鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

2013年08月

Word2007使用してます。上線をつけたいんです。
Vの上に横線をつけたいんです。
下線はわかるんですけど;;

教えてください!!!

という質問があって、下が答えだ。

ikutawasabiさん

V を選択して、
[Alt]、[O]、[L]、[U]キーを順に押します。

[ルビ]ダイアログボックスが開きます。
[ルビ(R)]の枠内に、
よこ
と入力し、─ または、 ━
を入力します。

[OK]ボタンをクリックして閉じます。

Vと ̄の間隔を狭くしたいときは、
その前側にカーソルを置き、
[Shift]+[F9]ファンクションキーを押して、
フィールドコードの表示に切り替えます。

{ EQ \* jc2 \* "Font:Century" \* hps10 \o\ad(\s\up 9(─),V) }
\s\up 9
の9
を、7 または、8
に編集して、
[F9]ファンクションキーを押して下さい。


たしかにこれでばっちりだ。

でこれをコピー&ペーストする。

ところがFirefoxもHTMLエディターもこの字を表現できない。これはSTIX フォントというらしくて、なにか細工をしないとダメなようだ。


 フルーツチョコレートパフェ というブログに 「Firefox で STIX フォントを使う方法」という説明があったが、サッパリ歯が立たず断念。

firefoxのアドオンにMathML-fonts 1.1というのがあって、

Mozilla MathML プロジェクトが推奨する数式用フリーフォントの WOFF 版を同梱し、適切な CSS ルールを適用することで、数式を正しく表示できるようにします。

と書いてあるが、日本語はここまで、後は英語だけ。ダウンロード実績もゼロなのでやめておく。

高村吉一さんのサイトでインストールの方法が書いてあった。かなり分かりにくい説明だが、Fonts for MathML-enabled Mozilla

というインストーラをダウンロードして実行すれば良いようだ。
とりあえずやってみる。

ダメだ。「適切な CSS ルールを適用」しないとダメなのか?
それともこのブローチというブログのフォームの問題なのか?
今日は諦める。

柳沢記者が、大手電気8社と自動車8社のデータをまとめてくれた。ありがたいことに10年前との比較付きだ。
http://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/c/0/c022a864.jpg
*三菱自動車の比率低下はベンツとの資本提携を解消したため

ということで、一概に言える変化ではないが、

1,全体としてますます外国人持ち株比率が高まる傾向にある。
2,日本の超大企業の株主構成は、もはや日本の企業と呼べないほどに多国籍化している。
3,日本の大企業は、外国人株主の意向に沿う経営方針をとらざるを得なくなっている。

ということは言えるだろう。

そこで外国人株主の意向はどんなものか、というと

1,株式への配当の引き上げ
2,株価上昇を利用した売却益

で、企業の業績や市場の将来性など眼中にない。
これが日本人なら「売国奴!」ということになるが、外国人だから仕方ない。
ということで、日本企業はますます外国人投資家の優先方針をとるようになり、身も心も外国人のものとなっていくのである。

29日の赤旗で、小泉記者の報告が久しぶりに掲載された。

情勢は、軍と同胞団の武力衝突が一段落し、次の段階に移行しつつあることを示している。8月14日前の状態に戻し、同胞団との和解を進めること、軍の過剰な治安活動を抑制すること、さらに軍の権力復活の策動を抑えこむことだ。

その上で、権力の横暴も権力の転覆も許さない憲法づくりの作業にとりかかることだ。

これらの方向は、エジプト民衆にどのくらい支持されているのか。それを見る上で、世論調査の動向が気になる。

小泉記者が書いているのは、独立系の民間世論調査機関「バシーラ・センター」の世論調査で、22日に公表されたもの。

1.同胞団の座り込み行動は平和的だったか
平和的だった 17%
そうではなかった 67%
2.軍の強制排除を支持するか
支持する 67%
反対する 24%

これは衝突直後のものだから、メディアの影響が非常に大きいと思われる。
今後真実が明らかになるに連れて、この割合は変化していく可能性がある。

そのことを前提としても、現在の国内の雰囲気が欧米諸国の反応とはかなり違っていることは伺える。

なお14日以来の衝突に関する数字が出ているので、ここにメモしておく。
死者約900人、うち治安部隊が100人。
負傷者は4千人以上。
52年ナセル就任以来、最悪の流血事件である。

北海道大学出版会のサイトに

ワニと恐竜の共存 ― 巨大ワニと恐竜の世界
小林 快次

の出版予告が載っている。

発行日:2013-07-31
定価: 1,050円

未刊・予約受付中

となっている。

●本書の特徴

という説明が載っている。

これによると

1.約2億3千万年前,ワニが出現します。この時代は,恐竜類,哺乳類,カメ類など現在知られている動物たちが次々と現れました。

2.当時の恐竜の体はまだ小さ く,大型化したワニの祖先たちに生活圏を追いやられ,細々と暮らしていました。ワニと恐竜は生活圏を争いながら,共に進化の道を歩んでいった時代です。

3.その後,状況は一変します。巨大化したワニたちは環境変化に耐えられず絶滅し,それに耐えることができた恐竜たちの時代がやってきます。大量絶滅を生き延び たワニたちは,陸上を離れ,水辺へと生活圏を変えます。

4.白亜紀には体長12mを超える巨大ワニ,デイノスクスが登場し,恐竜をも襲ったことが知られていま す。ワニの繁栄は留まることなく,水辺を支配し続けます。

5.約6,650万年前,小天体が地球に衝突し,約1億7千万年間続いた恐竜時代が終わりを告げま す。しかし,水辺に棲んでいたワニたちは絶滅をまぬがれるのです。

というストーリーだ。

うーむ、なんともコメントのしようがない。もう少し勉強してからだ。

小林さんのお膝元、北海道大学では「巨大ワニと恐竜の世界」という展示を行っているようだ。

http://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/6/3/63688846.jpg

以下が、呼び込み文句

  陸上の王者ティラノサウルスvs水辺の王者デイノスクス。どちらも体長10メートルを超す巨大な絶滅動物。ワニと恐竜は、共に約2億3千万年前に地球上に現れた。その後、現在まである時は競争し、またある時は共存しながら進化していく。

「巨大ワニと恐竜の世界」展では、約2億3千万年前までさかのぼり、ワニの進化と恐竜との争いを紹介する。

約2億3千万年前(三畳紀後期)の南米大陸、約1億5千万年前(ジュラ紀後期)の北米大陸、約1億年前(白亜紀中頃) のゴンドワナ大陸、そして恐竜が絶滅する直前の約7千万年前(白亜紀末)の北米大陸といった世界が、時空を超えて北海道大学総合博物館によみがえる。

北海道初公開の標本を多数そろえ、巨大ワニや恐竜化石など約50点を展示する。

なかなかの名調子だ。

9月15日には小林快次(北海道大学総合博物館 准教授)の講演もあるそうだ。

  間:13:00~14:00
  場:北海道大学総合博物館 3階 N308
  
参加無料・申込不要

地図を見たら何のことはない。むかしの理学部の本館だ。大学紛争の時に新聞紙と毛布1枚で寝泊まりした「民主ホテル」だ。

行かなくっちゃ。

まずはウィキペディアの「ワニ」

ワニというのは「肉食性水棲爬虫類の俗称」だそうだ。

進化的には主竜類に属し、鳥や恐竜の親戚筋だとされる。恐竜よりもわずかに古い時代から地球上に存在し続けていて、ほとんど変化していないので、「生きた化石」でもある。

大陸の分裂により生じた浅瀬の海や沼沢地に適応するために今日の形態に進化した。

三畳紀末期にワニの祖先クロルタルシはそのほとんどが絶滅した。以降、恐竜が繁栄していくことになるが、唯一ワニ類は絶滅を免れた。

白亜紀末に恐竜が絶滅に追い込まれた。その時に彼らがなぜ生き延びられたのかについては解明されていない。

解明されてはいないがいくつかの仮説はある。

(1)変温動物は寒冷化に耐えられなかった。
(2)気候の変動にともなう食べ物の不足は大型の動物にとって深刻な問題だった。
(3)気候の変動にともなう食べ物の不足は直立歩行の爬虫類にとって深刻な問題だった。(直立する爬虫類は這いまわる爬虫類よりも多くのエネルギーを使った)

ただしこのアンサーを書いた人は、いずれの説にも矛盾する現象があり、やはりわからないとしている。

トカゲとワニと恐竜の違い

恐竜とワニはは爬虫綱の中の二大グループの主竜類に属し、トカゲはヘビとともに主竜類とは別の有鱗目というグループに属しています。

ワニはトカゲよりは恐竜に近い生き物なんですね。

構造でいえば恐竜は足が身体の真下に付く構造で、トカゲやワニは身体の横に付いているというのが分かりやすい違いです。

恐竜博物館(福井県)のページでは、この足の構造の違いが恐竜に優越性を与え、恐竜の大発展をもたらしたと書いてある。ということはこの優越性が逆に弱点となって恐竜の絶滅をもたらした可能性があるということになるのかもしれない。

いわば「過剰適応症候群」ということになるのかもしれない。適当にはみ出している方がいいんだろう。変わり者を異端視するような社会に未来はないということかな。

何か身につまされる。


「古世界の住人」という方のブログがあって、2009-05-01の記事に

恐竜時代のワニの多様性について」というのがある。

恐竜時代とワニ時代の前後関係には触れていないが、ワニの図がたくさん載せられていて、その多様性には眼を見張るものがある。

ブログ主はその多様性こそが、気候の激変をくぐり抜けることができた原因ではないかと示唆している。だだ恐竜もおなじくらい多様ではあったと思うが…


旗旗というサイトに「ポル・ポト大虐殺 生き残り証人の訴え」というページがあって、そこに一枚の絵が載せられている。

ポルポト時代のワニによる処刑方法

po

「はだしのゲン」ではないが、子供に見せるのはためらうような絵だ。



いろいろ調べたが、肝腎な事実がでてこない。

小林さんの言う
恐竜時代の一つ前に“ワニの時代”があったということ、そしてワニは直立歩行していたということである。
これは小林さんの独自の理論なのだろうか?

関連記事

書評欄に「恐竜」という記事が載っていた。清水さんという記者の署名入りである。
「恐竜」をめぐるさまざまな書物の紹介で、どれも面白かったが、とくに面白かったのが、小林さんという北大の先生が書いた「ワニと恐竜の共存」(北海道大学出版会)という本の一節だ。

ワニの祖先たちは恐竜と同時期に出現した。
いまは腹ばいで、はって歩くワニも、祖先は恐竜と同じく直立して軽やかに歩き、はじめは恐竜をも圧倒していた…


そうだ。

「むかしアヒルは、体が大きくて…」という歌の一節を思い出して、思わず(笑)を感じてしまった。

民医連が60周年だそうだ。私はその2/3を民医連で過ごしたことになる。いささか感慨新たなものがある。
思えば、民医連に入って最初に、全国新入医師の交流会で「民医連にも搾取はある」とやったものだから、論議を呼んだ。
いろいろ議論はふっかけたが、「患者は医療の主人公」という「患者の権利の章典」に首を突っ込んでから、10年くらいはかなりまじめに議論した。
当然ながら反主流派と目されるようになった。

民医連には三つの拠り所がある。一つは労働者階級であり、「勤労者医療協会」と言われる所以である。
二つ目は患者さんを中心とする地域の結びつきや、ともに病者・医療を支えようとする市民からの支持である。
三つ目は医療に関わるすべての人達との結びつきである。とくに学園でともに良き医療を目指した人たちとのつながりである。

この三つに支えられながら、みずからも「生命と暮らし、生きる権利を守る」国民的総運動の一員として、“しかるべき役割”を果たしていこうというのが民医連の枠組みである。

ただ、私の反省としては「労働者階級」という大時代な言葉を、みんなの心にストンと落とすところまで、十分に熟しきれなかったかもしれない。

前置きが長くなったが、“しかるべき役割”については、ときどきのメンバーが考えればいいことであって、創造的に取り組んでくれればよい。

肝腎なことは、運動の形態を運動の目標に置き換えてしまってはいけないということだ。

差額ベットにせよ、協同所有にせよ、“営利か非営利か”にせよ、ときどきの課題との関連ではきわめて深刻な問題だった。

今後情勢は更に厳しくなると予想され、問題はさらに深刻化する可能性が高い。さらに言えば資本主義の社会においてさまざまな形態上の矛盾が生じることは不可避的である。

そういう時に、そういう時だからこそ、我々はどこで団結するのか、その旗印は何なのかを明らかにしながら進んでいかなければならない。

繰り返すが、「非営利」はそういう旗印ではない。

日本の財政は税収その他で46兆円、新規国債44兆円という形で賄われている。
そして「財源がない、ない」と騒いでいる。
どころで、ケイマン諸島への投資残高は55兆円だ。長年かけて積もってきたというならまだ分かるが、10年前は19兆円だから毎年4兆円づつ増えている。これらの資産が税金としてきちっと収められていれば、消費税は引き上げなくて済む計算だ。
嬉しい事に、この金は死に金だから実体経済にダメージが出る恐れはない。つまり日本経済へのマイナス影響はないのだ。
悲しいことに、この金を吸い上げる法的手段は今のところない。客観的に見て明らかに不正行為ではあるが、違法行為ではない。それが「規制緩和」ということだ。
だから「脱税ではなく節税だ」と、彼らはうそぶくのである。

薄煕来被告の最終弁論が1時間半に及んだそうだ。
5日間をかけての裁判、被告の罪状の全面否認、という異例づくめの裁判は幕を閉じた。
有罪は動かないだろうが、かなり世論は動いたと思う。
捕まえたのは胡錦濤だ。捕まらなければ薄煕来は習近平の右腕となるはずだった。
裁判を指揮したのは習近平だ。
こうなれば、なぜ異例づくめの裁判になったのかは容易に推察できる。習近平の巻き返しだ。習近平は薄煕来に「退任の挨拶」をさせたことになる。
中国共産党は、政府と軍の鄧小平派に奪われた陣地を少しづつ回復しているようにみえる。
世代的に見れば最後のチャンスだ。
ただそれが文化大革命賛美路線に向かわないかというのは気がかりであるが…

25日の報道によると、
人民法院は裁判での激しいやりとりを中国版ツイッター「微博」上で速報しており、フォロワーはすでに45万人を越えています。
とのことだ。習近平の並々ならぬ力の入れ方が見て取れる。

グーグル検索したところ

「美洲大蠊精粉」というページに辿り着いた。中国語だがとんでもなく詳しい(ように見える)。参考文献が25篇も引用されている。

これが商品。200g入りというから袋詰のコーヒーくらいか。

性状は「棕色至褐色粉末」というから膿の色だろう。

効能は活血散瘀,解毒消疳,利尿消肿。対象疾患は用于症瘕积聚,小児疳积,脚気水肿,疔瘍、肿毒および虫蛇咬傷だから、まぁなんでも効くようだ。

漢方処方集(本草)では次の書物に記載がある。ただし効能はそれぞれ異なる。

《神农本草经》、《名医别录》、《唐本草》、《本草纲目》、《分类草药性》、《陆川本草》
 

なお、「本草纲目では“身似蚕蛾,腹背俱赤,两翅能飛”と描述されている。これは美洲大蠊の独有的特徴だ」と宣伝されている。

製法

医生薬業集団「美洲大蠊GAP」という会社が养殖基地で生産している。禁食すること10日間、その后、用高温水蒸气で捕杀し、低温减压干燥させ、特殊脱脂工したあと、高频振动にて磨粉碎し、为超微细粉とする。即得。

医療用にも堂々と使われいるようだ。

治疗癌症

在西南地区民间流では美洲大蠊辅が助治疗癌症的に使われている。

治疗肝病

特别是肝硬化、肝腹水的治疗だそうだ。

提高免疫力

免疫力低下した老人に给し、以て提升免疫力という。

治疗創傷

西南多个少数民族都有では、创伤治疗药物に作为する习惯がある。抗日战争时期に中国軍も取り入れたようだ。刀伤、枪伤、蛇虫咬伤等外伤に使用するのは当地少数民族的な治疗方式である。

とりあえず自然科学のカテゴリーに入れるのはやめておこう

 ゴキブリと漢方

食事前の方はお読みにならないほうがよろしいかと存じます。

まずはウィキペディアから

ゴキブリ、漢字では「蜚蠊」と書くそうだ。非とか廉とか、それらしい字だ。関西では「あぶらむし」と言われていたが、「ごきぶりホイホイ」の大ヒットにより、全国的にゴキブリが一般化したようだ。私も小さい頃はアブラムシとかゲジゲジと呼んでいた。

世界では4千種のゴキブリがいて、生息数は1兆4853億匹に達するそうだ。このうち家屋害虫となる種類は1%にも満たない。

走るのが早く、秒速1.5メートルを走るという。これは人間に換算すると60メートルに相当する。

サバイバル能力もきわめて高く、水なしで1ヶ月以上生存できるという。体内に微生物が共生しており、タンパク質の補給を受けるためとされる。

おそらくこのような能力が注目され、漢方に取り込まれていったのだろう。

「金匱要略」(きんきようりゃく)という書物が、ゴキブリ有効説の根拠のようである。ゴキブリならなんでもいいというわけではなく、サツマゴキブリやシナゴキブリの雌が血行促進作用を持つとされる。

日本でもシナゴキブリの乾燥品が漢方薬として販売されており、入手は容易とのことだ。

どうでもいいニュースだけど、中国で養殖されていたゴキブリ100万匹が逃げ出したようだ。
同じ日にワニ千匹が逃げ出したというニュースがあって、こちらの方はテレビでも取り上げていた。

ゴキブリの話だが、笑い話が何重にも隠されていてまるでほら話。

ゴキブリは漢方薬の材料として飼育されていたらしい。さまざまな漢方の原料となるため最近では養殖が盛んになっているという。

スリッパで叩き潰した時の、ぺしゃんこになった腹から飛び出した、あの膿色のジュルッとした汁を、どんな顔をして飲むのだろうか?

