電がありました。 今日、サービスの品質は非常に優れています。それだけでなく、貧しい人々や年金生活者が利用できるよう多額の助成を受けています。
マナグアのバス料金は、サンディニスタが2007年に政権を握って以来、上昇しておらず、まだ2.50コルドバ(約US $ 00.07セント)しかかかりません。

そして、今日のバスは、裸のガソリンタンクを積んだ14年前の黄色いスクールバスとは比べ物になりません。(molotov-cocktails-on-wheels is a mobile with a rag hanging out of the fuel tank)

モロトフカー

* 貧しい人はたくさんいますが、政府は貧困から抜け出すためにできる限りのことをしています。

ほぼすべての子供が学校に通っています。すべての学童は温かい給食をとります。

FAOとユニセフはそれを高く評価しています。(ラテンアメリカではいつもユニセフやWHOと人権組織との評価の乖離に出会う。だから米国はユニセフを嫌うのだろう)

これらの子供たちは、ニカラグア製の制服や教科書も受け取ります。

* サンディニスタは14の新しい病院を建設しました。

現在7つが建築中で、今後数年でさらに7つが建築される予定です。すべての病院は高度な技術を使用しています。

経済規模は小さいけれども、ニカラグアは今日、中央アメリカで最も強力な公衆衛生システムを持っています。

ニカラグアは現在、胎児に対して子宮内手術を行っています。
ニカラグアは放射線治療装置を備えているため、癌患者をコスタリカに送る必要はありません。
人々は1セントも払わずにこれらの医療サービスを受けられます。

-ニカラグアの経済規模は中米最小ですが、この国では、資源が少ないにもかかわらず、強制的な措置を取らずに、他の国よりもはるかに多くのことを行っています。


どうして?

そうです、国民は金持ちになるためではなく、社会に奉仕するために働きます。社会を踏み台にして生きることはしません。

毎年毎年、予算の95%以上を体系的に振り当て、どうやってもネコババはできません。

それは不可能です。

なぜならサンディニスタが、土地所有権を都市部と農村部を問わず、すべて国民に分配したからです。

草の根の人々は現在、すべての事業の80%を支配しており、国内総生産の50%以上を生産し、国の可処分所得の60%以上を支配しています。


寡頭制はもはやニカラグアの経済を支配していません。彼らはずっと前に国の生産の担い主であることををやめました。

今、彼らはニカラグアの人々に明らかにしています。彼らの目的は国を破壊することであると。

だから彼らが法的な裁きに直面することは、公正かどうかというレベル以上のものです。


ということで、我が友よ。

僕は君が新自由主義政府の下でニカラグアを助けるためにしたことを覚えています。
それ以来、君はニカラグアに戻っていません。

しかし、ニカラグアが1990年代または2000年代初頭の状態に戻ってほしいと思っているのなら、とても信じられません。

* あの頃子供たちが観光客に言った言葉は「1ドルおお恵みください」だけだった。そんなニカラグアはもう昔のことです。

* 路上に接着剤を吸い込む子供たちがいたニカラグアは過去のものです。

* 子供たちが授業を受けるのに、自分の椅子を学校に運ばなければならなかったニカラグアは、もう昔のことです。

* 病院には注射器も、薬も、手術用の糸もなかった。そんなニカラグアは、25歳以上の人だけの色褪せた記憶です。

* 穴ぼこだらけで、道路が月の景色のように見えたニカラグアはもう存在しません。ニカラグアは今日、中央アメリカで最高の道路網を持っています。

* ニカラグアはいまや若者の未来にあふれた国になっています。

メキシコを横断して米国に到達する数百万人の中米の人たちの中に、ニカラグアがほとんど見当たらなかったでしょう。

* 今日のニカラグアでは、他の国のように水道、電気、電話、年金、学校などの民営化と戦う必要はありません。

これらはすべて重要な国民の基本権として尊重されているからです。


最後に 君へのお願い

ニカラグアに過去の亡霊を戻してほしい、という君の思いは、とても信じられません。

君は国を破壊したい人々から、ひどく間違った考えを吹き込まれていると思います。

2018年、僕と仲間たちはスウェーデンで広まっていたニカラグアに関するデマを打ち消すキャンペーンを開始しました。その直後に僕は5回も殺害の脅迫を受けました。

さっき言ったように、僕は自由に動き回っています。僕は車を持っていません、だから一日中いつでも歩いて行き来します。

ニカラグアの人々は、ほかの中米諸国のように憎しみの感情がないので、僕には何も起こりません。

2018年4月の失敗したクーデターは、報道されてような先住民の行動ではありません。それは植民地勢力によって計画され、実行されたのです。

それは、1856年にウィリアム・ウォーカーが起こした戦争と同じです。アメリカ人「冒険家」ウォーカーは、「民主主義」の名の下にニカラグアに侵略し、ニカラグアに奴隷制を課しました。

植民地勢力は、1930年代には使用人ソモサを送り込み、独裁者に仕立て上げました。 1980年代にはコントラを組織し、資金を提供し、訓練しました。


11月7日、ニカラグアの人々は選挙をする

ニカラグアが「見せかけの独立」をはたしたあと、大地主たちのあいだで「誰が国を略奪し、どの外国人に売り払うか」をめぐって争いました。それは200年続き、やっとサンディニスタの勝利によって終わりました。

もうそういう時代に戻りたくはありません。だから圧倒的多数がFSLNに投票するでしょう。



さて、これを読んで気が変わりましたか?

そのときは、世界正義同盟の公開書簡、「米国のニカラグアへの内政干渉を終結させるよう求める」を読んで署名してください。


USAIDの新たな策動


1)コードネーム “RAIN”

昨年末以来、2018年のクーデターの失敗をとり返そうとして、USAIDプロジェクトが広まっています。

この作戦のコードネームは「RAIN」といいます。

それは今年の選挙を妨害し、不安を引き起こす計画です。その後は外国の介入を呼びかけ、その圧力のもとにある種の「暫定政府」を形成することになります。

実行を担当するネットワークは現在調査中ですが、彼らがUSAID、NED、NDI、IRI、およびEUから多額の資金を受け取っていることは明らかです。


2)新しいRENACER法の成立

この2年間、国家転覆を狙う人々は、外国の介入とニカラグアへの強制的措置の適用を求め、米国に繰り返しロビー活動を行ってきました。

こうして新しいRENACER法が可決されたのです。

それはニカラグアの各種金融へのアクセスを制限し、新型コロナ・ワクチンなど医薬品の購入を妨害するための強制的な措置です。

これらの強制的な措置は、ニカラグア国民の大多数によって拒否されています。世論調査では最大で85%の国民が反対しています。

ニカラグアの法律は、“外国政府に対して自国に対する強制的措置を求める” 人々から、すべての政治的権利を剥奪しています。

調査の対象となっているグループは、これを知っていましたが、長期にわたり彼らは制裁のためのキャンペーンを続けました。


3)恩赦も対話も拒否

勾留者の一部は、2018年のクーデターの試みが失敗した後に投獄されました。

しかし、「同じ犯罪を再び犯さない」という只一つの条件の下で恩赦が与えられました。

ニカラグアの恩赦法は明確に述べています。もし再犯した場合、クーデターの試み中に犯された以前のすべての犯罪が、その後の判決に加えられることを。

勾留者たちは、恩赦を受け入れ、対話の申し出を行いました。しかし彼らの主張は、最初から最後まで「政府は辞任せよ」ということだけでした。

彼らが勝つことを確信しているのなら、なぜ彼らは選挙に行きたくないのでしょうか?

