鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

2015年04月

通所リハ(デイケア)利用者のカンファレンスの経験


お上が無理難題を持ち出してきて、お陰で死ぬほど忙しい目にあった。


方法と実績

当施設の通所リハ利用者(要介護)は約200名。これを1ヶ月で全部見ろと言ってきた。そんなことはハナから無理だ。

とにかく頑張った。休日も返上で目一杯組んだ。それでも50人ちょっとというところだ。

お上の要求する項目をクリアするのにはどうしても20分かかる。利用者の殆どは障害者だから、部屋に入ってくる・出て行くという行動だけで5分かかる。

医者の他にリハ担当者、ケアマネージャー、ヘルパー担当者、用具業者などが着席・退席するのも、それ相当の時間がかかる。これにご家族様、訪問看護ステーションということになれば、さらに時間が浪費されていく。

だから一人20分といっても正味はその半分あればいいほうだ。

その間に一人ひとりがプレゼンされてはたまらないから、医者のほうで経過、リハの内容を紹介して、利用者さんに現在の状況について問答を行う。この順は逆のこともある。

いずれにしても、これで5ないし6分が費やされる。これに各担当者が情報を追加する形で議論が進む。

この後、医者がいったん情報を整理して全体の枠組みを提示する。これに基づいて、今後のプランの基本線が打ち出される。

具体的な話が出てくれば、それは担当者での引き継ぎ議論としてノートしておく。

最後は「私達がチームとして、今後とも対応させてもらいます」と利用者にご挨拶して、全体を締めくくる。

だいたいこんな流れになるだろう。

皆さん、会議の流れに協力してくれるので、また課題も急を要するようなものはないので、なんとか時間内に入れることが出来る。

中心課題は医療情報の整理

やってみてわかったことは、医療情報の整理が大変なことだということだ。しかし関係者の多くはおそらくそれを期待して来ている。

「古文書」を読み解きながら医療の流れを整理するのは医者の仕事だ。これが相当大変な作業だ。そもそも医療情報が少ない上に、けっこう肝心な部分が欠如している。

やってみて分かったのだが、一番情報を持っているのは利用者自身だというこだ。患者さんとの問答が実質的なアナムとりになることもしばしばだ。まさに利用者中心のカンファレンスだ。

ただ、認知があったり失語症、構音障害、難聴があったりするとこの作業は難渋を極める。

かくして、足らざるところを補いつつ、時には大胆な推理も加えつつ、病気の全体像が見えてくる。現在抱える障害のよって来たるところが大方の理解となる。

これだけで、少なくとも第1回目のカンファレンスとしては十分であろう。

喜ぶ関係者・苦しむ医者

これまで司、司でやってきて、頑張っては来ても、全体像が見えずにいた関係者にとっては、まことにためになるカンファレンスだろうと思う。

医者にとってもそれは同様だ。しかし、それはそのまま、医者にとっては重苦でもある。脳みそフル回転で10分を過ごすとぐったりと疲れが来る。

発症以来の経過を追いつつ、その中から現在の障害に結びつくものを整理して抽出していく作業、さらに各担当者からの情報をパズルのようにはめ込んで全体像を構築してく作業、これらを10分間のあいだに形にし、みんなが納得できるような作業計画へと転化させていかなければならない。

10分後にカンファレンスが終了するときには、「それじゃぁ、こんな戦略柱でやっていきましょう」とまとめる、そうしないと終わらないのである。

2回め以降をどうするか

正直言って、これを毎月やる意味は無いと思う。

だいいち無理だ。そんなことをすれば、老健の医者のほとんどは「やめさせていただきます」ということになる。

いまは療養病床いじめのアオリを受けて老健が「半療養病床化」している。急性期病院からは、ICUから一般病床に移すような気分で患者が送られてくる。入所だけで十分に忙しいのだ。

ただ、やればやったなりに、こういうトレーシング+総合評価+集団的作業計画の立案は面白い作業ではある。

とりあえず、1ヶ月を経過した時点での感想。

と、言いつつ、いまだにあがいている。
AIM3というソフトをダウンロードしてみた。 ロシア人が作ったソフトらしいが、日本語でサクサクと動いてくれる。操作性は抜群だ。ちゃんとWASAPIの排他モードで動く。 これでNUFORCEにつないだ所、これまではハングアップせずに動いてくれている 。それだけでも嬉しい限りだ。
音は、むかしのfoobarの音だ。良く言えばモニターサウンドということになるが、コ チコチに硬くて味も素っ気もない。しかしNUFORCEのお陰で、音はシャープでか つダイナミックレンジも広い。音源が悪ければ悪いなりに、しっかり音は出してく れる。
現在はベイヌムのブラームス第一を聞いている。実に堂々とした演奏だ。低音源 がしっかり聞こえてくる。強音が歪むのは元の音源のせいだろう。続いてキーシンのシューマン・謝肉祭。とりあえず、これでながら聞きには十分だ。

ところで話は飛ぶのだが、この3日間のオデッセイについて書いておこう。
あまり の度重なるハングアップに業を煮やして、foobarを放棄したのが話のはじまりだ。 前から、言われていたBug head Emperor に手を出したのが、大混乱を招いた。
ASIO4ALLで動かしていたのだが、DACがASIO対応だというので、そちらに切り 替えた。そのときに同じASIOでもJPlay というドライバーの方が良いというので、 そちらに乗り換えた。
ただし試用版というので途中で音がブツブツ切れる。こちらとしては切れるたびに またハングアップしたかとハラハラしながら聞いている。
foobarでさえ始終ハングアップするのに、Bug head Emperor が持つわけない。案の定ほとんど瞬時にハングアップした。 仕方ないので、今度はfoobarにJPlayを噛ませた。
とにかくこれまで聞いたことも ないようなすごい音がする。ASIO色はそのままに音がシャープなのだ。 「なんじゃこれは」という感じだ。
ただし、その時間は短いものだった。しかもハングアップした後の状況がひどい。 再起動しなければどうしようもない。しかも終了さえできず、電源ボタンを長押しして強制終了するしかないのだ。

そこで話がわからなくなった。 一体いい音を出すのは何なのか。
1.再生ソフトなのか、2.DACなのか、3. ASIOとかWASAPIというドライバーなのか
これまではfoobarかemperorかという比較だった。それは原音をいじるかいじらな いかという違いだった。私は音をいじるのは嫌いだから、enperorは好きになれな かった。
ただ、いろいろコメントがあったのでWASAPIではなくASIOで聞き直してみたらた しかに音は良かった。正直の所、それはASIOとの相性の問題だろうと思っていた。
ASIOは音に化粧している。お化粧美人だ。お化粧しようとしまいと、きれいな方 が良い。それは間違いない。しかしfoobarは化粧が嫌いだ。 このへんは考えの違いだ。
ただJPlayは、相性とか原音志向とかそういう議論を一掃してしまう。そのくらい綺麗なのだ。

これからは、foobar+JPlayなのかEmperor+JPlay なのかという議論をしなくてはならなくなるだろう。
残念ながら、私はこの議論に参加できない。NUFORCEを使い続ける限りは、AIM 3+WASAPIで我慢するしかないのだ。
もう一つ、JPlayが有料版で、無料のお試し版がぶつ切れ再生のままでは話は進 まないだろう。いずれ無料でJPlay水準のソフトが出てくれば、文句なく、喜んで私 はDACを買い換えるだろう。

地方選挙が終わりました。

天北の人々はどうなったでしょう。

中頓別町の42歳の佐藤奈緒さん、遠別町の75歳の木村ひでおさん、浜頓別町の71歳の宮崎美智子さん(現在は72歳)、みんな当選しました。

「良かったね、おめでとう」だけど、「これから大変だけど頑張ってね」のほうが本音です。

 常任幹部会の声明では、

党の自力の弱点という問題は、前半戦・後半戦を通じて、その切実性が痛感されました。

…これまで議席を持っていたのに後継候補者を擁立できず、みすみす議席を後退させた選挙区も少なくありません。

と書かれている。

たしかにそうですが、現場にはちょっと酷な提起でもあります。

「党の弱点」とだけ捉えるのではなく、不安社会・高齢化・過疎化などの困難がもたらした、日本の国民全体の弱点だという大きな捉え方が必要でしょう。

そのことを踏まえつつ、「国民を強くする」という気構えを持つことが、国民一人一人に求められているのではないでしょうか。その先頭に共産党は立ちたい、という構図です。

先日、テレビである言葉が紹介されました。

良い頭、悪い頭というのはあるが、ほんとうに大事なのは「強い頭」だ。頭の良し悪しはある程度生まれつきだが、「強い頭」は訓練次第でだれでも作れる…

国民を強くするというのは、「強い頭」を作り上げていくことなのでしょう。

 

 

相変わらず、泣き泣きNUFORCEを使っているが、最近は大枚4万円を授業料と思って捨てようかとも考えるようになった。

とにかくこれでは前に進めない。

突然の接続切れは依然として解決していない。最近ではwindows そのものがクラッシュするようになった。foobar の作動もおかしくなった。このままNUFORCEを使い続ける限り、いつかはコンピュータそのものがイカれてしまう可能性が出てきた。

出力デバイスをWASAPIからASIOに変えてみた。最初は良いかと思ったが、結局は突然死する。ただし死に方が多少違っていて、接続そのものは切れずに空回りする。

この空回りが止まらない。余計タチが悪い。結局パソコンを再起動するハメになる。

いろいろ探してみたら、ASIOもなかなか進化していて、最近はJPlayというのが評判のようだ。これをダウンロードして foobar に組み込むと、それまでのfoobar では想像もつかないような良い音がする。

大体、foobarとASIOは相性が悪く、「なるべく使わないようおすすめします」と書いてある。しかし同じASIOでもJPlayというのは、まちがいなくWASAPIの上を行く。

しかしこれを入れてからというものは、foobarがどんどん壊れていく。もうこれではダメだ。

結局、いま色々やっていることはNUFORCE の救済のためだ。それがどんどん悪くなっていくのでは、有害無益という他ない。

オーディオ専用のパソコンを買うというオプションもある。しかしそれでうまくいくという保障はない。結果的にはさらに無駄金をつぎ込むということにもなりかねない。

やはりまっとうな展開系としては、まともなDACを買うことであろう。

その上で、ASIO(JPlay)を使いこなせる再生ソフト、具体的にはBughead Emperor に乗り換えることになるのだろう。

パソコンそのものは、今のところie7でメモリーを目一杯積み込んだパソコンを捨てる理由はなさそうだから、これをオーディオ専用に流用することになるだろう。

そして小型軽量のWINDOWS8 搭載機をみつくろうことになるのではないだろうか。

軽く10万円は飛びそうだな。

2015年 ラテンアメリカはいま

全体的状況

1.新自由主義への後戻りは許さない

ハイエナファンドの策動

ブラジル大統領選に見られた「左翼バネ」

革新政権の実績はゆるぎない

2.米キューバ国交回復はラテンアメリカの勝利

米州機構の孤児となったアメリカ(米州自由貿易機構構想の挫折)

クーデターの企てを阻止した南米諸国(UNASUR)の団結

キューバの米州機構への復帰

3.依然として残る経済的脆弱性

原油価格低下によるベネズエラの困難

経済成長の停滞をきたしたブラジル経済

米国への資金還流と、資本不足に悩む小国

各国の状況

1.閉塞感強まるメキシコ

長者番付世界一はメキシコ人

没落する中間層とPRDの弱体化

ギャングと結びついたボス支配の復活

2.中米諸国における革新勢力の躍進

コスタリカ、エルサルバドル選挙に見る国民の急進化

ニカラグア、サンディニスタの安定支配

グアテマラ、ホンジュラスでの反動・進歩勢力のせめぎ合い。

3.米国金融資本の軛の下のブラジル経済

4.資源依存型経済の中で苦闘するアンデス諸国

鳥畑与一さんが「異次元緩和」の行く先を、あらあらの形でシナリオ化している。

この通りになるかどうかは別として、一応紹介しておく。

1.日銀はいつまでも国債買いを続けられない

市中に国債は枯渇しており、年金運用機構からの放出を促している。しかし新規国債発行との調整はいずれ破綻する。

2.バーゼルの国際決済銀行(BIS)が自己資本規定の第4弾を出す

この新規制は国債保有リスクも算入することになる。日本銀行の格付けが下がればすべてのフィクションは破綻する。

3.インフレがリフレの枠を超えて進行する

このとき、金融の引き締め策はほとんど不可能になる。なぜなら引き締めは国債購入の抑制を通じて行うことになるから、たちまち国債は市中に溢れ、暴落(利回りの急騰)を引き起こすからだ。

そこに超大型のギリシャ型破産国家が誕生する。


鳥畑さんは3つ並べたが、私が考えるには1.と2.はどうにでも切り抜けられるのではないかと思う。1.については年金という打出の小槌はまだまだ相当使い出があると思う。2.については、場合によっては知らんぷりしてしまうこともありうる。

やはり決定的な問題は、インフレが政策インフレの枠を超えてスタグフレーションへと移行し、暴走を開始することだろう。

インフレは、国民の余力があるうちは吸収しうる。しかしこれは時限立法だ。大量の通貨発行で名目賃金はわずかに上がったが、実質賃金は確実に低下している。すでに限界は近づきつつある。

どこかで下方への柔軟性が失われるポイントがある。その時一気に危機は顕在化するだろう。

政策インフレのもう一つの側面は、資本輸出の低下だ。貿易収支は、輸出産業を除けば赤字基調が続くだろう。これを補うのが貿易外収支だが、円安とインフレは、長期的には、ますます輸出資本(ドル)の目減りをもたらすだろう。

これにより国際収支が恒常赤字化するポイントがかならず来る。その時はっきりするのは、「円はドルではない」ということだ。日本の地力が落ちれば、円は紙くずになる。

インフレ政策は諸刃の刃であり、負の側面が必ず露呈する。インフレ政策はありうるオプションであるとしても、それはテンポラリーなものだ。必ず期限を切ること、必ずそこからの脱出計画を持つことが必要だ。

要するにそれは、麻薬であり、ズルズルとハマれば末路は廃人でしかない。

すき家の約束

昨日の参院厚生労働委員会で、小池晃さんがすき家の約束について質問した。

内容はひどいの一言に尽きる。小池さんがひどいのではなくすき家がひどいのだ。小池さんが指摘したのは、

1.すき家は「たった1人で店舗を営業させる「ワンオペ」と呼ばれる過酷な」勤務形態を続けている。(やめたのは深夜のワンオペだけということか)

