鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

2014年06月

これで一段落ということになるのだろう。シシが新大統領に当選した。
いままでは書きにくいから書かなかったが、一応の総括の時期に入ったようだ。
選挙については3つほど特徴を上げることができる。
1.投票そのものは、ほぼ平穏に行われたこと。市民はこれ以上の混乱を望んでいないことの現れだろう。左派も自覚的に非暴力を貫いた。
2.しかし投票率は50%に満たなかった。シシと軍部への不満と警戒は深部に渦巻いていることを示す。
3.左派の対立候補は惨敗した。これは主として左派系の人々が投票という行動よりも棄権(平和的ボイコット)という形で意思表示したことを示す。

それで、2011年1月以来の流れのなかで現在の状況を見てみると、
1.決して振り出しに戻ったわけではない。ムバラク体制が否定され、イスラム原理主義も拒否された。その上での新体制だということは見て置かなければならない。
2.新体制がムバラクなきムバラク体制だとは言い切れない。もともとサダト・ムバラク体制はナセリスト政権の変質・堕落したものだった。軍にはナセルの伝統が生きている可能性がある。(左派の対立候補も元はナセリスト左派であった。もっともナセルも革新的・進歩的ではあったが、決して民主的ではなかった)
3.軍は無傷で残ったが、タハリール広場を埋めた青年の運動も(無傷ではないが)しっかりと残っている。そして「アラブの春」を是と捉えるコンセンサスは厳存している。

などをしっかり踏まえる必要がある。
そのうえで、いくつかの残された問題をあげておく。

1.民主的選挙で選んだ大統領を短期間のうちに非民主的手段で打倒したというスティグマ。
2.原理派の政治活動に対する徹底的弾圧という、それ自体が非民主性をはらんだ政治姿勢。(シナイ半島のアルカイダ系ゲリラへの対応をふくめ)
3.ムバラクの新自由主義的改革路線を継承するのか、それと対決するのか。

以上、本日の赤旗での鈴木恵美さん(早大イスラム研)のインタビューを読んでの感想である。

小樽 新世界とチーズパイ 2

 続き

マスターは元は菓子職人だそうだ。琴似あたりで仕事してたが、勤めが嫌になったのと、小樽に来たかったので来たそうだ。この店は空いていたから借りたそうだ。

こっちも別にそんな話を聞きたいわけではないが、他に話すことがなければそんな話になる。年も知らないし、そういえば名前も聞いたことなかったかもしれない。

店は年中無休という名目だが、不定休といったほうが正確だ。

当然ながら客はあまりいない。なにか気が向いて、何ヶ月か続けて開けると客が増えてくる。そうすると休んでしまう。

2,3回は中から電気が見えるので、看板が出ていないのを承知で押し入ったこともある。鍵は開いたままだった。マスターは観念したふうに看板に電気を入れた。

私のような新世界中毒が他にも何人かいた。藻岩山の麓からハーレーで乗り付けるおっさんもいた。大きな声では言えないが、しっかり飲んでいた。まぁ着くまでには醒めるだろう。

花園通りでスタンド割烹を開いているおっさんも常連だった。この人は店が空いていると、早仕舞いしてしまう。そして10時半過ぎにいそいそと入ってくる。そして座るなりチーズパイを注文するのである。

たしかに注文してから、出来上がるのには20分位はかかるから、急がなくてはならない。冷蔵庫から取り出した生地を麺棒で伸ばして、2枚に重ねあわせてまた伸ばし、チーズを挟んでまた伸ばしだったかな?

よく覚えていないけど、なにかフォークでぶすぶす刺していたのは記憶にある。やがてパイ生地とチーズの焦げる匂いがしてくると、何か笑えてしまうのであるが、この笑いは何なのかよく分からない。

「始終やってないから、来る前に電話するんだが、電話も出ない。仕方がないからダメ元で来るんだが、たいていは、やっぱりやってないんだよな」

このおっさんも相当のフリークである。

そんなこんなで、新世界がやっていないとそちらの店に回るようになった。「そうか、今日もやってないのかい。腕はいいのにねぇ」

などと言いつつ私の顔を見ると、おっさん、和食専門なのに、注文もしないのにゴルゴンゾーラの創作料理を出すようになった。さすがにチーズパイは作らなかったが。

新世界には女性の常連もいた。いつも一人だった。濃いめの化粧のせいもあったが、店の薄明かりの中でたしかに浮き立って見えた。

表通りの雑居ビルでスナックをやっていると聞いた。名刺ももらって「一度うちにもきてね」と言われた。「ぜひその内」と返したが「ご挨拶」と思っていた。

あるとき、マスターから「あの人の店にも一度行ってみてください」と言われた。

続く


グローバル戦略研究所の小手川さんという方が

現在の経済危機について(2):リーマンショック後の世界的な経済危機発生の原因」という文章を書いている。(2012.01.25)

