鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

2018年01月

経済の仕組みとその変化をしっかりと整理している文章がなかなか見当たらない。

というより私がこのところ経済の勉強をサボっているのが一番主要な問題なのだが。

私の勉強がストップしたのは、欧州金融危機の後半のあたり。

スティグリッツらが日本の金融緩和策を支持したあたりから、筋道が見えなくなっている。

そこまでのレベルで一応議論を整理しておくと、

リーマンショックから欧州金融危機への移行というのは、基本的には資金の流動性の低下によるものであった。
1.デレバレッジ(逆テコ)が金融弱者を痛めつけた

これは直接の引き金としてはデレバレッジ(逆テコ)による極度の信用収縮であった。商品経済とは直接の関係がない金融不況だった。

2000年代前半の好況局面を通じて信用が極端に拡大し、通貨供給量を大きく上回る信用が形成された。それは見かけ上膨らまされた金融商品、簿価として計上された含み資産などである。

これら通貨の裏付けのない資金はリーマンの破産後、一気に店じまいをかけたが、通貨への還元力の弱い信用、逃げ足の遅い資金ほど大きな犠牲を受けることになった。

その通貨、決済通貨というのはドルである。とりあえずの金融危機が収束したあと、ドルは各国中央銀行に相対的に集中した。

ドルは札束で持っているのが一番強い。しかしそうはいっても、ハダカでさらすわけにも行かないから、どこかの金庫におさまっていなくてはならない。
2.預金の引き出し権が物を言う

そうすると手持ちの資金量は名目の預金量というよりは、その預金の引き出し権の多寡ということになる。怪しげな銀行の当座預金に100万ドル持っていたとしても、その100万ドルが引き出せないのなら意味がない。

では一番確実な銀行(預金先)はどこか、それは米連邦銀行を置いてほかはない。なぜなら彼らは輪転機を持っているからである。次に確実な銀行はどこか。それは日銀である。米連銀内に大量のドル預金を持っているからである。だから商品経済ではなにも円高になる理由などないのに円高になってしまったのである。

話が脇にそれたが、欧州金融危機は各国財務当局や、中銀の体力コンテストになった。そして弱者が敗者となり、勝者も著しく体力を消耗したのである。
3.量的緩和が決め手

この状況を打開するには、とにかく米連銀の輪転機を回すしかない。失われた信用の何割がドルの裏付けを得て復活すれば、経済がふたたび回り始めるのか、どこに資金を注入すればより効率的な回復が望めるのか、このへんはよく分からない。

とにかくバーナンキはグリーンバックスを刷りまくった。8年の任期のうち6年間、量的緩和QE1~3を続けたのである。

結果的に言えば、これは「流動性の罠」を抜け出すのに有効な方法だった。変な言い方だが、異端であり排斥されてきた方法であるにも関わらず成功したのである。

それは方法的にはサプライサイドの調整策であるが、需要創出という側面からはケインジアン的性格の濃いものである。
4.商品市場とは全く別の論理

私の印象としては、これは商品市場とは全く別の論理で動く、もう一つの市場経済世界である。

どうもこれを一緒にして語ってきたから話が混乱しているのではないだろうか。

我々がこれまで語ってきた市場の需要・供給曲線というのは商品世界のバランスだった。しかし今我々が目の前にしたのは商品を中心として動く世界ではなく、貨幣を中心として形成される需要・供給曲線の世界なのではないか。

このあたりはマルクスが資本論第3部で端緒的に触れたところであるが、彼の時代の信用システムはまだ十分に開花されたものではなかったから、理論も展開されたものではない。

むしろ究極的には商品と貨幣により形成される市場経済に規定されるものだという側面が強調された。

しかし信用制度が発達してくれば貨幣と信用により形成される市場が新たに出来上がり、その経済規模が実体経済の十倍以上に拡大すれば、信用市場を管理するためのノウハウは別個のものとして体系化されなければならないだろう。
5.国際決済通貨(ドル)市場の論理
それに加えてグローバル経済では、信用市場の主役は貨幣一般ではなく「国際決済通貨とその引き出し権」を真の貨幣=供給された決済力として考えていくべきであろう。といっても、どこが違うのか自分には何の答えもないが。
今はそういう時期を迎えているのではないだろうか。



人との待ち合わせのちょっとした隙に本屋に入り、ふらっと買ってしまった本がある。

題名に惹かれての衝動買い。

荻原博子「投資なんかおやめなさい」というものだ。

別に私は株なんかやらないし、どうでも良いみたいなものだが、ふんどしの文句が気になる「銀行・証券・生保 激怒必至」と書いてある。

さほど安い本ではないが、喫茶店でパラパラとめくるには格好のネタかもしれない。

まず「はじめに」から

過激な言葉が並ぶが、ようするに「投資ブーム」が作られたもので、仕掛け人が銀行・証券・生保だということ。こういう儲け話に乗ると大損するからやめときなさい。

ということで、これだけならむかしからのお話。

現代風の味付けはどこにあるかというと、

アベノミクス→金融緩和→金融機関の収益悪化→金融機関の株屋化

ということで、これもさほどの新味はない。

結局、今の「好景気」が金融バブルでありいずれ弾ける。荻原さんは東京オリンピック後にそれが来るだろうと言っている。

その際、「好況局面に入ったにも関わらず、金融緩和を続けているのは日本だけだから、不況になったときに世界のしわ寄せが日本に来るだろう」というのがミソといえばミソ。

それでどうするかというと、荻原さんのご託宣は「タンス預金」だ。

これはどうもいただけない。

年寄りはお金を増やそうとは思っていない。とにかく安全にしたいのだ。ところがいまの世の中安全な方法などというものはないのだ。

まず昔ながらのインフレリスクはある。これだけ金融緩和したのだから、いつ来てもおかしくはない。

もう一つは金融が自由化された以上、為替リスクはいつでもある。

この2つの資産リスクをヘッジしようとすれば、資産を貨幣形態資産と不動産形態資産に分散しなければならない。

もう一つは貨幣資産を邦貨と外貨に分散しなければならない。

この2つのリスク回避は、見た目には投資である。だから投資=資産の形態変化をそのままリスクと考えるのは間違っている。

問題は「儲け気分」をふくらませるかどうかだ。つまリは主観の問題だ。貪らなけければタンス預金よりリスクを回避できる確率は高い。

そういうわけで、20年前なら私は間違いなく荻原さんに全面賛成しただろうが、今は部分賛成にとどまる。

ここまでは結論部分について、その不正確さを指摘したのだが、論立て部分にも相当のあやふやさがある。

とくにインフレとデフレの問題、金融不況と実体経済の不況の問題、通貨問題については混乱状態である。

これらについては、いづれ別に記事を起こして行こうと思う。


『反中国』でジタバタするのはおよしなさい

安倍政権、さらにその背後にいる米日支配層は,反中国の立場から危機意識を燃やして、右傾化、軍国化、対米従属強化に一路突き進んでいるようにみえる。
しかも考えれば考えるほど、日米同盟強化というその方向は、無意味で、不利益で、反国民的なように見えてくる。無意味というよりは反知性的というべきほどに思える。

