鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

13年4月、ぷらら・Broachより移行しました。 中身が雑多なので、カテゴリー(サイドバー)から入ることをおすめします。 過去記事の一覧表はhttp://www10.plala.or.jp/shosuzki/blogtable001.htm ホームページは http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」です。

2012年11月


イスラエル系圧力団体とは何か?

①イスラエル系圧力団体とは、個人や組織の緩やかな連合であり、支配的な指導力を有する統一された運動ではない。

②ユダヤ系アメリカ人の大多数を結集しているわけでもない。2004年の調査では、36%のユダヤ系アメリカ人は「全く」又は「ほとんど」イスラエルに心理的に帰属していないと答えている。

③アメリカ・イスラエル公共問題委員会(AIPAC)など重要な組織の多くは、リクード党の拡張政策を支持する。しかし「ユダヤの平和の声」の様な幾つかの集団はリクードを支持しない。しかし穏健派も強硬派も、共にイスラエルの忠実な支持者である。

④ユダヤ人の主流派にとって、イスラエル政府=リクードの安全保障に関連する政策に批判的な議論を行う余地は絶対に存在しない。彼らは事実上、外国政府の代理人となっている。

イスラエル系圧力団体の影響力

①1997年のフォーチュン誌: 議員対象の最も強力な圧力団体アンケートでAIPACは米国退役軍人協会に次いで二番目だった。AFL-CIOや米国ライフル協会より上位。2005年3月のナショナルジャーナル: ワシントンでの「影響力番付」で全米退職者協会と同点の二位であった。

②AIPACのメンバーはユダヤ系ばかりではない。著明なキリスト教福音主義者も含まれる。彼らは全員、イスラエルの復活が聖書の預言の成就であると信じており、イスラエルの拡張主義政策を支持する。

③AIPACは資金、選挙、報道などから米国議会議員を締め付けており、議会がAIPACから指示される以外の政策を持つことはできなくなっている。

④ユダヤ人は選挙資金を通じて大統領と政府に影響力を行使する。ワシントンポスト紙は、民主党の大統領候補がユダヤ系の支援者から選挙資金の60%を得ていると推計している。すでにクリントン政権時代、米国の中東政策は主有力な親イスラエル組織とその代表としての幹部スタッフによって形成された。

マスメディア・世論の操作

①ウォールストリートジャーナル紙は明確な親イスラエル、ニューヨークタイムズは時折イスラエルを批判するがイスラエルよりのスタンスは変わらない。CNNがイスラエルを批判すると6000通の電子メールが送りつけられる。

②ボストンのナショナルパブリックラジオ局であるWBURはイスラエルを批判して100万ドル以上の寄付金を失った。米国議会にいるイスラエルの友人からは報道に関する監視に加えて内部監査を要求される。親イスラエル団体はラジオ局の周りで示威運動を組織的に行った。

③イスラエル系圧力団体は、世論形成役のシンクタンクを影響下に置く。国策研究会(AEI)、ブルッキングズ研究所、安全保障政策センター、外交政策研究所、ヘリテージ財団などを実質的に支配している。

学問の世界への攻撃

イスラエル系圧力団体が最も苦手としたのが大学だった。

①彼らは「大学観察」というウェブサイトを立ち上げた。批判的な研究者の人物調査書が投稿され、密告が奨励された。とくにエドワード=サイードが在籍していたコロンビア大学が標的となった。サイードを糾弾し、制裁又は解雇することを要求する何百もの電子メール、手紙が送りつけられた。

②2004年の年末に、コロンビア大学の中東研究の教授陣はユダヤ系の学生を脅迫しているとのフィルムが制作された。実際にあったのは、ある教授がある学生の質問に「怒りを持って返答した」ことであった。その教授は、イスラエル系圧力団体による脅迫作戦運動の対象であった。

③イスラエル系圧力団体は米国議会に教授の発言を監視する機構を設立するよう圧力をかけた。彼らの努力は失敗に終わったが、もし議案が成立していれば、反イスラエル的と判定された大学は、連邦政府の資金援助を拒否されていただろう。

「反セム主義だ!」という攻撃

イスラエルの行動を批判する者は反セム的と名付けられる十分な機会を持つ。「イスラエル系圧力団体が存在する」と言えば、反セム的であると告発される。反セム主義は誰も批判されたくない事柄だ。(解放同盟の“差別だぁ!”に似ていますね)


舌鋒は鋭さを増す

ユダヤ人の倫理的価値への疑問

ユダヤ人はイスラエルへの支援を倫理の問題として提示する。しかし客観的に見て、イスラエルの過去及び現在の行動からはパレスチナ人よりも優遇されるべき道徳的根拠は何ら認められない。イスラエルの存在を支持する強い倫理的主張は存在するが、それは危機的状態にあるわけではない。

A イスラエルはアラブに囲まれ孤立したか弱い国なのか

①イスラエルは米国の大規模な援助が始まる前にも三度の戦い(独立戦争、スエズ紛争、6日戦争)に圧勝している。

戦略的 な均衡は決定的にイスラエルに有利であり、その軍事能力と抑止力における近隣諸国との量的格差は拡大し続けている。

負け犬を支援することが動機なら、米国はイスラエルの敵を支援すべきだ。

B イスラエルは守られるべき民主主義国家なのか

イスラエルは民主主義国の仲間であり敵対的な独裁国家に囲まれているという。

世界には多数の民主主義国家があるが、イスラエルのような破格の援助を受ける国は存在しない。民主主義であることだけでは現在の援助水準を説明できない。

②米国は自国の国益を向上させると考えたときは独裁者を支持してきた。そのために民主的政府を転覆させてもきた。

イ スラエルの民主主義には米国の中核的な価値観に対立するところがある。人種・民族・宗教に関わらず平等の権利を享受できるわけではない。130万人のアラブ人は二流市民でしかない。

C 人類はユダヤ人に責めを負っているのか

ユダヤ人は何世紀にも渡って迫害されてきた。イスラエルは米国から特別な扱いを受けるべきだ、という。しかし、それは第三者であるパレスチナ人に対するユダヤ人の犯罪行為を許容することなのか。

