鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

13年4月、ぷらら・Broachより移行しました。 中身が雑多なので、カテゴリー(サイドバー)から入ることをおすめします。 過去記事の一覧表はhttp://www10.plala.or.jp/shosuzki/blogtable001.htm ホームページは http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」です。

2016年12月

北海道立図書館の中にある北方資料室がホームページを立ち上げており、その中に樺太観光交通鳥瞰図 [1935年] / 樺太庁, 1935 という写真が載せられている。
もちろん、そこに行って見てもらえば一番いいのだが、とりあえず紹介ということで転載させてもらう。
わずか40年だけ存在して、なくなってしまった地方。なくなってからもう70年も経ってしまっているのだが、そこにあった「日本」を思い浮かべるのは何かしらワクワクさせられる体験である。
樺太鳥瞰図01
ここが樺太の南端である。最上徳内や間宮林蔵たちはみな、稚内から小舟に乗って白主(しらぬし)に上陸した。そこからおそらくは小舟をあやつりながら北へ、北へと向かったのである。
樺太鳥瞰図02
やがて船が大きくなると、ただ近いというだけで何もない白主ではなく、大泊に本格的な基地を建設するようになった。夏の間だけの漁やアイヌとの取引の対象ではなく、通年居住するようになったのは明治に入ってからである。その時すでにロシアも大泊(コルサコフ)に進出していた。
最初の数年間の間にいくつかの施設が作られたが、千島・樺太交換条約によって日本人は引き揚げる。この時同時に樺太に先住していたアイヌも強制的に北海道に移住させられる。私の勤務先である江別に移住したアイヌ人の多くが慣れぬ生活に体を壊し、亡くなったと伝えられている
日露戦争後は一気に日本人移住者が増えた。稚内と大泊を結ぶ稚泊航路が開かれた。この鳥瞰図にも関西空港みたいな立派な出島が作られたようだ。稚内港の埠頭は今でも観光名所となっている。
樺太鳥瞰図03
樺太は行政的には色々変遷しており、この見取り図の頃は北海道と同様に県並みの扱いとなっていたようだ。その県庁所在地は大泊から少し内陸に入った豊原に増設された。おそらくは艦隊からの直接攻撃を避けるためではないかと思うが、真相は知らない。
札幌ほどではないが計画的に作られた町で、廳舎を中心に碁盤目の街路が形成され、背後の旭岳山麓には樺太神社が造営された。
戦後樺太を接収したソ連はこの街をユジノサハリンスクと名付け、在来施設をそのまま使用した。「濡れ手に粟のボロ儲け」だが、こういう不労所得は結局は役には立たないものである。
樺太鳥瞰図04
西海岸は山が迫って街を作るほどの土地はないのだが、対馬海流が流れるため比較的温暖で冬も凍らない港があリ、多少のスペースさえあれば街が発達した。本斗には稚内からの定期航路が走り、そこから北に鉄道が延びていった。中でも最大の街が眞岡で、最大時の人口は1万9千人を数えた。
行啓記念碑とあるのは大正年間に昭和天皇が摂政として訪れたことを意味する。札幌にも行啓通というのがあるから一連のものであろう。
映画「氷雪の門」(底意の感じられる後味の悪い映画)で有名になった電話交換手の集団自決事件はこの街を舞台としている。
樺太鳥瞰図05
豊原から北国境線までを鳥瞰したものである。向こう側の半島のくびれたところまで行って、間宮はこの先見通しないと判断して戻った。そして西海岸に出て間宮海峡へと向かった。いま思えば賢明な判断であった。
向こう岸の左端にあるのが敷香(しくか、しすか)の街である。人口は3万を越え軍事施設の他に王子製紙の工場もあった。この街を越えれば後は原野の北に国境線がある。昭和13年の正月、岡田嘉子と杉本良吉が国境線を越えたのもこの街を経由してからであった。(と思われる)
樺太鳥瞰図06
西海岸には最北端の街恵須取があった。エストルというと何かロシア語っぽいがアイヌ語である。ここにも王子製紙の工場があったほか炭鉱もあったことから人口は3万1千人に達し、敷香とならぶ大きな街であった。
しかし樺太西線はまだ到達しておらず、陸の孤島に近い状態であった。
もう少し資料を足していくつもりだが、とりあえず一旦これでアップロードすることにする。

2015年09月16日

2015年09月15日

九州の前方後円墳について書かれた論文を見つけました。実証的な研究で説得力があるのですが、残念ながら絶対年代について触れられていません。

様式的に10期くらいに分けて相対年代が提示されています。おそらくこれは近畿の古墳の時期分類だろうと思われ、間接的に紀元250年(箸塚古墳)から500年位の時期を想定しているものと思われます。

前方後円墳史観は近畿中心史観であり、邪馬台国畿内説と符節をあわせていると思われ、飲み込みにくいのですが、そこにふくまれている基礎的事実は受け入れざるを得ません。

「古墳様式だけが時代のメルクマールではないぞ」とつぶやきつつ、とりあえず受け止めておきたいと思います。


   九州地方における前方後円墳の分布

一墳丘の規模と内部構造・副葬品の時期別分布を中心にー

         出田和久

1。はじめに

古墳時代には日本列島の主要部にほぼ統一的に政治的影響力を有する大和王権が成立する。

そしてその影響力の及ぶ地域には前方後円墳という独特の形式を有する墳墓が多数造営された。

前方後円墳は墳墓の1形態であるが、この独特の形態を有する墳墓がほぼ本州から九州にまで広く認められることは、その背後に政治秩序の一元化が表されている。

と書いた上で、「石室(石槨)等の構造や棺の形態や材質、さらには副葬品等に地域の伝統や特色が反映されている」とみて地域別の特殊性を考察しようとする。

2。九州の古墳文化と地域性

 2-1.九州の古墳文化

 近年九州の各地域における発掘調査の進展により、各地域の特色をある程度明らかにすることが可能となった。

たとえば筑後川中流部には石室奥壁を中心に彩色の同心円文を描く古墳が多くみられ、菊池||中流域では彩色・彫刻ともに豊かな装飾古墳が集中し、八代海沿岸では彫刻による装飾が多く見られる。

このような地域にも密度に差はあるものの、畿内の政治勢力の浸透にともなって、前方後円墳が九州においても造営された。

豊前の周防灘沿岸から筑前の玄界灘沿岸にかけて古いものがみられる。その内部構造についてはそれぞれ箱式石棺、竪穴式石槨、粘土槨と様々である。

箱式石棺は九州の弥生時代以来の伝統的な葬法の影響を強く受けたものであり、竪穴式石掛や粘土槨は畿内型の古墳文化の影響が強いとされる。

3。九州における前方後円墳の時期別分布

 3-1.時期別分布と墳丘の規模

九州地方における前方後円墳lを時期別・規模別に見ると、1期の古墳は周防灘から玄界灘の九州北部沿岸か沿岸に程近いところに多くが分布する。

被葬者は周防灘沿岸の豊前地方に上陸し、大和王権の橋頭堡を築いた人物ではないかと考えられている。

前方後円墳の分布が拡大し、壱岐・対馬の島嶼部をはじめ九州北部では遠賀川流域や有明海南部の宇土半島基部及び島原半島、さらに南部の宮崎平野中部の西都原古墳群等におよぶ。

