鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

2013年02月

決して、それを見るのが主目的ではないが、
赤旗の訃報欄は、何故か目が行ってしまう。
ひとつには、それが自分にとって最高の墓碑銘だからだ。
訃報欄で知った名前はたくさんある。
一つ一つ読むたびに、しばしの感慨に耽る。
そして、自分の順番が近づいてくるのを感じざるをえない。
親の代はあらかた死んだ。野坂・徳球の時代だ。
いまや戦後第二世代が続々と死につつある。
いろいろな意味で、もっとも倫理的な世代だ。
僕らは彼らにもっとも負うている。
僕らにとって、マルクス主義は、まず何よりも哲学だった。
だから訃報欄を読むのは時代の精神を読むことであり、それ自体が哲学の学習なのだ。ただし「時代」は周回遅れかもしれない。


かつて近畿・東海から中国地方にかけて「銅鐸人」と呼ばれる集団が住み、銅鐸文化を形成していた。
①彼らの宗教的シンボルは「銅鐸」であり、これは後ほど侵入する天孫信仰とは異なるものであった。しかし銅鐸そのものは九州北部から伝播したものが起源となっている。
②銅鐸人集団は九州北部の政治・軍事センターに従属しつつ、紀元前200年頃から相対的に自立した生産社会を営み、独自の文化を持つ社会を形成した。その過程で独特の銅鐸が生み出された。
③銅鐸文化は山陰に始まり瀬戸内、四国、近畿、東海へと波及していった。そして紀元100年から200年にかけて近畿を中心にピークを迎えた。稲作が一部導入されつつも、依然として採集生活の色彩を強く残していた。
④出雲の銅鐸人諸集団は紀元前後に、近畿・東海の集団は紀元200年前後に、天孫信仰を持つ人々により制圧された。銅鐸信仰は異端として禁止され、人々は天孫信仰への帰依を迫られた。
⑤銅鐸は銅鐸人により埋葬・廃棄された。その後、銅鐸信仰そのものも廃れ、人々の記憶から消し去られた。

井上議員が参議院での質問で、日米TPP共同声明の3つの問題を指摘している。

第一は、共同声明の文言をめぐる問題。
「一方的に、すべての関税を撤廃することを、あらかじめ約束することを、求められるものではない」
これは素直に読めば、「交渉の場で例外を主張することを妨げない」という程度のものしかないということになってしまう。
交渉の結果、関税撤廃の聖域が認められる保証とはなっていない。「あらかじめ約束はしなくても最終的には約束しなければなりませんよ」と、日本側に釘を刺す文言としか受け取れない。

第二は、米国だけで済む話ではないということだ。
TPPは日米FTAではなく多国間協議である。米国がそう言ったからといって承認された事にはならない。加盟予定国すべての承認が必要だ。
現にニュージーランドは一切の例外措置を認めていない。

第三は、自民党の掲げた6項目の判断基準がまったく触れられていないことだ。
具体的に食の安全を守る、国民皆保険を守るなどの問題がまったく触れられておらず、きわめて抽象的だということだ。自民党が公約に掲げた6項目基準が守られる保証がなければ、参加には反対するのが筋ではないか、というもの。

いずれも説得力があり、一発で内閣を轟沈させるだけの迫力がある。

かつてGATTウルグアイ・ラウンドでのメインテーマは「例外なき関税化」であった。これさえも途上国にとってはかなり辛い選択であったが、今度は関税そのものが敵視され、その全面撤廃が求められている。困難さのレベルが違う。
はたしてこれが正しいのか、少なくともそのための前提条件が満たされないままの見切り発車が適切なのか、まずそこから考える必要がありそうだ。
私としては、この貿易と開発の原理・原則をめぐる重大な選択は、国連を中心に議論すべきだと思う。関連諸機関としては、とくにUNCTADとILOの参加が不可欠だ。

「低価格競争は体を蝕む」という記事で、海外での低価格競争が賃金デフレの原因であったとし、「海外支店の営業マンはそれなりに頑張ったという自負を持っているのだろうが、それが結局日本の体力を弱めたのではないか」と書いた。