ユダヤ人の悲劇的な歴史があるからといってイスラエルへの無条件支持を米国が強制されることはないのだ。

D 高潔なイスラエルと邪悪なアラブ

イスラエルの行動は残忍であることが多く、高い道徳性へのあらゆる要求を裏切ってきた。

①独立後の10年間、イスラエル軍は5000人のアラブ人を殺し、た。イスラエルは26万人をヨルダン川西岸から追放した。そして、ゴラン高原から8万人のシリア人を追いやった。

②パレスチナ青少年のインティファーダの最初の日、イスラエル軍は百万発の銃弾を発射した。一人の殺されたイスラエル人のために3.4人のパレスチナ人を殺した。

そして、もし戦略論も道徳論も米国のイスラエルに対する支援を説明できないとすれば、我々はどうやってそれを説明するのか

ミアシャマイヤーとウォルトの論文の抜書きです。国際情勢の分析と予測というブログで「要約版」を訳してアップロードしてくれたので、それを抜書きしたものです。

2006年3月の出版といいますから、まだ第二期ブッシュ時代。ちょっと古いのですが、貴重な文献です。あの時期にこれだけ書く勇気は尊敬に値します。


アメリカのイスラエル援助は突出している

米国政府は、1970年代から、総額1400億ドルを越える援助をイスラエルに供与してきた。これは対外援助予算のほぼ五分の一をしめる。

イスラエルは毎年約30億ドルの直接援助を受ける。これは国民一人あたり約500ドルに相当する。

対イスラエル援助はさまざまな点で破格である。

①軍事援助の資金はその全額を米国で支出することになっているが、イスラエルは約25% を自国の軍需産業に使うことを許されている。

②イスラエルは援助資金の支出内容を説明する必要のない唯一の国である。ヨルダン川西岸での住宅建設などに使用することも可能である。

③イスラエルは通常の援助のほかに、武器システムの改善費として、30億ドル近くの金を与えられている。これによりF-16戦闘機などの最新兵器を入手している。

④イスラエルは、NATOの同盟国にも与えないような機密情報を供与されている。

⑤米国はイスラエルが核兵器を保有することに目をつぶっている。

米国政府はイスラエルに外交的支持を与え続けててきた。

1982年以降、米国はイスラエルを批判する32の安保理決議に拒否権を行使した。

②米国はアラブ諸国がイス ラエルの核兵器をIAEAの議題にすることを妨害してきた。

ブッシュ政権の中東介入は、部分的には、イスラエルの戦略に沿っている。

イスラエルの「戦略的価値」への疑問

イスラエルを支援するために支払った対価

①「10月戦争」(73年)の時のアメリカの緊急軍事援助は、OPECの石油禁輸の引き金を引いた。

第 一次湾岸戦争では米国はイスラエルの軍事基地を使用するために、反イラク同盟を破壊することを余儀なくされた。その後はアラブ諸国の反対を考慮してイスラエルに援助を求めなかった。

9/11以降に顕著になった傾向として、米国のイスラエル支持は、テロリスト集団と「ならず者国家」に両国が脅威を受けているという主張によって正当化された。この主張は、イスラエル政府がパレスチナ人「テロリスト」を自由裁量で取り扱うのを認めさせた。さらにイランやシリアの様な国を、「イスラエルの敵は米国の敵」という理由で敵視させることになった。

以上のごとく、イスラエルとの同盟は、テロとのたたかいと、ならず者国家に対処する為の広汎な努力にとって重荷になっている。(割と勝手な理屈ですね)

イスラエルとの同盟による対テロリスト戦略の誤り

イスラエルに脅威を与えるテロリスト組織は米国には脅威を与えない。米国が彼らに干渉する場合は別である。

パレスチナ人のテロリズムは手当たり次第の暴力ではない。それは、おおむねイスラエルの「入植」作戦への反応である。

米国のテロ問題の多くは(唯一の原因ではないが)、米国がイスラエルと非常に親密な同盟国であることによる。「イスラエルと米国が共通するテロリストの脅威により結びつけられている」というのは因果関係の逆転だ。

ならず者国家論の誤り

彼らはイスラエルにとっての脅威であるという点を除いては米国の重要な利益にとって差し迫った脅威ではない。

②彼らが核兵器を保有したとしても、米国もイスラエルも脅迫されることはない。脅迫者は圧倒的な報復を受けることなしには脅威を実行することができないからだ。

イスラエルの核兵器は、近隣国が核兵器を欲する理由の一つである。彼らを脅すことはその欲望を増大させることになる。

イスラエルこそならず者国家(とまでは言ってないが…)

イスラエルは忠実な同盟国としては行動していない。

イスラエルの当局者は米国の要求を頻繁に無視し約束を破る。住宅建設を強行し、パレスチナ人の指導者の暗殺をやめない。

②イスラエルは、国務省の査察官が「公的に承認されない供与」と呼ぶ、軍事技術の供与を中国などに供与してきた。

③イス ラエルは「米国の全ての同盟国の中で米国に対し最も活発なスパイ活動を行って」いる。

小泉記者の記事の一文が気になっています。

チュニジアのアブデッサラーム外相は停戦合意直前にガザ入りし、「イスラエルは状況が変わったことを理解しなければならない。イスラエルはもはや自由に行動することなど出来ない」と語りました。

「状況の変化」とはなんでしょうか。

私には中東の変化ということだけではないように思えます。とくにヒラリーの動きに示されたアメリカの変化がかなり本格的なものなのか、イラク侵攻のときにパウエル国務長官を退陣に追い込んだ国防省対国務省の対立が、第2ラウンドを迎えているのか、気になるところです。

基本的には国務省と国防省は一体であり、矛盾は一時的、相対的なものです。たとえばネオコン・グループとして名をはせたウォルフォビッツもエデルマンも本籍は国務省で、転籍先の国防省で頭角を現した組です。しかし大統領が民主党から共和党に変わった時など、折にふれ人脈間の対立が表に出ることもあります。

今回の動きがその露頭なのかも知れません。

まずは、一世を風靡したネオコングループはどこへ行ったのか、その影響力は依然残っているのか? というあたりから探ってみたいと思います。

中岡治さんのブログから

国防省は2人のネオコンにリードされてきました。ウォルフォウィッツ副長官とフェイス次官です。ともにユダヤ系です.

