鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

2014年04月

本日の赤旗で、資本金の規模別に見た実効法人税率(12年度)を報道している。

共産党佐々木議員の要請に応じて国税庁が試算したものだから、権威のあるデータだ。おそらく赤旗しか載らないデータであろう。

houjinzeiritu


資本金10億円を境にして明らかに税率が低減する。

とくに連結法人の合法的“税金逃れ”が著しい。

赤旗では、この節税手口が二つあるとしている。

一つは研究開発減税。12年度の研究開発減税が2650億円、その81%が資本金10億円以上の大企業を対象としている。

そしてもうひとつは海外子会社配当益金の不算入。これは外国子会社から受け取る配当などの95%を非課税とするもので、空洞化を促進するばかりで、優遇そのものが不当なものだ。

これが総額3兆5千億円。その95%が資本金10億円以上の大企業に適用されている。


ちょっと計算してみよう。

10億円以上の企業は約5800社ある。これは全法人企業の0.3%に相当する。

この会社に研究開発減税と海外配当益金の不算入がどのくらい恩恵を及ばすかだ。

<(2650 x 0.81)+(35000 x 0.95)>/ 5800 = 6.1億円だ。

資本金10億以上の会社には、国が毎年6億円づつくれてやっていることになる。確かに企業にフレンドリーな国だ。

つぎに連結法人だが、12年度末で443社ある。そのうち370社が売り上げ100億以上である。

この連中が定率だとしても半分、累進性を念頭に置けば、2/3の税金を「節税」という名の合法的猫ばばしていることになる。

ただそれが幾らかを計算できるデータはない。

カザルス 王統派 でグーグル検索したが、それらしきものは引っかかってこない。ひょっとすると三浦さんのフライイングかもしれない。


細田晴子「カザルスと国際政治」

 カザルスはプラード隠棲中も安穏に暮らしていたわけではない。故国スペインと同じく、フランスもまたファシストの支配下にあった。

収容所のような極限状態とまでは行かなくても、カザルスはナチスの取り調べを受け、その監視下を怯えて過ごしていた。

カザルスは知識人の代表ではなく、大衆文化の時代に、知識人と大衆の間に位置したひとである。


ヴィクトリア女王からケネディ大統領に至る交流は、「王党派」というレッテルではなく、素人の知識人という視点から理解できる。

一方で、ラスク国務長官が反共の防波堤としてフランコ政権を賞賛するや、ただちに抗議の書簡をケネディ大統領に送付するという行動もまた、素人の知識人という視点から理解できる。

カタルーニャがらみの話は、申し訳ないがあまり興味はない。


日本語での情報はこのくらいだ。とりあえず、英語には手を着けないでおく。

Pablo Casals was born in El Vendrell in Catalonia, Spain in 1876. After studying in Paris he taught in Barcelona, and while there formed a long-lasting association with the monks of the nearby Benedictine monastery of Santa Maria de Montserrat.


He was an early opponent of nuclear weapons and in 1958 issued a joint appeal with Albert Schweitzer to the American and Russian governments to ban nuclear tests, and he also expressed concerns about America's involvement in Vietnam.


三浦淳史さんの「レコードを聴くひととき」という本がある。1979年の出版だ。多分古本屋で買ったものだろう。
いつ買ったものやらわからないが、開くのは間違いなく初めてだ。

この三浦さんという人1913年(大正2年、私の親父より一つ上)の生まれだが、経歴がどうもいい加減だ。34年に北大予科在学中に伊福部、早坂らとともに新音楽連盟を結成したとある。
つまり21歳のことだ。21になって予科でウロウロしているというのがそもそも変だ。第一不景気の真っ最中だ。
それでもって東北大学の法文学部に進学したのだが、そこを卒業したのはなんと1940年。もう27歳だ。
それで、そのまま音楽評論家ということになるのだろうか。とんでもねぇ非国民だ。
ただあの頃は洋楽の知識があるとそれだけでも飯が食えたようで、親父の蔵書にも野村あらえびすの音楽本があって、私もむさぼり読んだことを思い出す。
洋楽フアンというのはコンサートに通う都会のお金持ち、レコードを買う田舎のお金持ちのほかに、音楽など聞けずに音楽にまつわる話を書いた本を読んでは、ひたすら音楽に憧れていた貧乏人、という階層があって、こういう下層階級が音楽文化を支えていたんですな。
私も高校時代は図書室のレコード芸術を、見開きの広告から最終ページの編集後記まで毎号読んでいました。貧民音楽フアンの一典型です。三浦さんの海外情報(アメリカ専門でかなりゴシップ的)も「MUST」文章の一つでした。

そんなことを書くはずじゃなかった。
肝心なのはその本の一節です。
ちょっと抜書きしてみます。

オーガナイザーとしてのシュナイダーの歴史に残る業績といえばプラド音楽祭であろう。
プラドというのは西仏国境をなすピレネー山脈のフランス側の小さな村。
そこには世紀の名チェリストパブロ・カザルスが世を捨て隠棲していた。
カザルスといえば、反ファッショ運動、平和運動の名士としても知られる。
しかし、実はカザルスは王党派である。その王党派ぶりは、その談話を見るとまことに微笑ましいものがある。
カザルスの自主的亡命は、スペイン人であるとともにカタロニア人であるカザルスと祖国スペインとの個人的な問題でしかない。

さて、シュナイダーは最初天文学的なギャラを並べてアメリカに呼ぼうとするが、カザルスはカネなどに目もくれない。そこで一計を案じたシュナイダーは、「バッハ生誕200年」ということでプラドで音楽祭を行うという策を考えついた。
「バッハに神を見る」カザルスはこの提案にすっかりはまってしまった。カザルスからOKをとったシュナイダーは、ただちに委員会を結成し、全世界の有名アーチストに参加を呼びかけるなど辣腕ぶりを発揮した。
第1回のカザルス音楽祭は空前の豪華顔ぶれを集めることが出来た。
シゲティ、マイラ・ヘス、クララ・ハスキル、マルセル・デュプレらが辺鄙なピレネーの山懐に集まったのである。

シュナイダーというのはブダペスト四重奏団の第2バイオリンをつとめたアレクサンダー・シュナイダーのことです。
三浦さんはシュナイダーに対してかなり辛辣な評価を浴びせています。

カザルスはシュナイダーを「偉大なバイオリニスト」と褒めているが、この万年第二バイオリンを偉大なバイオリニストと読んだのは、後にも先にもカザルスしかいない。

それにしても、三浦さんの話の胡乱なこと、これでは落第するわけです。

というわけで早速YouTubeを漁る。
elenakuschnerova.com という本家サイトがあって、ずいぶんたくさんの演奏がアップされている。
そこから辿って行くと、 Radio Pianoforte - Radio EΛENA ** というサイトに行く。ここのFree Download のページには驚くほどの音源が用意されている。

1990年のモスクワ音楽院での演奏のビデオがあって、すごい。
ほっそりしている。最近のビデオではポパイみたいな腕だが、あれは贅肉だ。ロシア人だから仕方ない。
ピアノ・フォルテというが、この人はフォルテ・フォテシモだ。凄まじい勢いで驀進していく。

Kuschnerova at the 1990 Tchaikovsky Competition, second round というクレジットが入っている。
しかしこの年のピアノ部門の入賞者7人の中にクシュネローバの名はない。どうもわからないのだが、82年に学校を卒業して、8年も現場でやっていてからコンクールに出るということがあるのだろうか。しかも選外だ。
ひょっとするとこれが国を出た原因なのだろうか。

とはいうものの、ドイツに移ってから芸風は変わった。体操選手からバレリーナに転向ということだろう。
どういうわけか本家のサイトなのにあまり音質の良いものがない。
音の割れていない演奏から選んでおく。
Mendelssohn - Lieder ohne Worte Op.67 No.2 - Kuschnerova
Bach - French Suite No.2 in c minor BWV 813 - Kuschnerova
Tchaikovsky - Meditation - Kuschnerova

バッハの平均律はあまりおすすめできない。
広島の音大の先生も勤めているようで、日本の音源が多いようだ。

Elena Kuschnerova という舌を噛みそうな名前のピアニストがスクリアビンの練習曲 作品8を弾いている。

Elena Kuschnerova plays Scriabin Etudes Op.8

これがとても良い。これまでソコロフとマガロフで聞いてきたのだが、おどろおどろしいばかりで、どうも流れが悪くて面白いとは思わなかった。クシュネローバの演奏はリズムがしっかりしていて、テクスチャーが良く見える。よく弾きこなしているのだろう。

この人の演奏で初めて、良い曲だということが分かった。

モスクワ・チャイコフスキー音楽院へ進み、1982年首席で卒業。その後は国家演奏家としてロシア全土で演奏。1992年ドイツに移住。
プロコフィエフの作品を集めたCD
は98年度のGerman Music Critics Awardを受賞、歴代のピアノ録音トップ50に選ばれた。スクリャービンのCD2000年にリリースし絶賛された。

http://elenakuschnerova.com/kuschnerova-bio_jp.php
 より

ウーム、俺の耳もまんざらじゃねぇな。
Foto Schmidt, Oldenburg

シルビオ・ロドリゲスの音源はなかなかいいものがなかった。古いビデオをアップしたものばかりで、音質は最低だった。

しかし最近は随分良い物が増えてきて、パソコンで聞く分では不自由しなくなった。

相手がキューバだから著作権など屁の河童。upload しまくっている。なかでも豪傑はRodrigo Riquelme Barrosという人で、187本も上げているから、ここだけでシルビオはほぼカバーされている。

その中でも最高の演奏と録音がSilvio Rodríguez en Chile 1990 である。

全編2時間半、29曲という長さで、聴き通すにはいささか骨が折れるが、それだけの値打ちはある。

1990年の演奏だから、すでにあの透き通るような美声は失われているが、十分に声量はある。

最初の10曲目くらいまではギターの弾き語りで、ちょっと飽きかけるが、その後からだんだん乗ってくる。

前半の最後はLa maza そしてAngel para un final という歌で、この歌が良い。

それにしても恐るべき“のど力”だ。ほとんど歌い続ける。Sueño de una noche de verano で一応終わった後、アンコールで Unicornioをサービス。

2011年、世界の抗議運動

2011年、世界中で抗議運動が広がった。それはすごい年だったのだ。日本では東北大震災と福島原発事故で、それどころではなかったから、世界の動きを見過ごしていたのかもしれない。

今更ながら、2011年を振り返ってみよう。


2011年1月 チュニジア。青年失業と食料品費上昇で焼身と激しい大衆デモが爆発

2011年2月 レバノンでも政権批判デモ 平等な社会実現など要求

2011年3月 抗議デモ、旧ソ連にも波及 アルメニア首都で1万人超がデモ

2011年2月 ベルギー「政府不在」状態…5000人が抗議デモ

2011年2月 ギリシャで全国規模の24時間スト

2011年2月 クロアチアでも反政府デモ、1000人が警官隊と衝突

2011年2月 イタリアで買春疑惑に抗議。ベルルスコーニ首相辞任求め百万人デモ

2011年2月 バングラデシュのダッカ街頭で、政府改革を求める反政府デモ隊と警官隊が衝突。

2011年2月 インドで数万人デモ 食料高騰と汚職に不満

2011年2月 モロッコで数千人デモ 国王権限の縮小要求

2011年2月 リビア反政府運動で緊張続く。首都の政府庁舎焼かれる

2011年2月 ヨルダンで最大規模のデモ=政治改革求め6000人参加

2011年2月 バーレーン各地でデモ、警察と衝突 死者2人

2011年2月 オマーンでデモ隊が主要港への道路封鎖、死者は6人

2011年2月 米ウィスコンシン州で予算削減策に反対する労組デモ、全米に波及。全米50州で抗議デモ

2011年2月 最低賃金引き上げ求めデモ(ブラジル)

2011年3月 東北大震災。福島原発のメルトダウン。

2011年5月 スペインのマドリードの広場でオキュパイ闘争が始まる。

2011年8月 チリで学生運動に端を発したゼネストが決行される

2011年8月 リビア反体制派、首都完全制圧。政権移行に着手

2011年8月 イスラエルで30万人デモ 物価高騰で「史上最大規模」

2011年9月 ウジ国王、女性参政権認める…アラブの春受け

2011年9月 ウォール街で抗議デモ、米国にも「アラブの春」をと叫ぶ。その後オキュパイ闘争に発展。

2011年12月 クウェート議会解散、改革要求高まりで

2011年12月 下院選の不正に抗議、ロシア全土に反政府デモ拡大、ソ連崩壊後で最大規模


あと付け的だが、なぜ2011年にビッグイシューが続発したのか。

1.リーマン・ショック後の生活困難が極致に達したから

2.貧富の格差が許せないほどに広がったから

3.人々の要求が反映されない政治システムに怒りが爆発したから、

4.人々の生活の未来が奪われたから

みたいなことが考えられる。

問題はそれらが一向に解決されていないことだ。

したがって、もう一度その大波はやってくる。

今度は、たんなる暴発に終わらないかもしれない。

いまはそれに向け準備する時だ。

そのためにも、2011年という年を総括して置かなければならないだろう。


つけたし

2012年5月 メキシコでメディアに抗議する「YoSoy132」(私は132人目の抗議者)運動。

2013年6月 ブラジルでワールドカップ・インフレに抗議する大規模な抗議運動

2013年6月 トルコのイスタンブールでエルドアン・イスラム政権に対する抗議運動

2013年6月 エジプトでモルシ・イスラム政権に対する抗議運動




ILOの青年労働者に関する調査(2013年)より


今世界の経済は


1.富の分配がうまく行かず、相対的な生産過剰になっている。

2.ワーク・シェアがうまく行かず、失業と過労が同時進行している。

3.投機(非生産的投資)により経済のシステムが危うくなっている。


このなかで若者に犠牲が集中している。


ILOの13年の資料では世界の若年失業者数は7340万人、失業率は12.6%に上昇している。

とくに先進国・欧州連合における若年失業率は、過去20年間で最も高い18.1%となっている。

就業、学業、訓練のいずれにも就いていない「ニート」の比率は15.8%、若年求職者の3分の1が6カ月以上失業している。

いっぽうで、非正規雇用に従事する若年就業者の割合が上昇している。 EU諸国では、若年就業者のうち、パートタイム雇用が25.0%、臨時雇用が40.5%を占めていた。