2.今でも100時間を超える残業が続いている。

3.労働者や労働組合が時間外・休日労働に関する労使協定(三六協定)の開示、「ワンオペ」の解消を求めても、会社側が拒否している。

4.『すき家』は他にもさまざまな法令違反が告発されている。

の4点。

これに対し、塩崎厚労相は厚労省が新設した過重労働撲滅特別対策班(通称「かとく」)の担当事案とすることを認めた。


記事の内容は以上のとおりだが、奇妙なことに赤旗以外のメディアは黙殺してるようだ。グーグルでは一つも引っかかってこない。

違反をしていたということと、それがバレて改善を約束して、やらないというのでは罪の重さが違ってくるのではないだろうか。


まずウィキペディアの「すき家」の項目

すき家(すきや)は、ゼンショーホールディングス傘下のすき家本部が運営する牛丼チェーン店。ゼンショーは「全勝」と「善商」をかけたものだそうだ。

1982年 牛丼業態の1号店「すき家生麦駅前店」(横浜)を開店。創業者の小川賢太郎は、それまで牛丼チェーン吉野家に在籍していた。


小川賢太郎

小川賢太郎

1948年7月石川県生まれ、68年東大入学。全共闘に関わったと称する。1978年吉野家入社。「民主主義のために独裁でやる」という

「銭ゲバ」風の屁理屈。

“専制君主制でやるぞと。色々議論している暇はない。今は俺が100%責任を負う
2010年 日経ビジネス インタビュー


駅前や繁華街ではなく、車での利用客を想定した郊外型店舗を展開の主軸としている。テーブル席を設けるなど家族連れの客を想定した形態をとる。

すべての都道府県に合計1,981店舗を展開し、店舗数最多のチェーンとなっている。

店員は体のバランスから手の動かし方まで秒単位で訓練され、カウンター席についた客に対し、牛丼を「原則10秒以内」で提供することをもとめられる。

全店に監視カメラが設置され、監視役の社員が、東京の本社から24時間、店員の動きをモニターしている。


会社は以下の様な経過で急速に成長を遂げた(ホームページより)

1999年 東証二部上場。

2005年 (株)なか卯を合併。

2007年 沖縄県出店(すき家880店舗目)による全47都道府県への出店達成。

2008年 国内1087店舗となり、1077店舗の「吉野家」を抜き、国内店舗数でトップに。売上高(牛丼関連)は、吉野家 1010億円、すき家 737億円、松屋 617億円、なか卯 222億円。

2011年よりゼンショーホールディングスが発足。すき家の事業は事業子会社「ゼンショー」が引き継ぐ形となる。

2014年

1月 有限会社介護サービス「輝」の株式を取得。


それが14年の初めからブラック企業の雄としてランクアップされ、批判が集中するようになった

3月頃から、マンパワーの不足による休業が相次ぐ。最大約250店舗が営業停止。休業店には「パワーアップ工事中」と掲示される。

4月 「すき家の職場環境改善に向けた施策について」との声明を発表。

一部の誇張された流言や報道によって、お客様をはじめ関係者の皆様にはたいへんご心配をおかけしましたことを心よりお詫び申し上げます。

ときたもんだ。

「すき家」従業員の負担増が深刻化したことを重く受け止め…久保利英明弁護士を委員長とする、外部の有識者による第三者委員会を設置し、…労働環境改善に関する会社への提言を行います。

6月 全国7つの地域運営会社への分社化を行う。地域密着型の運営を図るためとされる。

9月 「労働環境改善に向けた改革の進捗について」(中間報告)が出される。深夜の複数勤務体制をとる。体制の確立できない店舗では深夜営業を一時休止。(内容はこれだけ)

10月 24時間営業を行う店舗を、全店舗の約4割に削減。深夜帯における営業は複数の従業員が担当することとなる。


ということで、

小池さんのあげた4項目は、そのままのとおりだ。

彼らは「約束」を破ったわけではない。そもそも約束などしていないのだ。約束したふりをしてホトボリが覚めるのを待っていただけなのだ。

要するにブラックはこれからも続けますよということになる。それならいっそ違法企業として潰したほうが良いのではないか。

昨日付で、こんな情報もありました。確度は保証しませんが…

「すき家」店員が「もう無理です」と倒れていた・・・病院に搬送されたときの状況は?

「すき家の店員がワンオペで倒れた」というツイートがデマだと思って、調べに行ったらマジだった


いまはYouTubeの鑑賞中。

故マゼールの指揮するコンセルトヘボウの演奏でマーラーの6番だ。

コンセルトヘボウが世界一というのは前から言われているが、よく分からない。

ただ画面で見ていて、団員が実力本位で選ばれているというのは納得できる。

1.女性が多い

今やクラシックをやる人の多くは女性だ。それから考えれば団員の半分くらい女性がいても不思議ではない。とくにバイオリンはそうだ。

この楽団はコンサートマスターが女性で、第一バイオリンの半分くらいは女性だ。ブラインドで技量本位に選べば女性が優位になるのはあたりまえだと思う。

2.東洋人が多い

女性が多いと書いたが、その半分は東洋系の顔立ちである。クラシックフアンの層の厚さを考えればこれも不思議ではない。

実力本位でやれば東洋人が増えるのも当然である。ただトップの位置は相変わらず白人が占めており、未だ完全開放とは言い切れない。

3.美人が少ない

楽器は顔で演奏するわけではないから当然だが、テレビ時代でもあるし美人は有利ではある。しかしこの楽団には美人がいないから、演奏に集中できるという利点もある。

ただ、そもそもオランダ人に美人はいないので地域差の問題かもしれない。いずれにしても顔でなく技量で団員が選ばれていることが分かる。

4.ハゲが少ない

オランダ人といえば女はブスで男はハゲというのが相場だ。そういう国民水準からすれば、この楽団にはハゲが少ない。もちろん若ハゲは居る。それは仕方がない。しかし全体としてハゲが少ないということは若い人が多いということだ。

つまり楽団員の新陳代謝が相当頻繁に行われていることを意味する。これも楽団が技量本位で構成されていて、ともすれば足を引っ張る年寄り団員が整理されていることを示唆する。

以上4つの特徴から、コンセルトヘボウは相当高い技量水準を維持していると推論できる。マネージャーの能力によると思う。

それにしても、マーラーというのはつまんねぇな

少しキューバの勉強をしなければならないと思って、ネットの文献を探すことにした。

グーグルで「キューバ 国交回復」と入れて検索すると、まっさきにこの論文が出てくる。

2015.01.22 Thu キューバ革命思想の行方――「帝国主義」アメリカとの国交正常化の背景 森口舞

率直に言えば、表面的事実は要領よく抑えられているが、そのような表面的事実だけからは歴史の真実は浮かび上がってこない。

そこには「なぜか」という問いがないからである。中東問題についての様々な解説と同じだ。それは森口さん自身がよく分かっているのではないだろうか。

わたしは、キューバ封鎖という55年にわたる経過は、ひとつの戦争だと見ている。

それはもうひとつのベトナム戦争だ。

そして国交回復が実現すれば、それは間違いなくキューバの勝利だということである。強調しておきたいのは、それは同時にラテンアメリカの勝利でもあるということである。

それは、ベトナム戦争の勝利が世界の民族運動と平和運動の勝利であったのと同じだ。

たしかにいまキューバは満身創痍の有り様だ。国交回復が実現したとしても、それを「勝利」と呼ぶほどの確信は、多くの国民には残っていないかもしれない。

だから我々はそれをマクロに、歴史的に、南北アメリカの力関係の変化の中で見つめていく必要がある。

…と、ここまでが前置き。

赤旗に「ベトナム戦争の世界史的意義…終結40年に考える」という古田元夫さんの文章が載った。

短いが、中身は相当難しい。

ここではベトナム戦争とASEANの関係について述べられている。

1.不戦共同体としてのASEAN

ASEANは域内諸国を包摂し、域外(とくに東北アジア)にも大きな役割を果たしている。

それは、「不戦共同体」というあり方においてもっともその有効性を発揮している。

「不戦」は冷戦構造の克服によって実現した。それは冷戦構造を未だ脱却できずにいる北東アジアと対照的である。

2.なぜASEANは冷戦構造を脱却できたか

東南アジアにおける冷戦構造の集中的表現は、南北ベトナムの分断と抗争であった。

この問題がベトナムの統一という事態を受けて消失した。これが核心である。

そしてもう一つがベトナムのASEAN路線への転換であり、ASEAN諸国のベトナム受け入れという選択であった。

これによりASEANの「不戦共同体」という枠組みが出来上がった。だから「不戦」がASEANの中核的概念をなすのである。

3.利害で出来上がった共同体ではない

従って、ASEANは「利害で出来上がった共同体ではない」ということができる。

巷間では、ASEANは純粋な経済共同体であり、「社会主義体制」の中で行き詰まったベトナムが、ASEAN諸国の外資導入を余儀なくされたとされるが、そうではない。

1990年近くまで対立関係にあった両者が95年に合同を果たしたのは、ベトナム戦争という惨禍を経て、共に平和の希求という点で一致したからである。

それは双方の冷戦構造の克服努力の上に達成されたものであり、ベトナム戦争と今日のASEANの発展は、同一の流れに位置するのである。


短い文章のなかで、古田氏の所説が十分に説得力を持っているかと言われると、確信は持てない。例えばポルポト時代の対立、親中反越路線の克服など検証すべき課題はいくつかある。しかし最後の一節だけは、実感として論証無用で同時代人に訴える力を持っている。

「巷間では、ASEANは純粋な経済共同体であり…」と言われると、自分に向けられた批判に思えて、思わずギクッとする。


鹿児島の鶴丸公園というところで、薩摩剣法のビデオを見て感心した憶えがある。

闘鶏みたいな剣術で、長い刀で地面を叩いてホコリを巻き上げ、奇声を発する。そのままのスタイルで剣を振り回しながら突進する。

そして一撃で相手を仕留める。肉を切らせて骨を切るというスタイルだ。

これだと、映画の剣戟のように10人、20人を叩き切るという訳にはいかない。せいぜい一人二、三殺だ。そして自らも倒れる。

集団戦闘の際はこれで勘定があう。相手が二倍いてもチャラだから、全体としては勝利する。

長いこと、これが薩摩剣法かと思っていた。しかし最近わかったのは田中新兵衛流の剣道もあるのである。

これはテロ用の剣道だ。

低い姿勢で相手ににじり寄って、相手が剣を振り下ろそうとしたその瞬間。低い姿勢のまま、体を思い切り前方に投げ出すようにつきだし、同時に刀を抜きざまに横払いし、相手のスネをねらうのである。

これが居合だと抜きざまに払った後、二の太刀があってとどめを刺すのだが、薩摩剣法はあくまで一撃で終わりである。

相手がジャンプしてこの切っ先をかわし、そのまま大上段から斬りつければ脳天真っ二つだ。

あるいは気配を察した相手が半歩下がって切っ先をかわせば、相手に首を切ってくれとさし出すような姿勢となる。

いずれにしてもこれは殺人術だ。剣術ではない。この迫力がモノを言う。

戦闘に行くということは死にに行くことなのだ。殺されに行くことなのだ。うまく行ったら殺されるまでのあいだに、一人くらいは殺せるかもしれない。さらにうまくいけば、行きて帰れるかもしれない。だがしかし、それには相手を完璧に殺すことが条件だ。そして相手を完璧に殺すためには、相当の深手を覚悟しなければならないのだ。

この覚悟があれば、小錦を相手にしてでも刺し違えまでは持っていけるかもしれない。

福井地裁の判決は、あらためて読み直すとかなり難しい。文章の問題だけではなく、論理展開がちょっと跳んでいるところがある。

とくに後半のところは少し補足的な解説が必要だと思う。

「万が一」論の中身

C) 「新規制基準に求められるべき合理性」の箇所では、最高裁「伊方判決」を根拠にしながら、「万が一」論が展開されている。

「伊方判決」の趣旨は、当該原子炉施設の周辺住民の生命、身体に重大な危害を及ぼす等の深刻な災害が万が一にも起こらないようにすること。そのため、原発設備の安全性につき十分な審査を行わせることにある。

そうすると、新規制基準に求められるべき合理性とは、原発の設備が基準に適合すれば深刻な災害を引き起こすおそれが万が一にもない といえるような厳格な内容を備えていることである。

万が一論は2つの内容を含んでいることが分かる。すなわち万が一の天変地異が起こりうることを前提にして、

1.万が一の天変地異が起きても、万が一の事故が起こらないようにする手立て

2.万が一の事故が起きても、それを深刻な災害としないための厳格な安全基準

を求めるものである。

この「万が一」論は一般的な議論ではなく、判決を踏まえた議論であり、伊方判決なるものの理解が必要である。

伊方判決の概要

伊方判決というのは、平成4年(1993年)10月29日に最高裁判所第一小法廷にて発せられた判決である。もう23年も前のバブル期のものだ。私は知らなかった。

事件名は「伊方発電所原子炉設置許可処分取消」と称される。つまり住民原告が伊方原発の設置禁止をもとめた訴訟である。最初の訴えは1973年のことだ。もう42年も前、私が大学を卒業して北海道勤医協に就職した年だ。

訴えの内容は、設置許可の際、原子炉等規制法に基づいて行われた国の安全審査が不十分だというもの。

78年に一審判決、84年に二審、その後最高裁に上告されていた。一審判決に関しては小出さんが語気鋭く批判している。ただ訴訟が成立したこと自体が、原告適格性(住民の公訴権)の承認という意義を持つことは留意されるべきであろう。

ウィキペディアに判決要旨が紹介されている。関連箇所?を拾ってみる。

1.裁判所は政府委員会が出した「安全性に関する判断」の適否を審理・判断する。(…ことができる)

2.判断に不合理な点があれば、原子炉設置許可処分は違法と解すべきである。(…ことができる)

3.原子炉設置許可処分の取消訴訟においては、行政庁がみずからの判断に不合理な点のないことを立証する必要がある。

4.(もし立証を怠れば)行政庁の判断が不合理であることが、事実上推認される。

ということで、ここには「万が一論」は登場していない。あまり注目されていなかったのかもしれない。

判例倉庫には判決全文が載せられている。

ここに以下のクダリがあった。

原子炉設置許可の基準として、右のように定められた趣旨は、

①原子炉が原子核分裂の過程において高エネルギーを放出する核燃料物質を燃料と して使用する装置であり、

②その稼働により、内部に多量の人体に有害な放射性物質を発生させるものであって、

③原子炉を設置しようとする者が原子炉の設置、運転につき所定の技術的能力を欠くとき、又は原子炉施設の安全性が確保されないときは、

A 当該原子炉施設の従業員やその周辺住民等の生命、身体に重大な危害を及ぼし、

B 周辺の環境を放射能によって汚染するなど、深刻な災害を引き起こすおそれがある

以上①~③にかんがみ、右災害が万が一にも起こらないようにするため(努力しなければならない)

(このことは)原子炉設置許可の段階で、

①原子炉を設置しようとする者の右技術的能力

②並びに申請に係る原子炉施設の位置、構造及び設備の安全性

につき、科学的、専門技術的見地から、十分な審査を行わせることにあるものと解される。

「技術的能力」というのは、万が一にも壊れない原子炉そのものの安全性であり、施設の位置、構造、設備の安全性というのは原子炉が損傷を受けても重大な事態に至らないための周辺的安全対策である。

これが福井地裁判決の法的根拠を形成しているのである。

ということで、結果的には原告側敗訴でったが、重要な前進があったのである。それが「万が一論」である。

 

ヨーロッパはいくつかあるが、南北アメリカはベタでダメ。アトランタ、ワシントンは健在となっているが、時間の問題であろう。途上国がどんどんダメになっている。
とくに2014年が、禁煙が厳しくなる転機となっているようで、この表ももうじき無意味になるかもしれない。
追加報告

みんな見てくれるのになにもしないのでは申し訳ないので、少し増補します(2017年8月)

というよりも、下記のサイトを見つけたので、そこからのコピーです。別に難しい英語ではないので、そちらに行ってみてください。

Smoking areas at airports

何人かの方がコメントで情報を提供してくれています。そちらもご参照ください。
第二追加報告
喫煙可能な「時代遅れ」の世界の空港、日本もリスト入り
という記事がフォーブスのネット版で提供されています。愛煙家への密かなエールではないかと見ています。いつか消えるかも知れないので、引用しておきます。

