鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

2014年01月

「過渡期をめぐる諸問題」という題名で不破さんが講演を行っている。

まず過渡期は相当の長期にわたるだろうと提起する。

マルクスはそれを一世紀を超える期間になるだろうと推定していました。

と述べているが、これは今までの考え方とは相当異なる。

その上で過渡期をめぐる5つの問題をあげる。これも、過渡期が数世代の積み上げを要する過程であることを前提としたために出てくる問題である。

何か「目からうろこ」、「コロンブスの卵」的な感じがある。たしかにそういうスパンで過渡期を捉えるなら、そういうことも考える必要あるね、という感じだ。

5つの論点は、ある意味目新しいものではない。形を変えてこれまでも議論してきたものだ。しかし、「まず『百年の計』として過渡期を捉えようという構えを持って見直すと、見えてくるものがある。

1.「生産者が主役」という原則

5つの論点と言っても、これが肝心なところで、他は派生的なものと言っても過言でないだろう。それだけに難しい。

これは一つのクレド(信仰告白)ともとれる。百年単位なのだから、自分の生きているうちには実現しないわけだ。だから、そう言っても大きな間違いにはならないだろう。

A.3つの革命との関係

むかし習った時は、革命というのは三種類あって、最初に政治革命、次いで経済革命、最後に文化革命という風になっていた。

この内の文化革命というのには時間がかかって、場合によっては一世代では終わらないと言われた。毛沢東は永続革命といった。

この文化革命が終了するかでを過渡期というのだとすれば、一応計算は合う。

ただ、感覚的にはもっと短いスパンだったように思う。明日政権をとったら、すぐに経済革命を初めて4,5年のうちには産業を国有化して、あとはどのくらい続くか分からないが、とにかく文化革命だ、という感覚だった。

不破さんの話だと、これらすべてがかなり長くなっていく。複数政党制で選挙で勝ったり負けたりを繰り返しながら「安定した過半数」をとって行くのにも数十年を要する。

経済革命はそれこそ数世代だ。ただ文化革命というのは、経済革命の先にあるのではなく経済革命と表裏一体の関係にあるのだとすると、1世紀という年月が見えてくる感じはする。

B.「多ウクラード社会」論との関係

これも昔の話、「経済・社会構成体論争」というのがあって、世の中というのは資本主義ばかりでなく、それ以前の生産システムも併存しており、そういうシステムの拮抗する状態が当たり前なのだ、という話ではなかったかと思う。前に紹介した「ザスーリッチへの手紙」の第なんとか草稿だ。

そう考えれば、国全体で社会主義的生産システムが優位になったとしても、一世代前の資本主義的生産システムが残存したとして何の不思議もない。

そういうことを言っているのではないか。

C.資本主義との連続性

封建制度、資本主義、社会主義と3つ並べると、生産システムにおいては資本主義は社会主義に近い。分業と市場を前提にしているからである。

だから経済改革と言っても、案外、大したものではないのかもしれない。しかし生産手段の私有制という点では、資本主義と社会主義の間には懸河の開きがある.開きはあるが、真逆かと言われるとそうでもなさそうだ。

第一、それでは、社会主義と資本主義の違いは結局、プルードンの言うように所有の問題にすぎなくなってしまう。生産システムにおける決定的な違いはまったく明らかになっていない。それは修正資本主義であって社会主義ではない。

むかしは、原始共産制がモデルだと言われたが、それはありえない。資本主義というのはすべてのものをカネという尺度に還元して、定量的に把握するシステムだから、差がなくなるなどということはありえない。社会主義もそ分業・市場モデルの基本は引き継ぐわけだから、貧富の差は原理的には存続する。

おまけに市場というのは競争を前提にしているから、企業が生き残るためには競争に勝ち抜くことが要求される。善人ばかり集まった企業でも、そのための強制を免れることはできない。

不破さんの文章ではそこには触れていない。マルクスの文章も、「結局のところ人間が解放されているかいないかの違いだ」と言っているみたいなところもある。「百年河清を待つ」のはいいが、「人間解放の条件」が明らかにされないと、いつまでも坊主談議でおわってしまう。

 D.三段階論と社会主義

かつて「労働の三要素」説で医療労働を説明する人々と論争したことがあった。私の言いたかったのは、労働はそんなに単純なものではないということ、生産過程と労働過程の区別をしっかりしないと足下すくわれるよ、ということだった。

