鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

2011年11月

11月22日付で、「深刻な10月の貿易赤字」と書いたが、数年後に「2011年10月は分岐点だった」と書かれることになるかもしれない。

総務省の労働力調査。完全失業率は4.5%となった。これは3ヶ月ぶりの悪化で、上げ幅も前月比0.4%と大きい。

とくに24歳以下の若年層ではひどい。男性では前月比2%アップし、10.1%とついに二桁越え。

小宮山厚労相は「円高、世界不況、タイの洪水」を上げているが、復興特需には触れない。タイも関係ないはずだ。ようするにさしたる理由もなく失業率が悪化していることになる。だから深刻なのだ。

赤旗はよりきめ細かく分析している。これによると

①就業者数は変化していないが、非労働力人口が減った分(22万人)が完全失業者の増加(25万人)に結びついている。

②被災地で復旧関連の短期の仕事が6ヶ月で契約切れになったため失業率が悪化した。(宮城では9月5.5%→10月7.5%)

③有効求人倍率は0.67倍、正社員の有効求人倍率は0.43倍にとどまり、今後も雇用状況の改善の見通しはない。

そして①については、「就職できそうにないとあきらめていた人が、生活苦などから求職活動を始めたため」と評価している。親の世話になっていたのが、いよいよ親も面倒見切れなくなってきたということだ。

ここに、10月度の雇用統計の特別な重要性 があるのだ。だから深刻なのだ。厚労相もこの位の分析はしてもらいたいものだ。


同じ労働力調査の詳細集計で、非正規雇用者数を10年間の経年で見たものが発表された。これを従業員規模別に比較したのがこのグラフ(赤旗作成)。

http://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/1/7/1731e8f3.jpg

非正規、非正規というがのっぺらぼうに増えているのではない。大企業が正社員を雇わずに非正規で済ませているから非正規が増えているのであって、景気がどうのこうのというのではなく、大企業が雇用の責任を放棄していることが非正規の増加の理由なのだ。

円高のせいだというが、それは違う。非正規を増やして、人件費ダンピングをして輸出を増やせば、円高になるのは当然の結果だ。

労働経済白書は以下のように指摘する。

こうした大企業を中心とした採用態度は、社会的に見た雇用の安定という観点ばかりでなく、それぞれの企業における技術・技能の継承や人材育成といった観点でも問題が多くなっている。

そのとおりだ!

…と思ったら、実際に藤島武二と与謝野晶子とのあいだには親交があったようである。

http://d.hatena.ne.jp/shinju-oonuki/20100314にはこう書かれている。

藤島武二:画、与謝野晶子『みだれ髪』(新詩社、明治34年)の表紙絵についてさまざまな推察があり、中でも『みだれ髪』が刊行された後に描かれた藤島の代表的作品「蝶」との関連性については、すでに指摘されている。

「乱れ髪」といえば、「やわ肌のあつき血汐にふれもみでさびしからずや道をとく君」という、今でもゾクッとするようなあの歌集である。

「乱れ髪」には装丁についての説明があり、「この書の体裁は悉く藤島武二の衣装に成れり表紙みだれ髪の輪郭は恋愛のハートを射たるにて矢の根より吹き出でたる花は詩を意味せるなり」と記されている。

ということで「蝶」という絵はこれである。これも1904年の作品である。


この年、日露戦争が始まり、非戦論が高まり、邦訳「共産党宣言」が発行されている。ハーグの国際反戦会議では日本の片山潜とロシアのプレハーノフが握手を交わしている。
しかしこの後、反動の時代がやってくる。藤島は40歳という遅めのパリ留学を果たし、権力とアカデミズムの方向へ舵を切り替えていく。

藤島武二の「婦人と朝顔」という絵が気になる。


展覧会の案内によると、1904年(明治37年)制作で個人蔵となっているが、ウィキペディアには触れられていない。
よく見ると黒目が異常に大きい、右目は正面で左目が外よりのロンパリ、額が狭すぎる、異様なまでの鼻筋の強調、えらが張りすぎ、光の方向が説明できないなど、不自然なところがいくつかある。しかし絵全体で見ると、いかにも和洋混淆、日露戦争頃の雰囲気が漂ってくる。雰囲気で見る絵なのだろう。

藤島はこの頃雑誌「明星」に挿絵を定期的に寄稿していたようである。そうすると、与謝野晶子の「君死にたもうことなかれ」の歌「堺の商家に生まれ…」の一節が、この絵にダブってくる。

この展覧会にはもう1枚、「夢想」という絵が出品されている。



おそらく同じモデルなのではないか。こちらは、よりオーソドックスな技法で描かれているようだが、やや迫力に欠ける。
「夢想」は目をつぶらせただけ、対象化して描けるところがあるが、「朝顔」は「強気の上から目線」に圧倒させられながら、必死に受け止めて描いたという趣だ。

