鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

2014年08月

リンク切れの修復がなかなか進まない。

何故かと言うと、記事そのものの修復が必要になって来たからだ。とくに震災直後の記事は、今読み返してみると非常に説明不足で、まったくのメモも多い。

小見出しを付けて、注釈も入れてやり始めると、最初に書いた時よりも時間を食う。

なかには「こんな記事もあったのか」と感心するものもある。

その一つが、

災害対応の5本柱
発言の中で印象的だったのは石巻の避難所本部長(共産党市議)の発言。
「最低限必要なのは水・食料・生活用品・医療・介護の五つであり、平常時に準備が必要だ。とくに介護の緊急体制が大事と実感する」
これは今後各地で教訓化し、実行に移さなければならないだろう。

と書いてある。

このなかで他の4つはそれなりに整備されているが、一番遅れているのが「介護の緊急体制」だろう。


緊急時には在宅介護は無力化する。収容が唯一の手段となる。各種の介護施設、とくに田舎の介護施設の緊急収容枠拡大の能力を拡大しなくてはならない。昔は何かといえば学校だったが、今や地域に子供はなく、学校もなくなった。

「むかし学校 いま施設」だ。

もうひとつ、老健施設で働いてみて一番痛切に感じるのは、介護=保清ということだ。これにはそれなりの資源もいるが、一番必要なのはプロとして保清にあたるという意識だ。

プロ意識を持つケアワーカーをどう組織できるかが、介護の体制づくりのポイントである。経験者の組織化と、定期的なスキルアップが必要だ。

介護の有資格者が山ほど必要だ

より長期的には、介護職が誇りを持って仕事できるような待遇を保障すべきであろう。


「我れ思う、故に我れあり」という言葉がある。
思考は人間の至高の機能と思われている。
それでは思考の座はどこにあるのか。
それは言語や記号の機能と不可欠だから言語中枢や書字・計算中枢の近傍ではないだろうか、
とだれでも思うだろう。
たとえばブローカ中枢がやられて思いを言葉にして表出できなくなる場合がある。
運動性失語だ。
しかし運動性失語の患者さんはたくさんいるが、実際には思いはしっかり残っているし、別な表出形態があればそれなりに表出可能である。
ウェルニッケ中枢だとどうなるか。実はこれはよくわからない。コンタクトできないからだ。エントランスがブロックされているだけなのか、Exit もブロックされているのかの判別は難しい。
聾唖の方は、多くは聴力障害者だ。しかし聴力障害が後天性のものなら発声はできる。ベートーベンが耳が聞こえなくなってからも名曲を作り続けたのと同じだ。
言語というのはシンボル操作だ。記号化・シンボル化という過程なくしてはできない。それはなんとか中枢というより過去の民族の遺産だ。それを学習により身につけハード化する。いわばOSだ。多分それは一定の空間を持つ網目として形成されているのだろう。
書字というのはシンボルとしてのしゃべり言語をさらに記号に置き換え、視覚化する作業だ。口を使って表出する思いを、手を使って目に見えるものにするということになる。口と耳の作業が手と目の作業に置換されなければならない。
おそらく二つの異なる認識・作業系をインテグレートしていく中枢が頭頂葉にあるのだろう。だからそれは感覚・運動野に接してあるのだと考えられる。
だとすれば頭頂葉の感覚野の後方にあると推定される書字・計算中枢は、認識の結合と統合を主として司ることにあり、運動野の前方(前頭葉)にはこれと対応した統合運動野があるのかもしれない。そういう症例がないかどうか探してみる手はありそうだ。

頭頂葉症候群の症例報告があったので紹介しておく。

慈泉会相澤病院総合リハビリテーションセンターの発表した「頭頂葉皮質下出血による認知機能障害」患者の社会復帰の試みのケースレポートである。

nouct

白いところが出血巣。まさにゲルストマン野そのものである。

神経生理学的特性

・計算時の困難

桁の繰り上げ・繰り下げができない。このため、二桁以上の計算が困難である。

・時間把握の困難

時計を見て時刻を読むことができない。

また作業において時間配分の理解ができない。

・言語課題での、とりわけ順序に関する困難50音の順番を想起できない。このため辞書が使用できない。

・文章題の読解力の低下

とりわけ文章の並び替え課題の困難

・断片的な口頭表出

話に筋道がなくなる。

漢字が書けない。

とくに漢字の構成(偏と旁とか、冠のことか)の課題における困難

など、総じて言えば、順番や配置・相互関係の理解の低下が顕著に見られた。

後期の症状

これらの症状は日を追うごとに改善し、配置転換の上で職場に復帰した。

職場では、比較的単純な作業にもかかわらず、以下の問題点が見られた。


主たる作業である「関連記事のスクラップ作業」にも時間を要する,

縮小・拡大のサイズ変更など、コピー機の複雑な使用方法で混乱,

郵送作業において金額計算の誤りや記入誤り,

作業の手順が異なると混乱を生じる


論文では心的イメージの想起障害というもう一つの障害が挙げられていたが、論文を見る限り実証されているとは言いがたい。

感想としては、失認が時間認識との関係で出現しているところに、この疾患の特徴があるということである。引っ詰めて言えば「時空間」の認識障害だ。

これは記銘力の障害とはちょっと異なるようだ。海馬を通して行う記銘ではなく、おそらく認識装置に内蔵された“メモリー”の不具合のように思われる。

機能のゲルストマン症候群の話は、途中から何やらわからぬ次第になっている。人の悪口言い始めたら、もうヤバイ。

要するに、頭頂葉に障害が発生するとどのような症状が出るのかということで、それは負の形で頭頂葉の機能を示していることになる。

ただしその分野にフィードされた神経線維の損傷(離断症候群)も同じ症状を呈する。また脳の高次機能は、連合機能であり、他の失調とカブるところがあるため、過大評価にならないよう評価しなければならない。

「失書・失算」症候群はおそらく頭頂葉障害の中核をなす概念だろうと思うが、「失書・失算」そのものは、他の疾患の部分症状として出てくる可能性もある。

と、ここまででトメておくべきだったのだ。

昨日は「失書・失算」症候群がどういう機序で起きるのかを推察してみたが、その前に頭頂葉の働きについて現在の研究水準をレビューしなければならない。

…などと偉そうに言うが、結局ネットの文章を読むだけの話だ。


頭頂葉の働きは階層性があって、元々は体の感覚を認識したり,いろいろな複雑な動作を司る。この辺りは小脳と似たところがある。

さらに頭頂連合野といわれ計算など高次の脳機能も司っている、というのが大脳生理学的理解。

なぜそうなったのかという発生学的理解はとりあえずおいておく。

次に、欠損ないし障害症状。ここでは失書・失算は除外し、失認に焦点を合わせる。「失認」と書いたが、正確には失認・失行である。

1.空間失認: 左側半分に見えているものを無視するという症状です。見えていないわけではありません。

2.身体失行: 自分の体の半分を無視する結果、たとえば衣服を着ることがうまくできなくなります。

3.構成失行: 立体的な図柄を描いたり,積み木がつめないなど、空間の構成ができなくなる。1.2.が優位脳側の障害で起きるのに対し、これは逆側の障害によるとされる。

5.観念失行: 料理や工作など、複雑な一連の動作ができない。時間軸の概念が失われるということでしょうか。

これを解剖学的に局在しようとすると、ほとんど言葉のジャングルの世界に入りそうなので、ここはスルーしてホムンクルスだけ触れておく。

homunclus

この内、感覚野が頭頂葉の主要な働きとされてきた。その後ろには視覚空間関係を生み出す分野があり、体性感覚と統合される。

ゲルストマンは、そのあたりに計算,書字,左右見当識,手指の認識を司る分野があると主張し、ゲルストマン野と名づけているのだ。これはうかつには首肯できない。


ということで、失書・失算がなぜ頭頂葉の損傷で起きるかの説明は、とりあえずは不可能。

ゲルストマン症候群

ゲルストマン症候群という脳神経障害がある。オーストリア出身のアメリカの神経学者ヨーゼフ・ゲルストマン(Gerstmann)が提唱したものである。

優位側の頭頂葉の角回および縁上回という部分の病変と関係しているとされる。ここは側頭葉境界に近く、同時に後頭葉との移行部でもある。

ゲルストマン症候群は次の4つの主な症候で定義される。

   1. 失書 : 文字が書けず、錯書もみられる。写字は比較的良好である。しかし、自分の名前や住所など自ら考えて書字することに困難を示す。重症例では字を書くことも書き取りもできない。

   2. 失算 : 暗算も筆算もできない。演算自体ができないという障害のほかに、数字が読めない、書けないという障害も出現する。

   3. 手指失認 : 指の操作に困難を示す。手指とその名称が結びつかない。

   4. 左右失認 : 自己及び他人の身体の左右の区別ができない。右手で左耳を指すというような左右の理解ができなくなる。

脳内の場所柄、失語症と併存する確率が高いといわれる。

提唱者であるゲルストマンは4点セットではじめて疾患エンタイティーを持つと強調しているようだが、失書・失算と失認は明らかにレベルが違う。

失書・失算は高次脳障害の中核概念に属する。一方、「失認」はより低位の、もしくはより広範な障害の表現である。臨床的にも4点を満たさない不全型が多く存在しているという。

ゲルストマンが重視しているのは失認の方だが、私としては「失書・失算」のほうが気になる。この不全型ゲルストマンと括られている「失書・失算」症候群を一つのエンタイティーとして抜き出す必要があるのではないだろうか。

失語症と「失書・失算」症候群の比較

面白いのは高次脳機能のうち言語に係る機能とは、「近いが違う」機能だということだ。ここで言う言語機能とは聞き取りしゃべる機能である。それがブローカ失語であり、ウェルニッケ失語だ。

言語にはもうひとつの形態がある。読み、書く機能である。これは側頭葉ではなく頭頂葉に属する機能の可能性がある。ゲルストマン徴候の意味するものは、実は、読む機能と書く機能はどうも別物のようだということである。

つまり、失書・失算にも書く機能だけが脱落するブローカ型と、読む機能もやられるウェルニッケ型があるかもしれないということだ。ただシンプルな言語機能に比べてより高次の機能であるがゆえに、クリアカットには違いが浮かび上がってこないかもしれない。

失書・失算の患者には書字は苦手だが、キーボード入力なら造作なくやってしまう人がいる。失書にもレベルがあるのかもしれない。

「失書・失算」症候群は知識人固有の疾患

率直に言えば、文章も書けず、計算も出来ないような人には無縁の病気である。さらに率直に言えば、芸術系の文化人なら「失書・失算」でもけっこうやっていけるかもしれない。

「失書・失算」というのは、突き詰めると情報のデジタル化・デジタル情報の処理・デジタル情報のアナログ化の能力の障害である。

文科系で言うなら、概念形成・概念操作による演繹・論理展開の過程である。一言で言えば科学的過程である。

したがって「失書・失算」はなんら基礎疾患がなくても、どんな人にも出現しうる疾患である。あえて言えば創作的疾患である可能性が否定出来ない。

科学と空想の境界にあるこのような状態は、相当広範に世の中に存在する。その原因は脳血管障害ではない。圧倒的に多いのは廃用症候群、つまり“ぐうたら”のためではないだろうか。

とはいえ、「失書・失算」を中心症状とする高次機能障害の一群は明らかに存在する。それは「喪失症候群」である。それは高次の連合機能であるがゆえに代替可能であり、維持回復は訓練しだいともいえよう。

小児の「失書・失算」症候群

小児でもこの症候群の報告があるという。発達性ゲルストマン症候群と呼ばれる。ウィキペディアではこう書かれている。

書字やつづりがうまくいかない、四則演算ができないという症状を示す。左右の違いがわからなかったり、個々の指を識別できなかったりというゲルストマン徴候が明らかにわかる例もある。

以前にも書いたが、小児科の医者の書いた文章は、相当バイアスがかかっていると見たほうが良い。大学時代に言っていたが、精神科の医者は半分精神科、小児科の医者は半分小児科だ。とかく教祖になりたがる。
主治医を作るのなら循環器(ただしカテ屋は別)か、呼吸器か、代謝内分泌の内科にかかるのが一番良いと思う。




最近の特徴的な動きは、赤嶺議員のインタビューによると、
1.26日付琉球新報の世論調査で新基地建設中止をもとめる声がこれまでの7割台から80%を突破したということ。独裁国の大統領選挙ではあるまいし、政治的イシューでこんな数字が出てくるのが仰天だ。しかも中央政府のやろうとする方向と逆の選択だ。
2.23日にキャンプ・シュワブゲートに3600人が集まったこと。
「一度は辺野古へ行こう」、「みんなで行こう、辺野古へ」が県民の合言葉になっているそうだ。例えは悪いがお祭り状態だ。

これについては赤嶺議員の語るエピドードが面白い。
…貸切バスに乗りきれなかった人は、満員の路線バスの席を譲り合いながら片道3時間かけてきた。
…タクシーを乗り合わせてきた人には、運転手が「私も参加したいから」と言って半額に負けてくれた。
…那覇市栄町商店街の肉屋や居酒屋、その利用者など家族連れをふくむ60人がバスで乗り込んだ。乗りきれずに断った人も数十人いた。呼びかけ人の石川医師は、「関心が高いし、一回辺野古を見てみたいという人が多い」という。
…宜野座村松田区からは、子ども会をふくむ70人が区のバスで参加した。区長は「くぐるみで反対する」と語っている。
現地発行の“No Base”には、
…島ぐるみ会議がバスを仕立てたら2台で足りず急遽3台に。それでも乗れない人がいた。先頭には元自民党県連顧問の仲里さん。

昨晩は辺野古の現地レポートをいやというほど見せられた。「森の映画」社がろくに編集もせずに、ドンドコ作った映画を4,5本続けざまに見せられると、年寄りには相当応える。
とにかく体当たり撮影だから、目の前に警察官や機動隊、海保の隊員がいて、にらんだり、ニヤ笑いしたり、聞こえぬふりしたりしながら体を押し付けてくる。その背後に目付きの悪い指揮官がいて、ケータイで対応を問い合わせている。
こちらも状況を見てピケラインを敷いたり、引っ込んだりしながら、シュプレヒコールというか怒号を繰り返す。
納得させられたのは一つ、日本は辺野古を回転軸にして転回しているのだということ。辺野古からの視点で見ると見えてくることがたくさんあるということだ.