ワニの方は洪水に襲われた飼育場から逃げ出したのだが、こちらは洪水のせいではなく何者かが温室を壊して逃がしたらしい。

付近の住民の話では、制服を着た人たちが重機などで温室を取り壊し立ち去りました。


中国では、当局が再開発などのため民間の建物を壊すことが多いのですが、今回のケースでは、市役所の国土局や住宅局はいずれも、「我々はやっていない」と話しています。

ということで、最後に中国ならではの怖いオチがついていました。

赤旗には時々、中国人専門家の意見が単発で掲載される。
掲載された背景(何気ない肯定?)などを勘ぐったりすると結構楽しめる。
今回は上海国債問題研究院のしょう育群主任という女性。しょうという字は召ヘンに阝でWindows にはない。
見出しは
新しい型の大国関係…協力と競争が同時に進行…

文章はまず6月の米中首脳会談の評価から始まる。
「新しい型の大国関係」というのは、この時習近平が提起した考えで、「米国も積極的に応えた」とされる。

新しいというからには、「古い大国関係」というものが想定されているわけで、それは「新たに勃興した大国が既存の大国に挑戦し衝突する」関係と規定される。

新しい大国関係はそうではなく、〔大国同士が対抗せず協力する」というものだそうだ。

これだけでは分かったようで分からない。「好んで喧嘩しようとしたわけではなく、結果的にそうなってしまった」みたいなことも、過去にはたくさんあると思う。

サル山のボス争いのパターンも、そう下克上みたいな話ばかりではないらしい。


「なぜ中国はこの概念を提起したのか」と話は進む。
それは米中両国が相互に懸念を持っているからだ、とされる。
そこで「新しい大国関係」という概念を提起したのだという。

ずいぶん曖昧模糊とした話だ。これなら笹川良平の「世界は一家、人類みな兄弟」のほうがよほど分かりやすい。

ここからが本番だ。
彼女はアメリカの「アジア回帰」路線の評価に的を絞っている。

「アジア回帰」は中国にとってチャンスでもあり挑戦でもあります。
アメリカの「アジア回帰」路線は「中国封じ込め」だという議論がありますが、それは違います。


習近平うんぬんは枕詞で、ここが彼女の主張の中心のようだ。

彼女は「挑戦」という言葉を何回も使っているが、日本語の「挑戦」というイメージとは違うようだ。日本では「挑戦」も「チャレンジ」もかなり軽い言葉である。
しかし文字通りには“闘いを挑む
のであり、場合によっては戦争を挑発することまでふくまれる。
彼女が「挑戦」という言葉を使う場合、それは「脅威」という言葉の置き換えと見るべきであろう。


彼女は「アジア回帰」が「中国封じ込め」戦略の一環とはならないことの根拠を2つ挙げている。

1.中国はすでに、「封じ込めるには大きすぎる」という事実。
2.「封じ込め」は中国の怒りを買うため、米国の利益にならないという事情。

この2点目はかなり微妙な表現だ。ふつうなら「東アジアの緊張を高めるため」というべきところだが…
「封じ込め」戦略は軍事・政治をふくむ総路線だ。そこにはイデオロギーもふくまれてくる。「アジア回帰」がそういうものをふくまないと考えるのはあまりにナイーブな発想だ。
なぜなら今もなお冷戦構造は厳として存在しているからだ。米日・米韓の軍事同盟は明らかに中国を仮想敵国としたものであり、それをテコとしてアメリカは日韓両国を事実上支配し続けているからだ。

米国のアジアにおける軍事プレゼンスは、中国にとってひとつの挑戦(脅威と読め)です。

と現状を厳しく指摘した上で、

問題は、現在の地域安全保障は伝統的な2国間同盟では解決できなくなっているということです。

なぜなら

この地域の安全には中国の関与が必要になってきているからです。

しかるに

これらの同盟は中国と対抗関係にあるので、アジアの安全保障問題は難しくなっています。

これが現状なのだ。
しからばどうするか。
当事者能力のない日本や韓国と交渉するよりも、親分とさしで話をつけたほうがいいのではないか。
ということだ。
結局、「新しい型の大国関係」というのはアメリカの「アジア回帰」路線に対置された中国の総路線であり、それは突き詰めると「日韓相手にせず」路線をとるということになるようだ。


率直に言って東アジアの自主・自決、平和と安定にとってあまり歓迎すべき路線とはいえない印象だ。
日本がその気ならこちらも頭越しで行きますよ、と言わんばかりの“挑戦的”な構えだ。安倍首相がこの体たらくでは致し方ないのかもしれないが…


恥ずかしながら、安倍首相のシンガポール講演が話題になっていることを知りませんでした。

7月26日 シンガポールでの安倍講演要旨(首相官邸ホームページより)

参議院選挙勝利の意味

参議院選挙で、私たちの党は、国民から、近来稀に見る、強い負託をもらいました。

昨年の第3四半期、日本経済はマイナス3.6%縮みました。私の経済政策で、今年の第1四半期4.1%成長しました。

成長なくして、財政再建なし。成長なくして、社会保障制度の維持や充実なし。経済成長は、すべての前提条件です。

必要なのは、規制の大胆な改革です。TPP交渉のような、外部からの触媒です。

国境を越え、経済圏をまたいだ、ダイナミックな、「競争」と「協調」による、新しい付加価値の創造です。

そしてそれには、既得権益に立ち向かう、強い政治力を必要とします。

シンガポールに追いつき、追い越したい

秋以降、私たちの政治課題は、一にも二にも、改革の実行です。日本経済を本当に強くし、実質所得を増やすことです。あわせて、持続可能な道筋に、財政を乗せることです。

この秋には、企業にとって強いインセンティブとなる投資減税を決定します。

規制改革のため必要な法律、事業の再編を進めるための法律など、矢継ぎ早の成立を目指します。

電力や農業、医療分野で規制の改革を進め、新たなサービス、新しい産業を興し、日本経済の活力を、そこから引き出します。

世界一、ビジネス・フレンドリーな国にしたいと、私たちは言い続けています。

The Power of Dreams

農業や、医療をめぐる既得権益と戦って、安倍晋三は、結局負けるだろう。そう言う人がいます。

イノベーションを促し、日本の外に市場を求めていけば、農業だって、プラス・サムの発想で、やっていける産業になるはずです。

似たことは、医療にも当てはまります。病院の運営、医療保険のノウハウを、組み合わせた形で新興国に売る。これらのことを、ひとつひとつ、着実に実施していくことが、私と、私の政権に課された課題です。

日本とASEANの40年

自由と、平和の大切さを奉じて、銃弾の一発とて撃たず、民主主義や、法の支配を、揺るがせにしなかった日本、そんな日本の国柄を、長い付き合いの皆さんは、よくご存知です。

アジアを導くものは、昔も、今も、これからも、力による威圧ではありません。

私は、日本にとって重要な隣国である中国の首脳と、親しく話し合える日を期待しています。韓国については、互いの来し方行く末に思いを致すにつけ、日本とは、共に米国の同盟国でありますし、地域安保の土台をなす間柄、経済でも文化でも、やはり in tandem だという思いを新たにしています。

こんな日本を作りたい

民主主義にしろ、その、根幹をなす、手続きの正当性や、法の支配にしろ、永遠の課題です。しかし日本は、挑戦し続けます。

さらなる高みに向けて、ともに歩んでいきましょう!!


おそらくかなりの部分は直筆だろう。ツイッターからも感じられる特有の臭いがする。妙に馴れ馴れしいと言うか、ぞんざいというか、あの「(笑)」の感覚である。

多分、人との距離がうまくとれない人なのだろう。

自分の話に酔いしれて、論理の欠落を高揚した感情で飛び越してしまうところも安倍首相独特だ。 

そんな文体批判はさておいて、やはり二つの部分が問題だ。

必要なのは、規制の大胆な改革です。TPP交渉のような、外部からの触媒です

のくだり。

そして

農業や、医療をめぐる既得権益と戦って、安倍晋三は…

のくだりである。

はっきりしたのは、安倍首相は農業と医療ではなく、それを担う人々、農民と医療従事者を敵(既得権益者)と見据えていることである。そしてTPPを戦いの主戦場と見据えていることである。


(前のページから続く)この調査の名称は

「全国の計120市区町村の首長と教育長を対象にした、教育委員会のあり方に関するアンケート調査」

特徴は三つある。

一つは文科省の諮問機関である中教審が行った調査だということだ。権威のある調査であると同時に、かなり文科省筋のバイアスがかかっている調査だということである。

二つ目は、調査対象が自治体の首長と教育長だということである。教育委員会そのものではなく、行政に携わるものとして、より権力の意向を反映しているものと考えられる。

三つ目は、調査の内容が「教育委員会の独立性」という、きわめて今日的で微妙な分野となっているからである。

前置きが長くなった。

赤旗は次の4つの項目について数字を掲載している。

1.「教育委員会が首長部局から独立していることが首長にとって制約になっているか

この質問に対しては首長の51%、教育長の59%が「そう思わない」と答えている。

2.「教育委員会が合議制であるため事務執行が遅滞しがちである」か

この質問に対しては首長の62%、教育長の76%が「そう思わない」と答えている。

3.「現行の教育委員会制度を廃止して、その事務を市町村長が行う」べきか

この質問に対しては首長の58%、教育長の85%が「反対」と答えている。

4.(それとも)「合議制の執行機関としての教育委員会を存続しつつ制度的改善を図る」べきか

この質問に対しては首長の57%、教育長の67%が「賛成」と答えている。

この調査は、質問項目を見れば分かるように、かなり誘導尋問的な質問となっている。

なぜそのような質問をしたか。赤旗は以下のように背景を説明している。

安倍政権は、教育委員会の独立性を敵視している。

政府は、首長の任命する教育長に権限を集中し、国と首長による教育への統制を強化しようとしている。

中教審はその方向にそって、教育委員会制度の「見直し」を行っている。年内に結論を出す運びとなっている。

ということなので、このアンケート調査はその露払いの役割を果たすはずであった。

それがこんな強力な肘鉄を食らわされる結果になってしまったのだから、右翼は焦っている。

赤旗によると、

櫻井よしこ委員は、「統計は恣意的に解釈されることが多い」と(意味不明のセリフ)述べました。

そして、「戦後日本の教育は本当におかしい。納得いかない」と不快感を示しました。

そうだ。

義家政務官は「教育委員会の無責任な状況が表出している。責任体制の確立をしなければならない」として、「改革」の断行を強調しました。(義家さんといえば、“歩く無責任みたいな人だと思いますが)


以上、長くなりましたが、自民党・安倍政権・右翼がトレンド、日本人の社会意識のメイン・ストリームを取り違えているのではないかということの意味です。




昨日の最後の記事で

トレンドが読めない自民党政権

という訳のわからない文章を書いたが、それはこの間の意識調査の結果を見た時の感想なので、それを書かないと読者にはなかなか問題意識は共有していただけないと思う。

まずは参議院選挙後に各紙(朝日、毎日、日経、共同通信)が行った世論調査の結果が出揃ったことだ。

1.消費税増税

“予定通り”は2割

2.集団的自衛権

反対が過半数

というのが赤旗の見出し。

この二項目に絞って各紙の調査結果がグラフ化されている。

http://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/1/b/1b47f32f.jpg

この他の調査項目は各紙が揃っているわけではない。

3.解釈改憲

内閣法制局長官の人事で話題になった解釈改憲については、朝日と共同が調べている。

朝日では反対が59%、賛成が27%となっている。

共同でも反対50%、賛成39%となっている。

注目すべきなのは「どちらとも言えない」や「分からない」との回答比率が少ないことである。

日本国民は、これまで曖昧にしてきた問題にもはっきりとノーをつきつけるようになってきている、というのが時代の特徴ではないだろうか。

もう一つの調査は教育委員会のあり方に関するアンケートである。

これについては長くなってしまったので、次のページに


前にも書いたが、未来予測には当面の動きがどうなっていくかというSituation 分析と、より長期の流れがどうなっていくのかというTrend 分析とがある。

どちらに重きをおくかで、たとえば今回の参議院選挙などは見方が180度変わってくる。

Trend といってもそう先まで読めるわけではないが、おそらく10年単位の動きがあるのだろうと思う。

社会意識の流れは現実の社会の動きに10年くらい遅れて現れてくるのではないだろうか。この間勉強してきて分かったのは、社会の動きにプラザ合意と97年ショックという二つの節目があることだ。

三つ目のショックが今起きているような感じもするが、それは4,5年してみないと分からない。

それに合わせて社会意識の流れも方向を変えている。私は今の流れが全体として左に向かっているように思う。

その流れは小泉政権の末期から始まっている。郵政を偽りの争点として自民党が大勝したとき、それはすでに始まっていた。国民が小泉を支持したのは自民党を支持したのではなく、「自民党をぶっ壊せ」という小泉の呼びかけに応えたのである。

それを自民党の勝利と錯覚した保守派は右翼系の政治家を前面に押し出した。そして民主党に大敗した。

民主党の創立者だった鳩山は「民主党は野党でも与党でもない」と言った。メディアからは「ゆ党」と揶揄された。国民は与党からゆ党に移行したことになる。

焦った財界・支配層は連合を通じて民主党に介入し、民主党のトップスリーをパージし、自己の勢力内に取り込んだ。

しかしその結果、だいじに育てた民主党そのものが崩壊してしまった。

自民党を見限った国民は民主党も見限った。自民党の勝利はその限りでのものである。では与党からゆ党に動いた国民の社会意識はどこに向かうのか。左へと流れ始めた国民の意識は止まったのか。

止まってはいない。止まってはいないからこそ、民主党は崩壊したのである。

これが目下のトレンドであると思う。

自民党右翼のリサイクル内閣は、このトレンドが読めていないように見える。国際感覚もひどいものだが、本当にひどいのは社会を漂う閉塞感と無力感、怒りの感情に対する無関心だ。