私はそもそも中国と張り合おうという発想がおかしいのだと思う。張り合って勝てる可能性はほとんどない。そういう時代はもう20年も前に終わっている。
それは中国が強くなっているからではなく、日本がどんどん老衰化しているからである。
反中国派は「中国がどんどん強大化しているから怖い」というが、彼我の関係を冷静に見てみれば怖いのは「日本がどんどん弱小化している」ところにある。
そして、この傾向は、ことここに至ってはもはや防ぎようがないのである。

だから我々が日本の将来を思うとき、肝心なのは中国がどうするかではなく日本がどうなるかである。

人口はどこまで減少するとプラトーに達するのか。その時に総GDPと一人あたりGDPはどのレベルに落ち着くのか、ということは比較的容易に予想できる。

どう予想しても結論は一つ、日本はもはや決して大国ではありえない、ということである。
経済的プレゼンスはもはや台湾、韓国と肩を並べる程度に低下する。
そうなれば政治的結論は唯一つ、東アジアの政治地理学は米中関係を基軸とすることになり、米日・米韓・米台関係は米中関係に規定されて進むしかないということだ。
そうなると、日本の取る道はただ一つ、全方位外交だ。日本の安全はアメリカと中国の双方から保証してもらう他ない。

それを前提とするなら、最小限自衛も日米安保さえも是認しうるかもしれない。少なくとも中国にとっては政策選択の範囲内に入ってくる話であろう。
ただしここまでの話はきわめてマキャベリックな発想を基礎としている。肝心なことは憲法前文にある如く「国際平和のために名誉ある地位を占める」ことであり、そのための積極的なイニシアチブをいとわないことであろう。

日曜美術館という教育テレビの番組を見ていて、五嶋龍というバイオリニストに感心した。
アンドリュー・ワイエスの「クリスティーナの世界」という1枚の絵だけで番組一つ作ってしまうという、かなりのオタク番組である。
それはそれで良いのだが、そこにゲストとして参加した五嶋さんのコメントがなかなかよろしいのだ。
夜の再放送を酒を飲みながらの鑑賞だから、かなりうろ覚えだが、五嶋さんの感想の出発点が良い。
ネットにこの番組の紹介記事があったのでそこからコピーさせてもらう。
(ニューヨークの美術館でワイエスの絵を見て)地味だなと最初は思いました。しかし、数秒後にものすごい力強い絵だと思ったんです。印象がガラッと数秒の間に変わったんですが、…
というのが最初の言葉。
つまりこの絵は、ある意味で罠が仕掛けられているのだ。トリック絵画と言ってもいい。この頃のアメリカの「スーパーリアリズム絵画」にはみな、「絵本の挿絵」といったら良いのか、そういうところがある。
「クリスティーナ」における罠は言うまでもなく異様な手だ。異形と言ってもよい。
これに気づいたとき、鑑賞者は一気に絵の中に引き込まれ、クリスティーナの背中に吸い込まれるわけだ。
そのとき鑑賞者は大波に巻き込まれたみたいに、既視のものとの連関を失い、前後左右・天地がわからなくなる。
これを五嶋さんはこう表現する。
彼の芸術の素晴らしさというのは、見る人によって多分違うメッセージが出てくると思うのです。希望や力強さも感じますが、すごい絶望も感じます。こういう悪夢ってあるじゃないですか、目指すところにたどり着けない。でも、這っていくわけです。
後藤さんの素晴らしさは、最初無難な言葉を探しながら、「こういう悪夢ってあるじゃないですか」という表現に絵の本質を手繰り寄せたところにある。
そして五嶋さんの思いはさらに進んでいく。
アメリカって言うと…がんばれば成功したり裕福な生活を遅れるみたいなイメージがありますが、アメリカでの生活の現実というものをバラ色にせず、そのまま冷たく見せてるなと僕は思ったのです
結局、五嶋さんはこの絵をポジティブな絵だとは見ていない。おそらくこのままでは家までたどり着けないであろうクリスティーナの不安とあせり、それを見つめえぐり出していくワイエスの目の冷たさ…
ただしそうまで言われてしまうと話は身もフタもなくなるから、話題はもうひとりのコメンテーターによる背景説明に移っていく。

ただ、ワイエスの被写体を見るときの冷たさが、彼の心の冷たさなのかと言われるとそうとも言えない。

多くの左翼系・民衆系の作家はまず現実の告発から始まっている。そこには秘められた怒りがある。それがリアリズムという共通土台に乗らなければ共通語とはならないし、叙景の技にはアルチザンとしてのセンスも求められるわけだ。

五嶋さんはこのあたりの作業を次のようにすくい取る。
見えないものを描くにはいろいろなテクニックがあります。…表現したいものを控えめに表現することによって、聞いている側の人がもっと求める。
…音楽というものもそのまま伝えるのではなくて、聞いていただいてそこからまた世界が広がるようにすることが目的です…
ということで、アート的にはワイエスを高く評価するのである。
このあと五嶋さんは文明論、現代論もつまみ食いしていくが、この辺は正直のところピンとこない。
おそらくは長いコメントの中を切り取った言葉なのだろうが、最後の切れ端は余韻を残している。
彼のパワーは一瞬戸惑わせるところがあります。それって今の世代の持つハイペースな感覚の中では必要なのではないかと思います。

正直のところワイエスが20世紀アメリカを代表する画家かどうかについての議論はあると思う(例えばベン・シャーン)。さらに「クリスティーナ」でワイエスを代表すべきか否かについても議論は分かれるのではないだろうか。

しかし、随分勉強させてもらったことは感謝しなければならない。

ドヴォルザークのドゥムキーの演奏をYou Tubeであさっているうちに、何か名前は知らないがえらく生きのいい演奏にあたった。
Queyras,Faust,Melnikov という三人のトリオだ。「3人だからトリオだ、何が悪い」と言われているようで、第一印象はよろしくない。「あんたらハイフェッツかオイストラフのつもりしてるんか」、とタメ口の一つも叩きたい。
名前は多国籍っぽいが例によってユダヤ系か?
しかし演奏は良いんだ。私の好きなのはボーザール・トリオで、録音曲目は限られているけどギレリス・コーガン、ロストロポービッチも良いですね。
トリオというのは音としてまとまっていないと曲としての面白さは出てこないと思う。さりとてたった3人でやるのにあまり人の顔ばかり見ていても仕方ないので、そのへんの兼ね合いなんだろうと思う。
そんでもって、そこはやっぱりピアノ弾きに仕切ってもらわないとうまくいかないでしょう。ピアノはオーケストラの代わりみたいなところがあるのだから…
それでこのトリオも、ピアノが仕切っているみたいに聞こえる。しかし誰が何を演奏しているかもわからなくて、じつに困った団体だ。むかしならレコード会社が有無を言わせず名前つけるのだろうが…

