鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

2014年03月

中国に初めてマルクス主義思想を紹介したのは淵泉という人である。

淵泉は筆名で本名は陳溥賢。早稲田の政経を出た後、北京の新聞社に勤務し、特派員として東京在留中に社会主義思想に触れた。

以下は石川禎浩「マルクス主義の伝播と中国共産党の結成」からの引用である。                          

淵泉こと陳溥賢の日本についての考察の対象が、当初の軍部、政党、議会といった統治機構から次第に労働運動、社会運動へと推移していったことにはかれなりの必然性があった。

一九一九年、かれの最大の関心は当然のように山東権益をめぐる日中関係にあったが、かれは日本の軍部、大政党、実業家の中国政策を通観したうえで、日中の「真の親善」は日本の労働階級が政治の主導権を握ったあとでなければ実現されえないと断言するのである。

かれはいう。

わたしの観察によれば、中日両国がもし真の親善を増進し、互助の精神を発揚せんとするならば、軍閥の時代では絶望的であるし、資本家の時代でもさらに望みはない。
日本の労働階級が台頭し、主人公となることができた時、はじめて中日両国の関係は我々が理想とする境地に達することができる。
ゆえに我々は日本労働階級に無窮の期待を抱くのである。

それから100年、前途未だ遠しですな

原発をなくす運動と再生エネとは直線的に結びつくものではない。むしろ温暖化効果と、輸入コストの増大を覚悟のうえで、火発に戻るかどうかという決断である。

原発がコスト的に見て論外であることは言うまでもないが、反原発イコール再生エネとはならないのである。

オイルシェールなども目下は夢物語と考えるべきである。

伝統的火発時代に戻ると決断した上で、

1.火発の技術革新が必要である。

おそらくこの半世紀、火発は過去のものと見られ技術革新や設備の更新は行われてきていないだろうと思う。

逆に言えば10%を超えるレベルで効率化、低公害化は可能と思う。マスコミもあぶくみたいな再生エネを追いかけるより、そちらの報道に力を入れるべきではないか。

2.電力価格が安価であり続けると、省エネへの意欲も薄れる。

こちらも現在の日本の技術力をもってすれば十分改善可能と思う。

また自然エネルギーは、省エネルギー・省電力の手段としてとらえればはるかに多様で柔軟な発想が出ると思う。

その上で、政策課題として

3.原発地域の振興

4.自然エネルギーやエネルギー転換技術の研究

という感じになるか。

日本のマス・メディアはまったくこのニュースを報道していない。

WSJの日本語版がかろうじて扱っている。

1.RWEというのはドイツの公益大手電力会社である。

2.13年度の通期純損益は28億ユーロの赤字(前年は13億ユーロの黒字)となった。(営業利益は59億ユーロの黒字)

3.再生可能エネルギーの過剰供給状態が、火力発電事業や卸売り電力価格を圧迫したためとされる。

4.欧州各地の石炭・ガス火力発電所から48億ユーロの減損損失が生じ、10億ユーロ前後のコスト削減にも関わらず減損分を吸収できなかった

5.減損は主として電力余剰から生まれている。RWEは赤字火発を整理し発電量を6.6ギガワットまで減らす方針。(2.3ギガワットの削減)


