鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

2015年06月

日銀調査月報 1965年(昭和40年)8月号

アジア開発銀行設立の意義と問題点[PDF 843KB]


アジア開銀の設立は、本年末には最終結論をうる見通しである。

内容としては

1.資本金は10億ドル、うち域内6億ドル、域外4億ドルとし、広く欧米先進国などからの資金導入を図る。

2.本銀行の役割は域外から追加資金を導入し、世銀・第二世銀など既存金融機関の活動を補完しつつ、各種プロジェクトへの信用供与を行うことである。また各国の開発計画の調整、計画策定に関する技術協力も行う。

3.総裁はアジア人の中から選出する。

というのが柱。

この銀行はアジア人による銀行というアジア的性格と、先進国の発言権を確保するという国際的性格を併せ持つ。

このため、アジアの一員であると同時に域内唯一の先進工業国である我が国の役割発揮がもとめられる。

とここまでが「はしがき」

ついで背景説明に入る。

アジアにおける経済停滞の背景としては、多くの国が人口圧力と貧困という差し迫った問題に直面しながら、政情不安、軍事的緊張の激化から、乏しい資源のあまりにも多くを軍事目的に費消し、その結果、各国の資本不足がさらに拍車されていることによる。

1.エカフェ事務局の試算でアジア諸国では年間6~10億ドルの資金が不足している。政治・経済情勢の不安定が民間投資を抑制している。援助供与国が支援を政治的に利用することから不安定となっている。

2.先進国では戦後20年にいたり、生産過剰傾向が顕現化しつつある。今後の経済成長のためには、低開発国を含めた世界貿易の拡大が不可欠だ。

3.米国はベトナムを中心とするアジア情勢の緊迫化のなかで、民政安定と経済開発に積極的となっている。

ということで、いま考えれば相当あけすけにアジア開銀の目的を語っている。

次に、アジア開銀の目論見として、

1.開発銀行は長期安定外資を導入するチャンネルであり、域内各国における海外逃避資金を動員する呼び水となる。

2.アジアは世銀に好かれていないので、独自に資金調達するチャンネルを作る。(米州開銀が最初、ついでアフリカ開銀だった。アジアはもっとも政治的に不安定な地域だった)

3.開銀を作れば域内のいがみ合いも減るのではないか。

4.アジアの開発に必要なのは、資金もさることながら開発のノウハウではないか。

次に業務(とくに銀行業務)の内容について述べられる。

銀行業務は通常業務と特別業務に分けられる。両者は峻別される。

通常業務は健全経営主義の原則に基づき、元利支払い能力ありと認められるプロジェクトに限り融資される。

特別業務は特別基金と信託基金などに基づいて行われ、銀行の独自調査と判断に基づき、低利かつ長期の条件を出す。

ついでながら、

日銀のこのレポートを読むと、日本はさほど乗り気ではなかったことが感じられる。

韓国との国交回復は成ったものの、依然東南アジアなどの警戒心は強く、日本も米国との関係強化に専心しており、対アジア関係の煩わしさに巻き込まれたくないとの思いが見て取れる。

インドネシアのスカルノもアメリカ主導のアジア開銀への警戒心は強く、設立への動きをリードしていたのはむしろタイ、フィリピンなどだった。

このような動きを背景にして発足したアジア開銀は、冷戦終結とアジアの経済発展という一大変化を経て今でも有効性を発揮しているのだろうか。その辺に一定の疑問が抱かれるのは当然であろう。

その辺りに論及したのが下記の論文

アジア地域主義における「アジア的性格」の考察
―アジア開発銀行(ADB)の創設過程を中心に―

アジアインフラ投資銀行(以下AIIB)の評価は、相当じっくり考えなくてはいけない。AIIBの設立自体は決して悪いものではないし、IMF・世銀、アジア開発銀行の大国支配に風穴を開けるという政治的観点からも積極的に評価すべきだと思う。

ただその意義と限界についても冷静に見ておかなくてはならないと思う。

というわけで、AIIBの検討に入る前に、まずは総論のおさらい。

1.積極的な資金導入と安定的な通貨管理は表裏一体

97年の通貨危機を見ても、積極的な資金導入と安定的な通貨管理は表裏一体の関係にある。

実はもうひとつ、雇用の安定の問題があるのだが、これについては指摘するに留める。

2.導入する側と投資する側の論理

導入する側から見れば、国際投資は開発と発展のためにあるのだが、投資する側から見れば、その目的は利益の極大化にある。より率直に言えば、利潤一般ではなく超過利潤に目的がある。

これが国家間、あるいは国際機関との関係であれば、それなりの秩序は望める。しかし資本の完全な自由化のもとで投機資本までふくむ民間資本が自由に出入りすれば、資本の論理がむき出しになることは明らかだ。

3.カントリーリスクと担保

これを金融面で見た場合、投資する側は担保をもとめる。産業資本家であれば、投資のリスクは自らが全面的に負うことになるが、機関投資家は担保なしに貸し出すことはありえない。

担保となるのは国家財政の安定であり、通貨(金利)政策の着実さである。この他にも政治・労働環境の安定がもとめられるだろうが、ここでは省略する。それらの総合指標が通貨への格付けとして示される。

4.担保にこだわれば取引は成立しない

こうして貸す方も借りる方も担保能力に従ってやりとりすれば何の問題もない。ただあまりにも担保能力が低ければ、実際の投資はストップしてしまう。

そこで国際金融機関が信用を供与することによって、下駄を履かせることになる。これは政府間のODAとか借款に比べれば現ナマとしての有難味は薄いが、有効活用できる借金である。

5.資本自由化時代の国際投資

ところが、資本の自由化という局面に入ると話はガラッと変わってくる。

政府と民間に話は分断され、民間レベルでは無制限に資金が流入してくる可能性がある。そして実際に流入した。

どうなるか、まずは政府による流通資金量の調整ができなくなる。その結果バブル経済となる。資金にはレバレッジがかけられ、通貨発行量の数倍もの信用が生み出される。

6.経済発展と貿易赤字

第二に貿易赤字の拡大である。経済が発展するあいだ中、設備投資は増え続け、そのほとんどは輸入によって賄われるからである。これを資本収支の黒字が支える。

政府は歳入を増し、それをせっせとインフラ整備にあてる。外貨準備の積み増しをおこなう余裕はない。かくして身の丈の大きさと担保能力の間に格差が広がり、通貨は不安定なものとなる。

7.通貨危機と信用収縮

この2つが、限界に達したとき通貨危機が現れる。

外貨は羽が生えたように逃避する。膨らんだ信用には一気にデレバレッジがかかる。

あとに残るものは政府・民間の莫大な債務、失業者の群れ、通貨の暴落とハイパーインフレということになる。

もちろん景気循環の局面としてもこのような時期は出現するのであるが、問題は政府に対処すべき手段がまったく残っていないことである。

8.近代化、可視化、資本規制の3点セット

以上の点から、途上国に必要な援助の内容は明らかである。国家間の経済協力を柱とし、開銀がよりその枠割を高めて集中投資を可能にし、国家機能を損なうことなく経済発展が可能なようにすることが肝心なのである。

もちろん民間投資は重視しなければならない。それは本来足早なものではあるが、国家の富の再配分機構が良いものであれば、それはインフラにも回るし、内需の足腰を鍛えるのにも役立つ。

しかしそれは同時にバランス良く遂行されなければならないのである。そしてそれまでの間、行政システムの近代化、政治の可視化、なにがしかの資本規制は必ず必要なのである。

前の記事は相当修正しなければならないようだ。
演説そのものがYouTubeで閲覧できる。
もっと長い。赤旗の記者がそれを編集している。詩のような文章は福田さんと赤旗記者の合作だ。意味がちょっとわかりにくかったり、話が飛ぶところは、赤旗記者が端折っているところだ。
スで話しているわけではない。左手でマイクを持って右手のスマートフォンを見ながらしゃべっている。しかしスマートフォンはちらっと見るくらいで、語り口はその場のものだ。
福田さん

しゃべり歴は結構長い。和光大学の2年生の頃からこういうシーンには慣れているようだ。
ジャラジャラとした首飾りは、いまや一種の営業スタイルになっている。しゃべりの中身も、その間同じような感じでやっているようだ。だから洗練されて磨き上げられて、あのような語り口になっているのだ。
むかし高崎裕子さんの演説を聞いて、ハンカチを目に当てながら、おばさんが言ったものだ。「何度聞いてもいいねぇ。“強いものに味方はいらない。弱いものにこそ味方が必要だ”というところで泣けてしまうの」
私たちは福田さんを「現代の吟遊詩人」と見るべきなのだろう。
演説の実況はYouTubeで見てください。
ちょっと聞き取りにくいので、書き起こしした文章も読んでください。ほんとうの詩というもののがどうやって作られていくのか、という過程もよくわかります。
この記事を書いていて、わたしはチリ学生運動のヒロイン、カミラ・バジェホを思い出しました。ついに日本にもそういう時代、待ちに待った、そういう時代が来たのだな、と感じ入っております。

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土曜日に渋谷で若者の集会があった。
そこで福田和香子さんという大学4年生のスピーチがすごくいい。
相当練り上げた文章かと思ったら、写真ではスでしゃべっている。
まずは言葉を紹介しよう。

先週の金曜日、
毎週行われている抗議行動の様子がテレビで報道されました。
それに対して、
インターネット上で罵詈雑言を投げかける人たちを尻目に、
私は、
きょうここに立つことに決めました。
私は本気だからです。

私や私の仲間が、
この場所にこうやって立つことでどれだけのリスクを背負っているか、
想像に難くないはずです。
それでも、
私が背負い込むリスクよりも、
現政権に身を委ねた結果訪れる未来のほうが、
よっぽど恐ろしく思えるのです。

もう人ごとではありません。
すべての国民が当事者です。

想像力を捨て、目先の利益にとらわれ、
独裁的な指導者に首をつながれた、
そんな奴隷になりたいですか。

私はいま、
自分が持つすべての可能性にかけて、
この法案と、
そして安倍政権を、
権力の座から引きずり下ろします。

そうすることでしか、
受け入れるにふさわしい未来が
やってこないからです。

1%でも
可能性が残っているのなら、
私は声をあげることを止めません。

どうです。立派な詩でしょう。題は「私は本気だからです」にしたいな。
ついでに写真も載せちゃおう。
ギョギョギョっていうか、ジェジェジェというか、おまかせします。

詩人

バンドン声明60年 東アジアへの歴史的視座

キーワードは「独立ほど尊いものはない」というホーチミンの言葉である。それは、人民はまず独立(自決)を勝ち取らなければならない、そして同時に平和を追求しなければならないということである。

つまり、諸民族の自決への尊重を基礎にして、平和・友好・連帯があり、その上に発展が築かれるという関係である。

Ⅰ 70年前(1945年) 日本帝国主義の崩壊と旧植民地主義者の復活

A) 反植民地主義闘争の初期を担ったのは左翼・急進勢力だった。彼らは独立を実現するために武装闘争をも辞さず闘った。中国、ベトナム、インドネシアでは勝利したが、多くは敗北した。

B) これに代わり、さまざまな色合いの中道勢力が、旧植民地勢力と妥協しながら独立を達成した。いくつかの国では、帝国主義に忠実な傀儡勢力が実権を握り続けた。

Ⅱ 60年前(1955年) 独立と平和での一致

A) 左翼・急進勢力と中道勢力は、内政での立場は異なるものの、民族自決の尊重と平和的な共存という点で一致した。これはこの年に結成された日本AALAの基本理念でもある。

B) しかしこの共同は、主要にはアメリカ帝国主義の干渉、副次的には東西冷戦という国際的枠組みの中で引き裂かれる。

Ⅲ 50年前(1965年) ニセの対立構図

A) 前年8月のトンキン湾事件により、ベトナムとアメリカ帝国主義の直接対決が始まった。この時、ベトナム連帯を掲げて北海道AALAが誕生した。

65年9月には中道派の旗頭インドネシアでクーデターが発生し、「親米か反米か」という無意味な対立構図が支配する下で、東アジアは敵と味方に分かれて闘うことになった。

B) 左翼勢力にも深刻な分裂がもたらされた。毛沢東は65年に文化大革命を開始し、法治主義を破壊し、国内外の左翼勢力を切り裂き、最後にニクソンと握手した。

C) おなじ1965年に日本は日韓条約を結び、これを機に、東アジアへの進出を開始した。特筆すべきは、アメリカ支援という重大な問題を抱えていたにせよ、それが憲法9条を遵守する平和的進出だったことである。

Ⅳ 40年前(1975年) 独立と平和に向けた再アプローチ

A) 75年の4月、ベトナムは最終的に勝利を実現した。それによって「ニセの対立構図」が解けたわけではないが、「ニセの対立」への深刻な反省は生まれた。

B) 平和が何よりも尊重された。軍事同盟であるSEATOは崩壊し、ASEANは平和を目指す非軍事的な機構として再発足した。

C) その後も10年にわたり、カンボジアなどで大規模な余震が続いた。東南アジアは明確な展望を示し得ないままに経過した。

Ⅴ 30年前(1985年) 平和と経済発展の道

A) ここには目立ったマイルストーンはない。軍事的に見ればカンボジアのポルポト政権への最終的決別である。それは対決オプションの最終的放棄である。89年のベトナム軍の撤退がピリオドと思われる。

B) 政治的に見れば、民主化の進行とアメリカ傀儡政権の後退である。フィリピンと韓国で独裁政権が打倒された。東南アジアのすべての国から米軍基地がなくなった。

C) 経済的には日本の企業進出による輸出立国型の経済体制の確立である。日本は第二次オイルショック後の不況をアメリカへの集中豪雨型輸出で切り抜けようとし、それは激しい経済摩擦を産んだ。

日本は東南アジアに工場を立て、アメリカへのいわゆる「迂回輸出」を促進した。それが「東南アジアの奇跡」と呼ばれるようになる。

D) それは政治的自由と平和的発展の道を後押しした。同時にそれはグローバル・スタンダードを不可避なものとし、国内の貧富の差の拡大をもたらした。

Ⅵ 20年前(1995年) 左翼と中道の再合流

A) 95年にベトナムがASEANに加盟した。

それは「独立と平和」を貫くための左翼と中道の共同というバンドン声明の再現とも言える。しかし一般的な友好ではなく、協力と協同に踏み込む前向きな関係である。この紐帯は97年の東アジア通貨危機を通じて強固なものとなった。

B) アメリカはこの歴史的な流れを妨害しようとし、さまざまな策謀を仕掛けている。たとえばAPECであり、たとえばTTPである。中国も南沙諸島で強権を行使する一方、アジアインフラ投資銀行(AIIB)で揺さぶりをかけている。

C) こうした中で、独立と平和に加え、連帯と発展が東南アジア諸国の合言葉となっている。さらにそれは平和の枠組みとして北東アジアにも影響を及ぼそうとしている。バンドン声明は、さらに進化した形でよみがえり、いまやアジアの進むべき「総路線」として生命力を発揮している。


これが第二次大戦後70年の東南アジアのたどった道筋である。

このページで、私の疑問を解決してもらいました。

生物史から、自然の摂理を読み解く というブログの 動物の陸上進出 という記事です。

大変わかり易い記事なので、直接ご覧になってください。

疑問が解決したというのは、「陸上進出」という文章の本筋ではありません。

1.節足動物は昆虫プラスアルファと思っていたが、海中にもたくさんいてそれなりに繁栄したということ。

2.海中の節足動物から脊索動物が進化したというのは大いに有り得るということ。

3.陸上に出たのは海中の生活が困難なためではなく、陸上でも暮らせるようになったため。

4.海中にとどまったものにも大いなる発展の道が開けていた。

5.呼吸様式の違いはさしたる問題ではなく、既存の呼吸器がそのまま使用可能であった。(この点については、飲み込めないものがあるが)

水の中にいる間は、酸素を含んだ水を気門から取り入れることで呼吸をしていました。陸上に出ても、水を取り込むか、空気をそのまま取り込むかの違いがあるだけでその仕組みは、ほぼそのまま用いることができました。

しかし、いま呼吸システムの進化にまで顔を突っ込む気力はない。

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余談だが、死の恐怖というのは天地の別が分からなくなった時に生じる。当別に勤務していたとき、夜車で帰る途中に猛烈な地吹雪に巻き込まれた。最初、それは白い壁だった。壁というのは天地はある。は脇に落ちないように走っていたが、そのうち天地の感覚がなくなってしまった。

雪も雨も基本的には上から下に降る。しかし地吹雪というのは下から上に流れていく。だから雪を見ていると沈み込んでいくような感覚に襲われる。地上感覚が喪失してしまうのである。これは怖かった。

もう一つ、これは静岡での子供時代だが、台風の後の大波に波乗りしようと泳ぎ出た。引き潮に乗ってうまく波をくぐって沖に出た。さてと波を待っているのだが、うまく乗れないでいるうちにどんどん沖に流されていく。これで少し焦った。

波頭の近くで泳ぎだしたのでは乗り切れない。もっと前のところで体を投げ出さないと分かり、これは当然波が最後に砕けるときには巻き込まれる危険が強いのだが、今や他に選択肢はない。

ということで乗った。素晴らしいスピードで、どんどん陸が近づいてくる。助かったと思った瞬間、波頭が砕けた。突然、体が海底へと引きずり込まれる。それからきりもみ状態だ。この時も天地感覚が完全になくなって、ひたすら奥へ奥へと一直線に引っ張られていくような感じになる。

おもいっきり海水を飲んだが、どういうことか体に砂地を感じた。見上げると空が見えた。そして立てた。そして次の波が体を砂浜へと押し流した。

再チャレンジはさすがに遠慮した。それ以来、波乗りはしないことにしている。

脊索が先か神経管が先か

初歩的な疑問だが生物の分類はまず背骨のあるなしで分けられる。さらに無脊椎動物の中でも脊索があるものを脊椎動物の親戚に取り立てて、脊索動物という拡大枠組みを作る。

不謹慎な言い方をすれば、日本国に対する大日本帝国みたいなものだろう。

ただ脊椎と言い、脊索と言い支持組織である。それと神経組織とは本来親戚でもなんでもない。脊索が出来たからそれを利用して神経ネットワークが作られたのか、神経組織を保護するために支持組織が作られたのかが、どうも良く分からない。

脊椎動物は昆虫から進化したのか

脊椎動物は昆虫から進化したのか、それとも昆虫になりそこねた生物が独自の発展を遂げたのか、ここが分からない。

というより、教科書は昆虫から進化したと書いてある。だから「背腹軸逆転」という言葉が出てくるのだろう。

これだけ多様に分化し、現在に至るまで繁栄を遂げている昆虫が、どうしてさらなる進化を遂げなければならないのか、ここが分からない。むしろ進化論的には断絶を見なければならないのではないか。

脊椎動物は昆虫と拮抗しながら生きながらえたのではない。昆虫が地上で繁栄を謳歌している間に、脊椎動物は酸素も栄養も少ない海中で生きながらえ、やがて魚類としてまず発展し、ついでその一部が地上に進出してきたのだろう。

原索動物と昆虫との進化論的断絶を証明するには、さらにギボシムシの先祖的な生物を発見し観察しなければならないということになる。そしてついには昆虫と共通の祖先のところまで遡ることで、失われた環がとり戻されることになる。

なぜ魚が陸に上がって人間の祖先にならなければならなかったのか

この問題は、目下は手を着けていない。したがって根拠の無い与太話である。

脊椎動物は地上とは異なる厳しい状況への対応として出現してきたのだろうと思う。たとえば思いつくのは無重力への対応だ。地上ではしっかりと重力があるので天地の差は自ずから明らかだが、海中で浮いている状態の生物には、前後よりむしろ天地の方向が死活的に重要だ。

だからヒラムシのように原始的な生物でさえ上下の別は明瞭である。だから原索がどうだということではないが、何かの時にこの事が利いてくるかもしれない

もし脊椎が水中生活に適応して生まれた装置だとすれば、なぜそれは陸上に上がった後もそのまま生かされ続けたのだろうか。

私の推察するには、それは大型化に好都合であったからではないかと思う。昆虫の身体は革張りの木組みみたいなものだが、脊椎というキールが通された船なら大型化も可能で、先住者である昆虫と覇権を争うことも可能になる。さらにそれらを捕食することで、能率の良い栄養を確保することもできる。

