鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

13年4月、ぷらら・Broachより移行しました。 中身が雑多なので、カテゴリー(サイドバー)から入ることをおすめします。 過去記事の一覧表はhttp://www10.plala.or.jp/shosuzki/blogtable001.htm ホームページは http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」です。

2011年11月

11月22日付で、「深刻な10月の貿易赤字」と書いたが、数年後に「2011年10月は分岐点だった」と書かれることになるかもしれない。

総務省の労働力調査。完全失業率は4.5%となった。これは3ヶ月ぶりの悪化で、上げ幅も前月比0.4%と大きい。

とくに24歳以下の若年層ではひどい。男性では前月比2%アップし、10.1%とついに二桁越え。

小宮山厚労相は「円高、世界不況、タイの洪水」を上げているが、復興特需には触れない。タイも関係ないはずだ。ようするにさしたる理由もなく失業率が悪化していることになる。だから深刻なのだ。

赤旗はよりきめ細かく分析している。これによると

①就業者数は変化していないが、非労働力人口が減った分(22万人)が完全失業者の増加(25万人)に結びついている。

②被災地で復旧関連の短期の仕事が6ヶ月で契約切れになったため失業率が悪化した。(宮城では9月5.5%→10月7.5%)

③有効求人倍率は0.67倍、正社員の有効求人倍率は0.43倍にとどまり、今後も雇用状況の改善の見通しはない。

そして①については、「就職できそうにないとあきらめていた人が、生活苦などから求職活動を始めたため」と評価している。親の世話になっていたのが、いよいよ親も面倒見切れなくなってきたということだ。

ここに、10月度の雇用統計の特別な重要性 があるのだ。だから深刻なのだ。厚労相もこの位の分析はしてもらいたいものだ。


同じ労働力調査の詳細集計で、非正規雇用者数を10年間の経年で見たものが発表された。これを従業員規模別に比較したのがこのグラフ(赤旗作成)。

http://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/1/7/1731e8f3.jpg

非正規、非正規というがのっぺらぼうに増えているのではない。大企業が正社員を雇わずに非正規で済ませているから非正規が増えているのであって、景気がどうのこうのというのではなく、大企業が雇用の責任を放棄していることが非正規の増加の理由なのだ。

円高のせいだというが、それは違う。非正規を増やして、人件費ダンピングをして輸出を増やせば、円高になるのは当然の結果だ。

労働経済白書は以下のように指摘する。

こうした大企業を中心とした採用態度は、社会的に見た雇用の安定という観点ばかりでなく、それぞれの企業における技術・技能の継承や人材育成といった観点でも問題が多くなっている。

そのとおりだ!

…と思ったら、実際に藤島武二と与謝野晶子とのあいだには親交があったようである。

http://d.hatena.ne.jp/shinju-oonuki/20100314にはこう書かれている。

藤島武二:画、与謝野晶子『みだれ髪』(新詩社、明治34年)の表紙絵についてさまざまな推察があり、中でも『みだれ髪』が刊行された後に描かれた藤島の代表的作品「蝶」との関連性については、すでに指摘されている。

「乱れ髪」といえば、「やわ肌のあつき血汐にふれもみでさびしからずや道をとく君」という、今でもゾクッとするようなあの歌集である。

「乱れ髪」には装丁についての説明があり、「この書の体裁は悉く藤島武二の衣装に成れり表紙みだれ髪の輪郭は恋愛のハートを射たるにて矢の根より吹き出でたる花は詩を意味せるなり」と記されている。

ということで「蝶」という絵はこれである。これも1904年の作品である。


この年、日露戦争が始まり、非戦論が高まり、邦訳「共産党宣言」が発行されている。ハーグの国際反戦会議では日本の片山潜とロシアのプレハーノフが握手を交わしている。
しかしこの後、反動の時代がやってくる。藤島は40歳という遅めのパリ留学を果たし、権力とアカデミズムの方向へ舵を切り替えていく。

藤島武二の「婦人と朝顔」という絵が気になる。


展覧会の案内によると、1904年(明治37年)制作で個人蔵となっているが、ウィキペディアには触れられていない。
よく見ると黒目が異常に大きい、右目は正面で左目が外よりのロンパリ、額が狭すぎる、異様なまでの鼻筋の強調、えらが張りすぎ、光の方向が説明できないなど、不自然なところがいくつかある。しかし絵全体で見ると、いかにも和洋混淆、日露戦争頃の雰囲気が漂ってくる。雰囲気で見る絵なのだろう。