レポートというより読み物的なものだが、現場の当事者としての感想もふくまれていて面白い。

ちょっと抜書きしておく。

リーマンショックが世界経済恐慌をもたらした原因は…詳細な検討は全く行われていません。

(小手川さんとしては)、グラススティーガル法を廃止した当時のサマーズ財務長官、長期間金融緩和を続けたグリーンスパン連銀総裁の2人をA級戦犯と断じています。

その上で、リーマンショックが世界経済危機にまで発展した理由として、二つを上げている。

まず、リーマンの引受先としてバークレイズを指名したことだ。「リーマンの最大の株主であり、リーマンが破綻すると最大の損失を蒙る」からだ。

ところが本件を監督する英国の金融庁が拒否した。その先にはダーリング蔵相がいた。この辺はポールソン元財務相の回顧録の受け売りのようだ。

その上で小手川さんは英国の立場に立つ。

冷静に見れば、米国市場において間違いを犯したリーマンを、英国の会社であり規模的にもずっと小さいバークレイズが買収し、その結果破綻する場合には結局英国の納税者の税金で対応せざるを得ない。

ということで、米国側の根回し不足が理由の一つ。

もう一つが、いささか自慢話になるが、

1997年に、私が担当課長として山一證券の自主廃業を行った際に、我が国政府は11月22日から24日の3連休を利用して、山一證券の全ての海外取引を週末のうちに解消した上で山一の清算をしました。

リーマンは膨大な規模の国際取引を解消することなく破綻しました。このため、その影響は全世界に及び、世界恐慌を発生させてしまったのです。

ということで、結局ここに話しが落ち着く。若干、「竜頭蛇尾」の「我田引水」だな。

わかりやすく解説してくれている文章を見つけた。紹介しながらケチを付けるみたいだが、分かりやすいというのは若干バイアスが入るということなので、そのつもりで読むと良いと思う。


 リーマン・ショック後の世界金融市場と日本経済の未来

慶応義塾大学准教授 小幡 績

1.持続不可能な金融市場

金融市場の構造は大きく変わった。金融市場への資本流入の継続的拡大により金融商品の価格上昇トレンドを作り、それにより投資家が利益を上げるというスキームは不可能になった。

(金融市場は)新規の資本流入がなくなった代わりに、中央銀行からの資金供給を増加させることにより、価格上昇トレンドの維持を図ろうとしている。

普通に考えれば、それは維持可能なはずがない。中央銀行は自らの存在意義が危うくなってしまうからだ。

2.欧米金融資本対新興国産業資本

成熟国の金融資本が資金を引き揚げようとするスピードと、新興国の実体経済の成長から生まれたマネー資本が流入してくるスピードと、どちらが速いかが世界金融市場の未来を決めるだろう。

3.世界的低金利による市場崩壊

世界的な低金利が実現している。これは金融緩和政策を限界まで行った結果である。

すべてのリスク資産市場の急騰は、この金融政策の効果であった。急騰すれば高値感が出る。その結果、下落リスクに対して逃げ腰の投資家が多数を占めるようになった。

金利水準はゼロとなり、中央銀行はさらに量的緩和にまで踏み込むこととなり、それ以上の打つ手はなくなった。残されたのは下振れリスクのみである。

何かあれば皆が売りに回り、市場は一気に暴落するという条件がそろってしまった。

4.日本経済の未来

5.金融の本質とは何か

リーマン・ショックとは世界的な金融市場バブルの崩壊であり、とりわけリスクテイクバブルの崩壊である。

リスクテイクバブルをもたらす様々な仕掛けを生み出したのが、当時の金融イノベーションであった。

金融イノベーションは、リスク資産にリスク分散の機会や流動性を与え、投資を金融商品化し、投資資金の流入を拡大させた。

金融というのは本来、実体経済の補助として生まれたものだ。大量生産を支える枠組みが企業という組織と金融という仕組だった。

その金融をさらに効率的にしたのが金融市場である。金融市場は、金融機能を商品化することで、小口化と売却可能性を付加して、参加するプレーヤーを増やした。

金融市場は本質的にバブルであり、存在そのものがレバレッジとなっている。したがって、金融市場が暴落すれば、逆の方向にレバレッジが効いて少数の取引価格を元に大暴落することとなる。