それは、選挙になれば彼らが負けることを知っているというだけの理由です。こうして彼らは常に民主的な道を拒否してきたのです。


これらの人々は「野党指導者」ですか?

違います。3年間で、これらのグループは「野党」どころか、子供たちのパーティーさえ組織することができませんでした。

どうして?

彼らはクーデターのたために、国内の4つの産業分野のうち1つを破壊しました。そのために彼らが持っていた支持基盤を失いました。

どんな産業が壊れたのしょう?

それは、中小自営農、市場のトルティーヤ売り、職人、小さなホテルのオーナーといった普通の人々の産業です。

そういった層も含めて、ニカラグアの人々の大多数がクーデターの影響を受けました。

生命に影響が及んだ人々は、ほとんどが実際にはサンディニスタの支持者でした。


警察の取締り: 治安活動か弾圧か

ニカラグアの警察が抑圧的であるというのはまったく真実ではありません。 ニカラグアが持つのは、中央アメリカ全体で最小の警察力と最小の警察予算です。

ニカラグアの治安は、パナマ、コスタリカ、エルサルバドル、ホンジュラス、グアテマラとは比べ物になりません。

ニカラグアの住民10万人あたりの殺人件数は他の中米よりもはるかに少なく、麻薬カルテルも「マラス」もここで定着していません。

ニカラグアの警察は、暴力の恐怖ではなく、住民との接触と非常に優れた情報活動に基づいて活動しています。

その理由は警察が地元の住民と密着して活動しているからです。他の中米諸国の警察は、ほとんど根無し草のように社会のあちこちを移動しています。


陰謀の行く先は行き止まり

ニカラグアのクーデターの行く先は行き止まりになっています。
ニカラグアの大多数は暴力を拒否しており、クーデター派への世論の支持は非常に低くなっています。
それはチャモロ派の新聞「ラ・プレンサ」が発表した世論調査でも明らかです。

西側報道は「候補者」が迫害されていると主張します。しかし彼は選挙候補者でも「前候補者」でもありません。選挙候補者の政党による登録は、7月末まで開始されないからです。
さらに、調査対象者のほとんどは、法的に登録された有資格者でさえありません。

3年間、クーデター企画者集団は、「候補者」を合法的に登録された政党に押し付けようとしてきました。米国大使館とUSAIDが資金提供したメディアがそれを支援してきました。

でも、なぜそれらの政党は、これまで苦労して獲得した票田や選挙活動の構造をあっさりと引き渡す必要があるのでしょうか?


選挙参加は全政党の合意

ニカラグアの国と自治体の議員のほとんどは、法律を遵守し、選挙プロセスに参加することを選択しました。
すべての部門と地域で、各党の代表者で構成される「選挙評議会」がすでに構成され、宣誓されています。各自治体でも同じです。

17の政党がこのプロセスに参加しています。
「選挙評議会」は、二大政党であるFSLNとPLCが主導し、最近の選挙結果に従って各レベルで選出され、残りのメンバーが他の政党に分配されます。

評議会の構成は、すべてのレベルで少なくとも半分が女性でなければなりません。そのためには妥協して合意に達する意欲が必要です。
これらの政党のほとんどは野党ですが、選挙評議会のメンバーを選ぶ権利はあります。

どうして?

なぜなら、ほとんどのニカラグア人はニカラグアに住んでいて、タックスヘイブンの収入や外国大使館からの支払いをあてにせず、国の経済で生計を立てているからです。

クーデター陰謀集団に最も近いと考えられる「自由市民党」でさえ、選挙プロセスに参加しています。

調査対象のいずれも、特定の当事者に属しているため、調査中です。

アルノルド・アレマンの妻であり、同じく逮捕されたマリア・フェルナンダ・フローレスは、彼女自身の党であるPLCに影響を与えていません。
その議会グループは、汚職の告発のために彼女の議会の免責を取り消すことを数ヶ月前に決定しました。

PLCはこれから、検察が彼女に対してどのような証拠を持っているかを見ていきます。
結局、これらの人々が立候補するには、起訴されるかどうかにかかわらず、評議会が最終決定権を持つことになります。

ことは選挙ではなく法支配の問題だ

これは、ダニエル・オルテガが選挙に負けることを恐れていることとは何の関係もありません。
それはニカラグアの法律がニカラグアの国を支配できるかどうかという瀬戸際なのです。

ニカラグア政府が、いま行動を起こさなければ、すべての暴力的勢力は、何をしても恩赦を得ることができると考え、ニカラグア国家が崩壊するまで執拗に暴れ続けるでしょう。

しかし、ニカラグアの大多数はそれを望んでいません。

3年間、これらのグループは経済を破壊しようとしました。
クーデター推進派の財界指導部(COSEPなど)は、これまで何度もロックアウトを呼びかけています。
しかし、草の根の人々の大多数が実体的な経済を支配しているので、彼らは失敗しました。

彼らは3年間、制裁を求めて戦ってきました。しかしそれは、ニカラグアの大多数の人々の侮辱をもたらしただけでした。


捜査対象者と既存政党との関係

捜査対象者は、特定の政党に属しているから捜査されているわけではありません。

アルノルド・アレマンの妻であり、現在勾留中のマリア・フェルナンダ・フローレスは、彼女が所属する自由保守党(PLC)に影響を与えていません。

PLCの議会グループは、彼女の汚職疑惑の告発を深刻に受け止め、党として議員免責を取り消す方向を決定しました。

検察が彼女に対してどのような証拠を持っているかを見ていくことになります。

結局、勾留者たちは起訴されるかどうかにかかわらず、議会が最終決定権を持つことになります。

それは、「ダニエル・オルテガが選挙に負けることを恐れている」かどうかには何の関係もありません。

それはニカラグアの法律がニカラグアを支配するかどうかについてです。

ニカラグア政府が今行動しない場合、クーデターの仕掛け人たちは、「政府は弱気になっている。我々は人々に対して暴力を振るうことができ、その後は恩赦を得ることができる」と思うでしょう。