彼らの力はチェイニー副大統領と結びついていました。父ブッシュの時代、当時、国防長官だったチェイニーの下で、「Defense Policy Guidance」が策定されました。これがネオコンの防衛政策の基本となって行きます。その作業の指揮をとったのがウォルフォウィッツです。

チェイニーはアホブッシュを抱き込んで、政権の全面掌握に乗り出しますが、その尖兵となったのがネオコン・ボーイズたちでした。ラムズフェルドは元々は中道右派でしたが、チェイニーのおかげで見事に悪の花を咲かせました。国家安全保障会議もネオコンのエーブラムスが掌握します。こうして副大統領首席補佐官のリビーとのあいだに鉄のトライアングルが形成されました。

このなかで、イスラエル・コネクションの役割を担ったのはフェイス次官とエーブラムスでした。フェイスはユダヤ関連の組織「Jewish Insititute for National Security Affairs」や「Center for Security Policy」と緊密な関係にありました。彼は国防省の機密情報をイスラエルに漏洩していたことがばれ、職を追われることになります。

チェイニーはパウエルが握る国務省内にも手を伸ばしました。国務省出身で中東専門のエリック・エデルマンを国防省に引き抜き、フェイスの後任国防次官にすえています。さらには国連大使にネオコンのジョン・ボルトンを送り込みました。

中岡さんは次のように総括しています。

第一期ブッシュ政権は、国防省と副大統領オフィスのネオコンとパウエル国務長官が率いる国務省の間で外交政策を巡るヘゲモニーがあったのです。結果的には、ネオコン派が勝利し、パウエルは放逐されます。

ただ、このあたりがネオコンの花だったようです。ブッシュ政権の終わる前に、すでに彼らは凋落の道を辿り始めていました。イラク統治の失敗からラムズフェルドは退陣に追い込まれ、ウォルフォビッツは世銀総裁の座を射止めますが、愛人問題で辞任に追い込まれます。共和党は伝統的右翼がふたたび仕切るようになり、キリスト教原理派やティーパーーティの党になって行きました。

それでは、国務省や国防省における彼らの影響力は消失したのでしょうか。もし消失したとすれば、どうしてイスラエル・パレスチナ問題での政策は、オバマの積極的姿勢にもかかわらず変化しないのでしょうか。



青森県農協の衆院選推薦基準というのが赤旗で報道されている。

「JAグループが実施しているTPP交渉参加断固阻止運動に賛同する」とともに
①所属する党がTPP交渉に反対
②候補者(自身)がTPP交渉参加に反対
としている。

これだと自・公・民は自動的に排除されることになる。TPPに反対が明確なのは、共産党、社民党、亀井新党くらいか。小沢派はイマイチはっきりしないので、候補者個人に踏み絵を踏ませることになるだろう。

どの程度までこの基準を押し通せるかは不明だが、基準を明確にしたことによって、逆に農協幹部のまじめさが問われることになるだろう。

ガザ問題を知るために、宮田律さんがすばらしいレジメを用意してくれています。
それほど長いものでもないので、直接ご覧になるようお勧めしますが、「なるほど」を納得したポイントをいくつか箇条書きにしておきます。

①ガザは街ではなくゲットーである。縦が50キロ、横幅が最大10キロの地区内に150万人が押し込められている。8つの難民キャンプがあり、そこに100万人が暮らしている。
②難民といっても「避難」したのではない。1948年の第一次中東戦争のときに土地を奪われ、押し込められ、65年間押し込め続けられてきた人々である。
③ガザの周囲は、壁によって完全に囲まれている。海は、イスラエル軍によって封鎖されている。パレスチナ人がガザを出入りする自由はない。壁のなかに生まれ、壁のなかに死んで行く。
④ガザの失業率は70%以上。貧困ライン以下の家庭が85%。多くの子どもたちに栄養失調の徴候が見られる。

ついでガザをめぐる交渉経過ですが、
①オバマの二つの発言
オバマは就任早々、パレスチナ問題の解決に積極的な姿勢を示しました。一つが2009年6月のカイロでの演説で、60年間以上もわたって続いている占領に対する遺憾の念が表明されました。もう一つは2010年5月のネタニヤフ首相との会談です。そこでオバマは「将来のイスラエルとパレスチナの境界は1967年の第三次中東戦争以前の境界を基本に考えるべき」と発言しました。
②イスラエルのさらなる強硬化
イスラエルはオバマ発言に対し、真っ向から挑戦する姿勢をとり続けました。入植地を拡大し、トルコの人道支援船を攻撃し、ガザの全面封鎖を継続しています。宮田さんは、これに対しオバマがまったく無反応であったと非難しています。



今回の事件はハマスの最高軍事指導者と報道されていますが、これはイスラエル側の発表を鵜呑みにしたもので、実はイスラエルとの和平交渉の担当者だったようです。和平交渉はアメリカとエジプトも支援していたはずですから、両国が怒るのも無理ありません。

和平交渉を自らつぶすというのは、テロに対する報復とは訳が違います。アメリカ国務省に対する挑戦です。退任予定のクリントン国務長官にとっては顔に泥を塗られたことになります。

このような作戦がネタニヤフ首相の一存で実行されたとは思えません。米軍の高いレベルでの判断があったと思います。端的に言えば、米軍トップ(ネオコン・グループ)はオバマ=クリントンをなめていたのではないでしょうか。その背景には大統領選挙における軍産複合体の共和党シフトがあり、オバマ憎しの気分が昂揚していたのかもしれません。

しかしクリントンを怒らせたのはちょっとまずかったと思います。彼女は停戦を仕切ったにもかかわらず、この停戦がエジプトの主導の下に実現したと強調しています。これはネタニヤフに対する強烈な当てこすりでしょう。

国務省にも国防総省にも、それなりの縄張りがあります。当選早々のオバマに、先制パンチを食らわしたつもりだったのでしょうが、民主党の主流派や外交官僚に恥をかかせ、敵対心を抱かせることになりかねません。だからあせって、ネタニヤフに全面屈服を強いたというところでしょうか。


世の中のこと、歴史上のすべての出来事をロスチャイルドとロックフェラーの仕業とみなす「ユダヤ本」に付き合うつもりはないが、今度の停戦合意に関しては、やはりアメリカのユダヤ人社会の動向を見ておかなければならないだろう。

ちょっと調べてみての感想なので、これから変更するかもしれないが…

まず、ユダヤ人社会といってもけっして一枚岩ではないということである。一般論としては、当然だが、パレスチナ問題についても同様だということだ。もう一つ、ユダヤ人は基本的には社会の中下層を形成しているのである。ユダヤ人=ロスチャイルドのような考えは、在日がみんなパチンコ王だと思うくらいばかげたことである。

