鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

2011年11月

本日の赤旗に、地震予知連の島崎会長が登場し、生々しい発言を行っている。

①予知連は、震災前に、福島での津波地震を予測し、公表していた。
②しかし政府の中央防災会議では、地震予知連の提言が「明確な論拠なしに」退けられた。
③これに代わり、津波地震の想定の要なしとする原子力土木委員会津波評価部会の見解が採用された。
④私たちの予測が無視された背景には、原子力業界の力が働いていた と感じている。

この結果、宮城・福島に大被害を生んだ。
犠牲者の8割は、陸前高田市以南の地域に集中している。これより北側には津波堤防が建設されていたが、南側では高潮堤防のみであった。
さらに、南側では避難ビルの建設も、防災意識の啓発対策も怠られた。

島崎会長の最後の言葉は、傾聴すべきものである。

「一部の報道では、なにか、長期予測もまったくあてにならないもののように言われています。しかし(予知の技術は)一歩づつ進んでいます。今回の津波もある程度予測できていました。
地質学の成果がゼロだというのは、これまで原子力が地震学をゆがめてきたという問題までも、全部打ち消してしまう」議論です。

2011年

1.05 最南端の町プンタ・アレナスでガス料金値上げに反対するデモ。3,500名が市内中心部に集結。バスターミナル,主要道を封鎖。

1.12 プンタ・アレナスで抗議活動による混乱の中,2名の若者が事故死,1名が重傷を負う。道路封鎖が再開される。その後値上げ幅の圧縮と、政府補助の増額で合意。

1.19 教育改革法が、コンセルタシオンの賛成を得て成立。キリ民党は推進の立場をとり、社会党は追随。他党も抵抗するが結局折れる。

1.22 サンティアゴ公共交通機関の料金が値上げされる。

4.05 ピニェラ大統領の支持率は42%、不支持率は49%となり11年に入って以降不支持が上回る状況が続く。

4月 チリ学生連合(CONFECH)、抗議活動への参加を呼びかける。

チリの教育予算は、ユネスコが目標として掲げるGDP比7%を大きく下回り、4%程度でしかない。OECDによると、チリは加盟国31カ国のうち教育費の国民負担が最も高い国で、その割合は41.4%に達する。ちなみに日本は34%。
大学生は高利の教育ローンを組むのが常識になっており、卒業時には、学生1人あたり平均で4万5千ドルの借金を抱える。

5.09 アイセン水力発電計画が承認される。70億ドルをかけ、パタゴニア地方の2本の川にダムを建設するプロジェクト。環境団体や地元住民を中心に抗議活動が発生。国家警察は放水車や催涙ガス弾を用いて弾圧。チリ全土で1万人以上が抗議活動に参加し,123名が逮捕,27名が負傷する。

5.12 公的教育改善を求めるデモ。約1万5千人が参加。

5.26 約2千人の高校生を含む約8千人が教育省までのデモを行い,ラビン教育大臣へ請願書を提出する。

6.01 大学と高校の封鎖行動が開始される。

6.13 封鎖された高校の数が100を越える。

6.16 教育省前で警察と学生デモが衝突。放水、催涙弾攻撃、騎馬隊による弾圧に対して学生は投石で応じ、38人が逮捕される。

6.30 民政復帰後最大規模の30万人のデモが行われる。当局発表では10万人。

7.05 ピネラ大統領、教育改革要求に対する対応策を発表。40億ドルの奨学金基金を創設するとのべる。

7.05 ピニェラ大統領の支持率は31%,不支持率は60%となった。

7.06 「国際キスの日」にちなみ、「ベサトン(キスキス)大作戦」と銘打ち、交際相手と一斉にキスをする示威運動を展開。サンティアゴ中心部のイタリア広場だけで約2000人の大学生(一部高校生も)たちが30分間キスを続けた。メディアの注目を集める。他にもゾンビの扮装など多彩なデモが展開される。

7.11 銅産業労働者1万5千人が民営化反対ストライキを決行。

8.01 ブルネス教育大臣は教育制度改革に関する新たな政府案を公表。学生側はこの提案を一蹴。

8.04 教育改革を求める学生デモと警官隊がサンチャゴ市内中心部で衝突。学生235人が拘束される。ヒンズペーター(インスペテール)内相は、大統領官邸へのデモ行進をいっさい許可しないと発表。

8.04 学生の発議による空鍋叩きが全市でおこなわれる。

8.09 学生デモ。警察発表で7万人が参加。主催者側は約15万人と発表。エンカプチャドス(覆面をした若者)の部隊がモネダ宮殿付近で警官隊と衝突。

8.10 コンセルタシオン、デモ規制は違憲だとしてヒンズペーター内相に対する弾劾決議案を提出。30日の採決で否決される。

8.14 議会が対話を提案するが、学生側はこれを拒否する。

8.17 政府は教育改革に関する提案を一部修正し,貧困層に対する経済的支援を増やす計画を公表。

8.18 「傘の更進」が行われる。真冬の雨の中を5万人の学生がデモ行進。教育機会の平等と不当利益行為の終わりを求める。

8.20 5月以来最大規模のデモ。首都だけで10万人(当局発表)が参加する。

8.24 CUT(Central Unitaria de Trabajadores)の呼びかけにより48時間ゼネスト決行。銅山労働者が48時間ゼネストを貫徹。官公労を中心に全国の8割の公務員労働者がストに入る。首都圏州の公共交通機関は参加を見合わせる。

8.24 CUTの呼びかけたデモに延べ60万人が参加(政府発表17万人)。警察は約1400名を逮捕。衝突で16歳の高校生が死亡、約150名が負傷する。

9.01 高校生に向けて発砲が行われていたことが判明。さらにゴードン警察軍長官が息子の交通違反を圧力で揉み消したことが明らかになり、大統領は自発的辞任を求める。

9.03 ピニェラ大統領が学生,教職員組合,大学長連盟の代表と4時間近くの会談。義務教育の権限を自治体から国へ移す事については政府側が拒否。

9.11 クーデター記念集会。集会後のデモに介入した約300人のエンカプチャドスと、カラビネロス(警察軍)とが衝突。ほかに全国350か所で衝突があり、逮捕者は280人におよぶ。