かつて野党連合の細川政権から、自社さを経て自民党政権に復帰したとき、党幹部ははるかに慎重にトレンドを読んでいた。取り込むべきは取り込んだ。

今の政権にはそのような政治感覚はない。「キャンディーズ・ファンクラブ」の乗りがそのまま持ち込まれている。

彼らが「倍返し」される日は遠くない、と思う。

妻は多系統萎縮症という神経難病、徐々に症状が進み、今では会話も困難になってきている。そういう中での楽しみが再生医療のニュース。新聞の切り抜きをたくさん集めている。もっとも最近ははさみも使えなくなってきたが…

そういう難病患者に水を差すのがTPP絡みの「先進医療」制度の拡大。

もともと高度な医療技術を保険適用するまでのつなぎの制度という建前だったが、これを混合診療解禁の切り込み役に使おうというのが、米日政府と独占企業の狙いだ。

政府・財界にとって先進医療は四度美味しい。

ひとつは医療費の抑制になるということだ。

二つ目は公的医療制度を縮小できるということだ。

三つ目は法外な自由料金にして開発企業が特許で大儲けできるということだ。

四つめは、医療にカネがかかるようになると民間医療保険が大儲けできるということだ。

「やらずぼったくり」とはこのことだ。

これにTPPが絡むのは三つ目と四つめの所。

この儲け話は、日本の企業にとってはメリットはない。せいぜいおすそ分け程度で、とくに医療保険については日本は参入そのものを禁じられている。儲けは全てアメリカが持って行ってしまうことになる。

何故そうなるのか。一つはアメリカが軍事をテコに圧力をかけているからであり、ひとつはトヨタなどが対米輸出を認めてもらうためである。

それにしても嫌な世の中になったものだ。

6月10日の記事で、原子炉事故を起こしたアメリカの原発会社が三菱重工に賠償請求したと書いたが、話はさらに大きくなっているようだ。

会社側は契約の上限1億4千万ドルを超え、損害全額の責任も負うべきだと主張しているそうだ。その理由は「欠陥があまりにも基本的かつ広範な場合、責任上限は無効」というもの。

これでは原発会社は「善意の第三者」みたいな言い方だ。アメリカの会社はつくづく面の皮が厚く出来ているようだ。「反省だけなら猿にもできる」というが、連中には通じそうもない。

しかしそんなことを言っていても始まらない。振りかかる火の粉は払わなければならない。

ネットでちょっと見ただけでも、この請求に関する大量の記事が発信されている。しばらく大仕事はやりたくないので、突っ込むのはご遠慮させていただく。

それはそれとして、この問題は福島にも飛び火する可能性がある。

共産党の吉井議員は、もしこれが認められるなら、福島の原子炉を製造したGEの製造責任も問われることになると指摘している。

日本政府は知らんぷりするかもしれないが、これをアメリカの裁判所に持ち込めばどうなるか、なかなか面白い話だ。

三菱重工さん、対抗訴訟やってみたらどうだろう。福島は東芝だからちょうどいいんじゃない?

なんという時代錯誤

英当局がガーディアン紙のハードディスクを破壊したそうだ。

ガーディアンの編集長がコラムで明らかにしている。

これによると、英情報機関・政府通信本部(GCHQ)の専門家2人が、同新聞社を訪れ、地下室で関連資料をふくむハードディスクが壊されるのを見届けたそうだ。

編集長は「デジタル時代を理解しない無意味な行為」と皮肉っている。

まぁ、英当局も米当局の意向を汲んでやった象徴的な行為と思うが、わざわざ地下でやるところなど、考えようによってはイギリス人らしいブラック・ユーモアでもある。

赤旗を5日間もためてしまった。本日はその作業から。

最初は対外直接投資残高が1兆ドルを超えたというジェトロのレポート。

96年の同残高が2590億ドルだから4倍に増えた計算。

これには二つの意味がある、一つは海外進出であり、もうひとつは租税回避である。

投資先を地域別に見るとそれがはっきりする。

北米29%、アジア28%は海外進出の加速の表現であろう。

しかし、投資元を産業別にみると、08年のリーマン・ショックを境にして、非製造業の投資残高が製造業を上回るようになっている。

ここには商業施設等の海外進出もふくまれるが、投資という名の資金逃避の色彩が濃厚となってくる。

その象徴が中南米への投資残高の異常な伸びである。対中南米向け投資は96年に比べ10倍の1200億ドルに急増している。

中南米と言ってもピンとこないだろうが、ケイマン諸島である。対ケイマン投資が半分以上を占めているのだ。

同じことが対ヨーロッパ投資にも言える。2500億ドルの対欧州投資の4割近くをオランダが占めている。

オランダといえば、英国スターバックスの脱税の舞台となった国である。多国籍企業を呼び込むために子会社を作らせ、海外からの送金に優遇措置をとっている。いわば大企業の脱税(綺麗に言えば租税回避)を国を上げて奨励している国である。

大企業の優遇が日本のためにはならないことが、ますますはっきりしてきた。国民としての立場をはっきりさせなければならない。そのためにはまずTPPをぶっ潰すことだ。

カタールとアル・ジャジーラについては不勉強だが、とりあえず「はぐれ雲さん」のブログから紹介しておく。

エジプト混乱…戸惑うアルジャジーラ・カタール…  

1.NHKの中東関連ニュース(映像)の大半はアルジャジーラを使用してしている。日本における影響力は大きい。

2.アルジャジーラのスポンサーはカタール王家で、王家の意向を色濃く反映している。

3.カタール王家は当初より「民主選挙で選ばれた」モルシとムスリム同胞団を支持し、巨額な支援を行って来た。

4.「クーデター」後、カタール以外のアラビア半島の王国は、こぞって軍=暫定政権支持を表明している。

5.カタールは近隣王国から孤立しており路線修正に迫られるだろう。その際アルジャジーラの報道姿勢も変わる可能性がある。

6.それらの過程を通じて、アメリカの中東における影響力はますます弱まるだろう。

ブログ主さんは、エジプトの「クーデター」を軍部による反革命と見ており、シリアのアサドと「同じ穴の狢」と見ているが、客観的な事実内容は了承しうる。

東京外国語大学のサイトに「日本語で読む中東メディア」というページがあって、フレッシュなニュースを紹介してくれている。

そのなかでもこの記事はとびきりフレッシュだ。なにせ今日付けだ。まだ湯気が出ている。翻訳者の八木久美子さんに感謝したい。

エジプトの同胞団にはどんな未来があるのか

2013年08月24日付 al-Hayat紙

【カイロ:アフマド・ザーイド】

以下要点を抜書きする。

ムスリム同胞団の未来を占うためには、まずその歴史を見ることが必要だ。

同胞団の歴史はその根底において危機の歴史で ある。1948年の王政時代の最初の危機、1954年の革命政権との危機、ムバーラク政権との長い闘争などすべてそうだ。

しかし現在の同胞団の危機は、その中でも最も厳しく困難なものだ。

なぜならまず、現在の危機は他者によって加えられたものではなく、同胞団自身が招いた危機だからだ。

モルシの当選後、同胞団は司法・公安・治安など国家の強大な諸機関において力を拡大した。そして「国家の同胞団化」により社会を支配しようとした。

彼らは社会の分裂を歓迎した。柔軟性の片鱗も見せることなく、合意やコンセンサスの実現を蔑視した。

これが最近1年間の「精神的指導者の統治」と呼ばれた期間の特徴であった。

現在の危機は、すでに同胞団と政府のあいだの衝突ではなくなっている。それは一方における同胞団とジハード集団の同盟、もう一方における一般社会および国家という対立になっている。

この対立構造は、すでに同胞団が権力の座にあった時からそうだったのだが、彼らが権力から転落した後、ますますその姿を明らかにした。

権力を失った後に彼らが見せた行動は、この闘いを何倍も激しいものにしている。その象徴がコプト教徒への迫害である。同胞団はコプト教徒を暴力行為の標的にした。

同胞団は、国民革命の行方に心穏やかでなかった米国と欧州連合を巻き込んだ。そして米国に忠実に追随するトルコとカタール(アル・ジャジーラを指すのであろう)をも巻き込んでいる。

8月14日に座り込みの排除が行なわれた。すでに同胞団は一般社会及び国家と真っ向から対決する決意を固め、そのために暴力という手段に訴えることを決意していた。

彼らはいかなる譲歩をする能力もない。彼らのスローガンは血に染まっている。「一人殺せ、いや百人殺せ」と人殺しを呼びかけている。

こうして危機はさらに厳しい状況になっている。

かつて人々がこの国の指導を任せた集団と、国民とのあいだに、予期せぬ、劇的な展開が次々と起こってきた。

“同胞団の指導は失敗であった”、と人々のあいだで意見が一致した。そして国民と軍が指導者の権利をはく奪した。これが6月末から7月初めにかけての一連の出来事の本質である。

それに対して、彼らはすぐさま反応した。そしてこの国と人々を焼き尽くし始めたのである。


なかなか難しい文章であるが、おおむね私の感想と一致している。

注目すべきは“国民革命の行方に心穏やかでなかった米国と欧州連合”という記述である。トルコもイスラム政党が政権を握る国というのではなく、米国に忠実な国として描かれている。

分かりやすいのは、イスラエルとその同盟者であるアメリカのマスコミだ。彼らは中東諸国で紛争が起きれば“愚かな方”を選ぶ。①愚かな方が御しやすい、②愚かな方が頑張れば紛争が長引く、しかし彼らが勝つことはない、③中東全体を愚かに見せることができる、からだ。

昔のトロツキスト(正確に言えば旧ブント)に対する“泳がせ政策”と同じだ。だから彼らは実は原理派が大好きだ。

雑駁な印象だが、それがクーデターであったことは間違いないし、モルシ政権の打倒がクーデターという形式をとったことは正しいとはいえない。

クーデターという手段に訴えなくても、政権の崩壊は時間の問題であったし、そのようにすべきだったのである。

ただそれがより平和的な移行をもたらしたか否かは分からない。いずれにせよモルシはやめる気はなかったし、政権維持のために暴力を用いる可能性はあったからである。

その上で、二つの問題を提起しておきたい。

まず我々はエジプトの民衆が抱いた同胞団に対する強い危機感を共有しなくてはいけない。問題の根源はムルシの失政ではなく、同胞団の邪悪さである。そこにすべての出発点がある。

無論、同胞団とそれを支持した広範な民衆とは分けて考えなければならない。しかしそのことによって同胞団の邪悪さは免罪できないのである。それは合法的に政権を獲得したからといってナチスを免罪できないのと同じだ。

もうひとつ、8月14日を境として、状況は明らかに変わったということである。彼らは明らかに強制排除を待ち構え、それを機に社会全体を標的とする攻撃に打って出た。

そこに至る経緯がいかなるものであるにせよ、いま彼らの正統性を擁護することは明らかに間違っていると思う。

エル・バラダイは、“国際人”らしい盛大な最後っ屁を放って、ウィーンへと逃げ去った。しかしエジプトの民はそこから逃れることはできない。災難には立ち向かうしかないのである。

7月3日

7月3日深夜 モルシ大統領、「軍が行程表を発表したことはクーデターそのものであり、完全に拒否する」と表明。今後も自らが大統領だと主張し、国民に対し「クーデター」に対抗するよう訴える。

7月3日 モルシ大統領、軍の超法規的措置により事実上解任される。

7月3日夜、テレビでシシ軍最高評議会議長が今後の「政治行程表」に関する声明を発表。現行憲法を一時停止したうえで、早期に大統領選挙を実施することとなる。

7月3日夜 タハリール広場には数十万人が集まり、大統領解任を喜び合う。

7月3日 同胞団と反大統領デモ隊が各地で衝突。少なくとも14人が死亡、約100人が負傷する。

7月4日

7月4日 最高憲法裁判所のアドリー・マンスール長官が暫定大統領に就任。

7月4日 同胞団はモルシ氏がひきつづき大統領職にあると主張。軍の行動はクーデターだと非難。モルシ支持の大規模デモを呼びかける。

7月4日 マンスールが就任宣誓。「エジプトの革命派の人々が国のいたる所で声を上げた。世界に対し力強さを示した彼らに敬意を表する」と述べる。また「同胞団も国民の一部であり参加を歓迎する」と国民的和解を訴える。

7月4日 トルコのダウトオール外相、「選挙で選ばれた政権が軍事クーデターで打倒されるのは認められない」と批判。

7月4日 アムル外相(モルシ解任直前に辞任)、ケリー米国務長官など複数国の外相とカイロ駐在の各国大使に連絡。「軍の行動は国民の反政府デモに導かれたものであり、政治的な役割はない。これはクーデターとは正反対のものだ」と強調する。

7月5日

7月5日 タハリール広場付近で同胞団と反モルシ派が衝突。2人が死亡。衝突はエジプト各地で発生し、アレクサンドリアで14人が死亡するなど死者は少なくとも30人に達する。

7月5日 同胞団指導者バディア、デモで演説し「モルシ復権までデモを続ける」と発言。

7月5日 米国務省のサキ報道官、エジプト各地の衝突を「非難する」と表明。全ての指導者に対して、暴力を阻止するよう求める。

7月8日 マンスール暫定大統領、33条からなる暫定憲法を発表する。

7月8日 共和国防衛隊本部前で同胞団デモ隊と治安部隊が銃撃戦。治安部隊4人を含む57人が死亡。

7月9日 マンスール暫定大統領(最高憲法裁判所長官)、ビブラウイを首相に任命。

7月10日 マンスール暫定大統領、「憲法宣言」を公布。

7月10日 検察当局、治安部隊との衝突を扇動した容疑で同胞団最高指導者バディアらの逮捕を命じる

7月10日 同胞団、「われわれはクーデターを行ったものたちとは取引しない」とし、暫定政権による入閣要請を拒否。

7月16日 ベブラウィ首相率いる暫定内閣が発足。各分野の専門家が中心の「実務型」となる。シシ国防相(軍最高評議会議長)とイブラヒム内相が前政権から残留。

7月16日 同胞団は「内閣は軍の戦車によってもたらされたもの」とし、入閣を拒否。抗議行動を展開する。治安部隊との衝突で7人が死亡、260人が負傷する。

7月24日 マンスール暫定大統領、「国民和解協議」を始める。同胞団は参加を拒否。

7月26日 カイロのタハリール広場などで「反テロ・反暴力」の大規模デモ。シーシ国防相・副首相が国民に呼びかけたもので、軍によるデモの動員は初めて。

7月26日 タマルド(反乱)、「反テロのデモへの参加は国民の義務である」と支持し、「全同胞団指導者の拘束を求める」と訴える。

7月26日 イブラヒム内相、同胞団の座り込みは「近いうちに法律に従って一掃されるだろう」と発言。治安部隊が強制排除に乗り出す可能性を示唆。

7月26日 検察当局、「スパイ容疑」でモルシ前大統領に15日間の拘束命令。ハマスがエジプトで破壊活動を行うのを助けたとされる。米国やEUはムルシの釈放を求める。

7月27日 カイロ郊外ナセルシティーで治安部隊と同胞団との衝突。72人が死亡する。

2013年8月

8月1日 内務省、速やかに座り込みを終了するよう求める声明。同胞団は強制排除の意思表示だとし、反発を強める。

8月2日 エルバラダイ副大統領、「現在の最優先課題は暴力の停止である」とし、同胞団との対話の必要性を強調。

8月3日 ベブラウィ首相、治安の回復を訴えると同時に、「和解の必要性ははっきりしている。いかなる国民も新たな政治生活から排除されてはならない」と強調。

8月3日 ファハミ外相がエジプト訪問中のバーンズ米国務副長官と会談。暴力を否定する限りいかなる政治勢力も排除しないとの方針を表明。

8月7日 米国など外交代表団、同胞団に対する説得活動を断念。同胞団はモスクやカイロ大学前で数千人規模の座り込みを続ける。

8月11日 同胞団はアズハル・モスク指導者のアフマド・タイイブによる調停案を拒否。当面の政治的解決の道が絶たれる。同胞団は「アズハル・モスクが犯罪の隠れ蓑となっている」と非難。

