鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

2013年05月

アーミテージが都内で講演し、慰安婦発言について批判した。

「韓国国民・国家の尊厳に対してどれだけ恥ずべき発言か、彼らがどんな気持ちになるかまず考えるべきだ」
「日本は70年間、人権の尊重について模範だった。慰安婦をめぐる発言はこの水準に達しておらず、この状況を一部の政治家がきちんと理解していないことを示している」
「これらの発言は“安倍政権は右翼のナショナリスト政権だ”と宣伝する中国外交を利することになり、さらにこの地域における中国の拡張主義から注意をそらすことになる。我々全員にとって有害な発言だ」
ここまではいいが、最後が振るっている。
「政治家はこの問題について発言しないことがベストだ」


以前にも触れたが、アーミテージはアメリカ軍産複合体の対日スポークスマンであり、かつてイラク戦争の時には戦争への参加を煽った張本人である。とても「平和の人士」とはいえない。
ただ、定期的に発表するアーミテージ・レポートでは、憲法改正の要求から解釈改憲で集団的自衛権を可能にしようとする方向へ軸足を移している。いわば憲法“安楽死論者”である。
背景にはアメリカの対中戦略の変化がある。

2012.9.15 第三アーミテージ報告

ことさらに慰安婦問題で、批判的な立場を明確にしたのにはウラがあるだろう。しかし、それがアメリカ世論を反映したものであることも、抑えておく必要がある。

そうすると、アメリカの意向を無視してまで、誰が、何故、暴走したのだろうか。このへんは日本の政治の深層に迫る分析がもとめられるところであろう。

経団連は一方では労働力流動化を訴えながら、他方では財政再建を強調するが、この二つは矛盾すると思う。
財政再建のためには、財政規律の強化と景気の回復が重要だ。財政規律の強化は支出減少を狙うものであり、景気の回復は収入増大を狙うものだ。
しかし財政規律の強化は不況局面では景気をさらに悪化させる可能性があり、慎重でなければならない。
とすれば、現在取りうる政策の主体は景気刺激策となるであろう。
ここまではごくごく常識の範囲内だろうと思うが、この常識が経団連には通じない。

TPPも同じで、日本の産業のかなりの部分に致命的なダメージを与える可能性があり、少なくとも現在の局面ではとるべき選択ではない。グローバル基準に見合った長期的な産業構造改革についての議論そのものは否定しないが、それは今、「バスに乗り遅れるから」とあせる話ではないだろう。

この常識も通じない。

景気回復と、それによる財政の再建という戦略は、アベノミックスですら掲げている。いまや日本の常識である。

その戦略の環となるのが内需の拡大であり、その前提となる雇用の拡大と雇用の質の確保である。

こういう流れから見ていくと、経団連の発想は日本を潰そうとしているとしか思えない。

今の時期に増税をやれば景気の底は抜け、財政危機はさらに深刻化する。労働力の流動性を高めれば、庶民の不安感はさらに高まり、支出は抑制される。

なぜそのような「やらずぶったくり」の愚かな主張をするのだろう。商売というのは相手があって、ウィンウィンの関係を築く中で成り立つものではないのだろうか。そうでなければ、それはビジネスではなく強盗だ。

しかし強盗というのは、相手に金があればこそ成り立つ。人を傷つけ、殺めても500円しか財布に入っていなければ、この商売成り立たなくなる。

こんな分かりきったことがどうして分からないのか。それが不思議だ。

さすがに、激烈なこの歌には、当時でも多少の抵抗があったことを思い出す。
毛沢東一派と手を切ってからは、この歌がうたわれることは少なくなった。だから永田洋子の京浜共闘と、イメージ的にだぶるところもある。

民族・民主統一戦線といっても、あの頃は「反米・愛国」の押し出しが強かった。あまりに強過ぎて4.17ゼネスト回避問題などが表面化した。

丹念に日本政府や財界の動向を分析しながら、アメリカの支配をあぶり出していくというより、安保破棄・平和中立のスローガンが観念的に突出していたような気がする。

過ぐる戦争の経験から、「反米」、「愛国」という言葉にアレルギーを持つ多くの民衆にも、後進国並みの「半植民地」規定に違和感を抱く庶民にも、これらの言葉は飲み込みにくいものだった。

しかし、奇妙なことに、世界第二の資本主義大国となり、それが没落していくのを目のあたりにしている我々にとって、この歌はかえって生々しいリアリティーをもって迫ってくるようだ。

うろ覚えだが

民族の独立勝ち取れ
決起せよ祖国の労働者
栄えある革命の伝統を守れ
血潮には正義の
血潮もて叩きだせ
民族の敵、国を売る犬どもを
進め、進め、団結固く
民族独立行動隊
前へ、前へ、進め

(二番もあったと思うが、さすがに思い出せない。たしか“ふるさと南部工業地帯”というのがあって、春日正一さんが活躍したんだと聞かされたことがある。あれは参議院選挙で、北大の総細胞集会だったかな)

流石にネットには山ほど解説がある。その中から下記を紹介する。
民族独立行動隊の歌/うたごえサークルおけら

1.民族の自由を守れ
  決起せよ南部(祖国)の労働者
  栄えある革命の伝統を守れ
   血潮には 正義の血潮もて 叩き出せ
   民族の敵 国を売る 犬どもを
   進め 進め 団結固く
   民族独立行動隊 前へ前へ 進め
2.民族独立勝ち取れ
  ふるさと南部工業地帯
  再び焼け土の原と化すな
   暴力(ちから)には 団結の実力(ちから)もて 叩き出せ
   民族の敵 国を売る 犬どもを
   進め 進め 団結固く
   民族独立行動隊 前へ前へ 進め

1950年創作の歌。同年6月、金日成「南朝鮮武カ解放政策」による朝鮮戦争が勃発し、アメリカが「国連軍」の建前で介入。占領下の日本は全土を前線基地として利用され、占領と戦争政策のためのレッドパージ(日本共産党員など闘う労働者約4万人を1949-50年に職場から追放)も進められた。
 11月、国鉄大井工場で作詞のきしあきらこと山岸一章(後に作家)を煙突に登らせ、平和と民主主義を訴える3000人集会。中央合唱団が当初「ラ・マルセイエーズ」で集会を盛り上げたが、山岸は「日本のマルセイエーズを」と煙突で詞を書き、これに直ちに団員・岡田和夫(後に作曲家)が作曲したもの。

本日の赤旗に三つの記事が並んでいる。
一つは、「日銀の当座預金が初の70兆円に」という記事。
日銀が量的緩和で多量の円を発行しているが、それが結局銀行から先には流れず、日銀の当座預金として積み上がっているという、笑い話のような話。
二つ目は、製造業の事業所数と従業員がさらに減少を続けているという記事。
事業所数が前年比3.2%減、従業員は3.8%減。従業員減は食品産業で8.3%減、情報通信機械器具(ケータイ)で8.9%減と高い。ただしデータは11年までのもので、やや古い。
三つ目は、経団連が提言を発表。消費税引き上げの断行、社会保障全般の給付削減をもとめたという記事。「さらなる消費税増税」も求めているという。

この3つを見れば、分かることは唯一つ。
お札をいくら刷っても無駄。景気を良くするには経団連と手を切るしかないということだ。
その裏にアメリカがいるとしても、経団連が旗を振っていることは間違いない。
この連中と付き合っている限り、日本は奈落の底に沈んでいくばかりだ。

むかし民族独立行動隊の歌というのがあって、
「民族の敵、国を売る犬どもを…」という一節があったが、まさにその通りの状況になってきた。

23日の暴落はヘッジファンドの売り浴びせだそうだ。
「危険を露呈した株暴落」というコラムで、山田記者が書いている。
根拠は書いてないが、間違いはないだろう。要するに、日本の証券市場は弄ばれているということだ。
それというのも、東証が自らまいた種で、ヘッジファンドさんいらっしゃい、投機資本さんいらっしゃい、高速取引さんいらっしゃいで、取引高のかさ上げを目的に、株式市場としての節度を失ったからだ。
素人の投資家はとてもじゃないが、怖くて手が出せない。
株の話になると、とたんに渋面になって話題を変えようとする人がたくさんいた。つい半年前の話だ。

一番心配しているのは安倍首相だろう。さらに荒っぽい市況が続くなら、アベノミックスは瓦解し、参院選ではイシツブテが飛ぶだろう。

いずれにせよ実体経済の根拠がないお祭騒ぎだ。早晩化けの皮は剥がれるだろう。それより心配なのは長期金利の上昇だ。

株であればすってんてんになって終わりだが、債券はそうはいかない。しっかり借金が残る。ムーディーズやS&Pなどの格付会社がいつ動くか、それを機にヘッジファンドがどう動くのか、夜も眠れない日が続くことにならなければ良いが。

山田記者によれば、
日銀が大量の長期国債を購入するため、市場に流通する国債が減少し、国債の利回りが不安定化している
という。
我々素人からすれば、国債の購入という形で日銀券がばらまかれ、それが日銀券に対する信頼を失わせ、円建て債のスプレッド幅を増大させていると見るのだが、金融筋からはそういう見方になるのか、と勉強になりました。


雇用流動化を押し付けているのがアメリカの財界であることが、しだいに明らかになってきた。
なぜアメリカはそれを押し付けるのか。
赤旗連載「米国従属経済」によると、
それは1980年からの20年の間にアメリカで実際にそれが行われ、企業側から見て大成功したからだ。
そこでアメリカの財界は日本で、柳の下のどじょうを狙っているというわけだ。
まぁ、話はそう単純なものではないが、そういう側面はある。

ということで、記事によると、

①機関投資家による企業株式の大口所有が増加し、株主による企業経営への影響力が高まった。
②機関投資家は、何よりも収益性を重視し、企業合併や買収(M&A)を猛烈に展開した。
③企業は収益性を確保するため、コスト削減と生産効率の上昇を最大のターゲットとするようになった。

という企業風土の激変がまずある。
この目的にそってリストラが行われ、企業のありようは様変わりした。
①ダウンサイジング(減量経営)と呼ばれる不採算部門からの撤退が一斉に行われた。
②そこではとくに人員コストの削減が重視され、黒字であっても人員削減をする企業も現れた。IBMで6万人、ボーイングで3万人の解雇が行われた。
③これと並行して正規労働者の非正規への置き換えが進められ、正規労働者も知識・技能に応じて細分化され、賃金格差が拡大した。
④さらにアウトソーシング(外注化)も強化された。従来は基幹部門とされた事務、販売、研究開発まで外部委託されるようになった。派遣サービスの雇用者数は20年間で54万人から372万人に増加した。

こうやって、アメリカの大企業は収益力を高めた。そのやり方を日本に持ち込めば、日本の市場を席巻できると考えたとしても不思議ではない。

したがって、「雇用の流動化」は日本の一般民衆にとってのみならず、大企業にとっても自殺行為となる可能性がある。

今回の連載は、けっこう内容があります。これまでも何回か対米従属に関する連載がありましたが、紋切り型で二番煎じの内容ばかりでした。
柳沢記者のがんばりを評価したいと思います。


昨日、橋下市長が外国特派員協会で講演を行った。
マスコミは大々的に報道した。しかし報道の姿勢は、これで幕引きしたいという橋下側の意向に沿ったものだった。安倍首相との会食の効果なのだろうか。
取材を受ける特派員が、みな好意的な発言しかしていない。これを見た聴取者は「ああ、謝罪は受け入れられたんだな」と印象を持つに違いない。
おそらく編集に相当苦労したのだろう。

こういう時は赤旗しか事実を報道しない。
赤旗の見出しは
橋下氏会見 ごまかし・すりかえの3時間
と厳しく見ている。

女性記者、「テリブル(ひどい)、テリブル。米国だけ謝罪して慰安婦にはしない。内容がひどい」

ニューヨーク・タイムズの記者の感想は、日本のメディア陣みんなが聞いていたはずだが、どこも記事にはしていない。

人身売買というのは、最初にだましたり拉致する組織、その女性を移送する組織、拘束する組織、意に反して働かせる組織、様々な組織があって成立する。国際的にはそのすべてを人身売買という。

ある欧州の記者

「うちも戦争をしたが、お前の国も戦争をしたじゃないか」というのと同じ。今回は、日本が過去に行った、他国とは明らかに違った行為について議論が起きているのに稚拙な論法だ。

といった所。

しかし特派員は日本のメディアに感想を述べるのが仕事ではない。記事を書いて本国に伝えるのが仕事だ。
このあと特派員たちは橋下発言にどういうふうに切り込んでいくのだろうか。

残念ながら赤旗記者は正直、記者としての仕事をしていない。聞こえた声を文章にしただけ。質疑応答でのやり取りも記載されていない。それでも黙殺した他のメディアよりはマシだが。
出来れば、会場での感想聴取に終わるのではなく、出席した外国人記者からもうすこし意見を集約してほしい。
フォローアップの記事を期待したいところである。