藤島武二という画家、さほどのものとは思えないが、この絵の未完成な迫力は別格だ。

資本主義は、もろもろの民族的な制限とか偏見とかを乗り越えていく。古い生活様式を破壊し絶えず革命をもたらす。
だが資本主義が止むことなく志向する普遍性は、もろもろの制限を資本主義自身の本性に見出すようになる。
そしてついには資本主義そのものが普遍性を目指す上で最大の制限となっていく。そして資本主義の発展そのものが、資本主義を止揚していくことになる。
(草稿集2-p20)

信用制度は流通の制限を飛び越す。そのことによって、信用制度は過剰取引、過剰の投機をもたらす。
このことは国家間の関係においてより大規模かつ典型的に現れる。
イギリス人は他の国を顧客とするために、それらの国に貸し付けることを余儀なくされる。
…たくさん売り込むためには、たくさん貸し込まなければならない。しかしそれが焦げつけば…
(草稿集2-p28)

競争が始まるのは、歴史的には「資本主義に先行する諸形態」が壊れていく過程と一致する。

すなわち同職組合的強制、政府の取り締まり、内国関税などの解体とともに、自由競争の時代が始まる。また国際的には交易閉鎖、輸出入禁止、保護政策の廃止とともに自由競争が始まった。

それは資本主義以前の諸限界の打破であり、諸制限の否定であった。しかしたんなる否定的なものではなく、「自由放任主義」(レッセ・フェール、レッセ・パセール)という新たな経済思想として積極的に位置づけられた。

それを行ったのは重農主義者であり、まったく正しい特徴づけであった。

しかし、これを自由な諸個人の生産および交換の領域における絶対的な定在形態 と考えるのは"馬鹿話"であり、これほど誤ったことはない。

資本が取り払った諸限界は、資本の運動、発展、実現に対する諸制限であった。決して一切の限界を止揚したのではない。

自由競争によって同職組合などの制度が否定されたのは、歴史的には、十分に強くなった資本主義が自らの運動を束縛する制限を取り払ったため、ということに過ぎない。

自由競争において自由なものとして措定されているのは諸個人ではない。自由なものはただひとつ、資本そのものである。

資本主義的生産様式が、社会的生産力の発展にとってもっともふさわしい時代にあっては、資本主義の純粋な諸条件の下での諸個人の運動が、彼らの自由として表現されることがありうる。

しかしその自由が教義としても保障されるのは、自由競争によって取り除かれた古臭い諸制限への不断の反省によってなのである

(草稿集2-p408)




清水先生の講演とは、「アラブの春(チュニジア・エジプト・リビア)の衝撃と激動期に入った中東世界」という長い演題の講演です。北海道AALAの主催で行われました。講師の清水学先生は帝京大学教授で、中東問題研究家です。

最初に今回の「アラブの春」を以下のように位置づけています。

1.1950年代初頭、ナセルのクーデター以来の歴史的大変動である。
2.大衆のデモで最高権力者を退陣させたのは、アラブ史上初めて
3.人間的、民族的誇りの回復だ。中東が「民主主義の墓場」という神話が打破された。
4.今後とも続く「過渡期」の始まりだ。(それがどのような過程を経ようとも、国民が主人公という流れは貫かれるだろう:私注)

そして「アラブの春」を貫くキー概念としてアラブ民族主義を取り出します。

1.アラブ人は帰属する国家に対する愛国主義と、アラブ人としての民族主義の二つを持っている。
(後者が極端に強いのがアラブの特徴ともいえる:私注)
2.アラブ民族主義は三つの顔を持っている
*支配者レベルのアラブ民族主義は、
統治のためのイデオロギー装置の一環であった。
*大衆レベルの連帯意識としてのアラブ民族主義とは、分けて考えなければならない。

*アラブ民族主義は反植民地闘争の合言葉であったし、現在もそういうニュアンスは生きている(パレスチナ問題など)

ここから先はいろいろ各論になってきますので、情報としてはありがたいのですが、感想としては難しいところがあります。
とくにイスラムについては、「偏見」とは言い切れない多くの実例があり、マスコミの「刷り込み」とばかりはいえないと思います。

また、50年代から60年代の植民地支配に対する抵抗運動を担ったのは世俗派の民族解放戦線であり、イスラムは進歩的役割を担ったことはなく、イランでもアフガンでも時代の針を後ろに引き戻す役割しか果たしていないと思います。(おそらくは私の無知もあると思いますが)

フランスで、1848年の2月革命の後、ルイ・ボナパルトという男が出てきて、確かナポレオンの甥だったと思いますが、革命を流産させて自ら皇帝の座に着くという、時代錯誤をやらかしたことがありました。その統治は20年以上にわたり続くことになります。
イランでもホメイニによるイスラム原理派の独裁が30年以上にわたり続いています。歴史というのはそうやって進むしかないのでしょうか。


赤旗でも「イスラム穏健派」という類別を行っている。
「穏健派」というのは何か、ここが良く分からない。

昨日、清水先生の講演を聴いて、ますます疑問が深まった。清水先生の強調したことは、イスラムの多様性であり、その多様性は社会の多様性と重層性に規定されているということである。また民主政治が未成熟なことから、政党としての熟練度に相当差があると言われている。