休みなしに第二部。こんどは「沖縄で散った北海道の若者たち」と「沖縄戦の少女たち」というインタビュー記録だ。
私はひめゆり部隊の映画とか、米軍の撮影した記録でしか沖縄戦を知らなかったから、10万人の死者の実相を掴んでいたとはいえない。そのことを痛感した。

沖縄県平和祈念資料館

Q2 沖縄戦による死亡者数は?
A2 200,656人〔沖縄県援護課発表 1976年(昭和51)年3月〕
   日本 188,136人(沖縄県出身者122,228人(一般人94,000人、軍人・軍属28,228人)

             (他都道府県出身兵 65,908人)
   米 12,520人


とくに一般人9万4千人の死に様については、もっと情報を収集すべきだと思う。
原爆の被害についてはずいぶん学習してきたが、それはある意味でいきなりの死であった。終わりとしての死でもあったが、始まりとしての死でもあった。
沖縄の死は、筆舌に尽くしがたい恐怖と、苦しみと、悲しみとの末にやってきた死であった。それは広島で一瞬にして殺したのと同じ数の人間を2ヶ月でなぶり殺しにしていった死であった。

お問い合せは「森の映画」社へ
http://america-banzai.blogspot.jp/



いまや海外進出が当たり前となった日本企業だが、通信関連はダメなようだ。

NTTドコモがインド進出を断念し、推定1300億円の損失を計上することになった。一番の打撃はインド政府の政策変更。2012年に時の政府が122件の周波数免許を取り消したことから、経営困難をきたした。

10年前にはアメリカ、ヨーロッパへの進出が失敗し1兆円規模の損失を計上している。

docomo

通信は安全保障と密接に関わっており、各国政府の意向に左右される。インドでも「政府の壁」に阻まれたのは想像に難くない。

米国制覇を狙うソフトバンクは、米携帯3位のスプリントを買収し、同4位のTモバイルとの統合を目指しているが、米司法省幹部が現行4社体制の変更に否定的な見方を示すなど、早くも「壁」に直面しているようだ。

(以上、日経新聞からの転載)

25日の赤旗第3面で1ページを使った原発関連のインタビューが組まれている。

題名は「原発の経済性を問う」で、話者は立命館教授で環境経済学の大島堅一さんという人。岩波新書から「原発のコスト」という本を出しているので、そのダイジェストといったところ。

記事は率直に言えば肩に力が入りすぎていて、ゴタゴタとして読みにくい。さらに質問と回答がすれ違っているところが多く、結構イラつく。

質問を無視して回答の中から要点を拾っていくことにする。

1.損害賠償責任はどうなったか

賠償と除染費用など事故対策費は国の責任となった。大島さんの計算では、総額は11兆円と推定される。これにより東電の破産はなくなった。

それ以外の費用は電気料金への転嫁を認められた。一番大きいのは原発の維持費で、年間1兆円以上になるが、これが電気料金に上乗せされている。

2.東電のモラルハザード

政府は「原子力損害賠償支援機構」を設立した。政府が「機構」に国債を交付し、「機構」がそれを現金化し東電に交付して、東電はそれを賠償に当てている。

政府は他にも金融機関の東電貸し付けに保証を与えている。これにより金融機関の連帯責任は回避されている。

この辺りは、当初から「破綻処理」論として明らかにされている。当ブログでも何回かにわたり触れてきた。

ということで、最後の再生エネルギー問題での見解が目新しいところ。

…制度運用の失敗やほころびがある。太陽光に偏っている。しかし大枠では成功に向かっている。

…ドイツ問題(原発廃止したドイツが電気料金高騰を来している)には直接答えず、「悩みのレベルが違う」ということで済ましている。


私としては

1.当面は原油とリンクさせないLNGの独自供給ルートの確保。

2.長期的には、電気という形にこだわらずに、総合的エネルギー問題として方向を出す。

3.再生可能エネルギー問題は、本質的には環境問題の中に位置づけるべき課題。

4.自然エネルギーや地産地消は、本質的には地域開発の問題として位置づける。

5.水素ネットワークや蓄電システムは、本質的には次世代技術構築の課題として位置づける。

ということで、少し問題を整理すべきだと思う。

もちろん、大前提となるのは地球の有限性であり、原子力発電システムの廃棄であるが…

スマホの何がいいんだ?

私のケータイはいわゆるガラケイで、ただの電話だ。しかし写真は撮れる(とっても見たことはない、見方がよくわからない、しかしいつかは見られるだろうと思って撮っている)。ネットにもつながる。電話帳の登録もできる。マナーモードもできる。立派なものだ。

メールも出来る。ただし不要メールの撃退法がわからないから、クズの山になっている。ときどき「メール送ったのにどうして見ないのか」と怒られる。これならない方がマシだ。

というわけで、どこがガラパゴスだ。

3年前までは二つに折れない、文字盤むき出しで、ポケットのなかで誤作動して、いつも話し中だったんだぞ。使うときはアンテナを伸ばしたんだぞ。バッテリーは使わなくても3日で上がってしまうんだぞ。こういうのをガラパゴスと言うんだ。

それでは、従来型ケータイをガラパゴスと豪語するほどの新機能がスマホにはあるのだろうか。

ウィキペディアで拾ってみる

パーソナルコンピュータ的な利用

インターネットへの接続と閲覧
メールの送受信

PDFやWord・Excelファイルなどの閲覧

メモ・文章の作成

第三者が開発したソフトウェアの追加

個人情報管理機能

スケジュール管理

住所録

マルチメディアプレーヤー

MP3などの音楽ファイルの再生(Bluetooth搭載なら無線音楽プレーヤ)

自動車運転中のハンズフリー通話

静止画、動画の閲覧

サウンドレコーダー

カメラ

デジタルカメラ ムービーカメラ

ゲーム

その他のユーティリティ

電子辞書

電子書籍

電卓

時計(目覚まし時計)

位置情報サービス(GPS)

車やバイクに固定したり持ち歩いたりして、実際カーナビゲーションアプリも配信されている

Wi-Fi


テザリング


と並べてみると、そのほとんどはさほど目新しい物ではない。グリコのおまけだ。オールインワンにする必要があるかとも思わせる。とくにオーディオ系は、私なら音質を考えて別系統にする。

ケータイGPSは必要な人には絶対のアイテムだろうが、それならタブレットがほしいだろう。

そうすると、私が一番難渋する「アプリの追加搭載」機能なるものがスマホの独壇場になるのであろう。

その代表がLINEということだろうか。

若いころ電卓が大流行した。カシオとシャープが先を争って新製品を開発した。みんな4,5台は持っていたものだった。しかし使うのは加減乗除くらいだった。

ザウルスが出た時はさすがに飛びついた。プログラムが作れるのだ。これに標準偏差の式を入れて完成した時はしばらく達成感に浸ったものだ。

これに数値を入れて、「御破算では?」とボタンを押すとn、平均値、標準偏差、t値が出てくるのだ。(相関係数は挫折した)

学会シーズンになると、みんな私のところにザウルスを借りに来たものだ。

少しLINEについて聞きかじったので、昼飯のとき食堂で看護婦さんに「あなたはスマートフォン?」と聞いてみた。

「いいえ、タブレットしかありません」との答えにたじろいだ。

タブレットといえばセールスの人がプレゼンに使うやつでしょう? キーボードのないラップトップ・パソコンじゃないの?

そこで、ネットで調べたら、「知ってますか?タブレットとスマホの違い」というページを見付けた。

タブレットとスマホが当たり前の存在になってくると「いまさら聞けない」こともあるはずです。傍目に見ると大きさ くらいしか違いの無いタブレットとスマホは「どこか違うのか?」

いまのタブレットは、誤解を承知で言えば、画面が大きく通話ができないスマホです。

そうでしょう。だからスマホとタブレットを同じ選択範囲に置く発想が理解できないんです。

ところがタブレットの小さいものはファブレットと呼ばれてスマホにかなり近いのだそうだ。製品名は「SONY Xperia Z Ultra」で画面は6.44インチ、なんとか片手で持てる大きさだ。通話もできるから、感覚から言うと大型スマホに近いのかもしれない。

しかしどう考えても、スマホより安いとか古いとかいうシロモノではない。きっと看護婦さん、なにか誤解していたのではないかと思う。

どうも報道を見てもはっきりしない。そもそもLINEなどというものと無縁の人だから、まず事件そのものが飲み込めない。
1.事件の主人公は山本景という大阪府議会議員で、「大阪維新の会」に所属する34歳の若者。
2.LINEというのは…

と書いたが、なんとも説明のしようがない。

とりあえずウィキペディアへ。

LINE(ライン)とは、韓国のIT企業ネイバーの日本法人、「LINE株式会社」が提供するインスタントメッセンジャーである。スマートフォンやフィーチャーフォンなど携帯電話やパソコンに対応したインターネット電話やテキストチャットなどの機能を有する。

さあ分からない。

スマートフォンだけは知っている。なにか人差し指をシャッシャとやっているやつだ。

もう少し読み進める。

LINEはスマートフォン、フィーチャーフォン、タブレット、パソコンで利用できるアプリケーションである。

…利用者が相互に本アプリケーションをインストールしておけば、通信キャリアや端末を問わずに複数人のグループ通話を含む音声通話やチャットが可能である。

要するにメールソフトみたいな通信用のアプリケーション・ソフトのことか?

…通話サービスは通常の音声電話と異なりパケット通信を利用するインターネット電話で、…本アプリケーションは無料提供されており「無料通話」などと宣伝されている。

そういえば、「インターネットを使うとただで電話がかけられる」などという話をいつか聞いたことがあるが、そういう機能のことか。

利用開始に当たり必要な登録内容は電話番号だけ、1対1の閉鎖空間でのコミュニケーションとなることが受けて、登録者は3億人を突破したそうだ。

…利用開始登録時には電話認証で電話番号が確認される。本アプリケーションは利用開始時に端末電話帳を読み込み、電話帳登録済みの人々と意思疎通する。

というあたりが怖いところ。

「元々電話帳に登録していた人なら、友だちになってもいいと思うんです」と、NHN Japan社長森川亮は語っている…そうだが。

つぎにLINE犯罪の紹介がある。

1.出会いや援助交際など性犯罪

少女の性被害は9割スマホ経由であり大半が「LINE」を使っている。

「出会い系」に類じた機能は有していないが、LINEサービス外の掲示板、サイト、アプリを通じてIDを交換すれば、相互に連絡先を知ることができる。たてまえとしては別なので、出会い系サイト規制法による規制や有害サイト規制法によるフィルタリングの対象外となっている。

2.恐喝やいじめ

生徒らがLINEで暴言を吐いたり、仲間外れしたりする。いじめ動画や写真を拡散するなど新たないじめも発生している。

3.情報の漏洩や不正アクセス

クレディセゾン「永久不滅プラス」のツールバーをインストールすると、事前のユーザ承諾無しでユーザインターネット行動履歴情報がNHNコーポレーションへ提供される。

LINEアカウントを何者かに乗っ取られる事件が続出。どこからか流出したパスワードで不正にログインしアカウントの友人が電子マネーを騙し取られたりしている。

と、聞いただけでも恐ろしい事案が並べられている。


なんとなく感じが分かってきたが、要するにネットを利用した無料電話や無料メールへの入り口となっているサイトのようだ。

そこで電話番号を登録すると電話がかけ放題となる。ただし、その時にスマートフォンに登録された電話帳は抜き取られてしまう。この情報が会社側には最大のメリットとなることになる。しかし考えて見れば、それは犯罪に類した行為ではないだろうか。

たとえば私の電話番号が契約者たる“彼女”の電話帳に登録されていれば、私の電話番号は教えたわけでもなく彼らの知るところとなる。ひょっとすると通話日時・回数まで知られることになる。

3億台が契約しているのなら、クラウド・データで、私の電話に関する日々の行動はすべて筒抜けだ。まぁ電話嫌いメール嫌いの私にはあまり実害はないだろうが…





消された画像の復旧は絶望的に困難だ。
すでに2週間になろうとしているが、ライブドアからはなんの連絡もない。
みずから修復を試みているが、状況はきわめて芳しくない。
1.FTPで画像をアップロードする
まずはFTPを使って、こちらの保存画像を一括アップロードした。しかしここにはリンクされない。FTPではルートのディレクトリーにしかアップロード出来ない。画像を格納するフォルダがどこかにあるのだろうが、それは分からない。編集画面で画像一覧を見てみると、まったくアップロードは反映されていないので、ルートに入れる方法はダメだということがわかった。
2.編集画面の画像一覧からアップロードする。
ついで、編集画面で、消えた画像のうち当方に保管してあったものをすべてアップロードした。サーバーの都合なのだろうか、一度にアップロードできる画像は40枚位、それ以上はどうやっても受け付けない。ところが翌日になるとまた受け入れ可能になる。
銀行のキャッシュカードと同じで、1日100万円までと限度が決まっているらしい。
そうやって3,4日がかりで画像をすべてアップロードすることに成功した。
しかし、画像が嵌めこんであった該当ページはそれを読み込まない。
つまり単純なリンク切れではなく、リンクが無効化されているのだ。
3.個別にリンク切れを探して、再アップロードする
こうして、残された手段は個別にリンク切れを探して、再アップロードするという絶望的な手作業によるしかなくなった。
まずは、リンク切れした記事を探しだして、その画面のところに、該当する保存画像を再アップロードして、再リンクさせなければならない。
これが二重三重に困難になっている。
ひとつは編集画面で画像を貼り付けるのは外部からのアップロードに限られているからだ。したがって予めアップロードさせた画像は利用できない。
何日がかりかでアップロードした画像は、記事のリンク先と一致しているにもかかわらずリンクされない。無駄にスペースをとっているだけで、何の役にも立たないことがわかった。
もう一つは、リンク切れの画像を載せた記事の検索が不可能になっていることだ。「記事一覧」というページがあって、画像を載せた記事が分かるようになっている。しかしこの一覧では、リンク切れした記事は「リンク画像ゼロ」としか記載されない。
4.3千の記事と数百の画像を一つ一つ照合する
こうして、3年数ヶ月をかけて書き溜めた3千の記事と、数百の画像を一つ一つ照合する作業が提起された。ぼちぼちやっていくにしても、数ヶ月は覚悟しなければならないだろう。
読者の方でリンク切れがあったら、是非コメントを頂きたい。気がついたものから直すということしかないだろうと思っている。