といっているうちに、ドゥムキーが終わって、つぎのファイルが始まった。
Spring Sonata/Isabelle Faust と題されている。画面は静止画面で、バイオリン弾きの女性とピアノ弾きの男性が並んでいる。女性はゲルマン系の美人でこれがファウストでしょう、男はラテンというかひょっとしてアラブ混じり。名前はメルニコフとスラブっぽい。

演奏はバイオリンのオブリガート付きのピアノ・ソナタ。そもそもそういう曲なんだからしょうがない。むかしのグリュミーを起用したハスキルの演奏もそうだった。

これにケイラスというチェロが加わってトリオになったんだね。了解。
これはギレリス・コーガンのコンビにロストロポービッチが加わったのと同じだ。ギレリスが仕切ったのと同じようにメルニコフが仕切っているのでしょう。

連中がどういうかは別にして、私の心づもりとしてはメルニコフ・トリオとして覚えておくことにしよう。



インデペンデント オンライン 1月3日号


これはトランプがベネズエラへの武力侵攻を考えているとの発言に関してのもの

世界各国の政府は、ベネズエラ政府が政権の民主的移行を認めず、基本品目の価格急騰を放置していることを批判しているが、解決策として武力紛争を提起したものはいない。

EUや近隣諸国からいくつかの経済制裁が行われてきたが、マドゥロ氏の統治権力を否定するものはなかった。

しかし、アルゼンチン、ブラジル、コロンビア、パナマの閣僚は、マドロ氏の辞任を促すための「軍事的選択肢」に関するトランプ氏の提案を覚えている。
それは17年9月の米州会議後の首脳夕食会における一場面である。

「レックスは、あなたが『ベネズエラで軍事的な選択をしたくない』と言っていると、私に伝えていますよ」
夕食会の参加者によると、トランプは同席する首脳の一人にそういったそうだ。その時トランプの左にはレックス・ティラーソン国務長官が座っていた。

結局のところそのテーブルに座った人々は、トランプの意見に反して、武力干渉が極端な措置になるとの判断で合意した。その時トランプはこう言ったそうだ。

“Is that right ? Are you sure ?”

「夕食が終わる頃、ラテンアメリカ各国指導者たちはショック状態に陥りました。武力紛争はただの空想の話ではなかったのです。 
覚悟していたとはいえ、米大統領の就任以来の8ヶ月は、彼らの想像の範囲を全く超えていたのです」
こうPolitico紙はレポートしている。

元米国関係者は、「ラテンアメリカの指導者たちは、間違いなく、米国の広範な関与について再確認した。そして就任後8ヶ月であるにせよ、米国の関与に関するトランプの無知に驚いた。そして将来の恐るべき不確実さについて懸念を抱かざるを得なかった」


バーク・オバマ政権時代に国家安全保障理事会の西半球上級代表であったマーク・フェイエスタイン氏は12月の米州協会・米州会議で語った。

 トランプ政権の国家安全保障理事会は、ベネズエラを大統領の3つの優先事項の1つとしている。イランと北朝鮮は他の2つである。

9月の夕食よりわずか1ヶ月前に、国連総会の席上で、トランプ氏は語った。
「ベネズエラのための多くの選択肢があり、そこには軍事的選択肢も含まれる」

マドゥロ氏はこの不安を利用して支援を集め、この地域のアメリカの外交官は不安と緊張を和らげるために奮闘した。

一方で米国はベネズエラ国有石油会社に対し厳しい制裁を課している。

この記事はやや大雑把なところがある。別な記事ではこうなっている。
When President Donald Trump sat down for dinner on September 18 in New York with leaders of four Latin American countries on the sidelines of the annual United Nations General Assembly,

テレスール 23 December 2017

ベネズエラ政府と平和と団結の促進を目的とした野党間の会談は、1月11日と12日にドミニカ共和国で再開する予定です。

ベネズエラの制憲議会(ANC)のデルシー・ロドリゲス議長は、公衆に与えられた右翼の暴力に関する報告書を発表しました。

ロドリゲスは、土曜日に公表された「真実、平和、公共の平穏」委員会が作成したこの報告書では、「このような暴力行為の責任者は、地域社会の仕事に着かせるよう処罰されるべきだ」と勧告しています。

「同委員会は、4カ月を費やして、被告人を捜査し拘留者にインタビューしている。それは正義、被害者の理解、国民の和解に貢献するためだ」と彼女は述べている。

「ベネズエラを不安定化させようとする右派の暴力事件を防ぐために、加害者に被害者を補償させるべきだ」と報告書は述べている。

ロドリゲスは、この勧告をこう締めくくる。
「労働奉仕は平和に到達する道具」である。それは犠牲となった被害者が持つ「尊厳の権利の報酬算定式」を用いて算定される。

政府機関は、右翼暴力を犯した80人以上の人々をこのやり方で釈放するよう勧告している。

「ベネズエラ人の国民としての統一を通してのみ、ボリーバルの遺産を可能にすることができると我々は理解している」
ロドリゲスはこう書いています。 「ベネズエラで平和が構築されれば、それを排除できるものなどない」

この報告書は、現在ニコラス・マドゥロ大統領と司法機関に送られています。

ベネズエラ政府と平和と団結の促進を目的とした野党間の会談は、1月11日と12日にドミニカ共和国で再開する予定です。


「私たちはベネズエラをみどり児イエスに委ね、様々な人々の静かな対話が再開できるようにする」とフランシス法皇は述べた。

フランシスコ法皇は、クリスマスメッセージを使って、ベネズエラ政府と野党の間の継続的な対話の重要性について話した。
そして、永続的な平和を達成し、社会福祉を強化するために、交渉が政治的な裂け目を癒すのが不可欠であると述べた。

「ベネズエラをみどり児イエスに委ね、愛するベネズエラの人々の利益のために様々な社会的構成要素の間の穏やかな対話を再開できるようにする」とフランシスコ法皇は述べた。

会談は、ドミニカ共和国の首都サントドミンゴで1月11日と12日に再開される予定である。
そこでは国の政治的、社会的、経済的課題を解決する仕組みを作り出すことになっている。