終期には前方後円墳の数が減少するとともに100mを超えるものが3基と少なくなる。

そして筑後の岩戸山古噴(墳長138m)が掉尾を飾る事となる。

 3-2.内部構造と内部主体

 3-3.副葬品

②馬具類と武器類  馬具類は50基から出土しており、北部九州に偏在している

国別に見ると筑前21基、肥前8基、肥後9基がおおい。大部分が後期古墳からの出土である。鉄剣、鉄刀には顕著な傾向は見られない。

4。おわりに

 前方後円墳の規模についてみると、中期にかけての大型化が認められ、その後規模の両極分化の傾向が現れ、最後には小規模化が顕著になる。このような動向は九州と近畿地方でほぼ並行している。

注より

広瀬和雄は「領域と軍事権と外交権とイデオロギー的共通性をもち、大和政権に運営された首長層の利益共同体を前方後円墳国家」と呼んでいる

以前(2014年12月09日)

という記事を書いている。以下抜粋すると

以前、大和・河内の古墳について調べたことがあって、300メートル以上というのが7つある。30傑の一番下がちょうど2割、200メートルだ。

それで、横罫に土地、縦罫に年代という風にして表を作ってみた。

奈良盆地北部

奈良盆地南部

河内・摂津

3,4世紀

★★★★★

★★★★★★

★★

5世紀

★★★★★★★

★★★

★★★★★★★★

6世紀


表を作ってみて気づくのは、箸墓以降古墳の中心だった奈良盆地南部(桜井近辺)が、紀元400年を境に凋落していることである。

これに代わるものとして河内が興隆する。墳墓の地をそう簡単には変えないという前提に建てば、纏向に続く盆地南部王朝は没落したと見る他ない。

もう一つは、西暦500年を境にして巨大古墳の築造がピタッと止まることである。奈良盆地の南北、河内のすべてが全滅するのである。(引用ここまで)


大和盆地の南西に蘇我氏とともに「飛鳥王朝」が成立するのはおよそ550年以降のことである。そこには断絶があるのである。

だから記紀的観点から言えば、前方後円墳など大和朝廷からすれば「関係ない」のだ。飛鳥王朝の前身となる継体天皇は、その頃はまだ淀川近辺をさまよっていたのである。

歴史書を見ると大規模な前方後円墳を作った勢力こそが全国制覇を成し遂げ、朝鮮半島南部まで進出し、大和朝廷へと成長していったみたいに書いてある。

時代区分も弥生時代→古墳時代→奈良時代となっていてあたかも連続しているかのように語られているが、考古学的事実から見ればそれは明らかな誤りではないか。

とすれば、我々は「銅鐸人」を想定したように「前方後円墳人」を想定して、その盛衰史を描き出さなくてはならないのではないだろうか。




これだけの文章をいちいちまとめていくのは大変なので、例によって年表形式を利用して、事項を整理していく。

2004年2月 最高裁、グレーゾーン金利が有効と認められる例外について「厳格に解釈すべきだ」との判断を示す。

金利の上限については、利息制限法(15〜20%)と出資法(29.2%)の2種類がある。貸金業法では20%以下だが、債務者が任意に支払うなら29%までの利息が可能であった。これがグレーゾーンである。

06年1月 最高裁、「明らかな強制だけでなく、事実上の強制があった場合も、上限を超えた分の利息の支払いは無効だ」とする判断。さらに過払い利息は過去10年に遡り返還請求が可能とする。

06年 新司法試験が導入。弁護士の合格者が大幅に増加し、失業弁護士が大量に出現。多くが過払い金案件に群がる。

この頃ホームロイヤーズ(現:弁護士法人MIRAIO)が登場。自己破産1件28万円という低価格を売りに,債務整理の「市場」に参入。事務職員を何十人も雇って、大量の事件処理を行わせるビジネスモデルを開発。

08年 日本貸金業協会、全国の業者が返還した過払い金は約1兆円に達したと発表。報酬金を20%とすると法曹界は2千億円を獲得したことになる。

09年7月 日弁連、債務整理事件の受任にあたっては、依頼者と直接面談することを義務化する指針を定める。

この他にも例えば、「過払い金のつまみ食い」などが現れた。依頼者の他の借金は無視して過払い金返還請求だけを行うやり口。

10年9月 業界大手の武富士が会社更生法の適用を申請。過払金の返還請求の急増で多くのサラ金の業績が悪化。

東京地裁では不当利得返還請求訴訟(過払金返還請求)が通常訴訟全体の半数を占める。

11年2月 日弁連、「債務整理事件処理の規律を定める規定」を制定。法曹界の自粛を促す。「つまみ食い」の禁止、個別面談義務、報酬の上限20%など。

12年11月 アディーレ法律事務所、過払い金回収案件が15万4219件、804億1781万円に達したとホームページ上で公表。報酬金を20%とすると160億円強の収入となる。

2016年 最高裁判決後10年を経て、過払い金返還請求バブルが終りを迎える。(筈ですが)

と、一通り経過を書きました。


まぁよくある話で、「悪徳」ではあるが、すれすれ違法とは言い切れないあたりで荒稼ぎしているようです。

一昔前は、医療でも儲け主義としか言いようのない、眉をひそめるような病院がゴロゴロしていましたから、弁護士だけを悪しざまに言うのも気が引けます。

ある記事では弁護士事務所を街場系とビジネス系に分けていましたが、いずれにしても本来の目的は債務者の救済にあるわけなので、過払い金返還にあるわけではありません。

その観点から見ると、債務者救済に親身になってくれる街場系の法律事務所にお願いするのが一番ではないでしょうか。

毎日通勤の車でラジオを流している。ほとんどが無駄話だが、その分、運転が疎かになることもないのでやめられない。

しかし、最近の法律事務所のCMには辟易する。ある種の貧困ビジネスなのだろうが、一体なぜこんなに流行るのか気になる。

いくつもの事務所がこれだけの宣伝コストを掛けて、かつ儲かっているのだからかなり割のいいビジネスなのだろう。しかし債務者=貧困者を相手にこれだけ儲けるということに、どうも胡散臭さを感ぜずにはいられない。

そこで「法律事務所 債務整理 ビジネス」のキーワードでグーグル検索してみた。山のように法律事務所のサイトが引っかかってくるが、それに混じって法律事務所に対する疑問を呈するページもかなりの量に達する。

一応挙げてみると

有名弁護士事務所まで非弁提携で市民を食い物に! | ビジネスジャーナル

債務整理事件の「市場」で起きていること - 黒猫のつぶやき

1億円以上の年収を得た弁護士が続出した、過払い金返還バブルをまとめ ...