奥田碩会長以来、三代の経団連会長は海外志向が強い人物が続いている。
奥田氏はトヨタ自動車販売の経理部から豪亜部長に転出し、社長になる前は北米事業準備室副室長であった。
御手洗冨士夫氏は、まさに営業の鬼であった。23年にわたるアメリカ勤務のあいだに平社員からキヤノンUSA社長に上り詰め、本社に戻ってからは、強引な手法で1兆円近い債務を解消させた。やったことは徹底的なリストラとアウトソーシングである。
その功績が認められて経団連会長にまで進んだが、成り上がり者の悲しさで、労働コストの削減を国家的に進めるべきだと思い詰めてしまった。それを竹中平蔵のようなヨイショが持ち上げて、それが国策にまでなってしまった。

後の世からは、1997年以降の15年間は“狂気の時代”として記憶されるかもしれない。国際競争力が叫ばれながら、国際競争力の源となるものづくり技術は徹底して軽視された。バブル後の経営危機のなかで営業畑が技術畑を圧倒したのである。オリンパス然り、キャノン然り、ソニー然りだ。

海外経験が豊かな国際感覚に結びつくというのなら、それはそれで良いのだが、海外で身につけたのはシェア争いをめぐる“仁義無き戦い”の論理だったのではないか。
外国に行けば国際感覚が身につくというわけではない。例えば海兵隊というのは“海外活動”のための軍隊だ。しかしそこで身につくのは“殺さなければ殺される”という「野獣の論理」でしかない。すべての価値観は「生か死か」というレベルにまで単純化される。海兵隊員は戦場から教養を身につけて帰ってくるのではなく、「狂気」や心の病を負って帰ってくるのである。

サヴァリッシュが死んだという話だ。
写真を見ただけでも「良い人だ」という感じは分かる。しかし音楽的にはパとしない人だったと思う。
芸術家って、もっと自己中でアコギな人でないと務まらないのではないだろうか。
楽譜から、そのエスプリをざっくりと切り出して、血の滴るようなリアルさで供覧するというのが、指揮者の仕事なんだろうと思う。
そこを最初から妥協してしまってんじゃぁ話にならない。衛生無害、森永のウエハースみたいなものに食欲はわかない。
N響との相思相愛ぶりが話題になるが、N響はこういうさらさらお茶漬け系が好みだ。
テレビの出始めの頃、N響の演奏会は岩城と外山という二人の若手指揮者が振っていた。その後森正や若杉という人が振っていた。その合間にサバリッシュが出ていた。当時はザバリッシュだったと思う。

岩城を除けばサラサラ系ばかりだ。脱臭装置を通過した屁みたいなものだ。演奏そのものはまったく記憶に残っていない。「ええゾォ!」というのはコンスタンチン・シルベストリくらいだ。

結構これで、オーケストラというものに対するイメージが刷り込まれたと思う。だから大きくなってからコテコテ系やネットリ系に慣れるのに時間がかかった気がする。

ショルティがロンドン交響楽団と静岡に来て、アンコールでブラームスのハンガリー舞曲第5番を演奏した時の興奮は忘れられない。トロンボーン3本で会場を押さえつけた。

コンサートというのはもっと肉体的なもので、エクスタシーなんだと初めて分かった。

それにしても、日本の音楽評論家というのは不思議な人たちで、フルトヴェングラーをもてはやしながらサヴァリッシュを褒め称える、この神経がよくわからない。

医療保険がいかにおいしい商売か

損保ジャパン総研クォータリーの2007年版に
米国における健康保険市場と保険会社のヘルスケア事業」というレポートがあって

その中に表があるのだが、ちょっと細かすぎてこのブログにそのまま載せられない。
興味のある人は、そちらに直接当たって欲しい。

アメリカの営利保険会社はメジャー12社がある。
その12社の合計額で示しておくと、

加入者総数は1億1600万人、保険料収入は2,227億ドルとなっている。

注目すべきなのは純利益が130億ドルに達してるということ、もう一つは損害率が81.6%にとどまるということである。掛け金の2割近くが会社の懐に入るというのは、日本ならパチンコ業界並みで、公取法違反の捜査対象だ。

メジャー12社と書いたが、実は上位4社の比重がきわめて高く、とくに純利益総額130億ドルのうち108億ドルを4社が占めている。
つまりこの業界は完全な寡占状態に入っており、自由主義経済の信奉者が説く“市場原理”は働く余地がない。自由競争とは正反対のものに変質してしまっている。