歴史で言えば蒙古の遊牧の民が、優秀な武器により漢民族を征服した事実に例えられるかもしれない。

ギボシムシの文書は非常に分かりやすいので、原文をそのまま読んでもらえばいいと思うが、一応、要点を箇条書きにしてみた。

脊索は脊椎動物の脳の形成に不可欠の構造です、
半索動物(ギボシムシ)にある口盲管という構造は、脊索と類似した特徴をもっており、その進化的な起源とも考えられています

口盲管の発生過程の観察ができれな、脊索の起源に迫れるはずです。今回の研究はそれを実現したものです。

というのが謳い文句。つまり口盲管というのがキーワードになっている。

多細胞動物

背景などは省略して核心的事実だけ述べると、

1.ギボシムシは成体に変態するときに神経管類似の神経組織が形成される。

2.この時、口盲管にHedgehog という分泌性の因子をコードする遺伝子が発現する。これを受けて襟部の神経細胞が管状に発達する。

3.管状の神経の腹側と背側には異なる神経細胞が分化する。

成体

横断面

それで単純にそれが脊索(神経管)に発展していくかというと、そうとばかりも言えないようだ。

支持する傍証としては、脊索動物でもHedgehog は存在し脳の分化を制御しているという事実がある。

矛盾する傍証としては、Hedgehog ではなく「ピゴコード」という構造が脊索の起源になっているという論証がある。

ということであり、にわかに話はややこしくなる。


これ以上は「口盲管」、「襟部神経」、「神経胚」などについて少し勉強しないとついていけないようだ。

進化の基礎理論がないままに、あちこち手を付けるものだから、どうも収拾がつかなくなっている。

えらく高級な議論のあいだに、とんでもない初歩的な思い違いが入ることになるが、ご勘弁願いたい。

ヒラムシに続いて今回はギボシムシの話。

その前に進化の過程のおさらい。進化の結果か退化の結果かは分からないが、ヒラムシという形で、我々は多細胞動物の始まりを垣間見ることができた。

そのあと、動物は地上に出て昆虫など節足動物として大進化を遂げる。それはそのまま、いまでも目にすることができる。

それらの神経は、はしご状神経節の連なりを特徴としている。これはこれで完成形だ。

しかし我々の祖先は昆虫からは出てこない。脊椎を持つ動物は海の中で育まれていくことになる。

なぜなのかは知らない。ひょっとしたら昆虫の一部がふたたび海に戻ったのかもしれない。

我々の直系の祖先は魚である。脊椎動物ということで魚から人間までは一括りにされる。

此処から先がよく分からないのだが、脊索動物という括りがある。これは脊椎動物よりもっと広い概念だ。つまり脊索が先で後から脊椎ができたということになる。ということは「脊椎を持たない脊索動物」があるということだ。

脊索は脳と神経の元になる紐状のもので、これが筒のように丸まっていくと神経管になる。

それで、「脊椎を持たない脊索動物」の代表がナメクジウオとホヤで、前者は頭索動物、後者は尾索動物と呼ばれる。

ナメクジウオについてはこの間勉強した。そして先端部が膨らんで脳の原基がすでに現れていることを学んだ。

それはそれでいい。今度はどうして脊索が形成されていったのかという問題があらに浮上してくる。

それを解き明かすのがギボシムシという生き物(半索動物)だ。

次の記事で、「ギボシムシに見られる神経管形成の特徴……人の脳の進化を探る糸口を発見」という文章を紹介する。

この文章は筑波大学が去年の11月に報道関係者各位あてに発表したものだ。分かりやすいが、その分胡散臭いところもある。

あの「スタップ細胞」の時の理研の報道向けブリーフィングみたいなものだ。

昨日(もうじき一昨日になる)、新さっぽろの店で「獺祭」の純米大吟醸を飲まされた。
飲む前に散々講釈を聞かされた。店主は正直な人で、値段をばらしてしまった。
懇意の卸から「獺祭」の純米大吟醸が入ったと聞かされて、2本注文した。買値が1万2千円だったそうだ。それを1合2千円で売りだした。たしかに営業リスクを考えれば元の取れる値段ではない。しかしそれ以上ではさすがに売れないだろう。だから講釈付きにならざるを得ない。
昼過ぎに馴染みの女性客が口開けして、私が二人目だそうだ。私は「いいよそんな貴重な酒、私の如き一見さんが飲まなくても…」と断りかけたが、連れの連中が飲みたそうにしているので、「それじゃ、一杯だけ」と言って注文して、一なめした後、回し飲みに回した。
どうもそういう銘柄が多すぎる。
古くは越乃寒梅に始まって、地酒の店にもてはやされる酒が次々に生まれる。
正直言って、私はほとんどアル中の域に入っている。久里浜病院のクライテリアでは重症の部類に入る。だから、たまに飲む人と違って、うまいまずいのレベルは相当厳しいのだ。
勝負は1升2千円、2千円を切ると安くて旨い酒、2千円を超えると高いが旨い酒、3千円を超えると贅沢な酒ということになる。ただし3千円以上は1升換算ということで4合瓶で言うと2千円、1升だと5千円に相当する。それでもワインを考えれば随分安いものだ。
3年前に静岡の「正雪」(4合で2千円)を飲んで飛び上がったおぼえがある。特別に出来が良かったのだろう。次の年は普通の酒だった。
それ以上は酒ではなく贈答品だ。
残念ながら日本酒は落ち目だ。はっきりしている。デフレ時代の象徴だ。だから10年前より安くなっている。買い手市場になっているからだ。おそらく原価ギリギリになっているのではないだろうか。
灘や伏見の酒造会社は目の前のカネ欲しさに投げ売り状態だ。特級酒が税込み1800円で買える。驚いたのはイオンで玉乃光の純米吟醸が2千円を切っていることだ。以前は消費税5%で2500円は下らなかった。
いまや、毎日の晩酌は玉乃光、それがなければ菊水の端麗辛口だ。
家で飲めば1合200円、これが地酒の店に行けば多分500円位はとるだろう。ということで、私のそこそこの基準は1杯500円だ。
話が飛んだが、獺祭の純米大吟醸、ちょっと雑味がある。飛び上がるほどうまいというシロモノではなかった。趣味の問題もあろう。好みが鷹勇と大七という人にはちょっと合わないかもしれない。



ブログ記事一覧表

2015年6月現在

03 国内政治

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憲法9条は国家に“平和を守る決意”をもとめる条項

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2015-06-15

日弁連の1950年「平和宣言」について

2015-06-13

平和っていいもんだ

2015-06-11

幹部会声明のキモ

2015-06-08

JR東海、「何をほざくか、非国民め!」の顛末

2015-06-08

ヤクザも真っ青、JR東海の暴力路線

2015-06-03

長期エネルギー需給見通し小委員会の議論経過

2015-06-03

原発に100%の安全を求めるのは“安全神話”だ

2015-05-26

“戦争反対!戦争するな!” と “憲法守れ!平和を守れ!” 

2015-05-22

関口宏さんの述懐

2015-05-21

投票の分析(という名の老人・弱者の罵倒)

2015-05-20

ヒトラーと橋下・維新……住民投票勝利の意義

2015-05-14

強制収容所での強制売春

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電源別コスト 唖然とするグラフ

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「検証 介護保険の15年」から

2015-05-08

ベースロードの“議論”はだいじだ

2015-05-06

商船隊全滅の責任は海軍にある

2015-05-06

戦争になれば民間人も敵だ

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もう「粛々と」とは言えないだろう

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人はなぜ、安倍首相を“怖い”と感じるのか

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翁長知事の農水省あて意見書

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「残業代ゼロ制度」 アメリカでの実情

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除染のストラテジーが間違っている

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驚異の「福井市民共同節電所」

2015-01-05

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2014-12-22

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ユニクロに未来はないだろう

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共産党に雨宿り

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SASPL ポスター選

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原発事故の処理費用は総額11兆円

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「今井家の10年」を考える

2014-08-19

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2014-08-15

戦争は政治の延長ではない

2014-08-13

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2014-08-12

「憲法は非戦の誓い、長崎の原点だ」 長崎の平和宣言

2014-08-10

「50年問題」と原子力平和利用の関係

2014-08-05

悲劇のリストは長くなる一方

2014-08-05

原水禁国際会議「宣言」のもとめるもの

2014-08-04

武谷関連年表(自分流)

2014-08-04

唐木順三の武谷批判

2014-08-04

若者が《ジジイ》ほどに頑張っていりや別ですがね

2014-08-02

加藤氏の嘲笑は誰に向けられているのか

2014-07-31

「原子力の平和利用」 武谷三男の見解を中心に

2014-07-30

「仁風林」のうわさ話についての感想

2014-07-30

「仁風林」のうわさ話

2014-07-29

わかっているかい、島崎遥香さん

2014-07-28

核の目標にされる側の論理

2014-07-27

栩内被告が徹底抗戦するとどうなるか

2014-07-26

インド・スズキ自動車 「暴動」はでっち上げ

2014-07-22

戦争は政治の延長か?

2014-07-20

ちょっと待って、志位さん

2014-07-18

最賃引き上げは雇用を抑制しない 米国の例

2014-07-17

庶民にとっての「戦争放棄」の意味

2014-07-13

安井至氏の「内部被曝」批判

2014-07-13

日露戦争 年表

2014-07-12

日韓併合条約の実体

2014-07-11

平和憲法を守る3つの視点

2014-07-11

賭博ってそもそも何?

2014-07-11

カジノ 人のカネまきあげておいて、どこが経済効果か

2014-07-10

人権はそれ自体がルールなのか?

2014-07-10

コアキャッチャーもなしに世界最高水準とはいえない

2014-07-08

日清から日露へ 両戦間の経過

2014-07-08

「アジアを守る」が「日本を守る」に矮小化される過程

2014-07-05

国民を戦争に賛成させる秘訣

2014-07-05

東南アジアにおける戦争犯罪

2014-07-03

朝鮮近現代史を学ぶ意義

2014-07-02

風景写真の正しい撮り方

2014-07-01

「東アジア大戦争」と呼ぶべきだろう

2014-07-01

富岡製糸場を見るもう一つの眼

2014-06-30

「敗者の戦争観」を考える

2014-06-29

日清戦争 年表

2014-06-28

「名誉ある地位」を投げ捨てて良いのか

2014-06-27

非戦能力(三谷)という考え

2014-06-26

反核運動 こんな町もある

2014-06-25

安部首相、二つの気になること

2014-06-25

セロトニン受容体が賦活されるとどうなるのか

2014-06-24

抗うつ薬の精神作用 基礎事項

2014-06-23

石勝線トンネル火災事故と組織問題

2014-06-23

石勝線トンネル火災事件の実相

2014-06-20

石勝線事故に学ぶ 「ルール破り」の大切さ

2014-06-20

キチガイに刃物、防衛副大臣にライフル銃

2014-06-18

暴走列車に乗りあわせている恐怖

2014-06-18

スポーツは韓国のほうが強い

2014-06-17

これでは明らかに片務だ

2014-06-15

ソ連の犠牲者数はやはりおかしい

2014-06-14

ソ連の戦死者数の異常な多さについて

2014-06-14

戦死者ランキングと太平洋戦争

2014-06-13

戦死者ランキングを一口解説

2014-06-12

戦死者数ランキング

2014-06-12

集団的自衛権で日本は守れない

2014-06-12

日韓民主運動の連帯はひとつの鍵だ

2014-06-11

オバマ大統領、「なぜみなさんはもっと憤慨しないのか」

2014-06-10

キャンベル・公明党の極秘会談

2014-06-03

NATO軍は後方支援が主だった

2014-06-03

「ブラックバイト」の実情

2014-05-30

安部首相-「仁風林」-栩内容疑者

2014-05-30

原発をめぐる世論の劇的変化

2014-05-29

「日本人を乗せて避難する米輸送艦」などありえない

2014-05-26

我々世代は、平和の歩みに誇りを持つべきだ

2014-05-26

安倍政権の怖さ

2014-05-22

福井地裁判決: 要旨の要旨

2014-05-22

大飯原発差し止め判決の法的意義

2014-05-20

「昭和ゴム」裁判が勝利

2014-05-19

「自動参戦」の話

2014-05-16

ベルルスコーニ、「ドイツ人によれば収容所なかった」と発言

2014-05-16

集団自衛権は最悪の対中挑発

2014-05-15

憲法記念日 中国新聞の社説

2014-05-15

長春旧憲兵隊跡からの発掘資料

2014-05-14

久しぶりに五月晴れのニュース

2014-05-14

武器とはなにか 「防衛装備移転三原則」を考える

2014-05-09

日本の核武装に対する中国の懸念

2014-05-08

中央アジア非核地帯条約と核保有国の同意

2014-04-24

青年の失業率は高止まりしたままだ

2014-04-24

独身青年の生活費

2014-04-23

昭和40年ころの学生生活費

2014-04-18

最悪の置き去り犯は関東軍

2014-04-17

新規制基準は「世界最高水準」には程遠い

2014-04-16

雇用のヨシコの盗撮はやばすぎる

2014-04-16

「生涯派遣」、「正社員ゼロ」社会を許すな

2014-04-16

加圧水型とくらべ4つの欠点

2014-04-14

エネルギー基本計画の骨子

2014-04-01

安倍首相の質問拒否は問責に値する

2014-03-12

雇用のよし子さんが「固定残業代制」を追及

2014-01-29

一部反原発派の動揺について

2013-12-19

泉北高速 始末記 その3

2013-04-29

限定正社員は労働契約法改正への対応

2012-06-18

野田首相の「政治生命」とは何か

2012-04-25

武雄市議会の議長が辞任

2012-04-19

規制庁なくして再稼動なし

2012-04-18

関電・政府見通しのウラ

2012-04-18

関西電力の見通しはウソ?

2012-04-13

武雄市議会の懲罰事件

2012-04-12

「原発不要」証明の恐怖

2012-04-10

6割が営業不能状態

2012-04-09

あの久住委員が保安院批判

2012-04-09

高浜原発の絵がすごい

2012-04-09

2号機再検査の評価

2012-04-04

奈良林教授はひっこめ

2012-04-04

「東大教授」たちの正体が垣間見えた

2012-04-02

ねつ造のプロ、朝日

2012-01-24

内視鏡所見への疑問 その3

2012-01-24

内視鏡所見への疑問 その2

2012-01-21

内視鏡所見への疑問

2012-01-19

いよいよ完全小選挙区制へ

2012-01-16

80議席削減の試算

2012-01-16

神戸大震災の負の遺産 2

2012-01-06

糾弾すべきは民主党より財界では?

2011-12-28

東レが原発推進を主張


赤旗で、きわめて魅力的な生物が報道された。

名前はセンモウヒラムシ。平板動物ともいう。自由生活をする動物としては、世界で最も単純な体制(構造)を持つ動物とされる。

学名はTrichoplax adhaerens だ。

それが進化の過程の生物なのか、退化してそうなったのかは分からない。しかしもっとも原始的な多細胞生物であり、動物だということに興味がある。

わたしは生物というと単細胞生物か、数百万の細胞を持つ多細胞生物しか知らなくて、その間の生き方というのは知らなかった。

そこには断絶がある。ヒラムシはそこを埋めてくれる生物かもしれない。

hiramusi

形態と行動

直径は1ミリ前後。2000-3000個の細胞から構成されている。

アメーバのような見かけで、面・中・裏の三層よりなる。

背側は1本の繊毛を持つ扁平上皮から構成され、腹側は繊毛を持つ上皮細胞と繊毛を持たない腺細胞からなる。両者の間には体液で満たされた間充織細胞がある。細胞の種類は4種類のみ。

380px-Exodigestion_in_Trichoplax_adhaerens

体表の繊毛によって移動し、学名の通りガラス板などに付着(Adhere) し、そこに挟み込んだ生物を消化液で溶かし、そのまま表面から吸収する。

Trichoplax adherens - Feeding Behavior という洒落た動画(Youtube)が見られる。

普段はせんべい状で這いまわるが、環境が悪くなると風船型に膨らんだプランクトン状態になり、水中を浮遊する。

最近の話題としては、ゲノムサイズが約1億塩基、これはタンパク質1万以上をコードできる遺伝子量だということだ。それだけ見れば刺胞動物(クラゲ)より左右相称動物に近い可能性すらある。(以上、仲田崇さんの気まぐれ生物学より)

しかし、進化の過程ではなく“退化”したとすれば別に不思議ではない。海綿動物も神経系,筋肉系が退化した動物の可能性がある。

ゲノム研究は進化論を否定しているのではなく、原生動物の形態的特徴から安易に進化論的に比定することを戒めているのであろう。

同時に、ゲノム解析は始まったばかりであり、技術的なピットフォールが存在する可能性も否定出来ない。

これらを念頭に置きながら、価値中立的な判断を心がけることがもとめられる。

ブログ記事一覧表

2015年6月現在

03 日本経済

まだリンクを貼るところまで至りません。申し訳ありませんが、題名を検索語にしてグーグル検索してください

2015-05-28

石原慎太郎、生涯の汚点

2015-04-23

日銀破綻のシナリオ

2015-04-10

3年で1兆円儲けた人がいる

2015-04-03

「増収分は全額、社会保障に使う」のではなかったか

2015-03-18

思わず泣けてくる「日本再興戦略」

2015-03-18

「日本再興戦略」の目指すものがわからない

2015-03-16

貯めこみは悪しき性(さが)

2015-03-12

トヨタの研究開発減税

2015-03-12

「経済ペシミズム」の打破が必要だ

2015-03-03

農業つぶし、農民つぶし、農村つぶしの3点セット

2015-02-27

第3四半期 景気戻らず、二番底へ?

2015-02-25

安部首相答弁のウソとまやかし

2015-02-16

全中問題の核心は独禁法の恣意的適用にある

2015-01-27

「岩盤規制の見直しは成長戦略の柱となる」か?

2015-01-27

岩盤規制 言葉を厳密に使わないと議論にならない

2015-01-26

コンビニの凋落と百貨店の復興

2015-01-21

問題は格差拡大を伴う絶対的貧困化だ

2015-01-20

「労働分配率の国際比較」の図表を復活させました

2014-12-22

カジノを強要する在日米国商工会議所の愚劣さ

2014-12-12

あなたは国を去りますか?

2014-12-12

国債 GPIFが種まきゃ、日銀が掘ぢくる

2014-12-12

「私が最強のTPP推進役」

2014-12-11

大企業の実質税負担率 5つのグラフ

2014-12-11

「経済成長と財政再建が両立」できないから延期したのだろう

2014-12-08

「金融緩和は内需型産業に悪影響」 日銀少数派の意見

2014-12-06

「別の道」のための財源 早わかり

2014-12-06

共産党の選挙政策 早わかり

2014-12-05

国民所得6%減、大企業6%増、これがアベノミクスだ

2014-12-04

輸出が伸びない円安・インフレは有害無益だ

2014-12-03

志位さんの「二段構え」論

2014-12-03

景気回復を目指す唯一の出口は雇用の質の改善

2014-11-01

日銀の追加緩和 NHK報道がひどい

2014-10-16

鉱工業生産 底の見えない落ち込み

2014-10-11

「『日本型経営』が危い」がなつかしい

2014-10-10

海外進出の行き着く先

2014-10-09

どういう状況のもとで「反動減」が遷延しているのか

2014-10-01

8月経済統計 暗澹たる結果

2014-09-27

消費税再引き上げ反対  5つの使えるグラフ

2014-09-27

消費税引き上げ論は日米開戦「やむを得ず」論と同じ

2014-09-26

財政赤字の最大の原因は大企業の海外逃避

2014-09-26

各シンクタンクの経済見通しを眺める

2014-09-24

酪農経営は拡大しなければアウト

2014-09-24

ウソつかない TPP断固反対 自民党

2014-09-23

消費税増税後の落ち込み

2014-09-23

視野欠損者の“病気の証明”

2014-09-18

若者の「学力低下」は少子化問題なのだ

2014-09-13

有機テレビはもう終わり

2014-08-28

海外進出 通信産業は置いてきぼり

2014-08-19

株価高と金利低下が併存する矛盾

2014-08-19

6月実質賃金が3%減

2014-08-18

GDPイコール国力なのか?