失業問題と並んで、悪質な雇用が若年者雇用の課題となっている。失業中の社会的保護制度の恩恵も受けられない。

自らの学歴に相応しい職よりも低位の職に就かざるを得ない若者も増えている。

ギリシャは08年のリーマン・ショックと、それに続くユーロ危機のなかで6年以上も続く景気後退の中にある。

この間、財政赤字に取り組むため広範囲な緊縮処置が取られてきた。このためギリシャ経済は収縮した。GDPは年間5%も減少している。

最新の失業率は17%、25才以下のギリシア人では40%に達している。やっと仕事を見つけても、それはしばしば生活費の収支を合わせるのには程遠い。

若いギリシア人の6割はヨーロッパの他の国で働こうとしている。なぜなら、彼らは就業する希望のない、成功する機会のない状況に不満を募らせているからだ。

大学卒業生の3人に1人はギリシャで失業中である。学位保持者の失業率は、過去4年でほぼ二倍になった。大学卒業生の9パーセントと、PhD保有者の51パーセントが国を去った。

それでは就職できた人たちは幸せかというと、そうではない。

公共部門の給料は過去2年でおよそ30パーセント削減された。民間部門の給与もまた第1四半期だけで6.2パーセント下がっている。

ギリシア人の平均年棒は約300万円で、ユーロ諸国平均の4分の3にすぎない。若者の初任給は6万円にとどまる。(ちなみにアテネのいわゆるワンルーム・アパートは最低でも3万円と言われる)

最大の試練に直面しているのは、若い家族である。2人の子供を持つギリシア人夫婦が受け取る年収は200万円程度とされる。

仕事と賃金に絞って話を進めてきたが、医療でも状況は深刻である。それが本日の赤旗記事だ。(島崎記者の記事だが、相当ひどい。もう少し数字にあたってから書くべきだ。私が編集長ならそのまま屑カゴ)。

医療予算は半減させられた。医療保険のない人が国民の2~3割という。EUの調査でも必要な医療を受けられない人が1.5倍に増えているそうだ。


上の数字はちょっと古い。
14年1月のデータを見ると、失業率は26.7%で、若年層の失業率は60.4%に達している。

実質GDPはリーマン・ショック後の6年で23.5%減少した。不良債権は融資全体の38%台に達している。

ギリシャ280万世帯のうち 230万世帯が税金を滞納している。

わずか350万人の就業者が、失業者など470万人を支えなくてはならない状況にある。



認知症徘徊事故判決のあやまり


やはりどう考えてもおかしい。たしかに家族の一員として道義的責任は感じなければならないかもしれないが、そもそも老老介護が無理だったのだとしたら、それを押し付けた側の責任が問われるのではないか。

1.それは自己責任ではないか

最近は自己責任というのがやかましく言われるが、自己責任という考えと、家族の連帯責任は考えが矛盾するのではないだろうか。

好きではないが、もし自己責任という考えを徹底するのなら、たとえ認知症だとしても人格はあり、責任を問うことは不可能ではない。

彼は死をもってその責任を償ったのであり、一件落着である。その上に家族が償う必要はない。

最近は生活保護をめぐって、家族の扶養責任が論じられる事が多い。思うのだが、「責任」という言葉が曖昧に二義的に用いられているのではないか。

逆に自己責任が部分的に担えなくなれば、それを保護する役割は社会に発生する。それは一種の社会契約である。

家族の責任は道義的な自発的なものであり、能力を越えてまでになうべき法的責任はない

2.責任の及ぶ範囲を超えているのではないか

もしこの老人が老健施設の入所者なら、間違いなく私は施設長として責任を問われる可能性がある。入所費用の中にその管理費はふくまれるのだから。

「しかし」と思う。標準的な予防措置を講じた上でそれをくぐり抜けられたら、それでも責任は問われるのだろうか。道義的には責任は無限としても、民事上の責任は限定されるのではないだろうか。

先日アメリカで家出した少年が飛行機の主脚の格納スペースに忍び込んでハワイまで飛んでいったというニュースがあった。

このような想定外のケースまで、航空会社に責任を問われても、承諾しかねる。それは分かる。(保安上の責任は別に発生するが)

3.本人の責任と家族の責任

先日、北海道では飼い犬(土佐犬)に噛まれて殺された主婦の事件があった。そもそも犬には責任は問えないのだから、当然飼い主が全面的に責任を追うべきである。

しかし人間は犬ではない。すべての人間には少なくとも「法的人格」はある。まずはそれぞれの個人が直接社会と向き合うべきだ。

未成年者の犯罪はどうだろうか。親が賠償責任を追うべきだろうか。

学生だったらどうなのだろうか。坂東国男の父親のように自殺しなければならないのか。

長いこと音沙汰のなかった息子が、どこかで犯罪を犯したとして、親には責任があるのか。

「責任」の範囲は事例ごとに具体的に見ていかなければならず、とくに法的な責任については、かなり限定的に論及されるべきだろうと思う。

4.鉄道会社は純粋な被害者なのか

しかし、我々が毎日車を運転していて、自転車が急に飛び出してきた。思わずブレーキを掛けたが、間に合わず轢いてしまった。

こういう時、ドライバーは間違いなく前方不注意で捕まえられる。おそらく可能的な凶器である自動車を運転するがゆえに、潜在的な加害者とみなされるからあろう。

そういうリスクを背負ったドライバーの一人として、私は鉄道会社を責める気にはならない。

しかし迷惑を被ったと家族に賠償を求めるのは、人の道に反していると思う。

少なくとも、それは線路への侵入を阻止し得なかった鉄道会社の「過失」と相殺すべきである。彼を殺した凶器は列車であり、故意も過失もなかったとしても、殺したのはあんた方なのだから。

少なくとも、私は轢いた子供の母親に自動車の修理代を要求しようとは思わない。

このような論点を踏まえた上で、名古屋高裁判決を見ていく必要があるだろう。(ところで、航空会社は子供の父親に賠償をもとめるのだろうか)

先日にグーグルデータから世界のGDPの推移を載せたが、それとの対比で見て欲しいのが下のデータ。



wakamono

2002年を境に失業率はいったん下がったのだが、リーマンショックの後ふたたび高水準に戻ってしまっている。
少なくともGDPの増加が青年の失業率とは無関係だということがわかる。

一人暮らし

というサイトがあって、めまいがしそうなくらい必須項目が並ぶ。

電化製品: 冷蔵庫、炊飯器、電子レンジ、電気ポット、洗濯機、アイロン、掃除機、デレビ(ビデオ付き)、エアコン、ドライヤー (ここまでが必需品)

家具: 鏡、ミニテーブル、ベッド、机、カラーボックス、クローゼット、衣装ケース、ワゴン、チェスト、バルブボックス、ダンボールボックス (ここまで必需品)

雑貨: のれん、突っ張り棒、マット、スリッパ、

水周り: 食器類(お皿・フォーク・ざる・ボウル・お箸など)・三角コーナー・スポンジ・洗い桶・布巾・まな板・タワシ・シンク用洗剤・缶切り・タッパー・クレラップ・アルミホイル・アルミカップ

トイレ・バス: ボディ用スポンジ・シャワーカーテン・突っ張り棒・手桶・椅子・石鹸・入浴剤・トイレ用洗剤・便座カバー・マット・スリッパ・トイレブラシ

洗濯: 洗濯ネット・洗剤・ランドリーバック・タオルバサミ・洗濯物干し(洗濯バサミがたくさんついているもの)

掃除: 雑巾・バケツ・フローリングワイパー・カーペットクリーナー・拭き掃除用クロス

この他に大物としてカーテン、カーペット、布団、座布団(クッション)がある。

たしかに、電化製品を除けば、そのほとんどを持っていた記憶はある。単品ではさほど高くはなくても、全部ではかなりのカネになるかもしれない。

発言小町

というところにQ&Aがあって、発言の一部を紹介する。

東京都の場合、敷金2ヶ月、礼金2ヶ月、手数料1ヶ月、先払い家賃1ヶ月で、通常6ヶ月分かかります。
更にほとんどの物件は保険加入が条件だと思いますので、2万程度かかります。
僕の場合は、冷蔵庫、洗濯機、掃除機、電子レンジ、炊飯器をそろえました。全部で12~3万ですかね。

そのほかに、日用雑貨(トイレットペーパーやシャンプー類、掃除道具など)で2万程度は覚悟したほうがいいです。

月々の費用
男の1人暮らしです。

電気・水道・ガス・携帯・ネット・NHK・奨学金返済・国民年金・国民健康保険で以上固定費が40,000円ぐらいです。

食費・その他雑費は変動しますがなるべく抑えるようにしています。家計簿によると、先月は食費だけでみると18,939円でした。ちゃんと栄養が取れているかは定かではありません(笑)

初めてしっかり家計簿つけたんですが、「おやつ」の額が結構いっていたので、まだ減らせますね…。

この食費18,939円はかなりキツイようです。他の回答では
食費 朝 1000円(食パン)
   昼 10000円(コンビニ)
   夜 12000円
 夜は自炊、外食だいたい半々です。

となっていますが、このくらいが相場ではないでしょうか。(これでも相当きついでしょう。自炊しないと軽く3万円は越えてしまうようです。)

こういう回答もありました。
車を使うならガソリン代や駐車代、衣服費、交際費、日用品(トイレットペーパー、洗剤などの消耗品も)、新聞、いろいろありますね

それにしても「固定経費」4万円というのはかなり応えますね。


いま、50年前のことを一生懸命思い出している。

昭和40年、北大に入学したのだが、私の周りが貧乏学生ばっかりだったせいか、私は裕福とみなされていた。もちろん裕福どころではないのだが、恵迪の寮生はひどかった。

叔母が探してきた二食のまかない付きの下宿で、最初は1万円だったが、その後数年の間に1万数千円まで上がった。下宿人は医学生やサラリーマンなど裕福な人が多かった。

6畳一間に押入れつき、暖房なし、トイレは共用。

普通の学生は間借りで4千円、まかない付きで7千円くらいだったのではないだろうか。4畳半を二人で借りている奴もいた。

昼は生協食堂でB定食が70円、C定食が90円。サービスランチは120円だった。授業をサボって街に出て、駅のミカド食堂でミカドランチが180円、ニシムラのサービスランチが160円、これはかなりのごちそうだった。

その後駅地下の映画館で1本立て80円の映画を見て、帰りの電車賃が15円だった。

独り立ちするとイロイロかかる電気料、水道料、ガス代、NHK受信料その他もろもろは一切なかった。新聞は赤旗日刊(本紙といった)が900円、日曜版は忘れた。岩波文庫が星ひとつ50円。

学部に入ると金遣いは俄然荒くなった。全学バリストだから授業はない。その間にタバコと喫茶店と雀荘とパチンコ屋を憶えた。コーヒーは80円だった。行きつけの食堂で酒を飲む習慣も身についた。

ストライキが終わってもその習慣はなかなか抜けるものではない。どういうわけかその頃から世の中カネのめぐりも良くなって、仕送りも増えた。

卒業頃には月2万ちょっとくらいは使っていたのではないだろうか。下宿代を抜いて一日500円位か。

それに引き換え、入学の頃はたしかにまったくカネは使わなかった。酒は飲めなかった。タバコは2年目の秋ころに覚えた。石油ストーブの4斗缶と、夜中に食べるインスタントラーメンくらいだったかな。一日150円未満ですんでいたかもしれない

物は高かった。古道具屋で自転車を買ったが6千円した。スキーを友達に選んでもらったら、えらく高いものを買う羽目になって、靴と合わせて5万円くらい取られた。人生で5本の指に入る無駄遣いだった。

自分で悩みに悩んで決断したのはソニーのオープンリールのテープデッキ、録音もできる新製品で5万円くらいだったと思う。これでFMを録音して聞いていた。テレビは結婚して嫁さんが持ち込むまでなかった。

その頃の勤医協の医者の初任給が5万円だった。



日銀のサイトから

TOP > 対外説明・広報 > 日本銀行を知る・楽しむ > 教えて!にちぎん > 日本銀行や金融についての歴史・豆知識 > 昭和40年の1万円を、今のお金に換算するとどの位になりますか?

