鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

2014年04月

本日の赤旗で、資本金の規模別に見た実効法人税率(12年度)を報道している。

共産党佐々木議員の要請に応じて国税庁が試算したものだから、権威のあるデータだ。おそらく赤旗しか載らないデータであろう。

houjinzeiritu


資本金10億円を境にして明らかに税率が低減する。

とくに連結法人の合法的“税金逃れ”が著しい。

赤旗では、この節税手口が二つあるとしている。

一つは研究開発減税。12年度の研究開発減税が2650億円、その81%が資本金10億円以上の大企業を対象としている。

そしてもうひとつは海外子会社配当益金の不算入。これは外国子会社から受け取る配当などの95%を非課税とするもので、空洞化を促進するばかりで、優遇そのものが不当なものだ。

これが総額3兆5千億円。その95%が資本金10億円以上の大企業に適用されている。


ちょっと計算してみよう。

10億円以上の企業は約5800社ある。これは全法人企業の0.3%に相当する。

この会社に研究開発減税と海外配当益金の不算入がどのくらい恩恵を及ばすかだ。

<(2650 x 0.81)+(35000 x 0.95)>/ 5800 = 6.1億円だ。

資本金10億以上の会社には、国が毎年6億円づつくれてやっていることになる。確かに企業にフレンドリーな国だ。

つぎに連結法人だが、12年度末で443社ある。そのうち370社が売り上げ100億以上である。

この連中が定率だとしても半分、累進性を念頭に置けば、2/3の税金を「節税」という名の合法的猫ばばしていることになる。

ただそれが幾らかを計算できるデータはない。

カザルス 王統派 でグーグル検索したが、それらしきものは引っかかってこない。ひょっとすると三浦さんのフライイングかもしれない。


細田晴子「カザルスと国際政治」

 カザルスはプラード隠棲中も安穏に暮らしていたわけではない。故国スペインと同じく、フランスもまたファシストの支配下にあった。

収容所のような極限状態とまでは行かなくても、カザルスはナチスの取り調べを受け、その監視下を怯えて過ごしていた。

カザルスは知識人の代表ではなく、大衆文化の時代に、知識人と大衆の間に位置したひとである。


ヴィクトリア女王からケネディ大統領に至る交流は、「王党派」というレッテルではなく、素人の知識人という視点から理解できる。

一方で、ラスク国務長官が反共の防波堤としてフランコ政権を賞賛するや、ただちに抗議の書簡をケネディ大統領に送付するという行動もまた、素人の知識人という視点から理解できる。

カタルーニャがらみの話は、申し訳ないがあまり興味はない。


日本語での情報はこのくらいだ。とりあえず、英語には手を着けないでおく。

Pablo Casals was born in El Vendrell in Catalonia, Spain in 1876. After studying in Paris he taught in Barcelona, and while there formed a long-lasting association with the monks of the nearby Benedictine monastery of Santa Maria de Montserrat.


He was an early opponent of nuclear weapons and in 1958 issued a joint appeal with Albert Schweitzer to the American and Russian governments to ban nuclear tests, and he also expressed concerns about America's involvement in Vietnam.


三浦淳史さんの「レコードを聴くひととき」という本がある。1979年の出版だ。多分古本屋で買ったものだろう。
いつ買ったものやらわからないが、開くのは間違いなく初めてだ。

この三浦さんという人1913年(大正2年、私の親父より一つ上)の生まれだが、経歴がどうもいい加減だ。34年に北大予科在学中に伊福部、早坂らとともに新音楽連盟を結成したとある。
つまり21歳のことだ。21になって予科でウロウロしているというのがそもそも変だ。第一不景気の真っ最中だ。
それでもって東北大学の法文学部に進学したのだが、そこを卒業したのはなんと1940年。もう27歳だ。
それで、そのまま音楽評論家ということになるのだろうか。とんでもねぇ非国民だ。
ただあの頃は洋楽の知識があるとそれだけでも飯が食えたようで、親父の蔵書にも野村あらえびすの音楽本があって、私もむさぼり読んだことを思い出す。
洋楽フアンというのはコンサートに通う都会のお金持ち、レコードを買う田舎のお金持ちのほかに、音楽など聞けずに音楽にまつわる話を書いた本を読んでは、ひたすら音楽に憧れていた貧乏人、という階層があって、こういう下層階級が音楽文化を支えていたんですな。
私も高校時代は図書室のレコード芸術を、見開きの広告から最終ページの編集後記まで毎号読んでいました。貧民音楽フアンの一典型です。三浦さんの海外情報(アメリカ専門でかなりゴシップ的)も「MUST」文章の一つでした。

そんなことを書くはずじゃなかった。
肝心なのはその本の一節です。
ちょっと抜書きしてみます。

オーガナイザーとしてのシュナイダーの歴史に残る業績といえばプラド音楽祭であろう。
プラドというのは西仏国境をなすピレネー山脈のフランス側の小さな村。
そこには世紀の名チェリストパブロ・カザルスが世を捨て隠棲していた。
カザルスといえば、反ファッショ運動、平和運動の名士としても知られる。
しかし、実はカザルスは王党派である。その王党派ぶりは、その談話を見るとまことに微笑ましいものがある。
カザルスの自主的亡命は、スペイン人であるとともにカタロニア人であるカザルスと祖国スペインとの個人的な問題でしかない。

