鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

2021年02月

課税新時代3: グローバルな課税権力

1.いまいちど「合意課税」について

この号は「合意課税」そのものに焦点を当てている。だからこれまでの2号は、前書きに過ぎないとも言える。

しかしその割には合意課税(単一税)がいかなるものかについて、あまり説明されていない。何か唐突に各論に入っていってしまう。

一応、辞典の記載を紹介しておく(

Financial Dictionary)

①ある国がある法人に対して所得税をかけること。
②ここまでは普通の法人税だが、その際に、企業の全世界所得と該当法人の所得への各国の貢献度により、割当税額が定められる。
③その割当税率は多国間交渉にもとづいて国際的に定められる。
④これにより所得移転や租税回避による節税技法が阻止される。

2.合意課税実現のために必要なこと…情報確保

まずは企業活動に関する国別の情報を集約するという技術的困難。

もちろん企業はできているだろうが、国家は管理できていない。

これについては、2016年の「パナマ文書事件」のあと、相次いで立ち上げられたFATCA・CRSのシステムによってかなりオープンになった。

3.合意課税実現のために必要なこと…国際協調

もう一つの必要条件は国際的な徴税主体を形成することだ。これについては諸富さんが適切に表現されている。
国民国家を超える世界政府を生み出すのではありません。現行の国家徴税主権は維持されます。その上で多国籍企業の全体利益はケーキにナイフを入れるように切り分けられ、各国に配分されます。
このような21世紀型の新しい課税権力を、私は「ネットワーク型課税権力」と呼んでいます。

4.課税権力グローバル化の背景

これまでの話とかなりだぶるところがあるので省略。

5.日本では何が必要か

「消費税を上げなければ社会保障は確保できない」神話を打ち破らなければならない。

社会保障の原則は所得の再配分だが、消費税は所得の再配分ではなく逆進税である。

そうではない道があることを国民に知らせる運動が必要だ。

OECDのタイムスケジュールでは、今年半ばまでに合算課税と最低法人税率導入で最終合意に達することを目指している。

「夜明けは近い」のだ!

課税新時代2: 税逃れ

この号は内容多彩、ちょっととりとめがなくなっていて、見出しの付け方が難しい。

1.租税体系上、無形資産が重要に

これは新しい提起で、とても大事なところだと思う。

普通の資産は当然ながら形がある。地代(土地所有権)も、国家で保障される限り、現物としての価値を持つ。株や証券も時価相当の価値を持つ。

ところがいわゆる知財権、特許や著作権、商標権は、国家の枠を越えて価値を持つようになっている。

しかもこの資産は移動コストがゼロで、租税回避地への移転は容易である。

有形資産があればそれを無形化して海外子会社に集中させれば、法人税負担はほぼゼロとなる。


2.脱税分がそっくり富裕層に

税引後利益の増加は、配当の増額や株価の上昇を通じて株主の資産に反映される。

これまでの資本主義とは異なる株主資本主義が広がり、経済システムを歪めていく。

この歪曲が租税回避の動きを加速している。それは大企業の中でも、国内企業と多国籍企業との間に格差をもたらしている。

こうして一握りのグローバル企業と超富裕層による世界制覇が進行していく。


3.「租税位回避産業」

今や世界経済の一角に「租税回避産業」と呼ばれる産業分野が成長しつつある。

その中心を担うのがデロイト、アーンスト&ヤング、KPMG、プライス・ウォータハウス・クーパースという4大会計事務所である。

彼らは租税のがれの対策を立案し、提示し、支援している。

4つを合わせれば従業員は25万人に登るとされる。それだけの利益が上がっているということだ。


5.OECDの提案した「合算課税」方式

最近、OECDが新しい国際化税方式を提案し話題になっている。それが「合算課税方式」(Unitary Tax
)である。

OECDは無形資産を用いた多国籍企業の税逃れが深刻になったことを受け、国際税制の抜本改正を考えるようになってきた。

それは多国籍企業のグループ全体の利益をまず合算することである。要するに国際機関が多国籍企業めがけて投網をかける。

そして全体利益を切り分けて、各国に配分していくことにする。利益や隠れ利益の評価、無形資産、按分率などについてはこれからの話しだ。


OECDは正式名を経済協力開発機構(Organisation for Economic Co-operation and Development)という。もとはマーシャル・プラン受入国の連合で西欧諸国を中心としていた。現在は世界37カ国が加盟しているが、ヨーロッパの影響力が比較的強い。