藤島はこの頃雑誌「明星」に挿絵を定期的に寄稿していたようである。そうすると、与謝野晶子の「君死にたもうことなかれ」の歌「堺の商家に生まれ…」の一節が、この絵にダブってくる。

この展覧会にはもう1枚、「夢想」という絵が出品されている。



おそらく同じモデルなのではないか。こちらは、よりオーソドックスな技法で描かれているようだが、やや迫力に欠ける。
「夢想」は目をつぶらせただけ、対象化して描けるところがあるが、「朝顔」は「強気の上から目線」に圧倒させられながら、必死に受け止めて描いたという趣だ。

藤島武二という画家、さほどのものとは思えないが、この絵の未完成な迫力は別格だ。

資本主義は、もろもろの民族的な制限とか偏見とかを乗り越えていく。古い生活様式を破壊し絶えず革命をもたらす。
だが資本主義が止むことなく志向する普遍性は、もろもろの制限を資本主義自身の本性に見出すようになる。
そしてついには資本主義そのものが普遍性を目指す上で最大の制限となっていく。そして資本主義の発展そのものが、資本主義を止揚していくことになる。
(草稿集2-p20)

信用制度は流通の制限を飛び越す。そのことによって、信用制度は過剰取引、過剰の投機をもたらす。
このことは国家間の関係においてより大規模かつ典型的に現れる。
イギリス人は他の国を顧客とするために、それらの国に貸し付けることを余儀なくされる。
…たくさん売り込むためには、たくさん貸し込まなければならない。しかしそれが焦げつけば…
(草稿集2-p28)

競争が始まるのは、歴史的には「資本主義に先行する諸形態」が壊れていく過程と一致する。

すなわち同職組合的強制、政府の取り締まり、内国関税などの解体とともに、自由競争の時代が始まる。また国際的には交易閉鎖、輸出入禁止、保護政策の廃止とともに自由競争が始まった。

それは資本主義以前の諸限界の打破であり、諸制限の否定であった。しかしたんなる否定的なものではなく、「自由放任主義」(レッセ・フェール、レッセ・パセール)という新たな経済思想として積極的に位置づけられた。

それを行ったのは重農主義者であり、まったく正しい特徴づけであった。

しかし、これを自由な諸個人の生産および交換の領域における絶対的な定在形態 と考えるのは"馬鹿話"であり、これほど誤ったことはない。

資本が取り払った諸限界は、資本の運動、発展、実現に対する諸制限であった。決して一切の限界を止揚したのではない。

自由競争によって同職組合などの制度が否定されたのは、歴史的には、十分に強くなった資本主義が自らの運動を束縛する制限を取り払ったため、ということに過ぎない。

自由競争において自由なものとして措定されているのは諸個人ではない。自由なものはただひとつ、資本そのものである。

資本主義的生産様式が、社会的生産力の発展にとってもっともふさわしい時代にあっては、資本主義の純粋な諸条件の下での諸個人の運動が、彼らの自由として表現されることがありうる。

しかしその自由が教義としても保障されるのは、自由競争によって取り除かれた古臭い諸制限への不断の反省によってなのである

(草稿集2-p408)




清水先生の講演とは、「アラブの春(チュニジア・エジプト・リビア)の衝撃と激動期に入った中東世界」という長い演題の講演です。北海道AALAの主催で行われました。講師の清水学先生は帝京大学教授で、中東問題研究家です。

最初に今回の「アラブの春」を以下のように位置づけています。

1.1950年代初頭、ナセルのクーデター以来の歴史的大変動である。
2.大衆のデモで最高権力者を退陣させたのは、アラブ史上初めて
3.人間的、民族的誇りの回復だ。中東が「民主主義の墓場」という神話が打破された。
4.今後とも続く「過渡期」の始まりだ。(それがどのような過程を経ようとも、国民が主人公という流れは貫かれるだろう:私注)

そして「アラブの春」を貫くキー概念としてアラブ民族主義を取り出します。

1.アラブ人は帰属する国家に対する愛国主義と、アラブ人としての民族主義の二つを持っている。
(後者が極端に強いのがアラブの特徴ともいえる:私注)
2.アラブ民族主義は三つの顔を持っている
*支配者レベルのアラブ民族主義は、
統治のためのイデオロギー装置の一環であった。
*大衆レベルの連帯意識としてのアラブ民族主義とは、分けて考えなければならない。

