鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

2012年03月

欧州連合が金融取引税の試算結果を発表した。
これは欧州委員会が昨年提案した取引税構想に基づくもの。

1.域内27カ国の金融機関がかかわる株式と債券の取引、デリバティブ(金融派生商品)に限定して徴税する。
2.株式と債券には一回の取引ごとに0.1%、デリバティブには0.01%を課税する

ことが柱となっている。

見積りの結果、810億ユーロ、110円として8兆9100億円になる。

日本だとどのくらいになるのか、誰か試算してみてください。

youtubeでWerner Hinkのバッハが聞ける。無伴奏のソナタ1番とパルティータ1番だ。
何かがっかりしてしまう。戦争中にウィーンで生まれ、育ち、21でウィーンフィルに入って、31歳でコンサートマスターになって、たしかにすごいけど、経歴はそれだけだ。
何とかコンクールで優勝したわけでもなく、のほほんと経歴を積み上げてきただけだ。
それなのに、彼のバッハが最高だ。シェリングより上だ。前橋汀子の演奏も聞けるが、ヒンクと比べると貧相だ。
ほかの人たちがテクニックを磨き上げ、コンクールを渡り歩き、人脈作りに血道をあげているというのに、この差は何なのだ。

テレビ朝日が、その後事態を深刻に反省しているかと思って、記事を探してみた。

そうしたらこんな記事が出てきた。すでに捏造の疑いがかなり強くなっている3月8日の記事というところが泣かせてくれる。

組合が人事に“介入” 大阪市交通局の調査で発覚(03/08 06:14)

 大阪市交通局の調査で、不適切な組合活動が発覚です。
  大阪市交通局の労働組合は、去年の市長選挙の際、勤務時間中に選挙活動を行っていたことが判明し、橋下市長の命令で実態調査を行っていました。

また、業務用パソコンでのメール調査では、「動員」や「演説会」といった選挙活動関連のキーワードが 700件近く発見されたということです。

 橋下徹大阪市長:「組織の解体的出直しというか、つぎはぎで何かが改善する状態ではない」
 一方、組合名義で平松前市長の支援カードの回収リストが作成されていた問題は、今後、パソコンシステム内の記録を解析して経緯を調べるとしています。


これは二重の意味でひどい記事で、橋下によるメールの強制調査の結果を得々と紹介しているのです。

しかもこの時点で、テレビ朝日は「組合名義で平松前市長の支援カードの回収リストが作成されていた問題」という態度を変えていません。


もっと調べていって、驚きました。テレビ朝日こそが橋下の最大の応援団なのです。

2012年1月8日放送 10:00 - 11:45 テレビ朝日報道ステーション SUNDAY

というページに番組内容の一覧が掲載されています。

「全力で行く!」橋下大坂市長密着

「報道ステーション」での橋本氏の映像。番組に語った本音とは。

橋下改革 本格始動 “赤字の温床” 驚きの実態

*橋本氏が本格始動。初日の会談では大阪市労働組合連合会・その他一般人が”政治活動”の謝罪に訪れたが、橋下氏は握手を拒否。特別顧問として迎えた政治家某との意見交換、政治家某との会談などを行った。

橋下改革 本格始動 “赤字の温床” 驚きの実態
スタジオトーク

春風亭小朝さんを迎えトーク。橋本氏の話の技術について、「話を聞かせる仕組みを確立してしまった、保身に走らず語尾がはっきりしている、笑顔が効果的」などと話した。バス事業への斬り込みなども話題にあがった。

橋下市長の指示で…市バス運転手の年収4割減検討(02/27 16:34)

橋下市長の指示を受け、大阪市交通局が市バス運転手の年収の大幅カットを検討です。

 大阪市・橋下市長:「市の交通局のバスの運転手が、今までとち狂ったような給料で生活していた」
 市バスの運転手約700人の平均年収は、阪急や南海など在阪5社平均の1.36倍です


1時間45分の番組にこれだけ、ヨイショのてんこ盛りです。

(02月07日)橋下市長が徹底調査を指示 大阪市長選の脅迫疑惑 テレビ朝日 

という記事もあったがyoutube-削除済み となっている。さすがに恥ずかしかったようだ。

そして3月27日、ついに朝日新聞も捏造と認めました。これがその記事です。

 平松邦夫・前大阪市長の後援会への参加を職員労働組合が市職員に徹底させる内容の職員リストが見つかった問題で、市交通局は26日、同局の非常勤嘱託職員 が人事データを流用して文書を捏造(ねつぞう)していたと発表した。
大阪維新の会市議はこの職員から文書の提供を受け、2月の市議会で「労組の選挙活動へ の関与が裏付けられた」などと市側を追及していた。偽の情報を労組攻撃の材料に使った維新側の姿勢も問われそうだ。

最後の一行だけ、もう一度書きます。

偽の情報を労組攻撃の材料に使った維新側の姿勢も問われそうだ。

よく言った、天下の朝日! しかし肝心のテレビ朝日のコメントは探すも見当たらず。公共の電波でデマを垂れ流しておいて、頬っかむりするつもりのようだ。


なお、この件について橋下が慎重だったとする報道があるが、これはウソだ。

月7日 産経新聞  「退職金支払いは市民が許さない」 交通局紹介リスト問題で指示  

…一覧リストの存在が明らかになった問題で、橋下徹市長は、実態調査が終わるまで退職金の支払いを留保するよう指示したことが分かった。
橋下市長は「このまま退職金が出るのは市民が許さない。一定の疑いが認められ、調査に入った場合は、自然退職や自主退職は認めない」と主張。
リストに記載されている管理職について、調査終了まで退職金支払いを留保するよう指示した。

という記事がしっかりと残っている。

橋下の交通局労組への謀略事件については

「気まぐれな日々」というブログに経過が載せられている。

http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-1244.html

これは現代日本で政治的でっち上げが如何に行われるかという一つの見本である。

まず最初は2月6日、テレビ朝日が「スクープ」として取り上げた。

 スクープです。大阪市交通局の労働組合が、去年の大阪市長選挙で、現職市長の支援に協力しなければ不利益があると、職員を脅すように指示していた疑いが独自の取材で明らかになりました。

 大阪市交通局の労働組合は、去年11月の市長選で、勤務時間中に現職の平松氏支援のための「知人紹介カード」を集めていたことが発覚し、橋下市長に謝罪しています。
 さらに今回、ANNが独自に入手した紹介カードの回収リストには、「非協力的な組合員がいた場合は、今後、不利益になることを本人に伝える」との指示が書き込まれていました。

 内部告発者:「正直、恐怖を覚えた。(人を脅す)やくざと言っていいくらいの団体だと思う」

 内部告発を受けた維新の会の市議が、6日朝、事実確認のため交通局に出向きました。

 大阪維新の会の市議:「はっきりとした恫喝(どうかつ)ですよね」
 大阪市交通局・総務課長:「(リストを)ざっと見る限り、(交通局に)在籍している職員。
 職員コードもほぼ間違いない」

 リストには交通局職員の3割にあたる1867人が並び、政治活動が制限されている管理職もいます。総務部しか知らないはずの非組合員のコード番号も記され、組織ぐるみの疑いが強まっています。

(ANNニュース 2012年2月6日11時49分)

この報道から分かる「事実」は以下の通り

①交通局労組が市長選挙で平松支援を強要した。(疑いがある)

②交通局労組は「知人紹介カード」を集めていた。(これは疑いではない)

③「知人紹介カード」の回収リストには「非協力的な組合員」にたいする脅迫が書き込まれていた。また総務部しか知らないはずの非組合員のコード番号も記されていた。(これも疑いではない)

④この事実が発覚し、橋本市長に謝罪した。(内容不詳だが、事実として述べられている)

⑤内部告発者が維新の会に通報し、維新の会の行動開始と連動してテレビ朝日も動いた。

これをフォローした毎日新聞は、1ヵ月後に逆の報道を出す。

3月2日付の毎日新聞(大阪)

大阪市交通局:市長選リスト「捏造」 労組が刑事告発へ

  大阪市交通局職員でつくる「大阪交通労働組合」は、リストは捏造(ねつぞう)だとして刑事告発する方針を固めた。

 リストは、市交通局職員から大阪維新の会の杉村市議に持ち込まれた。

  「知人・友人紹介カード配布回収リスト」の表題で、交通局職員約1800人の名前、職員コードなどを記載。カード配布・回収時の注意事項として「非協力的 な組合員がいた場合は、今後不利益になることを本人に伝え、それでも協力しない場合は各組合の執行委員まで連絡してください」と記されていた。

  市特別顧問の野村修也弁護士も、「現段階では組合が作成したとは信じがたい。何の目的で誰が作ったか調査する」と述べた。

(毎日新聞 2012年3月2日 大阪朝刊)

事実①については「俺が疑ったんだから」ということで、否定しようがない。②についてはこの記事には触れられていない。③については真っ向否定で、「総務部しか知らないはずの非組合員のコード番号」も、逆に捏造の根拠とされる。

④については③の流れで実質的に否定されている。ただしこれが捏造だったとすれば「誤報」ではすまない深刻な名誉侵害だ。⑤については事実として確認された。初動段階からテレビ朝日が維新の会とつるんでいたことが確認されたことになる。


何か変なねじれだが、あのナベツネが橋下をファシストとこき下ろし、その橋下の謀略事件をあおったのが朝日という構図だ。
朝日は今回の事件についてどう反省しているのだろうか。ファシズムへの重大な一歩ともなりかねない謀略事件の事実上の共犯者となったことに対し、どれほどの誠意をこめて反省するのだろうか。
朝日は戦争中、読売をしのぐ戦争礼賛論をぶち続けていた、最も戦犯性の高いメディアである。戦後は変わり身早く、エセ左翼・リベラルを気取っていたが、戦後67年経ってもいまだ本当の反省はしていないようだ。

23日の参議院予算委員会
大門議員はまず、日本の富裕層が増加し、2010年で約174万人資産総額は330兆円に達するとの数字を示した。この数字は今まで赤旗で見たことのない数字である。出所は示されていない。
ついで、タックスヘイブンの実態を数字で明らかにした。
日本企業と日本人投資家の所有するペーペー・カンパニーの数は急増している。06年に3041法人だったのが、10年には4470法人で、5年間に1.5倍に増えている。これは国税庁資料から作成したもの。
とくにケイマン諸島(税金ゼロ)には47兆円の資金が流入している。実に国家予算の半分だ。
これは民主党政権がタックスヘイブンとみなす基準を法人税25%から20%以下に緩和したことによる。アメリカでさえ31.5%だ。
すごい数字がてんこ盛りだが、紹介記事はあまりに短く、出所等も示されていない。詳しい解説がほしいところだ。


大阪市交通局が内部調査の結果、「組合リストは捏造だった」と発表した。
赤旗記事は概要以下の通り。

大阪市営地下鉄の職員組合「大交」が、市長選挙の際に平松候補を応援する目的で、「知人・友人紹介カード」を作成したとされた。
これは2月に“発覚”し、「大阪維新の会」が市議会で取り上げ、大々的に攻撃した。橋下市長は質問を受け「しっかりと調査したい」と述べ、特別顧問の野村弁護士に指示した。

これが「思想調査」の背景になっている。ネットで見ると、橋下支持の連中はこれを理由に攻撃している。

ところがこれが捏造だということが明らかになったから大変だ。事実はこうだ。

リストは交通局事業本部所属の非常勤嘱託職員によって捏造されたものであることが確認された。同局は、業務上の資料データを元に捏造されたとしています。

橋下市長は報道陣にこう述べた。

1.(知人・友人紹介カードは)組合がやったことではない
2.市交通局の中で捏造行為があった
3.市民にお騒がせしたことは大変申し訳ない
4.維新の会の杉村議員(質問者)は“非常に慎重な言い回し”で質問している。何の問題もない。