基本的には左派なのか右派なのかが政党評価の基準だろう。
その内訳として中道左派と極左派が分けられるかもしれない。
イスラム原理派は、キリスト教原理派がそうであるのと同様極右だろうと思う。
「どうもそういう風に簡単にはいかないんだよ」といわれるが、
「そう行くはずだ」と思う。
極右が「民族派」として帝国主義勢力と戦うことは過去にもあった。
その限りにおいて評価されることもあった。

しかし基本としては、
①それぞれの国内(民族国家)において、②資本家や抑圧勢力と闘い、③民主主義実現と国民生活向上のために闘うのが左派であり、逆の側につくのが右派だ。
とすれば、イスラム主義勢力の中も右派と左派に分けられるはずだ。

支配者の側から見て「穏健派」というものがあるとすれば、それは中道右派あたりになるのだろうか。
いずれにしても、すこし政策の分析をした上で、レッテルを貼ったほうが良いだろう。

(59)もうひとつの月 (Otra Luna)

HP: あなたが誰かさんの膝枕で月を眺めていて、そのそばでバンドネオンやバイオリンが何か奏でていたとしたらどんな気分でしょうか。それはどんな音で聞こえるでしょうか。そんな夢をナルコタンゴはかなえてくれます。耳元気分はもうナルコ…「おいおい、そこまでしてくれなくてもいいよ」と、ぞくぞくするほど最高です。

と、書いたのですが、これはずいぶんと最近の曲で、ナルコタンゴというグループがこれで大当たりしてラテン・グラミー賞をとったという話のようです。

したがって、というか、カバーはありません。youtube にはたくさんの音源がうpされていますが、すべてナルコタンゴの演奏です。

Carlos Libedinsky - Otra luna

これがオリジナルで、後はライブ演奏のエアチェック音源です。何回も演奏しているうちにだんだんカドがとれ、端正さが失われ、タンゴというよりムード音楽になっていきます。

タンゴの醍醐味というのは、女性のお化粧と似たところがあります。つまらない曲をみんなが寄ってたかってアレンジして、そうやって名曲に仕上げていくところにあります。つまり「化ける」んですね。

だから名曲の名曲たるゆえんは、素の美人ではなく化粧栄えのする顔なんです。ピアソラがその典型です。80年以前のピアソラを聴いたら、そのつまらなさに閉口するでしょう。

そして名アレンジャーが美しさを引き出して、それを腕っこきのプレーヤーが鳴かせるわけです。それで準備万端整ったところで、「さぁどうですか」とお披露目するのです。(関係ないけど、日本で最高のアレンジャーは荒谷俊治だと思います)

タンゴに「知的所有権」とか「著作権」は禁句です。

(60)心の底から (Desde El Alma)

HP: 針の音までふくめて、これぞタンゴです(といってもワルツだが)。颯爽とした気分とちょっとしたセンチメンタリズム。欲をいえばきりがないけど、何十回聞いても、この乗りはサルサでもカリプソでも味わえません。

Desde el alma - Nelly Omar y Francisco Canaro

とにかく、なんと言ったって、これしかない。これ以外はいらない。特筆したいのはカナロの水際立った演奏だ。結局誰もカナロを超えていないのではないかと思わせる。

なおネリ・オマールの晩年のライブ音源があるが、聞かない方が良い。エビータのかつての盟友としていろいろ浮き沈みも会ったようで、同情はするが、歌はペケ。

Desde el Alma Quinteto Pirincho Prohibido para Nostalgicos domingo

カナロの歌なし演奏。これも雰囲気が出ていて良い。たぶんカナロはこの曲が好きだったのだろう。

Juan D' Arienzo - desde el Alma

かなりごつごつしたワルツというよりレントラーの趣。だから悪いということではなく、これも立派な演奏。

ORQUESTA TIPICA DONATO RACCIATTI - DESDE EL ALMA - VALS

いろいろやっているが、必ずしも成功しているとは言いがたい。もちろん水準には達しているのだが…

Desde el alma

これはサプライズ。まさかこういう風に「心の底から」が歌われるとは…

Desde el Alma (Pugliese) Natacha Muriel & Lucas Magalhaes

プグリエセの、おそらくは晩年の演奏。研ぎ澄まされたようなリズムは影を潜め、やさしさが漂う。一面では弛緩した雰囲気も否定できない。なおこれとは別にプグリエセのライブ演奏がうpされているが、他と同じくひどい。ほとんど右手はマヒ状態だ。よほど金に困っていたのか、認知が入っていたのか。晩節を汚したとしか言いようがない。

SEXTETO MAYOR "Desde el Alma"

これもうpすべき音源ではなかった。セステート・マヨールの名がすたる。

DESDE EL ALMA - LEO MARINI.mpg

キューバのボレロ仕立ての演奏。バックはソノーラ・マタンセラ。



(57)インターン生 (El Internado)

HP: インテルナードといえばふつうはカナロ楽団ですが、この名も知らぬ楽団(Juan Polito And His Orchestra)が結構インテルナードしているのがすごいです。さすがに黄金期のタンゴ楽団は層が厚いですね。

