鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

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2013年09月

戦慄! 政党支持率 共産2位 (日本経済新聞  9月29日)

世論調査の政党支持率で、共産党が前月に比べて2ポイント増の6%と自民党の55%に次いで2位に浮上した。2001年2月以来の高支持率だ。民主 党は同2ポイント減の5%で、1997年9月と並ぶ結党以来最低を記録。日本維新の会も同1ポイント減の3%に落ち込み、両党の低迷が共産党を浮かび上が らせた格好だ。


 自民党と連立を組む公明党は同1ポイント低い3%。渡辺喜美代表が江田憲司氏を幹事長から更迭するなど党内対立が目立つみんなの党が3ポイント減の2%と落ち込み、生活の党と社民党はそれぞれ1%だった。支持政党がない無党派は3ポイント増え19%になった。

阿修羅 から転載

これは凄い数字なのである。共産党が39議席を確保していた時代でさえ、支持率は4.2%にすぎない。(NHKの調査「現代日本人の意識構造」による)

ただ、あの頃の共産党は足腰が強かったから、選挙の時は世論調査の2~3倍の得票率を叩きだした。

http://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/d/e/debe0f71.jpg

実はこの傾向は参院選前から出ている。

「わっしょい!ネット選挙」共同企画の「政治意識に関するアンケート調査」
http://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/3/e/3e9fcbab.jpg

今回の日経世論調査は、ネット世代から始まって共産党への支持が広がっていることを示唆している。

これから一斉に反共攻撃が始まるだろう。これはある意味で日経新聞の共産党に対する宣戦布告と読むべきかもしれない。

堺市長選の確定得票

当 198431 竹山 修身 63 無現 (2)

140569 西林 克敏 43 維新

で、決して楽勝ではなかった。終盤での「オール堺」の必死の運動がなければ負けていた可能性もある。

自民党府連が前面に立って闘ったにもかかわらず、業界筋は維新に肩入れいたことがうかがえる。

維新の支持層のうち、業界の隠れ維新、創価学会、無党派の橋下フアンがどの程度の割合を構成していただろうか。ねぐらを構えるだけの「埼玉都民」的な層がどのような投票行動を示したのだろうか。いずれ出てくる分析を待ちたい。

読売Online

堺市長選の出口調査によると、大阪都構想への堺市の参加に反対する人は56%と、賛成の38%を大きく上回った。投票率は50・69%(前回43・93%)と大幅に上回った。
反対する人の9割強が、再選を果たした竹山修身氏に投票しており、都構想への堺市民の拒否感の強さが竹山氏を押し上げたことがわかる。

朝日新聞デジタル

投票1週間前の世論調査。

大阪都構想について賛成は19%、反対の44%、「その他・答えない」は37%だった。

出口調査との比較で注目されるのは、賛成が世論調査で19%にとどまっていたのに、出口調査では38%と2倍に跳ね上がっていることである。

隠れ維新が凄まじい動員をかけたことがうかがわれる。これが投票率を押し上げた原因であろう。

(これに対しては異論もある。投票率が上がったから、隠れ維新の大動員を乗り越えて勝利できたのだという説だ。これについては詳細な分析を待ちたい)


石破茂自民党幹事長の談話


自公連立
捨てて、それでは維新と組みましょうということは全く想定していない。憲法の問題では公明党との理解をうるべく最大限の努力をするし、公明党がだめなら維新というようなことは、少なくとも私自身は全く考えていない。

裏読みをすれば、自公から自維へという路線転換を考えていたが、その構想は破綻したということだ。自民党の中央が維新候補の勝利にひそかに期待し、隠れ維新を動員していたとも考えられる。

赤旗

市田書記局長の談話で、市長選の意義は

1.堺市民の勝利

2.大阪都構想の破綻

3.「維新」への審判

ということだ。

堺市ホームページ

市議会補欠選挙中区


1 タマナハ 国子 日本共産党   7,002    
  2 青谷 ゆきひろ 大阪維新の会   18,101    
3 西川 良平 自由民主党   18,753   

市議会補欠選挙西区


1 ふだば 泰司 大阪維新の会   19,887    
2 平田 ひろし 自由民主党   20,340    
  3 森田 こういち 日本共産党   11,824 

市議会補欠選挙南区


1 しぎ 良太 自由民主党   17,280    
  2 堀内 まさお 日本共産党   11,777    
3 まとば 慎一 大阪維新の会   28,738    
  4 中村 勝 無所属   5,466 

各党の基礎票が分かる。共産党の支持がなければ市長選勝利は不可能であったことが読み取れる。

候補者名 堺区 中区 東区 西区 南区 北区 美原区 合計
竹山 おさみ 37,454     26,657     22,276     32,388     31,678     39,103     8,875     198,431    
西林 克敏 21,764     18,614     14,988     21,097     33,557     24,190     6,359     140,569   

最大の区である南区では維新が勝利した。補選では自民党と共産党が束になってもかなわないほどの圧倒的勝利である。

南区の中心は泉北ニュータウンを中心とした計画的市街地である。

http://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/9/5/95e5e2cb.jpg

地下鉄御堂筋線の終点の中百舌鳥から泉北高速に乗って直接泉ヶ丘に到達するため、堺市というより大阪のビジネス街に直結するベッドタウンとしての色彩が濃い。気持ちとしては大阪市民であろう。


つまり、南区での大量得票の背景は、「大阪市部・大阪府全体では依然として橋下が圧倒的な人気を維持している」ということの反映である。
大阪の橋下人気は、全国の人間が考えるほど凋落しているわけではない。西川きよしを国会に送り、横山ノックを二期連続知事に押し出した大阪人のおチャラカぶりは未だ衰えていない。

南区の投票動向を見ると、「堺市長選挙というのは橋下・維新に外堀を埋められた中での大変厳しい戦いであった」ということが改めて分かる。

橋下の最終演説は泉北ニュータウンであった。「南区の皆さんは立派だが、堺区や北区ではデマがまかり通っている」と切り出し、最後には「ゴルァァ!共産党!出てこい!」、「自民共産、辻元、俺の前に出て来い!」と絶叫した。


落穂ひろい

2ちゃんに面白いのがあった。

■橋下が答えに窮した時に言うセリフ

+僕の政治家としての感覚だ
+嫌なら選挙で落とせばいい ←注目!
+対案を示せ
+今のままでいいんですか
+やったことがない人は黙ってくれ
+一度僕にやらせてくれればいい
+それじゃあ共産党と一緒だ
+僕は民意に支えられている
+そこは役人が制度設計する

■堺市長選支持
竹山:毎日放送
西林:読売テレビ
関西テレビ・朝日放送はどこの支持だろ?