要するに、国民が医療費と考えて出した金の2割は保険会社の儲けになって消えてしまうのだ。シッコの世界は本当だった。「市場原理に基づく効率的な運営」というのは嘘だ。“独占企業の利益原理に基づく、やらずぼったくりの運営”が実態だ。



なるほどそう来たか 軽自動車優遇批判

TPPへの動きが本格化するなかでアメリカが最初のジャブを繰り出してきた。

叩かれてみて、自動車業界もそこがアキレス腱だったことがわかったと思う。

これまで自動車工業会はTPP参加の旗振り役だった。おそらく他の業界が打撃を受けても自分だけは大丈夫だと思っていたからだろう。

たとえば1年ほど前、自動車工業会の志賀俊之会長は、米国通商代表部が自動車と牛肉の市場開放、かんぽ生命保険の見直しを求めた事に対し、こう語っている
「日本への自動車の輸入関税はゼロで完全に解放されている。アメリカは2.5%の関税をとっている。どこを閉鎖的と言っているのか、具体的な中身を知りたい」
かなり挑戦的な発言で、アメリカ側の神経を逆なでした可能性はある。

この発言に刺激されたのか、アメリカ側は自動車工業会の分断に出たといえる。おそらく軽自動車を生産していないメーカーは心の底では賛成するだろうという腹だ。日本の一部にも、「本当にアメリカの口出しなのか、財務省やトヨタ・日産の工作もあるのではないか?」などという声があるそうだ。

背景には、世界的に見て高いといわれる自動車税(ただしこれは自動車工業会の資料)と、それに群がる運輸、警察官僚の利権構造への不満がある。アメリカの自動車を本気で売り込もうを考えているわけではあるまい。これを利用して「TPPも悪くはないな」という意識を作り出すためのキャンペーンだろうと思う。

これが通れば、スズキとダイハツは間違い無く潰れるだろうという。勝ち組とされた自動車産業でも選別が始まるわけだ。結局はトヨタ一社のために日本のすべての産業が犠牲になるというTPPの構造がますます浮き彫りになってきた。

私は軽自動車の規格は残すべきだと思う。日本の国土や道路事情に合っているし、エコノミーでエコロジーである。性能改善も進み、燃費も小型ハイブリッド車並みに改善されつつあるという。まさに高齢化社会、省エネ時代にはうってつけの車なのだ。

そのかわり快適感には欠ける。一般車と伍して走るには安全性が不安である。基本的には作りに無理があるだけに、耐久性にも問題がある。そのぶん安くてもいいと思う。
逆にいえば、それ以上の車に求められているのは、つまるところはラグジュアリーだから、税金が高いのはやむをえない。(それが官僚の利権の温床になっていることは、また別な話だ)

現行の自動車税は軽四なら7200円、排気量1リッターのいわゆるコンパクトカーなら29500円だ。これが2千を超えると4万円まで跳ね上がる。これなら多少の我慢はしても軽に乗る人が増えるはずだ。

軽自動車の比率はますます増大し、12年に36%に達した。近いうちに4割に達する可能性もあるという。
こうなれば、ひとつの文化だ。韓国は日本より貧しいはずなのに、街ではほとんど軽を見かけない。日本人に比べると、韓国人は見えっ張りなのだと思う。(かく言う私も見栄でトヨタ・ウィッシュに乗っているが)



今回の事態でもっとも重視しなければならないのは、口当たりの良い話で、非関税障壁の撤廃につなげようという狙いだ。非関税障壁と呼ばれるものには、文化とか公序良俗のすべてが含まれてくる。

額として一番大きかったのが郵政の簡易保険だったが、次には医療保険が狙われている。アメリカの医療保険会社にとっては、日本の医療保険制度そのものが“非関税障壁”なのだ。

それなりにボサノバにはまりつつある。
ボサノバの立ち位置はすごく揺らぐんですね。
基本的にはカルロス・リラの立っているところが真ん中なんだろうけど、彼はものすごいジャズ・コンプレックスなんですね。だからボサノバがブラジル的なものに行こうとすると感覚的にはすごく反発する。「それはボサノバではない」という感じでしょうね。
一方で、マルコス・バリーはジャズというよりアメリカンポップスに行こうとする。これはまったく白人のその辺の人の音楽なんです。
ふたりとも「ブラジル的なもの」が何なのか分からずに、とにかくアメリカ的なテイストを求めて曲を作っていく。
それを周りがムジカ・ノヴァだと囃し立てるから、もうやっている本人がわからなくなってくる。