揚げ足とるようだが、“非常に慎重な”質問だったら、世間をお騒がせはしなかったはずだ。もし“非常に慎重な”質問だったら、それを取り上げて「思想調査」まで持っていった橋下自身が、大変な勇み足をしたことになる。

もう一つ、市民に謝るのは当然だが、イの一番に謝らなければならないのは、交通局労働組合ではないか。一番被害をこうむった相手に謝らないのはどう見ても理不尽だ。

公道で誰かを捕まえて「この不届きモノ!」と殴る蹴るの乱暴狼藉、それがでっち上げだと分かると、あたりの人に「お騒がせしました」とは謝るが、殴った相手には謝らない、ということだ。「慎重に殴ったから罪はない」との開き直りだ。

しかし橋下が本当に反省しているとはとうてい思えない。弁護士である以上「思想調査」が憲政のあり方から逸脱していることは分かっているはずで、分かっていてやっている。

「憲法なんぞくそ食らえ!」が彼の精神だが、今回の事態には「フレームアップも大いに結構」というもっと深刻な精神が根ざしている。「信義」というものが根本的に欠落している欠陥人間としか言いようがない。

ありきたりの感想だが、それはナチによる国会放火事件を髣髴とさせる。マルチン・ニーメラーの言葉を想起せよ。次はあなただ。

別の報道によると、橋下市長は「今回のリストを表に出さない、役所を追及しないとなれば、捏造の事実すら
 出てこなかった。議会の追及としては当然だ」と述べたという。

テレビ朝日の対決で北大の山口教授は終始劣勢だった、と、どこかのブログに書いてあったが、こういう手合いと論争しても絶対勝てない。
子供の頃、とにかく口げんかに強いやつがいた。言う事はしっちゃかめっちゃかなんだが、こういう減らず口が機関銃のように吹いてくる。10年前のオームの上佑と同じである。
それで周りで見ていた連中もあっちが勝ったと思うようになるのである。



高谷先生は重傷心身障害児施設「びわこ学園」の前園長、このたび岩波新書で「重い障害を生きること」という本を出された。

聞いただけでも重い本だ。

論点の中心は「障害のある人が生きる姿を“かわいそうなのか”という問い」にある。これ自体が相当、分析的な表現だ。

論理的には三つの問いがある。障害者は“かわいそう”な存在なのか、障害者が生きて行くことは“かわいそう”なのか、我々はその姿を“かわいそう”と捉えるべきなのか、
それらすべてをふくんで、「障害のある人が生きる姿を“かわいそうなのか”という問い」という表現に行き着いているのである。


高谷先生の答えは、こんな言葉から始まっている。

診察時に気づいた入所者のこわばった体や、苦痛の表情に、「こんなに苦しい思いをしてまで生きているのがよいのか?」と考えたこともありました。
施設を訪れた人は、人生で出会ったことも想像したこともない姿に言葉をなくすといいます。

これは素朴な感想であると同時に、他者性の認識と言うか、異形な“生”を突きつけられた“たじろぎ”である。“同じ人間だ”ということで一括リには出来ない人たちが存在するということだ。その結果、これまで持っていた価値観の限界が露呈されることになる。

高谷先生は率直に、「生きているのがかわいそう」と述べる。自然と沸く「憐憫の情」をむずかしい理屈で否定する必要はない。「そう考えていいんだよ」ということだ。

そこからどう出発するか、どこから手を着けるか? ありがたいことに医者には固有の業務がある。

だいじなのは、この子らが、生きていてうれしい、気持ちがいいと感じる状態になれるということ、それを支えるのが僕らの仕事なんです。

医者なら、哲学的に考えてどうしたらよいのかは分からなくても、医学的にどうしたらよいのかは条件反射的に浮かんでくる。ある意味割り切って、するべき仕事をする、ここがだいじなのだ。尊厳死など考えている暇はないのだ。

仕事は三段階に分かれている。究極的には“生きていてうれしい”と思えるようにすることだ。そのためには“気持ちがいい”という快感を味わえるようにすることだ。そして、そのためには“気持ちがいい”という快感を味うために必要な心身の状況を作り出すことだ。

高谷先生はこうも言っている。

障害の重い人が、苦痛の少ない状態で生きていけるようにする取り組み

普通、人間の体は人間を支えるためにあるものだ。障害者、特に障害の重い人では、身体が人間を支えるのではなく、苦痛というかたちで人間の足を引っ張っていることになる。

だからせめて苦痛をとってやれば、気持ちがいいという気分になるかもしれないし、ひょっとしたら“生きていてうれしい”と思えるようになるかもしれないのだ。

(なぜなら障害者は身体が支えにならず、それどころか足を引っ張っているにもかかわらず生きている。生きているし、生きる力を持っているからだ。
もちろん人間の内面の問題は大きい。そこに切り込むのはとてもむずかしい。しかしそのための条件を作り出すことは可能なのだ)


そしてその作業(医療その他のケアー)は、すくなくとも倫理的に(かわいそうだからといって)、拒否されるべきではない作業なのだ。

障害者はお母さんの声やぬくもりを感じるとリラックスして呼吸も楽になる。どんなに障害が重くても気持ちがいいと表情が晴れます。

高谷先生はこの瞬間を大事にしている。一日一日の営みの中の、「気持ちいい」という瞬間が、一粒一粒重なって「生きていく喜び」となると考えている。

高谷先生は、この取組を、「向上へとつながっていく」教育の取組でもあると考えるようになって来た。医師であるのに教育賞を受賞したことがきっかけであった。教育賞をもらうにあたってその意味を自分なりに考えたのである。

その言葉は教育に対する深い問いかけでもあるだろう。


字数の制限からであろう、いくつか脈絡の取れないところもある。
「この子らを世の光に」という言葉、
「人間、“希望”だけで生きていけると思うんですよ」というときの“希望”の意味。

私は老人施設で認知症の方々を相手にしているので、「世の光」とか「希望」といわれてもさすがにピンと来ない。




まず事実確認をしたいのだが、目下のところ不明である。
「井戸川町長」と入れてグーグル検索をすると真っ先に出てくるのがこの2チャン記事だ。

福島県双葉町の井戸川町長が恥ずかしげなく東電に憤る

山口治太郎美浜町長、福島県双葉町の井戸川克隆町長ら全国3市4町の8人が首相官邸を訪れ、首相が原発増設計画の見直し方針を示している点に関しては、時期尚早と述べ、「原発増設の見直しをするな、推進せよ」と官邸に要望 した。

このソースは産経らしい。http://sankei.jp.msn.com/region/news/110426/fks11042602090001-n1.htm とリンクが張ってあるが、もうその記事には当たることはできない。それでこの「事実」を元にスレッドが立てられ、875通ものレスポンスが集中している。

そのほとんどが原発反対派の人のようだ。2チャンネルらしく聞くに堪えないほどの口汚さだ。しかし井戸川市長がそんなことをしたのなら、そのくらいは言ってもおかしくない。まさに「自己責任」の世界だ。

ところが、どうもこの報道はデマだったようだ。記事そのものにあたれないので正確ではないが、その後の井戸川町長の言動をフォローする限り、状況は逆だと考えるしかない。

そもそも井戸川町長のことがなぜこんなに気になったかというと、彼の記者会見での一言がずっと心に引っかかっていたからだ。

原発を誘致した責任については、「その責任はある」ときっぱり。どのように責任を表したら良いか考えているとしたうえで、原発を誘致した自治体すべて同罪であるとの考えを示­した。また原発の再稼働に関しては、「今回の事故を最後にしなければならない」として、自分たちを「反面教師にして欲しい」と話した。

当事者としてそこまで言った勇気は、贖罪の気持ちまで含めて本物だと思うから、心から信じるほかない。そういう心底を持つ人間が、今この時点で「原発推進」を呼号するなどありえない話だ。彼は捨て身だ。修羅となっている。肉を切らせて骨を切ろうとしている。最後の避難所=死に場所は永田町だと心を決めている。自らは死ぬ覚悟で相打ちに持ち込もうとしている。せめて一太刀を浴びせようとしている。

だからこの記事はでっち上げだ。

産経新聞は絶対にうそをついている。しかも被災者の気持ちに寄り添うなら許せない卑劣なうそだ。この言い方は決して論理的ではない。しかし論理を超えた論理だ。

まず事実問題として追求してほしい。このスレを立てた人は明らかに産経新聞の愛読者で、東電の回し者だ。2チャンネルの人々も、もし原発反対派なら産経新聞の記事を鵜呑みにすべきではない。


①とにかく古いファイルは拾わない。2011年以降のアップロードだけを探すこと。これはyoutubeのホームページから検索するよりは、グーグルで1年以内の動画と絞り込んだほうがいい。youtubeの検索だと、発表会のマイビデオなど役に立たないファイルが多すぎて大変だ。

②これはと思うファイルがあったら、そのウp主のページに入ると、それなりのファイルが見つかる確率が高い。なかには数千曲もアップしているツワモノもいる。

③高画質と低画質では音質にも差がある。ダウンロード時に選択可能な場合は最高画質でダウンロードすべきだ。

④Craving Explorer などで音だけ落とすのはだめ。アップロードされた映像のほとんどはMPEG4方式であり、その音はAAC方式で圧縮されている。Craving Explorer ではこれをMP3にエンコードしながらダウンロードするため、かえって時間がかかる。

⑤しかもエンコーダーはLame ではないから、劣化が激しい。EcoDecoTool という剥ぎ取りソフトがあるので、ダウンロードした映像からAAC ファイルを剥ぎ取ってそのまま保存するのが良い。EcoDecoTool で剥ぎ取れないタイプの音源があって、それ用の剥ぎ取りソフトもあるが、これは古いタイプの圧縮方式で、100%低音質だから捨てたほうが良い。

⑤MP3プレーヤーソフトの中では、foobar2000 がAACファイルにも対応しているので、これをデフォールトのプレーヤーにするのが良い。音はそのままでは硬く、低音が伸びてこないのでResampler というDLLを有効にする。これで俄然音が良くなる。

⑥foobar2000 はASIO も使えるが、動作が不安定でしばしばトラブルを起こす。相性が悪いらしく、苦労して使ってもあまり音質の改善は得られないので、最近は使っていない。

⑦FrieveAudio やLylithなどのMP3 プレーヤーではASIOの霊験はあらたかである。ほこりを拭いたように音に“照り”が出る。しかし、残念ながらAAC ファイルには対応していない。最近、foobarではASIOの代わりのDLLとしてWASAPIが推奨されているようだ。

⑧通し録音のファイルは楽章ごとに切りたい。その際はAudacity が威力を発揮する。Core i7 にして一番ありがたいのはこの操作だ。ものの5分で、4楽章がファイル分けされる。AACファイルでも、正式版でないβ版では対応してくれる。

⑨Audacity はAACファイルもMP3ファイルもいったんWAV ファイルにしてから操作する。出来上がったファイルは無圧縮のWAV ファイルとなる。ffmpeg というDLLを導入すればAAC ファイルにすることも可能だが、汎用性から考えてMP3にして保存している。LAMEの正式版を導入すれば、可変方式でのエンコードが可能になる。150ビットくらいで十分だと思う。