*アラブ民族主義は反植民地闘争の合言葉であったし、現在もそういうニュアンスは生きている(パレスチナ問題など)

ここから先はいろいろ各論になってきますので、情報としてはありがたいのですが、感想としては難しいところがあります。
とくにイスラムについては、「偏見」とは言い切れない多くの実例があり、マスコミの「刷り込み」とばかりはいえないと思います。

また、50年代から60年代の植民地支配に対する抵抗運動を担ったのは世俗派の民族解放戦線であり、イスラムは進歩的役割を担ったことはなく、イランでもアフガンでも時代の針を後ろに引き戻す役割しか果たしていないと思います。(おそらくは私の無知もあると思いますが)

フランスで、1848年の2月革命の後、ルイ・ボナパルトという男が出てきて、確かナポレオンの甥だったと思いますが、革命を流産させて自ら皇帝の座に着くという、時代錯誤をやらかしたことがありました。その統治は20年以上にわたり続くことになります。
イランでもホメイニによるイスラム原理派の独裁が30年以上にわたり続いています。歴史というのはそうやって進むしかないのでしょうか。


赤旗でも「イスラム穏健派」という類別を行っている。
「穏健派」というのは何か、ここが良く分からない。

昨日、清水先生の講演を聴いて、ますます疑問が深まった。清水先生の強調したことは、イスラムの多様性であり、その多様性は社会の多様性と重層性に規定されているということである。また民主政治が未成熟なことから、政党としての熟練度に相当差があると言われている。

基本的には左派なのか右派なのかが政党評価の基準だろう。
その内訳として中道左派と極左派が分けられるかもしれない。
イスラム原理派は、キリスト教原理派がそうであるのと同様極右だろうと思う。
「どうもそういう風に簡単にはいかないんだよ」といわれるが、
「そう行くはずだ」と思う。
極右が「民族派」として帝国主義勢力と戦うことは過去にもあった。
その限りにおいて評価されることもあった。

しかし基本としては、
①それぞれの国内(民族国家)において、②資本家や抑圧勢力と闘い、③民主主義実現と国民生活向上のために闘うのが左派であり、逆の側につくのが右派だ。
とすれば、イスラム主義勢力の中も右派と左派に分けられるはずだ。

支配者の側から見て「穏健派」というものがあるとすれば、それは中道右派あたりになるのだろうか。
いずれにしても、すこし政策の分析をした上で、レッテルを貼ったほうが良いだろう。

(59)もうひとつの月 (Otra Luna)

HP: あなたが誰かさんの膝枕で月を眺めていて、そのそばでバンドネオンやバイオリンが何か奏でていたとしたらどんな気分でしょうか。それはどんな音で聞こえるでしょうか。そんな夢をナルコタンゴはかなえてくれます。耳元気分はもうナルコ…「おいおい、そこまでしてくれなくてもいいよ」と、ぞくぞくするほど最高です。

と、書いたのですが、これはずいぶんと最近の曲で、ナルコタンゴというグループがこれで大当たりしてラテン・グラミー賞をとったという話のようです。

したがって、というか、カバーはありません。youtube にはたくさんの音源がうpされていますが、すべてナルコタンゴの演奏です。

Carlos Libedinsky - Otra luna

これがオリジナルで、後はライブ演奏のエアチェック音源です。何回も演奏しているうちにだんだんカドがとれ、端正さが失われ、タンゴというよりムード音楽になっていきます。

タンゴの醍醐味というのは、女性のお化粧と似たところがあります。つまらない曲をみんなが寄ってたかってアレンジして、そうやって名曲に仕上げていくところにあります。つまり「化ける」んですね。

だから名曲の名曲たるゆえんは、素の美人ではなく化粧栄えのする顔なんです。ピアソラがその典型です。80年以前のピアソラを聴いたら、そのつまらなさに閉口するでしょう。

そして名アレンジャーが美しさを引き出して、それを腕っこきのプレーヤーが鳴かせるわけです。それで準備万端整ったところで、「さぁどうですか」とお披露目するのです。(関係ないけど、日本で最高のアレンジャーは荒谷俊治だと思います)