Juan Polito Y Su Orquesta Tipica - El Internado - Tango

まさかヨウツベにはないだろうと思ったら、ちゃんとありました。やはり向こうでも良いものは良いのですね。

Bandoneon - Tango - Baile - " El Internado"

こちらはエルネスト・フランコ楽団の演奏で、音は申し分のないハイファイです。

しかし、ヨウツベではインテルナードはこれだけです。

(58)歌いながら (Cantando)

石川さんの百選にはどういうわけかメルセデス・シモーネが出てきません。ガルデルほどではないけど、やはり男がガルデルなら女はメルセデス・シモーネと来ないと面白くありません。ただしメルセデス・シモーネの中からこれぞ名曲と選ぶとなると、それはそれで大変です。

CANTANDO - MERCEDES SIMONE

これが正規盤。まあ、これしかないでしょう。作詞作曲ともシモーネですから。

"Cantando" tango by Mercedes Simone 1933

音質は、映画からのもので非常に悪い。From the film "Tango" (first sound movie produced in Argentina) とあります。

Bandoneon Tango Cantando Libertad Lamarque.avi

意外にこれがいいんですね。映画の音でこもっているけれど、聞くのに不自由はありません。後半の男性との二重唱はなかなか味があります。

以下は、話題提供という程度。

Mercedes Simone - Alberto Gómez - Típica Adolfo Carabelli - Cantando

カラベリ楽団の演奏で、後半にワンコーラスだけシモーネが男性歌手と歌っています。

cantando

これはかなり後年の録音のようで、音だけは良いのだが、ひどく崩した歌になっている。バックは自分のオルケスタとなっているから、すっかり天狗になってしまったようだ。百年の恋が一度に醒めた気分になる。

ワインストック 「アラブ革命史」 から

その1 アラブ民族とは何か

アラブ民族というものは存在しない。あるのはアラブ民族主義のみである。

民族は歴史的に形成されるものであり、アラブ民族が形成される可能性は存在する。

イスラムを共通の伝統的基盤とする集合体であるが、それ以外にも、とくに欧州列強に対する抵抗をもうひとつの共通の基盤とする。

 

その2 アラブ民族主義の契機

列強が進出したころ、マグリブは部族連合体でしかなかった。列強が一方では流通・交通の発達、他方では搾取と抑圧の強化を通じ、ひとつの「民族」(ウンマ)を作り上げた。

停滞したイスラム宗教トップに対する改革運動、とくにマフディ派との関連。社会改革を志し、世俗性を追求するという点では保守的なイスラムの伝統と衝突する。

アラブ民族主義を最初に唱えたのは、キリスト教徒アラブ人アル・ヤージジーであった。1856年、レバノンのナーブルスで起きた反オスマン暴動。

イスラムだから抑圧されるのではない。アラブ人だから抑圧されるのだ、との感情

 

その3 アラブ民族主義の発展、進化

エジプトのサード・ザグルール、トルコのケマルパシャは戦闘的な政教分離主義をとなえ、イスラム保守派と対決した。

民族の概念を持ち込んだボルシェビキ革命の影響。他方では反共の立場から民族主義の鼓舞。

民族としてのアイデンティティーを確立する求心性よりも、「アラブ人よ統一せよ」という外延的なアラブ統一思想が根拠となる。


つまり、アメリカやイスラエルによる収奪、抑圧が続く限りアラブの大義は消えることはない。

また進歩と民主主義への志向が存在する限り、アラブ民族主義は消えることはない。

イスラムが規範として存在する限り、その否定的発展としてのアラブ民族主義は消えることはない。

それではいま消え去ろうとしている「アラブ民族主義」は何だったのだろう、ということになる。私たちは20年前に、同じ思いを抱いたことがある。

ソ連・東欧の社会主義が崩壊したとき、社会主義・共産主義の理想は消えたのか、そうではない。ただ原点への回帰が必要だった。

いまアラブでも同じことが問い返されることになるだろう。


マッキンゼーというコンサルティング会社の代表のドミニク・バートンという人が言った言葉だそうだ。

紹介文(赤旗本日付「朝の風」)によると要旨次の通り。

企業と金融機関は、四半期ごとの短期業績に振り回される近視眼的な見方や企業経営から脱却せよ。(ハバード・ビジネス・レヴュー日本版11月号)

紹介者は、これを評価した上で、次のようにコメントしている。

利潤第一主義の暴走に対しては、「短期的」という企業観点をただすだけでは足りない。(なぜなら、それは結果に過ぎないからー私注)
大幅に後退した金融規制のルールを作り直す作業が、その前提とならなければならない。(それがないと「そうは言ってもねぇ…」ということになるー私注)

古屋安雄 「キリスト教国アメリカ再訪」 新教出版社 2005年
より抜書き

国民の大多数がキリスト教と自称する国を「キリスト教国」と定義するとすれば、アメリカは、いまなおキリスト教国である。
アメリカ人の85%はキリスト教の信者である。ヨーロッパ諸国と比べても、ずば抜けて教会員が多く65%を占める。さらに、毎日曜日の礼拝に出席する「信心深い」信者が40%に達する。
これに対しドイツ(旧西独)の信者は44%、イギリスは37%、フランスは35%、スエーデンは27%である。

