鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

2014年03月

インド・トヨタのロックアウト

産経のニュースを見る。経過は以下のようだ。

労働組合との賃金交渉が難航していた。

一部の従業員が監督者を脅迫するなど、生産妨害を行った。

トヨタは16日にロックアウトに踏み切った。

18日には非組合員の契約労働者が一部ラインで生産を再開した。

24日には生産ラインを全面再開した。労組との賃金交渉は継続中である。

「わが方の損害軽微」という大本営発表だが、WSJの報道はだいぶ様相を異にしている。

28日付WSJ

大半のインド人労働者は今週、職場復帰を拒否している。

労組員4200人が依然としてストを実施中で、停職となった労働者30人の復帰を求めている。この会社の従業員数は約6400人である。

トヨタは、どの従業員も良い行動に努めるとの誓約書に署名しなければならないと述べた。

TKMの大半の労組員はこの文書に署名していない。このため、会社側は労組員なしに操業しなければならなくなっている。労組員は従業員全体の約65%を占めている。

インドでは産業労働者と会社側とは不安定な関係にある。スズキの争議ばかりでなく現代自動車や日本のホンダ、インドの自動車大手も被害を受けている。

インド・トヨタでは労働争議以前、1日当たり570台が生産されていたが、現在何台製造しているかは明らかにされていない。

NewSphere というサイトが外信を拾って背景を探っている。

トヨタ、“死者も出る”インド労働紛争を乗り切れるか? 工場一時閉鎖に現地メディア注目

17日、トヨタ自動車のインド法人が組立工場の一時閉鎖を発表した。これら工場はすでに25日間、実質的な操業停止状態にあった。

ヒンドゥー紙によると、会社側は月平均4000ルピー増の組合要求に合意していた。しかしインド経済が減速し、ルピー暴落や販売不振の結果、2工場では生産能力の3分の1ほどしか使われない状態となっていた。この結果、約束が反故にされた。

会社側は、労働当局の勧告に従って3050ルピーを提示したが、組合側は納得しなかった。

エコノミック紙によると、組合側は、「ヒュンダイや他の自動車メーカーより、はるかに少ない支払いしか受けていない」と主張している。会社側は他の自動車メーカーと同等だと主張している。

タイムズ・オブ・インディア紙によると、閉鎖布告(ロックアウト宣言)は「当社では販売の欠如や過剰在庫により、プラント1で19日、プラント2で27日の非生産日数がありました」と書かれている。

となると、ロックアウトが過剰在庫の整理に利用された可能性もある。

WSJによると、トヨタのインド市場売上高は全世界のうち1.6%で、将来の重要市場と考えて基盤を築いてきたが、先行きの困難を示唆しているのかもしれない。

と撤退もほのめかす。

案外、誓約書の強要のウラにはそういう事情もあるのかもしれない。

「トヨタ自動車のインド子会社が労組員を対象とするロックアウトを行った」というニュースが聞こえたのが半月ほど前のこと。
今度は、職場復帰の条件として「誓約書」への署名をもとめ、拒んだ場合は鯛入りを認めないと通告したという。

インドの労働運動をめぐる環境は良く分からない。労使慣行のなかでよく用いられる手段の可能性もある。しかしインドの労働センターの幹部は次のように語っている。

労働争議はインドの企業でも頻発しているが、近年は日本企業が労組に対し強硬な態度に出るケースが目立つ。

ということで、その強硬路線はインドの中でも突出しているようだ。

一般的には、日本人はこういう労使紛争に慣れていないし、基本的には労使協調路線をとることが多いと思うが、なにせ神秘の国インドだから、現地のスタッフに委ねるケースも多いと思う。

ただ、ロックアウトといい、誓約書の強制といい、どうも大人げない対応だと思う。

誓約書は、「ロックアウト通知書」を読み、理解した上で、服務規程の順守を誓約する、となっている。

服務規程の順守は当然だが、会社側の闘争戦術であるロックアウトを受け入れる誓約書は、「ごめんなさい、もう二度としません」という踏み絵にも受け取れる。

労働者の神経を逆なでするし、第一、「労働者のはたらく権利」という思想を侵害し、労働契約をめぐる諸法に違反している可能性も低くない。

立場が逆になったとして、会社が労働者の「ストライキ通知書」を理解せよと要求されて、「ごもっとも」と誓約するだろうか。

インド国民全体への挑戦とも受け止められかねない、危うい内容をふくんでいるように思える。

 

 国共合作期の動きをもっとも詳しく適確に展開した論文が下記のものである。

柴田誠一 「モスクワと中国革命の指導

北大スラブ研の「スラヴ研究」(Slavic Studies)に掲載されたもので、なんと1961年の発表だ。

その後、戦前の中国の革命運動については京都大学から共著で浩瀚な論文集が発表されているが、それと比べても出色だ。

ソ連が初めて極東に進出するのはロシア革命から1年余立った1920年の初め頃で、イルクーツクに拠点を構えた。

イルクーツクにはコミンテルンの極東支局が設けられ、日本・朝鮮・中国の解放闘争を指導するようになる。

このなかでは朝鮮への影響が圧倒的に強く、このあたりの経過は「朝鮮戦後史年表-0」に記載している。

中国への影響は限定的で、比較的早期からモスクワが直接乗り出して指導している。

しかし最初に中国に乗り込んだ共産党員ヴォイチンスキーはイルクーツクから上海に派遣された活動家である。

このコミンテルン極東支局というのは、ソ連政府、とくに外務部(外務省)の影響が強く、コミンテルンの名はむしろ隠れ蓑的な意味が強い。

当時はシベリアに侵入した日本軍を始め、ありとあらゆる帝国主義の敵意に囲まれていたから、世界革命の推進というよりはソ連の防衛に役立つか否かが評価の基準となっていた。

その後、孫文と会見したミーチンはモスクワから直接送り込まれた外務部の人物である。そして国共合作で連ソ・容共路線が打ち出されたとき、国民党政府の軍事顧問として送り込まれたボロディンも外務部のラインを通じて動いている。

厄介なのは、彼らがソ連政府外務部の方針に基づいて活動していたにもかかわらず、中国共産党にはコミンテルンの代表のごとくに接して、あれこれと指導したことである。

たしかに初期のコミンテルンには、各国の運動を指導する能力はなかったし、革命の初期においてはそれほど厳密な区別をする必要はなかったのかもしれない。しかし中国で北伐作戦が始まり、それに呼応して各地で農民や労働者の闘争が盛んになると、この矛盾は次第に深刻なものとなっていった。

ソ連政府にとっては、ソ連の隣に国民党が支配する友好的な国家ができればそれで十分であり、高望みする必要はなかった。いずれ熟したりんごが落ちるようにこちらに近づいてくると踏んだのだろうと思う。

しかし中国の人民、中国共産党、それに各国の階級闘争を指導するコミンテルンにすれば、それでは話は済まないのである。この矛盾が27年の蒋介石の反共クーデターを引き金として爆発した。だから中国人民の解放闘争は蒋介石にやられたというより、自らの抱える矛盾によって自爆したのである。

こういう経過が大変良くわかり、その後の路線のジグザグの背景を見るうえでも大変役に立った。

それにしても、これだけの論文が61年に書かれていたということには驚いた。なにせ50年以上も前の執筆なので、その後の研究で相当変更もあると思うが、随時フォローしていきたいと思う。