過払い金のつまみ食いって何? - 教えて!債務整理

自己破産ビジネスの横行 “法の庭”徒然草 頼れる弁護士 白川勝彦の 白川 ...

よくある質問|依頼した弁護士・司法書士とのトラブル・セカンドオピニオン ...

債務整理のお話し(3)~弁護士とコマーシャル 法律事務所にテレビCMは ...

「債務整理ビジネスで増加する“違法弁護士”の実態(後編) 」 - livedoor Blog

という具合。少し小当りしてみるか。

その前に、幸いなことに債務で悩んだことがないので、債務整理という概念がさっぱりわからない。

そこで下記のページでお勉強。

北海道合同法律事務所(札幌) || 任意整理Q&A

11項目のQ&Aが載せられているが、まあ、「読めば分かる」と言えば分かるし、分からないといえば分からない。

Q0: 任意整理とはなんですか

答え 任意整理は、利息制限法を上回る金利で借りた人が、過払い利息を元本に組み入れて債務額を減らす手続です。

要は借金(違法金利分)の減額ですね。

Q1: 任意整理を弁護士に依頼する場合には、何に注意したらいいですか。

答え 全ての借金について正直に話すことが大切です。

そうでしょうね。

Q3: 任意整理の対象とならない債務もあるのでしょうか。

任意整理の対象となるのは、銀行やクレジット会社、サラ金、商工ローン等からの借り入れです。住宅ローンや自動車ローンは任意整理の対象とはなりません。

基本的には「住宅や自動車は売れ」ということでしょうね。

Q4: ヤミ金から借り入れてしまいましたが、その場合も相談に乗ってもらえますか。

答え 出資法に違反する高金利で貸付をするいわゆる「ヤミ金」から借り入れてしまった場合、弁護士が介入すれば早期解決につながります。 この場合にも正直にお話しください。

相談には乗るが、それは「任意整理」(利息制限法)とは別の話(出資法違反)ということになる。

Q7: 弁護士に任意整理を依頼した後も、債権者(貸主)に返済を続けなくてはいけないのですか。

答え 弁護士に任意整理を依頼した後は、債権者に返済する必要はありません。弁護士が債権者に「受任通知」を送ると、債権者は直接請求をすることができなくなります。

それだけでも有り難いことです。

Q9:    銀行のカードローンなどは、任意整理をしても意味がないのでしょうか。

答え 金利が利息制限法の範囲内であれば、債務額があまり減らず、任意整理のメリットが十分にない場合もあります。残債務額によっては、「個人再生」を利用した方が適している場合もあります。

個人再生というのは良く分からないが、いわゆる「自己破産」のことか。

合同法律事務所のサイトには「任意整理」、「個人再生」、「自己破産」の3つが並べられている。良く分からないが「個人再生」というのは“隠れ自己破産”みたいな感じらしい。

Q10:   任意整理で、「逆にお金が返ってきた」という話は本当でしょうか。

取引期間が長い場合には、制限利息と過払い利息の差が元本を超える場合もありえます。この超えた部分が「過払い金」と呼ばれるものです。

過払い金があったとき、弁護士は債権者(貸主)と交渉をして返還を請求します。回収した過払い金は、他の債務や弁護士費用の支払いに充てますが、それでも余りが出た場合には、依頼者の方にお返しします。

これがCMでおなじみの「逆にお金が返ってきた」という宣伝だが、この説明を聞くと、宝くじ並みの確率のようだ。

ということで、まずは仕組みについてあらあら分かった。次に、それで法律事務所が儲かる仕組み。前掲の記事にあたっていくことにする。

先日の新潟県知事選挙についての関係者鼎談は、きわめて面白いものであったが、紙面の性格上あまり舞台裏に触れたものではなかった。

運動層が泉田から米山へと流れたのか、それとも新たな支持層が開拓されたのか

原発を最大の争点として掲げるという判断がどうして決められたのか(米山候補は元来は反原発派ではなかった)

泉田擁立断念から米山担ぎ出しの動き、その仕掛け人は誰だったのか


POST というサイト(元”SEALDs POST”)に

という記事があった。「新潟に新しいリーダーを作る会」の共同代表である磯貝じゅんこさんによるコラムである。


磯貝さんは初めて関わる参院選挙で街宣カーの上に乗り、時には候補者の代わりとなって演説する。時には政党間の接着剤の役目を果たした。

参院選後、現職の泉田知事を応援すべく磯貝さんら市民が「おむすびの会」を立ち上げた。ところが泉田知事が撤退すると発表したことに衝撃を受けた。

県知事選挙の「対立候補」(泉田後継候補)擁立へ直接関わった政党は、7月の参院選にて共闘した政党のうち、社民・共産・せいかつ(自由)の3党と、新社会・みどり・市民でした。

民進や連合についてはそれぞれの事情もあるものと考え、悪いイメージを持つことなく、いつでも受け入れる構えでした。

いろんな人の名前が出ては消えた中、民進党を離党して米山隆一さんが立候補への覚悟を決めてくださいました。

私たちは、選挙戦へとのぞむこととなりました。まず「泉田知事の路線を継承する」という政策を掲げました。

市民運動サイドは、「新潟に新しいリーダーを誕生させる会」を選挙母体とし、市民の会が勝手連となって動くことになりました。

原発再稼働の争点が(急激に)明らかになっていきました。そのなかで、生活に関する政策を訴えることの重要性も感じていきました。「米山県政には明るい希望がある」ということを個々に広げていきました。

「新潟柏崎刈羽原発の再稼働問題」、そして「泉田知事の県政を継承する」というかたちで、争点が明確になりました。

今までの泉田県政を支持していた県民は不安を感じていましたが、(その不安は)一気に希望とへ変わりました。

立地企業を抱えながらも、経済と自分の故郷を天秤にかけた時に何を優先したいのか。立地県である新潟であるからこその結果であったと思います。

ということで、市民の側の論理は「反原発まずありき」ではなかったということが分かる。
そこには「泉田県政の継承」という論理がはさまれている。
ここに注目しなければならない。
おそらく市民運動家の目には、泉田前知事が不条理な形で降ろされたことへの怒りがまずある。なぜ降ろされたか、それは明らかに原発推進勢力の陰謀だ。
だから再稼働反対は、金権で政治を動かそうとするものとの対決のスローガンでもあり、東京の支配に対する地方の自治のスローガンでもあった。
だから、おそらく他の県ではとかく浮き勝ちな「再稼働反対」のスローガンが、新潟では県民の心にすっと入っていたのだろう。沖縄で「米軍基地撤去」のスローガンがオール沖縄の声になるのと同じだ。
同時にこのスローガンで闘うことは、新潟県知事選挙を全国区にしてしまう効果も持つ。だから、連合新潟の思惑を押し切る形で民進党の中央幹部が乗り込んだし、米山派に追い風が吹いたのであろう。
すなわち、「泉田県政の継承」ではなく「再稼働反対」のスローガンを押し出したことが情勢にジャストフィットしたのである。同時にそれが「泉田県政の継承」であるが故に、「原発だけではない」攻撃を有効に切り替えしたのでろう。逆に自公・東電・連合側には泉田県政を乗り越えるだけの政策がないから、「原発だけではない」攻撃は結局、「原発だけ」を狙いとする彼らの本音が明らかになるだけの結果となったと思われる。
「原発反対」と嘘をつき、あげくに最終盤の「県庁赤旗」攻撃の法定ビラは、彼らの無残な政策的・思想的崩壊を天下に晒す結果となった。