8月11日 同胞団はナスル・シティのラービア・アダウィーヤ広場とギーザのナフダ広場の要塞化に着手。

8月14日

8月14日 非常事態令が発動される。治安当局がムスリム同胞団のカイロでの座り込みを強制排除する。死者数は421人にのぼる。

8月14日 ベブラウィ首相、「混乱と病院や警察署などへの襲撃が蔓延しており、事態は容認の限度を超えていた」と述べる。

8月14日 エルバラダイ外務担当副大統領がデモ隊の弾圧に抗議して辞表を提出。

8月15日

8月15日 同胞団、政府庁舎や警察署、キリスト教会に対する襲撃を続ける。

座り込み排除に続く16時間のうちに104件の暴力行為が実行された。財務省本庁舎やギザの県庁舎が焼き討ちされた他、警察署と駐在所など31か所、治安部隊の建物も破壊され、車や戦車など燃やされる。18のキリスト教会、修道院、キリスト教徒の学校3件、住居25件が襲撃された。(中東マガジン

8月15日 内務省は、政府庁舎に対する攻撃には実弾で対処すると声明。

8月15日 青年組織「反抗」、同胞団の破壊活動から政府庁舎や教会を守るため、「監視グループ」を結成するよう呼びかける。

8月15日 軍がタハリール広場を封鎖。

8月15日 米主要紙は15日、社説で一斉にエジプト軍事援助の中止を求める。イスラエル、サウジアラビア、UAEなどは、地域の不安定化をもたらすとの声。

8月15日 オバマ米大統領、強制排除を激しく非難。エジプト軍との合同軍事演習を中止すると発表。

8月15日 国連安全保障理事会、「全当事者に対し暴力を停止し、最大限に自制するよう」もとめる。パンギムン事務総長は、治安当局によるモルシ派の強制排除を「最も強い言葉で非難する」と声明。

8月16日

8月16日 エジプト政府、オバマ発言は「事実」に基づいておらず、暴力的な集団を勢いづかせるものと批判。

8月16日 同胞団は、強制排除で数百人が死亡したとし、全国的な「怒りの百万人デモ」を呼びかける。

8月16日 同胞団は「クーデター体制を拒否することは宗教的、国民的、道徳的義務となっており、放棄することはありえない」と声明。今後1週間にわたり全土で連日デモに取り組むと宣言。

8月16日 ムスリム同胞団、「怒りの金曜日」デモを展開。この日だけで少なくとも80人が死亡。全土で15の警察署が襲撃され、少なくとも警察官24人が殺害される。

8月16日 国内の34の人権団体が同胞団を非難する共同声明。「同胞団は国民に対し過剰な暴力を加え、国家を混沌に陥れようとしている」とする。

8月16日 コプト教会、「武装テロリスト集団と対峙している軍や警察、組織を強く支持する」と表明。

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同胞団のデモにより焼き尽くされた跡

8月17日

8月17日 マンスール暫定大統領の政治顧問が記者会見。「われわれは宗教に名を借りたテロや暴力から国民を守らなければならない」「エジプト国民は過去のどの時期よりも、共通の敵を前にして団結している」と表明。

8月17日 ビブラウィ首相、多数の警察署や政府系庁舎を襲撃している同胞団グループと「和解することはできない」と言明。

8月17日 カイロ中心部のラムセス広場近くのモスクで立てこもっていた数百人の同胞団が、治安部隊との銃撃戦の末排除される。

8月18日 軍トップのシシ国防相(第1副首相兼任)、同胞団を含む全国民が今後の政治プロセスに加わるよう訴える。同時に暴力に訴える同胞団員は徹底して鎮圧する姿勢を示す。

赤旗によると、この日の閣議では激論が闘わされた。ベブラウィ首相が同胞団に対する解散命令の実施を提案。エルディン副首相が、非常事態令を早期に解除し、全国民の政治参加を保証するようもとめる。ファハミ外相は6月30日以降の衝突に関する調査委員会を設置するようもとめる。

8月18日 ムスリム同胞団が大規模な抗議デモ。カイロでは規模を縮小するなどの動き。

8月18日 刑務所に向け移送中の同胞団員36人が脱走。治安部隊により射殺される。

8月18日 バラダーイ、強制排除に抗議し副大統領を辞任。ウィーンに向かう。

8月19日 同胞団、カイロ郊外や北部アレクサンドリアなどで夜間外出禁止令を破り決行。

8月20日 エジプト治安当局、同胞団の最高指導者バディア団長を逮捕。ほかにもシャーテル副団長や自由公正党のカタトニ党首らを暴力扇動の容疑で逮捕。同胞団は強硬派のエザットを暫定団長に任命。

8月20日 青年組織「反抗」、「バディア氏逮捕は、革命の道を前進し、テロとのたたかいをすすめるうえで重要な一歩となった」と評価する。

2013年

2013年1月

1月6日 カンディール内閣の大幅改造。不安定化する政治・経済情勢に対応。

1月11日 ムバラク前大統領のやり直し裁判が開始される。

1月25日 革命2年を契機に大規模なデモが発生。モルシ大統領はポートサイドなど北部3県に非常事態を宣言。

2013年2月

2月 イランのアフマディネジャード大統領がイスラム協力機構首脳会議への出席のためエジプト訪問。ムルシー大統領は空港でアフマディネジャード大統領を出迎えたが、公式な首脳会談は行わず。

2013年3月

3月末 エジプト、イラン人観光客の受け入れを開始。エジプト・イラン間の定期便の運行も開始される。エジプトのサラフィー主義者が抗議行動を激化させる。

2013年4月

4月下旬 民間調査機関「バシーラ」の世論調査。モルシ大統領の支持率は、就任当初の72%から30%まで低下する。強権的な手法に対する非難も高まる。

4月末現在 失業者数は約343万人、失業率は12%を超える。失業者は革命前より100万人以上の増加。基礎食料を中心に物価も上昇。

2013年5月

5月1日 13人の青年が立ち上げた新組織“反抗”、大統領不信任と早期選挙実施を求める署名活動を開始。

5月7日 内閣の大幅改造。9人を入れ替え、同胞団のメンバーをさらに増やす。

5.13 「4月6日運動」、モルシ支持を撤回し辞任要求運動に加わる。活動家やジャーナリストが名誉毀損などの容疑で次々に逮捕される。

5.29 「反乱」が記者会見。署名数は3週間で「700万人分」に達したと発表。フェイスブックや口コミを通じて一気に広がる。

2013年6月

6月16日 モルシ大統領、南部の観光地ルクソール県の知事に「イスラム集団」幹部を任命。観光業者の反発を受け辞退。(イスラム集団は観光客ら62人が死亡した無差別テロ事件の犯人)

6月20日 大統領不信署名が目標の1500万筆を突破。

6月25日 モルシ大統領がテレビ演説。早期大統領選挙の実施を求める野党勢力との対決姿勢をとる。

6月26日

6月26日 “反抗”グループ、新たな政治組織「6月30日戦線」を立ち上げたと発表。

6月26日 「国民戦線」の代表サバヒは「6月30日には、ムスリム同胞団の強権支配を終わらせ、革命を再び前進させる新たな波をつくろう」と呼びかける。

6月26日 夜に入り、約1万人がタハリール広場に集結。

6月26日 モルシ大統領がテレビ演説。政策について一定の反省を示しつつも、「選挙で示された民意を無視しようとする勢力がいる」と反対派との対峙を打ち出す。

6月27日 野党勢力「国民救済連合」、大統領は過ちの深刻さを認識していない」と批判。30日のデモへの参加の意を表明。

6月28日 アレクサンドリアで両勢力の衝突。巻き込まれた米国人男性ら2人が死亡する。

6月28日 同胞団はイッティハーディーヤ大統領宮殿近くのラバ・アダウィーヤ・モスク前で座り込みを開始。

6月29日 “反抗”の署名運動、目標の1500万人を大きく超える2200万人の賛同を獲得。

6月30日

6月30日 「反乱」(タマルド)の主催する大集会。タハリール広場に多くの民衆が集まりモルシー退陣を求める。集会は、2日までに退陣の意思表明がなければ大統領宮殿にデモ隊が向かうと宣言。

6月30日 全土で大統領退陣と早期選挙実施を求めるデモ。「革命」時を上回る数百万人が参加する。

6月30日 モルシ大統領、英紙ガーディアンとのインタビュー。自らが民主的な選挙で選ばれたことを強調し、辞任する考えがないと述べる。

6月30日夜 大統領報道官、「デモの要求は尊重するが、対話が必要だ」と述べる。

6月30日 同胞団本部前で抗議活動をしていた反大統領派に対する銃撃で8人が死亡。同胞団ナンバー2のシャーテルが銃撃を指示したとされる。暴徒化したデモ隊の一部がカイロ郊外の同胞団本部を襲撃し火を放つ。

6月 非政府組織「ナディム人権センター」、1月から5月の間に282件の拷問が行われ、161人が死亡したと発表。

2013年7月

7月1日

7月1日 主要野党勢力「国民救済戦線」や「4月6日運動」がデモ継続を呼びかける。

7月1日 アムル外相はじめ5閣僚が辞表を提出する。

7月1日 軍最高評議会のシシ議長(国防相)が、48時間内に「国民の要求」に応えるよう大統領に“最後通告”を発する。

軍最高評議会声明: 反大統領派の運動は国内はもとより国際的にも称賛された。時間を浪費すればそれだけ国民の分裂や衝突が激しくなる。大統領は48時間以内に各政治勢力との間で事態収拾のための合意を達成すべきだ。これに失敗した場合、軍は今後の政治プロセスに関する「工程表」を発表する。われわれが(一昨年のように)政治や政権運営に携わることはない。

7月1日 警察を管轄する内務省、軍の表明を「完全に支持する」と表明。

7月1日夕 エジプト国旗を下げた軍のヘリコプター編隊が、タハリール広場の上空を旋回飛行。デモ隊への連帯の意思を示す。

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7月1日 軍はエジプト中部ファイユーム県の庁舎を占拠。同胞団の知事の権限を剥奪する。

7月1日 同胞団指導部、最後通告は軍による「クーデター」だとし、「これを阻止するために殉教者となれ」と、団員に流血の覚悟を求める。

7月1日 軍の態度表明に対し、反モルシ勢力のなかで意見が分かれる。“反抗”は、「軍の歴史的役割は国民の側に立つことにある」と表明。「4月6日運動」は、「工程表はすでにできている。軍は国防の任務に専念すべきだ」とする。

7月2日

7月2日 大統領府報道官2人が辞任。辞表を提出した閣僚は6人に達する。

7月2日 モルシー大統領とシーシー国防相(国軍トップ)が2度にわたり会談。

7月2日 カイロで、大統領辞任をもとめる100万人の集会とデモ。

7月2日 大統領府は2日、軍の提案を拒否する声明を発表。最後通告を撤回するよう求める。

7月2日夜 モルシー大統領、国民向けにテレビ演説。「国民に選挙で選ばれた責任を果たす。正統性を守るためなら命も惜しくない」と語る。

7月2日夜 カイロ大学前で同胞団と治安部隊との間で激しい衝突。

7月2日夜 48時間を過ぎ、軍が工程表を発表。

2012年

2012年1月

1月3日 人民議会(下院)選挙が終了。自由公正党が第 1党、イスラム教の原点回帰を目指すサラフィー主義を奉じるヌール党が第2党となる。旧政権側はほとんど議席を獲得できず。

票の7割は農村部にある。識字率はエジプト全体で60%であるが農村では35%にとどまる。農村
部では選挙の意味も十分に理解されておらず、すべてにおいて宗教的価値に重きが置かれている(鈴木恵美論文)

2012年2月

2月 諮問評議会(上院)選挙が施行される。下院と同様に自由公正党とヌール党が第 1 党、第2党を占めた。 同胞団は「大統領選には独自候補者を擁立しない」と宣言する。

2月 外貨準備高が157億ドルまで減少。適正基準の下限に迫る。

2012年3月

3月末 同胞団、公約を覆し大統領選挙での独自候補擁立を決定。シャーティル同胞団副団長と、自由公正党のムルシー党首が立候補を届け出る。(ムルシーは控え投手)

3月 軍の大統領候補はスレイマーン前副大統領(元情報機関トップ、陸軍少将)派とシャフィーク元首相(空軍中将)派に分裂。

2012年4月

4月 選挙管理委員会による事前審査で、スレイマーン、シャーティルを含む10人が失格となり、結果として軍はシャフィーク、同胞団はムルシーに一本化される。

2012年5月

5月23日 大統領選挙が実施される。同胞団のムルシー候補が 24%の得票で首位、旧政権高官であるシャフィーク元首相が僅差で2位となるが、いずれも過半数に届かず決選投票にもつれ込む。

5月31日 サダト元大統領の暗殺以来続いていた非常事態宣言が解除される。令状なしに逮捕を認めていた同宣言は旧政権による抑圧の象徴だった。

2012年6月

6月14日 最高憲法裁判所は人民議会選挙の結果を事実上無効とする判決。これを受けて人民議会は解散され、立法権は人民議会から軍最高評議会に移譲される。大統領選挙で敗れても軍の権益を保持する狙いとされる。

6月16日 決選投票が実施される。ムルシー候補がシャフィーク候補を僅差で破る。ムルシーは「国民全体の大統領になる」として、同胞団及び自由公正党から脱退。

6月30日 ムルシーは大統領に就任。軍最高評議会の暫定統治は終結し、民政移管が完了する。敗北したシャフィーク元首相はUAE に事実上の亡命。

6月 ムバラク前大統領に終身刑判決。

2012年7月

7月 ムルシー大統領、人民議会の再招集を命じる。しかし最高憲法裁判所は再招集を認めない判断を下す。

2012年8月

8月2日 新内閣が発足。暫定軍事政権のタンターウィー(軍最高評議会議長)は国防相に留任。

8月2日 カンディール首相率いる内閣が発足。省庁出身者や大学教授など多くの知識人・技術の専門家で構成されるテクノクラート集団。

8月5日 シナイ半島で、武装集団の襲撃によりエジプト軍兵士16人が死亡。

8月12日 ムルシー大統領、タンターウィー国防相とアーナーン参謀総長を突然解任する。襲撃事件の責任を口実に強行したものとされる。両名は大統領顧問に任命される。

8月 大統領は暫定憲法を発布。立法権を軍最高評議会から自身へ移管する。これにより、大統領は行政権と立法権の両方を掌握する。

8月 政府系新聞の人事権を行使し、編集長を交代させる。以後、政府系紙各紙は政権批判を自粛。一方、政権批判を行う新聞の編集長が中傷罪で一時逮捕される。

8月 ムルシー大統領、非同盟諸国首脳会議への参加のためイランを訪問。

2012年9月

2012年10月

2012年11月

11月12日 21の政党・グループが呼びかけたデモが全国各地で取り組まれる。カイロでは同胞団がデモ隊に殴り込み、100人以上の負傷者が出る。

11月16日 カンディール首相、ガザに入りハマス政権のハニヤ首相と会談。イスラエルによる占領継続を強く批判する。ハニヤ首相は「革命後の新しいエジプトを象徴する訪問だ」と称賛。

11月22日 モルシ大統領が「権力集中宣言」。新たな暫定憲法を発布し、「新憲法制定と次期人民議会選挙の実施まで、大統領の決定は司法を含む一切の干渉を受けない」と宣言する。