原発がコスト的に見て論外であることは言うまでもないが、反原発イコール再生エネとはならない。

安定供給をめぐる最大の問題は、再生エネ補助金が20年の時限付きであることだ。

補助金が切れたとき、再生エネ生産者は生産を続けるだろうか。それは可能だろうか、この辺りは今後突きつけられてくるだろう。

火発は原発廃止の受け皿としてはかなり長期に存続するであろうし、その経営がリーゾナブルな水準で維持できるような仕掛けが必要だろうと思う。


ベタの記事だが、注目すべき内容と思う。

ドイツの電力大手のRWE社が13年通期決算を発表。純損益が約4千億円の赤字となった。

これは1949年の西ドイツ建国以来初の通期決算赤字だとされる。

理由としてあげられているのが、再生エネによる電力が普及したための電力市価の下落だ。

ちょっと補助金のからくりがあって、市価の下落イコール電力コストの低下という訳にはいかないが、販売価格が下がったことは事実。

これにより、政府の補助金を受けられない火力発電所では投資額に見合う収益があげられなくなったそうだ。

おそらく電力各社が恐れているのもこういう状況であろう。

長期的な方針は別として、再生エネへの補助金をとりあえず調整する必要があるだろう。

価格、安全性、と並んで安定性は電力の必須条件である。そのために一定の火発の存在は不可欠である。

この辺りは発送電分離を前提にしないと話がややこしくなる。

いづれにせよ温暖化の問題も相まって再生エネへの転化は避けられない方向であろう。

まさにエネルギー革命だ。

電力各社も、ハラを決めるべきだ。

2月22日に、「このメンデルスゾーンはレジェンドだ」と書いたが、もう聞けない。まさにレジェンドになってしまった。

Mendelssohn メンデスルゾーン:弦楽八重奏曲 潮田益子 前橋汀子 宗倫匡 今井信子 安田謙一郎他 1983

で、「この動画は非公開です」と出てくる。 1年位前からアップロードされていたらしいが、私は滑り込みセーフだった。カウント数は2852。

私が書き立てたのが悪かったのかと、反省している。

ということで、ウィキペディアの「フォッサ・マグナ」の項目を読みなおす。

これを通説として考えると。

1.太平洋プレートとフィリピン・プレートの潜り込みによる日本海の拡大(背弧海盆の形成)

2.これによる本州中央部の開裂。(要するにパンクして裂けた)

3.フィリピンプレートの押し出しにより、再接着。

という経過だそうだ。

一見して、かなりご都合主義的な理論だと分かる。

なんでフィリピンプレートが途中からしゃしゃり出てくるのか分からない。

しかも最初は日本海を広げて本州をパンクさせる悪役として出てくるのに、途中からはパンクした穴をふさぐ善人として登場する。これって変じゃないか。

太平洋プレートがさらに潜り込みを続ければ、日本海はさらに広がり続けるのか。とすればフィリピン・プレートのような軽量級のプレートには太刀打ち出来ないんではないか、という疑問もわく。

ようするに、プレート・テクトニクスは一般論としては妥当であろうが、一歩これを日本に応用するとなると、きわめて難しいことが分かる。

だから、断定的に書かれた文章は、当分は眉に唾をつけて読んだほうが良いということだ。


健忘症がひどくなって、以前調べたことを忘れてしまいます。

2012年9月28日の 日本列島、観音開き説

翌日の 北アメリカプレート説は少々怪しい

さらに翌30日の 日本列島の地体構造を参照してください。

少なくとも、ますます疑問が深まることは請け合います。


地震発生に至る地殻活動解明のための観測研究の推進

というレポートがあって、そこに下記のごとく記述されている。

2003年の文科省へのレポートらしい。

日本列島及びその周辺域の地震活動の根本的原因は,列島とその周辺を構成するプレートの相互作用に起因する応力である。日本の東側からは太平洋プレートが,南側からはフィリピン海プレートが日本列島下に沈み込み,プレート境界に歪が蓄積され,臨界状態を経て破壊に至り,いわゆるプレート境界大地震が発生する。

これまで,東北日本は北米プレートに属し,西南日本はユーラシアプレートに属すると考えられていたが,近年,それぞれオホーツクプレートとアムールプレートに属することが提案されている。

また,東北日本と西南日本の境界は日本海東縁部及び内陸の糸魚川-静岡構造線と考えられているが,境界の正確な位置やその周辺のプレートの変形様式を明らかにすることは,日本列島の内陸地震の発生予測にとって重要な課題である。

これらのプレートの存在の有無,境界の位置及びその相対運動速度を精密に決定することは,日本列島及びその周辺に発生する大地震の繰り返し間隔の推定や発生予測にとって基本的に重要である。