9.21 プロビデンシア区の二つの高校の封鎖が警察の手により解除される。

9.22 ピニェラ大統領が国連総会で演説。パレスティナの国連加盟早期実現への支持を表明する。

9.27 CONFECH,政府との対話への参加を決議。教育制度改革が明確化されるまでストライキ、封鎖、抗議デモは継続とする。

9.29 ブルネス教育大臣と大学生、教育界代表者による一回目の対話が開催される。主張は平行線。

9.29 対話と平行して学生デモ。政府発表で2万人,CONFECH 発表で15万人が参加。

9.29 ピニェラ大統領、教育予算を大幅に増額した予算案を発表。政府と学生側との交渉が開始される。学生側はあくまで教育無償化を要求。

10.04 ピニェラ大統領の支持率は30%,不支持率は63%。

10.06 全学連、政府との交渉を打ち切り。サンチアゴ・バルパライソでは大規模な衝突が発生。

10.06 国際通貨基金(IMF)、チリの財政状況を分析し、国民の諸要求の高まりに応えるためにも、「企業が支払う税率を国際水準に引き上げ、気前の良い優遇策や税制上の譲歩を減らすべき」と指摘する。

10.07 市民団体「教授会」による「国民投票」が実施される。有権者150万人が参加し、無料教育普遍化に88%が賛成した。

10.18 CUTの48時間ゼネストが開始される。Chilean national strike timeline: Oct. 18 に分刻みのタイムラインがあるが、さすがにつき合いきれない。

11.03 チリの人権団体、米州人権委員会(CIDH)に、学生に対する117件の暴行事例をあげ、警察の権力乱用を告発。

11.07 世論調査で、学生の要求に賛同する人は67%に達する。

11.11 来年度の教育予算案の審議が始まる。国会のあるバルパライソに学生ら約3万人が集まり、国会周辺をデモ行進する。

2007年

3.29 新交通システムの不備や教育改革を批判する学生デモ隊が警察と衝突し、学生747人が拘束された。サンティアゴでは少なくとも100台のバスが焼き打ちされた。

4.04 サンチアゴで数百人の学生が抗議行動。警察は催涙弾と放水砲でデモ隊を蹴散らし、約100名を逮捕する。

5.21 バチェレ大統領が記者会見。公共バス料金の値上げについて謝罪する。また、今後数億ドルをかけて教育の改善を行うと約束する。

9.11 クーデター記念日。デモ隊と警察の衝突で41人が逮捕され300人が負傷する。

 

2008年

3.26 バルパライソにある国会前に集まった約3500名の大学生が、治安警察の部隊と衝突。

10.26 チリ地方選挙。アリアンサの得票率がコンセルタシオンに2%上回る。コンセルタシオンは民主化以降最初の敗北。

 

2009年

1.05 バチェレ大統領、総額40億ドルからなる景気刺激計画を発表。

2.12 チリ中銀、貸出金利を2.5から4.75%に引き上げ。?

6月 CEPの世論調査で、バチェレ大統領の支持率が67%に達する。歴代大統領の中では最高となる。

12.13 大統領選挙。右派野党連合の企業家セバシティアン・ピニェラ元上院議員(60)が第1位を確保。第2位となった与党連合「コンセルタシオン」のエドゥアルド・フレイ元大統領との間で決選投票となる。与党を離脱した無所属候補のエンリケスは20.1%、共産党などで結成した左翼連合候補のアラテは6.2%。

12月 総選挙。共産党、コンセルタシオンとの選挙協力で下院に3議席を獲得。クーデター以来36年ぶりの議席となる。

 

2010年

1.17 大統領選決選投票。アリアンサのピニェラが51%を獲得。コンセルタシオンのフレイを破り当選。

2.27 コンセプシオンを中心にマグニチュード8.8の大地震が発生。死者486人、行方不明79人を出す。15万人が家を失う。被害総額は約300億ドル。直後の略奪行為が世界に発信される。

3.11 ピニェラ大統領の就任式。アルゼンチン、ボリビア、ペルー、コロンビア、エクアドルの元首が列席。

7.12 マプチェ運動の受刑者が,①反テロ法適用の停止,②インディヘナ居住区に駐留する軍の撤退,③マプチェ族政治囚の釈放を求めてハンストを開始。

8.05 サン・ホセ銅鉱山で崩落事故が発生し,33名が生き埋めとなる。

8.22 サンホセの33名が坑道深くに生存していることが確認される。

8.24 ピニェラ大統領が実質的なオーナーであるテレビ局チレビシオンが米複合メディア企業タイム・ワーナー社へ売却される。

10.01 政府と一部のマプチェ族活動家の間で、反テロ法の適用停止などで合意。24名がハンストを終了,14名がハンストを継続。世論調査で,政治的弾圧反対は86%に達する。

10.13 サンホセ鉱山で、33名全員が無事に救出される。世界中から約2千人のプレスが集結し,救出作戦の模様が各国で生中継される。,ピニェラの支持率は63%に達する。

10.21 コンセルタシオン内部で進路をめぐる対立。PPDのトア委員長は共産党などとの対話を訴えるが、キリ民党は左傾化に反対する。

10.24 政府の教育制度改革案が提出される。①校長への解雇権付与、②高齢教師への退職勧奨、③入学試験の点数で教育学生の待遇を差別、④採用試験の点数で教師の待遇を差別、などひどいもの。

10月 ピニェラ(コロコロの実質オーナー)がサッカー協会会長選挙に干渉。チリ代表監督は抗議の辞任。大統領の支持率は前回より13%低下する。

12.08 サンチアゴ近郊のサンミゲル刑務所で囚人間の抗争から火災となる。死者は81名に上る。この刑務所は収容能力1100名に対し1924名を収容していた。

1990年

3.07 ピノチェト、最後の置き土産として改悪教育基本法(LOCE)を公布。公教育は国営から自治体の管理へ移行された。その結果、教育も市場原理に基づく学校ビジネスが基本となり、教育の質の低下を招いた。

 2006年 ペンギン革命 (Revolución de los pingüinos)

ウィキペディアに非常に詳しい解説あり。

3月 バチェレが大統領に就任。社会党政権が継続する。

4.24 新政権、大学共通入学試験(PSU)の受験料引き上げと、バス料金の学生割引の制限を発表。高校生(チリでは14歳から18歳まで)による闘争が高揚。

4.26 サンティアゴのメインストリートであるアラメダ通りで、政府提案に抗議する高校生のデモ。47人の高校生が警察に逮捕される。高校生の制服がペンギンに似ていることからペンギン革命と呼ばれるようになる。

