鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

2012年05月

去年暮れに、一度動かなくなったこのブログだが、またもおかしくなった。
昨日からアクセスカウンターがとんでもない数字をはじき出している。
とにかく一度バックアップをとっておこう。

アクセス解析を調べたら、
http://togetter.com/li/300338
という所からのアクセスが異常に多いことがわかった。
そこでそのページに逆アクセスしてみた。

自分用:ひろみちゅ先生×武雄市長

という名前のトィッターだった。主は学校の先生で、図書館運営をめぐり武雄市長と激しいやり取りをしていているらしい。
当然多くのギャラリーが集まっているのだろう。
その中でひろみちゅ先生が、私のブログを紹介してくれている。

武雄市の政治的言論の現状についてうまくまとめたブログ記事をみつけた。この環境と図書館構想は、独立のものじゃなくて、一体とみるべきでしょう。 http://t.co/cjOqnB1i

と書かれており、リンクを辿ると私のブログにいきつくというしかけだ。

当たり前だが、雇用が減ることは財政に対して二重のマイナス効果がある。
ひとつは税収の低下だ。ひとつは貧困対策費の増加による財政支出の増加だ。
この二つのほかにも、貧困・失業の増加につれて社会不安が強まれば、安全対策費も計上しなければならなくなる。何よりも日本が物騒な国になるというのは、耐えられないストレスだ。
だから財政を根本的に改善するためには、少なくとも中長期で見れば、雇用の増加が最も根本的な対策だ。

もちろん、そうは言ってもない袖は振れない。江戸時代にも何度も倹約令が出され、「改革」という名の緊縮政策が実施された。だから緊縮政策に何でも反対というわけではない。
雇用といっても何でも維持せよというわけでもない。江戸時代の改革が結局失敗したのは、「武士」という無用の長物を整理できなかったからだ。士農工商・エタ・非民という身分構造を改めようとしなかったからだ。

いまの世の中で言えば、特権的な資産家階級だろう。ここにメスを入れない改革は必ず失敗するし、最終的には「革命」に取って代わられるだろう。

それはそれとして、財政再建を雇用の確保と結びつけるためには産業政策が必要だ。個別にはいろいろあるが、結論から言えば国内雇用を促進する産業政策が必要だ。大企業ははっきり言って産業政策の対象にならない。雇用を促進するどころか海外進出で空洞化を促進しているからだ。

ILOの国際労働問題研究所のトレス所長は、「緊縮の罠」を強調した上で、「生産に投資しない企業に重く、雇用創出に投資する企業には軽く課税する」という税制改革の方向を提唱している。(5月8日赤旗「経済の視点」より)

「緊縮の罠」はおそらく「流動性の罠」からの連想であろうが、緊縮政策のジレンマを言い当てていると思う。

オランド勝利の最大の意味は、フランス国民が「負け組宣言」を発したということだ。
そんな宣言をする前から、負け組であったことは明らかなのだが、サルコジはずっと勝ち組の振りをしてきた。国民の意思は、もう“ええかっこしぃ”は止めようということだ。
これによって最も打撃を受けるのはメルケルとドイツだろう。いままで異様なまでの親密さを誇示することで「EUは二頭立て」との幻想をふりまき、そのことでユーロ圏経済の破壊者としての役割を糊塗して来たのが、これからは完全ヌード状態だ。
メルケル嬢の全裸などあまり見たくはないが、眼をそむけてもいられない。

オランドは財政問題での再交渉を公約のトップに掲げ、メルケルはこれを断固たる態度で拒否した。しかし、いまやフランスは「負け組代表」になったのだから、交渉は二国間の個別交渉ではなくなった。戦争が出来なければ交渉するしかない。