アジェンダとしては次の6つのポイントが考慮されている。
すなわち
①真理委員会の設置。
②経済的保証;
③政治的および選挙的保証。
④全国制憲議会の承認
⑤制度的調和を達成する方法、
⑥経済的および社会的ニーズなどが含まれる。

教皇は、バチカン外交団のメンバーへのメッセージの中で、対話を進めるのを手伝う意欲を表明した。
ベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領は、右翼野党との会談を要請した多くの団体に手を差し伸べた。

関係改善は、地方選挙後、カラカスのミラフローレス宮殿で野党連合(MUD)の市長と面談した2013年に始まった。
しかし、17年4月、野党が暴動を誘発した。
100人以上が死亡した。その中には21歳のオーランド・ホゼ・フィゲイラのように、単に「チャビスタである」という理由で生きながら焼かれた人もいた。
その結果、公的・私的財産に何百万ドルもの損害をもたらした。
burned
   野党デモ隊によって焼かれたチャベス派の青年(その後死亡)
2017年9月には最新の平和協議が行われた。ドミニカ共和国で野党との予備調査会議が開催された。
ドミニカ共和国のダニロ・メディナ大統領とスペインの元首相ホセ・ルイス・サパテロが首脳会談を行い、2回目の協議を進めることになった。
2回目からはメキシコ、チリ、ボリビア、ニカラグアなどの代表団も同席することになっている。


大田講演 感想を三つほど

1.中国との主導権争い

GDP2位の交代、そして政治的には尖閣がきっかけだろうと思うが、明らかに日本の権力は中国を宿命的ライバルとみなすようになったようだ。日本の止めどない右翼化、軍事化はすべてこれで説明がつく。

中国との軍事・政治バランスをいかに保持するか、一切の軍事・政治戦略のキー概念になっているようだ。そのためにはTPPであろうとFTAであろうとなんでも飲む。

安保は明らかに中国を仮想敵国として再編されつつある。ソマリア、南スーダンへの自衛隊派遣は、尖閣防衛義務を米国に飲ませるための交換条件である。

このようにして日本は、日米同盟を攻守同盟化させ核同盟化させつつある。沖縄の海兵隊基地強化は、明らかに日本政府の能動的な姿勢のもとに突き進められている。

唯一の被爆国、憲法で戦力を放棄した国としての、戦後日本のプレステージみたいなものも投げ捨て、なぜそこまで突き進むのか。
それは台頭する中国への危機感以外には考えられない。

だから急速に進む軍国化の動きに反対し、ファシズムの出現を阻止するためにも、我々は従来型の中国観を洗いなおし、対中国関係の基本となるものを構築しなくてはならないのである。

その構想は日米両国の権力が考える対中戦略と噛み合わなくてはならないから、まずは現在進められつつある対中戦略の全体像を掌握しなければならないだろう。

2.対北朝鮮戦略の再構築

米朝関係は比較的かんたんである。息子ブッシュの大統領就任時まで、ネジを巻き戻してもう一度出発すればよいのである。

前の記事でも言ったように、北朝鮮問題のゴールは核放棄と米朝国交回復の同時決着である。このゴールは21世紀の初頭においてすでに半ば達成されていた。

これを壊したのはアメリカ側、とくに共和党筋だから、再出発には共和党をふくめたコンセンサスが必須である。言葉に出す必要はないが態度で示す必要はある。ある意味ではトランプ・共和党政権だからチャンスかもしれない。

米朝合意に基づき、①KEDO合意の再確認、②太陽政策、③6カ国協議、④日朝国交回復の4点セットが同時に進む必要がある。

北朝鮮は核とミサイルは放棄するしかないだろうが、アメリカの朝鮮半島での核の先制不使用は保障されなければならない。これは6カ国協議の枠組みで確認する以外には実現不可能であろう。

米朝合意が実現すれば、あとは日本政府が最大の妨害者になる。安倍政権は北朝鮮問題を対中国強硬路線の推進に利用している。だから米朝合意など成立しないほうが良いと思っている。困ったものだ。

3.米中合意の可能性とすり寄り戦略の破綻

オバマ政権の軸足は明らかに米日より米中にあった。米中を基軸とする戦略は初めてのものだが、今後もそれが続くのではないか。このトレンドをどう評価し、判断するかが問われる。

日本は中国を敵視し米国に擦り寄ることでアジアの勢力バランスを保とうとしているが、アメリカがはたして思惑通りに動いてくれるかどうか保障はない。今のところは日本の側の貢ぎもの次第だ。
中国重視路線と並ぶもう一つのトレンドが内向き思想である。

アメリカが今後ますます「アメリカ・ファースト」になるのは間違いない。アメリカが日本を大事にするか中国を大事にするかはイデオロギーの問題ではない。どちらが得かということでしかない。

ということは「反中国を基軸とする日米同盟」はますます非現実的なものとなるということだ。
先日読んだ丹羽宇一郎さんの本も、結局の趣旨は「日中対決時に米国が参戦する可能性はきわめて低い」ということだ。アメリカはいざという時の保険にはならない。

ということは、沖縄の基地強化、自衛隊の海外派遣、TPPによる中国包囲などの「アメリカにすり寄るための戦略」はますます無意味なものになるということである。
保険をかけるのは良いが、掛け先が間違っているし掛け方も間違っている。国防方針を再検討する以外に道はない。
基本は中国とは覇権を争わないということだ。なぜなら日本は覇道の立場を取らないからだ。ただし自衛権(正当防衛権としての警察・警備権)は持つ。この防衛権が交戦権や反撃権をもふくむかはむずかしい議論になる。(基本的には領土を越えての反撃権は持つべきでないと思うが)

太田昌克さんの講演「日米核同盟と安保法制」の要旨
久しぶりに良い講演を聞かせてもらった。2時間をこす講演 で、さらに30分の質疑応答つき。これがノンストップで続い たから相当応えたが、一気に聞かせてもらった。 レジメを手がかりに、思い出しながら要点をメモしておこうと 思う。
1.核兵器禁止条約と日本政府の対応
 いろいろ内幕が聞けたが、これは省略。要点は「核の傘」の 維持、核同盟としての「日米安保体制」が国策の最大命題だ ということ。
2.日本政府はオバマの「核先制不使用」を潰した
オバマは「核先制不使用」を宣言しようとしたが、これを日本 政府が押さえ込んだ。 トランプの当選直後のはしゃぎ振りを見て、安保の核同盟化 を目論み、見事に実現させた。 これが17年8月の「2+2合意」で確認された。 「米国の核戦力を含むあらゆる種類の能力を通じた、日本 の安全に関する同盟のコミットメントを再確認した」
3.北朝鮮政策: 米外交史上、最大の失敗
講演の三つ目の柱はペリー元国防長官との単独インタビュ ー。 このインタビューで引き出したのが、とくにブッシュ息子によ るクリントン北朝鮮政策の放棄。 これが今日の北朝鮮核問題を起こしたとする。 太田さんは、さらにオバマ政権の無策も責任があると考えて いる。
私の感想
私も、一時はオルブライト訪朝まで達成し、国交正常化も間 近と考えていた。それが突然ストップしたことに違和感を感じ ていたが、多少事情が飲み込めた。
鍵は二つ。一つは今回の選挙と同じで、圧勝と思われたゴア が番狂わせで破れたこと。もう一つはアホのブッシュの影に チェイニーがいてすべてを仕切ったこと。
確かに言われてみるとそうだ。トランプというのは口先右翼 だが、チェイニーは黙ってやりのけた。 それが大量破壊兵器のデマによるイラク攻撃の断行であり、 もう一つが北朝鮮外交の放棄だった。
北朝鮮は一転、悪の枢軸の一翼とされ、韓国の太陽政策も 小泉外交も、中国の6カ国協議も一切切り捨てられた。金正 日は世界中からコケにされたのである。