11月 政権が主導する憲法制定委員会、イスラム色を強めた新憲法を起草。国民投票へと動く。

2012年12月

12月4日 非政府系紙各紙が抗議の一斉休刊。ムルシーの強権姿勢に対して抗議デモが激化。

12月8日 ムルシー大統領、新たな暫定憲法を撤回。

12月 新憲法の是非を問う国民投票が実施される。世俗主義勢力は反対票の投票を呼びかけたが、賛成多数で新憲法は承認される。

12年末 治安状態が大幅に悪化。殺人は前年比約2・5倍の1885件、強盗は約3・4倍の2611件、誘拐も約2・5倍の258件に達する。

 

長沢栄治さんが朝日に以下のように書いている。中長期のトレンドを踏まえた卓見だろうと思う。二つの過程が同時進行しているのである。

 今回の「政変」は、革命なのか、クーデターなのか。このよく挙げられる疑問に答えるなら、革命でもあり、クーデターでもある、ということになる。軍部の実力行使は、クーデターそのものであるが、今回の「政変」は、革命プロセスの大きな節目となる一部でもあるからだ。

現在も続いているのは「革命」なのである。これまでの世界史上の革命がそうであったように、善悪の基準で測れるものではないし、またきれいごとでは済まな い。“民主化を求めたはずの人たちが血迷って、いったい何をしているのでしょう”、というような「西側」の「上から目線」で語ってしまうのでは、何も分からな い。 

 

2011年

2011年1月

1月25日、最初の大規模デモ。

2011年2月

2月11日 18日間に亘る騒乱とデモの末ムバラク政権が崩壊。大規模デモが発生した日付をとって「1月25日」革命と呼ばれる。「国事」の運営は軍最高評議会(SCAF))に託される。

2月12日 SCAF、第4号声明を発表。自由で民主的な国家を建設すると宣言。タンタウィ陸軍元帥(国防相)を議長に指名。

2月13日 SCAF、憲法と人民議会を停止する。行政トップには前政権のシャフィーク首相が残留。SCAFの主導で「真相究明委員会」や「憲法改正草案作成委員会」が結成される。

2月16日 デモに参加した8グループが中心となり、エジプト革命理事評議会が設立される。

2月19日 ムスリム同胞団のリベラル分派ワサト党が合法化される。

2月26日 憲法改正委員会が憲法改正案を提示。①大統領の任期を6年から4年に短縮し、かつ2期に制限する。②大統領選挙に立候補できる要件を見直し。③非常事態宣言の発布・維持・更新権限の制限などをふくむ。

2月 与党国民民主党は事実上の解体。「自由公正党」(ムスリム同胞団)など多くの新党が結成された。

2月 「革命青年連合」が結成される。宗教に関係する主張は極力控えながらイスラームとコプトの融和を掲げ、革命の継続を目標とする。

2011年3月

3月3日 シャフィークに代わり、反ムバラク派のイサーム・シャラフが首相に就任。シャフィーク退陣を求めるデモは回避される。

3月19日 憲法改正案の是非を問う国民投票が成立。投票率は41%、77%の賛成で承認される。

3月28日 政党法が改正される。5千人以上の発起人署名を添えて申請すれば認可されることとなる。

2011年4月

4月8日 革命青年連合のデモ隊に青年将校グループが合流。SCAFの解散をもとめる。軍はこのデモを弾圧。

4月13日 軍は革命青年連合の圧力を受けムバラクの腐敗に対する捜査を開始すると発表。

2011年5月

5月24日 ムバラクと家族に対する起訴が決定。

2011年6月

6月6日 ムスリム同胞団の自由公正党が政党としての認可を受ける。自由公正党は13の政党に呼びかけ「エジプトのための国民同盟」を結成し、きたるべき選挙に備える。

2011年7月

7月8日 革命青年連合を中心に73の組織がタハリール広場での座り込みを開始。

7月23日 タハリール広場の青年がSCAF本部に向けデモ行進。警官隊と衝突する(アアッバーシーヤ事件)

2011年8月

 

2011年9月

9月9日 革命青年連合のデモに紛れ込んだ挑発分子がイスラエル大使館を襲撃。これを機にタハリール広場の選挙の長期化に対する不満が拡大する。

9月30日 革命青年連合の呼びかけたタハリール広場の占拠行動に、ナセリスト党やタガンムウ党、「変化のための国民団体」が反発を強める。

2011年10月

10月1日 選挙法で与野党間に妥協が成立。2/3を比例区、1/3を小選挙区とすることで合意。

2011年11月

11月 軍の憲法基本原則が明らかにされる。軍事予算は議会の審議を通さない、草案作成員会の半数は軍人とするなど。

11月18日 自由公正党の呼びかけた「基本原則に反対する100万人デモ」がおこなわれる。3日間で死者20人以上、1100人以上の負傷者を出す。

11月21日 抗議行動の盛り上がりを受けシャラフ首相が辞任。カマル・ガンズーリが暫定内閣を組織。

11月28日 人民議会選挙が始まる。地域毎に3回に分けて実施された(3回目は翌年1月)

2011年12月

12月20日 ムスリム同胞団がSCAFに対するデモを展開。挑発分子が治安部隊と衝突し、十数名の死者を出す。

年度末の経済状況: 外国からの投資及び観光収入が激減したために、経常収支の大幅赤字へとつながった。
外貨準備高が大幅に減少し、安全基準とされる輸入の3カ月分にまで落ち込んだ。
失業率は革命以前より約3%増の12.6%を記録した。
GDP成長率はリーマンショック前の7.2%、革命前の5.1%から1.8%へと落ち込んでいる。(日本大使館ホームページ)

 

「防衛研究所ニュース」の 2013年5月号に

「アラブの春」その後―2012年以降のエジプト政治情勢の展開:ブリーフィング・メモ

と題する研究論文が掲載されている。

著者は「地域研究部アジア・アフリカ研究室」の西野正巳さんという方である。事実経過を知る上で大変参考になるので、例によって年表形式で紹介させていただく。


と言いつつやり始めたら止まらないのが性格。他の文献にも手を出してしまった。当然膨大な資料となる可能性がある。

参考文献

政変後のエジプト経済・政治状況(1.4MB) - JETRO 


赤旗の小泉記者の情報は独自取材にもとづく系統的なものであり、大変参考になる。

朝日の川上記者による中東マガジンも豊富な情報をふくむ。

これも年表中に加えることとする。(多分ものすごい量になると思う)

日本語版ウィキペディアは、かなり情勢に遅れていて、当面の役には立たない。

 


エジプトの経済指標を見ていて思ったのだが、ネガティブな表現が多すぎる。
可耕地は狭い、人が多すぎる上に増え過ぎる、サービス産業ばかりで生産的産業は何もない、慢性の貿易赤字で、放漫財政が首を絞めている、といった調子だ。
これではお先真っ暗だ。
しかし人材は中東全土から集まってくる。GDPは少なくともリーマンショック前まではかなりの伸びだ。

つまり、第一次産業も第二次産業もなくても、エジプトは別に困らないのだということになる。
これは都市国家の特徴だ。考えてみれば香港もシンガポールもそうやって発展している。

エジプト(というよりおそらくはカイロなのだろうが)が国境を超えて中東の商業センターの役割を果たしているとすれば、それで計算は成立するのではないだろうか。

エジプトは地理的優位性、労働力、水、電力などが安いことなど優位点を多く有している。EU、湾岸諸国等との経済協定によりゼロ関税で輸出できる。また、若年層が多い人口構成も魅力の一つである。
エジプト地場企業の多くはR&Dにかける予算がなく、自社で技術開発を行う限界がある。
一方、エジプト・アラブ特有の商習慣を知りつくしていることは最大の長所であるから、欧米など先進国は中東進出の拠点をカイロに置くほかない。
政変後のエジプト経済・政治状況)

ただ都市国家としてのカイロはセキュリティーを必要とするので、コストとしてエジプト全土の統治業務を負担せざるをえないという構造で捉えると、分かりやすいのかもしれない。ただコスト意識があまりにも徹底し過ぎているが…

ただこれは諸刃の刃ともなるので、都市が発展すればするほど国内リスクは高まる。とくに議会制民主主義が真の意味で実現してしまうと、都市対地方という矛盾が露呈し、たちまちのうちにカオスがもたらされる。

最もドラスティックな解決法としては、シンガポールが国家として分離独立したかつてのマラヤのように割れてしまえばよいのだろうが、エジプトははるかに均質な社会である。異端としてはせいぜいキリスト教・コプト教かユダヤ教
くらいだ。

都市対地方という矛盾の根本的な解決にはならないが、当面は、地方中都市(ミニ・カイロ)の育成によって、農村部の過剰人口を吸収し、地方の底上げを図るくらいしか道はないのではないだろうか。

エジプトが石油輸出国とは知らなかった。

日本大使館のホームページによると、

· 石油

o生産:約68万B/D(05年) o可採埋蔵量:約37億バレル(05年) o可採年数:約13年(05年)

となっている。

石油は、長らく4大外貨収入源(他は観光収入、海外労働者送金、スエズ運河渡航料)の一つとして、エジプトの国際収支改善に貢献してきたが、近年生産量の減少、国内消費の増大等により輸出余力を失いつつある。

そうだ。

Market Hack さんによると、

エジプト情勢が市況に与える影響を論じる際、真っ先に言われるのは「エジプトからは石油が出ないので、大丈夫」という事です。

でも正確に言えばエジプトからは石油は出ます。また天然ガスはもっと出るのです。

ということだ。

ただ変なことに輸入もしている。おなじみの「世界経済のネタ帳」によると

2012年度の原油輸出額は113億ドル。これに対して輸入額は118億ドルとなっている。差し引きすると輸入国ということになる。

むしろ期待されるのは天然ガスの方で、地中海岸沿いで盛んに試掘が行われえいるようだ。

松江市教育委員会の現場の人達は言うだろう。「俺達がボコボコにされている時に知らんぷりして、今頃になってから俺たちを責めるのは勝手すぎるだろう!」
しかし悪いけど、そうやって「連帯をもとめて孤立を恐れず」みたいな闘い方をしなければならない場面はたくさんある。そもそも、あなた方には闘っているという意識があったのだろうか。連帯をもとめる意識があったのだろうか。

降りかかってきた災難を「やり過ごす」ことは闘いではない。見た目は似ているが、意識はまったく違う。かつて解同が八鹿や養父の高校に乗り込んできた時、学校の先生方は耳元で怒鳴られ、ツバを吐きかけられたり髪をつかまれたりする監禁に耐えた。
校舎の周りに、数千の支援団が集まって「頑張れ」とシュプレヒコールをあげたが、結局最終的には先生方が耐えるしかなかった。もちろん、警察は手を出さなかった。むしろ支援団が暴発しないように目を光らせた。

右翼はいつでもやって来る。彼らはただのクレーマーではない。連中は権力と結びついている。彼らは喧嘩のプロだ。どうすれば素人が屈服するか、すべて知っている。どうすれば警察が関与しないかを知っている。

そして、肝心なことだが、安倍首相は彼らを応援している。というより、彼らの仲間だ。
あなた方の上司は逃げる。学識豊かな人格者が突然愚劣な犬となり、あなた方を裏切る。
仲間と思っていた隣の課の職員が顔を背ける。そして物陰からこちらを伺う。

昨日までの常識が、音を立てて崩れ去る。昨日までは常識者だったあなたが、今日は「アカ」と指弾される。

戦争はこうしてやってくる。

いきなり戦車が駅前広場を占拠するのではない。
最初に来る戦争は、こういう薄汚い右翼のごろつきだ。

そしてあなたは「真昼の決闘」のゲーリー・クーパーとなる。

心構えしておけ、訓練しておけ。そして、自らを平和勢力の一員として組織せよ。自らが常識者であり続けるために、常識が常識であり続けるために…


今日の赤旗の「潮流」で憲法を若者言葉に書き換える試みが紹介されていた。
雇用のヨーコを見ても分かるように、「わかりやすく語る」ということがいかに大事かということは、最近痛感している。今の若者は活字世代ではないのだから、それをとやかく言ってみても始まらない。
しかし、憲法前文の格調はなんとか残せないかと思う。

と思っていたら、なんと「憲法前文はみっともない」という人が現れた。ほかならぬ安倍首相その人である。ニュースの社会科学的な裏側
というサイトで紹介されている。

偏向報道かと思って動画を確認したのだが、本当に言っていた。

というのがうp主の感想である。

以下発言の概要(全文は上記サイトで)

憲法の前文には、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と書いてある。

これは、「自分たちの安全を世界に任せますよ」ということだ。

そして、「国際社会において名誉ある地位を占めたいと思う」と書いてあるが、国際社会から 褒めてもらおうということだ。

それはいじましく、みっともないことだ。

はっきり言って。これは日本人が作ったんじゃないんですからね。


うp主もいう通り、これは国語の問題だ。

安倍首相にあっては、「名誉」という言葉は、自分の前を人からめてもらう意味なのだ。

まぁ、この人にこれ以上言っても始まらないが…

もう10年以上も前のことになる。北広島で自衛隊機から機銃弾が誤って発射され、住宅地に被害が出た事件があった。
当時私は当別診療所の所長であったが、非常なショックを感じ、診療を終えてから現地の抗議集会に駆けつけた憶えがある。
それを北広島の自衛隊機誤射事件
という記事にまとめた。
自分で言うのも何だが、かなりの力作である。(ちょっと中谷防衛長官を持ち上げ過ぎの嫌いはあるが…)

それから10年もたった今、読んでくれる方がいるというのは嬉しい限りである。
ご本人の許可を頂いたので、メールを紹介する。


はじめまして、数年前まで航空自衛隊で武器弾薬員(戦闘機の武器の搭載、卸下及び整備を行う職種です。)として勤務していた者です。
 
本日、「自衛隊機の北広島誤射事件」についてのドキュメントを拝読しましたが一つだけ気になる点がありましたので、今回メールをお送りしました。
 
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もうひとつは「訓練弾」という表現である.そもそも訓練にのみ用いる「訓練弾」というものは存在しない.発射されたのは明らかに実弾そのもの、すなわち「通常弾頭」であり、ただ炸裂弾などの「特殊弾頭」ではないということだけだと思われるが….
------------------------------------------------------------------------------------------------------
 
この文章中の「訓練弾」というのは、TP(Target Practice)と呼ばれる弾種の事で、訓練でのみ使用されます。間違っても実任務で使用されることはありません。
「訓 練弾」と「実任務で使用される弾」は具体的に何が違うかといいますと、TPは弾頭が当たっても何も起きませんが、「実任務で使用される弾」即ち、HEIと 呼ばれる弾種は着弾時に炸裂します。部内ではHEIを「実弾(焼夷榴弾)」と呼称し、「訓練弾」と明確に区別しています。また、このほかにも数種類の弾種 が存在します。
 
弾頭が発射され、人に当たれば確実に命を奪うのは事実ですが、「訓練でのみ使用される弾」が存在するのも紛れも無い事実ですので、よろしければ訂正をお願いします。

ということなので、訂正させていただく。

民間人の常識で言えば、空砲か実弾かという区別になるが、現場では、あたった時に炸裂しない弾丸は実弾ではないということだ。

そのシビアーさもふくめ、勉強になりました。



「はだしのゲン」問題 落穂ひろい

東洋経済オンライン 8月18日

ムーギー・キム さんというカリスマ「プライベートエクイティ投資家」が寄稿している。

なに、ついに「はだしのゲン」が禁止される時代が来たか・・・。

これは「教育委員会、何やっとるねん!」ですむ問題ではなく、その背景に根深い現代社会の“言論の不自由”という問題点がある。

という書き出しで始まる、かなり長文のレビューである。非常に面白いので、ぜひ参照していただきたい。


中国新聞 8月18日号

17日までに全国から281件の意見が電話やメールで市教委に寄せられたことが分かった。

市教委側は部課長級計3人が対応。

▽「はだしのゲン」(汐文社発行、全10巻)6~10巻に、中国大陸での旧日本軍の行動を描いた場面など一部に暴力的な描 写がある

▽学校図書館では、その描写が子どもの目に触れる

校長の許可があれば貸し出せるため、閲覧禁止ではない―などと説明を繰り返した。


この回答にはかなりの疑問がある。

6~10巻に問題があるとしながら、閲覧禁止は全巻だ。

「校長の許可」が必要というのは、貸出禁止と同じことだ。校長に貸出許可をもとめるのは、「私が犯人です」と自首するようなものだ。

ということで、教育委員会の対応は火に油を注いでいるようなものだ。


中国新聞 8月19日

市教委が「ゲン」の学校図書館からの撤去を事前に有識者と相談し、「図書館の自由に基づけば不適切」と指摘されていた。

市教委によると、担当者が昨年11月12日、図書館学を専門とする島根県内の短大講師と面会。日本図書館協会が図書館運営の基本を定めた「図書館の自由宣言」で、図書館に資料の収集、提供の自由が保障されている趣旨から「撤去は不適切」とされたという。