答え: 平成24年の物価は昭和40年の約1.9倍なので、昭和40年の1万円は平成24年の約1.9万円に相当する計算になります。また、消費者物価では約3.9倍なので、約3.9万円に相当するという計算になります。



消費者物価指数が4倍位とすれば、いまの物価にすれば1日800円位は使っていた計算になる。物というのはいくら高くても、買わなければ済む。サービスはそうは行かない。そこは今の世のほうが住みにくいのではないか。



チリの教育システムについて概説した文献が見つかった。

国立教育政策研究所の斉藤 泰雄さんが書いた「チリ:新自由主義的教育政策の先駆的導入と25 年の経験」というものである。

全文もそう長いものではなく、難しいものでもないので、直接そちらをあたっていただければよいのだが、とりあえず抜粋して紹介する。

はじめに―――なぜチリなのか?

チリは、教育の市場化・民営化を中心とした新自由主義的教育政策を徹底して推進してきた。

それはピノチェト軍事独裁政権時代の遺物でもある。

その特徴は

①バウチャー制度: 教育予算の人頭割

②基礎・中等教育で私立学校在籍者の比率がほぼ半数を占める

③管理運営を国から市町村に全面的に移管した

④世界で最も多数の高等教育機関を持つ

⑤父母の負担がきわめて高い

従来よりチリの教育水準はきわめて高い。高等教育就学率は31.5%に達している。成人識字率も95%を超える。

しかし、国際的学習達成度調査によれば、チリ教育は質の面において、大きな課題を抱えている。

1. チリにおける新自由主義教育政策の導入の経緯

1980 年、ピノチェット軍事政権体制下にあったチリ政府は教育の市場化・民営化を打ち出した。

「将来の完全民営化に至るまでの過度的な措置」として、市町村への分権化が打ち出された。

バウチャー制度により、公・私立校の区別なく、在籍する児童生徒数に応じて、生徒一人当たり同額の国庫助成金を配分する方式を採用した。

教員は、国家公務員としての身分を喪失し、、民間企業に対する労働法が適用されることになった。

2.新自由主義的教育政策の効果と限界

(1)バウチャー導入以降のチリ教育界の変貌

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助成私学経営への参入が相次いだ。1990 年までの10 年間で約50 万人の生徒が私学に流出した。現在では公立学校の在籍者は50%にまで低下している。

なお、独立私立校は、高い授業料を徴収する伝統的エリート系私立校であり、ここに通う生徒はバウチャーの対象外である。

(2) 「選択と競争」政策の効果と限界

私立校が少ないコストで公立校と同等あるいはより良い教育成績をあげたことは効率性の高さを示すものであると見なされた。

しかし私立校には多くの問題があった。

私立校はインフラ建設のローンを抱え、教員給与も公立校よりも低く抑え、また、学級規模も公立校よりも大きかった。

助成私立校は、英語の学校名、派手な制服やカバンの採用、課外活動の充実、愛校心の強調や校歌の制定など、中産階級の趣味をくすぐるようなマーケッティング戦略に走り、コストのかかる教育の質を向上させるための努力は回避した。

生徒数の少ない農村部やへき地には、私立校の進出はなく、教育の民営化そのものが不可能であった。

3.民政復活後の軌道修正

民政化後も、新自由主義的教育政策は維持された。その理由は

①軍事政権が法改正に憲法修正を求め、教育システムの維持を計った。

②ピノチェットは陸軍最高司令官にとどまり、「大砲の側で情勢を見守る」と宣言して文民政権を牽制した。

③すでに10 年間の実績があり、一定の効果をもたらした。父母も学校選択権を歓迎していた。

新教育相ラゴスの改革は二面的であった。

①教育の質と公正の改善をはかった。教育条件の整備は原則として国家が主導するとした。教職の地位の安定化と待遇改善をはかった。

②助成私立校の無償制を廃止し、授業料を徴収することを認める。助成私立校はバウチャーの恩恵を受けながら、同時に授業料を徴収できるようになった。

これらの部分修正により、結果的に市場化・民営化路線は存続・強化されることになった。

4.OECD調査団によるチリ教育政策評価

2003 年10 月にOECD教育委員会が調査を行った。これに合わせ、チリ教育省もレポートを提出している。

[チリ教育省報告部分から]

①90年代の前半には、公立校と助成私立校との成績格差はわずかに縮小したが、その後は拡大を続けている。

②学習成果は不平等で、高度に階層分化されており、90年時点に比べ改善はない。

③公立と助成私立校間での学習成績の相違は目立たない。むしろ社会経済的階層による違いが顕著である。

(③は、「助成私立校が公立校より成績が高くコストが安い」という主張に対する控えめな反論)

[調査団報告部分から]

バウチャー・システムや教育の市場化と関連するその他の政策は全般的な合意を受けており、もはや逆転させることは難しい。

家庭を私立学校に引きつける最も重要な要因は、「私立学校では最悪の不良生徒の入学を拒絶できること」であった。私立学校は特殊教育について配慮する必要がないし、素行態度が最悪の生徒の入学を拒絶することもできる。

公立校から良質の上澄み部分の収奪が、公立学校の平均テスト成績を低下させる原因となっている。

つまり、助成私立校は公立校よりも効率的だが、それは最低部分を切り捨てることで成り立っており、チリの教育システム全体に代わるような方式ではないということである。

助成私立校のコスト効率が良いとされるが、その実態は、助成私立校の(かなり無理をした)教員の労働コスト削減によって生じたものである。公立校に適用しうるものではない。

調査団は、次のような結論を下さざるをえない。

将来、教育システムにおいてより大きな効果と効率を生み出すためには、市場メカニズム(たとえば、学校間での競争や教員の業績給) に依存しつづけることは、高い成果をもたらす戦略ではない。

チリの教育コスト

ピノチェトの民営化政策は教育の効率化をネガティブな形で追求したものであった。つまり教育の質を落とさずに、どこまでコストカットできるかという視点である。

その結果が下の表である。

対GDP比で見た各国の教育費支出とその負担区分の事例 (2001 年) 単位:%

国名

全教育レベル

高等教育レベル

公財政支出

私費負担

公財政支出

私費負担

日本

3.5

1.2

0.5

0.6

アメリカ

5.1

2.3

0.9

1.8

チリ

4.3

3.2

0.5

1.7

OECD平均

5.0

0.7

1.0

0.3

チリのことは笑えない。日本ははるかにひどいことになっている。

久しぶりにブローチのページを覗いてみた。

あまりにもアクセスが遅いのにびっくりする。

カウンターは284,221に達している。

一日あたりアクセスも268だ。

検索ツールからのアクセスがそちらに行ってしまうようだ。

どこのページに行くかというと、

1.イラク帰還自衛官はなぜ自殺するのか 323

2.“Download YouTube Videos as MP4” が最後の頼み? 113

3.「ネイチャー」誌 小保方論文の実験方法 74

4.AACファイルを無劣化で分割する 53

5.こんにゃく関税1700%はウソだが… 53

6.Lenovo で Fn キーを無効にする 52

7.杏林製薬の奥様の事件 30

8.Bug head emperor+ASIO は悪くない 29

9.fidelizer は止めたほうが良い 26

10.タイタニックと階級差別 25

11.山崎拓のセックス・スキャンダル 21

12.ゲバラの死 趣味の悪い写真集 19

13.ルワンダ虐殺の歴史的経過 19

14.安倍首相の質問拒否は問責に値する 18

15.トレイシー・チャップマン健在なり 17

16.札幌のおばあちゃん、水泳“90歳”リレーで世界記録 17

17.資本論第3巻 異同問題について 16

18.マライア・キャリーが黒くない理由 16

19.資本論第3巻が分かりにくいわけ 16

本日の一面トップがこのグラフ

このグラフ自体は現在の年齢別賃金格差を並べただけのもの。これを一生涯の賃金カーブと仮定した上で、以下の見出しをつけている。

正規と比較 生涯賃金(本紙試算)

非正規雇用は1億円以上低い

派遣法大改悪で貧困拡大

ネタはお馴染みの「賃金構造基本統計調査」


tinginkakusa

この試算では、フルタイムに当たる「一般労働者」について、年齢ごとの平均年収を比較し、「生涯賃金」として集計している。

一つのモデルとして考えておくべきだろうが、これで固定されていくとなると、たしかにえらいことになる。

試算では正規雇用の生涯賃金が2億2千万円、非正規では1億2千万円となる。要するに半分ということだ。

しかも現役時代の賃金は年金給付額に反映されるため、格差はさらに拡大する。

これが政府が若者に提示する日本の未来像だ。若者はこれを受け入れるのだろうか。


 ゆるへろ読書日記

というページに、京大・矢野事件―キャンパス・セクハラ裁判の問うたもの という本の紹介というか読後感想が載せられている。

なぜこれを読んだのかというと、「毛沢東のライバルたち」という年表を書いていて、向警予という女性活動家のことが知りたくなり、調べたところ小野和子さんという中国史研究家がヒットしたのである。

そこで“小野和子”で検索をかければ何か見つかるかと思いトライしたところ、肝心の向警予については何も引っかからず、代わりに京大セクハラ事件が出てきたという経過である。

学生時代に矢野暢という人の名前はけっこう眼にした。いわゆる京大人文研系の人だろうと思っていた。まさかこういうことになっていたとは知らなかった。

事件の顛末は直接 ゆるへろ読書日記にあたっていただくとして、「これはどうしようもないな」と思ったのが下記の一節だ。

読者にとって一番衝撃的なのは、やはり矢野暢氏が毎朝研究室の秘書たちに唱和させていたという「五訓」だろう。当時から散々紹介されているらしいが、資料として引いてみよう。

  1. 矢野先生は世界の宝、日本の柱です。誇りをもって日々の仕事にはげみましょう。
  2. 矢野先生が心安らかにご研究とお仕事に専念できるよう、私たちは、自分の持てるすべてを捧げてお尽くしいたしましょう。
  3. この研究室は日本じゅう、世界じゅうの注目の的、私たちは、すきのない仕事を通じて、この研究室の名誉と権威を守りましょう。
  4. 矢野先生のお仕事は、大学の皆様の心に支えられています。職場の人びとには礼儀正しく接しましょう。
  5. それぞれ健康に留意し、身辺をきれいに保ち、勤務に支障がないよう心掛けましょう。(p.232)

思わずもらい泣きしたくなるような悲しい訓戒だが、これを読むと彼の欲望の源泉が見えてくる。


完全に留め金が抜けているということだが、問題はそこではない。

一番肝心なことは上に立つ人間にはこういう性格の人物がいるということだ。性善説でやっていける間はそれで良いが、こういう人物が紛れ込んでくる可能性は常にあるということを銘記することだ。

民主主義のさまざまなツールはそういう時のための伝家の宝刀なのだ。

とんがって、突っ張って、逆らい続けることはそうだれにでもできることではない。しかしそれを排除せず、正しいと思えば、それに同感し、同調し、それを支持し、孤立させず、見殺しにしないことはだれでもできるし、しなければならない。

多少の勇気はいるが、それで自分の生活がめちゃめちゃになるわけではない。

それが私たちのようなかよわい一般市民にとっての民主主義の精神なのだと思う。


この2日間で、説明を読みながらブログの体裁を整えました。
カウンターにブログ内検索、のプラグインをくっつけることに成功。
ついでカテゴリーの再分類を行いました。
と言っても、1本1本の記事を再分類するところまでは行かず、
とりあえず、フォルダーの名称を変更して、二桁分類するところまでです。
これでも、以前よりはだいぶ探しやすくなったはずです。
コメント一覧も復活出来ました。
コメンテーターの皆さん、よろしくおねがいします。

やってみての感想ですが、
やはり機能はブローチより格段に優れているようです。
なんといってもスピードが早い。これは有難いことです。
カテゴリー分けが断然良い。
ふたケタ処理できるのはなんといっても素晴らしいです。
これで100種類くらいに分類できそうで、かつ検索も容易です。
ブローチのブログ内検索は、ネット用語で言えば「クソ」でしたが、
ライブドアではずいぶん拾うようになりました。
図形の処理がうまいのもありがたいです。
後は検索エンジンへの掲載率ですが、これは今ひとつという感じです。
まぁ、リピーターが多いページですから、だんだん上がっていくことと思っています。
チョコレートがどろりの体裁はいかにもネクラで、我ながら何とかしたいのですが、
そのうち、他のテンプレートを試してみたいと思っています。
まだ試してないのですが、YouTubeの画面が貼り付けられるようです。
「タンゴ名曲100選」など、画面を貼り付けたら良いと思うので、そのうちやってみます。

 世界の総生産の推移を示す統計がない。

どうしてなのか不思議だ。統計をとっている国の数を単純に足すだけの話で、別に造作も無いことと思うが、それが不思議とないのだ。

実は先日もそうやって探して一つ見つけたのだが、デスクトップの大掃除をした時に捨ててしまった。

とりあえず30分ほどグーグル検索して探したのが下のグラフ

sekaiGDP

個人の試算で、紀元1年からの推移というからかなり怪しい。

「世界各国の経済水準・所得水準(1人当たり実質GDP)を超長期的に推計していることで著名なアンガス・マディソン氏のデータ」なのだそうだ。

日本の推移を見るための図表だが、ほしいのは一番下の茶色の線。これが1980年の5千ドル弱から2008年には8千ドルに増えていることだ。

30年で1.6倍に増えていることになる。

あんまり頼りにならない図表だが、一応載せておく。

韓国でフェリーが沈没して修学旅行生ら多くがなくなったようだ。

ネトウヨは人の不幸まで話のサカナにして、韓国人は馬鹿だ、中国人は馬鹿だとやっている。

一番馬鹿なのは、そんなことをしているお前たちだろう。

船長が乗客を置き去りにして逃げた。この船長の責任を問うのは当然だが、韓国人がみなそうだというのは、それを助けようとして犠牲になった乗員もいるはずだから、無礼きわまりない。