フランスでの左派系候補の勝利で、株価が乱高下しているようだ。しかしこれはまもなく収まるだろう。
金融側の発信する情報だけが溢れていて、実体経済の現状と方向が知らされていないから、株屋は自らの撒いた種に踊らされるという寸法になる。
基本的には、ユーロ導入後に高成長を続けた欧州経済が踊り場に入り、調整を必要とする時期になったというのが実情だろう。
マーストリヒト体制はそもそもこういう矛盾を内包していた。器がそもそも狭すぎたのだ。
この間の動きのなかではっきりしたのは、もはやユーロ圏は運命共同体になったということだ。ギリシャを切るという選択肢はあった。しかしその札は切られなかった。切ることが出来なかった。切れば自分の首も飛ぶことが明らかになったからだ。
他面からいえば、切らずともしのげるだけの余裕がまだあるということだ。切羽詰れば道は二つに一つ、ギリシャもイタリアもスペインも切るという道を辿るか、欧州債の発行で、ドイツとフランスが一蓮托生の連帯保証人になるかしかない。
結局、今のところはそのどちらもやらずにすんでいる。それだけの伸び白が残されていたということになる。結局一番利いたのは6割以上の債務モラトリアムだろう。
最初提案されたのは6,7割の棒引きだったが、ドイツはこれを5割未満にまで値切った。しかし危機が進行し、それとともに政治的不安定さが増すにつれ、折れざるを得なくなった。ギリシャに厳しいコンディショナリティーを押し付けつつも、それを条件に民間債務もふくめ6割棒引きまで譲歩したのは、やはり余裕としか言いようがない。(すみません、数字は曖昧です。後で補正します)

しかし構造的危機は先送りされただけで解決したわけではない。マーストリヒト体制はドイツにだけうまい汁を吸わせる仕掛けになっている。貸すときには国境なし、儲けるときも国境なし、返すときだけ国境ありというのは、弁つきピストンと同じ原理である。一見金も商品も往復運動しているように見えるが、実際の流れは一方向でしかない。

その結果資金はひたすらドイツへドイツへと流れていく。佐渡おけさの世界である。欧州規模の資本の集積と集中が起きている。ドイツの大企業が欧州経済を支配するというシステムが出来上がりつつある。そしてこの資本の集積が巨大な生産力を生み出しているのである。

これをとりあえず改善するには、貸すとき・儲ける時の国家間の敷居を高くし、返済困難のときの壁を低くする以外にない。もちろん長期的にはドイツ大企業グループ対すべてのユーロ圏勤労者というシェーマを鮮明に打ち出していくしかない。

シーメンスの記事を当たっていたら、こんな記事も出てきた。

小泉元首相が「脱原発依存」を訴えた

小泉は「政府は原発が最もコストが安いとして原発建設を進めてきたが、国民は原発 が安全だとは信用しなくなった。

これからはこの費用を安全な自然エネルギー開発に使い、原発依存度を下げ、環境先進国を目指すべきだ」と述べた。

また、「高レベル放射性廃棄物の処分に膨大な費用と数万年単位の時間がかかる」と指摘し、「原発は低コスト」としている政府の説明にも疑問を呈し た。

毎日新聞 2011年9月19日

さっそく日刊ゲンダイが「誰かこの男を消してくれ」と噛み付いた。

自分も張本人なのに厚かましく「脱原発」講演、またシャシャリ出てきてヒーロー気取りだ。

いつもの大げさな身ぶ り手ぶりで言いたい放題だったのである。相変わらず世間をダマすのが好きな無責任な男である。

日本で原発推進が加速したのは小泉政権時代(01年4月~06年9月)なのである。それを忘れたのか。

 「原発推進をうたった『エネルギー基本計画』が策定されたのは、小泉時代の03年10月です。

前年に東電の福島原発のトラブル隠しがありましたが、たいした反省なく、ウランより危険なプルトニウムを使ったプルサーマル計画の推進が盛り込まれました。」(経産省OB)

小泉は二度と国民の前に顔を出しちゃいけない男なのだ。まして説教垂れる資格など200%ないのだ。

2011年9月20日

kojitaken の日記

というブログでは、もう少し詳しく小泉政権の原発政策を明らかにしている。

ここでは、03年のエネルギー基本計画よりも、05年の原子力政策大綱とその具体策である原子力立国計画(06年)を問題にしている。

さらに小泉の悪政として06年度の太陽光発電の補助金の打ち切りをあげている。多度津工学試験場の廃止(05年)もあげているが、これに関しては下記のほうが詳しい。

宮武嶺さんは、あんたにだけは言われたくない「脱原発」

という記事で、「地上最悪の猛毒」プルトニウム混じりのMOX燃料を使うプルサーマルを推進した、と非難しています。

これは03年のエネルギー基本計画の柱のひとつとなっているようだ。

福島第1原発の3号機もプルサーマルですし、電力会社と保安院がやらせシンポジウムを開いた玄海、泊、浜岡など全部プルサーマルを強引に押し進めようとしたところばかりなんです。

使用済み燃料を再処理してプロトニウムを抽出してウランに混ぜるプルサーマルは、核燃サイクルを恒久化します。原発をなくせなくするための最もやばくて、最も儲かる原発なんですね。