専門家の指摘と協議の結果、「閲覧や貸し出しの全面禁止でなければ、図書館の自由を侵さない」と独自に判断し、閲覧制限を要請したという。

また同10月には図書館を持つ市内の49小中学校に「ゲン」の保有状況と描写への意見を聞くアンケートを発送。同月末までに描写への賛否が寄せられたという。


「はだしのゲン、自由に読ませて」電子署名2日で6千人(朝日新聞18日) 

というから、ネットの世界の反応の速さには驚く。最もこの腰の軽さが、足腰の弱さなのだが…


「日本図書館協会・図書館の自由委員会」の西河内靖泰委員長の話が掲載されている。(朝日新聞16日)

1.「はだしのゲン」は、1975年以降、全国の学校図書館で口コミで平和教材として受け入れられていった。

2.ゲンで初めて原爆や戦争の悲惨さを知った子どもは数多い。

3.一部の描写が残酷という指摘は以前からあったが、原爆や戦争の実相を伝えるために必要な表現との評価が確立している。

4.こうした作品を閲覧制限するのは、国連で採択された「子どもの権利条約」にある子どもの情報へのアクセス権の侵害にあたる。


と述べているが、3.と4.については逆の権威主義の臭いがして好きではない。いかにも朝日新聞好みの表現だ。

肝腎なのは1.と2.だ。無害でかつ有益であったことが、実績で証明されているということだ。


次はちょっといい話。

麦のように:「はだしのゲン」40年/上 踏まれても真っすぐに 「生き方」受け継ぐ子どもたち

毎日新聞 2013年05月28日 大阪朝刊

佛圓校長は、20代のころ「ゲン」に魅せられた。

教室にゲンの単行本を置き、子どもたちに自由に読ませた。生々しい描写もあるが、子どもたちは次々にゲンに手を伸ばした。

 そうした子どもたちの中に、阪神タイガースで活躍する新井貴浩選手の姿もあった。東日本大震災の被災者支援に力を傾け、スランプの度に必死にはい上がる新井選手の姿に、佛圓校長は「新井君の反骨心や人への優しさ は、ゲンから学んだのではないかと思う」と話す。

新井選手は「ゲンは中沢先生の情熱が詰まった作品。子どものころは率直に言って怖かったが、こういった悲 惨なことから目を背けてはいけないんだと、子ども心にも思った」と振り返る。


今回の事件で圧倒的に力が入っているのは毎日新聞だ。社説にも掲げた。

社説:はだしのゲン 戦争知る貴重な作品だ

さすがに要点をしっかりまとめ、勘所を抑えていると感心した。

1.教育委員会のあり方の原則に背馳

戦争の恐ろしさを知り、平和の尊さを学ぶことは教育の中でも非常に重要な要素だ。平和教育を推進すべき教育委員会がそれを閉ざす対応をとったことには問題 があり、撤回すべきだ。

2.システムにおける民主主義の劣化

また、今回の措置は教育委員が出席する会議には報告していないというが、学校現場の校長らも含めてしっかり議論すべきだろう。

3.管理でなく子供への信頼を

作品に残酷な描写があるのは、戦争や原爆そのものが残酷であり、それを表現しているからだ。行き過ぎた規制は表現の自由を侵す恐れがあるだけでなく、子供たちが考える機会を奪うことにもなる。今回のような規制が前例となってはならない。

教育長の釈明を見て、やはり腑に落ちない。
かりそめにも教育長まで勤めた教育者が、「はだしのゲン」に対してこれほどまでに無理解であるというのが合点がいかない。
島根といえば広島のとなり、被爆者も大勢いるはずだし、教育長の周りにもいるはずだ。原爆は残虐性一般に解消できるようなものではない。

もうやめようと思っていたら、

松江市教育委員会が「はだしのゲン」を閉架にしたのは、在特会の脅かし ...

というサイトがあって、右翼の教育委員会に対するゴロマキを動画で聞くことができる。右翼がみずから録音しみずからアップしたものである。

はだしのゲン>朝鮮ブランド松江市教委の勝手し放題!

5月1日 敗戦国民マンガ 「はだしのゲン」 で教育する松江市 ⑬

これで参ってしまったとすれば、これはこれで大問題。

ただ、教育委員会を批判しようとする人は、上の二本の動画を全部見通してから発言したほうが良い。

間違ったことをすれば批判するが、正しいことを貫こうと頑張るなら支えるぞ、という決意をもって批判すべきだ、ということがよく分かる。

(警察呼べばいいと思うが、これはどういう罪になるのだろう。威力業務妨害? その際、このビデオは証拠になるか?)


前の記事で、「全巻ではなく、ジャンプ掲載分と成人向け雑誌の掲載分を分けて考える」という意見に対し、「説得力のある意見」だと思ったが(それは今も同じだが)、問題の本質はそこにはないということがわかった。
事実上、右翼の脅しに屈服したということが事態の本質であるとすれば、この際は情報の自由、知る権利を守ることが最大の課題である。

「知る権利」を守ることを放棄した教育委員会の判断を無効とし、ふたたび学校図書館で全巻を閲覧可能とし(現状復帰)、「知る権利」に対する右翼の攻撃を毅然として跳ね返すことがもとめられていると思う。

そのための市民的連帯がもとめられている。レーティング云々の問題は、その後話しあえば良いことだ。

どうやら事の真相が見えてきた。

得てしてこういうものだ。こういうつまらないことの積み重ねだ。問題はそれに抵抗もせず、唯々諾々として従った現場の無力さにあるのかも知れない。

毎日新聞 8月20日

当時の福島律子教育長が自身を含めた教育委員(5人)の会議に諮ることなく判断したことが19日、分かった。同市教委は22日の定例会議で委員に説明する が、委員から「少なくとも(委員に)報告するべきだった」との声があがっている。同市教委には19日夕までに1253件の意見がメールや電話などで寄せら れ、9割が批判する内容だったという。

古川康徳・副教育長によると、昨年8月に学校図書室からゲンの撤去を求める陳情が同市議会に提出され、当時の前教育長と副教育長2人、同市教委の課 長2人の計5人で対応を協議。旧日本軍がアジアの人々の首を切ったり、女性に乱暴するシーンなどを問題視し、12月の校長会で教師の許可なく閲覧できない 閉架にするよう口頭で求めた。教育委員に説明しなかったという。

 ある委員は「教育委員に報告するなり、会議にかけて決定する話だと思う」。別の委員も「これだけ全国的にも話題になっている。もう1回話し合う必要がある」と批判した。

 福島・前教育長は取材に「全教育委員に諮らなければならない事例とは思わなかった。反省している。私も全巻を読んで性描写のショックが大きく、簡単に子供が閲覧できる状況にしてほしくなかった。作品を否定するつもりはなく、見せ方を工夫してほしいというつ もりだった」との見解を示した。


一言で言えば愚かである。しかし人身御供にされている可能性もある。福島氏一人を生贄にするのは腑に落ちない。


極東ブログ という finalvent さんのブログには経過が詳しく記されている。

これによると、

毎日新聞の「2013年08月16日19時22分」の記事が内容の点で比較的古く、かつ比較的に詳しい

とされる。ブログ主さんは、

一読して気になるのは、昨年12月の同市教委の措置が今年の8月16日に「ことが分かった」という経緯の背景である。

とし、筆をすすめる。

一部の市民から「間違った歴史認識を植え付ける」として学校図書室から撤去を求める陳情が市議会に出された。この陳情は不採択となった。

「市教委が内容を改めて確認」としたところ、「乱暴シーン」が問題となり、同市教委の判断から実施された。

暴力の視覚表現のレーティング(表現内容と対象年齢層とを対比させた表現規制基準による取り決め)としての対処である。

「平和教育として非常に重要な教材だが、過激なシーンを判断の付かない小中学生が自由に持ち出して見るのは不適切と判断した」というのが、教育委員会の公式見解である。

と経過をまとめた上で、ブログ主さんは(そして毎日新聞も)

暴力表現の含まれた視覚作品がレーティングされること自体は一般的である。今回の事例は「はだしのゲン」をその例外とすべきかどうかの判断となる。

と踏み込む。

毎日新聞は二人の識者に判断をもとめる

京都精華大マンガ学部の吉村和真教授は、

ゲンは図書館や学校で初めて手にした人が多い。機会が失われる影響を考えてほしい。代わりにどんな方法で戦争や原爆の記憶を継承していくというのか。

教育評論家の尾木直樹さんは、

ゲンは世界に発信され、戦争や平和、原爆について考えさせる作品として、残虐な場面も含め国際的な評価が定着している。

以下、ブログ主さんが調べた他の各紙の報道から紹介する

読売新聞 8月16日

…文部科学省は「こうした例は聞いたことがない」としている。

…作品には、旧日本軍が人の首をはねたり、女性に乱暴したりする場面があることから、市民から撤去を求める声が上がり、市教委が昨年12月、全校に要請した。(他の報道から勘案すると、この記載は不正確とおもわれる:私)

…出版社「汐文社」の政門一芳社長は「一場面を取り上げて過激だとせず、本質を見てほしい。天国の中沢さんも悲しんでいるはず」と話している。

ブログ主さんは、私と同じように松江市ホームページに行って資料を求めている。しかし私よりまじめにやって、平成24年第4回12月定例会 平成24年第4回松江市議会定例会から関連記事を見つけた。

ただしこれは「市民」の陳情を不採択にした時の議事録である。

最後に、ブログ主さんは、芸術の継承と児童の保護という二つの相反する原則を明らかにした上で、各論的に詰める作業を提唱している。

具体的には、「少年ジャンプ」に連載された第4巻までの内容と、成人知識層を対象とする「市民」「文化評論」「教育評論」に連載された第5巻以降を分けて論じるべきとしており、説得力がある。


ただ、ブログ主さんの言葉を借りるなら、各論に入る前に、「原爆の悲惨さを子供に知ってもらうためであれば暴力の視覚表現はレーティングからは免除される」という“例外の原則”をまず提示すべきではないかと考えられる。

その上で、“例外の例外”を考えるべきだろう。

「まっ白でなければクロだ」という今回の判断は最悪だ。そういう事なかれ主義が、結局平和の芽を摘み取っていくことになる。

松江市ホームページ内に教育委員会のページがあって、議事録が公開されている。
赤旗によると、要請という名の命令があったのは、去年の12月。そしてすでに「はだしのゲン」は開架図書から撤去されているようだ。

ということなので、いかにこの問題が提起され、議論され、決定されたのかを知ろうと思って、議事録をのぞいてみたのだが、どうも見当たらない。
2012年の夏から秋にかけての議事録には痕跡も見当たらない。
ひょっとすると、撤去の要請は教育委員会の議を経ずに教育委員長(内藤富夫氏)の独断で行われた可能性もある。

「はだしのゲン」はたんなる漫画ではない。いまや世界の反核平和運動の一つの象徴となっている。文科省も推薦しているはずだ。
それにもかかわらず、世界を相手に喧嘩をふっかけるような大胆な判断にしては、いささか慎重さを欠く印象だ。

素人にはこれ以上調べようもないので、赤旗はじめメディア各位の方でフォローをお願いしたいものである。

「はだしのゲン」が子供への閲覧を中止するよう命令された。
理由は「過激・残虐な描写」があるからだという。
どこかといえば、松江市の教育委員会。

赤旗によると、

島根県松江市の教育委員会は、被爆体験を描いた漫画「はだしのゲン」が過激・残虐な描写であるとして、市内の小中学校に、学校図書館での子供への閲覧や貸出を中止するよう要請しました。

…同教育委員会は、昨年12月の校長会で、「はだしのゲン」を自由に閲覧できない閉架図書にするよう要請していました。

…松江市の共産党市議団は、「自由に閲覧できるよう制限を解除すべきだ」と述べています。


面白いなと思うのは、「漫画などを図書館に置くのはけしからん」というのでなく、内容が過激だからけしからんという理由。

たいてい教育委員会というものは「形式」で攻めてくることが多い。教育委員会が形式主義であることはその是非を別として理解できる。

しかし、内容に踏み込んでの攻撃というのは、教育委員会らしからぬ、かなりの無鉄砲だ。おそらく全国に知れ渡ると相当の恥さらしとなるだろう。


平和の尊さというのは、戦争の悲惨さとの対比で浮かび上がるものだ。そうでないと、右翼の諸君の好きな言葉で言えば「平和ボケ」になってしまう。

戦争の悲惨さの重要な要素として、残虐性がある。もちろん過度の暴力描写が際限なく許されるわけではない。

しかしその境界線は、ストーリー全体との関わりで必然性があれば、緩和されるべきものであろう。そこには常識というものがある。

「はだしのゲン」をいう漫画を一言で言えば、“被爆者の叫び” だろう。
肝腎なのは、その表現が過激・残虐かどうかではない。被爆者の体験そのものが過激・残虐なものだった ということである。
それをありのままに提出したから、過激・残虐になるのである。


教育委員会のメンバーの脳の中を想像すると、

1.「平和ボケ」で、平和を守ることの至高の価値、大事さが感じられなくなっている

2.ホラー映画の見過ぎで、残虐性がその形式・表現においてしか捉えられなくなっている。

のいずれか、あるいは両者であろうと思われる。

バーチャルの残虐性には、残虐行為への意図がないという特徴がある。意図の残虐性は覆い隠されてしまっている。

教育委員会のメンバーには、この“意図の残虐性” に対する怒りが欠落している。だから「はだしのゲン」をホラー映画や、スプラッター・ムーヴィーと同列においてしまうのである。


資本論第3部の斜め読み その5

このあたりで、第3部の全体的構成を振り返る。

第三部全体に付けられた題名は「資本主義的生産の総過程」である。

ここまで読んできた第一篇は、「剰余価値の利潤への転化と剰余価値率の利潤率への転化」という題であり、要は 利潤率=利潤÷(対物コスト+人件費)の説明であり、利潤というのが剰余価値と同一であることの原論的論証である。

第二編からがいよいよ本番で、普通の経済学の教科書はここから始まる。


第二篇 利潤の平均利潤への転化

平均利潤率は、これまでの商品の価値をめぐる議論よりはるかに複雑である。

「利潤率の均等化」を議論するためには、商品“価値”だけではなく商品“価格”を扱わなければならない。そのためには市場と競争を前提としなければならない。

第8章 生産部門の相違による資本構成の相違と、それにもとづく利潤率の相違

「どのようにして一国のなかで一般的な利潤率が形成されるのか」が基本であり、それは差異があることを前提としている。ここでは、なぜ差があるのかを明らかにする。

ということで、マルクスは以下の二つを取り上げる。

①諸企業における資本の有機的構成(可変資本と不変資本の割合)の相違

②諸企業における資本の回転期間の相違

ただ実際には①が問題で②は無視してもあまり本筋には関係しない

第9章 一般利潤率(平均利潤率)の形成と、商品価値の生産価格への転化

ということで、マルクスはまず資本の有機的構成の問題から着手する。

有機的構成とは生産手段の量と労働力の割合である。それは生産手段の価格によっても規定される。

人件費率の高い産業では不変資本に対する可変資本の比率が高いから剰余価値率は高くなる、したがって利潤率も高い。化学産業のような設備産業では利潤率は低くなる。組み立て産業なら材料の仕入れが資本の大部分を占めることになる。

