鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

2012年05月

高速取引に関しては園田義明めも。が非常に詳しく、勉強になる。

あらかじめ設定したプログラムに基づいて、コンピュータによってミリ秒(1/1000秒)またはそれ以上のスピードで注文を出す取引のこと。

英語ではHFT(High-Frequency Trading)と呼ばれているが、日本では「高速取引」と称される。

アメリカでは売買高で、デリバティブ市場で3-4割、株式市場では6-7割を占めているといわれる。

証券監督者国際機構(IOSCO)は

①登録、認可制の導入、②特別な手数料や税の課徴、③プログラムの暴走についての事前検証、④機関投資家の「鞘取り」(フラッシュ・オーダー)禁止、④過去の取引の記録・検証システム

などを柱とする規制案を準備。

東証では、「現在のルールで十分に対応可能」としているらしいが、日本の国債は世界的に見て特異な状況にあり、投機が集中した場合、深刻な脆弱性を暴露するのではないかという懸念もある。

東証が大丈夫でも、大量に国債を保有する地銀などが対応できなければ、たちまち狼狽売りが連鎖するかもしれない。

とにかく敵はでかい。すでに一国の政府で対応できるレベルではない。


日本の株式市場がかなり荒れはててしまったようだ。
①株式売買に占める海外投資家の割合は2005年に45%だったが、今年5月には71.1%に達した。個人投資家は18.5%にまで低下している。
②売買注文の4割は1秒間に500回以上の売買を試みる高速取引である。こうした高速取引を行っている業者は10社程度である。

すなわち、日本の株式市場は一部の業者に占有され、なおかつ高度に投機化していることになる。企業のための信用創出という株式市場本来の機能は大きく損なわれている。

市場関係者にしてみれば、投機筋の規制で取引高が減少するのは短期的には避けたいところだろうが、中長期で見て市場の信頼を回復するためには、取引税の導入についても前向きに考える必要があるのではないだろうか。


大飯原発再稼動の政治判断に関して、頭に血が上ったのか、個人攻撃にもなりかねない表現。

…実際、福島原発事故で「現地対策本部長」を勤めた池田元久経産副大臣は、あいつぐ原子炉建屋の爆発を受け、修羅場を放り出して福島市に移りました。
いざ事故が起きれば、「監視」どころではありません。

それなりの判断はあったと思うので、「修羅場を放り出した」と断罪するのはそれ相当の根拠がなければならないと思うが…

あの天下のフィナンシャル・タイムズがツィプラスを評価するとは驚きだ。イギリスはユーロには加わっていないから、多少余裕があるのか、あるいはドイツに対していささかふくむところがあるのか…

いずれにしても、国際金融の総本山の一角からもこういう声が上がり始めている、という状況を、わが国の論者も踏まえるべきだろう。


5月14日 英フィナンシャル・タイムズのコラム By Wolfgang Munchau

国際通貨基金(IMF)と欧州連合(EU)が定めた、さらなる緊縮財政と経済改革を断行する道では、ギリシャが永遠の恐慌に苦しめられ、債務の罠(わな)から抜け出せない。

それは理論上は経済的にうまくいくかもしれないが、政治的にはほぼ確実に失敗する。

もう一つの選択肢は、ツィプラス党首が示した道筋だ。

彼は今のプログラムを撤回して一部の改革を覆し、残っている対外債務の帳消しを望んでいる。そうしてもユーロ圏からの離脱にはつながらないと主張する。

筆者はツィプラス氏が正しいと確信できないが、間違っているという確信もない。

ドイツのヴォルフガング・ショイブレ財務相は、ユーロ圏はギリシャ離脱に耐えられると確信している。しかしこの判断も、長引く誤算の連鎖の1つになる恐れがある。

筆者自身は、ギリシャが離脱を強いられたら投資家はユーロ解体に賭けて激しい攻撃に出ると思っている。

ツィプラス氏のやり方はリスクが高すぎると筆者は思う。だが、ギリシャ国民が同氏に投票する理由は分かる。ツィプラス氏の立場は、経済再生の観点を何一つ 示せない緊縮・中道路線の既成勢力より明らかに理にかなっているからだ。

今のギリシャは1930年代前半のドイツと同じだ

(最後の一言が不気味ですね)

このところツィプラスのニュースが面白い。
フランスとドイツを訪問して、政府首脳とは会えなかったが、左翼政党と会談して共感を得ている。
記者会見やインタビューの記事はなかなか説得力がある。支配層にまで一定の共感を呼んでいる。
翻って日本国内の論調を見ると、なんとも情けないくらい、銀行筋の尻馬に乗ったギリシャ・バッシングのオンパレードだ。

まずは各紙の記事から本人のセリフを抜き出してみる。1338468922


ユーロ圏の異端児、ツィプラス党首が仏独を訪問

MAY 22, 2012 BBC World

「欧州で最も危険な男」、「ユーロ圏の運命を一手に握った男」と呼ばれる。 秀麗な容姿で、元土木技術者で38才のツィプラス氏は、1974年生まれ。ネクタイを嫌い、バイクに乗ることが趣味の完璧主義者だ。

高校生の時から共産党青年連合に加入し、集会や討論に参加して、理路整然とした主張やメディアのインタビューで注目を浴びた。アテネ技術大学で土木工学を専攻した時も学生運動に専念し、全国学生連盟中央委員(95~97年)としても活動した。

ツィプラス氏は09年に急進左派連合の党首になった。その年の総選挙で、急進左派連合は「負債償還の停止、緊縮中止、金融支援の再交渉」を掲げ13議席を確保した。

ツィプラス党首、独仏訪問へ 「われわれは反欧州ではない」

2012年 05月 21日 Reuter

ツィプラス党首
は出発に先立ちロイターのインタビューに応じた。

われわれは全く反欧州勢力ではなく、欧州の社会的結束を守るために戦っている。主要勢力が緊縮策を主張すれば、欧州全体が不安定化し、ユーロ圏が崩壊する恐れもある。それと闘っているわれわれは、おそらく欧州で最も親欧州的な勢力だ。

(メルケル首相がパプリアス大統領に、「ユーロ圏から離脱するかどうか」の国民投票を行うよう提案したことについて) 
ギリシャはドイツの保護領じゃない。他のユーロ圏の国に対して、宗主国のような言動は慎むべきだ。

メルケル首相の立場は極めて孤立している。

ギリシャだけでなく、スペイン、ポルトガル、イタリア、アイルランドなど、緊縮策に基づく財政再建プランが実施されている国では、そうした政策が明らかに失敗に終わっている。

わたしが政権を取れば、ギリシャをユーロ圏内にとどめるための新たなポリシーミックスを模索する。

確かに、われわれは欧州の支援と資金が欲しい。しかし、欧州の納税者のカネを無駄にしたくはない。

これま での2度の支援は底なしのごみ箱に投じられた。それが続けば、6カ月以内に3度目の救済が必要になる。欧州の人々や指導者はその事実を認識すべきだ。


ニューヨークタイムズとのインタビュー(広瀬隆雄さんのブログより引用)

わたしの要求は、ギリシャに課せられた財政緊縮プログラムを3年間、凍結して欲しいということだ。

ドイツはギリシャ一国くらい犠牲にしても構わないと思っているかもしれない。でも若しギリシャが脱落したら、金融市場は次に血祭りにあげるター ゲットとしてスペインやイタリアに焦点を移すだけだ。

通貨ユーロは17の加盟国から構成されている。これは鎖のようにつながっている。その一番弱いリンク、すなわちギリシャが壊れたら、チェーン全体が連鎖的に壊れる。

EUはブラフをかけてきているようだが、私もポーカー・ゲームが好きだ。

ドイツでの記者会見

5月22日 ブルームバーグ

わたしはギリシャ問題について、共通の解決策を求めてドイツに来た。

わたしは問いたい。ドイツの納税者はいつまで底なしの穴を埋めるためにお金を払い続ける必要があるのか。

一見、資金はギリシャ経済に流れ込んでいるように見えるかもしれない。しかし現実には、ギリシャ国民ではなく銀行とバンカーだけが調達しているのだ。

だから緊縮策を変えることはドイツ国民の利益にもなるのだ。


先日は北京の清華大学の教授の発言として、「中国封じ込めの時代は終わった」との観測があることを伝えたが、今回はアメリカ側の「封じ込め政策は成功しないだろう」との発言が紹介されている。
米国とASEANの賢人会議で、ロイ元中国駐在大使が発言したもので、以下の通り

オバマ政権のアジア政策は「中国封じ込め」のためではない。
オバマ政権がアジアを重視するのは米経済にとって、この地域がだいじだからである。

そうした封じ込め政策はアジア各国の支持を得られず、失敗するだろう。

期せずして米中双方から「封じ込め」政策の終わりが宣言された形だが、それをまともに受け取る人はそう多くはないであろう。

ただ、「そういう方向に行かざるを得ないだろう」という歴史感覚を、双方が抱いていることは間違いない。

軍事的なせめぎ合いではなく、経済面でしのぎを削るという場面への移行が暗黙の前提となっているのだろう。そのためにアメリカが繰り出した最初のジャブがTPPという路線なのかもしれない。

ここで問題となるのは沖縄の位置づけである。なんといっても沖縄の基地群は、封じ込め政策が本当に終わりを告げるのかどうかの試金石だ。オスプレイの配備や普天間の県内移設と実質的強化が強行されるようなら、言葉とは逆に「封じ込め」戦略は強化されると判断せざるを得ない。

米中間のエールの交換に対して、日本政府も日米同盟一辺倒ではすまなくなっている。どういう立場を取るのか、一定の独自の立場を打ち出すのか注目される。


ついでに、風力発電も当たってみた。

日本は風はあるが、地形上不安定で、どうもあまりよろしくないようだ。
しかし世界にはよいところがある。その最高位を占めるのがアルゼンチン南部のパタゴニア地方だ。アンデスおろしが年中吹きすさぶ不毛の大平原、年間平均風速が10メートルを越えるというからすごい。
ここに風車を立てたらどうなるかという試算がある。

風力発電の現状と水素製造の可能性


http://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/8/5/85b17c57.jpg
二つの州を合わせて80万基の風車を立てる。稼働率はかなり低めに計算されている。
年間発電量は10兆KW、これは日本の発電量の十倍だ。
これで液体水素を作って日本に輸送しようというのが腹積もりだ。

http://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/3/6/364fc193.jpg

私ごとき素人は、水素といえばヒンデンブルグ号の爆発とか、福島原発水素爆発とか恐ろしいが、港の発電所に運搬船が横付けしてそのまま発電に使われるようなので、心配はないようだ。問題はコストだろうが、魅力的な提案だ。

赤旗で九州発電の事業計画が紹介されている。
九州発電といっても鹿児島県のローカル会社。
ここが県内の河川と農業用水路を利用して発電事業を行うそうだ。
①すべて水力発電で、合計40ヶ所の発電所を建設。
②合計の最大出力は2万4千KW。
③すべての電力は九州電力に売電。年間20数億円の収入を見込む。
④事業費は240億円程度。当面3年間を第一期とし120億を投じる。

皮算用では10年で元が取れることになる。小規模発電のよいところは、土砂流入による経年劣化が少ないことで、廃棄費用も想定せず永久的に使用可能だ。

問題はその規模で、24メガでは電力需要の一定部分をまかなうというところまではならない。

小川 誉久さんによれば、福島第一原発の6機全体の合計出力は4.7ギガワット、年間発電量は33テラとされる。

また、地元の熱意に支えられる側面が強いから、限界集落のようなところでは後継者が心配だ。

先日テレビで十勝の地元農協が運営する水力発電所が報道されていた。戦後開拓に入った農民が、「村にも電気を」、と金を出し合って建設したものだという。60年を経ていまだに顕在なのに驚いたが、それを支える農家の人々がかなり過酷な犠牲を払っていることが強く印象に残った。

とにかくこういう動きが出てきたことに注目したい。採算が取れるというのが何よりの朗報だ。こういうニュースを報道した赤旗にも敬意を払いたい。


自分で言うのもなんだが、医者という人種は自分は頭が良いと思っている。それはカラスの勝手だが、困るのは一を聞いて十を知り、百しゃべる連中がいるということだ。
理路整然、とうとうと述べるが、所詮誰かの理論のオオム返しにすぎない。まさにオオム真理教だ。どちらかというと外科系(メッサーザイテ)にそういう手合いが多い。

ある先生が司馬遼太郎の三文小説を二、三冊読んで、「司馬は現代におけるマルクスだ」とのたまうのを聞いたことがある。私が笑っていたのはあきれていたからだよ、君。

そういう連中に限って、十聞こうとしない。十聞いても百知ることにはならないし、楽して受けを狙うには間尺に会わないからだ。
しかしその頭の良さは、普通は側頭葉のできの良さでしかない。スポーツ選手が小脳の出来が良いのと同じだ。
本当にできの良い選手は前頭葉をたっぷり使っている。1回反省回路に回すのだ。これが頭を使うということだ。
それにはやはり十聞くしかない。

ILOが発表した世界の若年層の雇用情勢に関する報告。
世界全体で失業者数が7460万人、失業率は12.7%に達するそうだ。「人生、右を向いても左を見ても、真っ暗闇じゃござんせんか」と鶴田浩二の歌の文句が浮かんでくる。

といってもかなりデコボコはある。地域別に見ると、良いのは東アジアで9.4%、悪いのは中東・北アフリカでそれぞれ27%、28%となっている。東アジアというのは中国と韓国のことで、日本は「先進国」枠に括られている。これが18%だ。

この数字を見て真っ先に感じたのは、「ギリシャ怠け者」論はこの数字を説明できないだろうということだ。事態はそんなに単純じゃないぞ。

ついで感じたのは、この数字を政治と連動させると、一番ひとい中東・北アフリカでもっとも青年運動が盛んで、ついで先進国・EUということになる。つまり若者の失業は政治的安定度を著しく損なうということだ。