なお阿修羅では、悔しさいっぱいの新潟日報の記事が心ゆくまで見れます。新潟日報のサイトではひた隠しにされているお宝記事です。

心がなごむことこの上なしの文章です。


本日の赤旗一面はあまりニュースがなかったのか、「政治考 安倍政権4年」という解説記事。
見出しは「自公・補完勢力追い詰める 野党と市民の協力」というもの。中身は市民連合が1周年を機に開催したシンポジウムの紹介だ。
この中で鹿野文永さんという方の談話が紹介されていて、大変興味深い。鹿野さんは元宮城県町村会長という肩書だから、本籍は保守系の方だろうと思う。
この1年、市民革命的な動きの中で、3つの革命が進んでいる。
一つは、市民の側が政党を動かす180度の転換という意味での政治革命
さらに、「共産党嫌い」の風潮が少なくなり、共産党への親近感が生まれる思想革命
そして選挙も従来の政党組織、後援会、労組中心から自発的な市民の動きが進む、組織革命も始まった。
この流れは大きく逆戻りすることはない
とくに第二のポイントについては、「なるほど、そういう見方もできるのか」と感心しました。まぁ過去の経験から言えば、それほど簡単なものではないとも思うが…

今はもう10時。そろそろまとめに入ろう。

46億年前、太陽とともに地球ができた。最初は火の玉で、とても生命が存在する余地はない。

しかし意外と生命が誕生するのは早い。40億年前には生命の3条件を満たす最初の生命体が誕生した可能性がある。

最初はほとんど酸素がなく、嫌気性代謝を営んでいた。

「共通の祖先」が古細胞と真性細菌に分かれたのは比較的早期とされる。いずれも嫌気性代謝である。

時代を画するものとしてシアノバクテリアが登場した。シアノバクテリアは原核生物でありながら葉緑体(チラコイド)を内包することに成功し、糖(炭化水素)を合成する光合成を営んだ。

シアノバクテリアが葉緑体そのものだという意見があるが、目下のところ承服し難い。葉緑体そのものが明反応装置(を持つ生命体)と暗反応装置(を持つ生命体)との合体であるとされ、さらなる検討が必要であろう。

そして現在の生物と共通するエムデン・マイヤーホフ型の解糖経路でエネルギーを産生した。

その起源は、化石の吟味次第で動揺するが、遅くとも30億年前には活発な活動を開始していた。

彼らは大陸の渚を取り巻くように生育し、地球の酸素量を一気に増やし炭酸ガスを減らした。それは他の生物を酸素毒により死に追いやり、地表の温度を低下させ、オゾンの生成により紫外線量を減らした。

さらに悪いことに、生成される酸素の受け手となっていた地上の還元鉄がほぼ完全に酸化され、酸素の受け手がなくなってしまった。

このままではシアノバクテリアを含めた地球上の生命が死滅するかと思われたとき、真核生物が登場した。20億年前のことである。

真核生物の最大の意義は細胞内のコンパートメント化である。これにより細胞内での他生命との共生が可能となり、みずからをサイボーグ化することに成功した。

最小限確実な異種生命はミトコンドリアと葉緑体であり、ほかについてはさらなる検討が必要であろう。

もっとも重要なことはミトコンドリアの導入であり、これにより極めて効率の良い内燃機関を手に入れたことである。

真核生物はシアノバクテリアの作り出す酸素を利用しエネルギーを産生し、炭酸ガスを排出するようになった。

この結果地球上における酸素と炭酸ガスの動的平衡が保たれるようになり、安定した生物環境が創出された。

真核生物は古細胞から分化発展したとされる。これはRNA解析によるものであり、説得力のある見解ではあるが、他の研究方法によって追認・確立されたとは言い切れない。

その後真核生物のあるもの(植物)はみずから葉緑体のコンパートメント化に成功し、みずから光合成を行うようになった。

そうすると再び酸素の過負荷状態が出現することになるが、そのときにひたすら酸素を消費し炭酸ガスを排出するだけの存在、動物が一気に繁殖することになる。

最近の環境論者の意見に引きずられて、つい酸素=善、炭酸ガス=悪との見解を抱きがちであるが、生命史的にはむしろ逆の見方のほうが適切かもしれない。

動物は酸素を減少させ、炭酸ガスを生成する点において善である。しかも栄養的には植物に対して従属的であるから、動的バランスを越えて増えることはありえない。(はずである)

しかも自ら作った食物連鎖において個体数を自己調節している。実に可愛い存在である。

しかしこの自己調節過程は、人間という特殊な動物の出現によって崩れ始めている。

時々、世界大戦とか民族浄化とかいうナンセンスな集団的自殺行為を繰り返すことによって人口を調節してはいるが、それでも有史以来の人口の増加は凄まじい。

さらに動的バランスを越えた炭酸ガスの異常産生は、もはや植物やシアノバクテリアの酸素産生能力をもってしても追いつかないほどのレベルに達している。

ただし、炭酸ガス産生の増加に比して炭酸ガス分圧の上昇が著名でないこと、酸素が明確な減少傾向にないことは、植物や地衣類の光合成も高まっていることを示唆している可能性がある。

以前、中国の農業問題を勉強したとき感じたのであるが、農業の生産性は生産刺激さえあれば幾何級数的に上昇する可能性があるのだ。そしてその可能性こそが農村の貧困をもたらしているのだ。

農村が苦慮しているのは干ばつよりも雑草であり、漁民が苦慮しているのは乱獲ではなく海水の富栄養化である。

藍藻なくして動物なし


前の記事で、(真核化とミトコンドリア取り込みの順は逆かもしれない)と書いたが、よく考えてみると逆だろう。

真核細胞したからこそ、安んじてミトコンドリアも葉緑体も迎え入れることができたのだろう。

そうでなければ、これらは異物として排撃されるか消化されるかしてしまっただろう。

生化学で見ればたしかにいろいろな代謝経路はあるだろうが、マクロに見れば細胞というのは外部のものを取り込み、消化し、異化していくことで生命を保っているのだから、免疫もへったくれもない。