移ろうままに

というブログに、遠藤三郎中将の『日中十五年戦争と私―国賊・赤の将軍と人はいう』の一部が掲載されているのを発見。

ブログに直接あたってもらえばよいのだが、なにか調子が悪いようなので、抄出・転載させていただく。

関東大震災の際は江東方面の警備に当てられ、孤立した数万の罹災者に独断深川の糧秣倉庫の米を分け、鮮人騒ぎの最中数千の鮮支人を習志野廠舎に護送して現 地司令官に叱られ、

二・二六事件には武力鎮圧に反対して単身反乱将校を訪ねて自首を勧め、自決した野中大尉を弔問して当局ににらまれ、

聯隊長の時部下一等兵の所罰問題で軍法会議と争い師団長から「現代の法規を無視し新たに法を作ろうとする悪思想の持主」と烙印を捺され、

関東軍副長の時中央の対ソ攻勢作戦に 反対して消極退嬰恐ソ病者として職を追われ、飛行団長として中支および東南亜の戦場に出されましたが皮肉にも四回も感状を授けられたことは面映いことでありました。

航空兵器総局長官の際は軍需産業を民間の営利事業に委するのを誤りとして国営に移し赤の将軍と呼ばれ、

本土決戦に反対して徹底抗戦組から狙われました。

終戦の詔勅を拝して冷静に帰った時の私の頭に浮かんで来たものは、「戦争は最大の罪悪」であり「軍隊は危険な存在」であり

「真の武は形になく心にあり、威武に屈せず富貴に淫しない心があれば軍隊の必要はないこと」、

そして「徳を以って勝つ者は栄え、力を以って勝つ者は滅ぶ」との古訓であり

「真の勝利は相手を暴力を以って打ちのめすことではなく、徳を以って相手を友にするにあり、正より強いものはない」という私の四十年に近い軍人生活の結論でありました。

敗戦直後軍備の全廃を日本の黎明と新聞に発表して軍人の激怒を買い、

巣鴨戦犯拘置所に入れられてはマッカーサー司令官に報復的野蛮の裁判と抗議し、

朝鮮動乱の際は「日本の再軍備反対と国際警察部隊設置の提唱」を公にして特審局から箝口令を敷かれ、

一九五五年に新中国を視察し速かに中国と国交を結ぶべきを訴 えて国賊と罵られました。

幸いにして日本の非武装は憲法に明示され、時の流れは日中の国交を正常化し、札幌裁判も自衛隊違憲の判決を下しました。

先のベトナム戦争も今回の中近東戦争も共に軍隊の価値の限界を示し、日本国憲法の正しさを証明しました。

私も恥なく祖先の許に行けると思います。

  長島さんの文章を読んでいて感じたのだが、時間には幅があるのではないかということだ。「揺らぎ」を使う際にしばしば物質が現れては消えるような揺らぎを問題にしている。しかし問題なのは物質の揺らぎではなく、容れ物としての時空の揺らぎではないのか。

だからヴィレンケンの言う「無から物質が生じる」なんていうのは間違いだとおもう。あえて言えばアウトフォーカスで見えなくなるか、カメラを持つ手がブレて物体を見失うことなのではないか。

相対性理論に量子力学を組み込む時から、事物の不確定性理論は宿命的につきまとうのだが、その本質は時間軸の曖昧さにあるのだと思う。不確定性というのは時間軸に幅があるということだ。少なくとも我々の経験する時間軸には幅があり揺れがあり、濃淡がある。

それを均一な一直線として捉えるから問題が出てくるのだと思う。この問題はもうひとつの時間軸、揺れない時間軸を想定することによって解決されるのだろうと思う。第5次元だ。


この文章はウィキペディアの「キチガイ」の項目からのものであるが、泉佐野市長が、左翼の使う「差別」を逆利用してはだしのゲン回収の目的としたこと、しかしその左翼には二種類あって、キチガイなる用例を「差別」と徹底糾弾する人々と、言論の自由を守る立場から、(キチガイという言葉を使えと奨励しているわけではないが)「言葉狩り」に反対する人々の2種類があることが分かる。

ウィキペディアによれば、前者は1974年以降一時期、統合失調症、気分障害などの精神障害者の家族らで構成される精神障害者家族会の 会の一部から、家族は萎縮し、回復治療期に、テレビ・ラジオでこの語を聞いた精神障害者がショックを受けることにより、治癒を妨げる等の医学的根拠を理由に大阪の各放送局が激しい抗議を受けたことが発端となり、以降使用自粛につながった。テレビ・ラジオを一日中モニターする体制を整え、NHK、民放を問わず、時には団体幹部の独断でも抗議するという激しさであった。

当時、大阪の放送局に対し激しい抗議をした精神障害者家族会の一部の団体の実態は、大阪府や大阪市など行政機関に絶大な影響を持っていた。団体幹部には精神科病院内で激しい闘争を行なっていた経験があり、若い頃から部落解放同盟での活動を行なっている

とされている

一方後者は

<日本新聞労働組合連合、日本出版労働組合連合会、日本民間放送労働組合連合会、映画演劇関連産業労組共闘会、日本放送作家組合、日本俳優連合、放送芸能者協会、全日本視覚障害者協議会の8団体である。

1975年に8団体が主催した「用語と差別を考えるシンポジウム」の内容を柱として「続・差別用語」、「新・差別用語」という本が出版されている。

これらの団体は、差別という名目での放送禁止用語の乱発に反対しており、ウィキペディアの著者はこの本から多くを引用している。

前者の団体を“左翼”と考えるなら、泉佐野市長と通ずるものがあるが、後者はそのような立場とは逆である。

私は前者を左翼とは考えていない。

差別について

大変微妙な話なので、ここだけにして欲しいのだが、

差別用語とされる言葉の中には、1.言葉そのものが対象を侮蔑したものと、2.もともと差別用語ではなかったものが、社会関係の変遷するなかで侮蔑的なニュアンスをふくむようになったもの、3.直截な表現を嫌う世間の風潮のなかで遠回しな言い方に変わったものがある。4.さらに科学的に不正確であることから意識的に変更された言葉もある。

言葉そのものが相手を侮辱しているのに差別用語と受け取られていない言葉もたくさんある。バカ、アホ、ブス、ケチ、スケベ、etc

盲、聾、唖はどう考えても差別用語ではなかった。今でも盲学校は盲学校だし、聾学校も聾学校だ。ただ面と向かって言うのに、遠回しに表現するという意味ではなかったのか。便所を手洗い、月経を生理というが如くである(一時はアンネといった)

医学用語はずいぶん変わった。とくに精神科領域で変化が著しい。一応正確になったとされるが、本当に正確かは疑問が残らないでもない。

最近では痴呆症が認知症になった。せめて認知障害と言って欲しかった。分裂病が統合失調に、躁うつ病が双極性障害に、ヒステリーが解離性障害になった。どういうわけか、てんかんだけは変えようという動きはない。

これに伴い古い用語がただ単にゴミ箱に捨てられるだけなら良いが、それが差別用語の箱に入ってしまうから困ったものだ。

キチガイ、狂人は今や立派な差別用語だ。しかし以前はそうではなくて、一般に使われていた。

だから、発狂するとか、キチガイじみたなどという派生語まで使えなくなってしまう。鉄道キチガイは鉄道オタクに変わった。しかし「オタク」も考えてみれば、宮崎勤以来、差別用語ではないか。

ところでトラキチはいいのかな? それとも泉大津では差別用語なのかな?


差別用語が多い書籍をすべて回収するのか?

