これは 天北へ行ってきました
の続きというか、おまけです。
今回また行ったというのではなくて、図書館でたまたま見つけた本の紹介です。
堀淳一さんという方がいて、元は北大教授ですが、鉄道の廃線歩きで有名な方。何冊も本を書いていますが、多分これは極めつけ。
昭和40年ころの地図と最近の地図をならべて表記しています。
それを見ると、今さらながらに北海道の無惨な「近代化」を見せつけられる思いです。その中の天北線の北半分の鉄道のあった頃の地図を転載します。
図上、左クリックで拡大します
天北線沿線を車で走ったときは、正直のところ浜頓別以北にはあまり関心がなかったのですが、この地図を見て、線路とはまったく関係のない浜通りばかり走っていたことがわかりました。しかしこの線路はどうしてこうも意味のないところばかりを走ったのでしょう? 突き詰めると、ただひたすら浜頓別というたった一つの街のために作られた線路のようです。
そもそも天北原野というのが不思議な形をしていて、日本海側から少なくとも6本の山並みが縦じわになって連なっています。どうしてこのような地形が出来上がったのでしょう。多分プレート理論で説明できるのでしょうが…
機会があればもう一度、天北線に忠実に走ってみたいと思います。