6.今回の金融バブルの特異性

リーマン・ショックと、20 世紀までの金融市場と何が違うのか。

どちらも本質的にはバブルであるが、今回のバブルはバブル以外の要素が含まれない純粋なバブルだった。

一定量以上の資本が特定の金融商品に集中すれば、それは自然とバブルとなる。

たとえばIT バブルは、世界中の資金と人材が投入され実現したテクノロジーのブレイクスルーでもあった。

しかしリーマン・ショックで生み出されたものは何もなかった。サブプライムローンで貧困層が自宅を購入できた、というのは大きな間違いだ。彼らの得たものは住宅ではなく借金であり自己破産の道だった。

テクノロジーの進歩も、新しい人的資本もビジネスモデルも蓄積されなかった。

7.現在の欧州危機は財政危機ではなく銀行危機

現在、欧州は財政危機が勃発し、世界全体の金融危機への不安が広がっている。

しかし、現在進行中の危機は国債のデフォルト懸念ではない。本質的には銀行破綻への懸念だ。

リーマン・ショック後も、金融機関の財務整理が進んでいないために、連鎖のリスクが高いままだということにある。

欧州金融機関はリーマンショックのあとアジアなどの新興国からの資金引き揚げをおこなった。新興国の通貨は下落し、ブラジル、韓国などが通貨防衛に走らざるを得なかった。

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(ヨーロッパ、特にイギリスの銀行の海外貸し出しが異常に多いのが分かる)

欧州金融当局も、銀行の資本増強をどう行うかに議論を集中している。しかし、最も重要な改革は実現されていない。

それは資金投入量を拡大して金融商品の価格を上昇させ続け、その中で利益を上げるというスキームからの離脱だ。

当局の規制、監視により、リスクテイクが抑制され、リスクの高い商品を高度に加工してリスクを低く見せる商品は下火になった。

リスクの低い国債への投資が行われているが、スキームは同様である。国債だからリスクは小さいと言う前提で、担保も投資先も国債でやって行くから、レバレッジがかかる。

その結果として国債のリスクが顕在化し、一気に崩壊へ向かう危険を内包している。この状況で、国債の暴落が始まったのが欧州の債務危機である。

8.新しい金融モデル

9.流動性の行方

ジョージ・セルの演奏はその後もどんどん新規アップロードがある。
そのたびにびっくりする。
今回聞いたのはベートーベンの運命とムソルグスキー=ラベルの展覧会の絵だ。
運命の方は1955年のクリーブランドとの演奏と60年代後半のウィーン・フィルとの演奏だ。
ちょうどフルトベングラー・BPOの54年録音盤もアップされていたので、3つ続けて聴くことになった。
フルトベングラーの方は相当乱れている。ライブ録音なのだろうか。この乱れがいいというのがフルベンフアンだから致し方無い。つぎにセルのウィーン・フィル盤、精気が漲っていてメリハリが効いていて、聞いていて気持ちのいい演奏だ。しかし55年録音を聞くと前2者の印象は俄然吹っ飛んでしまう。
こんな演奏は未来永劫ないのではないか。とにかくすごい迫力だ。神の業だ。音の一つ一つが完璧だ。セル・クリーブランドの演奏を聞いていると、音楽を聞いているというより、殴りつけられているような感覚に襲われる。
逃げようと思ってもその逃げ道を見透かしたように、次のパンチが繰り出される。
演奏が終わったときにはパンチドランカーの気分になる。
おそらくセルとクリーブランドの最良の演奏は55年から60年位までの時代にあるのではないだろうか。この時代においては間違いなく、群を抜いて世界一だろうと思う。
展覧会の絵もすごい演奏だが、音の古めかしさもあって、もう少しお砂糖味の演奏を聞きたくなるところもある。しかし別の日に聞いたら、また別の印象になるかもしれない。

