鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

13年4月、ぷらら・Broachより移行しました。 中身が雑多なので、カテゴリー(サイドバー)から入ることをおすめします。 過去記事の一覧表はhttp://www10.plala.or.jp/shosuzki/blogtable001.htm ホームページは http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」です。

2014年12月

YouTubeを高音質で聴く方法

1.まずは良い音源を探すこと
HDというクオリティのものが増えていて、これはAACファイルで195kbpsのクオリティとなっている。
YouTubeの音源は年ごとに飛躍的に音が良くなっているから、3年以上前のものは避けたほうが良い。
2.ダウンロードソフトを選ぶこと
YouTubeはダンロードを禁止する方向で動いている。皮肉なことに音質があまり良くなりすぎたためだ。以前なら「これはサンプルで、いい音で聞きたかったらCD買ってください」だったが、最近はそうも行かなくなった。
そこで有名なダウンロードソフトに圧力をかけて、高音質でダウンロード出来ないようにしてしまった。しかし未だに高音質でダウンロードできるソフトも存在するようだ。
3.エンコーダを使わないこと
動画ごと落としてから、「えこでこツール」というソフトの「映像から音声のみ抽出」という機能を使うと、無劣化でAACファイルを作成してくれる。
必要であればMP3にも変換してくれるが、いまではFFMPEGというDLLがあるので、MP3に転換する必要は薄れている。
4.再生ソフトはfoobarだけで十分
いろいろ試したが、いつも結論はfoobar。foobarのダウンロードサイトで、Download... の下の段に Free Encoder Pack というのがあって、そこも一緒にダウンロードすると、ffmpeg,FLAC、LAME などをすべて組み込んでくれるので楽ちんだ。WASAPI はデフォールトで装備されている。ASIOもDLLを引っ張ってくれば使えるが、すでに過去の遺物だ。
Preference は Output で、WASAPI(event)経由でDACにつなげればよい。Buffer length は長ければ長いほど良いが、その分メモリーを食い、音飛びの原因になる。いまは1万にしている。
DSPマネージャーはResampler(PPHS) だけ入れている。Sox は味付けが少々濃すぎる。
5.音飛びの抑制
これもfoobarの設定のうち、Advanced の部分。これはメモリが十分ならば不必要なのかもしれないがそのままにしてある。少なくともこの設定にしてからは、音飛びはまったく発生していない。
6.RAMディスクの設定
これは間違いなく音質を改善する。
理由はよく分からない。RAMディスクそのものがまだ試運転中だ。Buffalo のソフトが動かなくなってしまったので、SoftPerfect RAM Disk というソフトで始めたが、なかなか奥行きが深そうで戸惑っている。
ただしメモリが少ない時にやると、ますますメモリが減ってしまい、クラッシュの原因になる。私のパソコンは増設は8ギガが限界なのだそうで、ファイルまでRAMに入れるのは不可能のようだ。
7.そして最後がメモリ増設
つまり本格的なDACを動かそうとすれば、メモリーは4ギガでは足りないということだ。8ギガなくてはDACは動かない。このことはどんな説明書にも、どんなインターネット上の文章にも書かれていない。
逆に言えば、これまでの苦労は、最初からメモリを増設しておけばまったく不要だったかもしれない。
次にパソコンを買うときは最低でも16ギガのメモリが装着可能なものにすべきだと思う。

とりあえず以上。それでは良いお年を。

多分、今年最後のブログになると思います。
現在はハイティンク指揮コンセルトヘボウのマーラー5番を聞いております。
つまり、DACの抑えこみに成功したということです。終わりよければすべてよしということで、今年は良い年だったということにしておきましょう。
バッファローの4GBx2というメモリーに取り替えました。目下のところ、と言ってもまだ1時間位ですが、クラッシュは発生しておりません。
実はばかみたいな話がありまして、昨日これを買ってきて差し替えました。そのとき特典で「PCを高速化する」という触れ込みのBaffalo Tools というソフトがついてくるのですが、それを導入しようとしたらシリアルナンバーが必要で、それはメモリー本体でしかわからないということになって、蓋を開けなおして数を控えて再挿入しました。
それで「ダブっては困るだろう」と、既存のRAMディスク作成ソフトを消去してから立ち上げたのですが、お陰でそのソフトが出なくなってしまったのです。それで他のソフトもたいしたことはなく、煩わしいだけのものなので、消そうとしたらバックアップソフトがどうしても消えない。だいたいこのソフトはバッファロー社の外付けハードにバックアップするためのもので、いまはTOSHIBA製なので無用の長物です。
バックアップソフトには未練がましい物が多く、他にも使わないソフトがバックアップを作成しようとしゃしゃり出てきて困っています。
それで仕方なしにSoftPerfect というRAM作成ソフトを新たにダウンロードして、RAMフィールドを確保しました。foobar を突っ込んで再生をはじめました。
するとみごとにクラッシュしたのです。
一瞬目の前が真っ暗になって、「ああ、最初からやり直しか」と思ったのですが、コンピュータのプロパティを見ると、メモリーが4ギガのままです。「これはパソコンがメモリを認識していないな」と思って、いろいろ試してみたのですが、どうにも埒が明かない。最後にBIOS画面を見てみるとやはり4ギガ。「さては」と思ってまたも裏ぶたを開けました。
すると上側のメモリがなんの抵抗もなくするりと抜けるのです。いろいろやっているうちに、はめてから押し込むとみごと「カチッ」という手応えとともにメモリがあるべき場所に収まりました。
蓋を閉じて、電源を入れてF2を押したまま、じっと待ちます。するとBIOS画面がしっかり「メモリ8G」と表記しています。
そうして、マーラーを聞き始めて1時間、いまのところクラッシュなしに来ているという次第です。
どうやらこれで音質改善の旅は、いったん完了ということになりそうです。
次の記事で旅の経過をたどってみたいと思います。