まずは言い訳がましいが、このところやる気がでない。
日本ハムにスランプがあるように、私にもスランプはある。
せっかくこれから反転攻勢というのに、カリソメにもエースと呼ばれた武田勝が初回に5点だ。
北海道のファンは優しいというが、そうでもない人間もいる。
重営倉送りだ! これからは武田敗と名乗れ。思わず全柔連の強化コーチの気持ちが乗り移る。

それで、写真を貼り付けて記事の代わりにする。

http://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/9/8/98657b59.jpg

この写真は1973年、クーデターの直前に撮影されたものだ。

アジェンデ派の集会で、ジャンパー姿の労働者に混じってこんな女の子がいた。フランスのニュース映画に一瞬写った。カメラに気づいてちょっと表情が緩んだ。それがたまらなく良くって、ここに載せてしまった。

すでにフィルムはセピア色に変色しているが、あの頃としては、なかなかおしゃれだ。化粧こそ目立たないが髪もウェーブをかけてイヤリングもつけているようだ。ベージュの綿セーターに紺のカーディガンで決めている。あの頃の学生の典型的スタイルだ。

あちらの女性は20歳過ぎると老け顔になって、ケバくなって、肉がつき始めるから(あの頃の一般的傾向としては)、せいぜい20歳前後かと思う。もしクーデターを無事に生き延びることができていれば、いまは60歳くらいになっているだろう。
たくさんの人が殺された。逮捕され、拷問され、行方不明になった。そのあと20年近く、こんどは沈黙を強いられた。彼女の20年はどうだったのだろうか。

そうだ、今年はあれから40年だ。何かやらなくてはいけない。CIAは変わったのだろうか、アメリカと反動勢力は変わったのだろうか。人民・民主勢力は変わったのだろうか。クーデターを二度と許さない体制を、我々は構築し得たのだろうか。





去年の2月に、K.304 はタルティーニ作曲? という文章を書いた。ケッヘル304のバイオリンソナタが、タルティーニそっくりだということだった。

その時、この曲はパリ時代の作品であるから、パリでタルティーニを知って真似たのではないかと書いたのだが、たまたま交響曲第25番を聞いていて、第3楽章でまたドキッとした。またもタルティーニが顔を出したのだ。

25番はケッヘル183.出だしが映画やコマーシャルで有名なト短調で、そこばかり印象に残っていて、第3楽章なんてあったかしらというほどのものだが、これはまだパリに出る前の若書きだ。

とすると、モーツァルトはパリに行くずっと前からタルティーニを知っていたことになる。それとも、タルティーニが背後霊のごとくモーツァルトにつきまとっていたのか。

気になってネットを探してみた。日本語では、直接二人の関係について触れたものはなかったが、

ドミトリー・バディアロフさんというバイオリニストが書いたエッセイを見つけた。この人は水戸の室内管弦楽団のメンバーで、同じ楽団の鈴木秀美さんが翻訳している。

http://www.soum.co.jp/mito/music/mda3badiarov1j.html

 

以下、関係部分を転載する。

1777年10月6日にモーツァルトが父レーオポルトに宛てて書いた手紙に次の一節がある。

彼ら(タルティーニの弟子、デュブレイユと彼の一番年下の息子カール)がコンサート用とオーケストラ用のヴァイオリンについて討論し始めたとき、彼らの理由付けはとても明らかで、いつも私と同意であった…

バガテッラは、古い『バロック』から『クラシック』へと楽器を変化させた楽器作りである。1748年のクリスマスの夜、彼は規則を発見し、それが彼のメソードとなった。

…これはタルティーニとジェミニアーニがヴァイオリン奏法の教則本を出版する前であった 数年後、56年にレーオポルト・モーツァルトが教則本を出版し、同年モーツァルトが生まれた。

バガテッラはこのように書いている。

タルティーニは有名な、新しい“音のエステティック”(美学)の担い手であった。私はタルティーニの注文のために多くの楽器を変えた。およそ30年の長きに渡って、私はタルティーニと弟子たちの楽器を扱ってきた。 彼には、ヨーロッパ中のプリンスによって送られてきた数多くの弟子がいた。


これで分かることは、脱バロックの演奏法、そのための楽器の改良を行ったのはタルティーニであり、父レオポルドはその影響を強く受けていた可能性があるということである。

だから、アマデウスは出生直後よりタルティーニの音楽を刷り込まれていた可能性がある。

タルティーニの真価は緩徐楽章にあるのだから、モーツァルトにおいても短調のソナタの緩徐楽章を書くときには、思わずタルティーニ節が出てしまうことも考えられる。

ほかにもそんな曲が無いかと詮索しながら聞いていくのも、モーツァルトの一つの楽しみ方かもしれない。



「従属経済」の記事によると、「財界奥の院」は経団連ではなく在日米国商工会議所のようだ。

経団連の基本機能は、このアメリカの意向を忠実に伝えるメガフォンの役割をはたすことにある。(もちろん利害が一致しているからでもあるが)

この関係がとりわけ雇用・労働問題では際立っている。

赤旗の記載を時系列に並べると、

①06年「日米投資イニシアチブ報告」
初めて解雇の金銭解決と、ホワイトから・エグゼンプション制の導入を主張。その後この主張を繰り返す。

②10年「日米財界人会議」の共同声明
労働者派遣法の改正に反対する。理由は「労働コストを上昇させ、日本国内への投資や事業の拡大の意欲をそぐもの」であり、「雇用保護を目的とする政策は、かえって逆効果」というもの。

③13年「在日米国商工会議所」の声明
「(財界の要望が)政府の指示書では薄められているようにみえる」とし、安倍政権の「成長戦略」に「懸念」を表明した。
さらに同会議所が提案した「解雇の金銭解決」などの方向を「重点的に取り組むことを、再び強くもとめます」ときたもんだ。これは内政干渉というより一国の政府に対する脅迫ではないか。

ただこれは、経団連の発言がそのままでは通らなくなってることへの焦りとも見て取れる。
「原発ゼロ」方針の策定の際に、アメリカ政府が直接脅迫をかけてきたのと似た構図ではある。これもアメリカの日本支配構造の露頭なのであろう。


今日の赤旗「米国従属経済」を見て驚いた。
もう10年も前に、富士通の秋葉直之社長(当時)は、
「株主に対しては責任があるが、従業員に対して責任はない。経営とはそういうものだ」
と言い放ったそうだ。(週刊東洋経済01年10月)

これ自体、ひどい話だが、その後の10年間に日本の株式市場は様変わりしている。
①外人の株式保有が増えている
外国法人等の株式保有比率の変化

1990年

1995年

2000年

2006年

2011年

 4.7%

10.5%

18.8%

27.8%

26.3%


株式分布状況調査(東証など)より作成

②外国人持ち株比が極端に高い企業が増えている
「会社四季報」によれば、オリックスが52%、楽天が39%、中外製薬が76%など。

これと富士通社長の発言を重ねると、企業はアメリカの株主に責任を持つ経営を行なっているわけだ。こうなると会社は従業員のものではないどころか、日本のものでさえなくなっている事になる。

以前、三本の矢のうち一つが逆向きだ、と書いたが、安倍内閣の労働政策は相互矛盾している部分がある。
これは経団連との関係ではなく、アメリカからの圧力によりネジ曲がった可能性が高いようだ。


物事には表と裏があって、裏だけで物語を形成すると、まったく違って見えるものだ。リバーシブルのジャンパーみたいなもので、表は労務者風だが、裏返すと真っ赤な地にラメや金糸の縫い取りがあったりしてという事にもなる。

武田知弘さんの本もそのたぐいのようだ。

現在の感想としては、

①無謀な借金財政であり、最終的には「力」で以って踏み倒す以外にないやり方だったということ。

②シャハトは、4年間なら騙し続けられると考え、その間にヒトラーを手なづけて、軟着陸できると考えていたのかもしれないが、智恵者に似つかわしく浅はかであったこと。

③基本は、長く激しいリセッションを経た末の、景気循環上の上行期に一致したこと。すなわち、需要に対しサプライに余裕があり、新たなコストを発生することなく生産増大ができたこと。したがって政策的な需要喚起にも容易に対応できたこと。

ということだ。

そのことを前提にした上で、個別のアイデアとしてはいくつか着目すべきものがある。

③アウトバーン建設への集中的投資と自動車産業の育成。建設と自動車は裾野が広く、労働力の吸収性が高い。(現代ではアタリマエのことであるが)

④メフォ債という通貨代替性の信用の創造。悪く言えば“創造”と言うよりは“捏造”であるが、外貨も金も底をつく中でインフレなき成長を実現した、その「技法」(手口)は評価される。ただし、情報化時代の今なら、たちまちソブリン危機をもたらすことになるだろうが。

一方、失業対策はほとんど評価できない。私が疑ったことは、すべて事実であった。失業者を減らすのではなく、隠すための対策と言われても仕方ないだろう。
実際に失業者が減ったのは景気が回復したのと、とりわけ再軍備と軍事力強化のためである。

それで、ナチスの経験が今の日本の経済再生に何か役に立つかといわれると、基本的には役に立たない。それどころか一番やってはいけない手である。

おそらく武田さんは無理は承知のうえで、内需拡大とか職業の確保とか各種減免税のことを指して、「あのナチスだってやっていたじゃないか」と迫ろうというのが目論見だろうが、やはり政策の大本を見なくては危険だろうと思う。

どこをどうやっても、最後には「ヘンシーン!」と、戦争「ファイト、一発」に行き着くしかない政策であるが故に、部分的に見栄えが良いところがあっても、決して採用してはいけないオプションだろうと思う。

あとひとつ残るのはケインズのナチス評価だが、こちらはもう少し資料を集めてみなければならない。

ナチス・ドイツ「経済奇跡」年表

「経済奇跡」とは30年代のドイツが、ハイパーインフレを起こさずに景気の回復と失業の減少に成功したことを指す。もう一つの側面としては、この時期にドイツが再軍備を行い急速に軍備を拡張したことである。

1929年

10.24 世界恐慌が始まる。アメリカ資本によって支えられていたドイツ経済は破綻。

12月 ヒルファーディング蔵相が辞職。ヒルファーディングはアメリカの支援を当てにして外債の発行を計画するが、ライヒスバンク総裁シャハトの反対に会い挫折した。

1930年

3.07 中銀総裁のシャハト、ヤング案に反対の意向を表明。政府と対立し辞職。その後ナチに接近。

ヤング案: ドイツの賠償方式の改正案。29年2月にアメリカの銀行家オーウェン・ヤングが提案したもの。賠償金額は大幅に減額されたが、60年間にわたる返済を義務付けられる。シャハトはドイツ首席代表としてこれを受諾していた。

3月 恐慌のため財政破綻の危機に瀕したミュラー内閣が倒れ、ブリューニング内閣成立。厳しい緊縮政策で危機の乗り切りを図る。

ブリューニングは大統領緊急命令として、超法規的に公務員給与切り下げ,社会政策経費の削減,所得税・消費税の増徴などの緊縮策を打ち出した。これは租税収入の激減をもたらし、とくに自治体財政の崩壊が銀行の債権焦げ付きと金融危機をもたらした。

9月 国会選挙。ヤング案が争点となり、反ヤング案を掲げる共産党とナチス党が躍進。それを契機に外資引き揚げ,国内資本の逃亡が大量に生じる。

9月 社会民主党、「資本輸入の増大による資本形成の増大,これのみが現在唯一の標語であり,経済政策的に合理的なのである」とし、緊縮政策に対する「寛容路線」を本格化する。

寛容路線: ①ドイツ資本主義の危機を克服するためには「資本形成の促進」が不可欠である、②そのためには外資の継続受け入れが絶対条件である、③そのためにはヤング案にもとづく賠償支払いの継続が必要だという三段論法。社会民主党を含む「ワイマール保守派」の共通認識となった。

 

1931年

5月 オーストリア・クレジット・アンシュタルト銀行が支払停止。ドイツ信用恐慌の激化の引き金となる。

6月 ライヒ銀行、半月で金・外貨準備の半分以上を失う。英・米・仏中央銀行と国際決済銀行が1億ドルを緊急融資。

6.20 アメリカのフーバー大統領、戦債・賠償のモラトリアムを提案する。

7.13 ドイツ第二のダナート銀行が支払停止に陥る。政府は「銀行休業」を命令。事実上の「兌換停止」措置となる。

7.20 ロンドンで対独債権国会議開催。ドイツと債権者銀行との支払猶予に関する協議開始で合意。

7月 労働協約制度が停止される。政府は10~15%の賃下げを命令。実質賃金は恐慌前に比し30%以上の下落を示す。政府は一方で銀行救済のため中銀貸出金利を引き下げる。