倭の五王と大和政権の越えがたい断絶

記紀を無視して古代史を構築する限り、倭の五王と大和の大伴・物部連合による支配の間には断絶がある。

そこで何があったかというと、記紀にあるかぎりは筑紫の君磐井の反乱をおいてない。

この事実は記紀否定派である私も認めざるをえない。ただ中国や朝鮮の文献による裏付けはない。

大和政権にはその世紀の末まで、まともな文献はない。おそらくこの政権は「文盲」政権であったと思う。

だから、古事記ではたんなるレジェンドとして扱われている。それが日本書紀で一気に月日まで詳らかにされる。これは「文盲の民」にできる仕業ではない。

そこには日本書紀の作者が入手し得た「新資料」があったはずだ。それは百済本紀をおいて他に考えられない。(「九州王朝」の本紀という説もある。そういうものはあっただろうが、それが150年を経て突如発見され、大和政権に引き継がれたとは考えにくい)

「磐井の乱」の記述から言えること

おそらく国の雌雄を決するような大規模な戦闘が、九州北部で展開されたのだろう。それだけは間違いない。

それを古事記の磐井の乱と関連付けたのは日本書紀の作家だから、そこから先は信用しないほうが良い。

この戦闘によって、一気に雌雄が決したものなのか否かもわからない。百済本紀そのものは現存せず、新羅本記には日本国内での政変については全く触れられていないからである。

にもかかわらず、500年代初頭からの倭の対外的プレゼンスの極度の低下は明らかである。つまりこの内乱は事実上共倒れに終わったと見るべきであろう。

新羅本紀の示唆するもの

我々が手にしうる唯一の同時期文献としての新羅本記には、倭の「閉じこもり」と対照的に、新羅が一大国として成長していく過程が明らかにされている。

400年代まで新羅本記には倭の侵攻が度々記録されている。その最後の記録が切りの良い西暦500年、「倭人が長峯鎮を攻め落とす」というものである。

そして502年以降は倭王は消息を絶ち、その後中国文献には倭王は登場しない(中国政権にみずから上表したのは478年が最後)

その翌年、新羅は新羅国王の称号を確立した。514年には法興王が即位。彼の在位中に、南朝の梁に朝貢し国家としての認定を受ける。南朝方から見て新羅は倭の属国ではなくなったことになる。

522年には伽耶王が花嫁を求め、532年に金官国王が財宝と家族と共に来降。532年に年号が始まった。

次の真興王の時代には、高句麗と対立する百済が講和を求めた。このとき、新羅は百済に援軍を送っている。

545年には初の国史が編纂された。記紀より150年以上も前のことだ。この時点で大和政権をはるかに凌駕する水準と見てよい。

逆に言えば倭はこの間(502~514年)に、ひどくみすぼらしい水準にまで没落していることになる。西暦500年以降、新羅本記は日本という存在を完璧に無視し続けている。

(ただしそこには意図的なものもあったかもしれない。隋書では「新羅、百濟皆以倭為大國、多珍物、並敬仰之、恒通使往來」とある)

倭王武の上表文を素直に読む

倭の五王の時代日本は、自他ともに認める朝鮮半島南部の支配者だった(支配と言ってもかなりいい加減だが)。被支配者の新羅に国史があり、日本にそれに類するものがなかったとは考えにくい。なかったのではなく消滅したものと考えるのが自然であろう。

倭の五王が築いた倭国家は崩壊した。それを崩壊に至らしめたものが大和政権であったかどうかはわからない。百済本紀を知った後の者たちが、自分たちの手柄として、自らのレジェンドの中に組み込んだだけなのかもしれない。

ただいずれにせよ、一大軍事国家が崩壊したことだけは間違いない。そして大和(大倭)を名乗る大和政権が、ふたたびアジア史の舞台に登場するには、半世紀以上を要したことも間違いない。

裴世清が行ったのは大和

隋書(裴世清の紀行)に現れる倭国が大和政権であることは間違いなさそうだ。それが筑紫以東を(秦国を除いて)支配していたことも間違いない。そしてその国が、倭の五王の形成した元の倭国とは断絶した存在であったことも間違いない。タリシホコには五王に関する知識は全くなかった。これが西暦600年頃のことだ。