アメリカのキリスト教は第二次大戦後に隆盛を迎え、ベトナム戦争で衰退し、レーガンの時代に保守化した。
保守化とは主流派の衰退と保守派の台頭の合成像である。

79年にJerry Falwell がモラル・マジョリティを創設。「国民道徳を守る上で、離婚、崩壊過程、妊娠中絶、青少年犯罪、乱交、麻薬中毒の罪を弾劾しなければならない」と宣言した。
これらのキリスト教右翼は、レーガン政権と結びながら勢力を拡大した。


この後、アカデミズムの世界では、予知連に対する包囲網が形成されたようだ。

日本地震学会のホームページでは、予知連は“非お墨付き団体”である事がにおわされている。におわすといっても、レバニラにニュクマムをかけたくらいの相当強烈なにおいだ。


地震調査委員会 ― 国としての調査研究と評価

発足当初は地震予知連絡会との関係が分かりにくかったために第2予知連と陰口されたこともありましたが、現在では、調査委は国としての総合的な評価、予知連は情報の意見交換という住みわけがはっきりしています。

地震予知連絡会 ― 情報の交換

発足当初は予知に関した唯一の組織であったために、かつては大地震や群発地震、異常地殻変動の発生などで、総合的な判断を下してきました。現在では、予知 連は情報 と意見の交換に目的をしぼっており、総合的な評価機能は地震調査委員会が担っています。しかし、長い歴史をもつために社会的に知名度が高く、他の公的機関 が見解を 発表しても多くの人は予知連が発表したと今日でも誤解しているようです。


農業保護の破棄より先に、ソニー、パナソニックなど劣後型輸出産業の整理が必要ではないか。70円で勝負できる企業以外は国内残留を断念すべきだ。
知的生産やニッチ産業、サービス関連など高付加価値生産で、まだ日本は他国の追随を許さないものがたくさんある。
農業や国内産業を踏み台にして一時しのいでも、その先に未来はない。かつての繊維産業や重厚長大産業の経験を見れば明らかである。

国際競争力維持のための、雇用や社会保障の劣悪化は、ある意味ではダンピング輸出に相当する。それは輸出先の国の雇用をも奪うことになる。
企業に雇用責任を果たさせることがだいじだ。それが出来ない企業は海外に移転させる ことも考えるべきだ。
これに対し農業を守ることは、雇用を守ることにつながるし、貿易相手国に迷惑をかけることもない。
これこそが平等・互恵の自由貿易だし、共通の土俵に立つ開放経済だ。

ひとつは輸出産業に対する無差別の過剰保護を改めること、それこそ「市場原理にゆだねる」ことである。
もう一つは「入るを計りて出るを制する」ことで、無闇な輸入を抑え、身の丈にあった経済を作り上げることである。

財務省の発表した10月度の貿易統計速報で、2738億円の赤字となった。
リーマンショック、大震災と貿易不調の条件がそろっていたこれまでと違い、これといった悪条件がない中での貿易赤字の拡大は、深刻な分析の必要をもたらしている。
内容で見ると、すべての主要国との間で輸出が減り輸入が増大している。とくに液化天然ガスと原油の輸入拡大が大きく効いている。
輸出については電気・電子機器の落ち込みが大きく、自動車はほぼ横ばいとなっている。

産業構造について考えないと、人件費とコストの圧縮だけに頼る競争力の維持はもはや不可能になっている。
原発依存からの脱却を目指すエネルギー政策も待ったなしだ。

今朝のニュース、腹が立ちますね。
「共産党だけが復興増税に反対」と、共産党が復興に反対しているような言い方です。
前に書いた記事を再掲します。

復興増税11.2兆円の財源が問題になっている。政府案では所得税と法人税に付加税を課すことで財源を捻出することになっている。
①所得税については税額の4%の付加税を課す。これが5.5兆円。
②法人税については税額の10%の付加税を課す。これが2.4兆円。
③タバコ税の引き上げ。2.2兆円。
④住民税の引き上げ、所得控除の見直しなど。1兆円。
これで計算は合う。

しかしただし法人税は減税になっているので、差し引きしても大企業の税は減っているのです。「みんなで分かち合う」というのは「大企業以外の」という言葉を加えなければなりません。

ついでながら、震災の復旧という国民的課題に対し、愛煙家の負担と大企業全体の負担が同じというのは解せない

土木学会原子力土木委員会

のホームページにある委員名簿を見てびっくりした。役員34名中、26名が電力会社の関係者である。

ようするに電力会社の勉強会みたいなものだ。これが土木学会の衣をまとって、中立面して、予知連の警告を蹴っ飛ばして、日本の国策を従わせたのだ。

このホームページには、謝罪も反省の言葉もない。

未曾有の災害だった。これを教訓としてさらに検討しなければならない、というだけだ。学者としての良識を持ち合わせているとは言いがたい。したがって「学会」という呼称はきわめて不適切といわざるを得ない。土木学会本体の意向を伺いたいものである。