さて、シュナイダーは最初天文学的なギャラを並べてアメリカに呼ぼうとするが、カザルスはカネなどに目もくれない。そこで一計を案じたシュナイダーは、「バッハ生誕200年」ということでプラドで音楽祭を行うという策を考えついた。
「バッハに神を見る」カザルスはこの提案にすっかりはまってしまった。カザルスからOKをとったシュナイダーは、ただちに委員会を結成し、全世界の有名アーチストに参加を呼びかけるなど辣腕ぶりを発揮した。
第1回のカザルス音楽祭は空前の豪華顔ぶれを集めることが出来た。
シゲティ、マイラ・ヘス、クララ・ハスキル、マルセル・デュプレらが辺鄙なピレネーの山懐に集まったのである。

シュナイダーというのはブダペスト四重奏団の第2バイオリンをつとめたアレクサンダー・シュナイダーのことです。
三浦さんはシュナイダーに対してかなり辛辣な評価を浴びせています。

カザルスはシュナイダーを「偉大なバイオリニスト」と褒めているが、この万年第二バイオリンを偉大なバイオリニストと読んだのは、後にも先にもカザルスしかいない。

それにしても、三浦さんの話の胡乱なこと、これでは落第するわけです。

というわけで早速YouTubeを漁る。
elenakuschnerova.com という本家サイトがあって、ずいぶんたくさんの演奏がアップされている。
そこから辿って行くと、 Radio Pianoforte - Radio EΛENA ** というサイトに行く。ここのFree Download のページには驚くほどの音源が用意されている。

1990年のモスクワ音楽院での演奏のビデオがあって、すごい。
ほっそりしている。最近のビデオではポパイみたいな腕だが、あれは贅肉だ。ロシア人だから仕方ない。
ピアノ・フォルテというが、この人はフォルテ・フォテシモだ。凄まじい勢いで驀進していく。

Kuschnerova at the 1990 Tchaikovsky Competition, second round というクレジットが入っている。
しかしこの年のピアノ部門の入賞者7人の中にクシュネローバの名はない。どうもわからないのだが、82年に学校を卒業して、8年も現場でやっていてからコンクールに出るということがあるのだろうか。しかも選外だ。
ひょっとするとこれが国を出た原因なのだろうか。

とはいうものの、ドイツに移ってから芸風は変わった。体操選手からバレリーナに転向ということだろう。
どういうわけか本家のサイトなのにあまり音質の良いものがない。
音の割れていない演奏から選んでおく。
Mendelssohn - Lieder ohne Worte Op.67 No.2 - Kuschnerova
Bach - French Suite No.2 in c minor BWV 813 - Kuschnerova
Tchaikovsky - Meditation - Kuschnerova

バッハの平均律はあまりおすすめできない。
広島の音大の先生も勤めているようで、日本の音源が多いようだ。

Elena Kuschnerova という舌を噛みそうな名前のピアニストがスクリアビンの練習曲 作品8を弾いている。

Elena Kuschnerova plays Scriabin Etudes Op.8

これがとても良い。これまでソコロフとマガロフで聞いてきたのだが、おどろおどろしいばかりで、どうも流れが悪くて面白いとは思わなかった。クシュネローバの演奏はリズムがしっかりしていて、テクスチャーが良く見える。よく弾きこなしているのだろう。

この人の演奏で初めて、良い曲だということが分かった。

モスクワ・チャイコフスキー音楽院へ進み、1982年首席で卒業。その後は国家演奏家としてロシア全土で演奏。1992年ドイツに移住。
プロコフィエフの作品を集めたCD
は98年度のGerman Music Critics Awardを受賞、歴代のピアノ録音トップ50に選ばれた。スクリャービンのCD2000年にリリースし絶賛された。

http://elenakuschnerova.com/kuschnerova-bio_jp.php
 より

ウーム、俺の耳もまんざらじゃねぇな。
Foto Schmidt, Oldenburg

シルビオ・ロドリゲスの音源はなかなかいいものがなかった。古いビデオをアップしたものばかりで、音質は最低だった。

しかし最近は随分良い物が増えてきて、パソコンで聞く分では不自由しなくなった。

相手がキューバだから著作権など屁の河童。upload しまくっている。なかでも豪傑はRodrigo Riquelme Barrosという人で、187本も上げているから、ここだけでシルビオはほぼカバーされている。

その中でも最高の演奏と録音がSilvio Rodríguez en Chile 1990 である。

全編2時間半、29曲という長さで、聴き通すにはいささか骨が折れるが、それだけの値打ちはある。

1990年の演奏だから、すでにあの透き通るような美声は失われているが、十分に声量はある。

最初の10曲目くらいまではギターの弾き語りで、ちょっと飽きかけるが、その後からだんだん乗ってくる。

前半の最後はLa maza そしてAngel para un final という歌で、この歌が良い。

それにしても恐るべき“のど力”だ。ほとんど歌い続ける。Sueño de una noche de verano で一応終わった後、アンコールで Unicornioをサービス。