さらっとネトウヨ系の発言見たが、「共産党にやられた」というのが少ない。ちょっとなめられている。


教育テレビで、5回シリーズで「古事記」をやった。残念ながら4,5回めしか見ていない。
不思議に思ったのは、依然として倭イコール大和王朝で、弥生人イコール天孫族で、などなどという見解が未だにまかり通っていることだ。

私は、以下のことは常識としてよいのではないかと思う。

1.縄文人は樺太からやってきて、東日本中心に生息した。
2.弥生人は紀元前10世紀ころから朝鮮半島南部を経由して日本に渡り始め、西日本各地に広がった。彼らは長江文明の系統を引き継ぎ、稲作文明をもたらした。
3.中国で北方系の秦・漢が成立して朝鮮半島にも進出した。実際に進出したのは扶餘など南満州の人々で、彼らが南朝鮮を支配下に置き、日本にも進出してきた。これが天孫族である。
4.縄文系の人々は黒部川と箱根を結ぶ線の東側に後退した。
5.天孫系は支配者として、弥生系は被支配者として混交した。天孫族は初め九州王朝、後に出雲王朝を起こした。それより東側の弥生人は天孫文化を一部受容する形で銅鐸文明を起こした。
6.出雲王朝は九州王朝に逐われ、大和に拠点を移した。その際、銅鐸文明を徹底的に破壊した。
7.紀元300年ころ神武東征が行われ、九州王朝の編成した神武軍が大和の出雲族を併呑した。神武王朝は天孫族系の先住者である出雲族を尊重し、その伝統を受け入れる形で大和王朝を創設した。
8.6世紀のはじめに、大和王朝は朝鮮半島志向の強い九州王朝を滅ぼし、その文化を徹底的に抹殺した。

と、この辺あたりまでは学会の合意が形成されてもよさそうな気がするのだが。

ユーラシア大陸の西の果てイギリスと東の果て日本には、非常によく似た歴史的経過がある。比較しながら検討するのも面白いと思う。


日々雑感のカテゴリーに入れていいのかどうかわからない。
けっこう重いテーマだ。

ジニ指数がどうとか貧富の格差がどうとか言うが、それは数字の問題だ。マインドとして重要なのは“成り上がれる”可能性の問題だろう。

明治維新以来,日本にはつねに成り上がれる可能性があった。貧乏人の小倅であっても、勉学に励めば、いずれは総理大臣か陸軍大将という道はあった。

キャッチアップできる時代を、松本清張や山崎豊子は裏側から描いた。どん底から這い上がろうとする人間がそのためにどんなアコギなことをしなければならないかを描いた。

いま、そういう世界はありえない。せいぜい「やられたらやり返す、倍返しだ!」の世界である。

もはやキャッチアップはありえない。いま落ちるか、明日落ちるかの世界しかない。世の中のあらゆるものが、エスタブリッシュメントとして突き出される。選択肢は「契約で頑張りますか、臨時でもいいですか」という選択でしかない。

一方でトップは世襲制が花盛りだ。成城出のボンクラや漫画しか読まないドラ息子が、さも勇ましそうなふりをして世の中を仕切っている。
世の中に楯突く人間は金、女のスキャンダルでやられる。

社会が脆弱化している。ボンクラの二代目と、金勘定しか頭にない番頭が世の中を仕切る時代だ。

こういう時代は、陽に当たった安物の化繊の生地がピリピリと裂けるように、あっという間に割れる。そこから音を立てて崩れていく。

消費税引き上げ阻止集会での市田書記局長の挨拶から

安倍政権は消費税を上げると景気が悪くなると恐れている。
だからその代わりに、5兆円規模の「景気対策」を実施するといいます。
消費税を増税すると景気が落ち込む。だから、景気を支えるために消費税を充てる、これほど馬鹿げた話はありません。


いつもながら、市田さんの名演説だ。

 東北アジアの新たな枠組み

ベトナム共産党、ベトナム議会、そしてインドネシアのASEAN対しとの会談を重ねてきた。

だんだん志位訪問団の狙いが見えてきた。

それは東北アジアの新たな枠組み概念の模索だ。

それは、これまで掲げてきた「6カ国協議」という多国間枠組みの放棄とつながっている。

(「放棄」は間違いでした。インドネシアでは「6カ国協議を成功させるための努力を進めつつTACのような取り決めを作るという日本共産党の政策的な展望を説明」している。ただ、ここが唯一の言及であることも確かです)

それは第一に、「6カ国協議」の枠組みを超えた、より包括的な課題を取り扱う枠組みの創設だ。「6カ国協議」は北朝鮮核問題については有効なツールであるにせよ、これを東北アジアの平和と発展の枠組みとすることはできない。

第二に、それは日中韓に北朝鮮を加えた当事4国が主体となり、それに周辺国が加わるという枠組みとなるだろう、ということだ。それはASEANを基軸にTACを成立させた教訓を踏まえている。

それを志位さんは「TAC型」枠組みと称している。

志位さんが念頭に置いているのは尖閣問題だと思う。

だから、ベトナム共産党とは相当突っ込んだ話し合いをした。それが政治局員との会談である。

そこで紛争の平和的解決という道を確認した。それは中越両国・両党間の交渉の道を一方に残しつつ、全体としては多国間主義を貫くということである。あえて言えば、ベトナムの個別利益を優先させないということである。

そして、ASEANと中国との交渉の中で南シナ海行動規範(COC)の実現を目指すことを確認した。

この平和主義の原則と多国間主義の原則は、原理的には、中国外交当局にとっても受け入れ可能なものである。

片や領土・領海問題、片や北朝鮮核問題を念頭に置いて、北東アジアの平和の枠組みを語るとすれば、たしかに「TAC型」あるいはそれに類する枠組みの創設は避けて通れない。

率直に言って、北東アジアはASEANとは比較できないほど複雑だ。そこにはGDP2位と3位の大国がふくまれる。しかも朝鮮も中国も分裂国家であり、冷戦時代の傷をいまも背負い続けている。

そこで志位さんは、インドネシア政府の考えを引用する形で、

1.動的均衡: 大国の関与を否定せず、それを平和共存と共同繁栄につながるパワーとして捉える。

2.包括性(Inclusiveness): 関わりのある全ての国との対話と信頼醸成。

の二点を押し出している。ただ、それほど詰めた検討を行っているわけではなく、志位さんみずから述べているように「ASEANの経験と教訓を学びたい」というのが今回の訪問の目標となっている。