何よりも心配なのは、そうやって直したとしても、いつまた壊されるかわからないということである。一つのサイトを立ち上げて、多くのアクセスを頂いて多少とも自慢できるになるまでには、それ相当の時間もかかるし、なるべくなら続けたいと思うのだが、ブローチは勝手に閉鎖するし、ライブドアに移ったらこういう有り様だ。
どこか終の棲家に出来るようなブログはないものだろうか。

フランクの交響変奏曲なんてつまらない曲だ、と思っていた。

ところが何気なくアリシア・デ・ラローチャの演奏を聞いて、俄然感想が変わった。

強情に最後まで遅めのテンポと弱音で通す。そして一つひとつの音にゆたかなニュアンスと陰影を施す。「なんじゃぁ?」と一瞬のけぞる感じだ。

もともとピアノ独奏と伴奏がまるで合わない音楽だが、この演奏ではそれがさらに際立つ。ほとんど管弦楽はいらない感じだ。

だいたいが変なCDで、ラフマニノフの3番の埋め合わせに使われている。ラフマニノフがプレヴィン指揮LSOなのに、こちらはフリューベク・デ・ブルゴス指揮ロンドンフィルで一段格下だ。とくにこの時期のロンドン・フィルならやる気ないし…


調べたら、この演奏は元々1972年の録音で、ハチャトリアンのピアノ協奏曲とセットになっている。

たしかにこの組み合わせでレコードを買おうという人はそういないだろう。渋いといえば渋いのだろうが、売れ線ではない。「誰の趣味でこういうレコードが出来たのだろう?」と思う。しかし、このハチャトリアンも存外良いのである。

私の読みとしては、アリシアのプッシュでレコード化されたのではないか。


「今井家の10年」を考える

AALAの例会で「ファルージャ」という映画の上映会を行った。映画の題名はそれ自体がメタファーだ。

つまりイラクのファルージャを描いた映画ではなく、2004年4月にファルージャで人質となった若者の、その後の10年を描いたものだ。

例会には今井くんのお母さんが来てくれて、今井家の家族の歩みを物語ってくれた。それは圧巻だった。誰かが録音したようなので、いずれ起こせたらと思っている。

事柄の性格上、あまり細部にわたって語ることは出来ないが、私の着目したのは家族の一人ひとりの立ち直りの心的経過だった。

今井くん本人の自立への経過は、映画を見ればわかるので省略する。ただお母さんの話では、在日コリアンの青年との交流がとても大きな影響を与えたそうだ。なんとなく分かる気がする。

お母さんの場合は、NHKの番組作成にあたって、長時間・数次にわたるインタビューがあり、そこで徹底して過去を振り返ることで、気持ちが整理できてスッキリしたのだそうだ。

(こういうスタッフも居るのだから、簡単に「受信料拒否」などと言ってはいけないだろう)

他のご家族の話も伺い、それぞれの立ち直り方に非常に感銘をうけたのだが、今ここでは語れない。

結論として、今井家のすべてのメンバーは、それぞれのやり方で立ち直り、今井家は立派に一つの家族として弥栄である。


ここから先は私の感想だが、想像を絶するな災難が飛び込んできた時、それが邪悪な意思の塊としてぶつけられた時、人間はどう対応すべきものなのかということだ。

短期的には、気を失う、逆に無きもののように振る舞う、ウツになって閉じこもるなどの対応が考えられる。

しかし中長期には、それだけでは済まない。忘れること、状況からトンズラすること、慣れることの3つの選択肢しかない。みずからの存在を物理的に否定する選択はあってはならない。

忘れることはいかなる状況においても有効な心理的機転だ。しかしフラッシュバックという厄介な現象を伴う不完全な機転だ。しかも歪められた人間関係や信頼関係がそのまま固定されてしまう危険をはらむ。

状況を離脱するのは、それが可能であれば根治療法となる。しかし完全な形での離脱はほとんどの場合不可能だし、そこには異邦人として新たな葛藤が生まれる危険もある。また、歪められた人間関係や信頼関係は、そのままの形で凍りついてしまう。

したがって、対応の基本としては“慣れる”ことしかない。では、“慣れる”とはどういうことなのか。

1.状況を把握すること

2.状況に順応し行動と生活のスタイルを変えること

3.新しい生き方を確立すること

これに“正しく”という副詞をつけなくてはならない。そうしないと誤作動してしまう。1.の過程抜きでも2.は可能だが、それでは3.は達成できない。

1.の作業には、状況がどう変化したかということと、変化により生まれた新たな状況とはどういうものかの、二つの認識過程がふくまれる。それには、苦しいことだが「振り返り」の作業が不可欠である。

変化が不条理なものであればあるほど、気分に流されない把握が必要になる。多分それは“行きつ戻りつ”の過程になるのだろうが。

時間(忘却作用)の助けを借りながら、時によっては長短の小離脱をはさみながら、それを生活化することと、それをも織り込みながら新たな生活を作り上げていく…、これが慣れるということの一般的な意味である。


ただし、今回のような憎しみと、恨みの応酬という関係はこれだけでは収まらない。

私には、「人類愛の獲得」という過程が不可欠であるように思う。“人間への信頼感”と言っても良いのだが、もう少し強い感情だ。「人間ていいものだ、人生ってなかなかのものだ」という感慨である。

ききかじりで申し訳ないのだが、昔トマス・アキナスという神学者がこう言ったそうだ。

神の愛(アガペー)とは、「事物」に対する「存在」の無償の付与にある。愛のもとでは、存在すること自体が「善」であり、事物における「存在の欠如」は「無」である。最悪の悪は「無」である。

トマスが言う「存在」というのは意味、あるいは意義ということだろう。

トマスは善と邪悪なるものの対立という図式を退けている。

私が思うには、時間軸上のゼロ点を災難の発生時に持って来なさいということだろう。そこからの出発だ。そうすると災難は邪悪なものではなく、生活を構築していく上でじゃまになる事物にしかならない。

それらの事物には「意味」は無いのだから、避けて通るか、邪魔なところだけ取り除ければいいということになる。私たちの目標は私たちの生活に意味を持たせることであり、それは人々との間に見晴らしのいい、生き生きとした関係を結ぶことにあるのだから。

「言うはやすく、行うは難い」ことではあるが、そういう人との交わりをどう形成していくかが問われていくのであろう。

*映画鑑賞をご希望の方は北海道AALAへ(Tel 011 747 0977)


古田足日を脇においてこう言うのもなんだが…

小川未明の“暗さ”というのは、いわゆる「浪漫主義」に通底しているものではないのか。非合理を容認し、逆に美化さえしてしまう発想が、戦後第二世代として登場した古田には内心忸怩たるものがあったのではないか。

小川未明の児童文学における功績を否定したり、児童文学の枠から除外してみたり、というのではなく、それを事実として受け入れた上で、「内なる伝統」に潜む非合理主義を批判しているのではないだろうか。


実はこんなことを思ったのは、「十五夜お月さん」という童謡を聞いたからである。を書いた時、「花かげ」の隣に「十五夜お月さん」という曲があった。

こちらのほうが有名かもしれない。

歌詞を見ると、状況は芳しくない。それも崩壊的危機だ。

うp主のコメント: 母親は病死。父は倒産。そしてお手伝いの婆やはお暇をとりました。
妹は田舎にもらわれて行き、とうとう私は一人ぼっちになってしまいました。
十五夜お月さん!!!もう一度母さんに会いたいな・・・・もう一度母さんに会いたいな­・・・・
悲惨なこの姉妹の行く末を考えると可愛そうでなりません。

ということで、たんに悲しいのではなく、悲惨=悲しく、惨めなのだ。社会のルールからは合理的でも、当事者には非合理そのものだ。

それが非合理そのままに美化されていく。それも積極的にではなく、ただなんとなく受け止められ、砂糖をまぶされる。「母さん」を「あなた」に入れ替えれば、演歌そのままの世界だ。

これがまさに古田の言う「いびつな児童文学」であり、いびつな心を持った人の「児童心性」のなせる技だということだ。ということなのかな?


この曲は「金の船」という雑誌の創刊号に掲載された曲だそうだ。「金の星」ホームページにはこう書かれている。

大正8年11月に設立された、業界で最も長い歴史を持つ子どもの本の専門出版社です。
童謡童話雑誌『金の船』(のちに改題『金の星』)は創業と同時に刊行され、初代編集長の野口雨情をはじめ、島崎藤村・有島生馬・若山牧水・中山晋平・本居 長世・沖野岩三郎・岡本歸一・寺内萬治郎といった児童文化のそうそうたる先人達と共に、日本の近代的児童文化の成立をリードしました。

初代編集長の野口雨情がみずからものした曲だから、相当力が入っていると思う。

金の船表紙

ただ、この金の船、「赤い鳥」(北原白秋、山田耕筰、西条八十)の山の手風のメンバーに比べると、よりコマーシャルな感がある。「赤い鳥」の成功に刺激され、在来メジャー系が乗り出してきたという感じだ。

結局は両方とも軍国主義に収斂されてしまうのだから、その違いをとやかく言っても仕方ないのかもしれないのだが。


手塚英孝「小林多喜二 文学とその生涯」という本が出てきた。
本棚の一番上に平積みにしてあった。ホコリまみれでタバコのヤニで変色している。
これは伝記ではなく写真集だった。1977年の発行で定価3千円というからかなりのものだ。青木文庫の「全集」はどこに潜ったか、おそらく発掘不能だろう。
伊藤ふじ子の名は年譜に一度だけ登場する。
1932年4月中旬、伊藤ふじ子と結婚。
これだけだ。
最近明らかになった各種情報から見て、手塚はもっと多くを知っていた。本人や旦那とも接触があった可能性がある。
印象としては、かなりの確度で、手塚はふじ子とふじ子に関わる事実を隠そうとしていたと見て良いと思う。
1981年にふじ子は死んでいる。だからこの本が出たときふじ子は生きていた。だから江口の意見はもっともだと思う。
しかしふじ子が亡くなり旦那も亡くなって、不名誉な噂だけが残されるのはやはり困るのである。やはり、どこかもうう少し早い時点で積極的に事実を明らかにすべきではなかったか。
さらに言えば、事実を明らかにしなかった事実とその理由を述べるべきではなかったか、そういう思いはどうしても残ってしまうのである。

まだブログを始める前、私のホームページに「更新記録」というコーナーを設けて、そこで今のブログに相当する記事を書いていました。その頃に伊藤ふじ子のことを初めて本格的に知りました。

それより10年以上も前に小樽に住んでいて、多喜二の権威とも接する機会がありましたが、ついぞそのような話は聞いたことはありませんでした。もっぱらお母さんの話題とか三吾さんの話ばかりでした。タキさんが横浜からこっそりと現れたことがあって、墓参りやらにお付き合いしたなどという話も聞きました。

だから、ふじ子の存在がにわかにクローズアップされたのはこの数年のことと言えます。それまでは「隠されていた」と言っても間違いではないと思います。

今ではもう「更新記録」を訪れる人もいないと思いますので、ここに再掲しておきます。


2009.07.07

 テレビの話ばかりで、いかに怠惰な生活を送っているかということでしょうが、北海道放送の製作した「小林多喜二」という番組を見ました。
  10年ちょっと前に小樽で二年間暮らしました。そのときは周りに多喜二を知っている人もいましたし、お母さんや三吾さんのほうはみんな知っているという環境でした。タキさんが横浜から多喜二忌に来たという話も聞いています。「療養権の考察」のあとがきに「多喜二のイメージは私の中で不思議に伸び縮みする」 と書いたのはそういう事情があったからです。
 ただ東京で同棲したという女性については、「党生活者」に出てくるいわゆるハウスキーパーの関連が あって、あまり触れたくないエピソードとして見ていました。たしか平野謙はこのことを取り上げて多喜二を切り捨てていたと憶えています。その背景には党分 裂の時期に武闘派が多喜二を天まで持ち上げたことに対する「新日本文学」派の反発があったと思いますが、6全協から8大会を経ても、なんとなくよそよそし い雰囲気は残っていました。宮本百合子の立派な全集は出ても、多喜二は相変わらず青木文庫のみという感じです。
 番組は製作者の独特な思い入れが 強く、いささか胃もたれのする内容でしたが、「妻」の伊藤ふじ子が写真とともに紹介されたのは驚きました。なかなかの美人だったのにも驚きました。ふじ子 の書いた未完の覚え書きというのがあって、何でも都内での伝単貼り行動で知り合ったということで、そのあと多喜二が新宿角筈のすき焼き屋に連れて行って 「食べれ、食べれ」とせかしたそうです。字も書けないような女性ばかり見てきた多喜二にとって、さぞかし目のくらむ思いだったことでしょう。
 こ のふじ子の覚え書きの文章がとても知的で快活で魅力的なのに驚きました。情景の掬い方がとてもうまいのです。この2、3行だけで、多喜二がふじ子に一目ぼ れして、金もないのに気前良くおごった上に、方言丸出しで押しまくっていった情景が目に浮かびます。ふじ子が「あら、この人、気があるのかしら」と腹の中 でクスクス笑いしている思いも、そこはかとなく伝わってきます。美彌子から見た三四郎でしょうか。とにかくこちらのほうがよほど小説らしい。澤地久恵がこ の女性のことを詳しく書いているとのこと、読んでみたいものです。

ブログ画像が見えない件について
私のほうが悪いのかと思って、せっせと再登録していたが、ナンノコッチャない。ライブドアが悪かったようだ。全部画像を落としてしまったらしい。
まったく連絡なしで、サーバーをいじったらしいが、何の予告もなしにいきなり壊したようだ。しかも壊れたことの連絡もなしで、こちらで調べて初めて分かった。
いまでもライブドアブログのトップページにはただの一言も掲示されていない。