この表にはラテンアメリカの数字は載っていないが、おそらく10から15%のあいだだろう。ラテンアメリカの政治状況がかつてなく安定していることは、失業率からも説明できる。
ついでに言えば、ラテンアメリカの中でも新自由主義にいまだに固執するコロンビア、メキシコ、チリで失業率が高いこと、それが政治的不安定を呼んでいることも説明できる。
まさに青年の失業率はその国の政治的不安定性の最高の指標のひとつということができる。15%が危険ライン、20%が暴動ライン、25%が革命ラインである。

こういう指標があるということを初めて知った。
財務省統計で、話はちょっとややこしいが以下の通り

政府や企業、個人が海外に保有する資産から、海外勢による対日投資(負債)を差し引いた対外純資産残高

これがなんと253兆円の貸し越し。世界各国と比べるとダントツのトップ、2位の中国の2倍に達する。100メートル走ってゴールしたら中国はまだ50メートル近辺ということだ。アメリカは円換算でマイナス201兆円、後ろ向きに猛烈なスピードで走っていることになる。

21年連続で世界一ということだそうだ。すごいものですね。これで円高にならないほうが不思議。

対日投資を引かない海外資産残高は582兆円、これが国内投資に回れば、今の日本はずっと変わっていたはず。

民医連で「健康権」なるものがまたぞろ持ち出されていて、「それはおかしいよ」と書いたばかりだが、赤旗の広告を見ていたら、どうやらそのネタ本らしいものがあった。
井上英夫氏の「患者の言い分と健康権」という本だ。
たしかこの人は、私の現役時代にもチョイチョイ文章を書いていたが、論理構築が安易な人で、まさかこのレベルの人が民医連の「御用学者」になるとは思わなかった。

だいたい、宣伝文句を見ただけでも、支離滅裂だ。

医師は人権のにない手にも人権侵害のにない手にもなりうる。(なんじゃこりゃ?)
人権として医療を保障する立場で、(医療が人権か? 主語は誰だ?)
身近な「患者と医師の関係」から、…など幅広く論じる。(そういうのを「床屋談義」という。そんなところから語っちゃダメだよ)
21世紀を健康権の世紀にと訴える一冊。(無内容な打ち上げ花火)


しかしやっとのことで非営利・協同を克服したと思ったら、またですか。ちょっとは自分の頭で考えたらどうですか。

もしどうしても「健康権」を使いたいのだったら、それは憲法13条の幸福追求権の一部としての「健康追求権」として定置されるべきでしょう。
13条と25条の関係はいろいろあろうと思いますが、いずれにしても健康追求権は生存権思想から直接導き出されるものではありません。

13条型人権と25条型人権の思想的相違は、私が医療生協の「患者の権利の章典」と対決した最大のポイントであり、今後とも医療生協ある限り(医療生協から見れば、民医連ある限り)最大の対決点になっていくでしょう。

さすがに私も、もうガチンコやる気はありませんが、民医連幹部の皆さん、少し自分の頭を使ってください。最低、真田是さんのパンフでよいから読んでください。

道AALA総会が終わって、ひと段落。また勉強再開。まずはたまった赤旗の固め読み。
24日の国際面。清華大学の劉教授へのインタビュー記事。

結論A: 米国はかつてのような中国封じ込め政策はとれないし、とらないだろう。
根拠1: 30年にわたる積み重ねの中で、両国は相互協力の関係を築いた。
根拠2: 米国にとって中国は「旧ソ連型の国」ではない。軍事的、イデオロギー的に米国に挑戦し、対立するという路線はとっていない。

結論B: 米国は中国を手ごわいライバルと見ているが、中国と戦うことを避けようとしている。
根拠1: 米国は中国の増強を脅威とみなし圧力をかけている。しかしこれは一種の「戦略的本能」に過ぎない。
根拠2: 米国は軍産複合体国家であり、軍事産業の維持は至上命題だ。そのために周辺の「脅威」を煽って武器輸出を行うのは「戦略」である。過剰反応する必要はない。
根拠3: 対中緊張強化は米国の「アジア回帰」政策と関連している。貿易赤字の克服のためにアジア市場の獲得をもとめている。中国を排除するTPP構想はその一環である。

大筋では間違いはないが、実体としてはもう少し緊張をはらんだ関係にあると見るべきだろう。
とくにASEAN諸国との関係悪化、切断は即中国の孤立化に結びつく。南シナ海問題の深刻さが北京にはまだ理解されていないようだ。

何回聞いても合わない演奏家というのはいるもので、その辺がよく分からない。
私個人の性格としては割りと誰とでもあわせられるほうだと思っているが、その割りに好き嫌いは多いのかとも思う。
とにかく合わない演奏家の代表はリヒテル、アルゲリッチ…
この二人については自信をもって「合わない」と断言できる。はっきり言って嫌いだ。美意識に共通するものがない。ポリーニとクレーメル、たぶん嫌いだと思う。
嫌いというほどではないが、指揮者のサバリッシュとスウィットナー、ピアノのグルダ、ブレンデルなど「どこか良いのさ?」という感じだ。ウィーンフィルとやっているバーンステインも感心しない。アクが浮いている感じだ。アバドも気が抜けたビールみたいだ。
最近、ブリュッヘン、アーノンクールらを先頭に古楽系の指揮者が結構でしゃばっているが、正直こっちへ来ないでほしい。
顔さえ見ないですむなら目下はムーティがよい。年取ってからの小沢も悪くない。いずれツィメルマンが振りはじめるだろうから、それに期待しよう。

Ⅳ ラテンアメリカ: リーマンショックからの回復

A 左派政権の成果

6月にペルー大統領選挙の結果を報告した。左派のオジャンタ・ウマラ候補が、右派のフジモリ候補を僅差で破り勝利した。そのとき好景気にもかかわらず左派候補が勝利したのはなぜか。これはオジャンタ・ウマラの勝利というよりは南米諸国連合(UNASUR)の勝利と呼ぶべきだろう。

ペルーでオジャンタ・ウマラの大統領就任式が行われ、UNASUR首脳が会した。首脳会議ではドル危機にたいして強い警戒感が示された。
なかでも南米唯一の親米国となったコロンビアのサントス大統領が、「米国の自体に傍観者であり続けることはできない。反帝国主義でもなく、反米主義でもなく、実際的な結論として」米国の行動は無責任だと発言し、周囲を驚かせた。
コロンビアの態度変更を受けたエクアドルのコレア大統領は、南米独自で資金を融通しあう地域準備基金や、独自通貨で貿易決済を行う地域決済システムの確立などを提案した。

 

国連の中南米・カリブ経済委員会によると、

①失業率は03年の13.4%から10年の7.9%に減少した。減少率は41%ということになる。

②2010年の貧困層は1億7700万人・31.7%、極貧層(必要最低限の栄養が取れない収入)の割合は13.1%となった。貧困・極貧の規定はドル換算で行われているから、現地平価が為替相場で過小評価されている可能性もある。

(これでもひどいが、1990年以降では最低の水準である。1990年には貧困層が48.4%、極貧人口は22.6%だった。貧困人口の数は2002年に過去最大の2億2500万人に達した)

③ジニ係数は過去10年間で9%低下した。(ものすごい低下率だが、これでも南米は世界一所得格差が大きい地域だとされる)相対的貧困率はこれよりも低く、生活実感としての窮乏感は数字以上に改善していると思われる。

 

これがUNASURの実績だとすれば、それに背を向けて対米従属と大企業優遇の経済政策を続けてきたペルーでも、路線転換を求める声が高まることは自然の流れだろう。「失われた10年」と「絶望の10年」がその帰結を赤裸々に開示したのだから、この10年間に相次いで誕生した革新政権は、相当長期間にわたって支持され続けるだろうと思う。
ただしその革新政権も、まだ金持ちの懐に手を突っ込んで正当な税を徴収するところまでは至っていない。それが2008年におけるラテンアメリカの状況だ。

 

B ベネズエラとエクアドルの経済状況

アメリカとベネズエラ、国民が感じる「幸福感」

米ギャラップ社の世論調査で、国民が感じる「幸福感」によって国を順位付ける調査結果を発表。驚いたことにベネズエラが世界第5位に入った。インフレ率が2
7%に達する中で景気が低迷するベネズエラがなぜ?、と多くの人がいぶかしんだようだ。

しかし、人口に占める貧困層の割合が70%から26%にまで減り、大学進学者が倍加するという社会政策の成果があがれば、むだな経済成長はなくとも国民生
活は活気付くことが明らかになったともいえる。

この間の小泉改革の中で、GDP成長と国民生活の乖離が明らかになった。GDPの持続的な成長にもかかわらず、国民生活は貧困化した。GDPは経済成長率
よりも国民搾取率と考えられるようになった。ベネズエラの例は現代社会におけるGDPの持つ意義を逆の方向から明らかにしていると思う。

ベネズエラという国は二重の意味で特殊な国である。
まずは石油で食っている国だという特殊性である。GDPの大半を石油関連が占めてしまうので、それだけでは経済指標にならない。原油価格が半分になればGDPも半分になるのである。
第二に、チャベス体制の下で一種の金融鎖国政策がとられていることである。こういう国ではドルは「闇ドル」として流通するしかないし、輸入産品がえらく高くなることも間違いない。そういう面もふくめて基礎生活レベルで見ていかなければならないのである。

まずはチャベスというより、こういう石油オンリーの国では政府の強い経済介入が必須であることを認識しなければならない。

ベネズエラは30年前の石油ブーム(日本から見ればオイルショック)のときに大々的な設備投資をやって、その借金が貯まり大変な思いをしたことがある。

リーマンショックの後、ほかのラテンアメリカ諸国の景気は回復したのに、ベネズエラだけが立ち直れない、と鬼の首でもとったように言うが、この図を見れば、2010年に強い歳出抑制策をとったのは当たり前の話で、やらないほうがおかしい。

ラテンアメリカ諸国で国民一人当たり所得を見てもあまり意味がない。貧富の差がべらぼうだからである。貧困率が最も正確に庶民の生活水準を規定すると考えるべきである。かつて石油ブームの頃、首都カラカスの下水にはヘネシーが流れているといわれた。

資源輸出国だから、基本的には仕事がない。失業が当たり前である。富を配分し、仕事をつくり、国民全体を豊かにするためには公共投資しかない。したがって政府支出が景気と経済成長をもろに規定する。こういう国と政府をどのように運営すべきだろうか、そういう問いかけを常に自らに課しながら、経済分析をしないと意味がない。

 

C) もうひとつのラテンアメリカ

ラテンアメリカのなかでもアメリカ追随、ネオリベまっしぐらの路線を走っている国がある。それがメキシコだ。
メキシコに関してはメキシコ麻薬戦争 列伝の中で、戦争の真の敵は貧困だと書いたが、今もなお事態は深刻化しつつある。

メキシコの政府機関「全国社会開発政策評価会議」が7月末に発表した報告が赤旗で報道されている。

貧困層(独特の定義で、国際統計との比較はできない)が、5年にわたるカルデロン政権の下で4470万から5770万に増えたとしている。人口比で見ると43%から51%への増加である。
とくに深刻なのは65歳以上の高齢者で、低所得者の割合が77%に達しているということだ。

弱肉強食の論理は社会的弱者により厳しい条件を突きつけることになる。しかしその数字はあまりにも厳しい。国中が姥捨て山になっているということだ。
これでは長生きする意味がないから、みんなギャング団に入って花と散るのだろう。

 

メキシコで農業崩壊の危機

TPPとの関連で必ず引き合いに出されるのがメキシコ農業の荒廃。

NAFTAでアメリカの農産物にすっかりやられて主食であるトウモロコシが自給不可能になった。生き残った農場も手入れが行き届かない状況、そこに過去70年間で最悪の旱魃がやってきた。

北部高原地帯のチワワ州は乾燥した半砂漠地帯ながら、灌漑農業に支えられてメキシコ農業を支えてきた。しかし昨年の降水量は例年の3割以下。主食トウモロコシの生産は320万トンの減少、家畜6万頭が死んだ。

現在でもトウモロコシなど農産物輸入額は210億ドル(約2兆円)であり、今後予想される国際価格の上昇を織り込めば、それが跳ね上がるのは必至だ。

灌漑農業は一端破壊されれば、新たな水源の確保を含め、復興はきわめて困難である。天災は必ず来るが、それを劇症化させるのは人災である。メキシコでまさにそれが表現されているのではないか。

 

C)民衆の困難の実態

 OECDとILOが、連名で「雇用」を訴えている。この中で以下の点が明らかにされている。

*主要20カ国では08年金融危機以降、2千万人があらたに失業した。
*現在の雇用情勢が続けば、来年までにさらに2千万人が職を失う。
*世界の失業者は世界で2億人。これは戦前の大恐慌に匹敵する数だ。

ギリシャの債務削減

今年になって1月に債務削減案がまとまった。元本を50%削減した上で満期30年の長期国債に交換するというもの。民間側の損失負担率は利子収入の減額分も含め、65~70%に達した。

発動された場合は、損失を補償する保険商品「クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)」の支払いが行われる可能性が高く、影響は限定的。

これを受けたユーロ圏諸国は、ギリシャへの1300億ユーロに上る第2次支援で合意。

ギリシャ国債の利回りは10年物が年30%程度で危機水準の「7%」を大きく上回る。「利払い負担で国家が破綻しかねない」(民間エコノミスト)状況は続く。

ドイツやオランダなどではギリシャの「デフォルト容認」論もくすぶっている。欧州安定メカニズム(ESM)の融資能力拡充についてもドイツは強硬に反対している。

以上の経過を見ると、ギリシャの経済危機が当初の予想以上に深刻であることが分かる。
結論ははっきりしているので、もはや緊縮政策は無理だ。投資が必要だ。それも思い切った投資が必要だ。
それと同時に投資家に対する規制が必要だ。
両方ともドイツの大企業にとっては最もやってほしくないことだろうが、それをやらないと政治的にも大変なことになる、という認識は生まれつつある。

ギリシャ、何が“緊縮”されるのか

ギリシャ債務危機に関しては、もっぱら先進国や銀行の対応ばかりが報道されています。そういうニュースを聞いていると、ギリシャは身の程知らずに贅沢してきたのだから、多少の我慢はやむをえないみたいな気分になってしまいます。