2011年、世界の抗議運動

2011年、世界中で抗議運動が広がった。それはすごい年だったのだ。日本では東北大震災と福島原発事故で、それどころではなかったから、世界の動きを見過ごしていたのかもしれない。

今更ながら、2011年を振り返ってみよう。


2011年1月 チュニジア。青年失業と食料品費上昇で焼身と激しい大衆デモが爆発

2011年2月 レバノンでも政権批判デモ 平等な社会実現など要求

2011年3月 抗議デモ、旧ソ連にも波及 アルメニア首都で1万人超がデモ

2011年2月 ベルギー「政府不在」状態…5000人が抗議デモ

2011年2月 ギリシャで全国規模の24時間スト

2011年2月 クロアチアでも反政府デモ、1000人が警官隊と衝突

2011年2月 イタリアで買春疑惑に抗議。ベルルスコーニ首相辞任求め百万人デモ

2011年2月 バングラデシュのダッカ街頭で、政府改革を求める反政府デモ隊と警官隊が衝突。

2011年2月 インドで数万人デモ 食料高騰と汚職に不満

2011年2月 モロッコで数千人デモ 国王権限の縮小要求

2011年2月 リビア反政府運動で緊張続く。首都の政府庁舎焼かれる

2011年2月 ヨルダンで最大規模のデモ=政治改革求め6000人参加

2011年2月 バーレーン各地でデモ、警察と衝突 死者2人

2011年2月 オマーンでデモ隊が主要港への道路封鎖、死者は6人

2011年2月 米ウィスコンシン州で予算削減策に反対する労組デモ、全米に波及。全米50州で抗議デモ

2011年2月 最低賃金引き上げ求めデモ(ブラジル)

2011年3月 東北大震災。福島原発のメルトダウン。

2011年5月 スペインのマドリードの広場でオキュパイ闘争が始まる。

2011年8月 チリで学生運動に端を発したゼネストが決行される

2011年8月 リビア反体制派、首都完全制圧。政権移行に着手

2011年8月 イスラエルで30万人デモ 物価高騰で「史上最大規模」

2011年9月 ウジ国王、女性参政権認める…アラブの春受け

2011年9月 ウォール街で抗議デモ、米国にも「アラブの春」をと叫ぶ。その後オキュパイ闘争に発展。

2011年12月 クウェート議会解散、改革要求高まりで

2011年12月 下院選の不正に抗議、ロシア全土に反政府デモ拡大、ソ連崩壊後で最大規模


あと付け的だが、なぜ2011年にビッグイシューが続発したのか。

1.リーマン・ショック後の生活困難が極致に達したから

2.貧富の格差が許せないほどに広がったから

3.人々の要求が反映されない政治システムに怒りが爆発したから、

4.人々の生活の未来が奪われたから

みたいなことが考えられる。

問題はそれらが一向に解決されていないことだ。

したがって、もう一度その大波はやってくる。

今度は、たんなる暴発に終わらないかもしれない。

いまはそれに向け準備する時だ。

そのためにも、2011年という年を総括して置かなければならないだろう。


つけたし

2012年5月 メキシコでメディアに抗議する「YoSoy132」(私は132人目の抗議者)運動。

2013年6月 ブラジルでワールドカップ・インフレに抗議する大規模な抗議運動

2013年6月 トルコのイスタンブールでエルドアン・イスラム政権に対する抗議運動

2013年6月 エジプトでモルシ・イスラム政権に対する抗議運動




ILOの青年労働者に関する調査(2013年)より


今世界の経済は


1.富の分配がうまく行かず、相対的な生産過剰になっている。

2.ワーク・シェアがうまく行かず、失業と過労が同時進行している。

3.投機(非生産的投資)により経済のシステムが危うくなっている。


このなかで若者に犠牲が集中している。


ILOの13年の資料では世界の若年失業者数は7340万人、失業率は12.6%に上昇している。

とくに先進国・欧州連合における若年失業率は、過去20年間で最も高い18.1%となっている。

就業、学業、訓練のいずれにも就いていない「ニート」の比率は15.8%、若年求職者の3分の1が6カ月以上失業している。

いっぽうで、非正規雇用に従事する若年就業者の割合が上昇している。 EU諸国では、若年就業者のうち、パートタイム雇用が25.0%、臨時雇用が40.5%を占めていた。

失業問題と並んで、悪質な雇用が若年者雇用の課題となっている。失業中の社会的保護制度の恩恵も受けられない。

自らの学歴に相応しい職よりも低位の職に就かざるを得ない若者も増えている。

ギリシャは08年のリーマン・ショックと、それに続くユーロ危機のなかで6年以上も続く景気後退の中にある。

この間、財政赤字に取り組むため広範囲な緊縮処置が取られてきた。このためギリシャ経済は収縮した。GDPは年間5%も減少している。

最新の失業率は17%、25才以下のギリシア人では40%に達している。やっと仕事を見つけても、それはしばしば生活費の収支を合わせるのには程遠い。

若いギリシア人の6割はヨーロッパの他の国で働こうとしている。なぜなら、彼らは就業する希望のない、成功する機会のない状況に不満を募らせているからだ。

大学卒業生の3人に1人はギリシャで失業中である。学位保持者の失業率は、過去4年でほぼ二倍になった。大学卒業生の9パーセントと、PhD保有者の51パーセントが国を去った。