「卵が先か、鶏が先か」ということになるが、言語中枢としてはブローカとウェルニッケのどちらが先かが問題だ。

臨床医としてはウェルニッケのほうがプロファウンドな感じがするが、案外ブローカのほうが発生史的には先行していたかもしれない。

まずはウィキペディアの「ブローカ野」から調べる。内容は薄い。

テキストは、「ごく単純に言えば、ノド、唇、舌などを動かして言語を発する役目を負っている」と、大変わかり易い説明をしてくれている。

ブローカ領域: 優位大脳半球の下前頭回後部(ブロードマンの脳地図では44野)にあり。前側は三角部、後ろ側は弁蓋部と呼ばれる。

三角部は様々な刺激を受け、言語行為の計画を担う。弁蓋部は音声言語産出のための発声器官の調整を担う。

サルにおける相同部位は口腔顔面域活動の高次の調節を行っている。発生的には発話の獲得は口の動かし方の模倣から始まったといえる。

次が山鳥さんという人の見解。彼はブローカだけでしゃべりをすべて管理しているわけではないとし、その前段階を提示している。

1.中心前回の下方領域

ブローカ野の後方に接するこのエリアは、音韻を実際の構音運動に変換するために必要な運動神経情報を作り出す。

これはちょっと難しいが、心的イメージを表出するためにこういう音のシリーズを出したいと企画する機能のようだ。ピアノで言うとドレミというイメージがあって、それを親指、人差し指、中指の三連打に割り当てる過程とも言える。

ここまで前処理してから、ブローカに送られているのだということになる。

2.頭頂葉の縁状回

さらにその後方に、これはもう中心溝をまたいだ頭頂葉になるが、「配列」を司る領域がある。ここは音韻群を系列化するのに重要な領域である。

思いを伝えるのに、ミレドではなくドレミでなくてはならないと判断するところのようだ。「この領域がうまく機能しないと、語やセンテンスの安定した音韻心像は想起できない」のだそうだ。

 

どうやらfoobarのクラッシュの原因がわかってきた。
メモリーのパンクである。
再起動してしばらくは機嫌良く動く。しかし2,3時間で最初のクラッシュが来る。これに対してDACのUSBをいったん抜いて挿し直すと、また動くようになる。しかし今度は1時間くらいで次のクラッシュが来る。そうやってだんだん感覚が短くなって、最後は「時間切れです」というクレジットが出て、どうにも動かなくなる。
これはメモリーの消耗としか考えられない。
思い出して、むかし使った「メモリー・クリーナー」というソフトを入れてみたが、歯がたたない。そういうレベルではないのである。
私の買ったのはLenovoのideapad Y560 というモデルで、発売間もない頃である。core i7 を積んだ最初のノートパソコンだった。当時としてはかなりのものだと思う。
しばらくしてメモリーも増設した。出荷時に2ギガ、それに2ギガを足したから4ギガ、これで十分対応できたはずだ。
それが、今回DACの導入を機に、ついに限界を暴露したのだ。
多分メモリーの劣化もあるのだろうと思う。メモリーは消耗品と思わなくてはいけない。しかし、4ギガという容量がそもそも不足なのだろうと思う。
うすうすは感づいていたが、はっきり悟ったのはBuffalo のソフトで仮想DRAMを立ち上げた時だ。音は素晴らしくなったが、クラッシュは減るどころかむしろ頻回になった。ソフトのデフォールト設定を変えて、容量が700メガだったのを200まで絞った。それでクラッシュの出現を遅らせることはできたが、クラッシュそのものを防ぐことはできなかった。
30日にはヨドバシカメラに行って、メモリーを交換しようと思う。これが成功すれば、NuForceの購入に端を発した音質改善への苦闘は一応完了ということになる。そうなればよいが…






11月のOPEC総会は、やや古いせいかもはやニュースの項目からは消えている。

いろいろな思惑が乱れ飛んでの結論だっただけに、事情通の解説がほしいところだが、それもあまりない。

キャッシュで拾えそうなものもふくめて、少し情報を物色した。

とりあえず、ロイターの報道(11月28日付)から。

ウィーンでOPEC総会が開かれた。生産枠をめぐる議論は5時間に及び、相当紛糾した。

最終的に現行の生産枠を維持することで合意した。過剰な生産についてのコメントもなかった。再検討の可能性についても触れられなかった。要するに結論には何のふくみも与えられなかった。

というのが主文。

ついで、会議の具体的な進行経過。

まずベネズエラとアルジェリアが、最大で日量200万バレルの減産をもとめた。これにイランも同調した。

これに対しサウジアラビアのヌアイミ石油鉱物資源相が「減産の必要なし」と主張した。これに湾岸諸国が同調した。

最終的にはベネズエラなど生産調整を主張したグループも、これを受け入れた。


以下は各派幹部の意見表明。ただし会議終了後のインタビューによるもの。

「減産」派

ベネズエラのラミレス外相: 今回の決定を加盟国の総意として受け入れる。原油価格が低水準にとどまることで、コスト高の米国産シェールオイルの市場シェアが低下することを望む。