「新メモランダム」の緊縮リスト

A.給与

①基本給の22%引き下げ。初任給の10%引き下げ、つまりこれから就職する人は32%の引き下げとなる。

②賃上げの2015年までの凍結と定期昇給の無期限停止。

③正規雇用のパートタイム化の容認。

B.年金と社会負担

①年間3億ユーロの年金圧縮。

②企業主の社会保障負担の2%削減。民間企業年金基金(IKA)への企業主負担をさらに3%削減。

C.公務員、旧国営企業労働者、銀行従業員

①終身雇用制の廃止。今年さらに1万5千人の削減。2015年までに15万人にまで削減。

②契約労働者の解雇。契約の非更新。「5人退職に対し1人採用」のルールの適用。

③特別加算廃止により、総額6億4千万ユーロの削減。

④各種の公的機構、施設の2012年6月までの閉鎖。

D.2012年度に行われる付加的措置

①医療セクターの縮小。医薬品費の11億ユーロ削減。病院の医師に対する時間外手当を5千万ユーロ削減。

②政府の活動費および消費支出を3億ユーロ抑制。公共投資プログラムの4億ユーロ縮小。

③教育文化施設を閉鎖し、2億ユーロを削減。

④国防のための装備に対する支出削減。

 ギリシャは緊縮財政を3年以上続けている。GDPは5年連続の低下で、11年にはついに6.8%にまで達した。誰が見てもこれ以上の緊縮は不可能だ。それにもかかわらず、財政赤字・経常収支ともにまったく改善の兆しを見せていない。

これ以上の緊縮政策の継続が有害無益であることは誰の眼にも明らかだ。

D) 事態は政治化している

ユーロ危機を大企業の立場から解決するか、民衆の立場から解決するか、フランスの大統領選挙は一つの転換点となるだろう。支配層は苦しみの先にどんな展望があるのかを示すことが出来ない。

ノルトライン・ウェストファーレン州の州議会選挙で、与党CDUが惨敗した。ロイターによれば、CDUの得票率は26.3%にとどまり、2010年の選挙の35%近くから大幅に低下。第2次世界大戦以降で最悪の結果だという。
直前の世論調査での支持率が31%だったから、最終盤に地すべり現象が起きたことになる。やはりオランド効果が大きいのだろう。

訂正一つ: 去年7月にブログにこう書いた。

「ギリシャ支援」と言わないで欲しい 
ユーロの発想そのものを否定するわけではない。しかし金融資本の好き勝手を抑える術を持たずに走り出せば、いずれこうなることは分かっていたはず。
打つ手は打った。これでだめならギリシャをいったんデフォルトに追い込み、ユーロ圏から離脱させ、平価の思い切った引下げを断行するしかない。ギリシャはそれでよいが、残された大銀行には、自業自得とはいえ膨大な焦げ付き債権と破産の道が広がっている。
これを機会にトービン税やその他の規制により金融資本の暴走を抑えることが必要だ。というより、そこに「もうひとつの世界」とつながる鍵があるのかもしれない。

 ということで、昨年7月にはユーロ離脱とデフォールト宣言という選択肢があったかもしれない。しかしその後のイタリア、スペインの動きを見ればもはやその可能性はない。ハゲタカどもはもはやギリシャ一国だけではなく、ユーロ圏諸国を一からげにつぶそうと狙っているのである。

 

B)投機資本による撹乱

ロンドンのクジラ

JPモルガン銀行が過去1カ月半で20億ドルの損失を計上したと発表。最終清算後には40億ドルに達するとの情報もある。「ロンドンのクジラ」と呼ばれる投機ファンドが、ギリシャのクレジット・デフォルト・スワップで失敗したことが原因とされる。

巨額の損失を出した経過が具体的にされていないので、事件の全貌は依然として闇のなかである。

なかでもとくに深刻なのは、ギリシャ国債に手をつけて多額の損失を生んだというウワサだ。元々、ギリシャ国債にからむCDSの主要販売機関はゴールドマン・サックスとモルガンスタンレーだった。ギリシャ債務危機に火をつけたのも、ガソリンをかけたのもアメリカのメジャー金融機関ということになる。これは最大級のスキャンダルとなる可能性がある。

その結果が「米国トップ0.1%の超富裕層が約46兆ドルの富を抱えている」という結果になっているのだ。

EU圏域では、国境を越えた課税逃れが年間25兆円となっている。このため投機の規制、市場の透明性の確保、実体経済の保護が迫られている。

最近では原油など原材料の価格を組み込んだ金融商品(上場投資信託:ETF)などが出回っており、国際決済銀行(BIS)では実勢価格との乖離傾向が強まっていることに警鐘を鳴らしている。

あの竹中平蔵は、経済財政・金融相だった当時、「上場投資信託は絶対もうかる」と発言し、後に謝罪した。

ヘッジファンドとは

ヘッジファンドというのは元々は保険の代理店みたいなもので、貸し倒れになったときに備える保険を扱っていた。ところがこの保険そのものに値がついて売買されるようになったから話がややこしくなる。

いわば企業の不人気投票みたいなもので、不人気なほどその保険の値は上がることになる。

商品が直接売買される商品市場、会社の信用が売買される株式市場についで、リスクが売買されるヘッジの市場が登場するようになった。さらに通貨の変動相場制移行に伴い為替市場も巨大化し、これにもヘッジ市場が関与するようになった。

ところが今回のロンドンクジラでも分かったが、この市場は非常に閉鎖的で謎めいている。例えて言えば鉄火場みたいなもので、とても堅気の人が手を出すようなマーケットではない。

しかもヘッジという性格上、一般的には禁じられているカラ売りに近い効果を示すので、その肥大化は一般市場に対して撹乱的な要素が強い。したがって規制の対象とすべきである。

巨大銀行の直接支配へ

10年ほど前までこの世界は、勝負師の世界だった。しかしそこに巨大な利益の源があることに気づいた巨大金融機関がなだれを打って参入した。ソロスは早々に足を洗い、今では善人面して遊んでいる。

最初は証券会社、さらにJPモルガンのような堅気の商業銀行まで加わるようになった。

アメリカでは銀行が直接自分の金を証券投資することは禁じられている。しかしヘッジというのは、そもそも貸し倒れ保険みたいなものだから、「これは投資ではありません。安全対策費です」といいぬけることができる。

オバマ政権が打ち出した銀行の投機資本への投資禁止策は、計画の立案者の名をとり、ボルカー・ルールと呼ばれている。目下議会で審議中だが、法案反対の先頭に立っていたのがJPモルガンの社長だった。

彼の反対の理由はこういうことだ。

たしかに以前は指摘されるような傾向もあったが、リーマンショック後は各金融機関とも襟を正し、やばい商売には出を出さなくなったので、このような法案は不要だ。ヘッジも、貸し倒れ対策上必要な範囲にとどめている。

それがウソだったことがばれてしまったわけだ。この事件はボルカールールの成立に手を貸す結果となった。

今日の国際的な経済危機、金融危機はその根源を辿れば国際投機資本に行き着く。国際投機資本への有効な規制こそが、経済の再活性化と安定化のために避けて通れない課題となっている。

そういう点で、今回のロンドンクジラは世界の経済をルールあるものに再建するための救世主だったのかもしれない。

 

このなかでイギリスの金融資本の荒業が報道された。さすがはサッチャリズムの本家、やることが半端ではない。

①欧州最大手のHSBCが全従業員の1割に当たる3万人を解雇した。このリストラで20億ユーロが浮いた。ロイズTSBも従業員の14%を解雇した。欧州各国の金融機関の人員削減を合計すると6万人を超える規模となっている。

②HSBCの上半期利益は前年同期から16億増えて62億ユーロとなった。HSBCがリストラ計画を発表した日、株価は4.5%上昇した。

③ロンドン金融街で昨年度158億ユーロが重役+トレーダーに支払われた。これはリーマンショック直前の水準と比べ23億ユーロの増加に当たる。

 

これに対抗して金融取引税導入の動きが本格化してる。欧州議会が11年3月に金融取引税の導入を求める決議を採択した。欧州連合の試算によると、

1.域内27カ国の金融機関がかかわる株式と債券の取引、デリバティブ(金融派生商品)に限定して徴税する。
2.株式と債券には一回の取引ごとに0.1%、デリバティブには0.01%を課税する

という条件での見積りの結果、810億ユーロになる。

これに続き、フランス下院でも同様の決議が採択された。
その内容は
①すべての金融取引に0.05%を課税する。
②すべての株式、債券、金融派生商品を課税対象とする。外為取引も課税する。
とのことで、これによりEUレベルで2兆円の税収が見込まれるとしている。

Ⅲ.ユーロ危機

A)ユーロ経済圏の矛盾

リーマンショックは金融危機だった。金融危機から実体経済の崩壊が起きた。その回復過程で大量のドルが発行され、国債・為替相場の動揺が起きた。金融危機は膨れ上がった信用と投機資本の横行に原因があるが、その根底には長年にわたる貿易不均衡と、それをドルの発行でしのぐという構造がある。

サブプライムローン問題はかなり分かりにくいので少し解説する。


サブプライム: サブプライムとは銀行のつけた呼称で、収入が少なく返済能力の低い階層の人々のこと。

サブプライム・ローン: 銀行はこの人たちに住宅ローンを貸し出した。これをサブプライムローンという。当然、貸し倒れリスクが高い分だけ利息も高くなる。

投資銀行の犯罪: 投資銀行は住宅ローンの債権を証券化し、「債務担保証券」(CDO)という紛らわしい名前で売り出した。このような"金融商品”はジャンク債(劣後債)と呼ばれ、普通は素人は手を出さないものである。

格付け会社の犯罪: しかし、投資銀行はこれを隠して優良債に紛れ込ませ、"利回りの良い優良債”として売り出した。一種の金融詐欺である。そして大手格付け会社はそれと知りつつ"毒入り債”に高格付けを与えた。これも一種の金融詐欺である。

その結果、世界中の投資家がこれを優良債として売買した。

しかしアメリカの住宅市場が低迷するとサブプライム層は次々と住宅を手放した。アメリカでは住宅を手放せば、住宅ローンは解消されるので、膨大な貸し倒れが出現した。

サブプライム・ローンを購入した投資家は膨大な損金を計上し、連鎖倒産することになった。

しかし投資銀行(リーマン・ブラザース以外)は政府資金の投入を受け、命をつないだ。格付け会社には何のお咎めもなかった。信用したほうが悪いのである。

米国政府は銀行を救済するためにドルの大量発行を行った。それは国債の発行と連銀による買い取り(QE2)を通して行われたが、それは膨大な債務として積み上がった。

アメリカ以外の国では、財務内容の悪化は国債の格付け低下と国債利回り上昇をもたらした。資金確保のためには外貨建て国債を発行するほかないので、対外債務の増加となり、債務危機を招いた。

 

今回のギリシャ危機はユーロという通貨の危機だが、本質的にはリーマンショックの波及効果である。

ギリシャはこのまま行けば“アルゼンチン”だ。しかし母体がアメリ カ・ドルとユーロでは格が違う。ギリシャのアルゼンチン化は即、EU圏内大銀行の倒産、ユーロシステムの崩壊につながる。

ユーロ危機で銀行は2千億ユーロの国債関連損失を計上することになる。さらに危機国との取引に伴う損失を含めれば3千億ユーロに達する可能性がある。

IMFは危機回避のためには資本増強しかない。自力調達ができなければ公的資金の注入を、と訴えている。ことの本質はギリシャ支援ではなく、銀行と投機資本への支援 なのだ。間違いないのは、ギリシャの民衆は決して救われないということだ。


国債の格付けが下がると、国債のリスクが高まり、リスクが高まれば利率は上がります。欧州の銀行は国債を購入するというかたちで、 それらの国に貸し込んでいましたが、利率が上がれば、額面に対する実質価格は割り引かれることになります。この差額が銀行にとっては損失処理の対象となり ます。

 構造的危機は先送りされただけで解決したわけではない。マーストリヒト体制はドイツにだけうまい汁を吸わせる仕掛けになっている。貸すときには国境なし、 儲けるときも国境なし、返すときだけ国境ありというのは、弁つきピストンと同じ原理である。一見金も商品も往復運動しているように見えるが、実際の流れは 一方向でしかない。

ユーロ圏の経済・金融・財政再建のためには、スティグリッツの11年8月の発言が非常に参考になる。

1.事態の解決法は公平な経済成長を実現することだ。需要を喚起し、高い成長を実現し、より良い経済環境を作ることで赤字を減らすことだ。

2.EUは公平な経済成長を回復するためには連帯基金「ユーロ共同債」を創設すべきだ。当面は諸国家をまたがる債務再構築だ。

3.現行の救済策は、“多額の資金を貸し込んだ欧州諸国の銀行の保護”にすぎない。国際決済銀行(BIS)規制は何の役にも立たず、むしろ資金の退蔵を進めるだけである。

4.財政の長期的健全化のために必要なのは、課税構造の再構築である。

Ⅱ 世界を襲う失業・貧困の波と不平等の拡大

A 米国における貧困の実態

米国はこれまでも双子の赤字といわれる貿易赤字と財政赤字を抱えてきたが、GDPの上昇と連邦債の発行で補ってきました。しかし08年のリーマンショックを気にGDPが落ち込み、財政赤字幅が一気に拡大しました。

一方で貧困者の数は激増しています。米国勢調査局の国民生活調査によると、一世帯の年収は4万9千ドルで、昨年に比べ2.3%の減というから相当なもの。円にすると78円換算で390万円、日本より低くなる。日本の世帯あたり収入は400万円くらいだったはず。しかし貧富の差が激しいと平均値はあまり意味を持たなくなる。

ついで貧困者比率。米国統計では4人家族で2万2千ドルを貧困ラインとしている。円で言うと170万円、月額14万円、1日1人1200円、である。これは貧困ではなく飢餓ラインである。

フードスタンプの受給対象者はもう少し広く、4人家族で月収2400ドル以下となっているが、日本の生保基準より厳しい。しかも丸ごと保護ではなく食料費の一部が補助されるに過ぎません。