下記、喫煙を許可している空港のリストである(数字は利用旅行者数のランキング)。

1)ハーツフィールド・ジャクソン・アトランタ国際空港

3)ドバイ国際空港(UAE)

5)羽田空港

8)香港国際空港

10)パリ=シャルル・ド・ゴール空港(パリ・フランス)

12)アムステルダム・スキポール空港(オランダ)

13)フランクフルト空港(ドイツ)

14)アタテュルク国際空港(トルコ)

15)広州白雲国際空港(中国)

17)シンガポール・チャンギ国際空港

18)デンバー国際空港

19)仁川国際空港(韓国)

20)スワンナプーム国際空港(タイ)

21)インディラ・ガンディー国際空港(ニューデリー・インド)

22)スカルノ・ハッタ国際空港(ジャカルタ・インドネシア)

24)クアラルンプール国際空港(マレーシア)

26)マッカラン国際空港(ラスベガス)

27)成都双流国際空港(中国)

29)チャトラパティ・シヴァージー国際空港(ムンバイ・インド)

36)台湾桃園国際空港

37)ミュンヘン空港(ドイツ)

39)昆明長水国際空港(中国)

42)フィウミチーノ空港(ローマ・イタリア)

44)メキシコ・シティ国際空港

47)ニノイ・アキノ国際空港(マニラ・フィリピン)

48)成田空港(日本)

50)ハマド国際空港(ドーハ・カタール)


ヨーロッパ


チェックイン後

チェックイン前

ロンドン(ヒースロー)

搭乗エリア内は不可。(公式)裏情報は右欄

2017.8 ターミナル4に1ヶ所、喫煙エリアあり。ゲート6B と7のあいだ、階段を降りたところにある。ターミナル2,3,5は一切なし。

ミラノ(マルペンサ)、リナーテ(国内・欧州内)

公式には喫煙所はない。
マルペンサのターミナル1(ゲート59およびB20)に二つの喫煙ブース。
 リナーテは出発階ゲートA16に喫煙エリア。ともに未確認。

 

ラウンジには喫煙所あり。

ローマ(パスティーネ)、

フィウチミーノ(国内)

パスティーネは無し。フィウチミーノは喫煙所だらけらしい。

 ラウンジ・レストランはすべて喫煙可

ウィーン

立吸い(Raucher)スペース有り

 

アムステルダム(スキポール)

喫煙所はない。全ての飲食店、カフェなどに灰皿があり喫煙OK。→「喫煙所」表示あり。

 

ベルリン(テーゲル)

2つのラウンジ(Hugo-JunkersとLufthansa )で喫煙可らしいが入り方不明。一説ではラウンジも禁煙。

施設内禁煙

フランクフルト

ターミナル1に5箇所の喫煙スペース。ターミナル2ではゲート1~4付近にあり。

 屋外フリー

ミュンヘン

公式には建物内禁煙。実態は各ターミナルに日本並みの喫煙スペース。ラクダを探すこと

 

パリ(シャルル・ドゴール)

案内図ではK37、K45付近に2ヶ所の喫煙所。空港内の飲食店内は喫煙可。

「喫煙所は今年(14年)は見つからず」との情報。

マドリード(バラハス)

数カ所あった喫煙スペースはすべて閉鎖。ターミナル1のVIPラウンジの屋外テラスが吸えるとの情報。

屋外はどこでも吸える。

バルセローナ(エル・プラト)

ターミナル1では2つの喫茶店が喫煙可。ゲートCのハーゲンダッツ、ゲートAのコスタ。

チェックイン後階下に降りると青空喫煙スペースがあるとの情報。

モスクワ(シェレメチボ)

14年の6月法改正で全面禁煙。抜け穴なし。屋外での喫煙は可能。トランジットで一旦出国。お薦めはしない。

ヘルシンキ(ヴァンター)

ゲート近くに喫煙エリアが設置されている

 

南北アメリカ

ホノルル

喫煙不可

1.国際線到着ビルとインターアイランド・ターミナルの間 2.2階チケットカウンター前の中央分離帯(20フィート規制あり)

サンフランシスコ

喫煙所なし(設計図上ないはずの喫煙所ありとの都市伝説)→否

 外に出て指定場所で。ただしセキュリティの混雑は覚悟。

ロサンゼルス

屋外喫煙所が3ヶ所(ターミナル2と7、ブラッドレー・ターミナル)ブラッドレーではウマミ・バーガーの裏手

 

シカゴ(オヘア)

全面禁煙

もっとも悪評高い空港らしい

ダラス(フォートワース)

全面禁煙


マイアミ

コンコースBとDに屋外喫煙スペース(公式には禁止)

1,2回の外周道路の外側で可

ニューヨーク(ケネディ)

全面禁煙

屋外に灰皿あり

ボストン(ローガン)

全面禁煙


ワシントン(ダレス)

ここと、アトランタが最後の砦。ゲートB38、B75、C4、D30付近に喫煙室(細かい異同あるが間違いなく4ヶ所)

 

トロント(ピアソン)

完全禁煙

セキュリティの厳しさも米国並み

メキシコシティ(フアレス)

セキュリティゲート通過後喫煙スペースなし

メキシコだから抜け穴あるかも→
ある。ターミナル1、2とも各ゲートに飲食店があり、そこでの喫煙は可。

サンパウロ(グアルーリョス)

施設内禁煙 メインビル玄関外に指定場所あり

14年12月禁煙法が施行。

リオデジャネイロ

施設内禁煙 メインビル玄関外に指定場所あり

にいくつか記載あり、ただちに消去されている

 

 

 

はみ出していたのを直しました。直っているかどうかは保障の限りではありません。

  

大変な判決が出たものだ。推進派は真っ青だろう。

これが通れば日本の原発はアウトだ。原子力規制委員会など何の意味もなくなる。

とりあえず判決要旨(正確には要旨の要旨)を掲載しておく。法律言葉というのは、私の感覚からすれば悪文の極みであり、相当センテンスをぶった切って修文している。小見出しは私の付けたものである。

NPJ訟廷日誌 より

高浜原発3、4号機運転差止仮処分命令申立事件

主文

1 関西電力は、福井県大飯郡高浜町田ノ浦1において、高浜発電所3号機及び4号機の原子炉を運転してはならない。

2 裁判費用は関西電力の負担とする。

理由の要旨

1. 基準地震動について

A) 「基準値振動」を越えれば大変なことになる

「基準地震動」は当該原発に想定できる最大の地震動である。基準地震動を超える地震が到来すれば、施設が破損する。施設の設計は基準地震動を超える地震を想定していないからだ。

その際、事態の把握は困難で、時間的な制約の下で収束を図るには多くの困難が伴う。その結果、炉心損傷に至る危険を含んでいる。

B) しかし実際には「基準値振動」は何度も越えられている

現在、原発は全国で53基あるが、その所在地は20ヶ所にも満たない。このうち4ヶ所で、「基準地震動」を超える地震があった。それも、この10年足らずのあいだに起きたのだ。

ゆえに、これらの原発で「基準地震動」の値は信頼出来ないことが明らかになった。

C) 高浜原発だけが信頼に足る「基準値振動」を持っているという根拠はない

本件(高浜)原発の「基準値振動」はこれら4つの原発と同一の手法で定められている。すなわち、過去における地震の記録と周辺の活断層の調査分析である。

それにもかかわらず、本件原発の地震想定(700ガル)だけが信頼に値するという根拠は見い出せない。

D) 「基準地震動」を基準とすること自体にも問題がある

基準地震動は計算で出た一番大きな揺れの値ではないし、観測そのものが間違っていることもある。原発の基準地震動を策定すること自体が無意味であり、合理性は見い出し難い。

これは基準値振動の提唱者自身が語った言葉である。

2.「基準値未満なら安全」とはいえない

A) 関西電力の無責任な耐震安全性引き上げ

高浜原発が運転を開始した時、基準地震動は370ガルであった。その後、「安全余裕がある」との理由で550ガルに引き上げられた。このとき根本的な耐震補強工事は行われないままだった。さらに新規制基準が実施されたのを機に、700ガルにまで引き上げられた。このときも根本的な耐震補強工事は行われないままだった。

原発の耐震安全性確保の基礎となるべき「基準地震動」を、何のしかるべき対応もなしに数値だけ引き上げるということは、社会的に許容できることではない。債務者(関西電力)のいう「安全設計思想」とも相容れないものである。

B) 700ガル以下なら安全だろうか

とはいえ、関西電力は基準地震動を700ガルまで持ち上げた。では700ガル以下なら安全だろうか。

実際には700ガルを下回る地震によっても、①外部電源が断たれ、②主給水ポンプが破損し、③主給水が断たれるおそれがある。関西電力はこのことを自認している。

外部電源と主給水によって冷却機能を維持するのが原子炉の本来の姿である。外部電源と主給水は安全確保の上で不可欠な役割を担っている。これら「第一次設備」はその役割にふさわしい耐震性を求められる。それが健全な社会通念である。

しかるに、関西電力はこれらの設備を「安全上重要な設備でない」と主張している。このような債務者の主張は理解に苦しむ。

C) 「多重防護」の主張は的外れだ

関西電力は「原発の安全設備は多重防護の考えに基いている」という。しかし、多重防護とは「堅固な第一陣が突破されたとしてもなお第二陣、第三陣が控えている」という備えを指すのである。第一陣の備え(外部電源と主給水)が貧弱なため、いきなり背水の陣となるような備えは、多重防護とは言いがたい。そのような「第一陣軽視」の考えは、多重防護の意義からはずれていると思われる。

このような考えのもとでは、「基準地震動」である700ガル未満の地震においても、冷却機能喪失による炉心損傷に至る危険が認められると言わざるをえない。

3. 小括

日本列島は4つのプレートの境目に位置するという、世界で見ても特異な位置にある。このため、全世界の地震の1割が我が国の国土で発生している。「日本国内に地震の空白地帯は存在しない」と考えなければならない。

関西電力は他の原発敷地と高浜原発との地域差を強調している。しかしその地域差なるものは、それ自体確たるものではない。まして、我が国全体が置かれている上記のような厳然たる事実の前では大きな意味を持たない。

各地に幾たびか激しい地震が到来した。また原発敷地にも、5回にわたり基準地震動を超える地震が到来した。それらが高浜原発には到来しないというのは、根拠に乏しい楽観的見通しにしかすぎない。

その上、基準地震動に満たない地震によっても、冷却機能喪失による重大な事故が生じ得ると考えられる。であれば、高浜原発の危険は、「万が一」というレベルをはるかに超える現実的で切迫した危険であるとみなされる。

4. 「使用済み核燃料」というもう一つの問題

使用済み核燃料は、将来、我が国の存続に関わるほどの被害を及ぼす可能性がある。しかしそれは目下のところ、格納容器(最終処理)のような堅固な施設によって閉じ込められていない。

その理由は「使用済み核燃料を閉じ込めておくための堅固な設備を設けるためには膨大な費用を要する」ということになっている。

そこでは、「国民の安全が何よりも優先されるべきである」との見識は前提とされていない。すなわち、「深刻な事故はめったに起きないだろう」という見通しのもとに、姑息的な対応で済まされているといわざるを得ない。

目下のところ、格納容器に代わるべきものとして使用済み核燃料プールが位置づけられているが、その給水設備も耐震性はBクラスにとどまっている。

5. 当面、守られるべき住民の安全について

A) 安全性確保に必要な方策

本件原発の脆弱性は、

①基準地震動の策定基準を見直し、基準地震動を大幅に引き上げ、それに応じた根本的な耐震工事を実施する、
②外部電源と主給水の双方について、基準地震動に耐えられるように耐震性をSクラスにする、
③使用済み核燃料を堅固な施設で囲い込む、
④使用済み核燃料プールの給水設備の耐震性をSクラスにする

という各方策がとられることによってしか解消できない。

さらに、地震の際には事態の把握の困難性が予想されることから、使用済み核燃料プールに係る計測装置がSクラスであることが必要である。さらに、中央制御室へ放射性物質が及ぶ危険が予想されることから、耐震性及び放射性物質に対する防御機能が高い免震重要棟の設置が必要である。

B) 原子力規制委員会の新規制基準には合理性がない

しかるに原子力規制委員会が策定した新規制基準は上記のいずれの点についても規制の対象としていない。免震重要棟についてはその設置が予定されてはいるが、猶予期間が設けられている。

地震が人間の計画、意図とは全く無関係に起こるものである以上、かような規制方法に合理性がないことは自明である。

原子力規制委員会が設置変更許可をするためには、

①専門技術的な見地からする合理的な審査を経て、申請に係る原子炉施設が新規制基準に適合するか否かを判定しなければならない。
②新規制基準自体も合理的なものでなければならない

C) 新規制基準に求められるべき合理性

最高裁判所平成4年10月29日第一小法廷判決(いわゆる伊方判決)の趣旨は、当該原子炉施設の周辺住民の生命、身体に重大な危害を及ぼす等の深刻な災害が万が一にも起こらないようにすること。そのため、原発設備の安全性につき十分な審査を行わせることにある。

そうすると、新規制基準に求められるべき合理性とは、原発の設備が基準に適合すれば深刻な災害を引き起こすおそれが万が一にもないといえるような厳格な内容を備えていることである。

しかるに、新規制基準は上記のとおり、緩やかにすぎ、これに適合しても本件原発の安全性は確保されていない。新規制基準は合理性を欠くものである。

そうである以上、その新規制基準に本件原発施設が適合するか否かについて判断するまでもなく債権者らが人格権を侵害される具体的危険性即ち被保全債権の存在が認められる。

6 保全の必要性について

本件原発の事故によって債権者らは取り返しのつかない損害を被るおそれがある。したがって、本案訴訟の結論を待つ余裕はない。

現時点においては、すでに原子力規制委員会の設置変更許可がなされており、現状を保全する(緊急の)必要性も認められる。


を参照されたい。


1.偉そうですが…

ネットで視床とか視床下部を検索すると、とにかく名詞が洪水のように溢れ出てくる。ちょっと退いてしまうのだが、原理的にはそれほど難しい臓器ではない。

しかもかなりその役割は細かいところまで明らかになっているので、小脳のように群盲象を撫でるほどの趣はない。

文章が雑然としているのは、著作者に大づかみな把握ができていないだけだと思う。

2.動物は脳を持つ生命体

まず、繰り返しになるが、動物の基本的特徴をあげておこう。

動物の本質は動くことだ。それは移動することであり、移動した先々で補食し、食われないようにすることにある。そして生命の根幹には植物と同様のメカニズムが働いているということである。

動くことは神経なしには不可能だ。だから動物というのは脳を持つ生命体だということもできる。

脳は①感覚を統合し、②判断し、③命令を発し、全身の臓器を動かす。脳は④欲望し、生命に目的を与える。

ここまでは、ミジンコから人間に至る共通の脳の働きだ。ただし④については、少し吟味が必要だろうと思う。

人間の脳で見ていくと①、②、③については中脳以下のレベルでこなしている。イロイロ意見もあろうと思うが、小脳もその流れの延長にあるといえる。

④については、どうも良くわからない。本質的には具備していると見るべきだろうが、それが独自の部位に局在しているかについてはなんとも言えない。

例えば蜂とかアリとかは、DNAのプログラムがモロに動かしているのかもしれない。

3.間脳は奥の院

とにかく、動物としての基本的な生命活動は中脳(橋と古い小脳部分をふくむ)で完結する。

それを支えるのが植物神経で、生命体としてのまとまり、とくにロジスティクスを束ねているのではないか。

脳幹網様体と言われるのがそれで、のちにそれを間脳が担うようになったのではないか。事実、かなり脳幹網様体と間脳の役割は重複している。

4.どこかで中脳以下と間脳の地位が逆転した

当初は控えめな支え役だったはずの間脳は、脳幹網様体と一体化することで、中脳以下の独自情報を集中させ、ひいては中脳以下に命令を出すようになる。

どこかでこの逆転が起こっているのだろうと思う。感情などなくても動物は外界に反応して動く。しかし間脳が支配するようになると、動物は外界に反応するだけではなく、間脳(感情)にも反応して行動するようになる。