「維持」派

クウェートのオメール石油相: 原油価格がいかなる水準になっても受け入れなければならない。

石油メジャーのOPEC決定への評価

PIRAエネルギー・グループのギャリー・ロスCEO: サウジアラビアがイランやロシアのほか、米国のシェールガス生産者を支援することになる減産を望む理由はない。

市場に原油価格を決定させ、市場で新たな均衡点が見出されれば、価格は上昇に向かうだろう。

ただし、OPECはもはや市場を操ることはできなくなり、今後は原油価格は市場で決定され、価格は明らかに下落するだろう。

ペトロマトリックス・コンサルタンシーのオリビエ・ジェイコブ: 数年後に80ドル以上の水準まで回復させるには、短期的に下値を60ドルとして価格が一段安となる必要がある。

米国のシェールガス開発プロジェクトに歯止めをかけるには、しばらくの間は低価格に甘んじることがOPECの利益にかなう。


ということで、サウジの論旨はきわめて単純にして明快、だから生産調整を主張する国をも説得し得たのだろう。

ロシアがどうであろうと、イランがどうであろうと関係ない、要するにOPEC全体が丸っこくなって頑張ろうということだ。

つまり、これは資源ナショナリズムを下敷きにした「闘争宣言」なのだ。だからベネズエラやアルジェリア、イランも同調したのだ。

それにはOPECの地位低下、市場弱者への転落という事態を冷徹に直視し、アウトサイダーとは市場で闘うという路線の転換がある。

そういう意味では画期的な決定なのだろうと思う。

ただ、そうやって価格競争を展開した末に、アメリカのシェールオイルが苦境に立ったとき、アメリカはどうするだろうか、という時限爆弾が、そこにはある。


朝比奈隆のNHK交響楽団とのブルックナー交響曲第8番が聞ける。
おそらくFMのエアチェックなのだろう。音質的にはイマイチ迫力がない。
しかし迫力がないのは演奏そのものだろう。
多分、名演なのだろうが、ブルックナーという作曲家の凡庸さを抉りだす「名演」でもある。
何度も言うようだが、ブルックナーというのはパソコンで作業をしている時に、丁度良い曲をかく人である。トゥッティとトゥッティのあいだは聞いていなくて良い。なんとなれば居眠りしていても良いのだ。あの長さはそのためのものなんだ。
とくに8番ときたらオペラ並みのぶよぶよさだ。トスカをベートーヴェンの第5のように耳を澄まして聞く人なんているもんじゃない。第一そんな風に聞いたって面白くもなんともない。
ところが日本にはそのようにしてブルックナーを聴く、一部の熱狂的なフアンがいるのだ。
まぁやってちょうだいよ。

太田順子さんの「告発文」を読むと、なんともやりきれない気持ちにさせられる。

前回の衆議院選挙の際、私は民主党東京第11区から衆議院選挙に出馬致しました。

私の選挙資金のほとんどは民主党からの寄付、税金を原資とする政党交付金でした。

私は民主党都連の指示に基づき、民主党板橋幹事長の区議に通帳、印、カードを預けましたがそれが誤りの元でした。

私の収支報告書には、板橋区議のパブ(一般的にキャバクラと言われる店)等での遊興費や、一般感覚ではありえない不適切な領収書が多々認められます。

しかし、私自身が正確な収支が把握不能の状態に置かれております。民主党本部の事務方責任者、民主党都連、海江田代表等に是正をお願い致しましたが叶いませんでした。
といったあたりが「事実」の骨子。
民主党都連が特別なのか、全国どこでもそうなのかはわからない。
しかし、過去において労組のダラ幹、政治ゴロの想像を絶する倫理観の欠如はかなり聞かされてきた。労働運動の衣をまとったゆすり、たかりのたぐいである。
言い方は悪いが、「自民党のほうがはるかにマシ」である。
ただ厄介なことに、思想的には彼らのほうが左翼に近く(もっとも昔の話だが)、議員になろうとして彼らに近づく人には、むしろ「自民党のほうがいいんじゃない?」と思われる輩が多いのだ。この太田さんもなかなか勇ましいことを言っている。
つまり、民主党(旧社会党もふくめ)という政党、右を向いても左を向いても真っ暗闇なのだ。
oota_policy
太田さんのホームページより転載

またもや中国で超大物の失脚が発生した。

今度は党中央統一戦線工作部長の令計画だ。令は胡錦濤が総書記を務めていた時代に党中央弁公庁主任として仕えていた人物。現存幹部の中では共青団グループのトップにおり、次期書記長を狙う地位にいた。