そうしてニカラグア国家が崩壊するまで、すべての暴力組織は執拗に攻撃を継続するでしょう。

しかし、ニカラグアの大多数はそれを望んでいません。


サンディニスタ政治への確信

2020年、ニカラグアはラテンアメリカでコロナウイルスの影響が最も少ない国の1つでした。

昨年11月にはハリケーンミッチ以来最悪のハリケーンが2つも発生しました。しかしそれにもかかわらず、GDPの低下はわずか2%に留まりました。

今年、すべてのまっとうなオブザーバーは経済成長を予測しています。政府予想は5%以上、民間では6%以上を予測しています。

ほとんどのニカラグア人が平和と安定を望んでいるなかで、これらの経済目標はすべて達成されました、

だから、ほとんどのニカラグア人は、FSLNがしていることは国にとって良いことだと確信しています。

スエーデンの元連帯活動家への手紙

Nicaragua - Letter to a former Swedish solidarity brigadista
http://www.tortillaconsal.com/tortilla/node/12224
Jorge Capelán, Managua with Love, July 6, 2021
Nicaragua - a different focus

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はじめに

かつてニカラグアで支援活動を行ったスエーデン人連帯活動家からメールが届いた。そのメールには「これについてどう思いますか?」というコメントを付けた、一通の手紙が添付されていた。

非常に衝撃を受た。その手紙の内容は僕には嘆かわしいものだった。

それは僕には「旧世界」の一般的な衰退の影響を強く受けて居るように思われるものだ。ニカラグアの実情をほかの多くの活動家にも知ってもらうため、手紙は公開とした。


ニカラグア政府は独裁ではない

こんにちは、親愛な友よ。君からメールを受け取ってうれしいです、

信じられないことです。僕が独裁政権を支持していると、君が思うのは。

君は僕のこれまでの生活と僕の家族の歴史をよく知っているはずです。僕はいまさら独裁支持になって、母の記憶を冒涜するようなことは決してしません。

僕は独裁が何であるかを、とてもよく知っています。

警察が、いつも君に身分証明書を見せるよう迫る理由は何なのか、僕は知っています。
弾除けの土嚢でバリケードされた、警察署の前を歩いて通り過ぎることがどういうことか、僕は知っています。
警察署で行方不明の親戚を、次々と探し歩くのがどういうことか、僕は知っています。
7歳の時に、学校のトイレに「政治犯を解放せよ」と書かれたステッカーを貼りました。それがどういう意味か、僕は知っています。
真夜中に、親戚を捜索する兵士で、家がいっぱいになるのがどういうことか、僕はよく知っています。

僕は生まれ育った国、ウルグアイの警察と軍隊が、軍事独裁政権の間にどのように行動したかをよく憶えています。

そして僕はスウェーデンの警察が通常どのように振る舞うかをよく知っています。

そして、いまニカラグアの警察と軍隊がどの欧に行動しているかもよく知っています。

その上で断言します。ニカラグアは民主主義を持っています。その保証は、ダニエル・オルテガという大統領とFSLNと呼ばれる与党組織です。
率直に言って、ニカラグアの警察は最高です。


2018年4月に起きたこと

2018年4月にここニカラグアで起きたことはクーデターそのものでした。
「抗議者」、すなわち市民を誘拐・拷問・強盗・殺害・レイプした人々は、そのクーデターの推進者でした。

なぜそういうのか、彼らが自分のスマートフォンですべてを録画したからです。

彼らは街頭でサンディニスタの同志を殺害し、遺体にガソリンをかけて火をつけさえしました。
彼らは血だらけのメディアを通じて、「サンディニスタをやっちまえ」と叫びたてました。

数週間の間、彼らはメディアに守られて、ある程度の人々をだますことができました、
しかし、彼らが街頭に作られたバリケードの向こうで何をしようとしているかが分かると、、彼らの支持はたちまち消えました。

抗議のために街頭に出たのは彼らだけだと思ってはいけません。サンディニスタも政府を支持するために大規模なデモを行いました。

しかし、ヨーロッパのメディアはそれを報道しませんでした。クーデター参加者が犯した恐ろしい殺傷行為も示しませんでした。


君にとっての「民主主義」

君は自分が民主主義の世界に住み、僕たちが独裁の国に住んでいると思っているのでしょう。

僕たちにとって、君のいう「民主主義」は、ニカラグアにウィリアム・ウォーカー、ソモサ、コントラを「与えた」のと同じ「民主主義」でしかありません。(彼らはいずれも侵略者か、アメリカの手先)

そして3年前にこの国を破壊しようとしたクーデター参加者も同断です。

最近になって拘留された人は、いま調査中です。刑事訴訟法は、逃亡の可能性がある被疑者について、最大90日間拘留することを認めています。
それにはボリビアでの前例があります。最悪の人権侵害者が逃亡して米国に逃げ込んだのです。
同じことが他の多くのラテンアメリカ諸国でも起こっています。

いつでもそんなものです: ラテンアメリカでは、人権の侵害者は、常に米国からの援助を受けてやってくるのです。
なぜでしょうか?


勾留者の顔ぶれと容疑

ところでニカラグアで今取り調べ中の人物はどんな人達でしょうか。

グループには次のものが含まれます。

* 2大銀行の頭取。
* パナマのオフショア会社と関係する投機家たち。
* いくつかの大地主。
* ネオリベの元文部大臣。1980年代の識字教科書の焼却を命じたことで有名になった。
彼はまた、貧しい人々にとっては4年間の学校教育で十分であると言ったことで有名になった。

* アルノルド・アレマン。3年前のクーデターの首謀者の1人であった。USAID(CIAのフロント組織)のエージェントでもあった。アレマンの妻も勾留中。

* ビオレタ。チャモロの息子と娘。息子は1980年代にコントラの麻薬密売を担当したことで知られる。

* 3人の元サンディニスタ。彼らは1994年の党大会で影響力を失った後、FSLNを去り、別の党を結成した。数ヶ月前、彼らは党の名前から「サンディニスタ」という言葉を削除しました。「うんざりした」のが理由です。



どうして彼らは取り調べられているのか

なぜこれらの人々は調査されているのでしょうか?