とにかく人の不幸をニヤニヤ笑いながら、「オマエが馬鹿だから」といびる連中こそ、人間の屑だと思う。

置き去りにする事件というのは1,2年前にもあったばかりだ。イタリアの豪華客船で、このブログでも取り上げたことがある。何も韓国人や中国人の専売特許ではない。

日本人にとって最悪の置き去り事件は満州の関東軍だ。たしかにソ連軍は悪いが、手榴弾をわたして自決せよと命じながら、まっさきに逃げた日本人がいたことを忘れてはいけない。

さらに忘れてならないのは、日本はみずからの手ではこれらの敵前逃亡も、無謀なインパール作戦も、特攻攻撃についても裁いていないということだ。




ネトウヨは「闘った関東軍もいた」と書いて、逃げ出したというのはウソと主張しているが、勇敢に救助にあたり犠牲となった乗組員をもって、船長を免罪するようなものではないか。

高級幹部は「闘うために一時退却した」というが、満州を離れてしまって、どこで戦おうというのだ。

朝鮮戦争開戦時の韓国軍のほうがはるかにまともだ。彼らは南に逃れる橋を全て落としてソウル市民を置き去りにしたが、少なくとも、彼らは市民に自決を迫ってはいない。

韓国および北朝鮮の戦後史年表 朝鮮戦争  参照のこと。


次は芝浦工大教授の村上雅人さんの「やさしい超伝導のおはなし1

面白いエピソードがあって飽きさせない。だいたい講義を聞いたあとで覚えているのはこの手の話だ。しかしそれでは試験は通らない。

1 電気抵抗ゼロを確かめる

過去の実験では、なんと 2 年以上もの間電流(磁場)が減衰しないことが確かめられているそうだ。

そうすると不純物は現代の冶金技術のもとではあまり問題にならず、もっぱら結晶格子の量子的揺れによって抵抗が生じていると見て良さそうだ。

2. 超伝導の起源をもとめて

オンネスが超伝導現象を発見したのは1911年のこと。

当時、絶対零度まで温度を下げたら、金属の電気抵抗がどうなるかということが論争になっていた。絶対温度の単位名にもなっているケルビン卿は、絶対零度では電子さえも凍って動けなくなるから、電気抵抗は無限大になると予想していた。

…突然4K 付近で電気抵抗が不連続的に低下し、ほぼゼロとなった。優秀な実験家であったオンネスは、何か実験のまちがいであろうと繰り返し実験し、再現性を確認する。ただし、ここでも電気抵抗がゼロとは結論を出さずに、電気抵抗が10-5Ω以下になったと表記している。
その後、Hg の純度を変えるなどして、数多くの実験を行い、この現象がHg が有する基本特性であることを確認する。そして、Hg が超伝導状態という電気抵抗がゼロの新しい状態に遷移したと宣言するのである。

オンネスの超伝導の発見は、従来の古典的な物理では説明できない何か新しい物理が誕生しつつあるという予感を多くのひとに与えたのである。実際に、超伝導の機構解明は量子力学という20 世紀の新しい物理学によって行われることになる。

誰かさんに聞かせたい一節ですね。

 

やさしい超伝導のおはなし2

最初は略

2. 電気抵抗の正体

オームの法則によると、電子はつねに力を受けているにも関わらず、等加速度運動ではなく、等速度運動を続けている。

金属内では電子の運動を妨げるもの、あるいは直截的には衝突するものが存在していると考えるほかない。

電子が衝突する相手とはいったい何であろうか。それは金属を構成している格子(金属イオン)であろう。

ところが、実験を進めていくうちに、電子は格子間隔、つまり金属イオン間の距離の数10 倍もの距離を自由に動けるということが分かった。

結局、物理学者たちが電気抵抗の犯人として特定したのは格子振動(フォノン)であった。

金属の格子は正に帯電している。この格子が熱運動で揺れ動くと、負に帯電している電子はクーロン相互作用により自由な動きが封じられる。

それでは、絶対零度では電気抵抗はゼロとなって超伝導になるのであろうか。答えはノーである。格子が振動していなくとも、電子の運動が、格子振動を誘導してしまうのである。

これでは、超伝導現象を説明することができない。

よって、複数の電子の相互作用を考慮に入れると、結果的に電気抵抗がゼロになる特殊な条件が存在するかもしれない。こう多くのひとが考えるようになった。

 

やさしい超伝導のおはなし 3

3. マイスナー効果の発見

マイスナー効果というのは超伝導状態が本質的に磁場を嫌うという性質である。

超伝導状態になった超伝導物質に外部磁場を加えると、磁場の超伝導体への侵入が阻止される。

この現象は、電磁誘導と電気抵抗ゼロによって説明できる。

電磁誘導には面白い性質があり、誘導される電流は外部磁場の変化を妨げる向きに流れる。これをレンツの法則と呼んでいる。

それでは、電磁誘導を超伝導にあてはめてみよう。超伝導体に磁石を近づけると、磁石を近づけまいとする向きに電流が誘導される。

ここからが超電導体の超電導体たる所以で、一度流れ始めた電流は止まらないのでね。

よって、超伝導体に磁場を印加すると、ちょうどその磁場を打ち消す向きに電流が流れ続けるから、超伝導体内に磁場は侵入できないということになる。

ということでめでたしめでたしと思っていたら、どんでん返しが用意されていました。

しかし、これでは大発見とは言えない。電磁誘導と「電気抵抗ゼロ」という性質によって説明できるからである。

ところが、超伝導には別な顔があった。

村上さん、うまいですね。すっかり乗せられてしまう。

超伝導体に室温で永久磁石を載せる。それからギンギンに冷やしていく。超電導体が超伝導になったらどうなるであろうか。

磁石を超伝導体の上から離そうとすると、超伝導体内の磁場が外に排除されることが分かったのである。これがマイスナー効果と呼ばれるものである。

それは、超伝導が常伝導状態とは全く異なる新しい熱力学的な平衡状態にあるということを示している。水が氷に変化するように、超伝導状態は一種の相変態によって生じる現象であることが分かったのである。

「ふむふむ」と言いつつもなんのことやら分かりません。さもありなんとばかり村上さんは図で説明してくれます。しかしこの図が、かえってわかりにくくしてくれます。

 

やさしい超伝導のおはなし 4

1 超伝導は常伝導とは違う相

超伝導状態は常伝導状態とは異なる新しい熱力学的状態である。では、何が常伝導状態と異なるのであろうか。

一言でいって、「複数の電子が互いに相互作用することで、結果的に電気抵抗がゼロになる状態」と言える。

ただし、その数学的論証はすごく難しいそうです。そこのところは飛ばします。

超伝導状態では、ある電子が格子に奪われたエネルギーを、別の電子が奪い返すことで、これら2つの電子ペア(Cooper pair)で考えれば、エネルギー損失がない状態ができている。

あたかも、電子と格子がひとつのボールを投げ合っているような状態なので、電子と格子のキャッチボールと呼ぶひともいる。

 

3. BCS の壁

Bardeen, Cooper, Schrieffer という3人の研究者が提唱したため、これはBCS理論と呼ばれている。

BCS 理論の基本は、電子が格子に及ぼす影響である。電気をよく通す物質は、この相互作用が弱いことを意味している。

超伝導になる温度には上限がある。これはBCS の壁と呼ばれ、30 – 40 K 程度と考えられている。

しかしそれは覆された。高温超伝導の発見である。いまでは130K という高温で超伝導が発現している。


これで終わりです。私の一夜漬けもこれで終わり。

結局わからないことがわかったが、感じはつかめたような感じも、しないでもありません。

しかし、これではドイツのリニアモーター開発中止までには相当の道のりのようです。

 


次は東大理学部有志が五月祭で一般向けに展示したファイルのようだ。

研究展示は1.超電導体のフェルミ面の測定、2.超電導を記述するBCS理論の概説と模型 に二つあるが、前者はちんぷんかんぷん。

後者(BCS理論)についてだけ抄出する。

常温の金属中では電子が一定の方向に流れることにより電流を生じます。
しかし、電子は金属中のイオンの振動や不純物により散乱されます。
一方、超電導物質内では電子間に引力が生じ、電子2つがあたかも1つの粒子(クーパー対)であるかのように振る舞うようになります。
さらにこの達は位相をそろえて一斉に運動するようになります。
このようにな状態が安定すると、不純物による散乱を受けずに運動することが可能となります。電気抵抗は消失します。
(なんかレーザーの原理と似ているな)


次は青山学院の秋光研究室のサイト。ここにマイスナー効果がもう少し詳しく述べられている。しかしやさしくはない。

マイスナー効果とは、超伝導体の内部には磁場が侵入できない(磁束の侵入を許さない)というものです。

超伝導体の内部に磁場が侵入できないのは、磁場を印加したときに超伝導体表面に遮蔽電流が流れるためです。

外部磁場によって誘起された電流は、外部磁場を打ち消す方向に磁場を発生させ、侵入を防いでいるのです

何故と言われても分からないが、とにかく超電導体に磁力ビームを浴びせると。遮蔽電流が出動するようだ。

磁力は、マックスウェルの三本指に従って電流を発生するが、この電流の流れに逆らうようだ。そうすると磁力は失われてしまうという仕掛けらしい。

しかしそれだけでは「浮く」という話には結びつかないな。

打ち消しあうというより、遮蔽電流が発生する磁力がS/NとS/Nの斥力を発生していると考えたほうが分かりやすいのだが…

なお、この文章ではジョセフソン効果にも触れているが、とても刃が立たず、退散する。


次はNeoMag という磁石の会社のサイトの「超伝導磁石の可能性と応用シリーズ」というページ。文系人間にも、とても分かりやすい解説だ。

1.超伝導現象の特徴
1911年オランダのヘイケ・ケメルリング・オネスによって、水銀が液体ヘリウム温度4.2K(ゼロKは-273℃)で突然電気抵抗がゼロになることを発見しました。
オネスはヘリウムの液化と超伝導の発見で、1913年にノーベル物理学賞を受けました。
その後、1933年ドイツの物理学者ヴァルター・マイスナーらによって“完全反磁性”が発見され、“マイスナー効果”と命名されました。
 
2.電気抵抗ゼロの発見
銅や鉄などの金属が電気を通し易いのは、自由電子という動きやすい電子を持っているためです。

電位をかけるとこの自由電子がプラス極に移動することにより、マイナス極に電流が流れるのです。
ところが、金属の結晶格子は熱により、わずかに細かく振動していて、その振動により自由電子の移動が一部妨げられてしまいま す。
これが電気抵抗となるのですが、この振動は温度が高くなるに従い大きくなり、温度が低くなると小さくなります。

つまり高温度では電気抵抗が大きくなり、低温度では電気抵抗が小さくなります。

もし、金属を極限まで冷却すれば、結晶格子の振動が無くなり、電気抵抗がゼロになり、発熱も無く大電を流すことができる筈です。

ネオスは真空ポンプで、ヘリウムをマイナス1K(-272℃)まで冷却する装置を考案して、世界で初めて超伝導現象を水銀の実験により見つけたのです。


3.マイスナー効果の発見

超伝導体を磁場中に置くと電気抵抗がゼロですから、その瞬間に誘導電流が表面に流れます。
そうすると、外部磁場を打ち消すような磁場が発生し、磁場の侵入を妨げます。
これは 電磁誘導の「レンツの法則」でも説明できるものです。

この外部磁場に対して逆向きに磁化することを、“反磁性を示す”といいます。
つまり、外部磁場 を加えても超伝導体の磁束密度はゼロで磁化しないのです。

さすがにここのところは分からない。「レンツの法則」なんてあったっけ?

もう一つは常伝導体では物質内部に磁場が侵入しますが、超伝導状態にすると、磁場が外部に押し出されてしまいます。これは電磁誘導の法則では説明できない超伝導体固有の現象です。

これがマイスナー効果です。

ということで、結果的にはマイスナー効果について謎を深める結果となった。


ここでレンツの法則

分かりやすい高校物理の部屋 というサイトの「電磁誘導」のページ。

…このような向きの決まり方をレンツの法則といいます。磁石が近づいてくると反発し、遠ざかると引き付けるので、「行っちゃーいやよ、来ちゃいやよ」の法則と覚えてください。

分かりやすい!