⑩ひどい音だが保存するしかないという音源がある。この際はノイズとり、clip fix 、低域強調、圧縮、擬似ステ化を行う。

⑪ノイズの除去は、まずファイル全部にフィルターをかけて、ノイズ除去を行う。雑音そのものはほとんど取れないが全体にくすみがとれる。ライブ録音などの場合、“無音域”にフィルターをかけると本当の音も飛んでしまう。

⑫次にclip fix をおこなうと、つぶれた音が多少改善する。デフォルトの95%が限界で、それ以上では元の音がおかしくなってしまう。これが時間を食うので、依然はつぶれたところだけに絞ってやっていたが、それはそれでやればきりがないし時間がかかる。Core i7 だと全体に網をかけても1分くらいで終わる。

⑬たいていは音がやせているので、すこし低域を強調してやると音が落ち着く。デフォルトの16はきつすぎる、5が限度だ。

⑭圧縮をかけると音が聞きやすくなる。わざわざダイナミックレンジを狭くしてしまうことになるが、所詮それだけの音源だから仕方ない。圧縮の前に、あまり目立つトゲは抜いておく。拡大ボタンを10回くらい押すと点のつながりになるので、カーソルを消しゴムモードに切り替えてトゲを消してしまう。

⑮最後に擬似ステレオ、といっても左右のチャンネルに時差をつけるだけ。まずチャンネルを分離して。拡大ボタンを7回くらい押す。片方のチャンネルの先頭の無音部分を一目盛りだけ消して、チャンネルを再結合する。これで音が俄然柔らかくなる。G Verb というエコー装置もあるが、よほど原音がデッドでない限り使わない。

本日、市田書記局長の演説会があって行ってきました。
この人の話は面白くて、すれすれのところまでしゃべるので、期待して行ったのですが、雪で飛行機が遅れ、あわただしく登場して、しゃべった後は「帰りの飛行機の時間があるから」とそそくさと引き揚げて行きました。
会場は見事に年寄りばかり、65歳の私がそう思うのですから、平均年齢は軽く70歳を越していたと思います。若いのは橋下のほうに行っちゃっているんですかね。民主党に行って、みんなの党へ行って、今度は維新の会と、若者、漂流していますね。要するにマスコミ党なんでしょう。口を開けば「テレビなんて」という割にはしっかり毒されていますね。活字が苦手だと結局、哲学イリテラシーになって、テレビ芸人の片言隻句に軽々と乗せられていくのでしょう。
と、あきらめてばかりもいられないのですが。

それはそれ、本日の主題はその後です。
その帰りにヨドバシカメラによりました。嫁さんがテレビとエアコンを所望です。テレビは音が良いと評判の三菱を見てきました。たしかに音は良い、しかしハードディスクの容量が500ギガというのは困ります。一体型というのも一見便利ですが、たいていDVDプレーヤーが2,3年で壊れるのでプレーヤーの残骸つきテレビになりかねません。
ということで、カタログだけもらって引き揚げました。
つぎにシロモノ家電のフロアーに行ってエアコンを見ていると店員さんが寄ってきて説明するのですが、どうも外人さんポい。いい人で親切なのだが、ダイキンのコーナーに誘導する。最近のヨドバシはこの手のニセ店員が多いので要注意。
エアコンの世界は、オーディオやパソコンの世界と同じくらい間口が広いということが分かりました。似たようなエアコンが数十種類並んでいて、値段がべらぼうに違う。
とりあえずパンフレットだけもらって帰ってきました。
ネットで調べると、省エネ、暖房兼備、空気清浄機能といったあたりが差別化の根拠になっているようですが、どれも、なくても良いような機能ばかりです。しかし暖房はついているのが標準で、抜くのはかえって難しいということでした。
私も去年まで40年マニュアル変速の車に乗っていたので、その辺の雰囲気は良く分かります。

そこで方針決定。テレビはもう少し様子を見る、エアコンはできるだけ、何もないシンプルな製品にする、ということです。明日はヤマダ電機に行ってみよう。

帰りにパソコンのコーナーにも寄ってきました。主流はCore i5 のようです。しかしi7も結構出ています。10万円前後の勝負のようです。わたしはLenovo を17万円で買ったのですが、やはり「早すぎた」と思います。それと、Lenovo はもはやIBMではありません。IBMは15年前のDOS-V機の花形でした。それなりのクオリティーとプレステッジがありましたが、もはやそれは消えうせたといっていいと思います。

現在のyoutubeの音質を規定しているものは、ほぼ原音である。

youtubeへのアップロード時の音質の劣化はかなりなくなっている。以前は強音を切り、高音を切り、低音を切っていた。だから電話で音楽を聞いているようだった。おそらく情報量は50ビット前後だろうと思う。現在でも明らかに原音よりは落ちるが、約1年前からは格段に良くなっている。おそらく100ビット前後と思う。

一時、ニコニコ動画がyoutubeを越えていたのは、音が良かったからである。ただ「高音質」と称して、200ビットを越すファイルをアップしていたが、重くなるだけで音の改善はそれほど得られていなかった。おそらくニコニコも80から90ビットくらいで切っていたのだろうと思う。

インターネット・ラジオで128キロをうたっていた放送も、今聞いてみると実効情報量は70から80くらいだったのではないだろうか。当時はADSLが主流だったから、それ以上の情報量を送ろうとすると音が切れてしまう。つまりyoutubeやインターネット・ラジオをリアルタイムで視聴しようとする限り、この回線の能力に規定されてしまうのだ。

こちらとしては、ダウンロードしてからゆっくり聞けばよいのだから、別にリアルタイムで聞けるようにしてもらわなくても良いのだが、たぶんそうすると、悪名高いファイル交換ソフトと同じことになってしまい、法律に引っかかるのだろう。

私の想像だが、youtubeはADSL規格で50ビットに制限し、どんな高音質のファイルでも音質を落としていたのではないか。それをニコニコでは光の規格に設定し80に上げていたのではないか。それがyoutubeも規格を上げたことから、音質の差がなくなったのではないだろうか。

最近のファイルはほとんどがAAC可変ビットレートで100前後に設定されている。それ以上上げても無意味だということが常識になったようだ。これは以前のMP3固定ビットレートの130くらいに相当する音質だ。これだとオーディオ・プロセッサーを介して外部のプレーヤーにつないでも一応満足できる音が出てくる。

今聞いているのは、ブルックナーのロマンティック、バレンボイムとシカゴ交響楽団の演奏だ。なお高音部のキンキンが気になるが、ダイナミックレンジはフルスケールで、最強部はすこし割れるがほぼCD音質だ。ただし、私の光+無線環境ではしばしば止まる。

ただしこれは世界中で通じるわけではない。アメリカ、イギリス、ドイツ、日本はまず問題ないが、南欧圏は怪しい。ロシアはだめなものが多い。

コンサートのテレビ録画は、ハイビジョンになる前のものは放送局で音質を落としているものが多く、youtube以前の問題がある。

演奏、音質ともにすばらしいものは危ない。見つけ次第ダウンロードしないと削除される危険がある。

こういう話はとても楽しいが、えらく難しい。
素人にはそもそも上手い下手の基準が分からない。
さりとて美人コンテストをやっても意味がない。
結局は、実はだれそれさんのフアンですということになる。
考えてみるとたしかに、最近はテレビでコンサートを楽しんでいる、としか言いようがない。
なぜかというと、音楽を聴いたはずなのに、印象に残っているのはバイオリニストの衣装だ。
だから、私は諏訪内さんが好きだといってみても、あの顔でなかったら、たとえば竹沢さんみたいなカッコだったら、
と、内心忸怩たるものがないでもない。

ドイツだとバイオリン弾きはガイゲシュピーラーで男と決まっていたようだ。しかし日本ではバイオリンのようなナヨナヨした音を出すのは女と決まっていた。小学生の頃、バイオリンといえば諏訪根自子、巌本真里、辻久子と相場が決まっていた。諏訪は聞いていないが、巌本と辻は音鑑の例会で聞いたおぼえがある。
巖本は“あいのこ”で、いかにもそれらしい雰囲気だったが、辻さんはステージから飴玉でも投げそうな叔母さんで、たしか旦那が伴奏していた気がする。ストラディバリウスを買ったのはそれよりずっと後の話だ。

巖本さんはそのころは四重奏団の一員で、記憶としては鱒の第4楽章、坪井さん(男性)というピアノの音に度肝を抜かれた。県民会館ホールのピアノは茶色のベーゼンドルファー。ピアノのおさらい会でみんなが弾いたピアノだが、そこからとんでもない音がとびだしてくる。それにたまげていたから、巖本さんのバイオリンの音などまったく記憶にない。

その後しばらくは男の時代が続いた。江藤俊哉、海野義男、田中千香士、和波タカヒロというぐあいで、女性はどちらかというと色物あつかいだった。ロシアに行った佐藤陽子とか久保何とかという時代があった。

ビジュアル系のはしりといえば前橋汀子だろう。白黒のテレビでかなりのアップ顔が写ったが、今にも落っこちそうな着けまつ毛と、ひび割れしそうな分厚いファウンデーションが印象的だった。

その後の潮田益子と後藤みどりは決してビジュアル系とはいえない、しかしその間にシヴィックなレベルではビジュアル系の進出がどんどん進んでいたのだ。それが千住真理子であり小林何とかなのだ。

日本の女性バイオリニストの世界は女子フィギュアスケートとよく似ている。実に多士済々なのだが、美貌とカリスマ性から言えば浅田真央以外にいないのである。それが諏訪内明子なのだろう。いろいろスキャンダルが飛び出すのも、ネタになるからだろう。

五島みどり、庄司なんとかの情熱派は、音だけ聞いているとちょっと胃もたれする。神尾真由子は浪速ド演歌の世界だ。

周回遅れかどうか知らないが、前橋汀子のバッハのパルティータが、「なんじゃこりゃぁ」という感じでいいんですね。
日本のバイオリニストに、テクニックとか根性というだけでなくて、「伝統の深み」みたいなものが出来上がってきたのかな。

財政危機、財政危機というが、「そもそも財政ってなんだろう、何のためのものだろう」ということが議論の出発点に座るべきではないでしょうか。

以下に私のホームページから、2008.08.01の更新記録を再掲します。


 JICAのホームページを見ていて、面白い一節に出会いました。

 財政の基本的な機能として、(1)開発に必要なインフラ整備などの公共財を供給する「資源配分」機能、(2)累進課税や社会保障給付を通じた所得「再分配」機能、(3)景気変動を緩和する「安定化」機能、に着目します。
  工業化の過程では、産業インフラ(工業団地など)輸送インフラ(道路、港湾)、電源インフラ(発電所、送変電設備)などが重要な役割を果たしますが、これ らをどのように供給するか、ということと同時に、そのために必要な資金をどのように調達するか、ということも重要な財政課題です…

これは途上国の開発援助における財政政策の意義に触れた一節です。しかし日本においても政策の核となる部分では共通しているものと思います。ここで注目したいのは、我々が従来言ってきたような所得の再配分機能は、財政機能の一部に過ぎないということです。

財政とはまず何よりも、「何に、どう、どのくらい使うか」、「そのためにいくら必要か」ということを前提にした戦略体系です。財政というのはもっとダイナミックな、機動的なものとして捉えなければなりません。

つまり財政政策を考えるにあたっては、今がどういう時期なのか、財政出動期なのか、財政調整期なのかという判断を抜きに是非を論じることは出来ないということです。もうひとつは、財政は産業経済の発展に資するために存在するという根本を忘れてはならないということです。