5.01 高校生がデモに参加し、新政策に抗議する。全土で1,024人が警察に逮捕される。

5.10 内相が、「暴力は正しい手段ではなく、政府は警察の行動を支持する」と開き直る。

5.19 名門校のインスティトゥト・ナシオナルとリセオ・デ・アプリカチオンで、学生たちが学校を占拠し教育改革の改善を求める。その後数日のあいだに、スト/占拠は14校に拡大。

5.26 高校生調整会議(ACES)が「5.30全国ストライキ」を呼びかける。チリ大学学生連合(FECH)、全国教員組合などが支持表明。この日までに70校以上がスト入り。

5.30 79万人の学生が全国各地でデモ。この日までに全国で320の高校が占拠され、さらに100校以上がストライキに入る。73年クーデター後の最大の学生運動となる。

5.30 ジリッチ教育長官と学生リーダー23人が国立図書館で直接会談。図書館前に集まった学生に警官隊が催涙弾を発射。725人が逮捕され26人が負傷する。個人宅にいた見物人も逮捕され、報道関係者も特殊部隊に攻撃された。これらの映像は報道によって流された。

5.31 警察に対する非難が集中する。バチェレ大統領は「警察に治安の維持を期待しているが、昨日目撃したような出来事は到底受け入れることはできない」と非難する。サルディバル内相も、調査の開始と、特殊部隊の隊長と副隊長を含む10人の解雇を指示。

5.31 ACESがジリッチ教育長官の提案を拒否。6.05からの全国ゼネストの決行を宣言。

6.01 バチェレ大統領がテレビ演説。学生たちの要求を受け入れ、大統領諮問委員会を設置、新たな教育政策を検討すると述べる。

6.02 ジリッチ教育長官とACESの再度の直接交渉も物別れに終わる。

6.05 ACESが全国ゼネストを決行。高校生に加えて大学生、高校教師、トラック運転手、労働者の組合も連帯スト。警察は運動の拠点インスティトゥト・ナシオナルに対し、催涙ガスや放水で挑発攻撃。240人が拘留される。

6.07 全国で175の学校がストライキを終了し、平常状態に戻る。

6.07 バチェレ大統領が大統領諮問委員会のメンバーを発表。高校生の席は6つだった。

6.09 闘争委員会、大統領提案を受け、ストライキや学校の占拠を終了するよう呼びかける。

8.08 警察はサンチアゴの21の学校の生徒2千人のデモに対して催涙ガスと放水砲を使った。生徒は投石で対抗した。

8.23 2,000人の学生が改革の遅れに対する抗議デモ。一部学生が警官隊と衝突し200人以上が逮捕される。

12月10日 ピノチェト元大統領が入院していた陸軍病院にて心筋梗塞で死去。

チリ学生の改革要求運動の柱

3日間かけて、チリ学生の闘いの経過を見てきました。いくつかの感想を述べます。この闘いには三つの柱があるようです。

この三つは、たんなる事象の説明ではありません。実際に闘いの過程でいやおうなしに、団子三兄弟のように串刺しになって、出現してくるのです。

 

1.運動の基本は教育制度の抜本的改革

実は、チリの教育制度は軍事独裁政権の制定したものがそのまま続けられているのです。まずそのこと自体が大問題です。

ピノチェト将軍は、学生なんてみんな敵だと思っていましたし、インテリは嫌いです。それに教育などというものに金をかけるのも馬鹿らしいと思っていました。

民主化の声に圧倒されて、89年に退陣を余儀なくされるのですが、その直前にイタチの最後っ屁のように、教育基本法を改悪させました。

これにより、「公教育は国営から自治体の管理へ移行された。その結果、教育も市場原理に基づく学校ビジネスが基本となり、教育の質の低下を招いた」(ウィキペディア)のです。

こうして金のあるなしで差別される制度が出来上がったのですが、民主化の後も歴代の政権はこの制度に手をつけようとはしなかったのです。なぜなら新自由主義経済支持という点では、ピノチェト政権と同じだったからです。

これだけでもひどいのに、2010年から保守政権が発足すると、さっそく「教育改革」に手を伸ばしてきました。どこの国でも右翼は教育介入がお好きなようです。

政府の教育制度改革案は、①校長への解雇権付与、②高齢教師への退職勧奨、③入学試験の点数で教育学生の待遇を差別、④採用試験の点数で教師の待遇を差別、などひどいものです。

教育というのは経営主義的な発想に最もなじまない分野でしょう。だからこそ、彼らにとっては目障りでしょうがないのでしょう。だから学校を会社のように、経営の論理に従って運営したいということなのでしょう。

まさかこんな法案は通らないだろうと思ったら、それまでの与党も賛成して、あっさりと成立してしまいました。これが今年3月のことです。

 

2.より広くは、公正と平等を求める闘い

運動はこの国が一貫して進めてきた新自由主義経済システムの残忍さを告発し、公正と平等を求める闘いともなっています。それはウォール街乗っ取り行動とも通じるものがあります。

チリの教育予算は4%程度、ユネスコが目標として掲げるGDP比7%を大きく下回っています。チリはOECD加盟31カ国のうち、教育費の国民負担が最も高い国で、その割合は41.4%に達します。(ちなみに日本は34%で下から3番目で、これもひどい話)

大学生は高利の教育ローンを組むのが常識になっており、卒業時には、学生1人あたり平均で4万5千ドルの借金を抱えることになるようです。これで就職先がなければ、目も当てられません。

運動は、たとえば奨学金の返済金利の利下げとか大学受験料の割引などという慎ましやかな要求から始まりましたが、ただちに教育制度の抜本的改革と、教育予算の大幅な増額を求める闘いに発展しました。

あの国際通貨基金(IMF)でさえ、チリの財政状況を分析したうえで、チリ政府の財界本位の政策を批判しています。

「国民の諸要求の高まりに応えるためにも、企業が支払う税率を国際水準に引き上げ、企業に対する気前の良い優遇策や税制上の譲歩を減らすべきだ」

(おい、聞いているかい、野田さん!)

