鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

2020年05月

『世界人権宣言』
 (1948.12.10 第3回国連総会採択)

〈前文〉

1.普遍的人権の承認の意味

人類社会のすべての人は、固有の尊厳と平等である権利を持つ。これらは譲ることが出来ない。

2.人権と自由、正義、平和の関係

普遍的人権の承認は、世界における自由、正義及び平和の基礎である。

人権なくして自由、正義及び平和を語ることは出来ない。

3.第二次大戦をもたらしたのは人権無視

人権を侮り無視したことが、ひいては人類の良心を踏みにじる野蛮行為(大戦)へとつながった。

4.目指すべき世界と人権

我々はこの事実を踏まえ、言論及び信仰の自由があまねく承認され、恐怖と欠乏のない世界が実現するよう願望する。

そして、このことこそが、すべての人の最高の願望だと宣言する。


5.専制と圧迫に抗議する自由は保障されなければならない

専制と圧迫が続けば、人々は反逆に及ぶ以外に手段がなくなる。

それは悲劇的なことであるので、法の支配によって人権(自由権)を保護することが肝要である。

6.国連憲章と人権宣言

世界人権宣言は国際連合憲章を元にしており、国際連合憲章における信念を再確認する。

それは基本的人権、人間の尊厳と価値、男女の同権についての信念である。

同時に世界人権宣言は、拡大された自由のもとで、社会の進歩と生活水準の向上とを促進することを目的に掲げる。

7.加盟国の決意の表現としての人権宣言

国際連合の加盟国は、ここに、国際連合と協力して普遍的人権と基本的自由を尊重し遵守することを誓約する。

8.人々のなすべきこと

すべての人民とすべての国とは、これらの権利及び自由に対する共通の理解を形成していかなければならない。

各機関は、この世界人権宣言を常に念頭に置き行動しなければならない。人々にこれらの権利と自由との尊重を指導すること、また人権の遵守を(立法的、行政的)措置によって漸進的に確保するべきである。

9.これらの努力の達成基準
この人権宣言は努力の達成基準としていくつかの点を列挙する。



本文の個別条項の鮮やかさに比べ、なんとなく読みにくい文章である。おそらくは各国のせめぎあい、反人権宣言派の策動の結果であろう。

この全文を理解するには、1941年のFDルーズベルトの「四つの自由」演説を理解しなければならない。

そして冷戦前夜におけるエレノア・ルーズベルトの必死の頑張りを見ておく必要があるだろう。

とりあえずは下記の記事を参照されたい。





本文
第一条 自由・平等であること
すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない。

第二条 人種差別の禁止
すべて人は、人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治上その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、門地その他の地位又はこれに類するいかなる事由による差別をも受けることなく、この宣言に掲げるすべての権利と自由とを享有することができる。
さらに、個人の属する国又は地域が独立国であると、信託統治地域であると、非自治地域であると、又は他のなんらかの主権制限の下にあるとを問わず、その国又は地域の政治上、管轄上又は国際上の地位に基づくいかなる差別もしてはならない。

第三条 自由と安全に関する権利
すべて人は、生命、自由及び身体の安全に対する権利を有する。

第四条 奴隷禁止
何人も、奴隷にされ、又は苦役に服することはない。奴隷制度及び奴隷売買は、いかなる形においても禁止する。

第五条 拷問の禁止
何人も、拷問又は残虐な、非人道的な若しくは屈辱的な取扱若しくは刑罰を受けることはない。

第六条 人として認められる権利
すべて人は、いかなる場所においても、法の下において、人として認められる権利を有する。

あとの条文はさほど原則的な条文ではないので省略する。

貧困、肥満、人種格差…新型コロナで次々と露呈する米社会の恥部」(猪瀬聖 yahoo ニュース20年5月23日)より

米国で、黒人の死亡率は白人の2.4倍

ニューヨークの地下鉄や路線バスを運営する公益法人のMTAでは、職員の半数以上はマイノリティだという。
仕事を休めないこのような職員の数千人が新型コロナに感染し、100人以上が死亡した。

ブロンクス地区は黒人とヒスパニックが住民の過半数を占める市内で最も貧しい地区で、人口10万人当たりの死者数も断然高い。

ニューヨーク・タイムズは独自調査の結果、「新型コロナの影響を決める最大の要因は人種と所得」と報道した。

APMリサーチ・ラボが20日に公表した調査リポートによれば、人口10万人当たりの死者数は黒人が断トツに多く、50.3人。次いでヒスパニックの22.9人、アジア系の22.7人と続き、最も少ないのが白人の20.7人だった。

マイノリティに死亡率が高い理由

低所得層や貧困層が多く住む地域は「フード・デザート(食の砂漠)」と呼ばれ、生鮮食品を販売するスーパーがほとんどない。

このため、住民の食事は高カロリー、高糖質のいわゆるジャンクフードに偏りがちだ。

肥満率も、疾病対策センターによると、黒人が49.6%、ヒスパニックが44.8%で、いずれも白人の42.2%より高い。

しかし肥満は米国人共通の問題でもある。米国の肥満率の高さは、主要国の中で断トツだ。


2020年5月28日 ニューヨーク 発

ユニセフなどがによれば、新型コロナの影響により、今年末までに「貧困な子ども」が15%増加する。
「貧困な子ども」の総数は、年末までに6億7,200万人に達するだろう。そしてその約3分の2がサハラ以南のアフリカと南アジア(インド)に集中するだろう。

それとは別に、コロナを受けての「貧困な子ども」の増加率は、欧州が最大で44パーセント、ラテンアメリカでは22パーセントに達するだろう。

* 4月はじめにオックスファムが公表した報告書では、新型コロナ感染拡大により、絶対的貧困層が約5億人増えると報告されている。

世界的な経済危機により、2つの事柄が子どもたちに悪影響を及ぼす。
一つは各家庭の収入が減ることだ。これにより食料が得られなくなり、医療や教育の機会が減る。
もう一つは財政の縮小により会的サービスが低下し、ウイルス封じ込めが困難になることである。

ユニセフ事務局長のヘンリエッタ・フォアの談話
パンデミックは、世界中の家庭を前例のない社会経済危機に巻き込んだ。
家庭への経済的影響は、子どもたちから不可欠なサービスを奪っている。
今連携して行動しなければ、貧困世帯は何十年も前の生活に直面することになる。
*ユニセフの発表は散漫で、その数字は根拠が曖昧で、素直には信じがたい。しかしその旺盛な現地活動がもたらす深刻な危機感は共有すべきものである。

の再読をお願いします。上演時のポスター写真が見つかりました。
ゼロの記録

相変わらず帯状疱疹は痛い。ズキズキ痛いのとヒリヒリ痛いのが別個に攻めてくる。空襲と艦砲射撃が交替に(ときに重なって)やってくるようなものだ。ただ悶絶するような灼熱痛発作は起きなくなった。「魔の三角地帯」は燃え尽きつつあるようだ。

それで、勉強はとてもする気にはならず、残り少ない人生を家でグダグダとしている。目下はFLACデータベースというサイトで音楽を楽しんでいる。高音質が売りでYou Tubeの低音質に泣いていた私にはうれしい限りだ。

そこで本題にはいるが、このサイトでサヴァリッシュ指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏でシューベルトの交響曲全集が聞ける。1967年の東独現地録音。別にデジタルでもなく新しい録音でもなく普通なのだろうが、大変素晴らしい音が出ている。

未完成交響曲を聞いてそのあまりの美音にびっくりした。残響をたっぷりとっているが、ホールが最後まで鳴っている。この間ペテルブルクで聞いたマリインスキー劇場のようだ。

未完成というのはむかしワルターのレコードで「運命」と抱合せになっていた。その後高校に入って小遣いを貯めて買ったのがジョージ・セルの未完成だった。あまり感激した覚えはない。友達が貸してくれたミュンヒンガーの未完成は、私のセットが安物だから、どうやっても最初の低弦の音が聞こえなかった。

大学に入ってもレコードを買うようなカネはなかったから、フォンタナの安売りレコードにすがるしかなかった。その頃買ったのがサヴァリッシュとウィーン交響楽団のハ長調交響曲だった。これも音は最悪で、スピーカーの前に座布団で蓋をしているような情けない音だった。まぁ1時間を超えるような曲をLP1枚に詰め込んでいたのだから仕方ないのだろうが。

それがトラウマになったのか、サヴァリッシュというとなにか敬遠するようになっていた。

そのむかしはNHKの番組に登場して、さっそうたる指揮ぶりを披露してくれて、私なりにフアンだったのだ。一言でいうと「明晰」というのが一番ピッタリしている。しかしレコードではそのような雰囲気はさらさらなかった。

初出の時から廉価版扱いだったようです。PHILIPSにとって、サヴァリッシュはその程度の指揮者だったわけです。サヴァリッシュは、このときのPHILIPSとの専属契約は『私の長い経歴のうちでも、ひどく後悔することとなったもの』と振り返っているそうです。mitch_haganeさん


今回サヴァリッシュの演奏は、日本デビューの頃と同じく颯爽としていて、ケレン味がない。音は磨かれてつやつやとしている。とくに内声部の音がスーッと浮かび上がってくるさまは、なんとも気分が良いものだ。

おそらくギリギリまでレガートをかけて、弓を弾き切っているのだろう。ホールの特質を飲み込んだサヴァリッシュが独特の音を作り出したのだろう。そして生来のリズム感の良さが、それを崩さずに持ちこたえさせているのだろう。