多度津工学試験場というのは、香川県多度津町にあった原発耐震研究のための世界最大の研究施設で、日本で唯一、原子炉の耐震性をテストできた起震台がありました。

小泉政権は、これを「必要ない」として廃止、5年の歳月と310億円をかけて建設した施設を建設費の100分の1以下で民間業者へ売ってしまった。 ということだそうです。

まぁ、これだけそろえば「誰かこの男を消してくれ」と噛み付かれても当然でしょう。

まず赤旗から探したら、ちゃんとありました。見過ごしたようです。

2011年9月20日(火)「しんぶん赤旗」

ドイツ電機大手 原発製造から撤退 「再生エネを支援」

シーメンス社長が表明


 ドイツの電機大手シーメンスのピーター・レッシャー社長は、…原発事業から完全撤退することを明ら かにしました。独メルケル政権が原発からの段階的撤退を決めたことを受けたもの。世界の主要メーカーが原発からの撤退を表明するのは初めて。


 レッシャー氏は、原発建設にかかわらない理由として、「原子力エネルギーは使わないというドイツ 社会と政治の明確な見解に対する企業としての答えだ」と語りました。脱原発世論の高まりや政府の撤退決定で、方針転換を余儀なくさせられたかっこうです。

 一方で、再生可能エネルギー政策について「100年に1度の大規模プロジェクトだが、達成可能であるし、支援していく」と語りました。

 同社は、今後は再生可能エネルギー事業を推進していくといいます。

 シーメンス社は今年3月、フランスとの原発製造の合弁会社「アレバNP」の持ち分を全て売却。今回、ロシアとの合弁会社の計画も取り下げました。 


とここまでが赤旗記事

次に解説ものから、

★阿修羅の関口博之さんの論評(2012 年 4 月 02 日) 世界から原発が消える日原発巨大企業独シーメンスの完全撤退が物語るもの

という記事の紹介


シーメンス社の原子力事業からの撤退の理由は、福島原発事故後ドイツの脱原発への選択で政治的に、そして社会的にも脱原発への転換が開始され、最早原発にばら色の未来がないからだとしている。

しかしこれらの報道では、2008年に「原発ルネッサンス」の狼煙を上げたシーメンスの、余りにも早急な完全撤退の背景にある原因が見えてこない。

シーメンスの「原発ルネッサンス」計画は、フランスの原発巨大企業アレバ、ロシアの国営企業ロスアトムと共同で、2030年までに新たに400の原発を建設するというものだった。

しかし現実には、原発産業は経済的に窮地に追い込まれていた。軍縮や金融危機でウラン鉱の開発は進まず、原発ルネッサンスを実現するウラン供給は難しい。

また原発は安全性から建設費用が嵩み、廃棄物処分費用や事故の配備をすれば、国家の支援なくして経済的に成り立たなくなっている。しかも国家の支援は今後低下していく可能性が高い。

世界の原発産業は、すでに福島原発事故以前にそのような状況に追い込まれていた。

シーメンスは国家支援が得られない中で継続すれば、企業の命取りになりかねないと計算して、撤退を選択したことになる。


つまりこういうことだろう

「原発ルネッサンス」計画は山師的な計画であり裏返せば、そこまで風呂敷を広げなければコスト計算に乗ってこないという状況の反映だった。「つぶすには大きすぎる」という規模の確保である。

そこをメルケルが一押ししたから、あっけなく「壮大な計画」が瓦解する形になった。シーメンスの路線転換は、見かけほどドラマチックなものではない、ということになる。

事情通的な見かたをすればたしかにそうだろうが、そこまで原発産業を追い詰めて来た世界の世論の変化という歴史的観点からすれば、やはり劇的というほかない。


もう一つ別のブログから

Clara Kreft(クララ)さんの2011年10月28日の記事 独シーメンス社の原子力完全撤退

ギリシャの倒産で話題になった格付け会社のムーディーズシーメンスの原子力撤廃はポジティブと見ています。ウォール街の会社も原発の新設を良い投資とみていないことになるでしょうかね?