 

3.同時に、民主主義実現の闘いでもある

それは同時に、表現の自由を確保し、ピノチェト軍事独裁の残滓を最終的に取り除くための民主主義実現の闘いでもあります。

チリでは警察は軍隊です。人民連合の前からそうです。警察軍といいます。民主化以降も人事は基本的には変わったいません。独裁時代に人民弾圧に辣腕を振るった人間が、現在も幹部として残留しています。

だからデモ隊に対して情け容赦はありません。デモ隊が手を出さなければ、手を出すように仕向けてから弾圧に回ります。催涙弾の水平撃ちなどへっちゃらで、人が2,3人死んだくらいでは動揺しません。

デモ隊はこういう連中と向き合わなければなりません。そうして一歩一歩、彼らを政治的に追い詰めて行くほかありません。

学生が最初に機動隊と向き合ったのは5年前、06年4月のことでした。このときはバスの学割廃止に反対する高校生のデモで、高校生の制服がペンギンに似ていることからペンギンの反乱と呼ばれました。

(チリでは14から18歳まで中等学校に通うことになっている。日本の旧制中学に近いが、ここでは便宜上高校と呼んでおく)

そんなデモ隊に警察は襲い掛かり、50人ほどが逮捕されました。さらに数日後のメーデーでも高校生の集団が狙い撃ちされ、全国で1千人が逮捕されました。

これで全国の高校生は頭に来ました。1ヶ月のあいだに全国で320の高校が占拠され、さらに100校以上がストライキに入ったのです。

さすがに政府もうろたえました。5月の末には教育長官が高校生代表と直接会見を持つに至ります。これで要求が認められるかと期待する高校生が会場となった国立図書館周辺に集まりました。

その広場に機動隊が突入したのです。そして催涙弾を撃ちまくり725人を逮捕しました。このとき26人が負傷し、個人宅にいた見物人も逮捕され、報道関係者も特殊部隊に攻撃されました。これらの映像は報道によって流され、世間の憤激を呼びました。

バチェレ大統領は「警察に治安の維持を期待しているが、昨日目撃したような出来事は到底受け入れることはできない」と非難しました。それまで「警察 の行動を支持する」としてきたサルディバル内相も、調査の開始と、特殊部隊の隊長と副隊長を含む10人の解雇を発表せざるを得なくなります。

それまで世間の目を気にすることなどなかった警察も、ようやく時代が変わったことを実感せざるを得なくなりました。

それから5年たって、いわば戦闘再開です。デモの参加者の数も、封鎖行動も5年前よりさらに大規模になっています。6月30日には30万人のデモが行われました。とくに8月に入ると毎週のように5万から10万のデモが繰り広げられるようになります。

8月24日には労働組合センター(CUT)がゼネストを支持するなど、闘いは学生だけでなく労働運動と結合して展開されるようになりました。

これに対し、警察はふたたび牙を剥き出して襲い掛かりました。今度は少し巧妙になっています。エンカプチャドス(覆面をした若者)の部隊がいずこからともなく現れて、警察に対して投石、火炎瓶などで攻撃を仕掛けます。

そうすると報道陣もそちらに集まります。煙が漂い、炎が上がり、乱闘・流血ショーのほうがテレビ映りが良いからでしょう。報道陣がそちらに行っているあいだにデモ隊をやっつければよいわけです。

 

補 「二つの戦線での闘い」 という懐かしい言葉もあったね

三つの柱とは別に、学生運動であるがゆえに必然的なのですが、左右に揺れる路線の心棒をしっかり支え、挑発分子を排除し、統一と団結を守り抜く闘いもますます必要になっています。

全学連全国指導部8人のうち、委員長のカミラ・バジェホが共産党員であることは紹介しましたが、ほかは社会党系が1人で、あとは無党派ラジカルだと いうことです。バルパライソ大学の代表のインタビューによると、ゲバラだったりネグりだったりとさまざまですが、共産党嫌いでは共通しているようです。

人民連合の時代にもコンセプシオン大学を中心にMIRという跳ね上がり集団がいて、それが社会党の「左派」と結びついて、ずいぶんと、余分なことをやってくれました。

彼らの残党はいまだにミニ集団に分裂し抗争を繰り返しながらも生き延びていて、このノンセクトラジカルを取り込もうと策動しているようです。

 

総務省の労働力調査が発表された。
内容が豊富なので、少し整理しながら紹介する。

1.完全失業者
完全失業者の失業期間で見ると、1年以上が39%、2年以上が23%に達する。
これは過去最悪である。
とくに男性の長期失業が深刻で、2年以上の長期失業者が31%に達している。
つまりリーマン・ショックで失業した人の内、3割が現在まで失業し続けていることになる。

2.潜在失業者
潜在失業者とは「就職を希望しているものの、求職活動をしていない人」をさす。
就職をあきらめたら不完全だということになり、言葉としては変だ。まさに「完全無欠の」失業者であることに変わりない。

3.非正規雇用労働者
非正規雇用率(雇用者全体のなかの非正規労働者の割合)は35%、
特徴としては若年層、サービス業というところ。
25歳以下の若年層の47%が非正規で、ほぼ半分となっている。
業種別では飲食サービス業の70%が非正規となっている。

若者の半分が非正規という社会は明らかに異常だ。そう思わない人間はもっと異常だ。非正規雇用を推進する人間はほとんどXXだ。

たしかに給料が同じなら、円高によりドル換算での収入は増えている計算になる。生産性が向上しない中で賃金だけが上がれば、それは「コスト」として跳ね返ってくる。年金受給額についても同じことが言えるが、これはもともとの額があまりに少ないので、減額にしても効果は少ないだろう。むしろ限界額に近い年金がさらに減ると、需要の減少に直接跳ね返る危険が高い。
大企業の共済や高級公務員の年金加算については考慮の余地はあるかもしれない。

最大の問題は、非正規雇用が5割のままでは、医療保険も、介護保険も年金もいずれ破綻するということだ。後世に悔いを残すことになる。


本日の赤旗によると、労働者派遣法改定案から「登録型・製造業覇権の原則禁止規定」を削除することが決まったそうだ。
民主党政権が提出しようとしていた改定案には上記規定が盛り込まれていたが、自民・公明が難色を示していたようだ。
そして今回、民主はそれに妥協してこの条項を削除することにした、というのが経過のようである。
志位さんの見解は大変正しいものである。要点は以下の通り。