同じような感想を、経済学批判序説の「人類史5段階説」に対しても持っている。肝心なことは資本主義がそれまでの生産諸形態に対する根底的な否定だということである。

問題は、資本主義が先行する生産諸形態に対する根底的否定であったのと同様に、資本主義に対する根底的な否定なのか否かということである。

「社会主義をもって、真の人類史が始まる」という言い方は、資本主義の否定性以上の根底的否定だということである。

経済学批判要綱には次のような記載がある。

人格的な依存にもとづく諸関係が第一の社会形態である。…物象的な依存性に立脚した人格的な独立性が、第二の形態である(すなわち資本主義)。…諸個人の普遍的発展、共同的・社会的生産性の従属化に立脚した自由な個性が第三の段階である。

読めば読むほど分からなくなる文章だが、「要するに人間の問題だよ、生産手段の国有化で済む話ではないよ」ということだろう。


 むかし受験生だった頃、机の前にこう書いて貼った。

「為せば成る。為さねばならぬ何事も…」

百年と言われると、はたして為せば成るものか、為さねば成らぬものなのかが分からない。

ひょっとして為さなくても成るのではないか、などと思ったりしている。

 

去年暮、12月23日にイタリアで「グーグル税」が成立した。

どういう税かというと、
グーグルなどのインターネット広告業がイタリア国内で広告を出す際には、国内企業による仲介を義務化するという方法だ。
こうすると広告料収入はいったん仲介企業を通過することになる。
仲介企業は本来なら手数料を得るだけなので、広告料収入全体に課税されれば大損でやっていけない。
どうするか、
当然、税金分をグーグル本体に付け回しすることになる。

イタリア税務当局としては米国のグーグルにも、アイルランドのグーグルにも指一本触れていないわけだから、アメリカやその他の国からとやかく言われる筋合いはない、ということだ。

まぁしかし、成立はしたものの実際にやれるかどうかは、そう簡単ではないだろう。なにせEUから大量の金融支援を受けている身、EUから「おかしいんじゃない」と言われて押し通せるかどうかだ。

案の定、欧州委員会は「域内市場での差別的取扱いを禁じたEU法に抵触する可能性がある」として「深い疑念」を示したそうだ。

多国籍企業も、「イタリア市場からの撤退」も示唆するなど脅しをかけている。

金融取引税はかなり進行しているが、租税回避に対する対策は遅れている。しかし技術的には、金融取引税よりこちらのほうがはるかに単純で容易だ。額もあまり大したものではないから、抵抗もさほど強くはない

経過次第によっては、あっという間に世界中に広がる可能性もある。


文化面に永原陽子さん(京大教授)の記事が掲載されている。
マンデラが共産党員だったという話だが、これはまったく驚かない。やはりそうだったかという感じ。

それよりも気になったのが下記の記述。

平和的な体制移行のために不可欠であった「和解」の路線は、新自由主義的なグローバル化の中で、貧困層の利益を守る経済政策と両立困難である。

いまやこの国でも黒人の中産階級が出現しているが、最貧層は相変わらず黒人たちである。

労働運動からは、資本家に甘く汚職の絶えないANCへの不満と、そのANCを変えられずにいる共産党へのいらだちの声も強まっている。

喪明けの日には、COSATU傘下の最大の労組である金属労働者組合が、次の選挙でのANC不支持を表明した。


考えてみれば、かつてのジンバブエのムガペと同じ状況だ。厳しいですね。
カンボジアのフン・センくらいノーテンキになれればいいのだろうけど。

筆者の今宮さんは元々国際金融の研究者であり、当然金融面から経済を読もうとする傾向がある。

しかし、資本主義の到達段階から見て、現在の状況はどうなのかという視点、10年単位の景気循環から見てどういう局面にあるのかという評価、世界全体としてはますます生産力が増大し、社会・経済が発展しつつあるという大局観が必要だろうと思う。

したがって、「これだけ発達した生産力を受け止めることのできる受け皿が、今まさに求められている」と思う。これが情勢の基本だ。

そういう観点から現下の国際経済情勢を読み取るべきだろう。

資本主義の到達段階としてみれば、グローバル化の真っ最中であり、しかも歪んだ形での発展であり、しかも歪みがますますひどくなるという逆流現象を伴った一過程なのだろうと思う。