おそらく明治大正の文学には差別用語が多いものがたくさんあると思う。これらをリストアップして、すべて回収すべきものとしないと、著しく法的公正を欠く恐れがあり、恣意的との誹りを免れ得まい。


また「はだしのゲン」が回収された。
今回はより露骨でたちが悪い。
松江の場合は右翼に脅されて、めげてしまったのが事の顛末だが、
今回は市長がみずから乗り込んで回収を命令したというのだから、話はいっそう深刻だ。
とにかくそこかしこで、右翼のやることが激越になってきている。
もう戸口までファシズムがやって来ているような恐怖感を覚える。

ところで今度意表を突かれたのは、市長が「差別表現が目に余る」ことを以って回収の理由としていることである。

これまで「差別反対」を叫んできたのはもっぱら左翼系であったし、いわゆる「言葉狩り」も左翼の一部の行動と見られていた。

ところがどこを以って「差別表現」としているのかが新聞記事には掲載されていない。

ネットで探すと、保守速報という右翼系サイトにその内容が載せられていた。

中藤辰洋教育長によると、千代松市長や市教委は昨年から、
漫画に「きちがい」「こじき」などの表現が使われていることを「差別を助長する」と問題視。

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いわば変化球ということで、ネトウヨ諸君にも若干戸惑いがあるようだ。

コメントでは、

昔は差別語じゃなかったんだろ
何でもかんでも差別差別言ってりゃいいんじゃないよ


当時使われてた言葉が出てくるのは当たり前だろ。

いいね
この主張で攻めればブサヨも文句言い難いだろうし


なんでもかんでも言葉狩りしてんじゃねーよ

それは言葉狩り大好きなブサヨ団体に言うべき言葉だなw

これが許されるなら今まで言葉狩りされた漫画たちは全てオリジナルで復刻するべき

はだしのゲン “だけ” 許そうとする不自然さは目にあまる

など、戸惑っている様子だ。


私も、差別主義者と言われても仕方ないくらい差別用語を使っている。当然「言葉狩り」する人々への一定の反感もある。しかし、大勢には従わざるをえない。

しかし、当時の状況のなかでキチガイとかコジキを使ったと言って、「差別に満ち溢れている」という感覚には、「オマエ、気が狂ったんじゃねぇか」と疑わざるをえない。しかもそれを理由に市長の権限で閲覧を禁止するのはXXそのものだ。

市議会ではこのところをしっかり追及してほしいと思う。



赤旗文化面に「詩壇」という囲み記事があった。
そこで詩人会議の主催する坪井繁晴賞の受賞作品が紹介されている。
熊井三郎詩集「誰か いますか」という。
その中の「海だけの海 」という詩…

「自分の領有権を争って戦争が起きてしまうことを悲しんだ小さな島が、海の底に沈んでしまう物語」だそうだ。

紹介者によると、
に似た文字だが、それと同じように飛び去れなかったのだ
としている。

それ以上のことは、この記事からは分からない。

そこでだ

大変無粋な話になってしまうが、いっそ尖閣を海に沈めてしまったらどうだろう。詩的に言えば「海の神様にお返し」するのだ。

そうすれば沖縄と中国本土の海上境界は中間線を引けばよいだけの話となる。まさにもめごとは水に流され、海は「海だけの海」となる。

日本にとっては若干割の悪い話だ。しかしそれで喉に刺さった骨がとれるなら、最終そろばんは合う。何よりも強欲で頭に血が上った中国にとって、なにか大事なことを考えるための良い教訓になる。

実は中国は韓国ともの領有権を巡って争っている。以前記事にしているが、名前は忘れた。こちらは干潮時のみ海面に顔を出すだけの、とも言えない岩礁だ。
韓国は日本相手には併合・植民地化の歴史を盾に竹島領有を主張するが、こちらは歴史問題など関係ないエゴだけの話だ。

親のわずかばかりの遺産の相続を巡って、兄弟が血を血で洗うような争いをしているのを見ると、「いっそお上に返納したら」と言いたくなる。カネは一時、縁は一生である。まして日中は永遠に一衣帯水なのだ。


シリーズ「日本の物理学100 年とこれから」

素粒子の物理—-先駆と展開の鳥瞰

長島順清

平成17 年6 月4 日

という文章を見つけた。「素粒子物理学の100 年を日本の著名な科学者の業績と思考に重点を置いて述べた」もので、素人にもそれなりに“分かりやすい”。年表にしてみる。

1897年 トムソン(J.J.Thomson) が最初の素粒子である電子を発見

1919年 ラザフォードが最初のハドロン族素粒子の陽子を発見

1929年 ハイゼンベルグとパウリが、素粒子記述の数学的枠組みである「場の量子論」を提唱。粒子と波動の2面性解明の努力。

1932年 チャドウィック(J.Chadwick) が中性子を発見。ハイゼンベルグは原子核が陽子と中性子でできており、電気的性質以外は同じ性質を持つと提唱する。

1934年 フェルミが「弱い相互作用」の理論を発表。素粒子を生成消滅する実体として捕らえた最初の試み。

1935年 湯川が、核子間に働く新種の力として「核力の場」を提唱。核力の場に伴う粒子としてパイメソン(中間子)の存在を予言。(著者はこれを近代素粒子論の幕明けと位置づけている)

1937年 アンダーソン(C.D.Anderson) ら、宇宙線の中に中間子を発見。(これはミューオンだったため、しばらく混乱が続く)

1947年 パイメソンが発見される。坂田らの2中間子論により決着がつく。

1947年 最初のストレンジ粒子が発見される。新世代加速器の開発により新ストレンジ粒子や新共鳴粒子が続々と発見される。

1949年 朝永らが繰り込み理論を確立。ハイゼンベルクの「場の量子論」の難点を克服。

1949年 コロンビアグループ、量子力学からのずれと見られる異常現象が、真空偏極という場の量子論効果を取り入れれば正確に再現できると発表。

この二つの発見により量子電気力学(QED) が確立する。

1954年 ヤン・ミルズ(C.N.Yang and R.L.Mills) の「一般ゲージ理論」が発表される。、力の場(ゲージ場) を電磁場と類似したものと捉えるいっぽう、重力と同じく、一般相対性理論にも適応。

1964年 ゲルマンがクオークモデルを提唱。(前概念として1956年の坂田モデル)

1964年 南部陽一郎が「自発的対称性の破れ」を提唱。ある温度を境に、ある種の整列化が一斉に生じ、それまで見えていた対称性が隠れてしまう現象で、物性では相転移という名で知られる。

1964年 ヒッグス、真空が無の状態ではなくて、相転移を起こす媒質(ヒッグス場) で充満しているならば、ゲージ対称性を保ったままゲージ場が質量を獲得できることをしめす。

1965年 南部、クォークは3色の色荷を持ち、色荷が強い力の場(グルーオン場) を作るとし、量子色力学(QCD)を提案。

1967年 ワインバーグらにより電弱相互作用の統一理論が提唱される。質量を、環境変化により発生する後天的な性質と見立てることによって、電磁力と弱い力をまとめて一般ゲージ理論の枠組みに収める。

1969年 新加速器による電子・陽子大角度散乱が可能となる。これにより、ハドロンの中に点状の粒子が実在することが明らかになる。

1970年代 電子とニュートリノ反応の比較により、この点状粒子が、半端電荷をもつクオークであることが証明される。

1973年 漸近自由性が発見される。電気力とは逆に至近距離では有効色荷が小さくなり、遠距離で強くなる(反遮蔽効果) 現象をさす。クォークがハドロンの中でほぼ光速で自由に飛び回っているにもかかわらず、あたかも袋の中に閉じ込められたように外に飛び出さない矛盾を解く鍵となる。