さびれた田舎の村が観光で村おこしして賑わいを取り戻そうとすれば、まずはそれなりの受け入れ体制を作らなければならない。

それにはまずインフラだ。宿泊施設を作って、街の人が不愉快な思いをしないように安全な居場所を確保しなくてはいけない。

それにはリゾチームが襲わないような居住地区を確保する。同時に細胞質内に浮遊していた原核を核膜で包んで、変な外人テロリストに襲われないようにしなければならない。

庇を貸して母屋を取られては元も子もない。日本の田舎の人はみんな気がいいから、東京資本に全部乗っ取られてしまった。


それではシアノバクテリアの場合、細胞内小器官のような隔壁なしにいかにして葉緑体との合体が可能だったのか、いろいろな説があるようだが、一言で言えば奇跡としか言いようがないのだ。

40億年の間にただ一度の奇跡が起こったのだ、としておこう。

それに比べれば、真核生物の場合、葉緑体の受け入れは法則的だ。おそらくはミトコンドリアを受け入れたのと同じ方法で葉緑体を受け入れたのであろう。とすればこの2つの他にもいろいろな機能を持つ生命体を受け容れた可能性はある。

進化した生命体の細胞には実にさまざまな細胞内小器官がある。それらの多くがフリーエージェントで入団してきたとしても不思議ではない。

そういう発展の仕方もあるのである。

やっていてふと思いついたのだが、ミトコンドリアの導入に基づくTCA回路の獲得は、古細菌のシアノバクテリアへの逆襲ではないかということだ。
その昔、35億年くらい前のこと、真正細菌と古細菌は覇権を争っていた。
ところがある日、真正細菌は光合成装置を獲得した。
光によって炭酸ガスから炭水化物の合成に成功し、これを解糖することでエネルギーを獲得するという代謝経路が出来上がった。炭酸ガスは当時地球に溢れかえっていたから、増殖の資源は無尽蔵だ。これで一気に生物界の覇権を握る。
これに対し、メタン菌などの嫌気性代謝を営む古細菌は数の上で劣勢に追い込まれる。さらに酸素を嫌う古細菌は増え続ける酸素の中でバッタバッタと討ち死にしていった。(酸素が毒だというのは経験上からも分かる。むかし植物状態で人工呼吸していたヒトの病理解剖を行ったとき、脳がどろどろに溶けていた)
もはやこれまでかと思われたとき、思いもかけぬ救いの手が差し伸べられる。それがミトコンドリアだ。酸素利用型燃焼装置はエムデン・マイヤーホフ型装置に比べ10倍以上の効率を持っている。
燃料となる酸素はシアノバクテリアがバンバン作ってくれる。かつて古細菌にとって毒ガスだった酸素が救いの神になる。
古細菌と真正細菌とのこの新たな関係は、ある意味でウィン・ウィンのところがある。シアノバクテリアはエネルギーの獲得にあたって酸素を消費し炭酸ガスを産生する。しかし代謝にあたっては嫌気性代謝(ピルビン酸生成の直前に多少の酸素を消費する)のままである。好気性代謝を営む古細菌の登場は、炭酸ガス→酸素という一方通行に陥っていた真正細菌にとっても歓迎するところであった。
かくして酸素対二酸化炭素の動的バランスが成立し、ミトコンドリアを獲得した古細菌は真核生物へとモデルチェンジし、動植物界の祖先となっていく。(真核化とミトコンドリア取り込みの順は逆かもしれない)
という筋書きは成り立たないだろうか。
ただし、その後真核生物の一部は光合成装置を体内に取り込み、みずから光合成を営むようになった。この結果、真性細菌は生物界の主役を奪われ、辺縁的・寄生的存在に貶められていくことになる。

本日はシアノバクテリア三昧

何かだんだん浮世離れしてくるなぁ

最初はKen Kanazawa さんの「アメリカ大自然」というページ。シアノバクテリアの本質をものすごく的確にとらえていて、短いけれども大変わかりやすい説明である。

シアノバクテリアの生態

シアノバクテリアは、藍藻の仲間で国立公園に数多く存在する。プランクトンとして、バイオマットをつくって、比較的身近に見られる生物。

スライム状になって砂の表面に付き、バイオマットを形成する。水流で簡単に吹き飛ばせますがすぐ元の位置に現れる。

藍藻というから藍色かと思うが、見かけは赤茶色である。

植物プランクトンで、窒素、光、リンが栄養源ですが、鉄イオンが多いと大繁殖する。

シアノバクテリアのえらいところ

シアノバクテリアは細胞核を持たない植物で、地球の歴史上、光合成による酸素を生産した最初の生物である。

真核細胞の出現までの15~20億年間、酸素を生み出し、地球表層を酸化し、現在も生きているのです。シアノバクテリアが居なかったら、今の我々人類は存在して居ない。

シアノバクテリアとストロマトライト

シアノバクテリアが作るバイオマットに細粒の石灰質の粒子がとらえられ、マットの部分が層状に積み重なってできたのがストロマトライトです。

約35億年前の地層に初めてあらわれ、その後さまざまな時代の地層から見つかっています。

生物の化石では無いが、生物がつくった構造という点で、化石の一種(生痕化石)として扱われます。

というわけで、ついでに写真も拝借する。ユタ州の砂漠で見つけたものらしい。サボテンの周りのモコモコとしたのがシアノバクテリア。全体としての印象は茶褐色だが、よく見るとわずかに緑がかっているみたいだ。


次は千葉大理学部の竹内教室のサイト。雪氷生物の研究に特化した奇特なグループだ。その中の「シアノバクテリア」というページ。

シアノバクテリアは,昔は「藍藻」とよばれ,藍色をした藻のなかまです.普通に池や水たまりなどにみられる微生物です.どこにでもいるこのシアノバクテリア,しかしその正体はとても不思議な生物です.

シアノバクテリアは藻類の仲間といわれてきましたが,今では真核生物の他の藻類とは違うということがわかりました。

シアノバクテリアの本態は細胞内に核がない原核生物、すなわち細菌(バクテリア)です.

バクテリアの仲間といっても,他のバクテリアとちがって葉緑素(クロロフィル)をもち光合成をすることができます.

シアノバクテリアは,数十億年前から浅瀬に珊瑚礁のようなコロニーをつくり,大繁殖していました.それがストロマトライトとよばれる化石によって確かめられています.

シアノバクテリアは光合成によって少しずつ酸素を大気に排出し,現在の大気を作り上げました.

これもわかりやすく中身の詰まった名文だ。

次の文章も面白い。

以前、火星から飛んできた隕石の中にシアノバクテリアの化石のような構造がみつかりました.残念ながら,現在はそれはシアノバクテリアではなく物理的作用でできたものとと考えられています.