グーグルで「ライブドア ブログ 画像が消えた」で検索すると。

画像が閲覧できない不具合について - ライブドアブログ - Livedoor

というページが出てくる。これは
livedoor Blog 開発日誌 
http://blog.livedoor.jp/staff/archives/51038705.html
 

というページにつながっているが、トップページから行くのは不可能だ。

2008年08月14日付けの記事で、
昨日より、一部のブログで画像が閲覧できない不具合が発生しております。
これは、ブログの画像を別サーバーに移行しているときに発生する症状で、移行が完了すれば閲覧できるようになります。
対象のお客様には、大変ご心配をおかけし申し訳ありません。
移行が完了するまでに時間を要する場合があります。
2~3日経過しても画像が見れないままになっている場合は、大変お手数ですがお問い合わせ窓口までお問い合わせいただいますようお願い申し上げます。
本日は23日、すでに10日を経過している。閲覧不能どころか、4月にライブドアに移行してから8月13日までの画像が完全に失われた可能性がある。(4月以降のバックアップをしてなかった)
ちょっとこの対応は酷いですよね。ま、自分は無料ですからまだ我慢しますが、仮に有料の方にも同様な対応であったなら、それは企業として有りえないでしょう。
というコメントがあった。まったく同感。私は有料会員だから損害賠償を要求する権利がありそうだ。



メディカルウェアのサイトに「ZMapp」の項目がある。

ここがとりあえず日本語では一番詳しそうだ。

生産

1.マウスでの抗体作成

   マウスにエボラウイルスの抗原を注射して抗体を作り、脾臓から抗体の製造元であるB細胞を採取する。

2.マウスのB細胞の蛋白をヒトのタンパク質に置き換える

    マウス抗体をそのままヒトに使うとアレルギー反応が出る恐れがある。このため、ヒト抗体にする。

  これは採取したマウスのB細胞の大部分を、ヒトのタンパク質に置き換える(ヒト化)ことで可能となる。

ヒト化抗体: 抗原に結合する先端の部分だけマウスの抗体を残して、残りはヒトの抗体に変えた抗体。66%を人の抗体に置き換えたものを「キメラ抗体」、90%を人の抗体に置き換えたものを「ヒト化抗体」という。

3.ヒト化B細胞を骨髄腫(ミエローマ)細胞に融合させる

    B細胞は寿命が短く、数日で消費期限が切れる。このため、無限増殖する能力を持つ細胞と融合して長命化させる。

  これはB細胞と骨髄腫細胞(ミエローマ)を融合させたもの(ハイブリドーマ)を作ることで可能となる。

4.ハイブリドーマを煙草の葉を使って大量生産する

    一般的な遺伝子組み換えによるモノクローナル抗体作成と同じである。Zマップの場合は、煙草の葉が利用される(理由は不明)。

  ハイブリドーマをNicotiana benthamianaと呼ばれるタバコの一種に移植する。葉の細胞の遺伝子に組み込み、抗体のクローンを育成する。この手法はファーミング(農耕)と呼ばれる


たしかに難しそうだ。4段階のどれをとっても一筋縄ではいかないだろう。

それと患者数が少ないから、ビジネスとしては成り立ちにくい。

エボラ迎撃薬「ZMapp」

というページにはその辺りの背景が述べられている。

なぜ治療薬の開発が遅れたか。

エボラ出血熱の患者数は、マラリアやガンなどの患者数に比べればごく僅かであり、治療薬を売ろうとする製薬会社などない。

Mapp Biopharmaceutical社は従業員が10人にも満たない中小企業である。マ社での開発が進んだのは軍の援助があったからだ。

そこには国家安全保障上の理由がある。バイオテロリストがウィルスや細菌を利用して混乱を引き起こすことへの懸念である。

そこで、エボラ出血熱や天然痘などの治療薬を備蓄する必要性に迫られたからである。


slashdot より

ZMappは、現時点ではサル8匹を使った実験しか行われておらず、臨床試験はまだ行われていない。

実験では4匹のサルに感染から24時間後に実験薬を投与、ほかの4匹には感染から48時間後に投与したところ、8匹の生存率は100%だったとのこと。


Zマップの開発はなぜ遅れたか?

本日のニュースで

米製薬会社が開発中の未承認薬「Zマップ」の投与を受けたアフリカ人医師3人の容態が、著しい回復の兆候を見せている。

と報道された。

それより少し前、米国人二人に投与された経過も報道されている。

投与された2名のうち1人は感染から9日目に1本めの点滴を受けた。1時間後には呼吸が楽になり、発疹が消え始めた。

翌日には、一人でシャ ワーを浴びたり、歩き回れるほどに回復した。その日のうちに米ジョージア州アトランタに向けて飛行機で移送された。

もう1名は、1本目の点滴では回復が見られなかった。

しかし2本目の点滴で徐々に回復し始め、5日にアトランタのエモリー大学病院に搬送された。


どうもよく分からないが、エボラ出血熱は最近の病気ではない。数十年前から注目され、ダスティン・ホフマン主演の映画も作られてきた。

あまりにも対応が遅いのではないかと思う。一般的に言えば毒性の強い病原体でああればこれに対する免疫も開発しやすいし、その効果も顕著なものとなる。

エイズや狂牛病などは発育が遅く、長い間に徐々に体を蝕むからなかなかたちが悪いのだ。

ウィキペディアはほとんど情報ゼロ、というかウソが書いてある。

ZMapp(ジーマップ): タバコの葉の中で作られる3種類のヒト化モノクローナル抗体を混合した抗エボラウイルス薬である。

 マップ・バイオファーマシューティカル社が開発中であるが、2014年現在、サルに対する非臨床試験しか実施されていない未承認薬である。


ウィキペディアの説明のわからないところは、ワクチンと称されているが、タバコの葉の成分であり、製造にあたってエボラウィルスを使用していないようだということである。

もうひとつは、ワクチンなのに感染・発症したものに使用して効果が上がっている点である。しかも劇的な即効性を示しており、昔の破傷風や狂犬病の血清注射の趣がある。

いずれにしても、この程度の情報では到底「Zマップの開発はなぜ遅れたか?」に対する答えは見つかりそうにない。

昨日のれんだいこさんの記事は、

「蟹工船」日本丸から、21世紀の小林多喜二への手紙

というサイトの

多喜二最期の像―多喜二の妻 というページからの部分転載である。元のページはまともで、引用が誤っているようだ。

手塚英孝の記述となっているのは、手塚の本を引用しながら書いた新聞記事からの引用である。昭和42年6月9日の『朝日新聞』夕刊「標的」欄に(眠)の署名記事「多喜二の妻」がそれである。

(眠)氏は手塚の『小林多喜二』という伝記本を参照しながら記事を書いているようであるが、どこまでが手塚の引用で、どこから(眠)氏の文章なのかはわからない。

しかしこの文章全体を手塚の話とするのは明らかに無理である。伝記の著者でありその死に至るまで忠実な党員であった手塚が絶対に口にしないようなセリフが混じっている。これは明らかに(眠)氏の感想である。

党活動に参加していなかったから、多喜二の友人や崇拝者によって無視されてしまったのだろうか。


江口渙の発言は、(眠)氏の記事に答えてのもののようである。「夫の遺体に悲痛な声/いまは幸福な生活送る」と題された新聞記事のようである。前後の経過からすると、これもまた朝日新聞に載せられたもののように推察されるが、委細不明だ。

記事のはじめに、れんだいこさんが省略した部分がある。

私も小林多喜二が地下活動中に結婚したことは全然知らなかった。合法的に動いていた私たちと非合法の彼とのあいだには何の連絡がなかったのは、当時の社会状況としては当然のことである。それをはじめて知ったのは、昭和八年二月二十一日の夜、拷問でざん死した多喜二の遺体を築地署から受け取り、阿佐ヶ谷の彼 の家に持ち込んだ時である

記事の終わりにもれんだいこさんの省略した部分がある。

その後、彼女は私たちの視界から全然姿を消してしまった。うわさによるといまはある男性と幸福で平和な生活を送っているという。私たちが彼女のその後についてふれないのは、そういう現在に彼女の生活にめいわくをかけたくないからである

ということで、手塚英孝と江口渙が矛盾したことを考えているとはいえないようだ。


特に戦後、平野謙というゴロツキが「ふじ子はハウスキーパー」などとデマを飛ばしたこともあって、ふじ子のプライバシーを守りたいという思いは二人に共通していたと思われる。(タキさんについても同じ)


このページには、小坂多喜子の「通夜の場所で…」という談話も引用されている。映画『小林多喜二』のパンフレットに掲載されたものとされる。

小坂はちょいと多喜二と紛らわしい名前だが、戦旗社出版部に勤め、『太陽のない街』や『蟹工船』の出版に関わった人。高橋輝次さんのブログに詳しい。

ちょいと引用というには長いが、ご容赦を。

「その多喜二の死の場所へ、全く突如として一人の和服を着た若い女性が現れたのだ。灰色っぽい長い袖の節織りの防寒コートを着たその面長な、かたい表情の女 性はコートもとらず、いきなり多喜二の枕元に座りこむと、その手を自分の膝にもっていき、人目もはばからず愛撫しはじめた。髪や頬、拷問のあとなど、せわ しなくなでさすり、頬を押しつける。私はその異様とさえ見える愛撫のさまをただあっけにとられて見ていた。その場をおしつつんでいた悲愴な空気を、その若い女性が一人でさらっていった感じだった。人目をはばからずこれほどの愛の表現をするからには、多喜二にとってそれはただのひとではないことだけはわかっ たが、それが、だれであるかはわからなかった。その場にいあわせただれもがわからなかったのではないかと思う。いかに愛人に死なれても、あれほどの愛の表現は私にはできないと思った。多喜二の死は涙をさそうという死ではない。はげしい憎悪か、はげしい嫌悪かーそういう種類のものである。それがその場に行き 合わせた私の実感である。その即物的とも思われる彼女の行動が、かえってこの女性の受けた衝撃の深さを物語っているように思われた。その女性はそうして自分だけの愛撫を終えると、いつのまにか姿を消していた。私はそのすばやさにまた驚いた」

「私はその彼女と、そのような事件のあと偶然知り合い、私の洋服 を二、三枚縫ってもらった。(中略)その時、私たちの間いだには小林多喜二の話は一言も出なかった。私たちの交際はなんとなくそれだけで切れてしまっ た」。

「最近、多喜二の死の場所にあらわれた彼女が、思いもかけず私の身近にいることを知った。私の親しい知人を介してならいつでも彼女の消息がわかる。 彼女が幸福な家庭の主婦で、あいかわらず行動的に動き回っていることを知り、私は安心した気分にひたっている」

細部では江口の文章とやや異なるところがある。とくに“すばやく帰った”というあたりは食い違う。それだけに余計リアリティーがある。小坂多喜子という当時の最先端みたいなモダンガールをして驚愕させたのだから相当のものであったのは間違いない。


以上で明らかになったことが二つある。

ひとつは、どう考えても二人は熱愛関係にあり、ハウスキーパーごときものではないということである。

もうひとつは、直接には組織防衛のためではあるが、後には彼女のプライバシーを守ろうという関係者の暗黙の了解があったことである。

人違いの言いがかりで手塚と江口を対立させたり、手塚の事実隠しを宮本顕治の陰謀だと持っていくのは、下衆の勘繰りとまでは言わないが、あまり趣味の良くない推論だろう。変な記事に出会ってしまって、とんだ一手間になってしまった。

手塚の「小林多喜二」はむかし買って読んだ記憶がある。たしかにふじ子のことはあまり触れてなかったように思う。とりあえず本棚をかき回してみるとするか。


伊藤ふじ子がいわゆる「ハウスキーパー」だったというのは、最近ではほぼ否定されていると見て良い。
彼女の書いた「思い出」が何よりも雄弁に相思相愛の関係を証明しているからだ。
あるサイトによると、この見解に対してもっとも抵抗しているのが、じつは手塚英孝ではないかというのだ。
手塚は通夜の席にふじ子が来たことすら否定している。
多喜二が逮捕の危険をおもんぱかって、ふじ子に近づかなかったのは、当時の状況の下ではやむをえないことだった。ところ が一か月後、多喜二が虐殺されたとき、同志はもちろん田口たきにも通知して、みんな集まっているのに、ふじ子は通夜にも葬式にも見えていない。あるいは、 だれも通知しなかったのではないかと疑われる。そして田口たきについては、その後の消息も明らかにされているのに、多喜二の妻である伊藤ふじ子は伝記にお いてもその他においても消えさって二度と名前もあらわれない。党活動に参加していなかったから、多喜二の友人や崇拝者によって無視されてしまったのだ ろうか。
というのが手塚の見解らしい。
これに対して江口渙が反論している。
昭和八年二月二十一日の夜、拷問でざん死した多喜二の遺体を築地署から受け取り、阿佐ヶ谷の彼の家に持ち込んだ時である」、「彼の遺体をねかせてある書斎 にひとりの女性があわただしく飛び込んできた。なにか名前をいったらしいが声が小さくて聞きとれない。女は寝かせてある多喜二の右の肩に近く、ふとんのす みにひざ頭をのり上げてすわり、多喜二の死顔をひと目見ると、顔を上向きにして両手でおさえ、「くやしい。くやしい。くやしい」と声を立てて泣き出した。 さらに「ちきしょう」「ちきしょう」と悲痛な声で叫ぶと、髪をかきむしらんばかりにしてまた泣きつづける。よほど興奮しているらしく、そうとう取り乱して いるふうである。私たちは慰めてやるすべもなくただボウ然として見つめていた。やがて少しは落ちついたらしく、多喜二の首のまわりに深く残るなわの跡や、 コメカミの打撲傷の大きな皮下出血を見つめていたが、乱れた多喜二の髪を指でかき上げてやったり、むざんに肉の落ちた頬を優しくなでたりした。そして多喜二の顔に自分の顔をくっつけるようにしてまた泣いた。
…十一時近くになると、多喜二のまくらもとに残ったのは彼女と私だけになる。すると彼女は突然多喜二の顔を両手ではさんで、飛びつくように接吻(せっぷん) した。私はびっくりした。「そんな事しちゃダメだ、そんな事しちゃダメだ」。思わずどなるようにいって、彼女を多喜二の顔から引き離した。「死毒のおそろ しさを言って聞かすと、彼女もおどろいたらしく、いそいで台所へいってさんざんうがいをしてきた。一たん接吻すると気持ちもよほど落ちついたものか、もう 前のようにはあまり泣かなくなった。そこで私は彼女と多喜二の特別なかんけいを、絶対に口に出してはならないこと、二度とこの家には近づかないことを、こ んこんといってきかせた。それは警察が彼女と多喜二の間柄を勘づいたら、多喜二が死をもって守りぬいた党の秘密を彼女の口から引き出そうと検挙しどんな拷 問をも加えないともかぎらないからである。彼女は私の言葉をよく聞き入れてくれた。そして名残りおしそうに立ち去っていったのは、もう一時近かった。そんなわけで彼女がつぎの晩のお通夜に姿をみせなかったのは私の責任である。
以上はれんだいこのブログからの引用である。目下のところ真偽は保証できない。