タンゴに「知的所有権」とか「著作権」は禁句です。

(60)心の底から (Desde El Alma)

HP: 針の音までふくめて、これぞタンゴです(といってもワルツだが)。颯爽とした気分とちょっとしたセンチメンタリズム。欲をいえばきりがないけど、何十回聞いても、この乗りはサルサでもカリプソでも味わえません。

Desde el alma - Nelly Omar y Francisco Canaro

とにかく、なんと言ったって、これしかない。これ以外はいらない。特筆したいのはカナロの水際立った演奏だ。結局誰もカナロを超えていないのではないかと思わせる。

なおネリ・オマールの晩年のライブ音源があるが、聞かない方が良い。エビータのかつての盟友としていろいろ浮き沈みも会ったようで、同情はするが、歌はペケ。

Desde el Alma Quinteto Pirincho Prohibido para Nostalgicos domingo

カナロの歌なし演奏。これも雰囲気が出ていて良い。たぶんカナロはこの曲が好きだったのだろう。

Juan D' Arienzo - desde el Alma

かなりごつごつしたワルツというよりレントラーの趣。だから悪いということではなく、これも立派な演奏。

ORQUESTA TIPICA DONATO RACCIATTI - DESDE EL ALMA - VALS

いろいろやっているが、必ずしも成功しているとは言いがたい。もちろん水準には達しているのだが…

Desde el alma

これはサプライズ。まさかこういう風に「心の底から」が歌われるとは…

Desde el Alma (Pugliese) Natacha Muriel & Lucas Magalhaes

プグリエセの、おそらくは晩年の演奏。研ぎ澄まされたようなリズムは影を潜め、やさしさが漂う。一面では弛緩した雰囲気も否定できない。なおこれとは別にプグリエセのライブ演奏がうpされているが、他と同じくひどい。ほとんど右手はマヒ状態だ。よほど金に困っていたのか、認知が入っていたのか。晩節を汚したとしか言いようがない。

SEXTETO MAYOR "Desde el Alma"

これもうpすべき音源ではなかった。セステート・マヨールの名がすたる。

DESDE EL ALMA - LEO MARINI.mpg

キューバのボレロ仕立ての演奏。バックはソノーラ・マタンセラ。



(57)インターン生 (El Internado)

HP: インテルナードといえばふつうはカナロ楽団ですが、この名も知らぬ楽団(Juan Polito And His Orchestra)が結構インテルナードしているのがすごいです。さすがに黄金期のタンゴ楽団は層が厚いですね。

Juan Polito Y Su Orquesta Tipica - El Internado - Tango

まさかヨウツベにはないだろうと思ったら、ちゃんとありました。やはり向こうでも良いものは良いのですね。

Bandoneon - Tango - Baile - " El Internado"

こちらはエルネスト・フランコ楽団の演奏で、音は申し分のないハイファイです。

しかし、ヨウツベではインテルナードはこれだけです。

(58)歌いながら (Cantando)

石川さんの百選にはどういうわけかメルセデス・シモーネが出てきません。ガルデルほどではないけど、やはり男がガルデルなら女はメルセデス・シモーネと来ないと面白くありません。ただしメルセデス・シモーネの中からこれぞ名曲と選ぶとなると、それはそれで大変です。

CANTANDO - MERCEDES SIMONE

これが正規盤。まあ、これしかないでしょう。作詞作曲ともシモーネですから。

"Cantando" tango by Mercedes Simone 1933

音質は、映画からのもので非常に悪い。From the film "Tango" (first sound movie produced in Argentina) とあります。

Bandoneon Tango Cantando Libertad Lamarque.avi

意外にこれがいいんですね。映画の音でこもっているけれど、聞くのに不自由はありません。後半の男性との二重唱はなかなか味があります。

以下は、話題提供という程度。

Mercedes Simone - Alberto Gómez - Típica Adolfo Carabelli - Cantando

カラベリ楽団の演奏で、後半にワンコーラスだけシモーネが男性歌手と歌っています。

cantando

これはかなり後年の録音のようで、音だけは良いのだが、ひどく崩した歌になっている。バックは自分のオルケスタとなっているから、すっかり天狗になってしまったようだ。百年の恋が一度に醒めた気分になる。