ということで、東大地震研の見解が盛り込まれている。

それは良いのだが、次のような疑問がわく。

1.オホーツク・プレートという“亜プレート”が、発生的に北アメリカプレートに属するものなのかユーラシア・プレートに属するものなのかが不分明である。

2.もう一つは、どちらがもう一方に対して“潜り込んでいるのか”が分からない。

3.以前、日本列島の成り立ちの勉強をした時に、糸魚川-静岡構造線一本で考えるのはおかしくて、これを西の端とし、阿賀野川からいわきに抜ける構造線を東の端とする大地溝帯が存在すると書かれていたのを思い出す。

主に地質学者の提起だったと思うが、これと糸魚川-静岡構造線一本論は矛盾しているがどうなのか。

4.北アメリカプレート論を提起した76年の原著では、北アメリカとユーラシアの二つのプレートは潜り込み関係ではなく、“結合”過程にあると示唆している。したがってそこで働く力は基本的には水平方向のズレ応力であるとされている。(読解力不足のためあいまいだが)

これも地溝帯セオリーとは矛盾する。

5.日本列島はフィリピン・プレートの沈み込みによって“開裂”したという説もある。

百家争鳴なのは良いが、少し議論をコーディネートする人がいてくれると、素人には助かる。

インフルエンザが猛威を振るっている。その感染力は凄まじいものがある。
春先になってからはBがドミナントになっている。
ところが症状の方は軽く、疑わなければやり過ごしてしまいそうだ。皮肉なことに、それが流行に拍車をかけている側面がある。

御多分にもれず、我が施設でも相当の流行だ。ただ幸いなことに入所者からはほとんど出現していない。12月に流行ったのはRSVと思われる。

ということで、「通所機能を2,3日止めてみては」という提案が出された。学校の学級閉鎖とおなじ発想である。

しかし、考えてみるとその効果にはいくつかの疑問がある。
学校は毎日全員が出席するし、流行は間違いなく校内感染によるものだ。しかし通所施設では、平均すれば3日に一度くらいの出席である。

それに、入所の利用者からはほとんどインフルエンザが発症していないことを考えると、院内での感染予防はかなり出来ていると考えられる。

おそらく発症者の多くは、家庭あるいはご近所での感染と思われる。仮に院内感染との割合が2対1だとしても、休業の予防効果は(1/3)x(1/3)=(1/9)ということになる。

学校を1日休むのと同じ効果を期待するには、9日間休まなければならないということだ。

とにかくまずはコンベンショナルな対策をいっそう強化しましょう、ということに落ち着いた。これでよかったのかな?

http://www.nira.or.jp/president/review/entry/n131220_721.html

理事長インタビュー 國枝 繁樹(一橋大学国際・公共政策大学院准教授)
 「『法人税率の引下げは税収を増やす』というのは本当か」 

                              インタビュー実施 :2013年11月15日

この問答は分かりやすい。全文を呼んでいただくほうが良いと思うが、あらすじだけ


法人税減税で税収増に、との期待は誤りだ

ここは、先ほどの大蔵省のレポートの内容そのままなので省略

日本の法人税率はなぜ高いのか

もともと、日本は必ずしも国際的にみて法人税率が高くはなかった。その後、各国が法人税率の引下げを競うようになった。日本やアメリカのように経済規模の大きな国では、税率を下げることで海外資本が入ってくるということにはならない。

日本では、法人税率の引下げは、本来は地方法人税をどうするかの議論だ。(これは大いに賛成。地方自治を歪める最大の元凶でもある)

日本企業は貯蓄超過になっている

いまの最大の問題は、投資超過主体であるべき企業が貯蓄超過主体になっていることだ。投資を促進することが極めて重要な状況だ。(株主に還元せよというのには必ずしも賛成出来ないが…)