景気循環としてみれば、十年単位での調整期に入っているのだろうと思う。それは過剰生産と過小消費という二つの面から規定されており、その調整はさまざまな経済指標の乱高下として行われている。しかし真の調整のためには、政治的な介入と非市場的な協調がもとめられるはずだ。それは多国籍企業(グローバル・エンタープライズ)に対する人民の闘いとして調整されていくと思う。

より大局的に生産力の発展段階として読めば、世界のGDP総計は間違いなく増加している。リーマン・ショックは一時的例外であり、むしろ増加の速度は早まっている。これに応じて総所得も増えている。全体としてグローバリゼーションは人類の生産力向上にポジティブに働いている。これらの事実は十数年前にミレニアム談議の時に立証されている。

ますます巨大化しつつある生産力を受け止め、それを人々の生活向上につなげるシステムづくりがいよいよ差し迫った課題となっているということだ。おそらくそれは労働改革、労働のあり方を根本的に変更する改革をおいて他にないだろう。

このことによって人々の要求をさらに豊かにし、持続・発展の可能な「需要」を作り出すことが、生産の発展のためには必要なのである。それは物質的な生産にはとどまらない。なぜなら資本主義がすべてのモノや行為や事象に値段付けし、「価値」(の可能性)を与えたからである。

2日間連続で、今宮謙二さんの「2014年 経済の潮流」が掲載された。

1日目はヨーロッパと米国の経済について分析している。

ヨーロッパ経済は

底打ちかどうかは不透明、さらに一段の落ち込みもある。回復は先の話で、当分停滞が続く。

一言で言えば「偽りの夜明け」である。

とした上で、その理由として

1.国民生活の低下

2.失業率の高止まり

をあげている。

アメリカ経済は

ゆるやかな景気回復をたどりつつある。

ということで、ヨーロッパよりはいいようだ。

ただし高株価はバブル景気であり、実体を反映したものではない

としている。

そのうえで、アメリカ経済の問題点として、

1.個人消費は伸びているが、個人所得はむしろ減少しているという矛盾

2.住宅市場が限界に近づきつつある。住宅市場は個人消費を支えている一面で、投機バブルの反映という側面を持ち、急激な収縮を起こす危険をかかえている。

3.自動車以外の製造業で設備の過剰が解消されていない。

新興国経済は

格差問題など調整期を迎えていて、急激な回復は期待できない。


ここまでが1日目

次いで2日目は金融問題に絞って論じている。

文章はまず、リーマン・ショック後の5年間を振り返る。

結論は、5年間の過程が、リーマンショック前の経済システム(投機資本主義)の再現だったということだ。

したがって、リーマンショックを繰り返すリスクはそのまま再生されたということだ。

そしてさらに3つの歪みが付け加えられたという。

その3つとは

1.投機マネーが拡大したことで、株価などのバブルリスクが増大。

2.中央銀行(通貨発行機関)の変質

3.金融界のモラル低下と犯罪取引の拡大

としている。

(ただし、それ以上の説明はない。また下記の記述との整合性もない)


次に、もう少しショートレンジの具体的問題として3つを上げる。

1.大規模な金融緩和(QEⅠ~Ⅲ)による影響

中銀にとっては

①中銀の変質: 「最後の貸し手」から「金融資産の守護者」へ

②資産内容の劣化→中銀への信頼の低下(ソブリン危機のこと?)

の中で、「出口戦略」が困難さを増す

金融秩序にとっては、

投機マネーがさらに拡大し、

株価・国債・為替の3つの分野で不安定さが増す


2.投機マネーへの規制の具体化

金融取引税とボルカー・ルール

(ボルカー・ルールも取り上げるなら、BIS規制についても触れておくべきだろう)


3.銀行不安激化への対策

ヨーロッパにおける「銀行同盟」構想(ただし本格的な実現は困難だろうとのコメント)

ちょっと三本柱というには、展開不足

元旦号に「2014年 私が選んだ3つのポイント」という記事があった。
興味深いのは三人の回答が見事にバラけていたことだ。

まず紹介しておこう

山家悠紀夫さん
①安倍暴走に歯止めがかけられるか
②春闘での賃上げ
③金融市場の先行き

奥村宏さん
①米国支配の終焉とリーダーなき世界
②「第三の矢」不発
③東電のゆくえ

萩原博子さん
①消費税増税で景気がどうなるか
②給料が上がるか
③日中関係のゆくえ

2人はアベノミクスをあげているが、視点が違う。
賃上げについても2人が上げているが、正直言って上がるわけがない。
それは第三の矢が「逆噴射」だからだ。
そういう意味では、奥村さんの指摘が一番的を得ている。