ということで、これも古生物スキャンダルの一幕。


次はYahoo知恵袋から

「海水水槽のシノアバクテリアについて」の質問に対するuvcoralさんの回答。

シアノバクテリアはとても原始的な生物で、細かな種類は違えど、どんな水槽にも必ずいます。

シアノが大繁殖するスイッチですが、一番よくあるパターンは、水槽のリン酸カルシウムが急に増えた場合です。

リン酸はカルシウムと結合しやすく、水中のカルシウムと結合し底砂や濾材の奥に沈みます。

リン酸カルシウムの細かい粒子で、底砂や濾材の奥が詰まってきますと、嫌気性バクテリアが活動を始めます。

嫌気性バクテリアはリン酸カルシウムを分解して再びリン酸に戻すので、リン酸量が急増してしまい、シアノの大増殖に繋がります。

私の場合ですが、水流を強く当てたり、オキシドールで落としたりの対応をしていたのですが…オキシドールで落としても、数日で復活するしぶとさでした。

そこで、ZEObakというバクテリア剤を入れてみたところ、効きました(笑) 環境の改善が一番先で、それでも治まらない時に薬品やバクテリア剤…です。

ということで、かなりしぶといようである。そうでなければ30億年も生きのぶることはできないだろう。

本日は道立図書館に顔を出してきた。

むかしは図書館といえば高校生に占領されていて、自習室みたいな雰囲気だったが、最近は様相が異なっていて、濡れ落ち葉族のたまりみたいになっている。

午後からは客層が変わってくるのかもせいれないが、開館から数時間はジジイの天下だ。

開架の本棚はブックオフと代り映えしないような本が並んでいる。

それで今回の目的は古細菌とか共通祖先の話辺りだったが、得られた知識は多くない。

しかし、古生物研究の舞台裏はかなりわかった。

古細菌にせよ共通祖先にせよ、結局化石を見つけなければ実証はできない。

化石を見つけてそれが40億年前の生物だというためには、2つの条件がある。

まずそれが生物化石であることの証明だ。これがけっこうウソだったりする。ちょっと前に横行した旧石器遺物みたいなものだ。

そうすると「権威」だったり押しが強かったりする人間が横行することになる。「世紀のスキャンダル」みたいな事件が往々にして発生する。

そのたびに最初の生命の出現時期が数億年のレベルでさかのぼったり、繰り下がったりするのである。

もう一つの条件は、その「化石」が発見された地層が30億年とか40億年前の地層であることが確認されることである。

しかし45億年前に地球ができて、地殻が形成されるまでには5億年かかったと言われているから、その頃の地層などはおおかた溶け去るか侵食されるかして消滅している。

話によると、西オーストラリア、グリーンランドにかろうじて発見できるらしい。だから研究者は皆そこいらへんで石を叩いて古生物の痕跡を探し求めているのである。

したがって、結論はこういうことである。

研究者の仮説はそれなりに忖度した上で受け入れていくことになるが、ガチガチの生命はシアノバクテリアで十分であり、その起源も30億年を遡って議論する必要はないということだ。

もちろんメタン菌として、あるいは深海に現生する古細菌の素材は確認されており、それがシアノバクテリアよりはるか昔に細菌類と分岐していることは間違いないのだから、理論的にはそれより以前に共通祖先がいたことも確実と見て良いだろう。

しかし、我々が我々につながる生命の系統を探ろうという場合、実体的にはシアノバクテリア辺りから出発すれば十分なのである。

だから我々としてはシアノバクテリアとそのライバルたちをよく勉強し、そこで原始生命がこのレベルでいかなる水準に達していたかを確認できれば十分なのである。

ワタシが以前書いた記事で

がだいぶ読まれているようだ。
実は大した記事ではない。誰かのレポートをまとめただけのものだ。ただこの記事以外にも10本くらい記事を書いているので、書いた順にまとめて読んでいただけるとありがたい。最初の方とあとの方では認識レベルが違っているので、あとの記事のほうが正確だ。
言いたいのはFATCAとかCRSの具体的内容なのではなく、租税回避(BEPS)が諸国家の破壊行為であり、このまま進めば世界が崩壊しかねない危険な動きなのだということの認識だ。
そしてそれと対決していく決定的な方途としてはFATCAとかCRSの方向しかないということだ。FATCAは結局は米国本位のシステムであり、場合によっては悪用される危険すらある。しかしFATCAがCRSを産んだということは押さえておかなければならない。
一方でそのような経過も踏まえ、他方で依然として死んだわけではない「金融取引税」(トービン税)も踏まえつつ、グローバル社会の生き残りを目指すこの動きを重視していかなければならないと思う。
しかるに、日本国内では(少なくともネット社会レベルでは)、この動きを世界経済の重要な動きとして捉えようという動きはほとんど見られない。
英語でFATCAとかCRSを取り扱う文献が山ほど出現していることと考え合わせると、日本におけるこの無関心ぶりには唖然とする。
私ごとき素人が偉そうなことを言える立場にはないことは重々承知しているが、グーグル検索で私の書いた記事が上位に登場するような事態はできるだけ早く解消していただきたいものである。

なぜこんな原始生命体のところまで迷い込んだかというと、勢いというか、事のついでである。

シアノバクテリア(藍藻)を勉強した時点で、基本的に目標は達していた。

生物論をはじめたときに、最初から大独断をぶち上げた。

植物なくして動物なし

という「テーゼ」である。

つまりまずは自立栄養でやれる集団がたくさん発生して、そこから従属栄養の動物が発生してくるという発想である。

従属栄養生物である動物は、植物をもとめて移動しなければならないという宿命を背負って登場してくる。

だから動物は発生の当初から神経系と運動系の器官を持っていた。そして特定の器官というわけではないが、主体性というか自己責任をもとめられた。

ついで、動物の中にも食物連鎖が発生する。おそらくそれは縄張り争いが起源で、それが縦関係に変化発展したのだろうと思う。

いずれにしても弱肉強食関係が出現したわけで、そこを生き抜くために動物は第二段階の能力を身に着けなければならない。

それは自分より弱い相手を捕まえ食べる能力と、自分より強い相手から逃れる能力である。

かくして神経系と運動系は感覚系・反射系も具備する形で強化される。

ただこれらの個別的努力だけでは、所詮身を守ることはできない。ここで第三段階の能力が発現する。

これを一つのものにまとめることは難しいが、大型化、多産化、そして集団化である。大型化には多細胞化もふくまれるかもしれない。

これらの獲得された能力が動物の特定の種の発展や衰退を条件付けている。

こういう大枠の中で神経系の発達も捕らえていかなければならない。これが「植物なくして動物なし」というドグマの発展形である。

ずいぶん前書きが長くなってしまったが、そもそも植物の繁栄が動物の繁栄を準備したという歴史的事実がなければ、以上の話はただの大風呂敷である。

はたして生物界の歴史にそのような事実があったのかというと確たる証拠はない。

とすれば単細胞生物・細菌の世界までさかのぼってそのような事実は確認できないだろうかというのが、古生代前の勉強を始めたきっかけであった。

そしてそれはシアノバクテリアの発見で一つの落とし所となったと思える。

2つの事実がある。

一つは単細胞の細菌とはいえ、光合成装置を備え、「植物」的な働きをする生物だということである。

もう一つは30億年前以降、大繁殖を遂げて、地球上の酸素を一気に増やすほどの活躍を行ったことである。

だから「植物なくして動物なし」はこう言い換えたほうが良いのかもしれない。

藍藻なくして動物なし

共通祖先というのは、概念的には全生物の祖先ということであるが、実際には古細菌と真正細菌の共通祖先のことである。

最終普遍共通祖先(Last Universal Common Ancestor)と呼ばれることもある。日本ではコモノートと呼ぶグループもある。

古細菌が遺伝学的にジャンルとして確立したことから、「どこかでその根っこがつながっているだろう」というのは誰でも考えることであるが、方法が未確立であることから今のところは推論に止まっている。