25日付「赤旗」から、3回連続の「課税新時代」というインタビュー記事が始まった。
語り手は諸富徹さんという人で、兄弟経済の教授。

1回目の主見出しは「画期的な解決策浮上」というキャッチーなもの。

1.経済グローバル化に伴う税体系の激変

この間に経済のグローバル化が進んだ。その結果、20世紀を支えた「応能負担の原則」が消滅した。
そして租税回避策がシステム化された。

2.所得再分配機能の喪失

各国政府は所得税の最高税率と法人税率を引き下げることで、引き止めを狙った。

これが「租税競争」と言われるものである。

また各国政府は税収源として、租税回避しにくい消費税を上げ、社会保険料を引き上げた。

その結果、税制構造はますます逆進的で不平等になった。

税金の本来持つべき所得再分配機能は失われた。

3.税制変化と格差拡大

「グローバル化による格差拡大」の要因は、再分配後要因と前要因に分けられる。

後要因としては、税制が所得再分配機能を果たさなくなったことである。

前要因としては、株主資本主義の広がりがある。

企業内においては、株主への配当が優先されるようになり、買収対抗のため内部留保を積み増す結果、給与その他の割合が減少した。

その結果、企業外においては消費・需要が減退し、それに伴って中間層の没落がもたらされた。

4.国家機能の減退を止める

究極の問題は、企業が国境を超えて活動しているのに、国家は国境を超えられないというギャップにある。

国家の最大機能の一つである徴税機能が毀損されている。

これに対する対処法は「課税能力のグローバル化」、すなわち国際協力しかない。

諸国家の課税能力を結合させてネットワークを形成する必要がある。

これがOECDの国際課税ルール作りはこれを示している。

ということで記事は終わっていて、以下は次号でのお楽しみということになっている。


ただしこれについては、すでにこのブログでもあつかっている。 


「ベトナム人」をどう受けとめるか
技能実習生問題との関連で

1.日本と近い人々

地図を開いてみよう。ベトナムはアジアの中でも南寄りで赤道に近い。 韓国や中国、台湾やフィリピンよりもっと離れている。でも文化的には案外近いのだ。 中国に長江という大河がある。今から数千年前に、長江の流域に米作り文明が発生した。 中国北方で黄河文明が発達すると、長江に住んでいた人々は周辺部に散った。その一部は朝鮮半島から日本までわたり稲作を伝えた。 南に行った人々はベトナムにまで広がった。 中国人は長江の流域に「越」という国を作り、さらに南方にも進出するようになった。 そうやってベトナム(越南)という国が形作られた。だからベトナムはもともとは漢字の国である。 国の周辺部にはいまも、日本人のような顔をした人々が、日本と同じ習慣を守り続けている。

2.“独立ほど尊いものはない”

国の名前が「越南」というくらいで、最初から中国の影響は強かった。 ベトナム人は多くの犠牲を払い、中国からの独立を守り続けた。しかし100年ほど前にフランスの植民地となってしまった。 短い間だが、日本も支配者だった。第二次大戦中のことで、兵糧米を強制的に集めたために多くの餓死者が出ている。 とにかくベトナムの人々は、ずっと長い間、独立運動を続けてきた。 その合言葉となったのが「独立ほど尊いものはない」というものだ。 日本はたまたま植民地にならずに済んだが、心して聞くべきであろう。

3.“ベトナム反戦” の時代

ベビーブームと言われた世代がある。戦後、1947年から55年くらいの間に生まれた人々だ。 この人達にとってベトナムは特別な言葉だ。ベトナム戦争が本格化したのは67年ころからだった。 数え方はいろいろあるが、およそ反戦運動は10年続いた。その間に学園紛争があり、沖縄返還運動があった。 とにかく、大国が武力で世界を振り回すこと、大企業の意思が全てに優先されることが許せなかった。 当時の青年たちはもう70歳に達しているが、いまでもベトナムに青春を重ね合わせている。 だからベトナムの研修生が理不尽な目にあっていると聞くと、胸騒ぎがしてならないのだ。

日経(2月13日)の書評面。
大変面白いのだが、受け売りの受け売りである。「半歩遅れの読書術」という連載コラム。
直接の受け売り人はテレビでおなじみの磯田道史さん、原著は高島正憲「経済成長の日本史」である。
「経済成長」と銘を打ってはいるが、実質は米生産の成長史だ。工業、商業は難しいので「あとはそこから類推を」ということになる。
以下、結論だけメモしておく。

米生産量(玄米換算)
奈良時代(730年ころ)は総生産量600万石前後、一人あたり生産量は1.4石前後。
平安時代(1000年ころ)      、一人あたり生産量は2.2石前後。成長率は43%。
鎌倉末期(1300年ころ) 800万石前後、一人あたり生産量は2.0石前後。成長率は-9%
江戸前期(1600年前後)      、一人あたり生産量は2.5石前後。成長率は25% 
江戸後期(1800年前後)      、一人あたり生産量は3.0石前後。成長率は20%
明治初期(1870年前後)      、一人あたり生産量は3.7石前後。成長率は23%

まぁこの表を眺めるだけでもいろんな感想が浮かんで来る。
1.平安初期までは順調に生産力が増えていて、300年足らずで1.5倍という高度成長時代が続く。実感としては「平安バブル」だったのではないかと思う。
2.その後、鎌倉末期まで生産量は下がり続ける。注目されるのは奈良時代に比べて一人あたり生産量は43%増えているのに、生産量は33%しか増えていない点である。これは単純に見て米生産以外の理由(例えば地震・疫病など)による人口減と判断される。その理由がわからない。
3.本格的な農業の離陸は19世紀に入ってから開始されたことが分かる。例えば大阪湾の干拓事業なおを見ても、江戸時代初期からかなり進んでいるにも関わらず、農業生産性の向上に結びついていないことが分かる。それがなぜ19世紀を迎えて大きく発展し始めたか、その辺が知りたいものである。
4.この表からは読みにくいのだが、鎌倉末期の米生産の低下は寒冷化によるものとされている。とすれば、その影響は東北地方にとって一層シビアなものとなっているだろうが、そのへんのエビデンスがどうなっているのかはよく分からない。
5.室町から戦国時代には、寒冷化による米生産性低下は低湿地向け赤米(大唐米)の普及により相殺、克服されたと書かれている。イノベーションによる生産力増加は、地域格差を激化させ、人々の移動を激しくさせた可能性がある。あえて言えばそれが戦国時代の背景となっている可能性がある。
以前から、明治維新を成し遂げた力に関連して、江戸時代における東西の経済力比較とその推移が気になっていた。そういう観点からもう少し検討してみたいと思う。

「AALAニューズ」編集会議の報告

2月20日、上記会議をネット会議で開催しました。
編集主幹の権限で、内容を報告させてもらいます。

66号にも述べたように、AALAニューズの編集体制を変更し、 「面白くタメになる」をモットーに号を重ねてきました。

基本方向は非同盟運動と多国間主義に立脚し、非同盟諸国に限定せずに世界各国の情報を取り上げてきました。

その際に皆さんには、大手通信社ではなく、各国の自主独立を尊重するような情報提供をお願いしてきました。

この方向については編集会議でも改めて確認されたと思います。

お陰様で、毎回力作ぞろいの記事が並び、他組織からもお賞めを頂いています。が、なかなか読者獲得がうまく行きません。

今後はますます各県組織と協調し、AALA機関紙とも連携しながら、積極的な閲覧・利用を呼びかけたいと思います。

紙面も工夫し、「読みやすく、面白く、ためになる」ニューズづくりを目指したいと思います。

参考までに「AALAニューズ」のURLは下記の通り。
https://www.japan-aala.org/aala-news/

(鈴木 頌)

Jacobin 02.18.2021 https://jacobinmag.com/2021/02/ecuador-election-arauz-hervas-perez-neoliberalism エクアドル選挙は新自由主義への徹底的な拒否だった