後記
調べたところ、
「この見解に対してもっとも抵抗しているのが、じつは手塚英孝ではないかというのだ。手塚は通夜の席にふじ子が来たことすら否定している」
というのは、れんだいこさんの完全な思い違いだということがわかった。
この記事は、多喜二最期の像―多喜二の妻 というページの引用である。れんだいこさんが手塚の発言としているのは『朝日新聞』夕刊「標的」欄に(眠)の署名記事「多喜二の妻」の引用であって、手塚の発言ではない。
遺体を警察署から引き取って、皆で悼んだ夜は「通夜」ではない。それは江口の文章を読めば分かる。
その辺りをふくめて、次の記事に記載した。
なお、宮本顕治を入党させたのは生江健次である。(林淑美「中野重治 連続する転向」

待ち合わせの時間つぶしに紀伊國屋に入って、読みもしないのに本をパラパラ…
その時にこの本が目に入ってしまった。
以前に本も読まないで、感想を書いたあの本だ。
本の背表紙がこちらを睨みツケて、「買えっ、読めっ」と叫んでいる。
しかたないから買って、斜め読みし始めた。最初に園を訪れた時の衝撃がつづられ,その後は琵琶湖を囲んで手をつなぐ運動だ。
「医者が書いたこの手の話というのは、どうもウソっぽいところがあって、変に筆達者な連中が“感動の物語”をでっち上げたりするものだ」と斜に構えていたが…
しかし、それでは済まない、いたるところに、かなり心に引っかかるところがある。時代劇のセリフで言えば、「コヤツ、只者ではないな」という気にさせる。
精読するには気力が思わないが、「引っかかるところ」を吟味したくなる本である。そういうポイントにズブリと杭を打ち込んでみたい衝動に駆られる。
最初に、そういうポイントをいくつか列挙しておこう。

1.「生きているのがかわいそう」なのか
これは、帯の謳い文句。実際はこの本の副題と言ってよい。
「これだけ重い障害があるのに、生かされているのはかわいそうだ」というある見学者の感想への「反論」である。
筆者は、翻って「ほんとうに、生きているのが幸せなのだろうか」という問い返しまでしているが、これは次元が違う、ある意味で“すり替え”とも言える議論なので、とりあえず保留しておいたほうが良い。

2.障害者を大事にするのは「いのち」をだいじにすること

この人たちにあるのは「いのち」だけである。だからこの人たちを大事にするということは「いのち」を大事にするということである
ちょっと、出口と入口のすり替えがあるようだ。ここも後で吟味。

3.「障害焼け跡」論は間違い
消防車は火事の時に出動するが、焼け跡になっていれば出動しない。医療も同じだというのが「焼け跡」論だ。これは医療をごく狭く位置づけているという医療自身の問題であるとともに、「役に立たない」障害者を社会から排除する「仕組み」と「思想」である。
実は私も昔はこう言っていたおぼえがある。これは今では相当軌道修正しなければならないと思う。
この理屈だと消防車が焼け跡の整理までしなければならなくなる。
これは障害者医療の問題の本質ではないと思う。障害者にも医療が必要なので、そこに差別があってはならない、という形で整理しなければならない。ごく厳密に言えばだが…

4.医療従事者と患者は向き合う関係ではない
医療は医師など医療従事者と患者(障害者・家族)とが向き合って「治療」がなされているが、これでは治すものと治されるものの関係だけということになる。そうではなく「病気」あるいは「障害」を対象にして、医療従事者と患者が横に並んで協力しながら取り組んでいくというのが医療のあり方ではないか。
この議論は、いわゆる「共同の営み」論の中核をなすのであるが、「共同体の思想」を仲立ちさせないと、こんぐらかるのである。これについては拙著「療養権の考察」の第3部で論考している。

5.「快適な存在を」というささやかな目標
彼はこれからもずっとベットで生活をする。しかしこのこと自体が苦痛であるならば、あまりにもかわいそうではないか。せめて「楽な」「寝たきり」にしてあげたい。存在そのものが「苦痛」であるような彼を見ていてそう思った。
この部分は、前にも紹介した。非常に大事な発想だ。
…まだ緊張が強い日もあるけれども、その時間はずっとすくなくなってきている。穏やかに過ごしているノブオくんを見て、存在そのものが苦痛であると考えていたのが嘘のような気がする。自分の体を自由に動かすことは出来ないけれども、存在そのものを脅かす苦痛はなくすことが出来る、このことは私たちに大きな励ましを与えてくれた。
これは医療上のノウハウ(薬剤をふくめ)によって初めて可能となった。往々にしてスタッフの努力ばかりが強調されるが、ここを忘れてはいけないと思う。

6.脳の形成がなくても、脳が破壊されていても、本人が気持ちよく感じる状態は可能なのだ。
「笑った」という報告を受け、和んだ顔を見ることになって、ほんとうに驚いた。いわゆる笑いではない。しかしその顔は「楽になったよ、気持ちが良いよ、ありがとう」と言っていた。
大変底意地の悪い言い方になってしまって申し訳ないのだが、いささか文学的にすぎるのではないかとも思う。やはり“Believe or not”ではなくそれなりの客観的指標にもとづく評価がほしい。

ということで、ここまではケチつけばかりで高谷先生が見たら相当気分を悪くされることうけ合いだが、実は此処から先が、注意深い人間観察に基づく人間を構成するエレメントの分析・記載になっていくので、まことに面白いのである。

田端典子という童謡歌手」という記事で

最初はコロンビア所属だったようだが、伴久美子のB面だった。しかし伴久美子よりはるかに歌はうまい。

と書いた。

失礼なことを書いた。伴久美子はとてもうまい。

ただし初期のものではない。田端典子がビクターに移ったあと、昭和29年ころからである。

ここでの伴久美子はもはや童謡歌手の歌い方ではない。その特質がよく出たのが「花かげ」、「かなりや」で、変声期に特有の怪しい魅力がある。

伴久美子は童謡が全盛時代を終え終焉期に入った頃の、いわば最後のスターということになるのかもしれない。だから、私にはもはや記憶が無い。

「花かげ」といえば、昭和六年発売(SP盤)というのがアップされていて、これがまたとんでもスロー。別の情緒がある。

長期金利の低下について、山田記者が要領よく解説してくれている。
1.長期金利が0.9495%まで低下した。これは1年4ヶ月ぶりの低水準だ。
2.これは日銀の国債買いにより、国債価格が上昇しているためだ。
3.現在の国債高は、株価が高いままで国債価格が上昇するという異例の展開だ。普通なら資金が株に向かえば国債の人気は落ち、したがって利率(額面に対する割引率)は上昇するはず。この金融市場バランスが働かないのは異常だ。
4.これは金融市場で金がジャブジャブになっていることの現れだ。麻生財務相も「増えた預金が国債に回っている。明らかにお金が余っている」と述べている。
いわば「異次元の金融緩和」という禁じ手に手を出したことの結果だ。いわば、宇宙飛行士が長期間無重力状態にいて、動けなくなってしまうのと同じ状況が、いずれ発生することになるだろう。
それにしても年金資金による株価維持といい、いまの政府には財政ガバナンスに関する最低限のモラルさえ失せてしまったようだ。

厚労省の勤労統計の6月分が発表になった。
実質賃金は前年同月比マイナス3.2%となった。賃金低下に歯止めが掛からない。
4月、5月より若干持ち直したが、きわめて悪い状況に変わりはない。年収400万の家庭で15万円ほどの減収になる。旦那の小遣い分が消えることになる。
とくに基本賃金と残業代を合わせた「決まって支給する賃金」がマイナス3.8%と著しく低下している。賃金が減っただけではなく、不安定さが増しているわけだ。
名目賃金は1%増だから、物価上昇が効いていることになる。言うまでもなく消費税の直接効果だ。
14salary

GDPイコール国力なのか?

おそらくそう言っていいのだろうし、あえてそれを否定しようとは思わないが、そこにはいくつか国力以外の要素が加味されていることを見ておくべきだろう。

1.国民からの収奪率 2.国民総資産との乖離、過剰投資 3.海外からの所得増による国民総所得との乖離、 4.国内総需要との乖離 5.“侵略”的貿易構造

これらの要因はGDPが成長するときに「負の要素」として増大する。したがってさらなる経済成長にとってのリスク(脆弱性)として作用する。

このリスクは現実の数字ではなく、確率的なものであり、評価は難しい。

本来ならこれらを織り込んだ国民総生産の数字的指標があればよいのだが。

これらは後ほど考察してみたい。

なぜこういうことを考えたかというと下の表である

実質GDP(億ドル)

1930年

1935年

1940年

1945年

日本

1142

1412

2017

987

アメリカ

7692

6998

9308

16466

ドイツ

1652

1746

2428

1946

ソ連

2523

3348

4200

3336

何よりも驚異的なのがアメリカの戦中のGDP成長である。つまりアメリカにはGDPに示されない潜在的な“伸びしろ”があったのだ。

逆の典型が日本で、たしかに空襲で日本全土が廃墟と化した以上、ここまで下がっても良いのだが、実は空襲以前から急収縮していたのである。

1940年

1941年

1942年

1943年

1944年

1945年

2017

2045

2034

2063

1974

987

ドイツはどうか。敗戦前年にピークの2737億ドルを記録しているのである。全土が戦場となった1945年ですら1946億ドルのGDPを維持しているのだ。

いかに日本のGDPが上げ底であったかがわかる。「逆さにしても鼻血も出ない」というのはこういうことを言うのだろう。

国際政治/ヨーロッパ (66本)

 

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ギリシャ危機と青年 3 2012-06-19 13:41:02

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EU危機は破滅的危機ではない 2012-05-08 11:06:28

ギリシャ、何が“緊縮”されるのか 2012-02-22 16:22:01

ドイツは怒りの対象となりかねない 2012-02-09 10:09:19

方向違いのEU首脳会議 2012-01-30 17:41:17

社会主義 ○、資本主義 ☓ フランス世論調査 2012-01-14 13:12:42

イギリスの銀行改革 2011-12-26 16:50:24

ユーロ危機は3月が山場 2011-12-22 12:27:55

いよいよイタリアだ 2011-11-09 11:24:28

欧州中銀が共同債に抵抗 2011-11-07 15:48:25

国民投票などどうということはない 2011-11-02 15:18:31

特別目的事業体(SPV)はダメ 2011-11-01 16:06:25

メルケルは顔で得している 2011-10-26 10:39:15

ギリシャ危機が銀行に波及 2011-09-27 11:00:00

富裕層増税を掲げた野党が勝利(デンマーク) 2011-09-20 17:40:35

欧州財政危機、共同債が焦点に 2011-09-01 11:10:43

欧州市場で空売り規制が始まった 2011-08-19 12:29:18

スティグリッツ、EU債務の再構築を呼びかける 2011-08-18 23:37:41

ユーロ共同債とスティグリッツ 2011-08-18 17:46:30

さすがネオリベの本家 イギリス 2011-08-09 14:11:20

「ギリシャ支援」と言わないで欲しい 2011-07-26 14:07:52

金融取引税導入の動きが本格化 2011-06-28 13:34:48

こんな感じでぼちぼち行きましょうか。本日はお疲れ

カテゴリ別の記事一覧表を作っていて、大変なことに気づいた。

ブローチからライブドアに引き継ぐときに、マニュアルに沿ってやったつもりだが、実際には画像がほとんど消えてしまったのだ。

幸いなことに、ホームページクローンというソフトで、4月までのブログを一括保存してあったので、修復は可能だ。

が、けっこうキツイ作業になりそうだ。

以降は個人的な作業メモだが、同じような被害に合われている方もいるかと思い、ホームページ・クローンからの復元方法を公開しておく。

1.まず編集画面を呼び出し、リンク切れでブランクになった部分で右クリックする。

2.吹き出し画面から「選択した部分のソース」を左クリックする。

<img src="http://*.jpg" alt="1111111" >

という小窓が開く。これは消えないから脇にずらしておいたほうが良い。

3.これは無くなってしまったブローチへのリンクであるが、この画像"1111111"はホームページ・クローンに保存されているので、そこから再アップロードすれば良い。

4.ホームページ・クローン内の画像の格納場所は、私の場合はここである。

¥HomepageClone \pub.ne.jp ¥image \user

ここから "1111111" のついた画像を探して再アップすれば良い。

相当深いので、デスクトップに \user のショートカットを用意しておいたほうが良い。


表とかグラフは、それがないと致命傷となってしまう記事がたくさんある。

それに比べると、写真はなくても済ませられないことはないが、例えば

などはこの写真があるとないのとでは大違いだ。
1337013938

国際政治/アメリカ のアーカイブ 一覧表 (全42本)