私は、賃金一般ではなく最賃の引き上げこそが最重要と考えている。少なくとも消費税引き上げ分を上回るアップが必要だ。これは全国区の闘争であるとともに、自治体レベルの闘争課題でもある。国民すべてを組合員とする労働運動でもある。困難な課題だが、処分される危険はない。

あとは一票づつの話題だ。
山家さんが金融市場の先行きをあげている。先行きは暗いに決まっている。問題はいつ、どのくらいまで市場が収縮するかだけだ。
奥村さんは米国支配の終焉をあげている。これは単純ではないと思う。「ドル支配の終焉」はそう簡単にはこないだろう。
日本はもとより中国も、ドル体制からの脱却は、そう簡単に持ち出すことはないだろう。
東電のゆくえはたしかに面白い。東電というより、日本のエネルギー政策のゆくえだ。LNG依存で貿易赤字を垂れ流していくことが、将来にわたって可能なわけはない。原発未練をいつ断ち切るか、今でしょう、ということ。

萩原さんの日中関係のゆくえも、着眼点としては面白いが、もっと大きく考えるべきだろう。「いかにうまくやっていくか」ではない。

鳩山さんが首相就任時に言った「日米からアジアへの軸足の移動」を実現することがだいじだと思う。

ということで、私風にまとめると、

①アベノミクス失速が何をもたらすか
②エネルギー問題での決断
③アジアへの軸足移動

が2014年度に差し迫った課題となっていること、

状況を切り開くのは、国民の大多数を占める「下層労働者」(おおまかに言って年収400万/月収30万を割り込む勤労者)の闘い以外にないこと。

くらいかな。

中国共産党の三中全会で創設が決まった二つの「小組」が発足したようだ。

一つは「全面改革進化指導小組」で、もう一つが「国家安全委員会」、いずれも習近平がトップに就任するという。

「小組」といえば文化大革命、「党中党」だ。とくに国家安全委員会は関係する部署がたくさんありそうだ。

薄煕来事件は胡錦濤体制のもとで起きた事件だ。周永康の事件は現在進行形である。

前にも書いたように、周永康は公安部のボスであり、石油公社にも強い影響力を持っている。もちろん周永康の背後にも別の大物が控えている可能性があるが、そこまでは分からない。

総書記の最大の力の源は軍であり、軍事委員会にある。国家安全保障に関しては軍に任せればよい。あえてこれとは別に「国家安全委員会」を作る理由は何だろうか。

むしろ、軍の独走を押さえるためではないだろうか、と思う。

「戦争が外交の延長」であるなら、外交と軍は国家安全のための「車の両輪」でなければならない。

もしそういう方向で「国家安全委員会」を構想しているとするならば、習近平は大統領制に近いシステムを想定しているのかもしれない。

ただそれが政府部内ではなく、共産党の内部に形成されることについては違和感を感じざるをえないところであるが。

「全面改革」の方は、なにやらさっぱり分からない。これまで内政について、江沢民は朱鎔基に、胡錦濤は温家宝に任せてきた。習近平はこの二人三脚体制を変えようとしているのかもしれない。

いずれにしても、習近平には自前のキャビネットを作る必要が迫られている。中央政治局常務委員の多くが1期限りのお目付け役で、2期目までに安定した統治体制を作らなければならないからだ。

そしてそれには、党に対抗する軍の一部の独走を押さえる保障がもとめられているからだ。


不勉強で、「ツワネ原則」という言葉を初めて聞いた。

ウィキペディアにはすでにアップされていいる。

①正式名称は 国家安全保障と情報への権利に関する国際原則

英語では Global Principles On National Security And The Right To Information

南アフリカの都市・ツワネで採択されたことから「ツワネ原則」と呼ばれる。全体で50項目の原則を並べたもの。

文書によっては南アの首都ツワネと書いてある。南アの首都はプレトリアだ。ツワネはその郊外の文教地区だ。

②どんな提案? 「安全保障のための秘密保護」と「知る権利の確保」という二つの課題は、対立する側面がある。その両立を図るための提案。

③誰の提案? UN、OAS、USCEなどのスタッフが合議の上で作成したということ。


2013年の6月に出来上がったばかりのようだ。

どのくらいの権威や拘束力があるのかは分からない。ただ米国、英国、ドイツ、フランスなどの秘密保護法のいずれも、この「ツワネ原則」に即しているという。

また毎日新聞社説(11月25日)によると、「人権問題などを協議する欧州評議会の議員会議が、この原則を支持する決議を採択した」そうだが、逆に言えばそのレベルのようだ。