ここからマルクスは次の結論を引き出す。

1.個々の生産部門で資本の有機的構成が違っているから、生産される剰余価値の量も非常に違ってくる。

2.したがって利潤率(p’)も、元来は非常に違っている。

3.それらは競争によって平均利潤率(m-P’)に均等化される。

4.費用価格(k)+平均利潤率に費用価格を乗じたもの(k x m-P’)が商品価格となる。

実際の価格はこれを商品の回転数で割る必要がある。

それゆえ、それぞれの生産部門の資本家は、生産された剰余価値(利潤)を手に入れるのではなく、社会の総利潤の内から均等に分配された利潤(剰余価値)を手に入れるだけである。


ずいぶん手を加えたが、非常に要領の悪い書き方で、それでも分からない。

説明すると以下のとおり

個別の資本にとっては、自分の会社が生産過程で実現した剰余価値ではなく、市場に規定された平均利潤(m-P)が配分されることになる。

前にも出てきたが、資本支出の観点(すなわち見かけ上)からは

商品価値: W = k+p

である。

つまり費用+利潤である

しかし商品「価格」は費用価格+平均利潤(m-P) であり、

W = k + m-P となる。

そして平均利潤は 費用価格 x 平均利潤率 だから。

これを数式化すると

W = k +(k x m-P’)=k x (1+m-P’)

となる。


それでは平均利潤率(m-P’)は何によって決まるのか。

それは生産諸部門の利潤率の加算平均による。

社会全体では

p =Σ(k x m-P) となる

しかし個別企業にとっては、そうは行かないことになる。「一物一価の法則」が、生産条件の相違による個別価値の相違を乗り越えて貫徹するのである。

市場価値の定義: この「一物一価の法則」を通じて実現される平均商品価値を、その商品の市場価値という。

市場生産価格の定義: 市場価値はさまざまな要因によって変動するが、結果的に比較的長期にわたり安定する。これを市場生産価格という。

エジプトを楽しむ総合サイト
http://www.luxor-co.com/category/the_general_condition/basic_information.shtm
からの抜粋

エジプトで最も人口密度の高い地域はナイル川渓谷地帯とデルタ地帯です。居住地域は国土の全面積の6.0%で、残りの国土の大半は、人がほとんど居住していない乾燥した砂漠地帯になっています。エジプトの平均人口密度は国土全体では約60人/平方キロメートル程度に なりますが、居住地域における実質的な人口密度は平均約1,000人/k㎡にまで膨れ上がります。

東京都23区内の人口密度は13,500/k㎡になりますから、それよりは随分と人が密集していない

と書いていますが、東京と比較してもあまりなぐさめにはならないでしょう。

おなじようにライン川の河口のデルタ地帯の国オランダは人口密度:約400人/k㎡ とされている。

もっと深刻なのは人口増加に歯止めがかかっていないことです。

人口ウォッチャーによると
http://www.jinko-watch.com/kuni/029.html

エジプトの09年の総人口は83.0百万人。1999年から2009年までの増減割合は20.5%、2009年から2030年までの将来増加割合は33.6%

10年で2割(北海道3つ分の人口)も増えるのでは、母なるナイル川としてはたまったものではありません。

今エジプトという国が悲鳴をあげているのでしょう。

前の記事で、
一つは、彼の日本に関する発言の当否をめぐる問題がある。そしてもうひとつは、彼がそう考えるに至った経過の跡づけという問題がある。
と書いた。
その“もう一つ”のほうがまだ書いていない。

オリヴァー・ストーンは映画「プラトゥーン」で鮮烈なデビューを果たした。
息子たちは、映画が終わったとも席を立てず、怖い顔をして黙り込んでいた。
しばらくは、家でバーバーのアダージョをかけると、急に塞ぎこんで下を向いたまま動かなかった。
よほど印象が強烈だったのだろう。

その後同工異曲の映画がたくさん作られたが、「プラトゥーンをしのぐ」などとはやされて、こちらも乗せられてあらかた見たが、登場人物はハリウッド風のフィギュアばかりで、生身の人間が描かれているものは殆ど無かった。

ただ、当時から言われていたが、ベトコンは不気味な存在としてしか出てこない。実際にははるかに深刻な恐怖を味わっていたのはベトナム人の方だった。

まぁ、それは良い。そういう映画なのだから、と思っていた。

ところが、その後オリヴァー・ストーン監督は堰を切ったように次々に作品を発表するようになる。

ウィキペディアで調べると以下のようだ。

こうやって並べると、結構見ていない映画も多い。というか、ほとんど見ていない。

サルバドールは実際にはプラトゥーンの前のようだが、売れそうもない映画がプラトゥーン大ヒットのおかげで日の目を見たようだ。

そしてJFKと続いていく流れを見ながら、私はオリヴァー・ストーンを「遅れてきた青年で、私より少し右側を歩いている人」だと思っていた。(私より10日若い)

今でもその印象は基本的には変わっていない。

ベトナム人民支援運動をやっていたとき、彼は戦場で迷える子羊であったし、ニカラグア・エルサルバドルへの連帯運動をやっている最中に、彼はエルサルバドルの状況に触れ、怒りを抱いた。

そして、91年に「JFK」を作ったとき、彼は未だにケネディ神話の信者であった。

彼は今アメリカ現代史のドキュメンタリーに取り組んでいるが、それは我々が若い頃に読んだハワード・ジンの「民衆のアメリカ史」の焼き直しのようにも思える。

別に唯物論者になれとは言わないが、彼は人物にこだわリすぎるきらいがある。もちろん映画なんだから、特定の人物をフィーチャーしながら物語を構築していくのは当然である。

しかし主人公がスーパーマンになってはいけない題材もたくさんある。「タラ・レバ」話では、世の中いかない。ウォーレン副大統領の話はかつてのJFK神話を別の人物に置き換えただけのように思う。

やはり、ある人物をそうさせた歴史こそが真の主人公であり、歴史を動かしたのは無数の民衆の力だという視点を貫くべきだと思う。


帰りに、つたやによるとするか。

会員証は作りなおさないとダメかな。


アメリカ史については、私の年表もご参照ください。

#1米国史1,123kb カボットのニューファウンドランド探検から「門戸開放」まで

#2米国史2,65kb  フィリピンの反乱からケネディの当選まで

#3米国史3,116kb  対キューバ断交からクリントン弾劾まで

#4ケネディ暗殺,73kb

#5ウォータゲイト,13kb

#5イラン・コントラゲイト,38kb

#6インディアン抵抗史,37kb

久しぶりにYouTubeでセサル・キュイの音源を漁ったが、やはりない。
参考までにYouTubeで聴けるキュイの曲を紹介しておく

Cesar Cui - Kaleidoscope for violin and piano, Op. 50

「万華鏡」といえばオリエンタルばかりが有名だが、ここでは全24曲が聴ける。Peter Sheppard という人の演奏だ。
同じ演奏でヴァイオリン・ソナタ全曲も聴ける。

Cesar Cui - Sonata for violin and piano

ピアノ独奏の「25の前奏曲」という作品がある。残念ながら全曲は聞けないが、下記で一部が楽しめる。いずれも佳曲と思う。

1 Alexander Urvalov, C. Cui, Präludium op. 64, Nr. 16, Serenade op. 40, Nr. 5, Walzer op. 31, Nr. 2

2 J. Biegel 

Cesar Cui Preludes Op 64, No 6, 7 & 8

 6. Russian piano music - Cui - Prelude Op.64 No.9

3 M.Fingerhut

Cesar Cui - Preludes Op.64 No.2 - MARGARET FINGERHUT

Cesar Cui - Preludes Op.64 No.8 - MARGARET FINGERHUT

Cesar Cui - Preludes Op.64 No.9 - MARGARET FINGERHUT

Cesar Cui - Preludes Op.64 No.10 - MARGARET FINGERHUT

ピアノデュオの子守唄という演奏もある

C. Cui Berceuse Piano Duo Tatjana & Leonid Schick

管弦楽曲は下記の曲が聞ける。いずれもまったりとした曲である。

Cui- 3 Scherzos, Op. 82_ No. 3 In C Minor Russian State Symphony Orchestra

Stankovsky_Slovak RSO Cui Le Flibustier - Prelude

室内楽では「フルート・ハープ・バイオリンのための5つの小品」のうちの3曲が聴ける。平明で美しい。素人録音のせいかバイオリンの音が引っ込んでいるのが残念である。

Trio Lyra -- Cesar Cui Five Pieces, Op. 56

弦楽四重奏曲というのがあって全曲が聴ける。うp主は「どうだ、いいだろう」と力が入っているが、演奏は鑑賞に耐えるレベルに到達していない。

合唱曲も良い

Cui: My Soul magnifies the Lord Op.98 (Song to the Mother of God: for soprano and choir)

という曲は一聴の価値があると思う。

César Cui - Everywhere Snow - Op.77 n.2

も悪くない。

RADIANT STARS, César Antonovich Cui - LATVIAN VOICES

はとても良い。しかしこのグループはこの曲だけが良くて、他はパッとしない。売り出し中のグループのようだが、どちらかと言えばビジュアル系のようだ。

歌曲では

Csar Cui - The Statue of Tsarskoye Selo

というのが聴ける。


この記事を書くのに3回もアップロードに失敗した。そのたびに書き直しだ。
最近、アップロードが恐怖になっている。
まぁ、エディターで書いてからコピーすればよいのだが…

第3節 一般的例証 1861年ー1865年の綿花恐慌

この部分は非常に分かりやすく、いくつかの教訓も学べる。第一、面白い。理由はマルクスの筆によるものではないからである。

第7章 補遺

ここまでの第1篇でマルクスが主張してきたことは、結局以下のことである。

それぞれの生産部門で得られる利潤量は、それぞれの部門に投下された資本が生み出す剰余価値の量の総額に等しい。つまり利潤イコール剰余価値イコール不払い剰余労働である。

剰余価値率が同じでも利潤率が変動する場合があると言って、マルクスは以下の例を挙げる。

原料価格、設備費用、材料の利用効率、労働組織の効率…

これらが資本家自身、経営幹部の個人的手腕により大きく左右されることを、マルクスは認める。

このような事情が資本家を惑わせて、自分の利潤は労働の搾取のお陰ではなく、自分の個人的な活動のおかげだと確信させるのである。


これは利潤率を表す式 m/C+v の説明である。

つまり生み出される価値が労働の剰余価値でしかないとすれば、利潤率はm/v を越えることはありえない。しかも分母にCという余分なものがあり、Cが大きければ大きいほど利潤率は下がってしまう。

そこで資本家はC をできるだけ減らすことによって利潤率を剰余価値率に近づけようと努力することになる。それがあたかも資本家が価値を生み出しているようにみえるので、資本家はそう信じるようになってしまった。


それをるる説明してきた。しかしブルジョアはそれを認めたがらないだろう。

その理由は2つある。

1.流通過程ではブルジョアは生産過程を忘れている。だからブルジョアにとっては、商品の価値の実現(剰余価値の実現を含め)は、剰余価値を作り出しているかのように思えるのである。

2.剰余価値の量の総額が同じだとしても、利潤は変動する。剰余価値率(労働の搾取度)が同じでも、利潤率は大きく変わってくる。だからブルジョアにとっては、自らの才覚で剰余価値を生み出しているように思えるのである。


と書いたのだから、順に説明していけばよいのだが、2.の説明にいきなり行ってしまう。なぜなら、2.の観点が綺麗に整理できなかったからである。と、エンゲルスは説明している。

ということは、第2節の「資本の増価と減価 資本の解放と拘束」で資本展開の論理が十分に説明しきれなかった、という思いが残っているからであろう。だからこの「補遺」は第2節への補遺としてみておくことが必要だろうと思う。

確かに規定は変である。私は「①剰余価値の量の総額が同じだとしても、利潤は変動する。②剰余価値率(労働の搾取度)が同じでも、利潤率は大きく変わってくる」と書いたが、実際の文章は①と②の順序が逆なのである。①が言えれば②は言えるが、②が言えたとしても、だから①とは言えないのである。

もう一回やり直しだ。

実は、利潤率の問題はマルクスにとって鬼門なのだ。「経済学批判要綱」の時代に利潤率の相対的低下こそが、資本主義の墓掘り人なのだと書いたが、その後この考えは実際には放棄している。しかし論理的に突き詰められては居ない。単純再生産であれば良いのだが、拡大再生産に話を広げる場合には、利潤率だけでなく利潤の絶対量が問題になるだろう。

私の思いつきだが、m/C+v で考えているから分からなくなるのだろうと思う。これの逆数となる概念を考え出せば、その後の作業はずいぶん楽になったはずではないだろうか。inv m/C+v →C+v/m である。これならC/m とv/m の和として分離できる。v/m は剰余価値率の逆数だから人的コスト率ということになるか。しかしC/m がどういう概念だろうかと言われると、私にも分からない。

ベクトルを揃えるために、労働価値説に立って考えて見れば、C と言うのは固定資本や資源として残された人類の過去の労働の一部ということになるのだろうか。個別の労働が生み出した剰余価値1単位分に対して何単位の過去の労働がつぎこまれているのか、という指標になるのかもしれない。


次の断片には、注目すべき記述がある。

各商品の価値は、その商品にふくまれている必要労働時間によってではなく、その商品の再生産に必要な労働時間によって制約されている。

断片の中の一文であり、消化不良ぎみであるが、商品の価値を見る場合、市場というショートレンジでの評価と、時代というトレンドの中での評価と二つの側面から見なければならないということであろう。

しかもマルクスはトレンド評価まで m/C+v で説明しようとする。双曲線カーブをおっ立てて、時間軸を追加して、この双曲線がどういう曲面を描いていくかを知ろうとするわけだから、ちょっと無理がある。

資本論第3部の斜め読み その3


第6章 価格変動の影響

このあたりはかなり飛ばしていく。付き合っては居られない。

第一節 原料の価格変動 それが直接に利潤率に及ぼす影響

前半部は、物的コストが固定資本部分と原料・燃料その他の可変部門に分けられ、可変部分のコストが利潤率にもろに影響すると述べている。マルクスはその重要性をさかんに強調しているが、別にそれ程のこととも思えない。

ただ、だいじなのは機械が高性能になると、一つの商品の機械の摩耗分は減り、労働量も減るということである。そして、このことが材料の価格の上下による景気への影響を大きくするということである。

原料価格の騰貴が再生産過程全体を縮小したり妨害したりすることがある。商品の販売から得られる価格が商品の全要素を補填するには足りなくなる。そのため制限稼働を余儀なくされる。

第二節 資本の増価と減価 資本の解放と拘束

何やら訳のわからぬ見出しである。しかも冒頭に、

その十分な展開のためには、信用制度と世界市場での競争を前提とする とか、

この世界市場こそは一般に資本主義的生産様式の基礎をなし、その生活環境をなしている とか、大げさな文章がくっついている。

嫌な予感だ。

難しく書いてあるが、販売によって得た売り上げのうち再生産に回さなければならない部分のことが資本の拘束(部分)であり、純利益として計上できる部分が資本の解放(部分)である。

ところが資本というのは流通過程から引き上げた現金部分のほかに、原材料部分、前渡し賃金部分、ストックされた商品部分、施設部分に変えられた形で存在している。それらの部門がそれぞれに、外部の事情で価格が上がったり下がったりするごとに、資本の増価や減価をもたらすのである。そうすると、資本の中の拘束される部分と解放される部分との比率が変化する。それだけの話だ。