エクアドル大統領選挙の第一次投票は、コレアを継ぐ左翼候補のアンドレス・アラウスに首位をもたらした。 それは、現大統領レニン・モレノによる新自由主義政策の徹底的な否定だった。
しかし、権力を獲得し反緊縮政策を再度進めるためには、より多くの作業が必要である。

第一次投票結果の概要

7日に行われたエクアドル大統領選挙の第1ラウンドは、混乱と論争もたらした。しかしその結果、政治地図は塗り替えられ、新自由主義者の支配のあっけない終焉となった。

希望連合とアラウス候補 左翼のアンドレス・アラウスはラファエル・コレア前大統領の「市民革命」の後継者である。 アラウスは33%の支持を得た。希望連合(UNES)連合は国会で最大の勢力となった。

一方、2つの伝統的な保守党の同盟は、あわせて20%未満の票しか獲得できず激減した。 その他、先住民のパチャクティック党(20%)、民主党左派(16%)の2政党が大幅に票を伸ばした。

国会選挙(137議席)では、アラウズの所属する希望連合(UNES)が49議席、保守連合が30議席、パチャクティック27議席、民主党左派18議席を獲得した。 IMFが支援するモレノ大統領の与党は1.5%未満で、足切り規定により議会から排除された。
エクアドル大統領は、4月11日に開催される決選投票で決定される。

左翼(希望連合)の得票が伸び悩んだ理由

まず第一に、モレノがコレアの後継者として当選しながら裏切ったという事実が混乱をもたらした。
その後のコレア派への「汚職疑惑」など厳しい弾圧、IMFや米州機構の肩入れ、国際メディアの同調など、さまざまな動きがコレア支持者に複雑な影響を与えた可能性がある。

第二に、保守派の激しいい選挙妨害がある。アラウスの立候補すら、一時はさまざまな妨害により不可能とされていた時期もある。かつてコレアの片腕とみなされていたホルヘ・グラスは、コロナに感染し健康状態が悪化しているのに、いまだに刑務所に投獄されたままである。 パティーニョ元外相、リバデネイラ元国会議長、先住民指導者ヴィテリなどのコレア政権幹部は国外亡命を余儀なくされた。多くの活動家や人物も、亡命、投獄などの迫害を受け続けている。 他の多くの活動家や人物も、名誉毀損、迫害、亡命、または投獄に苦しんでいる。

第三に、激しい反動派の宣伝攻勢がある。コロンビアのメディアはアラウスがコロンビアのゲリラ組織から金をもらっていると宣伝しました。同じようなデマ宣伝はコレアの時代にも繰り返し流された。コロンビアのサンペール元大統領は「このデマ宣伝は、大統領選挙の決選投票に干渉するための汚いゲームの一部である」と非難している。

反共・反コレアの代表であるペレス候補は、先住民を代表する指導者か

今回の大統領選挙では先住民の指導者としてペレス候補が登場した。 その背景を詳しく見ると、危険な姿が浮かび上がってくる。

彼はさまざまなNGOを通じて、USAIDや全米民主主義基金などの米国の諜報機関の財政的および政治的支援を受けてきた。米国大使館ともさまざまな交渉を行った。

ペレスとピクは何年もの間、コレアを反先住民、反環境のリーダーだと攻撃してきた。 今やペレスは惨敗した保守層や特権階級に残された希望の星となりつつある。米州機構(OAS)はこれを積極的に仲介しようとしている。

民主党の左派を装うエルバスも同類である。「過激派コレア支持の連中に対する政治勢力の団結を呼びかけている。 結局のところ、有権者の70%以上が強力な左翼か、進歩的または左翼(エルバスとペレス)に投票した。ラッソの保守主義は完全に拒否された。 これが第一次投票の結果の全てである。

「AALAニューズ」の編集で、回り持ちの主幹を勤めはじめ3ヶ月が経ちました。
電子版とは言え、いろいろな人が集めっての編集ですから、いろいろなしきたりがあります。
が、最大の問題はそれらのほとんどが不文律でしかないということです。
それというのも、これまで代表委員の田中さんが元新聞記者という経験を生かして切り開いてきた事業だからです。
新聞風に体裁を整えるためにはトップ記事、特集、コラム、トピックス、連載などいろいろな特色づけをしなければならないのですが、いまのところはそれがないまま、次から次へと突っ込んでいる状況です。
まぁ「継続は力なり」と進めています。
おかげでなんとか記事は集まっていますが、やはり一番気になるのは読者数の確保です。各人より読む人のほうが少ないのでは困ります。
それで目下、一番気になっているのはスマホ版の作成です。スマホでもニューズは読めるのですが、両脇のはみ出しはいかんともしがたいのです。
発行担当の人に伺ったのですが、操作が煩雑で時間がかかり、実務的に不可能とのことです。
そこで自分でスマホ版を作ってみました。
一番面倒なのは、日本AALAのホームページにFFFTPでアップすることです。そこで新たにブログを作って立ち上げました。
いまのところは私のメールアドレスを使って登録していますが、そのうち日本AALAのアドレスに移管したいと思います。というかパスワードを共有して編集部員は立ち入り自由にしたほうが良いと思います。(もちろん編集責任者の承認は必要ですが…)

最初はめちゃくちゃに時間がかかりました。PDFからテキストファイルに落とすときに段落記号や、文字特性などが抜け落ちてしまい、1行の文字数も固定されたままです。ただそれなりにスマホの横枠には収まるようです。

中身が多すぎるためもあると思います。写真や図表はあまり載せないほうが良いかも知れません。
ファイル形式との相性ですが、HTMLファイルが意外と良いです。ワードやPDFで文書を作られる方が多いと思いますが、どのアプリでもHTML形式で保存することはそれほど難しくないと思います。

これを全文コピペして、ブログ作成画面に持っていけばほとんど問題なく移動できるようです。

テスト版はこちらです。まだグーグルでは補足されていませんので、アドレスを検索窓に入れてください。

全巻 もくじ

http://blog.livedoor.jp/aala_news/archives/8822839.html

スマホに上記の文字を打ち込むのは、老人には相当の苦痛です。スマホに「お気に入り機能」はあるのでしょうか? でも一度成功すると履歴は残るので次回からの検索は、比較的容易です。(blog と入れると候補窓に出てくる)