それでは就職できた人たちは幸せかというと、そうではない。

公共部門の給料は過去2年でおよそ30パーセント削減された。民間部門の給与もまた第1四半期だけで6.2パーセント下がっている。

ギリシア人の平均年棒は約300万円で、ユーロ諸国平均の4分の3にすぎない。若者の初任給は6万円にとどまる。(ちなみにアテネのいわゆるワンルーム・アパートは最低でも3万円と言われる)

最大の試練に直面しているのは、若い家族である。2人の子供を持つギリシア人夫婦が受け取る年収は200万円程度とされる。

仕事と賃金に絞って話を進めてきたが、医療でも状況は深刻である。それが本日の赤旗記事だ。(島崎記者の記事だが、相当ひどい。もう少し数字にあたってから書くべきだ。私が編集長ならそのまま屑カゴ)。

医療予算は半減させられた。医療保険のない人が国民の2~3割という。EUの調査でも必要な医療を受けられない人が1.5倍に増えているそうだ。


上の数字はちょっと古い。
14年1月のデータを見ると、失業率は26.7%で、若年層の失業率は60.4%に達している。

実質GDPはリーマン・ショック後の6年で23.5%減少した。不良債権は融資全体の38%台に達している。

ギリシャ280万世帯のうち 230万世帯が税金を滞納している。

わずか350万人の就業者が、失業者など470万人を支えなくてはならない状況にある。



認知症徘徊事故判決のあやまり


やはりどう考えてもおかしい。たしかに家族の一員として道義的責任は感じなければならないかもしれないが、そもそも老老介護が無理だったのだとしたら、それを押し付けた側の責任が問われるのではないか。

1.それは自己責任ではないか

最近は自己責任というのがやかましく言われるが、自己責任という考えと、家族の連帯責任は考えが矛盾するのではないだろうか。

好きではないが、もし自己責任という考えを徹底するのなら、たとえ認知症だとしても人格はあり、責任を問うことは不可能ではない。

彼は死をもってその責任を償ったのであり、一件落着である。その上に家族が償う必要はない。

最近は生活保護をめぐって、家族の扶養責任が論じられる事が多い。思うのだが、「責任」という言葉が曖昧に二義的に用いられているのではないか。

逆に自己責任が部分的に担えなくなれば、それを保護する役割は社会に発生する。それは一種の社会契約である。

家族の責任は道義的な自発的なものであり、能力を越えてまでになうべき法的責任はない

2.責任の及ぶ範囲を超えているのではないか

もしこの老人が老健施設の入所者なら、間違いなく私は施設長として責任を問われる可能性がある。入所費用の中にその管理費はふくまれるのだから。

「しかし」と思う。標準的な予防措置を講じた上でそれをくぐり抜けられたら、それでも責任は問われるのだろうか。道義的には責任は無限としても、民事上の責任は限定されるのではないだろうか。

先日アメリカで家出した少年が飛行機の主脚の格納スペースに忍び込んでハワイまで飛んでいったというニュースがあった。

このような想定外のケースまで、航空会社に責任を問われても、承諾しかねる。それは分かる。(保安上の責任は別に発生するが)

3.本人の責任と家族の責任

先日、北海道では飼い犬(土佐犬)に噛まれて殺された主婦の事件があった。そもそも犬には責任は問えないのだから、当然飼い主が全面的に責任を追うべきである。

しかし人間は犬ではない。すべての人間には少なくとも「法的人格」はある。まずはそれぞれの個人が直接社会と向き合うべきだ。

未成年者の犯罪はどうだろうか。親が賠償責任を追うべきだろうか。

学生だったらどうなのだろうか。坂東国男の父親のように自殺しなければならないのか。

長いこと音沙汰のなかった息子が、どこかで犯罪を犯したとして、親には責任があるのか。

「責任」の範囲は事例ごとに具体的に見ていかなければならず、とくに法的な責任については、かなり限定的に論及されるべきだろうと思う。

4.鉄道会社は純粋な被害者なのか

しかし、我々が毎日車を運転していて、自転車が急に飛び出してきた。思わずブレーキを掛けたが、間に合わず轢いてしまった。

こういう時、ドライバーは間違いなく前方不注意で捕まえられる。おそらく可能的な凶器である自動車を運転するがゆえに、潜在的な加害者とみなされるからあろう。

そういうリスクを背負ったドライバーの一人として、私は鉄道会社を責める気にはならない。

しかし迷惑を被ったと家族に賠償を求めるのは、人の道に反していると思う。

少なくとも、それは線路への侵入を阻止し得なかった鉄道会社の「過失」と相殺すべきである。彼を殺した凶器は列車であり、故意も過失もなかったとしても、殺したのはあんた方なのだから。