3月から4月にかけての地震を地図上にプロットしたものである。
これを20分くらい見ていると、いろんなことに気づく。
http://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/9/f/9f37d409.jpg
①震源域はかなり広い帯状のものであり、中心域は三陸沖というよりは福島沖というべきものだということ。
②これとは別に、日本海溝上のプレート境界線に沿って、その外側に並行する線状の震源域が存在していること。
③さらに主震源域の内側に、房総半島東からいわき市に向かって伸びる線状の震源域があり、相当のエネルギーを放出したこと。
④糸魚川・静岡線(フォッサ・マグナ)の東側にも、三宅島ー富士宮ー長野市北部ー能代沖ー奥尻島と断続的に続く震源が見られたこと。

①については、断層の考えでは到底説明できない。“面と面のこすれ”が発生したとしか考えようがない。「低角逆断層」というらしい。
③については、明らかに大規模な断層が存在することを示す証拠と思われ、福島原発の再開はありえないことが分かる。
④については、空白となっている山梨から信州上田地方の地震エネルギー蓄積が心配される。

国などの地震評価
– この規模の地震は日本海溝では考慮されてなかった.
– 地震の連動と大きなすべり量:今回の新知見
– 津波評価技術2002においても同じ

これは原子力土木学会の総括である。「国などの評価」とあるが、他人事のようにすましていてはいけない。そもそも当学会の評価であり、それが予知連の反対を押し切って国の評価とされたものではないか。

もう一つ、地震が未曾有のものであったことは認めるが、それが福島原発の立地点において未曾有であったか、予知不可能であったかどうかとは別の話だ。

外部電源が破壊されてしまうほどの震度であったのか、女川の津波と同じ高さの津波が来たのか、それが明らかにされて初めて「未曾有の」という言葉を使うことが出来るのではないか。



島崎会長が、記者クラブで講演したなかで、最も強調しているのは「地震はまた来る」ということだ。

「1943年から48年にかけて日本で1000人以上が亡くなる震災が5回起きた。地震はかため打ちすることがある。東日本大­震災で始まり、5年~10年間で誘発した震災になる可能性が十分、考えられる」

さらに、江戸時代の1854年、1855年に起きた安政東海、安政南海、江戸の3つの地震や、1943年から48年にかけ­て起きた鳥取、東南海、三河、南海、福井の5つの地震をとりあげ、震災が次々の起こる「連発震災」への警戒を訴えた。

これは、「原発はすべてやめよう」と言うに等しい。政府・財界が予知連を嫌うわけである。

しかし好きか嫌いかはともかく、東電などの「予知不可能」とのコメントがウソであったことはかなりはっきりしてきた。

予知連という"権威ある"団体の勧告がなぜ無視されたか、それには理由があるようだ。
浜岡原発に反対するグループのホームページに、サンデー毎日の記事が転載されている。
前の会長である茂木清夫氏のインタビューだ。日付は04年2月、今から7年も前のものだが、警告はすべて当たっている。一部を引用する。

「これ(原発)は、世界のどの国家も試みたことのない壮大な人体実験です。唯一の被爆国であり、原子力の恐ろしさを身に染みて知っているはずの日本人が、なぜそんな愚挙に手をそめねばならないのでしょうか・・・。 」

チェルノブイリのような事態が起きれば、日本の主要都市は高濃度の放射性物質に汚染され、取り返しがつかない。「想定外でした」では済まない以上、最悪のケースを前提に事を決するべきです。
大災害を確実に回避するためには、浜岡原発を即刻止めるしかありません。それが実現するまで、私は訴え続けますよ。

…とかなり激しい口調である。前の記事と読み比べると、まさにこの頃、予知連と原子力土木学会が、防災会議の席上で丁丁発止の議論を行い、予知連が敗れたことになる。

サンデー毎日では、中電の担当者からも意見を聞いている。

浜岡原子力発電所が、国の中央防災会議が想定する東海地震に十分耐えられる設計になっているということです。

と、答えているが、その後の言葉が明らかにその議論の様子をうかがわせる。

想定外の事態も起こり得るという茂木先生のご見解ですが、中央防災会議が想定する東海地震も、この分野に精通された方々によって算出されたものです
。(広報部・大澤滋久氏)

つまり、予知連の警告に対する反論として原子力土木学会が徹底的に利用されてきたということになる。




本日の赤旗に、地震予知連の島崎会長が登場し、生々しい発言を行っている。

①予知連は、震災前に、福島での津波地震を予測し、公表していた。
②しかし政府の中央防災会議では、地震予知連の提言が「明確な論拠なしに」退けられた。
③これに代わり、津波地震の想定の要なしとする原子力土木委員会津波評価部会の見解が採用された。
④私たちの予測が無視された背景には、原子力業界の力が働いていた と感じている。

この結果、宮城・福島に大被害を生んだ。
犠牲者の8割は、陸前高田市以南の地域に集中している。これより北側には津波堤防が建設されていたが、南側では高潮堤防のみであった。
さらに、南側では避難ビルの建設も、防災意識の啓発対策も怠られた。