いくつかのレビューでも明らかにされているように、ベネズエラの目下の経済的苦境はアメリカの経済封鎖、とりわけ金融封鎖によるものであって、政府の失策とか「社会主義の失敗」によるものではない。
ただ、それだけではなく、石油依存国家で実体経済をどう運営していくかという特殊なノウハウの問題も含んでいる。したがって下記の問題を留意しながら、分析を進めなければならない。
2012年08月12日 エコノミストはベネズエラを評価している より一部引用
何度も強調するのだが、この国の経済運営はオーソドックスな手法ではやっていけない。
この国の実体経済の規模をはるかに上回るすごい勢いでドルが行き来している。
しかもこいつは“オイルダラー”と言って、世の中で最も流動性が最も高く、投機性がもっとも強く、たちの悪い資金だ。いざとなれば瞬きするあいだに目の前から消えてなくなる。
この投機資本と国内経済と実体貿易はどこかで遮断しなければならない。収支は短期の資本収支も合わせて評価しなければならない。サウジのように貧困者を徹底して無視し、反抗者を徹底的に押さえつければ経済は安定する。
しかしチャベスのごとく貧困者の生活水準を引き上げれば、インフレは必至であり、放置すれば経済を破壊する。
さりとて、輸入自由化で物価を安定させようとすれば、たちまち巷には失業者があふれることになる。
こういう中で経済運営をした経験は日本人にはない。だから我々は個々の失敗について四の五の言うのではなく、こうした経験から虚心坦懐に学ぶべきであろう。
私は以前から、連帯運動というのは「学ぶ運動」だと考えている。与える運動ではなく、与えられる運動なのである。

困った。思い出せない。
誰か分かる人いますか。
童謡ですよね。かなり有名な…
歌詞が思い出せない。
後ろが「小川さらさら 春の色」なんだけど
前が思い出せない。
出だしがわからないと、さすがのグーグルでも
検索には引っかかってこない

このファイルはVotreValseという人が公開したもの。
題名は
Très jolie - Emile Waldteufel - Valse française となっている、8分40秒ほどのかなり長いワルツだ。
説明欄には
Magnifique valse française d'Emile Waldteufel : apprenez à danser cette valse avec notre école de danse VOTRE BAL / VOTRE VALSE
としか書いていない。
どうもクルト・レーデル指揮スロバキア国立フィルの演奏でワルトトイフェルの全集が出ていて、その中の1曲らしい。

いろいろ調べていくうちに、この曲の題名はT Valse française ではなく「Tres jolie, Op. 159」だと分かった。

これであらためて検索すると、いくつかの演奏がヒットして、情報がわかってきた。

日本語ウィキでワルトトイフェルの項目を開き、作品番号159で当たると、次の説明が出てきた。

『愛しの彼女』 Très jolie op.159 (1878)
青木爽により「春の川で」という日本語の歌詞が付けられ、NHK「みんなのうた」で広く知られるようになった。

なるほどそういうことだったかい。

そこで、あらためて、青木爽+「春の川で」で検索してみる。

NHKみんなのうたのサイトで「春の川で」がヒットする。残念ながら映像も音源も失われてしまったようだ。

うた西六郷少年少女合唱団
作詞青木爽
作曲ワルトトイフェル
編曲小林秀雄

となっていて、しっかりワルトトイフェルの名がクレジットされている。こちらが知らなかっただけだ。

放映されたのが1965年03月と言うのは驚きだ。私は受験の真っ最中で東京・京都と走り回っていた。
流石にこの頃、家にもテレビはあったが、「みんなのうた」を憶えるほど見ていたとは思えない。

記憶装置にそれだけ余裕があるならもう少し英単語でも憶えていたはずだが、まぁ、だからこんなものなのかもしれない。

しかし歌詞も載っていないのは困るな。

Hoick というサイトに歌詞が載っている。
著作権の関係でなかなか難しいようだが、
私の憶えていたのとは全く違う歌詞だ。
一体これはなんなんだ!
うろ覚えの所に自分で勝手に創作した歌詞を乗せていたのか?

調べていたらarcadiaさんのブログで同じようなことをいていた。方向は逆だったが。

初めて聞いた名前の作曲家だが、まず曲名が良い。
ピアノ曲集で「砂丘にある家」という題名。1905年の発表で、作曲家の名前はガブリエル・デュポン、フランス人らしい。全10曲でたいしたメロディーもなく、寄せては返す波のような音の繰り返しだ。40~50分もそれが続くから、真面目に聞いたら飽きる。バックグラウンドで鳴っていればよいのである。
グーグルで「画像」と入れると色んな絵が出てくる。

「La Maison dans les dunes」の画像検索結果
「La Maison dans les dunes」の画像検索結果


関連画像
このデュポンという人の曲で有名なのはマンドリンという歌曲。ほかには「憂鬱な時間」Les heures dolentes というピアノ曲集もあってこちらのほうがそれなりにメロディーもあって聞きやすいが、その分陰にこもって、ひたすら長いのは同じだ。

クロームに乗り換えて半年ほど経つけど、You Tube聞くのにはどうしても必要だから、昔のクレービング・エクスプローラーみたいにして使っていたんだけど、どうも復活したような気がしてきた。
そもそもファイアフォックスがなぜだめになったかというと、メモリーをガンガン食って、最大限まで増設しても止まってしまうほどになったこと、元から相性が悪かったフラッシュプレーヤーとますますうまくいかなくなったこと、You Tube関連その他でアドオンがどんどん使えなくなってきたことだね。
それが盛り返してきたのは、使えなくなっていたアドオンが、そっくりそのままではないが戻ってきたこと、メモリー食いがおさまってスピードもクローム並みに戻ったこと、フラッシュプレーヤーとのトラブルも最近はほとんど経験しない。
この間の色々なトラブルはウィンドウズ10にアップグレードして起きているような気もする。つまりマイクロソフトの陰謀だった可能性もある。ファイアフォックスのようなオープンソースは嫌いなんじゃないだろうか。
グーグル・クロムはシェア独占したと思ったのか、アドオンの改良は手抜き放題で、You Tubeを見るになとても不便なブラウザーとなっている。
とりあえず3台中2台はファイアフォックス化して、もう一台はクロムも残しておくようにして様子を見ようかと思う。