一応枠には収まりますが、行末がばらばらになるのは止めようがありません。

ここから各巻目次に飛ぶようにしたいと思います。(と書いたが、スマホからリンク先情報は抜けている)




「レディット」騒動のその後

日経に「レディット」騒動の続報が出た(2月14日号7面)。

前回の報道は腰が定まらず何が何だか分からない記事だったが、果たして姿勢が明確になったのだろうか。

正直のところ、ますます混迷を深めているとしか言いようがない。

ただこちらも多少勉強したおかげで、混乱の理由がわかってきた。

さきにそこを言っておこう。

問題点のおさらい

最初の問題はレディットに結集して行動した個人投資家が、「義賊」なのか「サイバーテロリスト」なのかという評価だ。

多くの金融関係筋や公的機関、メディアは後者の立場に立っている。個人投資家たちが相場を荒らし、多くの株主に損害を与えたと非難している。

一方で民主党左派には、これをヘッジファンドの横暴に対する零細投資家の集団的抵抗とする味方もある。

義賊とは言え賊であることには違いないのだから、決して正義の味方と誉め讃えているわけではない。

ただ「彼らの思いは汲むべきではないか」という議論がある。彼らの抗議の対象である「巨悪」を蔑ろにして問題は解決しないだろうということについても大方の一致派あるのだろうと思う。

さらに、個人投資家のオプション取引への参入は必然的な歴史の流れとして受け止めるべきではないかという評価もある。

以前にビットコインが出てきたときもそうだった。最初はバクチ並みに扱われ敵視された。長期的には、むしろオプション取引の透明化を考えるべきなのかも知れない。


日経新聞のためらい

ただレディットを批判する人々はそのことについては口が重い。

日経の記者はその間で、“前向きに” 動揺しているのかも知れない。

第2の問題は、最初は個人投資家グループの「買い」を黙認したロビンフッドが突然、取引を停止したことだ。これはトレーダーからの要請を受けたものらしい。


規制当局の動き

これだけの前説きをしておいても、なお記事は複雑で錯綜している。

今回の事件を受けて、マサチューセッツ州当局は、個人投資家が危険な取引に乗り出さないように動き始めた。ロビンフッド社の関連部門を提訴した。

先程も述べたように「義賊」といえども「賊」なのだから当然である。

今回の記事ですこし分かったのだが、この騒動の舞台は普通の株式市場ではなく、オプション取引を行うデリバティブ市場だ。

以前勉強したロンドン・ホエール事件と同じで、入れ物が小さいから値動きが激しく、いわば鉄火場市場だ。
(2012年05月25日 
こんなところに素人が手出しするのはご法度だが、最近はテラ銭がただなので、みんなゲーム感覚で入ってくる。「投機の民主化」現象が起きていると言われる。

このような目先の対応問題だけでなく、背景までふくめて深堀りしようという動きも見られる。

それが米議会下院の金融サービス委員会で、明日からこの問題で公聴会を開催する。

この公聴会には今回糾弾の対象となったロビンフッド社、マーケット・メーカー(シタデル・セキュリティーズ)、空売りしていたファンド会社(メルビン・キャピタル・マネージメント)、SNSを運営しているレディット運営会社の各CEOが証言することになっている。


メルビンとシタデル社

また新しい横文字が出てきた。

マーケット・メーカー: これはマーケットで直接取引を行う会社だ。ロビンフッドはスマホ証券会社で、資金調達を行う。
マーケット・メーカー(シタデル社)はその資金を運用する。運用益の一部がロビンフッドに支払われる。これでロビンフッドは御飯を食べていくことになる。

メルビン・キャピタル・マネージメント: これが空売りを仕掛けたヘッジファンドだ。

こいつがある会社にカラ売り攻撃を仕掛けた。株価が下がれば会社の資産価値は低下し、資金ショートになり破産する。

こんなやり方に義憤を感じた一個人投資家がレディットで行動を呼びかけた

壮絶なシテ戦の末、メルビンは相当の痛手を被ったらしい。ここから先はよくわからないが、メルビンがシタデル社に泣きを入れて、シタデルがロビンフッドに取引停止を迫ったらしい。

早い話、ぐるになって顧客を裏切ったわけだ。

民主党左派のエリザベス・ウォレン上院議員はロビンフッドにこう言って迫った。

「米国民はロビンフッドと大手金融会社(メルビンとシタデル社)の関係について明快な説明を必要としている」

日経新聞はこう解説している。
個人の買い注文を止めたのがマーケットメーカーの要請だったとすれば容認できない」というのがウォレン議員の態度だ。

日経新聞の結語は納得できる。

変わりゆく時代にあった規制を実現し、秩序ある市場をどう守るかが問われている。

アンモニア再論

下記の記事を下敷きにした記事です


アンモニアを燃料に使うというのは、「1万円札も燃料になります」という議論だ

前回も日経新聞からアンモニアのエネルギー利用を取り上げたが、結局尻切れトンボに終わった。

前回のテーマは石炭火発でアンモニアを混焼燃料として用いるということだったが、そもそも石炭火発という時代遅れな装置では読む気が起きない。

いくつかネットの記事もあたったが、「使えますよ」という記事ばかりだ。

製造コストの高さから見ても、「とてもこれは使えないな」という印象だった。

今度の記事は、アンモニア製造に自然エネルギーをくみこむことで、環境保全に役立てようということで、アンモニア燃料計画が「下りの技術」とすれば、こちらは「上りの議論」になる。

8日の日経の科学技術面。
見出しは三本
アンモニア製造も脱炭素
再生エネ活用、原料は空気と水
秋田・ラオスで実証へ

アンモニアは大事な化学原料

最初に驚いたのだが、世界のアンモニア生産量は年間1億8千万トンだそうだ。

合成繊維や化学肥料の材料だということで、そう言えばむかしグアノ(鳥糞)が輸入できなくなったドイツが窒素の固定法を発明して、肥料を字まかないできるようになったというふうな話を聞いたことがある。