貧困層人口は4600万人。これは国民の7人に一人に相当する。まさに貧困大国だ。しかもこの3年間で1.6倍に増えている。母子家庭の貧困率は32%に達している。

民間世論調査機関の調査では、米国の全世帯 の2割に当たる約6200万人が、資産ゼロか負債を抱えている。別の調査によれば、伸び悩む年収と物価高を乗り切るために「必要な物しか買わなくなった」米国人が70.5%、食費を抑える人も42%という高率に達している。

ティーパーティの財政縮小の主張は、暴動覚悟の狂気の沙汰だということが分かる。

B 米国における富裕層の実態

米国トップ0.1%の超富裕層が約46兆ドルの富を抱えている。日本円にすると4千兆円という、途方もない額になる。日本のGDP9年分、国家予算50年分だ。しかもこの富は今後10年間に倍増すると予想されている。ということは毎年400兆円づつ積み増されていくことになる。さらにオフショア資金は、今後10年間で100兆ドルを超える見込みだ。(WSJ日本語版)

ちなみにこの調査結果では、日本の富裕層が米国に続いており、現在、10兆ドルの資産は 2020年までに約19兆ドルに膨らむものと予想される。

法人税は9%以下に激減した。米企業の3分の2は税を納めていない。タックスヘイブンへの資本移転や生産拠点の海外への移動のためだ。

C バフェット発言

政治家たちは『痛みを分かち合うこと』を求めてきた。だが、そのなかに私は含まれていなかった。富裕層に重税を課すと、投資意欲を削ぎ雇用にマイナスに働くと叫ぶ人がいる。それは嘘だ。20世 紀末の20年間、私に対する課税率はもっとずっと高かったが、投資意欲が削がれることはなかった。逆に富裕層減税の導入後には、雇用創出数は減少している。これが事実だ。

D 9月のオバマ経済演説

国内経済に関する部分は、読んでいて胸がすく思いがする。どこかの国の首相の胸くそが悪くなるような美辞麗句とはえらい違いだ。

「少数が豊かで多くの国民が生活苦を強いられる国を選ぶのか、全国民が公平な機会を得て、公平な負担を背負い、同じルールに従う経済に復活させるかの選択だ。問われているのは民主党か共和党かではなく、アメリカの価値観だ」

「アメリカ自らの製造業、技術力を持った労働者、アメリカの国に基盤を置いた持続可能な経済の構築へ向けた青写真を示す」

「海外に労働力を求める企業に税優遇は行わない。減税は国内にとどまり、国内で雇用を生む企業を対象とする。大企業の税金逃れを防止するため、多国籍企業に一定の税を課す」

「国防費5千億ドルを節減する。戦費縮小で浮いた財源の半分は債務返済に、残りは国家建設のために使う」

「大富豪の4分の1が中間層家庭よりも税率が低い。公正な税負担のため税制改革が必要だ。100万ドル以上の所得があるのなら、最低でも30%以上の税金は払うべきだ。減税措置の撤廃も必要だ」30%ねぇ、あほブッシュの前は最高70%なんだけど…

「経済回復への動きがまだ弱いのに、1億6千万人の勤労者への増税を避けることこそ、最も差し迫った優先課題だ。アメリカ国民の98%をしめる年収25万ドル以下の家計の増税をしてはならない」25万ドル=1900万円? ちょっと高過ぎ?

「こうした政策を“階級闘争”だと呼びたいのであれば、そう呼べばいい。億万長者に、少なくとも自分の秘書と同じ程度の税率で納税してもらう。ほとんどのアメリカ人はそれを“階級闘争”ではなく常識と呼ぶだろう」

「金融危機の引き金になった住宅担保証券に対し、不正調査にむけた特別チームを立ち上げる。庶民の金で危ない賭け事をすることはもう許さない」


27日の北海道AALA連帯委員会の総会でしゃべるための原稿です。

「これが世界だ」2012年版

Ⅰ 2011年は、世界にとってどういう年だったでしょうか

A まず、世界の青年たちが立ち上がった年でした。アラブの春に始まり、5月にはスペインでの広場立てこもり行動、夏から秋(現地では冬から春)にかけてのチリとコロンビアの学生の闘い、そして10月にはウォール街占拠行動と、社会を揺るがすような行動が続きました。これが社会の雰囲気を大きく変えつつあります。

B 2011年の東北大震災と原発事故は日本だけにとどまる問題ではありませんでした。「原発ノー!」の声は世界に広がりつつあります。そして核兵器開発に対する拒否の立場も広がり、北朝鮮やイランなどの核開発を押さえ込みつつあります。

C ギリシャに端を発した財政危機、債務危機はユーロ圏全体を巻き込んで拡大し、米国でも債務問題が深刻化するなど世界同時不況となっています。人々はこの不況の波を受け、失業・貧困の犠牲者となっています。

D この不況は国際金融資本の横暴が生み出したものです。人々に緊縮を強いるのではなく、国際金融資本を規制することが必要です。このことの重要さがますます明らかになりつつあります。すでにヨーロッパではそのためのメニューが出来ており、それを実行する政府も登場しつつあります。世界は潮目を迎えつつあるといえるでしょう。

E こうした中で、現在の経済システムに変わる代替案、「新たな国際経済秩序」はあるのでしょうか。それを示唆しているのが、いまラテンアメリカで進んでいる財政主導型の社会改革と経済統合です。逆にアメリカ中心、金融資本本位の現在のシステムをさらに推し進めようとしているのがTPPです。


自民党の町村信孝元官房長官は、税・社会保障特別委員会で質問。この中で以下のごとく追及した。

(社会保障を消費税だけで賄うことを前提に)
「消費税を10%に増税しても、17兆円不足する。消費税6%相当が足りない」

ようするに、16%まで消費税を上げろということだ。

一体何を考えているのか、さっぱり分からない。こんなことをしたら実体経済は持たない。底が抜けて奈落に転げ落ちるのは、火を見るより明らかではないか。

とにかく消費税派は、上げた場合に日本経済がどうなるのか、それをどう克服するのかの展望をまったく語らない。

あまりにも無責任というほかない。もはや狂気じみている。


民医連総会の決定集を送っていただいた。
「健康権」をめぐって議論が闘わされたという。「まだそんなことやってるんだ…」というのが率直な感想である。
そんなものはありはしない。健康というのはそもそも主観、実体的には健康を保つ上での行政の役目、保健および公衆衛生と関連して語るべきである。
「患者の権利」はそういうものではない。不健康だから患者なのだ。しかも人間、いつかは必ず不健康になって死ぬものなのだ。自然の摂理からすれば、「健康権」など天に向かって唾するようなものだ。

患者の権利は、人間にとってもっともだいじな権利、「生きる権利」と関連して語られるべきである。
患者の権利とは、「病者が、病者であるにもかからず、病者であるままに」普遍的に生きる権利である。「障害者が障害者として生きる権利」や「児童が児童として生き、成長する権利」などと並べ、語られるべきである。それはかつて久保全雄さんが提起したように「生きる条件」の保障を求めている。
「生きる権利」は即自的に生きながらえる権利でもあるが、生活(生のいとなみ)する権利でもあり、一個性として実存(尊厳の実現)する権利でもある。そのなかでも中核となるのが「病者の生活権」である。私はそれを療養権と名づけている。
「生きる権利」は、医療生協の一部諸君の言うような「対等の契約による権利」ではなく、弱者の権利である。それと同時に弱者の問いかけでもある。
弱者はこう問いかける。「それは、ほんとうのところ、あなた方の権利じゃぁありませんか?」

その問いかけに周りがどう受け止めるかによって、その権利は生かされも殺されもする。

「だったら、生かそうじゃないか」というのが我々のスタンスである。


旗の文化面、佐藤さんの「未来への意志: アフリカ取材から見た日本」という文章がとても良い。


…人が死ぬことは避けられない。しかし、人々の豊かなつながりの中では、個人の死というものは命の断絶ではなく、大きな命の一部として脈々と生き続けるのだ。大きな命を生きる人々は、ともに喜びを分かち合い、悲しみを支えあう。

…死という宿命を背負った人間が生きていくには、たんに物理的に恵まれた環境が必要なだけではなく、その死を受け入れ、大きな生を紡いでいける人々の「つながり」が必要不可欠なのだと信じている。

「大きな生」のなかに生きる個別の命、これは非常に正しい。ただ近代社会にあっては「大きな生」は、自由な個性の実現と引き換えに廃棄されている。それを「貧しさを分かち合う」未開社会に戻すことはできない。個性の「豊かさ」の内に、あらたに能動的な「大きな生」を形成していくしかない。そういうロング・レンジの課題が突きつけられているのだろうと思う。

左前方から照らしているのは夕日だろうか。あまりに表情が美しいので、新聞からコピペしておく。

http://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/5/c/5c1e7709.jpg


赤旗にポランニーの本の宣伝が載っていた。「市場社会と人間の自由: 社会哲学論選」
という題である。発行元は大月書店。
聞いたことない人だが、科学的社会主義の立場の人かと思ったら、どうもそうでもないようだ。
宣伝文句にはこうある。
経済と民主主義の危機という経験から、市場ユートピアを根源的に批判した。
その知的格闘を通じて、日本の政治・経済の混迷を問い直す。

ウィキペディアでさっと調べたら、オーストリア生まれのユダヤ人でカナダに亡命している。奥さんは共産党員だったそうだが、本人はリベラルという程度。
中身は、マルクスの水割りと言うか、無毒化したもの。市場経済を社会に対するアンチテーゼとして否定するが、その進歩性や市場化を通じて形成される「新しい人間」像を見ない。
いわば「真正社会主義」の焼き直しのようだ。これなら体制にとって怖くはないだろう。

このところギリシャのユーロ離脱の報道が過熱している。

しかしギリシャのユーロ離脱はありえない、と思う。だいたい、ユーロ経済圏を一体のものとして考えないと、ぜんぜん話が噛み合わない。各国の独自性はもちろんあるが、まずはユーロ経済圏が一体になって成長してきた経過を踏まえておく必要がある。

ギリシャ、ポルトガル、スペイン、イタリア、それにフランス問題は、ユーロ経済圏における労働者・勤労者の貧困化の問題なのだ。ユーロ経済圏の発展が一方に富の集中と、他方に貧困の集中をもたらした。それが地域的に偏在している、いわば域内南北問題なのだ。経済が発展すればいやおうなしに当面する問題なのだ。

いま必要なのはその調整なのであり、ギリシャの離脱を認めることは、資本主義を止めますということに等しい。

第二に、ギリシャごとき小国はその気になれば救済するのも簡単なのだ。たしかに構造的にいくつかの深刻な問題はある。それは一定の国際基準を導入しなければならない。たとえば、公務員の年金問題はラテンアメリカでも避けて通れない課題だった。

肝心なことはギリシャに住む人々を救済することであって、借金を返させることではない。問題は債務なのだ。債務をチャラにすれば、あるいは中長期の支払猶予を与えれば、少なくともゼロからの出発は出来る。その上で必要な構造改革については実行を促す、というのがだいじであって、借金をひたすら返すためのみの経済にしておけば、いずれ持たなくなるのは明らかだ。

モラルハザードというが、そういう連中にモラルなどを語る資格はない。08年リーマンショックのあとの各国債務状況を見れば、投機資本がいかに介入し、危機を増幅しているかは明らかだ。彼らの言うモラルとは「盗人にも三分の理」という程度のものだ。

第三に、ギリシャを救うこと、そのための断固とした姿勢を示すことが、他国に与える影響はきわめて大きいということだ。別にスペインやイタリアを救わなくても、ギリシャを救えばそれらの国の信用不安は治まる。同時に人の不安につけ込んで大儲けをしているヘッジファンドやデリバティブ金融は一気に没落することになる。

ギリシャは緊縮財政を3年以上続けている。GDPは5年連続の低下で、11年にはついに6.8%にまで達した。誰が見てもこれ以上の緊縮は不可能だ。それにもかかわらず、財政赤字・経常収支ともにまったく改善の兆しを見せていない。

これ以上の緊縮政策の継続が有害無益であることは誰の眼にも明らかだ。非人道的な見せしめ的な「刑罰」はただちに中止すべきだ。刑罰を与えられるべき人は別にいる。

昔フランソワーズサガンの映画で「ブラームスはお好き」というのがあった。観たこともないし、元の小説も読んだことはないが、題名だけは不思議に憶えている。そのころ(50年代前半)フランス人はあまりブラームスが好きではなかったらしいと聞いた。だからブラームスが好きなフランス人というのは一風変わった人ということになったらしい。

振り返って私に「ブラームスはお好き?」と問われると、たしかに一瞬詰まる。たしかに好きは好きだが、どこがどう好きといわれてもこれといって答えようがないからだ。

たとえばハンガリー舞曲の1番とか5番、交響曲第1番の第4楽章、第3番の第3楽章、弦楽6重奏曲第1番第2楽章などは定番的なメロディーだ。しかし好きな曲は交響曲第2番であったり第4番であったりするのだが、じゃあ好きなメロディーといわれると「さてどんなだっけ」、ということになる。

ブラームスを聞いていると、「山高きをもってせず、奥深きをもって尊しとなす」という気分になる。

といいつつも、世にブラームスフアンは多いらしい。youtubeでブラームスを検索したら数え切れないほどヒットする。

今回聞いた第4番は以下のような顔ぶれである。
①カラヤン指揮ベルリンフィル
②クライバー指揮ウィーンフィル、バイエルン国立オーケストラ
③ジョージセル指揮クリーブランド管弦楽団
④フリッツ・ライナー指揮ロイアルフィル
⑤ワルター指揮コロンビア交響楽団、BBC交響楽団
⑥フルトベングラー指揮ベルリンフィル
⑦オーマンディ指揮フィラデルフィア
⑧ヨッフム指揮ベルリンフィル
⑨ヤンソンス指揮コンセルトヘボウ
⑩小沢征爾指揮ウィーンフィル
⑪メータ指揮ウィーンフィル(上海ライブ)

演奏の良し悪しの前に、とにかくアップロードされた音源がひどくて聞くに堪えないものも多い。
ジュリーニはシカゴとのCD盤、ベルリン・シュターツカペレとの演奏が載っているが、どちらもだめだった。再アップを期待したい。メータも小沢も元の音は悪くないのだろうが、アップロード時にすっかり壊れてしまっている。