1973年 小林・益川が、3 世代6種のクォークによる世代混合によってCP 非保存を導くモデルを提案する。その後予言通りにチャーム、ボトム、トップのクォークが発見された。

1974年 チャームクォーク(c) が発見される。クォーク間にはクーロン型のほかに、距離とともに増加するポテンシャルも存在することが証明される。これによりクオークモデルが受け入れられるようになる。

1978年 電弱相互作用統一理論と強相互作用理論QCDが、一括して「素粒子の標準理論」と呼ばれるようになった。さらに強電弱3つの力の「大統一理論」が提唱される。

1978年 吉村ら、大統一理論にCP(粒子と反粒子の鏡映対称性) の破れを組み込み、ビッグバンから反物質消滅過程を経て、今日の物質宇宙形成へ至る道筋を示す。

1981年 佐藤勝彦ら、大統一の相転移時にインフレーション(宇宙初期の急激膨張) が起きると提唱。

1984年 グリーンとシュワルツ、「超紐の理論」を提唱。(湯川は、場の量子論の欠陥を克服するには、点ではなく広がりを考えなければならないと主張していた)

1990年 ウィッテンが「M理論」を発表。超紐理論の5つの要素がひとつの体系の異なる側面であると提唱。相対論と量子力学の整合性を共に要求すると、超紐理論は10次元時空でのみ成り立つ。したがって、我々の住む4次元時空は、10次元空間に浮かぶ4次元の膜宇宙であるとされる。


と、時系列で並べてみたが、相変わらず何のことやら分からない。

ところで著者、長島さんの最後のフレーズはなかなか印象的である。

 私は、重力に宇宙、電磁力に原子分子、強い力には原子核・ハドロン・クォークと、各種根元力には司る重要な階層があるのに、自然が弱い力だけ除外するはずはないと考え、新しい階層が再び現れると信じる者の一人である。

しかし、これは少数意見である。

現代物質観では、「我々は既に物質の究極に到達した。根元力は4 種で尽きており、次の階層は大統一もしくはプランク距離にあり、途中は何もない砂漠である。」という考えが主流である。

状況は、ある意味で19 世紀末に似ている。当時、すべての現象は古典物理学で説明でき、なすべきことは精密理解だけであると考えられていた。


王柯さんが行方不明になったという。

かなり心配なはなしである。王柯さんは神戸大学教授で中国人。

『東トルキスタン共和国研究 : 中国のイスラムと民族問題』という本を出していて、いかにも危なそうなところに片足突っ込んでいたからだ。

東トルキスタン共和国は1944年11月に誕生した国家で、新疆北部のイスラム国家である。

当時の中華民国の圧制への抵抗がソ連の支援を受けてイスラム共和国建設に至った。

しかし第二次世界大戦の終結とともに、中国との関係改善を図ったソ連が共和国への支援を中止した。この後、共和国政府は中華民国との交渉に入ったが、内部闘争を繰り返しながら、ついに消滅を余儀なくされた。(小松久男氏の紹介文より)

王柯さんはまさにこの東トルキスタン共和国の研究家で、ウィグル人居住地域を「中核的権益」とする中国政府にとっては、もっとも危険な人物の一人だったかもしれない。

ネットで探すと、以下の文章がゲットできた。

報告「中国における多様な民族主義を考える……中華民族の言説とジェディッディズムの成立過程を通じて」(小島祐輔氏報告に対するコメント)

「中華民族」はあくまで一種の言説であり、国民統合を実現させる万能薬にならない。

中国が「中華民族による国家であると強調すればするほど、虚構の「民族国家」であることが感じられ、近代国家としての正統性が問われることになる。

ジェディッディズムと呼ばれる運動の実態については未だに究明されていない部分がある。

しかし運動の主体は間違いなくウイグル人で、その舞台となったのはウイグル社会であった。そして、この運動において「東トルキスタン民族」と呼ばれる抽象的な民族共同体はなかった。

近代社会を研究対象とする際に、ナショナリズムまで分析の視野を広めるとしても、ナショナリズムを絶対視することはやはり避けるべきだろう。

と、やや論旨不明瞭ながらも、ウイグル問題を民族問題に局在化させないための、双方の努力を強調している。


東トルキスタン共和国については下記の論文が詳しい。

『理論研究誌 季刊中国』2001年春号
「イスラム教の動向と中国の民族問題」(下)
「東トルキスタン共和国の成立と崩壊」
野口 信彦

ウィキペディアの記載は、やや主観的な偏りを感じる。


おそらく中国指導部は、漢民族と少数民族の統合された国民国家として「中華民族」を使っているのだろうが、「中華」という枠に括られることを少数民族が任用するだろうか、という問題がある。

それと同時に、言葉としてでなく実体として多民族を統合した「中国国民」の枠づくりの営為そのものは、多民族の統合の手法として不可避であることも認めなければならない、という主張なのかと思う。

いずれにせよ、いまは王柯氏の無事を祈るばかりである。

佐藤さんの文章を読んで、次のように書いた。

ビレンケン(A.Vilenkin)は、宇宙は“無”の状態から生まれるのだと主張し、モデルを提出した。

ビレンケンのいう“無”とは単に物質が存在しないという意味ではなく、その入れ物である時間も空間も存在しない状態である。

このへんの言い方はどうも変で、納得がいかない。中身が無いというのではなく、それを入れる容器としての時空が“無”に近いほど小さいということではないのでしょうか。


実は、これを書いていて、「これはアキレスと亀ではないか」と思いついた。

高校のとき、数学の先生がこのパラドックスを否定するのに、時間・距離グラフを書いて「ほら、ちゃんと交わるではないか」と言って終わりにした。私にとっては、それからが悩みの始まりとなった。

この先生は、別な論理を持ちだして解を導き出したに過ぎない。「アキレスと亀」の論理は何も否定していないのだ。


両者の論理の違いはゼロ=交点の向こう側の世界に対する見方の違いにつながる。

「アキレスと亀」論者にとっては交点の向こうがもしあるとするれば、それは「虚」の世界になる。虚時間であり、虚空間である。

数学の先生にとっては、ただの負数の世界である。ゼロの次の駅はマイナス1であり、2,3と続いている普通の風景である。交点をゼロと決めたのは、たまたまそこをゼロと決めたからに過ぎない。

4次元の世界では絶対的なポイントであっても、5次元の世界から見ればたくさんのポイントの中の一つにすぎないのかもしれない。


前にも書いたが、「アキレスと亀」のパラドックスは分析的論理の範疇を超えていると思う。叙述的論理が必要な場面だ。みずからを主体化し、方向付けすることによってしか乗り越えられないのではないか。そしてもう少し時間的な幅をもって考えなければならないのではないか。

ということは、あるピンポイントの瞬間を交点と考えるのではなく、交点を超える作業の連続過程として、どういう方向に進んでいるのかを問わなければならないということになる。それはおそらくトンネル効果のトンネルの中に隠されているのだろうと思う。


これと似たような話は、実は20世紀のはじめにもあった。物理学の世界で「物質が消滅した」という説が飛び出して、それを元に不可知論が登場し、レーニンが悪戦苦闘した(成功したとはいえないが)経過がある。