これはレゲエと似ています。本人たちはまじめにロックやっていると思っているのに、周りはこのひなびた“ロック”に味がある、と注目したのです。沖縄の島唄が何故か変にブームになってしたったところと似ています。

このへんの響きあいは、コールマン・ホーキンスのジサフィナードが最高です。逆に彼らに教えられる形でカルロス・リラがボサノバのスタイルを作り上げていくことになります。



共産党の賃上げ政策は非常に正確だと思う。
現在働いている労働者の賃上げだけではなく、以下の4点を総合的に押し出しているからだ。
①非正規雇用への不当な差別や格差をなくし、雇用のルールを守らせ、均等待遇を図るとともに、非正規から正規雇用への流れを作る。
→このために労働者派遣法の抜本改正を行う。
②最低賃金を現在の全国平均749円から、1000円以上に引き上げる。
→そのため、抜本的な予算増により事業主負担の軽減を図る。
③非正規労働者の最大の受け皿となっている中小企業を保護し、大企業の横暴をやめさせる。
→このため、独占禁止法を強化するなどの対応を行う。
④公務員の賃金引き下げは1兆2千億円のマイナス効果を生む。生保の切り下げは最低賃金の抑制をもたらす。これらは中止すべきである。
(公務員が多いと言われてきたが、そのほとんどは郵政の現業労働者であった。それがいなくなったいま、日本公務員数は圧倒的に少ないことが明白である。現場の公務員を叩いてもこれ以上は鼻血くらいしか出てこない)


経団連は「実質的な賃金は上昇している」、物価が下がっているのだから「生活水準が低下しているとの主張は適切ではない」と言っているそうです。(2013年版 経営労働政策委員会報告)

これは、きわめて単純に給与総額の低下を物価指数で割れば答えが出ます。

1361890638

1997年(平成9年)の民間給与は467万円、このグラフでは2011年までしかないので11年の給与が409万円、差し引き58万円の低下、これを467万で割ると、マイナス12.4%です。
消費者物価指数は97年に比べ年平均値で約3%の低下ですから、とても引き合うもんではありません。

ただし、これをドル換算にすると俄然話は違ってきます。どういうわけか1997年の円相場の平均が120円ちょうど、12年の平均が80円ちょうどですから、円の価値は1.5倍となっています。給料が1.5倍になれば、5%や10%程度の差はぶっ飛んでしまいます。
しかし円高差益はほとんど消費者物価に反映されていません。これは一体なぜでしょうか?

http://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/5/a/5a3dbbed.jpg

日本総研リサーチアイのレポートから転載したものです。

国際商品のドル建て価格は7年間で2.1倍になっていますが、円換算にすると1.4倍となります。これが円高差益が消えた部分と相殺されるかどうかはわかりませんが、ひとつの要素ではあるようです。

「輸入物価の上昇が続くなかで、円高効果は輸入インフレの緩和にとどまり、輸入品の値下げを通じた需要喚起には至らな」かったというのがこのレポートの趣旨です。

しかしこのことを全面的にソロバンを入れて分析したレポートはまだ見つけていません。



内部留保については前にもだいぶ調べた。
「内部留保は工場や機械になっているから取り崩せない」
という主張は、ほとんどデマ宣伝であることが既にはっきりしている。
未だにそういう人がいたら、その人の言うことは信用しないほうが良い。平気で嘘をつく人間なのだから。

とりあえず、2011.7.25の記事「内部留保の意味も知らずに…」の一部を再掲しておく。

たとえばこんな記事がある。「内部留保の意味も知らずに内部留保を切り崩せと言わないでほしい」という題で、赤旗の記事に対して、「後ろ盾となっている理屈がめちゃくちゃ。嘘つきなのか無学なのか」と切りつけている。

この人はソニーではなくトヨタの人のようだ。どういう人かと見たら別に会計や経理の専門家でもないSE系の人のようだ。「嘘つき」はありうるが、共産党が「無学」なんてありえないでしょう。