そのためには税率引き下げより投資減税の方が有効だ。投資減税は投資をした企業だけにメリットがあるので投資促進の効果が大きい。内部に資金が潤沢で、流動性制約のない現在の日本企業は、法人税率引き下げで投資を促進することはない。

「アベノミクス」は政策の手順が重要

当面(3年くらい)は法人税率の引下げは行わず、投資減税でデフレ脱却に専念する。

ただし、投資減税を強化すれば産業間の資本配分を歪めるため、デフレから脱却したら大幅に減税を圧縮する。それを財源に法人税率の引下げを図る。(“引き下げるべきだ”とすればの話で、財政再建と法人税のどちらを優先するかの問題は残る)

中長期的には、企業が流動性制約に入る可能性があり、そのときには平均税率の引下げが必要となる。その際はまず、地方法人2税の軽減や廃止を真剣に検討するべきだ。(下線は私のもの)


先ほどの法人税減税の動きの記事の横に、この二本の記事が並んでいました。

さすがにムッときますね。

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法人税パラドックス論に関して清水記者が根拠としているのがこの論文。

法人税における税収変動の要因分解  ~ 法人税パラドックスの考察を踏まえて ~

財務省財務総合政策研究所研究部の大野太郎他の2011年7月付論文である。

難しそうなので、まず要約だけ引用する

以下が研究の目的と方法

1.近年、諸外国において法人税率の引き下げにもかかわらず、法人税収対GDP比が増加する現象が出現した。

2.こうした現象は「法人税の税率・税収パラドックス」と呼ばれている。

3.本稿ではこの法人税パラドックスに関する先行研究をサーベイする。

4.また、1980年代以降における日本の法人税収の推移について要因分析を行った。

結論としては、

1.法人税パラドックスが生じたことは事実である。

2.しかし、それらの国では課税ベースを拡大させ、実効税率の低下を抑制している。(投資控除の縮小などで相殺)

3.事業者の「法人なり」が誘発され、法人部門が拡大され、それが税収増加に寄与した。

4.日本では法人税パラドックスが確認されていない。1990年代は税率の低下とともに実効税率も低下し、税収も大幅に減少した。

5.日本においては法人税制改革に伴う「法人なり」の動きは確認されなかった。

6.1990年代の税収減少には景気低迷に伴う企業の利益低下も関与している。

つまり90年代の税収減少には税率の低下と景気低迷の双方が絡んでおり、単純ではないが、少なくとも税率の低下が税収を増加させたとか、減少を食い止めたという事実はないということだ。

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2.についてのもう少し詳しい説明がある。

法人税パラドックスの内容は一見、魅力的なものに映る。しかしそれが生じた背景を見てみると、実際には法定税率の引き下げと共に課税ベースを拡大させたという要素があり、それによって実効税率の低下が抑制されたと言える。

法人税率引き下げによる「法人なり」への影響は、…単にそれまで所得税によって獲得できていた税収が法人税として獲得されるようになったことを示しているに過ぎない、という評価もできる。

記事(清水記者)を紹介しよう。

この記事を掲載した背景は、4月から法人税率の引き下げが実行されることだ。

形式的には一昨年からすでに実施されているのだが、復興特別法人税と抱き合わせということで実質的には保留されていた。それが消費税増税で歳入が増えるのを機に1年前倒しで復興税を廃止することになったから、今年4月ということになったわけだ。