ユダヤ人のマジョリティーは、都市に住み、WASPと近縁の生活を送り近縁の考えを持つ。しかしその生活が実現したのは高々50年前のことである。彼らは一般的にリベラルであり、シオニズムに関しても批判的である。しかし必要悪と見ている側面もある。

前回大統領選では、白人系ユダヤ人の83%がオバマを支持した。彼のミドルネームがムスリムのそれであってもである。

去年、オバマが67年の境界を国境確定交渉の基礎とすると提唱したとき、米国最大のユダヤ人団体である名誉毀損防止同盟 (ADL)は、これに対して肯定的な評価を行った。とにかく二国間交渉による境界確定というゴールにむけて、その土台を構築すること、そのための譲歩は認めなければならないという考えである。アメリカ・ユダヤ人委員会(AJC)もほぼこのラインと思われる。

選挙戦終盤に行われたユダヤ人への世論調査では、ロムニー候補が57%で、オバマ大統領の22%を大きく上回った。もっともこれはテルアビブ大学が行った調査なので、相当バイアスがかかっている可能性はある。

シオニズムを声高に主張するのは、遅れてきたユダヤ人であり、人種的には中東系であったりアフリカ系であったりする。彼らはリベラルでもなくインテレクチュアルでもない。イスラエル政府を背景とするアメリカ・シオニスト組織(ZOA)は、オバマを「かつてなくユダヤ人に敵対的な大統領」と非難する。彼らが多く住むフロリダでは、共和党への鞍替えの動きも出ている。


ユダヤ人内の富裕層は、アメリカの権力の中枢を成す軍産複合体に、何らかの形でかかわっている。一般的な政治信条はユダヤ人マジョリティーと共通するものを持っているが、軍産複合体の利害が絡む問題に関しては徹底的に党派性を発揮する。故国なき民にとっては、彼が何をしているかが、彼が誰であるかを規定するのである。

したがって、これまでのアメリカのパレスチナ政策に影響を与えてきたのがユダヤ系ロビーだとするのは正確でない可能性がある。むしろ軍産複合体や石油メジャーを通じての圧力が規定的なのではないかと思う。

テレビでガザの停戦合意が実現したと聞いたときは、「あれっ」と思った。
過去の経験から言えば、イスラエルは必ずやると思っていたからだ。

①とくに「イラン攻撃をやる、やる」といいながらやれないでいることで、国内の強硬派には相当フラストレーションがたまっている。次の選挙を控え、ガス抜きという観点から見ても、ネタニヤフはやらざるを得ないだろうと思っていた。
②もうひとつは、シリアの内戦状態がイスラエルにも不安をもたらしていることから、近隣諸国へのイスラエルの軍事的プレゼンスを改めて確認させるためにも、「ガザを叩いて置いて損はない」という発想になるのが自然だろう。
③ハマスも、かつてない規模のロケット弾を打ち込むほどに戦闘力が強化されており、これを放置することは重大な禍根を残すことにつながりかねない。

軍事的には、やらない理由は一つもない。それが出来なかった。その意味するところはかなり重大である。

少しづつ情報が流れてきている。まず赤旗の小泉大介特派員の報告から。(それにしても大ちゃんいつまで居るつもりなんだろう)

まず注目するのは今回の調停役がエジプト一国だといういうこと。しかもその態度は、たんなる中立的介入ではないということである。

モルシ政権は、空爆開始2日後の16日にカンディール首相をガザに派遣し、「イスラエルの侵攻を停止させるために全力を尽くす」と表明しました。


しかもその介入を、ほかならぬアメリカ政府が支援したということである。

エジプト政府はハマス最高幹部とイスラエル高官との個別の停戦協議を主催。国連の潘基文事務総長が後押ししたことに加え、イスラエルの最大の後ろ盾である米国のクリントン国務長官も協力する状況が生まれました。


アメリカはたんにモルシにまる投げしたというわけではない。21日にはオバマがモルシに電話し、ガザの状況改善に向け協力することで合意している。アメリカはモルシ調停に積極的にかかわっていたのである。

オバマはモルシに謝意を表明するとともに、両首脳が悪化するガザの状況の改善に向け協力することの重要性を指摘しました。

さらに、決定的な要素ではないが、もう一つのムスリムの強国トルコも、明確にハマス支持の立場をとったことである。

かつてイスラエルと「戦略的関係」にあったトルコのダウトオール外相も、アラブ代表団とともにガザ入りし、犠牲者遺族を見舞いました。

このような地政学的なバランスの変化がどうして生まれたのか。

小泉特派員は中東地域の諸国の変化こそが最大のポイントだとしています。そしてその象徴的なメッセージを紹介しています。

チュニジアのアブデッサラーム外相は停戦合意直前にガザ入りし、「イスラエルは状況が変わったことを理解しなければならない。イスラエルはもはや自由に行動することなど出来ない」と語りました。

その意味するものの内容は不明ですが、発言にはそれなりの裏づけがあってのものであり、それが停戦合意で明らかになったということでしょう。

停戦合意の骨子は次の通り(時事)
①すべての敵対行動の停止
②移動制限の緩和(封鎖の全面解除ではなく、実施も即時ではない)
③問題がある場合は、自体を調整するために、合意を発案したエジプトに通知。

ということで、最後の一文が非常に利いている。これではイスラエルにとっては全面敗北に近い。ガザの民衆が大喜びするわけである。

今回の出来事ではっきりしたのは、イスラエルという国は「虎の威を借る狐」であり、アメリカの支援がなければまったく無能力だということである。

しかしこれでイスラエルが治まるとは到底思えない。問題はこれからである。オバマがユダヤ系圧力団体の攻勢をどう受け止めるかが見ものである。


大企業20社で、年間利益剰余金が1兆5千億増えたそうだ。
さすがに電気産業はパナソニックのみ、しかも16位だ。トヨタが圧倒的で、一社だけで12兆円溜め込んでいる。つまり日本は今やトヨタ帝国となっているということだ。まさに一将なりて万骨枯るという構図になっている。
えげつないのが銀行筋で、三菱UFJは8千億も内部留保を増やした。三井住友も、あのみずほでさえ増やしている。結局、金融緩和でありあまる金は、その預け先である銀行に儲けをもたらしているようだ。銀行なくして経済なしというのは認めるにしても、国債だけ買っているんでは銀行の意味がない。銀行栄えて国滅ぶというんでは困る。