ヴァントと北ドイツ放送SOの未完成に度肝を抜かれてもう20年も経つが、これもまた一つのシューベルト像であろう。それでは少しサヴァリッシュを漁ってみようか。

サヴァリッシュ+シュターツカペレ・ドレスデンのシューマンは、シューベルト交響曲全集のあと、70年代に入ってからで、残念ながらまだ著作権切れにはなっていない。

You Tubeで聞いているが、これはシューベルト以上にすごい。ひょっとするとサヴァリッシュがこのオケを世界最高のオケにまで育てたのではないかと思われてきた。よく聞いてみるとたしかに、サヴァリッシュ好みの彩り濃く切れの良い音を出すオケだ。あの頃欧州公演を果たしたN響は、たしかにこんな音を出していたように思える。

追加: シューベルトのハ長調交響曲を聴いた。私は何でもセルの演奏を基準にしているが、どちらかというとセルはシューベルトが苦手だ。
この演奏はセルよりすごいと思う。サヴァリッシュのすごいのは対旋律を必ず浮き出すことだ。ほとんど偏執的だが、それが煩わしくならないのは人徳なのだろう。
少なくともサヴァリッシュはこれでフォンタナ盤の恨みを果たしたと言える。



Dさん、コメントありがとうございます


  • 1. D 
  • 2020年05月25日 15:02
      • webに記事がありますね

        ベネズエラ 衝撃の“クーデター未遂事件” | 国際報道2020 [特集] | NHK BS1
        https://www.nhk.or.jp/kokusaihoudou/archive/2020/05/0521.html
    1. ニュース原稿と写真がすべて載っていました。

      いずれ消えるでしょうからお早めに。

    氷河時代とはなにか

    不勉強で、いまだに氷河時代とはなんぞやということが分かっていない。

    なぜかと言うと、
    ①氷河時代の時代区分と地質学的時代区分がかぶっているからである。
    ②おまけに若いとき習った洪積世・沖積世の言葉が使われなくなり、
    ③それに代わる言葉が更新世・完新世とえらく難しい言葉になっているからだ。
    ④さらにこれらを総括する「第四紀」という言葉の定義が、およそ場当たり的なのだ。
    知識を整理するには、以上の点を頭においておいたほうが良い。

    1.氷河時代(ice age)

    地球が誕生して以来、いくつもの氷河時代があった。代表的なものが次の5つである。

    ヒューロニアン氷河時代: 約22億年前
    クライオジェニアン: 8億5000万年前
    アンデス-サハラ氷河時代: 4億6000万年前
    カルー氷河時代: 3億6000万年前
    第四紀氷河時代: 約258万年前

    我々が生きているのは、第四紀氷河時代の間氷期の一つである。

    第四紀氷河時代というのは、“第四紀のあいだに起きた氷河時代”の意味である。

    それは約260万年前に始まった。ホモ・エレクトゥスがアフリカで誕生した頃である。*

    * 第四紀は「人類の時代」と定義されている。より古い原人が発見されると、第四紀の始まる年代もさかのぼる。かつては181万年前以降を第四紀としていたが、現在は258.8万年前からとされるようになった。

    2.氷期(glacial period)

    氷河時代はいつも寒いわけではない。寒い寒い氷河期とそれほどでもない間氷期に分かれる。

    それはミランコビッチ・サイクルと呼ばれる。4万~10万年の周期で交代し、地球の公転軌道の周期的変化と合致する。

    第4紀氷河時代は6回の氷期と6回の間氷期からなる。

    約7万年前に地球は最終氷期(ヴュルム氷期)に入った。

    この時期は出アフリカを果たしたホモ・サピエンスがユーラシア各地に拡散していく時期と一致するため、非常に重要である。


    3.最終氷期

    約4万年前に、温暖・湿潤期があり現在よりも湿潤であったとされる。

    2万数千年前に最寒冷期が襲来し、2千年ほど続いた。
    世界で氷床化と乾燥化・砂漠化が進んだ。海水が蒸発して降雪し陸上の氷となったため、海面が約120メートルも低下した。

    北海道と樺太、ユーラシア大陸は陸続きとなり、東シナ海の大部分も陸地となった。
    北海道では永久凍土や氷河が発達し、針葉樹林は西日本まで南下した。


    4.後氷期・完新世

    最終氷期(ヴュルム氷期)は約11,700年前に終了した。

    地球は最後(最新)の間氷期に入った。それは特別に後氷期と呼ばれ、地質学的には完新世と一致する。完新世はかつては沖積世と呼ばれた。


    5.これをホモ属に近づけてみると

    ① 260万年前、第四紀氷河時代が始まった。第4紀は地質学的な更新世と一致する。
    このころホモ属からエレクトゥスが分離した。

    ② 160年前、何回目かの間氷期にエレクトゥスは出アフリカを果たした。彼らがジャワ原人や北京原人という地域集団を形成した。*1

    ③ 60万年前頃、エレクトゥス同様の経過でハイデルベルク人が発生し主としてヨーロッパに拡散した。

    ④ 15万年前、ネアンデルタール人がハイデルベルク人の居住区に一致して出現している。*2

    ⑤ 同じ頃、アフリカにホモサピエンスが登場した。

    ⑥ 8万年前、最終氷期の開始に前後してホモ・サピエンスは出アフリカを果たした。

    *1 ドマニシ原人はエレクトゥスに先行した種という説もある。

    *2 ネアンデルタール人は、ハイデルベルク人の子孫とする説もある。

    地質学者はきわめて扱いに困る人種である。
    一つの事物にいくつもの名称をつけ、いくつもの分類を並立することに痛痒を感じていない。
    氷河時代の特徴をいくつも羅列するが、それが本質的なものか、偶発的なものなのかの区別をしない。
    地質学の分類の決定的な境目は第四紀だが、第三紀があるわけではない。第四紀は正式名称だが、第三紀・第三系は非公式な用語である。

    第四紀とそれ以前を分ける基準は「人類の時代」と定義されているそうだ(日本第四紀学会)。こんないい加減な区分は聞いたことがない。



    志位さんのポストコロナ論

    このところ赤旗に立て続けにポストコロナ論が掲載された。

    日本AALAとしてもコロナと国際連帯の課題は緊急かつ重要となっている。

    そのためにも、まず筋となる総論が必要だが、これらの論文が非常に参考になるだろうと思う。


    まずは5月18日の志井委員長発言から。

    1.新自由主義システムの破綻が明らかに

    ① 医療費削減などの緊縮政策を押し付けられた国ぐにが大きな犠牲を強いられた。

    ② 労働法制の規制緩和が、派遣やパートで働く人々に皺寄せされ、そのためにコロナの犠牲が下層労働者に集中している。

    ③ 外需依存と産業空洞化が、サプライチェーンの寸断化、医療崩壊の危機をもたらした。


    2.資本主義体制が本質を問われている

    資本主義という体制は、格差拡大と環境破壊という2つの点に矛盾が集中している。

    ① 格差拡大とコロナ

    ウイルス自体は富めるものと貧しいものを区別しない。しかし感染症による犠牲は、貧困のもとに置かれている人々に集中する。

    格差が世界的な規模で、異常なレベルまで拡大している。その矛盾がパンデミックのもとで顕在化し、激化している。

    アメリカでは、パンデミックのもとで格差があらためて大問題になっている。

    また多くの途上国では、医療体制などが弱いために多くの犠牲が出ている。

    ② 環境破壊とコロナ

    今回のパンデミックには、地球規模での環境破壊が深く関わっている。

    この半世紀くらい、新しい感染症がつぎつぎと出現している。原因となっているのが、人間による無秩序な生態系への侵入である。

    資本主義の利潤第一主義という本性を変えなければ、新型コロナを収束させても、次のより危険なパンデミックに襲われる可能性がある。今回のパンデミックは、資本主義という体制を続けていいのかを問うものともなっている。*1

    *1 我々は「原理主義者」ではないから、コロナ問題が「聖書」や「コーラン」や「資本論」や「綱領」に書かれていたとしても、あまり慰めにはならない。


    3.民衆の連帯で危機の克服を

    深刻なパンデミックにもかかわらず、国際社会が協調しているとはいえない。
    国際協調の主要な障害となっているのは米国と中国である。

    ① アメリカの「自国第一主義」

    世界最大の資本主義大国であるアメリカは、パンデミックに対する国際的な取り組みに背を向けている。

    WHOに対する拠出金の停止は、アメリカへの信頼をいよいよ低下させている。愚かというほかない。

    ② 中国の体制的な問題点

    中国の初動は遅れた。それは人権の欠如という体制の問題点と結びついていた。*2

    中国指導部はパンデミックのもとでも東シナ海、南シナ海などでの覇権主義的行動をやめようとしていない。これは国際協調にとって障害となっている。

    こうして、危機のもと米中双方が対立し覇権争いをするという状況に至っている。*3


    *2 率直に言って、この問題は検証が必要。どこまでが「人権の欠如」に起因するか、どこまでが「前近代性」という歴史的制約に起因するか。
    ただし、その後の武漢でのコロナ制圧作戦は果断かつ圧倒的で、都民の忍苦もふくめ称賛に値する。

    *3 「米中双方の覇権争い」の図式はコロナには適用されない。一連の経過を見れば、トランプ政権が一方的に攻撃を仕掛けているのは明らかだ。

    ③ 国際機関が機能していない

    WHOの新型コロナへの対応に対しては、今後検証が必要になる問題点がある。*4 

    国連安全保障理事会はこの問題に関して機能していない。

    私(志位)は米中に対して、この問題については協調すべきだと言いたい。


    *4  WHOの対処に反省すべき点があったとしても、トランプが煽ぎ立てるような「検証すべき点」はない。少なくともアメリカがWHOを脱退するほどの根拠はない。メルケルとマクロンはそう主張している。