記事が強調するのは、企業がさらに税率を下げろと騒いでいることだ。「怒れ!」と叫んでいる。

ただ、例によってFacts がてんこ盛りになっていて、読みにくいことこの上ない。

「減税大合唱」の中身

1.政府税調が法人課税検討グループを立ち上げた。「法人実効税率を下げた場合の経済効果や財政への影響を検証する」ことを目的とする。

2.経済財政諮問会議で、経財相名の文書が提出され、「今後の課題として、法人実効税率の調査・分析」を明記した。

3.おなじ経済財政諮問会議で、民間議員が共同で「成長戦略の強化のために法人実効税率を25%に引き下げる」ことをもとめる文書を提出した。

4.経済財政諮問会議で、財務省は法人税引き下げを前提に「他税目での増収策が必須」とし、消費税のさらなる増税を示唆する資料を提出した。

一連の発言のなかでやはり財務省が一番頭にくる。前頭葉が思考停止している。「何考えているんだ。頭のなかはそろばんだけか!」

「引き下げ論」の理論的根拠

引き下げ論の論拠は、「下げないとやっていけない」論と、「下げてもやっていける」論の二つがある。後者が「法人税パラドックス」説だ。

清水記者は「法人税パラドックス」論に焦点を合わせて、議論を紹介している。

1.法人税パラドックスとは「法人税率を引き下げても法人税収が上がる」という逆説的な現象のこと。ヨーロッパ諸国でこの20年間に約20%の法人税引き下げが行われたが、法人税収の対GDP比は伸びるという現象が起きた。

2.この現象を分析するため、財務省のシンクタンクが研究を行い、両者に因果関係はないとの結論を出している。(内容は後述)

3.2010年、議論を受けた政府税調は財務省チームの結論を追認している。

ということで、すでに3年前に議論は終わっている、というのが清水記者の結論である。

「下げないとやっていけない」論はすでにこれまでも紹介している。税率引き下げ競争、端的に言えば世界各国の心中自殺に類する行為だ。

清水記者はIMFのラガルド専務理事の発言を引用することでこれに答えている

法人所得税を引き下げてビジネスを巡る競争に打って出ようとするならば、格差はさらに悪化するでしょう。

ちょっとアウトフォーカス気味の引用だが…

昨日に続き迫力あるグラフ

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97年を境に大企業の経常利益と法人税収が見事に乖離している。

法人税減税は、基本的には景気が悪い時に浮揚効果を狙って行う政策的なものであろう。例えば低金利政策とか、大規模公共投資などと一体のものだ。

もちろん、長期的には世界の趨勢も見ながら適正レベルを見通していかなければならないし、そもそも論から言えば、企業の選択の幅を狭めることにもつながるから、高きをもって尊しとなすような発想は間違いである。

しかし政策減税としてみた場合、日本における法人税率の低下はまったく無意味ででたらめだということがよく分かる。

とくに03年からリーマン・ショックの間の「好況」期に、租税がまったく捕捉できていないことは深刻である。

その結果が一本調子の法人税率低下につながっている。このままでは、いずれ法人税ゼロということにもなりかねない。まさにタックス・ヘヴンである。

財政当局はこの数字をどう見ているのだろうか。

さらに深刻な問題は、法人税率引き下げの景気浮揚効果が失われていることである。97年以降不況、好況、リーマンショックという経過を通じて、まったく法人税率は景気動向や企業収益に影響を与えていない。

もちろん現在の状況で法人税を引き上げることはとてもできない相談だが、景気が上向いた時には、法人税を引き上げの方向で見直すことが必要ではないか。

そのことによって、ふたたび税率の調整を景気刺激のツールとして用いることができるようになるのではないだろうか。

いまやグローバリゼーションの時代、国際協調なしにはなかなか難しいが、ズルズルと引き下げていくだけではあまりに能がない。

久しぶりに迫力のあるグラフ

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国税庁の申告所得税の標本調査(2012年分)から赤旗が試算したもの。

所得税率は年収5千万円を境に見事に低下していく。下降線が凸凹なのはおそらく標本数が少ないからだろうが、それにしても呆れるほど見事だ。

所得100億円以上なんて人がいることすら信じられないが、2012年には16人居たそうだ。それだけいれば統計処理は可能だ。

赤旗の分析では、富裕層の所得の多くが株式譲渡取得だからだという。

100億以上の人の所得の9割は株式等譲渡所得、これにかかる税率は14.6%(プラス地方税5%)、給与所得税は事業所得税に比べて断然安い。しかも12年時点では7%だった。