これが「ハーバー・ボッシュ法」というのだそうで、20世紀はじめから現在まで使われ続けている。

これにもびっくりする。多量の水素を準備した上で、高温・高圧下で空中の窒素と反応させるのだそうだ。そのまんまである。

1世紀も前の技術をそのまま使っているのだから、ほとんど奇跡的だ。

水素3個と窒素1個が化学反応してアンモニアになるには大量の天然ガスが必要だ。

記事によるとアンモニア生産のためのエネルギー消費は世界のエネルギー消費の1%にも達するそうだ。それだけの天然ガスを燃やすと、世界のCO2排出量の3%を超えるそうだ。

アンモニアを燃やして燃料代わりにするという議論が、いかに本末転倒かがわかる。

アンモニアを板に効率よく生産するかが最大の課題なのであって、それをただ燃やすというのは、1万円札を燃料にするのと同じことではないか。


アンモニア生産の新技術

そうするとこちらもがぜん熱が入る。

課題は多分二つある。膨大なエネルギーを再生可能エネルギーでどう賄うかとういのが一つ。
もうひとつは、化学反応だから、なんとか効率の良い触媒を開発できないかということだ。

この記事の特徴は、情報を突っ込みすぎているために、「なぜ」というところをすっ飛ばしていることだ。しかしまさにそこが知りたいところなのだ。この辺が文系と理系の違いなのだろうか。

まず最初の課題、これは再生可能エネルギーを加水分解に利用し水素を作ることだ。これは世界中で今取り組んでいる課題で、液化水素を天然ガスのように使おうとする計画だ。

水素を産生するだけでなく、さらにその水素を使ってアンモニアを作ろうという研究も、それなりに進んでいる。

それなりにと言うのは、水素をアンモニアに変換すると、エネルギー効率が格段に上がり、輸送効率や各種設備のサイズダウンが可能になるのだが、問題は現在の生産方法だと再生可能エネルギーには荷が重すぎるということだ。

そこで、決め手となるのはやはり触媒の開発だ。ある意味できわめて20世紀的な技術ということになる。


新触媒 エレクトライド

日経が取り上げているのは、東京工大の細野らが開発した「エレクトライド」という触媒技術だ。

ただしこれについては「セメントの構成成分からない、低温・低圧で合成できる」という以外に説明はない。おそらく酸化・還元工程を含むのだろうが…

すでにこの化学工場と水力発電をコンバインさせたプラントがラオスで建設予定になっているそうだ。

その他に同じ東工大の原らのグループが開発した触媒も紹介されている。

こちらの方は「カルシウムや貴金属のルテニウムなどからなり、50℃未満でアンモニアを合成できる」のだそうだ。こちらのほうがいかにもそれっぽい。ただしなんとなくお正月用のヨイショ記事に見えなくもない。


アンモニアは炭化水素と並ぶ川上資源

とにかく炭酸ガスに目を奪われる発想ではなく、アンモニアを資源サイクルの起点として見ていく視点が必要だろう。

前回のアンモニア記事にはそこが欠けていて、それがわかりにくさをもたらしている。今回の記事も煩瑣な点では同じだが、この視点が定まっているだけ、読み解き可能である。

さらに続報を期待したい。


少し古いが、赤旗の1月28日号に「インドで1千万人のデモ」という記事が掲載された。
インドの闘いというのはすさまじい。10年くらい前には「牢屋に入ろう運動」という闘いがあって数十万のひとが逮捕されて牢に繋がれた。

この国のすごいいのは、これだけの規模の闘いにも関わらず、非抵抗の精神が貫かれていることだ。もちろん道路を塞いだり、列車が停まったりするわけだから、一般の人には迷惑はかけることになるが、機動隊と激突したりなどということはない。

そうは言っても、警官側が紳士的というわけではないが、それでも無駄な死者が出たりすることは少ない。

運動する主体の、覚悟の凄まじさに圧倒される思いがする。

少々長めに伊藤寿庸特派員の記事を引用する。

モディ政権が導入した農業法の撤廃をもとめる農民が首都デリーでトラクターデモを行うなど、全国で抗議デモを展開。1千万人が参加した。
この農業法は農業分野の規制緩和を狙ったものです。農業団体は、農産物の買いたたきを招き農家の経営を脅かすとして、完全撤廃を求めてきました。
去年末にデリーでの集会を開催しようと、多くの農民が地方から集まりましたが、政府は集会の開催を阻止しました。
農民はそれからの2ヶ月間、州境で泊まり込みの抗議行動を続けてきました。
厳しい寒さの中ですでに100人以上の農民が命を失いました。政府・与党はマスコミを使って、農民の抗議行動を「反国家的」「過激な反社会分子」「一部の富裕農民の運動」と呼ぶなど、中傷と分断を図ってきました。
この日は一部のデモがルートをそれて市の中心部に向かい、警官隊と衝突。警察は催涙ガスと警棒による殴打で対応しました。
農民団体は、農民の大義を傷つけることを狙ったものだ、と暴力を非難、インド共産党(マルクス主義)のイエチュリ書記長は、「今日の上お経はモディ政権が作り出したものだ」と批判しました。
マスコミの報道に惑わされず、農民と革新勢力の立場に立って取材された伊藤特派員、これを掲載した赤旗編集部に敬意を払います。

私もこれらの運動についてフォローしてみたいと思います。



こちらはその増補版。写真は持ってきていないので、古い方も見てもらえるとありがたいです。


三大文化(遼河文明、黄河文明、長江文明)の始まり

BC7000 長江流域に初期稲作が登場。
BC6200 遼河流域で最初の文化、興隆窪文化が栄える。
BC4800年 華北平原および黄河流域に人々が定着。黄河文明の先駆けとして、陝西省から河南省にかけて仰韶文化が発祥。貧富の差がみられ、社会の分業・階層化が進んだ。河南龍山文化に引き継がれる。
BC4700 遼河流域で紅山文化が栄える。風水や龍の信仰は遼河文明が黄河文明に影響を与えたものとされる。