    ④ 民衆の連帯

    何よりも、世界の多くの国ぐにと民衆が連帯して、このパンデミックを乗り越えることが強く求められている。

    コロナ収束の先は、前の社会に戻るのでなく、日本でも世界でも、よりよい社会をつくっていく。*5 

    それによって、次の世界のあり方も決まってくる。

    改定綱領を力に、そういう展望をもって頑張りたい。*6 


    *5 コロナ問題は収束するのではない。これからが本番だ。そのためには「コロナ問題とは何なのか」をもっと根底的に把握しなければならないと思う。さらに国際協調運動の礎として「世界人権宣言」の精神に立つことがもとめられる。

    *6  ここでは「世界の国と民衆の連帯」は具体的には何も語られていない。我々が肉付けをしていくべき課題として提起されたのだろうと思う。



    帯状疱疹と「やる気」の減少

    とにかく、この病気になってからやる気が出ない。知らず識らずにため息がついて出る。

    始めても根気が続かない。検察庁法についての文章を書きたいのだが、途中で思考の結び目がほどけてしまう。

    以前書いたコロナショックの意味についての文章を少し手直しし、体系立ててみようと思うのだが、到底その気にならず、キーボードを前に佇んでいる。

    多分帯状疱疹というのは、これまで考えていたよりはるかに広範かつ多彩な病気で、経過も長いらしい。

    ヘルペス・ツォスター・ウィルス(HZV)感染症と言うべきであろう。私にとっては「やる気ホルモン減少症」が一番の問題だ。


    「やる気ホルモン」とは?

    ところで医者のくせに「やる気ホルモン」の本体がよくわからない。

    私の「三脳セオリー」によれば、脳全体、とくに大脳を動かすには電源(エネルギー)が必要で、それを作り出すのが前脳ということになっている。

    前脳というのは脳の先端の膨大部だが、ここには視床下部という液性ホメオスターシスの中枢があって、そこからホルモンが分泌されて身体各所に指令を発する。

    その一方で前脳(視床)を駆動し、視床からいろいろな脳内アミンを分泌させて脳全体を動かしていく。

    これが私の考える脳の駆動モデルだ。

    それで、いろんな教科書をよく見るのだがあまりにもたくさんのホルモンや化学物質があって、実はよくわからないのである。


    通俗ページを通覧する

    通俗と書いたが馬鹿にしているわけではない。現在の物の考え方を端的に知りたいということである。最初のページにはこう書いてある。

    「やる気ホルモン」は甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(TRH)。集中力をサポートすると言われています。
    脳内ではドーパミンと呼ばれる神経伝達物質が活発に分泌されていると言われています。

    この文章ではTRHとドパミンの関係が曖昧にされているが、私の「三脳セオリー」とはうまく合う。

    「脳内三大神経伝達物質」について

    で、TRHとドパミンの関係は後の話にして、脳内アミン(神経伝達物質)に御三家というのがあるそうだ。

    やる気を起こさせるのがドーパミンと、ノルアドレナリン。これに足して安定や安らぎの要因となるセロトニンを加えたものを「三大神経伝導物質」と呼ぶらしい。

    これから先は、ちょっと分かりやすさが優先して、正確さにかけるかもしれないが、もう少し聞いておく。

    ① ドーパミン:脳を覚醒させる。
    側頭葉を刺激すると、喜びや快楽が生じる。
    前頭連合野を刺激すると、精神機能が活性化する。
    不足すると無気力になり、過剰になると総合失調症になる。

    ② ノルアドレナリン:ノルアドレナリンはドーパミンから合成される。
    脳内で強い覚醒作用をもち、気分を高揚させる。不足するとうつ病の原因となり、過剰になると躁状態を引き起こす。

    ③ セロトニン:ドーパミンやノルアドレナリンの分泌をコントロールしている。
    体温維持や睡眠を司る。

    実際にはもっと色々書いてあるが、占いの本を読んでいるようで、「本当かいな」と一歩引いてしまう。
    多分なんかの「くすり」の宣伝につながっていくのだろう。

    なお「三大神経伝達物質」だが、Wikipediaと脳科学辞典には記載されていない。

    Wikipediaでは
    ①アミノ酸 ②ペプチド類 ③モノアミン類
    二分類されていて、そのうち③のモノアミン類の中にノルアドレナリン、ドパミン、セロトニン、アセチルコリンが記載されている。

    脳科学辞典では
    ドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン、セロトニン、ヒスタミンなどの神経伝達物質の総称として、「モノアミン」の名称が用いられている。

    あまり「三大神経伝達物質」というのは、公の場では用いないほうがいいようだ。恥をかくかもしれない。


    ドパミンの謎

    ドパミンが「やる気物質」のメインのようだ。研究もこれを中心に展開されてきている。

    二つの謎 その一:なぜドパミンなのか

    ここからさき、大脳生理学の先端は行き詰まる。一つはドパミン、ノルアド、アドレナリンという3つのカテコールアミンのうち、なぜドパミンが主役なのかが説明できていない。

    二つの謎 その二:セロトニン由来の「やる気」との違いはどこにあるのか

    もう一つは、「やる気物質」のうち、ドパミンなどのカテコールアミンと、セロトニンは明らかに違う物質であるから作用部位も作用機序も違うはずだ。

    さらに「やる気」と言ってもドパミンによって賦活される「やる気」とセロトニンによって賦活される「やる気」とは中身が異なるはずだ。

    その違いを系統発生学的な見地から説明しなければならないと思う。

    これらの問題を解決しないまま、次々に新たな神経作動物質を列挙していくのが、現在の学問水準である。それが「脳科学」を怪しい学問にとどめている最大の理由である。

    発生学的トレーシングの結果に待つほかないが、私はカテコールアミン系の作動物質がプライマリーで、それを修飾=部分的抑制する形でセロトニン・GABA系が付加されたのだろうと予想している。


    真の脳神経学が「脳科学者」とは独立してやらなければならないこと

    もともとは「やる気」を獲得するというプラグマチックな興味から始まった学習だったが、やっているうちに科学の目(つまり「脳科学」への反感)がむくむくともたげてきた。

    視床下部から視床へと影響を与えるのは、TRHホルモンにとどまるものではあるまい。

    むしろ視床から全身の臓器へと影響を与える多くののホルモンが、後ろ向きにも視床=前脳へとフィードバックしているのであろう。

    そして、その多彩さがホルモン作用を神経へと翻訳し伝達する神経伝達物質の多彩さを生んでいるのであろう。

    しかしその多彩さは最終的には電気信号としてのオン・オフ系まで単純化されなければならないのであり、その変容過程が突き詰められなければならないのではないか。

    NHK・BS1で「えっ、こんな番組やっていいの?」と思われるほどのニュースが報道された。
    見逃した人は是非、オンデマンドへ
    私も録画したが、残念ながらファイル変換の知識はなく皆さんにお見せできない。
    もっとも、そんなことをすれば手が後ろに回るかもしれない。

    番組紹介文から
    6日にベネズエラで大統領殺害を狙ったアメリカ人とベネズエラ人の傭兵グループが捕らえられ、グアイド国会議長の関与が疑われている。捕らえられたアメリカの元海兵隊員は、マイアミにある軍事顧問会社に所属。その会社の社長はグアイド国会議長の関与を明かした。これまで反マドゥーロの立場だったメディアもグアイド氏の関与を次々と報じている。20世紀にアメリカが中南米各国で仕掛けていた謀略を想起させる。


    報道の内容はいちいち書き出せないが、
    【世界を見渡すニュース・ペリスコープ】 に、ほぼ同様のソースと思われる記事がある。

    その要旨を掲載しておく。(記事そのものは見られなくなっているがキャッシュでの閲覧が可能)

    英紙「インディペンデント」によれば、ベネズエラに潜入しようとした13人の「テロリスト」を拘束が逮捕された。その中にはアメリカ人の元軍人2人も含まれていた。

    米TV「CBSニュース」はこのニュースをフォローしている。
    マドゥーロ大統領が記者会見し次のように語った。
    「これはクーデター計画であり、”もうひとりの大統領“フアン・グアイドが、資金援助をしている。米国人2人はルーク・デンマン(34)とエイラン・ベリー(41)。ともに米治安部隊のメンバーだった」
    これに先立ちサーブ司法長官が語ったところでは、
    「傭兵たちはグアイドと2億1200万ドルの契約を結んだ。グアイドはその資金を国営石油会社PDVSAから持ち出した」

    NHKの報道によれば、グアイドのこの行動は「彼ならいかにもやりそうなこと」として受けとめられてえおり、反チャベス・反マドゥーロの野党勢力もふくめ、国内での支持はほとんど失われている。
    アメリカのクーデター策動への共感もない。

    仏TV「フランス24」は、事件の黒幕について次のように報じている。

    「フロリダに拠点を置く元グリーンベレーのジョーダン・ゴードローが、マドゥロを拘束する計画を立てた。彼はベネズエラを「解放」するために、2人を送り込んだ」

    事件の背景

    米政府はマドゥロを失脚させるべく、2018年の大統領選挙を「不正選挙だった」とし、反マドゥロ勢力の野党リーダーであるグアイドを大統領として公式に承認した。

    世界60ヵ国ほどがグアイドを大統領として認めており、ベネズエラでは現在、大統領が2人存在するという異様な状況

    英紙「デイリー・メール」によれば、「アメリカはマドゥロの逮捕、または有罪に繋がるような情報には1500万ドルの報償金を出している」とされ、これがゴードローの行動の動機になっているかもしれない。