米マックは賃金泥棒 2014-04-04 10:50:15

エドワード・スノーデンからみなさんへ 2013-11-29 00:01:47

失業率より就労率 2013-09-17 11:25:19

ガーディアン紙のハードディスクを破壊 2013-08-26 11:28:11

米国人は議会を信じない 2013-06-18 14:27:29

米多国籍企業は自国経済の足を引っ張っている 2013-06-05 17:53:15

シティズンズ・ユナイテッド判決を打破せよ 2012-11-14 15:46:21

財政の崖は富裕層の崖 2012-11-12 16:51:10

シティズンズ・ユナイテッド判決への反撃が始まった 2012-11-12 13:36:03

「接戦」はマスコミの陰謀 2012-11-07 09:07:04

共和党大会はどんな会議だったのか 2012-09-03 13:48:38

CNN黒人女性カメラマンのコメント 2012-09-01 12:18:06

共和党大会での黒人女性侮辱事件 2012-09-01 11:38:48

9.11ヒステリーは依然残っている 2012-07-27 10:21:51

米兵が毎日1人自殺 2012-06-25 11:14:06

モンローとエラ・フィッツジェラルド 2012-05-14 16:45:58

胸のすくオバマ演説 2012-01-26 10:57:37

キリスト教国アメリカ 2011-11-22 17:38:45

"occupy"は「乗っ取る」こと 2011-11-15 09:59:02

オハイオ: 現場の教師たちの勝利 2011-11-14 17:43:58

オハイオ州公務員法の要点 2011-11-14 15:07:04

大阪はオハイオに学べ 2011-11-11 12:18:01

オハイオ州民投票で労働者の勝利 2011-11-10 12:28:16

オークランド、市民ゼネストの詳報 2011-11-07 22:41:45

オークランドで1万人デモ 2011-11-04 17:43:52

米下院への支持が失われつつある 2011-11-04 16:08:25

占拠運動の最初の成果 2011-11-04 13:40:54

ロスの労・青連帯がすごい 2011-10-27 10:15:17

ウォール街行動1ヶ月 2011-10-21 10:37:58

ウォール街占拠闘争を考える 2011-10-13 23:09:13

ウォール街占拠闘争 その3 2011-10-13 17:11:42

ウォール街占拠闘争 その2 2011-10-13 17:10:23

ウォール街占拠闘争 その1 2011-10-13 17:07:49

「階級闘争」って素敵だ 2011-10-05 13:00:02

垣内亮さんの計算 2011-09-24 11:44:12

オバマが「階級闘争」を始めた 2011-09-21 17:41:46

バフェット発言の背景 2011-09-18 20:56:25

アメリカの飢餓社会化が進む 2011-09-16 10:41:12

9月8日 オバマ大統領の議会演説 2011-09-10 11:49:12

ウォールストリート・ジャーナルがオバマ非難 2011-08-11 17:21:54

フードスタンプ受給者が15%に達した 2011-08-09 16:49:31

アメリカは未だやれる。しかし… 2011-08-03 12:40:02


酒井啓子さんの岩波ジュニア新書「中東から世界が見える イラク戦争から“アラブの春”へ」を買ってきて読んだ。
おっしゃることはいちいちごもっともで、大変参考になる本だ。
しかし、やはりすかっと胸に落ちるわけではない。それは酒井さんの責任というより、世の中がそうなっているからだろう。
政治状況の分析だけではダメで、やはり経済構造の分析に踏み込まないとダメなのかなぁという感じもする。それも一般的な分析ではなく、国内ブルジョアジーの経済的支配を構造的視点から見ていかないと、見た目の近似に振り回されてしまう。
同じように都会の学生やインテリに毛嫌いされたベネズエラのチャベスと、タイのタクシンと、トルコのエルドアンと、エジプトのムバラクは同一視出来ないだろうし、そもそも権力基盤が全く異なる。

イスラミズムについては、それを支持する社会階層の具体的な分析に基づいて評価しなければならないことは言うまでもない。場面場面で共同して闘う必要もあろうかと思う。
とは言いつつも、「世界観」というか、もっともエッセンシャルなレベルでは、やはりそれは否定されるべきものだと思う。西欧的な民主主義の概念を器械的に対置すれば良いという問題ではないが、それが前世紀の遺物であることも間違いない。
イスラミズムは社会の犯した罪に対する罰として提示されているにすぎない。せいぜいが「真正社会主義」にしか過ぎない。少なくともイスラミズムそのものに世界と歴史を前進させる力はない。

左翼勢力が民衆に寄り添うことを忘れてしまったために凋落したという指摘は、ある程度あたっていると言わざるをえない。ただ、民族派政権や軍との癒着の問題はそれとはちょっと異なると思う。むしろそれはソ連への盲従の結果であった。

然るがゆえに、彼らは都合の良い時は重用されたが、要所要所ではしっかり弾圧されている。なぜなら彼らは民衆に寄り添うことを忘れはしなかったし、放棄もしなかったからだ。

彼らが外国勢力に対し自主的な態度をとり続けているならば、いまからでも決して遅くはない。望み無きにあらずと思う。

衆目の一致するところ、株価は1万4千円が危機ラインだ。
株は、そもそも企業が設備投資のために株式市場から借り入れるための道具だ。
企業の設備投資の裏打ちがあっての高株価には意味がある。それがなければバブルだ。
第2四半期の設備投資は急減している。みんな「消費税は織り込み済み」と強気を装っているが、円安→インフレがそれに乗っかっている。賃金は低下傾向を脱していない。頼みの輸出も伸びない…、となれば後はマインド勝負でしかない。
そのマインドを支えているのが年金運用だ。年金は打ち出の小槌だからいくらでも突っ込める。そこで株価が1万5千円を切ると、口先介入してくる。
このへんの仕組みを赤旗が要領よく説明してくれている。佐久間亮記者の執筆だ。

1.年金運用の仕組み

年金積立金を運用するのは「年金積立金管理運用独立行政法人」という。長ったらしいので英語名の頭文字をとってGPIFと呼ばれる。
GPIFの運用額は130兆円で、世界最大の金融投資家と呼ばれる。
現在は運用額の約6割が国内債(国際と財投債)、残りを国内株、外国債、外国株に当てている。
2.GPIFが運用するようになった経緯
元々、年金積立金は厚生省が集め、大蔵省に運用が委託されていた。大蔵省はこれを財投債を購入するという形で財政投融資に回してきた。
これはアメリカも同じで、公的年j金はすべて財務省証券で運用している。
しかし日本では、2000年に大蔵省委託が廃止され、全面的な市場運用へ転換した。
佐久間記者によれば「信用力を持つ財投債から、元本割れの危険がある株式運用へと道が開かれた」ことになる。
3.GPIFの運用実績
ネットでの実績は、この記事では示されていない。問題は株式導入に伴うリスクの強まりである。
08年のリーマン・ショック時には18兆円の損失を計上している。130兆円の原資に対して14%の損失である。ほかにアジア通貨危機、ITバブル崩壊時にも巨額の損失を出している。
これは保険料引き上げや給付減となって、国民にしわ寄せされている。
4.年金資金の高株価維持への利用
世界最大の金融投資家がシテを勤めれば株価は安定するし、高値維持も可能となる。
アベノミクスはこれを利用し、株価の維持を図ろうとしている。それが、GPIF資金の株式運用比率の増大だ。
現在は国内株の運用比率は12%を基本としている。これを引き上げようというのだ。
やり方は二つある。
一つは運用幅の柔軟化である。12%を基本にプラマイ6%の運用幅が認められているが、これがそろそろ限界に達しつつある。現在の国内株の構成比は16.47%だから、あと1%ちょっとしかない。これでは株価急落時の手当はできない。
もう一つは基本比率そのものを引き上げる方法だ。そこで6月、GPIFの運用委員長が「国内株式の比率は20%でも高すぎない」とアドバルーンをあげた。
さらに今月の10日には、「GPIFが国内株式の保有上限を撤廃した」との報道(日経)が流れた。
5.安倍内閣の政治的利用
安倍内閣は明らかにこの変化を後押ししている。と言うより、阿部内閣そのものが推進役となっているようにみえる。
安部首相は当初年末としていた見直し時期を秋口に前倒しするよう指示した。これにより消費税10%や集団的自衛権関連法案を推進しようとする狙いだという。

人のカネ使って火遊びするとはとんでもない魂胆だ。
個人が401Kに投資するのは自己責任だが、政府は別だ。国家が博打に手を出してどうしようというのだ。
このままでは、いずれ年金はパアになる。なにせ我々が相手にしているのは名にし負う外国ファンドだ。勝てるわけがない。
株価が1万4千円を切れば、ヘッジファンドは一斉に売り浴びせる。円安のもとで7千円くらいまで下げるのは容易なことだ。リーマン・ショックで18兆円の損失、それを上回る損失が出る可能性は十分ある。

少なくとも西暦500年代の前半、大和王朝はまったく北九州と朝鮮半島南部に影響を持っていなかったと仮定しよう。

それで実際のところ困ることはひとつもない。記紀を無視しさえすればよいのである。

そのうえで、九州北部にどういう変化が起きたのかを考古学的に考察してみる必要がある。なにも大和や河内の古墳と比べる必要はない。

水谷千秋さんはそれを有明海勢力と呼ぶ。

かつて九州でもっとも勢力を誇っていたのは、玄界灘に面した地域であった。魏志倭人伝で末廬国、奴国、伊都国、不弥国と称された国々である。

それが400年代前半を境として、玄界灘沿岸から有明海沿岸に移った。

400年代はじめには玄界灘沿岸地域に全長100メートル近い前方後円墳が造られていた。それが急速に衰退し、これに代わって筑後川流域~有明海沿岸に100メートルを超える前方後円墳が造られるようになる。

なかでも代表的なのが筑紫の君と肥(火)君という二つの勢力である。

地図を開いてみるとたしかにそうだ。

弥生人から渡来人と朝鮮海峡をわたって人は入ってくるが、耕作適地はそうはない。

日本海岸沿いで言うと、博多の周辺、遠賀川の流域、あとはずっと飛んで出雲平野、さらにずっと飛んで越前まで大量の人口を支える地域はない。良港も少ない。

玄海諸国を形成した倭人は。基本的にはバイキングのような海洋民族であったようで、たしかにこのラインにそって東漸している。関門海峡の瀬戸を乗り切るのは意外と困難だったのかもしれない。

これに比べれば、筑紫以南には広大な平野が広がっており、はるかに多くの人口を抱えることが可能だ。

当初は渡来人に武力ではかなわずに服従していても、やがて沿岸部諸勢力に拮抗出来るだけの力を蓄えることになるかもしれない。

ひょっとすると、倭王朝の度重なる朝鮮出兵に「いい加減勘弁してよ」と反抗するかもしれない。イギリスでは、ノルマンジー地方の奪回を目指すノルマン王朝への反乱が繰り返されている。


古墳の話に戻るが、阿蘇ピンク石という石材があり、それが石棺に使われているそうだ。その同じ石材が大和の古墳にも使われている。しかもそれが400年代末にそれまでの畿内製石材に取って代わる形で広がっているということだ。

水谷さんはこれを大和王朝が九州を制圧した証と見ているが、普通は逆だろう。九州が大和を制圧したから、九州の石材が大和でも使われるようになったと考えるほうが素直だろう。

倭王武が、大和王朝を降したから大和王朝の血統が絶え、それが継体の代になって復活したと見ることも可能だ。


終戦記念日が終わろうとしているが、本日の1日だけでかなり考えさせられた。
「終戦記念日というのは間違いだ」と左翼は言ってきた。たしかにそれは日本帝国主義の敗北の日であり、敗戦記念日というにふさわしい日である。
しかし未来志向で言うと、戦争というものが終わった、日本人が戦争というものを終わりにした記念日としては、まさに「終戦記念日」であるべきなのかもしれない。
原爆記念碑の「二度と過ちは繰り返しませぬから」の碑文も、「原爆を投下したアメリカの責任をあいまいにしている」という批判があった。しかし人類の誓いとなるべき碑文として、それはもっと深い意味をもって読み取るべきなのかと思う。
日本国憲法は世界の憲法となるべき運命をもって生まれた憲法なのだろうと思う。「押し付け憲法」というがそれは世界中の無数の犠牲者が後世に押し付けた憲法であり、未来が押し付けようとしてる憲法なのだろうと思う。

戦争は政治の延長であるというクラウゼビッツの格言を、左翼は何のためらいもなく受け入れてきた。
戦争は政治の延長ではないし、政治の延長であってはならない。
政治家と軍人と戦争屋にとっては、戦争は政治の延長でしかないかもしれないが、庶民にとっては殺しあい殺されあうことは決して政治の延長であってはならないのだ。
生活のリアリズムは、政治の超現実的リアリズムを拒否しなければならない。

各国民主運動

フランスのレジスタンス 年表

2014-05-12 17:22:30

世界の若者たちはいま

2014-05-03 00:58:20

2011年はすごい年だったのだ

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中国革命年表、一応終了

2014-04-01 22:51:35

柴田誠一 「モスクワと中国革命の指導」を読む

2014-03-29 15:47:49

エジプト共産党の歴史

2012-09-03 17:19:46

パレスチナ共産党

2012-08-20 17:24:17

フランス左翼戦線とは

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6月5日は世界同時行動デー

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西サハラの闘い その3

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2012-01-19 17:11:01

韓国の統合進歩党の未来

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ハンガリー事件 二つのターニング・ポイント

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ハンガリー事件 文献

2012-01-02 17:47:36

ハンガリー事件年表 その3

2011-12-31 12:32:38

ハンガリー事件年表 その2

2011-12-31 12:31:04

ハンガリー事件年表 その1

2011-12-28 23:29:54

世界民主勢力の十大ニュース ①

2011-12-21 23:56:23

スペイン統一左翼の歴史 その3

2011-12-21 17:51:17

スペイン統一左翼の歴史 その2

2011-12-21 17:49:50

スペイン統一左翼の歴史 その1

2011-12-21 15:24:31

スペイン統一左翼の勝利に注目

2011-12-19 00:48:55

共産主義再建党の歴史 その3

2011-12-17 14:46:27

共産主義再建党の歴史 その2

2011-12-17 14:45:33

共産主義再建党の歴史 その1

2011-12-17 14:44:10

イタリア共産主義再建党の決議

2011-12-14 17:22:53

85年韓国学生のヴ・ナロード

2011-12-14 00:28:14

どうして光州事件を許したのか

2011-12-12 23:26:54

カリリョ転落劇の顛末

2011-12-12 00:43:38

イタリアと韓国の左翼

2011-12-06 11:00:50

見事成功!