黃河文化の突出
BC4300年 黄河下流に大汶口文化が発生。山東龍山文化に引き継がれる。
BC3000年 龍山文化の前期が開始。
BC3000年 長江中流域でミャオ族による屈家嶺文化が始まる。下流域では良渚文化が主役となる。
中原・陜西龍山文化と山東龍山文化に分かれている。
中原・陜西では、城壁を備えた都市が出現する。最大のものは陝西の陶寺遺跡。
山東龍山文化は山東省東部の章丘県龍山鎮にある城子崖遺跡を中心とする。
BC2600 後期竜山文化登場。黄河中流から下流にかけて広がる新石器時代後期の文化である。青銅器が使用され始めている。

黃河文化(華夏民族)の南方進出
BC2500頃 華夏民族が南方に進出。「涿鹿の戦い」に勝利し、蚩尤民族を駆逐。蚩尤民族はミャオ族と黎族に分裂し、ミャオ族は四散した。
BC2500年 長江中流域の屈家嶺文化が衰退。上流の湖南で石家河文化が始まる。
BC2000年 龍山文化の末期 人口は激減し、遺物も貧しくなる。(500年にわたる暗黒期)

夏の建国と二里頭文化: 五穀の栽培と農耕文化への移行
BC1920 黄河が大洪水。このときに禹が土木、治水を率い功績を上げたことから王位に就いたとされる。
BC1900年 史書によれば夏が建国され、初代の禹から末代の桀まで471年間続く。龍山文化集団の流れをくむ遊牧民族的な父系集団。陽城に都を構える。
BC1900年 河南省洛陽市二里頭村を中心に、推定人口2万人に達する巨大な遺跡が建設される。炭素14法で殷に先立つことが判明。『史書』に伝わる夏に相当すると見られる。
二里頭遺跡は4層からなり、1期と2期が夏王朝のものとされる。粟、黍、小麦、大豆、水稲の五穀を栽培していた。最盛期の人口は2万人以上と推定される。青銅器はない。
BC1700年頃 二里頭遺跡の3期と4期からは青銅器工房と宮殿が発見され、殷時代の遺跡とされる。
メソポタミアではBC4000年より前に青銅器時代に入っているが、中国に青銅器が入ったのはBC1600ころ、夏の時代の末期である。

殷(商)による夏の滅亡: 青銅器兵器時代の到来
BC1600年 商の湯王が諸侯を率いて夏の桀王を滅ぼしたとされる。夏の遺跡では夏人の毀損された遺骨と殷(商)の青銅の武器が多量に出土する。
BC1600 殷(商)が建国される。殷は後継王朝の周による呼称。都は亳(商城)に置かれた。考古学的には河南省鄭州市の二里岡遺跡に一致。先行する二里頭文化に影響を受け、青銅器を大々的に使用する中国最初の文化となる。
BC.1400 殷は王位継承の争いにより一時衰退。
BC.1300 後期殷王朝を隆盛に導いた盤庚王(第19代)、殷の都を河南省安陽市の大邑商(殷墟)に遷す。このあと殷は最盛期を迎える。

殷(商)から周の時代へ: 中原の統一と絶対王政
BC.1071 紂王、妲己を寵愛する
BC.1056 周の文王、殷により幽閉され死没。周の武王、紂王(帝辛)の暴政に対し周を中心とする勢力を結集。
BC.1046 殷周革命。周(西周)が建国される。鎬京(西安)を都とする。
BC.827 宣王が周王朝を復興,中央集権的政策を行う。

春秋・戦国時代: 覇権を規定した鉄製兵器
BC.770 周の幽王が殺される。残党は成周(洛邑)に都を移し東周となる。平王が即位。春秋時代の始まり。諸侯は東周をたてまつり割拠。
BC.551 孔子が誕生。これに前後して老子、孫子が誕生する。
BC.476 晋が消滅。盟主不在の戦国時代に移行。
BC.473年 越王勾践が呉王夫差を滅ぼし、長江流域の覇者となる。
BC400頃 鉄器の時代に入る。鉄製武器をいち早く取り入れた秦が勢力を拡大。BC.230 秦が韓を滅ぼす。以後、趙、魏、楚、燕を相次いで滅ぼす。
BC.221 秦の始皇帝が中国を統一。漢人が長江人を駆逐して長江流域に定住。

「人民網」に
外交部の汪文斌報道官、ミャンマーのクーデターについて論評
という記事があり、中国側の態度がかなり露骨に示されている。

汪文斌報道官は3日の定例記者会見で要旨以下のごとく発言した。

1.「意見の相違を適切に解決する」ことが重要だ。

2.「対立を激化させ、情勢をさらに複雑化させることは避けるべきだ」

3.「水面下の支持」または「黙認」との伝聞は事実ではない。

4.中国は「各者が憲法と法律の枠組みで意見の相違を適切に処理し、政治的・社会的安定を維持する」ことを望む。

「人民網日本語版」2021年2月4日 

これで分かることは、「中国はクーデターを許さないという踏み絵を踏まなかった」ということだ。

さらに分かることは

1.中国はクーデターを事前に予知していた可能性が高い。
2.中国は軍政復活を拒否するのではなく、「水面下で支持」または「黙認」する意向だ。

最大の根拠は、クーデターの直前の1月11日に、王毅外交部長(外務大臣)がミャンマーを訪問していることだ。王毅は軍の動向について諮問を受け、最終的にゴーサインを与えた可能性が高い。中国が承認しなければ、間違いなくクーデターは自爆に終わることになる。
もしそうでなければ、クーデター策動を見逃した中国大使館員の首は、間違いなく刎ねられるはずだ。

それにしても紅軍・習近平の冒険主義はどこまで続くのだろうか。


海峡タイムズ(シンガポール)編集部の声明

親愛なるSTリーダー

今週のミャンマーでのクーデターは、アウン・サン・スーチーさんと国民民主連盟が2期目の政権を迎える予定だった日に行われた。

残念ながらそれは、国を直接の軍事政権下に押し戻した。国の事実上の指導者であるスーチーさんとウィンミン大統領はともに拘束され、2月15日まで勾留されることとなった。

しかし軍が提示した容疑とは、いったいなんだろうか?

ウォーキートーキーを違法に輸入したこと、パンデミック中にも関わらず大衆集会で挨拶したのだという。

それがスーチーさんと国にとってどんな意味があるのだろう?