少なくとも、私は轢いた子供の母親に自動車の修理代を要求しようとは思わない。

このような論点を踏まえた上で、名古屋高裁判決を見ていく必要があるだろう。(ところで、航空会社は子供の父親に賠償をもとめるのだろうか)

先日にグーグルデータから世界のGDPの推移を載せたが、それとの対比で見て欲しいのが下のデータ。



wakamono

2002年を境に失業率はいったん下がったのだが、リーマンショックの後ふたたび高水準に戻ってしまっている。
少なくともGDPの増加が青年の失業率とは無関係だということがわかる。

一人暮らし

というサイトがあって、めまいがしそうなくらい必須項目が並ぶ。

電化製品: 冷蔵庫、炊飯器、電子レンジ、電気ポット、洗濯機、アイロン、掃除機、デレビ(ビデオ付き)、エアコン、ドライヤー (ここまでが必需品)

家具: 鏡、ミニテーブル、ベッド、机、カラーボックス、クローゼット、衣装ケース、ワゴン、チェスト、バルブボックス、ダンボールボックス (ここまで必需品)

雑貨: のれん、突っ張り棒、マット、スリッパ、

水周り: 食器類(お皿・フォーク・ざる・ボウル・お箸など)・三角コーナー・スポンジ・洗い桶・布巾・まな板・タワシ・シンク用洗剤・缶切り・タッパー・クレラップ・アルミホイル・アルミカップ

トイレ・バス: ボディ用スポンジ・シャワーカーテン・突っ張り棒・手桶・椅子・石鹸・入浴剤・トイレ用洗剤・便座カバー・マット・スリッパ・トイレブラシ

洗濯: 洗濯ネット・洗剤・ランドリーバック・タオルバサミ・洗濯物干し(洗濯バサミがたくさんついているもの)

掃除: 雑巾・バケツ・フローリングワイパー・カーペットクリーナー・拭き掃除用クロス

この他に大物としてカーテン、カーペット、布団、座布団(クッション)がある。

たしかに、電化製品を除けば、そのほとんどを持っていた記憶はある。単品ではさほど高くはなくても、全部ではかなりのカネになるかもしれない。

発言小町

というところにQ&Aがあって、発言の一部を紹介する。

東京都の場合、敷金2ヶ月、礼金2ヶ月、手数料1ヶ月、先払い家賃1ヶ月で、通常6ヶ月分かかります。
更にほとんどの物件は保険加入が条件だと思いますので、2万程度かかります。
僕の場合は、冷蔵庫、洗濯機、掃除機、電子レンジ、炊飯器をそろえました。全部で12~3万ですかね。

そのほかに、日用雑貨(トイレットペーパーやシャンプー類、掃除道具など)で2万程度は覚悟したほうがいいです。

月々の費用
男の1人暮らしです。

電気・水道・ガス・携帯・ネット・NHK・奨学金返済・国民年金・国民健康保険で以上固定費が40,000円ぐらいです。

食費・その他雑費は変動しますがなるべく抑えるようにしています。家計簿によると、先月は食費だけでみると18,939円でした。ちゃんと栄養が取れているかは定かではありません(笑)

初めてしっかり家計簿つけたんですが、「おやつ」の額が結構いっていたので、まだ減らせますね…。

この食費18,939円はかなりキツイようです。他の回答では
食費 朝 1000円(食パン)
   昼 10000円(コンビニ)
   夜 12000円
 夜は自炊、外食だいたい半々です。

となっていますが、このくらいが相場ではないでしょうか。(これでも相当きついでしょう。自炊しないと軽く3万円は越えてしまうようです。)

こういう回答もありました。
車を使うならガソリン代や駐車代、衣服費、交際費、日用品(トイレットペーパー、洗剤などの消耗品も)、新聞、いろいろありますね

それにしても「固定経費」4万円というのはかなり応えますね。


いま、50年前のことを一生懸命思い出している。

昭和40年、北大に入学したのだが、私の周りが貧乏学生ばっかりだったせいか、私は裕福とみなされていた。もちろん裕福どころではないのだが、恵迪の寮生はひどかった。

叔母が探してきた二食のまかない付きの下宿で、最初は1万円だったが、その後数年の間に1万数千円まで上がった。下宿人は医学生やサラリーマンなど裕福な人が多かった。

6畳一間に押入れつき、暖房なし、トイレは共用。

普通の学生は間借りで4千円、まかない付きで7千円くらいだったのではないだろうか。4畳半を二人で借りている奴もいた。

昼は生協食堂でB定食が70円、C定食が90円。サービスランチは120円だった。授業をサボって街に出て、駅のミカド食堂でミカドランチが180円、ニシムラのサービスランチが160円、これはかなりのごちそうだった。

その後駅地下の映画館で1本立て80円の映画を見て、帰りの電車賃が15円だった。

独り立ちするとイロイロかかる電気料、水道料、ガス代、NHK受信料その他もろもろは一切なかった。新聞は赤旗日刊(本紙といった)が900円、日曜版は忘れた。岩波文庫が星ひとつ50円。