見栄えはあまりよろしくないが、それはいずれそれなりに整形しよう。

それより、このカテゴリー、かなりめちゃくちゃだ。

ヨーロッパ以外の運動については、地域別カテゴリにまとめたほうが良いみたいだ。

他のカテゴリもやっていって、ある程度まとまったところでホームページに移そう。


Livedoor Blog における記事一覧表の作成法

を作ろうとしている。

小保方さんではないが、実験ノートを作りながらやっていくことにする。

そういうソフトがないかまずは探す。そんなものはない。

HTML 画面でエディターを使って作成する方法が書いてあるが、私ごときに歯が立つようなものではない。

「これまでの記事」

というページに一覧表は出てくる。これを使うしか手はないだろう。

一番簡単なのはこれをHTMLエディターにコピーしてそのままホームページに載せることだ。

これは今までもやっていたことだ。

しかしこれではリンクが編集画面になってしまうから、私以外の人には使いようがない。

そこで、「記事の題名をコピーしてグーグルの検索窓にペーストしてください」ということになる。そんなことは私以外に誰もやるはずがない。

山口孤剣のすげえ歌

をクリックすると、

http://livedoor.blogcms.jp/blog/shosuzki/article/edit?id=11315551

というページが開く。と言ってもIDと暗証番号を入れない限り読めない。それはさすがに教えられない。

それでは「山口孤剣のすげえ歌」を出すにはどうしたら良いか。

ブログの元ページの

のタイトルをダブルクリックすると、この記事が単品で出てくる。

この記事のURLは

http://shosuzki.blog.jp/archives/11315551.html

になっている。

つまり、「これまでの記事」のリンク先を

http://livedoor.blogcms.jp/blog/shosuzki/article/edit?id=11315551

から

http://shosuzki.blog.jp/archives/11315551.html

に変更してやればいいわけだ。

ということは、HTMLエディターで

<a href="http://livedoor.blogcms.jp/blog/shosuzki/article/edit?id=11315551">の

livedoor.blogcms.jp/blog/shosuzki/article/edit?id=

の部分を

shosuzki.blog.jp/archives/

に一括変換すればいいわけだ。

ただし、後ろに

.html

を着けなければならない。

着けなくても行ってくれればいいのだが…

試しに着けないでURL窓に入れてみる。

404 Not Found この記事は存在しないか、すでに削除されています。

と出てきた。

さあどうしよう。

むかしMS・DOSでやったみたいにワイルドカード(*)でこなせられる方法はないものか。多分ダメだろう。

<a href="http://livedoor.blogcms.jp/blog/shosuzki/article/edit?id=11315551">

の "> のところを .html">

と置換する方法はありそうだ。余分なところまで置換してしまう危険はあるが、ダメでもともと、やってみよう。

これまでの記事は2689本ある。これをそのまま並べたのでは一覧表にはでかすぎる。

カテゴリ別の一覧表にする他ない。

それ以外に、例えば「年表」の一覧表など、トピック別の一覧表も必要になるだろう。

まずはカテゴリの一覧表。これだけでもごちそうさまという感じ。

01 国際政治/経済

A 国際政治
A 各国民主運動
A 国際政治/アメリカ
B 国際政治/ヨーロッパ
C 国際政治/アジア
E 国際/中東
E 国際政治/アフリカ
F 国際経済/通貨その他
F 国際経済/投機資本
F 国際経済/租税回避

02 ラテンアメリカ

A 中米・カリブ
B ベネズエラ・エクアドル・ボリビア
C 南米諸国(ベ・エ・ボを除く)
D 中南米諸国全体

03 日本経済

A 日本経済
A 日本経済/経済統計
A 日本経済/構造問題
A 日本経済/対米従属
構造問題/対米従属
B 財政/消費税
B 日本経済/アベノミクス

04 国内政治

A 憲法/平和
A 反核/反基地
A 歴史認識
A 政治戦線/メディア
C 労働/貧困/人権
C 福祉/教育
D 原発
D 原発/東電
D 原発/代替エネルギー
E 震災

05 音楽

A 音楽/クラシック
B 音楽/LA
C その他の音楽
D 音楽/オーディオ

06 文学・芸術・スポーツ

07 歴史

A 歴史/日本
A 歴史

08 自然科学

09 社会理論/科学的社会主義

A マルクス
B 経済理論

10 医療

11 日々雑感

カテゴリ分けはいい加減で、番号も重複したり不揃えだったりするが、とりあえず放置する。

ここに記事の表題をぶち込んでいくことにする。リンクが上手く繋がるかどうかは運次第。

終戦の日なので、戦争に関する文学に目を通している。

「日本ペンクラブ 電子文藝館」というサイトには反戦・反核というページがあって、いくつも読める。

気に入ったフレーズを引用してみる。

これは山口瞳の「卑怯者の弁」の最後。大岡昇平の「俘虜記」を下敷きにしている。


私は小心者であり憶病者であり卑怯者である。戦場で、何の関係もない何の恨みもない一人の男と対峙したとき、いきなりこれを鉄砲で撃ち殺すというようなことは、とうてい出来ない。

…卑怯者としては、むしろ、撃たれる側に命をかけたいと念じているのである。


次は山口孤剣の明治37年の作品で、平民新聞に掲載されたもの。孤剣、この時21歳。大逆事件の直前、日露戦争後の好戦思想が席巻するさなかだ。

天(あめ)も知れ、地(つち)も記すべし、此民(このたみ)は、人を屠(ほふ)りて人の道と云ふ。

血の酒杯(さかづき)、舌つゞみ打つ醜人(しこびと)を、滅亡(ほろび)にさそふ天の火もがな。

戦(たゝか)ひの毒酒に酔へる人の子に、神の怒の鞭よ下(お)り来(こ)ね。

孤立無援、すげえ歌だ。(日本ペンクラブ・電子文藝館より)


伊丹万作 「戦争責任者の問題」

この論調には相当不満がある。一種の「自己責任論」であり、「一億総懺悔」論であり、結果的に戦争責任者が免罪されかねないからだ。

無政府主義というかリヴァタリアニズムというか、徹底した個人主義の立場からする戦争批判だ。

しかし自らをふくむ日本国民を、これでもかこれでもかと執拗に叱咤する文章には迫力がある。

前後の事情からすると、多分左翼団体に名前を無断使用されたことで頭にきて、一気に書いたものだろうと思う。伊丹は同じ時期に「手をつなぐ子ら」の脚本も手がけている。この人には「愚かな民衆」に対する優しい眼差しもあるはずだが…

私は更に進んで「騙されるということ自体が既に一つの悪である」ことを主張したいのである。

騙されると言うことは勿論知識の不足からも来るが、半分は信念即ち意志の薄弱からも来るのである。

…幾ら騙す者がいても誰一人騙されるものがなかったとしたら今度のような戦争は成り立たなかったに違いないのである。

…騙されたものの罪は、只単に騙されたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも雑作なく騙される程批判力を失い、思考力を失い、信念を失 い、家畜的な盲従に自己の一切を委ねるように成ってしまっていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任等が悪の本体なのである。

…それは少くとも個人の尊厳の冒涜、即ち自我の放棄であり人間性への裏切りである。又、悪を憤る精神の欠如であり、道徳的無感覚である。惹いては国民大衆、即ち被支配階級全体に対する不忠である。

…今迄、奴隷状態を存続せしめた責任を軍や警察や官僚にのみ負担させて、彼等の跳梁を許した自分達の罪を真剣に反省しなかったならば、日本の国民というものは永久に救われる時はないであろう。

…「騙されていた」と言って平気でいられる国民なら、恐らく今後も何度でも騙されるだろう。いや、現在でも既に別の嘘によって騙され始めているに違いないのである。

…現在の日本に必要なことは、先ず国民全体が騙されたということの意味を本当に理解し、騙されるような脆弱な自分というものを解剖し、分析し、徹底的に自己を改造する努力を始めることである。

カイロには我が赤旗の小泉記者の他に、東京新聞も特派員を配置している。

こちらの見出しは「イラン、アバディ氏支持 イラク首相候補 マリキ氏見限りか」となっている。

イラン国営のアラビア語衛星テレビ・アルアラム(電子版)によると、イランのザリフ外相は、イラクのマスーム大統領が新首相候補に指名したアバディ氏に、「挙国一致政権」を早期に樹立するよう求めることで一致した。

イランが事実上、アバディ 新首相の誕生を支持した形。マリキ首相からの政権交代が進む可能性が高まった。

…AFP通信によると、米国やフランス、トルコなど各国も相次いでアバディ氏の新政権樹立を歓迎する姿勢を表明。マリキ氏は三選を目指す構えを崩していないが、国際社会の退陣圧力が強まる中、権力の維持は難しい

…シーア派を偏重してきたマリキ氏に対するスンニ派勢力の反発は強い。さらに、シーア派からはスンニ派の過激派組織「イスラム国」の進攻を招いた責任を問う声も上がり、新政権が樹立できない状態が続いていた。

バグダッド在住の政治評論家ハダド氏は…「イランは、隣国のイラクを不安定化させるマリキ氏よりは、アバディ氏を支持する方が得策だと判断したのだろう」と話している。

ただ、赤旗の小泉特派員は、そのことよりも、政権移行がスムーズには行かないだろうとの見方を強調している。

首都バグダッドには首相指揮下の軍精鋭部隊が展開するなど、不穏な動きも出ています。

さらに現在米軍が「イスラム国」に対する空爆を実施していることから、スンニ派も取り込んだ新政府づくりが順調に進むかどうかは不透明です。

東京新聞の記事はアル・アラムの記事とAFP電をつなぎあわせたもの。ひょっとすると小泉記者の方が、より現場に近い雰囲気を報じているのかもしれない。


WSJ はこれら二つよりはるかに詳しい。

1.イランが、イラク大統領がアバディ連邦議会副議長を新首相候補に指名したことに支持を表明した。

2.これはイラン最高安全保障委員会のシャムハニ事務局長の言明である。

3.最も強力なシーア派武装勢力「アサイブ・アフル・ハック」を含む各政治グループは国民に冷静さを求め、その多くがアバディ氏の指名を歓迎した。

4.11日に治安部隊がバグダッドに展開した。各派は、マリキ氏が武力に訴えるのではないかとの懸念を高めた。

5.12日になって、マリキ首相は、政治的対立に関与しないよう治安部隊に命じた。

6.最近マリキにより解任されたゼバリ外相(クルド人)は、「彼が何を隠し持っているか分からない」と警戒する。

ということで、イランのアバディ支持は重要な分岐点ではあるが、決定的なポイントではないということのようだ。

イラク情勢が急速に動き出した。
結局、マリキ退陣と和解政府の樹立で収まることになりそうだ。
急変の最大の理由は、イランの方針転換。
シリアのアサド支援に始まった介入政策は、イランにとって一つもいいことはなかった。
結局、小手先の外交ではダメだということがようやく分かってきたのだろう。
イラン革命以来、イランの外交は大本では間違っていなかった。
反米・自主の基本は揺らぐことなく続けられている。イスラム原理主義を掲げつつも、(最低限ではあるが)節度は保たれていた。
ただ近隣外交では宗派問題に引きずられ、「敵の敵は味方」的な近視眼に陥りがちであった。
それが米軍撤退後の戦略を完全に読み間違えた。そしてシリア問題で決定的な齟齬をきたした。
シリアは泥沼化し、そのなかでアルカーイダが勢力を伸張し、イラクの抗争にも干渉するようになった。
決定的なのは、アメリカが空爆に乗り出したことだ。
マリキを支援し続ければイラクもまたシリア化する。そうなった場合イランは二正面を戦えるのか。とくにイラクの場合、アメリカは間違いなく制空権を掌握するだろう。
であれば今しかない。マリキを切り、スンニ派と妥協を図り、アルカーイダを孤立させる以外の道はない。そうしなければシリアも共倒れとなる。イランは中東の孤児となる。

問題はアバディが首相に就任した後だ。イラクをどうするかとか、シリアをどうするかというのでなく、中東地域でイランがどのような立ち位置をとり、どのような構えを示すのか、また核問題でどこまで立場を鮮明にするのか、そういう国家としてのグランド・デザインが問われることになるだろう。


本日の赤旗は1,3,5面を使ってGDP大幅減の報道を行っている。
ソースは13日に発表された第2四半期のGDP速報値。
これが実質GDPで前年比マイナス1.7%減となっている。年率換算6.8%減だ。
この“消費税効果”が想定以上であることは内閣府も認めている。
問題はその中身だ。
個人消費は5.0%減、住宅投資が10.3%減、設備投資が2.5%減、この辺りは先日の報道とほぼ同様。
輸出が0.4%減、雇用者報酬が実質1.8%減とこれが最大の問題。
理由はきわめて単純明快だ。
これは1.海外移転路線、2.利益最大化路線、3.内部留保極大化路線のなせる業だ。さらに安倍内閣の国粋主義路線が中国シェアの減少に拍車をかけている。
そしてトドメの一発が消費税増税だ。
結局大企業に首を染め上げられる格好で、日本経済が失速し墜落局面に入りつつあることが示されている。
短期的には、個人消費と設備投資の乖離が今後在庫調整局面に入ることで、9月以降に不況が深刻化していく可能性がある。これは97年の引き上げ時の経過が示している。

プレトニョフという人は、映像で見る印象は非常に悪い人だ。
「ウクライナはロシアのものだ」と主張するかのように演奏する。
しかしこのワルトシュタインはすごい。どこからどこまで完璧だ。非の打ち所がない。間然としたところは一切ない。明らかなミスタッチや音の濁りやリズムのゆらぎは全くない。
アルゲリッチが「どうだ、速いだろう」とひけらかす技巧とはレベルが違う。
こういうワルトシュタインが本当のワルトシュタインかどうかはわからない。およそベートーベンを聞いている感じはしない。が、「文句あるか」と言われると引き下がらざるをえない。
この演奏を聞いてしまうと、他の演奏はどこかまがい物であるかのような気さえする。
しかしこの面白味の無さ、湧きだすとか紡ぎだすとかいう自発性の欠落、優しさとか懐かしさという情緒の欠如は何なのだろうか。