9月 外積務据置協定の締結、賠償支払に関するフーヴァー・モラトザアムにより、ドイツの公・私対外貨務は「凍結」される。

10月 ナチスなどからなる「ハルツブルク戦線」が結成される。ブリューニングの緊縮路線に反対。シャハトが大企業とのパイプ役となる。

12月 物価・賃銀・利子の強制的引下げを骨子とする第四次緊急命令が公布される。

第4次緊急命令: イギリスの[金本位制離脱」=平価切下げに対抗して、ドイツの国際競争力を強化するために、賃銀・給与を削減。大衆の購買力の低下に対応するために消費者物価を「補正」するもの。これにより物価は7.2%の低下を示すが、輸出は著しく減少。

 

1932年

2月 大銀行の再編に関する緊急命令が公布される。「2月整理」といわれる。

2月 不況がピークに達する。

登録失業者が600万人。非登録者を加えた推計では778万人。失業率は40%を超える。金・外貨準備は10億ドルを割る。

5月 ブリューニング内閣が崩壊。パーペン内閣が成立。新規雇用を奨励する「租税証券」を開始、総額3億マルクの公共事業計画(パーペン計画)を実施する。

7月 ナチスが経済振興策を発表。党内左派といわれるシュトラッサーが起草したもの。政権獲得後は白紙に戻される。

11月 シャハト、ティッセンら財界人からなる「ケップラー・グループ」、ヒンデンブルク大統領に対しヒトラーを首相にするよう請願。

12月 シュライヒャー内閣が成立。雇用創出のため5億マルクの「緊急計画」を決定。

1933年

1月 シュライヒャー内閣が倒れる。しかしパーペン、シュライヒャー内閣の間に景気は反転ないし底入れした。

1.30 ヒンデンブルク大統領、ヒットラーを内閣首班に指名。失業者の削減と自動車産業の拡大を主眼とする。

2.01 ヒットラー、第一次4カ年計画の開始を発表。「失業に対する強力なかつ, 包括的な攻撃によるドイツ労働者の救済」を唱える。

2.08 ヒトラー、閣議において「あらゆる公的な雇用創出措置助成は, ドイツ民族の再武装化にとって必要か否かという観点から判断されるべき」と強調。

2月 国会議事堂放火事件をでっち上げ、全権委任法を押し通す。

2.20 ヒトラー首相、実業界首脳25名と会談。マルクス主義の根絶と再軍備を打ち出す。財界は300万マルクの献金を約束。

3月 ライヒスバンク総裁にシャハトが就任。

Horace Greeley Hjalmar Schacht: ドイツ生まれアメリカ育ち。母は男爵家の出身。父はアメリカかぶれで米市民権をとっている。銀行家としてキャリアを積み、ドイツ国家銀行の頭取を務める。第一次大戦後、ドイツ民主党の創立に参加。23年に政府の財務担当者となり、国内不動産を担保とするレンテンマルク(1兆マルクに相当)を創設。ハイパーインフレの抑えこみに成功。

5月 シャハトの発案により「冶金研究会社」(MEFO)設立。クルップ、シーメンスなど大企業への資金提供のための国策トンネル会社

大企業がMEFOあてに手形(メフォ手形)を発行し、中銀が唯一の引受人としてこれを割り引く。大企業の手形は中銀の裏付けを持つ擬似貨幣となる。現在の「量的緩和」に近い金融操作。

5月 すべての労働組合が解散され、労働戦線に一本化される。

5月 ヒトラー、雇用創出の2つの出発点として, 減税による個人の持ち家所有助成及び, 全国の道路網拡充を挙げる。

5月 ヒトラー、財界幹部と協議。このあと閣議で、企業の税負担の5年間据え置きを指示、社会政策支出削減をもって代替財源とする。

財界との協議に基づき、アウトバーン設立法(6月)、租税権限法(7月)、自動車税廃止(4月実施済み)などが決まる

7月 「農村補助労働」が始まる。16歳~21歳の青少年に「自発的」な農作業を促す。拒否した場合は失業手当を失う。年平均16万人が作業に従事する。失業者の減少に伴い、36年以降は事実上廃止。

7月 強制カルテル法が成立する。

新規企業の設立は禁止された。同業企業はカルテル設立を強制された。カルテルは国家による監視と規制のもとに置かれることになった。

8月 シャハト、ライヒスバンク総裁のまま経済相を兼任。経済政策を主導する。

9月 「帝国食糧団体暫定設立法」が成立。分野別の経済団体が設立され、国がその指導権を掌握する。

9月 失業対策法(ラインハルト計画)が実施される。週40時間労働の厳守がうたわれ、時間外労働は禁止される。

11月 価格停止令が布告される。商品の価格統制と現下の管理が国の手に委ねられる。

1934年

2月 経済有機的構成準備法が施行される。「産業報国会」と似たような組織。

5月 ヒットラー、財界首脳との会談で「道路網整備と住宅増加が雇用増大の出発点」と強調。財界は法人税の5年間据え置きと社会保障支出の削減を求める。

6月 ヒットラー政権、第一次失業減少法(ラインハルト計画)を策定。アウトバーンの建設を半奉仕活動的な雇用で賄うとし、「非正規雇用」により失業率の低下を狙う。

7月 経済措置法が成立。シャハトは2ヶ月間、既存の法律の枠を超えて権限行使する権限を手に入れる。政府はアウトバーンと自動車産業に投資を集中する一方、繊維・紙パルプ・ラジオなどの分野には投資禁止措置をとる。これを受け、企業数は大幅に減少し、資本集中が進む。

8月 シャハト、中銀総裁のまま経済相を兼任。経済措置法にもとづき商工会議所令を発する。経済大臣が会頭・副会頭の任免権を含む監督権を持つ。これにより全国の中小企業がナチ党体制に組み込まれる。

9月 アウトバーンの建設が開始される。1935年6月までに4億マルクが投資され、最大12万人の雇用が行われる。

アウトバーン関連労働者の実態: かなりの人々は“ボランティア”として雇用され、少額の手当と衣食住の支給が行われたのみであり、賃金と呼べるほどのものは受け取ってない。

9月 第二次失業減少法が実施される。住宅建設促進のため、住宅補修や改築が推進される。

12月 自動車生産額は過去最高の28年に比し1.5倍に達する。雇用者数も28年の水準を回復。一方原料不足により繊維など消費財分野の生産は停滞。

1935年

5月 シャハト、さらに戦争経済全権にも就任。経済政策の決定権を集中。再軍備の多面の国債の国債増大を隠蔽するためメフォ債を発行。

メフォ債は事実上の国債だが、メフォ(Metallurgische Forschungsgesellschaft)というトンネル会社を設立し、私債のように見せかけた。38年までに120億マルクの債券が発行された

3月 再軍備宣言。徴兵制が再開される。これにより国防軍に86万人の「雇用」が生まれる。その後の軍の拡大によりほぼ完全雇用が達成される。

12月 自立小農民を保護する「血と土」政策が失敗。農業生産は停滞し、食糧不足が顕在化する。

35年 19~25歳の青年を対象に、勤労奉仕を強制する法律が制定される。

勤労奉仕により年間約20万の青年が、結婚貸付により約数十万の女性が労働市場から遠ざけられる結果となる(川瀬)

1936年

8月 ヒットラー、「第二次四カ年計画」の秘密覚書を作成。自給自足体制の確立と「4年以内に戦争を可能ならしめるための国防経済体制」への移行を骨子とする。

9月 第二次4カ年計画が策定される。諸外国との協調を説くシャハトは計画から外され、ゲーリングらナチス主流派が主導権を握る。

11月 シャハト、新経済計画と対立し、経済相を辞任。

11月 「物価ストップ令」が発令される。過剰な通貨供給と軍需拡大によって、インフレの危機と外貨不足がいっそう深刻となる。

12月 景気が本格的に回復する。

GNPは32年に比し50%増、国民所得は42%増、工・商業生産指数が88%増、財・サービスへの公共支出が130%した。ただし賃金の増大はなく、民間消費指数は16%増にとどまった。国家債務が110億マルク増大し、外貨の不足はさらに深刻となり、資源不足が顕在化する。

1937年

37年 ほぼ完全雇用が達成される。

ドイツの登録失業者数の推移(単位 千人)


1929年

1932年

1934年

1937年

失業者数(年平均)

1899

5575

2713

912

11月 4カ年計画全権代表のゲーリングとシャハトが衝突。シャハトは経済相を解任される。

ゲーリングは「あらゆる大企業をアーリア化することが私の務めである」と公言。ユダヤ系企業の資産売却と国外退去を促す「自発的」アーリア化を推進。これに前後して水晶の夜事件が発生。

1938年

軍事費調達のためのメフォ手形が廃止される。残存債務は国債に移行。この時点での発行残高は120億マルクに達する。さらに国債も32年の102億マルクから190億マルクまで膨れ上がる。

1939年

1月 シャハト、インフレの進行を理由に軍事力増強と領土拡大政策の中止を求める。ヒトラーはこの提言を拒否し、シャハトを中銀総裁から更迭。

44年、シャハトはシュタウフェンブルクのヒトラー暗殺事件に連座したとして逮捕され、強制収容所送りとなる。

9月 ポーランド侵攻。第二次世界大戦が始まる。

 

ウィキペディア および 「ナチスドイツの経済回復」 川瀬泰史 他の資料より作成

 

5月13日付の三菱UFJのリサーチで分かりやすいQ&Aが載せられている。

企業の設備投資は増加するか

Q1.企業の設備投資がなかなか盛り上がってきませんね?

Q2.今後設備投資は持ち直してくるのでしょうか?

Q3.金融緩和に設備投資を促す効果はあるのでしょうか?

Q4.設備投資が国内に回帰することはありますか?

小林真一郎さんがこれに答えている。

Q1を別としてすべての質問に対する答えは「否」である。

Q1.については

①企業が需要見通しについて慎重な姿勢を崩していない

②企業は資金があれば海外に振り向けようとしている

という二つの理由で、国内投資は期待薄だとしている。

Q2.については

①企業は現時点でも設備過剰感を持っている

②設備の維持・更新といった最低限の投資、情報化・効率化のための投資、研究・開発投資については行われるが、増産のための設備投資は考えにくい

いわゆる「買い替え需要」レベルに留まる可能性が強く、景気回復の牽引車とはならない。

Q3.について

①企業のキャッシュフローは十分であり、借り入れの必要はない

②需要が見込めず、採算が取れないのならば、設備投資は実行されない。

小林さんは「むしろインフレでコストにかかわるリスクが上昇するようなら、企業はますます慎重になるだろう」と、マイナス効果を指摘しています。

Q4.について

①たしかに海外進出が進んだのは円高のためだった。しかし今は海外市場での需要を取り込むことに主要目的がある。

②いったん進められた海外進出の流れを短期間のうちに修正することは困難。

ということで、海外進出は益々強まり、国内回帰の可能性は薄いだろう。

http://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/8/9/8997d46f.jpg

内閣府の「企業行動に関するアンケート調査」

(円高の修正が進んだ後に調査されたものだそうです)


そうなるとですよ、これは大変なことですよ。

アベノミックスは景気回復のためのものだったはずなのに、それにはまったく役立たずに金持ちを喜ばせただけのものということになりますね。

そして国には国債という膨大な借金が残されることになりますね。

違いますか、小林さん。

清水記者の署名入り記事で、輸入増の理由をレビューしている。

3月の貿易収支は3600億円の赤字。11年以降の赤字基調は変わらず。円安で輸出が促進されても輸入増をカバーできない構造となっている。

ということで、輸入増の内容を分析した。

その結果、原油やLNGの増加だけではない構造上の変化が起きていることが分かった。
清水記者はそれを次の三つに集約している。

食料輸入の増加
輸入総額の8.3%が食料品。食品原料は食品にふくまれていない。実際には10%前後とされる。

IT、自動車関連の輸入が急増
通信機(携帯、iPodなど)の輸入額は2兆円を超えている。(私のドコモの携帯もサムスンだ)
自動車部品は5500億円。国内調達を海外調達に切り替えたため。

海外現地法人からの逆輸入が急増
いわゆる逆輸入はおよそ10兆円、輸入総額の15%に達する。
産業空洞化が貿易収支の悪化をもたらしている。

このあと、三菱UFJのリポートを引用しているが、こちらは直接原文にあたったほうがよさそうだ。

誰がつけたか、その名はチンライ
どこから来たのか、その子はチンライ
…西、東
元気な少年、少年チンライ

鹿児島の、
城下に哀れ刃剣の
重き使命を顧みず、
ゆきて帰らぬ隠密の
埋もれし誉れ、鉄の意志
薩摩飛脚は今日も行く
密命帯びて、今日も行く


コラム「朝の風」に面白いエピソードがあった。
中易さんという哲学者が拓殖大学に就職する時の話で、恩師の紹介状をもって拓殖大学の総長室に中曽根康弘氏を訪ねたそうだ。