これは、事物が物質であり運動であり、両者の関係としての「過程」だというヘーゲルの弁証法により克服された、と私は思っている。

そこにおける主体と客体の相互転換は、一見トリッキーではあるが、Ursinn を想定することで、上行可能だ。

これを、逆行的に示したのが「坂田モデル」の真髄だと思う。


相対性理論における時間と宇宙の誕生 - 東京大学総合研究博物館

もうやめようかと思っていたら上記の文章が見つかってしまった。佐藤先生の書いた一般向けの啓蒙文書(2006年)だが、題名からして怖気をふるう。

しかし、先ほどのウィキペディア氏にいささかムッと来ていることもあり、勢いで着手する。

 

はじめに

良く語られるように、「相対論」と「量子論」は現代物理学をささえる2本の柱である。

ここでは、宇宙の認識が、アインシュタインの相対論でいかに深まったかを見る。

かつて宇宙論といえば実証性のない数学的理論だけでほとんど哲学と考えられていた。

しかしビッグバン理論は、アインシュタインの相対論にしたがって提唱され、人工衛星からの宇宙の観測によって裏付けられている。

つまり、宇宙の起源は、相対論と量子論によって物理学の言葉で描き出されるようになってきたのである。

 

相対性理論 時間とは、空間とは?

「力学」は物理学のもっとも基本となっている。それは物質が時間的に空間をどのように移動するかを記述する物理法則である。当然時間や空間とは何かということを明確に定義 しておかねばならない。

ニュートンは時間を「外界とは何ら関係することなく一様に流れるもの」と定義し、空間を「外界とは何ら関係することなく、均質であり揺らがないもの」と定義した。すなわち、時間や空間を絶対的なもの(絶対時間、絶対空間)としたのである。

つまり、力学というのは物体と空間と時間が織りなす世界のことなんですね。ところがニュートンは空間と時間を固定したものと前提してしまって議論するから、議論が狭くなってしまう。「空間や時間も物体なんだ、動くんだ」と考えると世界が広がるということなんでしょうかね。

アインシュタインは時間や空間の概念を大きく変えた。特殊及び一般相対性理論(以下、相対論)は、一言でいえば「時空」の物理学である。

アインシュタインは時空は石舞台ではなく、トランポリンのように重みでへこむ舞台であることをしめした。

「空間や時間も物体なんだ」と考えると、物体が時空によって位置づけられるのと同じように、時空も物体によって位置づけられてもおかしくはないかもしれません。ただ「ゴルフボールと地球」くらいの「程度問題」はあるでしょうが。

特殊相対性理論では、等速度運動している座標系(慣性系と呼ぶ)の間の相対性を示した。特殊相対性理論の鍵となったのは「光の速さは、どんな速さで運動している人から測っても同じ速さだ」ということで、「光速度不変の原理」という。これは観測事実である。

「観測事実だ!」と言われればそうなんでしょうけど、どうしてでしょうかねぇ。

これはニュートン力学と矛盾する。電車の中で前方に向かって発射された光の速度は、地面からみると電車の速度だけ加算されているべきであり、光速度不変の原理は成立しない。

アインシュタインは「時間はみんな互いにちがっていい」と主張して、この矛盾を解決した。

10年後の一般相対性理論で、「すべての座標系」を平等にする理論が完成した。

一般相対性理論を構築する上でもっとも障害になったのが「重力」である。アインシュタインは、「重力は物質の質量エネルギーによる時空の歪みによって引き起こされる」と設定することで、この難問を切り抜けた。

物質が時空を押して、その結果、時空の側に応力というか斤力みたいなものが働いたのでしょうか?

一般相対性理論の中核であるアインシュタイン方程式、重力場の方程式

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物質の質量エネルギーによって時空がどのようにゆがむのかを与える方程式である。

左辺は時間や空間の歪みを表す時空の幾何学量である。

右辺は物質のエネルギー運動量(テンソル)である。cは光速度、πは円周率、Gは万有引力定数である。

つまり物質のエネルギーに万有引力定数Gをかけたものが時空の曲がり方を決めるということになる。

曲がった時空の中で物質は運動し、運動した物質がこの方程式にしたがって時空を決める。このように宇宙は物質と時空が一体となって発展・進化して行く。

 

相対論的宇宙論

アインシュタインは、翌1917年に、一般相対論を用いて静的宇宙モデルを作り上げた。

アインシュタインは重力場の方程式を変形し、宇宙定数と呼ばれる定数(Λ項)を導入した。この宇宙定数は空間が互いに退けあうような斥力を及ぼす効果がある。

そろそろ脳みそが豆腐状態になってきた。このへんで一時中断。

…再開

つまり万有引力に対して、新たに宇宙斥力を導入しこの2つをバランスさせようとしたことになる。しかし、このモデルは確かに力が釣り合うが、少しでも揺らぎが加わるとたちまち不安定になる。

その後、A.フリードマンやG.ルメートルが、相対論から素直に(宇宙定数など無視して)計算した。そして宇宙が膨張している可能性を発表した。これはルメートル宇宙モデルと呼ばれ、今日のビッグバンモデルの基礎となった

そしてハッブルより宇宙膨張の観測事実が示された。ハッブルは、より遠方にある銀河ほどより速いスピードで我々の銀河より遠ざかっていることを発見した。アインシュタインは素直に自らの誤りを認め、「人生最大の不覚だった」と語ったという。

 

ビッグバン宇宙モデルとインフレーション

「私たちの住むこの宇宙は、今から137億年の昔、熱い火の玉として生まれた。この火の玉が膨張冷却する中でガスがかたまり銀河が作られ、その中で星が作 られ豊かな構造を持った現在の宇宙が作られた」

これが今日の科学的な宇宙のモデル、ビッグバン宇宙モデルである。

ビッグバン理論は相対論に基づいた理論であり、現在の宇宙の構造・進化を大筋で説明できるモデルである。

しかしこの理論では、宇宙は無限のエネルギー密度をもった数学的特異点から生まれたことになっている。これはペンローズとホーキングの特異点定理と呼ばれる。

しかし時間に果てがあるということは、一般相対論を十分理解している研究者にとって も、あまり気持ちの良いものではない。

これに対し、1980年代になって、「力の統一理論」という素粒子論的宇宙論の研究が進んだ。そして宇宙の創生そのものについても物理学で語ることが可能となった。

 このような研究の中から描き出されてきた宇宙の創生・進化のパラダイムは以下のようなものである。

1) 宇宙は“無”の状態から量子重力的効果によって生まれた。

2) 生まれた直後のミクロな宇宙は、そこに存在する真空のエネルギーの効果によって加速的急激な膨張を始めた。まもなく真空の相転移が起こり、真空のエネルギー は潜熱として開放され、宇宙はマクロな火の玉宇宙になった。

3) インフレーション中に仕込まれた物質密度の揺らぎは、火玉宇宙の膨張と共に次第に成長した。そして現在の宇宙の構造へと成長した。

これが標準的パラダイムとなっているのは、宇宙創生のシナリオとして説得性があり、観測とも基本的によく一致しているからである。

 

素粒子論的宇宙論

宇宙の創生を研究するためには、素粒子の研究が必要である。その理由は、宇宙の創生期に遡るにつれ温度が極めて高くなり、全ての物質は素粒子にまで分解されてしまっているからである。