…工業化の過程では、産業インフラ(工業団地など)輸送インフラ(道路、港湾)、電源インフラ(発電所、送変電設備)などが重要な役割を果たしますが、これらをどのように供給するか、ということと同時に、そのために必要な資金をどのように調達するか、ということも重要な財政課題です…

戦後日本も急成長の過程で常に資金不足に悩まされてきました。需要と供給にミスマッチが生じ、財政調整を余儀なくされる時期もたびたび経験してきました。それがバブル期を経て逆転し、過少消費と需要減少に悩まされるようになりました。これはある程度は必然の結果ですが、行き過ぎが生じています。例えば社会保障の過度な抑制です。

その結果、本来は正当な需要も潜在化しています。あいつぐ孤独死や孤立死、一からげにして言えば貧窮死の報道は、本来最低限の生きるという要求、それに基づく需要さえも押さえ込まれていることを示しています。

財政政策のいま採るべき道は、これらの需要を喚起し顕在化させることではないでしょうか。それは景気変動を緩和する「安定化」機能ともかかわってきます。

すなわち財政はいまこそ出動期なのであり、決して調整期ではありません。もちろんない袖は振れないわけですから、財源問題は避けて通れません。その観点から一つのオプションとして消費税を俎上に上げ、その得失を計ることは根拠があります。

しかし財政危機を根拠に増税するのは、今の時点では愚の骨頂というほかありません。

季節のせいか、気分が乗らず、一種のスランプだ。居酒屋自粛のためかもしれない。
「提言」懇談会が各地で行われ、そこでの発言が赤旗に掲載されている。なかでも阪南大学の大槻先生が良い発言をしている。

中小企業政策も是非しなければならない政策だ。もう一歩踏み込んでも良かったのでは。
中小企業が社会・経済に重要な役割を果たしていることは世界の常識であり、その役割にふさわしい支援を行おうというのが世界の潮流だ。
アメリカでは30年前、日本の乗用車がなぜ安く、性能がいいのかを調べた。その結果中小企業が大事だと気づき、「中小企業技術革新制度」を作り支援している。
EUでは00年に小企業憲章を採択。小企業を経済のバックボーンと位置づけた。
ILOは「中小企業は社会を進歩させる役割を持つ」と規定した決議を採択している。
世界の常識を日本の常識にしよう。


つまり中小企業の育成を産業政策の中心にすえることが、経済の基本だということを確認する。
これは大企業中心主義・財界主導の現在の政策と真っ向から対決するだけでなく、日本の未来をしっかり打ち出すことになる。
この観点から消費税を拒否していくことが、最も説得力のあるアプローチなのではないだろうか。
「もう一歩踏み込んでも良かったのでは」という一声はかなり重く響きますね。

ドイツ型の道を歩めと書いたが、今のバブル景気に沸くドイツのことではない。
もっと大枠の話だ。
イギリスは80年代に、(1)米英同盟の強化、EUとの距離感、(2)サッチャリズムによる富の集中、金融への傾斜 といった道を取り、一応の経済再建には成功した。しかしそれで停まった。産業は活性化するどころかますます空洞化し、慢性不況へと突入した。30年経った今も変わらない。
ドイツはフランスと組んでヨーロッパ中心主義を取り、市場を拡大し、失業者を押さえ込みつつ成長維持に成功した。
もちろん資本主義の枠内の程度問題でにしても、その差は大きい。新自由主義経済が及ぼした弊害がそこにはあらわになっている。
日本にとって、これらヨーロッパの経験は良いお手本となるのではないだろうか。

現在のところ、雑駁にしか述べられないが、少し勉強してみようと思う。

16日付の赤旗に志位委員長の「提言」に関する報告が掲載された。
読めばその通りの内容だが、少し分析してみたい。
最初に政府の一体改革の趣旨として三つ挙げられている。
①社会保障の充実と安定化
②財政の健全化
③経済成長との好循環

①まず社会保障の“充実”はついでに加えたちょっとしたジョークであろう。誰も本気にはしない。ただ「上げないと崩壊する」論には一定の説得力がある。これはやはり財政改革に踏み込まないと説得力は持たない。

②財政の健全化については、消費税の引き上げでは達成できないどころか、かえって悪くなる危険は指摘している。さらに税制の抜本改革(応能負担を原則とする直接税中心制)が必要だという点も明らかにされている。
その上で、財政は結局経済活動に規定されるのであり、単独でいじってもダメだということ、経済活動の活性化には金庫に眠る余りガネの動員こそが大事だということ、それを実現するのは政治の力以外にはないことを明らかにしている。(まさに日銀総裁が再三再四強調しているところである)

ここまでは、既存の議論で十分すぎるほど結論は明らかだ。しかし
③一体改革により「経済成長との好循環が実現する」との主張にはさすがに面食らった。これは一体どういう論理なのだろう。
志位さんの説明は、最初から冗談扱いだ。たしかにタチの悪い冗談だとは思うが、一応相手の論理を俎上に乗せた上で切っていくべきだろう。

私が想像するには、消費税は大企業の法人税を軽減するための財源であり、本音は大企業減税であろう。一般には景気刺激策として企業減税を行い、投資意欲を高めるというのは常道である。問題はこの期に及んでさらなる大企業減税を行うことが果たして有効な景気刺激策となるだろうかという点にある。

さらに消費税は、中小企業からの一層の収奪を意味する。つまり逆再配分ということになる。この点については志位さんも強調しているが、そのことと日本の産業政策の取るべき道との関連で論じるに至っていない。

率直に言って、没落すべきものは没落させ、海外に行きたい連中には自由に行かせ、将来の日本のために本当に育成すべき産業に集中して投資すべきである。
1ドル80円で、国内に基盤を置いて、安定して発展できるような産業に我々は期待すべきだろう。そういう企業はあるはずだ。
現にドイツはそういう道をとって成功している。日本にとっての選択はイギリスをとるかドイツをとるかだ。何もしなければイギリスになる。

ITバブルの轍を踏むことなく、日米交渉に右顧左眄することなく、自らの立ち位置を確かめ、進むべき道をしっかり打ち出さなければならない。チャンスは今後そう多くはないはずだ。

YouTubeのありがたいといったら、こんな演奏まで聞かせてくれる。
1934年、すでにベルリンではナチが政権をとっている。国会放火事件もクリスタル・ナッハトももうすぐだ。そんな頃にワルターがウィーン・フィルと録音したブラームスの4番が聞ける。

中学生の頃、レコードといえばワルターの運命と未完成だった。それがワルターの声を聞かなくなって久しい。声高なクラシックフアンはフルベンのおどろおどろしい音しか興味無いようだ。

音は相当お化粧してある。しかしやはり34年の音である。それを突き抜けて4番の最良の演奏が聞こえてくる。
これまではもっぱらクライバー指揮バイエルン国立管弦楽団だったが、これからは代わりばんこだ。

本日の赤旗に保安院の内実をさらけ出した生々しい記事があったので、全文紹介する。

外部の専門家と安全委員会の5人の委員で構成する原子力安全委員会検討会の議論は2月下旬から始まり、13日までに5回行われました。
経産省原子力安全・保安院は、大飯原発3,4号機のストレステスト一次評価結果を「妥当」としたにもかかわらず、原子力安全委員会検討会での確認作業では、委員の質問にまともに答えられない場面が目立ちました。
13日の検討会では、委員から、「蒸気発生器の空炊き後、燃料損傷に至るまで、どれだけ余裕があるのか」と質問が出ました。これに対し保安院は「計算していません。それは二次評価でやります」と応え、ほかの質問にも「それは二次評価で」と繰り返しました。
原子力安全委員会の班目春樹委員長は、「これ以上質問しても“二次評価で”となる」と述べる始末。
保安院の無責任ぶりが明らかになりました。

これが班目答弁の背景です。
恥ずかしながら、もう保安院は環境庁に移ったと思っていたのですが、まだやってなかったんですね。このやり取りからは上層部の強い圧力を感じます。
それと同時に、保安院という組織は実事求是の志向も、そのための技術力も持っていないということがあからさまになった感じがします。もはや移管ではなく、解体と新組織立ち上げを考えるべきでしょう。


Written by Cory Fischer-Hoffman   

Tuesday, 13 March 2012 12:18

FMLN の選挙での後退

El Salvador: FMLN Suffers Minor Setback at the Polls

変えられた選挙システム

日曜日の午後1時、太陽が激しくメタパンの投票センターに照りつけていた。メタパンはグアテマラ国境から15キロメートル南の小さな町である。焼けるような太陽以外何もない。

この町にとって国民議会と地方選挙のこのようなやり方は初めてだった。

FMLNの驚いたことには、右翼のARENA(国家共和同盟)が国民議会の議席を得たのである。

FMLNは正式名称を「ファラブンド・マルティ国民解放戦線」という。元は武装解放を目指した団体で、和平後に政党として再出発した。そして2009年の選挙でマウリシオ・フネスを大統領候補として選挙に勝利した。

これに対しAENAは議会で選挙法改正を押し通した。今回は、その改正選挙法による最初の選挙だった。

メタパンに話を戻す。投票センターでは地元の学校の戸外の渡り廊下、展示館とバスケットボール・コートに沿って31以上のテーブルが広げられた。

今回の国会選挙では初めて個人候補への投票が加えられた。「顔写真投票」"face voting"と呼ばれ、それぞれの党の旗の下に候補者の写真が張り出された。それまで投票者は候補者ではなく政党に投票した。そして政党が得票率に応じて国会に送り出す議員を選出した。

このたびは多種多様な政党の多彩な候補から投票することになった。

メタパンでは、8つの政党の旗が第一列を飾った。そして、各々の旗の下に6人の候補の顔写真が並んだ。

ある女性はそのやり方にひどくまごついた。熱い太陽の中に痛む脚で歩いてきたのに、投票せずに帰ろうとした。

我々は一緒に木陰の下に座った。他の二人の投票者が投票の感想を漏らした。

「間違えちゃうんじゃないかと心配だったわ」

一人の母親は、若い息子の手を握りながら声を上げた。そして女性に「投票は大事よ。支持する党の旗の所だけ書いても有効なのよ、もちろん候補者に投票しても良いの」

しかし彼女の説明には抜けている点があった。もし異なる政党の二人に投票すれば、その票は「無効」とされることを。実際それは開票の際にほとんどすべてのテーブルで見られた。

(中略)

エルサルバドルでは12年にわたる内戦で約7万人が殺された。

1992年の和平協定のあと、FMLNは武装闘争組織から政党に変わり、選挙による勝利を目指すようになった。

それ以来、エルサルバドルの選挙は、不正手段によって悩まされた。

2009年の大統領選挙では、ARENAはグアテマラ人に期限切れかニセの身分証明書を持たせ、トラックに積んで投票所に送り込んだ、と非難されている。そのARENAの試みにもかかわらず、2009年の選挙ではFMLNのフネスが当選した。フネスはFMLN党員ではなく無党派のジャーナリストだった。彼はより中間的な有権者にアピールした。当選後も、多くの争点に関して政治的な中立を保ってきた。

エルサルバドルでの米国の干渉の長い歴史にもかかわらず、フネス政権は米国と良好な関係にある。内戦の間、ワシントンはエルサルバドルの暗殺団を訓練し、資金を助成した。和平協定のあとも干渉は続いた。1人の米国の大使は、2004年の選挙に介入したと公言さえしている。

エルサルバドルへの米国の干渉は、サルバドル人の米国への大量入国をもたらした。米国は弾圧を支援し、選挙に介入し、ネオリベラル政策にもとづく中米自由貿易協定(CAFTA )を推進した。それが皮肉にも大量移動をもたらしたのである。今日、エルサルバドル人の1/3から1/4は米国に住む。そして彼らが親戚に送るお金は、国民総生産に対する最大の貢献をあたえている。