リーマン・ショック後、派遣切りという社会的災害が起こり、大きな怒りの中で"構造改革ノー"の審判が下ったのが、二年前の政権交代だった。

派遣労働の規制緩和は、06年度の米側「イニシアチブ」に明記されており、アメリカの圧力という側面を持っている。したがってTPPと無関係ではない。

チリ学生運動のジャンヌ・ダーク

オハイオに続いて、日本ではあまり報道されないチリ学生運動の紹介。

最初はやわらかく、美人女性リーダーの話。

http://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/1/5/159ca420.jpg

カミラ・バジェホは芳紀23歳、ご覧のとおりの顔立ちである。我々の年だとどうしても鼻ピアスが気になってしまうが…

彼女は5年前から共産主義青年同盟の活動家だ。チリ大学で地理学のマスターズ・コースをとっている。

チリ大学といえば名門国立大学で、日本でいえば東大にあたる。70年ころの話だが、これに対して京大にあたるのがコンセプシオン大学、チリ工科大学、早稲田にあたるのがマガリャンエス(マゼラン)大学だった。いまは再編が進んだらしく、さっぱり分からない。

彼女はチリ全学連の委員長である。女性の委員長は全学連の105年の歴史上二人目だ。

チリの学生はピネーラ保守政権に対してこの3ヶ月間、不屈の闘争を続けてきた。彼女は闘いの先頭に立ち、そのシンボルとなっている。

カミラが演説する。そして何十万もの高校生や大学生が街頭に出てデモ行進する。その隊列には教師、教授、労働組合員も加わる。

先週、カミラは「空鍋叩き」(cacerolazo)を呼びかけた。首都サンチアゴやその他の町での空鍋の騒音たるやすさまじいものだった。

カミラは死の脅迫を受けている。先週の木曜日、一人の阿呆がツィッターに自宅の住所と電話番号を掲示したからだ。

彼女の家族は政府に保護を求めた。しかし昨日(月曜日)、ピネラ政権の内務相ロドリゴ・ウビラは「政府は彼女の安全を保証することは出来ない」と言い放った。

カミラは現在、市内を転々としながら活動を続けている。


もうひとつ別の記事

http://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/4/f/4f643660.jpg

カミラの言葉は、衒いなく直截である。彼女は外国のプレスに応えてこう語る。

「今日、共産主義の思想は現実的な意義を持っている。なぜなら共産主義は人民の覚醒というコンテキストにおいて展開されているからだ」

彼女が指導する学生運動は、この6ヶ月間、教育の構造改革を要求し、闘い続けてきた。

「チリでの不平等は、もはや一日たりとも続けることは出来ない。それは持続不可能だ。なぜなら人民がそれに耐えられないからだ。

…人民の意識を高める必要がある。それだけでなしに、何が不平等を引き起こすかについて分析し、闘う部隊を組織していかなければならない。

それこそは我々が、共産主義者としての歴史を通して提案してきたものである。

もし、“ほかならぬ今、あなたにとって共産主義者であることがどんな意味を持つのか?”と問われるのなら、私はこう答える。

“私は、ほかならぬ今、共産主義者であることを、大変誇りにしている” (どうだい、言ってみろよ、このせりふ!)

カミラは自らの指導する学生運動の状況に関して、以下の点を強調した。

「現下の状況に対しては、我々は極めて厳しい状況にあると認識している。動員を繰り返す間に、みんなの神経はすり減らされてきてる。しかし我々は抵抗を続け、困難を乗り越えていかなければならないだろう」



「税率高いと企業つぶれる?」という疑問に対して、赤旗がうまく答えている。

法人税は企業の利益に課せられる税金です。
企業の利益は法人税を差し引いた後は、主に内部留保と配当に配分されます。
つまり、法人税が増えると減るのは、企業の内部留保と株主の配当なのです。

利益がない場合、赤字の場合には法人税はかかりません。

ただし、外形標準課税や法人住民税は赤字でも課税されます。

つまり、法人税が減ると増えるのは、利益ではなく内部留保と株主配当なのである。

「税率が高いと賃金が減る?」
これは17日の一口メモ

法人税は利益にかかる税金です。賃金が増えれば利益は圧縮されますが、利益が減れば法人税は減額されます。

逆に言うと法人税が高いということは利益が多いということですから、本当はもっと賃金を支払うべきなのです。それを口実にして賃金を下げるのは「白黒逆だ」ということになります。


11年第3四半期のGDPが発表された。
10年第3四半期以来のプラス成長だ。ただ第2四半期の数字が、東北の数字が算入されていないなどの事情があり、数字そのものにはあまり意味はない。
そこそこの数字が出たのは日本経済の底力というべきか。当初、年間マイナス7、8%と予想したが、読みを間違えたようだ。
しかし、GDPでは震災で失われたものの深刻さは表現されないことも分かった。国民総資産の減少が、GDPには反映されないということだ。

ところで、企業の内部留保や富裕層の所得増大という傾向を乗り越えて、国民総資産の減少があるはずだ。ではそれがどの指標に表現されるのか、私にはどうも国民総資産の減少が雇用統計のほうに表れるのではないかという気がする。
経済学者の方の検討をお願いしたいところである。

これだけ"occupy"運動が拡大すると、訳語が欲しくなる。
お散歩英語」というページを見ると、以下のように説明されている。

”占有する,占める”という意味の英単語で、
語源はラテン語の ”oc(の方へ、上に),capere(つかむ,取る)”。
”空間や時間をがばっと取ってしまう”ってイメージでしょうか、
そこに他のものが入る余地があまりない感じ?
占有する,占領する という訳からも想像出来るように
、 本来自分のものではないこと、或いは一時的なことに対して
使われることが多いようです。

上述の説明からは、"乗っ取る"という言葉が一番近いようです。
be occupied という言葉も、自分自身が乗っ取られるという感じだとぴったり来るようです。


オハイオ教育協会のホームページが、闘いの内容を詳しく伝えている。訴えの力点は、「これは予算の問題ではない。オハイオ州民の権利に対する攻撃な のだ」という点にあった。

そして攻撃の対象となっている“公務員”が公務員一般ではなく、まして高級官僚や月給泥棒でもないこと。地域でともに暮らす「普通の人」(ミドル・クラス)であると同時に、現場の教師であり、消防士であり、看護婦であり、巡査であり、公共生活の担い手であり守り手である、という当たり前の事実を前面に押し出したことである。