3日の赤旗一面、夏目記者の署名記事で「ドイツの原発廃止決断」という記事がある。
これまで10数年の経過が簡潔に記載されていて勉強になったのだが、この中で初耳だったのが下記の文章。

ドイツの最大手の電気会社シーメンスが昨年9月、原発事業からの完全撤退を表明したことも注目される。レッシャー同社社長は、「原子力は使わないというドイツ社会と政治の明確な見解に対する企業としての答えだ」と述べた。

ひょっとしてこのこと、9月の赤旗には載らなかったのではないでしょうか。いづれにしても、経団連と対抗する上では重要な事実です。少し調べて見なければなりません。

ゴールデンウィークはテレビで日本ハムの観戦。ソフトバンクに三連敗したあと、バファローズには辛うじて勝ち越した。
三すくみ状態で、日ハムはソフトバンクに勝てない、ソフトバンクはロッテに勝てない、ロッテは日ハムに勝てないというグーチョキパー関係だ。

日ハムは出来すぎだと思う。とくに吉川、八木などというのはそんなに持つはずがない。打撃陣も稲葉を除けば荒っぽい。大勝したかと思えば翌日には貧打にあえぐ。チーム打率などは当てにならない。
今のところ栗山監督の采配があたっているが、こういうやり方は逆回転し始めると一気に奈落の底に沈む。昨シーズン後半の絶不調が頭に残っているだけに、交流戦まで息切れしないことを願うのみである。

日本ハムは基本的に守備のチームだ。ダントツ一位のチーム防御率はこの守備力がものをいっている。投手陣、打撃と違って守備は裏切らない。投手は守備陣を信じて投げ、守備が投手を支える、ここが広い球場ではだいじだ。その点で、田中の守備が気がかりだ。

数字以上に悪い。二遊間を簡単に抜かれる、併殺が取れない、一塁への投球が安定しない。今シーズンは名手金子がフル出場しており、稲葉の守備もうまいから持っているが、とてもゴールデングラブ賞の選手とは思えない。
最初は神経疾患が発症したのかと思った。だんだんよくなっている印象はある。だとすれば、練習不足だったのだろう。昨シーズンは守備機会がなかったし、今シーズン前に女子アナの嫁さんもらったし、いろいろあったが、日本のプロ球界を代表する選手としては言い訳は利かない。

Wikipediaを見たら、田中は元々打撃が売りで、守備のいい選手ではなかったようだ。しかし辻をはじめ名セカンドといわれた選手の多くは、みんな最初からうまかったわけではない。どちらかといえば三塁や遊撃手からコンバートされた人が、努力と経験の蓄積で名二塁手とうたわれるようになったみたいだ。
「打てばいいんだろう」という態度は感心しないし、日ハムのチームカラーとも反する。考え直して、出直してもらいたい。

ついでに小谷野だが、昨シーズン終盤の不調が続いている。走りこみが足りないから、下半身が安定しない。いい時のイメージだけが残って、実際には腰の回転が悪いから振り遅れる。上半身がぶれるから球が見えない。いいときは左中間の打球がぐんと伸びてフェンス近くまで飛んだが、今は詰まって平凡な外野フライだ。守備範囲も球一つ分狭くなったし、とってから投げるまでの時間が長い。すべて下半身の筋力低下が原因だ。
昨シーズンは「怪我で」という言い訳が利いたが、今シーズンはもうだめだ。
この給料でこの働きでは、来シーズンはないと思え。

日本ハムを代表するのは、代表すべきなのは田中、小谷野、金子の三人だ。これに鶴岡を加えて4人が足並みをそろえれば、日本ハムは天下無敵だ。

5日の赤旗は、一面にでかでかと木村さんの証言を取り上げている。さすがそれだけの重みがある。
木村さんは40代後半の人で東電の付属高校を卒業し、以来東電一筋。福島第一原発の炉心運転・設計業務を12年間つとめた。10年前に東電をやめ、いまはソーラー発電の会社を立ち上げているそうだ。経過を聞いただけでもそれらしい雰囲気が漂ってくる。

以下発言を紹介する。

①今回の事故はある程度予見ていました。91年に1号機のタービン建屋で海水漏洩があり、非常用ディーゼル発電機が水浸しになりました。そのときに、津波がきたら、冷却用の海水ポンプも非常用ディーゼル発電機もだめになるだろうと思いました。

②上司にそのことをいったら、「そうだけど、津波の過酷事故を想定するのは安定審査をやっている裏方の中ではタブーなんだ」という返事がきました。

③04年(やめた後)、スマトラ島沖津波を見て、ミニコミ誌にこう書きました。
「津波襲来により、冷却用海水ポンプや非常用の電源だどの機能が喪失するだろうから、結果的には炉心は溶融するであろう」