昨日の記事でも書いたが、おそらく中国は志位訪問団の一挙手一投足に注目していると思う。

率直に言って中国外交は行き詰まっている感がある。「二つの大国論」にかなり毒されている。ただ中国の権力構造は多層・多重であり、政策の決定は積み上げ方式によるものだ。

今回、石油政策のトップまで汚職摘発の手が伸びたことは、膨張政策を推進してきた軍産複合体への反撃とも見て取れる。

「TAC型」枠組みへのアプローチを開始するとなれば、当然中国との議論が必要となる。今回の訪問は、それに向けての瀬踏みでもあろう。幕は開いていないが、序曲は始まったのである。

それはある意味で中国自身の期待でもあろう。

オランダの話を勉強しているうちに思った。
人はみな、カネのために狂乱している。あたかもカネが支配者であるかのように欲に眩んだ人々を駆り立てている。
カネのためには人殺しもすれば戦争もする。寝ている病人の布団を引き剥がすようなことも平気でやってのける。カネのためなら心も体も、命さえ売る。
しかしカネは支配者ではない。ただの交換のための道具だ。昔なら同量の金と交換できたが、いまではただの紙切れにすぎない。
「イワシの頭も信心から」というが、世界中のみんなが、キリストを信じようと、アラーの教えを信じようと、とにかくまずもって敬虔な拝金教徒なのだ。
こういうのをマルクスは物神崇拝(フェティシズム)と呼んだ。

今の世界はそうやって成り立っている。

ではカネが支配者ではなく、支配の道具にすぎないとすれば、この世を支配しているものは何なのだろう。

現象的には、はっきりしているのは物質的富である。お金は物の代用として、物と物の交換を仲立ちしている。

世の中には、少なくともカネの量と同等以上の交換可能な物質的富がある。

カネの量と富の量の関係は複雑で、いろいろ錯綜するが、長期的にはバランスがとれている。

しかし、それはカネを通して物と物の交換がぐるぐる回っている間の話であって、最終的にはそれらは消費される。

富はいずれは消えてなくなるのである。

だとすれば富が支配者ということはありえない。富も消費するための道具にすぎない。

考えてみれば、カネも、元々は金であり。生産物である。それがいろいろな約束事で小判になり、硬貨になり、紙幣になったのだから、カネの魂は金であり、それ自体が富である。

しからば富というものは何なのだろうか。それは人間の欲望を満たすためのものである。マルクス風に言えば「使用価値」である。

だから、カネにしても、その実態たる物質的富にしても、その本体は人間の欲望なのだ、といえるのではないだろうか。

人間の欲望が富という形をとって物質化される。そして富の代替物としてのカネという形で世の中を駆動していく、ここに世の中の本体があるのではなかろうか。

つまり世の中を支配し、駆動するのはさまざまな個人のさまざまな欲望の集合体であり、それがカネ、あるいは「交換可能な物質的富」という形をとっているのであろう。

では欲望とは何か。

 「導管国」って?
「導管国」をめぐる問題 その1
「導管国」をめぐる問題 その2
「導管国」をめぐる問題 その3
「導管国」をめぐる問題 その4

第5章 オランダの隙間戦略

オランダの導管戦略の経過

オランダはみずから資本フロー導管国となる道を選択した国である。歴史的に国際貿易・外国投資が重要な役割を占め、最大の産業は金融・流通を中心とするサービス産業である。

「持株会社」を誘致するための税制により、世界市場における隙間戦略を展開し、多国籍企業の租税回避の「導管国」としての評価を確立した。

1970年代に多国籍企業のグループ金融会社の為替規制の自由化を行い、いわゆるmailbox companies を作ることを認めた。

1983 年にはオランダ中央銀行が「特別金融機関」(脱税のためのトンネル会社)の登録を開始した。

カリブ海の旧オランダ領アンティルスを利用した「オランダ領アンティルス・ルート」が盛んに売り込まれた。アンティルス法人のオランダ源泉徴収税はほぼゼロまで軽減された。

もちろんアンティルスはゼロ税率のピュア・タックス・ヘイブンである。(2010 年10 月10 日に解消)

これを利用した租税回避スキームは「ダッチ・サンドイッチ」あるいは「アンティルス・ルート」と呼ばれた。

このルートは欧米からの出口ルートとして広く利用されるようになった。多数の大企業がオランダにヨーロッパ統括会社やグローバル統括会社その他の持株会社を設立するようになった。

第6章 オランダの法人税制の特色

この節は面倒なので省略する。まとめのところだけ。

・利子および使用料については源泉徴収税を課さない

・オランダに籍をおく親会社が外国子会社から受け取るすべての利益は、オランダでは免税となる。

・オランダにおいて短期的に雇用される外国人には免税報酬制度が適用される。

第7章 オランダを導管国とする仕組み

オランダは居住法人に25.5%の税率で全世界所得課税を課している。これでは何の面白みもない。しかし多国籍企業のグループ内部取引にオランダ籍の会社を設立すると、俄然話が変わってくる。

多国籍企業は外国子会社の所得を無税でオランダに持ち込み、これをピュア・タックス・ヘイブンの子会社に無税でチャンネルすることが可能になる。

この「ゼロタックス・スキーム」を可能にするのが、税法体系上の (i)グループ税制、(ii)参加免税、(iii)利子・使用料の非課税、(iv)投資所得に対する源泉徴収税の不適用、(v)租税条約網などの免税・非課税措置群である。

統括会社はペーパー・カンパニーっでなく企業活動の実体を持つことがもとめられる。それなりのテラ銭は払えというわけである。

とはいっても、統括事業の8割は信託事務所が代理している。主たる機能は、オランダの法的主体にこれに「住所」を与え、法的な実体を与え、「経営管理」機能を果たしている。

オランダが導管国となるメリットとデメリット

メリット

(i) 約2万のmailbox companiesにより金融専門家、会計士および法務・税務助言者の専門職が増え、雇用機会の創出に役立つ。

(ii) mailbox companiesからの税収の確保につながる。「利子」の一部がオランダに残る。2001 年統計では12億ユーロが税収として、5 億ユーロが会社の管理費としてオランダに落ちている。