「君の専門は何かね」と聞く中曽根氏に「ヘーゲルです」と答えると、「ヘーゲルはいかん、カントまでにしておけ」と。

なかなかの慧眼である。

「ヒットラーの経済政策」という新書の読み物を買って、パラパラと読んでいたら、いつの間にか引き込まれて一気読みしてしまった。おかげで寝不足である。

祥伝社新書の一冊で、武田知弘さんという人が書いている。
ジャーナリストの方のようで、「経済政策」の解説にもかかわらず、ほとんど図表がない。文章だけで読ませるのだから相当の筆力の持ち主であろう。
そのかわり、数字がないので文章の客観性という点では問題が残るが、それはそれで別文献に当たればいいのだから、入門書としては出色といっていいのではないだろうか。

と、偉そうに書いたが、初めての事実が大変多く、非常に勉強になった。
思いつくままに列挙しておこうと思う。

1.ケインズはナチの経済政策を評価した。


ドイツの経済政策の多くの部分は、ドイツとか枢軸という言葉をイギリスという言葉に置き換えるならば、まったく優れたものになるでしょう。それはまさに我々自身がその実現に努力すべきものです。

これは1940年8月にドイツが発表した「欧州新経済秩序」という計画への評価であり、この計画の骨子は金本位制からの離脱と、マルクを共通通貨とした自由な市場の形成にある。

もちろん、ケインズはファシズムとは対極の立場にあった人であり、このコメントについても留保が付けられているとは思うが、そのあたりはこの本では触れられていない。

その辺りもふくめつつ、バンコールなどケインズの戦後世界構想の中に、どう批判的に摂取されているのかは、それなりに興味深いところである。

2.ナチスは失業者対策でもっとも成功した国である

1938年(世界恐慌から10年後)の各国の失業者数

アメリカ 783万人(最大時1200万人)
ドイツ   43万人(最大時 600万人)
日本    27万人(最大時 300万人)

ただその理由として、武田さんはナチをヨイショして、思い切った公共事業(アウトバーン)と自動車生産への傾斜配分を上げているが、控えめに書かれているいくつかの事実がある。
一つは熟年労働者の就業に力点をおいたことである。これにより若年失業者は被扶養者として潜在化する。一つは女性を家庭へ押し込めたことである。女性は家庭に入れば専業主婦となり失業者とはならない。もう一つは大都市への移住を法律で禁止したことである。これにより貧農が都市のルンプロとなることを抑えることができる。第三の方法は独裁政権ならではの手法である。

このどちらが失業者減少の主役となったかについては、別資料を当たる他ない。

3.ナチの減税政策

実は、ここがこの本を読んでの一番の驚きであった。
ナチは政権をとった33年に税収規模の1割に及ぶ大減税を行ったのだそうだ。詳細については不明だが、国家財政がもっとも厳しい時期にこれだけの減税をやるというのは驚異の選択である。
この減税により景気は刺激され、税収は33年の51億マルクから34年に59億マルク、さらに35年には75億マルクに増大した。同じ時期に、納税者は34%から57%まで増加した。

富裕層に対しては累進課税制が導入され、配当が剰余金の6%に制限された。さらに35年には法人税が引き上げられた。いっぽうで貧困層に対して家族に対する扶養控除制が開始された。
サラリーマンに対しては源泉徴収制が開始された。
これがどの程度の規模で行われ、どの程度影響を与えたかについては定かではないが、ナチが所得再配分機能を重視していたことは間違いないだろう。
扶養控除と源泉徴収は、戦時中の日本にも持ち込まれ、定着している。

4.ニュープランによる信用創造
これはナチというよりシャハトの功績に期するというのが武田さんの評価だ。
シャハトは、ヒットラー政権の前半において経済政策を担った人物であるが、ナチ党員ではなかった。ナチが軍事力強化と侵略の方針に傾いたとき、たもとを分かったとされる。(こういうことはあとから潤色されるので、話半分に聞いておいたほうが良いだろうが)
シャハトは、23年には有名な超インフレをレンテン・マルクの導入により封じ込めた。
33年に再登板すると、国債や各種公債を利用して信用を創出し、インフレを招くことなく公共投資を支えた。
金準備が底をつくと、債権国とやりあって、利払いのモラトリアムを実現した。英仏両国を利用して、主債権国アメリカの取り立てを封じたようだ.
これらを成功させると、ついでシャハトは「特別マルク」なるものを創出した。対外決済を中銀に集中させたうえで、支払いの半分を兌換マルクでなく「特別マルク」という貨幣もどきで支払うことにしたのである。
これは金の裏付けのない、半ば破産したドイツという国家の信用だけを裏付けとする、一種の「商品券」だ。しかしこれが実際には貨幣として機能したのだ。
最大の理由は、世界中の金のほとんどがアメリカに集中し、それが大恐慌の結果塩漬けになってしまったので、アメリカ以外のどの国も金本位制に固執する限り、経済は収縮せざるを得なくなってしまったからである。
ドイツが経済危機を脱すると、三大通貨圏に入らない国(東欧、南米、ソ連)との交易は急速に伸びていった。これが奇跡の復興をもたらした最大の要因となった。
ただこれが可能だったのは厳密な通貨管理を行ったからであり、それは独裁政権にして初めて可能だったという側面は見て置かなければならない。
シャハトの活動時期は36年半ばまでである。その後は事実上、政策決定過程から排除されている。


というわけで、とくにシャハトの経済政策についてはもう少し勉強してみる必要がありそうだ。

なお武田さんには、日本経済の現状と引き比べてナチの経済政策を称揚する傾向が見られるが、個別政策についてはともかく、マクロの経済運営においてはまったく状況が異なっており、現政権批判がナチ型計画へと結びつくようなものではないと思う。



我々が目指すのは「法の下での平等」であり、「契約の下での平等」ではない。契約の前提には法の下での平等は含まれていない。「人身売買」も、「ヤミ金融」も契約は契約なのである。

だから契約には、法的見地から規制が加えられなければならない。その契約が公的性格が強いものであればあるほど、規制も強力でなければならない。そうでなければ社会が崩壊してしまう。

すなわち共同体の論理は私契約の論理に対して優越的地位を持つのである。そのことを前提にして、両者が共存共栄できるようにするのが国家の政策であり、実体的には憲法を頂点とする法体系なのである。

これに対し、TPPの本質は「自由契約原理主義」にある。これはアメリカと多国籍企業の論理であり、シャイロックの「肉1ポンド」の論理そのものである。

それは、これまでのGATTやWTOの基本精神とも相容れない「強者の論理」である。(もちろん、GATTやWTOもそれなりの矛盾を抱えてはいるのだが)


貿易だけでなく法体系の包括的な国際化、とりわけ社会的生存権のグローバル化が進められなければならない。人権状況がバラバラのところに、経済や貿易だけがグローバル化すればどうなるかは火を見るより明らかだろう。

TPPはごく表面的なメリット・デメリットの議論でも有害無益なものだが、TPPを支える思想・原理の面から見ても人類社会の進むべき道を踏み外している。

池上さんという評論家のTV番組でTPP礼賛論を展開していた。

戦前のブロック経済化に対する反省からGATTが始まって、それがWTOにまで至ったのだが、それが行き詰まったのでFTAやTPPなどの構想が始まったのだということだ。

そこから得られる結論は、世界の経済が発展するためにはTPPが不可欠だということになる。
此処から先はほとんどフィクションの世界だから省略する。

しかし、「ブロック経済化に対する反省」との関連でいえば、池上さんの議論では国際通貨問題が完全に欠落している。結論から言えば、ブロック経済の復活はありえないということだ。

たしかに戦前のブロック経済は決済通貨がドルか、ポンドか、フランかという選択を含んでいた。ただこの場合、2つの前提があった。一つはポンドにせよフランにせよ、植民地体制を前提にしていた。この前提はすでにない。
もう一つは金本位制が仮想的ベースにあって、そのことを前提にした管理通貨制度であったということである。この前提もすでにない。

であるとすれば、結論は唯一つ。
帝国間の矛盾はすでに消滅した。現在のグローバリゼーションは、ドル経済ブロックへの包摂としてしか存在し得ないということである。

いっぽう、そのドルの基盤も明らかに弱体化しつつある。たしかに今もなお、ドルは決済通貨としての相対的有効性を持ち続けている。しかし誰もが分かるように、ドルはすでに基軸通貨としてのヴィンテージを失っている。「とりあえずの決済通貨」でしかないのである。

そのようなドルへの収斂は、つまるところ地獄に向かっての突進でしかない。

現実的な政策としての選択幅は限られており、ユーロへの乗り換え,SDRの活用などは当面の話題ではないのだが、原理的な部分でのこの覚めた目は、常に持ち続けなくてはならないと思う。


上記の文章は、大分酔いが回ってから書いているので、論旨が乱れている。

言いたいことは、こういうことである。
池上さんの論理には、二つのトリックが潜んでいる。

一つは、「GATTが正しく、ブレトンウッズ精神を追求するものであった」という前提から出発していることだ。これは歴史的事実とそぐわないものがあり、相当の議論を必要とするものではないか。
もう一つはWTOが進行しない原因が、「参加国が多すぎてまとまらないため」という、およそ非論理的な判断となっていることである。

それぞれについては、すでに過去のブログで触れているので、とりあえずリンクを張っておく。

2013/03/25 – ブレトンウッズ精神とTPP http://pub.ne.jp/shosuzki/?entry_id=4817938

2013/03/25 – 安倍首相TPP参加の論理 http://pub.ne.jp/shosuzki/?entry_id=4817618

2011/10/17  通貨問題は貿易問題だ バンコールと国際貿易機関ITOhttp://pub.ne.jp/shosuzki/?entry_id=3950437

2011/10/20 – ITO国際貿易機構)の遺したもの その1 http://pub.ne.jp/shosuzki/?entry_id=3955593

2011/10/27 – ITO国際貿易機構)の遺したもの その2 http://pub.ne.jp/shosuzki/?entry_id=3967810

慰安婦制度をこのように位置づけると、当然、「慰安婦制度などというものは存在しなかった」という反論が出てくるだろう。
この反論こそが、林先生の待ち望んでいた所で、後段では慰安婦制度の体系を展開し、その存在を立証する。

A.日本軍としての「慰安婦」制度の場合、
①軍が「慰安所」設置の計画・立案を行った。軍は兵員数から必要な女性の人数を計算して計画を立てた。
②軍がブローカー(業者)を選定し依頼した
③軍が資金を提供した
④軍が女性たちの輸送を行った。 軍は軍用の輸送手段で海外に連れ出した。
⑤軍が「慰安所」の建物・資材を提供した。軍が「慰安所」の必要物資を提供した。軍が「慰安所」を管理した。
以上が、「慰安婦」制度が存在したと主張する論拠である。紙面の関係もあり、きわめて簡潔に述べられているが、それぞれについて動かぬ証拠があるとみられる。

B.日本軍が時と場合において行った行為
林さんはこれに付け加えて、特殊状況下での日本軍の行いとして
①軍はしばしば、みずから女性集めを行った
中国や東南アジアでは暴力的に拉致してくることもあった
とする

これで見ると、安倍首相が用いる「強制拉致はなかったから、慰安婦問題はなかった」という反論が、「慰安婦」制度の本質をわきまえない詭弁にすぎないことがよく分かる。

関東学院大の林先生(現代史、軍隊・戦争論)が、スッキリとクールに論点を整理している。

橋下市の論理は、「慰安婦は売春婦と同じだ」というものです。このすり替えによって石原慎太郎の「軍と売春はつきもの」発言のような言い訳ができるようになります。

戦争の中で、食料など物資をたくさん持っているのは軍隊ですから、何とか生きていくために軍隊の周りに女性が集まり、性売買が行われるというのは、残念ながらいろんな戦場で起きることです。

しかしそのことと、「慰安婦」制度とは質的に違います。

「慰安婦」は慰安婦制度の一部であり、その制度を管理運営していたのは軍です。
このような制度はナチス・ドイツと日本軍にしかありません。

米軍は公式に売春を認めていません。第二次大戦中も米軍はそうした建前をとっていました。末端では建前と違う実態もありましたが…




慰安婦制度においては、女性がロジスティックスの一環として「物資」扱いされており、制度として人間性が否定されていたということが最大の問題だということになる。

「仕方がない」という素朴な感情論に対抗する論理としては、有効な論理だと思う。もちろん、売春はそれ自体が悪ということが前提ではあるが…

ただ、これだけでは何故そこまで完璧な人間性の否定が実行し得たのかという問題が解明できない。「慰安所」という現場における支配の論理が必要だろう。

やらせた側の問題とは別に、やらされた側の目線も必要だ。「慰安婦」であることを強いられた人々にとって、慰安婦とは何だったのかということの評価ももとめられる。

つまり百歩譲って売春婦が「自由業」だとしても、慰安婦は「自由業」ではないし、性的奴隷と考えなければならないということだ。

いづれにせよ軍による“強制労働”の問題は、それはそれとして本流から外してはならないだろう。(これについては2012.10.2「慰安婦問題はセックス問題ではない」を参照されたい)