とくに③が大事で、木村さんは今回の事故を見事に予見していたことになる。しかも確率がどうのこうのというような高級な話ではなく、現場で働くあいだに事故を体験し、その体験に基づいて危機を感知していたことになる。カナリアは警告を発していたのである。

ハインリッヒの法則というのがあって、重大事故の起こる前にはその30倍の頻度のニアミス、300倍のひやり・ハッとがあるということになっている。現場はそれを押さえているはずだ。医療を管理する立場の人間として、「想定外」という言葉には、どうしてもそこが引っかかっていた。

それが今度、出てきた。「やはり」という感じだ。管理者が予兆を把握していなかったこと、それを隠そうとしてきたことが分かってきた。

最近は「想定外」という言葉をトンと耳にしなくなったが、想定外という言葉は逃げ口上どころか、「想定すらしていなかった」との自白に等しい、ということがどうやら分かってきたようだ。

古い歌謡曲が、ふと聞きたくなるときがある。しかし本人歌唱は勝手な歌い方でいやになるし、音も古い。そこでカヴァー名人の登場ということになるが、女性ではこの三人が図抜けている。

田川寿美ベストテン
①いい日旅立ち
②これから
③ジョニーへの伝言
④つぐない
⑤花になれ
⑥十三夜
⑦大河の一滴
⑧島唄
⑨琵琶湖周航の歌
⑩夜のプラットフォーム

ちあきなおみベストテン
①酒と泪と男と女
②ブルー・ライト・ヨコハマ
③雲にのりたい
④黄昏のビギン
⑤夜霧よ今夜も有難う
⑥港が見える丘
⑦粋な別れ
⑧イマージュ
⑨あなたのすべてを
⑩あばよ

島津亜矢ベストテン
①さくら
②化粧
③帰ろかな
④蘇州夜曲
⑤見上げてごらん夜の星を
⑥ジェラシー
⑦東京ララバイ
⑧心もよう
⑨千の風になって
⑩熱き心に



人工知能の恐怖ということではパワステも極めて恐ろしい。
実は私はこれまで3回接触事故を起こしている。
ひとつは駐車中のタクシーの急速発進と車線進入、ひとつは仕出し屋のパートのおばさんの軽トラの突然の右折で、両方とももらい事故だが、もうひとつはこちらの100パーセント過失である。
いまから20年ほど前、いわゆるスタッドレス元年の冬だった。夜10時頃、病院勤務を終えて帰る途中だ。
いやな予感はしていたのだ。月が寒空に冴えて、3車線の広い道路は街頭の灯りに黒々と照り渡っていた。赤信号のたびに車は滑りつつもかろうじて踏みこたえていた。
しかしいくつかの赤信号の後、最後の赤信号はもはや許さなかった。時速20キロのノロノロ運転をしながら100メートル先の信号を見届けてブレーキを踏んだ。
その瞬間4つのタイヤはスケートになった。同時にエンジンは切れた。エンジンが切れるということはハンドルがロックするということだ。恥ずかしながら、そのことを、そのとき、初めて知った。
わきの雪だまりに突っ込もうとしたが不可能。クラクションもならない。流行の言葉で言えば「全電源喪失」である。
前方には信号待ちの乗用車が1台いた。そこに向かってまっすぐ車は突っ込んでいき、ぶつかり、とまったのである。
幸いなことに相手の車は物損ゼロ、ドライバーも無傷であった。感覚としては公園の池でボート同士がぶつかったときと同じだ。

機械を信じるのは怖い。しかし機械を信じよ、と強制されるのはもっと怖い。

とはいっても、もはやパワステなしには生きていけないだろう。ほかに選択肢も与えられていない。パワステがいやなら運転をあきらめるほかないのである。

この点に関してはその後ABSという装置が開発された。これも制動距離が延長して結構怖いのだが、最大の良いところは、エンジンストップ・ハンドルロックという最悪の状況が避けられるようになったことである。

とにかく人工知能とか、人口制御という手法には重大な落とし穴がある。そこをどうふさいでいくのか、重大な課題である。


ノンクラの車に乗り換えて半年過ぎた。
ノンクラの燃費は悪くないというが、たしかに悪い。
これまでのカペラ00年型は同じ1800ccのFFだが、リッター15は軽く走った。夏場で1、2回ドライブすると18くらいになった。いまのウィッシュは8キロそこそこだ。つまり半分だ。