1)外国からの政治資金援助

ひとつは、政治活動のためにUSAID、ヨーロッパ諸国から多額のお金を受け取ったためです。

文明国はそれを許可していません。スウェーデン王国基本法(憲法)も、市民が政治目的で「外国勢力から資金を受け取る」ことを許可していません。

その資金は、ヨーロッパの街角でコーヒーとクッキーを売る連帯委員会などではなく、はるかに巨額なものです。

サンディニスタが2007年に政権に復帰して以来、クーデター首謀者たちは外国資金援助を受けて反政府活動を続けてきました。彼らが受け取ったのは総額で約数億ドルです。それらすべては米国流の新自由主義政策の復活を狙うものでした。

外国からの援助と言いましたが、これらの人々はNGOと関連した疑いで調査されているわけではありません。
ここニカラグアには、あらゆる種類のNGOが6,000以上あります。その絶対多数は、法律の範囲内で運営されています。

外国とのもう一つの資金関係は外国組織とのエージェント契約です。ニカラグアでは、ニカラグア国籍の人が外国の会社や政府を代表すること、つまりいわゆる「外国代理人」になることは禁止されていません。それは個人の資格問題です。

法律上の資格要件は、
a)エージェント登録していること
b)国政に干渉しないことに同意する。 そして
c)登録した活動内容を実際に実施すること。

ニカラグアの「外国代理人法」は、1930年代の米国FARA法をモデルにしており、現在も有効です。


2)使途が不明であること

もう一つの理由は、彼らが受け取ったお金の使い方について明確な説明を提示しなかったためです。
僕の知る限り、領収書がないものは少なくとも1,500万ドルあります。

どうして?

つまり、

クーデターの犯罪者のために、外国製の武器、爆発物などを買い与えると、ふつう彼らは領収書をくれません。
残念ながら、2018年のクーデターの加害者もそうでした。


3)USAIDは違法性を否定できない

USAIDはビオレータ・チャモロ基金の監査報告書を承認しました。しかしそれは独立した外部監査人のチェックは受けていません。これは米国法自体に反しています。

そしてUSAID自体も、監査報告書の信憑性を保証できなかったことを認めています。

これがUSIADがここ数年行動してきた方法です。僕はこれらの文書を自分で見たので知っています。

彼らの方法は、公然と法律を侵しており、絶対にインチキです。それが西側諸国政府が第三世界の国々にとってきた方法です。しかしその関係は、今日ニカラグアで終わりました。

ヴィオレタの娘、クリスティアナがニカラグア検察から財団会計について査察を受けました。
彼女は「USAIDがそれを承認したので、すべてが遵法である」と図太く答えました。

本当に?

スウェーデンの金融犯罪の捜査であれば、スウェーデン検察はその答えを受け入れると思いますか?

僕ならしません。


フォーリン・アフェアーズ 
June 17, 2021

はじめに

気候変動、パンデミック、核拡散、大規模な経済的不平等、テロ、汚職、権威主義など、米国が今日直面している国際課題は未曾有のものである。

それは世界の人々の共通の課題である。それは、どんな国でも単独の力で解決することはできない。

地球上で最も人口の多い国である中国は言うまでもなく、文字通りすべての人々の国際協力を強化する必要がある。

ところがいま、米中関係をゼロサムの経済的および軍事的闘争とする見方がワシントンで出現し、急速に成長し、コンセンサスとなりつつある。これは悲惨で危険な傾向である。

このような見方が広まると、それだけ世界が切実に必要とする国際協力が困難になるだろう。


これまでの米中関係

我々の中国観がどれほど急速に変化したかは、注目に値する。

20年以上前の2000年9月、アメリカの企業団体と両政党の指導部は、中国に「恒久的な通常の貿易関係」の地位、つまりPNTRを与えることで合意した。

全米商工会議所、全米製造業者協会、企業メディア、諸官庁の外交政策専門家は、中国との経済協力を促進することで合意した。

それは、中国の成長市場は米国経済にとっても大事であり、中国へのアクセスを米国企業に与えることが必要だという合意である。

合意には一つの前提があった。中国経済の自由化は、民主主義と人権に関する自由化を伴うだろうという予想である。

この政治的ポジションは間違いなく正しいと見なされてきた。

ブルッキングス研究所のニコラス・ラーディは、2000年の春にはこう主張した。
「国際社会は中国に実質的な経済改革を追加するよう求めている。しかし中国の指導部は未だに重大な経済的および政治的リスクを冒している。そういうとき、PTNRは中国の改革に重要な後押しを提供するだろう。
逆に、PTNRを米国が受け入れなければ、中国の世界貿易機関(WTO)加入に伴う重要なメリットを米国企業が得られなくなる」
同じ頃、保守派のアメリカン・エンタープライズ研究所のノーマン・オーンスタインはもっと率直に言った。
「米中貿易は、アメリカ企業にとっても、中国の自由の拡大にとっても良いことだ。それは明白であり、そうすべきだ」
それは私には、オーンスタインほどには明らかではなかった。だから当時、私はPTNRに反対した。

私と、多くの労働者は、アメリカの企業は中国に移っていくだろうと考えた。
それは中国で労働者を飢餓賃金で雇うことを意味する。それを許すことは、底辺への競争に拍車をかけ、アメリカでの正統な仕事が失われ、アメリカ人労働者の賃金を下げることになるだろう。
そしてそれがまさに起こったことである。

約20年間で、約200万人のアメリカ人の雇用が失われ、40,000以上の工場が閉鎖され、アメリカ人労働者は賃金の停滞を経験した。

2016年、ドナルド・トランプが勝利したのは、米国の貿易政策に反対するキャンペーンを行ったことによる。


中国は楽観できない

一方、言うまでもなく、中国の自由、民主主義、人権は拡大していない。中国はより権威主義的な方向に進み、自由と民主主義は大幅に削減された。

中国は世界的な舞台でますます野心的になっている。

ワシントンの政治の振り子は、中国との自由貿易増大と市場参加の機会増加という過度の楽観主義から、中国によってもたらされる脅威についての過度な警戒に変わった。

その背景には、通商関係の発展で中国がより豊かに、より強くなり、そしてより権威主義的になったことが挙げられる。

2020年2月、ブルッキングス研究所のアナリスト、ブルース・ジョーンズは次のように書いている。

「中国の台頭は、世界第2位の経済大国、最大のエネルギー消費国、そして第2の防衛支出国の出現をもたらした。その結果、世界情勢は不安定となった。
大国間の競争の新たな現実に立ち向かうことは、これからの時代のアメリカの政治的手腕が問われる課題だ」