ワインストック 「アラブ革命史」 から

その1 アラブ民族とは何か

アラブ民族というものは存在しない。あるのはアラブ民族主義のみである。

民族は歴史的に形成されるものであり、アラブ民族が形成される可能性は存在する。

イスラムを共通の伝統的基盤とする集合体であるが、それ以外にも、とくに欧州列強に対する抵抗をもうひとつの共通の基盤とする。

 

その2 アラブ民族主義の契機

列強が進出したころ、マグリブは部族連合体でしかなかった。列強が一方では流通・交通の発達、他方では搾取と抑圧の強化を通じ、ひとつの「民族」(ウンマ)を作り上げた。

停滞したイスラム宗教トップに対する改革運動、とくにマフディ派との関連。社会改革を志し、世俗性を追求するという点では保守的なイスラムの伝統と衝突する。

アラブ民族主義を最初に唱えたのは、キリスト教徒アラブ人アル・ヤージジーであった。1856年、レバノンのナーブルスで起きた反オスマン暴動。

イスラムだから抑圧されるのではない。アラブ人だから抑圧されるのだ、との感情

 

その3 アラブ民族主義の発展、進化

エジプトのサード・ザグルール、トルコのケマルパシャは戦闘的な政教分離主義をとなえ、イスラム保守派と対決した。

民族の概念を持ち込んだボルシェビキ革命の影響。他方では反共の立場から民族主義の鼓舞。

民族としてのアイデンティティーを確立する求心性よりも、「アラブ人よ統一せよ」という外延的なアラブ統一思想が根拠となる。


つまり、アメリカやイスラエルによる収奪、抑圧が続く限りアラブの大義は消えることはない。

また進歩と民主主義への志向が存在する限り、アラブ民族主義は消えることはない。

イスラムが規範として存在する限り、その否定的発展としてのアラブ民族主義は消えることはない。

それではいま消え去ろうとしている「アラブ民族主義」は何だったのだろう、ということになる。私たちは20年前に、同じ思いを抱いたことがある。

ソ連・東欧の社会主義が崩壊したとき、社会主義・共産主義の理想は消えたのか、そうではない。ただ原点への回帰が必要だった。

いまアラブでも同じことが問い返されることになるだろう。


本日の赤旗に良い文章が載っていた。元の歌も良いのだろうが、紹介文も引き締まった名文である。
たぶん、ネットには載らず、消えていく文章だろうから、そのまま転載させていただく。

http://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/c/7/c7016e9d.jpg

マッキンゼーというコンサルティング会社の代表のドミニク・バートンという人が言った言葉だそうだ。

紹介文(赤旗本日付「朝の風」)によると要旨次の通り。

企業と金融機関は、四半期ごとの短期業績に振り回される近視眼的な見方や企業経営から脱却せよ。(ハバード・ビジネス・レヴュー日本版11月号)

紹介者は、これを評価した上で、次のようにコメントしている。

利潤第一主義の暴走に対しては、「短期的」という企業観点をただすだけでは足りない。(なぜなら、それは結果に過ぎないからー私注)
大幅に後退した金融規制のルールを作り直す作業が、その前提とならなければならない。(それがないと「そうは言ってもねぇ…」ということになるー私注)

古屋安雄 「キリスト教国アメリカ再訪」 新教出版社 2005年
より抜書き

国民の大多数がキリスト教と自称する国を「キリスト教国」と定義するとすれば、アメリカは、いまなおキリスト教国である。
アメリカ人の85%はキリスト教の信者である。ヨーロッパ諸国と比べても、ずば抜けて教会員が多く65%を占める。さらに、毎日曜日の礼拝に出席する「信心深い」信者が40%に達する。
これに対しドイツ(旧西独)の信者は44%、イギリスは37%、フランスは35%、スエーデンは27%である。

アメリカのキリスト教は第二次大戦後に隆盛を迎え、ベトナム戦争で衰退し、レーガンの時代に保守化した。
保守化とは主流派の衰退と保守派の台頭の合成像である。

79年にJerry Falwell がモラル・マジョリティを創設。「国民道徳を守る上で、離婚、崩壊過程、妊娠中絶、青少年犯罪、乱交、麻薬中毒の罪を弾劾しなければならない」と宣言した。
これらのキリスト教右翼は、レーガン政権と結びながら勢力を拡大した。