そして、公務員法は「普通の人」の権利を侵害するものであり、公務員法を廃止する闘いは「普通の人」の権利を守る闘いなのだと訴えることで、「普通の人」支持を獲得したことだった。

闘いにこれといった秘訣はない。主戦場は州民投票(イシュー2)ではなく、州民投票を要求する署名行動だった。ボランティアが総がかりで戸別訪問を繰り広げ、130万の署名を集めた。1100万の人口の1割以上に署名させたのである。

署名行動は選挙と同じ位置づけで行われた。カンパも選挙並みに集められ、事務所が設置され、テレビでのスポット宣伝も有効に行われた。このCMは教職者協会のホームページで見ることが出来るが、きわめて印象的なものである。

これでもう州民投票は勝ったようなものだった。

1321284174

Pat Frost-Brooks, right, president of the Ohio Education Association, hugs Sue Taylor, of the Ohio Federation of Teachers, after Issue 2 was defeated handily Tuesday, Nov. 8, 2011. The two were at a We Are Ohio victory party at the Hyatt in Columbus.

3月にティーパーティ派知事が制定し、11月の州民投票で廃止されたオハイオ州公務員法の要点を紹介する。橋下前知事のやろうとしている中身と瓜二つである。

http://www.cleveland.com/politics/index.ssf/2011/11/issue_2_early_ohio_election_re.html

Here's what Senate Bill 5 does:

①団交権の否定

オハイオ州におけるおよそ36万人の公務員の団体交渉権を制限する。

それまでの労働組合法(団体交渉法)は、労働者に賃金、労働時間、労働条件などの広範な問題について交渉する権利を与えている。そして更新期限を迎えて雇用者側が変更を望む事項があれば、団体交渉で確認されなければならなかった。

SB 5の下で、労働者は以前の労働条件を変更するに当たって団体交渉する権利をもはや持たない。

たとえば医療保険の変更などは、これまで交渉の主要な議題だったが、もはや交渉にかけられることはない。

主要でないいくつかの話題は 経営陣が同意する場合だけ交渉の対象とすることが出来る。

②「管理権」の絶対化

「管理権」として知られるこれらの主張は、 従業員の資質(employee qualifications)を決定する権利、始業・終業時間、仕事の割り当て、昇進規則などをふくんでいる。

③スト権の否定

公務員がストライキをすることを禁止する。

④労使仲裁システムの拒否

労使の仲裁システムは排除される。労働組合と管理側の対立が行き詰まりに陥ったとき、第三者が介入して調停案を課すことは拒否される。

これに代わり行政体、たとえば市議会が、労組との契約における「最後の声」となる。

⑤非組合員からの協力金徴収禁止

「公平な割当料金」(Fair share fees)を排除する。「公平な割当料金」は組合に加入しないことを選択した労働者からも、組合の貢献に対して負担金を求める制度で、これまでは、雇用の条件として労使協定にふくむことが可能だった。

⑥休暇制限と、未消化休暇の買取

個人休暇(3日)、有給休暇(12日)が頭打ちとなった。使わなかった病気欠勤やバカンス休暇を退職時に清算することが可能になった。

⑦年功賃金制度から歩合制へ

年功に基づく自動的な賃上げは廃止され、歩合給システムを確立する。

労働者が解雇される時、年功を"考慮すべき唯一の要因"とすることは禁止される。

⑧医療、年金の自己負担拡大

公務員に要求する。医療コストの少なくとも15パーセントを払うこと、給料の少なくとも10パーセントを年金の掛け金として支払うこと。



自由貿易と雇用とはトレードオフ(取引)してはならない

これは、第二次大戦の惨禍を潜り抜けた世界の人々が、平和と繁栄のための最大の教訓として導き出したものだ。
国際貿易機構は自由貿易の推進を原則として、ブロック経済の再現を拒否するとともに、これと対にして、雇用の保証を自由貿易の前提とした。

雇用を失うような貿易は自由貿易ではない。それは倒産の自由、失業の自由、飢餓の自由をもたらすのみである。

2,3%の関税引き下げの恩恵に浴するために、多くの国民から雇用を奪うような政策は愚の骨頂であるばかりでなく、自由貿易の原則に反する行いである。

(55)南 (Sur)

HP: この曲に関しては、伴奏が良いだけガルデルよりリベロのほうが良いと思います。もう少し伸びやかに歌ってくれればと思うのですが。

と書いてありますが、この曲ができたのは48年、すでにガルデルは生きていません。何を勘違いしたのか。

sur- julio sosa (tango)

というわけで、この音源が標準版です。クレジットにはないが、オルケスタも上等です。リベロよりこちらのほうが良いです。

Valeria Lynch, Sur - Grandes Valores del Tango 1989 -

初めて画像を見たのですが、若いんですね。ど派手な衣装ですが、歌はまともで、リズム感のよいのが好感が持てます。テレビのエアチェックで音程が少しずれますが、きちんと準備して吹き込んだら、もっと良いでしょう。

Tango sur - goyeneche y troilo - corto

作曲者トロイロの自演版で、歌手はゴジェネチェ。ゴジェネチェが好きかどうかで決まるでしょう。

Edmundo Rivero Tango Sur Argentinisima 2

これで御三家そろい踏みです。リベロはテレビ出演時のエアチェックもうpされていますが、声の衰えがひどい。

Nelly Omar - SUR

英語で歌詞が出てくるのがありがたい。演奏は「老醜」というほかない。


(56)リノの花 (Flor de Lino)

エクトル・スタンポーニのピアノ独奏です。シンプルなワルツですが美しいです。タンゴというより上流階級のサロンの音楽のように聞こえます。当然ブエノスアイレスにもそういうサロンはあったのでしょう。