数ヶ月前、共和党のトム・コットン上院議員は、中国の脅威を冷戦中のソ連の脅威に比較した。そして中国共産党がもたらす脅威の高まりにふさわしい組織対応を行うべきだと主張した。

先月、米国国家安全保障会議のアジア問題最高責任者カート・キャンベルはこう語った。

「対中国政策においては、“関与”と呼ばれた期間が終わり、今後は“競争”が支配的なパラダイムになるだろう」


2つの中国観は、ともに間違いだ

20年前、アメリカの中国に関する経済的・政治的観点は間違っていた。今日、中国の見方は変わったが、それはまたもや間違っている。

かつて政府・諸機関は中国に対する自由貿易と開放性の美徳を称賛した。今はその代わりに、「新しい冷戦」のドラムを打ち鳴らし、中国を米国への存在の脅威だと煽っている。

私はすでに、「米中冷戦」を国防予算のさらなる拡大の口実としている軍産複合体の政治家やエージェントがいるとの話を聞いている。 


「新コンセンサス」に挑戦することが重要だ

20年前には「関与」という古いコンセンサスに挑戦することが重要だった。
今は同じように、この新しいコンセンサスに挑戦することが重要だと私は信じている。

確かに中国政府は私が反対し、すべてのアメリカ人が反対すべき多くの政策を実行する。それは世界の平和と民主主義に脅威を与えている。

技術の盗難、労働者の権利と報道の抑圧、チベットと香港で起こっている抑圧、台湾に対する脅迫的な行動、そしてウイグル人に対する凶悪な政策などがそれである。

米国はまた、中国の積極的な世界的野心についても懸念すべきである。米国は、中国政府との二国間協議や国連人権理事会などの多国間機関において、これらの問題を引き続き強調すべきである。

その際、米国が同盟国などに二重基準を設けず、一貫した態度を維持するべきである。それだればアプローチははるかに信頼でき、効果的である。


アメリカ人は敵意と恐怖によって国民を団結させようとする誘惑に屈してはならない

いま、中国とのゼロサムの世界的対立を中心に外交政策を組織しようとする試みがある。

しかしそれは、より良い中国の行動を生み出すことにならず、政治的に危険であり、戦略的に逆効果となるだろう。

その教訓となる前例がある。9/11の攻撃を受けての世界的な「対テロ戦争」である。

あの時アメリカ政府は直ちに、テロ対策が外交政策で最優先されなければならないと結論付けた。

それからほぼ20年と6兆ドル、国民の団結が一連の果てしない戦争のために利用された。それは人的、経済的、戦略的観点から莫大なコストをもたらした。

それは米国の政治に外国人排斥と偏見を引き起こした。アメリカのイスラム教徒とアラブのコミュニティに大きな災難がもたらされた。

今日では、中国に対する執拗な恐怖感情のもとで、反アジアの憎悪犯罪の増加を経験している。

米国は最近の歴史のなかでもっとも激しく分裂している。

過去20年間の経験は、アメリカ人が敵意と恐怖によって国民の団結を築こうとする誘惑を拒否しなければならないことを教えている。


我々はどのように前進すべきか

sanders
バイデン政権は、権威主義の台頭を民主主義への主要な脅威として正しく認識した。

大事なことは、民主主義と権威主義の間の対立は、いまや米国対中国ではなく、米国など先進国とそうでない国とのあいだで起こっているということだ。

民主主義が勝つつもりなら、それは伝統的な戦場ではない。武器によって勝つのではなく、民主主義が権威主義よりも良い生活をもたらすことを実証することだ。

私たちはアメリカの民主主義を活性化し、働く家族の長い間無視されてきたニーズに対処しなければならない。そのことによって、政府に対する人々の信頼を回復しなければならない。

生活はいまや危機にある。私たちは、医療、住宅、教育、犯罪対策、移民などの多くの分野で生活インフラを再構築し、環境破壊と戦わなければならない。何百万もの雇用を創出し、正当な報酬を保証なければならない。

これは、アメリカ国民のニーズによりよく応えるためだけではなく、中国や他の国との競争力を高めるためでもある。

私たちの安全と繁栄は、世界の、あらゆる場所の人々とつながっていることも認識しておく必要がある。他の裕福な国々と協力して、世界中の生活水準を高めることが大事である。

グロテスクな経済的不平等は、権威主義勢力が自らの政治力を構築し民主主義を弱体化させるするための武器となっている。
経済格差を縮小することは私たちの利益とつながっている。 

バイデン政権は、世界共通の最低法人税を要求した。これは底辺への競争を終わらせるための良い一歩である。

しかし、私たちはさらに大きく考える必要がある。世界共通の最低賃金は、世界中の労働者の権利を強化し、何百万人もの人々にまともで威厳のある生活の機会を提供する。

それは、多国籍企業が世界で最も貧しい人々を搾取する能力を低下させる。


世界の人々の生きる権利への貢献

貧しい国々が世界経済に統合する際にだいじなことは、生活水準を下げるのではなく上げることである。それを助けるために、米国と他の豊かな国々は持続可能な開発への投資を大幅に増やすべきである。

アメリカが繁栄するためには、世界中の他の人々が、「米国は同盟国であり、米国の成功が私たちの成功である」と信じる必要がある。

バイデン大統領は、世界的なワクチンイニシアチブ(COVAX)に40億ドルの支援を提供し、5億回のワクチン投与量を世界と共有すると宣言した。
また、 貧しい国々がワクチンを自国で生産できるようにするWTOの知的財産権放棄を支援した。

中国がワクチンを提供するために取った措置は認めるに値する。しかし米国はさらに多くのことを行うことができる。

世界中の人々がアメリカの国旗を見るとき、それは無人機や爆弾ではなく、救命援助のパッケージに付けられ国旗であるべきである。


グローバル・システムへの試み

米国と中国の労働者がともに真の安全と繁栄を享受するためには、企業の貪欲と軍国主義よりも人間のニーズを優先する、より公平なグローバルシステムを構築する必要がある。

米国では、偏見に火をつけながら、企業や国防総省にさらに数十億ドルの税金を渡そうとしている。このようなやり方では、グローバル・システムの目標を達成することはできない。