で、赤旗のどこが滅茶苦茶かというと、

①「内部留保は隠し利益ではない」

こ れはたしかにあたっています。赤旗の記事は「内部留保(隠し利益)を…1.5倍も増やしています」と書いていますが、これは不正確です。ふつう「隠し利 益」というのは各種引当金の過大評価で税金逃れをしようとすることを指して言います。
ただしウィキペディアによると、日銀統計ではこれも内部留保にカウントしているようです。

②「内部留保は実は現金ではない」

内部留保の総額は大幅に増え、現金・預金資産は逓減し、設備投資は抑えられている。その代わりに「投資有価証券」は倍増している。これらの事実は誰の目にも明らかです。(図表略)

赤旗の記事はこれをもって「隠し利益」だといっているのではないでしょうか。赤旗はそれほど無学ではないと思います。

③「有形固定資産(土地・建物・装置など)が内部留保にふくまれている」

この文章は「トヨタの20年度の有形固定資産は8兆円弱ほどあります。これは実際にはお金を使っていますが、コストには換算されないので、利益を押し上げています」と続く。要するに内部留保とされているものは、実際には固定資産だと言いたいようだ。

このことをもって共産党は滅茶苦茶といっているのなら、言っている本人が滅茶苦茶です。内部留保は貸借対照表の右側に明記されますが、その運用は左を見てもわからないのです。他の諸表に当たるか、バランスシートの経年変化から追っていくしかないものです。

この20年間のあいだに内部留保が1.5倍に増えて、それに対応して左側項目の数字がどう動いているかが問題です。固定資産に行っていないことは一目瞭然です。(図表略)

内部留保は必ずしも現金や預金として保有されている わけではない」というくだりは、実は経団連の受け売りです。2011.2.28 の更進記録にも書いたのですが、経団連は今やこの主張を取り下げています。そのくだりを再掲します。

経団連の経労委報告が大きく書き換えられていたことが発覚しました。「内部留保は必ずしも現金や預金として保有されている わけではない」、現金や預金も「仕入れ代金や給与などの運転資金として確保する必要がある」
という記述が削除されたのです。

日銀が昨年12月に発表した資金循環統計によれば、民間法人が保有する金融資産のうち「現金・預金」は206兆円で過去最高となっています。今回の措置は、もはやこの種の詭弁が事実と食い違うことを取り繕えなくなったための変更でしょう。

④選挙前ということで確信犯でウソをばらまいているならまだかわいいのですが、本当に会計を理解せずに、間違った判断をばらまいているのなら問題は深刻です。

 これは慢罵です。言っていることはこれだけです。①だけにとどめておけばよかったものを…

内部留保が企業活力の源であることは疑いありません。それはかのバフェットも強調するところです。
問題は、トヨタマン氏が信じているのとは逆に、内部留保が有形固定資産(土地・建物・装置など)をふくむ生産的投資に回っていないところにあるのです。回らずにひたすら膨らみ続けることが問題なのです。


もう一回グーグルで検索してみた。たしかにこのファイルは出てくるが、1年以内というフィルターをかけると消える。

甘利さんのサイトで見ると、この人は以前の自民党政権時代にも通産大臣をやっているようだ。
したがって、これは3.11前の出来事かもしれない。

たしかに今こんなことを言ったら大問題ですね。しかし3.11前には平気でこんなことを合意していたんだということが分かりました。

いまでも本心はこんなトコロじゃないんでしょうか。

ウィキペディアで調べてみました。

Samuel Wright Bodman III
11th United States Secretary of Energy
In office
January 31, 2005 – January 20, 2009

ということでブッシュ政権の終了とともに職を辞しています。
Forbesによると、その後は
Director of AES since April 2009, and serves on the Compensation Committee of the Board.
ですが、現在は公職からはリタイアしているものと思われます。

これってなんだろう
http://www.enecho.meti.go.jp/policy/nuclear/pptfiles/080610_1.pdf
ていうファイルだ。親元を辿って行くと

資源エネルギー庁 Agency for Natural Resources and Energy

のサイトに突き当たる。

7日というのが何月の7日なのかもわからないが、グーグルで 原発、日米共同声明、1ヶ月以内、とやって検索したらこれがヒットした。
今度は「日米原子力共同声明」と入れて検索をかけてみたが、それらしきものは引っかかってこない。
甘利さんが経済産業大臣だから2月でなくても1月だろう。