ところで、共産党はこの膨大な内部留保を経済活性化に役立てようというのだが、その仕掛けは意外に難しい。賃上げと増税というのだが、賃上げはあまり即効性が期待できず、手続きもかなり厄介だ。法人税の増税はそれ以上に難しい。逆に経済状況さえ良ければ、投資意欲は一気に膨らむと思われ、まさに民間活力が爆発するだろう。

内部留保を収奪するという北風政策は、筋としては正しいが有効かどうかは分からない。太陽政策も組み合わせないとなかなか進まないだろう。地デジ対応とエコカー減税はかなりの有効性があった。しかし金のばら撒き先が間違っていたから、不況構造を変えるどころかかえって深刻化させた。もうこの愚は繰り返すまい。

この間の政府の政策で最も優れたものは電気の買い取り制度だろう。菅首相、どさくさにまぎれてたいしたことをしでかしたと思う。新エネルギー関連はもっとも有望な産業分野であり、中小企業の参加も比較的容易である。さまざまな試行のなかで、日本に最も良いエネルギーミックスが形成されていくだろう。発送電分離も早期に実現すべきだろうと思う。

日本の戦後の高度成長、とくに70年以降の成長を支えたのは、皮肉なことに公害闘争だった。公害防止のための新技術開発が、結果的に日本経済を支え、国際競争力をも高めたのである。あのときも財界は「公害防止などやっていたら、国際競争に負けてしまう」と主張していたことを思い出す。

以上のことは、当面の緊急政策としての話題であり、長期的には雇用条件の改善が安定的循環をもたらすことは明らかである。97年以降、次々と崩されてきた労働法規を元に戻し、保険料負担もしっかり徴収することで、「一体改革」の中身はすべて実現される。

ただそれまで待っても居られないということを前提にしての緊急策である。

SSDというのは見たことないが、最近の流行らしい。
早い話がメモリースティックの大容量版ということで、手持ちのメモリースティックは4ギガしかないが、いまは500ギガのSSDまで出てきているようだ。
これに対抗してHDDは果てしなき大容量化の道を突き進んでいる。
うちのかみさんは、さすがに最近は飽きてきたようだが、韓流ドラマのファンで、DVDが何枚もある。しかし東芝のレグザを買ってからはHDDになんぼでも落とせるので、さすがにやらなくなった。当然、膨大な量のDVDにも見向きもしない。
買いっぷりのいい人で、数年前に出始めの1テラを数万円で買ってきて、それに溜め込んでいる。

ところがタイの水害以来、HDDの大容量・低価格化がストップしているらしい。そこへSSDが低価格化攻勢をかけてきた。私などは恐ろしくてやらないが、パソコンの裏ブタを開けて、HDDを外してSSDに取り替えることも出来るらしい。(メモリーの増設はやってもらったことがある)

熱は発生しないし、アクセスも早いと、言うことなしのようだ。

これからは内臓記憶媒体はSSDで、HDDは外付けの大量記憶装置というすみわけになるのかもしれない。ただメモリースティックと同じで寿命があるらしいが、短くても数年は持つから、その頃にはパソコンごと買い替えになるだろうと書いてある。

HDDもそのまま安楽死を迎えるわけには行かないと、あの手この手の対応を試みている。そのなかに、ハードディスクのケースをまるごとヘリウムで充填するというのがあるようだ。

たしかに抵抗は落ちるし、熱も発しなくなるだろう。ただそれで一桁二桁の改良が測れるかというと、どうもそうはならないようだ。

まぁ、このデジタル時代に、円盤をぐるぐる動かすなんていう前世紀的なものは消えて行くしかないのだろうとは思うが。

何でこの話になったかというと、朝のラジオでヘリウムが国際的な品不足で、ディズニーランドでは風船の販売を中止したというのを聞いたからである。
それでヘリウムって、どんなになってんだろうと調べ始めたら、けっこう泥沼。
そもそもの物性論から、宇宙の歴史、核との関係、超伝導理論からマーケット動向と、大変幅広い。
読んでは見たものの、どうまとめたらよいかと、目下は思案投首である。

オルテガが大統領に当選した2006年に、離党者モニカ・バルトナードが書いた文章がネットで読める。
Nicaragua: From Sandinismo to "Danielismo"
という題だ。ダニエリスモというのは、オルテガのファーストネームがダニエルであることからつけられたのであろう。
第一次サンディニスタ政権の全国指導部9名のうち、現在も指導部に残るのはダニエル・オルテガとバジャルド・アルセのみである。アルセはサンディニスタ経営者会議の議長をつとめている。
読んでみると、怒りの理由がかなり分かりそうな気がする。分かるけれども、その下に多くの民衆がいるので、怒ってばかりいても仕方ない。とにかく何か始めなさい、いじけてばかりいてもしようがないでしょう、と言いたい。それだけでは形を変えたダニエリスタでしかない。
もうすでにあなたとオルテガはイーブンではない。ダニエルははるか高みにいる。貴方はただの市井の人だ。
だがあなたには人民がいる。「正義」のために闘うのではなく、人民のために闘うべきだ。人民とともに闘う人間の心の内にのみサンディニスモは存在するのではないだろうか。
もうひとつ、ソイラメリカのことは、赦せとも忘れろとも言わないが、ぐっと胸に飲み込め。事は個別に片がつく問題ではない。活動家の中に残るマチスモと反フェミニズムとの闘いだ。

今朝のテレビで、米倉会長が出てきて、安部晋三を批判した。インフレ・ターゲットで景気が良くなるわけないでしょう、と言っている。
これは当然の批判で、その限りでは正しいのだが、問題は自民党総裁の発言を頭から否定したことだ。
ひょっとすると、この発言は野田民主党に軸足を移すと言う宣言かもしれない。基本的に米倉はアメリカのメガホンだから、アメリカの意向が反映されている可能性もある。中身の重要性も考えると、米倉会長の一存でここまでは言えないだろうと思う。
アメリカの意向だとすれば、それはインフレ・ターゲット論ではない。むしろ再軍備や尖閣問題での突出にアメリカが不快感を抱いたためであろう。
それにしても、マスコミはどうしてこういう点を突っ込まないのか、不思議だ。