本紙のインドシナ支局長TanHui Yeeは、出来事が展開する経過を追っている。

戦いは続く。彼らの話は刺激的だと思う。


ストレーツタイムズ編集長
ウォーレンフェルナンデス

「レディット」騒動のてん末


① レディット: 

「レディット」というのは日本の「2ちゃん」と同じで、いろんなスレッドが建てられ、誰でも自由に出入りできるオンライン掲示板だ。

掲示板型ウエブサイトの一つで、日本の「2チャンネル」と同じようなもの。誰でも無料で入れる掲示板サイト。


② ウォール・ストリート・ベッツ(WSB)

2チャンネルと同様、レディットにもたくさんのスレッドが有る。レディットではこれをフォーラムと呼ぶ。

フォーラムの一つで、株取引を専門に掘っていくフォr-ラムがあり、これをウォールストリート・ベッツ(WSB)と称する。

メンバーの主体は、組織と無縁な個人投資家で、半ばゲーム感覚で投資活動を行っている。

米国ではネットでの株式売買が進み、にわかじたてのトレーダーが激増している。彼らが集まるのがこういうスレッドだ。

ロビンフッド:

スマートフォン向けの投資窓口を提供する会社。手数料無料が売り物で、レディットの参加者など小口投資家の受け皿となっている。

今回、当初は投資家の買いを積極的に受けた。しかし途中から怖気づいて取引制限を行った。これが投資家に批判された。

しかし軋轢はあるものの、レディットとロビンフッドは基本的には持ちつ持たれつでやってきた。

ただこれが問題になった筋書きは、少々複雑だ。

④ ヘッジファンド(カラ売り業者)

最初に悪だくみを仕掛けたのは彼らではない。名前が明らかにされていないヘッジファンドだ。
これが時代遅れの潰れかけたゲームソフトの会社にカラ売り攻勢を仕掛けた。

理由はよく分からない。残存資産にそれなりの価値があったのかも知れない。

それにある投資家が怒ったのだ。株式を公開している以上、リスクは覚悟しなければならないかもしtれない。しかし生きた会社を、自分の都合だけでなぶり殺しにする権利などないはずだ。

その投資家はWSBを通じて「こんな悪党を許しておいていいのかよ!」と呼びかけたのである。


立ち上がったレディットのミニ投資家

レディットはたちまち沸騰した。
「けっして売るなよ」
「(標的企業の)株を買え。空売り勢を締め上げろ」

やり方を伝授するのはレディットならお手の物。購買禁止への対抗手段はスマートで破壊的だ。

コールオプション(買い注文の権利)を一斉に購入する。買い気配が高まれば、コールの売り手は株式を買わざるを得なくなる。

一つの取引にそれなりの手数料が上乗せされれば、あっという間に株価は上昇する。空売り勢はたっぷりペネルティを払って買い戻す羽目になる。

現にそうなった。ざまを見ろ!




三人の悪漢

この事件には3人の悪漢がいる。

一番悪いのは空売りを仕掛けたヘッジファンドだ。

レディットも悪気はないが違法行為を犯している。トレーダーたちが合意の上で統一行動を取ることは「共謀行為」とみなされる。

「目には目を」の掟が、証券業界にモラルハザードをもたらす危険も無視はできない。

しかしそれは悪代官に対する民衆の仕返しと見ることもできる。まさにレディットこそが現代版「ロビンフッド」なのだ。


悪徳株屋の無法ぶりを黙認してきた責任

結局話は行くところに行き着く。3人目の誰かが悪徳業者の横行を許し、黙認してきたからこういう事件が起きたのだ。

だから黙認してきた悪代官(SEC その他諸々)を見つけてとっちめなければならない。これが3人目の悪漢だ。

そこであのオカシオ・コルテス議員がレディットの連中をこう讃えたのだ。

「ヘッジファンドが自由に売買できる一方で、個人投資家が買いで抵抗した。この抵抗を止めるのは正しいことなのだろうか」

1月30日の日経新聞記事とは結論部分が異なる。日経の記事は、滑り出し好調だが最後が端折られていて、結局何を言いたいのかがよく分からない。

日経新聞の本社レベルで評価がまだ定まっていないのかも知れない。

すこし経過を待とうと思う。


この記事は、とりあえず根本的に書き改めました。
最初は日経新聞の記事の紹介ということで書き始めたのですが、この記事に一部不正確な記載があり、当初の記載を修正しました。



社会知性開発研究センター/古代東ユーラシア研究センター/年報第4号
のサイトに「鼎談」という記事があった。   2091_0004_07.pdf   (1.55MB) 


2017 年 7 月 15 日に古代東ユーラシア研究センター主催の「渡来民に関するシンポジウム」が行われ、武末純一、亀田修一、土生田純之の3人が講演した。
その後、三人による「鼎談」があって、細大漏らさず文字起こしされている。

少々、忌憚のなさすぎる会話がかわされる。ゴシップ風味、楽屋落ち風のネタも有り、シロウトには少々読みにくい。だが、それだけに大迫力で外野席には面白い。

その鼎談の最後の方、土生田さんが百済の前方後円墳について、以下のように自説を語っている。

少々長めに引用する。小見出しは私がつけたもの。

百済の前方後円墳

① 誰が建てたもの?