またこのとき、
 磁石を速く動かすほど、
 磁石の磁力が強いほど、
 コイルの巻き数が多いほど、発生する誘導起電力が大きくなります。

これら3つのこととレンツの法則を足し合わせて、ファラデーの電磁誘導の法則といいます。

おぉ、そうかそうか。

つまり常伝導体だろうと超電導体であろうと、誘導電流と磁力は発生するのだ。超電導体に特有なのは、それが内部に浸透しないという点なのだ。

しかしその理由は相変わらず不明だ。


最近は不勉強で(昔もだが)、リニアモータカーどころか、電子レンジやLEDの仕組みさえ分からない。

ドイツでリニアモーターカーの開発が中止になったそうだが、日本の方式とはかなり違うようだ。ただしどこがどう違うのかを調べようとすると、結局超電導の話まで行ってしまう。

まずは子供でも分かるような簡単な説明をしてくれるサイト探しからはじめなければならない。


ということで、探して行ったらだいぶ量が増えてしまった。そうでなくとも読みづらいので、何回かに小分けして掲載する。多分全部読み終わると、うっすらとわかった気分にはなれると思う。





最初は「国際超電導産業技術研究センター」のサイトから「超電導ってなぁに?」というページ。

1.電気抵抗がゼロである

rinkaiondo

超電導とは一定の温度以下になると電気抵抗がゼロになる現象のことである。

そもそも電気抵抗というのは、導体が電気が流れるのに抵抗することであって。そこで電流は減弱し、熱となって放散される。

densenn

2.超電導とマイスナー効果

ところがある種の金属には、超低温にすると電気抵抗がゼロになる性質がある。

ここまではどうということはない話だが、それが浮上とどう結びつくかというと、それがマイスナー効果というものだ

maisuna

さぁ、ここからが分からない。

超電導体の上に磁石を乗せると、重い磁石が下に落ちないで、浮いている状態になるのだそうだ。

上の絵で見ると、多分床面に磁石があってそこから上に向かって磁力線が放たれているということのようだ。そして常伝導体(普通の金属)は磁力線を妨げないのに、超電導体は磁力線を弾くようだ。

そうすると、それで斥力が働いて浮かび上がるということになるのか。このへんは良く分からない。

マイスナー効果の説明はここまでだ。


続いて、このページにリンクされた超電導の基礎というPDFファイルに移動する

最初の図が「超電導三大現象」というもの。ここではゼロ抵抗、マイスナー効果の他に「ジョセフソン効果」という現象が挙げられている。どういうものかというと「超電導トンネル接合」なんだそうだ。

マイスナーもわからないうちに別のものが出てきた。しかも説明はない。とりあえずこのファイルはおしまい。


来週の土曜日、新入生を相手に講演会を企画しています。

私が基調講演というか、話題提供みたいな形で最初に話することになっています。

一応話は大きく、「世界の青年たちは今」みたいな感じでやることになっています。

今年の新入生は現役なら94年生まれということになります。すでにバブルが崩壊した後の生まれということで、右肩下がりの時代を生きてきたことになります。

まぁ受験競争を勝ち抜いてきたわけですから、エリート意識はそれなりにあるでしょうが、さぁこれからどうするかということになると、甚だ心もとないんじゃないでしょうか。

そういう意味では前向きの話をしていくことが大事だと思うのですが、どこをどうくすぐれば積極性を引き出せるのか、思案のしどころでしょう。

まずはこの20年間、世界の経済はどうなったかということですが、なんだかんだといっても着実に成長しています。リーマン・ショック後の停滞を含めても1.3倍位にはなっています。

世界は豊かになっているのです。

世界がどんどん貧しくなっているのなら、私たちが貧しくなっても不思議はないのですが、世界が豊かになっているのに私たちが貧しくなるのは解せません。

青年の皆さんは萎縮する必要は有りません。

日本もこの20年間大きな成長こそしていませんが、決してマイナスではありません。日本人の年収は70万円減っていますが、これは景気が悪いからではなく、金持ちがかすっているからなのです。

家族の収入が減ると、学生さんの仕送りにはモロに響きます。20年前学生の仕送りは3千円、それが今では一日千円を切っています。

それだけ貧富の差が激しくなっているのです。

これは日本だけの話ではありません。世界中で同じような事態が起きているのです。

例えば、スペインでは青年の半分が失業者です。ギリシャでも似たようなものです。なかでも高学歴の人ほど就職の機会がありません。ギリシャでは卒業生がそっくりそのまま失業者になります。「大学よさようなら、職安よこんにちは」という世界です。

気の利いた人はドイツに流出していきます。そこでドイツ人の下請けで低賃金で過酷な労働を強いられることになります。

それではドイツ人は優雅な暮らしをしているかというと決してそうではありません。外国人と競わされて不安定労働が一般化しています。一部の大手企業の労働者はおこぼれに預かっていますが、全体の賃金は低水準で推移しているのが実情です。

メドヴェージェフは軽い男だ。
外信によれば、以下のごとく発言した。
「ウクライナは内戦の危機にある。恐ろしいことだ」
そうしているのはオマエではないか!

人を殴ったら、鼻血が出た。
そうしたら、「鼻血が出た。恐ろしいことだ」と叫んでいるようなものだ。

どうも赤旗の見出しはミスリードのようだ。

最初に記事を読んだ時、日本の軽水炉型原発は欧州の加圧水型に比べ4つの欠点があるというふうに読んだのだが、そうではなかった。

どういう比較をしているのかと思って舩橋さんの参考人発言を聞いてみたら、「脱原子力大綱を読め」ということだったのは前報のとおり。

面倒なのでそのままにしようかと思ったが、やはり気になる。

そこで、その「脱原子力大綱」に行ってみた。

原子力市民委員会のホームページに「原発ゼロ社会への道――市民がつくる脱原子力政策大綱」(5.72MB)のPDF版が載せられている。その160ページが該当する部分だ。

taikou


4-7 新規制基準は「世界最高水準」には程遠い

福島原発事故の教訓と反省をもとに策定された新規制基準において初めて過酷事故が規制の対象になった。

その新規制基準について、「世界最高水準である」あるいは「世界一厳しい基準ができた」と田中俊一原子力規制委員長は公言しているが、それが事実かどうかを検証した。

福島原発事故が生じる以前の段階から安全性を高めた原発として設置が承認された欧州加圧水型炉(EPR)の安全対策に照らし合わせると、いくつかの重要な設備が新規制基準には入っていない。

これらの事実から、新規制基準が「世界最高水準」でないことは明らかである。

表4.3 安全設備に関するEPR と新規制基準の相違点

安全設備

EPR

新規制基準

安全上重要な系統設備の多重性

独立4系統

独立2系統

コアキャッチャー

設置

要求なし

格納容器熱除去設備

設置

要求なし

頑健な原子炉格納容器

大型ジェット旅客機の衝突に耐える二重構造

要求なし

(コアキャッチャーというのは、原子炉圧力容器外に流出した溶融炉心を格納容器内に貯留する設備のことで、そのものずばりである。格納容器の熱除去設備というのは、コアキャッチャーを水で循環冷却する装置で、さらに原子炉を水棺にできる機能も併せ持っている設備のことで、要するに溶けた炉心の二重の受け皿ということになる)

4-7-3 原子力規制委員長自ら安全文化を軽視

田中俊一原子力規制委員長が「新規制基準は世界最高水準である」と公言すること自体に、安全文化(セイフティー・カルチャー)に関わる大きな問題点が含まれている。

IAEA が注意を促す「安全文化が劣化する典型的なパターン」の第1項に「過信:良好な過去の実績、他からの評価、根拠のない自己満足」が挙げられている。

原子力規制委員長が「新規制基準は世界最高水準である」と公言することは、前節で明らかにしたように、この「根拠のない自己満足」に当たると言わざるをえない。


ということで、要するに日本の安全基準が緩いと言っているだけの話だ。軽水炉か加圧水型かはこの際関係ない。

大変お騒がせしました。

なおこの「脱原子力大綱」、題名とその厚さに怖気を振るってしまうのだが、中身は案外読みやすく、寝転んでも読める。

だいじな知識がぎっしり詰まっているので、ぜひご一読を。

 

 

 

国債取引不成立に関する日経の報道。

日銀が国債の発行額の約7割を買いまくった。その結果、市場参加者同士の売買が細り、流動性が低下している。

ある大手証券のディーラーは「取引しようにも上司の決裁がもらえない状態」と打ち明けた。

「表面的には金利は低位安定して見えるが、市場機能は弱っていて、ショックがあれば金利は急騰しかねない」との懸念が示されている。

ということで、どうも日銀にとては想定内の経過といえるようだ。

バキュームカーで国債を吸い取れば、国内に国債は存在しなくなる。そうすれば国債市場も消失する。

ひとつは、財務省の国債発行権限が無力化する。国債発行を通じて日本経済の調整を図ろうとする財務省のアイテムは失われたに等しい。

もうひとつは、国債を買い取っては日銀に売り利ざやを稼ぐという、民間銀行の安易な手段はもはや使えないということだ。

そうすると、日銀に積み上げられた膨大な当座預金をどう運用するかという決断が迫られることになる。「いつまでも左うちわでは暮らせないよ」ということだ。

そこでいよいよ当座預金を動かす。投資先はおおまかに言って3つある。国内の生産的投資、不動産等の投機的投資、そして外債買いだ。最初の二つの可能性は低い。したがってその多くが外債買いに回ることになる。

それが日本経済にとってどういう意味を持つのかがよく分からない。はっきりしているのは、決して良いことにはならないということだろう。

雇用のヨシコさんの街頭ラブシーンがだいぶ話題になっているようだ。
私的なイメージとしては、そのくらいのことやってもらわないと困る。「ところで、あんた、何なのさ」くらいの啖呵を切ってほしいものだ。

週刊誌は「公序良俗に反しておりけしからん」というのだろうが、これは公序良俗がいまの世の中どうなっているかのバロメーターになるだろう。
「袋叩き」になるようなら仕方ない。いまの日本そういうレベルだということになる。しかし、「いいんじゃない。人それぞれ」とか、もっと積極的に「素敵! さすがヨシコさん」などというふうになると、週刊誌の方はきわめて厳しい対応を迫られることになる。

明らかにプライバシーの侵害であり、ストーカーであり、盗撮であり、肖像権の侵害であり、名誉毀損である。
しかも相手が国会議員とあっては、代価は相当のものになるだろう。

多分、相手が共産党だから訴えないだろうと思っているかもしれないが、いまどきの人は果たしてそうなるだろうか。多分、請求額は億を超えるだろうし、裁判所も以前ほど反共攻撃に寛容ではない。

一番の問題は、これが刑事がらみになった場合だ。そうなると、「ニュースソースの秘匿」という伝家の宝刀は「共犯者の隠匿行為」となりかねない。

前回、京都の嫌韓デモに対し懲罰的罰金の判決が出ている。ヘタをすると、水面下で動いたであろう公安や内閣調査室のところまで火の粉が及びかねない。

どうなるかが注目される。

いつかは来るとは思っていたが、それにしてもすごいスピードだ。
世界観を根本的に変えなければならない時が来ている。
安倍首相の時代遅れを批判するが、そういう我々さえ遅れているのかもしれない。
思えば鳩山首相がずっこけた時点で、周回遅れになって、今はトラックを逆に走っている状況だ。

14日のWTOの発表で、2013年に中国が米国を抜いて貿易世界一になったことが分かりました。
輸出入を合わせた貿易総額は中国が4兆2千億ドル、米国は3兆9千億ドルだった。
実は単純比較ではすでに12年時点で首位だったが、WTOの計算方式ではわずかに及ばなかったもの。

その意味は良く分からない。
どこかで解説してもらわないとならないのだろうけど。

とにかく記事だけ紹介する。

14日の東京債券市場で、長期金利の指標となる新発10年もの国債の取引が成立しませんでした。
これは、2000年12月以来、13年ぶりのことです。


理由は、日銀が大量の国債を購入しているため、債券価格が上昇したためとされている。金利は0.605%まで低下し、金融機関は国債の売買を手控えるようになっている。

ただ、取引しようにも現物がないという事情もあるようだ。

日銀による買い入れの副作用で、市場に出回る国債の量が減少していることも一因と見られます。

長期金利の低位安定が続けば取引不成立の事態が今後も起きる可能性があります。

はっきりしているのは、国債がなくなると日銀もお金の発行のしようがなくなるということだが、「もっとじゃんじゃん国債を発行せい」ということになるのか。それとも日銀券がいずれ金融商品化してしまうのか。


すこし勉強しなければならないのだが、その前にたまっている赤旗を整理
 

「生涯派遣」、「正社員ゼロ」社会を許すな

共産党が派遣法改悪に反対するアピールを発表した。

特徴的なのは、派遣社員の問題ではなく、労働者全体の問題なのだという点を強く押し出したこと、さらにそれが社会経済を破滅に追い込む可能性を強く警告したことだ。

突き詰めれば、これはすべての国民の一人ひとりの問題だということだ。

これは、たとえば生活保護バッシングや、TPP(農産物輸入の完全自由化)の農民いじめにも通じる論理だが、2つの点で違う。

ひとつは、分野別の切り崩しではなく国民の圧倒的多数に対する正面攻撃だということだ。

もうひとつは、とりわけ若い世代、日本の未来を担う世代への攻撃であり、引いては日本の未来に対する攻撃なのだということだ。

ということで、アピールは三段構えになっている。

1.「生涯派遣法」反対

まずは派遣労働者への攻撃、つまり「生涯派遣法」と批判する。

ちょっと難しい言葉だが、「常用雇用代替禁止」と「臨時的・一時的業務に限定」という縛りを廃止するのが、その内容だ。

わかりやすく言うと、これまでは派遣社員には期間と業務内容で縛りがあって、「なんでも、いつまでも」使い続けることはできなかったのが、これからは「どんな仕事でも、いつまでも」使って良いということになる。