素粒子は当然量子論的に扱わねばならず、したがって宇宙の初期は量子論的な世界である。

1980年代、物質世界の基本的な力を一つに統一しようとする「統一理論」が大きな進歩を遂げた。その基本的概念から、「力もまた生命の進化と同じように進化した」という示唆が得られた。

「宇宙が始まった時、1つの種類の力しかなかった、しかし宇宙が膨張し冷却する過程で力も枝別れを起こした。その結果、現在の4つの力がうまれた」というシナリオが描きだされたのである。

この辺、前に勉強したはずだけどまったく覚えていません。「勉強したよなぁ」という思い出だけが残っています。

この力の枝別れは、“真空の相転移”によっておこる。

物理学者の描いている真空は決して何にも物が無いカラッポの状態ではない。量子論的に真空を考えるならば、それは必ず揺らいでいなければならない。「揺らぎ」とは、電子とその反物質である陽電子、又陽子と反陽子というように物質粒子とその反物質粒子がペアで生々消滅を繰り返している状態である。

現在の宇宙では真空のエネルギーは存在しないが、相転移前の真空は巨大な“真空”のエネルギ-を持っていた。それは空間に対して“斥力”(アインシュタインの宇宙定数)として働き、宇宙を急激に膨張させる効果を持つ。

宇宙斥力の強さは、アインシュタインの想定したものより何十桁も強力である。だから宇宙はこれまでのビッグバンモデルよりはるかに急激に膨張することになる。

“真空のエネルギー”密度は、宇宙の体積が大きくなっても常に一定である。なぜなら宇宙の全内部エネルギーも急速に増大するからである。

真空のエネルギーはアインシュタイン方程式を通じて急激な宇宙膨張をおこさせるが、その内部にエネルギーを創る(相転移)ことによって、自らの全エネルギーをも増大させているのである。これを「インフレーション宇宙モデル」(指数関数的膨張宇宙モデル)と呼ぶ。

しかしこの膨張は無限に続くわけではない。真空の相転移 の終了と共に、何百桁と増大した真空のエネルギーは「潜熱」として解放され、普通の熱エネルギーとなる。

宇宙は、今度はこの潜熱によって熱い火の玉となって膨張する(ビッグバン)。

 宇宙の創生という見地からみたとき、インフレーションは明かにビッグバン宇宙を作る重要なステップである。このインフレーションという急激な膨張によって、どんな小さな空間も宇宙スケールにすることができる。

同時にインフレー ションによって宇宙の物質エネルギーが何百桁と増加する。 エネルギー保存を満たすアインシュタイン方程式と統一理論の式を基礎とすれば、これらのことが可能なのである。宇宙の膨張は、真空のエネルギーに働く“宇宙斥力”によって引き起こされたのであり、“神の最初の一撃”は必要なくなる。

ところが、アインシュタイン方程式と統一理論の式の合体がうまく行かず、そこに超弦理論が登場するという経過があるらしいのですが、まったく分かりません。


宇宙はたくさんある(多重発生)

インフレーションモデルはまた、宇宙がインフレーションの過程でたくさん生まれることを示唆する。

宇宙でインフレーションが進む時、ある場所では早くある場所では遅くというように非一様に進む。宇宙は凸凹 となる。膨張が早く急激に起こった領域は元の宇宙から因果関係が切れた“子供”宇宙となる。そこから更に“孫”宇宙が作られる。

インフレーションモデルはいうまでもなく、完全な宇宙創生のシナリオではない。このシナリオでは「最初の宇宙」が不可欠である。しかしその様なミニ時空さえあれば、それは量子的には、ビッグバン宇宙に成長させることができるのである。

宇宙では遠くを見ることは過去を観測することである

宇宙では遠くを見ることは過去を観測することである。人類はどのくらい遠くまで見えるようになったのか。宇宙開闢から30万年しかたっていない頃の宇宙の姿まで見えるようになったのである。それが1992年にNASA の打ち上げたCOBE衛星である。(それより前の宇宙は高温のためガスが電離しており不透明担っていて観測できない)

インフレーション理論は、宇宙構造の種が「量子揺らぎ」だと予言しているが、COBE衛星の送った画像には予言通りの密度揺らぎが映っていた。これによりインフレーション理論は観測から強い支持が得られた。

NASAは2003年 2月に後継機のWMAP衛星を打ち上げ、COBEより30倍も精度の高い宇宙初期の地図を発表した。これにより宇宙の年齢は137億年であることが確定された。

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宇宙は“無”から生まれたのか?

ビレンケン(A.Vilenkin)は、宇宙は“無”の状態から生まれるのだと主張し、モデルを提出した。

ビレンケンのいう“無”とは単に物質が存在しないという意味ではなく、その入れ物である時間も空間も存在しない状態である。

このへんの言い方はどうも変で、納得がいかない。中身が無いというのではなく、それを入れる容器としての時空が“無”に近いほど小さいということではないのでしょうか。

この“無”の状態からミニ時空が誕生する。その時空は量子重力効果により極めて小さい。しかし真空のエネルギ-がきわめて高い状態にある。そういう時空が「トンネル効果」により作られる。

トンネル効果とは、物質が波の性質を持っているため、本来通過できない山の内部を通過してしまう量子論的効果である。それはあたかも自分でトンネルを掘るが如きモデルである。

と言われてもさっぱり分からないが、SFで言う「ワープ」のことか?

トンネル効果は、虚数の時間を前提としている。虚数の時間とは空虚な時間ではなく、時間軸が空間軸と区別がつかないものになった位相における時間という意味のようだ。「超時間」といったほうが分かりやすいかもしれない。多分そういうものがあるだろうということは素人にもおぼろげながら想像できる。

量子宇宙は大きさゼロの状態からトンネルをくぐって出てくるまで、虚数の時間で膨張してゆく。そして、トンネルからところで実時間となりインフレーション宇宙へとつながる。

佐藤さんはここを思いっきりスッ飛ばしているが、どうもこのトンネルというのが「インフレーション」理論の味噌のようだ。だからといって、もっと勉強しようとは、とりあえずは思わないが…

ブレーン宇宙論

最近の宇宙のモデルに「ブレーン宇宙モデル」がある。究極の統一理論となりうる超紐理論として考えられているM理論の示唆するところ では、高次元の空間の中に、三次元の膜が存在し、それが我々の住む宇宙である。

というが、ますますなにやらわからないので、今回はパスすることにする。

ダークエネルギー

これも省略

終わりに

宇宙論研究は今二つの方向で進んでいる。

第一は、最近しばしば言われる精密宇宙論である。すなわちインフレーションを含むビッグバン宇宙論を基に、宇宙進化の経過を描き出すことである。宇宙論は、今はっきりと、“論”から天文学となったのである。同時に期待したいことは、従来の理論に矛盾、もしくはそれまでの理論では説明することのできない観測が出てくることである。

第二の方向はダークマター、ダークエネルギーの問題である。ダークマターの候補としては超対称性理論が予言するニュートラリーノをはじめとして各種の素粒子が考えられている。一方ダークエネルギーの存在の“発見”はそれが正しいならば、宇宙論的意義以上に物理学の根幹に ふれる事になる。