Hector Stampone - Flor de Lino

これがスタンポーネの演奏。しかしこの音源だったかな? 彼の作曲だから他にもバージョンがあると思うが…

Flor de Lino - Hector Stamponi

と思ったら、やっぱりありました。こちらが独奏です。しかしもう少しうまい人が弾いてくれないかな。

Flor De Lino

とおもったら、パブロ・ジーグラーの演奏があった。しかしこれはジャズっぽいムード音楽仕立てで、ワルツの香りは消し去られている。これはこれでいいのだろうが…

FLOR DE LINO - TROILO Y FLOREAL RUIZ

トロイロの演奏だが、音はかなり貧弱だ。

Miguel Caló - Raúl Iriarte - Flor de lino

これも音は古いが、雰囲気は出ている。タンゴの楽団がワルツを演奏するのは結構難しいのだろうか。

Flor de lino - Caracol

こんなにドラマチックに歌わないでほしい。Esteban Morgadoのギターはさすがだ。

Flor de Lino - Paola Iazzetta y Pepe Ferrer.mpg

いろいろな人が歌っているが、どれも物足りない。これは素人の歌なのだろうか、意外にこれが一番良いみたいだ。

Flor de lino.- Graciela Figari

前にもあげたグラシェラ・フィガーリで、とても良い演奏だが、音がひどすぎる。この人日本で呼んでくれないだろうか。

笠井議員の予算委員会質問。中身はよいのだが、質問の技術が未熟なのか、良い答弁を引き出せない。すれ違い答弁を許してしまうのが惜しい。
質問の中で、一つ勉強になった。

だいたいこの消費期限とありますが、これだって元々は「製造年月日」とあったわけですよね。

たしかに言われてみるとそうだったなぁ…

それがアメリカの要求で94年に廃止されました。

ほぉ、そうだったのか…

当時のアメリカの議論は、製造年月日表示ではアメリカから日本に輸出する食品のほうが輸送機関が長い、そうすると日本の店頭で並べられたときに比べられて、アメリカが作ったのが古いね、だから新しいのを買おうということで、売れ行きに影響が出てアメリカに不利になるという要求があって、それが消費期限、賞味期限表示にされてしまったわけであります。

すいません。台所の話にはとんと疎くて、そういうことだったんですか。勉強になりました。

しかしさすがに気になって、ウィキペディアを見たが、そのようなくだりは一切ない。外圧だという話はたくさんあるが、その根拠は明示されていない(もちろんあるのだろうが)。

夢も枯れ野をかけめぐるというブログにはこんなことが書いてあった。

アメリカの「賞味期限」

スーパーでお買い物をするときには賞味期限を気にしながら買っていますが、アメリカの卵や豆腐や牛乳の賞味期限は軽く1ヶ月くらいあるのですごいと感心してしまいます。

アメリカでは賞味期限というのは目安に過ぎず、いつまで食べられるのかは消費者の自己責任で判断することが求められています。アメリカ産牛肉の輸入 禁止措置をみればわかるように、日本ではお上が国民を守ってくれますが、アメリカでは国(や州)がそこまで面倒をみてくれるわけではないようです。

小林 勇さんは次のように主張しています。説得力のある意見です

「賞味期限」は鮮度と味覚という安全性より一段高いレベルの要求である。味覚は個別的嗜好を考えたら、極めて曖昧な表示基準である。特に消費期限と混乱する。「消費期限」は鮮度問題で、安全性と密接な関係にある。細菌検査(生菌数105個/g、大腸菌群陰性)で科学的に検証できる。

④「賞味期限」をなくし「製造年月日」と「消費期限」だけにする

 ③の理由から、曖昧な「賞味期限」をなくし、消費者にわかり易い「何時作って、何時まで食べられるか」の表示、「製造年月日」と「消費期限」に統一すべきである。表示には科学的安全性実証の裏づけをすべきである。



Ohio Labor Movement Defeats Anti-Union Bill and Its Wealthy Supporters

by: Mike Ludwig, Truthout | Report

オハイオの労働運動は今日はお祝いだ。有権者が火曜日に共和党のジョンKasich知事に大掛かりの一撃を加えたからだ。Kasichは元リーマン・ブラザーズ社員で、フォックス・ニュース・パーソナリティという経歴を持つ。2010の共和党の地すべり勝利において選ばれた。

州の有権者はKasichが昨年提案した 反・団体交渉法を廃止することを圧倒的な差で票決した。Senate Bill 5 (SB 5)と呼ばれるこの州法は、61%対38%の大差で無効とされた。

SB 5は、オハイオの350,000人以上の公務員のための集団的交渉権を制限した。一部の労働者の医療費と年金コストを上げた。SB 5は一回の投票によって3月にオハイオ議会を通過した。10,000人の労働者ボランティアは、SB5をオハイオ法によって認められた州民投票にかけるために、ただちに動き始めた。

ボランティアは、6月までに先例のない130万の州民投票要請署名を集めた。巨大なボランティアの努力は、 労働組合の作戦を特徴づけるようになった。それは重要な振動州(key swing state)で草の根の労働運動を生き返らせた。

SB 5に関する州民投票は、より広い視野からはKasich知事に対する不信任投票とみなされた。

Kasichは言った。SB 5は行政当局が厳しい経済の時にお金を節約するのを援助すると。しかしウィスコンシン州マディソンで、そして他のswing statesで、抗議が荒れ狂った。SB 5は共和党の戦場州(battleground states)における公務員と団結に対するより幅広い攻撃を反映している。

彼らの選挙運動費はおよそ4000万ドルに及んだ。それは2010年の知事選に費やされた費用に匹敵する。キャンペーンは労働組合と中産階級の支持者から資金を集めた。それによって企業の秘密献金、富裕層、州外の利害関係者からの資金に対抗した。

労働者の結集体「We Are Ohio」は彼らの財源の全てを報道して、3000万ドルを集めた。その大部分はオハイオの労働組合と公立学校の教師グループからのものだった。

共和党にリンクされたグループはSB5を擁護する立場から「Building a Better Ohio」を結成した。金を集める非営利的な会社をセットして、彼らの財政を明らかにすることを避けた。しかし最近のTruthoutの調査により共和党の資金繰り計画が明らかになった。

「Building a Better Ohio」を結成するに当たりKasich知事は「Make Ohio Great」から支持を受けた。「Make Ohio Great」は共和党知事会 (RGA) のフロント組織である。この組織はKasichの2010年の選挙を支持することに1100万ドルを費やした。

Make Ohio Greatは、Better Ohioに与えたお金の量を現さなかった。SB5を守る宣伝に費やした費用も明らかにしなかった。しかし2010年の記録を見ると明らかだ。RGAは資金をmiddle-manを介して提供している。出所は民間の健康管理会社、コカ・コーラやウォルマートなどの企業だ。それは州外からの資金で、ひそかにKasich陣営に渡されている。