2012.11.13 の記事「GDPマイナス3.5%」で

今後、当面は外需がリバウンドがあり、ゼロ近くまで回復すると予想されるが、個人消費がどこまで回復するのか注目している。それ次第だ。設備投資は構造的に減少しており期待はできない。
<トヨタアセットマネジメント 投資戦略部 チーフストラテジスト 濱崎優氏>

との発言を引用したが、はやくも予想を裏切る数字が出た。
10月の貿易統計速報である。

貿易収支は5490億円の赤字だ。前年同月が2830億円だから倍になった計算だ。輸出がマイナス6.5%なのが利いている。10月からの環境税導入の影響もあり、輸入はマイナス1.6%で増えていない。

去年の今頃もすでに原発の多くは稼動停止しており、LNG・原油の輸入増だけでは説明は難しい。明らかに輸出減が主因で、しかも対中国輸出減(マイナス11.6%)が大きな比重を占めている。
しかもだ、トヨタのハマさんよ。自動車は44%減だぜ!

「当面は外需が(尖閣問題からの)リバウンドがあり、ゼロ近くまで回復する」との予想は明らかにはずれだ。

問題は消費税だ。本当にやるのか、大丈夫か? “エコノミスト”さんたちよ。


安倍さんの国債直接買い入れ論だが、
分からないことが二つある。
①なぜデフレだと不況なのか、
②こんなに金融緩和しているのになぜデフレなのか、
ということだ。
不況だからデフレになる、円高だからデフレになるというのは分かるが、
デフレだから不況になるというのが分からない。
もう一つは、ずっと金融緩和を続けているのにインフレにならないのは、お金が実体経済に回っていないからではないか。
その仕掛けを変えない限り、金融緩和してもデフレは変わらないのではないか、
という素朴な質問だ。

ユーロ危機が端的に示しているものは、もう後がないということだ。いまや投機資本に対抗できる力を持っているのは、アメリカ、ドイツ、日本の中銀だけだ。

それが眼いっぱいの金融緩和で辛うじて世界金融を支えている。これはいつまでも続かない。

総選挙必勝ー全国一斉決起集会が開かれ、志位委員長が報告している。
非常にすっきりした表現があるので紹介する。

①「アメリカ言いなり、財界中心」の政治システムを「自民党型政治」と一括する。
②このシステムの最大の危機は、展望を語れなくなったことである。


そして、かつてそのシステムが一定の“有効性”を示したことを認めた上で

自民党型政治という古い地盤に立つ限り、経済でも、外交でも、日本の直面する問題に何一つ答えを出すことが出来なくなっている。

と喝破する。この主張は党派を越えて共感を呼ぶのではないか。


レーニンの言う「革命的危機」が到来したといえる。
レーニンの「革命的危機」というのは次の三つの特徴がある。
①経済情勢の悪化により、国民のあいだに矛盾が深化すること
②国民のあいだに声をあげての抗議がが広がり、政治システムへの不信が広がること
③政府が情勢に対応できず、方針を指し示せなくなること
そして、最大の危機は政治システムが形を成さなくなり、事実上の無政府状態に陥ることである。
ただその危機は、抗議する国民がひとつとなり、現政府に代わりうる力を持った対抗勢力が形成されたときに、初めて現実の危機となる。

つまり我々がこれから相手にしなければならないのは、民主党や自民党ではなく、現政府でもなく、財界・官僚も含む政治システムなのである。
それが戦後,長きにわたって形成されてきた「自民党型政治」というシテムナのだということである。(志位さんは、その出発点を安保条約だといっているが、内容的にはもう少し広がりがあり、革マルっぽくサンフランシスコ条約体制というか、マッカーサー=吉田システムと言ったほうが良い気もするが


これって、赤旗に載りましたか?
広島市が音頭をとる世界平和市長会議(Mayors for Peace)にニカラグアのすべての市長が加入したんだそうです。
平和市長会議のホームページには "World's First Country to Have All Cities Become Members!" と!マーク付きで紹介され、その経過が載せられています。
最初のきっかけは2008年、オルテガ政権の Pablo Fernando Martinez Espinoza運輸大臣が広島を訪問したことに始まります。広島の要請に応え、マルティネスさんは全市長に署名を呼びかけました。
その年の8月の式典にはアラーナ大使が列席し、翌年8月には国連総会議長のデスコトさん(元ニカラグア外相)が広島を訪問しました。この頃から平和市長会に加入する市長がどんどん増えていきました。
2010年1月、当時の広島市長秋葉さんがニカラグアを訪れ市長の加入を要請しました。オルテガ大統領は秋葉市長にルベン・ダリオ勲章を贈りその努力を賞賛しました。
そして4月1日、ついに最後の3つの市で市長が署名、153の市長すべてが世界平和市長会議に参加することになったのです。これはすごい偉業です。日本でもできないことが、地球の裏側の小さな国で達成されたことに我々は敬意を払う必要があるでしょう。

或るサンディニスタの生き方

ニカラグア大使、アラーナさんの紹介をさせていただきます。

というより、アラーナさんに事寄せて、ラテンアメリカのこの40年を切り取ってみたいと思います。

1.アラーナさんのチリでの大学生活

アラーナさんは1973年(昭和48年)にチリのサンチアゴ大学経済学部を卒業されています。

ラテンアメリカでは学年末は8月ですから、きわめて微妙な時期に卒業されたことになります。つまり73年の9月11日にチリでは軍事クーデターが起こり、人民連合政権が圧殺されたからです。

無数の若者が街角で、あるいはサッカースタジアムに集められ射殺されました。その後も20年近く軍事独裁が続き、その間に多くの若者が「行方不明」(デサパレシードス)になりました。前の大統領だったバチェレ女史も捕らえられ、拷問を受けた経験を持っています。

その人民連合政府が誕生したのが1970年ですから、アラーナさんの大学生活は完全にその時代と結びついていることになります。サンチアゴ大学はチリ工科大学、コンセプシオン大学と並んで学生運動の中心的存在でした。

また学問の水準においても、当時の経済学部はラテンアメリカの経済学の進歩の牽引車となっていました。それは二つの特徴と結びついていました。

ひとつは、サンチアゴには国連ラテンアメリカ経済委員会(ECLA)の本部が置かれ、経済統計が集約されていたからです。ここではアルゼンチン出身のラウル・プレビッシュを中心に、「輸入代替政策」によるラテンアメリカ経済の離陸が提唱されていました。この方向は、1956年にアルゼンチンのペロン大統領が失脚したことによりいったん頓挫するのですが、1960年に国連が途上国の経済開発の重要性を打ち出したことから、ふたたび盛んになりました。