どこが違うか
回転数が違う。カペラで2千回転を越すことは普通走行ではありえなかった。オーバートップのギア比があまり高くなかったから、高速で125キロ出すと2500くらいまで上がる。時速80キロまでなら1900回転でおんの字だった。
いまの車は、街中の発進でも平気で3千回転を越す。一度嫁さんの小じゃれたオートマに乗ったときは、3900まで行った。
アイドリング中、カペラは100回転以下だった。いまは1100回転だ。カペラの60キロ定速走行時より高回転である。

何人かに聞いてみて分かったのは、みんなそれくらいが当たり前と考えているということだ。
市内走行はリッター10キロが相場、外車に乗っている人は5キロを切るそうだ。シヴォレーのジープに乗っている人は月のガソリン代が3万円になるという。

ノンクラというのは一種の人工知能だから、平均的ドライバーの運転態度にあわせて細かく規定されている。一般ドライバーがリッター8キロの感覚で運転しているのなら、人工知能がそういうセッティングをするのはやむをえないのかもしれない。
しかしそれならどうしてマニュアル車を残してくれないのだろう。事故を起こすのはノンクラの車ばかりだ。マニュアルは本質的にフェイルセーフだ。自己責任だ。
ノンクラがいかに安全装置を充実させようと、機械に任せろという横柄な態度は原発の安全神話の押し付けと同じではないか。
機械屋からいえば「想定外」かもしれないがマニュアル派からいえばそもそも機械に任せるという発想が「想定外」だ。



共同声明の中で注目されるのが「民生用原子力協力に関するハイレベルの二国間委員会」の設置が打ち出された。
赤旗ではこれを「原発推進への巻き返し」を目指すものと見ている。
短期的には
①民生用原子力エネルギーの安全かつ安心な実施、
②廃炉・除染をふくむ事故対応戦略
の協議ということになっているが、協議内容には「核セキュリティー」「核不拡散」なども課題として挙げられており、きな臭い雰囲気も漂わせている。

3.11後の処理でアメリカは日本側の対応に苛立ちを隠さなかった。協議という名のもとに原発管理を一元化するのが狙いだろう。とくに核物質の流出に神経を尖らせているものと思われる。

もうひとつは、原子力の平和利用の引き続く推進という基本方向で、日本はがっちりタガをはめられたことになる。このところの原発再開をめぐる議論で一番不透明なのが、この基本方向だった。原発廃止論者のなかでも当面の激変緩和措置として原発の一時稼動を受け入れる人は多いと思う。ただその人たちも、長期で原発の継続までは主張しきれないから、議論が最終的には煮詰まらないのである。

しかし、日米共同声明で原発の維持・推進路線が出されたとすれば、大きな波紋を呼ぶのではないか。

アメリカと日本の支配層は、依然として原子力は有効なエネルギー源をして捉えており、重要なエネルギー資源としての戦略的対応を模索している。それは核兵器のための資源確保にもつながるからだ。
この観点から、我々は今回の日米共同声明の向かおうとする方向に十分な注意を向けていかなければならないだろう。

ところでその軍事バランスの問題だが、議論が混同するのを避けるために、アメリカから見た日米同盟、東アジア諸国から見た日米同盟論を分けて考えなければならない。その上で、基本的には東アジアに視座を据えて再評価すべきである。

地政学的に考えれば、21世紀初頭における日米同盟の最大の軍事的根拠は沖縄の米軍基地群である。日米同盟イコール沖縄といっても過言ではない。
地球儀を見れば分かるように、地球の半分は太平洋だ。日本は極東であり、アメリカは極西だ。
その地球の裏側のアメリカが極東にまで進出し、中国の鼻先に作り上げた戦略基地としての沖縄は、地政学的にきわめて突出した存在であり、「安定の礎」どころか、不安定の源だ。(沖縄を頂点として在韓米軍と台湾軍が加わるが、在韓米軍 は北朝鮮との対応を想定した即応戦力であり、戦略的な戦力ではない。対中国戦略向けに動かすにはあまりに危険すぎる。台湾軍はさらに微妙である)

要するに靴底に入ったこの三角形の石ころが、周辺諸国(といっても実体としては中国ということになるが)を大変不安で不快な思いにさせている、というのが目下の状況である。

野田首相が念願の訪米を果たし、オバマとのあいだに共同声明を発表した。
日本の政治体制の脆弱性から見ると、どの程度の有効性を持つものかは評価が難しい。
しかし、日米同盟強化という自民党時代からの基本路線を受け継ぐことを再確認したことは、それなりの意義がある。その上でどこに踏み込もうとしているかに注目しなければならない。