(iii) アムステルダムの「金融センター」としての地位を高める。アムステルダム証券取引所は世界最古の証券取引所である。

(iv) 主たるグループ活動(生産、研究開発および貿易)のオランダへの誘致を刺激する。

デメリット

(i) mailbox companiesの設立を促進することは、多数のダーティ・ビジネスを引き付ける

(ii) 多国籍企業の公害、破産または詐欺に係る訴訟はオランダで行われ、司法コストとなる。

(iii) 利益隠しのシステムは、あらゆる種類の違法活動収益の洗浄を隠す。

第8章 オランダが人気のある理由

第7章で挙げた(i)グループ税制、(ii)参加免税、(iii)利子・使用料の非課税、(iv)投資所得に対する源泉徴収税の不適用、(v)租税条約網などの免税・非課税措置群のうち、参加免税と租税条約網について詳説している。

省略する。

上記の囲み記事
獨協大の右崎先生の談話
日本国憲法は
1.国民主権
2.平和主義
3.人権保障
を基本原理としている。
秘密保護法はそのいずれにも抵触し、憲法違反である。
1.知る権利は国民主権の中核概念
2.そもそも自衛隊は憲法違反
3.プライバシー(13条)、思想の自由(19条)、表現の自由(21条)と衝突
ということで、整理されている。
憶えやすい定義なので重宝しそう。

一昨日は「委員長・書記長会談」をやらないのかと不安だったが、25日の新聞で安心した。

共同声明は出なかったが、それほどの論点はなかったから、それでいいのかもしれない。

一つ注文がある。日本とベトナムの共産党が会談すれば、その背後で中国共産党が聞き耳を立てている。それを承知の会談だ。

尖閣問題も言っちまったんだ。こちらとしてはいいけど、合意の積み上げが進んでいるベトナム側としては答えにくい話だ。
話のやりとりが記者のブリーフィングとして出るだけでも中国側はイラッとするだろう。

韓国の大統領が竹島に上陸しただけで、日韓関係は10年後戻りした。慰安婦問題も、韓国側が意図的に政争化している側面は否めないが、安倍政権も右翼化のバネとして利用していることは間違いない。
日本政府側の前向きな発言がない限り、両国とも動きがとれない。その中で憎悪心のみが高まっていく。


「TACのような多国間の対話の枠組みを北東アジアにも作ることを展望したい」と言いながら、「6カ国交渉」について一言も言及しないのもおかしいと思う。王毅外相のライフワークだ。顔を立ててほしい。

シェーンベルクの弦楽四重奏曲、全4曲がYouTubeで聴ける。
ラ・サール四重奏団の演奏で音質もよい。決定版なのかもしれない。
しかし面白くない。
2番で女声独唱が入っているのには驚いた。そういう奇をてらうところがあるのかもしれない。
それだけだ。
4番がまだマシだが、繰り返し聴こうとは思わない。
結局理論の人ではないか。

口直しにバルトークの3番を聴く。ジュリアードのステレオの方で、おそらくニコニコ動画だろうと思う。LP盤からの起こしのようだがすごい高音質だ。YouTubeでは1949年盤が聴けるが、落ちる。
ジュリアードは60年代が最高のようだ。
ついでに4番も聴いてしまった。やっぱり4番がいいね。
ジュリアードとラ・サールの格の違いもあるのかな。
5番は? 明日にしよう。

「導管国」って?
「導管国」をめぐる問題 その1
「導管国」をめぐる問題 その2
「導管国」をめぐる問題 その3
「導管国」をめぐる問題 その4

第4章 最近の多国籍企業のグローバル実効税率引下げスキーム

大変長い題名だが、要は多国籍企業の“脱税”の最近の手口ということだ。面倒なので「」をつけないで脱税と書くことにする。

1. 脱税への欲望

多国籍企業の本籍地は先進国だ。先進国は一般に税が高い。途上国が企業を誘致するために税金を安くするからだ。

最近、先進国では国外所得免除でなく全世界所得課税原則を採用している。外国税については控除により救済されるが、国外所得に対して自国の高税率を適用される。

したがって多国籍企業は税負担を最小化するために、税法の抜け穴を探し求めることになる。これをタックス・スキームという。(税の裏ワザというべきだろう)

A 高税率の国内源泉所得に該当すべき所得をタックス・ヘイブンに隠す  「領土主義課税原則」の抜け穴

前の章でも述べたように、「領土主義課税原則」においては、税金の安い国に支店でなく子会社を作れば税金はかからない。海外利益を集中するだけではなく、国内利益もさまざまな方法により移転可能である。

「税金の安い国」と言っても税金はかかる。タックス・ヘイヴンならほとんどただである。どうせならそちらにカネを集中したほうが良い。

しかし外国子会社をタックス・ヘイブンに設立する場合、タックス・ヘイブン対策税制が適用される可能性がある。そうすると合算課税が行われ、かえって高く付く。これを避けるためには、タックス・ヘイブン以外の国に子会社Aを設立し、そこからタックス・ヘイブンに設立した別法人Bへ所得移転を行えばよい。

B ステップ国を経由することで、外国子会社の高税率の適用を避ける

「税金の安い国」と言っても税金はかかる。できれば下げたい。そこで「課税ベース」の縮小を図ったり、種々の租税優遇措置の減免を受ける。名目は支払利子・支払使用料・支払リース料・支払報酬などなんでも良い。

これらの便宜を積極的に提供してくれる国がある。損金控除を容易に認容してくれるので、タックス・ヘイブンへの所得移転のためのステッピング・ストーンとして役立つ。このためこれらの国に、持株会社Cを設立することになる。

利益は進出先の国の事業会社A社から、便宜国の持株会社C社に移り、そこからタックス・ヘイヴンのB社へと移転することになる。これで多国籍企業の本社のある国は手も足も出ない状況に陥る。

C ステップ国の手口

ステップ国の税制上の特徴は、受け取る所得に課税しないこと(ストップ・オーバー)、その所得をピュア・タックス・ヘイブンへ無税で移転できることである。

この二つが可能な国がアイルランド、ストップ・オーバーが可能な国としてオランダが上げられ、この2カ国を利用する手口を「ダブル・アイリッシュ&ダッチ・サンドイッチ・スキーム」と呼ぶ。最近では持株会社の立地条件を整備している英国の法人税改革の動きが目立っている。

このうち、国際的タックス・プランニングの一典型であるオランダに焦点を当て、わが国のタックス・ヘイブン対策税制で挑戦することができるかどうかについて考察する。

「導管国」って?
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「導管国」をめぐる問題 その4

ということで、ここまでが長い「はじめに」だ。ここから本文に入る。

第1章 タックス・ヘイブン対策税制の変遷

(はじめの部分省略)

