以前、パタゴニアで風力発電をやって、それを水素にして日本に運ぶというプロジェクトを紹介した。
このプロジェクトは軍事産業の代表である三菱重工のものだったから、紹介をためらったが、あまりにも気宇壮大で痛快だったので度肝を抜かれた。
このプロジェクトの発案者が勝呂幸男さんという方で、三菱の社員であるとともに、日本風力エネルギー協会の会長も務めている。元々はタービン屋さんのようだ。
その後、石油もガスも安くなり、電力各社が原発に執念を燃やし続けるため、話題にはなりにくくなった。しかしいつも心の片隅には残っている。
風力が話題に上らなくなったのは外的環境のせいだけではない。日本での風力発電が極めて多くの問題を抱えているためだ。この点についても以前書いた。「日本では風力はお呼びではない」とまで書いた。
そんなとき、勝呂さんの文章が目に止まった。題名は「風車導入拡大へ向けて課題を克服しよう」というもの。
ある意味では、執念の一文だ。
勝呂さんによれば、風力発電の課題は風車の信頼性に尽きる。
まず風車の信頼性に関わる事件がいくつか紹介される。
1.カリフォルニア風車ブームの挫折
かつてPURPA法を適用した風車が所謂カリフォルニア風車ブームを起こした。しかし運転後に多くの故障が発生し評価は失墜した。故障の原因は、つきるところ風力変化の評価が不十分だったためだ。
2.国際電機会議(IEC)の技術標準
カリフォルニアの総括の中から標準設計基準が提唱され、これがIEC技術標準として固められた。
3.宮古島の風車倒壊
日本では宮古島に立てた風力発電の風車が転倒した事件が衝撃を与えた。
宮古島は80m/secの強風番付一位の実績があり、IEC標準からは到底,標準風車を設置出来ない所である。
なのに建ててしまったという問題がひとつ。そして建てられた風車の最大耐強風設計が60m/secだったということ。
つまり建ててはいけないところに、建ててはいけないものを建ててしまったということである。
4.「日本製だから安全」と言われるように
勝呂さんは、「この話がわが国の風車導入の実際を象徴的に表している」と嘆く。このような気象条件に対する無理解ばかりではなく、落雷への配慮もなされていない。
そもそもIEC標準の基礎データとなっているのはヨーロッパのもので、後から米国のデータも取り入られたが、日本やアジアのデータは反映されていない。
個別の気象条件に合わせた日本発の建築基準を作り上げることが、今後の課題だ。
とまぁ、こんな具合だ。
厳しい言い方をすれば、これまでの日本の風力発電はなんのデータもなしに、外国仕様の風車を建てているだけだ、ということになる。
つまり、「これからは基準を作ってやっていきましょう」ということだ。会長さんがそう言っているのだから間違いない。
そこには相次ぐ風車事故への深刻な反省は見られない。「とんでもないことをしてしまった。二度とこのような間違いを繰り返さないためにどうしたら良いのだろう」という発想が窺われない。
どうも勝呂さんという人、攻めのタイプのようだ。
勝呂さんの専門であるタービン・ボイラー技術の歴史というのは、安全性構築の歴史と言ってもよい。ものすごい威力はもっているが、そのぶん危険性も高く、それがネックとなって伸び悩んだ時期がある。産業革命の頃だ。それが内燃機関として発展するのは、まさに安全性問題が解決したからだ。ソロバン勘定はその後だ。パタゴニアの風力発電も、足元の安全が確保されなければ夢物語だ。
三菱といえばゼロ戦を作った会社。世界トップの性能を誇ったが、それは防御や安全性、居住性などを一切無視したものでもあった。軍事産業を主軸に成長したこの会社には、伝統的に安全軽視の風潮があるのかもしれない。
いずれにせよ日本では当分、安全性を最重要課題とする技術構築という視点は生まれそうにない。日本の気象条件に合わせた、安全で安定した風力発電は期待できないということだ。