ウィキによれば、共通祖先の特徴として研究者の間でコンセンサスとなっているのが以下の諸点である。

    好熱菌である

    ゲノムサイズは小さい

    遺伝子数は少ない

まぁ、雲をつかむような話である。

えらくあっさりとした結末になったが、共通祖先の話は終わり。

すみません。うろ覚えでやっているとボロが出そうなので、共通祖先に行く前に一度解糖系のおさらいをしておきます。

1.解糖系の定義

解糖系(Glycolysis): グルコースをピルビン酸(有機酸)に分解する過程。

ピルビン酸がATPになっていく過程(TCA回路)は、解糖系にはふくまれない。反応の場も異なっており、解糖が細胞質内で行われるのに対し、TCA回路はミトコンドリア内で営まれる。

ほとんど全ての生物が解糖系を持っており、もっとも原始的な代謝系とされている。TCA回路に比べATP産生効率は低いが、産生速度は100倍に達する。

このため激しい運動時にはTCA回路の処理能力を越えてピルビン酸が産生され、順番待ちになる。このピルビン酸は乳酸(還元型)として保存されることになる。

2.解糖系の経路

ほとんどがエムデン-マイヤーホフ(EM)経路であり、他は覚えなくてもよい。古細菌では不完全形が見られる。

10種類の酵素による10段階の化学変化の連鎖となっている。最終産物はピルビン酸となる。

この過程でグルコース1分子から4分子のATPが産生されるが、ADP2分子が消費されるため、差し引き2分子が獲得される。

古細菌でもほぼ同様の経路をとるが、一部バイパスされるらしい。

3.解糖の過程

A 準備期

10段階のうち最初の5段階が相当する。

グルコースはATP2分子の働きを受け、グリセルアルデヒド 3-リン酸へと変化する。

B 報酬期

後半の5段階ではグリセルアルデヒド 3-リン酸がピルビン酸へと変化していく過程であり、その中で4分子のATPが放出される。

NADの話は面倒なのでパス。(TCA回路では必須)

C 発酵

発生学的にはもともと嫌気性解糖であり、発酵と同じ原理である。

産生されたピルビン酸は乳酸デヒドロゲナーゼ(LDH)により乳酸となり、アルコールデヒドロゲナーゼによりアルコールとなる。

シアノバクテリアから一気に原始生命体へと行ったのは、ゲノム話のややこしいところをバイパスできたという意味では良かったが、結局は共通祖先と原始生命体という2つの概念の絡み合いについて混迷を深めるという点では同じだ。

ここで、原始生命体の概念を一度保留した上で、古細菌と共通祖先の話に戻らなければならない。

まずは古細菌(archaea)から

名前について

ウィキの図を転載させてもらう。

膜につつまれた細胞小器官は存在せず、内容物は混ざっている。細胞質を細胞膜がつつみ、その外側を細胞壁が覆う。

見たところは細菌だが、rRNAの進化的な特徴は細菌とはまったく異なるのだそうだ。そこで最近では古細菌とは呼ばずに原語を音読みしたアーキアと呼ぶようになっているそうだ。

遺伝的には細菌よりは我々真核生物の方に近いということが分かる。意外である。人を見た目で判断してはならないという好例であろう。

名前のいわれであるが、アーキアというのは彫刻の世界で言われる「アーカイック・スマイル」と同じで、古いという意味のギリシャ語である。Archaebacteria(古細菌)の前だけをとったものだ。

アーカイックというと今はもう絶滅した種族のように聞こえるが、今も立派に生物界の一角を占めている。

ドブの中からメタンガスがぷくぷくと湧いてくるのはメタン菌のためだが、このメタン菌も古細菌に属する。「おなら」も腸内古細菌が産生している。(メタノブレヴィ・バクテル)

海洋においては、微生物の約20%を古細菌が占めるという。

他の生物の住まないような過酷な環境に生きていることが多いが、追いやられてそこに行ったのか、地球の過酷な始原環境の中で生まれ、そこに残ったのかは分からない。

遺伝子解析について

ヒトY染色体をねちっこく勉強してきたワタシにとって、rRNAの塩基配列を唯一の基準とする系統図は割りと馴染み深い。

いまではrRNAのみならず全ゲノムの解読も行われている。ウィキによれば

代謝系の遺伝子は真正細菌にやや類似、転写・複製・翻訳に関連する遺伝子は真核生物に類似するが、半分以上の遺伝子はどちらにも見つからない新規の遺伝子であった。

代謝経路について

一言で言えば、不完全なエムデン・マイヤーホフ型の解糖過程を取るものが多い。

正直のところ、ウィキペディアの記事はかなり読みにくく、とりあえずこのくらいにしておく。(このくらい真面目に読む素人もあまりいないだろう)

それにしてもオパーリンとは懐かしい名前だ。北大薬学部の石本真さんが翻訳したのだ。石本さんの講義をひたすらありがたく聞いた覚えはあるが、「コアセルベート」という言葉を除いて中身はさっぱり覚えていない。

あの頃は、「社会主義」の優越性を示す科学が大々的に宣伝されていた。医学部にも「ソ医研」というサークルがあって、西洋医学とは異なる医学のあり方が語られていた。

朝鮮人民民主主義共和国のキムボンハン先生の血管系、神経系に次ぐ第三の「経絡系」説も、「これがツボだ」という不鮮明な光顕写真を見ながら、かしこまって拝聴したものだ。

武谷・坂田の三段階論、パブロフ・ミチューリン・ルイセンコの心理学…それらが毛沢東の矛盾論とごたまぜになって語られた。そういう時代があった。一体あれは何だったのだろう。

 

1.原始生命体(Protobiont)の規定

最初の生命は原始生命体(Protobiont)と呼ばれる。遺伝子的さかのぼると古細菌および真正細菌の共通祖先が最初の生命となるが、それ以前にも生命体が存在した可能性があり、これをふくめて原始生命体の名で一括する。

生命体の基準は、①代謝系を有する。②細胞という形状を有する。③自己複製が可能である。という三条件である。

ただしこれは「完全な生命体」の三条件であり、3つを満たさない「不完全な生命体」も存在しうる。(例えばウィルス)