ワルター・クリーンのブラームスのワルツを聞いて思わずため息が出た。
あの有名な作品39の15である。あっという間に終わってしまうから、終わった後の静寂を楽しむほかない。

1959年の録音というから古いには古いが、それほど古いわけではない。廉価盤でお馴染みのVox レーベルである。
しかしビロードの肌触りの懐かしさが詰まっている。洋間のカーテンを開けた時に、午後3時の光の帯に舞う埃りの匂いがする。そうだ、3時でなくてはならないのだ。
MrCapasitorss kanal さんという人がクリーンの演奏を大量にアップロードしてくれている。
絵は静止画で収録されたレコード・ジャケットの写真。ことごとくにクリーンのサインが入っているから、相当のフリークだったようだ。

このレコードはいわゆる名曲集で、月の光、トロイメライ、愛の夢などが詰め込まれている。みんないい。

さすがは産経新聞。はやくも規制委批判を開始した。

とは言っても、この記事、でっち上げるのに四苦八苦した様子が、ありありと見て取れる。

アップの時間が夜の10時半、最終版ぎりぎりの滑り込みだ。

内部の意思統一もでいないまま、「原子力取材班」なるものの名義で発表している。

他の記事は規制委の発表をほぼそのまま受け入れて報道しているだけに、異色ぶりが際立つ。

さらに見出しが羊頭を掲げて狗肉を売る類のものだ。「国際社会から批判も」という見出しだが、どこの国がどう批判したという事実がまったく記載されていない。

わずかに「国際社会から批判されかねない」、「国際社会から懸念を招く可能性がある」というくだりがあるのみだ。

ただ、問わず語りに大事なことを指摘している。

「日本は国内外で核分裂性プルトニウムを約26.5トン保有している。計算上、約4400発分の核兵器が造れる」

これまで「核兵器は作れない」と主張してきたことを思わず忘れてしまったようだ。それにしてもアメリカは喉から手が出るほど欲しいだろう。


文部科学省の原子力教育情報提供サイト「あとみん」は、

核兵器用と原子炉で生まれたプルトニウムには同位体の組成に違いがあります。原子力発電所で生まれたプルトニウムは原子爆弾に利用されることはありません。

と書いている。(手持ちのプルトニウムで原爆は作れる)


ここがヘンだよプロ野球 第3回 ようやく終止符? 飛ぶボール、飛ばないボール

というページで、飛ぶボールをめぐる経過を解説している。

困ったことにいつの記事かわからない。2010年シーズンの終了後のもののようだ。したがって、今シーズン、何故ボールが飛ぶのかについては論及されていない。

野球のボール規格は世界共通であり、公認野球規則で定められている。ところが国際使用球と日本のプロ野球で使用されているボールは明らかに異なる。その背景には、プロ野球界における複雑なボール事情があった。

2010年の公式球の供給メーカーは4社。12球団がそれぞれ契約している。球団とメーカーのビジネスによるしがらみが、ボールの国際化を遅らせたといえる。

ボールの大きさや重さに関しては各社によって差はない。差があるのは反発係数である。じつは上記の公認野球規則には反発係数に規約はない。ただし日本プロ野球機構には基準があり、その数値は0.41~0.44となっている。上限と下限の差はわずかに0.03だが、この差が大きな影響を与えてきた。

過去には自球団主催試合の使用球を飛ぶボールに切り替えて優勝したチームがいくつかある。「飛ぶボール」「飛ばないボール」を、相手チームによって使い分けることもできる。それが戦略のひとつとして考えられてきた。(攻撃時と守備時でボールを変えるという手もあるな)

そんな、もやもやした気分を解消してくれたのが、今回の使用球の統一だった。

ということで、2011年からミズノ製に統一されるまでの経過が分かった。

ところが今シーズンになると、ふたたび飛ぶボールが登場することになった。

つぎは

日本プロ野球「疑惑のボール」騒動!

というページ。

2011年より日本プロ野球に「統一球」が導入され本塁打は激減した。2010年は1年間で1605本だったホームランが、導入された11年は939本、12年は881本に半減した。

それが今季は一転しての本塁打ラッシュ! 例えば4月7日に行なわれた5試合で飛交った本塁打は17本。このペースだと年間2900本を超える計算になる。

統一球を提供しているミズノは「昨年と何ら変わりがない球を供給している」とコメントしている(それを信じている選手は誰もいない)。

このあと、「編集部」は「ことの真相は、昨年に較べてストライクゾーンの幅が小さくなっている」ためだろうと逃げている。

この間、生保バッシングがメディアを通じて繰り広げられてきたが、その本丸が見えてきた。
政府が今国家に出そうとしている生活保護法の改定案だ。
いろいろ問題があるが、憲法との関係で一番問題になるのが親族の扶養義務。
およそ前近代的な思想で、現憲法の精神に根本的に背馳している。

赤旗によると、

①扶養義務者や同居の親族に対し、実施機関が「報告を求めることができる」というのが一つ。(法律用語とはいえ、いやらしい言い方だ。「嫌ならやめてもらってもいいんだよ」というのと同じ)

②官公署や年金機構、共済組合などに「書類の閲覧」や「資料の提出」を求めることができる。

③銀行や雇い主に「報告」を求めることもできる。

過去の扶養義務者にも「報告」を求めることができる。「報告」には収入や資産状況までふくまれ、勤務先まで照会が行われる。

この最後の一項がすごい。「扶養義務放棄」の犯罪者扱いだ。母親が生活保護をとった漫才師は、実際に激しくバッシングされ社会的に抹殺されたが、あれが誰の身にも起こりうるということなのだ。

自民党の女性議員に拍手喝采を送った皆さん、次はあなたですよ。別れた妻が病気で倒れたら、役所があなたの銀行口座を調査し、勤め先にあなたの勤務態度を聴きこみに回り、そうでなくてもぎりぎりの、あなたの生活は崩壊するのです。

庶民が足の引っ張り合いをしてはいけません。自民党の女性議員はあなたの友達ですか? あなたがいざというとき助けてくれますか。きっと「お前みたいな役立たずは、生きているのが恥だ」と言うんじゃありませんか。心の恥部を晒して歩いている人は、それを恥部だと思っていないのです。


赤旗が、規制委での委員の発言を生々しく紹介している。

高速増殖炉「もんじゅ」の点検漏れ問題に対する処分が検討された15日の原子力規制員会では、日本原子力研究開発機構のずさんな対応に、委員から次々と非難の声が上がりました。

島崎委員長代理は「経営層と現場のコミュニケーション不足と言っていたのに、実際になされていない。作文をしてその場しのぎをしているとしか言いようがない」と怒りをあらわにし、「こういう組織の存続を許している事自体が問題だ」と切り捨てました。

中村委員も、「何ヶ月か前まで、もんじゅは専門家集団が運営していると信じていた。対応を見ていると、真剣に受け止めていると思えない」と批判。「専門家として恥ずべき行為。プライドにかけてもう一度原点に戻って反省してほしい」と述べました。

田中委員長は、原子力機構が過去にさまざまなトラブルで6回も「根本原因分析」を行ったことに触れ、「結局根本分析になっていない」と体質を問題視。
「工程優先ではなく、安全優先、安全文化を大事にすることを実現しないといけない」と述べました。

これを読んだだけでも、相当ひどいことがわかる。

きのう「もんじゅはアメリカのもの」と書いたばかりなのに、今朝の赤旗一面トップは

「もんじゅ再開中止指示  “違法状態是正せず” 規制委」

だ。

実は昨日テレビで、「敦賀原発、廃炉に」という報道を聞いて、「あぁ、ついに」と思ったばかりだったのだが、こちらのほうがはるかにビッグニュースなのではないか。さすがは赤旗だ、と思った。

ただし、敦賀原発は直接の判断は「活断層」という認定であり、それは廃炉に結びついて行くということで、方向性は明確なのだが、もんじゅの方はそうではない。

現時点での、再開に向けた準備は停止するということであり、再開が否定されたわけではない。今後、原子力機構側の巻き返しも十分予想される。


ということで、以下、記事の抜粋。
原子力規制委員会は、もんじゅの運転再開に向けた「準備の中止指示を命令する」ことを決めました。
①12年11月、もんじゅで、1万件に及ぶ点検期間の超過が発覚しました。
②このため、規制委員会が立入検査を行いました。
③その結果、「点検業務が担当者任せになっていて、現場で不適切な処理による点検の先送りが繰り返されていた」ことが判明しました。
④規制委員会は検査の結果に基づき、改善の指示を発しました。
⑤今回の再検査は改善の状況を点検するためのものでした。

その結果、今回の規制委員会の判断に至った。その判断とは、
「これまでの規制委の指示に対する対応は不十分であり」、「法令違反状態は改善されていない」との判断です。
決定後の記者会見で、田中委員長は「何度も繰り返されており、事態はかなり深刻だ」と述べました。

ついでその要因についての分析。
規制委は原子力機構の経営層、幹部に問題があると指摘する。
「(トップは)安全を最優先とする方針を明確に示していない」、「点検よりも試験工程を優先する考えを有している」と、厳しく批判。
このために組織全体に「安全文化の劣化が認められる」と指摘する。

そして、規制委の当面の対応として、
①原子力機構に対し、「機器の点検」の状況を管理できるシステムの構築を指示。
②原子力機構の対応を逐次報告させる。
③これらの進行状況を最終的に規制委で確認する。
④運転再開に向けた活動は、規制委の最終確認までは禁止する。

④を正確に言うと、
「規制委で確認するまでのあいだ、運転再開に向けた活動は行わないよう命じる」ということになる。

ただこの決定には、
「命令に先立ち、原子力機構には、文章による弁明の機会が与えられる」とされている。
1兆円をドブに捨てることになるかも知れないこの判断、アメリカの虎の尾を踏むことになるかもしれないこの判断、どうなることやら。


日本ハムがついに10連敗だ。セリーグでは中日が最下位。
似たようなチームだ。投手陣がずたずたになっている。
明らかに飛ぶボールの影響だ。
これは機動力とバントでコツコツと点数を稼ぐチームにとっては致命的だ。
逆に、札びらで集めた大型選手で派手に点数をとるチームには有利だ。
負けパターンを見るとほとんどがフォアボールをきっかけに大量失点につながっている。これも長打を警戒するために、際どいコースを狙わざるをえないからだろうと思う。
だからといって、日ハムの連敗をそれにのみ帰することはできない。ほかのチームも事情は似たり寄ったりだから、ピッチング・スタイルの適応に失敗したチームが負けているだけのことだ。

第一に飛ぶボールはやめるべきだ。外人選手のホームランで決着する大味ゲームなど見ていて面白いのだろうか。モンゴル人が交互に優勝する大相撲と同じだ。
おそらくはナベツネの陰謀だろうが、姑息な手段はせず、世界基準に合わせるべきだ。これは野球人としてしっかり主張すべきだと思う。

第二に、それまでの間、バッテリーコーチが飛ぶボールに合わせたピッチングスタイルを確立すべきだ。相手バッターの癖の問題ではない。どういう高さのどういうコーナーの球がどれだけ飛ぶか、それは去年とどう違うかを解析すべきだ。私の感じとしては、横の変化の有効性が落ちているように思う。多少芯を外しても打球は詰まらずに伸びてゆくようだ。これまで以上に縦の変化が求められるようになる。

第三に、1点もやらないようなピッチングは不可能になったのだから、長打を警戒するよりもアウトを一つでも多くとるようなスタイルに切り替えて、ストライクゾーンを広く使うことを心がけるべきだ。決め手は縦の変化球、ヤンキースの黒田投手を研究すべきだ。

中日と日本ハムが苦戦しているというのは、たまたま故障者が多かったなどということではなく、そういう戦法が不利になったからだ。だからこの傾向は長期に続くと見なければならない。そういう覚悟が必要だ。


このごろ鳴りを潜めていると思ったら、米倉がまた騒ぎ始めた。
しかも経団連会長として言ってはいけないことまで言い出した。

短報記事で詳細不明だが、
①憲法改定に賛成。
②集団自衛権が確保されるべきだ。
③憲法96条の先行改定にも「異論はない」

この人の頭はいかれているとしか言いようがない。
経済団体の長が言っていいことと悪いことがある。
その見境がつかなくなっている。

それが安倍首相に詫びを入れるためのセリフだとすれば、品性の低劣さに吐き気を催す。

経団連として、この発言は問題にしないのだろうか。

今すぐという話ではないだろうが、国債価格が下落した。新発10年物国債の流通利回りが0.825%まで上がった。

赤旗は「長期金利の上昇基調が鮮明になった」と書いている。

その理由として、
①円安・株高が続く中で、安全資産とされる債券から株などのリスク資産への資金の移動傾向が強まっていること。
②これを見た投機筋が国債売りに動いていること、
を上げている。
とくに債券市場では先物取引で仕掛け的な売りがあって、現物の10年債も値を下げたという。