クライバーの人気が圧倒的なようで、4種類の音源がある。79年のウィーンフィルとの演奏会ライブ、おそらく同時期のCD盤のアップがあるが、いずれも音質は劣悪、その後89年と96年のバイエルンとの演奏会ライブがあるが、どちらも音質は低い。アップ時の劣化と思われる。しかもオケが二流だ。
どうせ音に期待できないなら、一番面白いのはウィ-ンフィルとのライブだろう。緊張感あふれる演奏で、ケレン味たっぷりのクライバー節だ。この人のピークはこの頃で、あとは余力で生きていたとさえ思える。

音質で選ぶなら、ちょっと古いがカラヤンの73年の演奏がよい。もっともこれはyoutubeではなくニコニコの音源だ。

録音そのものが優秀とはいえないが、演奏はセルのものがよい。地味だが聞いているうちに引き込まれる。ライナーは特別な演奏で、同感はできないが説得力がある。抵抗を覚えつつも、つい全曲聞いてしまう。オーマンディは映画音楽風だ。この曲はベンハーではないぞ。

ヨッフムは締まりがない。リズム感なしに演奏するとこの曲の弱点が強調されるようだ。クナペルツブッシュ指揮ケルン放送の音源はニキシュでも聞いているようだ。

フルトベングラーは、第4楽章のリハーサル風景がすごい。ただ昔の音としてもひどすぎる。ワルターとBBCの演奏については以前書いたとおり、コロンビア交響楽団との演奏はあまりにも音源がひどすぎて(ビニール盤が目一杯反っている)評価できない。

我々の時代、万年筆は中学生の証しだった。
小学生ならランドセルだろうが、ランドセルにはあまり思い出がない。金がなかったから豚革のガサガサしたランドセルで、縫製もそれなりに悪かったから表革と裏革が剥がれて、子供なりに惨めな思いをした。しかしランドセルなどない子もたくさんいたから贅沢はいえない。
小学校4年生くらいになると、もうランドセルはぼろぼろで使いものにならない、だからみんなズックの肩掛けかばんに代わっていた。
中学に入ると帽子に詰襟にワイシャツだ。フルスカップという紙が配られた。見たこともないような上質な紙で、五線譜のような横線が印刷されていた。
これにペンとインクで「アイアム・ジャック・ジョーンズ、ユーアー・ベティー・スミス」と書くのである。
最初は興奮して練習したが、すぐに飽きた。あんなものは役に立たない。いまどき筆記体で書かれても読みにくくて困る。

そのうちみんなが万年筆を持ち歩くようになった。記憶があいまいなのだが、確かプラチナかセーラーだったと思う。パイロットはインク会社であって、万年筆の会社ではなかったように思う。

インディアン・インクというものあったが、あれは赤インキで、先生がマルやペケをつけるのに使っていたように覚えている。

最初はインク壷からスポイトで吸って、補充していたのが、途中からカートリッジ式になった。あれはプラチナのヒット商品で、これでプラチナは業界一位になったんではなかったかな?

とにかくカートリッジ式になってから、インクがボタっと落ちるのがなくなったから、非常に便利だった。それまでは濡れ雑巾をそばにおいていて、あったまってくるとそれで冷やしたりして使っていたものだった。

高校に入る頃にはだいぶ日本も豊かになっていたから、入学祝は舶来の万年筆と相場が決まっていた。

最初の流行はパーカー、ついでモンブランとなったが、さすがにシェーファーやペリカンを持つ生徒はいなかったように思う。

しかし私はもらった記憶がない。そのころは物心もついていたから、たぶんプラチナのほうが良いと思ったのではないだろうか。

そのころが万年筆のピークだったと思う。そのうちにBICのボールペンが出てきた。その後は三色ボールペン、そして水性インクのマーカー…
あっというまに万年筆は駆逐された。

いま考えると、昭和35年から40年というのが時代の変わり目だったんでしょうね。

ロンドンクジラの話は、結局ボルカー・ルールの話に落ち着く。「ボルカー・ルールを勉強した Ⅰ、Ⅱ」でかなり突っ込んで解説してあるので、一度ご覧いただきたい。

10年くらい前、サラ金が全盛だった頃、悪質な取立でずいぶん社会問題になった。ところが報道されなかった“ことの本質”は、サラ金が大手銀行のダミーだったということだ。

銀行は一般融資先には貸し渋り、貸し剥がしをやって苦境に追い込んでおいて、高利貸しから融資を受けるよう仕向ける。その上で、高利貸しに資金を提供し利ざやを稼ぐという悪辣な商法に走った。

しかしこのくらいは可愛いもので、アメリカでは高利貸しにではなくヘッジファンドに金を回した。

ヘッジファンドとは

ヘッジファンドというのは元々は保険の代理店みたいなもので、貸し倒れになったときに備える保険を扱っていた。ところがこの保険そのものに値がついて売買されるようになったから話がややこしくなる。

いわば企業の不人気投票みたいなもので、不人気なほどその保険の値は上がることになる。

商品が直接売買される商品市場、会社の信用が売買される株式市場についで、リスクが売買されるヘッジの市場が登場するようになった。さらに通貨の変動相場制移行に伴い為替市場も巨大化し、これにもヘッジ市場が関与するようになった。

ところが今回のロンドンクジラでも分かったが、この市場は非常に閉鎖的で謎めいている。例えて言えば鉄火場みたいなもので、とても堅気の人が手を出すようなマーケットではない。

しかもヘッジという性格上、一般的には禁じられているカラ売りに近い効果を示すので、その肥大化は一般市場に対して撹乱的な要素が強い。したがって規制の対象とすべきである。

巨大銀行の直接支配へ

10年ほど前までこの世界は、勝負師の世界だった。しかしそこに巨大な利益の源があることに気づいた巨大金融機関がなだれを打って参入した。

最初は証券会社、さらにJPモルガンのような堅気の商業銀行まで加わるようになった。

アメリカでは銀行が直接自分の金を証券投資することは禁じられている。しかしヘッジというのは、そもそも貸し倒れ保険みたいなものだから、「これは投資ではありません。安全対策費です」といいぬけることができる。

オバマ政権が打ち出した銀行の投機資本への投資禁止策は、計画の立案者の名をとり、ボルカー・ルールと呼ばれている。目下議会で審議中だが、法案反対の先頭に立っていたのがJPモルガンの社長だった。

彼の反対の理由はこういうことだ。

たしかに以前は指摘されるような傾向もあったが、リーマンショック後は各金融機関とも襟を正し、やばい商売には出を出さなくなったので、このような法案は不要だ。ヘッジも、貸し倒れ対策上必要な範囲にとどめている。

それがウソだったことがばれてしまったわけだ。この事件はボルカールールの成立に手を貸す結果となった。

今日の国際的な経済危機、金融危機はその根源を辿れば国際投機資本に行き着く。国際投機資本への有効な規制こそが、経済の再活性化と安定化のために避けて通れない課題となっている。

そういう点で、今回のロンドンクジラは世界の経済をルールあるものに再建するための救世主だったのかもしれない。


道東勤医協というのはなんとも不思議な組織で、こんなにまとまりが悪い組織もないが、それでも不思議にまとまっている。全日本民医連の七不思議のひとつではないだろうか。

まとまりが悪いのは、始終ガチンコの論争をするからで、いい歳してつかみ合わんばかりのけんかだ。何とかまとまるのは、ガチンコ論争すると最終的には「正論」に収まるほかないからだ。

経営を守り、住民を守り、路線を守る、この三拍子がそろわないと道東勤医協は守れない。何せ情勢は厳しいから、どれかひとつだけがんばって一点突破しようと思ってもできるものではない。論争の出発点はたいてい一点突破主義だから、詰めていくとかならず矛盾が出る。

こういう論争はどちらも一理あるから、どちらが勝つとか負けるとかいうことにはならない。つまりは疲れてやめるのである。疲れてやめるだけだから、疲れがとれたらまた始めるのである。ただ休戦に当たって、お互い確認することがある。「とにかく闘うしかない」ということである。

道東は厳しい、産業も厳しい、住民は苦しい、だから勤医協も苦しい。これは日本が厳しくなっているからだ。いまの日本という国は、トヨタ、三菱、住友などの大企業を中心にバウムクーヘンみたいにできている。その皮のところから日本の一部が剥がれ落ちようとしている。

大企業は地理的な田舎も、階級的な下層階級も、年齢的な年寄り階層も日本の縁だと思っているから、核心的な利益を守るため、それらを切り捨てることに躊躇しない。しかしこれはとんだ見当違いだ。人間は皮がなかったら生きていけない。吉永小百合やXXさんが美人なのは皮の出来が良いからだ。大脳から皮質をとったら残るのはカスばかりだ。

大企業は追い詰められている。だから、皮膚を剥いで体中から血を噴き出してでも自らの利益を守ろうと、狂気の沙汰に踏み出している。しかし民衆はそれを許さない。

フランスでもギリシャでもドイツ最大のウエストファーレン州でも、民衆は大企業の論理を拒否した。中南米ではすでにもうひとつの世界を目指す諸国連合が形成されている。「成長と雇用」が世界の合言葉となっている。日本もすでに巨大な過渡期に突入している。

ただがんばるのではなく、がんばった先の未来が見えるから道東勤医協はがんばれるのだし、まとまれるのだ。

“ロンドンのクジラ”とはなんともキャッチイなネーミングだ。 「その素顔は謎に包まれ、報道も過熱気味だ」とされているが、さもありなんである。

インターネットではロイターと産経新聞の記事が読める。以下はその要旨。


このクリーチュアは、JPモルガンのダイモンCEOがヘッジ戦略の失敗に“ロンドンのクジラ”が関与していたと認めたことから、突然浮かび上がってきた。

“クジラ”の本名はブルーノ・イクシル、フランス人で、1991年に工学・技術系教育機関のエコール・サントラル・パリを卒業。ロンドンを拠点に「最高投資戦略室」(チーフ・インベストメント・オフィス)のクレジットデスクを率いていた。年齢も不詳という謎の人物だ。

ジェイミー・ダイモンCEOは会見で、「(公正な取引を掲げる)私の原則に反するもので、非を認めるしかない」とうなだれた。ただ、イクシル氏の元同僚によると、このチームの業務内容についてはJPモルガンの経営トップが把握しているという(ロイター)。JPモルガンのチーフ・インベストメント・オフィスに相当するリスク・ヘッジ部門は、他の銀行にも存在するといわれる。

ダイモンは、銀行の投機的取引を制限する新金融規制案(ボルカー・ルール)導入に対する反対派の急先鋒だった。リーマン危機でも損失を出さなかったことが説得力を持たせた。

その甲斐あって規制導入は2年先送りされた。その矢先の出来事だけに、ダイモン自ら語るように「きまりが悪い失態」となった。これから問題なのは、JPモルガンの損ではなく、「ボルカー・ルール」への影響ですね。

クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)の派手な取引で毎年数億ドルを稼ぎ出す。市場を大波で揺らすような売買からついた異名が「ロンドンのクジラ」だ。損失発覚も、荒っぽい手口に眉をひそめる業界関係者がメディアに告発したのがきっかけだった。

この記事(ウォールストリートジャーナル)は残念ながら有料で読めない。

各種ブログを総合すると、「JPモルガン・チェースのCIO部門でCDSのポジションを1000億ドル保有しているクジラと呼ばれているトレーダーが市場を歪めている」といううわさ話程度の報道だったようだ。


ところでそもそも「クレジット・デフォルト・スワップ」(CDS)なるものが分からない。電気クラゲさんのブログでは以下のように書かれている。

クレジット・デフォルト・スワップってのは、信用取引した債権がデフォルトしたときに元本を保証してもらえる商品。 ただし、定期的に一定額の支払いが必要。

①信用取引のリスクを抑えることができる
②債権自体は所有し続けることができる

まあ、早い話デフォルト保険ですね。どうしてそれが取引の対象になるかというと、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)を使ったいわゆる「合成ヘッジ」を行うんだそうです。結局良く分からない。

自分なりに頭を絞ると、この保険は会社がやばくなれば価値を増すことになる。そうすればより高額で売却できることになる、ということで空売りと同じ効果が期待されることになります。しかし誰がこのような商品を発売しているのだろうか。本当に払えるのだろうか。


次はブルームバーグの記事

5月10日、JPモルガン・チェースが約20億ドルの損失が出たと発表。「クレジット証券のポジションのリスクが予想以上に高い」ことから判明したものだとされる(何のことやら分からぬが…)

同日、ダイモンCEOは「トレーディングの損失は自ら招いたもので甚だしい失敗だった」と述べる。ウォール街筋からは、「JPモルガンがこのような事態になれば、他行にも疑念を招く」との反響が広がる。


別のブログ実践!アルゴリズム・トレード!によると、ダイモンはこうも述べているようだ。

「ポートフォリオは当初の予想よりもリスクが大きく、変動が激しくてヘッジ効果が小さいことが分かった」と説明し、「われわれに責任がある。今回起きたことは、我々が目指していたビジネスのやり方ではなく、経営手法に関する基準と原則に違反している」と述べています。

往々にして、言い訳というのは分かりにくい表現になるものだが、それにしても良く分からない。分かるのは「我々に責任がある」という部分だけだが、どう責任があるのか、なぜ責任があるのか、はっきりしない。

ブログ主は以下のように解説しているが、これもさっぱり分からない。

今回の取引はシンセティック・クレジット証券関連で発生しました。CIO部門では、金利や為替変動など銀行業務に固有のリスクヘッジが中心的な業務ですが、このヘッジ取引と自己勘定取引の区別が非常に難しい部門となっており、さらに同行では市場規模と比較して非常に大きなポジションを持っていました。

たぶん、CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)を扱うロンドンのCIO(チーフ・インベストメント・オフィス)は、ダイモンCEO(最高執行責任者)の指示の下に派手なシテ戦を繰り広げていたということだろう。

ブログ主は次のようにまとめているが、産経新聞と同じと考えてよいだろう。

今回の損失は金額的なものもそうですが、それ以上に施行が予定されているボルガールールに対し、賛成派議員への材料となりますので、今後の投資銀行業のビジネスへ影響は大きなものとなりそうです。