日米原子力共同声明の発表について
~ 日米のエネルギー担当大臣、原子力協力の更なる強化に合意 ~
~ 米国での新規建設支援に国際協力銀行等を活用へ ~

甘利経済産業大臣とボドマンエネルギー省長官は、7日、我が国の主要原子力施設が立地する青森で会談し、原子力協力についての共同声明を発表。
日米間では、昨年4月に策定した日米原子力エネルギー共同計画に基づき協力が進展。本年7月から協力の第2フェーズに入る。両大臣は、これまでの成果を確認するとともに、研究開発及び米国での新規原子力発電所建設などの各分野での協力を一層強化することで合意した。

以下が要約

◯昨年4月に日米原子力エネルギー共同計画が策定された。これに沿って、高速炉技術やサイクル技術等の研究開発や新規原子力発電所の建設など着実に協力が進展している。

◯高速炉の実証炉や燃料サイクル技術の研究開発について協力する。もんじゅの活用も検討する。また、発展途上国で要望の強い中小型炉の設計についても協力を進める。

◯米国での新規原発建設のために、日本貿易保険(NEXI)や国際協力銀行(JBIC)の活用を検討する。これを米国エネルギー省の債務保証制度と組み合わせて、プロジェクトを支援する。


(共同声明の意義)


◯世界的な原子力発電の見直しの中で、米国では30年ぶりの原発の新規建設を計画している。原発建設では資金調達が課題であり、プロジェクトの規模が大きいことから、金融支援面での政策協調が課題。

◯米国への金融支援が進めば、日本の原子力産業の海外展開が大きく進み、国際競争力の強化が期待される。

◯JBICは先進国向けの金融支援は原則禁止となる予定だが、必要な場合は、政令を制定することにより、投資金融は可能だ。

◯高速炉の研究は、日米に加え、フランスとの3ヵ国間でも協力を積極的に推進しており、今回の合意で3カ国の協力にも弾みがつくことが期待される。

「こんなもの出しちゃっていいの」というくらい露骨な文書だ。しかも高官級ではなく、政府間の公式文書だ。
これが日米首脳会談の下敷きになっている。

消えてしまうかもしれないので、早めの閲覧をお勧めする。


書き方が不正確だった。日米共同声明が出されたのはTPPに関する項目だけで、他の点については「1時間半の会談のなかでこういうことが触れられました」という時事通信の報道であった。以下が時 事通信の伝える会談の「骨子」である。

日 米 首 脳 会 談 骨 子

 1、TPPで関税撤廃前提とせず
 2、日米同盟強化を確認
 3、対北朝鮮国連安保理決議採択へ連携
 4、日本は集団的自衛権の行使容認検討
 5、日本は中国に冷静対処
 6、米軍普天間飛行場を早期移設
 7、ハーグ条約の今国会承認を伝達
 8、日本は2030年代原発ゼロ見直し
 9、シェールガス対日輸出要請(ワシントン時事)

したがってこの6点は、いずれも文頭に「日米同盟強化のため」という枕詞が付けられなければならない。
そして4~9が両国関係におい て相互要請している内容となる。
そして9を除く5項目(さらにTPPも)はアメリカの要請に基づいており、それを日本が「同盟強化の立場から」受け入れるものとなっている。
シェールガスのみが 日本からの要請であるが、アメリカはここだけは「同盟強化」の立場を明らかにしなかった模様である。

これらのことは日米同盟が片務的なものであり、従属的な同盟関係であることを明らか にしている。



時事通信の報道では、共同記者会見のなかで、

「原発再稼働」
首相 2030年代に原発稼働ゼロを可能にするとの民主党政権の方針はゼロベースで見直す。
と書かれているのみだ。

赤旗の山崎特派員は、さらに安倍首相の発言を補足しています。

米国とは原子力協力のパートナーとして緊密に連携して行きたい

“原子力協力のパートナー”というのは、“核の傘”のことを指しているのでしょう。

だから安倍首相の発言はこう読めます。すなわち
日米核同盟に協力するために、原発は継続する。そのためには、たとえ国内世論の大半が原発ゼロを望んでいたとしても、断固原発は稼働し続ける。
ということです。