動物は植物であることを拒否して動物になったのに、ふたたび植物的なものに支配されるようになった。だとすれば皮肉なことではあるが、より安定した営みを展開するには、それは必然であったかもしれない。

5.どこかで再逆転が起こるだろう

しかしこのような間脳に由来する原始的感情にのみ従って、人間は生きていくことはできない。

このような原始感情を、時には受け入れ、時には拒否しつつ、感情に支配されない、自由と自立の世界を作り上げてきたのが人間であろう。(最後はむりやりのオチでした)

医者のくせに不勉強で知らなかったが、赤旗の「健康まめ知識」という欄でナルコレプシーのことを知った。

くわみず病院睡眠センターの福原明先生の説明は、簡潔にして要を得ているが、あえて言わせてもらうと、超簡潔である。

少し勉強してみた。

ナルコレプシーというのは日本語では居眠り病ということになるようだが、私などは重症の居眠り病だから、やはり俗称でなくナルコレプシーと言っておいたほうが良いようだ。

というのはこの病気かなりしっかりしたクライテリアがあり、Etiology というか、病態生理もしっかり把握されており、治療法もかなり特異的な方法に絞りこまれているからだ。

しかもその上で遺伝疾患なのか自己免疫疾患なのかという学説上の対立があるという、学問的にはまことに面白い病気なのだ。

と、とりあえず紹介した上で、感想的なものも踏まえて概説しておく。

1.ナルコレプシーはリウマチの親戚

私などが居眠りをするのは年寄りボケのなせる業で、ナルコレプシーなどという由緒正しい病気ではない。

本物のナルコレプシーは、多分リウマチに似た転帰をとって発症するようだ。

扁桃腺が感染して化膿すると、そこで増殖した溶連菌が血液内に侵入してイロイロ悪さをする。

むかしの記憶だと、菌体内の毒素が免疫系を刺激すると、一部の人はこれを自らの身体の一部と勘違いして、自分の体を攻撃し始める。それが心臓につけば弁膜症になり、関節内の粘膜につけば関節炎となる。

この他に、教科書には載っているが見たことがない病気に「小舞踏病」というのがある。手足が不随意運動を起こす病気で、学生の頃たしか8ミリ映画を見せられたが、教室が暗くなった途端、こちらがナルコレプシーを起こしてしまった。

今では小舞踏病のみならず、さまざまな関連疾患が発見され、これらの精神・神経症状を一括して自己免疫性神経・精神障害という。

英語の頭文字でいうとPANDAだ。命名者は多分パンダにしたくて、難しい名前を並べたのだろう。iPSといい、STAPといい、よくあることだ。

疫学的にはかなり頻度が高いようだ。HLA遺伝子との関連が高いようで、体質的なものも関係しているようだ。

これもリウマチとよく似ている。

2.ナルコレプシーは覚醒物質(オレキシン)の欠乏症

覚醒物質というのはオレキシンという一種のホルモンで、視床下部にあるオレキシン細胞で作られる。

先ほどのPANDAで、このオレキシン細胞というのが自己免疫の標的にされてしまうようだ。そうすると脳脊髄液中のオレキシン濃度が低下し、居眠りを引き起こすというのが発症機序のようだ。

死後脳の検討でオレキシン細胞の変性・脱落が確認されている。脳脊髄液のオレキシンA蛋白という誘導体は、発症直後から有意に低下し、カタレプシーを伴うナルコレプシーのケースでは測定限界値以下にまで低下する。

ただ、オレキシンは脳脊髄液中に出てどこかに作用するというのではなく、近傍ホルモンとして同じ視床下部の睡眠中枢および睡眠中枢に作用しているようだ。オレキシンは睡眠中枢を抑制すると言われる。

睡眠の調整: 視床下部前部には腹外側視索前野に睡眠中枢があり、モノアミン性の覚醒中枢がバランスをとっている。

3.夢を見るのがナルコレプシーの特徴

で、どこが普通の居眠りと同じで、どこが違うかというと、

同じなのは30分以内の短い居眠りで目覚めること。

違うのは、短い居眠りなのに、しっかり夢を見るということが最大の違いだ。これは脳波でもREM睡眠として確認できる。

その入眠時の夢は本当に生々しいようで、「閉めたはずの寝室のドアから何者かが入ってくるのを感じる」「体を触られる、押し付けられる」などという。

睡眠麻痺に伴う無動、ありありとした実在感(実体的意識性)、そして強い恐怖感と記載されている。「金縛り」もあるようだ。

あとは笑いすぎた時に腰が抜けていしまうカタレプシーという症状も随伴するそうだが、別になくてもよい。あれば確実である。結構医者は調査票の「あり」にマルをつけたくて、でっち上げる事があるのであまり信用ならない。

4.治療はモディオダールの継続

モディオダールというのは精神刺激薬ということになっているが、どんな薬かわからない。しかし特効薬ということになっているようだ。

オレキシン細胞がやられてしまうわけだから、基本的には治療というより補充療法になる。

問題はオレキシン産生細胞がやがては回復するのかどうかだ。

症状が強い人、悪夢・金縛り・カタレプシーにはアナフラニールという抗うつ剤が奏効するようだ。

あとは適宜さじ加減。


以上が「脳科学辞典」の概要であるが、残念ながらオレキシンについての説明が少ない。

しかしまずは「睡眠」の生理からもう少し検討する必要がある。

いずれにしても君はナルコレプシーではない、指弾きゲームを止めて早く寝なさい。


地方選挙は「敵なし総括」になりがちだ。
共産党の躍進はたしかに素晴らしい。
一方において、それは階級対立の先鋭化を意味する事を忘れてはならない。それは階級対立が地方政治のレベルにまで波及し、抜き差しならないものとなりつつあることの証でもある。
ヒトラーが政権をとる選挙で、ドイツ共産党も躍進した。社会は不寛容となり、中道派の存在を許さなくなった。
そして共産党は潰され、党員は収容所に送られ殺された。人々はそのことには無関心だった。民主主義を捨てることをためらわなくなった。世界は第二次大戦へとまっしぐらに進むことになった。
今回の選挙の象徴となったのは、自民党の選挙ポスターだろう。右上を向く安倍晋三のアップ顔のポスターである。自民党は自らのイメージをこの顔に重ね、国民にこの顔を支持するよう呼びかけた。
まさかと思ったが、それで「前進」したのである。国民はこの顔に「好感」を持つに至ったのである。
自民党というのは「旦那衆」の党である。本来こんな顔ではなかったはずだ。この顔は良識ある日本人が最も嫌悪する顔ではなかったのか。どうしてこの顔を、居丈高で、平気で嘘をつくこの顔を、「日本国民」は好きになってしまったのだろう。
わたしは飯を食う時にはテレビを見る。民放のクイズ番組やバラエティは見ないでNHKを見ることが多い。受信料払っているからには見ないともったいないからでもある。
しかしニュースで安部首相が移った途端にチャンネルは変える。そうしないと飯がまずくなる。ニュース解説とかNHK解説委員が出てきたら、たとえ他の家族が見ていようと切る。そうしないとアドレナリンがムラムラと湧いてくるからだ。
むかし学生時代に、朝日新聞を読むたびに腹を立てていたのと似ていなくもない。植村さんの支援運動にもちょっと複雑な思いは頭をかすめる。しかし事態ははるかに深刻だと思う。

4月5日、翁長知事が沖縄を訪れた菅官房長官と会見した。以下の発言はおそらく直後の共同記者会見での冒頭発言だろうと思う。

赤旗にその「要旨」が載っているが、要約とはいえほとんど全文に近い。いっそのこと、琉球新報で全文を見たほうが良いだろう。

文章をご覧になれば分かるように、翁長知事が一番頭に来ているのが、菅長官の「粛々と」発言だ。これだけ法政大学の同窓から言われれば、もう「粛々と」とは言えないだろう。それが今度の会談の最大の成果だ。

リンクだけ張っておこうと思ったが、いずれ消えてしまうので、転載しておく。

翁長知事冒頭発言全文 (聞かせどころのみ抜粋) 

「国を守る覚悟」はどれほどか
…沖縄は全国の面積のたった0・6%だ。そこに74%の米軍専用施設が置かれている。まさしく戦後70年間、日本の安全保障を支えてきた。それは自負でもあり、無念さもある。
…(菅長官が)どんなに忙しかったかは分からないが、 こういった形で話をする中で、「物事を粛々と進める」ということがあったら、県民の理解ももう少し深くなったと思う。
…たった1県のこの沖縄県に多くの米軍施設を負担させて、「日本の国を守るんだ」と言っても、よその国から見るとその覚悟がどれほどだろうかと思う。
…オスプレイが本土で訓練する話もあったが、残念ながら「基幹基地」を本土に持って行くという話はない。だから、「訓練をしていずれ全て沖縄に戻ってくるのではないか」、そういう危惧は、今日までの70年間の歴史から十二分に感じられる。不安がある。

政治の堕落だ

 今日まで沖縄県が自ら基地を提供したことはない ということを強調しておきたい。

 基地は全て取り上げられたものだ。戦争が終わって県民が収容所に入れられている間に、県民がいる所は銃剣とブルドーザーで強制接収されたものだ。普天間飛行場も、それ以外の取り沙汰される飛行場も基地も全部だ。

米国民政府は、1953年4月に土地収用令を発令。立退きを拒否する住民を銃剣でおどし、ブルドーザーで建物をこわして土地の強制収用を行った。ンター
…全て奪っておいて、県民に大変な苦しみを与えて、そして今や普天間は危険だから、その危険性の除去のために「沖縄が負担しろ」と。
 「お前たち、代替案を持ってるのか」と。
 「日本の安全保障はどう 考えているんだ」と。
 「沖縄県のことも考えているのか」と。
こういった話がされること自体が日本の国の政治の堕落ではないか。

 日本の国の品格という意味でも、世界から見ても、おかしいのではないかと思う。


あの「万歳三唱」は何だったのか

 この70年間という期間の中で、基地の解決に向けてどれぐらい頑張ってこられたかということの検証をしてほしい。
…一昨年、サンフランシスコ講和条約の発効の祝典があった。

「日本の独立を祝うんだ」という、「若者に夢と希望を与えるんだ」という話があった。

しかし沖縄にとっては、その日は日本と切り離された悲しい日だ。

そういった思いがある中、あの万歳三唱を聞くと、「沖縄に対する思いはないのではないか」と率直に思う。
…27年間、サンフランシスコ講和条約で日本の独立と引き換えに米軍の軍政下に差し出された。そして、その27年の間に日本は高度経済成長を謳歌した。

…その27年間、私たちは米軍との過酷な自治権獲得運動をやってきた。想像を絶するようなものだった。
官房長官と私は法政大学で一緒だが、私は22歳までパスポートを持ってドルで送金受けて日本に通った。あの27年間、沖縄が支えたものは何だったのかなと思い出される。

「粛々」という言葉が想起するもの

官房長官が「粛々」という言葉を何回も使う。僕からすると、埋め立て工事に関して問答無用という姿勢が感じられる。

それはサンフラ ンシスコ講和条約で米軍の軍政下に置かれた、かつての沖縄を思い起こさせる。その時の最高の権力者だったキャラウェイ高等弁務官は言った。「沖縄の自治は神話である」と。「自治は神話」だと。

ポール・W・キャラウェイ(Paul W Caraway)
右は西銘那覇市長

1963年3月5日、那覇市の金門クラブ月例会で、「沖縄住民による自治は神話に過ぎない」と発言し、住民らによる自治を認めなかった(ウィキペディア)


官房長官の「粛々」という言葉がしょっちゅう全国放送で出てくると、何となくキャラウェイ高等弁務官の姿が思い出される。何か重なり合う感じがして、私たちのこの70年間、何だったのかなと率直に思っている。

プライスさんという人がきて、強制接収された土地を強制買い上げしようとした。

1956(昭和31)年6月9日、下院軍事委員会特別分科委員会のプライス委員長が沖縄の基地、軍用地問題に関する「プライス勧告」を発表。
沖縄基地は①制約なき核基地、②米極東戦略の拠点であるとし、米軍の軍用地政策を承認。これに抗議して「島ぐるみ闘争」が起きる(沖縄公文書館

とても貧 しい時期だったから、県民は喉から手が出るほどお金がほしかったが、みんなで力を合わせてプライス勧告を阻止した。そうやって今、私たちは自分たちの手に基地(の土地)を残している。
このような自治権獲得の歴史を私達は持っている。だから「粛々」という言葉には決して脅かされない。そう思ってい る。

責任はあげて政府にある

上から目線の「粛々」という言葉を使えば使うほど、県民の心は離れて、怒りは増幅していく。私は辺野古の新基地は絶対に建設できないという確信を持っている。
こういう県民のパワーには、私たちの誇りと自信、祖先に対する思い、将来の子や孫に対する思いというものが全部重なっている。そして私たち一人一人の生きざまになっている。

菅官房長官の言うように計画が「粛々」と進められるとすれば、その計画のもとで建設することは絶対にできない。「不可能になるだろうな」と私は思う。

建設途中で頓挫することになれば、その後に起こり得る事態は全て政府の責任だ。

世界が注目している。そして「日本の民主主義国家としての成熟度」が多くの国に見透かされてしまう。

辺野古がダメなら、普天間は固定化される?
2003年にラムズフェルド国防長官が「普天間は世界一危険な飛行場だ」と発言した。官房長官は県民を洗脳するかのように言う。「普天間の危険性除去のために、辺野古が唯一の政策」だと。

官房長官にお伺いしたい。「辺野古基地ができない場合、本当に普天間は固定化されるのか」

ラムズフェルドさんも官房長官も多くの識者も世界一危険な基地だと言っているのに、辺野古ができなかったら固定化ができるのかどうか、ここを聞かせていただきたい。

「沖縄の負担が減る」というのはまやかしだ

一昨年に小野寺前防衛大臣が来た時に聞いた。

普天間が返還され、辺野古に行って(面積が)4分の1になる、嘉手納以南の相当数が返されるという。「それで、どれだけ基地は減るのか」と。

答えは「変わらない」ということ。今の73・8%から73・1%にしか変わらない。0・7%だ。

なぜか。那覇軍港もキャンプキンザーもみんな県内移設だから、4分の1の所に行こうがどうしようが0・7%だ。

官房長官の話を聞いたら全国民は「相当これは進むな」「なかなかやるじゃないか」と思うかもしれないけれど、話はそういうことだ。

安部総理への率直な疑問

安倍総理は「日本を取り戻す」と言っている。私からすると、取り戻す日本の中に沖縄が入っているのか、率直な疑問だ。
「戦後レジームからの脱却」ということもよく言うが、沖縄では「戦後レジームを死守せよ 」と言われている感じがする。沖縄だけが「戦後レジームの死守」をすることは、本当の意味の国の在り方からいくと納得しにくい。