2014-08-16

年金がパアになる日は近い

2014-08-14

GDP大幅減の意味するもの

2014-08-06

マクドナルド、最期の日は近いか

2014-08-05

日産自動車の見通しが暗い

2014-07-28

「財政再建」はどこへ行った

2014-07-23

消費税の影響は想定以上 内閣府が認める

2014-07-11

世界におけるカジノの動向

2014-07-03

政府から門前払いされた主流エコノミスト提言

2014-07-02

6月日銀短観を見る姿勢 赤旗とWSJの違い

2014-07-02

実質賃金は3.5%減(前年比)

2014-07-01

消費支出が激減している

2014-06-09

「狼生きろ、豚は死ね」と叫ぶ「豚」

2014-06-03

トヨタ 税金逃れで儲けを山分け

2014-06-03

実質消費支出4.6%減の意味

2014-06-03

消費者物価指数は3・2%上昇

2014-06-03

収入7.1%減は間違いない

2014-06-03

勤労世帯の収入が7.1%減!?

2014-05-20

円安でも輸出価格が下がらない

2014-05-20

円安でも輸出価格を下げない大企業

2014-05-07

小売業、4月は4割悪化 (日商調査)

2014-04-30

連結法人の法人税は13.3%

2014-04-21

非正規の生涯賃金の試算

2014-04-19

グーグル・パブリック・データがすごい

2014-04-16

国債取引不成立は想定内、しかしその先は想定外

2014-04-16

国債売買が成立しなかった

2014-04-14

4月早々、経済見通しは暗い

2014-04-11

異次元緩和1年 日銀の脆弱化

2014-04-10

異次元緩和は中小企業の一人負け

2014-04-09

異次元緩和の目的は何だったのか

2014-04-08

異次元緩和から1年

2014-04-05

学生の仕送り 1日937円

2014-04-04

インド・トヨタ、誓約書が社会問題に

2014-03-31

インド・トヨタ争議 各紙の論調

2014-03-31

大人げないインド・トヨタ

2013-10-15

財政健全化と法人税

2013-10-10

みずほ頭取を追い詰めた人物“x”

2012-04-20

消費税と社会保障拡充の関係

2012-04-11

税収はいかに減ったか


ブログ記事一覧表


2015年6月現在

02 ラテンアメリカ
まだリンクを貼るところまで至りません。申し訳ありませんが、題名を検索語にしてグーグル検索してください

2015-05-05

米・キューバ関係改善を目指すこの間の動き

2015-05-05

オバマ政権、キューバ政策転換の特徴

2015-05-05

米・キューバ関係改善の世界史的常識

2015-04-23

2015年 ラテンアメリカ情勢 レジメ

2015-04-21

それはもうひとつのベトナム戦争だ

2015-02-25

キューバ革命を学び、今を知る旅

2015-01-24

「10月、キューバ」ですよ

2014-12-19

「外交関係復活」 ラウル・カストロのテレビ演説

2014-12-19

米・キューバ関係の前進について

2014-11-27

ラテンアメリカ、最近の動き(2014) その5

2014-11-27

ラテンアメリカ、最近の動き(2014) その3

2014-11-27

ラテンアメリカ、最近の動き(2014) その4

2014-11-26

ラテンアメリカ、最近の動き(2014) その2

2014-11-26

ラテンアメリカ、最近の動き(2014) その1

2014-11-11

メキシコ 学生失踪事件の感想

2014-11-11

アバルカ問題とメキシコの危機

2014-11-11

メキシコ 学生集団失踪事件 タイムテーブル

2014-09-16

アルゼンチン「債務交換」の行方

2014-08-07

アルゼンチン債務 と、著名エコノミストの米議会要請

2014-07-05

ゲバラの幻を見た一瞬

2014-06-16

コスタリカ情勢、これで決まり

2014-06-16

コスタリカ大統領選は勝ったのではなく負けたのだ

2014-06-16

ビジャルタ候補(コスタリカ)について

2014-06-16

ラテンアメリカ左翼政権一覧表

2014-06-15

コスタリカの大統領選挙について

2014-06-10

ポサダ・カリレス 稀代の爆弾テロリスト

2014-06-09

アレイダ・ゲバラ 経済封鎖を非難

2014-06-09

アレイダ・ゲバラ 原発を語る

2014-05-06

現代キューバ文化のキーワード

2014-04-22

チリ教育と新自由主義

2014-02-24

グスマン逮捕! そして誰もいなくなった

2014-02-11

チリの学生抗議運動 その1

2014-02-07

嫌チャベスの色眼鏡を外しては?

2014-02-07

チリ年表とネパール年表

2014-01-16

NAFTAは経済成長に貢献しているとはいえない

2014-01-15

メキシコの経済パフォーマンス

2014-01-15

日経のNAFTAバンザイ論

2014-01-15

メキシコ、NAFTAの20年

2013-12-20

フランシスコ語録 つけたし

2013-12-20

フランシスコ法王の祖国での評判

2013-12-20

ローマ法王、11月文書の要旨

2013-12-20

フランシスコ教皇「私はマルクス主義者ではない」

2013-12-20

フランシスコ法王の経済的不平等についての発言

2013-12-13

コロンビア情勢が大荒れになりそう

2013-12-03

リオス・モントの評価

2013-11-19

カミラ・バジェホが国会議員に

2013-11-02

キューバ・ミサイル危機の捉え方

2013-10-03

グアテマラで携帯被害が年間14万件

2013-10-02

ラテンアメリカにおける消費主義の理解

2013-09-16

メキシコ教育労働者の闘い

2013-09-14

わたしはチリについて書いてきた

2013-09-13

チリ共産党、100年の闘い

2013-07-23

セタスの消耗が激しくなっている

2013-07-23

「メキシコ麻薬戦争 列伝」の評判が“すごすぎる”

2013-05-27

チリで好きになった娘

2013-03-22

キューバ 苦悩の歳月 その6

2013-03-22

キューバ 苦悩の歳月 その5

2013-03-22

キューバ 苦悩の歳月 その4

2013-03-22

キューバ 苦悩の歳月 その3

2013-03-22

キューバ 苦悩の歳月 その2

2013-03-22

キューバ 苦悩の歳月 その1

2013-03-12

赤旗「中南米の変革」シリーズ

2013-03-12

石油生産、いらぬ心配はご無用

2013-03-12

WSJはチャベス革命の死を願う

2013-03-12

チャベスの死と資本家の大はしゃぎ

2013-03-10

プラヤ・ヒロンの戦い

2013-03-10

チャベス革命の道筋 その3

2013-03-10

チャベス革命の道筋 その2

2013-03-10

チャベス革命の道筋 その1

2013-03-07

チャベスに関する私の過去発言

2013-03-06

チャベス死してUNASURを遺す

2013-03-06

チャベス、3つの功績

2013-02-27

ボサノバの立ち位置

2013-01-28

リベルタード号歓迎集会での大統領演説

2013-01-27

ニカラグア大使講演、聞き書き

2013-01-26

ハゲタカファンドの帆船乗っ取りの手口

2013-01-25

記憶すべきリベルタード号事件

2013-01-24

お帰りなさい、サンディニスタ!

2013-01-17

ニカラグア大使が札幌で講演

2013-01-07

ビクトル・ハラの虐殺犯が逮捕

2012-11-25

FSLN離党者の気持ちは分かる

2012-11-23

ニカラグアの全市長が平和市長会に加入

2012-11-22

或るサンディニスタの生き方

2012-11-15

ニカラグア総領事エルビルさん

2012-11-09

ガイアナの解放者 チュディ・ジャガン 2

2012-11-09

ガイアナの解放者 チュディ・ジャガン 1

2012-11-08

ゲバラ部隊の生き残りの証言 2

2012-11-08

ゲバラ部隊の生き残りの証言 1

2012-11-07

「ゲバラ最後の戦い」は映画だ

2012-11-01

ゲバラのボリビア戦記

2012-10-28

それは佐藤さんの“業”です

2012-10-28

ブラジルの現状をどう見るか

2012-10-28

チリ・クーデター 佐藤さんの証言 その2

2012-10-09

フレディ・前村について

2012-10-09

イゲラ村とバジェグランデについて

2012-10-09

ゲバラの死 趣味の悪い写真集

2012-10-08

「ゲバラの死」年表を増補

2012-10-06

ベネズエラ 最終盤の状況

2012-09-11

ポプラの並木路

2012-09-11

アジェンデ最後の演説

2012-08-18

チャベス政権の十年: 経済・社会指標の検討

2012-08-15

ベネズエラ 世論調査の動向

2012-08-13

チャベスの対抗馬ラドンスキー

2012-08-13

赤旗「ベネズエラはいま」を読む

2012-08-12

エコノミストはベネズエラを評価している

2012-08-11

赤旗の「ベネズエラ特集」について

2012-07-26

ブラジル: 格差縮小とルーラの功績

2012-07-05

パラグアイ 13年前の弾劾劇

2012-07-05

パラグアイ 続々報

2012-07-03

パラグアイ弾劾クーデター 続報 

2012-07-02

メキシコ大統領選挙 訂正

2012-06-28

パラグアイ 議会クーデターの真相 その3

2012-06-28

パラグアイ 議会クーデターの真相 その2

2012-06-28

パラグアイ 議会クーデターの真相 その1

2012-06-27

メキシコの「132運動」の紹介

2012-06-27

AMLOが猛追 メキシコ大統領選

2012-04-16

イヴォ・ロルシェイテル司教(ブラジル)

2012-04-09

チリ・クーデター 佐藤さんの証言

2012-04-07

ブラジル、民主化の闘い 略年表

2012-04-07

ブラジル、民主化の闘い その6

2012-04-06

ブラジル、民主化の闘い その5

2012-04-06

ブラジル、民主化の闘い その4

2012-04-04

ブラジル、民主化の闘い その3

2012-04-04

ブラジル、民主化の闘い その2

2012-04-04

ブラジル、民主化の闘い その1

2012-03-14

FMLNの選挙での後退

2012-02-28

FARCが誘拐作戦中止を宣言

2012-02-25

ブラジル共産党への誤解の根源

2012-02-08

エクアドル経済への目 その4

2012-02-08

エクアドル経済への目 その3

2012-02-07

エクアドル経済への目 その2

2012-02-06

エクアドル経済への目 その1

2012-02-04

エクアドル・クーデター事件を書きなおす

2012-02-01

木下氏の評価には同意できない:エクアドルは混迷を深めていない

2012-01-31

チリ大統領が大企業増税を宣言

2012-01-31

メキシコで農業崩壊の危機

2011-12-08

ブラジル経済が失速?

2011-12-07

ラテンアメリカの貧困率 つけたし

2011-12-03

それでも2002年は意味がある

2011-12-03

ECLACの元データ

2011-12-02

ラテンアメリカ 8年間で最悪から最高へ

2011-11-18

チリ学生闘争年表 その3

2011-11-18

チリ学生闘争年表 その2

2011-11-18

チリ学生闘争年表 その1

2011-11-18

チリ学生は何をもとめているか

2011-11-15

チリ学生運動のジャンヌ・ダーク

2011-11-11

サンディニスタ圧勝のわけ その5

2011-11-10

サンディニスタ圧勝のわけ その4

2011-11-10

サンディニスタ圧勝のわけ その3

2011-11-10

サンディニスタ圧勝のわけ その2

2011-11-10

サンディニスタ圧勝のわけ その1

2011-10-16

エルサルバドル年表の訂正

2011-10-05

オジャンタ・ウマラとラテンアメリカ革命 2

2011-10-05

オジャンタ・ウマラとラテンアメリカ革命 1

2011-09-26

南米を変えたこの十年 その5

2011-09-26

南米を変えたこの十年 その4

2011-09-26

南米を変えたこの10年 その3

2011-09-26

南米を変えたこの10年 その2

2011-09-26

南米を変えたこの十年 その1

2011-09-23

ベネズエラ もう少し考えた

2011-09-22

ベネズエラ経済: 立ち止まって考えた

2011-09-22

ベネズエラ経済を、ふと考える

2011-09-06

新自由主義は治療薬にはならない

2011-08-20

アルゼンチン破産の理由 その1

2011-08-09

もうひとつのラテンアメリカ

2011-08-04

UNASURがドル離れの姿勢

2011-07-28

南米諸国連合はなぜ支持されるか

2011-07-21

アジェンデは自殺

2011-07-19

2002ルーラ当選阻止作戦の手口

2011-07-18

2001アルゼンチン危機とラテンアメリカ 2

2011-07-18

2001アルゼンチン危機とラテンアメリカ 1

2011-06-23

ペルー大統領選の勝者はUNASUR

2011-06-16

ラテンアメリカ諸国の財政状況: とくに歳入部門

2011-06-07

オジャンタ・ウマラについて

2011-05-11

アメリカとベネズエラ、国民が感じる「幸福感」












ブログ記事一覧表

2015年6月現在

01 国政政治/経済

まだリンクを貼るところまで至りません。申し訳ありませんが、題名を検索語にしてグーグル検索してください

2015-06-17

アジア通貨危機 タイの失敗は構造的なもの

2015-06-17

アジア通貨危機年表 (増補版)

2015-06-16

「98年のルーブル危機」を増補しました

2015-06-11

AIIB、とりあえずの感想

2015-06-11

アジア開発・投資銀行(AIIB)の経過

2015-06-09

アジア通貨基金構想の顛末

2015-06-08

AIIBはチェンマイ・イニシアチブの代替とはならない

2015-05-31

インドネシアにおける“ASEAN神話”

2015-05-30

インドネシアが提供したASEANの基本的視座

2015-05-30

バンドン会議の精神(平和、独立、連帯)を受け継ぐ東アジア共同体

2015-05-28

シンポジウム「東アジア共同体」 その1

2015-05-22

共産党主軸にしないと反ナチ闘争は見えてこない

2015-05-21

日本で知られていないドイツの反ナチ闘争

2015-05-19

ナチス下の抵抗運動

2015-04-21

ベトナム戦争とASEANの発展は同一の流れに位置する

2015-04-13

共和党の長期低落は明らかだが…

2015-03-31

イエメン戦争 最大の主役はサウジだ

2015-03-31

イエメン フーシ派をめぐる経過

2015-03-26

グローバル化とIT化が労働環境を変えた

2015-02-22

ポーランドについてのかんたんなお勉強

2015-02-22

ポーランドについての感想

2015-02-21

ウォルマートの最賃引き上げ

2015-02-20

HSBC疑惑に関する第二報

2015-02-20

HSBC疑惑に関する第一報

2015-02-13

ポデモス スペインの若者が政治を変える

2015-02-04

原油安 誰が敗者となるか

2015-02-03

原油安の構図

2015-02-01

「毛沢東以前の中国共産党」へのリンク

2015-01-30

ASEAN年表再増補のお知らせ

2015-01-26

だれが石油を買っているのか?

2015-01-24

ASEAN自体は“しょうもないもの”なんです

2015-01-19

欧州委、ルクセンブルク税制に「違法」の判断

2015-01-17

ユーロ諸国民はドイツ首相を選べない

2015-01-09

2014年 世界十大ニュースの背景

2015-01-09

ツィプラス(ギリシャ急進左派連合)の主張

2014-12-26

OPEC決定の画期性

2014-12-25

令計画失脚の背景

2014-12-24

石油メジャーのシェール勢力への宣戦布告か

2014-12-24

原油価格暴落の三つの要因

2014-12-24

原油暴落 世界経済の不安定化だけは間違いない

2014-12-18

98年のルーブル危機

2014-12-18

ルーブル危機に至る簡単な経過

2014-12-18

またまた、国際経済が激変を迎えそうだ

2014-11-14

シリア内戦の解決策

2014-11-14

イスラム国 人、モノ、金

2014-10-30

ケネディ政権の東南アジア像

2014-10-24

東アジア共同体とASEAN 年表

2014-10-23

シリア政府軍が爆撃強化

2014-10-16

富裕層の富110兆ドルがタックスヘイブンに

2014-10-15

東南アジア金融危機が民衆にもたらしたもの

2014-10-15

アジア通貨危機年表

2014-10-15

ASEAN関連略語集

2014-10-10

ガザ 檻の中の檻の中の死

2014-10-06

東アジアの歴史的特殊性

2014-10-01

香港返還と台湾 (再掲)

2014-10-01

香港 中国は虎の尾を踏んだ

2014-09-16

アメリカ 資産格差は半端じゃない

2014-09-08

アメリカ トップ3%が富の54%を

2014-09-03

「イスラム国」を調べる

2014-09-01

アメルリ(Amerli)の戦い

2014-08-17

「国際政治/ヨーロッパ」 の記事一覧表 (66本)

2014-08-17

国際政治/アメリカ アーカイブ一覧表(42)

2014-08-16

酒井啓子「中東から世界が見える」を読んで

2014-08-15

アーカイブ・リスト 各国民主運動

2014-08-14

イラクが胸突き八丁に

2014-08-14

イランがマリキ首相切り捨ての決断 

2014-08-06

検察当局が公安局の起訴要求を却下(中国)

2014-07-09

李克強首相が人権問題で注目すべき発言

2014-07-02

中国粛清 今度は軍トップだ

2014-06-17

問題は中国の「第二列島線」構想だ

2014-06-11

ミス・タイが「タクシン派全員を処刑せよ」と発言

2014-06-08

リーマン・ショックと証券市場

2014-06-06

エジプトの新情勢をどう見るか

2014-06-05

リーマン・ショック: サマーズとグリーンスパンがA級戦犯

2014-06-05

リーマン・ショック後の世界金融

2014-06-03

リーマンショックの巨大さを知る

2014-05-31

米国におけるリーマン・ショックへの対応

2014-05-31

EUの金融危機→債務危機は一連で捉えるべき

2014-05-31

LTCMの成功と失敗

2014-05-30

欧州議会選挙をどうみるか

2014-05-29

欧州危機 金融危機からソブリン危機へ

2014-05-29

ギリシャ人いじめは間違っている

2014-05-29

「リーマン・ブラザーズ」という会社

2014-05-29

投資銀行の本態はトレーダー

2014-05-29

「ポジションをとる」ってどういう意味?

2014-05-28

リーマン・ショックの発生に至る経過

2014-05-26

リーマン・ショックで世界はどう変わったか

2014-05-24

タイ 民主化は韓国に学べ

2014-05-13

中国海軍の狙い

2014-05-13

南シナ海・南沙諸島関連ファイル 一覧

2014-05-12

フランスのレジスタンス 年表

2014-05-03

世界の若者たちはいま

2014-04-26

2011年はすごい年だったのだ

2014-04-25

ILOの青年労働者に関する調査

2014-04-25

ギリシャの若者の失業問題

2014-04-19

世界総生産の推移

2014-04-17

世界の青年はいま

2014-04-17

鼻血が出た。恐ろしいことだ

2014-04-16

中国が貿易世界一

2014-04-04

米マックは賃金泥棒

2014-04-01

中国革命年表、一応終了

2014-03-29

柴田誠一 「モスクワと中国革命の指導」を読む

2014-03-24

王柯さんとウイグル

2014-03-22

都市ではなく農村で闘えということ

2014-03-10

年表  毛沢東以前の共産党 その8

2014-03-10

年表  毛沢東以前の共産党 その7

2014-02-11

G36とFX05(メキシコ)

2014-02-10

アサルト・ライフルとはなにか

2014-02-10

ドイツのライフル不法輸出

2014-01-06

2013年の世界10大ニュース

2014-01-04

南沙問題と中国

2014-01-04

南沙年表をまとめました

2013-11-19

スペイン共産党の大会

2013-11-15

決議案の「国際政治情勢」について

2013-10-22

旧東独部経済の現状と行方

2013-10-02

マラウィの歴史 年表 その2

2013-09-26

「導管国」をめぐる問題 その4

2013-08-07

租税回避の三つの手口

2013-07-02

EU盗聴問題で独が怒った

2013-07-02

オレンジ議員の洒落たセリフ

2013-07-01

アメリカがEU代表部に盗聴器

2013-07-01

スノーデンはどこへ行くか

2013-06-21

パレスチナ 苦難の歴史 その1

2013-06-12

破壊的緊縮政策

2013-06-03

ユーロ圏失業率が12%を突破

2013-04-11

いまこそ叫べ、「もうひとつの世界は可能だ」

2013-04-09

スロベニアの危機

2013-03-28

ルクセンブルグ批判は当然

2013-03-13

高額報酬を憲法で禁止

2013-03-04

EU 銀行員賞与に上限

2012-12-14

ドイツ銀行関係、一つにまとめました

2012-09-18

ユーロ建てMMFの休止

2012-08-03

仏で金持ち増税が実現

2012-07-16

スティグリッツの「共通財務省」構想

2012-07-09

フランスの財政支出

2012-07-06

BSニュースがオランドに難癖

2012-07-05

やれば出来る! オランド政権の示したこと

2012-07-04

ユーロ「銀行同盟」構想の浮上

2012-06-25

ギリシャ報道の明らかな誤り

2012-06-19

ギリシャ危機と青年 3

2012-06-19

ギリシャ危機と青年 2

2012-05-25

「これが世界だ」2012年版 その6

2012-05-25

「これが世界だ」2012年版 その5

2012-05-25

「これが世界だ」2012年版 その4

2012-05-25

「これが世界だ」2012年版 その3

2012-05-25

「これが世界だ」2012年版 その2

2012-05-25

「これが世界だ」2012年版 その1

2012-05-10

ギリシャの債務削減

2012-04-24

キアニとタリバン、そしてアメリカ

2012-04-24

キアニ陸軍参謀長、どんな人?