1962年にキューバを封じ込めるため、ケネディは「進歩のための同盟」を提唱し、ラテンアメリカにアメリカ流の開発政策を押し付けます。そのとき理論的なバックボーンとなっていたのがロストウという経済学者の「離陸」論でした。これに対抗して、ラテンアメリカの経済学者は「従属経済」理論というものを提唱します。これはアメリカ流の経済開発をやっても経済従属が強まるばかりだという批判でした。

「進歩のための同盟」の実験場となったのがチリでしたが、実際には経済はさらに悪化し、貧富の差はさらに拡大し、従属理論派の言う通りになりました。そこで民衆が立ち上がり人民連合政府を成立させたのです。そういう意味ではチリは二つの経済理論のぶつかり合う実践の場だったのです。

もう一つの特徴は、学問が実際の政治闘争と分かちがたく結びついていたことです。先日来札された佐藤さんがサンパウロから亡命してECLAで働いていたことは前に書いたとおりですが、当時軍事独裁を逃れて多くのブラジル人学者がチリにやってきていました。たとえばルーラの前の大統領だったカルドーゾもそうです。従属経済論で有名なドス・サントスもサンチアゴ大学で教鞭をとっていました。

アラーナさんの祖国、ニカラグアも当時はソモサという独裁者が三代30年以上にわたり政権を握り、反対者は保守派といえども容赦なく弾圧されていました。アラーナさんもたんに学問のためにチリに来たのではなく、政治的立場を貫くために祖国を離れざるを得なかった経過もあるのではないかと思います。

同じ頃、ニカラグアからサンチアゴ大学に留学していたもう一人の若者がいました。その名をウィーロックといいます。アイルランド系の移民の家系のようです。彼は「帝国主義と従属」という本を発表した後、ニカラグアに戻りサンディニスタ解放戦線の指導者となります。1979年に革命が成功した後は、農業改革大臣に就任します。84年にニカラグア訪問したとき、私たち訪問団はウィーロックと会見しています。

2.アラーナさんのアメリカでの大学生活

佐藤さんはクーデターの後チリを逃れ、祖国ブラジルに潜入し、そこで半ば非公然の生活を送ることになりました。しかしソモサの支配するニカラグアにそのような余裕はありません。アラーナさんはアメリカに移り住み、ワシントンのアメリカン大学でで研究生活を続けることになります。

アラーナさんは元々経済学を勉強していたのですが、ワシントンに移ってからは国際関係論に専門を移しています。国連かなんかの国際機関のポストを狙っていたのかもしれません。これが後々役に立つことになります。

履歴を見ると、78年で学業を終えています。そして79年にサンディニスタ革命が成功すると、いきなりワシントンの米州機構(OAS)の大使に就任しています。この間の空白はなぞですが、御本人に聞いてみたいと思います。

1978年、国内でのサンディニスタは活動を封じられていました。反ソモサの運動を担っていたのは保守党の指導者チャモロでした。そのチャモロがソモサの息子に暗殺されます。これに抗議する声は瞬く間に国中に広がりました。一時は国中が麻痺するほどになります。しかしソモサは逆に手当たり次第に反対派を粛清していきます。国民が合法活動の道を封じられるなかで、サンディニスタの武装抵抗運動への共感が広がっていきます。

79年の初頭にはサンディニスタの組織が統一を回復し、ついで保守党指導者ともソモサ打倒の目標で一致し、隣国コスタリカで救国臨時政府が結成されました。6月には全国総蜂起が始まり内戦へと移行していきます。そして7月19日、ソモサは国外に脱出し、入れ替わるようにサンディニスタが首都マナグアに凱旋することになります。

これが履歴書の空白期間にニカラグアで起きたことです。アラーナさんがどんなことをしていたかは、おおよそ察しがつこうというものです。だからサンディニスタ政権成立と同時に、「お前ワシントンで外交問題の研究をしていたんだから、そのままワシントンで外交やれよ」ということになったのでしょう。

3.アラーナさんのサンディニスタ政権時代の活動

外交官としての経歴を見て分かるのは、アラーナさんはただの職業外交官ではないということです。それどころか政権の中枢に座り、時々の国運を決するような外交の場に現場トップとして携わってきたということです。

アメリカに駐在する大使のポストは三つあります。一つは駐米大使です。これは外務大臣とほぼ同等のポストです。ほかの二つが国連代表と米州機構大使です。アラーナさんは米州機構大使としてスタートした後、国連代表の代理を務めています。なおアラーナさんの在任中、ニカラグアはラテンアメリカ諸国の強い支持を受け国連安保理の非常任理事国に選出されています。

これは好き好んでやった仕事ではないと思います。83年にはコントラが国境地帯で破壊活動を開始し、これに同調したクルース駐米大使が任を離れるという状況になりました。多くの職業外交官が去っていくなかで、サンディニスタ活動家がいやおうなしにポストを埋めていかなければならない状況が生じました。

83年にアラーナさんは本省に戻り北米局長になります。おそらく最高政策の策定に直接にかかわるためでしょう。当時のニカラグア外務省は解放の神学を奉じるデスコト神父が外相、次官にウーゴ・ティノコがいました。北米局長は実質ナンバー3に相当すると思います。

とにかく83年というのは大変な年でした。春にはコントラ兵5千名が本格的侵攻、首都マナグアから100キロまで迫ります。一方で、この年からコンタドーラ・グループの活動もスタートしました。コンタドーラ・グループというのはメキシコ、パナマ、ベネズエラ、コロンビアの4カ国で、パナマのコンタドーラ島で活動を開始したことからそう呼ばれます。

ニカラグアは最初、コントラなど相手にせず、アメリカとの直接交渉で事態を解決するとの姿勢をとっていましたから、コンタドーラの調停はあまり歓迎しませんでした。しかし自体が容易ならざるものと知った後は、コンタドーラ・グループの調停を積極的に受け入れるようになります。

コンタドーラ・グループの和平案を本線とする、この重大な転換が行われたのは84年9月のことです。私たちが8月にマナグアを訪問したときはまだ、コンタドーラの努力を是とするものの、あくまでもメキシコで続けられていたアメリカとの直接交渉に望みを託していました。