これはおもに「倭系官僚説」と、「在地首長説」というのがあります。私は「在地首長説」を支持します。

② 倭系官僚という人々がいた

当時の百済の官僚のなかで有名な人に日羅がいます。

そのお父さんがいまでいう熊本県八代方面の人で、向こうへいって現地の奥さんを娶って、その子どもが日羅です。ですから、いま風にいえばハーフです。

③ 日本名と百済名の複合名

百済の官僚を見ていくと、日羅をはじめ、日本名と現地の名前とが合わさった「複合名」がたくさん出現する時期があります。たとえば物部の○○というぐあいです。6 世紀後半にたくさん出てきます。

④ 複合名の隆盛と前方後円墳は時期が合わない

しかし倭系官僚が活躍するのは 6 世紀後半ですが、前方後円墳はだいたい 6 世紀前半です。時代が合いません。ただし否定はできません。

⑤ 前方後円墳は百済ではない

これに対し、私は在地首長説を主張しています。と言っても当時は在地の首長だけれども、そのあと完全に百済に編入されます。

(百済はもとはソウルを中心とする国だったのが高句麗に圧迫され南下を繰り返した。南下に際し旧馬韓の諸国を版図に入れ、倭に任那の宗主権放棄を迫った)

つまり百済からみて未だ十分に支配できていない南端の僻地になるのです。


⑥ 秦韓、慕韓は倭の五王のねつ造

あの辺り(馬韓南部の地域)は、日本の倭の五王が秦韓、慕韓などいろいろな国を捏造したところです。

そして倭は馬韓を変形して慕韓と名付けました。そこはまだ百済にまだ完全に併合されていない地域でした。

それは同時に、前代における馬韓の中心地でもなく、その周辺地域にあったということも意味します。


⑦ 日本の前方後円墳との違い

そういう地域の人が百済の迫りくる危機
に対して身の危険を感じて、日本ともつながっているというふうに示したと私は考えています。

実際に古墳の様子を見るとだいぶん違いますので、(倭系官僚が直接建設したのではないと思われます)



⑧ 一代限りで終わった前方後円墳

(百済の前方後円墳は)光州市の月桂洞1- 2 号墳を除くと全部一代しかありません。

そのあとは完全に陵山里式という百済の中枢の石室になったりします。

(これに対し、地方の有力者は百済の官僚機構に取り込まれ、その結果複合名の官僚が増えたのではないかと考えられる)



感想

1.慕韓、秦韓は倭の創作

慕韓、秦韓を倭の五王の創作だと言い切ったことには度肝を抜かれた。しかし言われてみると確かにそうかも知れない。

五王のしんがりを務める武はたしかに複雑な側面を持つ。それまでの4王が霧の中の人物であるのに比べると、この王の周辺事実の多さは圧倒的だ。

百済の皇太子を人質に取り百済に対して優越性を保持し、新羅に対しても睨みを効かせ、しばしば武力干渉を行う。一方では、彼を最後に中国への遣使が途絶えるなど重大な内部問題を内に抱えていた。

6世紀のはじめ(おそらく死後)、百済の領土要求に屈し、任那の重要部分を割譲している。おそらくこれが遠因となり筑紫君磐井の乱を起こしている。

2.好太王碑では任那と加羅は別物

高句麗は紀元400年、5万の大軍を派遣して新羅を救援した。倭軍が退却したので、これを追って任那加羅に迫った。ところが安羅軍などが逆をついて、新羅の王都を占領した。

好太王の碑にそう書かれており、これを信用しない限り議論は進まない。

これを素直に解釈すれば旧三韓のうち弁韓と辰韓が新羅・加羅・安羅の三国に再編成されたと見るのが自然であろう。そして馬韓は任那へと再編されたと考えられる。

洛東江バルジのやや南方の慶尚南道咸安郡伽倻邑というところで大規模な遺跡が発掘され、安羅の都ではないかと言われている。ただ韓国の命名はきわめて恣意的で、すべて伽耶連合の属国として強引にくくろうとする。任那は任那伽耶で、安羅は安羅伽耶である。いつまでこの絶望的な反日の歪みが続くのであろう。

加羅と伽耶の異同は不明だが、好太王碑に伽耶の記載がない以上、伽耶は加羅の後の時代による別称だと考える。これについてはなんとなく同意がある。

3.馬韓南部の前方後円墳の意味

私は以前から主張してきたのだが、前方後円墳はぼた山なのではないか。とくに地面を鏡のごとく水平にならし水の流れを整える水田づくりには膨大な残土が出る。それを丸く積み上げれば巨大な土饅頭となる。それを墓にするのは支配者にとって一石二鳥だ。

だからそれは文化の中心ではなく、周辺部の水はけの悪い新田開発地帯にドカドカと建てられる。いくら大きくてもそれほどの価値はない。廃坑のボタ山がいくら大きくても大した価値がないのと同じだ。

同じことが全羅南道の不便な湿地帯にも言えないだろうか? と密かに思っている。

古墳時代という時代区分は、どうも面白くない。もしヤマトの勢力が最強の力を握った時代だとするなら、ヤマト時代と呼ぶ米ではないか。マンローがいみじくも述べたように…





最近、新聞の経済面にしばしば登場する言葉が“K字回復”。言うまでもなくv字回復のもじりだ。
最初の縦棒はv字の下行脚に相当する。そこで谷底まで到達したあと、今度は右肩上がりの斜線へと続く。
これだけなら歪んだv字に過ぎないのだが、上り坂の中ほどで斜め下に向かう支線が発し、その線は最初の谷底まで転落して終わる。

要するに景気には浮き沈みがあって、それは今まで続いてきたのだが、それが最近は、そのように単純ではなくなったということだ。
落ちるときは、皆もろともに落ちるのだが、上がるときには勝ち組と負け組には別れてしまうということだ。

ただし、このグラフの縦軸は生産量とか利益というのではなく、所得というところがミソだ。

あくまでもモノの例えだから、あまり細かく詮議立てすると、いろいろ矛盾が出てくるが、結論から言うと所得の源泉が勤労所得と資産所得にわかれるところに股裂きの理由がある。

しかもそれが物質財と貨幣財の比率が乖離し、貨幣発行量が野放図に増加するほど、この傾向が顕著になるということだ。

勤労所得は、基本的には増減ともに等差級数的に推移する。これに対し資産所得は、預金や投資から得られる所得だから、複利でねずみ算的に増えていく。

この差が時間軸(横軸)とともに大きくなり、乖離するようになる。これが“K字回復”の機序である。つまり、このグラフの縦軸は所得ではなく、所得の対数である。

単純にいえば「バブル経済」の構図だが、バブルが信用の野放図な膨張であるのに対し、こちらは通貨供給の増加という裏づけを持っているだけ厄介だ。戦時経済にも似ている。

なお、所得ではこのグラフが成立するが、実体経済と金融市場の利益率の乖離も同じグラフで説明できるかどうかはわからない。市場ポートフォリオの再編や、政策介入、通貨事情の干渉が無視できないからである。

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