アメリカ人は、中国の弾圧、人権の無視、そして世界的な野心についてナイーブであってはならない。

アメリカ人は、米国、中国、そして世界中のすべての人々の権利と尊厳を尊重する世界的な規範を強化することに関心を持っている。

しかし、中国との対立を求める超党派の動きが強まると、これらの目標が後退し、両国の権威主義的で超国家主義的な勢力に力を与えるリスクが生じる恐れがある。

それはまた、気候変動、パンデミック、核戦争がもたらす破壊などの脅威と戦うことにおいて両国が持つ共通の利益から注意をそらすことになる。

中国と相互に有益な関係を築くことは容易ではない。しかし、私たちは「新しい冷戦」派よりもうまくやることができるだろう。

サンディニスタ包囲網は狭まりつつある

後編では今年11月7日の総選挙を前に、国が直面している潜在的な問題について見ていくこととする。

2018年のクーデター工作は失敗した。しかしそれは西側政府によるニカラグアの国際的孤立化をもたらした。それは政府レベルだけでなく、人民レベル、左翼運動レベルでも明らかだ。英国と米国の左翼は、少なくともその一部は、サンディニスタへの親近感を完全に放棄した

しかしそれらの態度表明はサンディニスタの人民による支持にいささかの陰りももたらさなあった。
11月の選挙に関する最新の世論調査は、それを示している。FLSNを支持する人が約60%、野党が20%弱、残りの20%が未定または棄権という態度が示されている。

2018年のクーデターは失敗した。国内でのFSLNのサポートはさらに強化された。しかし、それは海外でのFSLNのイメージを損なうことには成功したようだ。

いま多くのサンディニスタが懸念するのは、今年の秋、米国の指揮するもう一つの暴力的クーデターが起こるかもしれないということだ。それは2019年にボリビアで起こったことだ。実際すでに、その基礎は築かれつつある。

バイデン大統領は、ニカラグアの経済を不安定化させるためのさらなる制裁を課した。そして米国メディアは、11月の選挙でニカラグア政府の信用を傷つけるための干渉計画を準備しつつある。

制裁は殺人だ。そしてメディアも共犯だ


ニカラグアへどんな制裁がかけられているか

ニカラグアに対する米国の制裁措置は、2018年のニカラグア投資条件法(NICA)で始まった。

ニカラグア連帯キャンペーン行動グループは、制裁の目的をこうのべている。
米政府は、多国間貸付機関による貸付からニカラグアを切り離そうとしている。その目的は、世界銀行、国際通貨基金(IMF)、米州開発銀行(IADB)、中央アメリカ経済統合銀行(CABEI)などの貸付を止めることだ。
その結果ニカラグアで資金不足を引き起こす。それはニカラグア国内に貧困を、ついで反対意見を誘発することになるだろう。
この法律はまた、ニカラグアの反FLSN系のメディアおよび市民社会グループへの資金提供を保護している。その一方で国内の特定の個人には制裁を課し、ニカラグアから米国への旅行ビザも制限した。

それと同様の措置がベネズエラに対しても導入されている。


米英欧トロイカの共同制裁
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NATOとメディアの連合軍

当時のトランプ大統領の宣言に続いて、EUもまた、ニカラグアの特定個人に対する資産凍結と旅行禁止を含む制裁を実施した。まもなくイギリスがこれに続いた。

この「専制政治の米英欧トロイカ」を、国連はきびしく非難した。

「パンデミックという状況の中でこのような制裁を課すことはいちじるしく懲罰的で不公正である」

「非同盟運動」(NAM)を構成する国々も同様の声明を発した。

しかし、米英欧トロイカは制裁をやめようとしなかった。彼らはコロナのパンデミックが始まったあとも、ずっと制裁を続けた。そしてニカラグアの財政援助の要請を受け入れなかった。


新たな制裁: RENACER法

米国はさらに制裁を強めた。2021年の初めにさらに別の制​​裁法案が提出された。それは明らかに、ニカラグアの不安定化を加速させたいと狙っていた。

それは「 ニカラグアの選挙制度改革の遵守の強化」(RENACER法)と名付けられた。(Renacer はスペイン語で「再生する」の意味。醜悪なレトリックだ)

この法案は、「現在の制裁をさらに強化して、ニカラグアでの自由で公正かつ透明な選挙を確保し、ニカラグアの人々の人権と基本的自由を保護する」という米国のコミットメントを再確認することを目的としている。

制裁がその目的を実現するために、どのような手段を取ろうとしているかは、まったく述べられていない。

RENACER法は、「米国が他の主権国の選挙を改革する役割を担う」と考える理由についても答えない。

この記事のパート2で取り上げるとおり、ニカラグアは2021年に広範な選挙制度改革を導入した。

それは強力で、透明性のある選挙制度です。それは間違いなく、他の多くの西側諸国よりも民主的である。

制裁は、ニカラグアの主権に対するこのハイブリッド戦争の一つの側面である。

失敗した2018年のクーデターで明らかなように、偽情報は米国の外交政策の不可欠な側面です。

2020年8月、USAIDは「RAIN-ニカラグアでの責任ある援助」という「指令書」を発行した。

「指令」の柱は「ニカラグアが秩序ある市場経済へ移行」するのを支援することである。それは私有財産権の保護を意味する。

そこには次のように書かれている。

…………………………………………………………………………………………………………………………
文書は、米国が設置したシステムが、将来ニカラグアの将来の政治体制となるようもとめる。

すなわち、
① 軍と警察「制度を再構築」し、「再建」すること。
② サンディニスタ戦線を支援する「外郭団体」を解体する。
③ そして「移行期の司法措置」を通じてFSLN指導者を追放する。

それは、サンディニスタ運動が今後絶対に政権に復帰しないようにに、サンディニスタ運動を徹底的に一掃することだ。

ここまで第一部

Opinion
The Run-up to Nicaragua’s 2021 Elections: Part One

06 July  teleSUR


この地球上には、国際的な政治的干渉を受けない社会主義国はありません。 ニカラグアもそのひとつです。
…………………………………………………………………………………………………………………………

まえがき
1979年、ニカラグアの人々は、王朝のソモサ家が監督する米国の独裁政権に反対して立ち上がった。これが「サンディニスタ革命」だ。
この革命は、FSLNの若者たちが主導し、無料の教育、無料の医療、農地改革、その他の基本的人権を初めて国に導入した。
それは当時、世界中の人々に刺激を与えた。

残念ながら、この革命は米国の武力干渉によって流産させられた。10年間にわたり爆撃、経済封鎖、偽情報による攻撃、大量虐殺が行われた。
ニカラグアは1990年に米国のカイライ政権のもとに置かれた。
 カイライ政権は緊縮財政と民営化を実施し、16年間にわたりネオリベラリズム支配を続けた。サンディニスタが実現した社会的利益の多くが根こそぎにされた。

しかしその間も、サンディニスタは国民の間に根を張り続けた。そして2007年の大統領選挙で勝利を収めて再び政権を握った。サンディニスタ政府の初代大統領だったダニエル・オルテガが再び大統領に就任した。