ここまでが第一報。

これからはその後の動きを見てみる。

まず13日のロイターはCIOのCIOが辞任というニュース。「最高投資戦略室」(CIO)を率いるアイナ・ドルー最高投資責任者(CIO)が辞表を提出したというものだ。

辞任の理由は、「債券の信用力に関連するデリバティブのポートフォリオでリスク管理に失敗。ポートフォリオ運用に使ったヘッジ戦略が複雑、かつ大規模になりすぎ、ポジション解消が困難になった」ためとされている。(これもさっぱり分かりませんなぁ)

ダイモン最高経営責任者(CEO)はNBCのインタビュー番組に出演。損失は同行にとって「致命的なものではない」と強調した。20億ドルの損失が発生した経緯については説明しなかった。


ハーベスライフ香港は少し詳しい解説を出している。がんばれば素人にも多少は分かりそうだ。

企業の債券指数に投資していたロンドンのJPモルガン・チームは、そのベッドがあまりに大き いことから「ロンドンのクジラ」と言われていた。

クジラは、 JPモルガンの融資先の倒産に備えてヘッジ(保険)をかけるために、債券価格が下落する方向にベッドした。ほかのヘッジファンドはクジラとと逆方向にベッドした。

この取引はいったい投資なのかリスクヘッジなのか、その線引きがとても難しい。企業への融資が焦げ付いた場合に、「企業群の債券価格に連動する指数に対して、指数が下がることによって利益を得る手法」はそのヘッジとなりうる。借金を返せなかった分をデリバティブ取引で取り戻すという感覚だ。

しかし現実のヘッジはそうはなっていない。

第一に、資金は債券価格そのものの上下に対して投じられているわけではない。「債券価格に連動する指数」(デリバティブ)というバーチャルな値の動きに投じられているのである。

指数は作ろうと思えばいくつでも作れる。そしてその指数の動きに連動するデリバティブ取引も作れる。そういったデリバティブ取引は公開されていないので、今その金融商品の価格がいくらになっているかもわからない。

第二に、融資先にかけるヘッジ資金であれば、それは投資ではなく一種の「経費」である。

しかし果たして資金の投下先はすべてJPモルガンが融資をしていた企業なのか、もしそうでないとすれば、それは「経費」ではなく投資ということになる。これは自己勘定による投資を禁じるボルカー・ルールに抵触することになる。

アメリカとロンドンの金融庁はこの事件に注目している。ボルカー・ルールに反しているかどうかは別として、リスクの適切な管理が行われていたかどうかが検証されることになるだろう。


オバマ大統領はABCの番組「ザ・ビュー」に出演し、JPモルガンの損失問題について言及した。

オバマは、「JPモルガンは、資産運用に最も優れた米銀の1行で、トップのジェイミー・ダイモン氏も非常に有能なバンカーだが、それでも、彼らは20億ドル以上の損失を出した」とたっぷり皮肉を利かせた。そして「ウォール街改革が重要な理由がまさに示された」と語った。


ここまで、ニュースの大きさにもかかわらず、報道はきわめて少なかった。ロイターの配信と、それにWSJ記事をくっつけた産経の記事がほとんど唯一の情報源だった。

16日になってようやく毎日新聞が特派員報告を載せている。しかし独自取材に基づく新情報はない。朝日・読売の特派員はまだ寝ぼけているようだ。

「欠陥のある戦略と実行で、監視もお粗末だった」と過ちを率直に認めた。

と書いているが、内容的には決して率直ではない。何も明らかにしていないのである。

司法省と連邦捜査局(FBI)が合同捜査を始めたほか、米証券取引委員会(SEC)も調査に乗り出した。

とあるが、決して本線での捜査ではない。

巨額の損失を出した経過が具体的にされていないので、事件の全貌は依然として闇のなかである。

なかでもとくに深刻なのは、ギリシャ国債に手をつけて多額の損失を生んだというウワサだ。これは最大級のスキャンダルとなる可能性がある。

英語の文献に着手しようかどうか迷っている。

とりあえず、リーマンショック以降のユーロ圏財政危機の経過をギリシャを中心にざっとさらって見ました。 

2008年

10月 リーマンショック。

10月 ハンガリーの金融危機。MFが200億ユーロの支援を実施。

12月 アイルランドの三大銀行が経営危機に陥る。政府は総額55億ユーロの公的資金を注入。さらに1千億ユーロに上る不良資産買取を実施。

2009年

10月 ギリシャでパパンドレウ政権が発足。前政権が財政赤字を隠していたことが発覚。財政赤字はGDP比12%を超えていると見積もる。格付け会社はいっせいにランク切り下げ。

12月 ギリシャの財政危機が表面化。欧州委員会、ギリシャに対する制裁手続を強化、さらに財政赤字の4%削減を目標とし、財政引き締めの強化をもとめる。

2010年

3月 ギリシャの財政赤字額は前年の半分に減少。しかし経常収支は赤字額を増やす。

5月 欧州中銀、ギリシャ国債を担保とする民間銀行貸し付けを認める。まもなく国債の直接買い取りも開始する。ギリシャとポルトガル国債の保有額は610億ユーロにふくらむ。

5月 ユーロ圏諸国、総額1100ユーロのギリシャ財政支援で合意。このうちユーロ導入国の負担は800億ユーロ、残りをIMFが負担。

8月 ギリシャ、GDPは7四半期連続マイナス、失業率は12%に悪化

11月 アイルランドの要請にもとづき、EUとIMFが総額850億ユーロの支援を決定。350億ユーロが銀行再建へ500億ユーロが財政赤字補填に当てられる。

2011年

1月 EFSF(欧州金融安定ファシリティー)、アイルランド救済のため、総額50億ユーロの5年債を発行。ユーロ圏17ヶ国はEFSFの貸出し枠を2500億ユーロから4400億ユーロへ拡大。

3月 ギリシャの2010年12月失業率は過去最悪の14.8%へ。GDPは前期比-6.6%まで悪化。追加の財政再建策撤回を求めてギリシャ労働総同盟・ギリシャ公務員連合がゼネスト。275万人が参加する。

3月 ポルトガル議会、財政赤字削減案を否決、ソクラテス首相辞任。

5月 ポルトガル総選挙で中道右派の野党が勝利し、IMF の融資条件履行を確認。

6月 ギリシャでいっそうの緊縮を強いる財政法案が可決。法案反対のゼネストがおこなわれる。

7月 ドイツで、財政支援に反対する一部議員が違憲申し立て訴訟を起こす。9月に棄却される。

7月 ユーロ圏財務相会合。民間金融機関の対ギリシャ債権の取り扱いをめぐる議論が始まる。

7月 スペイン、イタリアの国債の利回りが上昇する。イタリア議会は総額480億ユーロの緊縮財政法案を可決。

8月 S&P、米国債を「AAA」から「AA+」に1段階引き下げ。

8月 独仏首脳、パリでユーロ圏の信頼回復に向けた対応を協議。金融取引税などを提案。

9月 ガイトナー米財務長官がEFSFのいっそうの拡充を求める。

10月 フランスとベルギー合弁の金融機関デクシア、ギリシャ向けに多額の債権を持つことから株価が急落。フランスとベルギー両政府の管理下に入る。

10月 ギリシャ政府が予算案を発表。財政赤字削減目標を達成できないまま提出される。

10月 ユーロ圏首脳会議、民間保有分を含め、ギリシャの債務を50%削減することで合意。

11月 パパンドレウ首相は、第2次救済融資の受け入れにあたり国民投票を実施すると表明。独仏首脳は圧力をかけこの提案を撤回させる。

11月 パパンドレウ首相が辞任。これに代わり財政テクノクラートによる暫定政権が発足。マイナス成長が5年連続し、失業率が20%を超えることから、さらなる引き締めは不可能と見られる。

11月 ベルルスコーニ首相、予算関連法案成立にともない辞任。これに代わり、元欧州委員会委員のモンティを首班とする超然内閣が成立。緊縮財政法案を暫定的に施行。

11月 スペインの総選挙。保守派の国民党が過半数を獲得。

12月 EU首脳会議が開かれる。財政赤字の抑制、欧州安定メカニズム(EMS)の早期発足、IMFへの2,000億ユーロの新規拠出で合意。ムーディーズは決定的な取り組みが欠如していると批判。

12月 欧州中銀(ECB)、三年の期限付きで資金供給オペの発動を決定。

12月 ハンガリー国債が投資不適格に。

2012年

1月 S&P、トリプルAを保持してきたフランスの格下げ。フランスの金融機関はギリシャ国債約757億ユーロを保有しているとされ、波及が懸念された。

2月 ユーロ圏財務相会合。ギリシャ向け第2次金融支援策で合意。2014年までに総額1,300億ユーロの追加支援を行うことが決まる。

3月 ギリシャGDP、4年連続のマイナスとなる。しかも下げ幅は0.1から6.8%に拡大。にもかかわらず財政、経常収支は改善せず。

3月 民間投資家が保有するギリシャ国債のうち約2千億ユーロに対して53.5%の減免を適用。債務残高は半減される。

3月 メルケル首相、ESMの融資限度額を7000億ユーロに引き上げることに同意。(これまでは5千億を主張)

4月 スペインの財政が一段と悪化。主要銀行16行の経営危機が表面化する。

5月 JPモルガン銀行が過去1カ月半で計20億ドルの損失を計上したと発表。「ロンドンのクジラ」と呼ばれる投機ファンドが、ギリシャのクレジット・デフォルト・スワップで失敗したことが原因とされる。

おもに下記サイトを参考にさせていただきました。

http://www.jetro.go.jp/jfile/report/07000940/europe_financial_crisis120427.pdf


EUの一連の事態を追っていくと、巨大化した金融市場に国家が振り回されている姿が浮かび上がってくる。
現代国家の主要な機能(少なくともそのひとつ)は、市場経済の安定化にある。それは実体経済の安定であり、金融状況の安定であり、通貨制度の安定である。
そのなかでもとりわけ重要なのが実体経済の安定であり、金融も通貨も実体経済を安定させるための枠組みと考えられる。
ところが、それが実体経済を破壊するような役割を果たすようになっているのが昨今の状況だ。
金融は生産の発展にとって不可欠である。それは信用を発行し、生産を安定させる。しかし究極的には実体経済市場に規定される。最終的に売れなければ、それだけ損失も巨額なものとなる。
諸刃の刃でもあるのだ。
そのリスクを回避するために各種の保険が創設される。これにより生産はいよいよ発展する。それ以上に金融は発展する。しかしこれも最終的には実体経済の市場に規定される。

生産は等比級数的に上昇するが、需要の増加はそれに及ばない。したがって慢性的な生産過剰状態が続く。農家で言えば「豊作貧乏」状況である。

(少し横道にそれるが、慢性的な生産過剰は、慢性的な失業者と低賃金労働者を生み出している。マルクスの言うように一方における富の蓄積は他方において貧困の蓄積を生み出している。それはまた、有効需要の減少を促し、需給バランスの不均衡を助長する結果となる。)

金融市場はさらに深刻である。資金はあってもそれを必要とする生産者はいない。それは投機に回るほかない。回収できなければ、あっという間に丸損である。

そのリスクはもはや回避できない。だから国家が被るしかない。国家は商業銀行のみならず、証券会社から保険会社に至るまで一切の面倒を見なければならなくなる。

しかし困ったのは、国家にはリスクテークする責任はあっても、リスク評価する権限はない。自由主義経済というのは、国家というものは夜警国家であれば良いと考えているから、営業の内容に容啄されることを嫌う。とくに海外資本は政府の干渉にきわめて敏感である。

しかしリーマンショック一つ見てもそういう時代がすでに終わっていることははっきりしている。金融のこわいのは連鎖反応を起こすということである。しかも猛スピードだ。金融市場が崩壊すれば、我々は石器時代に後戻りすることになる。


こうしてみてみると、事態の解決には二つの方向があることが分かる。

ひとつは需要の喚起により実体経済市場のアンバランスを改善することだ。

(ただし、かつてのような大量生産/大量消費型の「生活スタイルの復活は望ましいとはいえない。ワークシェアーしながら生産効率の上昇に伴って労働時間を短縮し、余暇を増やすことが需要の開拓に結びついていく。社会保障の充実も需要喚起にはきわめて有効だと思うが、年金制度については、その透明性に関して疑問がある)

もうひとつは金融活動への規制を是とする国際秩序を生み出すことだ。一国ではどうしようもない。BIS規制、ボルカールールなどが提唱されているが、いずれも国家との関係という本質的な問題を先送りしている。

国家には金融のあり方を、全般的にも個別的にも、選択・採用する権利があるということだ。


志位委員長が福井の記者会見で発言した内容が、大変良くまとまっている。
①福島原発事故の原因がいまだ特定されていない。(どこまで津波で、どこまで地震なのか)
②政府が出した「安全対策」が未実施である。(政府がとりあえず必要とした30項目からなる対策)
③学問的知見の見直しが必要。(活断層が発見され、予想最大震度が訂正されるなど)
④ストレステストの二次評価が未着手。(事故が起きたときの対処計画)
⑤保安院に代わる規制機関が未成立。


立地自治体の問題にも触れているが、ちょっと当たり障りのないものになっている。
率直に言えば、立地自治体には未来はないということだろう。

再稼動しようとしまいと、どっちに転んでも、もういままでのような甘い汁を吸うことは出来ない、どうしますか?
ということだ。

対策はその上での話になる。

ノルトライン・ウェストファーレン州の州議会選挙で、与党CDUが惨敗した。ロイターによれば、CDUの得票率は26.3%にとどまり、2010年の選挙の35%近くから大幅に低下。第2次世界大戦以降で最悪の結果だという。
直前の世論調査での支持率が31%だったから、最終盤に地すべり現象が起きたことになる。やはりオランド効果が大きいのだろう。

今日のギリシャは明日のフランスであり、あさってのドイツだ。原因はすべて同じ、大企業の貯め込みと金融機関の投機だ。それが失敗したからといって国家や国民にツケを回すのは筋違いだ。

ギリシャはもう十分に我慢した。これ以上は無理だ。これからは大企業に我慢してもらおう。金はずぶずぶになるほど発行されている。ないわけではない。あるところには有り余っている。

大企業のおひざ元ドイツがどう変わっていくかに、EUとユーロの将来がかかっている。そういう意味ではこの選挙は良い兆候だ。この選挙が今後の政局にどのような影響を与えていくかに注目が集まる。

それにしても日本のメディアが、大企業寄り一辺倒の情報しか流さないのはどうしてなのだろう。

http://smokingsection.uproxx.com/TSS/2012/01/how-marilyn-monroe-stood-up-for-ella-fitzgerald-civil-rights

マリリン・モンローは公民権を守った

デジタル・ニュース

By J. Tinsley on January 12, 2012

題名が Marilyn Monroe, The Civil Rights Movement Supporter とすごいもので、読まされたが、騙された気もする。要するに、まだ黒人差別の激しかった50年代、ロスの一流クラブでの公演を拒否されたエラ・フィッツジェラルドを、マリリン・モンローが助けてやって、出演できるようにしてあげたという美談。それを後年エラが思い出として語っているという寸法である。

実はトレイシー・チャップマンの文章を書いていて、進歩的黒人歌手の系譜にエラの名も載せたのだが、ネットで出典を固めようとしたら、そのような記載はどこにもない。うろうろしているうちにこの小コラムにたどり着いたというしだいである。たしか矢沢潔の書いた「ピート・シーガー」という本にエラのことが載っていた記憶があるのだが、記憶違いかもしれない。第一そんな本は本棚にはない。


もし誰かにマリリン・モンローを知っているかと聞いたら、ほとんどの人は彼女のセックス・シンボルとしてのイメージを答えるだろう。ジョー・ディマジオとの短い結婚生活、アメリカ史上で伝説となっている、ケネディ大統領誕生日パーティーでのパフォーマンス。あるいはスカートが突風に捲くれた不滅の写真。

しかし彼女が市民権運動を支援したことを誰か知っていただろうか?