その結果どうなるか、一生派遣から脱出できないということだ。これが「生涯派遣法」と言われる所以だ。

「派遣でもいいじゃないか」という人もいる。それは待遇が均等ならという仮定つきだ。いま待遇が均等でないことははっきりしているから、政府も「均等にします」と言ってはいる。

言ってはいるが、これを読んでなんのことか分かるだろうか。

「均衡を配慮した待遇の確保の際に配慮した内容を…派遣労働者に説明する」

やる気が無いから言葉が難しくなる。依頼を断る時ってそういうもんだ。これで待遇の均衡が保証されると思うか。

2.「正社員ゼロ法」反対

「どんな仕事でも、いつまでも」というのは、正社員なんかいらないということだ。

企業は争って正社員、直接雇用をやめて派遣に置き換えるだろう。それは世の倣いで、やらなきゃコスト競争に負けてしまう。

ブラック企業が話題になったが、正社員になれるのならと、みんな粉骨砕身努力した。そして3年でボロボロになって辞めていった。会社にすれば「正社員」という餌で使い捨てたわけだ。

同じ給料で2倍働けば給料は実質半分となる。それが相場となれば日本という成熟市場のもとで、全体の所得は半分になる。これは簡単な理屈だ。

日本の労働者の賃金は1997年をピークに減り続け、平均年収は70万円も減っている

以下略

赤旗の国会ニュースで、参議院外交防衛委員会での参考人発言があった。その見出しに、「世界最高水準安全は“錯覚かウソ”」とあった。

「うーむ、そういう切り口もあるなぁ」と感心して記事を読んだが、さわりだけで前後関係がはっきりしない。

もう少し詳しく知りたいと思ったら、「避難の権利」ブログ というサイトに発言の要約が載せられていた。その一部を紹介する


舩橋参考人(法政大学教授・原子力市民委員会座長)

1.原則的視点

原発輸出問題について考慮するべき論点として大局的原則的視点が必要。

まず、原発を輸出の是非、ついで国内の原発政策だ。

我が国の規範・原則である「平和・民主・自主」に立脚しなければならない。またそれが検証できなければならない。

2.エネルギー政策のありかた

エネルギー基本計画が閣議決定されたが、妥当とは思えない。

我々の「脱原子力大綱」と比較して、どちらが包括的かを検証してほしい。

3.原発の安全性と規制基準

原発に関わる危険は技術でコントロールできない。

「新規制基準」は安全基準ではない。過酷事故のリスクをゼロにすることはできない。

新規制基準は「世界最高水準」ではない。過酷事故対策についても欧州加圧水型基準にくらべても4つの点で劣っている。

4.原発輸出に伴う問題

日本が輸出した原発の放射性廃棄物をどうするのか? 日本が引き取るのか?。 他国に押し付けるのか?


ということで、肝心の「4つの点」が書かれていない。

仕方ないので審議中継を閲覧することにする。

苦労してやっと頭出しに成功して聞いていたら、「4つの点の内容については我々の大綱を参照してほしい」ときたもんだ。30分時間を無駄にした。

赤旗もまじめに報道してほしいものだ。

つまらないところで引っかかっている。
チャイコフスキーの「こどものためのアルバム」というのがあって、全24曲で30分足らずの小曲集だ。
二つの全曲演奏がYouTubeでアップロードされていて、なんとも甲乙つけがたいのだ。
ひとつはイディル・ベレー盤、もう一つがヴェラ・ゴルノステーヴァ盤だ。
弾き方はぜんぜん違う。ベレー盤は一曲一曲を大事にし、一音一音を慈しむ演奏だ。ヴェラ・ゴルノステーヴァ盤は全24曲を一連として演奏し、チャイコフスキーの名曲の一つとして流れの美しさを楽しんでいる。
聞くぶんにはゴルノステーヴァ盤がはるかに楽しい。白鳥の湖で舞踏音楽が次々に繰り広げられる雰囲気だ。
メリハリが効いていてそのまま流れに乗っていける。
ベレー盤は、かしこまって耳を澄ましていると、一つひとつの音が語りかけてくるようだ。一つ一つの曲を完成されたものとして、ただひとつの音もゆるがせにしない。一曲終わるごとにため息が出るような雰囲気だ。
面倒を覚悟で、MP3ダイレクトカットで24曲ちょん切って聞いてみると、その凄さがわかる。
子供に練習させるときに聞かせるなら、絶対にベレー盤だろう。

しかしもっといえば、こんなことをさせるくらいチャイコフスキーの曲が良いということだろう。

ということで、大島さんには申し訳ないが、「北海道から沖縄まで2万3千人余りが交流」という「自主的な農民団体」については、存在したという確かな証拠は見いだせなかった。

わずかに、類似のものとして遠州森町のある方が静岡新聞を典拠に(?)書いたものだけがある。

農業研究雑誌「農談」は、日本で最大の2万2千人の会員を擁し、17万部を発行した。

しかし、この17万部はにわかに信じがたい。ひょっとすると二宮尊徳を奉ずる「報徳会」の数字と混同しているのではないだろうか。


それはさておき、明治の前半における農村の一大学習運動は間違いなく存在したし、それがかなりの程度まで「下からの運動」であったことも認めなければならない。

とりわけ、「老農」と呼ばれた人々の生きざまは大変に魅力的であり、それを各地で熱狂的に迎え入れた草莽の民の巨大なエネルギーにも感嘆する。


この運動は幕藩体制の崩壊と全国一区の情報開放を背景にして起きた。まだ自動車も鉄道網もない時代に、東京に農民が集まって情報を交換し、地方の農業技術水準が一挙に底上げし平準化された。


農民にとって、開国とは外国に向けての解放ではなく、日本全国に向けての解放だった。「老農」はたんなる技術伝達者ではなく、農民の持つべき新たな論理と倫理を告げるみずからのヘラルドでもあった。


それは農業技術を媒介とした文化運動でもあった。「全国は一つ、農民は仲間」なのだ。多分それは「自分のために、そして人のために」という自由民権の思想運動とも重なっていただろう。

「老農」が全国に広げた教えは、江戸時代300年の幕藩と身分の桎梏を解き放ち、一種の「農本主義」と「勤労思想」を日本人の心に叩き込んだのではないだろうか。


たしかにそれは富農を中心とした運動だった。明治政府の音頭取りで始められた官製運動であったことも間違いない。やがて自営農が資本の論理により階級分解し、地主制度に変わっていくと、運動も変質・衰退し反動側に絡め取られていった。


にもかかわらず、日本人の大部分を占める農民層が、封建思想のしがらみから脱出した意義は革命的である。

その性格上、科学的で進歩的で合理的な思想は、武士道とは違うもう一つの日本人のバックボーンとして、とくに実業・モノ作りの世界に引き継がれてきたのではないか。


もっと積極的に引き出すべき歴史であることは間違いないだろう。


明治の農業改良運動 年表


1869年(明治2年) 民部省勧農局が設置される。欧米の大農法・西洋農具・外国産穀類蔬菜類などの試験研究を推進。
1873年(明治6年) 地租改正。その後5年間にわたり、各地に反対運動が起こる。

1874年(明治7年) 全国各地に種芸試験所が設置される。種苗の栽培試験、西洋農具の実験などを実施する。

1978年(明治8年) 勧農局が大蔵省に移動。欧米農法の移植政策を切り替え、稲作を中心として在来農業の再検討を開始。「開農義会」を組織し老農(農事老練者)の積極的起用を図る。

ウィキペディアによれば、群馬県の船津伝次平、奈良県の中村直三、香川県の奈良専二の3人は明治の三老農と呼ばれ、彼らに次いで福岡県の林遠里、秋田県の石川理紀之助が知られていた。

1875(明治8年) 先覚的な篤農が中心になって各地で種子交換会や農談会が開かれ、在来農法の改良と新技術の普及がすすむ。勧業会・農事集談会・種子交換会など名称は各地各様であったが、一般的には農談会の名で総称されていた。

明治農法と言われ、「乾田馬耕」、「深耕多肥」、「多肥多労」という3つの系列からなる。次第に統一されて多肥・集約的農法となる。ウィキペディアによれば、1.牛馬とプラウを用いた深耕、2.乾田化に代表される土地改良、3.塩水選など選種の精緻化、4.耐肥性多収品種の導入などがあげられる。

1876年(明治9年) 洋行帰りの津田仙、学農社を設立。「農業雑誌」を創刊する。

津田仙はメソジスト教徒として、足尾鉱毒反対運動や禁酒運動、盲学校教育などに尽力し、また女子教育にも熱心であった。数えで8歳の次女むめ(津田梅子:津田塾大創始者)を、岩倉使節団に同行させて、米国に留学させた。

1877年(明治10年)

 西南戦争。3千人が参加した熊本暴動をはじめ諸県で農民騒動が47件に達する。コレラが全国で大流行。

 船津伝次平、駒場農学校の教官に任命される。経験を重んじる在来の日本農業に西洋の近代農法を積極的に採り入れた「混同農事」に力を入れる。その後、巡回講師として全国各地で農業指導。船津農法を広める。

1878年(明治11年) 政府の農事通信員制度が発足。全国を12の農区に分け農事研究を奨励。

1880年(明13) 国会期成同盟成立。自由民権運動が盛んとなる

1880年(明13) 内務省勧農局、「各地の習慣、各自の意見を討論し、利害得失を講究し、勧農上実益を収むるの便法」として農談会の開設を府県に訓令

1881年(明治14)3月 東京で第2回内国勧業博覧会のとき、全国から老農約120人が集まって第一回全国農談会が開かれた。

会議に出席した山形の老農は、「本日出席された各氏の説を聞き、牛、馬耕作がすこぶる便利であることがわかったので、本県も将来使用することにする」と感想を述べている。(www.nokyo.or.jp/enkakushi/PDF/1-No04.pdf

1881年(明治14) 全国農談会の成功を受けた政府は、農政関係者と老農を集め「大日本農会」を組織。

noudanzakki
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/839539


1884年(明治17年) 松方デフレが農村を襲う。秩父困民党事件が発生。

1885年(明治18年) 勧業会設置準則が公布される。公費を以て郡役所管内を一区域として開催する。

1886年(明治18年) 静岡県森町の中村和三郎、報徳会系の「帝国農家一致協会」を設立し、雑誌「農談」を発行。

森町のホームページによれば、農業研究雑誌「農談」は、日本で最大の2万2千人の会員を擁し、17万部を発行した。(ただし裏付けとなる他資料皆無)


noudan
山草人のモノローグ
より


1887年(明治20) 急速に開催は減少。公費を以て開催する農談会は皆無に近い状況となる。近隣の農家が農業技術など語り合う、部落単位の集会は、その後も催される。

1890年(明治23) 香川の奈良専二、農業指導者として招聘され、68歳で秋田の花館に移住。さまざまな改良を行う。

1892年(明治25年) 稲作の改良熱が台頭。再び農談会が急激に増加する。巡回教師による農事講習会・講話会・学者の講演会が主体となる。

1893年(明治26年) 国立農業試験場が開設される。これにより農業技術の全国的な普及体制が整い、老農時代が終焉に向かう。

1893年(明治26年) 「農業雑誌」は月3回の発行で毎号3400部を印刷。他にも日本農業新誌、農事雑報など同種の雑誌が刊行される。読者参加のページが紙面の4割を占める。

この論文には、都下の一農業青年の勉強ぶりが報告されている。
 静蔵は'青年談話会で共同購入していた『日本農業新誌』に加えて、個人で『農業雑誌』、『興農雑誌』 の購読を開始する。また青年談話会では『土質演説筆記』、『簡易地質学」、「肥料製造独書」など農書六冊をまとめて購入した。

 1894年(明治27年) 朝鮮で東学党の乱。これを機に日清戦争が勃発。

 

 

読書欄に「老農・中井太一郎と農民たちの近代」という本が紹介されている。
中井太一郎のひ孫に当たる大島佐知子さんという方が書いたものだ。
中井太一郎という人は、明治の時代に除草機を発明し、それを全国に普及させた人らしい。
それはそれでえらいことだが、大島さんはその秘密を探るうちにある事実を発掘してしまった。

文章によると、

調査のなかで「農は国の本」と主張する自主的な農民団体を発掘。「明治中期に月刊誌「農談」を発行し、北海道から沖縄まで2万3千人余りが交流していました。太一郎が全国巡回できたのはその組織に支えられたからでした」

という。

中井は地租改正反対運動で投獄されたこともある気骨の人だったらしい。

ということで、大島さんには申し訳ないが、この「農談」運動が大いに気になる。二宮尊徳の運動につながるのだろうか。これも少し調べる必要がありそうだ。

日曜日の書評欄に「リニア新幹線 巨大プロジェクトの真実」という本の紹介があって、そこでは「リニア導入は国家百年の愚策」と書いてあるそうだ。
著者は千葉商科大の客員教授の橋山さんという人。