学部に入ると金遣いは俄然荒くなった。全学バリストだから授業はない。その間にタバコと喫茶店と雀荘とパチンコ屋を憶えた。コーヒーは80円だった。行きつけの食堂で酒を飲む習慣も身についた。

ストライキが終わってもその習慣はなかなか抜けるものではない。どういうわけかその頃から世の中カネのめぐりも良くなって、仕送りも増えた。

卒業頃には月2万ちょっとくらいは使っていたのではないだろうか。下宿代を抜いて一日500円位か。

それに引き換え、入学の頃はたしかにまったくカネは使わなかった。酒は飲めなかった。タバコは2年目の秋ころに覚えた。石油ストーブの4斗缶と、夜中に食べるインスタントラーメンくらいだったかな。一日150円未満ですんでいたかもしれない

物は高かった。古道具屋で自転車を買ったが6千円した。スキーを友達に選んでもらったら、えらく高いものを買う羽目になって、靴と合わせて5万円くらい取られた。人生で5本の指に入る無駄遣いだった。

自分で悩みに悩んで決断したのはソニーのオープンリールのテープデッキ、録音もできる新製品で5万円くらいだったと思う。これでFMを録音して聞いていた。テレビは結婚して嫁さんが持ち込むまでなかった。

その頃の勤医協の医者の初任給が5万円だった。



日銀のサイトから

TOP > 対外説明・広報 > 日本銀行を知る・楽しむ > 教えて!にちぎん > 日本銀行や金融についての歴史・豆知識 > 昭和40年の1万円を、今のお金に換算するとどの位になりますか?

答え: 平成24年の物価は昭和40年の約1.9倍なので、昭和40年の1万円は平成24年の約1.9万円に相当する計算になります。また、消費者物価では約3.9倍なので、約3.9万円に相当するという計算になります。



消費者物価指数が4倍位とすれば、いまの物価にすれば1日800円位は使っていた計算になる。物というのはいくら高くても、買わなければ済む。サービスはそうは行かない。そこは今の世のほうが住みにくいのではないか。



チリの教育システムについて概説した文献が見つかった。

国立教育政策研究所の斉藤 泰雄さんが書いた「チリ:新自由主義的教育政策の先駆的導入と25 年の経験」というものである。

全文もそう長いものではなく、難しいものでもないので、直接そちらをあたっていただければよいのだが、とりあえず抜粋して紹介する。

はじめに―――なぜチリなのか?

チリは、教育の市場化・民営化を中心とした新自由主義的教育政策を徹底して推進してきた。

それはピノチェト軍事独裁政権時代の遺物でもある。

その特徴は

①バウチャー制度: 教育予算の人頭割

②基礎・中等教育で私立学校在籍者の比率がほぼ半数を占める

③管理運営を国から市町村に全面的に移管した

④世界で最も多数の高等教育機関を持つ

⑤父母の負担がきわめて高い

従来よりチリの教育水準はきわめて高い。高等教育就学率は31.5%に達している。成人識字率も95%を超える。

しかし、国際的学習達成度調査によれば、チリ教育は質の面において、大きな課題を抱えている。

1. チリにおける新自由主義教育政策の導入の経緯

1980 年、ピノチェット軍事政権体制下にあったチリ政府は教育の市場化・民営化を打ち出した。

「将来の完全民営化に至るまでの過度的な措置」として、市町村への分権化が打ち出された。

バウチャー制度により、公・私立校の区別なく、在籍する児童生徒数に応じて、生徒一人当たり同額の国庫助成金を配分する方式を採用した。

教員は、国家公務員としての身分を喪失し、、民間企業に対する労働法が適用されることになった。

2.新自由主義的教育政策の効果と限界

(1)バウチャー導入以降のチリ教育界の変貌

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助成私学経営への参入が相次いだ。1990 年までの10 年間で約50 万人の生徒が私学に流出した。現在では公立学校の在籍者は50%にまで低下している。

なお、独立私立校は、高い授業料を徴収する伝統的エリート系私立校であり、ここに通う生徒はバウチャーの対象外である。

(2) 「選択と競争」政策の効果と限界

私立校が少ないコストで公立校と同等あるいはより良い教育成績をあげたことは効率性の高さを示すものであると見なされた。

しかし私立校には多くの問題があった。

私立校はインフラ建設のローンを抱え、教員給与も公立校よりも低く抑え、また、学級規模も公立校よりも大きかった。

助成私立校は、英語の学校名、派手な制服やカバンの採用、課外活動の充実、愛校心の強調や校歌の制定など、中産階級の趣味をくすぐるようなマーケッティング戦略に走り、コストのかかる教育の質を向上させるための努力は回避した。