    真相はまだわからないが、少なくとも、マドゥロを失脚させようとする動きが相変わらず続いていることは確かだろう。


    その後、追いかけ情報が次々に流されている。これまでの“マドゥーロ憎し”の氾濫はどこに行ったのだろう。赤旗は変わるのだろうか。もう少し情報を集めてみる。

    「素顔  長渕剛」


    youtube で何かを探していて、たまたまこの曲にあった。
    すごくいい。とくに1番の歌詞が男のくせに良い。男だから良いのかもしれない。
    2番の歌詞と合わせ鏡になっているのだけど、2番はなくてもいいような気がする。
    そちらの方に膨らませてしまうと、何か違うのではないかという気がする。
    長渕剛という作り手が気になって、You Tubeで聞ける曲を片っ端からあたってみたが、
    ひたすら「何か違うのではないか」という感じが膨らんできて、
    最後には、「ちょっと違う人になってしまったね」ということで、
    とりあえずお仕舞。
    これは井上陽水のときにも同じように感じたこと。
    クリップボード一時ファイル01素顔

    おまけだが、この曲をアップしてくれた人がつけてくれた写真がとても良い。
    ひょっとしてこの写真に欺されたかもしれない。

    1.病状経過

    その後も線香花火のようにあちこちでパチパチする筋のような痛みは取れない。それどころか範囲は拡大傾向だ。

    左大腿内側の灼熱痛フラッシュも治ってはいない。ただ柔道の投げをくらわないように、瞬間それを避ける技は身につけつつあるようだ。

    それでも2日に1回は起きる。最近はなぜか1回起こすと爽快にさえなる。なぜかというと1回起こすと、おおむね24時間は次の発作はないからだ。

    やはり、集中力は格段に落ちる。気分は限りなくダークグレーに近いブルーだ。

    2.整形受診の結果

    実は金曜日に整形外科も受診した。椎間板由来のものではないかと考えてのことだ。6方向のXP撮って、たしかに左L4-5の椎間板に軽度の変化は認めた。

    しかしそれは現在のマニフェステーションを説明するほどのものではない。

    複合性局所疼痛症候群(CRPS)の話をしたら笑われた。それは交通事故の裁判病名でしょうということだ。

    それで、結論としては椎間板症は否定、やはり帯状疱疹と考えるべきではないかとの意見だった。

    ただし発症後の経過としては、すでに抗ウィルス剤(バルトレックス)の有効期間は過ぎており、様子見るしかないでしょうということになった。

    3.リリカとNSAIDSが効かなくなってきた

    ということで、私の病気は行き場を失ってしまった。

    ただ実のところ、それほど深刻だったわけではない。こういう病気はたいていは時間が解決してくれるからだ。

    しかし事態はちょっと深刻になってきている。というのは、リリカとNSAIDSが効かなくなってきた。

    最初はロキソニンを1日2回くらい飲んでいれば、ほぼ症状はコントロールできていた。

    さらに皮膚の表面のひりひり感もリリカでかなり抑えられていた。後は伝家の宝刀、アルコールがある。

    しかしこの2,3日はまったく薬が効いている印象がない。リリカは眠気が来るので、1日数回も寝ている。寝ている時間以外はヒリヒリ痛との共存を迫られている。


    4.明日ヘルペス抗体価を見て考えよう

    12日に採血したウィルス抗体価が明日に判明する。「もう遅い」と言われても、臨床症状の進展も結構遅いのだ。まだ間に合う可能性はある。

    それより困るのは抗体価が陰性に出た場合だ。
    とりあえず打つ手はなくなってしまう。

    これから先はまた報告する。

    1.ベネズエラではコロナは抑え込まれている

    4月26日の東京新聞は、①ベネズエラが原油価格低落で危機的にあり、②医療保険制度が崩壊し、③コロナが蔓延していると書かれている。

    すごく善意で見ると、記者は筆の勢いでコロナ蔓延と書いてしまったのかもしれないが、少なくとも③については取り消したほうが良いのではないだろうか。

    彼らにとっては予想外で、かついくらか残念なことであろうが、ベネズエラではコロナは抑え込まれているのだ。

    数はばらつきがあるが、WHOの4月17日の発表ではベネズエラは感染者440人、回復者220人、死亡者10人となっている。4月27日のロイター報道では、感染者数が318名,死者が10名にとどまっている。

    この数字はラテンアメリカでは最低部に入る。理由についてはいろいろの見方ができるだろうが、数字だけで見ればほぼ抑え込まれていると見て良い。

    ブラジルの感染率は104人/100万人。これに対しベネズエラでは6人/100万人である。
    ②の「医療保険制度が崩壊」というのも、揚げ足を取るようだが不正確だ。もともとベネズエラの一般民衆(つまり非白人系)は見捨てられた存在だった。バリオ(スラム街)に住む人々にはそもそも医療保険などなかったし、医師は貧困者などに見向きもしなかった。

    この状況を劇的に変えたのがチャベスの革新政権だった。チャベスは医療と福祉の充実を目指し、バリオにキューバの医師団を送り込んだ。

    そしてここが大事なところだが、一部の人達には信じたくない情報だろうが、それはベネズエラの経済状況が悪化したあとも変わらない。

    いまもキューバから1500人の医師団が派遣されている。彼らはバリオに入り戸別訪問して定期的に健康状態をチェックしている。そして変化があれば隔離し検査を施行し、感染者であれば隔離する。


    2.ベネズエラの医療は国際的な支援を受けている

    もちろん無慈悲な経済封鎖のもとで、医薬品などあらゆる製品が不足している。これに対し量は少ないとはいえ、国際機関による支援が与えられている。

    経過を少し書いておく。

    3月25日、国連はコロナ支援を必要とする優先支援国の一つにベネズエラを指定した。感染者数や重症度ではなく、医療インフラが極度に逼迫しているためである。

    4月8日、最初の支援物資90トンが首都カラカスに到着した。対コロナ国連対応計画の枠組みにより、ユニセフを通じて送られたものである。

    支援物資には、11万人分の緊急キット110セット、酸素濃縮器、小児用ベッド、コロナ用のPPE検査キット約1,000個(3万人分)が含まれる。

    ユニセフはまた、毎日2万7,000人の子どもを対象とした給食活動を開始した。


    3.トランプのいじめはますますひどくなっている

    彼は国連がベネズエラを優先支援国に指定すると、翌日には早速、攻撃を開始した。米司法省がマドゥーロ大統領ら 14 名を「麻薬テロ」への関与で起訴。

    さらに4月に入ると、カリブ海域の「高まる脅威」に対処するため、軍事リソースを倍増すると発表。高まる脅威というのは、マドゥロ大統領など「麻薬・腐敗アクター」がコロナ大流行に乗じて麻薬密輸を強化しているという途方も無いフェイクだ。

    IMFも何度も頭を下げたベネズエラ政府を足蹴にして、50億ドルの緊急融資を拒絶した。さらに特別引き出し権(SDR)へのアクセスも拒否した。ベネズエラは、融資額を 10 億ドルに引き下げて、改めて緊急支援を要請したが、その要請も拒否された。

    みなさん、

    コロナとの闘いにおいて、各国政府の真面目さと人権に対する思いが試されています。
    決して、「うまかった、下手だった」という目で評価しないでください。
    そもそも「やれません、やりません、その気はありません」の政府がうまくできるわけはないのです。

    ベネズエラのように何にもない国、危機にさらされている国でも、コロナを抑え込むことはできるのだ、という事実を見ていただきたいと思います。


    ベネズエラにおけるコロナ制圧の状況 を参考にしました。さらに知りたい方はそちらへどうぞ。


    元検察幹部有志の意見書

    これは戦争法案のときの憲法学者の総意としての反対表明に続く衝撃だ。

    国家の有り様の根底に関する意見書であり、賛否以前に、まずは学ばなくてはなるまい。

    朝日新聞は全文をネット上に無料で公開してくれた。ありがとうございます。(その後1日遅れで赤旗も掲載した。これは赤旗のせいではなく、北海道は一日送れになら遅れざるを得ないためである)