日米同盟という言葉を連発するようになったのは小泉首相だ。「日米同盟」は安保条約体制であり、軍事同盟そのものだ。軍事力の傘をアメリカが差し出し、その下に日本が組み込まれている、これが日米同盟の本質だ。
東アジアの市場を見つめる眼は一致している。しかしアメリカの思いは東アジアへの進出だ。東アジアの軍事バランスについては、率直にいってどうでもいい。
南シナ海での紛争へは介入するが、それは東南アジアへの政治的影響力の拡大が目的であり、ひいては経済進出だ。それはもう15年も前の「ナイ構想」の頃からはっきりしている。
地球の裏側で中国と本気になって事を構えるつもりはない。それはASEAN諸国も織り込み済みだ。
日本の場合はそれとは少し異なる。



歴史的に見れば朝鮮戦争、ベトナム戦争と、日本は反共の防波堤の役割を果たして来た。その歴史はいまだに日米関係に影を投げかけている。
いっぽうで、80年代に日本はアメリカの最大のライバルとされ、通商でも通貨でも狙い撃ちされた。
そのときからソ連の崩壊に至るあいだが離脱のチャンスであったが、多少の距離感は形成されたものの、日米同盟関係はほぼそのままの形で維持された。

97年に始まる日本の長い経済危機の中で、ふたたび日米関係が見直され、むしろ強化されるようになった。
それは基軸通貨であるドルを最大の武器とする金融政策の発展により、アメリカがふたたび好況を迎えたのと期を一にしていた。


日米同盟は大企業の収益力確保のための売国的行為であるという事実が徐々に浸透して来た。それを糊塗しようとして、靖国から北朝鮮の拉致問題、四川省の反日暴動などを持ち出しているが、「ソ連が攻めてくる」式の宣伝に比べればいかにもバランスが悪い。

ソ連の崩壊とその後のロシアの経済低迷により、東アジアの軍事的緊張は緩和された。軍事的緊張が去り東アジア共同体も展望されるようになった今、軍事同盟は歴史的遺物でしかない。北朝鮮がどうであろうと中国がどうであろうと、これは疑いのない事実である。




ちょっと気になって、youtubeであたれる範囲で聞いてみた。まともな演奏と音質の音源を捜すのに一苦労する。
五人組よりちょっと後の世代で、後半がスクリアービンにかぶるというところ。晩年は無調に移行したとのことだが、聞く範囲ではかなり保守的な技法。
やはり良い作品はそれほど多くはない。
お勧めは「前奏曲」ロ短調 op11_1、それに「三つの小品」作品57 といったところ。まずこの4曲を聞いておけばリアードフは卒業といってもいい。ニコラーエワの弾く舟歌、リヒテルの弾く「音楽の玉手箱」という曲も知られているようだが、それほどのものとは思えない。
基本的にはローカルの人だろう。

テレビで内田光子とヤンソンス指揮バイエルン放送交響楽団のベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番を放映した。お互いの突っ張りあいが見ものだった。
ヤンソンスはロマン派の力勝負に持って行きたいのに、内田は細やかなひだの美しさで勝負だ。すごいのはバイエルン放送交響楽団で、内田の要求するきめの細かさを完全に表現している。しかもヤンソンスの棒にもしっかり従っている。
だから結論はこうだ。
ヤンソンス抜きの内田光子プラスバイエルン放送交響楽団でもう一度やってほしい。やたらと変なダイナミックスをつけないで、モーツァルトの28番という感じで。

ヤンソンスの親父の演奏を聴いた覚えがある。アルヴィド・ヤンソンスと言ったと思う。ソヴィエト国立交響楽団というオケは相当泥臭い楽団で、ロシアの合唱団のように、とにかく音量で圧倒する。
息子のマリス・ヤンソンスも見たところは音の強弱で勝負の指揮者のようだ。いまや世界一のオーケストラとなったバイエルン放送交響楽団が、なぜこの指揮者でやるのか不思議だが、もう少し時間を置いてみたほうがよいのかもしれない。