そうすると①代謝系を有する。というのが不完全であろうと生きている最低限の証かもしれない。

人間で言えば「息をしている」ことが、生きていることの最低の証であるようなものであろう。

2.原始生命体(Protobiont)の代謝

代謝系は古い順に次のような順序で積み重なっていると考えられる。

①発酵: 解糖系を含めた最もコンパクトな代謝系、成立年代も早いと考えられる

②嫌気呼吸: 酸素呼吸の祖先型であるとされている

③酸素呼吸: 光合成よりも古い時代に成立(35億年前に成立していたと考えられる)

④光合成: 約27億年前に成立

ということで、当然ながら原始生命体における代謝の基本は解糖である。解糖の基本はエムデン・マイヤーホフ回路で、ATPの産生であるが、これには異型もあるようである。

3.原始生命体(Protobiont)の栄養

おそらく「生命とは隊白質の存在のあり方だ」というエンゲルスのドグマの一番の弱点はここにある。

たしかに解糖系のキーロールを握っているのは酵素でありまさに蛋白という形で生命は存在している。

しかしこの酵素を回してやるには外からエネルギーを取り込んでそれを酵素が働きやすい形で解糖経路に突っ込んでやらなければならない。

蒸気機関には釜炊きが必要なのである。そしてこの釜炊きこそが生命なのである。

この釜炊きプロメテウスは、おそらくは海底に噴出する熱水からエネルギーをもってくる。そしてリン酸化回路に火をくべるのである。

初期の酵素は相当熱効率が悪かったろうから、数百度の熱水のエネルギーなしでは回らなかったろう。

命をかけた釜炊きプロメテウスの行動があって初めて生命の維持が可能だったのではないか。

オパーリンは、おそらくはエンゲルスの影響を受けて、蛋白始原説に立っていたと思われる。彼は「最初の生命は原始海洋中に既に存在していた有機物を代謝する従属栄養を営んでいた」とする。

原始海洋中に既にアミノ酸をふくむ有機物が存在していたことは事実である。だから構造的観点からはオパーリンの仮説は成立しうる。

しかし肝心なことは「構造」ではなくそれを動かす動力である。

年表を作っていて、どうもシアノバクテリアに関する記載がまちまちなのに困ってしまう。

とりあえず太古代の年表は置いておいて、シアノバクテリアの勉強に移る。

1.なぜ、細菌が藻なのか

シアノバクテリアでグーグル検索すると、「藍藻」が引っかかってくる。

藍藻(blue-green algae)は、藍色細菌(cyanobacteria)の旧名である。

と出てくる。のっけからややこしい。

ふつう「藻」と言えば目に見える草みたいなものだ。目に見えるから色の名前で呼ばれるわけで、細菌ではない。

こちらは細菌としてのシアノバクテリアを調べたいのだがどうなっているのだろう。説明を見ると、細菌は細菌なのだが、少数細胞の集団を作るもの、糸状に細胞が並んだ構造を持つものなどがあって、それが藻のように見えるらしい。

したがって藍藻と言っても藻ではないということになる。

2.どんな細菌なのか

どんな細菌と一口に言えない。地球とほぼ同じ寿命を持つ生物であるから、さまざまな変種がある。

発生学的に見ると、まずは単細胞から出発し、後から糸状体としてつながるようになったらしい。

一番原始的なものでは細胞内にチラコイド(葉緑体)が存在しない。もう少し進化したものでは、窒素固定を行うようになり、さらに多糖類を分泌するものも現れる。

多糖類が増えてくれば糸状体を形成するようになる。さらに糸状体の中で任務分担も生じるようになる。

地上で暮らす種類もあるようで、乾燥耐性が強く、何十年も乾燥状態で休眠できる。

温泉には、70度でも増殖できる好熱性の種が生息している。これが先祖なのだろうか。

3.たった一度の合体体験

地球の歴史の中で細胞と葉緑体が合体したのは、シアノバクテリアでの体験がたった一度きりだということだ。そしてたった一度合体したシアノバクテリアがすべての植物の先祖となったということだ。

この合体の仕方であるが、完成した葉緑体と完成した細菌が正常位で合体したわけではないようだ。

ウィキによると

藍色細菌の2種の光化学系は、2種類の酸素非発生型光合成細菌の融合(もしくは遺伝子の水平移動)によって生じた

とされる。

どういうことかというと、シアノバクテリアの祖先の光合成装置に二種類あって、ひとつは「光化学系Ⅰ」に似た構造をしていて、もう一つは「光化学系Ⅱ」に似た構造をしていて、これが合体したということだ。

葉緑体の構造については以前勉強したことがあって、うっすらと憶えている。

「光化学系Ⅰ」というのは光を感受してそれを電位に変える「明反応」装置で、「光化学系Ⅱ」というのはその活動電位で加水分解して酸素とATPを生成する「暗反応」装置みたいな感じだったかな。

それで、明反応系の方は「鉄硫黄クラスター型」と言い、暗反応系の方は「キノン型」と言う。

紅色光合成細菌は、発生史的にシアノバクテリアに先行していたとみられる。光合成を行っているのに酸素を発生しないのは、電子獲得の材料に水を使わないからである。 (2015年05月16日 より)

肝心なのは「鉄硫黄クラスター型」細菌と「キノン型」細菌はそもそも別系統のものだということだ。

だから葉緑体の合体には二つの偶然が関わっていることになる。まず二つのタイプの細菌が合体する。次いで二つの装置が合体して葉緑体を作るという経過だ。

シモネタ話になるが、男と女が「合体」する。正常位かどうかはどうでも良い。そうして射精すると、精子が泳いで行って卵子と合体する。と考えると分かりやすい(かな?)。

だから説明は(もしくは)ではなく、(そして、遺伝子の水平移動)と書くべきだろうと思う。

4.シアノバクテリアはいつ発生したのか

上の話は大変良くできた話だが、しばらくすると「あれれ?」と思わせるところがたくさん出てくる。

プレ・シアノの細菌は基本的にはシアノと同じで、葉緑体があるかどうかの違いだけだ。葉緑体がなくても「鉄硫黄クラスター型」装置や「キノン型」装置でそれなりのなりわいを立てている。

だから酸素発生はしないが光合成を行う菌や、何をエネルギーにしているかは分からないが酸素とATPを産生する機能を持つ菌がいるということだ。

その辺をどう分別するのかがよく分からない。

それがシアノバクテリアの発生時期をめぐり記載が混乱している原因だろう。

ウィキではこう書いている。

しばらく前には、35億年前の化石とされるものが藍色細菌に似ていることから最古の光合成生物といわれたこともあったが、現在ではこれは認められていない。

これは当たり前の話で、葉緑体をもっているかどうかを別にすれば、そもそも同じ細菌なのだ。「妊婦は人にあらず」と言うに同じだ。

シアノバクテリアの存在を実証するには、その頃の化石を調べる以外にない。その化石がストロマトライトというものだ。西オーストラリアなどに露頭していると言う。

そこでの確かなシアノバクテリアの化石は27億年前のものだそうだ。だからこれからは27億年で統一していくことにする。

あとの面倒な話は省略する。

葉緑体については以下をご参照ください

2015年05月16日

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