    1 事実関係について

    A. 東京高検検事長の黒川弘務氏をめぐる事実経過

    彼は本年2月8日に定年の63歳に達し退官の予定であった。
    しかし、その定年は閣議決定により半年間延長された。彼は今なお現職に止まっている。

    B. 検察庁法は定年延長を許していない

    検事の定年を定めた検察庁法によれば、定年は検事総長が65歳、その他の検察官は63歳である。定年延長を可能とする規定はない。

    しかるに内閣は同法改正の手続きを経ずに閣議決定のみで黒川氏の定年延長=留任を決定した。

    この決定は検察庁法に基づかないものであり、黒川氏の留任に法的根拠はない。

    2 特別法は一般法に優先する

    A. 検察庁法は国家公務員法に優先する

    国家公務員法(81条の3)では一定の要件の下に定年延長が認められている。内閣はこれを根拠に黒川氏の定年延長を閣議決定した。

    しかし、検察庁法は国家公務員法に対して特別法の関係にある。

    したがって、「特別法は一般法に優先する」との法理に従い、国家公務員法の定年関係規定は検察官には適用されない。

    B. なぜ検察官は特別か

    検察官は公訴権を独占し捜査権も有する。捜査権の範囲は警察を超えて広い。

    時の政権の圧力によって公訴権が侵犯されれば、日本の刑事司法は適正公平という基本理念を失って崩壊する。

    その意味で検察官は準司法官とも言われ、“司法の前衛” たる役割を担っている。

    C. 特殊な公務員としての検察官

    こうした特殊性・重大性のゆえに、検察官は検察庁法という特別法で保護され統制されている。

    例えば「検察官は検察官適格審査会以外によっては罷免されない」などの身分保障規定もこのゆえである。


    3.いくつかの法理的問題

    A. 内閣による法律の解釈は「法の終わり」

    安倍首相は「従来の解釈を変更し、検察官も国家公務員法を適用することにした」と述べた。

    これは近代国家の基本理念である三権分立主義の否定にもつながる危険な考えである。

    ジョン・ロックは「法が終わるところ、暴政が始まる」と警告している。心すべき言葉である。

    B. 内閣解釈は国家公務員法にも違反

    仮に国家公務員法を適用しても、今回の事例は法の定める「定年延長の要件」に該当しない。

    その職員の…職務の遂行上の特別の事情からみて、退職により…著しい支障が生ずると認められる…とき…(同法81条の3)

    今回の事例がこの「要件」に該当しないことは明らかである。(このあと人事院規則も例示しているが省略)

    4 政府提案の「検察庁法改正案」について

    A. 上程自体が矛盾している

    今回の検察庁法改正案は、表向きは国家公務員の定年延長に合わせ、検察官の定年も63歳から65歳に引き上げることに目的がある。

    一方において黒川氏の定年延長の閣議決定は維持された。すなわち審議入りにあたり野党側は閣議決定の撤回を求めたが、内閣は拒否したのである。

    つまり二つの動きは一見無関係に見えるのである。

    B. 法案の本質は定年延長ではない

    次の段落は面白い。声明文の筆者が自ら「難解な条文」と悲鳴を上げているのだ。
    この改正案の問題点は、検事長を含む上級検察官の役職定年延長に関する条項にある。すなわち改正案には「…」と記載されている。
    と書いてあるうちの「…」は省略箇所である。

    最高クラスの法律家でも難解とされる箇所は我々にはわかるはずはない。

    そこで声明文の筆者の解釈を紹介しておく。
    要するに、次長検事および検事長は、定年に達しても内閣が必要と認めれば、定年延長ができるということである。
    というのが、声明文の筆者の解釈である。

    C. 検察官の人事をめぐる政府との慣行

    要するに、これは「定年延長一般」に関する法律ではなく、検察トップの人事を内閣がいじれるという法律である。

    これは「検察官の人事に政治は介入しないという確立した慣例」を破壊するものだ。

    検察庁法は、定年延長によらずに急変対応するために、臨時職務代行の制度(同法13条)を設けている。これまでなんの問題も起きていない。

    D. 法案に対する総括的評価

    今回の法改正は、検察の人事に政治権力が介入することを正当化している。
    政府は、政権の意に沿わない検察の動きを封じ込め、検察の力を殺ぐことを意図していると考えられる。


    5.ロッキード世代の確信

    A. ロッキード事件という共通体験

    ロッキード事件当時、特捜部にいた若手検事の間では、積極派や懐疑派、悲観派が入り乱れていた。

    しかし、東京高検検事長の神谷尚男氏は「いまこの事件の疑惑解明に着手しなければ、検察は今後20年間国民の信頼を失う」と発言した。ロッキード世代は歓喜した。

    検察上層部の不退転の姿勢、それに国民の熱い支持と、捜査への政治的介入に抑制的な政治家たちの存在がロッキード事件を全面解明へと導いた。

    B. 検察の弱点が付け入るすきを与えていないか

    一方、検察の歴史には大阪地検特捜部のように捜査幹部が押収資料を改ざんするという恥ずべき事件もあった。

    この事件がトラウマとなって弱体化し、きちんと育っていないのではないかという思いもある。

    検察は強い権力を持つ組織としてあくまで謙虚でなくてはならない。


    C. 今は瀬戸際の闘いだ

    検察が萎縮して人事権まで政権側に握られ、公訴権の行使に掣肘を受けるようでは、国民の信託に応えることは出来ない。

    黒川検事長の定年延長閣議決定、今回の検察庁法改正案提出と続く一連の動きは絶対に看過できない。

    なぜなら、それは、検察の組織を弱体化して、時の政権の意のままに動く組織に改変させようとする動きだからである。

    D. 我々は呼びかける

    我々は、内閣が潔く検察幹部の定年延長の規定を撤回することを期待する。

    あくまで法案成立に拘るのなら、我々は多くの国会議員と法曹人、そして心ある国民すべてに呼びかける。

    そして法案反対の声を上げて、これを阻止するよう期待する。

    2020年5月13日 AlJazeera


    ラテンアメリカの新型コロナの状況

    公式データによれば、ラテンアメリカの新規感染者は37万件を超えた。死亡数は20,000件を超えている。
    guayakiru
         写真: 薬局の前に行列を作るグアヤキル市民

    国連機関(ECLAC)は、20年度の経済指標がマイナス5.3%まで低下すると予想している。これは過去数十年で最悪である。

    女性と弱者を集中攻撃する新型コロナ

    国連機関は昨日の発表で、新型コロナはラテンアメリカで、女性、先住民族グループ、移民、アフリカ系の人々を集中的に襲っていると報告した。

    なぜなら飲料水、公衆衛生、医療、住宅の極悪さが彼らに死をもたらすからだ。

    とりわけ家事労働に従事する女性労働者は悲惨である。多くは移民か、先住民族かアフリカ系であり、もともと差別を受けている人々である。
    bogota
       写真: ボゴタで建物から解雇と立ち退きを迫られた先住民女性

    仕事の多くは非公式で保証も少なく、失業のリスクにさらされている。
    さらに学校の閉鎖に伴う家庭内の責任を負わされ、ストレスとDVの危険が高まっている。

    これらの結果、新型コロナによる死亡率は女性で高値を示している。




    妻が死んで1年が経ち、かつて一家4人で暮らした家に、齢いいくばくもない男やもめが一人で暮らしている。
    いつの日にか認知機能が落ち、足腰が弱り、尋ねるものさえいなくなる時代が来る。その日までの唯一の楽しみは飲むこと、それも誰かを相手に気炎を上げることである。
    今回の外出禁止令はかなり強力で、下手をすれば数日間は誰とも顔を合わさずに日が過ぎていく。実はこの間にかなり強力な末梢神経性のラディカルペインの発作に悩まされている。

    最低数秒、長ければ20秒ほどの下肢痛発作があり、その間は息もつけない。部位は決まっていて左大腿内側の手掌大の局面だ。突如焼かれるような灼熱痛が襲い、大転子外側に筋の強縮が起こる。そこから歯磨きのチューブを絞るように痛み物質が注入される。
    独居とあれば一人もがいているほかない。原因はどうもヒマに任せてやった無理なストレッチにありそうだ。

    昨日は一応採血して調べたがなにもない。むかし最後の苦し紛れ病名に使った“Painful Bruising Syndrome” ということになりそうだ。「ひょっとしてヒステリーかもしれない」と書いてある。アホか! 誰もいないところでそんな小芝居して何になろうか。

    類似病名を探してみたら随分たくさんある。整形関係では「複合性局所疼痛症候群」(CRPS:
     Complex Regional Pain Syndorome) というようだ。
    ビリっと電気が走るような激痛(電撃痛)や火で焼かれているような激痛(灼熱痛)が発生する。
    多くは、疼痛部位に浮腫や皮膚血流の変化を伴い、交感神経の関与が疼痛を引き起こす一因と考えられる。
    ということで、症状的にはほぼピッタリ適合する。「バーナー症候群」というニックネームもあるらしい。言い得て妙である。

    リリカを処方してもらったのでしばらくはそれで様子を見ようと思う。なにかいちご状血管腫のようにインデラールが利かないだろうか、という気もする。

    それにしても、仕事に行けば所構わずぶっ倒れるので、多くの方に心配をおかけしている。自分ではわからないが、呼吸が止まり、眼がうつろになり、顔面が蒼白になるようである。
    自分としては、まったく正気で、痛みのために息もつけないでいるだけなのだが…