この後、アカデミズムの世界では、予知連に対する包囲網が形成されたようだ。

日本地震学会のホームページでは、予知連は“非お墨付き団体”である事がにおわされている。におわすといっても、レバニラにニュクマムをかけたくらいの相当強烈なにおいだ。


地震調査委員会 ― 国としての調査研究と評価

発足当初は地震予知連絡会との関係が分かりにくかったために第2予知連と陰口されたこともありましたが、現在では、調査委は国としての総合的な評価、予知連は情報の意見交換という住みわけがはっきりしています。

地震予知連絡会 ― 情報の交換

発足当初は予知に関した唯一の組織であったために、かつては大地震や群発地震、異常地殻変動の発生などで、総合的な判断を下してきました。現在では、予知 連は情報 と意見の交換に目的をしぼっており、総合的な評価機能は地震調査委員会が担っています。しかし、長い歴史をもつために社会的に知名度が高く、他の公的機関 が見解を 発表しても多くの人は予知連が発表したと今日でも誤解しているようです。


農業保護の破棄より先に、ソニー、パナソニックなど劣後型輸出産業の整理が必要ではないか。70円で勝負できる企業以外は国内残留を断念すべきだ。
知的生産やニッチ産業、サービス関連など高付加価値生産で、まだ日本は他国の追随を許さないものがたくさんある。
農業や国内産業を踏み台にして一時しのいでも、その先に未来はない。かつての繊維産業や重厚長大産業の経験を見れば明らかである。

国際競争力維持のための、雇用や社会保障の劣悪化は、ある意味ではダンピング輸出に相当する。それは輸出先の国の雇用をも奪うことになる。
企業に雇用責任を果たさせることがだいじだ。それが出来ない企業は海外に移転させる ことも考えるべきだ。
これに対し農業を守ることは、雇用を守ることにつながるし、貿易相手国に迷惑をかけることもない。
これこそが平等・互恵の自由貿易だし、共通の土俵に立つ開放経済だ。

ひとつは輸出産業に対する無差別の過剰保護を改めること、それこそ「市場原理にゆだねる」ことである。
もう一つは「入るを計りて出るを制する」ことで、無闇な輸入を抑え、身の丈にあった経済を作り上げることである。

財務省の発表した10月度の貿易統計速報で、2738億円の赤字となった。
リーマンショック、大震災と貿易不調の条件がそろっていたこれまでと違い、これといった悪条件がない中での貿易赤字の拡大は、深刻な分析の必要をもたらしている。
内容で見ると、すべての主要国との間で輸出が減り輸入が増大している。とくに液化天然ガスと原油の輸入拡大が大きく効いている。
輸出については電気・電子機器の落ち込みが大きく、自動車はほぼ横ばいとなっている。

産業構造について考えないと、人件費とコストの圧縮だけに頼る競争力の維持はもはや不可能になっている。
原発依存からの脱却を目指すエネルギー政策も待ったなしだ。

今朝のニュース、腹が立ちますね。
「共産党だけが復興増税に反対」と、共産党が復興に反対しているような言い方です。
前に書いた記事を再掲します。

復興増税11.2兆円の財源が問題になっている。政府案では所得税と法人税に付加税を課すことで財源を捻出することになっている。
①所得税については税額の4%の付加税を課す。これが5.5兆円。
②法人税については税額の10%の付加税を課す。これが2.4兆円。
③タバコ税の引き上げ。2.2兆円。
④住民税の引き上げ、所得控除の見直しなど。1兆円。
これで計算は合う。

しかしただし法人税は減税になっているので、差し引きしても大企業の税は減っているのです。「みんなで分かち合う」というのは「大企業以外の」という言葉を加えなければなりません。

ついでながら、震災の復旧という国民的課題に対し、愛煙家の負担と大企業全体の負担が同じというのは解せない

土木学会原子力土木委員会

のホームページにある委員名簿を見てびっくりした。役員34名中、26名が電力会社の関係者である。

ようするに電力会社の勉強会みたいなものだ。これが土木学会の衣をまとって、中立面して、予知連の警告を蹴っ飛ばして、日本の国策を従わせたのだ。

このホームページには、謝罪も反省の言葉もない。

未曾有の災害だった。これを教訓としてさらに検討しなければならない、というだけだ。学者としての良識を持ち合わせているとは言いがたい。したがって「学会」という呼称はきわめて不適切といわざるを得ない。土木学会本体の意向を伺いたいものである。