FMLNによって開始された社会プログラム

フネス政権はネオリベラルの経済モデルに関しては当面変更を加えようとはしていない。そのかわりに健康、読み書きと教育における新しい社会改革を始めた。

クスカトラン県の県都コフテペケでは埃っぽい未舗装道路沿いでは、一軒の家が識字サークルの集会所に改造された。そこでは大人たちが読み方の学習を行っている。エルサルバドルの文盲率は17%に達する。これは文盲を根絶するための政府による最初の計画である。

車道に歩いていくと、バナナの樹、ハイビスカスの花が通り過ぎていく。小グループの声が聞こえてくる。大声で読み物を練習している。それがそよ風に乗って運ばれてくる。参加者のほとんどは貧しい生まれである。片親の人も少なくない。彼らは若いときから働くことを強制されてきた。その結果、彼らは学校に行けなくて、その後も読み方を学ばなかった。

フリアーナは言った。「私はバイブルを読めるようになりたいです。自分の名前をサインできるようになりたいです。そしてバス路線の名前が分かるようになたいです」

彼女は、政府プログラムに感謝した。しかし彼女が視力が弱いために読むことを学ぶ際に障害になっていると訴えた。

識字サークルのための基金は教材やボランティアやその訓練のために用意されているが、視力に対する対策は計画には入っていない。エルサルバドルでの新しいヘルスケア・プログラムは、「コミュニティ健康チーム」(ECOS)の一部として、貧しいコミュニティに無料ケアを提供している。

僻地の San Francisco Dos Cerros では、何十もの人々がケアを受けるために一列に並んだ。多くの女性は妊娠していた、腕の中に子供を抱えるものも多く見られた。彼らの多くはこの僻地診療所に2時間をかけて通院していた。

医者と看護婦の専用のケアに加えて、ECOSは地域活動も行っている。その中身は健康増進、予防・衛生活動、出生前のケアと母性保護に焦点が当てられている。

これらの社会プログラムは、農業改革と並行して進められている。土地が農民に与えられ、無料で種と肥料を提供している。これらは「公平な発展への道」というFMLNのマニフェストの実践となっている。

FMLN政府がこれらの社会改革に集中する間、右翼は、立法議会でFMLNの拠点を攻撃するべく、選挙改革の方へそのエネルギーを集中した。

選挙結果の分析

FMLNは日曜日の選挙で衝撃を受けた。そして、多くの議論が国中で提起された。

投票傾向の詳しい分析が続く一方、選挙改革の実行、有権者脅迫や票の買収などを弾劾するための調査などが提起された。それらはFMLNが立法府の過半数を失った理由のより完全な理解を提供することになるだろう。

その際考慮すべきいくつかの政治展開がある。

2009年の大統領選挙のあと、ARENAは分裂し、分派がGANA(国家統一大同盟)を結成した。それはFMLNとARENAの対立に代わる穏健な政党として売り出した。GANAは若干のFMLN「浮動有権者」をとらえ、国民議会の84の議席のうちの10を獲得した。ARENAが33、FMLNが31議席のためキャスティングボートを握った。

ARENAはかつての大統領アルフレード・クリスティアーニを党首にすえ、裕福なビジネスマンたちが資産を首都サンサルバドルに注ぎ込んだ。彼らは「都市の美化作戦」を展開し、市民の支持を得ようとした。疑惑としては単純明快な買収作戦も行われた可能性がある。

他方、FMLNは彼らの支持基盤との接触を失ったように見える。国際婦人デー行進に女性太鼓隊の一員アデルースはこう語った。「いまどきの政治家は我々の心底からの関心を持たせない」

彼女は選挙に行くつもりはなかった。そんな人は彼女一人ではなかった。投票率は低く、白票も多かった。

選挙の前の日、サンタアナの裁判官もそのような感情に共感して言った。「彼らは山から降りてきたが、結局政治屋の仲間入りしただけだった」

武装した抵抗運動から野党への転換はその政治的挑戦とともに行われてきた。しかし、2009の選挙以来、FMLNはその挑戦をある程度まで我慢しなければならなくなり、統治の責任を果たさなければならなくなった。

彼らは立法府において辛うじて過半数を得ているだけだった。行政府には確固とした足がかりはまだない。党員でもない大統領は、党としばしば矛盾を引き起こしている。

エルサルバドルは、ほかの大部分の世界と同じく景気後退に苦しんでいる。こういう時期には統治政府はしばしば、世論の攻撃を浴びるものである。

この選挙結果はエルサルバドルにとってどんな意味を持つことになるだろうか?

議会でARENAは第一党となった。しかし過半数をもつ党は存在しない。政策を進めるために鍵となるのは政治的な同盟である。

その際に重要な議論となるのはCAFTAへの態度、官民協力を通じての民営化、鉱業の振興、そして犯罪対策などであろう。注意はまた、社会プログラムにも向けられるであろう。その削減は広範な人民が不安定な状況に追いやられることを意味する。

一方、米副大統領ジョセフ・バイデンは、中央アメリカへの最近の訪問において、「安全保障」がこの地域のための最優先事項であると主張した。エルサルバドルの右翼は、選挙キャンペーンに一貫してこのワシントン製「安全保障」物語を使ってきた。

「エルサルバドルの右翼は、犯罪率のかなりの減少にもかかわらず、厳しく暴力と不安定を強調した。この戦略は、米国と符合した手法だ。米国は最近「ドラッグとの戦い」プログラムを提起し、そのために3億ドルを援助すると提案している。“FMLNは安全保障状況に直面することがまったく不可能だ”と決め付けることによって、右翼は二重に利益を受けることができることになる」

エルサルバドル連帯委員会(CISPES)のリサ・フラーはこう語る。

ホルヘ・シャフィク(サン・サルバドル市長選挙のFMLN候補者)は、の間、最近の選挙敗退を負けた内戦と比較し、こう語った。

「我々はある戦いでは勝利し、ほかの闘いでは敗北した。いま必要なことは、きわめて全面的な自己批判的な分析だ。人民に罪を擦り付けてはならない。そうではなく我々が変わるべき点がどこにあるのかを真に追求することだ」

 http://upsidedownworld.org/main/el-salvador-archives-74/3506-el-salvador-fmln-suffers-minor-setback-at-the-polls


 1997年不況を勉強して、力不足を痛感した。

そんなときに岩波新書から「平成不況の本質…雇用と金融から考える」という本が出た。岩波新書で大滝雅之さんという人の著書である。

とても読み終える自信はないが、齧れるところは齧って見ようと始めた。眼が悪いせいもあるが、1ページ読むごとにお休みして反芻するという繰り返しだ。

例によって私のコメントは一段小さい字で、「ですます」調で書き込むことにする。

はじめに

本書では以下のような時代区分を設定する。すなわち80年代後半をバブル期、90年代を「失われた10年」、2000年代を「構造改革期」とする。

「失われた10年」では大量の不良債権とその処理が大きな問題だった。

「構造改革期」では、国家規模の規制緩和が景気にいかなる影響を与えたかが問題となる。

ここで注意を喚起しておきたいのは「失われた10年」と「構造改革」という言葉とは、対をなしていることである。すなわち90年代が「だめな」時代で、何かが「失われた」から、「構造改革」の要があるという運びである。


ちょっと「はじめに」から突っかかってしまいましたが、90年代を不良債権で、2000年代を構造改革と規制緩和で括るのは、ちょっと荒っぽすぎるのではないでしょうか。

97年から98年には、①消費税を先頭とする政策不況があり、それが消費の低下と相対的生産過剰を呼び、生産不況を呼びました。②これにより隠されていた不良資産問題が露呈し、金融危機を呼びました。③さらにタイに始まるアジア金融危機があり、相場の乱高下は金融資産の評価を大きくゆるがせました。④それにもかかわらず、政府は金融ビッグバンを強行し、金融機関の危機を放置し、傷口を大きくしました。

危機のなかで退陣した橋本内閣に代わり、小渕内閣が登場し①「借金王」と自らを揶揄するまでに国債を膨らませ、公共投資を行い、②長銀破綻にいたり、真水の注入に踏み切り、金融機関を救済しました。③日銀はゼロ金利で金融を支えました。

これで00年の終わり頃までには何とか一服状態まで持っていきましたが、日銀の金利上げでふたたび奈落の底に沈みかけました。このときはゼロ金利でも景気は浮揚せず、総量緩和まで行い大量の資金を投入しました。

この辺までは、表の動きですから分かるのですが、このとき企業がどう対応したかが、現在に至るまでの問題の本質にあると思います。すなわちこの時期に日本の大企業は「変身」したのです。そしてその方向を政府に突きつけるようになり、強引に押し通すようになったのです。

そのころ森内閣も、IT産業への転換を訴え、積極的投資を行いましたが、そのITバブルがはじけたあとは政府が何をやったという記憶はありません。政府・経産省と財界とのバランスは逆転し、いまや経産省は経団連の御用聞きと化しています。

ですから私は、97年から2000年にかけての企業の態度の大転換が読み解かれないと、この間の経済は了解できないのではないかと思います。

それを解くキーワードが「国際競争力」なのだろうと思います。国際競争力には二つの意味があります。第一は競争力=利益力という考えです。目指すのはシェアーでも、売上高でもないのです。基本的にはこれは守りの姿勢です。第二は国内市場の戦略的放棄です。アメリカに加えアジアというエマージング・マーケットが加わり、「将来」展望を踏まえれば国内市場にこだわるのは時代遅れ。高齢化も勘案すれば内需の縮小、極端に言えば日本のケイマン化もやむをえない、ということです。

こういう「世論」が97年からの数年間を通じて財界に形成されていったのではないでしょうか。

このあたりを説得力を持って展開している文章が読みたいものです。

ガソリンを入れたら150円を軽々越えていた。1週間持たそうと思っていた1万円札が消えていった。
これもインフレターゲッティングのせいだろうか。考えてみれば、100倍くらいのインフレになってもおかしくないだけの不換紙幣が巷に溢れている。これが石油に回れば、1バレル200ドル時代が来るかもしれない。
我々はいくらぐらいまでなら我慢できるだろうか。とにかく街には遊びに行けなくなるだろう。食って寝て、働いて、残りの時間はテレビを見ながら暮らすしかなくなるだろう。300円弁当もそのうち食えなくなるかもしれない。今ではユニクロが高級品だ。セコハンショップの商品も最近はせこい。
アパートも一つグレードを下げることになるだろう。いざとなれば親父のところに転がり込むか。いままで一文も実家に入れたことはないし、いやな顔するだろうなぁ。
いよいよタバコの止め時かなぁ。

愕然とする報道。
東電が2月末までに支払った賠償金は4300億円、ところがすでに国から1兆7千億円、賠償金のためにもらっているという。
ようするに東電は自分のフトコロからはまだびた一文も出していないわけだ。
なぜそうなっているか、手続きが極めて煩雑だからだ。こうして1年が経った。そうして2年、3年と経てばみんな死んで行くだろうし、生き残っていても年取って気力もなくなってあきらめるだろうという魂胆だ。
この調子ならうまくいけば、国からの1兆7千億すら使い切らずに済んでしまうかもしれない。

さすが勝俣、会社の危機を見事に乗り切った名社長と後世讃えられることになるかもしれない。「少量の放射のは体によい」とほざいた重役も、さぞや枕を高くして眠れることだろう。