選挙で示された「県民の民意」は一つだ

菅官房長官は「沖縄県民の民意」を語った。「いろんなものがあってあの選挙を戦ったんだよ」と。「だから(民意は)いろいろあるでしょう」という話だ。

それは違う。沖縄県知事選挙、衆院選挙の争点はただ一つだった。前知事が埋め立て承認をしたことに対する審 判だった。私と前知事の政策に、埋め立て承認以外では違いがなかった。

10万票差で私が当選したということは、もろもろの政策によるものではない。辺野古基地の反対について、県民の圧倒的な考えが示されたのだと思っている。ここをぜひ理解してほしい。


県民の今日までのいろんな思いは絶対に小さくはならない。もっと大きくなって、この問題に関して、話が進んでいくと私は思っている。


本日は近くの老健のスタッフが我が老健を見学に来た。
近くと言ってもライバルというほどの近くではないから、こちらでサジェストできるところは大いにアシストしようと思った。
ある意味で、自分の老健の4年近くの生活を振り返るチャンスにもなると思う。「情けは人のためならず」だ。
1.老健の主体はケアワーカー
老健の性格はいろいろに規定できると思うけど、施設長(運営者)の立場から言えば、ケアワーカーの仕事を中心にした施設だ。
なぜならスタッフの圧倒的多数はケアワーカーだからだ。そして利用者(前線)ともっとも身近に接触しているのはケアワーカーだからだ。
だから、他のスタッフはケアワーカーが主体的に考え、行動するための支援をすることがだいじだ。
2.ケアワーカーとリハ技師は車の両輪
老健の戦略目標は生活支援にある。入所老人の生活とはどういうものか、介護を受けながらも自立した生活をおくることにある。要するにケアワーカーの基本的任務は、入所老人の生活能力に下駄を履かせることにある。
入所老人は下駄を履けば「自立」できるのである。ただし「自立」といっても程度問題だし、長期的には落ちていくしかないのだが、基本はそういうことだ。前を向きながら遅滞後退するのだ。
ただし、その際はさまざまな方法で「自立」を促さなければならない。それがリハ技師の仕事である。
地味で目立たない仕事だが、これなしには老健の仕事は目標なしのグダグダになる。
3.医療スタッフはケアワーカーとともに行動する
医療スタッフはケアワーカーより半歩後ろにいるが、ケアワーカーとともに行動する。
入居者の多くは病人でもあるからだ。我が老健の統計でも、入所者の半分が1年以内に入院を余儀なくされる。だから場合によって医療スタッフが前面に出るのはやむをえないことなのだ。
非常時というにはあまりにも高頻度だが、やはり基本的には非常時だのだ。在宅介護を考えれば分かる。まずはケアなのだ。

医師も看護師もたいてい病院で修行を積んでくる。だから病院の習慣を持ち込んでくる。医療スタッフが我を通せばケアワーカーはやる気を失う。これでは困るのだ。
医療スタッフは用心棒。平手造酒みたいにごろろろしていればよいのだ。医局でも内科の医者があくせく働いているあいだ、外科の連中はソファーに寝そべって鼻毛を抜いていた。そんなものなのだ。

共和党は長期低落しつつある。
赤旗に掲載された米国の政党支持率の推移。
ピューリッツァー・リサーチ・センターの調査を元に赤旗がグラフ化したもの。
米世論調査
共和党、民主党、無党派が1/3づつという構成、それがえんえん4半世紀にわたり続くという事実は、想像の範囲を超えるが、そうなんだから受け入れるしかない。
このなかで共和党のアップダウンが目につく。ブッシュ二世の時は景気はいいし対テロで狂っていた時代だから共和党が伸びた。それがブッシュ政権の末期から落ち始め、91年に比べ8%も支持を落としている。
だとすると、威勢のよいティーパーティー組はどうなっているのだ。選挙では常に共和党の圧勝だが理由は一体何なのか。この投票行動の乖離は民主党支持者の選挙離れということになるが、どんな理由なのか。
民主党はオバマ人気で浮かび上がったものの、その後は漸減状態だ。
面白いのは無党派の内訳で、どちらかと言えば民主党というのが48%で、どちらかといえば共和党というのは35%を占める。
だから純粋な無党派ではない。
グラフを見ると、共和党の減少に合わせて無党派が増えているように見えるが、実は民主党から無党派への移動が多いわけだ。
そうなると結論は二段構えになる。共和党支持者が民主党にシフトし、民主党支持者が無党派にシフトしていることになる。その結果民主党はプラマイゼロとなる。
ただこの長期傾向は投票行動と結びついていない。いつそれが明らかになるのか、もうしばらく辛抱が必要なようだ。


公にするのがはばかられるのか、空港の喫煙場所一覧がない。英語でも同じだ。
乗りかかった船(飛行機)だ。ネットの情報を探してみる。
ほとんどが口コミ情報だから保障の限りではない。しかも情勢は確実に悪化している。探した範囲でも「むかしはあったのに」という情報が多い。
それにしてもこんな仕事、もっと若い人がやるべきだろうと思う。

アジア・オセアニア

After Security Before Security その他

インチョン

旅客ターミナル3階の免税区域6ヶ所などいくらでもある。

北京

喫煙所は11年廃止されたが半年後に復活。

廃止の動きは根強い。ライターは没収される。

上海

搭乗ゲート213~の近くに喫煙所

香港

パンフレットでは20,21,60搭乗口近くに喫煙所があることになっている。

1.バスの停車場所付近4ヵ所。2.エアポートエクスプレスの場合、まっすぐ出発ロビーに進まずに左右の突き当たりにある自動ドアの外。3.到着ロビー階のB出口の外。

台北(桃園)

第2ターミナルビルの出国ロビー3F南・北側管制エリアにある

マニラ(ニノイ・アキノ)

3階の出発フロアも外に灰皿兼ゴミ箱あり。4階のieat wellという喫茶店は喫煙可。

ハノイ(ノイバイ)

15年より新ターミナルがオープン。喫煙室は、24番ゲートの手前

大成建設の施工。日本の空港と似ている(ボリビアのサンタ・クルスも)

ホーチミン(タンソンニャット)

喫煙所あり

ライター1個持ち込み可

ジャカルタ(スカルノ)

喫煙場所は、出発到着サテライト(ゲートが横並びしている)の最初の所 1階7番ゲート付近に喫煙所あり

バンコク(スワンナプーム)

出発ロビー内のA2の近くに喫煙所あり 外のタクシー等が止まっている所はok

クアラルンプール

空港ターミナルビルからモノレールに乗ってサテライトビルのスモーキング・ラウンジへ

シンガポール(チャンギ)

2階Cゲート方面角に屋外喫煙スペース

シドニー

全館禁煙だが、59番ゲート付近に「スモーカーズ・ルーム」という喫煙所あり。

ゲートナンバーは変更の可能性あり

オークランド

国際線の出発口近く(屋外)

グアム

2階フードコートの一番奥に一面ガラス張りの部屋

デリー

Terminal3内に喫煙所あり

ライター没収

ムンバイ

喫煙所あり(国内線のみ?

ライター没収

ドバイ

Terminal1におしゃれな喫煙所

カイロ

3階出発ゲート付近に数ヶ所ブース。一部のカフェで喫煙可 KOCHABラウンジは喫煙可

イスタンブール

屋内禁煙。秘密の場所あり?


むかしも今も、オーケストラをランク付けするのはみんな大好きだ。
英グラモフォン誌のランキングが話題になったのは記憶に新しい。
指揮者が誰かということでずいぶん変わるから、どこまでがオケの実力なのかはなかなか判断が難しい。
それにランキングするのは、たいていが大枚はたいてコンサートに行く人たちのものだから、チンケな音源をチンケな再生装置で聞いている人間は、なかなか発言しづらい。
おおまかに言うと、オーディオで楽しむ場合は、弦合奏のかっちりした枠組みと受け応えがいかに出来上がっているかが評価の基準だ。
しかしコンサート会場だと音量のダイナミクスとか、しなやかさとか、管楽器の音色のようなものが優先するのではないか。
ここではハイドンからマーラーまでを守備範囲とし(シベリウスも加えて)、コンサート・ライブの音源を中心とし、指揮者の好みも入れつつ語ってみたい。
1.クリーブランド管弦楽団
時代を越えて言えば、ジョージ・セルの振ったクリーブランド管弦楽団(とくに最後の5年間)は、古今東西最高である。
セルの真骨頂はモーツァルトにある。こんなに粒立ちが揃って、細かいニュアンスを演奏しきった録音はない。ただし華麗さはない。
2.ベルリン・フィル
上記に加え、管楽器の華麗さと弦合奏の迫力がある。オーケストラとしての腕前はクリーブランドの一歩上を行く。フルトベングラーがなくなった54年から後、カラヤン以外の指揮による演奏(カラヤンが好きでないから)が最高だ。ただしこれといった指揮者はいない。例えばマゼールであったりカイルベルトであったりバルビローリであったりする。
3.(旧)フィルハーモニア管弦楽団
本当にうまいのかどうなのかはわからない。しかしクレンペラーの時のフィルハーモニアは、たしかに音が融け合ってバランスが良い。メンデルスゾーンとマーラー4番は最高。
4.シカゴ交響楽団
ライナーの時のシカゴは本当にすごい。ショルティの時は輝くシカゴ・サウンドではあるが、弦のニュアンスは希薄である。
5.ウィーンフィル
多分デッカ録音のおかげと思うが、イッセルシュテットとのベートーベンやバルビローリは最高。技量以前にウィーン情緒が浮かび上がってきて、いかんともしがたい血の優位性を感じてしまう。
ただし最近のコンサート・ライブにはひどいものがある。
6.バイエルン放送交響楽団
最近のコンサート・ライブを聞く限り、世界最高のオーケストラだ。弦にしなやかさと芯の強さがある。コンセルトヘボウより上だと思う。クーベリック時代の無機質なサウンドよりはるかに良い。あの頃のイメージでは語れない。
7.アムステルダム・コンセルトヘボウ
悪いが、決定的な演奏というのを聞いたことがない。ベイヌムのブラームスもライバルが多すぎて、昔の音質でまで聞く気はしない。ベストワンという人もいて、腕は良いのだろうが…
8.フィラデルフィア管弦楽団
ムーティとの一連の録音に素晴らしい物がある。「白鳥の歌」だったのかもしれない。

大門議員が株で大儲けした富豪の番付を発表した。
これはアベノミクス開始以来の株高で儲けた額で、純資産による番付ではないが同じようなものだ。つまり超富裕層がひたすら富を増やしているのだ。日銀がばらまいているカネは、全部この連中のもとに吸い込まれているのだ。

sisanzouka
名前をイニシャルだけにしているところが「かわいい!」
単位は億円だ。
一位のソフトバンクのS氏は1兆円儲けた。ありえない話だがあるのだ。
儲けたのが1兆円で、その結果としての現在の株の時価総額は1兆6千億なのだ。
しかもこれは株だけの話で、他の資産は含まれていいないのだ。
しかしユニクロの社長は家族に資産を分散しているから、もっとすごい。時価総額の合計は2兆円を優に越す。
全体では保有株式の時価総額が100億円以上増えた株主は220人、その総額は11兆円を超えたそうだ。

それなりにリスクテイクして儲けた金だから、とやかく言いたくはないが、余りにも額が巨額に過ぎる。これだけ富の偏在が進んでいくと、経済のしかけがいずれ壊れてしまうのは目に見えている。

昭和大学横浜北部病院の「救急搬送された偶発性低体温症の6症例」は、かなり参考になる。

要約

2010年度の1年間で6例を経験した。年齢は50歳から95歳であり、高齢者の疾患と言ってよい。

全例が屋内発症とのことで、事故とか遭難という非日常的なものではないということも念頭に置くべきだろう。

一次性は1例のみで他はすべて二次性であった。ということはハイリスク・グループが存在するということだ。

基礎疾患は肝硬変(アルコール症)、DM(昏睡)、COPD、重症肺炎など。

死亡者は3名で死亡率は高いが、直接死因は基礎疾患によるものであった。低体温は崖っぷちでの突き落とし効果であろう。

死亡例はすべて痩せ型(BMI平均12)で、生存例(同22)は痩せていなかった。アルブミン値には差はなかった。

腋窩温と直腸温の逆転

症例4というのが、老健入所中の92歳女性で身近だ。この人は認知があり、布団をはがして寝ていたらしい。意識障害となり搬送されたが、腋窩温は35.3度だった。冷感が強いため直腸温を計ったら33.1度しかなかった。

加温輸液などで改善し、3病日で退院となった。この症例のミソは腋窩温と直腸温の逆転である(正確度の疑問はあるが)。

なお症例1は、初期補液量が明らかに過少であるが、それも含めて情報提供したことは論文の信頼度を高めている

J波とBrugada症候群

低体温でJ波が出現し、Brugadaの機序で心室細動を招くということで、こちらの検討も行われている。結論としては、J波はかなりの高頻度で出現し、重症度の判定基準となるようだということである。

低体温障害

どうも冬眠に関するネット文献は貧弱だ。そもそもクマの冬眠についての医学的分析は殆どなされていないようだ。

とりあえずこちらの方面の文献検索はいったん断念する。

今度は、「不食」の入所者に何が起きているかを探るために、低体温症のメカニズムを探ってみる。

作業仮説としては、

1.クマの冬眠は低体温症への一種の適応かもしれないということ、

2.そのような過程は人間にも起こりうるかもしれないということ、

3.そしてそのような適応過程はさまざまなかたちで、さまざまな部分に起こりうるし、

4.その引き金は低体温ばかりではなく、さまざまなバイオハザード要因で起こるかもしれない

ということだ。

まずはウィキペディアの「低体温症」の項目

恒温動物の深部体温(中核体温)が、正常な生体活動の維持に必要な水準を下回ったときに生じる様々な症状の総称。ヒトでは、直腸温が35°C以下に低下した場合

きわめてスッキリした定義だ。高血圧の定義と似ている。

機序

主要には2つ

1.酵素の反応低下

2.解糖系の反応低下

直接的には2.だが、慢性経過を取る場合はかなり1.が効いてきそうだ。

グレーディング

症状
直腸温 意識 震え 心拍数 心電図 消化管
35 - 33°C(軽度) 正常 (+) 正常 正常 正常
33 - 30°C(中度) 無関心 (-) 軽度低下 波形延長 イレウス
30 - 25°C(重度) 錯乱・幻覚 (-) 著明低下 Osborn-J波 イレウス
25 - 20°C(重篤) 昏睡・仮死 筋硬直 著明低下 心房細動 イレウス
20°C以下(非常に重篤) ほぼ死亡状態 筋硬直 消失 心室細動 イレウス

ということで、「中度」というのが対象になりそうだ。この場合、意識が「無関心」になるのが特徴で、早い段階からイレウスが出現するので、ここらへんが鑑別手段になりそうだ。徐脈とブロックは割と高齢者には多いので、重なりが多いだろう。