考えてみれば、対ドルレートを20円も引き下げたのも、株価を押し上げたのもすべて外国投機資本の仕業だ。国債が腰高になれば、あっという間の売り浴びせで日本の息の根を止められる。


私の編集した脱原発年表を見てもらうとよくわかるのだが、アメリカのトップが闇の底から姿を現したところが一瞬あった。それが去年の9月のことである。
政府が「2030年代に原発稼働ゼロ」の方針を閣議決定しようとしたとき、エネルギー省のポネマン副長官が「このような措置をとれば意図せざる影響もありうる」と述べたのだ。これがやくざ並の脅迫でなくてなんだろうか。そして、これこそアメリカ支配層が公然と顔を出した「露頭」であった。
以後、半月のあいだに情勢はころりと変わり、閣議決定は断念されることとなった。方針変更にアメリカの圧力が働いたことは、米倉経団連会長の「日米同盟関係の維持も重要である」という発言に示されている。

と、ここまでが前書き。

それで、そこまでヤバい橋をわたってまで、どうして原発再稼働に固執するのか、という背景の説明が必要だ。

赤旗では概略以下のように説明している

1.日本の原発は米核兵器の生命線だ
アメリカは79年のスリーマイル島原発事故のあと、原発の新規建設ができない状況が続いている。今後老朽化した原発が廃炉になっていけば、アメリカはプルトニウムを生産できない国になってしまう。その際、日本の原発の製造するプルトニウムはアメリカ核戦略の生命線となる。

2.日本の原発技術は核兵器開発に不可欠だ
原発が、35年以上も前のプラントだとすれば、それに伴う技術も35年前から進んでいないことになる。その間にアメリカの核利用技術は致命的に立ち遅れており、日本の技術なしには核戦略は構築し得ない。

3.高純度プルトニウムが必要だ
原発からプルトニウムができても、そのままでは核兵器には使用しにくい(使えないことはない、ということは「手持ちのプルトニウムで原爆は作れる」で既述
高速増殖炉を使えば、きわめて純度の高いプルトニウムが獲得できる。
このためにアメリカは国際協力計画(GNEP)を打ち出し、もんじゅを日本に押し付けた。押し付けられた開発リスクが累計で約1兆円ということになる。
それでも建設をやめられないし、やめられない理由を語ることもできないのだ。
なぜなら、高速増殖炉「もんじゅ」はアメリカのものだからだ。

記事そのものは、ちょっと散漫なところがあるが、ファクツを整理すれば上記のようになる。


勤務先の老健施設でのRSV大流行

あまり学術的には語れないが、去年暮れから正月明けにかけて当施設で風邪の大流行があった。

不幸中の幸いというか、一般棟の流行が先行して、こちらは年末までにはほぼ収束した。そして正月明けから今度は認知棟で大流行となった。結構症状は激烈で、検査ではインフルエンザ陰性であったが、インフルエンザ並みの強さだった。38度台の熱が数日続き、その後気管支炎や肺炎となる人もあり、心不全が悪化した人もいた。何人かは病院への転送を必要とした。

人から聞いて、「それはRSウィルスかも知れないね」ということになった。鑑別表で症状・経過を突き合わせてみると、どうもそれっぽい。検査はしていないが可能性は高いようだ。

http://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/2/a/2aa7636f.jpg

RSというのはRespiratory syncytial virus の略だ。syncytial というのは syncytium の形容形。 syncytium というのは合胞体。“A multinucleated mass of cytoplasm that is not separated into individual cells となっている。これは細胞レベルの話だが、ヒトの培養細胞においてRSウィルスがあたかも合胞体を形成するかのように集合することから名付けられたようである。

要は、「呼吸器系に侵入しかたまりを作って増殖するウィルス」ということのようだ。名付け親は衒学趣味のようで、syncytial でグーグル検索してもRSウィルスしか出てこない。

これまでは子供の病気で、高齢者にはあまり縁のない名前だ。それがどうも最近、高齢者にも広がっているようだ。「ようだ」というのは、ネット上では「ようだ」という文献ばかりだからだ。

ようやくひとつ探した。

河野さんという方が書いた、「介護老人保健施設でのRSV感染症、3シーズンの観察」という論文である。河野さんは四国地方の老健(80床)のお医者さんらしい。地方会の推薦論文になっている。

直接のデータとしては、2010年の風邪の集団発生でRSV感染が迅速検査キットで確認されたということと、それ以外の集団発生との比較対象を行なって、有意の知見を得たということである。つまり下気道感染が多く、全体に重症だったということだ。

2010年の集団感染は、1月末より約1ヶ月続いた。20人が同様の症状、すなわち鼻汁・咳・38度以上の熱発を呈した。うち7人が重症下気道感染に至った。20人のうち10人にRSV抗原迅速検査を行い、4人が陽性だった。

「それはそうでしょう」ということで省略。河野さんがかなり文献考察を行なってくれているので、そちらが興味の中心となる。

①2010年の同時期は市中でもRSVの大流行(例年の4倍)が見られた。その後の小流行時には、施設内では散発はあるものの、大流行は見られていない。すなわち一片の炎が燎原を焼きつくような大規模院内感染型のパターンを取るわけではない。

②したがって2010年の施設内大流行は繰り返し暴露によるものであったとみられる。それなりの感染予防策をとっている閉鎖的施設で、繰り返し暴露が起きたとすると、流行期には相当多数の無症候性キャリアーがいて、それがバリアーを越えて侵入したと考えられる。

③インフルエンザに比べると感染力は弱く、濃厚な接触感染が主体で、飛沫感染は少ないとされる。抗原検査陽性者は、発症後5日以降では著しく減少する。このことからも無症候性キャリアーによる持ち込みを防ぐことがもっとも重要な予防法といえる。また職員の手洗いも徹底される必要がある。

④迅速検査キットの信頼性については、高齢者においては一致した見解がない。かなりの偽陰性がある可能性もある。


ということで江別市のRSV感染情報を調べてみた。

http://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/e/0/e0eca5cc.jpg

あたかも2012年10月から12月、わが老健の周辺ですごい爆発的大流行が起きていた。しかも江別市だけで、わずか1ヶ月のあいだに起きていたのだ。神様が江別の上だけにウィルスをばらまいていったようだ。

子供がかかって親がうつされて、それがジジババのところにまで来るタイムラグを考えるとぴったりだ。

たしかにインフルエンザの流行り方とは違う。おそらく飛沫より接触感染がメインなのだろうということと、ノロ並みにしぶといのだろう(1週間くらい生きているのではないだろうか)ということと、不顕性感染が相当広範にあるのだろうということが予想できる。


大門議員が委員会質問で、「ファンド」問題を追及している。
ファンドというのは、中小企業金融円滑化法が打ち切られたあと、政府が民活の名目で取り入れた「事業再生ファンド」のこと。
現在63のファンドが認定されているが、その中身はヤミ金と変わりない。
例えば再生会社を名乗る「フェニックス・キャピタル」は、企業再建にあたり従業員の7割削減など強引な債権回収を行うハゲタカ・ファンド。
「リサパートナーズ」では、幹部が「円滑化法が切れた今が、千載一遇のビジネス・チャンス」とか「円滑化法適用企業の7割は再生できない」と発言しており、債権屋ではなく潰し屋であることが明らか。
ほかにも、再生案件ごとに資金を投資家に募るファンドが多数あるという。
金融庁は「事業再生支援の目的に合致しない恐れもある」と答弁しているが、恐れどころではない。

こうやってヤミ金まがいのファンドが息を吹き返しているのが今の実態。偽装質屋が可愛く見えてくる。これならアイフルの株価も上がろうというものだ。


かくすればかくなるものと知りながら、という感じだ。
12年度の国際収支速報で、貿易収支は6兆9千億円の赤字。11年度が3兆5千億だからほぼ倍増。
火力発電用の燃料輸入が膨らんだことが原因だが、円安がこれに拍車をかけた。輸出も世界経済の減速で大幅減少となっている。
経常黒字も43%減ったが、所得収支は14兆円の黒字となり、前年比5%増となる。

アベノミックスで円安を誘導すればどうなるかという結論が早くも出た。

企業はどうなったか、売り上げを減らし利益を増やした。海外からの還流に円安が追い風となって一気に経営を改善した。要するにタコ足生活である。これはいっときだ。円安が固定すればこの効果は消失する。

これからインフレが始まれば、その円も減価する。
その時企業に何が残るのか。何も残らない。
日本に何が残るのか。莫大な借金が残る。

しかし残る世代のことなど何も考えないのが、アベノミックス(ツケ回し政策)のいいところだ。

柳沢記者がいいグラフを作ってくれた。
産業競争力会議で、経済同友会の長谷川代表が主張した「日本は解雇規制が強すぎる」という意見に対する反論。
反論と言うよりは、「一部当たっているな」ということがよく分かる。

http://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/5/6/5603167b.jpg

わざと天地を逆にしてあるのは、長谷川氏らの思いを強調するためだ。我々としては左側の国を先進国として、そちらを目指すべきだと考えるのに対し、長谷川氏らは右側の諸国こそが目指すべき先進国だと考えていることになる。
会議の席上、長谷川代表は「国際最先端をよく検証した上で、日本が不利にならないような施策を検討していただきたい」と強調したそうだ。

この記事の中身はもうひとつある。

それは労働規制緩和=アメリカ流の労働慣行の押し付けが米国の要求でもあることだ。
09年版「日米投資イニシアチブ報告書」は下記のように書いている。

日本の労働市場の柔軟性を高めることで、日本が外国からの直接投資にとって、より魅力的なものになるだろう

この文章が、そのまま日本政府の政策になったと考えると、非常にわかりやすくなる。つまり労働規制の緩和とは、労働者いじめ政策ということより米国金融資本の意向を受けた政策なのだということである。
こういうのを、昔は「売国」政策と呼んだものだが…

ラテンアメリカ “フォルクローレ、もしくはプロテストソング”の流れ

「学習会」ということで、一晩でやるために作った文章です。非常に荒っぽい筋ですが、そういうことでご容赦を。

源流はピート・シーガー

フォルクローレというのは直訳してしまえば「民謡」ですが、日本のフォークと同じく、あの頃の若者の文化的なムーブメントと捉えるべきでしょう。

最初に大胆な仮説を立ててしまいますが、ラテンアメリカの“フォルクローレ、もしくはプロテストソング”の流れの源流はピート・シーガーだと思います。

もちろん、ユパンキなどの民謡歌手もいました。ラテンアメリカで先住民の音楽を採集するいわゆる「民俗音楽」研究者もいただろうと思います。私は詳しくはありませんが。

ピート・シーガーにもウディー・ガスリーというカントリー・ミュージックの先駆者が居ました。労働者の闘いに関する歌もたくさん作っています。

ただピート・シーガーはシングアウトという形式で、民衆と結びつけ、ポピュラー・ミュージックのシーンと結びつけました。だから彼の歌はフォークロアともなり、メッセージソングともなり、スタンダード・ポップスともなったのです。そこから反権力性を過激かつ曖昧化したのがボブ・ディランです。

ピート・シーガーのメモリアルソングは「我らは勝つだろう」(We shall overcome)です。

ラテンアメリカでのこういうジャンルの曲は“フォルクローレ”というカテゴリーにふくまれます。これはフォークロアの直訳であり、“英語っぽいスペイン語”です。

USフォークの影響を受けた青年・学生たちが“先住民の民謡”を再発見し、これらの歌を演奏するムーブメントとして始まったのだろうと思います。

 

フォルクローレ運動の創始者 ビクトル・ハラ

フォルクローレ運動がもっとも盛んだったのはチリでした。なぜなら人民連合政府が樹立され、闘いの中に若者の文化が花開いたからです。ついでアルゼンチンとウルグアイにもフォルクローレ文化が拡大しました。

フォルクローレは先住民の音楽を発掘する運動としての側面を持っていましたが、南米の中でも白人の構成比が高い国で起きた運動であるために、白人知識層を主体とする運動でもありました。いわば左翼系若者のファッションだったのです。

運動の側面を強調する場合にはヌエバ・カンシオン(新しい歌)と呼ばれます。普通ならカンシオン・ヌエバですが、語順を英語風にすることで新しさの文化的意義を強調しています。ここではフォルクローレで統一しておきます。

チリのフォルクローレを代表する歌手はビクトル・ハラ(Victor Jara) です。彼のメッセージは「耕すものへの祈り」として結実します。これはコンクールに応募して一等になった作品で、活動家のみならずポピュラーミュージックとしても、みんなに愛されました。ハラにはメッセージソングライターとしての側面と、若者向けのソングライターとしての顔の2つがあります。ロックの代表が「平和に生きる権利」(El Derecho De Vivir En Paz)です。