原子力安全・保安院は経産省から切り離され、ほんとうに安全のための機構として動き始めたのかと思ったが、どうも相変わらずのようだ。
それはストレステストの妥当性を保安院が認定したところから始まるのだが、どうもメディアとつるんでいるとしか思えない。もし問われれば、「ストレステストの方法に問題がなかったことを承認しただけで、安全だと評価したわけではない」と逃げるに決まっているだろうが、それが安全性の保証であるかのように取り扱い、野田首相が再稼動を示唆し、それをメディアが無責任に垂れ流すという筋書きは、一種の詐欺だ。

その点では、原子力安全委員会の班目委員長の答弁」は重大だ。

安全評価としては不十分で、二次評価までやっていただきたい。

どこが重大かというと、保安院が安全委員会と無関係に仕事していることが明らかになったからだ。
保安院の認定は、安全評価を勝手に一次と二次に分け、その一次がクリアしたというに過ぎない。
しかも安全委員会の了承を得ずして発表され、政府はそれを「一定の知見」として評価してしまっている、という構図だ。

これは明らかにおかしい。

基本的には、保安院は電力会社とではなく、安全委員会と一体になって動かなければならないはずだ。ことに福島以降はそうならなければならないはずだ。絶対に、安全委員会の頭越しをやってはいけない。

率直に言えば、事故のときに真っ先に逃げ出した保安院にどうのこうの言う資格があるのか? との疑問は国民がひとしく持っている。だから国民の信頼を回復するためにも、保安院は襟を正さなければならないのだ。
そこの反省があるのか? という疑問がわいてこざるを得ない。

北海道から静岡に行くときは、当然ながら六花亭のバターサンドを買っていくわけです。
六花亭のバターサンドは今やインタナショナルで、韓国でもベトナムでも、とにかくこれをあげたら次の日から相手の対応が変わるくらい美味しいのです。
私は心ひそかに、これが世界最高のお菓子だと思っています(後は明治のチョコレートとクリーム・キャラメル)。
それでもって、帰りはうなぎパイ。ここには落差があります。例えばうなぎパイには偽商品がたくさんあります。よそにも真似できるからです。マルセイのバターサンドには偽物はありません。真似できないからです。
この差は大きいです。

法事で静岡に帰って来ました。
まずは酒の話から、磯自慢はもうすっかり高くなってしまって、誰も飲みません。岡部の初亀は最初から高い値段をつけて高いのが売りの酒になっています。
今のおすすめは由比の正雪と清水の何とか(臥竜梅?)という酒だそうです。ということで、由比の小雪を買って来ました。純米吟醸ですが、めちゃくちゃうまい。冴え冴えとして、とにかく申し訳なくなるほどうまいのです。このフルーツ味が嫌だといわれればそれまでですが。
人にあげるつもりで買ってきた酒が、結局自家消費することになりそうです。

昨年暮れに貿易赤字が赤字となったのに引き続き、1月は所得収支もふくめた経常収支が赤字となった。
これまでの黒字蓄積からすればどうということはないし、貿易というのはそもそもは収支トントンであるべきだ。
ただ困るのは、これまで黒字基調が続いてきたから、それを前提としてやってきた部門だろう。
「それがどこか」ということで、「いちばん困るのは国債の売却先を失ったアメリカではないか」という、うがった観方がある。

そこで米国債の引き受け額を調べたが、どうも正確な数が良く分からない。米財務省が国債の引き受け先を対象国別に示している。日本の残高は約1兆ドル、80兆円だ。中国はもう少し多い。

しかし財務省は100兆円超と言っているし、亀井静香氏は非公式に200兆近くと語っている。民間をあわせるといくらになるか分からない。

いずれにしても相当の額に上ることはたしかだし、日本からのドルの流入にブレーキがかかるようになると、それなりの影響が出ることも間違いないと思う。

ただ、アメリカは何といっても基軸通貨国だし、ドルに対する信頼も相対的には失われていない。むしろ外貨のユーロへの変換に向いた中国が、ふたたびドルに戻ってくるようなら、日本のドル購入が多少減ったとしてもそれで危機を迎えるということは考えにくい。

やはり経常収支の問題は輸出産業の内部留保の取り崩しにいちばん効いてくるのではないだろうか。

資本論草稿集② 501ページ

マルクスは、ロバート・オウエンの講演録から長々と引用している。「別の機会に引用することにしよう」と書いているから、よほど気に入ったらしい。オウエンの言葉である「科学力」は地の文でも用いられている。

あえていえば、「要綱」の大工業に関するいくつかの有名なテーゼは、このオウエンの文章から受けた感銘がインスパイアーしているのではないだろうか。


A 大工業は人類史上未曾有の不平等をもたらした

家内工業の時代、親方も職人も同じ食堂で食べ、一緒に暮らしていました。職人も適当な年季を積めば親方になる見込みがありました。彼らのあいだには平等の精神と感情とが支配していました。

ところが製造業で科学力が用いられるようになると、状況は変化しました。現在では製造業で成功しようとすれば、大規模にまた大資本でなければなりません。繊維産業では特にそうです。

これまでの生産者間の平等は、親方と労働者のあいたの人類史上未曾有の、最大の不平等に席を譲ることになるでしょう。

大資本家は彼の奴隷を、間接的とはいえ、支配できるようになりました。生き死にまでも思いのままにする尊大な主人の地位を獲得したのです。

B 資本家は富だけでなく権力も手に入れたが、知性を失った

彼がこのような権力を得ているのは、同じ利害で結ばれた資本家たちと結合しているからです。

大資本家はいまや、溢れるほどの富を手にしていますが、この富の正しい使い方を知りません。彼の富は彼に権力を与えました。しかし彼の富と権力は、彼の知性をくらませています。

彼が無慈悲に抑圧を行っているときでさえも、彼は善行を施しているのだと信じています。

C 使用人は事実上の奴隷となった

労働者の大多数からは、健康、家庭、余暇、健全な遊びが奪われました。体力は消耗し、不節制になり、考えたり反省したりすることが不得手になっています。彼らの楽しみは最悪の種類のものです。これらの変化について個人を責めることはできません。

D ここは小見出しのつけようがない(マルクスが二重丸をつけた部分

しかしながら、それは規則正しい自然の秩序に従って到来したものなのです。それは現在進行中の、偉大な、そして重要な社会革命への準備的かつ必然的な段階なのです。

E 来たるべき社会とは

社会の編制が大いに改善され、合理的なものとなること。(生産と労働が)新たな結合を成し遂げること。万人に人格の向上と発達を保証すること。

万人が消費しうるよりも多くの富が毎年生産されるということ。富の中身も、従来より高級な種類のものとなること。

こういうことを考えるようになったのも、大規模な製造業システムが出来上がったからこそなのです。

E 人間はどう変わっていくか

ほかならぬ、この新たな製造業システムが人間の諸能力を拡大させます。このシステムにより、人間はこれまでとは別の原理とか実践とかを理解し、これを受け入れるようになります。

その結果、“世界にまだ知られるに至っていない、物事のもっとも有益な変化”がこれから起きるだろう、ということをを理解するようになります。そして、その変化を引き起こすように心がけるようになります。

つまりこの新たな製造業システムこそが、これとは別の、しかもより高度の社会類型の必然性を作り出しているのです。


ということでいろいろ探してみたが、
半ばは信仰のようなものも入っている。
自宅の風呂で、追い炊き可能なボイラーを使ってやっている農家もある。
「手作りである」ことの強調以外の意味はない。

一つ、従来型に比べての利点を挙げてある文章もあったが、証明されているわけでもなさそうである。

温湯消毒は、バカ苗病をはじめ、各種の病害にも防除効果があり、
薬剤で処理したものと同等かそれ以上の効果が認められているのです。

しかも、温湯消毒では、発芽率・発芽揃いが改善されることも分かっています。
この温度帯で発芽抑制物質(アブシジン酸)が不活性化するためだと言われています。

低温殺菌であるから、カビへの効果はあまり期待できないだろう。もっとも薬品でもカビはかなり厳しいが…

「滋賀農総セ」などの「成果情報」が掲載されていた。

ばか苗病に対して効果が低いが、生物農薬を用いると高い防除効果が得られる。

と報告されている。

「温湯種子消毒による水稲の種子伝染性病害対策」では、

種子伝染性の細菌性病害の中で、褐条病だけは効果が十分に得られない。

信州大学農学部の岡部らは以下のように記している。

昨今多様な遺伝的背景や様々な由来をもつ種子の需要が広がるなかで,それらすべてに一律に60℃,10分の処理を適用すべきかどうかは議論の余地がある。

前の論文で触れられていた生物農薬とは以下のようなものである。

微生物農薬による種子消毒とは,イネには無害な微生物を種子表面に増殖させ、病原菌の増殖を防ぐものである。

宮城県では農協の積極的な普及活動により温湯消毒種子が60%に達している。他にも米どころとされる県で普及率が高かったことから、今後さらに普及していくと見られる。

なお、これらの薬剤を使わない消毒は、わが国よりもむしろ技術・資本の面で厳しい途上国に有効と思われる。
ASEAN基準では,処理基準を52~57℃,15分とし,温湯処理後さらに薬品処理を加えているようだ。

「法人税減税 有害な競争」という連載が始まった。本日は初回。
①法人税減税が各国で行われ、一種の競争となっている。
②この競争が各国の財政基盤を侵食している。
③OECDは「有害な税の競争」をやめるよう呼びかけている。

というのが骨子。
ところで、法人税というのは諸税の中では比較的とりやすい税金だ。さまざまな控除をつけるにせよ、サラリーマンの天引きとある種似た所はある。
しかし税金はそもそも所得に対して課せられるものであり、法人の利益は所得ではない。そこから資本金の積み増しも、不動産の購入など長期資金ファンドも、株主配当も充当される。

くどいようだが、シャウプ構想においては法人税は高額所得者に対する税の前取りとみなされ、いわばみなし課税と位置づけられていた。その税率も35%程度で想定されていた。その後、勧告にそむいてまで、法人税率を60%に引き上げたのは、他ならぬ日本政府であった。

肝心なことは税の捕捉率を上げることであり、法人税という科目に固執することではない。
そこで日本の租税捕捉率(税収/GDP)はどうなっているかというと、これが低いんですね。OECD加盟国34カ国のうち28位、27%です。1位デンマークはほぼ50%、西欧諸国は40%前後の水準にあります。
日本より低い国は低い順にいうとメキシコ、チリ、米国、トルコ、韓国、オーストラリアというメンバーです。
日本のGDPは469兆円。捕捉率が10%上がれば年間50兆円の増収になる仕掛けです。

どうすればこれが可能になるのか、これを真剣に考えてみてはどうでしょうか。

東電処理が大詰めを迎えてきた。
原則は破綻処理の上、公共性の高い部門については政府管理に移行、ということになる。
発送電分離とか分社化、あるいは東日本電力などの議論はそのあとだ。
ところが、「国有化」は破綻処理を前提としていない。ツケをすべて国に回そうという魂胆だ。

さらに東電現経営陣は、企業そのものを存続させたまま、ツケだけ回そうと狙っている。これにどういうわけか米倉経団連会長が乗っている。

久しぶりの米倉節、「保安院の職員は逃げ出したが、東電の職員は逃げ出すことなく事故収束に全力を挙げた」
これは2月27日の発言。そのあとNHKが民間事故調査委員会報告に関連する特集を組んだので、米倉会長は赤恥を晒すことになった。本人は恥とは思っていないだろうが…

労働総研の小越代表理事による連載「展望なき財界の利益至上主義_経労委報告を読む」全9回が終わった。
正直期待したほどの内容はなかったが、最終回はさすがに迫力がある。