いろいろな問題点が列挙されているが、まぁ原発と違って命にかかわるものじゃなし、失敗してもJR東海の責任と感じてしまう。
ただ、次の指摘は気になる。

以前ドイツでもリニア計画があり、日本と同じく実験線が建設された時に、ドイツの諮問委員会は経済・財政・環境・技術面で厳しい評価を行い最終的に中止を決定した。

これについては、すこし事実を確かめるべきだと思う。

内閣の閣議決定したエネルギー基本計画の骨子


energy


ようするに、原発は続ける。再稼働はやる。核燃料サイクルも続ける。もんじゅはやめないということだ。
もし電源各社や経団連は押さえられたとしても、原発を隠れ蓑にしたプルトニウムの生産はやめられないということなのだろう。
日米同盟という錦の御旗を前にしては、豪腕安部首相といえども楯突くことは許されないだろう。まぁ最初からその気などないのだろうが。
ただ、それを良いことにして図に乗る経済団体の冷血・厚顔ぶりも頭にくるが。


土曜日の赤旗経済面。結構読みでがある。

1.まず日銀の昨年度企業物価指数。
全体として1.9%の上昇だが、濃淡がある。
石油・炭化製品が9.3%も上がっている。これに応じて電力・ガス・水道などが10.2%上がった。つまり川上が上がっているわけで、これは放っておいてもいずれ産業全体に波及するだろう。
それにもかかわらず情報通信機器は4.8%も下がっている。これはコスト削減のレベルを超しており、価格崩壊に近い状況だろう。業績向上を背景にした値下げではない。現に消費税後の1周間で家電販売は2割も減少している。
価格崩壊はいずれ産業崩壊につながる。消費税増税を機に、日本の高度成長を支えた柱の一つが消滅する日がやってきたのかもしれない。

2.日銀の昨年度通貨供給量が3.1%増加
通貨供給量はマネーストック。紛らわしいのだが、むかしのマネーサプライに通貨性の高い証券を加えたM3残高というものだ。
これが3.1%増えているのだが、おそらく消費税前の駆け込み消費によるものだろう。(日銀自身がそう言っている)
ということは、その反動がこれからどう出てくるかということだ。

3.株の急落
11日の終値が1万4千円を割ったという。こちらは博打みたいのものだから分からないが、1万4千円を割るというのは、一つの危険ラインではある。
円は国際情勢に応じて他動的に動くことがはっきりしており、中国の先行き次第ではふたたび円高に振れるリスクを内包している。
これまでのアベノミクス景気の大半は円安、株高によるものだっただけに、円高・株安が再現すると、今度は逆に命取りとなる危険がある。

Horowitz: Tchaikovsky Piano Concerto No. 1
というのがあって、最初の8分間くらいが聴ける。
1943年の演奏で、バックはトスカニーニとNBC。
これがすごい演奏だ。オケの音は最低だが、ピアノの音はしっかりとれている。
この時分では群を抜くテクニックなのではないだろうか。

と思ったら、こっちはもっとすごい。
Vladimir Horowitz, piano: Tchaikovsky: Piano Concerto No. 1 in B-flat minor, Op. 23 (1948)
義父との演奏で多少遠慮していたのだろうか、こちらはまったく遠慮せずに好き勝手に弾いている。バックはワルターとNYフィル。実況録音だ。
音はいじってないから、盛大な針音から音飛びからそのままだ。
のんびり始めたワルターが、最初のホロヴィッツの音を聞いてから俄然ギアーを上げるのがよく分かる。ヤクザなNYフィルもさすがに本気モードだ。
第1楽章が終わるやいなや、嵐のような拍手。聴衆の熱狂ぶりがよくわかる。ホロヴィッツ・マジックだ。
第三楽章では、練磨のオケがハチャメチャになる。多分凄まじいスピードについていけずに、ワルター御大の指揮棒が無茶振りになっているのだろう。最後はとんでもないことになる。それは聞いてのお楽しみ。
お手本になる演奏ではないが、間違いなく「世紀の演奏」だ。

これを聞いた後だと、4年後の同じNYフィルとの再演が、下世話的に面白い。「因縁の対決」である。
多分、48年の演奏会はレジェンドになったのであろう。「4年も経ったし、またやれ」という声が出てきたに違いない。ちょうどホロヴィッツがアメリカにわたってから25年の節目でもあるし、記念演奏会をやろうという話になった。
NYフィルも怖気を振るったが、スポンサーにはかなわない。それで誰が指揮するという話になったが、ワルターは逃げた。たしかにもう引退する歳ではあったが、あの盛大な崩壊はたしかにトラウマだったろう。
さりとて25周年というのに小物では困る。いまさらトスカニーニとはやれないし、ライナーかオーマンディかと迷ったと思うが、結局ちょっと小粒の田舎出セルにお鉢が回ったということではないか。レーベル的な問題もあるかも知れない。(ワルター、オーマンディ、NYフィルはCBS。ホロビッツ、ライナー、セルはRCA系)
これが、Vladimir Horowitz plays Tchaikovsky Piano Concerto No. 1 (live 1953, audio)である。(日時についてはいろいろなクレジットがあるが、音源は同じ)

セルはひたすらオケの掌握に徹している。アップテンポの練習もだいぶこなした。音色はプスプスだが、第一楽章では逆に「なめんなよ」とばかり、突っかかるくらいのスピードで振っている。
これを見たホロヴィッツは、「ウム小癪な」と俄然闘争心を掻き立てられた。そして最後の最後に盛大なアッチェレランドをかましたのである。(ただし自らも自爆している)
オケは突然脳震盪を起こした。立ってはいるが頭は真っ白という具合である。誰の頭のなかにも48年の悪夢がよぎったに違いない。
セルはかろうじてオケを引っ張った。総崩れの軍勢の中でセルの怒声が聞こえてきそうな気さえする。オケは千鳥足ながら最後の音まで出しきった。
おめでとう。
そしてオケをコケにしたホロヴィッツはプッツンして鬱になった。この勝負、辛うじてセルのもの。

でも、けっきょく48年の二番煎じだな。






「ザ・グランド・トリオ」というナンジャラホイみたいな名前のピアノ三重奏団があるのだ。
日本人のトリオだ。
ところがこれがいいのだ。チャイコフスキーの「偉大なる芸術家の思い出」の一部が聴ける。
ピアノの女性がとってもうまい。第三楽章の出だしなどほれぼれとする。出しゃばらず、しっかりとリズムを刻みながら情感を乗せていく。ホールが良いせいか弦も豊かに響くが、チャイコフスキーにしてはネットリ感が足りない。
グリンカのエレジーはおそらくアンコール曲、ピアノは伴奏程度の演奏だが、はっとするような音が聞こえてくる。
クレジットにMisato Yokoyama と出ていた。
それでYouTube検索したら、ブラームスのソナタ第3番が出てきた。相当びっくりする演奏である。これまで、ツィマーマン、ワルター・クリーン、ソコロフ、ラドゥ・ルプーで聞いてきたが、まったく音が違う。
この曲はドロドロの音色の曲と思っていたが、この人の演奏はキラキラとしている。ダビンチの「最後の晩餐」のクレンジングの前後という感じだ。
最初はとっても違和感だが、聞いているうちに、これが本当のブラームスだという気にさせられる。説得力のある演奏だ。リズム感覚が揺るがず、流れで弾くというより音を積み上げていく手法だ。それだけの強靭な指を持っているのだろう。
日本にはこのくらいのレベルの人がゴロゴロいるんだなと感心した。
先だってはグリモーのブラームス間奏曲Op.118を聞いて感心したものだが、Yokoyamaさんの後期ブラームスも聴いてみたいものだと思う。

ぷららのブログ、ブローチが閉鎖するためにこちらに移ってきたのだが、どうも世の中大変なことが起きているようだ。
ぷららはNTTだが、NECもビッグローブを身売りするそうだ。さらに富士通のニフティにも身売り話が持ち上がっている。ブローチはNTT系列のGooへの移籍を進めているが、こちらも明日はどうなることやら分からない。
生き残りが確実そうなのがこのライブドアとFc2ということになりそうだ。
私はどうも実感できないのだが、ブログの時代はもう終わりだという。ツイッターかフェースブックということになるのだそうだ。
理由は、ブログが長すぎて読むのがしんどいということのようだ。反省しなくてはいけませんね。

前回は異次元緩和の“ポジティブ面”について評価した。
結論としては期待された“ポジティブ面”は出現せず、まったく空振りに終わっているということである。
では“ネガティブ面”はどうなっているのか。これが今回の主題。
日銀券というのは日銀にとってはいわば約束手形みたいなものだ。
兌換制ではないから取り付け騒ぎが起きることはないが、ドルとの互換性は求められる。だから為替相場がスケールアウトして、手形が額面割れをするおそれはしっかり残っている。
手形の額面割れという事態は、究極的には円の暴落とハイパーインフレということになるが、その前に保有資産の評価のガタ落ちという形でやってくる。
最大の資産が国債であれば、国債の暴落ということになる。
そこで数字だが、日銀の保有資産は1年前が160兆円、それが1年間で240兆円に膨らんだ。実に1.6倍というむちゃくちゃな増加である。そのほとんどが国債である。(株価指数連動型上場投資信託、とか不動産投資信託などという怪しげなものもある

それで海外からの売り浴びせの危険があるかどうかだが、以前は赤旗は「国内市場で消化できているから大丈夫」と言っていたのだが、「国内といっても結局日銀が買っているだけ」ということになれば、そうも言えなくなってきている。つまり円国債の“安全神話”は異次元緩和により急速に崩壊しつつあるのだ。
現に短期国債では国内銀行の買い付け額を海外投機筋が上回ったそうだ。
何度でも繰り返すが、円は国際決済通貨ではない。一度暴落すれば歯止めは全くない。誰も見向きはしなくなる。

「資本論」第3部第1稿のMEGA版について (大谷禎之介)

抜き書き

はじめに

1993年にMEGA第2部第4巻第2分冊が刊行されたが,これには待望の『資本論』第3部第1稿が収められている。本稿ではその内容を894年刊行のエンゲルス版と対比しながら紹介する。

1.エンゲルス版の歴史的意義

「資本論」の第1部は,「資本の生産過程」の分析によって資本主義的生産様式の最も本質的な諸関係とそれらの物象化とを明らかにしている。

しかしここでの叙述は,そのあとに「第2部資本の流通過程」と「第3部総過程の諸形象」が続くことを想定していた。

リカードウらの古典派経済学者たちもすでに,平均利潤とそれをもたらす価格(生産価格)との存在を知っていた。そして,これらと商品価値とのあいだに説明されるべき問題が潜んでいることに気づいていた。

また彼らは,利潤,利子,地代を個々に論じるばかりでなく,すでに事実上それらを剰余労働に還元する戸口にまで到達していた。

*マルクスは「資本論』第1部で,価値を生産価格から独立につかみだした。

*それが抽象的人間的労働だという本質を明らかにした。

*そして、抽象的人間的労働が労働生産物のなかに対象化(物質化)したものが価値であることを明らかにした。

*そして、その過程は、労働生産物が商品生産関係のもとに置かれるときに、必然的なものとなることを明らかにした。

これを「価値論」と呼び、生産価格を展開するための確固たる基礎となった。

*この価値論を基礎に,資本の価値増殖の結果である剰余価値を分析した。

*その結果,剰余価値の本質が賃労働者の剰余労働だということを明らかにした。

*その過程は、資本主義的生産関係のもとでは、資本家の商品のなかに必然的に対象化(物質化)するのである。

これを「剰余価値論」と呼び、資本主義的生産関係のもとでの価値の形成過程が根底から明らかにされたのである。

資本論第1部は,生産価格や剰余価値のさまざまの具体的形態という現象形態の奥に潜んでいる本質,つまり価値と剰余価値とを明らかにした。

が,この本質から現象形態を展開して,現象形態そのものを説明する課題はまだ果たしていない。

「資本論」第1部が「一つの全体」をなしているといっても,本質についての叙述として完結している,ということであって,資本の認識そのものは,まだまったく完了していない。

2.MEGA版刊行の意義

エンゲルス版は想像できないほどにエンゲルスによる手入れが行なわれている。

そればかりではなく,草稿そのものの内容と,それのエンゲルス版との相違の具体的な内容も違っている。

エンゲルス版と草稿との関係については,とりあえず,次のようなことを指摘できる。

第1に,草稿は、想像以上に未完成である。多くの部分が,研究過程をそのまま反映した作業ノートでしかない。

第2に、マルクスの第3部での叙述は、第1部および第2部を理論的にも実際にも前提していない。

エンゲルス版は,現行の全3部が,第1部から第3部へと順次に叙述された完成された著作であるかのような外観を与えている。

しかし、マルクスが第3部草稿を執筆しはじめたときには,まとまった第2部の草稿はまだまったく書かれていない。第3部草稿の執筆を中断して,はじめて第2部第1稿が書かれたのである。

第3に,エンゲルスはなんの注記もせずに,明らかに内容にかかわるような手入れを行なった。とくに第5章(現行版第5篇)ではいたるところで行っている。

しかし序文ではマルクスの草稿とそれほど大きな違いがないかのような印象を与えてしまった。

第4に,エンゲルスの手入れには,必ずしも適切ではなかったと思われるものも少なくない。

エンゲルスは、本文の部分と抜華ノートの部分との境界を見違えて,篇別構成を理解しにくいものにしてしまった。

草稿そのものが公刊されたいまでは,エンゲルス版は,マルクスの第3部草稿から作成したエンゲルス独自の著作物とみなされるべきものである。

MEGA版にもとづく新しい普及版が出るまでは,エンゲルス版も利用されることであろう。ただその場合にも,エンゲルス版のI性格と限界とがよく理解されたうえで利用されることが望まれる。