本日の「黙ってはいられない」には香山リカさんが登場。専門医の立場から見た安倍首相の心理分析を行っている。
1.「美しい日本」という幻想的なイメージへの傾斜。内的イメージのひとり歩き。
2.無邪気な確信、
…本人なりにこれしかないという無邪気な確信があり、だからこそ“たち”が悪く、熱狂や幻想に付き動かされて、対話が難しい状況です。
内的世界の確固たる形成と、対話の拒否
3.一部の人は安倍首相の心情を共有している
この人達にはまっとうな働きかけが通用しにくい。
しかしどこかで、「あれ、これはおかしいな」と思う瞬間もあるはず。その気持を逃さず、自分から気づいていくようにする…ことが大事なのではないでしょうか。

ということで、安倍首相の世界観・政治観の病的な歪みまでは踏み込んでいない。私には「対話が通じない」ことは、「無邪気な確信」というよりも、病的な「無邪気さ」に思えるのだが…
たしかに、個人の病歴や治療歴はプライヴァシーに属する事柄であり、とくに精神疾患の場合はなおのことである。しかし、前回退陣時は明らかにうつ病の徴候を呈していたとみられ、潰瘍性大腸炎の治療と並行してそれらへの手当もなされていた可能性が否定できない。
一国の将来がかかるような選択を、そういう情報もなしに委ねて良いものだろうか。
やはり議会で、治療歴の有無を問うべきではないだろうか。

「年表」の一覧表

3年余りの間にブログに載せた「年表」がどのくらいあるか、書き出してみました。

2011.10.07 

2011.10.30 

2011.11.18 

2011.12.31 

2012.2.29 

2012.4.07 

2012.5.16 

2012.7.29 

2012.8.20 パレスチナ年表にリンク

2012.9.03 

2012.9.11 

2012.9.23 

2012.10.08 

2012.10.23 

2013.1.01 

2013.1.19 

2013.3.03 

2013.3.28 

2013.3.30 

2013.4.21 

2013.4.29 

2013.5.23 

2013.6.28 

2013.7.03 

2013.9.10 

2013.9.23 

2013.10.03 

2013.11.03 

2013.11.06 

2013.12.03 

2013.12.31 

2014.1.20 

2014.1.22 

2014.2.13 

2014.3.10 

2014.3.25 

2014.4.15 

2014.5.12 

2014.6.29 

2014.7.13 

2014.7.25 

2014年08月04日 

とりあえず検索でひっかるのはこれだけ。

これまで原爆の平和宣言は、どちらかと言うと広島が歯切れがよくて、長崎がちょっと抽象的だった印象がある。
それが今年は逆転してしまった。
広島は後退し、長崎は前進した。
長崎の田上市長の宣言の一部を紹介する。

長崎は「ノーモア・ナガサキ」とともに、「ノーモア・ウォー」と叫び続けてきました。
日本国憲法に込められた「戦争をしない」という誓いは、被爆国日本の原点であるとともに、被爆地長崎の原点でもあります。
被爆者たちが自らの体験を語ることで伝え続けてきた、その平和の原点がいま揺らいでいるのではないか、という不安と懸念が、急ぐ議論の中で生まれています。
日本政府にはこの不安と懸念の声に真摯に向き合い、耳を傾けることを強くもとめます。


これを臨席した安倍首相の面前で読み上げたのだから大したものだ。

とくに、憲法9条を「戦争をしないという誓い」なのだと読み込んだところは、そしてそれを「被爆地長崎の原点」と位置づけたところは、思わずグッと来る。

「急ぐ議論」はたしかに名文句だが、その前段が良いから生きてくる。

神武(イワレヒコ)が大和を制圧し三輪山の麓に王朝を開いた後、在地の豪族と集簇していった。

物部氏は長脛彦の末裔であり、もっとも強力な武力を持っていた。大伴氏は神武東征以来の天皇直属部隊であった。

天皇家が河内(難波?)に本拠を移すのは、三輪山麓での在地豪族の圧力を避けるためであり、瀬戸内海を通じて筑紫との連携をはかり、その力を背景にして大和盆地の勢力に威勢を示すためであったと思われる。

その際、、背後のまもりを確実にするためには生駒山西麓の物部軍団を味方につける必要があった。

これが河内王朝と大伴・物部連合との土台をなしていたのではないか。大伴氏にはかなりの海運・海軍力があったと思われる。

ただし蘇我氏に代表される大和盆地の諸勢力はこれを好まなかった。

というふうな筋書きが想定される。

以下はウィキペディアその他から拾ったもの(結局元ネタは日本書紀のみ)

498年 大伴金村、大臣平群真鳥・鮪(しび)父子を征討し、武烈天皇を即位させて自らは大連の地位についた。

506年 武烈天皇が死亡。金村は物部麁鹿火(大連)らを越前三国へ派遣。男大迹王を迎え、河内国葛葉宮で即位させる。

512年 百済からの任那4県割譲要求があり、金村はこれを承認。

526年 継体天皇が大和磐余に入る。

527年 近江毛野の率いる大和の新羅派遣軍、磐井の乱にあい渡海を阻まれる。金村は物部麁鹿火を筑紫に派遣。(それより前、新羅が南加羅・喙己呑を占領)

528年 筑紫国御井郡で磐井本隊を殲滅。

529年 毛野は渡海し任那と新羅・百済との調停を試みる。

530年 毛野、任那四村を奪われ、任那からも攻撃を受ける。

530年 毛野、帰還命令を受け帰国途中、対馬で病没。

537年 新羅が任那に侵攻。金村は子の大伴磐(いわ)と狭手彦とを派遣。磐は筑紫にあって国政をとり,狭手彦は渡海して任那を統治し,百済を救ったとある。

狭手彦伝承: 狭手彦は高句麗を討ち,王の宮殿に入って珍宝・美女等を得,天皇と大臣蘇我稲目とに献じた。
また任那に渡る狭手彦の軍船に向かって,松浦佐用姫が山から領巾を振って別離を悲しんだとされ、狭手彦が松浦の人であったことが推測される。

540年 金村、物部尾輿らに任那4県割譲の責任を問われ、政界を退く。

562年 任那、新羅に攻められ滅亡。三国史記では「加耶が反乱したが鎮圧し、加耶城に白旗を立てる」との記載。

毛野は近江の人ではない。磐井が「昔は吾が伴として、肩摩り肘触りつつ、共器にして同食ひき」と言っている以上、九州の人である。あるいは九州人で磐井と闘った将軍の一人が、大和王朝から派遣された近江毛野という人物にコラージュされたのかもしれない。

この謎の言葉を足がかりにすれば、日本書紀のフィクションはかなり崩れ落ちる。何かの書籍(百済本紀?)をコピペしながら、主語を入れ替えているのだとおもう。狭手彦も同断である。

6万の軍勢は補給・運搬を考えれば誇張の域を超えている。おそらく任那の現地軍をふくめてそれ相当の頭数になっているのではないか。

なお、600年以降ふたたび倭国は新羅に進出を図ったとされている。

600年 倭国は任那を救援するために出兵。境部臣が征討大将軍に任命され、副将軍は穂積臣であった。新羅は降伏したが倭国撤退後ふたたび任那を占領した。

これは真っ赤なウソである。これについては

このあたり同じ話(562年)のカットアンドペースト
三十一年の登場人物など、二度と日本書紀に出てこない。
これが、推古年代の話として挿入されていることも不思議

というコメントがあった。

たしかにそう思う。

だとすれば、37年の狭手彦は527年の近江毛野のコピー・アンド・ペーストとも読める。逆に近江毛野の名で登場する人物は、松浦の人“狭手彦”だったのかもしれない。

継体天皇は磐井の乱や朝鮮半島の事情にかかずらっている暇はなかったはずだ。国内事情だけで手一杯だった。しかも混乱のさなかに死んでしまう(おそらくは暗殺)。

だから、磐井の反乱の鎮圧や新羅との抗争などを担った人物は別にいたはずだ。それが毛野や狭手彦のモデルとなった人物に指示を与えていたはずだ。

大伴の百済密約やそれがバレての失脚も、盗作あるいは創作であろう。



継体は記紀と歴史のクロスロードなのか

水谷千秋さんの「継体天皇と朝鮮半島の謎」(文春新書)という本を題名につられて買ってきた。

水谷さんは「倭=大和王朝」派だから、話が合わないところがある。私は筑紫王朝派だ。(2014年06月04日 

ついでながら「倭=大和王朝」派の最大の、ほとんど唯一と言ってよい拠り所が古墳(大規模前方後円墳)であることも分かった。かえりみて、筑紫王朝派の最大の拠り所は中国の一連の史書である。

武谷問題で言い忘れたことがひとつある。

私が加藤氏を批判するのは、「坊主憎けりゃ袈裟まで」というやり方がおかしいということであって、「坊主=日本共産党」が憎いということについては、共感できないわけではない。

逆に「悪いのは共産党で、武谷氏は被害者みたいな言い方も、やめたほうが良い」という、加藤氏の言い分にも一理はある。しかし共産党と武谷を串刺しにするのは、もっと乱暴だし、もっと傲慢だ。


いわゆる「50年問題」だが、その主要な側面は「分裂」にあるのでもなく、「極左主義」にあるのでもなく、党の事実上の「壊滅」にある。さらにマクロな視点に立てば、共産党の「壊滅」は、主要には「プログラムされた死滅」ではなくアメリカと支配層による「殲滅」作戦の結果である。


しかし厄介なのが対外盲従性の問題で、これは50年以降の党の弱体化にともなって強まっただけではなく、6全協以降の再建過程で明らかに強化されている。いわば外圧を背景に党が再建されたことの必然的結果といえる。

再建された党が掲げた親ソ・親中の路線は、しばしば現場の方針と齟齬をきたした。それがモロに大衆運動と激突したのが60年代前半だった。


しかし、事後的にではあるが、それらは全て基本的には現場の方針にそって修正されていった。歴史的に振り返れば、間違いなく共産党は各種課題と真摯に向き合ったと思う。それはこの間に共産党が「知識人の党」(グラムシ)となったからだ。


このへんはむしろ加藤さんの専門領域だろうと思うが、私が共産党に接近した昭和40年ころ、共産党というのは実に奇妙な組織だった。組織のトップは戦後の労働運動を通じて専従となり、レッドパージや反動攻勢を生き抜いてきた人々だった。

しかし企業からはパージされ労働現場に足場を持っているわけではなかった。基本的な足場は生協や民医連などの市民運動であった。


いっぽうレッドパージは大学には貫徹せず、組織が無傷のまま残されていた。ここが多くの活動家の巣立ちの場所となった。これらの事情は、逆に共産党が高度成長の時期を生き延び、さらに成長を遂げた背景となっている。そして共産党がソ連や中国に対し自主独立の立場を打ち出し得た理由となっている。


繰り返すが、日本共産党も私たちも原子力の平和利用について幻想を持っていたことを自己批判しなければならない。問題は具体的に提起されている。現実の原発には平和利用の可能性も安全な運用の可能性もなかったのだ。

私たちは原発の安全性について度重なる警告を発してきたが、それを根本的に否定してこなかった。

いまやこう言わなければならない。「原発は根本的に否定されなければならない」と。





私が40年間勤めていた北海道民医連の中央病院で、医師が刺されるという事件が起きた。

あらためて医療の場が修羅場でもあることに思いを致し、粛然たる思いである。

詳しい事情は分からないが、こういう事件が今まで起こらかったほうが不思議であるのかもしれない。

北海道民医連は、社会的に抑圧された民衆に医療を提供することを本分の一つとして来た。

最初に建てられた病院は「大門通り」、旧赤線地帯のどまんなかだった。敷地そのものが遊郭の跡地だった。都心に程近いというのに川一つ隔てて、そこはサムライ部落と呼ばれた場所でもあった。

中小の鉄工場や印刷工場が並ぶ労働者の街でもあった。

いわばセツルメント運動の延長のような形で、そこに医者や看護婦が住みつき、生活保護や一人暮らしの人々の医療の支えとなった。

当然のことながらそこは犯罪の多発地帯でもあった。病院にもやくざ者が出入りし、胸ぐらをつかまれたり、蹴飛ばされたりすることも度々だった。

大学の医者からは「梅毒病院」とあざ笑われた。

その後、民医連が全道規模に拡大してからも、医療に恵まれない人々を支援し、さまざまな患者運動と連帯する姿勢は変わらなかった。

難病患者への支援、肝炎患者への支援、障害者運動への支援、被爆者への支援、公害闘争、過労死への支援などが多彩に展開された。

だから患者さんからも信頼され、ヤクザ屋さんからも頼られた。戦地に身を置くNGOにも似て、危険な場所に身をおいているのに、不思議に安全だった。

「先生、いいものを見せてあげようか」と言いつつ、ポケットからハジキを取り出した患者もいた。右翼の街宣車を病院の玄関前に乗り付けて、「クスリもらいに来ました」という患者もいた

しかし、さまざまな運動の中に身をおいて活動する以上、運動から発生する混乱が持ち込まれるのも避けられなかった。

とりわけ肝炎に携わった関係者の努力は敬服に値する。そのなかで患者さんの医療だけでなく運動の支援、各種作業とほんとうに大変だったろう。

その結果、国に責任を認めさせ、補償を実現したのは我が国医療運動の歴史の中で特筆すべき出来事だった。

関係者には心から敬意を払いたい。

それと同時に、運動が大きくなればなるほど、善意と信頼だけではすまなくなる場面も出てくると覚悟しなければならない。

だが、安全を守る道は相変わらずただひとつしかない。医師・スタッフ・患者さんがしっかりと手をつなぎ、心の通いあう医療を展開すること、医師を民医連運動の「宝」として支え、育て、守りぬくことである。

これを機に、肝炎患者運動を始めとするさまざまな運動や闘いの歴史を学び直し、あらためて民医連運動に確信を持ち、その確信を患者さんと共有し、次の一歩(総訪問・総対話)を踏み出すことがもとめられていると思う。


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