第一に、消費税引き上げをふくむ一体改革は、真の狙いは財政再建にあるのではなく。大企業の社会負担のさらなる軽減にある。
この視点は、かっちりと抑える必要がある。
これに関連して、財政困難を作り出してきたのは、財界本位の公共投資にあることを抑えるべきだと強調する
ここも大事なポイントである。

第二は、大企業はいまや多国籍企業化し、日本の国益を損なうことも気にしなくなっているということである。

上位1%の企業が輸出総額の62%を占め、上位10%で92%を占める。大企業イコール輸出企業となっている。輸出企業は多国籍企業となっている。したがって大企業=財界は多国籍企業集団となっており、日本の利益を代弁する存在ではなくなっている。

第三は、こうした大企業の姿勢こそが、労働者・国民と対立し、かつてない政治の国民からの離反と不信を蔓延させている最大の原因だということである。


第二の点に関連して、蛇足ながらTPP推進の立場に論及しておきたい。
TPPなど百害あって一理なしと思うのだが、実は千分の一理ある。いわゆる毒素条項を国際慣行とすることによって、近未来における中国との競争を有利に運びたいという思惑である。これは日本の国益にとってはマイナスなのだが、日本の国益から離脱した大企業=「米日多国籍企業複合体」にとってはプラスなのだ。


赤旗「農業の四季」という連載に、“種籾の温湯消毒”の話が載っていたが、良く分からない。

温湯消毒は環境保全米作りの中心といっても良い技術だそうで、この10年のあいだに最も変化した稲作技術なのだそうだ。とは言いつつも古くからあった技術で、最近見直されたということらしい。

63度のお湯に5分浸してから冷水につけ、、脱水してから乾燥させます。

ということでやり方はわかった。

けっこう大掛かりな技術のようで、それまでは個別の農家で「塩水選」をしていたのが共同作業になり、農家はそれを購入するというように変わったようだ。環境保全米の栽培には、この方式で作成した種籾が必須らしい。

そのほかにもいろいろ細かく書いてあるが、なぜそれがよいのか、が分からない。



赤旗が好評に応え、いい連載を始めてくれた。
「選挙制度どうあるべきか-各党議員が語る」という表題で、今回は自民党の村上誠一郎議員。

小選挙区制の下で、
①政治家の新陳代謝が進まない、②政策が八方美人にならざるを得ない、③政治家が正論をはけなくなった、④自立した政治家が少なくなった、⑤党執行部が大変強くなった、⑥少数意見が反映されなくなった、

「身を削る」論は、かつて「小選挙区制は政治改革だ。反対するのは守旧派だ」と真っ赤なウソの論調を張ったマスメディアが、今回、自らの反省もなく吹聴している暴論です。

国会議員が少ないほど、行政マンの待遇を悪くするほど「いい改革だ」ということになるんでしょうか。
「身を削る」論に乗る民主党政権の比例定数80削減はもってのほかです。

私は小選挙区制は民主主義を殺すと断言します。

村上議員はかつて行革担当相として、構造改革の旗を振った人物だが、それがこういうんだから、間違いないだろう。

あまり好きなピアニストではないのだが、どういうわけかブレンデルのショパンが良い。もう少し聞きたいと思って探していたら、嫌なものにぶつかってしまった。
ホロヴィッツの東京コンサート。英雄ポロネーズがアップされている。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm354201
1983年だそうだ。もう30年も前になる。たしかメシ食って風呂に入って、テレビの前に座って「さぁ世紀の演奏が始まるぞ」と期待していたと思う。
それが最初の演奏から嫌な予感、「なんじゃこれは」と思っているうちますますひどくなる。ダルビッシュが初回から大乱調という感じだ。
にもかかわらず、聴衆は一曲ごとに盛大な拍手。
確かにキラキラと輝くホロヴィッツサウンドだ。しかし155キロのストレートでも、ストライクが入らないんじゃしょうがない。割れたクリスタルのワイングラスは、どんなに綺麗でも、どんなに高価でも、捨てるしかない。
嫁さんはまだ見ていたが、私は自分の部屋に戻った。

それをわざわざアップロードしてくれた人がいる。確かに見なおしてみると、衰えではなく何か体の異変のようだ。しかしババアのストリップであることに変わりはない。

クリスタルガラスを爪で弾くと澄んだ音がします。練りガラスだとポクポクとした音です。子供の頃の記憶では、ピアノの音はただのピアノの音でした。
その後レコードで聞いたケンプやルビンステインのピアノの音はもっとクグモッたものでした。グールドのピアノは木魚を叩くような音でした。
初めてドビュッシーを生で聞いたときは、ピアノからこんな音が出るのだと知ってびっくりしました。
ショパン・コンクールの直後に聞いたダン・タイ・ソンのショパンはまさにクリスタルでした。だから私のピアニストへの要求は、まずいい音を出してくれ、勝負はそれからだというものです。

絶頂期の上原、それにダルビッシュ、速いだけではない、あのエグれるようなグルーヴの効いた直球がまさにピアノの魅力です。


赤旗連載「応分の負担とは」で、富裕税の試算をしている。
細かいやり方はわからないが、相続税の統計資料から試算して、いわゆる富裕層を5億円以上の資産保有者としている。
それに該当する資産家は5万~7万人とされ、これに毎年1~3%の富裕税を課すと5千~7千億円の税収が期待できるという。
まぁ「捕らぬ狸の皮算用」だが、

もう一つ、為替投機課税は、1回の取引につき0.01%の課税を行うというもの。率は低いから実体取引にはほとんど影響を及ぼさないが、投機にはかなり効いてくる。日本国内での年間取引額は6千兆円に達するというから、これでも6千億の税収になる。ただ、とられる方にしてみれば6千億も持ってかれたんでは商売上がったりだから、相当抵抗も出てくるだろう。

それにしても10年前、トービン税が提唱されたときはまさかの夢物語だと思っていたが、こんなにも早く現実化してくるとは思わなかった。それだけ投機資本による被害が深刻なのだということだろう。

恥ずかしながら知らなかったが、国家公務員がやたら減らされていた。
公務員賃下げに反対する国公労連委員長が参議院で意見表明して、その発言の中で触れられている。

2002年から10年間、自衛官を除く国家公務員は約80万人から約30万人まで減少しています

これは異常だと思う。まず本当かどうか疑ってしまう。どこがどのように減らされたのか? 本当に大丈夫なのか?

というわけで、これがそのカラクリ
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ということで、郵政民営化で郵便局関係の人がみんな、公務員でなくなったことが要因だ。
まぁそういうことなら…

もう一つついでに公務員の各国比較で、これは人口千人あたりの公務員数を並べたもの。
日本の公務員が相当がんばっていることが分かる。
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最近の機械はさっぱり分からない。
さすがに携帯は持っているが、メールが分からない。テレビも見えます、クレジットカードにも、ナビにもなります、といわれてもクラウドをつかむような話だ。

実は本日嫁さんに頼まれて音楽CDを作っているのだが、WAVファイルをポンポンと落として、書き込みボタンを押せばいいのかと思ったら、そうでもないようで、まず「イメージ」というものを作らなければならない。この「イメージ」というのがイメージが沸かない。「仮想ディスク」と言われても一歩前進二歩後退である。

ようよう書き込みに達して、「ゆけっ!」と裂帛の気合を込めてボタンを押すのだが、その直後にCDのベイが空いてディスクがスラーっと出てくる。

三種類ほどソフトをダウンロードしてやってみたが、どれをやっても同じ。こんなに難しかったかね。ウィンドウズ95とか98SEの時にも焼くソフトはあったし、そんなに難しい印象はなかったのだが、やはりこちらが年をとったのでしょうね。

それでもって、なんでこんな苦労しているかというと、嫁さんがテレビに付いているデッキで再生したいというかからです。

このデッキは6、7年前に買ったもので、当時としては最先端、ハードディスク内蔵・ハイビジョン対応型です。これにBSとCSをつけてWOWOWもスカパーもてんこ盛り、これにさらに外付けハードディスク対応の東芝レグザをつけていますから、その操作は嫁さんにしか分かりません。裏の配線を見ただけで絶望感に襲われます。

嫁さんはこれで韓流ドラマを週に5本くらい録画して、それをDVDに焼いて友達に回していたのですからすごいものです。「こんな安上がりな趣味はないのだから、文句ないでしょう」といわれればたしかにそのとおり、ファイターズが9回裏に追いついてなお攻撃続行という場面でも引き下がらざるを得ないのです。

ただいかんせん、ひと時代前ですから、USB端子はあっても写真を見るためのもので、MP3にまでは対応していません。まして最近のAACファイルに至ってはうんともすんとも言いません。
そこで音楽ファイルをWAVに変換してCDに焼いてデッキに挿し込むという仕儀に相成ったわけです。

結局、デッキを買い換えてメモリースティックを突っ込めば聞けるようにするのが一番良いのだろうと思います。ただカタログを見るとまだそういうデッキはないようです。いっそパソコンを外付したらというアイデアもありますが、やはりパソコンとリモコンは文化が違います。

世の中に、テレビをオーディオ替わりに使おうという人はたくさんいるはずなので、少しメーカーに工夫してもらいたいと思います。それとももう日本の電機業界はすっかり将来を諦めてしまったのでしょうか?


とりあえずまとめ的感想を述べておく。

97年不況は二つのフェイズに分けられるし、分けて考えなければならない。第一のフェイズは4月の9兆円負担増と公共投資の削減に端を発しており、需要の冷え込みと相対的過剰生産を特徴とする不況だった。

第二のフェイズへの移行ははっきりしないが、市場不安に対する金融出動の遅れによりもたらされており、11月の山一、拓銀倒産を契機に不良資産問題が景気回復の足かせとなる構造不況へ移行していく。

ボクシングにたとえると、それまで優勢に進めていた選手が左フックをテンプルに食らい、ファースト・ダウンを喫したのが97年4月。そのあと弱点のボディーに次々と有効打を打ち込まれ、グロッキーになって行くのが第二ラウンドだ。

バブル崩壊を機に始まった「平成大不況」に対する数十兆円規模の財政出動と多額の公共投資は、この時点で無駄になってしまった。

企業はみな内向き思想に変貌し、自らの保身に汲々とするようになり。国内投資はハイリスクとして敬遠されるようになった。97年の橋本改革はたんに深刻な不況をもたらしただけでなく、政府の財政政策への不信を募らせ、日本経済のあり方に深い傷跡を残したといえる。


Ⅰ 97年不況はたんなる景気後退局面だったのか

山家さんは権丈教授とは逆に、95年から96年の経済動向は、97年がさらに成長を遂げる筈の年だった事を示している。バブル崩壊後の「平成大不況」は93年末には下げ止まり, 95年からは「回復過程」に入っていた。96年度の名目成長率は3.4%を達成し、『経済白書』は、「日本経済は自律回復過程への移行を完了しつつある」と述べた(古川)。

市場要因を見ると、人手不足や設備不足からくる物価上昇などまったく発生しておらず, 過剰在庫の発生も見られなかった.市場には後退局面に入る兆候はなかった。金融政策は、この期間においては不変(ゼロ金利)のままであり、景気に影響を及ぼしていない。

海外要因を見ると、 9 6年までの円高が、 9 7年は一転して円安に振れた。それまでの輸出抑制と輸入の増加による経済成長への圧力は一気に取り除かれた。アジアの経済危機の影響が日本の輸出の落ち込みをもたらすのは 9 8年のこととなる.