A 1978年特別法と外国法人への課税

わが国の税法では、内国法人については海外支店もふくめ課税している。しかし外国法人(子会社)については国内所得のみに課税している。

したがって外国子会社がタックス・ヘブンに所得を移転しても、それに課税することはできない。

これに対し特別法が導入された。

この特別法は外国法人の収入を、形式的には特定外国会社の所得であるが、実質的には親会社の収入とみなして課税するという論理になる。

この法律の有効性は最高裁で確認された。

これによりタックス・ヘイブン子会社(特定外国子会社)の課税対象金額を、株主である内国法人の擬制収益・擬制配当として課税できるようになった。

B 外国子会社配当益金の不算入制度

2009年の税制改正で、「外国子会社の配当益金不算入制度」が導入された。これは日本企業の国外所得を日本に還流させるための環境整備の一環である。

名前からしてえらく面倒くさい制度だが、中身はそれ以上に面倒だ。原文をそのまま書き写す。

内国法人が外国子会社から受ける剰余金の配当等の額からその剰余金等の配当等の額に相当する額(剰余金の配当等の5%相当額)を控除した金額を益金不算入とすることができる

分かりますか?

結論からいうと、

この税制改正により外国子会社からの配当は実質非課税となった。特定外国子会社にも制度が適用されることになった。

ということだそうだ。

要するに、「タックス・ヘイヴンに貯めておいたら税金とるけど、国内に戻すなら税金ただにしますよ」、ということだ。

企業にとっては実に至れり尽くせりだが、変な話だ。タックス・ヘイヴンの隠し金への課税をもっと厳しくすれば済む話ではないか。

著者も、この「不算入制度」を婉曲に批判している。

外国子会社配当を非課税とした結果、外国子会社の利益留保も課税繰延に該当しなくなった。(1978年の)タックス・ヘイブン対策税制は、課税繰延を利用した租税回避の防止で (あったはずなのに、非課税にしてしまったら)説明することができなくなる のではないか。

タックス・ヘイブン対策税制の趣旨が変質したと解する説もみられる

それで税務当局の目下の苦し紛れの言い分はこういうことだ。

わが国企業が国際競争力を維持するため実効税率の引下げのためにタックス・ヘイブンを利用する健全な企業活動を阻害せず、租税回避のみのためにタックス・ヘイブンを利用する行為計算を否認する

そう言っている本人の苦虫を噛み潰したような顔が思い浮かばれる。


第2章、第3章は技術的な問題についての説明なので、省略し、第4章 「最近の多国籍企業のグローバル実効税率引下げスキーム」に移る。

「導管国」って?
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「導管国」をめぐる問題 その3
「導管国」をめぐる問題 その4

オフショア事業・投資拠点とオフショア・タックス・ヘイブンとの間に介在する「導管国(a conduit country)」をめぐる国際課税

-実効税率引下げ競争に利用されるサンドイッチ・スキーム-

名古屋経済大学大学院教授

本 庄 資

税大ジャーナル 17 2011. 10

という長い題名の論文があって、文章も相当長い。44頁もある。多分素人で読む人は殆どいないだろう。

なんとか抄読を作ってみようと思う。

◆SUMMARY◆

1.先進諸国では2000年以降、法人税の減税を中心とする「有害な税の競争」(a harmful tax competition)が行われた。

2.欧州ではさらに、多国籍企業の租税対策に対応して「税金ゼロ」をオファーする競争が始まっている。

3.持株会社誘致を目的とする「魅力ある税制」の典型がオランダである。オランダはいまや事業拠点とタックス・ヘイヴンを結ぶ「導管国」(a conduit country)となっている。イギリスもその後を追っている。

4.このような「導管国」を利用した実効税率引下げ法はダッチ・サンドイッチ・スキームと呼ばれる。(ダッチはダッチワイフのダッチ)

はじめに

1.日本のタックス・ヘイブン対策

1978年の税制改革: 海外会社を通じて稼得する国外所得は二つある。このうち外国支店の利益には日本で課税される。いっぽう外国子会社の利益は日本に配当として還流されない限り、日本では課税されない。後者を「課税繰延」(tax deferral)と呼ぶ。

この時の政府税調答申では「近年、いわゆるタックス・ヘイブンに子会社等を設立し、税負担の不当な軽減を図る事例が見受けられる。このような事例は、税負担の公平の見地から問題のあるところであり、…所要の立法措置を講ずることが適当である」とされる。

2.米国のタックス・ヘイブン対策 「サブパート F」

進出形態にかかわらず、課税は国内投資と同様に行うべきである。国外所得の課税繰延は原則として認められない。

これはケネディ大統領の時代に確立したものである。ケネディは「世界中のタックス・ヘイブンに設立した外国子会社に課税繰り延べの特典を与える必要はない」と主張した。

これを受けた議会は、タックス・ヘイブンにおける外国子会社の国外所得を「汚れた所得」(tainted income)とし、合算課税を行う「サブパートF所得」制度を創設した。

これが世界初のタックス・ヘイブン対策税制といわれる。

サブパートF は、ブラック・リスト等による地域限定方式を採らず、「議決権または株式の50%以上を米国人が所有する外国法人」と定義された。

そして所得限定方式により「汚れた所得」(tainted income)を算出し、該当米国人の総所得に算入する。

3.租税回避の定義

その後、多くの国がタックス・ヘイブン対策税制を導入したが、制度の趣旨・目的、内容はさまざまである

外国子会社がその所得を親会社に配当するか否かは各企業に委ねられている。配当しなければ、租税効果としては親会社に対する課税は繰り延べられることになる。そのすべてを「租税回避」だとはいえない。

私的自治の原則から世界のどの国・地域に子会社を設立することも合法的に認められている。そこでの税負担が日本に比して著しく低い国・地域に子会社を設立したという理由だけで、懲罰的税制を課すこともできない

では、タックス・ヘイブンに設立した外国子会社に所得を移転し留保するにあたって、どのような場合に租税回避となるのか。

日本の税制(旧措法66の6④)は、①子会社が独立企業としての実体を備えていない場合、②該当国において事業を展開する経済的合理性が認められない場合、など5つの場合について合算課税を行うこととなっている。


ということで、ここまでが長い「はじめに」だ。ここから本文に入る。

一言で言って、中国の南シナ海での態度は本当にひどい。
ベトナム、ブルネイ、フィリピン、全部の国の海岸線のヘリまで中国領だと言っている。
そして石油をバンバン掘っている。日本の企業も噛んでいる。なにせ軍事的に制圧しているから強い。
反対すれば殺す。
スプラトリー諸島のジョンソン礁(赤瓜礁)ではベトナム兵約80人を殺した。しかも殺すさまをビデオで撮って放映した。