もう一つのベネズエラ
OTRA VE


いろんな記事がブログに散らばるのはうっとうしいものです。自分でもそうだから、見に来る人はいっそう、うっとうしいと思います。

とりあえず、このページに全部放り込むことにしました。といっても実際にはサイト内リンク集です。

実際にはかなりの記事はリンク先に跳んで読んでもらうことになります。

これと同じものが私のホームページ「ラテンアメリカの政治」に載ります。ブログに書いた記事は同時にホームページのリンク集「もう一つのベネズエラ」に掲載されます。探しものがる場合はそちらに言ってください。

よろしくお願いします。


Ⅰ.最近のベネズエラ

ここ2,3年のベネズエラ関連記事です。「もう一つのベネズエラ」の本体部分です。

A.2018年前半

2018年01月18日 ベネズエラ共産党の現状分析

2018年01月11日 2017年、ベネズエラ人民はどう闘ったのか ③

2018年01月10日 2017年、ベネズエラ人民はどう闘ったのか ②

2018年01月10日 2017年、ベネズエラ人民はどう闘ったのか ①

2018年01月05日 ベネズエラ記事の紹介

2018年01月05日  ベネズエラの「ある左翼」

B.2017年後半

①2017年12月25日 ベネズエラ:国連人権専門家の最新報告

②2017年12月25日 大統領選への道は開かれている。

③2017年12月25日 変動相場制が絶対ではない

④2017年12月24日 封鎖されつつあるベネズエラ

2017年12月24日 ベネズエラ ハイパーインフレの原因

2017年12月23日 ベネズエラ側の言い分

2017年12月23日 ベネズエラ経済分析はとりあえず保留 

2017年12月22日 ベネズエラのカトリック教会は恐ろしく下品

2017年12月21日 ニューズウィークのほうがまだマシ

2017年12月21日 ある進歩的な新聞の「反ベネズエラ」報道

C.2017年前半

2017年05月25日 ベネズエラ 野党の行動をどう見るか

2017年05月25日 ベネズエラ 野党の行動記録

2017年05月22日  ベネズエラ野党の大統領辞任要求に道理はない

2017年05月17日 カラカス情報 心得るべきこと

D.2014~2016年

2016年07月21日 ラテンアメリカ人民の闘い: この間の動向

2016年07月20日 ラテンアメリカの方向は人民の戦闘性により規定される

2016年07月23日 ベネズエラの政治危機

2015年12月18日 ベネズエラの選挙結果についての見解 

2015年12月17日 ベネズエラ国会選挙 第二報

2015年12月17日 ベネズエラ国会選挙 第一報

2015年02月04日 原油安 誰が敗者となるか

2014年12月26日 OPEC決定の画期性

2014年11月26日 ラテンアメリカ、最近の動き(2014) その2

2014年11月26日 ラテンアメリカ、最近の動き(2014) その1

2014年06月16日 ラテンアメリカ左翼政権一覧表


Ⅱ.チャベスのベネズエラ

1990年のカラカソ(首都カラカスでの暴動)から、チャベスのクーデター。98年のチャベス当選から、反チャベスのクーデター、ゼネストやリコール作戦の失敗、チャベス改革の開始までがふくまれます。

2013年03月12日 石油生産、いらぬ心配はご無用

2013年03月12日 WSJはチャベス革命の死を願う

2013年03月12日 チャベスの死と資本家の大はしゃぎ

2013年03月10日  チャベス革命の道筋 その3

2013年03月10日 チャベス革命の道筋 その2

2013年03月10日 チャベス革命の道筋 その1

2013年03月07日 チャベスに関する私の過去発言

最近では、チャベス政権を正面から批判できなくなったため、経済運営に対する非難という変化球で攻めてきています。これに対する反論は、ブログの中で随時触れています。


2013年03月06日 チャベス、3つの功績

2013年02月22日 日本はマクロ指標が狂っている

2012年10月06日 ベネズエラ 最終盤の状況

2012年08月18日 チャベス政権の十年: 経済・社会指標の検討

2012年08月15日 ベネズエラ 世論調査の動向

2012年08月13日 赤旗「ベネズエラはいま」を読む

2012年08月13日 チャベスの対抗馬ラドンスキー

2012年08月12日 エコノミストはベネズエラを評価している

2012年08月11日 赤旗の「ベネズエラ特集」について

2012年05月25日 「これが世界だ」2012年版 その6 ラテンアメリカ: リーマンショックからの回復

2011年09月26日 南米を変えたこの十年 その5

2011年09月26日 南米を変えたこの十年 その4

2011年09月23日 ベネズエラ もう少し考えた

2011年09月22日 ベネズエラ経済: 立ち止まって考えた

2011年09月22日  ベネズエラ経済を、ふと考える

2011年05月11日 アメリカとベネズエラ、国民が感じる「幸福感」

Ⅲ.ベネズエラの歴史

ブログを始めたのが東北大震災の直後、2011年5月からなので、それ以前の記事は私のホームページ「ラテンアメリカの政治」にあげています。

チャベスについては下記の4本の記事が基本となっています。

ベネズエラ…何が起きたのか?