科学は矛盾や謎を解くことによって進む。これらの謎は21世紀宇宙論への鍵である。


これは2006年の文章です。おそらく10年近くを経過する中で多くのすごい発見があったことでしょう。もう少し勉強しないとダメですね。


江田憲司さんの李立三路線の検証が非常に面白い。
李立三というのは1930年ころの中国共産党の指導者で、極左路線をとったとして批判されている人だ。
1930年といえば、世界大恐慌のまっただ中で蒋介石政権も大揺れに揺れていた。満州を日本に取られ、国内での人気も地に落ちていた。
そういうときに、政府の転覆を狙って総蜂起をかけるというのはありえない話ではない。
(もちろん内戦が20年も続いていた当時の中国で、ろくな武器も持たずにデモをやっても犠牲ばかりで勝つ見込みはないのだが)
ただ戦い方としては都市ゲリラ的なやり方もあるだろうし、ストライキやサボタージュで不安定化させることを主眼としてもよいのだから、形態はいろいろありうる。
問題は、それが極左かどうかということではなく、闘いの主舞台を都市と農村と、そのいずれに設定するかということなのではないか。

実はそれと似た状況が1959年5月のキューバにもあった。

最近の文献によると、民医連の組織には3つの特徴があるそうです。4つでも5つでも良いのですが、傍から見るかぎり、民医連は、まず何よりも旗印を掲げて闘う組織です。

闘うというと穏やかではないのですが、どこか“とんがって”いる、“とんがって”居続けるということでしょう。そして“とんがって”いることを自らの誇りとし、そこに人生の価値を見出そうとすることでしょう。

それは正義感の発露です。不正を憎み、許さない気持ちです。安倍首相みたいな人物を見ると、ムラムラと闘志が湧いてくるのがそれです。

もう一つの闘いは、ともすれば逃げたがる自分と闘うことです。民医連に入るということは、自ら旗印を掲げるということです。

自ら旗色を明らかにすることで、逃げ道を断ったはずだが、ついつい慣れ合って、いいかげんになる。そうすると、いざというとき闘えなくなります。

もう一つは見て見ぬふりをしないこと、思いを行動に移す腰の軽さです。そして人々に寄り添うことです。患者の痛みに寄り添い、老人の苦しみに寄り添い、就職難や奴隷労働、派遣切りの惨めさに寄り添うことです。

感性の豊かな人ならこんな作業は必要ないかもしれないが、私を含めて大抵の人はつい見て見ぬふりをしてしまう。


考えてみれば経営だって闘いです。組織を生きながらえさせるだけではない。闘う組織として研ぎ澄ますことも経営です。

私は日本航空の「再建」に乗り出した京セラの稲盛社長の言葉がずっと喉に引っかかっています。

「経営なくして安全なし」です。

正しいように見えるのだが、どこかにすり替えがある。

ずっと考えていてふと気づきました。稲盛社長はこう言うべきだったのです。「正しい経営なくして安全なし」と。

何が正しいかは分かりません。しかし正しさを求めて闘わなくてはいけないのす。闘えば敵が見える、己も見える、その中で誰に寄り添うべきかが見えてくるのではないでしょうか。

道東勤医協は創立40週年を迎えました。それは闘いの40年でした。それはほとんど物理的な闘いでもありました。闘いこそ民主主義の証であり、道東勤医協を特徴づける最大の旗印でした。

闘うことの3つの意義を考えるなら、よくぞ40年も闘ってきたといえます。それは40年も人々に寄り添い続けてきたことの証でもあるからです。

これからも突っ張れ、突っ張り続けろ、道東勤医協よ。


アメリカの外食企業も相当えげつない。
マクドナルドのミシガン州の店では、労働者が勤務時間になってもタイムカードを押させないそうだ。
客数が増えてくるまで待機だ。待機時間に賃金は支払われない。そうやって1~2時間ただで待機させる。
カリフォルニア州の店では、客が少ない時間は待機態勢に入らされる。その間は賃金ゼロだが、拘束はされる。

これはその店がアコギだというだけではなさそうで、本社が加盟店に従業員数と売り上げの比率を計算させ、客が少ない時は従業員数を減らすよう指示しているのです。

「賃金なしで待機させろ」とか「ただで拘束しろ」とは言ってないが、指示を守ればそういうことになります。

労働者は闘うしかないようです。

ついで、佐藤勝彦先生ご本人による分かりやすい説明。

これはこだわりアカデミーのホームページのもの。ただし2000年9月に掲載されたものだから相当古い。

ビッグバン理論は、初期の宇宙は超高温、超高密度の火の玉で、その火の玉が膨張して、今の宇宙ができたという理論です。

65年に、火の玉の余熱を電波という形で確認したことにより、ビッグバン理論が証明され認知されるようになった。

しかし火の玉がどうやってできたのかが謎として浮かび上がった。それを説明したのがインフレーション理論なのです。

インフレーションというのは、宇宙創成の直後の宇宙の異常膨張のことをいいます。

インフレーションの前に直径10のマイナス34乗cmの粒子が、直後には1センチに膨らんだ。

最初の宇宙は無から生れたと考えられています。物理学的には「ゆらぎ」のある状態のことをいいます。いい換えれば、無と有の間をゆらいでいる状態ということです。

その状態から「トンネル効果」で、突然パッと宇宙が生れた。

その「最初の宇宙」から火の玉になるまでの急膨張が、インフレーションなのです。

生れたての宇宙は、真空のエネルギーを持っており、このエネルギーは急膨張する性質があります。

急激に宇宙が大きくなるということは、それだけ密度が低く なり、温度が急冷することになります。いわゆる過冷却と同じ状態に陥ります。 その間、膨大なエネルギーが潜熱として蓄えられます。

水でしたら凍る時にその潜熱が吐き出されるわけですが、インフレーションでは真空の相転移によって莫大な熱エネルギーが解放され、ごくわずかだった宇宙が直径1cm以上もの火の玉宇宙になったのです。

この一節はさすがに難しい。何か循環論理のような、騙されたような気分。あとで復習。

宇宙の膨張とともに素粒子ができ、それが陽子や中性子に、さらに原子へと、物質生成が進んでいきました。

それが、しかるべきところに落ち着き、宇宙の見通しが良くなりました。「宇宙の晴れ上がり」といいます。だいたい宇宙創成後、30万年頃のことです。

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インフレーション理論は、単に理論だけで終ることなく、観測により実証されるようになった。

92年、NASAの探査衛星が宇宙背景放射を調べ、その電波にごくわずかなムラがあることを発見したのです。

インフレーション理論では、銀河や銀河団が誕生するには、宇宙の初期にその種となるような温度のムラが必要である。

ムラが証明されたということは、銀河や銀河団の誕生の種の存在を確認したということになる。

今後期待するのは重力波の観測です。

重力波というのは、巨大な星が爆発を起こした時などに周囲の空間がゆがみ、それが波となって宇宙を伝わってくるものです。

非常に透過率が良く、宇宙の晴れ上がり前の状態も観測できるのです。

日本の国立天文台でTAMA(タマ)という装置が、またアメリカでもLIGO(ライゴ)という装置ができつつあります。

より遠くの重力波を観測することで、インフレーションの瞬間、また宇宙開闢(かいびゃく)の瞬間さえも見ることができるようになるのです。

例によって、ウィキペディアから始める。多分絶対にわからないと思うので、次のページを見てください。

1.まずインフレーションの定義

現在我々から観測可能な宇宙全体は、「因果関係」で結び付いた小さな領域から、量子の揺らぎとして始まった。

宇宙は誕生直後の10-36秒後から10-34秒後までの間にエネルギーの高い真空(偽の真空)から低い真空(真の真空)に相転移する。

その間に、負の圧力を持つ偽の真空のエネルギー密度によって引き起こされた指数関数的な膨張の時期を経る。

この膨張のことを指してインフレーションという。

ということで、さっぱり分からない。読み進んでいくうちに分かるのだが、この項目の著者は余計なことを言い過ぎる。しかもそれが業界用語のオンパレードだ。

2.一次相転移モデル(古いインフレーション)