ところで、これは12年度の話で、この後の株価上昇による利益、円安による為替差益は一部のみが反映されている。13年度統計はもっとすごいことになるだろう。

「マガジン9」というサイトに孫崎さんのインタビュー記事がある。

日中領土問題で得をしたのは誰なのか?」と題されている。

ここでは尖閣問題についての考えがかなり系統的に述べられており、ほぼ意は尽くされているものと考える。

内容については9割以上が納得しうるものである。そのうえで、いくつかの疑問を呈したい。

第一に、無住の地に対する先有権の問題は納得出来ないところがある。

私は南沙諸島のことを念頭に置いているのだが、中国側に尖閣を固有の領土とする根拠はない。彼らの主張には無理がある。これは国際法上譲れないところであろう。

沖縄の漁民がここを漁場として使ってきた歴史、一時はそこに家屋も建てられ、人が生活していたという事実は重い。これに対し、中国は1970年ころまでの間、異を唱えたことはなかった。

第二にカイロ・ポツダム宣言の問題だが、「本州、北海道、九州及四国並ニ吾等ノ決定スル諸小島」についてはそもそもが誤りである。一言一句が不易というものではない。

沖縄も小笠原もまぎれもなく日本人が万古の昔より居住してきた、紛れも無い日本固有の領土である。そのことは、あらためて国際的にも主張するべきであろう。おそらくそれは全世界から認容されるだろう。

おそらく孫崎さんはそういうことに異を唱えるつもりではなく、「外交技術上はそうなりますよ」ということを言いたかったのであろう。

とすれば、やはり孫崎さんは舌足らずである。そこで終わってはいけない。日本の側の当然の主張として理を押し出すべきであろう。そうしないと、まさに「いちゃもん」と受け取られる可能性が非常に高い。

第三に「棚上げ論」の問題だが、日中国交回復の交渉過程で中国側が「棚上げ論」を持ちだし、日本の側がこれを受け入れたというのは通説になっていて、この点については孫崎さんも否定していない。

なぜ「棚上げ論」を受け入れたのかという非難もあるが、受け入れた経過が詳らかにされ、「コチラは納得しちゃいませんょ」ということが明らかになっていれば、受け入れ自体は主要な問題ではない。まさに「智恵」である。問題は主として中国の側で生じるだけだろう。

第4に中国漁船拿捕問題だが、まず孫崎さんの陰謀説はすべて認める。すべて認めた上で、二つの要素も指摘しておきたい。

これはたしかに「作戦」として始まったが、その後「重大事件」に発展した。だからこれは「尖閣事件」の発端として、背景もふくめて評価しなければならない。

一つは、漁船の「違法操業」が中国の外洋拡大路線と密接に結びつきながら展開されていることである。軍が出る前にまず漁船の違法操業で相手の出方を伺う。場合によっては挑発行為を取り、中国艦船出動の口実とする、このような路線が組織的に行われていることが予想される。情況証拠は山ほどある。

したがって、いつかはこのような事件が発生しただろうことは想像に難くない。そのうえで、なぜあの時期にああいう形態で、拿捕作戦が行われたかということであろう。

もうひとつは、日中両国間の力関係の変化、いわば地殻変動が積もり積もって爆発した事件だということである。そこには地震と同じメカニズムが働いている。

拿捕作戦で、ここまで両国関係がバタバタするとは米国も思っていなかったのではないか。

問われているのは、相対的力関係の変化に応じた新たな両国関係の構築である。それをサボってきたツケが、尖閣問題という形で噴出したのである。

中国漁船の拿捕に続いて起こった一連の事象を、全て一括して陰謀的な「拿捕作戦」と見るか、拿捕作戦によって誘発された「重大国際事件」と見るかで評価の仕方は異なってくる。失礼ながら、「情報屋さん」のレベルで評価する問題ではないと思う。