普通なら視野に入らないような逸話を、私はインターネットの中の美しいスポットとして、そのことを書き記しておこうと思う。

1950年代、黒人の歴史上の日々への関心、あるいはアメリカ文化への本で読んだ知識というのはいったん脇におこう。

このころエラ・フィッツジェラルドの名声はすでに響き渡っていた。

彼女の才能がどれくらい優れていたかには関係なく、依然としてフィッツジェラルドは不正義に苦しめられていた。その不正義は、その時代に多くの少数民族がこうむったものと同じだった。

「Mocambo」はウェストハリウッドの最初のナイトクラブであった。そこは彼女の人種を問題にして公演を拒否した。

興奮して打ち明けるような口調でエラは語っている。

モンローは凄まじかった。彼女は本当に芯が強い。ついにクラブもそういうやり方が間違いだと認めたのよ。私は掛け値なくマリリン・モンローに借りがあると思っている。「Mocambo」は50年代の人気最高のナイトクラブだったし、そこに出られたのは彼女のおかげだわ。

モンローはモカンボのオーナーに直接電話したわ。そして「エラとすぐに契約してちょうだい」と話したの。「もしそうしてくれたら、私は毎晩正面のテーブルを予約するわ」

そしてそれは本当だった。マリリンはスーパースターだったから、メディアも本気になった。

「オーナーは言ったわ、イエスって。そしてマリリンはそれから毎晩、正面テーブルに座ったの」

それをプレスが追っかけた。

「だから、それからというもの、わたしはもう二度と小さいジャズ・クラブで歌わなくても良くなったの」

エラはこう結んでいる。

「彼女はただの普通の人じゃない。彼女の時代より少し先んじていたの。そして、彼女はそのことに気づかなかった」

 1337013938

まったくの憶測だが、
南シナ海の紛争は湖錦湯のやらせのような気がしてならない。
重慶の薄一波の息子の失脚事件も、狙いは二世軍団を率いる習近平だろう。
たしかに去年後半からの習近平の突出ぶりは異常だった。
湖錦湯は軍強硬派と結びついて、「俺はレームダックじゃないよ」と主張しているように見える。また野に下っても、鄧小平派の長として力は持ち続けることを宣言しているように見える。


内政は良く分からないが、こと外交に関しては、鄧小平派は徹底したプラグマチズムと力の論理の信奉者である。いわゆる「改革派」である。したがってアメリカには受けが良い。

彼らの右展開は毎年の原水禁世界大会の中国代表の肩書きを見ればはっきりしている。

しかし、党が健全である限り、いずれは左翼バネが利いて、こうした潮流は淘汰されていくであろう。


タイのインラック政権がなかなかよい。
タクシン政権もかなり期待したのだが、時代錯誤のクーデターによってつぶされた。この国における封建層の異常な強さは、米作りと食料輸出立国という経済構造の上に乗っかっていて、農村部の分厚い保守地盤が軍と国王を支えている。
これまで民政時代の政治家も、トラの尾を踏むことがないよう細心の注意を払っていたようだ(岩波新書「タイ」による)

民衆の力と、新興資本家のカネの力、それに旧体制の力がせめぎ合いながら拮抗していたのが、タクシン政権によって一気に動いた。
このときは97年の金融危機によって、エスタブリッシュメント勢力は手痛い打撃をこうむっていた。企業や銀行に投資していた資産家のかなりの部分がスッテンテンになったという。負け組を一気に整理しようとした勝ち組代表がタクシンだったといえる。タクシン勢力には70年代にゲリラ戦を経験した学生運動出身者が加わり、民衆の組織に力を注いだ。

タクシンは最初はカネの力で軍と旧体制勢力に対抗した。旧体制はその方向を許容したが、タクシン派が民衆の力を恃むようになると事態は一変した。彼らは体制維持に危機感を抱き、クーデターという賭けに出た。

しかし10年間にわたるタクシン勢力への抑圧にもかかわらず、結局旧体制の復活は失敗した。タクシン政権はより革新的なインラック政権としてよみがえった。インラック政権成立前の両派の「拮抗関係」は、結局たんなる見せ掛けでしかなかった。いまや国民の圧倒的多数が旧体制ノーの立場に立っていることが明らかになった。

インラック政権の打ち出す政策は、タイ史上初めてというものが目白押しだ。
そのひとつが、今回発表された最低賃金の4割引き上げだ。
赤旗によると

タイ政府は来年から最低賃金を約40%引き上げ、全国一律770円とすると発表。首都周辺6県では先月から先行実施しています。大幅な賃上げを全国に拡大し、労働者の購買力を高めて経済活性化につなげるのが狙いです。
経営者団体は、これにより経営コストが16%上昇し、中小企業の倒産が続出すると反発。また賃上げは物価の上昇を呼び、労働者の生活向上には結びつかないと主張しています。

これに関して大手証券会社の理事は以下のようにコメントしている。

97年の通貨危機による経済悪化で打撃を受けたタイ企業は、内部留保の蓄積を進めた。動機は自己防衛だったが、その後10年以上、労働者の実質賃金はほとんど上がっていない。

どこかで聞いたようなコメントです。


何でこんな番組を見ていたのだろう? と思うが、90年前後のグラミー賞授賞式のテレビを見ていた。黒人のねぇちゃんがそのまんまのなりで出てきてギターを弾きながら歌った歌が非常に良かった。「なんだこりゃぁ?」というわけでめったに買わないCDを買ってきた。それがその年の新人賞を獲得したトレーシー・チャップマンだった。
「すごい歌手が出てきたぞ」と私なりに囃したが、その後はまったく音沙汰なし。なんとなく気にはなっていた。

今日はひょっと気が向いて「そうだyoutubeを当たってみよう」ということになった。
結論から言うと、よくも悪しくも「そのまんま」である。アメリカの状況からいうと仕方がないのかもしれない。マサチューセッツあたりの進歩的な人々の混迷状況を「そのまんま」反映しているのかもしれない。

私らオールドフアンとしては、エラ・フィッツジェラルド、ポール・ギブソン、オデッタという黒人抵抗歌手の系譜を継ぐ人物として期待していただけに、いささか期待はずれである。告発はあっても闘いはない。民衆を扇動するのではなく自己に沈潜してしまう。

とにかくすべてに中途半端で、いたずらにデビュー当時のスタイルを守ることにのみ汲々としている感じだ。

率直に言って作曲家としての才能はあまりないのだから、いいプロデューサーを見つけて自分は歌手に徹すればよい。

たしかにブルースはうまいが、進むべき道はそちらではないだろう。まずもって名門タフツ大学と、マサチューセッツの進歩派の先頭に立って、皮膚の色ではなく労働者階級の歌を歌うべきだ。

彼女の生まれはオハイオ、去年、橋下みたいに知事を相手に労働者が闘って、ついに住民投票まで持ち込んで勝利したところだ。その主力は小学校の先生であり、消防士であり、看護師であり…要するに大企業の労働者ではない。白人も黒人もヒスパニックもふくめた普通の人たちだ。

オハイオの大平原の中に吸い込まれていくような、良いヒルビリーが聞きたいものだ。

とりあえずお勧め曲

1 Across the Lines

2 Behind The Wall

3 Bridges

4 Crossroad

5 Give Me One Reason

6 House of The Rising Sun(これはライブ盤が圧倒的によい)

7 Mountains O_Things

8 Revolution (これもLive盤)

9 Unsung Psalm

10 Why

財界がTPP問題で政府への圧力を強めている。
ただその理由がどうも良く分からない。
以前からTPPは「入るメリット」がはっきりしないのが一番の問題だと書いてきたが、今回の言い分も同じである。
赤旗によれば、
①日本の参加が遅れるほど、日本の国の主張を反映することが困難になり、すでに合意された内容をそのまま受け入れざるを得なくなる。
②日本の戦略的な地位を高め、日本外交の基軸となっている日米関係のいっそうの強化につながる。
というのが理由だとされている。

これではあまりに惨めではないか。

犯人に自首を勧める文句のようだ。いまなら罪は軽いぞ、素直に自首すればお上にも御慈悲というものがあるんだ。お上(アメリカ)を怒らせて後々いいことがあると思っているのか。

つまり、財界は農業や医療などが今のままでいることを犯罪的行為だと思っているのだ。そう考えると、財界の言い分は筋が通っていることになる。

東電の新社長が「原発捨てたらもったいない」といって、それに赤旗が噛み付いている。

大勢の人の命を脅かし、何が「もったいない」でしょうか。

しかしやっぱりもったいないことはもったいないのである。
とくにいままで原発に命を賭けて来たような人にとっては、無念であろう。せめて条件がよい原子炉だけでも、耐用年数までは動かしてやりたいという人情も分からないではない。

しかしあきらめなくてはならないのだ。ブラウン管工場がまだ減価償却が終わっていなくても、操業を断念しなければならないのと同じで、御時勢なのだ。

もう一度基礎研究からやり直して、何時の日か、核を製造・使用から廃棄に至るまで安全に操れるようにすること、それをコスト的にも見合ったものにすること、そういう地道な作業を積み上げて行く他ない。

ここに得心が行ったのなら、その後の話はいろいろあるだろう。
しかし、日米共同声明にあるように、核兵器維持のために原子炉は必要という邪まな考えが背景にあるのなら、それは断じて許すわけには行かない。

お約束のガレキ焼却炉の価格を調べた。

岩手県・宮城県の災害廃棄物の処理に係る契約と進捗状況など(仮設焼却炉の設置状況から~)

というページで、調べてくれていた。
相場で1基あたり200~500億円、処理能力が100~150トンというところ。納期は結構早い。発注から半年もあれば稼動は可能となる。
たしかに100基立ち上げれば2兆円から5兆円となり財政手当ては容易なことではない。全国の既存施設の活用も視野に入れなければならない。
しかし問題となっている釜石、石巻、宮古など都市部では集積場にガレキを集める第一次処理が5割にとどまっており、これが復興の最大の桎梏となっている。これは焼却炉の設置以前の問題である。
一時処理の問題を二次処理の問題と連動させるのはおかしいし、一次処理さえ終われば二次処理は多少時間をかけたとしても復興の妨げにはならない。

ということを言っておいて、あとはとりあえず逃げることにする。ちょっと専門的には言える立場にはない。

5月1日の赤旗はメーデー特集。
文芸欄には、若杉鳥子がメーデーのデモ行進をうたった詩が掲載された。詩そのものはそれほどのものとも思えないが、併載されたポートレートがすこぶるつきの美人。しかも上流階級の雰囲気で、とてもプロレタリア作家とは思えない。

それもそのはず、旧高梁藩主板倉子爵の令弟の奥方なのだ。

1336669850

しかもただの奥方ではない。波乱万丈の運命の持ち主でもある。NHKの朝の連ドラでどうして取り上げないのか不思議なくらいだ。いかにも山田洋次好みと思うが。
とりあえずいくつかのネットのページから拾ったものをまとめておく。


本名はとり。旧姓は田上。
古河の豪商の妾腹の子として明治25(1892)年、東京に生れ、生後間もなく、茨城県古河町の芸者置屋
『菊本』の若杉はなの養女となるが、学齢まで貧農に里子に出される。(それ自体はよくある話で、別に虐待されたわけではない)
尋常小学校4年卒業後は芸者の修行をさせられていたが、
家業を厭い、16歳の時上京。小間使いなど自活の道を探り、17歳の時、中央新聞の記者となる。
19歳の時元備中松山藩主板倉勝弼子爵の庶子で、萬朝報の記者であった板倉勝忠と結婚。
1929年「文藝戦線」に発表した『烈日』でプロレタリア作家としての評価を受ける。宮本百合子らと「働く婦人」の編集などに従事。プロレタリア作家同盟が結成され、加盟する。
関東消費組合配給員としてメーデーに参加。『戦旗』に「婦人の一人として」を書く。これが赤旗に掲載されたものだろう。
この頃よりモップルの一員として、救援活動に参加。
33年、小林多喜二の通夜に出席。小林多喜二の葬儀を機に暗躍したとして、治安維持法違反で検束される。