読むことを拒否するような法文が並んでいるが、概要は次の通り

  • 機密性に関する政府の証明責任: 誰もが公的機関の情報にアクセスする権利を有し、その権利を制限する正当性を証明するのは政府の責務である。
  • 情報制限の許容範囲: 政府は、防衛・外交・諜報に於いて、限られた範囲で合法的に情報を制限することができる。
  • アクセス権の聖域: 国際人権・人道法に反する情報は秘密にしてはならない。
  • 期限の設定: 秘密指定の期限や公開請求手続きを定める。
  • 独立監視機関の設置: すべての情報にアクセスできる独立監視機関を置く。
  • 内部告発者の保護: 情報開示による公益が秘密保持による公益を上回る場合には内部告発者は保護される。
  • 守秘義務は公務員のみ: メディアなど非公務員は処罰の対象外とする。

ということで、中身は良いのだが、繰り返すが「葵の御紋のご印籠」とはならないと思える。

ところで「日本はスパイ天国」という根拠は一体何なのだろうか。

 

赤旗の選んだ10大ニュース。
順序はついていない
紙面の大きい順だと
*スノーデンの盗聴暴露
*マンデラの死
*ユーロ圏、緊縮の見直しへ
*中南米共同体(CELAC)の発足
の4本がメーン。
続いて
*フィリピンの台風30号
*ASEANと中国が「行動規範」に向け協議開始
*張成沢の処刑
*イラン経済制裁の一部解除
*シリアへの軍事介入回避と化学兵器廃棄
*モルシ大統領の解任

ウームというところもある。
今後の世界への影響ということで言えば、もう少し取り上げるべきニュースもあったような気がする。

たとえば、日本の極右政権の成立は、国際的に見ても相当重大だ。

無人機がやたらと使われて、戦争のあり方が変わった節目の年としても記憶されるべきだろう。

これと対抗するかのように、各地でアルカーイダの妄動が再び強まっている。むやみに強行策で臨むのも考えものだが、「異なる文明の共存」論でお茶を濁すことなく、間違ったものは間違っていると意見を上げるべきだ。

多国籍企業の租税回避が相次いで明るみに出た。いま考えれば、珈琲屋の脱税などかわいいものだ。今のところ、これといった対策は出されていない。逆に法人税の切り下げ競争が激化する有り様だ。
しかし10年前にトービン税が提案された時にはまったく夢物語と考えていたのが、いまではあと一歩の所まで来ている。

これらの動きは、1年間の十大ニュースには乗りにくいが、世界史を塗り替えるようなものだと思う。


書評欄に「第九誕生―1824年のヨーロッパ」という本の紹介があった。
別に食指を動かしたくなるほどの本ではないが、1824年という年に注目すると、決して希望に満ち溢れた年ではなかったことが分かる。むしろフランス革命・ナポレオン政権という疾風怒濤の時代が終わりを告げ、メッテルニヒ反動の日々に移行していた。
その反動の中心地であるウィーンで作曲活動をしていたベートーヴェンにとって格別面白い日であったはずはない。
だから「歓喜の歌」というのは、その底に鬱屈をはらんだものであった。
「友よ、このような歌ではない」との叫びに「歓喜の歌」の時代的本質があったとも言える。

作者ハーヴェイ・サックスは、この第九が作られた前後にヘーゲルが「精神現象学」を書いていることにも注目している。そしてそれを「第九」の哲学版、ゲーテの「ファウスト」を文学版と比定している。

苦悩を通して歓喜へ、という流れは自己意識の流れと一致しているというのだ。作者はそれを「一人称の導入と主張」と呼んでいる。

反逆は罪ではなく自己の、「自己」達の発展なのだ。だからそれは、誰にも押さえつけることのできない摂理なのだ。

そういうつもりで、もう一回行くか。


安倍政権は1/8政権である。国民の半分しか投票せず、その半分を小選挙区制のマジックで手に入れたに過ぎない。
しかも自民党の中でも半分にすぎない右翼勢力が実権を握っている。残りのまともな保守勢力は遠ざけられている。あれほど我が物顔に政治をしきってきた経団連も、いまは音無しの構えである。
このような状況が生じた最大の原因は、国民の政治アパシーにある。棄権した有権者の半分が投票していれば、まったく逆の結果が出る可能性がある。それが小選挙区制だ。
これはもちろん、小選挙区制の弊害をあらわす数字だが、現代日本の状況のもとでは、世の中を大きく動かす可能性としても受け止めて置かなければならない。小選挙区制は諸刃の刃なのだ。