2002年 ベネズエラ・ゼネストに学ぶ

2つの闘争に勝利したチャベスの政策については下記をご参照ください。

ボリーバル運動の展開: チャベスの挑戦

ベネズエラにおける憲法改正

ベネズエラではシモン・ボリーバルの南米解放からベネズエラの建国、石油開発、軍事独裁、ゲリラ闘争などが展開されました。そのあらましが年表などに記載されています。

#1 ~2001, 312kb  

#2 2002~ , 209kb 

#2 2004~ , 250kb 

 

ベネズエラ共産党の現状分析

(venezuelanalysis 2018.1.10  Venezuelan Communists Urge Radical Solutions to Current Crisis)

ベネズエラ共産党(以下PCV)はベネズエラにおいて組織労働者内の革新派を基盤とする政党です。教育・医療労働者、公共企業体などに根強い勢力を築いています。チャベス派の政党(PSUV)とは友好関係にあり、現在も政権に閣僚をおくっています。

概況

現在の状況は不確実性、絶望、国民間の憤りによって特徴づけられています。それは国の社会経済状況が悪化したことに基づいています。

インフレ、投機、売り惜しみは、人々の生活の問題になっています。人々はスーパーマーケットで長時間並び、高い値段で買わされています。

政府は、ベネズエラ社会に苦しんでいる一連の問題に対する効果的な措置に直ちに対応しなければなりません。

なぜなら、このような状況の悪化は、激怒、憤慨、絶望の蓄積につながります。そしてこの国は大きな社会爆発の門口にいる可能性があるからです。

いまこの国は深刻な経済的、社会的、政治的問題を抱えており、何か火花があれば、国に火をつけることができます。

 

輸送

カラカス地下鉄には輸送の問題があります。十分な保守システムを持たないためです。エスカレーターが壊れてドアが損傷したりして、路線がその影響を受け遅れたりします。

これは首都圏の人々の交通状況を悪化させます。民間輸送業者のコストが高いからです。

地元の民間バスの供給者も全国の交通の供給者も、銀行振込による融資を受けていません。

銀行は非常に最小限の資金しか出していません。現金にアクセスするのが困難なため、輸送システムを稼働できなくなっています。

交換部品の不足のためにバスが走れなくなっています。また燃料も不足しています。

 

食糧危機

スーパーマーケットでは主要製品の不足が続いており、入手可能な場合も法外な価格でしか見つかりません。

ベネズエラ共産党は、労働者への賞与としての給与を増やすことには反対していませんが、現在の最低賃金にも達しないようなボーナスには反対しています。

ボーナスは歓迎です。彼らはベネズエラの人々に利益をもたらし、私たちは、カーニバルのモモボーナスや復活祭のときのユダのボーナスを希望します。

しかし、これは問題の解決策ではありません。

私たちはバチャケーロを厳しく取り締まる必要性を強調します。そして主要製品の輸入とベネズエラ人への流通を担当するベネズエラ国営企業の設立を訴えます。

政府の「地方生産・供給委員会」(CLAP)の食品パッケージが月に1回以上人々に届かないケースがあります。

ジャラクイ州のエル・ビルヘン村では、村民が3ヶ月間にわたりガスも食品パッケージも受け取ることができませんでした。疲弊した村民が抗議に出むいたとき、政府の示した反応は村民を弾圧することでした。

私達は国家治安部隊による国民に対するこのような行動を拒否します。そして特に言っておきたいのですが、より良い労働条件、尊厳に値する給与、労働組合の団結権に対する攻撃には断固として反対します。 


新しいプント・フィホ条約を拒否する

PCVは、ドミニカ共和国の首都サントドミンゴで結ばれた「政府と野党の間の合意」について、ベネズエラ国民がその詳細を知るべきであると主張してきました。

この合意について、多くの人はすでに「ニューヨーク」協定と呼んでおり、かつてのプント・フィホ協定と同じ結果になるのではないかと危惧しています。

私たちはサントドミンゴ合意という新たなプント・フィホ協定に直面している可能性があります。

(プント・フィホ協定は1958年の立憲革命に参加した諸勢力が偽りの二大政党制を形成し、左派を排除することで合意。これにより資本家と地主による独裁が継続することになる。ベネズエラ年表を参照のこと)


経済

この間のベネズエラ危機において銀行が果たした否定的役割は大きい。それはブルジョアが富を蓄積するための最大の源泉となってきた。それはベネズエラ革命の全経過を通じても不変であった。

我々は、政府が外貨管理を統制下に置き、銀行を国有化することが必要だと主張する。

また我々は、税制を改革し、巨額で益々増え続ける銀行セクターの収益を規制することが必要だと主張する


産業と農業

国の重要な工業領域には修復の必要があります。政府の主要な努力は、生産を増やし、それによって国の経済問題を解決することを目指すことに集中されなければなりません。

食糧の問題に取り組むためには、農業関連産業計画が優先されなければなりません。私たちが消費するものをみずから生産しない限り、私たちは常に他の国に依存することになります。

 

医療問題

我々は、主要医療センターの修復を主張します。そして医薬品の供給が経済力のない人々に行き渡るようもとめます。そして病気になったときや生命の危機を迎えたときに医療が対応可能となるようもとめます。

民間部門の医療を利用した場合、人々はしばしば200万ボーバルもの支払いをもとめられます。これでは受診できないのが当たり前です。

 

労働組合運動

カラカス地下鉄の労働者が解雇されました。交通大臣は、その運動が野党の動きの一部であると非難しました。

しかし彼らは労働者の草の根に基盤を置く労働組合指導者です。彼らは政府寄り労働組合の官僚制に挑戦してきました。

彼らは、労働条件の改善についてはあまり問題にしていません。その代わり、 腐敗した、官僚的で、高給取りの組合幹部とのあいだには妥協はありません。そして彼らと競い合いながら新たな指導部を形成しようと努力してきました。

(文章はここまで)



これほどまでに日本国内で無視されている日本人演奏家も珍しい。
とにかくインターネットで井上奈津子と入れてもまったくヒットしない。
色々やってみて、まあとにかくイタマール・ゴランと入れたら、英語のプロファイルが見つかった。
大阪生まれで、10歳ころからフランスに渡って勉強したらしい。パリ音楽院を優秀な成績で卒業した。そこそこの入賞歴はあるがメジャーなものがないと日本のメディアは取り上げない。
それにしてもこれだけ無視されているのも珍しい。
私はヒマに任せてラベルのピアノ曲をYouTubeであさっているうちに、その名前(Natuko Inoue)を偶然見つけた。
マ・メール・ロアのピアノ連弾は効果が上がる曲なので、結構顔見せに取り上げられる。とくにコンサートで指揮者が元ピアニストだったりすると、コンチェルトのあとのアンコールに取り上げられることになる。
YouTubeではアルゲリッチとバレンボイムの同郷連弾が聞ける。
ということで、肝心の井上さんの演奏はなんとイタマール・ゴランとの共演だ。これはコンサート・ライブで、ユトレヒトで行われたジャニーヌ・ジャンセン室内音楽フェスタの一幕だ。
「これはちょっと身分が違いすぎるのでは?」と気になって調べたのだが、日本語ファイルはゼロ。
あるフェスティバルのサイトに下記のプロファイルが掲載されていた。
natsuko

Natsuko Inoue was born in Osaka, Japan, where she started her musical studies. She left to France at the age of ten, continuing her education and specialization at the National Conservatory of Paris under the supervision of Georges Pludermacher, where she graduated with the prestigious 1st Prize in piano. Natsuko Inoue has been a regular participant of the most important concert venues and music festivals worldwide, such as Internationaal Kamermuziek Festival Utrecht, Festival Pablo Casals at Prades, Dubrovnik Summer Festival. She received numerous awards such as the 1st Prize of Radio France, “Maurice Ravel” Prize, 1st Prize of Steinway competition and special chamber music awards. She is currently working and performing with numerous artists and orchestras in the United States, Europe and Japan. Among them, her husband, the pianist Itamar Golan, with whom she performs together regularly at piano four hands, presenting original projects and unusual, fascinating repertoires.
 