ということで、具体的な話に入る。ここは飛ばすことにする。飛ばす理由は難しいからである。


ただ、第二節の最後にもふたたび原料価格の問題が強調されている。

現代に近づけば近づくほど、決定的な産業部門では、ますます規則的に、有機的自然から借りてきた原料の相対的騰貴とその後の減価が繰り返される。

これは固定資本が低減される傾向を持ち、人件費も相対的には調整可能な領域であり、恣意的に下げることが可能になるにつれ、ますます原料価格が資本家のアキレス腱となることを示している。

生産が社会化されるほど、エネルギー・鉱業生産・農産物などの資源問題が、相対的に不安定さが増す分野となる。

マルクスはそのことを強調している。そしてその例証として61年に始まる「綿花恐慌」をあげる。これが第三節になる。


軍縮・不拡散

国連における軍縮・不拡散への取り組み

平成25年2月

1.国際連合による議論

 国際連合は、1945年の創立以来、軍縮問題についても積極的に取り組んできた。

 冷戦時代は、非同盟運動諸国(NAM)のイニシアチブによって、1978年、1982年、1988年と計3 回の国連軍縮特別総会が開催されたが、全体としては限定的であった。

冷戦終焉後は、包括的核実験禁止条約(CTBT)の国連総会における採択(1996年)など、国連総会の場を通じて軍縮・不拡散の声が上がっている。

安全保障理事会も1992年1月に軍縮・不拡散 の重要性を強調する議長声明を発出、2004年4月には不拡散に関する安保理決議第1540号を採択した。

2006年以降、北朝鮮及びイランの核問題について、制裁措置を含む決議を採択するなど、安保理が果たす役割は近年急速に増大している。

 

2.国連総会第一委員会と国連軍縮委員会

 国連において軍縮・不拡散分野の問題を取り扱うのは、総会開催時の「国連総会第一委員会」と、総会の枠外でアドホックに議論する「国連軍縮委員会(UNDC)」の二つである。

(1) 国連総会第一委員会

 1978年の第1回国連軍縮特別総会は、「軍縮問題及び関連する国際安全保障問題のみを取り扱う」専門機構として「第一委員会」を位置づけた。第一委員会では毎年数多くの軍縮関連の決議が採択され、その動向は軍縮・不拡散の流れを見極める上で極めて重要である。

 日本は1994年に(悪名高い)「究極的核廃絶決議案」を提出した。2000年には、核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議の成果を踏まえて(踏まえざるを得なくなって)、全面的核廃絶に至るまでの具体的道筋を示した決議案「核兵器の全面的廃絶への道程」を提出した。 2005年には、「核兵器の全面的廃絶に向けた(廃絶させないぞという)新たな決意」を提出している。

(2) 国連軍縮委員会(UNDC)

 設立当初に、国連は軍縮問題について研究・勧告を行うために「原子力委員会」と「通常軍備委員会」の2つの委員会を設置した。

1952年の第6回国連総会において、両者の業務を統合し、新たな軍縮交渉を行う機関として国連軍縮委員会が設置された。しかしこの委員会は長い間休眠状態にあった

1978年の第1回国連軍縮特別総会において、国連総会の補助機関として、現在の国連軍縮委員会を設立することが決定された。

 国連軍縮委員会は毎年、4~5月の時期に約3~4週間の会期でニューヨークにて議論を行っている。

 2009年からは「第4次軍縮の10年宣言」及び「核軍縮及び核兵器不拡散の目的を達成するための勧告」について議論が行われている。

3.安全保障理事会

 安全保障理事会は、2004年4月に、不拡散に関する安保理決議第1540号を全会一致で採択した。

同決議は、非国家主体への大量破壊兵器等の拡散を防止するために、各国政府に大量破壊兵器等の拡散を禁じ、厳格な輸出管理制度を策定するよう求めている。

 2009年9月、核不拡散・核軍縮に関する安保理首脳会合が開催され、「核兵器のない世界」に向けた決意を表明しつつ、核軍縮、不拡散、原子力の平和的利用、核セキュリティ等を包括的にカバーする安保理決議第1887号が全会一致で採択された。

 2006年7月、安保理は北朝鮮によるミサイル発射に対して、安保理決議第1695号を全会一致で採択した。

同決議は北朝鮮に対し、弾道ミサイル計画活動の停止等を要求するとともに、すべての国連加盟国に厳格な輸出管理等を要求した。

同年10月、北朝鮮の核実験実施発表に対しては、決議第1718号を全会一致で採択した。

同決議は、北朝鮮に対し核兵器及び核計画の放棄等を要求。すべての加盟国が、核・ミサイル関連の特定品目等の供給防止、奢侈品の輸出禁止等を行うことを要請した。

2009年5月 25日に北朝鮮は、再度核実験を強行した。これを受けて、安保理は北朝鮮を強く非難し、追加的な制裁措置を課す内容の決議第1874号を 全会一致で採択した。

同決議は、北朝鮮に対する武器禁輸の範囲を拡大、禁輸品目の積載が懸念される北朝鮮出入船舶の貨物検査等を各国に要請している。

2006年7月、イランに対して、安保理は、すべての濃縮関連・再処理活動の停止を義務付ける安保理決議第1696号を採択した。

同年12月には安保理決議第1737号により、濃縮関連・再処理活動に関する物資、人、資金に関する制限が課せられた。2007年3月の安保理決議第1747号では資産凍結対象等の追加や武器等の取引対象の拡大が定められた。2008年3月には決議第1803号が採択され、イランが安保理決議を遵守していないことを受け、資産凍 結対象等のさらなる追加やイランへの供給禁止品目、技術の拡大等の措置を追加した。

4.国連軍縮諮問委員会

 国連軍縮諮問委員会は、国連事務総長の諮問機関である。軍縮問題一般につき事務総長に直接助言を行う。また、ジュネーブの国連軍縮研究所(UNIDIR)の運営を監督する機能も併せ持つ。

 1978年の第1回国連軍縮特別総会でワルトハイム国連事務総長が提案。30人の有識者より構成される軍縮諮問委員会が設置された。当時の委員会は1981年にその任務を終了した。1982年、第 37回国連総会決議によって同委員会の復活が決定された。1989年に現在の名称に改定している。

事務総長が任命する委員約20名から構成され、委員は個人の資格で参加する。NPT運用検討会議に向けた概念的問題についても討議されている。

5.国連軍縮会議

 1988年に設置された国連アジア太平洋平和軍縮センターの主催する会議。アジア・太平洋地域において、軍縮・安全保障に関する対話を行う場を提供する。世界各国の政府高官や軍縮問題の専 門家などが、個人の資格で参加し、毎回のテーマに沿った討議を行う。条約交渉や決議の採択などはない。

1989年以来毎年、日本政府の協力の下で、日本国内の地方都市で開催されている。

6.国連ミサイル専門家パネル

ミサイル問題をあらゆる角度から検討するために設置された政府専門家パネル。ミサイルに関する国連総会決議(イラン提案)に基づいて、2001年以降三回にわたり断続的に開催された。参加国の立場・思惑の相違により、取り組むべき方向性を提示するには乏しい内容となった。

第1節 ポランニーの機能的社会主義

 論争はミーゼスの社会主義計画経済への批判から始まった。彼は「市場か計画か」という二分法的な思考に依拠した。この方法に最初に疑問を呈したのはカール・ポランニーであった。

ポランニーは 1922年に「社会主義計算問題」を発表し、集産主義的でも,サンデイカリズムでもない,「第三の道」としての機能的社会主義論を示そうとした。

ポランニーは,社会主義経済における経済計算が,社会主義達成のための核心的な問題であることを認める。同時に,そのような計算問題を解決しうるのは,中央集権的社会主義ではなく,機能的社会主義だと主張する。

この「社会主義計算問題」はミーゼスらから批判を受けた。

このため、ポランニーは1924年の「機能的社会理論と社会主義計算問題」で、その批判に答えつつ、さらに自説を展開している。

ポランニーはこの論争の中でどう位置づけられるだろうか。

「社会主義社会における計算問題」の解については三つの主要グループが区別される。市場経済派、市場なき経済派、そしてポランニー派である。

市場派と非市場派は互いに争つてはいるが,問題提起の点では一致している。両者とも,市場経済と非市場経済との理論的対立を、資本主義対社会主義の対立と同一視するからである。そして、社会主義経済を集産主義・国家社会主義的であると同時に、まさに交易も市場もない経済、集権的な指令経済と規定する。

この二つのグループは,ポランニー派に対して、水も漏らさぬ共同戦線を張っている。ポランニーはいわば異端との扱いを受けている。

どこが異端なのか。

ポランニーは主張する。

経済理論: 市場経済か非市場経済かという対立は不可避的なものではない。

経済組織理論: 集産主義かサンリカリズムかという対立は不可避的なものではない。

この対立を乗り越えるものが「機能的社会主義」である。

それでは機能的社会主義とは何か。ポランニーは次のように説明する。

「社会主義経済」は、何よりもまず、その目的によって規定されなければならない。それがどんな姿になるかは、未だ実現していないのだから未確定である。

その目的とは、

1.経済性における「生産の最大生産性」

2.社会関係における「分配及び生産の社会的方向に対する社会的公正の支配」である。


私の感想だが、「社会的公正の支配」ではなく、「生産の最大生産性」(生産効率の最適化)をトップに据えたことは慧眼である。たまたま併読している資本論第三部の冒頭(不変資本の節約)とピッタリ符合する。

また、「社会的公正」も,たんなる労働や諸資源の配分および生産物の分配における公正というのではなく、むしろ重点は、社会的観点からみて望ましい経済の方向付けのことを指すのであろう。

それにしても西部さんの日本語は難しい。


そしてボランニーはこれら経済性と公正性を,全体社会の互いに依存しあう二つの要因として統一的に捉えようとした。

スタティックに考えれば、これらは生産関係と社会関係という二つの社会構造であり、全体社会の二つの切り口である、しかしダイナミックに考えれば、社会主義経済はこれら二要因の「機能的な相互依存関係」として捉えることができる。

その際、生産関係は社会的公正の介入なしに生ずる技術的・自然的費用として,社会関係は、社会的公正の生産関係への介入によって生じる社会的費用として捉えられることになった。

ポランニーは,経済に対し公正が与える「枠組作用と干渉作用」という概念を設定することにより、指令経済(公正によって統制された経済)と,自由経済(公正による統制から自由な経済)との,慣習的な二者択一は止揚できると考えた。


この辺りは、まだ練られていないようだ。いろんな概念を重ねあわせることで見えてくることもあるが、見えなくなってしまうものもある。マルクスが往々にして犯す失敗だ。

人間の持つ自然的存在としての性格と社会的存在としての性格を、それぞれにより発展させていくことが、社会主義経済の目標だ。人間には二つの側面があるのだから、どちらかを捨てるという訳にはいかない。

あまり哲学的にならずに、生産効率の極大化と社会的公正の実現を社会主義経済の二つの目標として定立すればよいのではないか。


つぎに,社会主義社会における機能的な均衡(非抑圧的な均衡)の可能性の問題である。

ポランニーは,社会は異なる目的に応じて組織され,その社会的機能を果たす種々の団体,あるいは利益集団から構成されているとし、社会全体の機能は,これら個別の組織の機能の総体として理解されると主張する。(要するに社会分業論)

そして,社会主義社会は,コミューン(地域共同体)と生産諸団体(ギルド評議会)という二つの主要な機能的組織が社会の最高権力を体現するような社会構成になると想定する。

コミューンは,狭義の「社会」あるいは「消費」を代表する政治的な組織であると同時に,生産手段の所有者でもある。その目的は社会的公正と消費者の共通自的を追求することにある。

一方,生産諸団体は, 「生産」を代表し,最大の生産性の追求をその目的とする。

そしてこの二つの組織が相互協定により賃金と価格を設定する。


この部分はあまりにもナイーヴである。

ミーゼスは,「そんなこと言ったって、最終的決定権はどうなるの」と切り返している。もし最終的決定権がコミューンにあれば集権的指令経済となり,それが生産諸団体にあれば,組合的共同体となるのではないかというのである。当然の疑問である。

これに対してポランニーは、「両方とも人間の生活にとって必要不可欠なものだから、どちらかが一方的に勝つとかいうことにはならない」みたいなことを言っているが、一般均衡理論の政治への敷衍化に過ぎず、反論にはなっていない。

ただ大事なのは、社会主義社会においてはコミューンが全権を握るような集権的指令経済はありえないという主張である。

ポランニーは、異なる機能集団を中央集権国家のような単一の組織に併合してしまうことは,社会的な構成要素を不明確にし,人間の道徳的,倫理的意識を弱めてしまうと述べている。ただし「機能的に組織された社会主義移行経済」においては、限定つきでOKということだ。


しかし単一組織への併合は、別に社会主義の専売特許ではない。それはブルジョア民主主義が議会制民主主義として定式化したモデルだ。議会制民主主義こそは「票のもとでの平等」を掲げながら、「異なる機能集団を中央集権国家のような単一の組織に併合」した機構ではないか。

むしろそういう民族国家システムは、社会主義になれば死滅していくと考えるべきであろう。そこを指摘したものであれば、ポランニーの主張には意義があるといえる。


産業発展にともなう不変資本の節約

利潤率というのは、V/C+M つまり利潤を不変資本と可変資本の和で割ったものであるから。不変資本が節約できれば利潤率は増加する。

生産力の発展の究極の原因は、

1.「労働の社会的性格」(分業のこと)

2.「精神的労働」(科学・技術のこと)

個別の資本家に不変資本の節約(原材料コストの低下)をもたらすのは

他の企業の部門、とくに生産財を供給する部門での生産力の発展、および企業内での効率的使用(生産性の向上)である。


と、ここまで資本主義の積極的役割を書いた後、今度は否定的な側面を描き出す。

この部分は、まるで今の日本の状況を描いたようにさえ見える。


資本主義的生産様式は、矛盾をはらむ対立的な性質を持っている。

それは労働者の生命と健康を不変資本の節約のために浪費する。

労働者は自分の生活の最大の部分を生産過程(職場のこと)で過ごすのだから、生産過程(職場)の条件は労働者の最大の生活条件である。この生活条件(労働条件のこと)を節約することは、利潤率を高くするための方法なのである。

そのために資本家は過度労働によって労働者を役畜化する。資本家は建物の節約のために狭い不健康な場所に労働者をつめ込む。同じ場所に危険な機械類を寄せ集めて危険の防止手段を怠る。健康に有害な環境も押し付ける。

およそ資本主義的生産は、ありとあらゆるケチ臭さにもかかわらず、人間材料についてはどこまでも浪費をこととするのである。

商品の価値は、その商品に含まれている労働時間によって規定されている。資本はひとつの商品の生産に社会的に必要な労働時間をますます短縮し、商品の価格をその最低限度まで引き下げる。

以下は次節からの引用だが

資本主義的生産は、“実現され商品に対象化された労働” を極度に倹約する。(“” 内は労働者、すなわち労働力商品のことである。こういう言い方をするマルクスは好きではない)

(労働者の立場から見ると)これは倹約どころではなく、“生きている労働”(労働者のこと)の浪費である。肉や血の浪費者であるだけではなく、神経や脳の浪費者でもある。

これが資本主義という時代である。“人類一般の発展が実現され、確保される時代” に直接バトンを渡すべき時代の特徴なのである。

労働者の生命や健康が浪費されるような状況は、資本主義という生産様式がもたらした労働の社会的性格の変化にもとづいている。

しかしそれは “人間社会が意識的に再建される時代”に向かうために、必然的に通過しなければならない時代なのである。

(と、相当むりやりに意訳した)


なお、この節の最後の段落は、何回読み直してもよく分からない。

拡大再生産や設備投資にともなって、費用も増大するがそれ以上に利潤(剰余価値)が増大するので、利潤率は相対的に増大すると言っているようなのだが、一方では「剰余価値率には変動が生じないこと」を議論の前提にしているようにも見える。

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