それが何を意味するのか、日本の原発は発電設備ではなく、核兵器の原料供給設備として位置づけられているということです。

そうでなければ、原発はたんなる国内問題です。日本国民が廃棄を選択すれば話はそれで終わりです。

原子力協力と原発が繋がらなければならないいわれはありません。日米原子力協力はもし必要なら別の形でやればいいだけの話です。

毎回首相が変わるたびに日米首脳会談が開かれ、共同声明が発表される。
しかし今回の日米共同声明はそういうレベルをはるかに超えて、日本の進路を決めるような重要な内容をふくんでいる。
衆議院選挙の時、重大な争点として以下の4つが示された。
①消費税と一体改革
②原発ゼロ政策
③TPP参加路線
④沖縄の基地撤去

この内①については、まず景気対策ということで、矛先をかわした自民党が圧勝し、消費税実施の問題は残るものの、とりあえず先送りされた形となった。
③と④については、アメリカの意向を伺うことなしに政策決定はなされないわけで、今回の共同声明をしっかりと読み込んで行かなければならない。これは私の宿題。

というわけで、②原発ゼロ政策 の問題で、日本側がこれほどまでに踏み込むとは、正直以外だった。

まずは、共同声明の原発関連部分の勉強から始めるか。

ボサノバの名曲百選を作ろうと思ったが、タンゴほどにはうまくいかない。
タンゴは基本的には過去のものである。例外はあるが基本的には1950年代に終わっているジャンルだ。しかしボサノバを広くとると、現在もまだジャンルとしての生命は終わっていない。
たとえば私の好きなマリア・クレウーザは70年代からだし、セルソ・フォンセカは90年代からの人だ。マリア・ベターニャはむしろMPBの人だ。
だからブラジルのすべての歌が関係してしまう。これでは到底まとめ切れない。
いろいろ考えてみたのだが、理由は2つあると思う。
一つはまだ名曲としての熟成が足りないということ。どんな名曲と言えども最初は誰かが作って、誰かが歌ってヒットしたものだということだ。
その作者と歌手がまだ生きていて、まだ現役で歌っていると、やはりそのオリジナルに惹かれてしまう。カヴァーするといっても、そこには遠慮がある。
まだ曲が属人性を脱却できず、曲として独り立ちしていないということだ。
もう一つはそれらを名曲として楽しむフアン層がまだ十分に形成されていないということだ。だからいろんなアレンジが出てきても、「やっぱりオリジナルだね」ということになってしまう。
タンゴは第二次大戦後の黄金時代に、同じ曲の競演の時代があった。だから「パリのカナロ」はどの楽団が良いとか、「淡き光」はどこが良いとかの比較ができる。そのなかで曲そのものの良さというものも浮かび上がってくる。
ボサノバがそういう時代になるにはもう十年くらいかかるのではないかと思う。
さてそれまでどうしましょうかねぇ…

自分でもいい加減さに呆れるが、先日セル・クリーブランド管弦楽団のイタリアが最高と書いたのに、こっちのほうがすごいと思えるような演奏を見つけてしまった。
ロリン・マゼール指揮のベルリン・フィルの演奏だ。
1960年4月 ベルリン、イエス・キリスト教会での録音というから随分昔のものだが、新カットで見事に蘇っている。“高精度なルビジウム・クロック・カッティングによって、よりマスターに忠実な音質を再現”したそうだ。
一体何だ。カットがすべてなのか?
確かに最新の音ではないが、必要な音は全部詰め込まれている。
とにかくベルリン・フィルがすごいのに圧倒される。こんなオーケストラがあったんだと感心してしまう。なにからなにまですごい。バイオリンがすごいし、チェロもすごい。木管がすごい、その上に乗ってくる金管がすごい。木管の色気と言ったら聞いていて身震いしてしまうようだ。フルートはゴールウェイだろうか。
マゼールだって、終盤の盛り上げのマゼール節など悪くないのだが、とにかくすごい。このオケならメトロノームでやってもいけちゃうんじゃないかと思う。