アラーナさんは86年に、本省の北米局長からユーゴスラビア大使に転出します。そしてその職に2年にわたりとどまります。経歴全体から見てきわめて異様なポストです。これはおそらく軍事的な意味が隠されているのだろうと思います。当時、コントラのあいつぐ侵攻に対抗するために急速な軍事力の増強がもとめられました。それは主としてソ連・東欧諸国の支援によって賄われました。そのハブとしての機能を果たしたのがユーゴスラビア大使館だったのだろうと思います。

内戦が激化するにつれ、国を離れる人材も少なくありません。そういうなかで裏活動も安心して任せられる人物といえば、政権内にそう多くはなかったのでしょう。

アラーナさんは88年に、コスタリカ大使に回ります。これが第一次サンディニスタ政権における最後の活動の場となります。アラーナさんの履歴書には、この期間にだけ注釈がつけられています。

私は交渉団の一員としてエスキプラス合意の具体化に取り組んだ。その結果ニカラグア政府と「ニカラグアの抵抗」(コントラ)との和平協定の調印にこぎつけた。

つまり、コスタリカ大使といっても、実際はコスタリカの首都サンホセでの和平交渉を取り仕切ったわけです。

4.アラーナさんのその後の活動

コントラとの和平が成立したものの、その後の総選挙でサンディニスタは敗れ、野に下ることになります。

アラーナさんも外務省を辞し、94年からは一般企業に就職しています。ただこのCOBIRSAという会社、ホームページを見ても何の会社か良く分かりません。サンディニスタとは関係なさそうな会社ですが。

いっぽうで、ふたたび学問を志し、メリーランド大学の外交・安全保障研究センターで、外交・安全保障政策の編制について学んでいます。ちょっと変人かもしれません。国際関係文献の “assiduous reader” と自己紹介しています。浪人のあいだにあっても刻苦勉励、いざ鎌倉に備え、おさ怠りなしといったところでしょうか。

ということで、ラテンアメリカ全体の歴史の流れとサンディニスタ運動の意義を語る上で、これほどふさわしい人はめったにいません。ぜひ御参加をお願いします。

兜町筋ではもう一つの狂気の発言が注目されている。
インフレターゲットを2.5%までかさあげし、日銀の国債消化でまかなえというのである。
一部ではこれで円安ムードが誘導され、輸出株銘柄が引き上げられるのではないかと期待する声もあるようだが、そういうのはゲスの株屋と相場は決まっている。
インフレだのデフレだのは通貨レベルの話に過ぎない。景気とは関係ない。鉱工業生産指数が上がって国民所得が上がって失業率が下がって初めて意味があるのである。回らないお金をいくら発行しても意味がない。それどころか中銀のへの信頼がますます毀損されることになる。
こんなことをやる政府への信頼は地に堕ちるほかない。まさに狂気の選択である。

差別用語の連発でまことに申し訳ございません。

まさに衝撃の発言だ。
この男、狂っている。
NHKは平気で流しているが、語っていることの中身は恐ろしい。
憲法を改正して、九条を無くして再軍備すると言っているんだぞ。
さらさらと流して良い話か。

号外を撒かなければならない中身だぞ。

かなりの確率でこいつが日本国首相になるんだ。こんな狂人にほんとに国を任すのか?

腐っても鯛、腐っても憲法だ。国の基本を変えるといっているのに、そんなにのほほんとしていいのか。

これこそ今度の選挙の最大の争点ではないか。

街頭の声では、中国が尖閣であんなことしているから再軍備は当然だとおっちゃんが言っている。
お前、戦争に行ったのか。
言ったこともないくせにえらそうな口たたくな、お前の親父にとっちめられるぞ。
いいか、戦争は二度としてはいけないんだぞ。戦争というのは人を殺しに行くことなんだぞ。命令されたら殺さなくてはならないんだぞ。
自分は行かなくて済むからそんなことを言うんだろうが、お前の息子は間違いなく人殺しになる。それも運がよければだ。そうして殺しまくって最後には殺される。

俺はお前を真っ先に戦場に送りたい。少なくとも息子を兵士として送り出して高みの見物をするのを許したくはない。

太陽光発電の記事を書いていて気になったのだが、結局、原発に代わるエネルギーってなんだろうという問題は、もう少しまじめにやっておく必要がある。

赤旗も、再生可能エネルギーへの転換というが、一足飛びにそこには行かないだろうと思う。当面LNGの確保に全力を挙げることが一番だろうと思う。その際一番の問題が価格だ。
このままの貿易赤字が続いて、しかもこれから円安に振れていくとなると、10ドルを切ることを目標に安定した輸入先を確保することが最優先課題だ。
もちろんLNGはCO2 を産出するから、それでOKとはならない。最低でも何らかの再生可能エネルギーとのミックスが必要だ。

GEのCEOは風力との組み合わせを説いているが、これが日本における解決策かといわれると、どうも問題なようだ。
とにかく故障が多すぎる。何とか公団のホームページを見ると運用停止の風車があまりに多いのに驚く。
10年ほど前、近くに大型パチンコ店が出来て、小型の風車を10本あまり取り付けた。2年も経ったら半分は回らなくなり、5年ほどですべて取っ払われた。どうも風力発電は日本の気候に向いていないのではないかという感じだ。

太陽光はいわば出戻りだ。一世を風靡したものの、コスト面でアウトになった。その問題はいまだ決着がついているとはいえない。積水ハウスのセールスマンですら、元を取るのは20年以上といっている。そのあいだに買い取り法律がどうなるかも分からない。下手をすれば始末に負えない粗大ごみとなる。これでは「武士の一存」というか趣味の世界だ。

私が考えるに、日本はこれまで資源を外国に頼ってきた。これからも外国に頼って生きていけばよいのではないかと思う。三井物産がアルゼンチンのパタゴニアに風力発電を作って、その電力を液体水素にして運ぶという計画を立てている。トルエンにくっつけても良い。そして火発でLNGと混焼する。私はこれだと思う。

基本エネルギーに関する政策はままごとではすまない。そこさえ覚悟しておけば、節電・省エネと並んで自家発電はおおいに意味があるし、比率としてもけっこう稼げるのではないかと思う。

このくらいのスタンスで行くべきではないか。

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