それ以来、国は再び、貧困撲滅、識字率の向上、食糧主権、国民皆保険、無料教育、まともな住宅、エコロジー農業、グリーンエネルギー、労働者の権利確保、ジェンダー平等のプログラムを実施し、社会の最貧層を向上させる使命に着手した。そしてさらに先住民の自治を重視した。

2021年の予算では、その58%が社会的支出に割り当てられており、健康、教育、住居、平等は重要な人権の柱と見なされている。


…………………………………………………………………………………………………………………………

前編「2018年の失敗したクーデターとその影響」


民主主義と平等を目指す意欲的な計画を打ち出したことで、FLSNは国際社会の多くの国々の注目を集めている。しっかり管理された自由市場プラス計画経済という「混合経済モデル」は、2007年以降の国家経済とサンディニスタ政権を維持するのに役立ってきた。

それはニカラグアを進歩の前線に置くこととなった。そしてニカラグアが、かつての占領者の形を変えた植民地となることを拒否することにつながった。

しかし米国は、モンロー主義からコンドル作戦、そして現代の帝国主義まで一貫して、ラテンアメリカを自分の家の裏庭と見なしてきた。

天然資源の収奪、安い労働力、そして快適な休暇のための歓楽地。だからそこが思想的、経済的に自立することは我慢ならない。

だから2018年、10年続いたサンディニスタの政治をもはや許さず、米国はもう一つのクーデターを試みた。

1980年代のときのように、今度も新たな「コントラ勢力」が用いられた。

ニカラグアの国内外で雇われ反政府勢力が立ち上げられた。彼らはサンディニスタを政権の座から引きずり下ろすために、一方では街頭暴力を仕掛け、他方ではメディアを使ってフェイク情報を垂れ流した。
(この試みは惨めにも失敗を遂げた。経過については、私をふくむ有志視察団が報告している)

この年の、「コントラ勢力」と米国政府との隠されたコネクションは詳細に判明している。
(Ben Norton at The Grayzone; Stephen Sefton at Tortilla con Sal ; John Perry in various places)

作戦の主な資金提供者は、USAIDとNEDだった。どちらもCIAや米国国務省の秘密(および明白な)工作部門であった。

またゲイツ、ロックフェラー、フォード、バフェット財団もこの動きに絡んでいた。(The Gates, Rockefeller, Ford, and Howard Buffet Foundations)

これらの組織は慎重に、さまざまな研究機関、NGO、シンクタンクなどのトンネル組織を経由して、コントラに資金を注ぎ込んだ。


ニュー・コントラの妄動

ニュー・コントラの仕掛けた「人民抗議闘争」は、FSLN政府を打倒するのには不十分だった。それは民衆の多数がサンディニスタへの忠誠を貫いたからである。

犯罪組織がニカラグアの周辺国から狩り集められ、コントラに扮して暴力行動を繰り返した。彼らは幹線道路を封鎖し、町や都市を遮断し、多くの民衆を恐怖に陥れた。

これらの道路の封鎖では、暴力と脅迫が当たり前であった。コントラによる殺人、誘拐、レイプが数多く発生した。

サンディニスタ党員と労働組合活動家は、コントラによる襲撃と暗殺の標的となった。

オルテガ大統領は当初、非常に慎重だった。暴力的で権威主義的だと宣伝されることを恐れたからだ。彼は警察に基地にとどまるよう命じた。

しかし、暴力はさらにエスカレートした。人々は助けを求め、やむを得ず警察が介入した。 その結果、警察はコントラの暴力の標的になった。

メディアの情報操作

事件は西側の報道機関によって、故意に著しく誤って伝えられた。彼らは政府が暴力の実行者だとし、オルテガを独裁者と呼んだ。

2018年に起きた出来事を報道する情報源は、多くが米国から資金提供を受けた「ラテンアメリカ・プレンサ」紙や「Confidencial」などの野党系メディアだった。

どちらも、コントラと米国の政府・非政府機関との資金・思想上のつながりを完璧に無視した。そして「抗議運動」の無茶苦茶にも、FSLNの実現した成果にも、一言も触れなかった。

重要な記事
以下の記事も参考にしてください
MAX BLUMENTHAL AND BEN NORTON·JUNE 12, 2021

BEN NORTON·JUNE 1, 2021

ミシェル・バチェレが嘘をつくわけについては
June 23rd 2021
Stephen Sefton, Tortilla con Sal, 



このたび西尾先生の新刊「被曝インフォデミック」の読後感を書かせていただくことになった。
何分にも放射線医学の権威である西尾先生の著書であるから、書評などとはおこがましい。それを承知の上で、2、3のポイントのみ紹介させていただきたい。

1.ICRPについて

原発問題を「エネルギー問題」として考えるか「被曝リスク」の問題として考えるかで、議論は大きく分かれるのだが、その際に論争の土俵として提示されてきたのがICRPの基準である。

表題にある「インフォデミック」という言葉は、WHOによる造語で「偽情報の拡散」を意味する。

つまりこの本は、ICRPによる「偽情報の拡散」を糾弾する目的で書かれている。

ICRPは「国際放射線防護委員会」の略称である。この一見中立的な組織が、実は原子力産業側の立場に立った「たんなる民間団体」なのだ、というのが最初の論点である。

そしてICRPの研究論理上の最大の問題は、内部被曝の検討を回避していることにある、と喝破する。

2.内部被曝について

内部被曝問題は、チェルノブイリで注目され、イラク戦争時に劣化ウラン爆弾との関連で議論となり、今では多くのエビデンスを得て重要性が確認されている。

いまフクシマを経て、あらためて知見を整理すべきときになっている。

西尾先生は内部被曝を原発被害の中心にすえ、子細な検討を行っている。

内部被曝論の困難は、α線の直接証明が難しいことにある。状況証拠に頼ることになる。

西尾先生は証拠を積み上げながら、有無を言わせず真相に迫る。

3.トリチウムの健康被害

トリチウムに関する記載は第7章に集中している。その内容は圧巻である。

最新情報がてんこ盛りで、いまやこれを知らずに福島原発を語ることはできない。

トリチウムは「人畜無害」どころか、原発が持っている「業」のようなものだ。世界中から原発が廃止されるべき究極の理由だ、というのが西尾先生の訴えだ。

ここまで文字数 791字

倉谷滋さんの「ファシズム論議」

倉谷さんは京都大学卒、この対談を行った時点で岡山大学。直後に理研に移り、現在に至る。
『ゴジラ幻論‐日本産怪獣類の一般と個別の博物誌』『分節幻想‐動物のボディプランの起源をめぐる科学思想史』など一風変わった書名の本を出版しているが、理論的にはボディプランの王道を歩んでいるように見受けられる。