佐藤とグースは、独立して素粒子の大統一理論における一次相転移に基づいたインフレーションモデルを提唱した。

佐藤らは、「指数関数的宇宙膨張」説を唱え、大統一理論に磁気単極子が多量に現れる問題を解決しうることを示した。

このモデルでは、誕生直後の宇宙は偽の真空と呼ばれる状態にあったとされる。そしてインフレーションの終わった領域が真の真空の「泡」の核生成として宇宙の中に作られる一方、残りの領域ではインフレーションが続く。
このような泡同士が衝突すると、泡の壁が持つ莫大なエネルギーが粒子に変換され、これがビッグバン初期宇宙に存在する高温の放射や物質粒子となる。この過程は再加熱と呼ばれる。

インフレーションが続いている巨大な背景領域では我々の宇宙と同様の新しい宇宙が絶えず生成され続ける。

初期宇宙が冷却するにつれて、宇宙は高エネルギー密度の偽の真空の内に捉えられる。そして宇宙は準安定状態(過冷却されている)の内に補足される。
真の真空の泡は自発的に偽の真空の海の中で形成し、すぐさま光速で膨張を始める。

と、ここはかろうじて、日本語として読み解ける。中身がちんぷんかんぷんなのは同じだが

3.一次相転移モデルの弱点

標準ビッグバン理論の問題を解決するには、十分にインフレーションが進行しなければならない。そのためには真の真空の核生成率は非常に小さくなければならない。

しかし核生成率が小さいと泡同士の衝突が起こらず、再加熱過程が働かないことになる。
高温のビッグバンに必要なエネルギーが泡の衝突によって全く供給されず、いつまで経っても火の玉宇宙の時代に移行しないことになる。

4.スロー・ロール・モデル

この理論上の弱点を克服するために生み出されたのがスロー・ロール・モデルである。

一次相転移モデルでは、スカラー場があるポテンシャルの極小値に停留した状態からトンネル効果でポテンシャル障壁を越えて転がり落ちる過程が想定された。

これに対しスロー・ロール・モデルでは、ポテンシャルの形が極小を持たないほぼ平坦な形状として設定され、この上をスカラー場がゆっくりと転がり落ちると考えられた。

これなら「トンネル効果」の挿入は不要となるらしい。
このモデルは、完全に対称的な宇宙は作り出さないが、インフラトン内に僅かな量子ゆらぎが生成される。

これらの僅かなゆらぎは、後の宇宙において生成されるすべての構造にとっての根源的な種を形成する。
スカラー場はポテンシャルを転がり落ちるだけだが、量子ゆらぎによって時にはポテンシャルの高い位置に再び戻される場合もある。

したがって、インフレーションが起きている領域の方が常に宇宙の大部分を占めることになる。これを永久インフレーションと呼ぶ。

といったところだが、いまの私の能力では理解不能ということが分かった。少し他の文献で能力を上げていこうと思う。

しかしこういう人いるよね。わかんないから聞くんだけど、聞くと余計わからなくなる人。






何回も書くが、私がホームページを開設したのは1995年のこと。もう四半世紀を迎える。

いつの頃からか、「更新記録」を狙ってくるゲストが増えてきた。いわば日記なのだが、短くて1行、長くて数行というのが受けたのだろうと思う。

「それがまさにブログなんだよ」といわれて、ブログを開設したのが東北大震災のすぐ後。それから3年がたつ。

最初は、本家はホームページ、こちらは日々雑感みたいな感じで始めた。ところが徐々にこちらに力が入る。そうすると記事がどんどん長くなる。

いつの間にか読んでもらうページではなく、読ませるページになってしまった。長さではなく、中身があまりにも濃くなってしまった。さりとてその即興性はホームページとも異質である。

そうなるとツイッターということになる。つまり発信ツールの三段階化である。この辺りの心境を、おそらく私より一世代若い人が言い表している。


下記は星居Webブログ からの引用

ブログの時代は終わったのか? 

という超刺激的な題名

 【情報の鮮度】
  Webサイト < ブログ < Twitter(FaceBook)

この順番で鮮度が上がる。その人の感情により近くなってくる。ブログが出て来た頃、それまで自分のホームページで情報を発信してた人たちが、徐々にブログ の方の更新が多くなっていって、ホームページが廃れたのと同じように、今度はTwitterでブログが滞るようになる。・・・まったく同じ構図だと思いま す。

かといって、

Webサイトでしか出来ないこともあるし、ブログでしかできないこともある。まあ、使い分けなんでしょうけれど、その情報発信に必要なエネルギーは、

 【情報発信の為のエネルギー】
  Twitter(FaceBook) < ブログ < Webサイト

となる訳で、やっぱり今の時代、今の僕の生活では、Twitterが一番あってるということになるわけです。


とても説得力のある文章で、ただそのような賽の河原に意志を積むような作業が出来るだろうかと考えると、ウームと考えこんでしまいます。

とりあえずできることは、ブログの記事を気楽に読めるもの、そもそもホームページに論文として載せるべきものの二つに書き分けて行くことでしょう。

ライトとヘヴィーのメリハリをつけた文章にしていこうと思います。

しかし今回の事件の仕掛けが、「無限振り出し」にあったとすると、話はおかしくなる。
金が引き出されたのは、みずほ銀行の口座なのだ。
とすればセキュリティーが破られたのは、マウント社の金庫ではなくてみずほ銀行なのではないか。

みずほ銀行は、金を送り込んだ時に相手口座から受領確認を取らないのだろうか。

2日付の朝日新聞(via 阿修羅)には次のような記事がある。

安全性が高い銀行口座からハッカーが直接現金を盗み出すのは「技術的には考えづらい」と、顧客の一人でIT関連会社の峰松浩樹社長は指摘する。「『紛失』したコインの穴を埋めるために、顧客の現金で別のコインを買ったのではないか」と疑う。


たしかに、そうも考えられる。
と言うより、そう考えないと、みずほ銀行にとっては大変なことになる。

新聞がこの事件の報道に及び腰なのは、そのせいがあるかもしれない。

まぁいちおう、みずほの対応に瑕疵がなかったとして、仕掛けとしては次のような三角ベースが考えられる。

みずほは金を送る、犯罪者は受領確認を発行する。ところがこの受領確認がマウント社に転送されない。

おそらくマウント社のコンピュータはみずほからの受領確認転送を待って、ビットコイン残高を減らす仕掛けになっていると思われる。

したがってこのフィードバック回路がやられてしまうと、ビットコインの残高は減らない、ということになってしまう。

ただこのフィードバック回路を全面遮断すればたちまち、パンクしてしまう。

犯罪者のIDのみ、フィードバックを免れることができるように細工してあるのだろう。

だからといってみずほの責任が全くないとはいえない。端的に言えば、フィードバック情報が送りっぱなしになっていなかったか、情報を受け取ったという確認を取っていなかったのか?

これはセキュリティ・ホールというよりはシステム設計の問題になるだろう。

これも大変なことだ。責任はフィフティ・リフティになる可能性がある。

残る可能性は、マウント社のCEOに悪意があった場合だが、これについてはカナダの訴訟で明らかになっていくだろう。

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