昭和12(1937)年12月18日、阿佐ヶ谷の自宅にて病没。(台所で倒れているところを発見されたらしい。病名は脳溢血、心臓麻痺、喘息という相当いい加減なものだが、もともと喘息持ちではあったようだ)

ある詩から
自をさへ助け得ぬ
少女に何の力ある、
「反抗」にのみ血をたぎる
女は、何に生くべきか


別の詩から
秋風の白きつばさは
古き戀人の門をも叩け
いさかひて別れし人の
結ぼれし胸にもそよげ

という具合で、残念ながらあまり文才には恵まれなかったようである。周りの評価も、鳥子がいかに美人だったかという話ばかりだ。
小坂多喜子
鳥子がそのときどんな用事で私達の新婚世帯を訪ねたかは忘れてしまったが、その細い華奢な身体全体から滲み出るような妖しい色気に私は心をうばわれ、嫉妬を感じたのを覚えている。竹下夢二の絵からぬけ出たような叙情的雰囲気ふんいきを持った美人だった。
平林英子
今にして思へばその美しさが必ずしも若杉さんを幸福にしたとは思へない。あの人の直情的な友情と正直さ、こまかい心使ひのうちにも、内にひそむぴりぴりするやうな潔癖な神経を理解する者の少なかったのは、若杉さんの為に不幸であったと思ふ。

赤旗で東電の電気料値上げ関連の記事が掲載されている。

その中で政府の「東電に関する経営・財務調査委員会」(略称・東電調査委員会)の報告を引用したところがある。

東電は、直近10年間で、実際の費用よりも6186億円も多く見積もっていた。

東電の情報開示の状況は十分であるとは言いがたく、事業者として説明責任を十分果たしているとは言いがたい。


東電のホームページに

「東京電力に関する経営・財務調査委員会」による「届出時と実績の料金原価が過去10年間で6,000億円過大」との指摘に対する当社見解

というページがあって、報告の内容を真っ向から否定しているが、その後どうなったのか。正しければ正しかったで、間違っていたら間違っていたで大問題のはずだが。


東電調査委員会について

こういう委員会が出来ていたことは知っていたが、報告が提出されていたことも知らなかったので、少し調べてみた。

まずウィキペディア

福島原発事故の損害賠償に際し、「東京電力の厳正な資産評価と徹底した経費の見直しのため、経営・財務の調査を行い、政府の支援にあたり活用する」ことを目的として設置される委員会。

委員長が今回会長に就任した下河辺弁護士、5人の委員の一人があのJR東海の葛西社長だから、たかが知れている。

とは言いつつも報告の内容は気になる。

いくつかレビューを探したが、一刀両断的な文章ばかりで、内容に踏み込んだものはあまりない。

森本紀行のコラム 「東京電力に関する経営・財務調査委員会」報告書の曲がった読み方

という文章が内容を分析しているほとんど唯一のものだ。

この報告書がとった戦略は、電気料金の値上げをしなかった場合に、東京電力が最大限の経営努力を図ったとして、東京電力の経営が持続可能なものとなるか、という予測を示すことで、値上げに関する議論の出発点を提供する、というものです。

報告書では、経営を維持するために、10%の値上げと、停止中の原子力発電所が予定通りに稼働することを前提にしています。

ということを前提にしつつも、肝心の部分はリストラ計画です。

東京電力の経営の徹底した合理化による、経営費用の大幅な削減と、不要資産の売却です。不要資産には電気事業を維持継続するのに最低限必要な資産以外の全ての資産が対象となります。

報告書が想定する経営合理化で十分なのかどうかは分かりませんが、少なくとも、この報告書で書かれた合理化を行わない限り、到底、電気料金の値上げはあり得ないでしょう。そのことを、この報告書は、強く主張しているのだと思います。

今、その経費削減や資産売却の詳細に立ち入りませんが、それなりに、踏み込んだ内容にはなっていると思います。

もう一つの論点が、資金繰りの破綻と債務超過に関する予測である。

ここでは、報告書が資金繰り破綻せざるを得ないような条件を仮定して、それを元に破綻のシナリオを書いていると批判している。

こちらは本題から外れるので触れないが、森本さんのこのあたりの論理はさえている。


ギリシャの債務削減の、今年になってからの動きを、さらっとさらってみると以下のようになる。

1月に債務削減案がまとまった。

民間のギリシャ国債を元本を50%削減した上で満期30年の長期国債に交換、利率を平均年4%とした。

ギリシャの債務削減をめぐって、民間側の損失負担率は利子収入の減額分も含め、65~70%に達した。

民間投資家が持つ2060億ユーロ(約22兆円)のうち1千億ユーロ超の債権放棄が必要と想定されており、投資家の95%から同意を取り付ける必要がある。

3月に入ると、期限を目前にして削減案が計画目標をクリアした。

民間投資家の参加が85%を超え、最低限の目標をクリアした。投資家は7割もの損失を強いられ、同意しなかった投資家にも強制カットが適用される。

最終的に参加率が90%を超えれば、ギリシャの債務削減目標はクリアできるため、支援実施が確認される

発動された場合は、損失を補償する保険商品「クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)」の支払いが行われる可能性が高く、影響は限定的。

これを受けたユーロ圏諸国は、ギリシャへの1300億ユーロに上る第2次支援で合意。

ギリシャ国債の利回りは10年物が年30%程度で危機水準の「7%」を大きく上回る。「利払い負担で国家が破綻しかねない」(民間エコノミスト)状況は続く。

ドイツやオランダなどではギリシャの「デフォルト容認」論もくすぶっている。欧州安定メカニズム(ESM)の融資能力拡充についてもドイツは強硬に反対している。

以上の経過を見ると、ギリシャの経済危機が当初の予想以上に深刻であることが分かる。
アルゼンチンでさえ、あの豪腕キルチネルを持ってしても7割削減がやっとだった。償還期限の3月末を前にして、おおかたの民間投資家がこれだけの削減に同意したということは、ギリシャの経済が本当にすっからかんだということが、誰の眼にも明らかになったからだ。
切っても血も出ない、逆さにして振っても何も出て来ないのである。

誰がここまで搾り取ったか…
ドイツとフランスの金貸したちだ。金を貸してドイツの製品を買わせた。何も民衆が贅沢したわけではない。途上国がものを買うのは自国に産業を起こしたいからだ。
借金で工場を建てて、資材も買い揃えてさぁ操業開始というときにリーマンショックだ。
ドイツは最初、東ドイツに投資し、ついで南欧に投資した。さらに最近は東欧諸国に投資先をシフトしている。だからリーマンショック前からすでに南欧は調子が悪かった。おなかを壊した人がインフルエンザにかかったみたいなものだ。

結論ははっきりしているので、もはや緊縮政策は無理だ。投資が必要だ。それも思い切った投資が必要だ。
それと同時に投資家に対する規制が必要だ。
両方ともドイツの大企業にとっては最もやってほしくないことだろうが、それをやらないと政治的にも大変なことになる、という認識は生まれつつある。

ギリシャの債務削減の、今年になってからの動きを、さらっとさらってみると以下のようになる。

1月に債務削減案がまとまった。

民間のギリシャ国債を元本を50%削減した上で満期30年の長期国債に交換、利率を平均年4%とした。

ギリシャの債務削減をめぐって、民間側の損失負担率は利子収入の減額分も含め、65~70%に達した。

民間投資家が持つ2060億ユーロ(約22兆円)のうち1千億ユーロ超の債権放棄が必要と想定されており、投資家の95%から同意を取り付ける必要がある。

3月に入ると、期限を目前にして削減案が計画目標をクリアした。

民間投資家の参加が85%を超え、最低限の目標をクリアした。投資家は7割もの損失を強いられ、同意しなかった投資家にも強制カットが適用される。

最終的に参加率が90%を超えれば、ギリシャの債務削減目標はクリアできるため、支援実施が確認される

発動された場合は、損失を補償する保険商品「クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)」の支払いが行われる可能性が高く、影響は限定的。

これを受けたユーロ圏諸国は、ギリシャへの1300億ユーロに上る第2次支援で合意。

ギリシャ国債の利回りは10年物が年30%程度で危機水準の「7%」を大きく上回る。「利払い負担で国家が破綻しかねない」(民間エコノミスト)状況は続く。

ドイツやオランダなどではギリシャの「デフォルト容認」論もくすぶっている。欧州安定メカニズム(ESM)の融資能力拡充についてもドイツは強硬に反対している。

以上の経過を見ると、ギリシャの経済危機が当初の予想以上に深刻であることが分かる。
アルゼンチンでさえ、あの豪腕キルチネルを持ってしても7割削減がやっとだった。償還期限の3月末を前にして、おおかたの民間投資家がこれだけの削減に同意したということは、ギリシャの経済が本当にすっからかんだということが、誰の眼にも明らかになったからだ。
切っても血も出ない、逆さにして振っても何も出て来ないのである。

誰がここまで搾り取ったか…
ドイツとフランスの金貸したちだ。金を貸してドイツの製品を買わせた。何も民衆が贅沢したわけではない。途上国がものを買うのは自国に産業を起こしたいからだ。
借金で工場を建てて、資材も買い揃えてさぁ操業開始というときにリーマンショックだ。
ドイツは最初、東ドイツに投資し、ついで南欧に投資した。さらに最近は東欧諸国に投資先をシフトしている。だからリーマンショック前からすでに南欧は調子が悪かった。おなかを壊した人がインフルエンザにかかったみたいなものだ。

結論ははっきりしているので、もはや緊縮政策は無理だ。投資が必要だ。それも思い切った投資が必要だ。
それと同時に投資家に対する規制が必要だ。
両方ともドイツの大企業にとっては最もやってほしくないことだろうが、それをやらないと政治的にも大変なことになる、という認識は生まれつつある。

シューマンのピアノ協奏曲を、バックハウスのピアノで聞いているのだが、実にいい音だ。
うp主が良い音でアップロードしてくれたせいだと思うが、60年代初めの録音とは思えない。ヴァントとウィーンフィルがバックを支えているが、これがまた良い。
音がいいのにはもうひとつ理由がある。foobarにWASAPIを導入したからだ。高音の伸びがべらぼうに良い。こういう環境だと60年頃のデッカの音が理想的に響く。

あのころは英デッカ(ロンドン盤)の低音、EMI(エンジェル盤)の中音などといったものだ。いま考えてみると、EMIは低音が出せなかっただけの話だ。独グラモフォンはもっとひどかった。テレフンケンは絹漉しサウンドといったが、電話機の音に絹をかけたものだった。ウェストミンスターやERATOは、ソニーの家庭用テープレコーダー並だった。
そこへいくとアメリカの音はすごかった。とくにRCAヴィクターのボストン交響楽団、シカゴ交響楽団はいまでも優秀録音だろう。CBSコロンビアやRCAヴィクターは、バーゲンセールでもない限り、貧乏人に手が出せる音源ではなかった。


一時はfoobarからの離脱を真剣に考えた。やせた愛想のない音は、リリス+ASIO、フリブオーディオ+ASIOを聞いてきた耳にはいかにも貧相に聞こえた。MP3だけでなくAACファイルも聞けるというのがfoobarの最大のメリットであり、そのためにやむを得ずに使うというのがその理由であった。

しかしいまや音はリリスよりもフリーブオーディオよりもはるかに上だ。ASIOの不快な音とびもない。意外なのは、これまでさっぱり分からなかったリサンプラーの効果がでて、低音まで生き生きとしてきたことだ。こうなったらもうfoobarしかない。さようならASIOだ。

シューマンのピアノ協奏曲を、バックハウスのピアノで聞いているのだが、実にいい音だ。
うp主が良い音でアップロードしてくれたせいだと思うが、60年代初めの録音とは思えない。ヴァントとウィーンフィルがバックを支えているが、これがまた良い。
音がいいのにはもうひとつ理由がある。foobarにWASAPIを導入したからだ。高音の伸びがべらぼうに良い。こういう環境だと60年頃のデッカの音が理想的に響く。

あのころは英デッカ(ロンドン盤)の低音、EMI(エンジェル盤)の中音などといったものだ。いま考えてみると、EMIは低音が出せなかっただけの話だ。独グラモフォンはもっとひどかった。テレフンケンは絹漉しサウンドといったが、電話機の音に絹をかけたものだった。ウェストミンスターやERATOは、ソニーの家庭用テープレコーダー並だった。
そこへいくとアメリカの音はすごかった。とくにRCAヴィクターのボストン交響楽団、シカゴ交響楽団はいまでも優秀録音だろう。CBSコロンビアやRCAヴィクターは、バーゲンセールでもない限り、貧乏人に手が出せる音源ではなかった。


一時はfoobarからの離脱を真剣に考えた。やせた愛想のない音は、リリス+ASIO、フリブオーディオ+ASIOを聞いてきた耳にはいかにも貧相に聞こえた。MP3だけでなくAACファイルも聞けるというのがfoobarの最大のメリットであり、そのためにやむを得ずに使うというのがその理由であった。

しかしいまや音はリリスよりもフリーブオーディオよりもはるかに上だ。ASIOの不快な音とびもない。意外なのは、これまでさっぱり分からなかったリサンプラーの効果がでて、低音まで生き生きとしてきたことだ。こうなったらもうfoobarしかない。さようならASIOだ。

去年暮れに、一度動かなくなったこのブログだが、またもおかしくなった。
昨日からアクセスカウンターがとんでもない数字をはじき出している。
とにかく一度バックアップをとっておこう。

アクセス解析を調べたら、
http://togetter.com/li/300338
という所からのアクセスが異常に多いことがわかった。
そこでそのページに逆アクセスしてみた。

自分用:ひろみちゅ先生×武雄市長

という名前のトィッターだった。主は学校の先生で、図書館運営をめぐり武雄市長と激しいやり取りをしていているらしい。
当然多くのギャラリーが集まっているのだろう。
その中でひろみちゅ先生が、私のブログを紹介してくれている。

武雄市の政治的言論の現状についてうまくまとめたブログ記事をみつけた。この環境と図書館構想は、独立のものじゃなくて、一体とみるべきでしょう。 http://t.co/cjOqnB1i

と書かれており、リンクを辿ると私のブログにいきつくというしかけだ。

↑このページのトップヘ