下記は、前記事
「生物の形態形成は何処までわかったか?」の最終部分の抜粋。


多細胞化の意味は、やはり「群体か分裂か」とという選択、また「システムの移行」ということになるわけです。

システムの移行についていつも気になるのが、「何のための、誰のための多細胞化か」ということなんです。

映画「七人の侍」の中で、「みんなで力を合わせて野武士をやっつけよう!」ということになったとき、比較的安全なところに身を置いていた農民の一人が、「そんな割のあわネェこと、ワシにはできねぇ。抜けさしてもらう」と個人主義的に造反しようとしますよね。

それを志村喬演ずる隊長が「自分勝手なことを言うヤツは、今すぐここで叩き切る」とたしなめるわけなんです。

ここのところの「決断」というのが、まさに多細胞システムへの移行に相当すると思うんです。今のような平和の時代にあの映画を観ると、ここのくだりが一種、ファシズムのようにみえてくる。

それが面白いのです。

ようするに「自分、つまり細胞の一つ一つが、個人としてどう生き延びるか」という単細胞レベルの文脈から、「個人の安全は時として危険にさらしても、システム全体は守らなければ」という多細胞社会規範のレベルへ移行したわけです。

ではそれがどのように進行しえたか。「自分の属するシステムはひょっとして素晴らしいものかもしれない」ということに、どこでどのようにして気づき納得したか。

そこが問題なんです。

それが群体であろうが、当初は自分と同じ細胞を量産できるものたちの集まりであったのでしょう。

量産するだけなら、自分が勝手にやるのが確実で、手っ取り早い成功の方法だった。

もし多細胞個体というシステムの損得を考えるなら、「表皮」とか「内胚葉上皮」がいたほうがいいのは当たり前。しかし、そういう「分化」を経た細胞には、もはや分裂 (生殖) 能は残ってはいません。

それは自分以外の仲間に託すことで、みずからを納得させなければならないのです。

見方を変えれば、ボディプランの進化というのは、個々の細胞の損得を越えたところに成立しているわけですね、こういう納得は、個々の細胞のゲノム構成がきわめて近くないと無理でしょうね。

の紹介

倉谷滋さんと長谷部光泰さんによる対談である。ただし、2002年の発行だから相当古い。
古い分だけ、ゲノムへの “のめり込み” がなく、まっとうな議論が展開されている。

動物と植物の祖先は単細胞時代に分化

植物と動物の祖先は、約十数億年ほど前に、まだ単細胞生物だった時点で分化した。

したがって植物と動物は独立して多細胞化した。

したがって多細胞生物としてのボディプランづくりも独立して進化した。

とはいえそれまでは同じ生物だったわけで、同じツールを使いまわして多細胞化とボディプランづくりに取り組むしかなかった。

だから類似のパーツやプロセスはあるはずだ。


ゲノム重複はボディプラン豊富化の内的要因

脊椎動物の進化の過程では2度にわたってゲノム全体が重複し遺伝子数が4倍になった。植物においても同様の事態は想定される。

たとえば被子植物はコケ植物に比べて圧倒的に遺伝子数が多い。遺伝子の配列も変わっている。また同じ遺伝子でも発現様式が変わっている場合がある。

後生動物における多様性の原点: 襟鞭毛虫から海綿へ

多細胞体制がボディプランを求めた。これは襟鞭毛虫から海綿が進化した時点に遡る。

襟鞭毛虫は細胞接着分子を持っていて、同種細胞と群体を作るが、そこから離れて体細胞に戻るものもいる。

多細胞化のもう一つの機序は「生き別れ防止」機序。細胞分裂後に細胞が相互に離れずに大家族を形成することである。免疫耐容に似た仕組みだ。こちらのほうが体細胞化に寄与した可能性が高い。


多細胞はファシズムか

「一つの細胞がどう生き延びるか」という文脈から逸脱し、「個人の安全を場合によっては危険にさらしても、システム全体は守らなければ」というのが多細胞社会の規範。

多細胞化は2つのベクトルを持つ。一方では「強制」であり、一方では「共生」である。

対談といっても後半は倉谷さんの独壇場。「ファシズム論議」がとても面白いので、長めに引用します。(別記事に起こす)

以前の新口動物のゲノムの話を蒸し返す。
の記事だ。

佐藤矩行教授の沖縄グループが新口動物の共通祖先を突き止めたとの報道を読んで、いきなり昏迷状態に突き落とされた話だ。

わたしはこう書いた。
私が考えるには
ゲノム科学的証拠の発見というのは、
①新口動物群に共通遺伝子があること
②それが新口を造設する能力を持つこと
③それの発現を妨げると新口ができなくなること
④それが旧口動物その他にはないこと
などの証明が必要になる。
佐藤先生のグループが、今回一気にこれらの証明を果たしたわけではない。
今回の発見は、①の一部である。
ここまではさして問題はないのだが、問題はこのあと研究グループ(の一部?)が、この研究の解説に際して、かなりひどい論理的勇み足をしてしまったことだ。
ここまでは大した問題はない。問題はこの報道につけられた、ホックス遺伝子の簡単な解説。
①ショウジョウバエでは、前後軸の形成に関わる遺伝子群が存在する。
②これらの遺伝子は全て共通して、ホメオボックスという特殊なアミノ酸配列をもつ。
③これらは他の遺伝子の発現を制御する働きがある。
④ホックス遺伝子は染色体上にクラスターをなして存在する
⑤その並び方には順序があり、その順序に従って、体の前から後に器官の形成を制御する。
つまり、ゲノム的に言えば昆虫と脊索動物が同根だというのだ。

生物進化の研究者が、ゲノムの世界で酔っ払ってしまって、鳥の羽根と昆虫の羽根が同じだと言い出したようなものだ。

それでは昆虫と脊索動物の共通祖先は何処なのか、そのレベルでホメオボックスとホメオドメインの共通性は確認しうるのか?

私はエディアカラ生物までさかのぼって検討しようとした。

その結果、ゲノムうんぬんの前にまずボディー・プラン問題を解決しなければならないということがわかった。動物の身体の上下、前後、左右をどうすべきかという生物学的決断の問題だ。

それは生物が動物になっていく上で否応なしに迫られた選択であり、「ホメオボックス」というバッチファイルは、その解決策が遺伝子スイッチのシリーズとしてDNA上に刻み込まれたというに過ぎない。

「ホメオボックスが節足動物=旧口動物のショウジョウバエにもあった」という事実はとんでもなく重い。それは「ショウジョウバエにもあったぞ」というような軽い問題ではけっしてない。

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