二次性低体温症

注目すべき記述がある

内科疾患、薬物作用、栄養失調などの副次的結果として発生した低体温症を、二次性低体温症と呼ぶ

さまざまな素因を有する者が、単独では低体温症を起こさない程度の寒冷曝露で、複合原因的に発症することがある。

あとは対処法の記述が延々と続くが、当面関係ないので省略する。

低体温症の救命例

ただ、低体温症の救命例がいくつか掲載されているので紹介しておく。

1.長野県で雪崩に巻き込まれた20代男性が、発見からは約4時間・心肺停止確認後からは2時間45分後に蘇生・後遺症もなく回復した

2.兵庫県在住の男性(35歳)が兵庫県六甲山中にて遭難、その後24日後の10月31日意識不明の状態で発見された。

いったん心肺停止状態に陥ったが、4時間後には心拍が戻り、その後ほとんど後遺症もなく退院した。

証言によれば、遭難後2日目に意識を喪失し、その後の3週間、一切の食物及び水分の摂取を行わなかった。

本当だとすれば、クマの冬眠とまったく同じ状況である。

3.山口県岩国市で、83歳独居男性が自宅で倒れているのを発見。救急隊員は死亡と判断し現場を引き揚げた。検視に来た警察署員の指摘で生存が判明した。男性は意識不明のまま翌日死亡した。


北海道AALAはこの秋、創設50週年を記念してキューバ訪問を予定しています。「旅システム」のツァーに相乗りして訪問するつもりです。

おおまかな骨組みが見えてきたので、とりあえず報告します。皆さんの参加を希望するものです。

キューバ視察9日間の旅2015年

11月16日(日本時間 月曜日です)

13:30 新千歳空港発(ANA64)

15:10 羽田空港着

18:50 羽田空港発(カナダ航空 AC006)

11月16日(現地時間)

16:45 トロント着(同じ日付です)

18:45 トロント発(カナダ航空 AC1478)

22:20 ハバナ空港着

11月17日(火)

午前中 コシオ(元日本大使)キューバ革命から現在までのレクチャー

午後 都市型医療ポリクリニック、都市型共同農場など見学と交流

11月18日(水)

午前 教育関係視察

午後 福祉関係視察

11月19日(木)

視察団は、この日シエンフエゴス経由でトリニダへ移動します。AALAは別行動を予定しています。

11月20日(金)

視察団は終日トリニダを見て過ごします。AALAは別行動を予定しています。

11月21日(土)

視察団は午前中にサンタクララに移動し、チェゲバラ記念霊廟を訪れます。

午後は革命の山岳拠点を見学しハバナに戻ります。

AALAもこれに合流しますが、細部の詰めが必要です。

夜は「トロピカーナ」でショウを楽しみます。これは絶対参加です。

11月22日(日)

最後の日になります。終日ハバナ市街地観光です。

モロ要塞、ヘミングウェイ博物館、ハバナクラブ蒸留、博物館、コヒマル、カピトリオ、カテドラル、マルコス広場など見学となっています。

夕方3時間くら自由行動があって、

夜は「キューバの人と最後の交流」となっています。

11月23日(月)

07:55 ハバナ空港発(カナダ航空 AC1749)

11:25 トロント空港着

13:45 トロント空港発(カナダ航空 AC005)

11月24日(火)

17:05 羽田空港着

19:00 羽田空港発(ANA77)

20:30 新千歳空港着


以上が予定表です。

ホテルですが、視察団の予定では、16,17,18日がOCCIDENTAL MIRAMAR (オキシデンタル・ミラマール)、19,20日がトリニダのホテル、21,22日がHOTEL NACIONAL (ナシオナール)となっています。

できればミラマール居続けを狙っています。


キューバ大使館の さんと連絡が取れました。

正式の訪問団として大使館に申し入れし、ICAP(諸国民友好協会)にセッティングしてもらうようにお願いするつもりです。

コシオ大使とは大使館を通じてアポが取れそうです。アレイダ・ゲバラは別ルートになりそうです。

ネルソン・ドミンゲスとビセッテ・リラについては さんに交渉してもらっています。

2011年のAFP電で、アラスカ州立大学の研究が紹介されている。

冬眠するクマは、5~7か月間にわたり新陳代謝率を低く維持できる仕組みを持っている。冬眠という手段がいかにして代謝要求を退けているのかを検討した。

アメリカクロクマ5頭の冬眠を観察した結果、冬眠中の新陳代謝率は75%減少していた。しかし体温の低下は5、6度程度に抑えられていた。

呼吸は1分間に1、2回程度で、心拍数も大幅に減り、心拍が20秒間隔というクマもいた。

ここのところは日経記事のほうが詳しい。

クロクマの通常の体温は37~38度。冬眠中は30度を下回ることはなく、数日間隔で30~36度の範囲を上下していた。冬眠から覚める前には36~37度に上昇した。

 一方、代謝活動は大幅に低下したまま推移。心拍数も、通常時の1分間55回程度から14回程度に減っていた。冬眠から覚めて2~3週間は、体温が上がっても代謝活動レベルは半分ほどだった。

「サイエンス」誌への掲載だからそれなりの信頼度はあると思うが、代謝率の低下と体温との乖離はウンとは飲み込めない。代謝率の測定法がどのようなものなのかが文章からははっきりしない。

なお

以上から研究チームは「クマは冬眠中、組織や骨、筋肉に対し、何らかの方法で、体が活動中だと思いこませているのではないか」と推論している。

そうだが、これは蛇足だ。


代謝率に影響を与えるものは、体温の他にホルモン(とくに甲状腺)、神経興奮、タンパク質の摂取などがある。

これらの要素の合計が辻褄が合うかどうかを見ておかないと、測定した数字そのものについては何もものは言えない。

おまけのニュース。ただし2010年のもの。

シベリアで、サーカスのクマ4頭がトラックで移動中にもかかわらず冬眠に入ってしまった。

サーカスは巨大なトラックでシベリア地方のイルクーツクからウラジオストクまで約4500キロの長旅に出た。

途中でトラックが故障したこともあって旅は8日間におよび、しかも、シベリアは厳冬期。

トレーナーはクマが眠らないようにカフェインがたっぷり入っている濃い紅茶やチョコレートキャンデーを大量に与えた。しかし、効果はなく、4頭は次々に冬眠に入ってしまったという。

同じクマでも登別のクマ牧場のクマは冬眠しないというから、クマにとって冬眠はできればしたくない選択肢で、「死ぬよりはマシ」という感じのようだ。

カムチャッカのクマにとってはもっと過酷で、次のようなニュース(これは去年のもの)があった。

カムチャツカでは今年、冬眠しないクマが急増。地元の研究者や狩猟者は、クマが空腹で冬眠できないと考えている。

シマリスが冬眠にあたって、心筋の細胞膜のカルシウム・チャンネルを自ら閉ざしてしまうというのは、きわめてドラマチックな話で、いわば「死中に活を求める」ような悲壮感も漂う。

ロシアのサーカスの熊が極寒の中で、団員の必死の努力にもかかわらず冬眠状態に入ってしまうという話も印象的だ。

冬眠というのは決してぬくぬくと寝て過ごすような話ではない。ノーテンキな年中行事というわけではないのだ。死ぬよりはマシ程度で、出来ることならやらないですましたい話なのだ。


高齢者の食事摂取をめぐるトラブルは3つある。

一つは基礎疾患の悪化により食欲が低下し食べられなくなる場合である。二つ目はとくに脳神経疾患のために嚥下機能が低下し、誤嚥を繰り返す場合である。そして3つ目が精神的な要因により食事を拒否するようになる場合である。精神的な要因としてはうつ状態が圧倒的だが、離人状態とか説明しにくい状況もある。

それらに応じて対応を迫られるが、長期戦になれば非経口的栄養を考慮しなければならなくなる。

しかし、実はそれらのいずれにも属さないトラブルが結構多いのである。とりあえずここでは「不食」と名付ける。

不食は拒食ではない。拒否はしない。しかし咀嚼もしない。当然ながら嚥下もしない。必ずしもうつではない。精神活動の枯渇した廃人状態でもない。存外受け答えも普通にするし、昨日までと、あるいは1ヶ月前とさしたる変化はない。

検査データ上も、それなりに異常はあるのだが、不食を説明するようなものはない。不食のきっかけもこれといってはっきりしたものはない。

これが丸一日続けば仕方がないから点滴する。そういう状態が2週間から3週間も続くと、老健の手には負えなくなるから、病院へ転出することになる。

だがこれは病気なのだろうか?

むしろ適応ではないのか?

しかし適応だとすれば、何に対してどう適応したのかがわからない。果たして適応になっているのか、むしろ逆に適応離脱になっているのではないか、どうもこの辺は分からない。

現場のナースにこの事を聞いてみても、それなりの理由付けはするが、「奇妙なことだね」という感覚はない。

「分からなければ現場に聞け」というのが私の持論だが、この疑問は「現場に聞いてもわからない」のである。

実は私もこの手は使うことがある。容態が急変してなくなった患者さんの家族が「どうしてこうなったんでしょうか」と聞いてくるとき、「こういうことは高齢者にはよくあることなんです」と答えると、それなりに納得される。

半分納得して、半分合点がいかないという状態の居心地の悪さというのはだれでも経験したことがあるだろう。人はそれを「仕方ない」と言って飲み込むのである。

それが、今回クマの冬眠という話を聞いて、ひょっとしてこれで説明できないかと思うようになった。

そのためには何を調べなければならないのか、何を証明しなければならないのか思案中である。

ということで、シマリスの冬眠というのは大したものだということが分かった。「眠」というより、ほとんど死んでいる。

生物時間としてもほぼ止まっていると考えられる。この話題はSFとしては興味尽きないところだが、今回の主題ではない。

むしろ我々、人間としては熊の冬眠のほうが気になる。高齢者では熊の冬眠に似た環境が形成されているのではないか? ここが知りたいところだ。

結論を先に言ってしまうと、どうも熊の冬眠は冬眠で、普通の活動性低下とは異なる機序があるようだ。


まずは熊の生態 

日本の森とクマ - 環境省 というファイル から(非常に面白いです)

クマは小さな音でも聞き分ける能力(聴覚)、イヌのようにわずかなニオイをかぎわける能力(嗅覚)をそなえた大型動物で、優れた運動能力をもっています。

◎木登り、穴ほりのために強い力と鋭いツメを持っています。

◎人より速く、時速40km以上で走ることができます。

◎水泳も得意で、木に登ることもできます

ということで、本気になったらどうやっても逃げられないことが分かる。

ツキノワグマの食物の9割以上は植物です。春には、芽吹いたブナの葉やさまざま植物を食べます。夏はアリやハチなどの昆虫を多く食べます。秋になると、ドングリなど木の実をたくさん食べるようになります

ほう、そうだったのか。

kumanosinka

 こんな絵も初めて知りました。こんなところにアザラシがいるのか。ハイエナは犬ではなく猫なんだ。


いよいよ本題の冬眠だが、

市瀬史『「人工冬眠」への挑戦』、講談社ブルーバックス、2009

には、要旨下記のように書かれているそうだ。

クマの場合は相対的低体温の状態で越冬するから、心停止の危険はクリアする必要がない。その代わり、ある程度のエネルギー、水、タンパク質、炭水化物などが必要だ。

それらの供給源を、体内に蓄えた脂肪を中心にしたリサイクル体系のなかで確保するというのがクマの基本的戦略だ。

1.水の確保 

脂肪が分解されると最後には二酸化炭素と水になる。いわゆる代謝水というものだ。この水を利用する。

2.ブドウ糖の確保

脳は待ったなしでブドウ糖を欲する。これには脂肪が分解する過程で出来るグリセロールという物質が転用される。

3.タンパク質の確保

タンパク質にはさらに窒素が必要なので、それを尿の中から補給する。

紹介されているのはここまでだ。いくつか決定的な問題が抜けている。熊の冬眠はどういう機序で誘発されるのか、オルタナティブ・パスウェイへのスイッチはどこにあるのか。シマリスにおける冬眠誘発蛋白のようなものは存在するのかなどなどである。

正直、このくらいのこと人間にもできそうだ。事実動物園のクマは冬眠などしないから、遺伝子レベルというより、必要に応じて身につけたラマルク的な「細胞の知恵」に近いものだろう。

ただし、これらの知見はまだ他文献で確認していない。ネット上にはほとんど文献がない。


ここまで読んでの感想だが、冬眠状態を実現するための手段には2つあることが分かった、

一つはドラスティックに非常電源だけに落としてしまう方法、一つは最小限の生命機能は維持しつつ、補給面で工夫をこらすことで生き長らえる方法である。

探せば他にもあるかも知れない。

少なくとも冬眠を一つの特徴や単独のメカニズムで説明するのは困難であり、一つのメカニズムの発動で生じるデメリットを補償するメカニズムが必要となる。そのバランスの上に冬眠が成り立つのだから、ラボに引きこもる前に、もう少し対象そのものの注意深い観察が必要であろう。



 

生命誌ジャーナルというサイトに近藤宣昭さんの「年を刻む冬眠物質」という文章がある。近藤さんは岩波新書で「冬眠」という本を出している斯界の第一人者のようです。

入門書なので、やや独断的な表現もあるが、間違いなさそうなところを拾っていきます。

1.本来、哺乳類は低体温では生きていけない

哺乳類は体温が37℃付近でほぼ一定に保たれる恒温動物であり、そこから大きく外れると、組織や細胞が致命的な傷害を受ける。

ヒトの場合、体温が30℃程度まで下がると、低温傷害を起こして短時間で凍死してしまう。

これは、細胞を構成するタンパク質の至適温度の範囲が狭いためである。

2.シマリスの冬眠中の変化

シマリス

冬眠中、彼らの心臓の拍動や呼吸は極度に抑えられ、代謝は通常の50分の1以下になる。外見は凍死している状態と変わらない。

しかし、体内では生命の営みがゆったりと進行している。

3.秘密は心筋細胞にある そのA

シマリスが低体温になっても死なないのは、心臓が死なないからである。ウィキペディアの説明はわかりにくいので省略したが、ここで心臓が収縮するメカニズムについて説明しよう。

心臓が動くというのは、心筋を構成する心筋細胞が規則的に収縮するということだ。これにはエネルギーが要る。それがATPという物質だ。途中は省略するが、ブドウ糖が燃えてできたエネルギーを使って心臓を動かす。

ただATPが直接心筋を収縮させるのではなく、ちょっとしたバネ仕掛けが有る。ATPがバネをいっぱいに曲げておいて、カルシウムの信号で一気にその力を爆発させるのだ。

心筋収縮

あまりいい図ではないが、左側の細胞を見てほしい。基本は心筋細胞内のカルシウムはゼロだ。そこで細胞膜のカルシウムチャンネルを開くと、どっとカルシウムイオンが入ってくる。これで新筋繊維は一気に収縮する。それが終わると、ATPase が一生懸命カルシウムを細胞外に掻きだすのだ。

心筋細胞のエネルギーはこの時に使われる。もし掻き出さないでいれば、細胞内はカルシウムイオンが過剰になり、心筋は動かなくなる。

4.秘密は心筋細胞にある そのB

シマリスが冬眠する時、カルシウム・チャンネルは閉鎖されてしまう。普通ならこれで一巻の終わりだ。

ところがシマリスは内蔵電池を持っている。要するに非常用の電源だ。それが小胞体という細胞内器官だ。

このなかにカルシウムイオンを貯めこんであるから、倹約しながら使えば生き長らえることが出来るわけだ。

パソコンで言えば、バッテリーモードとか省エネモードということになる。

5.秘密は心筋細胞にある そのC

面白いのは、この「小胞体」という器官は人間の心筋細胞にもあるということだ。

この現象は、冬眠動物だけの特殊なしくみによるものではなく、すべての哺乳類の心筋にそなわっている機能を調整したものであることもわかった。つまり、ヒトでも同様の性質を獲得する可能性があるということである。

じつは、心臓屋のあいだではこれはつとに知られた現象である。心筋スタンと呼ばれているが、心筋梗塞の起きた瞬間に局所の心筋が仮死状態になって、動かなくなってしまうのだ。