2012-04-21

パキスタン軍部が平和共存への動き

2012-04-20

多国籍企業のしめる比率

2012-04-18

タイ: 開発と民主主義

2012-04-17

「ルワンダ中央銀行総裁日記」をもう一度読む

2012-04-11

フランス左翼戦線とは

2012-04-10

マリの状況が見えてきた

2012-04-10

ケイマンの謎

2011-11-10

オハイオ州民投票で労働者の勝利








後でまとめてホームページの方に転載します。

憲法は、自衛権についてコメントしていない。自衛権を否定しているのではなく、「そんなことを考えるな」というように読むしかない。
「そんなことは最後の最後に考えればいいことであって、その時には“名誉ある地位”にふさわしい態度をとればいい」ということなのだろうと思う。
とにかく、生死をかけたぎりぎりのところまで、平和的に、非暴力的に頑張ることを、憲法はもとめている。
樋口陽一さんの言葉が重い。
攻められることはない、絶対に安心だという論証はできません。
絶対安全だという論証はできないのです。
そのことを承知で、戦争放棄を国是としたのが憲法です。
憲法九条はそれほどの決意をもとめているのです。
他国から攻められることのないよう、外交を始めとする努力を要求しているのが憲法9条です。
憲法9条が選びとったのは、重いけれども高貴な、大いなる努力を求める道です。
ただ、非暴力的に頑張るというのは隠忍自重し、ひたすらに我慢を重ねることではない。それでは健さんのように「もう堪忍ならねぇ」とドスを抜くことにしかならない。
平和主義というのは、外交の場で丁丁発止とやりあい、相手をやり込め、孤立させ、多国間主義で包囲することであり、「無駄なことをするな、無益な殺生をするな」と説得することである。

大脳辺縁系をふくむ「三位一体脳」(マクリーン)のセントラル・ドグマは以下のとおりだ。

このモデルは,ヒトの脳の構造を,反射脳,情動脳,理性脳の3つの階層モデルで理解しようというものである.

脳は進化的に、反射脳,情動脳,理性脳の順に出現し,反射脳は爬虫類脳,情動脳は下等哺乳類脳,理性脳は高等哺乳類脳に対応する。

理性脳は大脳新皮質,情動脳は辺縁系,反射脳は大脳基底核に相当する。

これは1952年に提起された、不確かな知見に基づく古い学説だ。そのことは内山さんも指摘していて、現在の脳科学の到達段階から言えばとうてい受け入れられないものである。

ただ内山さんの反論が、若干取りとめがなく、独自のセオリーを打ち出さないところに不満がある。

マクリーンの思いは、脳を解剖学的に分類するだけではなく、生理学的にも分類しようということであり、さらにそれを発生学的に理由付けようということだ。

その思いは間違ってはいないと思う。ただ、特定の生理機能に着目する分類は、往々にして恣意的なものとなり、独断を招く。それはマクリーン自らが証明してみせた。

おそらく脳科学の最終目標は生理学的諸表象を局在し、一連の過程として説明することにある。

しかしそのための観測手段は凄まじい勢いで発展しつつあり、それに基づく知見もおびただしく集積しつつある。少なくとも当分は叙述的理解のレベルに留まらざるをえないと思う。

だから大脳辺縁系などという括りは、当分はやめておいた方が良いということになる。

ではどうするか。発生学的理解をもっと詰めていくこと、発生学的分類をまずは基本に据え、解剖学とつきあわせて行くことが重要だろうと、私は思う。


ここで脳の個体発生をおさらいしておく。

1.無脊椎動物: 神経網が形成され、ついでいくつかの結節点(神経節)が形成される。体軸が定まると、梯子状に左右の神経節が連なるようになる。

2.原索動物(ホヤ, ナメクジウオ):  管状脳が形成される。はしご状神経節はそのまま保存される。

3.個体発生(4週初期): 神経管が形成。神経板から 神経管と神経堤 が形成される。神経堤から脊髄神経節, 自律神経節後ニューロンが形成される。

4.神経管は頭方の「脳管」と尾方の「脊髄管」に分かれる。

5.個体発生(5週): 脳管に脳胞が形成される。脳胞は, 前脳胞、 中脳胞、菱脳胞に分かれる。

6.両生類: 神経管の内側表皮の増殖により脳管が膨らみ嚢胞を形成。

7.前脳胞の背側左右に終脳が発生する。これにより前脳胞は終脳と間脳に分かれる。菱脳胞は後脳と髄脳に分かれる。後脳は膨大し橋となる一方、背側から小脳が発生する(このあたりから少々面倒)

nouhou


以上を踏まえ、少しはっきり言っとこう。(間違っているかもしれないが)

1.基本的な脳組織(中枢神経系)は脊椎動物(脊索動物)に固有のものである。

2.初期の段階から前脳・中脳・後脳は存在する。したがってこの3つについて階層性はほとんど存在しない。この3つは中枢機能を分担している。

3.前脳・中脳・後脳という脳幹を中心に脊椎動物は進化してきた。そして,その時々の要請により、特定の部位を発展させてきた。だからだいじなのは前脳・中脳・後脳がどう機能分担しているかを明確にすることである

4.それは各部位の膨大という形をとることもあり、終脳と小脳のように「別館」の形成という形をとることもあった。網膜・視神経のように「出張所」の形をとることもあった。

5.発生学的には脳の本体は前脳・中脳・後脳であり、大脳・小脳は(高次であるにせよ)その付属物である。付属物をいくら研究しても、脳の発生学的本質(何故という問題)は分からない。

5.中枢神経系とは別個に、より古いものとしてのはしご型神経節システムも残存しており、独自の役割を担っているだけでなく、中枢神経系と連携して生体を動かしている。なぜか? に答えた研究はない。


朝日新聞の16日の記事で、長谷部恭男・早大教授と、小林節・慶大名誉教授の“痛快”記者会見が掲載されている。

長谷部さんの発言は小気味良い。

最高裁の砂川判決

(砂川裁判では)日本が集団的自衛権を行使しうるか否かは、まったく争点になっていない。

前者(個別自衛権)のみが許されるとする論拠が、後者(集団的自衛権)の行使を容認するための論理になるはずがない。

国民を愚弄していると思う。

ワラにもすがる思いで砂川判決を持ち出してきたのかもしれないが、ワラはしょせんワラ。それで浮かんでいるわけにはいかない。

一体化問題

弾薬の供与や発進準備中の航空機への給油がなぜ外国軍隊の武力行使との一体化ではないのか。不思議だ。まさに一体化そのものではないか。

私に対するいわれのない批判

自民・公明に属する複数の与党議員によって、いわれのない批判がなされている。公明の議員は、私が安全保障について素人だから、という指摘も加えている。

オックスフォード大学が2012年に刊行した比較憲法大辞典の、「戦争権限」の項目は私が執筆している。そういう人間を素人と、普通は呼ばない。

今の与党の政治家の方々は、参考人が自分にとって都合の良いことを言ったときは専門家であるとし、都合の悪いことを言ったときは素人だという侮蔑の言葉を 投げつける。

自分たちが是が非でも通したいという法案、それを押し通すためならどんなことでもなさるということだろうか。

アメリカが日本を助けてくれる確実な保証はない

「米国に軍事協力をすることで、日本の安全保障に米国がさらにコミットしてくれるのではないか?」と思われている。

しかし、米国はあくまで自国の憲法上の規定及び手続きに従って、条約上の義務を果たすにとどまる。

いかなる国でも、軍事力の行使は、まずは自国の利益にかなう場合である。米国民の思いや利益を代表する人が、日本を守るために本格的な軍事行使をする決断をするだろうか。その時でないとわからない。

集団的自衛権が安全保障を悪化させる可能性もある

「集団的自衛権が抑止力を高め、安全保障に寄与する」と言われる。

しかし相手方はさらに軍備を強化し、安全保障環境はますます悪化する。プレーヤーの誰かが計算違いを起こすリスクも高まる。


小林節さんも負けじと声を上げる(いささか呂律の回らないところがあるが)

憲法は、権力担当者に課した制約だ

憲法は、権力担当者、本来的に不完全な人間に課した制約だ。

憲法を無視した政治は独裁の始まりだ。「じゃあ、一般国民は憲法守らなくていいのか」ということになる。本当に心配している。

自衛隊は法的には代理人警察だ

自衛隊は、警察などで担えないほどの力が襲ってきた場合に備える警察予備隊として発足した。法的にはいまでも代理人警察だ。

憲法上、海の外に「軍隊」と称するものを出すことはできない。国際法的に見たら海賊になる。勢い余ってよその国の領土にあがったら山賊になる。

「バカの壁」との論争

3人の有名な憲法学者が「集団的自衛権は使えないはずない」と言う。この論争は1年前の議論だ。

「バカの壁」ってやつは一番強い。人間同士の論争は発展性があるが、壁とのはつらい。発展性ない。壁を蹴飛ばすか、こちらが気が狂うしかない。

司法は問われたことしか答えられない

統治行為論というのは、戦争というのは大変な行為だから、国会議員と総理の法判断に一時的に委ねるということだ。

ただ、高村さんの話は、最終的に委ねられたことになっちゃう。

学者は字面に拘泥?

与党は「学者が字面に拘泥」というが、当たり前だ。

言葉を政治家が勝手に無視しようとしたとき、「ちょっと待って」というための学者なのだ。本当にふざけないで欲しい。高村弁護士にぜひ、そのことをお伝えしたい。

自民党の劣化とメディアの復活

勉強会に付き合って最近感じるのは、意見が違うと怒り出す人が多い。意見が合うとプロフェッサーとなるが、意見が違うと「小林さん、あんたね」となる。すげえ、やくざだなあと。

メディアが死んでいて報道してくれませんでしたが、この間の憲法審査会で自民党推薦の参考人が違憲を宣言したことで、メディアが生き返った。

これで国民教育をきちんとして頂ければ、We still have a hope だ。

 

アジア通貨危機 いくつかの感想

1.アジア通貨基金ではなく、アジア通貨危機がだいじだ

アジア通貨危機を学ばないと、AIIBの位置づけは見えてこない。このことははっきりしている。

アジア経済に何が求められているか、それは二つある。一つは発展能力を活かす効果的な投資だ。もう一つは、投機資本に足元を掬われないための強靭な足腰だ。

アメリカが量的緩和をとり続けたために、カネ余り現象が生じている。それは目下は株価バブルとして現象しているが、それはいずれ発展途上国に還流せざるを得ない。なぜなら実体経済以外に物質的富を生む手段はないからだ。

したがって、目下は依然として投機資本に対する抵抗力をどう形成するかが主要な課題である。

2.タイ政府は良くやった

5月に投機資本によるバーツの売り浴びせが始まった。それからわずか2ヶ月後にタイは白旗を掲げた。

その間何もしなかったように言われるが、実体を見ると、少なくともタイ政府は全力を尽くしたといえる。

反応はかなり素早い。5月13日だけで63億ドルの介入を行った。外貨準備高の20%近くを使ったことになる。翌日には「4カ国の通貨同盟」が、100億ドルに上る介入を行っている。

数日の内にタイの外貨準備高は約350億ドルから25億ドルにまで落ち込んだ。それでもなんとか第一撃を持ちこたえた。

そして通貨バーツの民間による扱いを凍結する措置をとった。バーツの借入金利を3千%とし、バーツの国外持ち出しを禁止し、非居住者のバーツへのアクセスを統制した。

これらの行動は、後に見るインドネシアの底抜け規制に比べればはるかに積極果断である。あたかも映画「七人の侍」を観ているような緊張感だ。

しかしまったく余力はない。次の攻撃までの貴重な時間を稼いだに過ぎない。その間に活路を求めて日本をはじめとする各国を訪れるが、結局次の手を引き出すことはできなかった。

3.タイの通貨危機は実体経済の危機の表現だった

理由は二つある。一つは金融、財政の透明性が確保できていなかったからだ。これは政府の責任とはいえない。長年、軍部が政治・経済を縦にした結果、政治・行政が完全に二重化し、闇の世界があまりにも広く深かったからだ。これはIMFの指摘するとおりだ。

もうひとつは、実体経済がすでに危機状態にあったからだ。主要投資国である日本の関心が、すでに一定の発展を遂げたタイよりも、無限の可能性を秘めた中国へ向かっており、投資に陰りが見えていたからだ。

それにもかかわらず、高度成長時の感覚が抜けないままに経済運営を続けていたから、貿易実体に見合わない投資が続き、脆弱性が蓄積していたと見るべきであろう。

どちらが主要な問題か。それは当然後者だろう。しかしIMFはそこが全然見えていなかった。(日本の大蔵省が見えていたかというと、これもかなり疑問ではあるが)

AIIBとの関連で1997年通貨危機をおさらいしたが、どうもすっきりしない。アジアの経済にとってほんとうに必要な金融政策が浮かび上がってこないし、それを妨害するもの(米日支配層)の真の姿も浮かび上がってこない。

ということで、去年10月にアップした 増補することにした。


1997年

97年5月 タイ通貨への攻撃開始

5月初め ゴールドマンサックスの分析ペーパー、タイ通貨バーツ切り下げの噂を広める。この時点での為替レートは1ドル26バーツ。

5月13日 タイの通貨バーツに対する大規模な攻撃が始まる。一日だけでドルとバーツの取引量は60億ドルを超え、市場は売り一色となる。タイ当局の介入額は63億ドルに達する。

5月14日 シンガポール、マレーシア、香港の4 カ国が、「通貨防衛のための相互協力」に基づき、地域協調介入を実施する。介入額は100 億ドルに達する。

5月14日 タイの外貨準備高は約350億ドルから25億ドルにまで落ち込む。

5月15日 タイ政府、IMFによらない危機乗り切りを模索。資本流出規制措置を実施。オーバーナイト借り入れレートを3000%に引き上げ、バーツの国外持ち出しを禁止し、非居住者のバーツへのアクセスを制限する。

5月20日 IMFのフィッシャー副専務理事らが訪日。日本の大蔵省幹部と会談し、投機資本対応での連携強化を確認。

6月21日 ウィラワン副首相兼蔵相が辞任。後任にタノン。

6月30日 タイ政府、通貨切り下げはしないと宣言。

97年7月 タイ・バーツの崩壊 フィリピン、マレーシア、シンガポール攻撃の開始

7月2日 タノン蔵相、バスケット・ぺグ制(ほぼドル・ペグと同義)を廃止。実質的な変動相場制に移行すると発表。IMFの指示を受け入れ、固定相場廃止へ舵を切る。

7月2日 通貨バーツは一気に20%低下。多額のドル借り入れをしていた多くの銀行やノンバンクが危機に陥る。

7月2日 フィリピン、マレーシア、シンガポールにも通貨攻撃。香港は通貨防衛のため10億ドルの介入。

7月14日 フィリピン、為替レートの下落を容認。相場は市場実勢に委ねられる。

7月14日 マレーシアが通貨リンギットの防衛を断念。減価を容認。シンガポールも通貨を減価。

7月16日 タノン蔵相が訪日。中央銀行によるクレジット・ライン(融資枠)の設定や協調介入などを日本に要請するが、支援を取り付けられず。

7月18日 インドネシアにルピア売りの第一波が押し寄せる。政府は通貨変動幅を拡大(実質10%切り下げ)させることで対応。

7月25日 東アジア・太平洋中央銀行総裁会議(EMEAP)、「構造調整プログラムを支援する融資制度」について議論。

7月29日 タイ政府、IMF に対して正式に支援を要請。厳しいコンディショナリティを受け入れる。

IMFの貸付条件: 1.財政緊縮による経常収支と財政収支の黒字化、2.高金利によるインフレ抑制、3.管理フロート制の維持と外貨準備の積み増し、4.金融リストラ(ノンバンク58社の業務停止など)が突きつけられる。

97年8月 インドネシア・香港への波及

8月11日 IMFがタイ支援国会合を東京で開催。総額140億ドルの支援で合意。IMF が40 億ドルを、世界銀行・アジア開銀が30億ドル、日本が40億ドルを負担する。

この支援会議で、日本以外のアジア諸国が積極姿勢を示し、拠出目標を30億ドル以上超過した。これはアジアの通貨プールの可能性と有効性(1.貸出限度額の大幅拡大。2.迅速な対応。3.独自のアジア基準)を示すものと受け止められた。

8月12日 インドネシア、香港への通貨攻撃が始まる。インドネシアは為替管理を断念。自由変動相場制へ移行。この後民間企業のドル買いが殺到し、ルピアの暴落が始まる.

8月17日 マレーシアが完全変動相場制へ移行。通貨リンギットは年末までに50%の減価。

8月24日 大蔵省がアジア10 カ国・地域を中心に1000 億ドル規模の基金を作る構想。榊原財務官を中心に各国との折衝を開始。

大蔵省のAMF構想 日 本の円を中心にアジア版基金を作り、通貨危機に見舞われた国には優先的に通貨準備を融通することを提唱.中国・香港・日本・韓国・オーストラリア・インド ネシア・タイ・シンガポール・マレーシア・フィリピンで1000億ドル規模の基金を作り、IMFを補完する役割を持たせることになっていた。

97年9月 「アジア通貨基金」構想の挫折

9月12日 三塚蔵相がアジア10 カ国・地域に対し日本提案を送付。香港でのIMF・世銀総会の際に協議するよう提案。

9月14日 サマーズ財務副長官から榊原財務官に電話。①アメリカが参加していないこと、②AMF がIMF と独立して行動する可能性について非難する。

9月17日 ルービン財務長官から三塚大蔵大臣に電話。アメリカ政府としてはAMF 構想には反対と明言する。

9月17日 ルービン財務長官とグリーンスパンFRB 議長の連名によるAPEC 各国蔵相への書簡。AMFへの懸念を表明。対案として、1.アジア・太平洋地域における協調行動の枠組づくり。2.IMFの増資、新規借入れ取り決めの早期実現、を打ち出す。

9月18日 バンコクでASEAN 蔵相会議が開催。日本提案が全面的に支持される。IMF のカムドシュ専務理事も原則支持を表明。

9月19日 オーストラリア、スピードが速すぎるとし消極的態度を示す。

9月20日 日米蔵相会談。ルービン財務長官は三塚蔵相に対し、アジア通貨基金構想への懸念を強く表明。

9月20日 G7会合。ヨーロッパ諸国のなかからもアジア通貨基金構想への懸念が表明される。

9月21日 香港でIMF・世銀の年次総会.マハティール首相は,「実需を伴わない為替取引は不必要、不道徳で非生産的だ」と強く非難.国際投資家のジョージ・ソロスは、為替取引きの制限は「破滅的な結果につながる」と反論.

9月21日 IMF年次総会に引き続き先進七か国蔵相・中央銀行総裁会議(G7).この間に三塚蔵相とルービン米財務省長官の個別会議.ルービンはAMF構想への強い反対を改めて表明する.