つまり、棄権した人々、とくに意識的な人々の1/2が、政治のキャスティングボートを握っていることになる。

こういう状況をつくりだしたのは、安倍政権の暴走の賜物といえる。

全国レベルで堺市長選挙型の選挙戦が登場する可能性がある。「日本は一つ」というスローガンが民衆のものとなる可能性がある。

それには国民の1割程度の無党派市民層を投票行動に立ち上がらせるだけで十分である。

そして彼らは、いまさらながら、政治の威力というものを思い知ったはずである。「どうせ何も変わらないんだ」という消極的ニヒリズムは、完膚なきまでに打ち壊されたのだから。


ホームページの方に下記を転載しました。

中国における「中核的利益」突出の時系列  「中国外交史ノート」の続編みたいなものです

エジプト 2013年  「7月4日事件」の8月末での整理です。「クーデター」には違いありませんが…

脱原発年表 2011~13年  メルトダウン2周年を機に作成したもの。そろそろ増補を

堺県の歴史 年表 かつて存在した堺県の13年にわたる経過です。

奄美共産党と復帰運動年表 復帰60週年を記念して作成しました。

ナチス・ドイツ「経済奇跡」年表  ナチスのとった経済政策はアベノミクスとは違います。

ルワンダ史 大虐殺を乗り越えて  大虐殺を挟んだルワンダの歴史。

マラウィ 年表 おそらく、ほとんど何の役に立たない年表ですが…

GHQの戦後改革(45,46年) タイムテーブル  GHQからの目線で整理してみました。

南シナ海と南沙諸島をめぐる紛争年表  ブログに分割掲載していたものを増補・一本化しました。

エジプト民主化年表 13年7月の大統領追放を機に作成しました。

パレスチナ 苦難の歴史 パレスチナの学習会があり、それに向けて準備したものです。

注意! リンクはサイト内のリンクなので、直ではいけません。ご面倒ながら、グーグルの検索窓に題名をコピペしてください。あるいはホームページ(http://www10.plala.or.jp/shosuzki/)に移動してください。

ブログというのは系統的にファイルを探すのには不便なツールです。

何かの時に資料として使うためには、やはりホームページに収納してあったほうが使い勝手がよろしいようです。

この作業に2日かかりました。


明けましておめでとうございます。
以前は、「正月は冥土の旅の一里塚」と思い、あまりいい気持ちはしなかったのですが、最近は「この年まで生かしてくれてありがとう」と素直に正月を喜べるようになりました。
現在は北海道AALAブックレットの第3,4弾をどれにしようかと考えています。
ひとつは佐藤清淨さんの「チリ・クーデター脱出記」でほぼ決まりですが、もう一つがなかなか決まりません。
至上命題は「少なくとも300部売れること」です。しかし知ってほしい記事はたくさんあります。今の運動に結びついて役に立つこともだいじです。それに、ブックレットなりのオリジナリティーが要求されます。
脳の生産性の低下は歴然としています。すぐ疲れます。長い文章になると、途中で何を書いているのかわからなくなります。明日にしようといって中断すると、翌日にはきれいサッパリ忘れています。

公平と公正がモットーです。博愛とか義侠心に関してはあまり自信がありません。馬力があるわけではありませんから、公平と公正のために闘う人々と、ともにありたいというのが今の希望です。


中国批判を遠慮する必要はない。

過ぐる大戦において、日本は中国に大変申し訳無いことをした。(実際には義和団の乱とか日露戦争まで踏み込まなければならないが)

しかし、文化大革命の時には日本共産党はいわれのない攻撃を受けて、砂間一郎さんや紺野純一さんが紅衛兵の暴行を受けて大怪我を負った。

やった方は覚えていなくても、やられた方はしっかり覚えている。

その後の干渉に対してもキッチリと反撃した。毛沢東思想を大本から批判し、その立場を貫いたのは共産党だけだった。他の政党は中国に行けば毛沢東を礼賛し、日本に帰ってくれば非難するという鵺みたいなことばかりしていた。