連休中は書かないといったのに、書いてしまう。
2010年の民主党への献金額だ。
赤旗の調査によるもので、全国電力関連産業労働組合総連合(電力総連)と傘下の電力関連労組から民主党の国会、地方議会議員に提供された献金の総額。
多いと見るか少ないと見るかは微妙なところだが、おそらくこれに数倍する地下水脈が流れていると見るのが自然だろう。
この資金源が組合員の会費によるものだとすれば、かなりの負担額になるが、企業献金の迂回路になっている可能性はないのだろうか。
前回、菅総理が突然に一体改革を打ち出したのも唐突だったが、今回の原発再開もきわめて唐突だった。ウラで相当の金が流れたと見るのが普通だろう。
多少の汚職なら、「いつもの話だ」と見逃すことはあるかもしれないが、民主党の掲げた選挙綱領と真っ向から矛盾するような政策が突如として提出されるのは、いかにも陰謀くさい。
米倉会長のほくそ笑む姿が、眼に浮かぶたびに、苛立ちが強まる。とにかく当面は共産党の前進しか道はない。

赤旗の集めたコメントは良い。

ヒルマン元監督のコメント:
私がいままで野球に携わってきて、稲葉ほど真のプロと思える選手はほかにいない。
若松元監督(ヤクルト)のコメント:
稲葉が入団した当時、いわゆるドアスイングで、内角球を苦手にしていた。しかしいまや、内角打ちは球界屈指。たゆまぬ努力の賜物でしょう。
小笠原選手のコメント:
間近で一緒にやっていて、つねにすごい打者だと思っていた。

たしかに拝み打ちのようにバットを立てたまま振り抜いて、それで観客席まで打球が飛んで行くのは、なにか魔法を見ている感じさえします。

内角球の打ち方というページがありました。

ボールの捕らえ方は、構えたグリップエンドの位置を三角形(小学生のとき使った3:4:5の三角形をイメージ)の頂点と考え、斜辺に沿って振り下ろすと最短距離で振りぬけます。
 そのときグリップエンドでボールを打ちにいく感じでバットを振るとインコース、アウトコースうまく打ち分けられますよ。グリップエンドから振り向くこと で、バットが遠回りせずに結果的にボールの内側をたたけます。振り下ろすときはバットを寝かさないように振りぬいてみてください。
言い忘れましたが、
速い球に対応しようとするならば、ヘッドスピードを上げるしかないです。
少しでも球を永く見なければボールだまや変化球に対応できなくなるので、まず、スイングを早くしましょう。

非常に良く分かる解説だ。もちろん、頭で分かるだけで体がついていくかどうかは別だが、相当の努力をしないと身につかないと思う。
中田翔は内角高目がめくら(差別用語)で、いろいろフォームを変えて試しているが、結局この技を身につけないと、何をやっても無駄ということか。


連休中は胃もたれする記事はなし。
赤旗の10面に大阪大正区のレジャーガイドがある。
渡し舟に乗って平尾本通り商店街へ。
ここに「沖縄風ホルモン」というのがあるそうだ。沖縄出身者が戦後に編み出した料理なのだそうだ。鉄板で焼く串焼き料理とある。レバーと脂身がお勧めのよう。

「私たちの祖先は、80年前に沖縄から仕事をもとめて移住してきたのです。今も大正区の区民の4分の1は、我々沖縄関係者だといわれています」と書いてある。

生野のコリアタウンは有名だが、大正区の沖縄タウンは知らなかった。
むかし「太陽の子」という映画があって、あれは確か神戸だったと思うが、やはり港湾関係者に沖縄出身が多いようだ。
もう学会に行くこともなくなったが、何か機会があれば行って見たいところだ。わざわざ行くほどのところかといえばなんだが、京橋あたりと通天閣界隈、難波の電気街は大阪観光の目玉だろう。

連休中は胃もたれする記事はなし。
赤旗の10面に大阪大正区のレジャーガイドがある。
渡し舟に乗って平尾本通り商店街へ。
ここに「沖縄風ホルモン」というのがあるそうだ。沖縄出身者が戦後に編み出した料理なのだそうだ。鉄板で焼く串焼き料理とある。レバーと脂身がお勧めのよう。

「私たちの祖先は、80年前に沖縄から仕事をもとめて移住してきたのです。今も大正区の区民の4分の1は、我々沖縄関係者だといわれています」と書いてある。

生野のコリアタウンは有名だが、大正区の沖縄タウンは知らなかった。
むかし「太陽の子」という映画があって、あれは確か神戸だったと思うが、やはり港湾関係者に沖縄出身が多いようだ。
もう学会に行くこともなくなったが、何か機会があれば行って見たいところだ。わざわざ行くほどのところかといえばなんだが、京橋あたりと通天閣界隈、難波の電気街は大阪観光の目玉だろう。

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