9月21日 アジア10ヶ国・地域蔵相会議の前座として蔵相代理会議が開かれ、アメリカ(サマーズ財務副長官)、IMF(フィッシャー副専務理事)がオブザーバーとして出席を認められる。香港、オーストラリアは一般論を述べ賛否を表明せず、アメリカの説得を受けた中国は、発言しないという形でアメリカに同調。

9月21日 蔵相代理会議の合意失敗を受け、蔵相会議は中止となる。

97年10月 通貨危機の第二波

10月8日 インドネシア、IMFに支援要請。IMFは民間16銀行の清算を求める。

10.31 インドネシアとIMF、総額400億ドルの支援枠組みで合意。このあと政府の動揺もあり、金融不安がさらに進行。

10月 アジア為替・金融危機の第二波、台湾とシンガポールにも波及.台湾は経常収支黒字を継続してきたために為替相場が安定しており、シンガポールは東南アジアで最もファンダメンタルズが強固だったため,攻略は成功せず.第三波は香港へと向かう.

11月18日 マニラで日本、アメリカとASEANなど14 ヶ国・地域の蔵相・中央銀行総裁代理会合。アメリカからマニラ・フレームワークが提示される。「協調支援アレジメント」(CFA)と呼ばれ、二国間支援をたばねる構想。

11月 タイのチャリワット政権が崩壊。チュアン政権に交代。バーツの下落は止まらず、1ドル53バーツに落ち込む。株価は最高時の12%にまで下落。

11月 韓国,財閥の連続倒産を契機としてウォン相場が急落.短期融資の比率が高かった韓国は,債務借り換えに失敗し実質デフォ―ルト状態となる.IMFに緊急支援を要請.

11月 APEC非公式首脳会議.「市場参加者の役割についてIMFが行っている研究の結論を期待する」とし,通貨取引の在り方全般をIMFに丸投げ.

97年12月 ASEANの対応

12月 アジア金融危機のただなか,クアラルンプールで,ASEAN30周年を記念する第二回非公式ASEAN首脳会談.「2020年 ASEANビジョン」を発表.「2020年までにASEAN共同体となることを目指す」とする.「思いやりある社会の共同体」の考えを打ち出す.

思いやりある社会の共同体: 当時の国際金融危機を背景に打ち出された.社会的弱者を放置すれば,格差が広がり,社会が分裂して社会の強靭さが損なわれるとし,①思いやりある社会の建設,②経済統合の社会的影響の克服,③環境の持続性の促進,④ASEANとしてのアイデンティティーの創出などが掲げられている.

12月 日・中・韓国の首脳が招待され,ASEAN首脳会談に引き続き東アジア首脳会議.ASEAN+3の始まりとなる.当初ASEANは,日本抜きで開催する方向を明らかにし,この動向を見て急遽日本政府も参加を決断.

12月16日 ASEAN9カ国首脳が中国の江沢民国家主席と会談.21世紀に向けた親善相互信頼パートナーシップを謳う「中国・ ASEAN共同声明」を採択.

中国・ ASEAN共同声明: 中国はASEANの平和・自由・中立地帯構想を支持し東南アジア非核兵器地帯条約の発効を歓迎.ASEANは「一つの中国」 政策を順守.南沙諸島問題では「武力に訴えることなく,平和的手段で意見の相違や紛争を解決する」ことを誓約.

12月 マハティール首相,国民経済行動評議会を組織.ダイム特別相、ノルディン・ソピー戦略国際問題研究所長らに通貨危機への総合的対応策の検討を命じる.

12月末 インドネシア、累積債務1300億ドル(民間ふくめ)に達する。ルピアは対ドル2400から5100まで下落。失業者は少なくとも数百万人。米国は金融危機に対して一切の支援を拒否し,IMF基準の押し付けに終始したため、米国とAPECへの失望が広がる.

1998年

98年1月 そらとぼけるルービン

1月 通貨下落は底を打つ。通貨価値の下落幅はインドネシア・ルピア81%、タイ・バーツ56%、韓国ウォン55%、マレーシア・リンギ46%、フィリピン・ペソ42%となる。

実質GDPはインドネシアでマイナス13.7%、タイで同10.0%、韓国で同5.8%など、いずれも未曾有のマイナス成長を記録した。

貧困層の人口割合は、韓国(都市部)で9.6%から19.2%と大幅に増大、インドネシア、タイでもそれぞれ11.3%から20.3%、11.4%から13.0%に増加。

1月 ルービン財務長官がアジアの金融状況について講演。

要旨: アジア諸国は数十年にわたり高成長を達成してきた。その結果、政府・銀行・企業の癒着(縁故資本主義)が広がり、金融システムは不透明となっている。外国人投資家はこういう状況を知らないままに巨額の資本を投入した。これが通貨危機を引き起こした。

1月9日 インドネシア政府、前年比+32%の拡張型予算を発表。これに嫌気してルピア売りが一気に進行、対ドル1万6千ルピアに達する。買いだめパニック、売り惜しみが出現し不安を煽る。

1月13日 東ジャワで、暴動が発生。スハルト退陣を求める声が公然化。

1月 インドネシア企業格付けがジャンク債級に引き下げ。銀行は超高金利により逆ざやに陥る。この結果、銀行を経由するL/C貿易が困難となる。

1月 IMF、インドネシアへの貸付条件を緩和。対GDP2%の赤字を許容。インフレターゲット内での金利引き下げを認める。

98年2月 インドネシアが政治危機に

2月9日 スハルト、対ドル固定のカレンシー・ボード制を提案。IMFは時期尚早と一蹴。海外でのスハルト不信が強まる。

3月10日 スハルト、国民協議会の間接投票で大統領に再選。IMFの再建計画に従うと表明。

3月17日 学生デモが初めて街頭に進出。

3月 IMF、改革実行が不十分としてインドネシアへの第二次融資を保留。

5月1日 インドネシア政府、IMFの条件厳守を約束し第二次融資が開始される。

5月5日 石油燃料の補助金が削減される。これに伴い燃料価格、電力料金、公共交通料金があいついで引き上げ。急激なインフレが進行する。

5月12日 学生デモに治安部隊が発砲。学生6人が死亡する。抗議デモは各地で暴動化し、無政府状態に陥る。

5月19日 スハルトが辞意を表明。ハビビ副大統領が大統領に就任し、一連の自由化政策を実施する。

6月 米フィナンシャル・タイムズ紙,日本の金融市場が麻痺して円が対外責任能力を喪失した状況にあるとし,「日本株式会社は死にかかっている」と表現する.いっぽう元の防衛に成功した中国は,「世界の金融政策形成に対する影響力を持つものとして登場した」と述べる.

7月 IMF、インドネシアに対する50億ドルの追加支援を決定。支援国連合も80億ドルの支援を表明。

7月 マハティール,IMF路線で財政再建を図るアンワル副首相を更迭.短期資本を規制し,独自の為替管理で危機に対応.この年マレーシアの成長率はマイナス7%.

8月17日 ロシアに通貨危機が飛び火。通貨危機がアジアの特殊性に基づくとの考え(IMF、米財務省)は粉砕される。

9月 マハティール,IMF派のアンワル副首相を解任.ドル・ペグ制を復活。日本はマレーシア支持の姿勢を明確にする.

10月3日 アジア蔵相・中央銀行総裁会議が開催。「アジア通貨危機支援に関する新構想」(新宮沢構想)が発表される。通貨危機対応だけでなく、その結果生じた経済困難の克服もふくまれる。将来的には、「アジア諸国を中心とする新たな国際保証機構」の設立を期待したもの。

「新」がつかない宮沢構想は、1988年に、当時の宮澤蔵相がトロント・サミット蔵相会合で提案した、中所得債務国向けの債務救済スキームのこと。債務国の成長を視野に入れた中期的な構造調整プログラムの実行を前提に、IMFが中心となって債務国の資金フローを強化するというものであるが、合意には至らなかった。

10月 宮沢蔵相,先進7カ国蔵相・中央銀行総裁会議(G7)で発展途上国などの通貨危機対策として、ヘッジファンドなどによる短期的な資本取引の規制案を提案.危機に陥ったアジア諸国を対象に 300 億ドルを資金供与する新宮沢構想を発表.

11月 米国防総省,東アジア戦略報告を発表.日米同盟を「21世紀においても米アジア安保政策のかなめ」と位置付ける.またARFの役割を積極的に評価.

12月15日 ハノイで第6回ASEAN首脳会議.経済回復を目指す特別対策「大胆な措置に関する声明」を発表.CEPT実施率の努力目標 を1年間前倒しする.2020年ビジョンを実現する行動計画として,2004年を期限とする6ヵ年行動計画(ハノイ行動計画99~04)を採択.マクロ経 済と金融に関する協力の強化を主柱とし,経済統合の強化,ASEANの機構とメカニズムの改善などに取り組む.

12月16日 ASEAN首脳会議に引き続いて第二回ASEAN+3首脳会議.並行して日中韓三国首脳会議も開催。以後,ASEAN首脳会議とASEAN+3首脳会議はセット となる.

各国の提案合戦: 金大中の提唱で,協力のための検討機構として,東アジア・ビジョン・グループ(EAVG)を設置.中国の胡錦濤副主席は,金融危機打開のため東ア ジア蔵相会議の開催を提案.小渕首相は新宮沢構想を発表する一方.蔵相会議への米国の参加をもとめ,顰蹙を買ったといわれる(外務省のホームページには記載なし).

98年 この年のASEAN経済成長率はマイナス7%,インドネシアでは13%の落ち込み.対米不信はロシア危機の際に米財務省がヘッジファンドの救済に乗り出したことから、さらに増幅される.

大脳辺縁系を調べていて、この説の提唱者がポール・マクリーン(Paul MacLean)という人だということが分かった。

それで、マクリーンを批判した文章を見つけた。鹿児島大の内山裕之さんという人で、雑誌の巻頭言らしい。題名は「科学に介入する“常識”」というものである。

“意識consciousness,自覚awareness,mind,soul などと呼んでいるもの”を研究する場合、…研究者としては,運動制御や感覚認知といったものからの非常に大きな質的飛躍に当惑する.

地動説や進化論のように科学と宗教あるいは「常識」の対立が顕在化しているような場合は,研究遂行の障害になりこそすれ科学そのものへの影響は比較的小さい.しかし,無自覚に影響されている場合は厄介である.

と、という前置きの後、マクリーンの批判が始まる。

筆者がその影響力を懸念しているのが,マクリーンの「三位一体脳」(triune brain)モデルである。

         マクリーンの概念図

マクリーン

マクリーンは大脳辺縁系だけでなく、そういうことも主張しているらしい。それで、三位一体説というものがどんなものかというと、

このモデルは,ヒトの脳の構造を,反射脳,情動脳,理性脳の3つの階層モデルで理解しようというものである.

脳は進化的に、反射脳,情動脳,理性脳の順に出現し,反射脳は爬虫類脳,情動脳は下等哺乳類脳,理性脳は高等哺乳類脳に対応する。

理性脳は大脳新皮質,情動脳は辺縁系,反射脳は大脳基底核に相当する。

脳の進化の階層性は当然承認するものであるが、辺縁系を強く押し出す根拠はこの形而上学的ドグマにあったのかと、初めて知った。

内山さんは、マクリーンの「情動的背景」に迫る。

本稿を書くに当たってMacLean の生い立ちを調べたところ,プロテスタントの一派である長老派教会の牧師を父に持っていたことが分かって意を強くした.

「三位一体」という用語や「本能のままに生きている動物」と「情動を克服できる理性を獲得したヒト」といった対立図式は、キリスト教的な倫理観,世界観を強く感じさせる。

そして「三位一体図式」が専門家に無批判に受容されているいくつかの実例を指摘する。

内山さんは、あらゆる脳科学上の知見から見て、この三位一体脳モデルがナンセンスなモデルであると断ずる。そして、新しい比較神経学の知見によって覆されていると強調する。

さらに、マクリーンの大脳辺縁系=情動脳というセオリーそのものも一刀両断にする。

海馬や帯状回の機能と、理性脳である「新皮質」の中でも特に高次とされる領野との密接な関係性が明らかになった。理性脳が情動脳の上位にあるとする三位一体脳モデルの妥当性は揺らいでいる.(すでに崩壊したというべきであろう)

最後に内山さんは皮肉たっぷりに締めくくる。

小惑星の衝突というたった一回の非常に偶然の出来事によって,ヒトや多くの哺乳類は地上に現れた。偶発によって地上に魂や知性が生み出されたことになる.

筆者には魂や知性がそのような偶然の産物であるとは到底思えないのであるが,このような考えも筆者自身の「常識」に束縛されたものなのかもしれない.


内山さんのマクリーン批判は必ずしもスッキリしたものではない。三位一体論とともに、生物の進化そのもの、その階層性まで否定するかのような傾向が見られるからである。

ただ、マクリーンの三位一体論→情動脳→大脳辺縁系というきわめて強引な論建てを、蹴っ飛ばしたという点では痛快である。

第1回総会の「平和宣言」と言われるが、全文が読めない。日弁連のサイトで検索をかけたが出てこない。

そもそも日弁連に関する記述が、ネット上では恐ろしく少ない。日弁連の歴史とか成立の経緯などもほとんど分からない。情報統制がかけられているのではないかと思うくらいだ。

ウィキペディアの「日弁連」の項目も、“1949年(昭和24年)、弁護士法第45条から第50条に基づき設立された団体”以外の情報はない。

とにかく昭和24年9月1日に創設されて、翌年5月12日には広島で第一回定期総会が開かれた。

このへんの書き方が微妙なところなのだが、“総会に引き続いて開催された”全国弁護士平和大会で採択されたのが「平和宣言」ということになるらしい。

つまり形としては有志の集会ということだ。

各種文献では、この平和宣言のさわりは下記のごとくなっている。

日本国憲法は世界に率先して戦争を放棄した。われらはこの崇高な精神に徹底して、地上から戦争の害悪を根絶し、各個人が人種国籍を超越し、自由平等で且つ欠乏と恐怖のない平和な世界の実現を期する。右宣言する。

いかにも法律家らしい文章だ。

分解してみると、自由平等と平和が目指すべき社会の2本柱だ。戦争は欠乏と恐怖をもたらすものとして忌避されている。

そのためには「戦争の害悪を根絶」するという任務と、「各個人が人種国籍を超越する」という任務が打ち出されている。後者は、「湯川イズム」というか、当時の雰囲気を表している。

そしてその精神を日本国憲法、なかんづく「戦争放棄」条項にもとめている。なぜならそこには世界に率先するという「崇高な精神」が宿されているからだ。

という流れになるでしょう。

ちなみに昭和25年5月12日というのは、まさに風雲急を告げる時期でした。

24年の10月に中華人民共和国が成立すると、GHQの方針は一気に右展開します。

そして平和宣言の1か月後には朝鮮戦争が始まりました。GHQは共産党を非合法化し、職場のレッドパージを敢行。その一方で旧軍人の追放を解除し、これを警察予備隊(いまの自衛隊)へと組織していくことになります。事態は「平和宣言」とは真逆の方向へと展開していくのです。

脳の科学第五回 担当:浅川伸一

というページに面白い画像があった。

脳活動
1.視覚系言語のミッシング・リング
“受動的に単語を見ている”というのがどういう状態か分からないが、この場合は、読んでいるというのとは違うのだろう。第一次視覚野しか働いていない。
ここから乗り越えなければならないステップが二つある。
2.連写写真的認識の段階
まずひとつは、読むというのは、過程であるから動画的理解(背側視覚路)が必要になるはずだ。それは頭頂葉で処理され画像的シンボルの連鎖(連写写真)として理解されるはずだ。それは時間x空間認識と関わる領域に存在するはずだ。
3.聴覚言語への置き換えと聴覚言語中枢での処理
もう一つは聴覚言語とのリンケージだ。発達心理学の経験と突き合わせると、それは両中枢の相互作用というよりは、聴覚言語への変換→ウェルニッケ中枢への流入という形をとっているのではないだろうか。視覚言語の習得過程を見ると、しばしば音読による「文字情報の復唱」(呟きながら読む)という段階が観察されている。さらに、感覚性失語では文字認識も障害されるという現象も傍証となるかもしれない。
上の写真の4つのシークエンスには、文字列を読み込んでそれを理解しようとしている場面の画像がない。おそらくその際は視覚野(とくに背側経路)、知覚連合野の時間・空間認識野、さらにウェルニッケ野が総動員されているのではないだろうか。勘ぐると、あまりにも全体が光りすぎて絵にならないために、棄てられたのではないかと想像する。
4.聴覚言語は比較的カンタン

単語を聞いているときは、比較的簡単だ。聴覚は視覚と異なり、体勢知覚の一部でしかないから頭頂葉(聴覚野)に直接受容され、その後方のウェルニッケで言語として処理される。写真を見ると、聴覚野とウェルニッケが共に働いていることが一目瞭然である。
5.ブローカは作語で、頭頂葉が発語
動詞を作成している時の脳活動部位は興味深い。ブローカがフル活動している一方、運動野は全く動いていない。まさに「沈思黙考」だ。
語るべき言葉を考え、単語を選ぶときはもっぱらブローカ中枢が働き、それをしゃべる時はすでにブローカは活動を終え、違う神経(頭頂葉の運動野)が働いていることが分かる。ブローカはしゃべること自体には関与せず、それは頭頂葉の運動野に委ねているようだ。
失語症の患者でもオウム返しはできるのはこのためなのだろう。
6.ブローカと内言語
ウェルニッケとブローカとのあいだには、当然ながら「思考」という回路が入るし、ブローカの作語過程そのものが思考でもある。
この時我々は、母国語の延長である内言語で思考し、語るべき言葉を考え、単語を選ぶ。そこには辞書はいらない。
だからブローカで作成された言葉が、直接頭頂葉に向かっても何の問題もないのだ。現に提示された写真では言葉の作成時点でも、発語の時点でもウェルニッケはまったく活動していない。
7.内言語から視覚言語への転換
人間は視覚言語という外国語を聴覚言語という母国語に翻訳し、母国語の延長である内言語で思考し、語るべき言葉を考え、単語を選ぶ。
そしてそれを再度視覚言語に転換しなければならない。それはどこで行うのだろうか。それは上りの時と同様にウェルニッケを介して行われるのだろうか。それとも別の場所に別の辞書があるのだろうか。
常識で考えれば、①上り用の辞書(英和辞典)と下り用の辞書(和英辞典)は別のものだと思う。英和辞書を再ソートすれば和英辞書として使える可能性はあるが、それはあまりに煩雑だ。②ウェルニッケはそもそも上り線の駅として特化した領域なので、そこを下りにも使うとは考えにくい。
となれば別の場所に別の辞書があると考える方が素直だろう。ではそれはどこか。
ウェルニッケが言語認識に特化した部位である以上、ブローカも言語作成に特化していると見るべきだろう。とすれば、やはり書字に関係する連合運動野かその近傍でやるしかないのではないかと思う。

ところで、「動詞を作成している」シーンで、側頭葉の後方に光る場所があるが、その活動部位はどこなのだろうか。海馬だろうか。

大脳辺縁系

脳科学を勉強するときにきわめて厄介な言葉である。

第一に、名が体を表わしていない。解剖学的には決して大脳の縁にあるわけではない。そもそも“limbic system”という言葉を、どうして大脳辺縁系と訳したのかが理解できない。

大脳辺縁系

http://www.akira3132.info/index.html より転載

大脳をキャベツとすると、キャベツの芯に相当するのが脳梁だ。最初に使い始めたブローカは脳梁に近い所(したがって大脳半球の内側面下部)を辺縁系といったようだ。それならそれで分かる。

そこは、解剖学的には帯状回と海馬傍回で形成されている。

しかしその後に出てきた学者が定義をねじ曲げて拡大解釈して、訳の分からないものにしてしまった。自民党政権が憲法をねじ曲げて、戦争でもなんでもできるようにしてしまったのと似ている。