習近平の権力は、胡錦濤と連合することによって支えられいるとみられるため、今回の摘発は胡錦濤との関係を冷たくする可能性がある。

ただ、令計劃の場合はあまりにも派手なスキャンダルであるために、守り通すのは難しかった。周永康、徐才厚を切った返り血としてみておくべきかもしれない。

令の息子が北京市内でフェラーリを乗り回した末に事故死したのが2012年3月、それからすでに2年半が経過している。この間、令にお咎めがなかったほうが不思議だ。

事件発生直後、令はもみ消し工作を行ったらしい。これを知った胡錦濤は、弁公庁主任をおろし、統一戦線部長に転出させたという。しかしずいぶんと甘い処分だ。

やったのは息子だが、フェラーリを買う金はどこから出たのか、それが問題にならないわけはないのだ。一説では令計劃の預金総額は7100億円に達しているという。

ということで、令計劃の摘発は本線とは離れたケースと見ておくべきかもしれない。

なお事件に関して遠藤誉さんがコメントしていて、

1.令計画の背後には山西閥、あるいは電力閥が控えており、そこを狙った攻勢の可能性もある。

2.これらの閥の総帥は李鵬元首相である。

3.江沢民と石油閥への攻勢を終え、次は李鵬と電力閥がターゲットとなるかもしれない。

4.しかしこれは権力争いではなく、国有企業の大規模な構造改革への第一歩であると見るべきである。

と述べており、卓見であろう。


記事の後半は、OPECに価格決定力が亡くなっているという内容。
これはなにかネタ本があって、丸写ししたもののようで、かなり濃密に経過が列挙されている。
いわば圧縮ファイルで、解凍すれば数倍に膨らむであろう。
順に追っていこう。

1.オイルショック

オイルショックまでは、主要産油国のほぼすべてがOPECに加盟していた。石油価格はOPECが決定していたが、価格そのものはメジャーが左右していた。

中東戦争の時に湾岸諸国がOPECの主導権を握り、価格を大幅に引き上げた。引き上げ分は主として産油国(の特権階級)の取り分となった。これはオイルダラーとなり、投機資本の源流をなしている。

2.OPEC 非加盟の産油国の増大

国際石油価格の上昇は、これまでの産油国以外の国の油田開発を促した。世界生産に占めるOPECの比率は、70年代には53%だったが、2013年には41%まで低下している。

この結果OPEC価格に従わない産油国が増加し、OPECの価格決定力を減退させた。

3.ニューヨーク商業取引所のWTI上場

WTI が商品として先物市場に上場されたことから、この価格を中心に原油価格が決定されるようになった。

OPECに代わり消費国における市場が決定力を持つようになった。要するに市場原理が支配するようになったということだ。

4.原油価格の騰貴と暴落

原油価格はグローバルな需要と供給の関係を反映していない。

原油価格が市場で決定されるようになったということは、原油価格が市場の思惑で激しく動くようになったことも意味する.

しかし、生産コストが長期的に見て増大していることも間違いない。一つの油井は掘り尽くせば枯渇する。次々に新油田を開発していかなければならない。しかし当然ながら、採掘・輸送などの条件は悪化していく。

5.安値競争を仕掛けた可能性

今回のOPECの“非調整という決定”は、主要産油国とこれと結託した石油メジャーが安値競争を仕掛けた可能性もある。

生産調整となれば、主要産油国がそのかなりの割合を引き受けなければならない。ただでさえ原油安で苦しんでいる時に生産調整をかぶる一方、新興産油国が漁夫の利を占めるというのでは面白くない。

いっそ安値競争を仕掛ければ、新興産油国が潰れて、結果的に生産調整になるであろう。

新興産油国の経営基盤は多くは脆弱であり、投資に見合うだけの資金回収を行っていないであろう。

安値競争になれば、バタバタと連鎖的に倒産する可能性もある。結果として主要産油国の生産が安定すれば、そこを基盤とするメジャーにとってもご同慶の至である。

もうひとつ、シェールオイルとの争いもある。アメリカのシェールオイルの損益分岐点は60ないし80ドルと見られている。60ドル割れはまさしくわずかに、この分岐点を下回っている。

したがってOPECの決定は、OPECというより既成の石油メジャーと新興シェール勢力の激突と見るべきかもしれない。アメリカでは矛盾が激化するかもしれないが、ロシア懲罰という錦の御旗を掲げれば風当たりも多少は弱くなろうというもの。

そこまで考えているとすれば、なかなかの知恵ものだ。


赤旗の短い解説記事、「原油価格急落 市場に何が」が掲載された。

ニューヨーク市場(NYMEX)の原油価格の動向がグラフで示されている。

wti


WTI: West Texas Intermediate (西テキサス産出の中質油)の価格のこと。世界の石油価格の指標となっている。
NYMEX: New York Mercantile Exchange (ニューヨーク商業取引所) 商品先物専門の取引所だが、石油の取引における世界のセンターとなっている。

これは今年7月からのものだが、最高値はもっと前、リーマンショック直前の147ドルだ。そこから見ると実に1/3となっている。

たしかに石油産出国から見ればひどい話だ。暮らしを1/3に切り詰めろと言われても、それは無理な相談だ。

考えられる理由は三つある。

一つは世界不況だ。中国も減速していて、当面需要が膨らむ要素はない。

二番目が「シェール革命」だ。米国やカナダでは自国需要を満たして余りあるほどの採掘量となっている。最大の消費国・輸入国が「もういらないよ」ということになれば、値崩れを起こすのは当然であろう。

3つ目は11月27日のOPEC総会だ。明らかな供給過剰であり減産協定を結ばなければならないのに、各国の思惑が一致しなかった。結局減産協定は成立しなかった。

ただ3つ目は11月末の話であり、原因というよりも、これからどういう影響を与えるか、その可能性が問題となる。

赤旗では一番目と2番目の順序は逆になっているが、あえて並び替えた。枚の記事でも述べたように、結局投機資本がどういう動きを示すかに事の本質があると考えるからである。

「シェール革命」は今のところ一つの物語だ。だいぶ前になるが「北海油田」が開発されて、ノルウェイやイギリスは輸出国になるのではと言われた。

一時的には原油価格に影響したかもしれないが、結局大勢は変わらなかった。むしろ高コストの石油資源を持つばかりに、それが負担となるというデメリットもあったようである。