第5に、「断固として領有権を守る道か、紛争にならないように考える道のどちらか」という発言であるが、これは二者択一ではないと思う。

領有権に矮小化するのがそもそもの間違いであって、断固として守るべきは国際法の精神なのだ。領有権を守るのも、紛争を防止するのも、ともに国際法の順守あっての話だ。

「智恵」としての棚上げ路線は、外交技術的には保持する必要はあるかも知れない。だが領有権そのものについては、もはや棚上げなどせずに大いに議論すべきだ。今や「棚上げ路線」に固執することは「浅知恵」でしかない。

その際、我々の覚悟としては、国際法的に決着がつけば、最悪、領有権の放棄もふくめそれを受け入れるということだ。その場合は、領有権を巡る争いに敗北したとしても、国際法順守の原則を擁護する闘いには勝利したことになる。

憲法前文にある「我らは国際社会において名誉ある地位を占めたいと思う」というのは、そういうことではないか。

孫崎さんに一考をお願いする次第である。

ウィンドウズのフォーラムにこんな記事があった。

MasterChief's Avatar Yes, you can copy cdrom.sys from C:\Windows\System32\drivers from one machine and put it in the same folder on the problem machine. BUT - if doing for 64 bit machine to fix - you must get the file from another 64 bit machine.

This will only work if you didn't delete the .inf file and other settings for it.

If you did that, then you might try to fix it by running this command from an elevated command prompt:

sfc /scannow

Reboot. Then do what the link says in my previous post.

本当にうまくいくだろうか、それより本当に壊れてしまわないだろうか。
目下思案中である。


本日の赤旗一面を見て気になることが二つ。

一つは孫崎さんのインタビュー記事で、「尖閣の領有権問題で私は共産党と意見の異なる点もありますが、平和のルール作りでは100%一致します」、というくだり。

これは尖閣問題につての孫崎さんの意見を拝聴せねべばなるまい。

もう一つは韓国の朴大統領の発言。これは「三・一独立運動記念式典」での演説。言っていることは至極まっとうで、我々の認識と完全に一致する。

三・一独立運動については、年表を参照されたい。

集会の性格上、多少民族主義を煽る可能性もあったのだが、きわめて理性的・抑制的に対応している。

以下要旨の要旨(国際面)

韓日関係発展の土台は、平和憲法と過去への反省と未来志向の歴史認識だった。それが村山談話と河野談話だ。

歴史を否定すればするほど、みすぼらしくなり、窮地に追い込まれる。

戦後のドイツが示したように、人類普遍の良心に従うべきだ。

日本のマスコミが、「パク大統領は日韓対立をあおっている」と書きたてるが、どうも合点がいかない。

マスコミの嫌韓的雰囲気は何を根拠にもたらされているのであろうか。どこをもって「反日的」と批判するのであろうか。


ついでに他の記事もつまみ食い

一面トップの「プリントパック」社の労働実態もひどいものだ。とはいえ、万年不況業種の印刷業界、「とらや」の隣の「社長」もいつも金繰りでヒイヒイ言っている。

いわゆるブラック企業とは多少分けて考えなければならないかもしれない。

二面下に柳沢さんという人の講演要旨が載っている。肩書は元内閣官房副長官補というから、官僚のトップに近い人だろうと思う。

演題は「集団的自衛権」で、超党派議員の勉強会での発言だ。

中身は政府があげる集団的自衛権のさまざまなケースについて具体的に反論したもの。要は、ほとんどが個別的自衛権の範囲で片付くということに尽きる。残りは想定が非現実的であるという結論。

話が端折られているので、それ以上は分からないが、柳沢さんが怒っていることは間違いない。「保守」の立場の人と安倍派との間の矛盾は、しっかり理解しておく必要があると感じた。