心筋梗塞は、(すべてではないが)川上で出来た血栓が川下で詰まることで起きる。その血栓はしばらくすると溶けることがある。

溶けた頃になって心筋も眠りからさめて、何事もなかったかのように動き始める。こういうケースが実際にあるのだ。脳梗塞でも同じような現象があると聞いたことがある。

6.冬眠特異的タンパク質(Hibernation specific protein)

話は、むしろこれからが本番だ。

たしかに心筋は生命維持に決定的なカギを握る。しかし他の臓器だって、究極的には同じだろう。脳も腎臓や肝臓も同じように眠ってもらわなければ困るのである。

そこで登場するのが「冬眠特異的タンパク質」だ。

シマリスの血液で、年周期に合わせて増減する物質を探したら、あったのだ。それが冬眠特異的タンパク質(Hibernation specific protein: HP)複合体である。

その中身については専門的になりすぎるので省略する(本当は分からないから…)

このHPの血中濃度は、実は冬眠期には減少する。ということはどこかに集積していることになる。それが脳だった。

冬眠時期になると、血中濃度の低下に逆行して脳内濃度が増加し、冬眠が最も深くなる中期には非冬眠時期の50倍近くにも達していた。

HP

ということで、それを模式図にしたのが上の図である。これは近藤さんの業績のようで、自慢の図である。

私の場合、冬眠という生体現象をシステム全体として追ったからこそHPに辿り着いた。全体を見る視点だからこそ、見かけの現象や個別の解析からは想像できない本質にアプローチできたのである。今、自信をもってそう言うことができる。

と、鼻をヒクヒクさせている。


生命誌ジャーナルというのはJT(日本タバコ専売公社)のPR誌のようです。私のタバコ代がこういうことにも使われているということで、逆風厳しき折、ご同慶の至です。


 

 

 

 

まずウィキペディア「冬眠」の項目。

盛りだくさんの記載だが、本質的な部分はきわめて少ない。おそらく素人の書いた文章だろう。

冬眠(Hibernation)とは、恒温動物である哺乳類と鳥類の一部が、活動を停止し、体温を低下させて食料の少ない冬季間を過ごす生態のことである。

というのが規定。

したがって、変温性の魚類、両生類、爬虫類、昆虫などの節足動物の「冬眠」は正確には冬眠ではなく「冬越し」と呼ぶのだそうだ。

冬眠中のバイタルサイン

リスなど小型哺乳類では、心拍数400から10回以下に、呼吸数200回から1ないし5回に、体温は37度から5度に低下した。

クマでは体温が31度まで下がるが小型預入類に比べれば大したことはない。冬眠中に一度も覚醒せず、一切摂食・排糞・排尿を行わない。

トリにも冬眠するものがある。

冬眠の本態についての説明はこれだけ。

冬眠のメカニズム

心筋細胞の活動低下についての説明しか書かれていない。

(前振りとして、心筋の収縮のメカニズムが長々と書かれているが省略。正直あまりうまい説明とは思えない)

シマリスでは

1.カルシウムイオンのチャンネルが“開かなくされる”。

2.カルシウムの細胞内ストックである筋小胞体からの放出が制限される。

と、結局これだけしか書いてない。枝葉を切り落として必要なデータをしっかり書いて欲しい。改訂を望みたい。

 

90歳以上の超高齢者で、徐々にと言うか比較的急速にというか、とにかく食べなくなる人がいる。口に食べ物を入れても拒否するというのでなく、とにかく咀嚼しないし嚥下もしない。

一日中傾眠状態もしくは閉眼状態で、体を動かそうとしない。反応はないわけではない。意識障害というのでもない。

こうなったら普通は「いよいよお迎えがきたか、眠るが如き大往生」ということで済ますのが普通だ。

一応点滴の1本も入れながら様子を見ることになるのだが、ここから意外にしぶといことがある。

何かそれでバランスとれているのではないか、亡くなる過程というよりは、それ自体が生きながらえるための「ライフスタイル」なのではないかという気もする。

超高齢者でそうなれば、いずれにしてもそのまま経過を見ることになるのだが、これが80代なかばだと、なにかベースにあるのではないかという考えがよぎる。

たんなる延命とは括りきれない状況となる。それなりに内科疾患があったりすると、一般病院の方にお願いすることになる。基本的に老健は看取りをやらないことになているからだ。

むかしはこういう患者が一般病棟にはゴロゴロいた。「低空飛行」といえば低空飛行だが、それが3,4週も続くと、たんなる低空飛行ではなくそれを越えた生命の有り様かもしれないと思うようになる。

それで療養型病院に送るのだが、たいていは送ってすぐ亡くなってしまう。ナース集団の落胆ぶりは印象的だった。

老健に来てみると、こういう生命の有り様は珍しいことではなく、むしろ通常のことと思うようになった。

その割には、この状態の生理学的評価は遅れている。此岸に引き戻せるものなのか、見送る他に手はないものなのかもはっきりしない。

そこで冬眠と低体温症の本質的違いを勉強して、その足がかりになるものを探してみることにする。

以下は次項で。

というサイトに、「職場にいる怖い女性の特徴9つ」という文章があった。

要旨を紹介する。

怖い女性は職場には一人ぐらいいるものです。あなたの周りの女性と比較しながら最後までご覧ください。

1.キレる女性

一番多い特徴は、感情の起伏が激しく、機嫌がいいときと悪いときが極端です。

感情のコントロールができない、あるいはしようとしないのです。

このタイプの女性は、機嫌のいいときは、不自然なほど愛想がよくなり、満面の笑みでやさしい言葉をかけます。

似たようなタイプで、精神的に不安定で、それを隠すこともせず態度に出してしまっている女性も怖がられます。いわゆるヒステリーです。

周りの人達は、腫物に触るように扱うしかありません。

2.裏表のある女性

人によって見せる顔がまったく違う、というのも怖い女性の特徴です。

上司や得意先などには「女神」のような顔、部下や後輩、特に気に入らない人に対しては「鬼」か「魔女」のような顔を見せます。

仕事はきっちりやるので、上司からの評価は高いのです。

3.平気で嘘をつく女性

虚言癖とまでは言いませんが、嘘を平気でつける怖い女性は、けっしてめずらしくありません。

仕事ミスをしたり、トラブルを引き起こしたとき、わが身かわいさで嘘をつくのです。時として、人を陥れるような嘘を平気でつきます。

ミスの責任を人に押し付けて、自分はその責任を免れようとするタイプ。その嘘によって「被害者」を出すわけですから、もっとも怖い女性です。

4.刺のある女性

発する言葉に常に棘がある女性は、職場では怖がられます。

人のことをあからさまに切り捨てるような言い方をしたり、人を見下した態度でものを言う女性は、きつい印象を持たれてしまいます。

5.略

6.陰口をする女性

表ではどんなに感じが良くても、陰では人の悪口や噂話ばかりしている女性も、職場では怖がられます。

口は災いの元とはよく言ったもので、陰口好きな女性は、「この人は何を言うかわからないから恐ろしい」と怖がられます。

7.略

8.略

9.まだ公式に発表されていない内容をやたらと知っている女性に注意です。

確実に上層部の誰かとつながりがあるので、下手なこと言うと異動させられてしまうかもしれません。


といくつかの類型をあげた上で、

職場にいる怖い女性の特徴はたいてい似たようなものばかりです。

相手のことを考えるという気持ちが欠けているのです。

とまとめている。

まぁ、羅列してみたというたぐいのものだが、人がどういう人を怖いと感じ、どういう人に恐怖を感じるかがおぼろげながら見えてくる。


というのは、赤旗の選挙活動の報道で、電話での対話活動の報告がって、その中に有権者の反応として「安部首相は怖い人だ」という感想が少なからず目についたからである。

そこで「怖い人」というのはどんな人なのか、どんな人に恐怖を感じるのか、というのを少し調べてみて、なぜ多くの人が安部首相に恐怖を感じるようになっているのかを探ってみようと思った次第。

雑談のネタにはなるでしょう。

「あの子可愛やカンカン娘…」という歌があった。突然フラッシュバックしてきた。

まったく原風景は思い浮かばない。仕方なしにウィキペディアで調べる。昭和24年の発売というから、私はまだ3歳。知っているわけがない。

なぜ覚えているか、どうも流行ったのは少し経ってかららしい。昭和27年にレコード売上げが42万枚に達した。これだと覚えていても不思議はない。

映画の主題歌で、高峰秀子が歌っていたそうだ。映画も高峰もまったく記憶に無い。

覚えているからにはNHKでやったんだろう。まだ民放はないはずだ。

いままでフレンチ・カンカンの流れで「カンカン」というのだと思っていたが、ウィキペディアを見たらこう書いてあった。

「カンカン」とは山本嘉次郎(この映画の監督)の造語であり、当時の売春婦の別称「パンパンガール」に対して「カンカンに怒っている」という意味が込められている。

とは言うものの、作詞:佐伯孝夫、作曲:服部良一で山本嘉次郎は関係ない。山本嘉次郎といえば、テレビのバラエティに出ていたが、モダンボーイという印象で、「戦後の暗い世相を嘆いた山本の心の叫び」というのはいかにもウソっぽい。(失礼、テレビではなくラジオ「話の泉」だった)

むしろスレスレ狙いのワルノリではないだろうか。腹の中では「あの子可愛やパンパン娘」と歌っていたのであろう。

「赤いルージュとサンダル」は間違いなくパンパンの標準モデルである。ラッキーストライクでも咥えればそのまんまだ。口紅ではさすがにどぎついと見てブラウスにしたのだろう。

高峰秀子が「カンカン娘ってどういう意味なんですか?」と作曲の服部と作詞の佐伯に尋ねたところ、二人とも知らなかった

と書かれている。

この「逆コース」の開始直前のアナーキーさ、デタラメさと陽気さが、政治の世界では間違いなく曲がり角であった、昭和24年であったのかもしれない。

昭和24年、もう少し調べてみよう。


実は「欲求」を物質的欲望に局限するのは、以前からの私の持論とも関連している。

そもそも私がこういう理論的活動に突入したのは、労働過程論からであり、日野先生の「患者が医療の主人公」論への批判がきっかけだった。

日野先生が資本論第一部に出てくる「単純な労働過程」の図式を元に、患者は労働の主体であり、対象であり、手段である、という荒唐無稽な議論を提起し、これをもって患者主体論を展開していた。

相手が有名人なだけに、それ相当の準備をしなければと、けっこう勉強した。その頃からあまり医学の勉強の方はしなくなった。いまは懐かしい思い出である。

その時の一応の結論として、あまり論争の本筋とは関係ないが、いくつかの確信を得た。

使用価値というのは事物に固着した価値であり、生産的労働というのは使用価値を内包する事物を生産する活動だということである。

交換価値を通じて価値が普遍化すると、それは非生産労働をも価値生み労働として包摂するようになる。これが形態的包摂(見なし包摂)である。

マルクスはさらにその先に実質的包摂をも主張するが、「実質」の中身があまり本質的ではなく、「社会的包摂」と呼ぶほうがいいのではないかと思う。

マルクスは初期の論文(例えば「哲学の貧困」)では、生産の意味を広くとっているが、資本論段階ではイギリスのブルジョア経済学の用法にしたがっている。

釧路で病院長をしていた時に、二宮厚美先生が来て講演した。その後の慰労会の時にチョットした論争になりかけた。二宮先生が医療労働も生産労働だというので、生産労働は物質的生産労働に限定すべきだろうと意見を述べたら、とたんに表情が変わったのでそれ以上は追究はしなかった。

マルクスは経済学批判の段階では、生産と消費が表裏一体の関係にあることを繰り返し述べている。そして消費によって欲望が増大することが社会発展の鍵だということを、ヘーゲルの言葉を使って何度も強調している。

消費の世界(生活過程)では生産の世界のミラーイメージが展開されている。消費は生産的消費ではなく最終的消費、あるいは消費的消費として扱われるが、実はそれこそが最大の生産的消費なのである。何を生産するのか? 「欲求」である。そして「生産的消費」のためのスキルなのである

しかしその立場が資本論においても貫かれているかというと疑問が残る。マルクスの資本論は古典経済学批判の書であり(もちろんそれに終わっているわけではないが)、相手の語法を用いて議論しているからである。

価値の実現問題とか、限界効用というのは、まさにマルクスの言わんとする中身であり、価値問題、その根源としての「欲求」に関する提起なのである。そしてその答えは、不完全ながら「経済学批判要綱」ですでに触れられている。

一方において、生産・消費・欲求などの概念を物質的なものに限定して禁欲的に用いること、他方において、それによって生じる境界的テーマについては、別途に新たな段階のものとして論理展開すること、この二つが求められるのではないだろうか。

それはひとつにはゲゼルシャフトリッヒな社会のシステム上の問題だろう。もう一つは生活過程に則した「欲求体系」の多様かつ普遍的な発展過程の中に位置づけられるだろう。

さらに言えば、はるかに膨大な広がりを持つ「非物資的な欲求」を見据えた発展モデルの展開であろう。

…くらいの議論をふっかけた上で、またヘラーに戻るとするか。

「欲求」を巡ってオディッセイを続けてきたが、そろそろ一度まとめておかないと、ほんとうに漂流してしまう。

とりあえず結論めいたものを述べておくと、「欲求」というのは動物の持つ能動性の表現であり、とくに高等動物においては、その能動性の意識形態における表現であるということが出来る。

それは自然科学的には脳の持つ自発性に由来する。だから比喩的に言えば「脳が欲する」のである。

そのように欲求を定義すると、飢えと欠乏にもとづく生存への欲求が、欲求といえるのか、少なくとも欲求を代表するものなのかという点ではきわめて疑わしくなってくる。

むしろ、“ものに固着した特殊な欲求形態”として、物質欲はとらえるべきではないだろうか。

だから、ヘラーが欲求を物質的欲求と社会的欲求に二分することには抵抗を覚えるのである。

たしかに現象的にはそうであるかもしれないが、それは歴史的な制約がそうさせているだけなのではないだろうか。

経済学は生活をあつかう。哲学は扱わない。だから以上のような限定をつけたうえで、「強いられた欲求」だけを取り扱うのもしかたのないことかもしれない。

そのことを前提した上で欲求を取り扱うべきである。同時に欲求そのものには、はるかに広い世界があることも念頭に置きながら議論すべきであろう。

聞きかじりのあやふやな知識で申し訳ないが、脳神経細胞の中には自発放電するものがあるようだ。

これを自発放電ニューロンと呼ぶ。

すべてのニューロンが放電ポテンシャルを持っているが、自発放電に特化したグループが散在しているようだ。これは普段はリズムを刻むように放電している。ところが何らかの信号が入力されると、それに応じてバースト放電を行う。

このへんのメカニズムは心臓屋にはよく分かる。心臓の拍動は洞結節という放電サイトによって規定されている。これは細胞膜を介したナトリウムの出し入れで再分極と脱分極を繰り返す。これにはATPというエネルギーが使われる。この洞結節機能は、基本的には生涯使える。目減りしないスイッチだ。ここから送られた信号が心房を経由して房室結節に送られる。心室を興奮させるためにははるかに高い出力が必要だから、ここで中継され増幅され、その信号が心室に送られるのである。

勝手読みであるが、洞結節における放電がビート放電、房室結節における放電がバースト放電に相当するのではないか。

石塚智さんの「神経系のゆらぎとカオス 一確率論と決定論一」という総論が詳しい。

  