島崎会長の最後の言葉は、傾聴すべきものである。

「一部の報道では、なにか、長期予測もまったくあてにならないもののように言われています。しかし(予知の技術は)一歩づつ進んでいます。今回の津波もある程度予測できていました。
地質学の成果がゼロだというのは、これまで原子力が地震学をゆがめてきたという問題までも、全部打ち消してしまう」議論です。

2011年

1.05 最南端の町プンタ・アレナスでガス料金値上げに反対するデモ。3,500名が市内中心部に集結。バスターミナル,主要道を封鎖。

1.12 プンタ・アレナスで抗議活動による混乱の中,2名の若者が事故死,1名が重傷を負う。道路封鎖が再開される。その後値上げ幅の圧縮と、政府補助の増額で合意。

1.19 教育改革法が、コンセルタシオンの賛成を得て成立。キリ民党は推進の立場をとり、社会党は追随。他党も抵抗するが結局折れる。

1.22 サンティアゴ公共交通機関の料金が値上げされる。

4.05 ピニェラ大統領の支持率は42%、不支持率は49%となり11年に入って以降不支持が上回る状況が続く。

4月 チリ学生連合(CONFECH)、抗議活動への参加を呼びかける。

チリの教育予算は、ユネスコが目標として掲げるGDP比7%を大きく下回り、4%程度でしかない。OECDによると、チリは加盟国31カ国のうち教育費の国民負担が最も高い国で、その割合は41.4%に達する。ちなみに日本は34%。
大学生は高利の教育ローンを組むのが常識になっており、卒業時には、学生1人あたり平均で4万5千ドルの借金を抱える。

5.09 アイセン水力発電計画が承認される。70億ドルをかけ、パタゴニア地方の2本の川にダムを建設するプロジェクト。環境団体や地元住民を中心に抗議活動が発生。国家警察は放水車や催涙ガス弾を用いて弾圧。チリ全土で1万人以上が抗議活動に参加し,123名が逮捕,27名が負傷する。

5.12 公的教育改善を求めるデモ。約1万5千人が参加。

5.26 約2千人の高校生を含む約8千人が教育省までのデモを行い,ラビン教育大臣へ請願書を提出する。

6.01 大学と高校の封鎖行動が開始される。

6.13 封鎖された高校の数が100を越える。

6.16 教育省前で警察と学生デモが衝突。放水、催涙弾攻撃、騎馬隊による弾圧に対して学生は投石で応じ、38人が逮捕される。

6.30 民政復帰後最大規模の30万人のデモが行われる。当局発表では10万人。

7.05 ピネラ大統領、教育改革要求に対する対応策を発表。40億ドルの奨学金基金を創設するとのべる。

7.05 ピニェラ大統領の支持率は31%,不支持率は60%となった。

7.06 「国際キスの日」にちなみ、「ベサトン(キスキス)大作戦」と銘打ち、交際相手と一斉にキスをする示威運動を展開。サンティアゴ中心部のイタリア広場だけで約2000人の大学生(一部高校生も)たちが30分間キスを続けた。メディアの注目を集める。他にもゾンビの扮装など多彩なデモが展開される。

7.11 銅産業労働者1万5千人が民営化反対ストライキを決行。

8.01 ブルネス教育大臣は教育制度改革に関する新たな政府案を公表。学生側はこの提案を一蹴。

8.04 教育改革を求める学生デモと警官隊がサンチャゴ市内中心部で衝突。学生235人が拘束される。ヒンズペーター(インスペテール)内相は、大統領官邸へのデモ行進をいっさい許可しないと発表。

8.04 学生の発議による空鍋叩きが全市でおこなわれる。

8.09 学生デモ。警察発表で7万人が参加。主催者側は約15万人と発表。エンカプチャドス(覆面をした若者)の部隊がモネダ宮殿付近で警官隊と衝突。

8.10 コンセルタシオン、デモ規制は違憲だとしてヒンズペーター内相に対する弾劾決議案を提出。30日の採決で否決される。

8.14 議会が対話を提案するが、学生側はこれを拒否する。

8.17 政府は教育改革に関する提案を一部修正し,貧困層に対する経済的支援を増やす計画を公表。

8.18 「傘の更進」が行われる。真冬の雨の中を5万人の学生がデモ行進。教育機会の平等と不当利益行為の終わりを求める。

8.20 5月以来最大規模のデモ。首都だけで10万人(当局発表)が参加する。

8.24 CUT(Central Unitaria de Trabajadores)の呼びかけにより48時間ゼネスト決行。銅山労働者が48時間ゼネストを貫徹。官公労を中心に全国の8割の公務員労働者がストに入る。首都圏州の公共交通機関は参加を見合わせる。