「物語」は楽しいから、尾ひれ羽ひれがついて膨らんでいく。これはまた別の機会にやるとするか。

いずれにしても世界経済にとって重要なのは、もし世界不況が原因であるとするのなら、リーマンショック以後6年も経っているのに、その間ずっと世界不況が続いているのに、どうして原油価格が下がらなかったのか、それがどうして今年になってから大暴落したのか、という問題であろう。

そしてその中から投機資本の本質的習性を探りだすことであろう。

ルーブル危機も元を正せば原油価格の急落だ。
巷間、原油安はロシアへの圧力を狙った米国とサウジの芝居だという話もあるが、石油市場はそんな一国の思惑で動くほどのやわなものではないと思う。第二次大戦の時だって「石油の一滴は血の一滴」と言って戦争に突っ込み、数千万人の人が殺し、殺されたのだ。
そもそも原油価格を釣り上げたのは投機資本であるから、ユーロダラーや投機資本の動向を分析しない限り答えは出てこないだろう。
原油安が経済にどういう影響を与えるか。これも多面的だ。グローバルに考えれば、どっこいどっこいなのだろう。一般的には原油安は経済発展を促す。とくに途上国の石油非産出国にとっては追い風になるだろう。しかし先立つものはカネである。
膨大なオイルマネーは当面リスク回避に回るだろうから、多くはタックスヘイブンに死蔵されるだろう。残りは米国の株式、債券市場に回るだろう。
産出国・非産出国を問わず、そこには経済の不安定性が残されるだろう。足の早い投機資本に世界中が振り回される状況がますます進展するだろう。これだけは間違いなさそうだ。

というわけで、バッファローのサイトに行ってRAMディスクユーティリティというソフトを拾ってきた。
ダウンロードして立ち上げようとするが、「すでに立ち上げ済みか再起動が必要」ということで、再起動したが同じクレジットが出てくる。
念のために探してみたら、なんのことはないすでに立ち上げ済みであった。外付けハードディスクか何か買った時におまけでついていたようだ。「かんたんセット」とか言うボタンを押して、それで終わりである。
マイ・コンピュータを開くと確かに「G:」というのができている。そこにFoobar のフォールダーをコピーした。EXE ファイルのショートカットを作ってデスクトップに置いた。
そこにAACファイルをドラッグ・アンド・ドロップすると、みごとに音が出てくる。
しかもこの音、ただものではない。えらくクリアーなのだ。聞き慣れたファイルの音が、とんでもない音で出てくる。音に“芯”ができている。時間分解能が格段に向上しているのだろう。
前から気になっていたムーティとバイエルンRSOのシューマン4番を聞いてみる。ささくれはみごとに消えている。荒々しいがあくまでも音色である。これぞ私がもとめていた音だ。厚化粧でごまかしたニセの美しさではない。
音飛びは解決していないかもしれないが、この音だけでも十分我慢できる。
皆さん、絶対お勧めです。
ただし自動バックアップと自動再立ち上げ機能が働かないと、面倒は面倒だが…

12月03日 に

という記事を書いたが、実はまだやっていない。

Foobar2000 のソフト自体をRamdiskにインストールしました。少し音質的な改善はできたものの相変わらず音飛びが発生します。

というところからもう分からない。そもそもRAMディスクってなんだ、ということが分からない。

高校時代の数学のことを思い出す。どこかで躓くと、それから先は積み重ねだから、いくらまじめに授業を聞いていても分からない。

そんなことはどうでもよいのだが、ネットでそれらしい記事を探していて、下記の文章に当たった。

BUFFALO RAMDISK ユーティリティー

これは要するに、メインメモリーの一部に“RAMディスクと呼ばれる仮想ドライブを構築する”ソフトなんだそうだ。

ただしRAMはOS終了時に全てクリアされるが、このソフトを使うと、“RAMディスクに保存されたデータを自動でバックアップし、再起動時に復元”してくれるから、消えないのと同じことになる、という仕掛けだ。

まずはダウンロードしてみる。結果は次の記事で…

で、何にAudacity を使ったかだが、
YouTube のM.Ippolitov-Ivanov,A.Archangelsky,Conductor Dmytro Bondarenko
という合唱曲である。
題名だけ見ても何のことかわからないだろう。このファイルは全部で9分だが、2曲入っている。1曲めがイッポリトフ・イワノフの "Bless The Lord, O My Soul" という曲で、2曲めがA.Archangelsky という作曲家の "I am Thinking About a Day of Horror" という曲。Dmytro Bondarenko という指揮者で合唱団の名前は不明。2010年にスエーデンで演奏されたものの録画らしい。
ロシアの合唱というと赤軍合唱団とかのロシア民謡が定番だが、実は近代作曲家も結構書いていて、キュイなんか悪くないのである。低音のグルーブ感はロシア民謡と同じで迫力がある。
この音源も、曲も演奏も良いのだが、録音がひどい。
そこで頭の拍手を切って、
じゃっかん刺抜きをして、エフェクトでノイズ除去して、Clip Fix で音割れを修復して、コンプレッサーで音量を調整した。定位が左に寄っていたので右のチャンネルの無音域をちょっとカットして中央に持ってきた。合わせて擬似ステ効果も出した。元の音源のビットレートは98くらいだが、AACの195Kbで保存した。
元の音源より音が良くなるわけではないが、確かに聴きやすくはなる。