こうして見ていくと、逆に、山部さんの結論は財政再建を行うチャンスではあったということになり、問題はその規模・方法ということになる。

ただ、ここまで手放しに賞賛してよいかという点では有力な異論もある。愛知淑徳大学の竹村先生は、「バブル崩壊不況」に対する公的資金34兆円、円高対策21兆円(95年)の投入と公定歩合引き下げで持ち直した、いわば「カンフル景気」にすぎなかったと評価している。

Ⅱ 何が景気低下に寄与したか

上記を考えれば、GDPを比較するのではなく、GDP成長率の変化を見なければならないということになる。GDP成長率は96年が3.4%で97年が1.8%であり、1.6%低下したことになる。この成長率低下に何が寄与したかを見なければならない。なお97年第Ⅰ四半期が駆け込み需要で、第Ⅱ四半期がその反動の低下として相殺されたと考えれば、年度で単純比較するのは妥当であると考えられる。

部門別で見ると、家計部門(消費と住宅投資)がマイナス1.8%で最大である。政府部門(公共事業)は1.6%の減少である。企業部門の需要はむしろ伸びを高めている。

権丈教授の主張する政府部門支出は一位ではないし、民間企業部門の増加とトレードオフされている。それがそもそも公共事業の呼び水としての役割である。パラレルだからと言って因果関係を意味するものでないことは、教授自ら強調されている通りである。(もちろん、この不況には「二番底不況」という側面もあり、そう単純に言い切れるものではないこともたしかではあるが…)

北村洋基氏は、このあたりの経過をもう少しダイナミックに描写している。

消費の減退が生産とのバランスを一挙に崩して過剰生産に陥った。設備の過剰と雇用の過剰, 債務の過剰が顕在化した。いったん減少に向かった不良債権が一挙に増加した。

 

Ⅲ 何が不況を深刻化させ長期化させたか

もっとも影響が大きかったのは政府の見通しの甘さと対応の遅れである。竹村教授によれば、

政府・日銀は、「資産価格の鎮静化は、景気に対して影響がないわけではないが、過度に恐れる必要はない」との見解を示し、「バブル経済」崩壊の影響を軽く見ていた。加えて当時の橋本内閣は、平成9年度に入っても、「景気の上昇局面が継続している」と誤った判断をしていた。

という。

かくして始まった政策不況が長期化し、「二番底不況」として深刻化するについては、他の要因も少なからず関連している。その中で特に大きいのは金融の機能不全である.山家さんはそのメカニズムを以下のように説明している。

 

この改革と景気とのかかわりが生じた順序はこうである.

① 1 9 9 7年5月を山に景気は後退期に入った.

② そこにアジアの金融危機が重なった.

③ その下で, 株価が低下の度を強めた.

④ そうした一連のことの結果, 金融機関の抱える不良債権問題が再燃し.

⑤ 経営の危機に遭遇した大手の金融機関を救済せずに放置した.

⑥ そのことが, 一部の金融機関の経営の危機を,金融機関全般の経営危機へと深刻化させた.

⑦ 金融危機は数多くの企業の資金調達を困難化し,景気後退を深刻化させた.

 

なお古川氏はこれに加えて、「金融システム改革」(金融ビッグバン)の影響を強調している。

 1998年4 月実施予定のビッグバンめざして不良債権の早期是正処置がもとめられ、それが出来なければ格付け会社から投資不適格の烙印を押された。

9兆円も持っていかれて世間が金詰りになっているのに、銀行が貸し出しできなくなったわけだ。とくに中小企業に対する貸し渋り(クレジット・クランチ)は、不況の深刻さを一段と深めた。

マイナス成長に陥った1998年については下記のごとく記述されている。とりあえず紹介だけしておく。

① 家計部門の需要の落ち込みが1 9 9 7年を上回る。所得が減少し将来不安が高まる。

②企業部門の需要も大幅な前年比減少

③輸出もまた減少。円安だが、アジア向け輸出の落ち込みが影響

1997年不況については、ネットで探した範囲では、山家悠紀夫『景気とは何だろうか』がもっとも理論の筋が通っていて、説得力がある。このページはそもそも岩波新書, 2 0 0 5年の抜き書きのようだ。

もう一つ、消費税を擁護する立場の文章もある。これはヨタ文章なのだが、書いた人間が慶應義塾大学 商学部教授 権丈善一 という偉そうな人なので、まずはその文章を鏡としながら論点の所在を探っておきたい。

勿凝学問174 「1997年不況の原因は、本当に消費税率引き上げなのか?」という表題で、「当時の公共事業費削減やアジア経済危機も思い出してあげないと、消費税が可哀想だ」というリードがついている。

これだけ読む限り、いわば経済専門家による消費税犯人論の真っ向からの否定だ。書き出しはのっけからけんか腰である。

1997年4月に消費税率は2ポイントあがった。そしてその年は深刻な不況に見舞われた。だから、深刻な不況は消費税のせいであるというのであれば、あの年8月のダイアナ妃の事故死も消費税のせいなのかと言いたくもなる。そして消費税率引き上げ前1月の松田聖子・神田正輝の離婚は、あれは駆け込み離婚なのか?

ついで97年不況の見解をめぐる対立が“財政構造改革派と景気対策優先派”の対立 にあるとの説を唱える。

これは権丈教授の独特の見解であり、そもそもそのような対立があるのかさえ判然としない。

財政構造改革も景気対策もどちらも大事なことである。そのことに異論を唱える人はいない。同時に、財政構造改革が究極的に景気に左右されることも当然であり、景気対策が優先されるのも当たり前の話である。少なくとも財政構造改革に執着するあまり、97年不況のような事態を再現することは断じて許されない。これはすべての人に共通する認識ではないだろうか。

権丈教授はこのような共通認識を踏まえているのだろうかという疑問を抱かざるを得ない。

もうひとつ、“見解が分岐するトピックとして、橋本内閣における財政再建努力をどのように評価するかという問題がある ”とも書いている。

これもおかしな話で、どのように評価するかと問われれば、すべての人が「失敗だった」と評価するだろう。問題は「なぜ、どこが、どのようにして失敗したのか」という分析であり、二度とこのような失敗を繰り返さないための教訓を汲み取ることである。

ここでも、権丈教授はこの共通認識を踏まえているのだろうかという疑問がわいてくる。

(ウィキペディアにもこう書かれている。
消費税引き上げ論者、ないし財政再建論者からも以下の意見が出されている。
①時期として適当でなかった。96年、景気はバブル崩壊から立ち直りつつあったが、力強さは見られなかった。②額が適当でなかった。③対処が遅れた。)

教授は97年不況が“社会実験の意味を持っている”と書いているがまさしくその通りだ。だから我々は貴重なこの経験から多くのことを学び取る必要があるのだ。その後の「経済白書」も、その内容は別として、私と同じ観点からこの問題にアプローチしている。

文章の性格からしてやむをえないとは同情するが、教授は97年不況の原因を以下のように簡略化している。

①1993年末から景気が回復してきた日本では、1996 年に実質年率3.5%の経済成長を達成した。

②1997 年5 月からの景気後退は、1997 年4 月の消費税率引上げ前後の駆け込み消費と買い控え現象だ。

③これに1997 年7 月以降のアジア経済危機を契機とした大幅な株価の下落などが、橋本財政構造改革の時期と重なってしまっただけだ。

上記の説を裏付ける根拠として、教授は一つのグラフ(転載せず)を持ち出し、以下のように説明する。

 1996 年の前半にピークを迎えた家計消費支出、政府消費、公的資本形成は1996 年中に低下傾向をみせはじめる。公的資本形成の減少とほぼパラレルに動いている

 1997年4月の消費税率2ポイント・アップは、景気の低下傾向そのものを加速するような影響を与えてはいない

と、驚くべきことに消費税主犯説の否定ではなく、消費税無罪論まで飛躍して行くのである。

そのために教授は、四半期集計のグラフの“消費税率の引上げ前後の消費の増減をならしてみる”という驚くべき手法を用いる。そして“公的資本形成の減少とほぼパラレル”であることを“発見する”のである。

公的資本は過少消費に対する対応策として出てくるのであり、基本的には民間消費とは逆相関の関係にある。民間の資本形成とあわせて見て行かなければならないし、本来パラレルになるはずのないものだ。

また4兆円の公共投資減少が100%効いて、9兆円の国民負担増が0%だという話も無茶苦茶だ。


たしかに97年不況は「二番底不況」と呼ばれ、バブルのツケの清算としての性格も持っているのだが、ここまで事態を一面化するのは異様としか言いようがない。

例えばここでは民間資本形成が意図的に除外されているのであるが、まさに政府消費による下支えで民間資本形成が持ち直し、3.2%の成長を実現したからこそ、政府は公共投資の抑制に着手したのだ。

もう一つ、政府投資の減少を主犯とし、よって以って消費税を免罪するのは、論点のすり替えである。問題は97年不況が「政策不況」であったか否かである。

政府投資の減少も、消費税や社会保障改悪と同じく、財政再建至上主義にもとづく政策だったのであり、その立脚点に立てば、それらは個別の手法の違いに過ぎないからである。


たしかに、経企庁は当初国民負担増の問題を取り上げなかった。そして現下の不況を「二番底不況」として描き出そうとした。しかし後には消費税などによる消費減退を指摘するようになっている。

現在の深刻な不況の主因は、官民が金融機関の不良債権処理を先延ばしし、バブル崩壊の後遺症を悪化させたことだ。政府が、不況の主因にメスを 入れないまま、公共事業を柱とする従来型の景気刺激策を繰り返し、効果が出なかっただけでなく、財政赤字の増大も招いた

経済企画庁の1998年版「日本経済の回顧と課題」




10年前に低金利路線から量的緩和路線に踏み切って以来、世の中には金が溢れかえっている。普通なら天文学的インフレになるはずが、ひたすら金欠状態にあえいでいるのが現状だ。
つまり回る金の量は変わらずに、闇の世界に沈殿していく金の量だけがひたすら増えていることになる。この金がふたたび流通するようになることが、経済再生の根本である。

大企業やその内部留保をただ目の敵にしているわけではない。内部留保もふくめた闇の金が再循環に入っていくメカニズムを作ることが、あらゆる政策の根本に座らなければならないということである。

内需主導というが、別に内需でも外需でもどちらでも良い。とにかく回る金を作ることであり、増やすことである。

その方法としては二つのルートがある。ひとつは政府の税を通じた所得再配分であり、もうひとつは金融機関を通じた市場の活性化である。いま消費税を上げるべきではないとする根拠は、金融機関の貸し出し能力に強い不安があるからだ。

97年の「官製不況」を勉強すると、消費税の値上げもさることながら、「金融ビッグバン」の影響が極めて強かったことが分かる。

どこかに眠っている金でなく、循環している金から9兆円引き抜いてしまえば、たちまち金欠になる。しかしそのときに眠っている金が動員できれば、それはかなり緩和される。リスクは金利でヘッジされる。

しかし、そのとき同時に金融ビッグバンが進行していたから、銀行は貸し出しを強化するどころか、さらに市場から金を引き上げた。バブル以来の不良資産を一気に処分し、自己資本比率の達成に狂奔した。

燃え上がる列車から逃れた乗客は、隣の線路を走ってきたビッグバン列車にひき殺されたのである。

ウィキペディアに拠れば、かつて97年の政策不況のとき、当時大蔵省で財務官の立場にあり、事態を離れたところから見ていた榊原英資は「日本には、経済全体、日本全体を見て政策決定をするメカニズムが決定的に欠けている」と評したそうだ。
いままたこの言葉がよみがえりつつある。

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