どうして旧唐書は軽んじられるのだろうか

そして次にはかなり間を置いて旧唐書が作られる。

この間には何回にもわたって遣唐使が派遣されているから、日本人から直接情報を得ることができた。

であるがゆえに多くの異説が生じ、それが書き留められている。中国側文献としては、その正確度において、我々がもっとも依拠しなければならない文献だろうと思う。

日本は倭国の別種である。その国は日の出る方向にあることをもって、日本という名とした。或いは曰く、倭国は悪字でありがその名雅ならずと、自ら日本と改めた。或いは云う、日本は旧小国で、のちに倭国の地を併合したと。

これだけはっきり書かれていれば、「或いは曰く」に過ぎないと無視する訳にはいかないと思う。言っているのは、日本を代表する遣唐使たちであった可能性が大きいからである。

YouTubeでは次の演奏によるブルックナーの交響曲第8番を聞くことができる。
Fedoseyev Moscow Radio Symphony Orchestra
Karajan conducting VPO live in St. Florian (1979)
Bruckner_ Symphony No.8 - Haitink_BRSO(1993Live)
Bruckner_ Symphony No.8 - Haitink_RCO(2007Amsterdam)
Bruckner Symphony No.8 - HaitinkRCO(2007London)
Furtwngler_WPO Symphony No 8 Bruckner
Bruckner - Symphony n8 - Berlin  Furtwngler 1949
Bruckner_ Symphony No.8 - Bromstedt_BRSO
Bruckner - Symphony No 8 Horenstein_LSO Live 1970
Bruckner - Symphony No 8 in C minor - Tennstedt - BPO
Bruckner Symphony No 8 Celibidache Munchner Phil Live Tokyo 20 Oct 1990
Bruckner Symphony No. 8 in C Minor - Berlin Philharmonic - Daniel Barenboim
Bruckner Symphony No.8 Herbert Kegel 1975
Bruckner Symphony No.8 in C minor (First version) - Inbal
Bruckner Symphony No.8 in C minor (Haas edition) - Asahina  NHK Symphony
Bruckner_ Symphony No.8 - Giulini_WPh(1984Live)
Carl Schuricht-WPO Bruckner Symphonie No. 8 in C minor (1963)
Keilberth Kölner Rundfunk-Sinfonie Symphony No 8 Bruckner
KentNagano_Deutsches Symphonie-Orchester Berlin Bruckner Symphony No. 8
Sir John Barbirolli - Bruckner Symphony No.8 in C minor (SD)
Thielemann_Dresden Staatskapere Bruckner Symphony No8 in C minor
一応ながら聞きだがひと通り聞いた。
フェドセーエフ、バルビローリとケーゲルについては以前に書いた。
本日はホーレンステインについて書く。ホーレンステインはハイフェッツのオケ伴指揮者で名前は知っていた。
独り立ちしてブルックナーを振るような指揮者とは思っていなかった。
しかしながら聞きするには意外に良い。世間の評判はそれほどではないようだが、私はLSOのブラスが好きだ。バリバリと威勢がいい。ブルックナーを聞いているときは、耳を済まして聞いている時以外は、ブラスが鳴り始めて初めて聞こえてくるから、ブラスの音がいいのは大変ありがたい。
ホーレンステインの演奏に深みはない。いわゆるB 級グルメだ。メロディーラインがはっきりしていて、LSOのブラスの良さを大変良く引き出してくれる。これでいいのだ。これで何が悪い、という演奏をせてくれるからたいそ助かる。

もう一つ、大変気分の悪いニュース。
トヨタが5年間のあいだ1文の法人税も払っていないという話。社長が自ら喋ったんだからこれ以上確かなことはない。
5年前にゼロになったのはリーマンショックのため。たしかに大幅な赤字を計上した。だから利益に課せられる法人税型だというのは納得できる。
しかしその後の業績は殆ど奇跡的と言っていいくらいで、世界で1千万台を売り上げるところまで伸ばしているのは周知の通り。
5年間の累積利益は2兆円(連結)に達している。
そこで腹が立つのが株主配当だ。なんと1兆円を超えているのだ。これは泥棒ではないか。税金逃れのからくりは別に考えるとして、これが税金泥棒でなくてなんなのだ。
計算してみよう。
1兆円の配当を受取る富裕層は、普通なら所得税で40%を超える税額になる。ところが配当でもらえば20%だ。つまり富裕層は1兆円の4割4千億円を支払うべきところ2割の2千億円で済ましていることになる。トヨタだけでこれだけなら、おそらくこの「合法的な脱税」額は1兆円を降らないだろう。