生徒数の少ない農村部やへき地には、私立校の進出はなく、教育の民営化そのものが不可能であった。

3.民政復活後の軌道修正

民政化後も、新自由主義的教育政策は維持された。その理由は

①軍事政権が法改正に憲法修正を求め、教育システムの維持を計った。

②ピノチェットは陸軍最高司令官にとどまり、「大砲の側で情勢を見守る」と宣言して文民政権を牽制した。

③すでに10 年間の実績があり、一定の効果をもたらした。父母も学校選択権を歓迎していた。

新教育相ラゴスの改革は二面的であった。

①教育の質と公正の改善をはかった。教育条件の整備は原則として国家が主導するとした。教職の地位の安定化と待遇改善をはかった。

②助成私立校の無償制を廃止し、授業料を徴収することを認める。助成私立校はバウチャーの恩恵を受けながら、同時に授業料を徴収できるようになった。

これらの部分修正により、結果的に市場化・民営化路線は存続・強化されることになった。

4.OECD調査団によるチリ教育政策評価

2003 年10 月にOECD教育委員会が調査を行った。これに合わせ、チリ教育省もレポートを提出している。

[チリ教育省報告部分から]

①90年代の前半には、公立校と助成私立校との成績格差はわずかに縮小したが、その後は拡大を続けている。

②学習成果は不平等で、高度に階層分化されており、90年時点に比べ改善はない。

③公立と助成私立校間での学習成績の相違は目立たない。むしろ社会経済的階層による違いが顕著である。

(③は、「助成私立校が公立校より成績が高くコストが安い」という主張に対する控えめな反論)

[調査団報告部分から]

バウチャー・システムや教育の市場化と関連するその他の政策は全般的な合意を受けており、もはや逆転させることは難しい。

家庭を私立学校に引きつける最も重要な要因は、「私立学校では最悪の不良生徒の入学を拒絶できること」であった。私立学校は特殊教育について配慮する必要がないし、素行態度が最悪の生徒の入学を拒絶することもできる。

公立校から良質の上澄み部分の収奪が、公立学校の平均テスト成績を低下させる原因となっている。

つまり、助成私立校は公立校よりも効率的だが、それは最低部分を切り捨てることで成り立っており、チリの教育システム全体に代わるような方式ではないということである。

助成私立校のコスト効率が良いとされるが、その実態は、助成私立校の(かなり無理をした)教員の労働コスト削減によって生じたものである。公立校に適用しうるものではない。

調査団は、次のような結論を下さざるをえない。

将来、教育システムにおいてより大きな効果と効率を生み出すためには、市場メカニズム(たとえば、学校間での競争や教員の業績給) に依存しつづけることは、高い成果をもたらす戦略ではない。

チリの教育コスト

ピノチェトの民営化政策は教育の効率化をネガティブな形で追求したものであった。つまり教育の質を落とさずに、どこまでコストカットできるかという視点である。

その結果が下の表である。

対GDP比で見た各国の教育費支出とその負担区分の事例 (2001 年) 単位:%

国名

全教育レベル

高等教育レベル

公財政支出

私費負担

公財政支出

私費負担

日本

3.5

1.2

0.5

0.6

アメリカ

5.1

2.3

0.9

1.8

チリ

4.3

3.2

0.5

1.7

OECD平均

5.0

0.7

1.0

0.3

チリのことは笑えない。日本ははるかにひどいことになっている。

久しぶりにブローチのページを覗いてみた。

あまりにもアクセスが遅いのにびっくりする。

カウンターは284,221に達している。

一日あたりアクセスも268だ。

検索ツールからのアクセスがそちらに行ってしまうようだ。

どこのページに行くかというと、

1.イラク帰還自衛官はなぜ自殺するのか 323

2.“Download YouTube Videos as MP4” が最後の頼み? 113

3.「ネイチャー」誌 小保方論文の実験方法 74

4.AACファイルを無劣化で分割する 53

5.こんにゃく関税1700%はウソだが… 53

6.Lenovo で Fn キーを無効にする 52

7.杏林製薬の奥様の事件 30

8.Bug head emperor+ASIO は悪くない 29

9.fidelizer は止めたほうが良い 26

10.タイタニックと階級差別 25

11.山崎拓のセックス・スキャンダル 21

12.ゲバラの死 趣味の悪い写真集 19

13.ルワンダ虐殺の歴史的経過 19

14.安倍首相の質問拒否は問責に値する 18

15.トレイシー・チャップマン健在なり 17

16.札幌のおばあちゃん、水泳“90歳”リレーで世界記録 17

17.資本論第3巻 異同問題について 16

18.マライア・キャリーが黒くない理由 16

19.資本論第3巻が分かりにくいわけ 16

本日の一面トップがこのグラフ

このグラフ自体は現在の年齢別賃金格差を並べただけのもの。これを一生涯の賃金カーブと仮定した上で、以下の見出しをつけている。

正規と比較 生涯賃金(本紙試算)

非正規雇用は1億円以上低い

派遣法大改悪で貧困拡大

ネタはお馴染みの「賃金構造基本統計調査」


tinginkakusa

この試算では、フルタイムに当たる「一般労働者」について、年齢ごとの平均年収を比較し、「生涯賃金」として集計している。

一つのモデルとして考えておくべきだろうが、これで固定されていくとなると、たしかにえらいことになる。

試算では正規雇用の生涯賃金が2億2千万円、非正規では1億2千万円となる。要するに半分ということだ。

しかも現役時代の賃金は年金給付額に反映されるため、格差はさらに拡大する。

これが政府が若者に提示する日本の未来像だ。若者はこれを受け入れるのだろうか。


 ゆるへろ読書日記

というページに、京大・矢野事件―キャンパス・セクハラ裁判の問うたもの という本の紹介というか読後感想が載せられている。

なぜこれを読んだのかというと、「毛沢東のライバルたち」という年表を書いていて、向警予という女性活動家のことが知りたくなり、調べたところ小野和子さんという中国史研究家がヒットしたのである。