野中さんも国会で参考人発言したという。こちらも目を通しておこう。


内蔵CD/DVDドライブが壊れた。
最初は買ってきた空のCDRが読めないことから始まり、いじるほどに悪くなって、最後はまったく一切受け付けなくなった。
先週から休日はその対応に明け暮れしているのだが、未だもって解決できない。
診断ツールを使うとドライバーが悪いのだと出るのだが、そのドライバーが見つからない。
日本語ではマイクロソフトのページにもレノボのサイトにもない。それどころかドライバーに関する記事さえない。
仕方なく英語の記事を読んでいるが、あちらの人も苦労しているようだ。
Slimtype BD DS4E15 というドライバーで、メーカーのページというのが見当たらない。あったという情報があってそこへ行ってみるが、アクセスは出来ない。
ドライバーの修復屋というサイトがあって、そこだとオンラインで直してくれるらしいが有料だ。

変なところにカネだすくらいなら、外付けのCD/DVDドライブ買ってくれば済む話だが、それにしてもムカつく。

トスカニーニのリマスターというのは散々聞かされた話だ。
最近では4,5年前に「オリジナルテープからのリマスタリング」というのがあって、それこそ「聞こえない音が聞こえた」という怪談話だ。
聞いてみたが、同じだ。
あれだけひどい音でLPにして発売して、本人も楽団員も文句を言わなかったのだから、所詮あれだけの音だろう。というより、あの音が本人の好みだったというしかない。
ライナーとシカゴのバルトーク「管弦楽のための協奏曲」がステレオ録音されたのは1955年のこと。その前の年までトスカニーニは現役だったのだから、どう考えても録音技師の責任とは思えない。

なぜこんなことを書くかというと、カンテルリの録音をまとめ聞きしたからだ。
カンテルリはレジスタンス戦士としての経歴もあってトスカニーニに可愛がられた。そして異例の若さでNBC交響楽団の副指揮者格となり、多くの演奏をこなした。
それが有難いことにネットでほぼ全て聴けるのだ。(自分で探してください)

例えば、バルトークの「管弦楽のための協奏曲」を聞いてほしい。NBC交響楽団との1951年の録音だ。多少低音が歪んだり高音がひしゃげたりはするが、立派な録音だ。ライナー盤の4年前としてはこんなものかと思う。

それが52年、53年と音がひどくなっていく。トスカニーニの音に近づいていく。

ここから先は私の想像だが、トスカニーニは録音に干渉したのではないか。90歳近くなって相当難聴は進んでいる。そういう人の耳には無機質な明晰さが全てであって、残響とか倍音などという余分な音は、聞き分ける上では障害でしかない。

録音を順番に聞いていくと、カンテッリもNBCとの関係が煮詰まってしまったようだ。そこでイギリスに移って、もっぱらフィルハーモニア管弦楽団を相手にするようになった。

どう考えても、フィルハーモニアよりは当時のNBCのほうが格上だ。給料だってはるかに良いはずだ。それにイギリス人と違ってアメリカ人は「良いものは良い」と受け入れるフランクさを持っている。

一般的に言えばどう考えてもイギリスに行く理由はない。トスカニーニと“彼の楽団”との関係を除けば。

トスカニーニは長生きしすぎた。彼の存在そのものがアメリカの音楽界にとって呪縛となった。(全盛期は知らないが…)
だからライナーもセルもワルターもパレーも田舎へ出て行って別の世界を作った。クレンペラーやホーレンシュタインはヨーロッパに戻った。
トスカニーニが引退して、まもなく亡くなって、みんなホッとしたのではないだろうか。
衣鉢を継ぐ人は誰一人いなかった。NBC交響楽団は名前を変えては見たものの、世界有数のオーケストラとしてはまことにあっけなく幕を閉じた。みんな嫌気が差していたのではないか。

今日、トスカニーニの演奏で取り立てて残されているものはない。セルとライナーが全部とってしまった。あとはせいぜいレスピーギのローマ三部作くらいのものである。

それにしてはずいぶん記念盤が発売されるが、多分それはトスカニーニというより、あの時代への郷愁がなせる現象であろう。

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