    明日は整形受診してMR撮って貰う予定。結果はその時に。

    新興国にコロナがやってきた

    10日の日経新聞トップは「新興国にコロナがやってきた」という話。新興国に広がると最後は途上国にお鉢が回る。日本でも最後は老人ホームや介護施設だ。

    まずは図の説明から

    新興国感染1

    左側が発生数で、右が累積である。4月中旬で発生数は逆転した。右側は累計感染者でロシアとブラジルが群を抜いていることがわかる。

    これはまあこんなものでしょう。次の図はちょっと面倒くさい。

    新興国感染2

    最上列の先進国平均と最下列の新興国平均を比べてほしい。

    左側の財政収支のGDP比を見ると実はあまり変わらない。去年までの10年間はマイナス3%前後で、今年は一気に9~10%まで増加している。

    当然な話で、どんなに頑張っても最低限の財政バランスは守らなければならないのだ。

    そこで新興国はどうやってこの財政バランスを守っているのかを見たのが、右側の棒グラフだ。

    公的医療にいくら支出しているかをGDP比で見た図で、先進国平均が8%なのに対して、新興国は3%足らずにとどまっている。

    ここに新興国の財政バランスの秘密がある。新興国は人命保護を切り捨てることで産業振興に当ててきたのだ。

    ということで、図表の意味(かなり無理のある図だ)をまず飲み込んだ上で記事に入ることにする。


    新興・途上国は公的な医療体制が脆弱だ。だから経済再開を急がざるを得ない。

    困ったことに、財政赤字を警戒する海外マネーは、早すぎる経済再開にさらに危険を感じ流出の動きを早める。

    この結果IMFへの緊急融資を求める国は、すでに100カ国を超えている。

    医療・経済の両面でグローバルな支援体制の構築が求められる。

    新興国の資金流出が止まらない

    3日付の日経新聞によると、2020年に入ってからの100日で、新興国9カ国から1千億ドルが流出した。このスピードはリーマン・ショック時の4倍に相当する。

    新興国経済破綻のメカニズム

    メカニスムはこういうことだ。コロナで生産活動が低下し医療費が増大→財政収入の低下と財政支出の増加→通貨不安と為替急落→ドル債務の増加。

    IMFによれば新興国の財政赤字は前年比1.8倍、GDP比で8.9%になると予想している。

    ただし財政支出増の主因はコロナ対策にあるのだから、十分な手当てをすればその分は支出増になる。例えばマレーシアはGDPの18%相当をコロナ対策に出動すると政治決断した。

    十分な対策を取ればその後の立ち直りも早いはずなので、この財政状況判断は半年なり1年を経て評価する必要がある。

    それで9カ国の財政と債務を示したのが下図。

    新興国


    見てもわかるように各国がかなり異なる状況にあり、共通傾向を探るのは難しい。

    通貨下落を主要な特徴とするのがブラジル、南ア、メキシコの三カ国だ。ただこれはこの100日間でこれだけ下落するだけの「のりしろ」があったとも言える。

    トルコとチリは下落率は低いが対外債務はすでに十分積み上がっている。つまり本来は上位三カ国のさらに上位に位置すべき国なのだ。

    右側のアジア四カ国についても同様の傾向が見て取れる。

    目先の通貨下落率ではなく、債務残高で国力を判断しなくてはならないということがわかる。

    結論

    コロナショックによる経済収縮はすでに始まっている。

    問題は、最後に新興国や貧困国に皺寄せされる病気と貧困の二重苦が、先進国にどう跳ね返ってくるかである。



    この論文が私の抱えてきた疑問にかなり答えている。専門家委員会の一人として疫学派の旗振りをしていた押谷東北大教授が、メディアの前に登場しなくなった理由を知ろうと思ってグーグル検索したところ、上記の記事が飛び出したのである。

    押谷教授は、これまでPCR検査拡大に否定的であるクラスター対策の中心人物であった。彼は現職に就任する以前、1999〜2006年に「WHO 西太平洋地域事務局感染症対策アドバイザー」を務めており、尾見氏の子分だ。尾身氏は90年から同機関に勤務、99年に事務局長に就任している。

    3月22日のNHKスペシャル番組では、こう言い放っている。
    日本のPCR検査は、クラスターを見つけるためには十分な検査がなされていて、そのために日本では〝オーバーシュート〟が起きていない。
    PCR検査を抑えていることが日本が踏みとどまっている大きな理由なんだ。
    ところが4月13日、日本内科学会の「新型コロナ」緊急シンポジウムでは打って変わってこう語る。
    我々は、検査数を増やすなということは一度も言ったことがなくて、感染者数が増えている中でPCR検査が増えないということは、非常に大きな問題です。
    教授がPCR検査拡大にきわめて慎重ないし反対ともとれる論を唱えてきたという印象があっただけに、驚いた参加者も少なくなかった。

    さすがの提灯持ちNHKもいささか頭にきた。

    内科学会の前夜、デスクが「前回ご出演頂いた時は、むやみにPCR検査を広げるのは院内感染を起こして危険だという話もされていたと思うんですが」と尋ねた。

    押谷教授は「すべての感染者を見つけなくても、クラスターさえ起きなければ、感染は広がらず、多くの感染連鎖は自然に消滅していく」と、従来の自説を述べた。
    そしてその上で、「⼗分なスピード感と実効性のある形での『検査センター』の⽴ち上げが進んでいないということが、今の状況を⽣んでいる」との見解を示した。

    これって支離滅裂じゃない?  180度の方針転換だ。しかも方針転換したという認識すらない。二つの人格が平然と同居していて、なんの矛盾も感じない。そして専門家会議にはシレッと居残る。

    親分の方は5月に入っても、メディアに「PCRの実施率が低い」と喋っている。もはや完全に頬っかぶりモードだ。あんたなんぞに新生活などと説教されとうない。

    どうも見るところ、この先生、尾身氏の引きで専門家委員会に選ばれて舞い上がったんじゃないだろうか。そして尾身氏におだてられて疫学派の旗振り役を引き受けた。「友がみな、我より馬鹿に見える日よ」という心境だったのではないか。

    小此木さんは以下のように厳しい目を注ぐ。
    NHKのスタジオで手元のメモに目をやりながら慎重に言葉を選んでいるように見えた押谷教授の説明からうかがえるのは、感染者が急増してきたからPCR検査を増やす必要があると判断して、これまでの検査抑制論を転換したらしいということだ。
    この後は有料会員しか読めないが、ここまで読めれば十分だ。

    結局、山本五十六のようなものだ。緒戦でのクラスター作戦の勝利に酔いしれて、彼我の力関係を読み誤り、ミッドウェーの敗北の後も方針を変えられないまま、日本を焦土へと導いてしまう可能性がある。

    一つ、この記事へのコメントを紹介しておこう。
    事態が収束したら、誰がどのような意図でPCR数を抑制して来たのか(政府側も含めて)検証してほしい。
    もしそうなれば、この教授も間違いなくその片割れだろうね。

    専門委員会が「新しい生活様式」なるものを発表した。
    「面会は記録、横並びで食事を」と言っている。発想が国防婦人会だ。
    もうこんな委員会早く解散せぇ!
    何が専門委員会だ。馬鹿にすんな。
    何ということはないただの尾身委員会ではないか。
    誰が決めたか知らないが、俺達はお前らを日本を代表するほどの専門家と認めたことはないし
    今やますます、日本を仕切るような資格などないと確信するようになった。

    「新しい生活様式」というのは権力を傘に、金も出さずに、戸の開けたてから、ゴミの始末までいちいち指図する。
    欲しがりません、勝つまでは
    パーマネントはやめましょう
    贅沢品より代用品
    飲んでて何が非常時だ
    の滅私奉公、隣組の世界だ。
    こんな標語が政策ならば、頭丸めてとっとと消えちまいな。

    だいたいが、厚生労働省で普通に仕切っていれば(厚労省ならいいとは言わないが)、
    もうちっと風通しが良くなって、天一坊みたいな連中に世の中牛耳られることはない。

    岡田先生、懇願の理由

    本日のテレビ朝日の「モーニングショー」での一場面である。
    「PCR、なぜ早期にやれないのか」というテーマでのトーク。レギュラーの玉川さんときれいなお化粧の女性、ゲストとしておなじみコロナおばさんの岡田先生。出始めの頃とは打って変わり、むかしの「あんみつ姫」がそのまま育って、前髪ハラリが可愛くさえ見える。

    本日はイギリスの某大学在留中で、WHO事務局長の上級顧問という肩書きをもつ渋谷さんが登場し、PCR問題について話が進んだ。岡田さんが、ここで突如「渋谷さん、PCR問題についてもっと社会に発信して」と、詰め寄るかのように懇願した。
    だれの眼にも異様な光景であり、さすがの羽鳥アナも言葉が引き取れなくて沈黙。
    渋谷さんはこの質問をサラリと受け流した。そのまま議論は進んでいったが、終わり頃にふたたび岡田先生が同様の発言。

    これをどう読むか。

    まず岡田先生が「出る杭」としてバッシングを受け、かなり孤立感を深めているという背景がうかがえる。「だいじょうぶかな? ちょっと来ていないかな?」

    そして背景には、岡田さんら臨床派と疫学派とのあいだにかなり断裂があること、しかも疫学派が足を引っ張る傾向があること。岡田氏はような背景を暗示している。
    たしかに、当初はクラスター潰し、今は封鎖一本槍の疫学者に、私ら臨床医は現場性を感じない。現場を見ずして何を語るのだろうと懸念を抱いてしまう。

    いうまでもなく疫学派の代表は尾身氏である。彼は厚生官僚からWHO西太平洋地域事務局長に就任した。その経過はかなり強引でカネまみれであったと思われる。(自治医大ホームページを参照)

    そこから天下って、地域医療機能推進機構の理事長に就任した。これは社会保険病院、厚生年金病院、船員保険病院という3つの病院グループを統合し設立された巨大法人である。

    臨床の経験がほとんどない人が理事長に数人するのは、それなりの政治力の反映であろう。

    報道によれば、地域医療機能推進機構は、先日成立した補正予算で“特別枠”ともいえる65億円が付いたそうだ。誠にご同慶の限りである。

    いくら渋谷氏がWHOの幹部とはいえ、いま単身、尾身氏に盾突くような真似は到底できるものではない。風車に突っ込むドン・キホーテのようなものである。

    渋谷氏にとって尾身氏はWHOにおける先輩でもあり、なかなか容喙できる立場にはない。それに渋谷氏もふくめ疫学畑の人は、医師免許を持っているとはいえ政策官僚であり、臨床医のように自由に動ける身分ではない。