そこで“小野和子”で検索をかければ何か見つかるかと思いトライしたところ、肝心の向警予については何も引っかからず、代わりに京大セクハラ事件が出てきたという経過である。

学生時代に矢野暢という人の名前はけっこう眼にした。いわゆる京大人文研系の人だろうと思っていた。まさかこういうことになっていたとは知らなかった。

事件の顛末は直接 ゆるへろ読書日記にあたっていただくとして、「これはどうしようもないな」と思ったのが下記の一節だ。

読者にとって一番衝撃的なのは、やはり矢野暢氏が毎朝研究室の秘書たちに唱和させていたという「五訓」だろう。当時から散々紹介されているらしいが、資料として引いてみよう。

  1. 矢野先生は世界の宝、日本の柱です。誇りをもって日々の仕事にはげみましょう。
  2. 矢野先生が心安らかにご研究とお仕事に専念できるよう、私たちは、自分の持てるすべてを捧げてお尽くしいたしましょう。
  3. この研究室は日本じゅう、世界じゅうの注目の的、私たちは、すきのない仕事を通じて、この研究室の名誉と権威を守りましょう。
  4. 矢野先生のお仕事は、大学の皆様の心に支えられています。職場の人びとには礼儀正しく接しましょう。
  5. それぞれ健康に留意し、身辺をきれいに保ち、勤務に支障がないよう心掛けましょう。(p.232)

思わずもらい泣きしたくなるような悲しい訓戒だが、これを読むと彼の欲望の源泉が見えてくる。


完全に留め金が抜けているということだが、問題はそこではない。

一番肝心なことは上に立つ人間にはこういう性格の人物がいるということだ。性善説でやっていける間はそれで良いが、こういう人物が紛れ込んでくる可能性は常にあるということを銘記することだ。

民主主義のさまざまなツールはそういう時のための伝家の宝刀なのだ。

とんがって、突っ張って、逆らい続けることはそうだれにでもできることではない。しかしそれを排除せず、正しいと思えば、それに同感し、同調し、それを支持し、孤立させず、見殺しにしないことはだれでもできるし、しなければならない。

多少の勇気はいるが、それで自分の生活がめちゃめちゃになるわけではない。

それが私たちのようなかよわい一般市民にとっての民主主義の精神なのだと思う。


この2日間で、説明を読みながらブログの体裁を整えました。
カウンターにブログ内検索、のプラグインをくっつけることに成功。
ついでカテゴリーの再分類を行いました。
と言っても、1本1本の記事を再分類するところまでは行かず、
とりあえず、フォルダーの名称を変更して、二桁分類するところまでです。
これでも、以前よりはだいぶ探しやすくなったはずです。
コメント一覧も復活出来ました。
コメンテーターの皆さん、よろしくおねがいします。

やってみての感想ですが、
やはり機能はブローチより格段に優れているようです。
なんといってもスピードが早い。これは有難いことです。
カテゴリー分けが断然良い。
ふたケタ処理できるのはなんといっても素晴らしいです。
これで100種類くらいに分類できそうで、かつ検索も容易です。
ブローチのブログ内検索は、ネット用語で言えば「クソ」でしたが、
ライブドアではずいぶん拾うようになりました。
図形の処理がうまいのもありがたいです。
後は検索エンジンへの掲載率ですが、これは今ひとつという感じです。
まぁ、リピーターが多いページですから、だんだん上がっていくことと思っています。
チョコレートがどろりの体裁はいかにもネクラで、我ながら何とかしたいのですが、
そのうち、他のテンプレートを試してみたいと思っています。
まだ試してないのですが、YouTubeの画面が貼り付けられるようです。
「タンゴ名曲100選」など、画面を貼り付けたら良いと思うので、そのうちやってみます。

 世界の総生産の推移を示す統計がない。

どうしてなのか不思議だ。統計をとっている国の数を単純に足すだけの話で、別に造作も無いことと思うが、それが不思議とないのだ。

実は先日もそうやって探して一つ見つけたのだが、デスクトップの大掃除をした時に捨ててしまった。

とりあえず30分ほどグーグル検索して探したのが下のグラフ

sekaiGDP

個人の試算で、紀元1年からの推移というからかなり怪しい。

「世界各国の経済水準・所得水準(1人当たり実質GDP)を超長期的に推計していることで著名なアンガス・マディソン氏のデータ」なのだそうだ。

日本の推移を見るための図表だが、ほしいのは一番下の茶色の線。これが1980年の5千ドル弱から2008年には8千ドルに増えていることだ。

30年で1.6倍に増えていることになる。

あんまり頼りにならない図表だが、一応載せておく。

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