第3部MEGA版そのものの邦訳には筆者らがすでに着手しており,いずれ大月書店から刊行される予定である。

3.第3部MEGA版について

テキストは,誤植が散見されるものの,エンゲルス版とは異なる草稿の状態をよく再現している。

とくに注目されるのは,第5章(エンゲルス版第5篇)のうちの「5)信用。架空資本」の取り扱いである。

これはエンゲルス版第5篇の第25章~第35章にあたる部分である。

テキストは大まかに言って,次のような構成になっている。

①最初から「追補」の終わりまでが、現行版の25章と26章に当たる。

②編集者が「資本主義的生産における信用の役割」とタイトルを付けた部分。これは現行版の27章に当たる。

③ここからⅠ)が始まる。これは現行版の第28章に当たる。ついでⅡ)が29章、Ⅲ)が30,31章に当たる。

④Ⅲ)は途中で中断し、「混乱」と呼ばれる材料収録部分が挟まれる。その後、Ⅲ)の続きというタイトルで、文章が再開される。これが32章に当たる。

⑤この後、「混乱。続き」というタイトルの材料収録部分がある。エンゲルスは,このなかから第34章と第35章とを作成した。

つまり現行版のうち、本来の本文部分は,①第25章の最初の4分の1の部分,②第27章,③第28章,④第29章,⑤第30-32章ということになる。

以下省略

「異次元緩和」が、連載3回めにしてようやく本題に入った。


黒田総裁の当初の目論見はこういうことであった。

1.日銀券を大量に発行する。

2.この日銀券で、市中の国債を買い取る。

3.保有国債を日銀に売却した市中銀行が、大量の日銀券を運用する。

4.これが生産投資に向けられ、雇用が再生する。


それでどうなったかというと、

1.日銀券は1.4倍になった。日銀の保有する長期国債も1.4倍になった。市中銀行の保有する日銀券も1.4倍になった。

2.市中銀行の企業への貸出残高は1.5%の伸びに留まった。生産投資はされていない。

3.生産投資以外の運用はどうか。市中に出回る日銀券は3%の伸び。つまり、ほとんど運用されていない。

3.増えたのは市中銀行の日銀への当座預金残高で、これが1.97倍。


当座預金は利率ゼロで、まったくのタンス貯金だ。


それで誰が得して誰が損したのか。


1.まず政府は喜ぶ。国債が消化できたからだ。国債は売れるから発行できるのであって、売れなければそもそも発行できない。

問題は国債を現金化できたことで生まれた現金のゆくえだ。これが一つ。


2.銀行も喜ぶ。デッド・ストックになりかけていた国債が額面で売却でき、元利をしっかりとって正真正銘の日銀券になった。これをとりあえず、日銀の当座預金の口座に入れることは当然である。しかし運用先がない。これが2つ目。


3.大企業はあまり関係ない。せいぜいが手持ちの国債を日銀券に変えて、資産力を高めたくらいだ。だから当初は「異次元緩和」には批判的だった。

しかし、「異次元緩和」にともなって生じた円安・株高で大儲けした。だからアベノミクスさまさまだ。

そもそも大企業には銀行から金を借りるいわれなどない。岩田日銀副総裁がいう如く、「企業の現金・預金保有残高はGDPの半分に達している」のだ。


4.中小企業はまったく蚊帳の外だ。大量の金の流れを横から見つめるだけだ。

しかし円安についてはそうは行かない。国内向け企業はモロに荒波を被っている。「円高不況」ではなく、「円安不況」が出現しつつある。

これに追い打ちを掛けるのが、中小企業金融円滑化法の打ち切りであり、消費税増税だ。

こういう構造になっているのが「異次元緩和」後1年目の状況ではないか。


連載も明日が最後か。また竜頭蛇尾に終わるのかな。


一番の問題は、企業の巨大な内部留保だ。これらの企業が国内で生産することをやめて、文字通りの巨大ホールディングスとなっていく先には、どのような貨幣の流れが形成されていくのだろうか、という問題。


第二の問題は銀行の機能喪失だ。これが銀行の死につながるのか、それとも不況期の一時的姿態にすぎないのか。


第三に、中小企業はこのまま死を待つしかないのかという問題だ。自生的な金融・信用の創出への道はないのだろうか。「ハイリスク・ハイリターン」の第二金融市場の形成は不可能なのだろうか。それに対する政府や公的機関の関与はいかなるものであるべきなのだろうか。


 ユダヤ人は低利融資で成功した。


資本論にはこう書いてある。

神聖ローマ帝国の時代には100%を超えるかどうかが「高利」かどうかの分かれ目だった。

その後12~14世紀にかけて、利率はだいぶ下がっていったが、それでも時には40%に達することがあった。チューリヒでは市の参事会が法定利子を43%とした。

その頃、皇帝フリードリヒ2世がユダヤ人に対してだけ最高利率10%という制限を加えた。彼はキリスト教徒に対しては何も制限しなかった。

その結果ユダヤ教徒が、キリスト教徒の高利貸しを駆逐した。ライン川流域ではすでに13世紀には10%が普通だった。

貸し倒れリスクをどこまでとるかで利率は変わるが、それは貸出対象の審査を厳密に行うことでかなり下げることが可能だ。

インフレがない世界(貨幣が支配していない世界)では、10%で十分元がとれるということだ。

本日は「異次元緩和1年」の2回目。

ある意味で、異次元緩和がもたらした副次的な結果として円安がある。
そこで円安の結果、何がもたらされたかというのが本日のテーマ。
結果としては、
1.輸入は減らず、
2.輸出は増えず、
3.したがって、円が安くなっただけ、貿易赤字が劇的に増大。
ということだ。
輸入が減らない理由はLNGの高止まりだ。これは基幹エネルギーだけに減らしようがない。原発だよりのエネルギー政策を続けてきたツケを払うのだから、仕方ない。
輸出が増えない理由は、製造業の空洞化だ。これについては、あらたな輸出型企業の育成以外にない。もう一つ、見逃せないのは中国シェアーの低下だ。これは安倍政権のためだ。しかしメディアはそこに一切触れようとしない。

ただ、円安は異次元緩和の本線ではない。
もし円安を主目標として異次元緩和が行われたのなら、それだけでも大失敗だ。空洞化の深刻度についての評価がまったく出来ていなかったことになる。
しかし目標はそこではない。基本はキャッシュフローの増加により、資金の流動性を高め、投資を促そうというものだ。そこがクルーグマンやスティグリッツの褒めそやしたところだ
そこを評価しないと異次元緩和を評価したことにはならない。

3回目以降に期待しよう。




「検証 異次元緩和1年」という連載が始まった。このところ竜頭蛇尾の印象が強い囲み記事だが、エース山田記者が汚名挽回するかが興味の的。

「異次元の金融緩和」とは13年4月から始められた金融政策で、アベノミクスの第一の矢として開始された。
1.13年の日銀券発行残高を2年間で倍増させる
2.これにより物価上昇率を年2%まで引き上げる
3.これによりデフレを克服して景気を回復する
というもの。

その結果どうなったかを検証する。

1.金融投機の拡大
* 日経平均株価は1ヶ月で1.5倍に急上昇した。
* 海外の投機マネーが15兆円も流入し、株式市場の主役となった。
* 株価上昇により、上場企業の含み益は34%増加し、リーマン・ショック前を上回った。
* 不動産バブルが出現した。日銀買い入れを呼び水としてJリートが1年半で1.5倍に上昇。
   (Jリート: 上場不動産投資信託)

2.実体経済は回復しなかった
* GDPは低下傾向が続く
* 消費者物価は-0.4%から+1.2%に上昇。
* 労働者の基本賃金(所定内給与)は2年間連続減。

と、ここまでが第1回の内容。

「異次元緩和」への批判は施行前からずいぶんあった。その批判を押し切る形で開始されたが、もう結論を出すことになるだろう。
難しいのは、この政策はいったん始めたらそう簡単には終われないことだ。麻薬中毒と同じでやめるときには相当ひどい禁断症状が出ることになる。さりとてそれを恐れていては傷口がますます深くなる。

我々世代は後世にひどい置き土産をしたことになる。






 前回のブログ記事は「海つばめ」というサイトからの二重引用であったが、本日は大谷さんの文章が直接読めた。

「貨幣資本と現実資本」(「資本論」第3部第30-32章)の草稿について…第3部第1稿の第5章から…

というものである。

はじめに

資本論第三部 第30章~第32章は、マルクスの第3部第1稿の「第5章」の一部を編集し、3つの章に振り分けたものである。

第1稿の第5章は、マルクスにより「利子と企業利得(産業利潤または商業利潤)への利潤の分裂。利子生み資本」と題されている。

第5章は (1)~(6) の六つの節から成っている。その内、(5)「信用。架空資本」の(Ⅰ)~(Ⅲ)の項が第25章~第35章に用いられている。

この内、第30~32章で使われているのは、(5)「信用。架空資本」の (Ⅲ)項にあたる部分である。

1.三つの章についてのエンゲルスの説明

「第30章から,ほんとうの困難が始まった」(エンゲルスの述懐)

30~32章は一応マルクスの記載を追ってあるが、33~35章はあちこちの断片をエンゲルスが独立した章に仕立てあげた。

2.MEGA版での扱い

省略

3.若干の基本的なタームについて

(5)節の「信用。架空資本」のうちの(Ⅲ) は本論の核心にあたるところである。したがって,ここで何をどのように論じているかを正確に読み取ることは,マルクスの利子・信用論の理解にとって決定的に重要である。

(1)貨幣資本(moniedCapital)

この部分の最も基本的なタームは、「貨幣資本」と「現実資本」である

<草稿>

信用に関する件のなかで、比類なく困難な問題は、第1に,本来の貨幣資本の過剰蓄積(プレトラ)である。

これは現実の資本蓄積(拡大再生産)の指標なのか,否か?

これは過剰生産と並立する現象なのか,それとも過剰生産の一つの表現にすぎないのか?

貨幣資本の過剰供給は,どの程度まで貨幣量(地金及び銀行券として停滞する貨幣量)の増大で表現されるのか?

<現行版>

ここでの問題はそもそも,どの程度まで貨幣資本の過剰が(あるいはもっと適切に言えば,どの程度まで貸付可能な貨幣資本の形態での資本の蓄積が),現実の蓄積と同時に生じるのか,ということである。

()内はエンゲルスの解釈であり、問題の「矮小化」である。マルクスの投げかけた疑問は削除されている。

マルクス(草稿)は別な場所でも同じ質問を繰り返す。

二つの問題に答えなければならない。

第1に,貨幣資本の蓄積は,生産的資本の蓄積とどのような関係にあるのか?

そして第2に,貨幣資本は,一国の貨幣量とはどのような関係にあるのか?

ここは現行版では割愛されている。

要するに,マルクスは「貨幣資本」という独自の資本が,一方で「現実資本」と,他方で「貨幣量」とどのような関連をもっているか,ということを問題にしているのである。

しかしこの「貨幣資本」という言葉は、現行版では大部分が「貸し付け資本」に置換されている。

この「貨幣資本」は第5節 「信用。架空資本」から明瞭に示されている。

<草稿>①

貨幣の払い出しや受け取りの操作は貨幣取扱業者の手に集中される。この土台のうえで信用制度などの側面が発展する。

それに結びついて、貨幣取扱業者の特殊的機能として、貨幣の貸借が彼らの特殊的業務になる。すなわち貨幣資本および利子生み資本の管理である。

彼らは貨幣資本の現実の貸し手と借り手とのあいだに媒介者としてはいってくる。

一方では、銀行業者は貨幣資本の貸し手の代表として産業資本家に相対するようになる。

他方では、彼らは商業界全体のために借りるという行為を通じて,すべての貸し手に相対して借り手の代表となる。

銀行は一面では貨幣資本の集中を表し、他面では借り手の集中を表す。

<草稿>②

トゥック,ウィルスン,等々がしている,Circulationと資本との区別は,そしてこの区別をするさいに,鋳貨としての流通手段と,貨幣と,貨幣資本と,利子生み資本とのあいだの諸区別が,乱雑に混同されるのであるが,次の二つのことに帰着する。

(ここは“海つばめ”さんが引用したところだ)

<草稿>②

「利子生み資本」の意味での moneyed Capital と、Geldcapital とを混同してはならない。Geldcapital は商品資本および生産的資本という形態とは区別されたものとしての貨幣資本なのである。

(おそらく現代であれば、マルクスはMonetarized Capital といったのではないだろうか)

ここで大谷さんによる定義

貨幣資本〔moniedCapital〕とは,信用制度のもとで,媒介者としての銀行業者が利子生み資本として貸し出す,貨幣形態にある資本である。

(これでは話がまたふりだしに戻りそうだ。これなら貨幣資本を「貸し付け資本」に置き換えてもあまり違いはない。貸すか借りるかは主要な問題ではない。大事なことは、そこに一種の資金市場が成立して、その結果集まってくるカネということではないか)

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