    WHOなど国連系諸機関で働き名を揚げている人は少なくない。尾身氏も渋谷氏もそのような人々である。私たちは彼らを「国連マフィア」と陰口している。むかしなら野口英世みたいなもので、正直のところさほど信用しているわけではない。やっかみ半分ではあるかもしれないが、「英語がお上手ですね」くらいの気持ちだ。英語がうまいのは、その国の後進性の証だ。

    デクエヤル、ガリ、ハンギムン、明石などなど… みんな国内で主要ポストを狙ったが、無残に敗退している。国内で汗をかいていない人は所詮は根無し草なのだ。

    それはひょっとすると、本来は対応の中心となるべき厚生労働省の思いかもしれない。

    問題は臨床が重視されていないこと

    岡田先生が孤立しているわけではない。事実はその逆だ。

    専門家会議において臨床畑の意志が尊重されていないことは、ほぼすべての臨床医と多くの疫学者の一致した感想であろう。

    しかし岡田先生があせる必要はない。疲れたら、心が折れる前に少し休んだほうが良い。

    声を上げるかどうかは別にして、臨床医のほとんどは先生と同意見だ。二人のノーベル賞医学者、山梨大学の学長まで発言している。

    先日書いた「加藤厚労相は辞任せよ」といういささか過激な文章で言及したが、その時「どうも厚労省の頑迷固陋ぶりの背後に何かがありそうだ」と書いた。それは「専門家会議」と尾身「副会長」辺り、すなわち官邸筋だろうなと感じていたが、徐々にあぶり出されてきたようだ。

    それは結局は、安倍首相の独裁体制と官邸主導政治と、各省庁の忖度という構造であろう。

    日本におけるコロナ病は「安倍病」の様相を呈している。それは米国においてコロナ病が「トランプ病」であるのと同様である。

    「人間の安全保障」と日本


    外務省の外郭団体の機関誌に載せられた文章なので、若干内輪ぼめも入っているが、要領よくまとめられていると思う。

    「人間の安全保障」(以下人間安保)の概念は、日本外交における重要政策として定着している。

    人間安保は世界で認められ国連の基本理念の一つともなっている。


    1.人間安保が打ち出された背景

    人間安保が初めて提起されたのは1994年で、冷戦構造の崩壊がさまざまな地域紛争の契機となる不安定な時期だった。

    貧困・感染症、地球温暖化問題など地球規模問題群の存在が顕在化し、それらをバックグラウンドに大量難民の発生、テロ・過激主義が生み出された。

    国連は、危機にさらされているのは「人間それ自身」であり、国家中心の安全保障観では対処できないと判断した。

    そして「人間への脅威」を取り除くことを、安全保障の新たな理念として提起した。


    2.ルーズベルトの「四つの自由」が骨格

    具体的作業を委ねられたのは二人の経済学者マブーブル・ウル・ハクとアマルティア・センであった。

    ハクはパキスタン出身で国連発展計画の特別顧問、センはノーベル賞を受賞したことで有名である。

    二人はF・ルーズベルトが1941年に発表した「四つの自由」を手がかりとして構想を展開した。

    「四つの自由」は国連の理念の基礎を成しているだけではなく、日本国憲法前文の原理念のひとつともなっている。


    そして、「欠乏からの自由」(Freedom from Want)と「恐怖からの自由」(Freedom from Fear)を統合的に捉えなおし、新たな安全保障の理念として提示した。

    先進諸国においては共通の価値として「自由」「民主主義」「法の支配」「基本的人権」の四つが指摘されている。

    「人間の安全保障」は、その一つである「自由」を安全保障の観点から解釈発展させたものと考えられる。


    3.「人間安保論」と国際社会

    国連で案を取りまとめたセンらは、以下のように規定している。
    人間安保とは、人間の生存(Survival)、尊厳(Dignity)、生活(Livelihood)のために必要な諸条件を満たすことであり、
    人間の生(Vital Core)にとってのあらゆる脅威を除去する取り組みである。(緒方・セン報告書)

    見ればわかるように、前段と後段は明らかにニュアンスが異なる。このため、とくに後段をめぐって議論がかわされた。

    先進国からは、すでに基本的人権の概念が定着しており不必要と批判された。

    一方、途上国からは、「保護」を盾に国際社会の介入が正当化されるのではと警戒された。当時はユーゴスラビア内戦などで「人道的介入」が許容される雰囲気が強まっていたからである。

    こうして議論は難航したが、安全保障観を根本的に変更するというのはなく、国家の安全保障とは別に人間安保の考えを打ち立てることの必要性と有用性を共通認識とすることで、コンセンサスを得ることになった。

    また、後段については「人間の安全保障無くして、国家の安全保障は無い」という認識を共有するにとどめることとし、今後の具体的展開にかけることとなった。


    4.議論を牽引した日本とカナダ

    こうして議論は挫折・流産の危機に瀕したが、議論を牽引する役割を果たしたのが日本とカナダであった。

    カナダは外交政策の一環として人間安保を採用した。そして対人地雷全面禁止条約、国際刑事裁判所の創設などでイニシアチブを発揮した。

    いわば人間安保の実質的内容を具体的に示すことによって、国際社会の説得に成功した。

    日本は1998年、当時の小渕首相のもとで人間安保を外交政策に取り入れ、二国間ODAや国連を舞台にこの概念の重要性を推進した。いわば人間安保キャンペーンのパトロン役を買って出た。

    この人間安保の考えはその後も歴代総理によって尊重され、日本の外交方針の柱の一つとなっている。


    5.国際概念としての人間安保の確立

    2000年の国連ミレニアムサミットは、人間安保の中心概念である「欠乏からの自由」と「恐怖からの自由」の2つの自由を、国連として取り組むべき優先課題として明示した。

    今後の課題としては

    ① 人間安保を「国家の安全保障」「国際社会の安全保障」の中核に位置づける努力。
    これによりグローバル化した世界における「新たな安全保障論」の起点として期待される。

    ② 人間安保を国内政治にも適用し、ガバナンスや国家統治システムの議論にも応用していく可能性が示唆される。

    ③ またセンらの議論の後半部分、「人間の生にとってのあらゆる脅威を除去する」取り組みについても、コンセンサスの形成がもとめられていくことになるであろう。

    西遼河文明
                左クリックで拡大(1が西遼河文明)
    1.西遼河文明について

    西遼河渓谷は、黄河や長江と並ぶ中国文明の発祥地である。

    この文明をになった人々については様々な議論がある。

    今日この地域に居住する人々をY染色体ハプログループで分類すると、最も一般的なのがO系で、約60%である。これについでC3系の24%、さらにN系が8.5%存在する。

    2.最初に西遼河文明をになったのはウラル人

    「いかにも」という結果だが、これが掘り出された先史時代人を調べると随分違っている。父系は主として N1(xN1a、N1c)であり、すべてのサンプルの約63%を占めた。

    N系人は中央アジアの草原から東西帯状に広がる分布を成しており、その東端に相当すると思われる。

    それは新石器時代以前のサンプルで、89%と圧倒的な比重を占め、時代が下るとともに徐々に減少した。

    2.中国の漢民族がN系人を駆逐

    新石器時代から青銅器時代への移行中に、黄河文明の地帯から西遼河渓谷への人の移動があり、彼らが農業技術を持ち込んだ。

    このあと漢民族(O系人)がN1人を凌駕するようになった。

    3.青銅器時代後期の文化変容

    西遼河渓谷を支配するようになった漢民族だが、その後の気候の変化に反応し、ユーラシアの草原のスタイルに変換し、主に畜産を実践した。

    C3系の人々が入り込み、人口の4分の1を占めた。その結果、彼らの生活様式が支配的になったのであろう。

    C3系の人々の94%がヤクート族である。


    朝鮮半島は中国大陸と同じく中国地塊に属する安定大陸(安定陸塊)で、先カンブリア時代には原型が出来上がっていた。

    「新人類」のアフリカ大陸での出現は20万年前で、その一部が「出アフリカ」を果たし世界中に広がったのが、6万年前と考えられる。

    一方、日本の関東平野などで旧石器が発見されるのが約4万年前であることから、あいだをとって約5万年前ころではないだろうか。

    光州市近辺の石壮里遺跡の最古層から、旧石器時代初期の特徴を特徴を持つ遺物が発見されており、これが朝鮮最古とされている。

    朝鮮史では旧石器時代の後、中石器、新石器と分かたれるが、実質的な内容を含まない(すみません。これはきわめて主観的な断定です)

    実質的な文明は6千年前(BC4000)の櫛目文土器をもって始まると考えられる。従ってそこまでの時代は人類の空白時代と言える。あえて時代区分をするなら、旧石器時代で括ってよいのではないかと考える。