だから、使う人によって範囲も意味も異なっている。一般には発生学的に原皮質(旧皮質)や古皮質に由来する「古い大脳」を指すようだが、それならそうといえばよいだろう。

ということで、今では中脳より上のすべて、扁桃体、中隔核、視床下部、視床前核まで、すなわち間脳のすべてがふくまれてしまっている。

大脳辺縁系にふくまれる各部位の機能を一覧表にしたのが、下の絵。

辺縁系の役割

本能と自律神経と記憶を、「感覚的思考」として一絡げにするのは、どだい無理だ。公序良俗に反する。

どちらかと言うと、情動を研究する大脳生理学者によって好まれる概念のようであるから、情動生理学者の主たる研究領域を大脳辺縁系と呼ぶ という定義が一番現状にかなっているのではないかと思う。


多くの人が「大脳辺縁系」という言葉を無批判に使っているが、どうなんだろう。それは解剖学的なエンタイティではないし、発生学的なエンタイティでもない。「情動」という生理学的機能に関連した部位をひとっからげにした、かなり恣意的な枠組みではないか。


例えば視覚に関わる脳部位はたくさんある。網膜から外側膝状体、一次視覚野、さらに側頭葉、頭頂葉の連合野までが絡む。これを大脳視覚系と呼んでも良い。しかし解剖学的に一体とするような言い方は絶対に間違いであろう。


言語の習得と神経線維のミエリン化

このあいだ、言語の獲得には生体の発達が必要な理由について書いた。

それはブローカ中枢で言葉が形成されて、それを舌や唇で言葉にして発するまでの過程が、関連した筋肉の特殊な発達と、それをシリーズとして連合させるスキルの問題として提示した。

実は、それより以前の過程としてウェルニッケからブローカに至る経路の問題もありそうだ。

聴覚野というのは側頭葉のほぼ中央上部に局在する。その情報には頭頂葉の体性感覚野が広がっている。そして後方にはウェルニッケ野が接している。

詳細はよくわからないのだが、言語刺激はウェルニッケで処理された後、体性感覚野に送られ、そこから運動野へと伝達され、さらに運動野からブローカ中枢に達するようである。

もちろんその間に思考も入るのだろうが、相当なまわりみちである。シナプスも数回乗り換えるのではないだろうか。

我々がアンデスの先住民と会話するようなもので、日本語を英語に通訳して、それをさらにスペイン語に通訳して、さらにケチュア後に通訳するようなものだ。これでは人とおしゃべりなんかする余裕はない。

ここをスピードアップするには運動野の訓練も必要になるし、通信速度の高速化が必須である。

ホムンクルス

ホムンクルスを見ると分かるように、体性感覚は比較的ベタなのに、運動野は手指と発声に極端に比重が置かれている。これが生得的なものか獲得性の変化かは分からないが、いずれにしてもこの分布が完成するのには生後数年を要するであろう。

もう一つは髄鞘(ミエリン)化の問題である。神経線維には裸髄線維と髄鞘線維がある。生まれてすぐはほとんどが裸髄で、その後にグリア細胞が巻き付いて髄鞘化が進行する。

人間の脳重量は新生児ではわずか400グラム、これが成人になるまでに1300グラムにまで増大する。実に3倍である。

で何が重量増の要因かというと、一つの神経細胞が出す線維の数の増加と髄鞘化である。

髄鞘化の利点は刺激伝達の高速化である。むかしネット通信でADSLというのがあった。同じ電話線を使ってもデジタル化することで通信速度を10倍位に上げることができるようになった。当時としては革命的な技術である。(もっとも今では光ケーブルの導入により過去の遺物と化したが)

これと同じことが髄鞘化(絶縁性能の向上)により達成できるのだ。

この高速化は順次行われるらしく。最初に起こるのは体性感覚野、次が聴覚、そして視覚、それから言語だとされている。(他文献での確認必要)

哲学ニュース」というページに、こんな写真があった。

復員
昭和21年に品川駅で撮影されたものだそうだ。
復員軍人たちを撮ったものとのこと。
平和ってこんなにも素敵なものなのだ。
もちろん、深読みすれば、彼らの笑顔は帰れなかった兵士の笑顔も代弁しているだろう。
その陰には、彼らが殺した中国人たちの恨みも隠されているだろう。
いずれにしても、この笑顔が戦後の平和日本の出発点なのだ。

脳は新たな機能を加えながら進化してきた。脳は単独にではなく、他の臓器と連動しながら進化してきた。それは教科書にも書いてある。しかしなぜ「進歩」したのか、なぜそれが「進歩」といえるのかは書いていない。

わたしは、生物の進化というのは自然に対する自由度の拡大なのだろうと思う。言い換えると、自然に対する相対的独立性の拡大とも考えられる。

これは3つの内容をふくむ。

1.自然への適応

ひとつは生物そのものが自然の一部であり、自然の営みの1つのシーンだということ。したがって、生物は自然の許容する範囲でしか生きられないということ。したがってまず何よりも、生物は自然に適応しなければならないということだ。

2.自然からの独立

2つ目は、自然の営みに逆らうものとしての存在だ。ホコリは風に飛ばされる。砂は波に洗われる。生物は飛ばされまい、流されまいと抗う。そのための手立てを様々な形で生み出すことにより、自然(非生物的自然)に対する独立度を維持拡大してきた。
さらに動物は、所与の環境を拒否し、自らの意志で移動することで、飛躍的に独立性を高めた。

3.自由と欲望の拡大

三つ目は、内的論理の拡大だ。それは一種の「欲望」として発生する。生物の機能が高度化すればするほど欲望は拡大し、それを可能にする「余暇」が発生する。生物は欲望をかきたてその実現をもとめる。

マルクスがいみじくも言うように、「自由」はまずもって「自由な時間」として現れる。

この3つは、生物の進化の三段階(重層的な)とも捉えられる。

この中でもっとも重要なのは、言うまでもなく第二段階だ.これが生物学の主体をなす。三つ目の段階は、高等生物、とりわけ人間にとって問題となるので、脳科学・心理学・社会学などとの境界領域をなす。

これが生物進化の道筋であり、「進歩」といえる内実であろう。生体のしくみの高度化、精緻化はそのための手段・基盤であり、それ自身が目的ではない。

これを荒削りな形ながら、人類社会と諸個人の関係に対比したのが史的唯物論であろう。

ということで、私としては挫折したアジア通貨基金構想の再チャレンジみたいなことを期待していたのだが、どうもそのような志を持ったものではなさそうだ。

有り余るドルを手にした中国が、「私も世銀ごっこをしてみたい」と言い出しただけの話のようだ。

それがこのように話が大きくなってしまったのは、世界最大の経済国家となりつつある中国に対し、「バスに乗り遅れるな」的ブームが巻き起こされたに過ぎない。

こう言ってしまうと身も蓋もなくなるが、ブームになった背景というのは、それなりに深刻である。

資金需要と供給の不均衡が深刻化

ひとつの背景として、アジア諸国の旺盛な資金需要に対してアメリカ(と先進国)が応え切れなくなっている状況、それに対する不満が蔓延しつつある状況がある。

人類は投資すべき巨大な富を持っているのに、それらが過剰流動化しているために、あるいは逆に死蔵化されているために、有効利用できないという資本主義の罠にハマっている。

ドル支配体制の矛盾が極限に

もう一つは、一国の通貨にすぎないドルが、国際金融における基軸となっている矛盾がますます激しくなっていることである。通貨面の壁である。

それがすべてとは言えないが、金融面から見れば、通貨発行権を通じてのドル支配が、新経済秩序を打ち立てる上で最大のネックとなっている。

これを打破するには、通貨の多国間スワップ、共通の通貨バケットの形成以外にはないと思う(もちろん各国中銀のガバナビリティ確立が前提ではあるが)

ただ今のところ、残念ながら、ドルの基軸通貨としての優位性は前提としなければならない。したがってリージョナルな共同体を形成するためには、域内主要国の通貨(円あるいは人民元)のドルとの完全な連動性(一切のペグなしの完全変動相場制)が前提となる。

今回のAIIB構想はそれらの困難をすべてスルーしているようにみえる。だからそれはアジア開銀の補助的な役割にとどまるだろうし、中国が胴元になった新たな金貸し銀行が開業したに過ぎない、という結果になるのではないか(それだけでも確かにすごいのだが)


とはいえ、AIIBは米財務省・IMF・世銀のトロイカ体制への鋭い攻撃であり、新自由主義経済に対抗する最初の本格的なアウトサイダーであり、既存の金融秩序を揺るがす可能性を秘めたものである。

短期的に見ても、経済はしばしばマインドで動くことから、これが一つの潮目を形成しないとも限らない。

その政治的意義はきわめて大きいといえよう。


2013年

10月 習近平主席、APEC首脳会議で「アジア開発・投資銀行」(以下AIIB)を提案。アジアにおけるインフラ整備のための資金ニーズに、代替・補完的に応えることを目的とする。

2014年

4月 李克強首相、ボアオ・アジア・フォーラムの第13回年次総会でAIIB計画を説明。資本金は当初500億ドル、最終的には1千億ドルを目標とする。75%はアジア地域、残り25%をアジア域外から調達する計画。

10月 北京で中国・アジア・中東諸国がAIIB の枠組みに関する政府間覚書(MOU)に調印。この時点での参加国は21カ国。設立メンバーの締め切りを2015年3月末とする。

11月 ASEAN で唯一署名してなかったインドネシアも署名。

2015年

2月末 ニュージーランド、サウジアラビア、モルディブ、タジキスタン、ヨルダンが加わり27 カ国となる。

3月12日 イギリス外務省がAIIBへの参加を表明。G7(先進7カ国)では初の参加表明となる。

3月16日 フランス・ドイツ・イタリアがAIIBへの参加を表明。

3月20日 米・日両国、参加を見送るむねを表明。理由としては、①ガバナンスに不安、②出資の透明性に欠ける、③融資基準の質の確保に疑問、など。

3月20日 中国財政相、申請期限後も日本とアメリカの参加を待ち続けると表明。

3月26日 韓国がAIIBへの参加の意思を表明。

3月28日 ロシア、ブラジルが参加の意思表明。

3月29日 米国の要請で参加見送りを検討していたオーストラリアが、一転して参加の意思を表明。

3月31日 創設メンバーとなるための期限。この日、ブラジル、スウェーデンが参加表明。ヨーロッパの主要国を含め、5大陸51の国と地域が参加を表明する。

3月31日 ジェイコブ・ルー米財務長官、既存の国際金融機関と補完的な関係の構築や、融資基準の厳格化などを条件に、AIIB創設を「歓迎する」と述べる。

3月31日 経済同友会の長谷川代表が見解を発表。1.投資需要からすれば、セカンドの選択肢があっても全然おかしくない。2.参加しないことによって、インフラビジネスが不利にならないような配慮が必要。3.日米同盟は安全保障の同盟であって、経済同盟ではない。

4月14日 李克強首相が河野洋平と会見。「後から参加した国も発言権が得られないということではない」と語る。

4月15日 中国財政部、創設メンバー国が57か国に達したと発表。

4月21日 ロイターが、資本金10億円以上の日本企業にアンケート調査。AIIBに日本が不参加でもデメリットは特に感じないとする企業が8割にのぼる。

警戒感の根拠: 1.中国の独断によって設立準備が進められている。2.設立協定案が提示されず、組織構造、意思決定機関の有無などが不明のまま。

4月23日 アジア開発銀行の中尾武彦総裁、北京で李克強首相と会談。「AIIBの成立は地域の経済発展の需要に沿う。ADBも協力を始めたい」と述べる。

4月 各紙の報道でAIIBの詳細が明らかになる。中国が初期資本金1000億ドルのうち297億8000万ドルを分担。出資比率は当初予想の50%から30%に減る。しかし主要議題は議決権75%以上の賛成が必要のため、中国の拒否権は確保される。次いでインドが84億ドル、ロシアが65億ドル、ドイツが45億ドル、韓国とオーストラリアが各37億ドルとなる。
本部は北京に置かれ、本部建設や人件費を含め初期経費は全額中国が負担。総裁も中国人が勤める。理事会メンバーは本部に常駐せず、総裁以下マネジメント主体での運営となる。資本金を引き当てに債券を発行し、国際資本市場から資金調達。これを準商業ベースで貸し付ける形態をとる。

共産党の幹部会声明が出された。

戦争法案阻止のために、党の総力をあげてたたかおう

期間は100日。この半年間の運動の基調となるものだ。

戦争法案の3つの危険性

声明はまず、戦争法案の危険性を3つに整理した。

①違憲性、②対米従属性、③歴史逆行性

①違憲性の問題はきわめて分かりやすいし、「反戦・平和」の一点で国民を結集できることは間違いない。

そこで、左翼勢力は②対米従属性の問題を強く押し出し、闘いを通じて多くの人々を左翼の側に移動させなければならないだろう。これはだいじな留意点である。

③歴史逆行性の問題は理念の問題である。ここを有機的に積み上げていくことはなかなか困難な作業だが、推進派との論争では必ず浮かび上がってくる。

「あのような悲惨な戦争を二度とやらせない」という気迫がもとめられるとともに、説得的論争がもとめられる。なぜなら、侵略戦争への記憶は権力によって意図的に風化させられ、青年・中年層には伝達されていないからだ。

どうたたかうか

大きく言って2つのたたかいが提起されている。

一つは、「戦争法案反対」の一点での壮大な国民的共同であり、

もう一つは「草の根に組織をもつ党の真価を発揮するたたかい」である。

一点共闘の課題は違憲問題と、今後予想される手続き問題でさらに拡大するであろう。これらを踏まえ、「日本列島騒然」という状況を作ることだ。

「党の真価を発揮する」たたかいとしては、以下の点が提起されている。

1.大量宣伝: 「3つの危険性」を大いに広げること

2. 草の根の共同を広げる。とくに地方党機関の独自の役割。

3. すべてのたたかいを安倍政権打倒の世論と運動に大合流させる。

というのが、あらあらの柱。

要するに3つの危険性をしっかりしゃべり、とくに対米従属問題をしっかりとしゃべり、理念問題についてもよく勉強して、論争にも強くならなければならない。

と、これが一つ。

もう一つは安倍政権打倒の気迫を持ってたたかうことが、戦争法案を廃案に追い込むための鍵だということだ。

モーツァルトのピアノ協奏曲はペライアだけで十分だ。なぜならきれいなだけでいいからだ。
モーツァルトなんてのは、本来誰でもいいので、さほど技巧的に難しいわけでもない。
ただ良い響きを出すにはピアノの音をほんのちょっと遅れ気味に出して、その分膨らみを持たせる必要があるのだが、そのズレ具合が何とも言えず良いのである。これはプレヴィンの演奏にも通じる。
ただピアノソナタになるときれいなだけではダメで、塩味や構成力ももとめられるから、むしろペライアは敬遠されることになる。
ゲザ・アンダもいい(とくにオケがいい)のだが、録音がちょっと古い分音が痩せる。その分ちょっと厳しい響きになる。

ということで、AIIBの評価に関わっていかなければならないのだが、その際に東アジア金融危機とアジア金融基金構想についておさらいをして置かなければならない。

東アジア金融危機は、一言で言えば、新自由主義という剥き出しの資本主義が、金融システムの未成熟な諸国で矛盾を噴出させた事象と言える。

なぜ金融危機という形で矛盾が表出したのか。それは米財務省・IMF・世銀というトロイカが金融自由化を煽り、途上国における金融の脆弱性に配慮しなかったためだ。

債務・株式スワップが導入され、債権そのものが取引の対象となり、投機の対象となった。これによりマクロ経済の小さな動きでも瞬時に増幅され、破壊的に作用するようになった。

途上国政府がさまざまな政策ツール(金利、通貨発行量、税制)を用いて介入しようとしたが、それらは市場原理に反する行為とされ、市場から排除されるようになった。

だから、資本収支(とくに短期資本)の悪化で未成熟な金融市場が撹乱されたとき、それはただちに無防備の中銀を直撃し、通貨危機をもたらした。政府も中銀もほとんど対応できないまま傷口を広げていった。

実はこれらの事態は、日本の大蔵省にとってはある程度予測されていた。7月にタイのバーツ危機が起き、そのわずか1か月後には省内でアジア通貨基金構想がまとめられている。

ギリギリまで発表されなかったのは、米国の干渉を避けるためだったとも考えられる。それほど衝撃的な内容だった。

1.参加予定国から米国が排除されている(日、中、韓、豪、香港,ASEAN5カ国)

2.「基本的にはIMFと協調するが,場合によっては独立して行動できる」との規定

米国はこれを日本によるクーデターと受け取った。連日のように強い圧力が加えられた。9月のアジア10カ国蔵相代理会議(香港)にはサマーズ副長官,フィッシャーIMF副専務理事が乗り込んで「オブザーバー」としてにらみを利かせた。

結果としてアジア通貨基金構想は流産した。しかしさらに日本は「新宮沢構想」を打ち出し、これがチェンマイ・イニシアチブへと結びついていく。

この演説で宮沢蔵相が述べたのが以下のセリフ。

<国際金融システムのあり方>
IMF・世銀のあり方を基本に立ち返って問いなおし,国際金融システムを再生させる時を迎えた。
短期的あるいは投機的な資本移動」が現在のシステムでは統制できない。ヘッジファンドなどの国際的な大規模な機関投資家に対する規制が必要になっている

<アジア危機とIMFの責任>
アジア危機は資本収支の急速な悪化から生じた。それは実体経済とは乖離したものだ。
市場経済のあり方にも,各国の歴史や文化,あるいは発展段階を反映して多様なものがありうる。対応については、タイミングや,社会的な影響等への配慮にもっと意を用いるべきだ。
にもかかわらず、IMFプログラムに、不必要かつ不適切な構造面でのコンディショナリティーを含め、途上国に性急に求めたこと(が,金融危機の原因である)。
それは「構造改革」計画(金融自由化)そのものの信頼性を損ねた。

堂々たる大演説である。

そして打ち出したのが、300億ドルの拠出。これで「短期及び中長期の資金支援」に当てようというものだ。


率直にいってここまでは良かった。

これから先は当初の位置づけからすれば、とてもうまく行っているとは思えない。

とくに先頭を切るべき日本がぐじゃぐじゃになって、理念を喪失しまったことが大きい。

理念とは何か、それは宮沢蔵相が言う如く、

1.新自由主義(金融自由化)の原理的否定

2.政府イニシアチブの尊重と擁護

3.投機資本の妄動に対する共同対処

4.実体経済の発展のための金融

といったあたりが柱になるのだろう。

しかしチェンマイ・イニシアチブはそれを入れるための受け皿とはならなかった。

IMFの指導の絶対、二国間に絞られたスワップでは目隠しされて猿轡を噛まされたようなものだ。

日本の没落、中国の台頭という地域内の力関係の変化もあった。しかし各国金融の安定的発展、これに基づく経済開発の促進という要望は依然として強烈なものがある。そしてそれこそが域内平和の礎である

やはり拠出型、多国間型の、ドルに縛られない相互支援機能を持つアジア通貨基金がどうしても必要だと思う。





先日の、AALAのシンポジウムで大西先生がアジア開発投資銀行(AIIB)構想を天まで持ち上げた時、私は少なからぬ違和感を抱いた。

97年の東アジア通貨危機がアメリカ主導のもとに収束された時、アジアには決定的にかけているものがあると感じた。それは通貨基金(ファンド)である。

投資資金を主体とするアジア開発銀行だけでは足りない。諸国が金を突っ込んで資金をプールし、それをスワップの形で回せるようにしなければ、アジア開銀だけでは息切れする。

投資(インヴェストメント)を金融(ファイナンス)がバックアップしない限り、投機資本に対抗はできない。

これが何よりも痛切な教訓であろう。

もちろん金融システムの強靭化は避けて通れない課題であり、それ抜きにファンドを語っても仕方ない。しかしいかに優良かつ堅実な投資を行おうと、投機資本に本気になってかかって来られたら勝てない。

関税、投資だけではなく金融(通貨)面での団結が必要なのだ。

中国はこの問題に手を付けるつもりはない。AIIBはアジア開銀の補完物にすぎない。酷評すれば、AIIBは通貨という勘どころを外した政治的イニシアチブに過ぎない。

実際日本はこの構想に着手しようとした。円を事実上の基軸とするアジア通貨基金計画である。しかしそれはIMFと米財務省の激しい攻撃を受けて流産した。国内的にも山一や拓銀の破産など弱点をさらけ出した。(しかし本気でやれば、まだあの時期なら勝てたのではないかと思っている)

「アジア通貨基金」構想は、多角的なスワップを基軸とするチェンマイ・イニシアチブに形を変え、地道に成果を重ねてきた。しかしこの構想を推進した日本は、その後日米同盟強化、ドル集中路線に舵を切り替えた。

この理由はいろいろ考えられるが、日本の支配的な経済団体における国家資本主義的な発想(シェアー重視)の後退が大きいと思っている。

彼らは日本国民と一体となって日本経済の発展(シェアの拡大)を目指すよりは、アメリカの支配層と肩を組み利益の極大化を目指すようになった。

もう一つは、円を支えるべき日本の商業銀行システムの弱体化である。巨大銀行がさらに再編され3つのメガバンクに統合されたが、その支配力に昔日の面影はない。円高は円の強さではなく弱さの反映となった。

結果としてチェンマイ・イニシアチブは停滞した。通貨スワップのネットワークは依然未完成である。

にもかかわらず、私はいまでもチェンマイ・イニシアチブがアジアの開発と経済発展の鍵を握っていると思っている。その再活性化こそがアジア開発の王道なのだ。

アジア開発投資銀行(AIIB)構想は、チェンマイ・イニシアチブが進展しないことへのいらだちの表明であり、裏返せば期待の表現でもあると感じている。

鳥飼基地問題について少し追いかけてみた。

毎日新聞 2014年07月29日 大阪朝刊から

見出しは下記の通り

東海道新幹線鳥飼車両基地:JR東海、合意の抜け穴 大阪・茨木側で井戸計画 摂津市反発「環境保全協定に違反」

いくつか赤旗に記載されていない事実がある。

1.鳥飼車両基地は敷地(約37ヘクタール)の9割を摂津市域が占める。

2.車両の洗浄などに大量の水が必要で、JR東海によると、上水道の使用量は年間22万トン。(1日あたりにすると600トン)

3.1964年に新幹線が開業した当初は1日当たり2千トン以上の地下水をくみ上げていた。

4.これにより周辺の住宅地で地盤沈下が発生。特に新在家地域では46.05cmも沈下した。基地内でも約20センチの沈下が確認された。

5.環境保全協定は数次にわたり更新されている。99年には、摂津市が市内全域で井戸の掘削を原則禁止する条例を制定した。

6.2014年、JR東海は年間1億円を超えるとみられる水道代の節約や災害時の断水に備える目的で井戸2基(取水量1日750トン)の掘削を計画。理由は年間1億円を超えるとみられる水道代の節約および災害時の断水に備えることであった。

7.摂津市は計画の撤回を求めた。JR東海側は「予定地は茨木市域であり、摂津市の条例や協定は適用されない」などとして拒否した。

8.JR東海の迫田俊明・関西広報室長は「掘削は検討段階だが、地盤沈下など環境への影響は少ないと考えている。地元に懸念があればよく説明したい」と話した。(しかし話しあう“システム”はない!)