関東軍と同じじゃないか。

アメリカは出てこないと踏んでいる。「太平洋は広いんだ。アメリカと分けあったって、お釣りが来る」と、習近平は豪語した。

尖閣諸島もアメリカは手を出さないと踏んでいる。ただまだ日本の出方がわからないから挑発をかけながら瀬踏みしている。

尖閣諸島は小さな島だが、沖縄は小さくない。彼らは沖縄も中国領だと思っている。なにせ中国三千年の歴史だから、探せばそれらしき文献はいくらでも出てくるだろう。

浅井基文さんは「ポツダム宣言を受け入れたのだから、日本は北海道、本州、四国、九州以外は放棄した」のだというが、沖縄も中国が自分の領土だといえば、ポツダム宣言に則って放棄するのか。

そろそろ正気に戻らねばなるまい。
南シナ海を平和の海にしなければならない。利権の海にしてはならない。中国の海にもアメリカの海にしてもならない。

どうも良く分からない。
志位委員長がハノイを訪問して、ベトナム共産党の書記局常務と会談したというニュースが一面に掲載されている。
普通は、共産党の委員長が訪れれば書記長が会見するものだ。
書記局常務が対応したということは、それなりの扱いということになる。
ベトナム共産党の日本共産党に対する評価が変わったということなのだろうか。
しかもそれを赤旗の一面に取り上げるというのは、そのことについて読者の関心を喚起したかったということなのか。

とすると、以下のコメントが気になる。
日本国民にとって緊急の課題として日本共産党が「即時原発ゼロ」の政策を掲げて原発輸出に反対していること、21世紀の新しい国際経済秩序と相容れないTPPへの日本の参加に反対していることを、率直に述べました。
これにたいし、
アイン氏は、志位氏の原発とTPPに関する説明に感謝すると語りました。
となっている。何やらきな臭い。
志位氏の訪問の目的は「率直に」物を言いに行くことだったのかもしれない。
それに対し書記長が対応しなかったのは、ベトナム側の不快感の表明かもしれない。
発表を見る限りでは、両党とも南シナ海問題への言及はなかったようだ。

以下はベトナム共産党側の報道

Politburo member and Standing member of the CPV Central Committee’s Secretariat Le Hong Anh held talks with Chairman Shii Kazuo.

The two sides discussed orientations and concrete measures to promote their friendship and traditional cooperation, thus enhancing Vietnamese and Japanese peoples’ ties.

一応トップ記事ではある。記事によればベトナム共産党書記長が志位氏を歓迎し、写真に写っている。しかしその後の話は現場に落としてしまったのである。

これでは共同声明は発出されないだろう。どうも訪問の目的がはっきりしない。


「導管国」って?
という解説が載っていた。
初耳だ。
赤旗「けいざいQ&A」によると
多国籍企業が所得をタックスヘイブンに移転させる際、資金を経由させる国のことです。
とある。
具体的には、スターバックスの“節税”で有名になったオランダがそれに該当するらしい。
1.オランダに「親会社」を作る。
2.他国の子会社の利益を集約する。
ここまでは分かるが、
3.オランダの「親会社」は、さらにタックスヘイブンに資金を移動する。
という。
つまり抜け穴の奥にもう一つの抜け穴があるという寸法だ。金沢の忍者寺並みの、手の込んだ手法だ。

この場合、オランダは“節税”の最終地ではなく、“脱税”の出発地なのだ。闇の世界へとつながる「導管」なのだ。

たしかに、スターバックスの脱税事件のとき、オランダは低税率だからとは思ったが、最終的にその利益をどうするのだろうと思ってはいた。

その奥にもう一つのからくりがあったのだ。

しかしいかんせん、このコラムの説明は簡略に過ぎて良くわからないところもある。

もう少し、そのからくりを洗ってみるとするか。
また宿題が増えた。
「導管国」って?
「導管国」をめぐる問題 その1
「導管国」をめぐる問題 その2
「導管国」をめぐる問題 その3
「導管国」をめぐる問題 その4

ありがとうヴァシリ・アルヒポフ、核戦争を止めてくれた人

エドワード・ウィルソン

「ガーディアン」 2012年10月27日

もしあなたが1962年10月27日前に生まれているならば、ヴァシリ・アルヒポフはあなたの命の恩人です。50年前、アルヒポフは、ソ連の潜水艦B-59の先任将校でした。そして搭載された核魚雷の発射を拒否したのです。

1962年10月27日は歴史上もっとも危険な日でした。この日、アメリカの偵察機U-2がキューバの上に撃ち落とされました。もう一機のU-2機はソビエトの領空内に迷い込んでいました。これらのドラマが極限を越えて、人類を危険な方向へと送り込んでいました。

そのさなか、アメリカの駆逐艦ビール号は水中のソ連のB-59号に向けて水雷を投下し始めました。このB-59号は核搭載潜水艦だったのです。

B-59号の艦長バレンティン・サヴィツキーは、水雷が非破壊性の訓練弾であることなど知る由もありませんでした。それはB-59に浮上を促す警告発射だったのです。ビール号は米駆逐艦隊に加わっていました。この艦隊は水中のB-59をより多くの爆薬で連打するために集まってきました。

追い詰められたサヴィツキー艦長は、彼の潜水艦の命運が尽きた。そして、第三次世界大戦が始まったと思いつめてしまいました。

彼は搭載した10キロトン相当の核魚雷の発射準備を命じました。目標は空母ランドルフ号でした。この巨大な航空母艦は機動部隊の旗艦でもありました。

もしB-59の魚雷がランドルフを蒸発させたら、核の雲はたちまちのうちに海から陸地へと広がっていたでしょう。最初の目標は、モスクワ、ロンドン、イーストアングリアの空軍基地とドイツの軍事基地群でした。

そして次の爆弾のウェーブは世界の「経済的目標」(一般市民の婉曲な表現)を一掃していたでしょう。イギリスの住民の優に半分は死んでいたでしょう。

その間に、ペンタゴンではSIOP(一方向性統合行動計画)が発動し、ストレンジラブ博士のハチャメチャな「神々の黄昏」の音楽に合わせて「最後の審判」のシナリオが始まったでしょう。

5,500の核兵器が発射され、アルバニアや中国のような非交戦国(非友好国ではあるが)をふくむ1千の目標に向かってミサイルが飛び始めたでしょう。

ではアメリカ自身に何が起きることになったのか、それは不確実です。

フルシチョフがキューバにミサイルを送り込んだ真の理由は、ソ連に信頼に足る長距離ICBMが不足していたからです。予想しうるアメリカの攻撃に対抗するにはソ連は力不足でした。

したがってアメリカの犠牲者の数がヨーロッパの同盟国よりはるかに少なかった可能性は高いと思います。

事実はこういうことです。つまり、英国と西ヨーロッパは、ペンタゴンの住人にとって消費されるべき犠牲者として計算されていたということです。これが、口にはできない冷戦の本質だったのです。

あれから50年が経ちました。いまキューバのミサイル危機からどのような教訓が導かれるのでしょうか?