だから関係が修復したとしても言うべきことは言う。正しければ支持するが、正しくなければ批判する。

正しくないことの最たるものが南シナ海での行動だ。

たしかに中華人民共和国は建国の当初から南シナ海の島々に対する領有権を主張していた。だからといって他国に認められていたわけでもないし、それを押し切って占有する姿勢を示したこともない。

ところが1970年に当時の南ベトナム政権が海底油田を発見してから俄然態度が変わってくる。

最初はベトナムに対して西沙諸島の領有権を主張することから始まった。それは79年の中越戦争の海上版として展開された。

82年に国連で海洋法条約が締結され、沿岸国に大幅な海洋資源の権利が認められると、一気に中国の武力進出は強まった。

88年には、スプラトリー諸島のジョンソン礁(赤瓜礁)でベトナム軍と衝突。ベトナム兵士100人を機銃掃射で撃ち殺した。

そして92年には一方的に領海法を制定し、軍に「領海侵犯者を実力で退去させる権限」を与えたのである。

当時、この領海法はさほど注目されなかった。ベトナム以外の国には、「宣言」にとどまるものと見られたからである。しかし、95年にフィリピンが領有権を主張するミスチーフ礁(美済礁)を占領すると、領海法がたんなる宣言ではなかったことが明らかになる。

東南アジア諸国は、この中国の行動を南シナ海の利権をめぐる「先陣争い」の表現と見た。ベトナム、フィリピンにマレーシアも加わって、岩礁の奪い合いが始まった。

しかし中国はそんなに甘くはなかった。中国の目指したのは「分取り」ではなく「総取り」だった。しかもそのために武力の行使も辞さないことを明らかにした。

01年に中国は「南沙諸島の主権が中国にあるのは疑いようのない事実だ。南沙諸島でのいかなる活動も、中国領土への侵犯行為であり違法である」との声明を発した。

これは東南アジア諸国に共通の脅威をもたらした。ASEANはこれまでの「占拠」を容認した上で、これ以上の奪取戦はやめること、他国への威嚇行為をやめること、共通の「行動基準」を定めることを求めた。

こうして02年に「南シナ海行動宣言」が合意されたのである。これは中国も受け入れざるを得なかった。当時のASEAN諸国との力関係がひとまずの合意をもたらしたのである。

この後の数年間は、中国とASEAN諸国の蜜月時代だった。中国はかなり自制した。ベトナムやフィリピンがメジャーと組んで石油開発に乗り出した時も、非難の応酬はあったにせよ、それが実力行使や武力衝突に結びつくことはなかった。

2005年には、平和と共同への展望が一気に膨らんだ。フィリピン・中国にベトナムを加えた3か国の国営石油会社が、南沙諸島海域での油田探査を共同で行うことで合意した。それを中国が地固めした。

胡錦濤がフィリピンと、温家宝がベトナムと交渉した上でトップレベルの合意が成立した。さらに海賊・密輸などの問題にも共同で対処することが決まった。こうして「南シナ海行動宣言」はその体裁を整えつつあった。

中国は、主権はしっかりと主張した上で、行動宣言を順守し、共同開発に進む方向に着実に歩んでいた。アジアに軸足を起き、多国間外交で懸案を解決しようと図った。それは中国外交の黄金時代だった。

だが、相互の利権が絡むだけに3国のジョイント・ベンチャーは容易には進まなかった。やがて業を煮やした各国が「抜け駆け」を始めた。

フィリピンはサンパギタの天然ガス田の開発に着手した。これに対応して中国は南沙諸島周辺13万平方キロの海域に20の鉱区を設定した。「ペトロ・チャイナ」社の突き上げによるものであろう。

2007年、平和は破られた。ベトナムがBP社と組んで南沙諸島での天然ガス開発を行うと発表したとき、中国は牙をむき出しにした。

「この開発計画は国家主権の侵害である」との声明に恐れをなしたBPは撤退を表明したが、中国の攻撃はそれにとどまらず、ついに武力行使の再開にまで至る。

200年7月、中国の艦船がベトナムの漁船に銃撃を加えた。これにより乗組員五人が負傷した。ついで11月には中国が「三沙市」を設立した。三沙というのは西沙・中沙・南沙諸島のことである。つまり中国は南シナ海の殆どを自国の行政範囲に収めたことになる。