こういうどろぼう連中が日本の政治を握って、若者に「国のためだ、死んでこい」という政治をつくろうと企んでいると思うと、なおさらに腹が立つ。
「国民のためなら、考えなくもないが、お前らのために死ぬのはまっぴらだ。お前らが死んでくれれば、いっそそのほうがスッキリする」


収入源、物価上昇(消費税分も含めた)と並んでもう一つの重要な数字が4.6%である。
これは、97年の消費税引き上げ時と比べることで意味を持ってくる。ここは“あのNHK”がしっかりチェックしていた。
増税後の落ち込みとしては、消費税率が5%に引き上げられた平成9年4月のマイナス1%を大きく上回っていますNHK ニュースWEB)

同じ30日に同じ総務省が発表した4月の全国消費者物価指数


 総務省が30日発表した4月の全国消費者物価指数(2010年=100)は、値動きの大きい「生鮮食品を除く総合」が103・0と、前年同月に比べ3・2%上昇した。

 消費税率引き上げの影響が反映されており、上昇率はバブル経済期の1991年2月(3・2%)以来、23年2か月ぶりの高さとなった。

 消費者物価指数の上昇は11か月連続だ。日本銀行は消費税率引 き上げによる消費者物価指数への影響を1・7ポイントと試算している。この増税分を除くと、上昇率は1・5%程度となり、3月(1・3%上昇)より0・2 ポイント程度拡大したとみられる。増税分の価格転嫁に加え、物価の上昇基調も続いていることを示した形だ。

 3月に比べて上昇率が大きかったのは、ペットフードや冷蔵庫、チーズなど。燃料価格の上昇により、ガソリンや電気代の上昇も目立った。

 家計の実感に近い「生鮮食品を含む総合」は3・4%の上昇。物価の基調を見る上で重要な「食料・エネルギーを除く総合」は2・3%の上昇だった。(読売新聞)

阿修羅にはこんな投稿があった。「遂にスタグフレーション突入へ!

これがマイナス7.1%の根拠。


総務省は30日、4月の家計調査報告を発表した。2人以上の勤労者世帯の実収入は、1世帯当たり46万3964円で、前年の同じ月と比べ、マイナス7.1%。昨年10月以来、7か月連続の実質減少となった。

同省の発表によると、勤労者世帯の収入は、昨年10月〜今年2月まで、前年同月比でマイナス1%程度で推移。しかし、3月は3.3%、4月は7.1%となり、減少率が拡大している。

一方、同じく2人以上の勤労者世帯の消費支出をみると、 4月は1世帯当たり30万2141円。3月と比べ実質13.3%も減少し、消費税率の引き上げで消費を控えた様子がうかがえた。


ウーム、何が起きているのだろう。

収入が7%減って消費税が3%増えれば、なんと1割も減ったことになる。正社員の給料がまさか1年で7%も減ることはないし、非正規の人の収入はこれ以上減らせないほど少ないのだから、正社員が減ったこと以外には考えられない。

解説したものを少し探してみよう。


とグーグルしてみたが、まったくない。これだけ衝撃的な数字なのに、何故1本もないのだ。






待っていた消費税アップ後の数字が出てきた。
本日の経済面から。
appugo
前年同期との比較なので、他の要素もかなり加わっている。ちょっと解釈が難しいところがあるが、存外に消費が落ち込んでいないことが分かる。鉱工業生産指数が落ちていないのは公共投資による建設景気と輸出産業の堅調によるものであろう。
この表は消費税引き上げの影響調査というよりは、むしろこの1年間のマクロの変化として読んだほうが良いのかもしれない。
もっとも顕著なのは、勤労者世帯の実収入の低下である。顕著すぎる!
団塊の世代が65歳を過ぎていよいよ年金生活に入ったということなのだろうか。
どこから持ってきた数字か分からないが、もし本当ならもう少しパニックになっても良いのでは、と思う。




うかつにも読み飛ばしたようだ。記者座談会によると、志位さんの予算委員会での質問で次のようなくだりがあったらしい。

これまでの海外派兵法では、他国の武力行使への参加を避けるため、…「非戦闘地域」での活動に限定していた。
アフガンに派兵したNATO軍は、後方支援が主だったにもかかわらず、「戦闘地域」で活動したために21カ国1031人もの死者を出した。
首相は「戦闘地域」で活動しても、「武力行使を目的にしていない」からNATO軍のようにならないと言いたかったのだろう。
…海外派兵法では、2条2項で武力行使をしない、3項で戦闘地域に行かないとなっている。政府の「事例集」では3項がなくなる。3項がなくなれば、2項が残っても2項の意味は殆どなくなってしまう。