そのひとつは、政府は危機において統制を失ってしまうということです。

ロバート・マクナマラ国防長官にとって最悪の夢は許可無き核攻撃の開始でした。マクナマラはすべてのICBMに行動許可リンク(PAL)の着装を命じました。しかしPALがインストールされたとき、戦略空軍司令部は全てのコードを00000000にセットしました。危機において速やかな発射を妨げないようにするためです。

これは笑い話ではありません。核兵器のセキュリティーというのは、どんな時にも、どんなレベルでも、結局は人間の問題(human issue)だということです。

ある時、歴代もっとも正気の大統領であるジミー・カーターは核の発射コードを入れ忘れたまま、スーツをドライクリーニング屋に出してしまいました。

冷戦は終わりました。しかし、米国とロシアの熱核戦争の基盤は依然として残されたままです。そして超大国の間の核による交戦の危険は、いまもまさに現実そのものです。

1995年にロシアの早期警戒レーダーは、ノルウェーの天気ロケットを発見しました。彼らはそれをアメリカの潜水艦から発射される弾道ミサイルと見間違えました。レーダーサイトから送られた非常事態信号は、エリツィン大統領の「Cheget」(発射コードにの入った核のスーツケース)に送られました。

エリツィンは、おそらくウォッカのグラスを手元に置いていたに違いありませんが、彼が報復的な攻撃をするかどうかを決定する時間は5分足らずしかありませんでした。

ノーム・チョムスキーはこう言っています。「核兵器が存在する限り、人類の生き残りのチャンスは殆どない」

長期の危険分析に関する研究のすべてが、このチョムスキーの主張を支持しています。

プラフシェアーズは19,000発の弾頭が今日世界にある、そして、内18,000発は米国とロシアの手中にあると推計しています。正確な数がどうであれ、米・ロの核兵器のみが全人類の生命をトータルに破壊できる能力を保持していることは間違いありません。

軍事評論家キャンベル・クレイグとジャン・ルジツカは次のように指摘しています。

「なぜ、イランか北朝鮮は核不拡散(non-proliferation)を尊重しなければならないのか? 彼らにそうせよと教え諭している超大国が、このような巨大核兵器を所有しているというのに。それは不可解だ」

とりわけ、キューバのミサイル危機は、核という兵器そのものが問題のタネであることを示した。

イギリスは、現在「核軍縮レース」をリードすべきポールポジションにある。

2009年、タイムズへの手紙の中で、ブラモール陸軍元帥、ラムスボサム将軍、ヒュー・ビーチ卿はトライデント計画を「まったく無益な計画」と非難した。

ある戦略システムを放棄することは将軍たちにとっては造作も無いことかもしれない。しかし政治家にとってはそうは行かない。世間では核兵器を「強者」の漠然とした証として同等視している。政治家はその“世論”を恐れている。

トライデント計画を取りやめることは、財政危機に悩む財務省に250億ポンドもの予期せぬボーナスを授けることになるのだ。それだけ住宅融資に回せば、まずまずの家を100万戸も建てるための融資ができるのだ。

アルヒポフの話に戻リましょう。

「第三次世界大戦を開始しない」という決定は、クレムリンで行われたのでもなく、ホワイトハウスで行われたのでもなく、潜水艦のうだるように暑い制御室で行われました。

B-59号の核魚雷の発射は、乗り組んだ先任将校3人の同意を必要としていました。艦長をふくむ2人は艦長の判断を認めました。アルヒポフはただ一人同意を拒否しました。にもかかわらず、どうして核魚雷は発射されなかったのか。

制御室の議論においてアルヒポフへの評価が高かったことが、重要な要因であったことは確かです。

その前の年、この若い士官は、過熱した原子炉から潜水艦を守るため自らの身体を晒しました。そして大量の放射能を浴びました。その被曝が結局、1998年の彼の早すぎる死に関与したと思われます。

ということで、私たちは本日10月27日、私たちのグラスを掲げます。そしてアルヒポフの思い出に乾杯するのみです。

ありがとう、ヴァーシャ…


たまたま知った記事です。

そんなに難しい英語ではないので、大きな誤訳はないと思います。

平井俊顕 (ひらい・としあきToshiaki Hirai)ブログ

というところで紹介されていました。

ガーディアンの該当ページは下記で、まだ生きています

http://www.theguardian.com/commentisfree/2012/oct/27/vasili-arkhipov-stopped-nuclear-war

殆どの人が知らないのではないでしょうか。

英「ガーディアン」紙の記事で、裏もしっかりとれていません。目下のところは「ガーディアンを信用しますか?」という条件付きです。


すみません。英語版ウィキペディアにかなり詳しい紹介がありました。

Soviet submarine B-59, in the Caribbean near Cuba.

ここではもうちょっと辛口の評価になっている。そろそろエリツィン状態なのでまた明日。

Vasili Arkhipovでグーグル検索したら6万件近くヒットします。もはや英語圏では有名人の一人です。(ちなみに鈴木頌は8千件)

The Man who Saved the World - WWIII (Vasili Arkhipov)

というかっこいい動画もありました。MerschProduction の製作のようです。映画化されたのでしょうか?