ニューロンのバースト的な放電は、哺乳動物から軟体動物に至るまであらゆる動物に見られる。

これにより筋収縮が効率良く行われ、ホルモンの分泌が行われ、標的ニューロンを引き込んだりすることが出来る。

バースト放電は周期的に行われたり、多数のニューロンの組み合わせによる多様な放電パターンを示したりする。

現在では海馬の錐体細胞などにも自発放電するニューロンが多数存在することが明らかになっている。

自発放電ニューロンである錐体細胞は、周期的なビート放電を行うが、場合によってバースト放電をとることもある。

興奮性の結合だけでなく、静止ニューロンを介して抑制的にも結合されている。

ここに外部から信号が入ってきた時、錐体細胞は複雑な放電スタイルを取ることが知られているが、その詳細なメカニズムは不明である。


いずれにせよ錐体細胞は集団的なバースト放電を行うことで微弱な信号を増幅したり、逆に不要な情報をキャンセルしたりする可能性がある。これは切離した単体のニューロンだけ見ていてもわからない現象だ。

これで一応「電池問題」は解決だ。


神経はどのようにして活動しているのか。実はここのところがよく分からない。

神経伝達物質というのがあって、かなりその候補となるものが集約されているのだが、現場での働きはむしろ接合部でのメッセンジャーであったりして、主役とは言いがたい。

神経細胞の生殺与奪を握っているのは栄養血管であるから、おそらく液性因子が何らかの形で影響しているのだろうと思う。

現に薬物例えば風邪薬とかステロイドなどで精神状態が変動するのはしばしば経験するから、それと同じように“欲求物質”が欲求を励起するんだろう。

それはおそらく低位の脳から神経内分泌を通じて指示が出るのだろう。それは、知覚神経とは別に、身体各所から発せられる生物学的要求の反映だろう。

ただそれがダイレクトに大脳皮質に行くのか、基底核、あるいは海馬あたりで一回濾過され昇華されて、大脳に達するのかのメカニズムはわからない。(わからないというのはいまのわたしが知らないというだけの話だが)


とりあえず、神経伝達物質から入っていく。

神経伝達物質は化学組成から3つに分類される。

    1.アミノ酸(グルタミン酸、γ-アミノ酪酸、アスパラギン酸、グリシンなど)

    2.ペプチド類(バソプレシン、ソマトスタチン、ニューロテンシンなど)

    3.モノアミン類(ノルアドレナリン、ドパミン、セロトニン)とアセチルコリン

この内でもっとも注目されるのが、アミノ酸の一種であるγ-アミノ酪酸・GABAだろう。

臨床のページで、「何が多いと何病で、何が欠乏すると何病だ」とか書いてあるが、そう単純なものではないだろう。

大脳生理学は薬理学ではない。もうすこしその調整のメカニズムを解析した上で発言すべきだろうと思う。

欲求というのは身体情報を選択し判断し、行動に移すための「構え」を形成する過程だから、パブロフの犬がベルを聞いてよだれを垂らすように、記憶との突き合わせが大事になるだろう。

GABAは「感情に対して抑制的に働く」と書いてあるが、それはGABA単体の話だろう。GABAをふくむシステムは、末梢からの刺激を受け止め、大脳まで持ち込むか否かの判断をしているのではないか。基本的には「司、司でやってくれ」ということだろう。

GABAをふくむシステムが抑制的に働けるのは、末梢からエネルギーを持つ情報が来るからで、これは受け身の操作だ。しかし高次の脳活動にはやはり独自の電源が必要ではないか。それがあって初めて伝達物質も働けるのではないか。

一番説明しやすいのは、体の何処かに「心」というジェネレーターがあって、そこから血管を通してエネルギーが供給されているのではないか、

あるいは

DNAの中にエネルギーが畳み込まれているのではないか(昆虫のように)、

という、むき出しの観念論である。


それにしてもなかなかよい文献が見つからない。そろそろ徒労感が漂い始めた。

例によって酒飲み話である。

1.小脳と「対話的知能」

ひとつは、どうも人間の知能は対話型知能ではないかということである。

最近、“AI”が話題になることが多く、コンピュータがどんどん進歩して、とくに記憶装置がクラウドと言うまでに大容量化した。ある意味では人間の脳にはかなわないほどに進歩してきている。

そのことによって逆に明らかになったのは、入力こそが知能にとって決定的であり、たとえコンピュータが一を聞いて十を知るとしても、その一を入れるのは人間だということである。

その一というのは、人間の欲望である。

ただこれを形而上学的に考えてはいけない。人間の脳そのものにそういう構造があるのである。

人間における“AI”部分、それは小脳だろうと思う。

人間の日常活動における判断とか精密なルーチンワークはほとんど小脳がやっているのではないか。

今のところ小脳はブラックボックスに近いので「協調運動」だとか「動的平衡」だとかのトリビアルな機能にのみ集中している。話はもっぱら頭頂葉の感覚・運動結合とか、側頭葉の言語機能に行っている。

しかしこれらの機能は実は小脳ですべてまかなっている可能性がある。

小脳は4,5回の反復練習でこれらのスキルをすべてパターン化してルーチンにしてしまう。もっとも成功体験の反復という条件付きだが…

とにかく、小脳にはすごい力があって、頭の善し悪しはかなり小脳の能力に関わっているような気がする。理数系の人だ。

ご承知のように、小脳はまだまだ全然分かっていない脳だ。ウィキペディアで小脳の項目を見ただけでうんざりする。まさに「群盲象を撫でる」のたぐいだ。

おそらく人間の判断と行動は大脳と小脳の対話の中で生まれてくるのだろうと思う。小脳の研究が今後進んでいくと、この関係が浮かび上がってくるのではないか。そんな予感がする。

2.DNAが脳の働きを規定する

もう一つは、人間の英知とか判断とか言うもののかなりは、実は叡智というよりはジェネティックに規定されているのではないかということである。

確かに場面・場面では個別の判断を必要とするし、そこに個性というものが介在するではあろうが、基本的には人の一生というのは、そもそもプログラムされているのではなかろうか。それは我々が思っている以上に広範囲かつ高度な領域にまで及んでいるのではないだろうか、という考えである。

こちらは小脳以上に未開拓の分野である。うかつに物が言える状況ではない。密かにそのことに確信は持ちつつも、できるだけこの仮定に頼らないで立論していく必要がある。

DNA規定論みたいな議論には断固として立ち向かわなければならない。「分かったようなことを言うな。わからないことに謙虚であれ!」と反論しなければならないのである。唯物論者は「タダモノ」論者であってはならないのである。

まずは発生学。さらっと行く。問題は構造ではなく、生理学でもなく、その構造を動かす生物史的ダイナミクスである。


1.脊索 の発生

始結節を形成する間葉細胞が、頭方に移動して、脊索突起を形成する。

脊索突起の中を原始窩からの窪みが進入する。これにより、充実性の脊索突起から中腔性の脊索管となる。

脊索管は、下層の内胚葉と融合し、消失する。その消え残りが脊索板となる。

脊索板の頭端より細胞増殖が起こり、脊索板は巻き込みをはじめ、脊索ができる。

脊索は、その上にある外胚葉に働きかけて、神経板を誘導する。その後は退化する。

2.神経管の発生と中枢神経系の分化

胚性外胚葉が肥厚してできた神経板は、その正中部が陥凹して神経溝となり、その両側は隆起して神経ヒダとなる。神経ヒダは特にその頭端で大きくなる。

つぎに神経溝の外側壁が中央で融合して神経管となる。

神経管の前端に膨隆部ができる。これを一次脳胞という。

膨隆は3個あり、前方より前脳胞、中脳胞、菱脳胞という。

3.3脳胞から5脳胞へ

前脳胞はさらに終脳胞と間脳胞に分かれる。終脳胞は左右の大脳半球(大脳皮質と大脳基底核)になる。

間脳胞は間脳(視床と視床下部)になる。

中脳胞は余り変化せず中脳になる。

菱脳胞は後脳胞と髄脳胞に分かれる。

後脳胞は、腹側が橋、背側が小脳になる。

髄脳胞は延髄になる。

神経管

4.末梢神経系の分化

神経ヒダの頂上の細胞群(神経堤細胞)は神経管の両側に遊走し、さらに左右に分かれて腹方に遊走する。

これにより神経堤細胞は、神経節のニュ-ロン、副腎髄質、シュワン細胞などの末梢神経系の構成成分になる。

…中略…

5.間脳

間脳は2つの突出組織の元気となっていることで重要である。すなわち視神経と脳下垂体である。

発生第4週、間脳胞となる部分の側壁より眼の原基ができる。神経ヒダに眼溝 optic sulcus という溝ができ、膨隆して中空性の眼胞ができる。眼胞の内腔は前脳胞の内腔と連続している。

…後略…

以下が、今年度予算案における社会保障削減の内容だ。
社会保障削減
介護報酬の引き下げがもっとも高額になっているが、他も決して少なくない。
とくに年金のマクロ経済スライドは、これから先なんどでもやられるものだけに極めて厳しいといえる。
一つ一つの項目が老人にはズシッとのしかかってくる。老人を抱える家族も同様だ。
ところで去年4月の消費税引き上げ分の増収はどうなったのだろうか。高齢者の増加に伴う自然増分を差し引いても、しっかりお釣りはあるはずだ。
安部首相は引き上げのときこう言った。
増収分は全額、社会保障の充実・安定化に使う。
しかし共産党の小池晃議員の計算では増収分の16%しか回っていないという。
このことを問うと、安部首相は
給付と負担のバランスを取らないといけない
と答えたそうだ。
問題はバランスではない。あなたが嘘をついたかどうかということだ。



「欲求」概念がいつまでたってもウヤムヤなのは、「性欲」問題が絡んでいるからだろうと思う。
「欲望という名の電車」という映画があって、何度も見たが、最後まで見通した記憶はない。これがドキュメンタリーであれば、嫌な場面でも見通しただろうと思う。しかしこれはフィクションのためのフィクションであり、役者は演技のための演技だ。ただの露悪趣味にすぎない。
学生の頃、なんとかベルデという人の「完全なる結婚」という本があって、密かに回し読みした。森鴎外の「ヰタ・セクスアリス」という小説の「セクス」だけに憧れて隠れ読みした。
ベルイマンがどうのこうの、パゾリーニがどのこうのとか言っていたが、所詮は露骨な性描写が見たかっただけだ。
逆に言えば、それだけ性欲に関するタブーは強力だったわけだ。その先にフロイドがある。

数年前、学校の先生に聞いたが、今どき高校生の半分はセックス経験済みだそうだ。
「実践は生徒のほうが進んでいるが、科学的知識はゼロだ」そうだ。「実践ゼロ」の教師と「科学的知識ゼロ」の生徒との対話というのはシュールな世界だ。
「欲求」なり「欲望」なりという概念に、否応なしに「性欲」がふくまれる以上、そこをどう論理的処理していくかが不可避だ。

プリミティブな欲求が「物欲」であり、行為に関する欲求は高次なものだとすれば、性欲は物欲よりも高次だということになる。しかし自然界を見てみれば、生殖本能は個体維持本能に負けず劣らずプリミティブなものと考えられる。
種の保存は「ドイツ・イデオロギー」で言われるほど、二次的なものではないのである。ということは、欲求というのは欠乏に裏付けられた生存本能のしからしむるものだけではないのである。

この動物の生命の原始形態における二重性と、その絡みを解き明かしていかなければならないであろう。すごく単純化して言えば、生命維持は受け身の反応であり、種の維持はより能動的なものであり、種の維持に関わる能動性が生命維持においても能動性を与えている、という関係があるかもしれない。




翁長知事が農水省に提出した意見書が素晴らしい。

赤旗にその概要が載っているが、それでもかなりの長文だ。

5分で読めるように、端折って紹介しておく。

1.執行停止の申し立ては成立しない

県の行ったのは行政処分ではなく行政指導である。沖縄防衛局は「行政処分だ」と申し立てているが間違いだ。したがって執行停止の申し立ては成立しない。

2.沖縄防衛局には申請人の資格はない

沖縄防衛局は一般国民のような顔をしているが、これは間違いだ。「申し立て」制度は一般市民を保護するためのもので、国の機関たる沖縄防衛局には申請人の資格はない。

3.防衛局は代執行に訴えるべきだ

県の手続きに不満があるなら、地方自治法に定められた代執行に訴えるべきである。なぜなら、岩礁破砕の許可は県の法定受託事務にすぎないからだ。

4.45トンのコンクリート塊は「アンカー」ではない

船舶の投錨は認められているところだが、45トンのコンクリート塊は投錨のレベルを越えている。これは常識的にも、岩礁破砕に該当しうる。

ここからは1項がかなり長くなるので、かなり端折っていく。

5.「アンカー」と称すればいいのか

投錨程度なら申請が必要ないことは確認されている。しかし沖縄防衛局は「アンカーと称すれば、いかなる巨大なものであっても申請の必要はない」とすり替えている。

6.ボーリング調査の停止を求める理由

現在実施されているボーリング調査の停止を求める理由は、許可区域外で巨大コンクリート塊が投下されているのとボーリング調査が一体ものと考えられるからである。さらに施工者が県の調査のもとめに十分対応してこなかったことを理由としている。

7.手続き不要なケースには当たらない

沖縄防衛局は、岩礁破砕の手続きが不要なケースを紹介しているが、申し立てに必要な根拠は示されていない。具体的にはその海域の漁業権の有無、アンカーの重量等である。

8.県は権限を乱用したか

沖縄防衛局は「被害の規模に比すと、県の措置は著しい権限乱用」と主張している。許可を受けた区域の外周約10キロまで数十個のコンクリート塊を投下するのは軽微とはいえない。それは関係漁業諸法の趣旨を軽視するものである。

次の第9項は意見書のキモで、翁長知事の意見もあり、かなり長い

9.普天間とのリンクは許されない

沖縄防衛局は工事が停止されれば普天間返還が遅れ、日米関係にも問題が生じると主張している。

①国土の0.6%しかない沖縄に米軍基地の74%が存在する現状は異常としか言いようがない。

②米軍基地は沖縄経済発展の最大の阻害要因となっている。このことは明確だ。

③安全保障はだいじだが、日本国民全体で考えるべきだ。

④沖縄県民と普天間住民の民意は明確だ。それは移設による基地負担の継続ではなく、負担の否定である。

次は原文そのまま

それにもかかわらず、政府の一方的論理によって、辺野古移設を「唯一の解決策」であると決めつけて、普天間飛行場の負担の大きさを執行停止の理由として述べることは、悲しいことだが、沖縄県民の痛みを感じない、感じようとしない政府の姿勢があることを、本土の皆様に知っていただきたい。

10.「日米関係の悪化」論はナンセンス

「日米関係の悪化」という主張についてだが、国内法の許可手続きを経て実施させることがなぜ関係悪化につながるのか。

日米関係が悪化するから、日本国内法に基づく必要な許可を得ないままに作業を続行させて良いというのであれば、それは主権を持つ一つの独立国家の行動ではないと断じざるを得ない。

11.非は沖縄防衛局にある

沖縄防衛局は許可の申請や協議を行うことなく、工事を続けてきた。その結果、県自身が調査を行わざるをえない状況に陥った


以上の点から、

沖縄防衛局の申し立ては不適法であって、却下されるべきである。

仮に申し立て自体が適法であったとしても、明らかに執行停止の要件を欠如している。

よって沖縄防衛局の申し立てはすみやかに棄却されるべきである。

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