ということで、私もNATO軍が後方支援を主とすることになっていたということは知らなかった。原文でどうなっているか知りたいところだ。

溜まっていた赤旗の一気読み
面白かったのが、「ブラックバイトから学生生活を守ろう」という呼びかけ。
ブラックバイトという言葉を初めて聞いたが、ブラック企業による学生アルバイトいじめのことだ。
非常に読みやすい文章なので直接読んでもらうほうが良いと思うが、さわりだけ紹介。

何が起きているのか
無理なシフトを組まれる――「シフトの連絡が直前。予定があるのにシフトを急に入れられる」(ファストフード)、「テスト期間なのに『がんばってシフトに入ってくれ』と言われる」(結婚式場)

 違法・脱法行為――「15分未満の勤務時間を切り捨てられる」(スーパー)、「授業の準備や授業後の報告書づくりが賃金に加算されない」(塾講師)、「売れ残りの商品を買わされる」(コンビニ)、「皿を割ったら弁償」(ホテル)

 最低賃金ギリギリの低賃金――「時給750円。せめて800円以上にしてほしい。安いから辞めたい」、「夜間でも時給750円」(長野県 コンビニなど)

 辞められない――「辞めたいが、いろいろ言われて辞めさせてもらえない」(居酒屋)、「バイト最年長という立場か らシフトを無理に入れられ、深夜にも呼び出される。辞めるなと念をおされる」(飲食)、「辞めたいと言ったら、『求人広告費分として給料から4分の3を差 し引く』と言われた」(飲食店)

なぜ広がったのか
…学生バイトの多くは、飲食店、コンビニ、アパレル関係、大手学習塾などで働いています。
…時給は同じなのに、バイトが「バイトリーダー」「時間帯責任者」などの「役職名」をつけられ、シフトの管理・調節や新人育成、不足商品の発注、店舗の鍵の管理など、正社員並みの過大な仕事と責任を負わされています。
“授業よりもバイト優先” “君が来なければ店がまわらない”といわれます。
学習塾では、授業以外にも、事務作業から保護者への対応まで学生バイトにやらせながら、授業時間以外は無給ということがまかりとおっています。
…学生バイトでも“失業”できない―仕送りは減り、巨額の借金となる奨学金にも頼れない多くの学生が、学生生活を維持するためには、バイトからの収入を途絶えさせることができない状態にあります。
…「バイトを辞めても、すぐに次のバイトが見つかるかわからない。だから不満があっても辞められない」という学生からの相談が増えています。
違法な働かせ方をやめさせよう
…一方的に押しつけたり、パワハラ的な言辞で強制することは許されません。そんなことをするのは、「契約を守れない」会社であることを世間に表明しているよ うなものです。「バイトだから」「若いから」と足元を見て押しつけてくることも、まさに「ブラック」であり、許されないことです。
退職を希望しているのに辞めさせない、故意でないミスについて弁償を迫るなどは、すべて労働基準法違反です。
以下略


リーマンショックの巨大さを知る

通商白書 2011年版から、実体経済に関わるグラフをいくつか転載する。

まずは主要国の政策金利の推移。

政策金利

ほとんどの国が公定歩合を0%近くにまで下げている。金利操作でやれることはなくなった。国家の経済調整機能は半分失われたことになる。それが現在まで続いている。あとは量的緩和で、「毒を以て毒を制する」しかない。

その「毒」のまわり具合を示すのが財政収支ということになる。

財政収支

ばらつきはあるのだが、平均で-4%から-10%まで悪化し、12年に至っても-7%にとどまっている。それが誰にしわ寄せされるかは別の話として、国家の懐は大打撃を受けたままにとどまっているということだ。

もしもう一度リーマン・ショックが襲えば、国家という国家は枕を並べて討ち死にすることになる。これだけははっきりしている。

下の2枚は鉱工業生産指数をリーマンショックの発生時を100としてプロットしたものである。上が先進国、下が新興国である。

鉱工業生産

鉱工業生産指数2

落ち込みの谷は半年後に来ており、先進国では平均して15%の落ち込み。問題はさらにそれが遷延化しており、2年を経過しても95%にとどまっていることである。新興国も中国を除けば同様の落ち込みを経験しており、先進国に比べ軽微とは言っても程度の問題にすぎない。