3月から4月にかけての地震を地図上にプロットしたものである。
これを20分くらい見ていると、いろんなことに気づく。
http://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/9/f/9f37d409.jpg
①震源域はかなり広い帯状のものであり、中心域は三陸沖というよりは福島沖というべきものだということ。
②これとは別に、日本海溝上のプレート境界線に沿って、その外側に並行する線状の震源域が存在していること。
③さらに主震源域の内側に、房総半島東からいわき市に向かって伸びる線状の震源域があり、相当のエネルギーを放出したこと。
④糸魚川・静岡線(フォッサ・マグナ)の東側にも、三宅島ー富士宮ー長野市北部ー能代沖ー奥尻島と断続的に続く震源が見られたこと。

①については、断層の考えでは到底説明できない。“面と面のこすれ”が発生したとしか考えようがない。「低角逆断層」というらしい。
③については、明らかに大規模な断層が存在することを示す証拠と思われ、福島原発の再開はありえないことが分かる。
④については、空白となっている山梨から信州上田地方の地震エネルギー蓄積が心配される。

国などの地震評価
– この規模の地震は日本海溝では考慮されてなかった.
– 地震の連動と大きなすべり量:今回の新知見
– 津波評価技術2002においても同じ

これは原子力土木学会の総括である。「国などの評価」とあるが、他人事のようにすましていてはいけない。そもそも当学会の評価であり、それが予知連の反対を押し切って国の評価とされたものではないか。

もう一つ、地震が未曾有のものであったことは認めるが、それが福島原発の立地点において未曾有であったか、予知不可能であったかどうかとは別の話だ。

外部電源が破壊されてしまうほどの震度であったのか、女川の津波と同じ高さの津波が来たのか、それが明らかにされて初めて「未曾有の」という言葉を使うことが出来るのではないか。



島崎会長が、記者クラブで講演したなかで、最も強調しているのは「地震はまた来る」ということだ。

「1943年から48年にかけて日本で1000人以上が亡くなる震災が5回起きた。地震はかため打ちすることがある。東日本大­震災で始まり、5年~10年間で誘発した震災になる可能性が十分、考えられる」

さらに、江戸時代の1854年、1855年に起きた安政東海、安政南海、江戸の3つの地震や、1943年から48年にかけ­て起きた鳥取、東南海、三河、南海、福井の5つの地震をとりあげ、震災が次々の起こる「連発震災」への警戒を訴えた。

これは、「原発はすべてやめよう」と言うに等しい。政府・財界が予知連を嫌うわけである。

しかし好きか嫌いかはともかく、東電などの「予知不可能」とのコメントがウソであったことはかなりはっきりしてきた。

予知連という"権威ある"団体の勧告がなぜ無視されたか、それには理由があるようだ。
浜岡原発に反対するグループのホームページに、サンデー毎日の記事が転載されている。
前の会長である茂木清夫氏のインタビューだ。日付は04年2月、今から7年も前のものだが、警告はすべて当たっている。一部を引用する。

「これ(原発)は、世界のどの国家も試みたことのない壮大な人体実験です。唯一の被爆国であり、原子力の恐ろしさを身に染みて知っているはずの日本人が、なぜそんな愚挙に手をそめねばならないのでしょうか・・・。 」

チェルノブイリのような事態が起きれば、日本の主要都市は高濃度の放射性物質に汚染され、取り返しがつかない。「想定外でした」では済まない以上、最悪のケースを前提に事を決するべきです。
大災害を確実に回避するためには、浜岡原発を即刻止めるしかありません。それが実現するまで、私は訴え続けますよ。

…とかなり激しい口調である。前の記事と読み比べると、まさにこの頃、予知連と原子力土木学会が、防災会議の席上で丁丁発止の議論を行い、予知連が敗れたことになる。

サンデー毎日では、中電の担当者からも意見を聞いている。

浜岡原子力発電所が、国の中央防災会議が想定する東海地震に十分耐えられる設計になっているということです。

と、答えているが、その後の言葉が明らかにその議論の様子をうかがわせる。

想定外の事態も起こり得るという茂木先生のご見解ですが、中央防災会議が想定する東海地震も、この分野に精通された方々によって算出されたものです
。(広報部・大澤滋久氏)

つまり、予知連の警告に対する反論として原子力土木学会が徹底的に利用されてきたということになる。




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