9.茨木市は「JR東海から説明は受けたが、『まずは摂津市としっかり話をしてほしい』と要望」した。

アジアプレス・ネットワーク というネット・ニュースの12月号には、上下2回にわたり詳報が掲載されている。

10.9月30日、JR東海は井戸掘削工事に着手した。摂津市は11月に提訴に踏み切った。森山市長は「争いは避けたかったが、8万5000人の市民の安心・安全を守るためにも裁判という道しかなかった」と語った。

11.14年6月、JR東海は、工業用水法上の井戸使用許可申請に向けた事前協議書を大阪府に提出した。摂津市はJR東海から通知を受けず、府から連絡を受け計画を知った。

12.摂津市の質問に対しJR東海から回答が寄せられた。回答書の内容は以下のとおり

目的は、災害時の新幹線の安定的な遂行に必要な水を、水道水と地下水の両方から調達できるようにすることである。これは「官民挙げて取り組むべき災害対策」だ。

震災時には1日も早く国民の足を復旧しなければならないという使命を担っている。そのために水は必要不可欠だ。(JR東海の計画は、緊急用用水の確保ではなく、恒常的な汲み上げとなっている)
茨木市域での掘削なので摂津市の行政上の管理区域を超えている。協定の適用を受けるものではない

13.「経費1億円節減」の根拠。JR東海が車両洗浄などのための水道代は月2000万円かかり、摂津市に払っているのはその3分の1の750万円だ。これに12をかければ約1億円になる(JR東海労働組合新幹線関西地方本部)

やめてえな

摂津市のホームページには、概略が掲載されている。このなかで、JR東海が意図的に摂津市への連絡を行わなかった事実が明らかになっている。

平成26年3月17日神奈川県に本社のある浄水機メーカーA社が来庁され、鳥飼地域で井戸を掘りたいとの相談あり。市条例で原則地下水汲み上げ禁止を説明。
6月4日大阪府環境管理室から連絡あり。A社が来庁され、鳥飼基地で地下水を汲み上げたいとの相談があったとの事
6月16日市からJR東海に連絡を取り、説明を受ける。災害時の対応、コスト削減のための計画との事。
*井戸の深さ 200m、計画揚水量 750t/日
7月29日市長からJR東海関西支社長に対し要請書提出。
「東海道新幹線鳥飼基地における環境保全協定書の遵守について」
8月19日JR東海関西支社長から市長へ要請書回答。
「東海道新幹線鳥飼車両基地における井水活用にかかる摂津市からの要請書に対するご回答」
*井水システムの設置場所は茨木市域(敷地の約3%)であり、摂津市の行政上の管理区域を超えており、協定の適用は受けない。
9月10日JR東海関西支社長から市長へ文書にて下記の報告。
「東海道新幹線鳥飼車両基地における井水活用計画にかかる大阪府への『井戸使用許可事前協議書』提出について」
9月11日市長からJR東海関西支社長に対し「通告書」郵送。
*JR東海の協定の解釈は認められない。工事に着工されれば法的措置も辞さない。
9月18日大阪府環境保全課から「事前協議書」の審査が完了し、JR東海にその旨通知をしたとの事。
9月24日自治連合会役員会において経過を説明。
9月26日JR東海関西支社長から市長へ文書にて「通告書」対する回答。
*主張は変わらず、工事着手を9月30日からとの報告。
9月26日幹事長会開催。仮処分命令申立てについて説明。
9月29日鳥飼地区自治連合会、鳥飼地区老人クラブ連合会、鴻池勝彦氏から市長宛に要請書の提出あり。
9月29日大阪地方裁判所へ「工事等仮処分命令申立書」を提出。
9月30日報道機関から情報提供。JR東海に工事着手を確認したとの事。
10月1日JR東海に対し、環境保全協定に基づく立入調査申入れるが、拒否。

さすがに産経新聞はJR東海擁護の論陣を張っている。

1.摂津市では上水道用に1日約1万2千トンの地下水が取水されており、JR東海の日量750トンが加わっても地盤沈下の恐れはない。

2.大阪府では現在、地下水の水位が上昇し、液状化の危険性が高まっている。1日750トン取水することで、問題となるような大きな地盤沈下は起こらないだろう(大阪市立大の大島昭彦教授がそう言っているそうだ。大阪には液状化と地盤沈下を一体で語る「学者」がいるようだ)

3.昭和53年、新幹線博多総合車両所(福岡県)で渇水により車両に給水ができず、複数の停車駅で給水をしてダイヤが大混乱した。(これについては反論になっていない)

地方ネタといえば地方ネタだが、現場の市長さんが面会を求めたのを、「そんなシステムがない」と門前払いしたのにはびっくりだ。

面会を求めたのは大阪の摂津市長、「おととい来やがれ」と足蹴にしたのはJR東海だ。

そもそもどうして摂津市長がJR東海に面会を求めたか。それは摂津市内の新幹線車両基地での地下水汲み上げに反対するからだ。

鳥飼車両基地
        鳥飼車両基地(ウィキペディア)

そもそも、地下水の汲み上げは摂津市とJR東海との協定により禁止されていた。今回それをJR東海側が一方的に破った。ここに摂津市長の問題意識がある。

事件の背景

摂津市には国鉄時代から車両基地があった。「東海道新幹線鳥飼車両基地」という。広さは甲子園球場9個分、淀川の支流である安威川沿いに帯状に伸びている。

新幹線が開業した1964年から操業を開始しているが、その後の10年に30センチもの地盤沈下が発生した。洗車用に大量の地下水を組み上げたためである。

30センチ下がれば、家は傾くだろう。下手をすれば水道管は破裂し、ガス管は断裂し、下水は逆流する。

そこで摂津市は地下水汲み上げの中止を要請した。国鉄もこれに応じ、77年に市と国鉄の間に「環境保全協定」が締結された。これにより地下水の汲み上げは中止された。

地盤沈下

その結果、地盤沈下はほぼ止まった。ここまでならめでたしめでたしである。

ところが去年の9月、突然JR東海が井戸の掘削を開始したのだから、住民が怒るのも当然だ。

しかもやり方がえげつない。下の地図を見て欲しい。

鳥飼地図

おそらく安威川の旧河道であろう、茨木市が現安威川を越えて鳥飼車両基地にちょっとだけ食い込んでいる。ここに井戸を掘ったのだ。「悪い冗談だ」と思うが、本当の話だ。

「摂津市とは協定を結んでいるが、これは茨木の話であなた方とは関係ない」とでも言うのであろうか。むかしの江川事件を思い出す、まことにえげつない行動である。

なぜこのような事態がまかり通るのか

井戸の掘削は「災害などによる断水に備える目的」と説明されている。しかし、この件について国会で質問した辰巳議員はこう述べている。

あらゆるところでコストカットしていくというのがJR東海の方針だ。井戸水汲み上げで年間1億円の経費削減ができると試算されている。

しかし考えても見よ。地盤沈下で家が住めなくなれば、1戸2千万円50戸としてざっと10億円の被害が出る。宅地価格も暴落するだろう。「それは知りません」ではすまない。

しかしJR東海にはまったく恥じらう気配はない。

市は建設を制止した。JR東海はこの制止を無視した。

市は2ヶ月後に大阪地裁に提訴した。これに市民が呼応した。市議会は全会一致で、「JR東海に対し環境保全協定の順守を求める決議」を採択した。住民署名は3万5千人分を集めた(茨木の人口は8万5千人)。

一言で言って、JR東海と葛西社長は摂津市と摂津市民をなめている。コスト節減というがそれは人さまの資産を抜き取るに等しいわけで、強盗だ。

ヤクザの経営する悪徳土建会社と同じ企業論理が、JR東海にも貫かれていることになる。公共性の強い独占的事業が私的に運営されるとこうなるという悪しき見本だ。

内言語(inner speech)は内言とも言う。内言のほうが間口が広くて良さそうな気もするが、とりあえず内言語で統一しておく。

内言語の定義には二つある

内言語の定義には二つある。

一つは、形態的なもので、「声にして出さない言語」ということになる。

もう一つは、目的的な定義で、「自分自身にのみ発せられる言語」という定義である。

それから派生することとだが、内言語はコミュニケーションという「言語のもっとも基本的な目的」を失った言葉である。その代わりに自由に飛翔する。

いずれにしても外言語から発生し、そこに戻っていく言語(戻らない場合もあるが)ということだ。それは動物が植物の発展によって規定されるのと同じように、外言語の発展に従属した言語である。

二つの定義があるから、二つを満たさない内言語というもあることになる。例えば本を音読する時、形態としては声を出しているので外言語だが、誰に聞かせるのでもなく自分だけに語っているのであれば、「気分」としては内言語と言っても良い。本人にとっては音読か黙読かの違いは、ほとんどどうでもよいことである。

言語の形成過程

言語はまず視覚的知覚と聴覚的知覚の結合として出現する。まずは母親の身振り・手振りと母親の言葉が結びつき、シンボルとなる。こっちが笑ったら向こうも笑うとか、泣いたら御飯が出てきたとかというかたちだ。次いでこのシンボルがコミュニケーションの道具だということに気づく。これは条件付けで強化される。

言葉がある程度溜まってくると、言葉を理解する内言語が育ってくる。これは第一段階の内言語である。最初の内言語は外言語に先立って形成される。おそらく形成される脳内場は知覚性言語野(ウェルニッケ)であろう。

ウェルニッケ野はもともと聴覚の識別をする機能を担っていたとされる。ここで言葉の収集・識別・整理が行われるのだろう。

この最初の内言語は模倣(反復・独語)を通して外言語化される。こちらが形成される脳内場は運動性言語野(ブローカ)ということになろう。

ブローカの機能は、もともと手の動きを模倣(ミラー・ニューロン)することにあったと言われる。

発達心理の場面で問題になるのはこの段階の遅れのようだが、それは発語能力の発達が運動神経の発達を必要としており、一種のスキル(コツ)に属する能力だからであろう。自転車に乗るとか、水泳を覚えるとかと同じだ。

内言語の二つの段階

すなわち、発達段階としては、まず言語刺激(聴覚刺激と視覚刺激の結合によって生み出される表象)が内言語の発達を促し、ついで内言語の表現技術として外言語の形成を促すのである。

これにより、言語刺激が内言語に置き換えられ、それに対する応答が形成され、それが外言語として表出されるというループが出来上がることになる。しかしヴィゴツキーの主張する内言語論はこの段階の内言語ではない。

初期段階においては、内言語は外言語を引き出すための準備手段として機能している。

そこにおいては外言語は外言語ではなく言語的応答にすぎない。外言語というのは道具であり、それは聞いて話して、対話するための手段である。したがって、本格的な外言語の世界はこれから始まるのである。この時点では外言語に照応した内言語の世界もまた未形成である。

このループはやがて猛烈な勢いで回り始める。そして猛烈に回転しながらその成果を蓄積し始める。ここでは外言語と内言語は渾然一体(喃語・言葉遊び)となっている。

やがてそれが異なる「いとなみ」として再分離していくのである。その段階における脳内場はウェルニッケ野やブローカ野より上位に位置しており、はるかに莫大な記憶装置を具備していると思われる。

ピアジェとヴィゴツキーのすれ違い

ヴィゴツキーはピアジェの「生物学的な人間観」を批判した。つまり自然的かつ自生的に言語・思考が発達していくという考えだ。

しかし、「視覚と聴覚との結合から生じるシンボル」の受容という内言語の発生過程は、脳の特定の部位の予定調和的な発達の過程であり、まさに「生物学的」なものだ。

その点ではピアジェのほうが正しい。しかしピアジェがその証拠としてあげた「自己中心性言語」は、実は発達心理学の例証としてあげるべきものだった。

これを批判したヴィゴツキーは正しい。だが少々感情的で論争的にすぎる。ピアジェ自身が後悔しているように「自己中心性言語」はあまりにもひどいネーミングだ。「自分自身に向かう言葉」というべきだ。「自己中心的心性」というのも、「自己回帰期心性」、あるいは「自己確立期心性」という方が正確だろう。

いずれにしても、内言語の基礎には、個体に刻印された遺伝子の展開という「生物学的」発達がある。エンゲルス風に言えば「内言」というのは「否定の否定」なのである。このことも間違いのない事実である。

チョムスキーによる内言語の位置づけ

ついでながら、チョムスキーは、内言語を脳の中に実装された知識体系として理解している。これに対して外言語は内言語を外界に表出する現象だとしているようだ。

これはソシュールの平面的理解への批判としてはあたっているが、カント的で、ちょっと一面的な規定である。内と外とを問わず、言語は言語活動であり営為であって当為ではないのである。

やはりヴィゴツキーの限界は指摘しておかなくてはならないでしょう。なぜなら、ヴィゴツキーの達した時点から、私たちは出発しなければならないからです。

一つは主体の弁証法がふくまれていないということです。自分があって自分を取り巻く集団があって、その中で自己が形成されていくという関係は、自己意識の発生の一面でしかありません。

自己が環境を対象化し、そのことによって自己をも対象化していくという発展の弁証法は、やはり無視できないでしょう。デューイのプラグマチズムを批判する際に、たらいと一緒に水も流してしまわないよう注意が必要だと思います。

ふたつ目は、発達に対する教育の役割を度外れに強調する傾向です。そのような思いは全くないのでしょうが、結果的には発達の許育の隷属化ともとられかねない表現がときどき顔を出します。

もちろん教育の役割はいくら強調してもし過ぎることはないのですが、基本的には、各々の人格が、各々の内的葛藤を通して、すなわち自己の内部矛盾を駆動力として内的に発展していく過程がまずあるのだ、ということは踏まえておくべきだと思います。

三つ目は、少なくとも3,4歳位の子供までにおいては、その発達は、かなりの程度まで生物学的に説明できるということです。したがって過度に社会学的要因を持ち込むことは過ちを生みかねないということです。

人間は寿命が長い分、持って生まれた遺伝子が全面開花するまでは時間がかかります。その間、いわば系統発生を繰り返しているのです。

人間はおぎゃぁと生まれた瞬間すべての人間的能力を具備しているわけではありません。したがって社会的要因はきわめて副次的なものにとどまっています。OSと基本ソフトを積んだだけの出荷時状態のコンピュータのようなものです。あまり教育心理学とか発達心理学などが介入する余地はありません。

ヴィゴツキーの持つこれらの限界は、何よりもまず心理学そのものが黎明期にあったことによって規定されています。そしてヴィゴツキーは開拓者たちに論争を挑んでいることから、論建ての性格上、多少の行き過ぎは避けられません。

さらに、二つの技術的制約が指摘できます。ヴィゴツキーはDNAの存在すら知られていなかった生物学の発展段階に規定されています。CTもMRIもなく、脳科学の基礎は無きに等しい状態でした。

さらに類推の手段としてのコンピュータの概念が全く利用できないという、歴史的限界に規定されています。いまの我々がコンピュータの論理をフルに駆使することなしには議論を展開できないことを考えれば、その限界は明らかです。

哲学的には、マルクスの初期草稿がまだ広く知られていない下で、マルクスとヘーゲルをつなぐ哲学的流れが理解されていなかったという問題も指摘しておくべきでしょう。さらにマルクス主義哲学のスターリン的歪曲が拡大しつつあったという特殊状況も指摘して置かなければなりません。

しかしヴィゴツキーの言わんとしたところは、かなりの程度までピアジェに受け継がれています。したがって我々は安んじて後期ピアジェの言説に従って行くことができるでしょう。

さらにアンリ・ワロンはこの論争や、その後の生物学的理解の深まりも踏まえ、人格形成についてのより包括的な議論を展開しています。

このような観点を踏まえながら、内言語問題に進んでいかなければならないと思います。

視覚に関する感想的まとめ

視覚の起源

「ウミウシが視覚を持つ小生物を取り込んで視覚を獲得した」(NHK特集)というのはどうも嘘くさい。もっと前の単細胞生物の時代でのみそれは可能ではないかと思う。

ウミウシの話は発生学の本線ではないだろう。

現在でもRNAウィルスが細胞内に入り込んで、遺伝子を改変したり、膜構造をいじったりするケースはある。それをバイオに応用したりする研究も多くある。

しかしそれらはある意味で病的な現象であり、ウィルスによる攻撃の事象であり、免疫機構の破綻を前提とする。いっぽう、免疫機構が破綻した生物には、基本的には未来はない。

単細胞生物に色素を持つリケッチアが入り込んで共生するようになったのが、現在の植物であろう。

かくして植物は自己の内部に栄養産生能力を持つようになり、爆発的に増生した。その一部が栄養能力を捨て、代わりに機動性を持つようになり、植物にいわば寄生する形で繁殖するようになった。

もちろん可能性としては、葉緑体と共生しなかった単細胞生物が、植物にに依存することで生きながらえ、発達したとも考えられる。しかしこの場合も植物依存性と移動性はその生の本質である。

私がイメージするのはゾウリムシである。繊毛を持ち移動し捕食する。しかしミドリゾウリムシのように葉緑体を持つものもある。彼らには視覚に相当するものはないようである。すなわち、能動性はあるが移動性はない。

ゾウリムシは主に真正細菌を餌とする。ただし近似種のミドリゾウリムシは、体内に緑藻であるクロレラを共生させており、光合成産物の還流を受けて生活することも可能である。(Wikipediaより)