日本の落ち込みが少なかったのは、ひとえに中国のおかげだ。

次の図は貿易量の推移。通産省がオランダの統計局から拾ってきたもののようだ。

貿易推移

 縦軸の数字の単位がわからないが、ピークの160に対して谷底が130だから18%の低下ということになる。鉱工業生産の低下を上回る低下だ。

投資性向の指標として株価の動きを見てみると、下の図になる。

株価推移

図形の処理が間違っていて、08年9月としたところは、実は09年9月だ。ピーク・ポイントがまさしく08年9月だ。谷底には09年11月に達している。

粗々見ると、60%の低下となる。ほとんど商いがなくなってしまったと考えてよい。しかもそれは2011年に至っても全く回復の兆しを見せていない。

鉱工業生産の回復は、遊休設備が再稼働したに過ぎず、新たな投資はなされていないことになる。ということはいずれ設備の摩耗に伴い第二の谷が来ることになる。

新興国への投資はさらに深刻である。

新興国投資

投資額はピークの1兆ドルから4千億ドル弱まで落下した。とくに目を引くのは商業銀行融資で、5千億ドルが一気にゼロになり、谷底の時期にはマイナス収支まで落ち込んでいる。

これが新興国にいかなるダメージを与えたかは想像に難くない。


世界恐慌の波の終着点は、地理的には新興国ということになる。階級的には雇用だろう。ただこの統計は通商白書のものだから、雇用の問題は明らかにされていない。金融出動や財政問題もほとんど触れられていない。

また資料を探すしかないだろう。


 続き

マスターは元は菓子職人だそうだ。琴似あたりで仕事してたが、勤めが嫌になったのと、小樽に来たかったので来たそうだ。この店は空いていたから借りたそうだ。

こっちも別にそんな話を聞きたくて聞いたわけではないが、他に話すことがなければそんな話になる。年も知らないし、そういえば名前も聞いたことなかったかもしれない。

店は年中無休という名目だが、不定休といったほうが正確だ。

当然ながら客はあまりいない。なにか気が向いて、何ヶ月か続けて開けると客が増えてくる。そうすると休んでしまう。

2,3回は中から電気が見えるので、看板が出ていないのを承知で押し入ったこともある。鍵は開いたままだった。マスターは観念したふうに看板に電気を入れた。

私のような新世界中毒が他にも何人かいた。藻岩山の麓からハーレーで乗り付けるおっさんもいた。大きな声では言えないが、しっかり飲んでいた。まぁ着くまでには醒めるだろう。

花園通りでスタンド割烹を開いているおっさんも常連だった。この人は店が空いていると、早仕舞いしてしまう。そして10時半過ぎにいそいそと入ってくる。そして座るなりチーズパイを注文するのである。

たしかに注文してから、出来上がるのには20分位はかかるから、急がなくてはならない。冷蔵庫から取り出した生地を麺棒で伸ばして、2枚に重ねあわせてまた伸ばし、チーズを挟んでまた伸ばしだったかな?

よく覚えていないけど、なにかフォークでぶすぶす刺していたのは記憶にある。やがてパイ生地とチーズの焦げる匂いがしてくると、何か笑えてしまうのであるが、この笑いは何なのかよく分からない。

「始終やってないから、来る前に電話するんだが、電話も出ない。仕方がないからダメ元で来るんだが、たいていは、やっぱりやってないんだよな」

このおっさんも相当のフリークである。

そんなこんなで、新世界がやっていないとそちらの店に回るようになった。おっさん、和食専門なのに、私の顔を見ると注文もしないのにゴルゴンゾーラの創作料理を出すようになった。さすがにチーズパイは作らなかったが。

新世界には女性の常連もいた。いつも一人だった。濃いめの化粧のせいもあったが、店の薄明かりの中でたしかに浮き立って見えた。

表通りの雑居ビルでスナックをやっていると聞いた。名刺ももらって「一度うちにもきてね」と言われた。「ぜひその内」と返したが「ご挨拶」と思っていた。

あるとき、マスターから「あの人の店にも一度行ってみてください」と言われた。

続く


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