しばらくぶりにAudacity を使うことになって、立ちあげたら、動かない。
というか、AACファイルを読み込めない。AACファイルをドラッグ・アンド・ドロップした瞬間に、「このファイルは以前は読めましたが、原罪では読めなくなりました」みたいな変なメッセージが出てきて、それから後はうんともすんとも言わない。
いろいろやってみたが分からない。
最後に英語版Wiki でやっと分かった。
ひとことで言うとこういうことだ。
Audacity が9月29日にヴァージョンアップした。2.0.6という名前だ。これにともなってffmpegも新しいヴァージョンavcodec-55.dllになった。
肝心なことは、両方ともアップデートしないと使えないということだ。2.0.5はavcodec-55.dllを読まないし、2.0.6は前のffmpegを読まない。両方共旧ヴァージョンなら良いはずだが、読まなかった。ここが不思議といえば不思議だ。ひょっとするとAUDACITYのほうが勝手にアップデートしていたのかもしれない。あるいはその逆も考えられる。
これが分かるのに半日かかった。
何故かと言うと、Audacity の解説サイトはすべて最新版ダウンロードのリンクが2.0.5のままだからだ。
今後お悩みの方も出てくると思うので、報告しておく。
なおLameの方はまったく変化なしである。ただついでにこちらもアップデートしておいたほうが良いとは思う。

今年4月に広瀬隆さんが鹿児島で行った講演の記録があって、そこにいくつかの図表が載っていたので、転載させていただく。

川薩
この記事は1997年3月26日の出来事だそうだ。キャプションによると、日本の原発が初めて地震の強い揺れに直接襲われた日なのだそうだ。直下型でマグニチュード6.2というのは相当のものだと思う。
川薩の川というのは川内のことのようだ。阿久根というのは地図で言うとこのへん。川内の隣町だ。

akune

そういえば、前にえびの地震というのもあったな。

それで、さっきの地震が3月だが、その2ヶ月後には川内を地震が直撃した。

川内

それ自体きわめてやばい話だ。次はまさに原発の直下だ。

だが、もっと恐ろしい話がる。見出しに「川内原発停止せず」と書いてある。二回目の地震のその時、九電は深度6弱でも原発を止めなかったのだそうだ。脇見出しには過去最大71ガルと書いてある。

止まったのは原発ではなく、原発を管理する人間の思考が止まったのだ。これが一番恐ろしいことなのだ。「止める」という発想がそもそもない。車にはアクセルとブレーキのペダルがあるが、ブレーキを踏むつもりがなければブレーキはブレーキではなく、たんなる飾り板でしかなくなる。


広瀬さんはこう語っている。

これは信じられない事です。
原子力発電所というのは危険ですから、普通の地震でも原子炉は止めるようになっているはずなんですが、
止めなかったんです。
「なぜ止めなかったのか?」
それは私は今もってですね、九州電力を信頼できない一番の根幹になっています。

それで今回の申請だが、なぜ通ったのかがわからない。断層なくして地震なしだ。10年ちょっと前には、あわやあと一歩という直下型地震があった。

とすればそこには断層があるのであり、それは定義上は紛れもない活断層ではないか。


これも社会面の記事。
「カジノ合法化“早く”  露骨な介入の意見書」と題されている。
内容は在日米国商工会議所がカジノ法案の早急な成立をもとめる意見書を出したというもの。
この在日米国商工会議所(ACCJ)は日米経済摩擦でお馴染みの組織。米企業・政府の尖兵として先鋭な要求を突きつけてくることで名を知られている。
まず骨子から。
* カジノの規模について制約を盛り込まない
* カジノ総収入に対する税率は10%を越えないものに
* カジノ・ギャンブルは消費税の対象から外す
* 入場料は課さない
* 24時間、年中無休の営業を認める
* カジノでのクレジットサービスを可能に
これだけでもじゅうぶん頭にくる。
さらに解説を読んでいくと、ますます血が登ってくる。
* (進出するカジノ企業のために)アジア各地のカジノ施設との比較でより利便性の高い法規制の枠組みを構築することが大変重要である
* カジノの規模に関して恣意的な制約を法規制に盛り込んではならない
* 東京、大阪など人口密度の高い地域では複数のカジノ施設の併設も認めるべきである。
* 日本国民は入場料のかからないパチンコ・競馬・競輪など多数の選択肢を有している。したがってカジノの入場料徴収は反対する。
* (ギャンブル依存に対する規制の)法的試みは、ギャンブル依存を撲滅するという政策目標を達成することはできない。無責任なギャンブルに興じる少数者を守るために全訪問者のギャンブルを制限することは、逆効果となりかねない。
中身の酷さもあるのだが、根本的には日本人を対等の人間としてみていない、その横柄で高飛車な態度が胸糞悪い。彼らは故国では、故郷では、このような言葉を絶対口にしないと思う。
思うのだが、彼ら米国人が日本でどんなことを言っているのかを、故国で宣伝してやれないものか。

多分全国版には載らないと思うので紹介しておく。
「取材メモ」というコラムに(善)さんという記者が書いた記事。
電源開発が原子力規制委員会に大間原発の新基準適合性審査を申請しました。ここには三つの「初」があります。
一つ目は、建設中の原発の審査申請は初めてということ。
二つ目は、世界初のフルMOX原発であること。フルモックスというのは危険性の高いMOX燃料のみを使うということです。
三つ目は、電源開発が初めて作る原発だということです。つまり原発を作ったこともない会社が初めて作る原発が、世界初のフルモックス型だということです。
この原発、東日本大震災と東電福島原発の事故のあと工事が止まりましたが、12年10月に民主党野田政権の容認のもとに工事を再開しています。(以下略)
これにもう一つ「初」を付け加えるならば、「化石化」することを前提に作られる初の原発だろうということだ。大間という町は今後半世紀のあいだ日本中に恥を晒すことになるだろう。