メッセージソングの代表がアジェンデ選挙のキャンペーンソング「我らは勝つ」(Venceremos)です。リリカルな側面が強調されたのが「アマンダの祈り」です。クーデター直前に作られた「宣言」では歌は哲学的な響きを帯びてきます。

これに影響されて、アルゼンチンではビクトル・エレディア、ウルグアイではアルフレド・シタローサが登場してきます。ブラジルではポップス出身のシコ・ブアルキがフォルクローレとの融合を試みるようになっていきます。

一方、この頃から、ビートルズに影響されてロック音楽が各国でブームを引き起こすようになりました。アメリカではレッド・ツェッペリン、シカゴ、BSTなどがけたたましいエレキの音に乗せてベトナム反戦などのメッセージを送り出します。ラテンアメリカではブラジルのカエターノ・ヴェローゾ、ジルベルト・ジルを先頭とするトロピカリア・グループ、アルゼンチンではレオン・ヒエコらが騒々しく登場するようになりました。

 

メルセデス・ソーサ 抵抗の歌としてのフォルクローレ

73年9月にチリでクーデターが起こり、その後次々にラテンアメリカ諸国が軍事独裁化していきます。ミュージシャンもその多くが海外に亡命していきます。

そんななかで祖国の民主化をもとめる運動の先頭にフォルクローレが立つことになりました。キラパジュンの「団結した人民は屈しない」(El pueblo unido jamás será vencido)がテーマソングになります。フォルクローレはファッションではなく闘いの歌となります。

メルセデス・ソーサ(Mercedes Sosa)は元々は民謡歌手で、アタワルパ・ユパンキの歌を歌わせたら天下一品でしたが、軍事独裁政権に国を追われてからはフォルクローレ運動の先頭に立ち、“ラテンアメリカの母”とまで呼ばれるようになりました。亡くなったときは準国葬扱いでした。

ソーサはフォルクローレの歌手には珍しく、作曲もしないし、ボンボという太鼓を叩くほかには楽器も演奏しません。その代わりいろんな作曲家の持ち歌をカバーしています。だからメルセデス・ソーサにカバーしてもらうのはとても名誉なことなのです。

最も知られているのはチリのビオレータ・パラの歌をカバーした「人生よありがとう」です。もちろんビクトル・ハラの歌もたくさん歌っています。しかしアルゼンチンでは、レオン・ヒエコの歌「ただ神に祈ることは」 (Solo le pido a Dios) のほうが有名です。

ほかにキューバのシルビオ・ロドリゲス、パブロ・ミラネス、ブラジルのミルトン・ナシメントなどの曲も歌っています。

 

その後のフォルクローレ

80年代に多くの国が民主化を実現し、その後フォルクローレ運動は一段落したようにも見えます。しかし民衆の闘いが続く限り、運動としての「民衆の歌」の精神も引き継がれていくでしょう。

曲のカテゴリーとしてはとてもフォルクローレとはいえませんが、ベネズエラの「チャベスは去らないぞ」(Uh Ah, Chávez No Se Va)は精神としてはフォルクローレそのものです。

 

YouTube リンク集

ピート・シーガー

我らは勝利する

lanningck さんのサイトでは、Pete Seeger's 90th Birthday Concert がアップされているので是非ご覧のほど。

ついでにウディー・ガスリーの元歌だが、ピートのヒットさせた歌。

この国は君のもの

ビクトル・ハラ

ビクトル・ハラの名曲はたくさんあるが、メッセージ性も含めればやはりこれだろう。

平和に生きる権利 音質は悪いが、テレビ出演した時の貴重な映像が残されていて、演劇者としての特質がよく出ている。

アマンダの思い出 Up主がとても音を綺麗にしてくれており、聴きやすい。

ビクトル・ハラの歌ではないがチリ人民の闘いを象徴する歌

団結した人民は屈しない ついでながら、このジャズヴァージョンがとても良い

"Giovanni Mirabassi - El Pueblo Unido Jamas Sera Vencido"

メルセデス・ソーサ

80年代後半に出たベスト盤が、いまもベスト盤である。

人生よありがとう(ビオレータ・パラ曲) これは80年録画の映像が見られる。函館で実物を見たとき(78年)はこんな感じだった。

耕すものへの祈り(ビクトル・ハラ曲) 少し音が古いが最高の演奏で、ビクトル・ハラの自演よりはるかに良い。

ただ神に祈ることは(レオン・ヒエコ曲) 84年のブエノスアイレスでのコンサートの映像がアップされていて、ヒエコとのデュエットを見ることができる。レオン・ヒエコは札幌にも来たが聞きそこねた。ガラガラだったそうだ。

アルフォンシーナと海(アリエル・ラミレス曲) いわゆる芸術歌謡だろう。ソーサの代表曲であることは間違いない。

TPPといえば思い出すのは去年の秋。
TPP参加の旗振りをしていたのは、自動車工業会だった。ニュースで推進派の会見が流れるときは、必ず自動車工業会の担当者が顔を出したものだった。
彼らの言い分は「TPPに参加すればアメリカの自動車関税がゼロになり、一層輸出が促進される」というものだった。

だったと思うが、どうだったか…
最近は記憶力が減退してはっきり覚えていないのだが、まさか当事者は忘れてはいないだろうと思う。

だから関税が据え置きになれば、自動車工業会のメリットはなくなる。むしろ軽自動車優遇制度の廃止などデメリットのほうが大きい。

それでは自動車工業会は反対に回るのか。どうもそうでもないらしい。
4月13日の産経記事

乗用車やトラックにかける関税の最大限の維持などの妥協を迫られ、関税の完全撤廃を求めてきた自動車業界からは落胆の声が漏れた。
日本自動車工業会の豊田章男会長は、「関税撤廃時期については残念だが、国益の一層の増進の観点からTPP交渉に臨むことを期待したい」とコメントした。
これは自動車業界としては何のメリットもないことの告白である。

これとは別のニュース
TPP交渉参加に関連し、麻生金融担当相は、「かんぽ生命保険によるがん保険などの新商品販売を数年間は認めない」と述べた。かんぽ生命は、「がん保険に参入する見通しが全く立たなくなった」と嘆いた。
(これは、日本市場で米国系の保険会社が大きなシェアを持つがん保険の権益を守るためと考えられる)

これでは自由化ではなく、規制強化ではないか?

そもそも、自動車工業会すらメリット無しというのでは、誰にとってメリットがあるのか?
ただの屈服ではないか?

「TPP交渉への早期参加を求める国民会議」というのがあって、ホームページを解説している。
そこのQ&Aに軽自動車がなくなるのでは?
という項目がある。

答えは「大丈夫」: 真剣な意見とは思えませんでしたが、この要求は今では撤回されています。

というもの。
このサイト主は、秘密交渉の内側を知っているようだ。
とすると軽自動車は関税維持の取引材料に使われたのか?
今日の赤旗によると、「米自動車業界は“入場料”が未だ足りないと、日本の参加承認に反対しています」ということだ。




サラ金「アイフル」の株価上昇

垣内さんの署名入りコラム「中小企業犠牲の上に 株価が上がるサラ金」という見出しが付いているが、ひとつはアイフル社長が自社株で大儲けした話、もうひとつはサラ金株価上昇の背景ということだ。

社長の錬金術については、聞きたくもない話なので省略。

一般的には不景気になればサラ金、ヤミ金が儲かるという仕掛けになっているのだが、貸金営業法の影響もあってサラ金には苦境が続いていた。

闇の底では、サラ金、ヤミ金からも借りれない業者や庶民が呻いていたと思う。ただそれは中小企業金融円滑化法で多少救われてはいた。

これが3月末で期限切れになったため、いよいよ業者は苦境に立たされるだろうという読みがあるようだ。

さらに来年、消費税が上がると、ますます中小・零細業者は資金繰りに困って、サラ金に大挙押し寄せるに違いないというのが、株屋の読み筋。

これで半年前に312円だったアイフルの株価が、4月末には1111円に上昇した。実に3.56倍である。

さすがは証券業界、世の見通しは正確である。

志位さんが7中総の結語で下記の文章を引用していた。あまり面白いので再引用する。

 壊れゆく日本という国 神戸女学院大学名誉教授・内田樹

「企業利益は国の利益」 

国民に犠牲を迫る詭弁 政権与党が後押し

起業したのは日本国内で、創業者は日本人であるが、すでにそれは随分昔の話で、株主も経営者も従業員も今では多国籍であり、生産拠点も国内には限定されない「無国籍企業」になっている。

そういうグローバルな展開をするのは企業の自由かもしれない。だが、企業のグローバル化を国民国家の政府が国民を犠牲にしてまで支援するというのは筋目が違うだろう。

国民国家の末期を官僚もメディアもうれしげに見ている

ことあるごとに「日本から出て行く」と脅しをかけて、そのつど政府から便益を引き出す企業を「日本の企業」と呼ぶことに、私は強い抵抗を感じる。

彼らにとって国民国家は、「食い尽くす」までは使いでのある資源である。

コストの外部化を国民国家に押し付けるときに、「日本の企業」だからという理由で合理化するのはやめて欲しいと思う。


まことに同感である。この共感を広げなくてはと思う。

それにしても

国民国家の末期を官僚もメディアもうれしげに見ている

という見出しは、思い切り刺激的である。 


この論文の全文は、内田さんのブログで閲覧できる。「国民国家」論も展開されている。

参照されたい


川内村の遠藤村長の国会での証言(共産党高橋議員の質問に答えたもの)

代替エネルギーがなければ、再稼働反対と言ってはいけないのか

というもの。
まことに論理を超えた、感情の噴出である。

「とにかく原発やめよう」というところからどうして出発しないんだ、という怒りでもある。

そして、再稼働論者の脳天への一撃でもある。

福島県は県内の原発をなくすと宣言している。人間の気持ちはそうなるものだ。
ならないのは想像力が足りないからだ。事実を見ようとしないし、そのことについて自分の前頭葉を使って考えようとしないからだ。

偽装質屋という言葉がだいぶ流行ってきている。
大方、質屋のシステムを使った高利貸しだろうと思っていたが、
そのからくりを載せた記事があった。

「担保」は年金、年利200%の高利も
ヤミ金新手口
九州から各地へ被害拡大

記事を読むと二つのポイントがある。

一つは改正貸金業法の年利20%以下の縛りが、質屋に限り110%まで認められていることを利用した手口であること

もう一つは、質草はなんでもよく、本当の担保は年金であることだ。
したがって高齢者・年金受給者が対象とされていることだ。そしてつまるところ年金を担保とする昔のサラ金と同じ事になる。

最初の特例だが、こういう仕掛けになっている。
改正貸金業法は質屋営業に特例を儲けている。その理由は質草のリスク、保管の手間を考慮したことであり、同時に3ヶ月未満の短期・小額金雄であることが理由となっている。
短期・小額であることは、貸金業法ではなく、質屋営業法という別の法律で定められている。年利109%というのはこの法律で決められているらしい。

ただこれだけでは、質草を流してしまえば借金は消えてしまうので、質草を流させない「工夫」が必要になる。

もう一つは、あまり詳しくないのだが、確か質屋には免許が必要ではなかったかしら。

このへんが、新聞記事では今ひとつはっきりしない。少し調べてみるしかない。


改憲派の三つの矛盾

共産党の第5回中央委員会総会が開かれた。

情勢報告で、新たに展開されたのが「改憲派の三つの矛盾」という項目だ。

報告では改憲派の狙いが以下のように述べられている。

彼らの一番の狙いは、解釈改憲で集団的自衛権を可能にするとともに、明文上も憲法9条を規定して、日本をアメリカとともに海外で戦争をする国にすることに置かれている。

そのうえで改憲派には三つの弱点があると指摘している。

1.憲法96条を突破口として押し出したことによる弱点

2.「改憲案」のあまりの時代逆行ぶりへの不安と批判

3.「靖国派内閣」の本性むき出しへの批判

見出しだけ読むとちょっとわかりにくい規定だが、少し中身を見ていく。

1.について

9条改正には賛成だが、96条改正は反対という意見が出てきた。

憲法の憲法たる所以が失われることは、立憲政治の自殺行為だとされる。

(共産党は96条改定反対の一点で国民的共同を訴えるというが、ウ~ム…)

2.について

改憲案の中身は9条に留まらない。

とくに97条(基本的人権は犯すことのできない永久の権利)の削除は重大な内容をはらんでいる。

また表現・結社の自由を「公益及び公の秩序」に反しない範囲に限定。

総じて、憲法を権力を縛るものから、国民を縛るものへと変質させる狙いがある。

3.について

この改憲策動はアジアと世界の人々から危険視されている。

ということで、これから議論が始まっていくのだろうが、未だ熟れていないという印象だ。

私としては、まず真っ先に挙げなければならない矛盾は、国民の願いとのあいだの矛盾だろうと思う。安倍内閣は敵失で勝利しただけであって、深部の力の目指す方向とは真逆だということだ。