移動性を獲得するためには何らかの形での視覚が不可欠である。それはどのように獲得されたか、葉緑素の光反応性を転用する他にないだろう。

だから最初の視覚は葉緑体、ないし類似の色素結合体以外になかったと思う。このことが動物の起源を植物に求める所以である。

ウミウシが動物であるとすれば、ウミウシは「視覚を持つ小生物」を取り込みわがものとするまでは、どのようにして移動していたのであろうか。素直に考えれば、ウミウシはそれまでも視覚に類する機能を持っていたが、「視覚を持つ小生物」を取り込んだ結果、そちらを代用するようになったにすぎないのではないだろうか。

眼の発生

それまでも体性感覚や反射を司る神経はあったのだろうが、視神経はレベルが違う。視神経(およびそれにつながる神経)は判断しなければならないのである。

どこが判断するか、それは動物が本来的に持っている「移動能力」(ナヴィゲーション)に関わる神経である。

視覚はこの能力と関連付けられて初めて有効な機能となる。たんなる反射運動においては、視覚はほかの様々な感覚と並ぶ存在でしかない。

この最初の視覚は明暗を識別する点にすぎない。これが多数集まれば、一つ一つは画素となり、集合することによって面が形成される。これが複眼である。

もちろんたんなる集合と、それを「面」として認識することの間には大きな差がある。点の認識は神経の働きにより「面」として構成されなければならないのである。

それがおそらく最初の中枢神経であろう。それは感覚諸機関の集中する中脳ではなく、間脳の視床上部に相当するのだろうと思う。

眼が複眼から単眼になり二重視するようになり、後頭葉から側頭葉、頭頂葉へと処理が複雑化していく過程は省略する。

言いたいことは、視力というのは目の力ではなく、脳の力だということだ。視覚を評価するのにラジオのアンテナばかり見ていてもダメだ。視覚の本質はアンテナではなくラジオ本体にある。眼球や網膜に関心を集中させると、視覚の分析は無意味なものとなってしまう。

言語と思考の関係がもう少し論理化されないと、脳科学は進めない。

その一つが非言語的思考だ。

前の記事で、「内言語はそれ自体が思考過程だ」と書いたが、それは違うようだ。

考えてみると、非言語的思考過程はたくさんある。若い人たちの熱中しているゲームの殆どは非言語的だ。後からその過程を説明するのに言語化を行っているにすぎない。

数学のほとんどは非言語的だ。ただそれを教えるためには言葉による説明が必要だ。しかし実はそれらの説明は、数学的過程を説明しきれていないのである。

英語の詩を日本語に翻訳して「どうだ、いいだろう!」と言われても、いまいちわからないし、ましてや「原文で読め!」と言われればさらに分からない。

言語でもこういう壁はあるが、「非言語的言語」を相手にするときはさらにその壁は高くなる。

と、私たちはともすれば被害者意識を前面に出してしまうが、実はその世界に習熟してしまえば、言語世界よりはるかに分かりやすいという側面もある。

例えば囲碁や将棋の世界、スポーツの世界、芸術の世界…。我々の周囲には言語的世界の何千万何万倍もの非言語世界が広がっている。そこでは言語を介さない思考過程が旺盛に展開されている。

ひょっとすると、それは人間以外の動物世界にも広がっているのかもしれない。

言語世界はそのような知的世界の、ほんの片隅に位置しているにすぎない。ただ我々はそれらを言語世界の窓を通じてしか接することができない。

言語作業というのは“One of Them”だが“Key of Them”でもあるという特殊な役割を持っている。いわば思考世界が相互交流する際の「通貨」のようなものである。それは入り口(あるいは出口)として決定的な作業なのである。

聴覚言語と視覚言語、そして内言語

この三者の関係がどうもまだしっくりしない。

もともと言語というのは視覚なしに成立・完成している。

成立しているということは、内言語と一体となっているということだ。

内言語というのは自分の頭のなかで喋ったり聞いたりしている言葉だ。

それは音の量・質であるとともに、時間の流れを必要とする。

それはおそらく、ほぼそのままに思考過程でもある。

これに視覚言語が加わる場合、それはどこで統合され、一体化するのか、そこが今のところ良く分からない。

つまり聴覚言語のレベルで一体になって内言語を形成していくのか、内言語の形成後にその受容・表出の手段として付加されるのかということだ。

ここは、人類の歴史の事実と個々人における発達の段階論とは、ある程度分けて考えなければいけないところだろう。

まずは視覚言語の発生のメカニズムから考えなければならないだろう。そこにはいくつかの段階があり、それぞれにおいて聴覚言語と結合しているだろうと思う。そして最終的なステージにおいて初めて、それは内言語と結びつくのではないか。

視覚言語の発生

視覚的シンボルは人類以前からある。これが「記号」化されるのは人類の比較的初期の時代のことと思う。

だがこれには時間の流れがない。例えば一連の記号の連なりで意味を表すことはあっても、それは言語ではない。

それが連続動画として、流れの中に意味があるような視覚形態がなければ言語をもたらすことはない。

例えば、マヤ人やインカ人の間には縄文字のようなものがあって、かなりの多様な意味を持たせることができたようであるが、これだけでは記号であり、数字であっても言語ではない。

内言語(聴覚言語を用いた思考過程)には対応できないのである。

文字能力の獲得のためには、物理的残像だけでは不足である。揮発性ではあるがもう少し持続の長い一種の心理的残像が必要だろうと思う。それと同時に、それを一つながりの紐として認識するための演算回路が必要だろうと思う。

それは人間が生来備えているものではなく、脳の中に“アプリ”として形成しなければならない能力だろうと思う。もちろん、長年の世代の積み重ねのなかで、それがEpi-DNA的に引き継がれているとは思うが。

それらのハードないしOS的な積み上げがあって、初めて聴覚言語との結合が可能になるのだろう。

これから先は、まだ勉強していない分野だ。表意文字から表音文字への転換などは、自然科学というよりは文化の範疇に属する問題なのかもしれない。

とりあえず、この発言に関連した記事を収集することにした。


まず経産省小委、板根委員長 というのを、明らかにする。

板根小委員長

長期エネルギー需給見通し小委員会と坂根正弘委員長

赤旗には経済産業省の「長期エネルギー見通し」小委員会となっている。報道によっては「有識者委員会」とされている。

ただし小委員会というからには大委員会があるはずで、これは「総合資源エネルギー調査会」という。この調査会の「基本政策分科会」(これも坂根氏が会長)というセッションのなかの小委員会だ。いかにもお役所です。

板根委員長というのは板根正弘氏である。この人は小松製作所の相談役という肩書を持っている。ウィキペディアで調べたのが下記の略歴である。

開戦の年、昭和16年の広島生まれ。島根に疎開していて原爆を免れた。多分親族の中には被爆者も少なくないと思われる。

大阪市立大の工学部を卒業して小松製作所に入った。ノンキャリのエンジニアだ。それが、どういうわけか1989年から突如出世の階段を駆け登り始めた。2001年に社長、2007年に会長となり、押しも押されぬコマツの顔となったわけだ。

ウィキペディアによると、2001年にコマツは800億円の赤字を計上し危機に陥った。それを2年後に黒字回復させ、世界第2位の建設機械メーカーに押し上げたというから、ただ者ではない。

こうした実績から週1回はどこかで講演をこなすという人気だそうだ。ただし発言の中身は「オレがオレが」というもので、あくまで「乱世の雄」なのではないだろうか。
 

この小委員会は「東洋経済」が系統的に追いかけている。

一連の記事は経産省の狙いを浮き彫りにしており、さらにその背景にも迫っている。これらの記事を中心に経過を追ってみたい。

1月 総合資源エネルギー調査会の基本政策分科会の下に、長期エネルギー需給見通し小委員会を設置。委員は14人、分科会会長の坂根氏が委員長を兼任。原子力発電のウェート付けが議論の焦点となる。

大震災の前、2010年6月に、民主党政権の下で第3次エネルギー基本計画が策定された。この計画では2030年に、原子力が全電力の約50%、再生可能エネルギーが20%とされた。
しかし大震災を機に、民主党政権は30年代に原発ゼロを目指す方向を打ち出した。
12年末に政権に復帰した自民党は、原発ゼロを覆した。
14年4月の第4次エネルギー基本計画では、原子力を「エネルギー需給構造の安定性に寄与する重要なベースロード電源」と位置付けた。ただ、脱原発依存をどこまで進めるかは不透明のままだった。


1月30日 小委員会の第1回会合。経産省の事務局がブリーフィングを行う。
 

ブリーフィングの概要: ①エネルギー自給率の低さは重大、②震災以降、化石燃料への依存度が増大し、様々な悪影響、③原発停止に伴い電気料金が高騰、の三点をあげる。
さらに、ドイツでCO排出量が増えている、イタリアでは電気料が高いなどと余分なコメント。

1月30日 議長の坂根氏が締めの発言。「原発ゼロ、化石燃料90%という現状を国際社会は認めない。まずは省エネと再エネがどこまで実現できるのか、ここを議論の出発点にしてはどうか」と提案。(この人はこういう小手先のダマシが得意な人らしい。化石燃料9割は認められないが、原発ゼロが認められないはずはない)

2010年度には火力61%、原子力29%、再生可能エネルギー10%(うち水力9%)だった。大震災後の13年には、火力88%、原子力1%、再エネ11%(うち水力9%)となった。

3月10日 小委員会第4回会合。電力会社の接続可能量を機械的に計算して、発電量700億kWh、設備容量61GWという数値を提示。これによる不足分を原発に上乗せする。

3月30日 小委員会第5回会合。経産省が「各電源の特性と電源構成を考える上での視点」と題した資料を提出。「ベースロード電源」論を打ち出す。

「ベースロード電源比率6割を維持するには、原子力の比率を少なくとも25%前後にしなければならない」というもの。しかしこの発想は逆立ちしている。
ベースロード電源というのは、24時間連続稼働する「融通のきかない電源」のこと。コストを無視すれば、基本的には少なければ少ないほど良い。もしベースロード理論を用いるなら、その本来の適応対象は風力・太陽光である。
なお、経産省は地熱、水力、原子力、石炭火力を対象にしているが、地熱と水力は止められる。

3月30日 橘川武郎委員(一橋大教授)、「こんなことは言いたくないが、この委員会(の議論)を聞いていると、どうしても原子力の比率を上げたい、上げたいという雰囲気が伝わってくる」と発言。(橘川氏は反原発ではない)

3月30日 高村ゆかり委員(名大教授)は、「原発は3E+Sの原則に一致しない。そのことを明記すべき」と主張。

3E+S: 3Eは安定供給、経済効率性、環境適合、Sは安全性のこと。原発は事故が発生すると、出力が急速に低下し、長期停止してしまうため、安定の原則に背馳する。

4月28日、経産省、各電源の発電コストの試算結果を公表。原発が1キロワット時当たり 10.1円なのに対し、石炭火力12.9円、LNG火力13.4円、石油火力30~40円とされる。再エネは陸上風力15~20円、洋上風 力30円、地熱20円、一般水力11円、バイオマス(混焼)13円、太陽光(メガソーラー)15円、太陽光(住宅)14円などとされた。

4月28日、有識者委員会が開かれた。経済産業省が2030年の電源構成(エネルギーミックス)の案を提示した。原子力発電は20~22%、再生可能エネルギーは22~24%、火力発電は56%程度とした。委員会のメンバー14人のうち大半がこの案を妥当と評価。

5.01 吉岡斉・九州大学大学院教授(経産省の総合資源エネルギー調査会原子力小委員会の委員)が経産省案を批判。(東洋経済オンライン

1.「可能な限り原発比率を低減させる」という政府公約にも反する

2.原発比率20~22%は、稼働可能な43基と建設中の3基のすべてを稼働させ、運転期間を原則40年から60年に延長しなければ不可能。案には新増設、リプレースは書かれていないが、実現を狙っているとしか考えられない。

3.電力需要量を決める際の経済成長率の前提(年率1.7%)も過大評価だ。

4.データ自体の信頼性が低い。バックエンド費用(廃炉や廃棄物処理の費用)があんなに安く済むとは考えられない。

5.「ベースロード電源」は一昔前の概念である。それで、実質的に原子力と石炭火力を保護しようとする。これは時代遅れの発想であり、結論ありきの、為にする議論だ。

5月26日、第9回目の小委員会会合。「長期エネルギー需給見通し」の「たたき台」が示される。3委員が連盟で、「原発比率が過大で、再エネ比率が不十分」との意見書を提出。

3委員とは、橘川武郎委員(東京理科大学イノベーション研究科教授)、河野康子委員(全国消費者団体連絡会事務局長)、高村ゆかり委員(名古屋大学大学院環境学研究科教授)の3人。

6月1日、第10回目の小委員会会合。経産省が「たたき台」の文言の一部が修正された「長期エネルギー需給見通し」(案)を提出する。4月28日公表された電源構成案が、概ね了承された。

6月1日 構成案では太陽光の導入量に30年「64GW」という天井を設けた(現在は21GW)。事実上のFIT(固定価格買取制度)の変更。

赤旗経済面の囲み記事で、刺激的な見出しが飛び込んできた。

経産省小委、板根委員長 “原発否定愚か”と暴言

というもの。

「すべてを再生可能エネルギーで賄えれば理想だ。それが見えないなかで、原子力を完全否定するのは、国として全く愚かなことだ」

というのが発言内容。

現在の主力である水力・火力を無視する論理のすり替えはあるが、「暴言」というほどのものではない。

ちょっと前なら「現実が見えていない」と切り捨てたところを、「原発なしに何とか動いている現実」が目前にあるだけに、「未来が見えていない」と言い換えただけのことだ。

むしろ問題発言は、その後の一節にある。

板根委員長は、「原発に100%の安全を求めるのは“安全神話”だ」と主張。「エネルギー全体のバランスから見て20~22%が必要だ」と、まともな理屈抜きに原発に固執する姿勢を示しました。

ここに論理の途方も無いねじれがある。これを聞いた人は、一瞬、唖然として言葉を失ったに違いない。2回転3捻りみたいなもので、訳が分からない。初めて月面宙返りを見た時の、あのめまい感だ。

1.「原発に100%の安全を求めるのは“安全神話”だ」なら、「じゃあ、原発はやめよう」ということになる。

2.“安全神話”を語ってきたのはあなた方ではないか。まず一言謝ってから語れよ!

3.板根氏の言うことは、「危険だけれどやれ」ということになる。1%ならいいのか。人口1億の1%は100万人だ。ちょうど広島がそのくらいだ。家族や親戚が被爆しても、あなたは疎開するからいいのか。

ただ、この引用が発言を正確に写しとったものなのか、記者が要約したものなのか、どういう文脈における発言なのかがわからない。

2015年3月8日、東大農学部構内に,「ハチ公と上野英三郎」像が完成した。この日はハチ公没後80年にあたる。

「農学資料館」があります。 ホームページには、「 こちらには,ハチ公の臓器を展示しております。合わせてご覧ください」という、なかなかシュールな案内がある。

秋田犬のハチは1923年(大正12年)、大館市に生まれ、生後まもなく東大農学部教授の上野英三郎博士に贈られた。

博士はハチを大いに可愛がり、駒場の農学部への通勤時に、渋谷駅まで送り迎えをさせた。

2年後、博士は大学構内で急逝した。

この日、迎えに行ったハチは上野に会えず、上野の最後の着衣を置いた物置にこもって3日間何も食べなかった。
その後、毎日、朝夕に渋谷駅に通うようになる。


上野夫妻には実子がなく、妻の八重さんは家屋の相続を拒否された。ハチは、上野博士に恩のある植木職人に引き取られる。

ハチは死ぬまでのほぼ10年間、朝夕に渋谷駅に通い、博士の姿を探し求めた。

1932(昭和7年)にハチの記事が新聞に掲載され、世に知られることになる。最初の銅像は昭和9年に建てられたが、戦争のための金属供出で溶かされてしまった。現在の像は戦後再建されたもの。

1935(昭和10年)3月8日、ハチ公死去。


ハチ公シンポというのが開かれて、そこで一ノ瀬 正樹さんという方が倫理学的検討を行っている。(「犬と暮らす」ということ-ハチ公をめぐる哲学断章-)

人間が犬と暮らす、というのは、人間ではなく、犬の側から見たとき、そもそも果たして理想型と言えるのだろうか。

自然のまま、人間とは独立に暮らす方が、幸せなのではないか。

犬を飼うことは、ひとえに人間の側からの人為であって、犬が望んだことではないのではない。

(犬を飼うという)習慣そのものが、道を踏み外したものなのではないか。

これらの疑問を前提として、犬を飼うときに守るべき原則が2つある(とされている)。

一つは不自然な束縛を極力与えず、自然に近づけること。一つは、飼う以上は、その“福祉”を十分に考慮すること、である。

てなことを、常識的事柄として、一ノ瀬さんはそこに良質な“人生”を紡ぎだすことを、「第3の原則」として打ち出す。

その前提として、犬がペットとして存在し、その生を生きることを「自然の摂理」、あるいは「種の摂理」として受け入れようではないかと呼びかける。

なぜなら、ペットであること、ペットとすることは、互いにとって“習い性”となっているからだ。

原理原則を批判的に検討することと、現実に発生してしまっている事態に対応することとは、次元が異なる。

犬と暮らすことが習い性となった以上、彼らとともに、幸福を追求していきたい。

そう考えたとき、ハチ公の物語は現条件の中での最善を示唆する好例である。少なくとも人間の側が、物語に接して、良き関係を築いていく立場に接近するのは積極的な意味があると思う。


ということなんだが、何かダマされているような気がしなくもない。

とにかく、「風と共に去りぬ」で出てくるような忠実な黒人奴隷とは異なるので、彼らは本来自由であるべきなのだ。

しかし白人の主人たちは、忠犬ハチ公と同じレベルで黒人を見ていた可能性は否定出来ない。

忠犬ハチ公を見るときに、あるいは昨今のペット・ブームを見るにつけ、2つの関係を峻別する論理は何なのかが

問われていると思う。

口永良部島の噴火は、その写真に度肝を抜かれたが、煙ほど大したものではなさそうだ。

恥ずかしながら口永良部は知らなかった。沖永良部の隣りだろうくらいに思っていた。

屋久島からすぐとは思わなかった。結構人も住んでいるみたいだ。

ということになると、奄美の先の北緯27度線の沖永良部とどういう関係なのかと気になる。

ネットで調べて分かったのは、どうも薩摩の都合に合わせてつけられた名前らしいということだ。

1609年に薩摩が琉球に進出したとき、沖永良部島を薩摩領にした。それまでは琉球の影響下にあったらしい。ただ薩摩が島にあった文書をことごとく焼いてしまったために、詳細は不明とのことである。

当時から永良部島と呼ばれていたが、沖永良部と呼ばれるようになったのは明治以降らしい。

いずれにしても、屋久島のとなりと沖縄本島の近くに2つの永良部島があり、それを口、あるいは沖と頭に一字載せることで鑑別したもののようである。

なお沖永良部は珊瑚礁で出来た島で、火山はないそうだ。

酒飲み話の小ネタにでも…


ついでにもう一堀り

それで永良部なのだが、これはエラとブに分かれる。ブというのは民のことた。日本史で習った部民(べ・たみ)のことだ。

エラは浦のことだが、日本語と琉球方言では多少ニュアンスが違う。日本語のエラは海崖を形成している海岸であるが、琉球方言では崖は関係なく入江を指す。

永良は当て字であろうが、意外に全国に散布している。愛知県の伊良湖岬、北海道松前町江良、山口県阿武町の伊良尾山、大分県九重町恵良などがあげられる。

言われてみると、口永良部はいかにも日本語のエラだし、沖永良部はいかにも琉球方言のエラだ。(YAHOO知恵袋より)

なお沖永良部は沖縄ではイラブと発音するらしい。というよりも「エ」という母音がほとんど使われないようだ。

永良部シュンサミ」という歌があって、歌詞は以下のとおり。(ナイチャシュガシュガは「永良部百合の花」という別の歌)

永良部シュンサミ 節入りぬしゅらさ 永良部島ん人ぬ想い 想いやてる

ということは、もともとイラブだったのが薩摩藩が征服して以降、永良部に変えられた可能性もある。なぜなら屋久島のとなりに永良部島があるからだ。

とすれば、イラブ島は永良部島に変えられ、さらに沖永良部と余分な頭までつけられたことになる。

ただし、このことについて触れた文章はない。

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