選挙直後の16日(火)から北海道AALA50周年の記念展が行われて、連日詰めていた。その間毎日パソコンを持ち込んで、会場でシコシコと作業をやっていたのだが、本日戻ったところ見事にその作業分が消えていた。
電気を入れたら、たしかに変な画面が出た。「バックアップしますか?」みたいな画面で、「します」とこらえたら火曜日の時点に戻っていた。
私の脳の生産可能年齢はあと10年となっているので、5日間の作業が消えるのは結構痛ましいが、仕方あるまい。それよりはるかに多くのメリットを受け取っているのだから、ここは受け入れるしかあるまい。願わくば、二度とこういう事態が起きないように。
ということで、途中までだがブログに乗せておく。
中身は大久保利通年表の増補版だ。一応1866年(慶応元年)までの年表である。どうせまだまだ補充しなければならないので、途中経過版だが…

1861年(文久元年) 

大老井伊直弼が倒れたあと、公武一体論が幕府の主流となる。薩長もそれぞれの思惑から公武合体論を主張。これに対し草葬層(下級武士、豪農商層)は天皇への一極集中を主張。

薩摩藩(島津久光)は朝廷をトップとする諸藩の連合として、公武一体論を説く。

久光、率兵上洛計画を進める。朝廷主導の公武合体と現実的開国を図り、あわせて攘夷を唱えた長州藩に対抗することが目的だったとされる。

以降の月数は陰暦のようである。前後関係が合わないところがあり、とりあえずそのまま書く。

11月 下士の出身であったが、島津久光のもとで抜擢され藩政に参与するようになる。この時31歳。この頃先代斉彬についた西郷は流罪になっていた。(このへんはややこしく、本線に関係ないので省略)

12月 大久保は年末に京都に出て、久光上洛の根回しを行う。実に「根回し」こそ大久保の真骨頂であった。(ただしこの時は不調に終わった模様)

1862年(文久2年)

2月 久光、大久保の仲介により西郷の流刑を解き要職につける。藩内の尊王攘夷派の抑え役が期待されたようである。

2月 朝廷に国事参政と国事寄人の二職が設けられる。三条実美と姉小路公知らの急進派がこのポストを確保。真木和泉、久坂玄瑞らが影響力を持つようになる。

このころ京都では、尊王攘夷運動がピークを迎える。各地で農民一揆や都市騒擾が多発。幕藩意識が急速に解体。

3月 久光、藩兵1千人余りを率いて京に向かう。西郷が先乗りし、大阪の攘夷派を鎮撫。しかしこれが独断による行動であったため、帰藩・謹慎を命じられる。

4月16日 島津久光が兵を率い京に入る。有馬新七を指導者とする藩内攘夷派は、伏見の寺田屋をアジトに、幕府派要人襲撃を画策。

4月23日 寺田屋事件が発生。薩摩藩兵が過激派を武力鎮圧。これを機に藩内過激派組織は壊滅する。

5月10日 「攘夷決行の日」を機に、長州藩がアメリカ商船を砲撃。欧米艦隊から報復攻撃を受ける。

5月 久光、孝明天皇の信任を受け、幕政改革の建白。一橋慶喜の将軍後見職、福井藩主松平慶永の政事総裁職就任などを主張。

5月 この間に、大久保は有力公卿の岩倉具視に接近。朝廷内の足がかりを築く。

5月21日 朝廷より久光の意向を受けた「三事策」と呼ばれる勅許がくだされる。

三事策: 1.幕府は速やかに将軍・徳川家茂を上洛させ、朝廷と攘夷について協議する。2.薩摩・長州・土佐・仙台・加賀の五大藩を五大老とし、国防・攘夷に当らせる。3.徳川慶喜を将軍後見職に、松平春嶽を大老とする。
三事策のうち、薩摩藩の要望は3のみであり、1は尊攘派とその背後にいる長州藩、2は岩倉具視による発案である。
1については、徳川家茂を京都に呼びつけて攘夷決行の勅命を下そうという尊攘派の、2は薩摩藩の独走を牽制する岩倉の思惑に基づいている。
 (ニコニコ大百科)

6月7日 久光、江戸に入る。大久保も随行。勅許をカサに幕閣と協議するが交渉は難航。大久保は要人テロの脅しで人事案を認めさせる。

8月21日(新暦では9月14日) 久光、江戸を発ちふたたび京に向かう。この帰路で生麦事件が発生。薩摩藩士がイギリス人3名を斬殺。

閏8月7日 久光らは再び入京。

閏8月20日 岩倉具視、朝廷を罷免され出家。尊攘派が朝廷の実権を握る。

閏8月23日 久光と大久保、京を離れ薩摩に向かう。

10.27 江戸幕府は朝廷による攘夷の督促を受け入れ、将軍家茂が上洛することを決定。

12月 大久保が京都と江戸を回り、松平春嶽と山内容堂を説得。幕府の方針を雄藩ですり合わせることで合意を得る。この辺りから大久保は久光の代理的存在として存在感を示すようになる。

1863年(文久3年)