調べたら、これは予告編で、本編は下記にありました。

Watch the Full Episode

全53分で、再現シーンもふくめたドラマ仕立てのセミドキュメンタリーです。おそらくテレビ番組として製作されたのではないでしょうか。

NHKスペシャルあたりで放映してくれればいいのですが。

1946年 米国のイランに対する原爆使用計画

原爆資料館の年表の真っ先にこの事項があり、これが広島・長崎後の最初の原爆使用計画ということになる。しかしその割には資料が少ない。

まずは、当時のイランの状況を知っておくこととする。

凍結されたイラン民族主義と冷戦   -現代イラン通史の試み-  その3」という富田健次さんの論文が詳しい。ただし核兵器使用計画には触れられていない

1941年

8月 イギリスとソ連邦によるカウンタナンス作戦(Operation Countenance)が実施される。イギリスのアングロ・イラニアン石油会社の安全確保とソ連邦に対する補給線の確保を目的とし、イラン政府の転覆を計ったもの。8月25日から9月17日にかけて展開された。当時のイラン皇帝レザー・シャー (Reza Shah Pahlavi) は英国からの自立を目指し、アメリカ合衆国に接近。その後ナチス・ドイツに接近していた。

9月 レザー・シャーは退位し南アフリカに亡命。新首相モハンマド・アリー・フォルギーは、ドイツとイタリアとハンガリーとルーマニアの大使館を閉鎖。ドイツ国民はイギリスとソ連の当局に引き渡される。

1943年

11月 テヘラン会談。ルーズベルト、チャーチル、スターリンがイランの独立を確認。戦争終結から6 カ月以内に撤兵することで合意。

1944年

アメリカ、イランが持つ経済的・戦略的な重要性を認識。経済使節団を派遣し在イランの公使館を大使館に格上げする。米国石油会社はイラン政府と石油利権について交渉を開始。

1945年

4月 第二次世界大戦が終了。ソ連軍はイラン北西部に3万人が残留し、撤兵を拒む。

9月 イラン領アゼルバイジャンの民衆指導者ジャアファル・ピーシャヴァリー、中心都市タブリーズで旧共産党員やヒヤバニ蜂起の残党と共にアゼルバイジャン民主党を樹立。アゼルバイジャン語の公用語化、州議会の開設と自治、地域開発への援助を求める。

ヒヤバニ蜂起: 第一次大戦後の1919年、アゼルバイジャン人の住むイラン領ギーラーン州で民衆蜂起があり、「ギーラーン社会主義ソヴィエト共和国」を樹立した。翌年には崩壊しイラン領に復する。
レーニンは「ペルシアの一部で革命をおこせば、ペルシアを英国の手中に追いやることになる」と判断し、ギーラーンへの支援を見送ったとされる。

10月 アゼルバイジャン民主党が蜂起。ソ連軍はイラン政府軍のタブリーズ進軍を阻止。

12.10 民主党軍、タブリーズなど所要都市を押さえ、国民会議を開き、アーゼルバイジャン自治政府の樹立を宣言する。

12.15 アゼルバイジャンの成功に刺激されたクルド人組織KJK(クルド建国グループ)が、イラン・クルド民主党(KDP-I)を結成。

1946年

1月 オルミーエ湖西部のマハバドでクルディスタン人民共和国の樹立を宣言。ガジ・モハマドが大統領に就任する。イラクでゲリラ戦を続けてきたムスタファ・バルザニが、3000人の仲間を引き連れて合流。バルザニは国防相に就任する。

1月 イランが国連にソ連軍残留問題を提訴。ソ連による内政干渉が続いているとし、安保理に調査・解決策提示を求める。

1月 提訴を受けたトルーマンは、「ロシアの活動は世界平和を脅かすものであり、西側世界の経済に深刻な打撃を与える」と警告。

3月 ソ連軍、撤退期日を過ぎ、さらに残留。イラン政府に対して石油利権を要求する。

3月 イランのカヴァーム首相がモスクワを訪れ、ソ連軍撤退を求める。ソ連軍の撤退と引き換えに北部の石油利権を与え、自治問題を平和解決するとの条件を提示。

4月 テヘランでの両国交渉。ソ連は北部石油合弁会社の設立を条件としてソ連軍撤退に合意。

5月 ソ連軍、撤退を完了。

6月 イラン中央政府とアゼルバイジャン自治共和国とのあいだで、自治権を大幅に拡大する協定が結ばれる。カヴァーム首相は新組閣で共産党員(ツデー党)を入閣させ、親ソ政策をとる

10月 全国各地の遊牧部族民が共産党の排除を要求して蜂起。軍部は蜂起を支持し、反乱の規模を誇張して政府に報告し、彼らの要求を飲むように迫る。英国も部族民の自治運動を支援し、アバダン沖合に英艦船を待機させる。

10月 カヴァーム首相、米国大使の助言を受け社会改革政策を撤回。共産党員を政府から排除、弾圧を開始する。

12.12 国王を最高司令官とするイラン政府軍がタブリスに進駐。

12.15 クルディスタンのマハバードも制圧。ムハンマド大統領はマハバドの広場で絞首刑にされた。

1947年

3月 トルーマン・ドクトリンが発表される。冷戦時代の幕開け。

10月 新議会、ソ連への石油利権譲渡案を否決。

10月 イラン・米国軍事協定締結。

ということで、トルーマン・ドクトリンが発表される前のことでもあり、原爆資料館の記載は少々眉唾もの。

核兵器が使用されようとした危機がいくつかある。それをまとめた資料があまりない。

私の知る限りでは、朝鮮戦争の際に1回、第一次インドシナ戦争で1回、キューバ危機、ベトナム戦争の時に少なくとも2回あった。この5回については、かなりの確率で核兵器を使用する瀬戸際まで行っている。

ネットで探してみると、広島平和記念館のサイトに次のページがあった。ほとんどが知らないことばかりだ。

それぞれの事件についての説明はないので、自分で調べてみることにする。

広島平和記念資料館

核兵器使用の危機~アメリカが核兵器使用を検討した事件

1946年 3月 イラン国内に駐留するソ連軍に対して

        11月 ユーゴスラヴィアの米国機撃墜事件に対して

1948年 4月~6月 ソ連による西ベルリン封鎖に際して

1950年 6月 朝鮮戦争の勃発に際して

1953年 8月 朝鮮戦争の戦況悪化に対して

1954年 4月 インドシナ戦争。フランス軍への原爆提供申し入れ

        8月 中国の台湾解放の意図に関連して

1956年 10月 第2次中東戦争(スエズ危機)に際して

1958年 7月 イラク軍事クーデターと台湾海峡危機に際して

1959年 5月 ベルリン問題に関連して

1961年 6月 同上

1962年 10月 キューバ危機に際して

1968年 1月 米艦船プエブロ号の北朝鮮だ捕に際して

        2月 ベトナム戦争(ケサン攻防戦)に際して

1969年 11月 ベトナム戦争の激化に際して

1970年 9月 シリアのヨルダン領内への侵攻に対して

1973年 10月 第4次中東戦争の戦局打開のために

1980年 1月 イラン危機の打開に関連して

1991年 1月 湾岸戦争でのイラクの化学兵器使用を想定して


とりあえず予告まで。

 

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