第二の矛盾は、保守本流との矛盾だ。彼らは狂信的右翼であり、デマを存立基盤としている。

第三の矛盾は、アメリカの軍産複合体との矛盾だ。それはかつて70年代に語られた軍国主義復活=「日本型ファシズム」の方向であり、東京裁判の否定の上に形成されている。米のアジア戦略と明らかに齟齬を生じている。

という政権の抱える基本矛盾があって、それが憲法問題で集中して現れてくるだろうと見ている。

カンテルリのフランク交響曲がいい
普段はやらないのだが、この音源がべらぼうな高音質なので、間違えないようにあげておく。

カンテルリといえば随分昔の演奏家だと思っていた。高校の頃、友達の家でブラームスの1番を聞かせてもらったことがある。中身はほとんど憶えていない。なにせ友達といっても女性だ。松林の中の洋館、じゅうたんにスリッパなど日頃縁遠い環境で、ため息ばかりついていたような気がする。

そのカンテルリがステレオ録音していたとは知らなかった。演奏はこの曲の持つおどろおどろしさを取り去って、美しさを引き出しすことに専念している。多重・近接マイクのせいもあるのだろうが、時によって室内楽を聞いているような雰囲気にさえなる。この上なくチャーミングな演奏だ。

フランクの交響曲はイヤミな演奏が多い。スコアーを見るとそんなにエグい曲ではないはずなのだが…

バーンステインの演奏はそういう嫌味の極致だ。マゼールの演奏も同断。カラヤンも似たようなものだ。この曲は強奏してしまうと音が濁る。そういうふうには出来ていないのだ。あくまで主旋律をレガートで引き立たせ、他の音は脇役に回らなくてはいけない。ティンパニーやトランペットが辺りを圧するような演奏などとんでもないのである。

グイド・カンテルリはイタリアのレジスタンスの英雄。奇跡的に死線を潜り抜けて来た人だ。それでトスカニーニに可愛がられ、その引きでスカラ座管弦楽団の首席指揮者にまで登り詰めた。いよいよこれからという矢先に飛行機事故で死んでしまった。

そういう人かと思ったが、この演奏を聞いて印象はガラッと変わった。指揮者としての能力も相当な人だ。かなり強情な人であることは間違いないだろう。

知らなかった。
「朝の風」という囲み記事で初めて知った。
明治憲法、君が代も外国製だそうだ。
明治憲法がドイツ憲法を下敷きにしたことは知っていたから、おそらくゴーストライターがいただろうとは予想していたが、具体的にライターの名を知ったのは初めてだ。
君が代に至っては、日本人の作曲だと思い込んでいた。

「朝の風」によると、憲法草案を書いたのはヘルマン・レースラーという人、君が代を作曲し完成させたのはフランツ・エッカートという人、いずれもお雇い外国人である。
これはNHKドイツ語講座のテキストに掲載されたらしいが、(平)さんというコラムニストはそれより以前から知っていたようで、「鈴木安蔵ら憲法学者や歴史家によってすでに明らかにされている」そうだ。

このコラムからはこれ以上のことは分からない。ウィキペディアであたってみる。

Franz Eckert プロイセンに生まれ、ブレスラウとドレスデンの音楽学校に学んだ。1879年に来日する。
1880年、奥好義・林廣季作曲、林廣守撰定の「君が代」に伴奏、和声を付けた。

ついで野間さんという方の君が代についてというページから

明治13年1月、海軍省から宮内省に対して「君が代」の作曲が依頼された。
宮内省は曲を募集し、半年後に、応募作品のなかから林広守の曲が選ばれた。(ただし実際の作者は広守の長男、林広季と奥好義)
審査にあたったのはエッケルト、林広守をふくむ4人であったというからお手盛りだ。なおこのページでは林の原曲とエッケルトの編曲が聞ける。

エッケルトの作曲としたのはほかならぬ海軍であった。海軍省は吹奏楽用の楽譜を印刷して、諸官庁および条約諸外国に対して公式に配布した。それがこの写真である。

http://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/1/0/10b1fecf.jpg

「日本古謡に基づいてエッケルトが作曲した」としか読めない。林のハの字もない。これが君が代・エッケルト作曲説を生んだのではないのだろうか。

ということで、作曲もエッケルトだと主張しているコラム子は、やや勇み足の感を免れない。

脱原発をめぐる力関係とその変化

脱原発をめぐる力関係を知りたくて年表を作ってみた。

脱原発派は、とりあえずはひとつにまとまっている。それは原発維持派が力で押さえつけようとする姿勢を変えていないからだ。そういう点では未だにがっぷり四つの状況にある。

原発維持派の構造

原発維持派は、階層を成している。

おそらく一番基層をなすのはアメリカの軍産複合体である。歴史的に見れば日本に原発を導入し技術を供与したのはアメリカであり、なかんづく軍産複合体である。

それは今でも原発維持派の最大の動因となっている。これがこの二年間の中のいくつかの場面で露頭している。

財界は、この2年間維持派の主役を務めてきた。経団連会長みずからが維持派の最大の旗振り役となってきた。彼らを駆り立てるのはビジネスへの衝動もあるが、なによりもアメリカの意向である。

第三は、財界の一部でもあるが、いわゆる原子力村の住人たちである。彼らはおおっぴらには発言を控え、もっぱら危機煽りキャンペーンに力を集中している。末端では立地自治体の首長らが未だに忠誠を誓っている。

霞ヶ関、とくに経産省は、大企業の意向を受け入れつつ、再稼働に向けた作業をコーディネートしている。国会の事故調査委員会で指摘された「囚われ」状況はそのまま続いている。

これら4つの層が、さまざまな事態、政府のあれこれの方針提起に際してどう動き、どう揺れたのかを分析することによって、全体の流れがどう動いているのかを明らかにすることができるのではないだろうか。

原発維持派の矛盾

経産省は、原発行政のための最大の武器であった原子力安全・保安院を失った。当面は科学技術庁(外局)で原発の海外売り込みなどに集中することになる。しかし廃炉作業などで出番はあるだろう。もんじゅは文科省の管轄(原子力科学技術委員会)である。この他に内閣府に所属する原子力委員会があるが、ムラ関係者を集めたこの委員会は、去年5月以降、休眠状態に追い込まれている。

財界にも矛盾がある。一生懸命旗を振れば振るほど、国民の目には悪役に映らざるを得なくなるからである。そうでなくても消費税、TPP、非正規切りなど何をとっても財界にたどり着く。東レや武田薬品などはいつ不買運動を起こされてもおかしくない立場に身をおいている。

原子力村は決して諦めていないが、財界の発言力が弱まると、見通しが厳しくなってくる。「狼がやってくる」はもはや通用しない。目下は値上げ申請で攻勢をかけているが、これは自縄自縛のところがあって、発送電分離や買取強化などの動きを招きかねない。

米軍産複合体は国民の前に直接姿を現す訳にはいかない。だから財界や政党を使って闘いを督励することになる。しかし余りゴリ押しすれば、日米同盟そのものに亀裂が入る危険がある。

賃金引き上げはいまや日本の常識となっているらしい。

自民党タカ派の代表高村正彦副総裁が、講演でこう話している。(朝日新聞4月13日)

 正規社員の給料を上げるのはいいが、非正規社員が同じ労働をして同じ賃金でないのは正義に反する。非正規社員の給料を上げると、ワーキングプアの人が多いのでみんな消費に回る。経済政策としても、同じ給料を上げるなら、正規社員より非正規社員を上げた方が良い。

 
 日本の労働組合では正規社員は一つの身分だが、非正規社員は身分を持たない。この格差はあまりにひどい。組合に入っていない非正規社員を何とかしてやろうという力がない。ここは、政治が頑張らなければしょうがない。

思わず目を疑うような言葉が並ぶ。

こうして見ると、経団連=連合がひとりよがりで、もはや日本の産業・労働界を代表していないことが、誰の目にも見えてきたことがわかる。

生活保護のリアル みわよしこ

という連載記事がダイヤモンド・オンラインに掲載されている。なかなか読むのがしんどい記事が多いが、下記の記事はなかなか興味がある。

日本の生活保護を海外と比較することは妥当か?
格差社会アメリカ・ボストン市で見た貧困層の実態

中身を一言で言うと、社会保障が世界一ひどいと言われているアメリカだけど、具体的に調べてみると、日本よりマシなんだよということだ。

これは面白そうだ。「シッコ」で作られた「日本まだマシ論」を打破することが出来ればいい。

別に「シッコ」が悪いなんて言うつもりは全くないのだが、社会保障というのは常に論争の対象になるので、トータルにつかむための指標を持つ必要がある。

自民党は日本の生活保護基準が「高すぎる」と言っている。とくにアメリカと比較して主張されることが多い。

これに対して左翼も、アメリカとの比較を避け、英独仏といった国との比較で発言することが多い。

日本の捕捉率が低いことは夙に知られた事実だが、最近自民党のずる賢い連中は「捕捉率を上げるためにも給付水準の引き下げを」と叫ぶようになっている。

こちらの主張を逆手に取った、きわめて狡猾な手法である。

しかし、彼らが勝負するために、こちらの土俵に乗ってきたという事情も見て置かなければならない。彼らとて、今の生保の状況が芳しくないことは、感じさるを得ないのである。

とすれば、話は簡単でトータルとしての生活保護関連支出を比較すればよいのである。これを国民一人あたりとしてみた金額、生保適格者(利用者数に捕捉率の逆数をかければ良い)一人あたりの金額を算出して見ればいいのである。

出さなければならない数字は給付金額ではない。なぜなら金銭的保障以外にも実費や現物による給付があるからだ。しかし出口は多様であっても、予算は一つだから、本来紛れはないはずだ。

ということで、みわさんが提供してくれたのがこの表。

http://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/d/6/d6424af1.jpg

 ニュースサイト「The Capital Tribune Japan」の記事「米国は本当に低福祉の国なのか?」の表をみわさんが編集してくれたものだ。

みわさんによると、これは現金給付であるTANF(貧困家庭一次扶助)に上乗せされる給付である。

TANFは現金給付であり、1家族あたり年間 8000 ドル程度と低いが、上記のような各制度によって補われている。

2011年、アメリカの公的扶助のうち食事・住宅・医療に関する上記の5つのメニューに必要であった費用の合計は、およそ5千億ドル=50兆円であった。

みわさんによると、「人口を考慮しても、日本の生活保護費の約3倍程度」になるそうだ。私は計算していないが、誰か計算してみてください。

安倍首相の一連の発言の中で、いちばんバカバカしいのがこれだ。

「侵略という定義は、学問的にも国際的にもまだ定まっていいない」

この人は、非常に歪んだ論理の持ち主だと思う。慰安婦問題の時にも「強制連行といわれるもの」はなかったと、逃げを打ちながら開き直る。

三文評論家が論争の時によく用いる手だが、一国の首相が用いるべきレトリックではない。もし信念を披瀝しようとするなら「日本は侵略をおこなっていない」と堂々というべきだ。

隣の子に平手打ちを食わせたガキが、「俺は殴っていない、拳を固めて相手の顔面に叩きこむようなことはしていない」と責任を回避するのに似ている。

卑怯かつ姑息だ。このような人間を「美しい日本」の首相にいただくことは、まことに不本意である。

おおかた「おれは天皇陛下万歳などとは言っていない、ただ両手を上に上げただけだ」とでもいうのだろう。

確かに、侵略という言葉には、立場によりさまざまなニュアンスの違いがある。
しかし、首相はこの言葉に続けて、次のように語るべきであろう。
「さまざまな定義のどれをとっても、まちがいなくそれは侵略戦争であった」

アキレスと亀のパラドックスにせよ他のものにせよ、第三者的理解というのには限界がある。
ゆく川の流れは絶えずして、と世の無常を慨嘆するのは勝手だが、「ゆく川」の側にもそれなりの事情があるのであって、たんなる「無常」の表象ではない。それこそ「大河ドラマ」のような実体をともなう現存在があるのである。
それを理解するためには川の側にたって物事を眺めなくてはならない。そこに主客の転倒が起こる。
此処から先は、「鏡の国のアリス」のように、随分モノの言い方が面倒になるので省略する。レトリックを楽しむ御仁に付き合うつもりはない。
それで「川の側に立つ」というのはどういうことかというのは、「馬には乗ってみよ、人には添うてみよ」ということである。
例えばモルダウという曲がある。
モルダウ川が山間のせせらぎから急流となりやがて大河となって平原の彼方に流れ去っていく一連の過程を音楽にしたものであるが、これが川というものだという主張でもある。
それは方丈の庵の窓越しに見える川の流れを切り取って、「これが川だよ」と言われちゃ困るという主張でもある。
認識論としては、自己の立場を捨て、虚心坦懐となり、川の立場にたって考えることだ。それが翻って自己の立場を豊かにすることにつながるのだ。

それが叙述的理解ということになる。これは「己を貧しくする」という点では、非常に宗教と似ているところがある。


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