3月 将軍家茂、久光が相次いで上京。尊攘派の抵抗にあった久光と大久保はわずか2週間で薩摩に戻る。

5月 薩摩藩の田中新兵衛が姉小路を暗殺。薩摩藩は御所への出入りを禁止される。

5月30日 孝明天皇が久光に対し尊攘派排除を要請する密勅。

7月8日 薩英戦争。生麦事件の補償をもとめる英艦隊が鹿児島を攻撃。沿岸部の民家500戸、工場、蒸気船数隻、砲台などが破壊される。

8月18日(新暦の9月30日) 公武合体派の会津藩と薩摩藩が、朝廷における尊攘派を一掃。七公卿と長州藩を京都より放逐。

8月18日政変: 京都守護職の会津藩が1500名、薩摩藩は150名。他に淀藩、徳島藩、岡山藩などが参加。

10.03 久光と大久保、1万5千の兵とともに上洛。慶喜・春嶽・容堂・伊達宗城ら公武合体派の諸侯が次々に入洛。

1864年(文久4年2月-元治元年3月)

1.13 国事に係る朝議機関として参預会議が成立。久光・慶永・豊信・松平容保・一橋慶喜・伊達宗城による合議制をとる。

2.15 参預会議、横浜鎖港をめぐり対立。幕閣の立場に立つ慶喜は参預会議を解体に追い込む。久光の「雄藩連合」構想は事実上の終焉を迎える。

3月 久光の許を得て政界に復帰した西郷、京都の薩摩屋敷を委ねられる。西郷は会津との関係を絶ち独自の情報収集に努める。

6月 池田屋事件が発生。長州藩はこれをきっかけに京都に出兵。

7月 蛤御門の変。会津藩との衝突で約3万戸が焼失。

7月 幕府は機に応じ長州藩主の召喚、長州藩追討の方向を打ち出す。徳川慶喜、松平容保の罷免や参勤交代の復活も提起したことから反発を呼ぶ。

7月 薩摩の大久保、御所を守るために長州藩と対決するが、長州征討に関しては中立を守るとの立場を明らかにする。

1865年(元治2年-慶応元年)

2月 大久保、京都に入り、幕府の暴走阻止の工作に乗り出す。

この年大久保は京都と薩摩のあいだを3往復している。①1月25日~、②5月21日~、③8月25日~ そのほとんどが第二次長州征伐阻止のために注がれている。

3月2日 朝廷、長州藩主親子・三条実美の江戸召喚を拒否、参勤交代の復活に反対する「御沙汰書」を発する。原案は大久保が作成したものと言われる。

3月29日 第二次征長論が幕府と朝廷のあいだで進む。幕府は長州再征のための将軍再上洛を布告、全国諸藩に従うよう命じる。

閏5月 大阪城に入った家茂、諸藩に長州征伐への参加を促す。殆どの諸藩は財政難や厭戦気分に陥っており、再征伐に消極的だった。

6月 大久保、朝廷と諸藩に対し西郷とともに長州征伐反対と諸侯会議での解決を主張。各方面に説得活動を展開。

9.21 一橋慶喜の圧力のもと、長州征伐の勅許がくだされる。

9.21 大久保は朝廷に対し、「至当の筋を得、天下万民ごもっとも」の義を求める。「非義の勅命は勅命に非ず」と訴える。

10.3 慶喜、諸藩の反対を押し切り、通商条約への勅許を獲得。薩摩は諸藩の連携だけでは幕府の暴走を抑えられないと見て、長州との連携に乗り出す。

この頃、農民一揆が最大の高揚を示す。




赤旗に「共産党の躍進をどう見るか」という記事がいろいろあって、その中のひとつがこれである。

米スタンフォード大学ショレンスタイン・アジア太平洋研究センター副所長

という肩書のダニエル・スナイダーという人だ。

この人はクリスチャン・サイエンス・モニター紙の東京特派員の経験がある知日派だそうだ。

この人の評価は非常に骨太で、政治の底流までふくめ、しっかりとトレンドを見ている。

彼の発言は5つの柱からなっている。

1.日本国民が右傾化していないことの表現

安倍首相の言動に見られるように、日本国民は「劇的に右傾化」していると見られている。

しかし共産党の躍進と、次世代の党(極右)の壊滅を合わせてみると、そうではないことが明確だ。

反対派を脅し、沈黙させる雰囲気の中での躍進の意義は大きい。

2.日本国民は「断固反対」路線を受け入れた

共産党はすべての争点において与党の自民党に強く反対した。にもかかわらず、だからこそ、自民党への抗議を表そうとした多くの人が共産党に投票した。

したがって共産党の躍進は、数字以上の意味を持つ。

3.野党の弱さの反映

有権者は3年間続いた民主党政権にいまも否定的印象を持ち続けている。

そのために自民党以外の選択肢が失われている。戦後最低の投票率は有権者の思いを表している。

有権者は安定志向で自民党に入れるか、自民党への抗議として共産党などに投じるか、棄権するかのいずれかの選択しかない。

4.独自の争点の押し出し

共産党はアベノミクスだけでなく、平和と民主主義の課題を押し出した。他の野党はこれらの争点の打ち出しを回避した。

そしてそれが多くの有権者にとって重要と考えられていることが確認された。

5.共産党が民主党やその他の野党を左に動かす可能性

私は共産党が将来、与党連合の一員としての役割を担う可能性を否定しません。


ということで、スナイダーさんは政治路線に焦点を合わせて分析している。

これは選挙分析の王道だろう。しかし日本ではほとんどおこなわれていない議論だ。

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