ということで疑問は氷解。
これからもご健闘をお祈りいたします。
イタマール・ゴランは10年位前に衛星放送の朝のリサイタルで初めてみた。誰かバイオリンの伴奏できたのだが、バイオリン弾きのことはとんと覚えていないで、この伴奏者が記憶に焼き付いた。
伴奏のくせにゴシゴシと押し付けてきて、場合によっては食ってしまう勢いだ。「お主、やるな!」というイメージだったが、その後、来ること、来ること。日本に帰化したのではないかと思っていたら、やはりこういうことをしてたのだ。
それにしても、ゴランの記事は山ほどあるが、井上さんについては全く触れられていない。昔の2枚目役者は独身のふりをしていたが、まさかそんなことでもあるまいに…

ところで、演奏の方はとっても良い。リンクしておきます。
Ravel: Pavane pour une infante défunte & Ma mère l'oye, quatre mains
題名には井上さんの名もゴランの名も出てこないから、ヘタをすると見逃す。
映像を見ると、たしかに夫婦でないと弾けないような運指ですね。

丹羽さんの文章はフィリピンからの生還者の証言をめぐり、にわかに厳しさを増す。
フィリピンでは全軍の8割が死没した。もし日本兵が山に逃げ込む前に降伏していれば、ここまで悲惨な目に遭う人は少なかっただろう。
それは戦陣訓のためだ。
戦陣訓は東条英機が士気高揚と軍記維持のために全陸軍に通達した訓諭にすぎない。東条が作って押し付けたものが彼らの精神に刻み込まれ、その行動を縛った。
大本営は現場を知らないままに、いかなる変更も許さなかった。現場を知ろうともしなかった指導部のために、それは悲惨なものとなった。
最後に丹羽さんはこう語りかける。
虜囚となっても生き抜き、今日の日本を築き上げた戦争証言者の人々に、私は敬意と賞賛をおぼえずにはいられない。
これはだいじなポイントで、私達はなくなった犠牲者だけに非戦を誓うのではなく、戦争を生き抜き、戦後70年を生き抜いてきた人々に対し、彼らが築き上げた平和を守り抜くと誓わなくてはならないのだろう。

それにしても、このところ保守リベラルの水脈が噴き上がっている感がある。誰か政治評論家でも哲学者でも、ジャーナリストでもいいから、これらの人たちを一括りにして、包括的な分析を行う必要があるのではないか。これはかなり急ぐ作業だ。なぜなら今後の政治の展開次第では野党共闘というだけでは間に合わなくなるかもしれないからだ。
さらにいうなら、反動右翼と闘うよりもはるかに砂漠の砂のようにアノミー化した青年層を覚醒させる作業が、絶望的に目前に積み上がっているからだ。


しばらく、丹羽さんの本の抜書を行う。

国家経営と企業経営という章は、まずある証言の引用から始まる。

「満州でやめておけばよかったのだ」(シベリア抑留者)

丹羽さんはこの言葉にある点では共感し、ある点では否定する。

理屈上はたしかにそのとおりだし、現に止めようと主張した人もいた。

「しかし本当のところは、もうその時にはやめられなかったのだ」と、丹羽さんは考える。

企業経営で言えば、不採算事業に多額の投資をし、その事業を延命させるために企業本体の経営を危うくしていったといえる。

これが丹羽さんの総括的評価だ。それは自分の経営上の経験に照らして、「実感」として述べられている。

経営的に見れば、犯してはならない誤ちも、政治の世界では「勢い」でやってしまうことがある。

だから施政者(行政)には「勢い」に流されない慎重さがもとめられるし、意思決定の仕組み(立法)には立憲的なフィードバックが求められるのだ。

丹羽宇一郎さんの書いた「戦争の大問題」という本を読んでいる。

私が以前書いた「保守リベラル」水系を代表する意見なのだろうと思う。

巻頭には田中角栄の言葉が飾られている。そういう水系があるのだ。

だから今、私たちはデモクラシーという流れとリベラリズムという流れをインテグレートしなければならないのだと思う。

その鍵は非戦・平和にある。平和を中立ちにして民主と自由が三角を形成する。

それはデモクラシーの意味を豊富にするだけではなく、一定の変容を迫るものでもある。

去年からずっとそのことが念頭にある。

序文で丹羽さんはこういう

世界の情勢が危ない方向へ行こうとしている。その中で、もっとも危惧されるのは日本の世論に強硬論が目立つことである。

熱狂した国民がいとも簡単に戦争を選ぶことは、9.11直後のアメリカを見ても明らかだ。近年の反中、嫌韓の世論を見ていると、日本が当事国になる危険さえ感じる。

ということで、丹羽さんの強烈な問題意識が「熱狂した国民がいとも簡単に戦争を選ぶこと」への危惧にあることは間違いない。この危機意識は我々世代も同じように共有するものだ。
一方において現実の東アジア枠組み観もきわめてリアルに提起する

力で尖閣の取り合いをすれば、日本は中国に勝てない。

では、アメリカが出てきて日本と一緒に戦ってくれるのか。それはありえない。

世界第一の強国と第二の強国が闘うことはありえないし、世界はそれを望まない。

したがって、尖閣を軍事的に守ることは不可能である。したがって、領有権を守るために軍事対応を煽るような世論操作は誤りである。

こんな会話があった。

「野党共闘と言ってもみんな考えは違うだろう」

「違うから共闘なんだ」

ちょっとこの答えは“はぐらかし”だろうと思う。「根っこは同じだ」と信じ合わないと共闘にはならない。
やはりそこには数合わせの共闘だけではなく、「思想の共闘」が必要なのだ。

「思想の共闘」が進んでいるから野党共闘が前進しているのだろうと思う。デモクラートにとって、これは妥協ではない。思想上の前進なのだ。
なぜ思想上の前進が必要か。それは共闘が野党共闘では終わらないからだ。自民党のような保守の人々とも手を組んでいかなければならないからだ。
じつは、北海道の民主勢力は、すでにこの「思想の共闘」を経験している。それが元防衛庁長官の故箕輪登氏とのイラク問題訴訟での連帯だ。
問題はこのような散発的共闘では情勢のテンポには遅れを取らざるをえないということだ。こちらの側から攻勢的に、確信を持って共闘の思想的枠組みを提起していかなければならない。


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