むかしマゼールはローリン・マーツェルと言った。新進の指揮者でユダヤ系アメリカ人ということだったと思う。
ベルリン・フィルのレコードはカラヤンが本命で、他の指揮者が振るのは安売りレコード用の録音だった。
学生にはカラヤン指揮ベルリン・フィルの正規版はとても手がでないから、ローリン・マーツェルやカイルベルトがカミだった。25センチ盤でマーツェルの「田園」、30センチ盤の片側に7番の全曲が入ったテレフンケンのカイルベルト盤を買った憶えがある。
「イタリア」と同じ頃の録音のはずだが、絶対こんなにいい音ではなかった。

マゼールについてはもうひとつ思い出があって、セルが死んだ後マゼールがクリーブランドの指揮者になった。それで、この組み合わせで日本に来て演奏した。そのときにあのクリーブランド管弦楽団が信じられないような音を出していた。テレビで見た範囲なので偉そうには言えないが、とにかくベルリン・フィル並みの音がしていたような気がする。
「あぁ、こういうゴージャスな音も、出せば出せるんだ」と感心した憶えがある。

円高デフレというのはおかしい。
なぜならデフレ兆候は円高が進む前から出現していたからだ。
97年事態の後、企業は一斉に輸出拡大に狂奔した。新製品が出現しない限り商品の競争力は価格で決まる。
シェア獲得のために出血大サービスも厭わなかった。そして血を流したのは下請けであり、労働者であった。
労働人口は減少したにもかかわらず一人あたりのGDPは上昇した。しかもその間、労働者は血を抜かれ続けたのである。
どこかで路線を戻さなければならなかった。バランスを回復しなければならなかった。明らかに2000年代初頭には国民に疲れが見え始めていた。
ところが奥田・小泉はそれとは逆の路線をとった。空前の営業利益に目が眩んだのである。
彼らは出血路線を持続可能な戦略と考えるようになった。そして一方では輸出シェアーの確保、他方では国民の所得のさらなる低下、その結果としての莫大な利益の確保を永続的な戦略と考えるようになり、そのためのシステムづくりを推進した。

円高はたしかに国際投機資本が作り出したものである。しかし投機資本が乗り出す契機を準備したのは大企業にほかならない。

日本の輸出企業だけが甘い汁を吸うのは許せないとばかりに、円買攻勢を仕掛けた。せっかく海外に築きあげた販売市場は円高でまた壊される。それを取り戻すためにさらなる安売り攻勢をかける。

この悪循環がいつまで続くか…当然続かない。

だから円安に向かう。なぜならもはや日本の体力は尽きたと見られたからだ。これはきわめて深刻である。まず債務があっという間に膨らむだろう。

いまの円安局面が、こういう最終コーナーの表現かどうかは分からない。しかし、そろそろ経団連に日本を潰される日が近づいていることは間違いない。

「働くみなさんへのアピール」で、おやっと思った記載がある。

日本企業全体の経常利益は1.6倍に増えたが、働く人の所得(雇用者報酬)は9割以下に減少しました。

という“従来通りの”記述の後に、

輸出は1.25倍になりましたが、国内需要は約1割減少しました。
「国際競争力のため」といって乱暴なコスト削減で輸出は増やしたけれど、働く人の所得を大幅に引き下げたために、国内需要が減少し、デフレ不況の悪循環に陥っているのです。


これは必ずしも企業悪徳論ではありません。経済戦略としての「輸出依存による状況打開」路線を失敗だったと総括し、もはやその路線は通用しなくなったと非難しているのです。

これはこの間、私も書いた「低価格競争先行」論を念頭に置いたものでしょう。労働者を絞ってもっと利益を上げましょうと最初から狙っていたのではなく、結果的にそうなってしまったということになりますから、はるかに説得的な議論です。

海外市場での激しいシェア争いの現場についてはよくわかりませんが、超円高のなかで売上確保のため、相当なコストカットが求められたのでしょう。

「あそこで俺たちが頑張ってシェアを確保していなかったら、今頃日本は沈没していたかもしれないんだぞ」という自負が営業畑にはあるのかもしれません。たしか歴代の経団連会長はアメリカ支店上がりばかりではなかったかな。
しかしそういう営業畑でも、「これは短期のしのぎ話、こんなこと続けていたら死んでしまう」という感覚はあるはずです。
そしてまさしくいま、そうなってしまったのです。

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