ただ、ここまでは中国の対外政策の振幅の範囲内で理解できないこともない。彼らなりの「原則」はそのままに、対外状況に応じてオプションの一つを繰り出したとも言える。

2009年に入ると、中国の政策はこれまでの枠内では判断できなくなる。なにか突如として黒雲が巻き起こった感がある。2002年の「南シナ海行動宣言」以前の状況に戻り、しかも一層凶暴さを増した。

2009年以降の南シナ海の危機は、もっぱら中国自身が生み出したものと見ることが出来るだろう。そしてそれは軍の突出と、石油資源への執着として特徴付けられている。

その背景として一番わかり易いのは羅援少将の発言だろう。

南シナ海では他国によってすでに数百のガス田が開発されているが、中国は一つも持っていない。中国は主権を明確にし何らかの行動に移すべきだ。すみやかに境界線を確定しなければならない。(2011年3月 朝日新聞)

言いたいのはこういうことだろう。軍は政治には口を出さない。しかし石油の確保についてだけは黙視する訳にはいかない。ASEANと仲良くするのもいいが、石油資源をむざむざ譲り渡すことは許せない。

少なくともこの問題については党中央や外交部といえども手出しできない状況が生まれた可能性がある。

このころ軍部の発言が目立つが、彼らは明確に「ASEANを相手にせず」という立場だ。半ば「関東軍化」している。盛んにアドバルーンを上げてはアメリカの出方を伺っている。

外交面での最大の変化は多国間主義の否定であろう。多国間主義の否定はつまるところASEANの否定につながる。

2011年から12年にかけては、中国自身が動揺を繰り返した。ASEANの盟主インドネシアが「行動宣言」10週年を迎え、「南シナ海が分断ではなく団結の海となるよう、年内に区切りを付けるべきだ」と促したのに対し、中国はあからさまな敵意で答えた。

ベトナムの石油探査船が中国船により妨害され、調査用ケーブルが切断されたのである。さらにその1周後には中国監視船3隻が操業中のベトナム漁船4隻に接近し、海面に向け自動小銃を発砲するという事件が起きた。

ベトナムの抗議に、中国は「探査船が中国領海に侵入したための正常な監視活動」と一蹴した。

この時、二つの動きが見られた。ひとつはフィリピンが外相をワシントンに送り、「米国の関与に関して保証を得た」ことである。10月には南シナ海で米比両国海兵隊による共同演習が実施された。

もう一つはベトナムとアメリカとの次官級の会談が持たれたことである。

ASEAN全体としては憂慮の念は表したが、動かなかった。7月のASEAN外相会議ではカンボジアの「大活躍」で反中国の決議は食い止めた。

中国は明らかにやり過ぎた。

ベトナムについては外務部の戴乗国が乗り出し、なんとか最悪の事態は防いだ。しかしフィリピンとの間は冷え込んだままである。

おそらくこの矛盾は国内に反映しているであろう。尖閣における中国側の行動は、南シナ海での反発をそらすためのものだろうと思われる。

行動形態は似ているが、目的と目標は別のものと考えたほうが良いと思う。

今後の問題であるが、おそらくジョイント・ベンチャーの話に戻っていくだろうと思う。

中国側としては、実利を取る方向に動くのではないだろうか。領土権の問題は切り離して、石油メジャーがそれぞれの国と交渉するような態度で望むべきだ。

交渉の内容としては中国が圧倒的に有利である。なぜなら採掘された石油を買い、消費するのは中国だからだ。中国としては中東やアフリカから石油を買うより安く、安定的に供給されればそれで満足なはずだ。

出資能力を持つのも圧倒的に中国だ。だから黙っていれば石油の支配権は中国に転がり込む仕掛けだ。ただしメジャーの導入については規制することを、関係国に納得させなければならない。

南シナ海を石油メジャーの海にしてはならないのだ。そのためにも南シナ海を中国海軍の海にしようというような考えは即刻捨て去るべきだろう。

資源外交というのは、産出国にとっては主権のかかる外交だけに、粘り強く、共存共栄と相互信頼に基づいて行われるべきだ。

端的に言えば、たとえ資源がらみであっても外交は外交屋に任せるべきである。石油屋が軍隊を炊きつけて軍事挑発するようなことは、必ず後の世の非難を浴びることになるだろう。

南シナ海と南沙諸島をめぐる紛争年表  を、ホームページに転載しました。
ブログに分割掲載していたものを増補・一本化しました。

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