    最初の櫛目文土器は遼河文明から発見されている。遼河文明の担い手はウラル系民族(ハプログループN)であった。

    櫛目文土器は半島全域に広がった。しかしこの文明の担い手がウラル系民族であったわけではない。では誰か? もう少し勉強する必要がある。

    ついで、3500年前から同じ遼河地域で無文土器の時代が始まる。「ついで」というがむしろ「少し遅れて」とか、「ほぼ同時に」というべきであろう。

    多分起源も、担い手の人種も異なっていたと考えるべきでであろう。しかし韓国史学会にはそのような流れはなさそうだ。

    崎谷は無文土器文明の担い手を長江人としているが、無理がある。漢民族の流れと考えるのが素直であろう。

    中期無文土器時代は遼河地域ではなく、半島中部で発達した。代表となる松菊里文化は、紀元前850年から550年頃に栄えた。

    後期に入ると青銅器、終末期の使用が認められるようになる。水田耕作の形跡はなく、北方系由来であることを支持する。


    厚労省というのは本当に大変な組織である。厚生行政と労働行政は独立した大きな仕事である。
    コロナを見てみればわかる、PCR問題、収容施設問題、院内感染防止問題、など医療面でも課題山積であるのに、雇用助成金などもやらなければならないというのでは体がいくつあっても足りない。
    ところが、この間の衆参両院の予算委員会質疑を聞いていると、加藤厚労相なら平気でこなせることがわかる。
    やれません、やりません、やる気はありませんの三点セットですべて終了である。
    この人には、なにか積極的に取り組もうという気はサラサラない。その日をなんとかしのいでいくこと、間違っても言質は与えないこと、このことだけ守って任期をまっとうすればOKということだ。
    この人はもともとが大蔵官僚である。今回の内閣人事では財務省が幅を利かせているようだが、加藤も財務省から厚労相に送り込まれた刺客なのかもしれない。
    この間、PCR問題で厚労省の審議官という人がNHKの取材に応じていた。平気で嘘をつく。「厚労省はPCRの適応拡大に注力してきたが、行政末端がなかなか反応してくれない」というのだ。
    こういう連中が霞が関を取り仕切っている。彼らにとって加藤厚労相は、まことに使い勝手の良い衝立てであろう。
    色々事情もお有りと思うが、とりあえずは早くお辞めいただくことが一番だ。総理への道は絶たれたとお考えいただきたい。



    最近は随分と便利になったもので、審議官の発言がそっくりネットに残っている。

    「NHK クローズアップ現代」というシリーズで、「新型コロナ どう増やす? PCR検査」という4月28日(火)の放送だ。
    中身はここで読める。今なら「見逃し配信」も見られるようだが、腹が立つので見ないほうが良い。


    迫井正深さん(厚生労働省 審議官)

    (状況が変わったので、それに応じて)
    判断を少し弾力的にやっていかなければいけない。…その弾力的な判断がまだ浸透していない。
    私たちは何度も注意喚起(してきた)
    一方で、どうしても検査の件数が限られるので(現場が)絞っていくっていうのは事実です。
    (今後は)医師会の適切なご判断のもとで好循環を作っていきたい。

    武田:確認ですが、医師が判断して必要だと思われた患者さんについては、すべてきちっと検査をしていくと。そういう態勢は今、できているんだということでよろしいでしょうか。

    迫井正深審議官: 現時点で必ずそれが、基本はその通りだと思います。医師が判断したものは必要だという必要性が当然あるという前提でありますので、そういった検査をしっかりやっていくということが基本だと思います。
    答えになっていないどころか、日本語にもなっていない。質疑応答を準備していなかったということなのか。

    武田:今やろうとしているような検査の拡充であるとか、どうも少し後手後手に回っているんじゃないかなというような印象も禁じ得ないんですけれども、そこはどういうふうに振り返って感じていらっしゃるのか。

    迫井正深審議官: すべて完璧だということではない。
    必要な対応はやりつつ、(PCRについても)スピード感をもってやってほしい、という指摘と思う。
    そのためにも感染実態をしっかり把握することが必要だ。

    「不安がある、だから検査をしたい」というのはだめだ。(これからも)PCR検査そのものの性質、限界を理解して対象は制限する。

    未だにクラスター解析が本筋で、PCRは二の次だという認識だ。これには誰か裏がいる。それも相当強力な官邸筋と強くつながった人物がいる。この人物を洗い出して、早急に排除しなければならない。

    ひのまどか「戦火のシンフォニー」 紹介

    目下、「コロナと国際連帯」に打ち込んでいて、レニングラードどころではない。

    を一応の打ち止めにして、後は「コロナと国際連帯」をまとめようと思っていた。

    ところが、


    で一段落したところに、旅行仲間から上記の本をプレゼントされてしまった。
    それでパラパラと読み始めたところ、そのままのめり込んでしまい、結局読み通してしまった。
    一応読後感ということで、おさらいしておきたいが、長くなる危険も感じている。

    実は、道立図書館で「レニングラード攻防戦」という本も見つけてしまい、図書館が再開したら借りるつもりで居た。

    これはやばい。
    今回はとりあえず、レニングラード放送交響楽団のことだけ触れておく。



    この本の冒頭には、現地で関係者からの聞き取りもふくめて詳しく触れられている。

    ただ、どういうわけかこのオケについてはネット情報も結構豊富で、ちゃんとウィキにも一項目立ち上がっている。と言ってもきわめて簡潔だが…。まずはそこから始める。

    1.サンクトペテルブルク交響楽団 - Wikipedia

    1931年に、サンクトペテルブルク放送のオーケストラとして設立。

    1953年に、レニングラード放送を離れ、レニングラード・フィルハーモニア協会の傘下となる。「レニングラード交響楽団」と呼ばれていた。歴代の指揮者にアルヴィド・ヤンソンス、ユーリ・テミルカーノフら。

    1977年から現在までアレクサンドル・ドミトリエフが芸術監督兼首席指揮者を務めている。

    2007年、日比谷公会堂で井上道義の指揮で、ショスタコーヴィチ交響曲連続演奏会を行う。

    2.ディスコグラフィ

    数枚のCDが販売中(HMVとNAXOS)で、

    ①「戦時の手紙」と題された国内作曲家のアンソロジー。1983年の録音。
    ②ブラームスのダブル協奏曲でオイストラフ特シェヴィッキーの演奏。指揮はエリアスベルグらしい。ただし取り扱い停止中。
    ③エリアスベルグの指揮でブラームスの3番。こちらにはバイオリン協奏曲がカップリングされており、オケはソビエト国立だ。

    はっきり言って忘れられたオーケストラだ。


    3.「レニングラード放送交響楽団」の発見

    そこで、ひのさんの記述に入っていく。

    文学的な書き出しなので、事実を整理するのが大変だが、あらましはこうだ。

    2003年にひのさんが市内中心部の小さな博物館を発見した。

    博物館の正式名称は「ショスタコービッチ記念民間博物館」といい、1968年に開館した。

    この博物館の設立目的は、端的に「ショスタコービッチのレニングラード交響曲のレニングラード初演を記念」することにある。

    この曲のレニングラード初演は、レニングラード放送交響楽団によるものだったから、この博物館はレニングラード放送交響楽団を記念するものでもある。

    展示物の多くはこの楽団由来のもので、コレクションは2万点にのぼる。

    しかしこの博物館も、楽団さえも世間から忘れ去られた存在になっている。

    そこまでが前フリというか、ひのさんがこの楽団を注目するに至った経過でもある。


    4.この楽団の生い立ち
    1931年に、サンクトペテルブルク放送のオーケストラとして設立。
    ソ連時代には「レニングラード交響楽団」と呼ばれていた。
    というウィキペディアの記述は誤りである。

    サンクトペテルブルクという名称は第一次大戦を機にペトログラードとロシア風に改称されている。

    そして1924年にレーニンの死を機にレニングラードと再改称されている。だから1931年にはすでにレニングラードであり、この楽団が「サンクトペテルブルク放送のオーケストラ」であったことはない。

    1931年、最初はレニングラードラジオのコンサートオーケストラとして、まもなく大規模な交響楽団として成長した。

    戦争中、包囲された都市に残ったのはレニングラードラジオオーケストラだけだったが、冬の飢餓の間に事実上消滅した。

    その後ジダーノフの指示により再編成された。包囲中にオーケストラは300回以上演奏した。

    42年8月9日、エリアスバーグの指揮のもとで、ショスタコビッチの第7交響楽団のレニングラード初演を行った。

    これがある意味でこの楽団の絶頂であったのかもしれない。


    5.レニングラード・フィルの「二軍」になる

    ひのさんの本によると、どうも1953年の組織改編がかなり問題だったらしい。53年にスターリンが死んで、宮廷内クーデターでモロトフ、ベリヤが倒され、フルシチョフが勃興してくるので、このことが関係するのかもしれない。

    その前の48年にはジダーノフが急死し、彼の息のかかったレニングラードの幹部が一掃されている。

    何が(表面的に)起きたのか、関係者のインタビューがかなり詳しく紹介されている。

    文化省の決定で、フィルハーモニー協会に第二オケが創設されることになった。第一はレニングラード・フィルハーモニー交響楽団である。

    第二オケは、放送交響楽団を基盤とすることになった。

    その際、二つのオケが同じ名前だと紛らわしいので、こちらをレニングラード交響楽団と呼ぶことにした。

    発言を素直に受け止めれば、「踏んだり蹴ったり」である。

    放送交響楽団が、むかしからのフィルハーモニーに対して対抗馬として登場する、というのはヨーロッパではよくある話である。

    ましてレニングラード放送交響楽団は、多くの犠牲者を出しながら、レニングラードに踏みとどまった楽団であり、それなりのプレステージはあっただろうと思う。ただしジダーノフ・クズネツォフら当時の市指導部に引き立てられていたことも間違いない。

    楽団を記念する博物館は楽団に対するオマージュの象徴であるが、博物館がほとんどネグレクトされてきたのも、またその後の変化の象徴だったのかもしれない。

    ただ、このことについては私はあまり立ち入らないことにしようと思う。私の関心とは離れるのと、あまりにも情報が少なく判断しかねるからだ。

    ↑このページのトップヘ