Make Ohio Greatは100万ドル以上を使って、Kasichを支持するテレビ広告を行った。莫大な州外資金がBuilding a Better Ohioの財源を形成した。

Building a Better Ohio は10月の遅くにその貢献者の名前を現した。しかし寄付額は明らかになっていない。

SB5支持のキャンペーンは、Make Ohio Greatを通じたオハイオ州の富裕層、大企業、オハイオ商工会議所とRGAの金で支えられた。

結局は、SB5支持のキャンペーンは廃止運動の勢いに拮抗することに失敗した。廃止運動への支持があまりにも巨大だったからである。

それは疲れを知らない何千ものボランティアの支援と中流階級の財政支援を受けた。彼らは、オハイオ州の警察官、消防士、教師の集団の声を無視しようとする態度を拒否したのである。


橋下らは日本版ティーパーティであることが分かる。大企業の手先であり、その中の野蛮な役割集団である。

この集団に対してどう戦えば勝利できるのか、オハイオの経験は教訓的である。彼らが何を言っているのではなく、彼らが何なのかを明らかにして闘うことが重要である。



90年代からの20年間、ラテンアメリカは大きく左へ舵を切った。
そのきっかけとなったのは、ひとつはベネズエラのチャベスによる革命であり、ひとつはルーラによるブラジルの民主化だった。
しかしそれはラテンアメリカの左翼化の二つの極でもあった。この二つの傾向の「正統性」をめぐる争いは今でも続いている。
便宜的に、それを原理派と柔軟派と呼んでおく。
ルーラの柔軟主義は一時期ずいぶん批判を浴びた。考えて見るとルーラ政権は革新的な政策は何も行っていない。むしろここの経済政策を見ればネオリベラリズムそのものである。にもかかわらず、ラテンアメリカの経済自立路線を貫くことで、ベネズエラを先頭とする原理派政権を支え続けた。
もしルーラ政権がなければチャベス政権もキルチネル政権も継続不可能だったのではないか、と思われる。
どちらが正しいとはいえない。ルーラがベネズエラで闘えばチャベス路線をとったのかもしれない。

前置きが長くなったが、どの国でも革命路線をめぐってチャベス路線(革命路線)とル-ラ路線(改革路線)は必ず並存する。
しかし改革路線のほうが難しい。「ミイラ取りがミイラになる」からである。「虎穴に入らずんば虎児を得ず」とも言うし、その辺の兼ね合いは難しい。
ここを乗り切る保障は「大衆路線」である。最近の言葉で言えば「現場主義」である。もうひとつは党内民主主義だ。
フィードバックがしっかりしていれば誤りを恐れる必要はない。修正をかければよいのだ。

この問題を考える上で、サンディニスタの96年の分裂はきわめて参考になる。

インテリ・文化人の多くはこのとき党を離れた。そしてレノバシオニスタを形成した。この分裂を多くの文化人が憂慮した。チョムスキーが調停に乗り出したこともある。どうもみんなニカラグアのことになると第三者ではいられないらしい。

多くの文化人を失ったサンディニスタは、しかしそれ以上に多くの民衆を獲得した。分裂は直接には民主主義的手続きの問題をめぐって発生しており、路線の問題ではないように見える。

しかし底流には明らかにルーラ路線かチャベス路線かという問題があり、この問題は避けて通るわけにはいかないのである。

4. 国際的な反応

エルサルバドルのマウリシオ・フネス(Mauricio Funes)大統領は、ニカラグアとダニエル・オルテガ大統領の当選を祝った。

与党ファラブンド・マルティ民族解放戦線 (FMLN) もサンディニスタ民族解放戦線 (FSLN) を祝福した。「ニカラグアでの勝利は、我々の勝利である 。そして中米とラテンアメリカの勝利でもある」

FMLN国際部長のニディア・ディアスは、「選挙が示したものは、貧しい大衆の立場に立った、社会正義と民主主義の立場に立った変革の過程を、人民が受け入れ活力を与えているということだ」

(またもや懐かしい名前。しかしこの間はキューバのグランマ紙のボリビア特派員だったはずだが…)

キューバのラウル・カストロ大統領も、オルテガ大統領を祝福した。そして「長年の友情関係と、2つの姉妹諸国としての協力を続ける」と誓った。

ベネズエラのウーゴ・チャベス大統領は、オルテガの再選を「アメリカ大陸人民の統合プロジェクトが強化されたことの証」として歓迎した。

チャベスは、「この勝利はわれらの地域の尊厳と主権という将来への希望をさらに強化した」と語った。

他方アメリカ合衆国は、選挙不規則性を報道することでニカラグアへの懸念を表明した。共和党極右の女性議員Ileana Ros-Lehtinen(下院外交問題委員会の議長)は、選挙管理委員会がオルテガの出馬を容認した選挙は「まったくの茶番劇だ」と評した。

3. サンディニスタは、勝利を祝う

ダニエル・オルテガ大統領は、「全てのニカラグアの家族」とともに地すべり選挙勝利を祝おうと発表した。

何千ものサンディニスタ支持者は投票が日曜日に閉まった時からもうお祭りを開始した。そしてその夜遅くに第1回目の開票速報が発表されるまでそれは続いた。

ファーストレディーで政府広報長官のロサリオ・ムリージョが語った。

「ニカラグアは、愛、平和と生命の祝賀を送った。永遠の青春期を祝おう。我々は生まれ変わったのだ。このニカラグアは、今日、すでにもう一つのニカラグアである。巨大な精神、寛容、良識の発展が平和的な革命で達成された。ここニカラグアで私たちはすべて参加者である。私たちみんなが調和して我々の生活を改善するために働こうではないか」

 

選挙の直前、最後のミサでミゲル・オバンド枢機卿は、「キリストは、完全に報いる」と述べ、ダニエル・オルテガ大統領の仕事をたたえた。そして、貧しい者の立場に立った過去5年の間の政府の仕事を賞賛した。この発言はまったくの驚きだった。オバンドは96年の選挙前のミサでは、“自分を救ってくれた男を殺した蛇”の寓話を説いたのである。それは明らかにオルテガを蛇に例えたものであった。

しかし、オルテガの現在の任期に、オバンドは「平和と和解委員会」を一緒になって推進した。そして土地分与、住宅建設では政府と密接な関係をとりながら活動し、住宅用資材の供給をサンディニスタ、コントラの元兵士に分け隔てなく提供した。

 

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