8.24 CUTの呼びかけたデモに延べ60万人が参加(政府発表17万人)。警察は約1400名を逮捕。衝突で16歳の高校生が死亡、約150名が負傷する。

9.01 高校生に向けて発砲が行われていたことが判明。さらにゴードン警察軍長官が息子の交通違反を圧力で揉み消したことが明らかになり、大統領は自発的辞任を求める。

9.03 ピニェラ大統領が学生,教職員組合,大学長連盟の代表と4時間近くの会談。義務教育の権限を自治体から国へ移す事については政府側が拒否。

9.11 クーデター記念集会。集会後のデモに介入した約300人のエンカプチャドスと、カラビネロス(警察軍)とが衝突。ほかに全国350か所で衝突があり、逮捕者は280人におよぶ。

9.21 プロビデンシア区の二つの高校の封鎖が警察の手により解除される。

9.22 ピニェラ大統領が国連総会で演説。パレスティナの国連加盟早期実現への支持を表明する。

9.27 CONFECH,政府との対話への参加を決議。教育制度改革が明確化されるまでストライキ、封鎖、抗議デモは継続とする。

9.29 ブルネス教育大臣と大学生、教育界代表者による一回目の対話が開催される。主張は平行線。

9.29 対話と平行して学生デモ。政府発表で2万人,CONFECH 発表で15万人が参加。

9.29 ピニェラ大統領、教育予算を大幅に増額した予算案を発表。政府と学生側との交渉が開始される。学生側はあくまで教育無償化を要求。

10.04 ピニェラ大統領の支持率は30%,不支持率は63%。

10.06 全学連、政府との交渉を打ち切り。サンチアゴ・バルパライソでは大規模な衝突が発生。

10.06 国際通貨基金(IMF)、チリの財政状況を分析し、国民の諸要求の高まりに応えるためにも、「企業が支払う税率を国際水準に引き上げ、気前の良い優遇策や税制上の譲歩を減らすべき」と指摘する。

10.07 市民団体「教授会」による「国民投票」が実施される。有権者150万人が参加し、無料教育普遍化に88%が賛成した。

10.18 CUTの48時間ゼネストが開始される。Chilean national strike timeline: Oct. 18 に分刻みのタイムラインがあるが、さすがにつき合いきれない。

11.03 チリの人権団体、米州人権委員会(CIDH)に、学生に対する117件の暴行事例をあげ、警察の権力乱用を告発。

11.07 世論調査で、学生の要求に賛同する人は67%に達する。

11.11 来年度の教育予算案の審議が始まる。国会のあるバルパライソに学生ら約3万人が集まり、国会周辺をデモ行進する。

2007年

3.29 新交通システムの不備や教育改革を批判する学生デモ隊が警察と衝突し、学生747人が拘束された。サンティアゴでは少なくとも100台のバスが焼き打ちされた。

4.04 サンチアゴで数百人の学生が抗議行動。警察は催涙弾と放水砲でデモ隊を蹴散らし、約100名を逮捕する。

5.21 バチェレ大統領が記者会見。公共バス料金の値上げについて謝罪する。また、今後数億ドルをかけて教育の改善を行うと約束する。

9.11 クーデター記念日。デモ隊と警察の衝突で41人が逮捕され300人が負傷する。

 

2008年

3.26 バルパライソにある国会前に集まった約3500名の大学生が、治安警察の部隊と衝突。

10.26 チリ地方選挙。アリアンサの得票率がコンセルタシオンに2%上回る。コンセルタシオンは民主化以降最初の敗北。

 

2009年

1.05 バチェレ大統領、総額40億ドルからなる景気刺激計画を発表。

2.12 チリ中銀、貸出金利を2.5から4.75%に引き上げ。?

6月 CEPの世論調査で、バチェレ大統領の支持率が67%に達する。歴代大統領の中では最高となる。

12.13 大統領選挙。右派野党連合の企業家セバシティアン・ピニェラ元上院議員(60)が第1位を確保。第2位となった与党連合「コンセルタシオン」のエドゥアルド・フレイ元大統領との間で決選投票となる。与党を離脱した無所属候補のエンリケスは20.1%、共産党などで結成した左翼連合候補のアラテは6.2%。

12月 総選挙。共産党、コンセルタシオンとの選挙協力で下院に3議席を獲得。クーデター以来36年ぶりの議席となる。

 

2010年

1.17 大統領選決選投票。アリアンサのピニェラが51%を獲得。コンセルタシオンのフレイを破り当選。

2.27 コンセプシオンを中心にマグニチュード8.8の大地震が発生。死者486人、行方不明79人を出す。15万人が家を失う。被害総額は約300億ドル。直後の略奪行為が世界に発信される。

3.11 ピニェラ大統領の就任式。アルゼンチン、ボリビア、ペルー、コロンビア、エクアドルの元首が列席。

7.12 マプチェ運動の受刑者が,①反テロ法適用の停止,②インディヘナ居住区に駐留する軍の撤退,③マプチェ族政治囚の釈放を求めてハンストを開始。

8.05 サン・ホセ銅鉱山で崩落事故が発生し,33名が生き埋めとなる。

8.22 サンホセの33名が坑道深くに生存していることが確認される。

8.24 ピニェラ大統領が実質的なオーナーであるテレビ局チレビシオンが米複合メディア企業タイム・ワーナー社へ売却される。

10.01 政府と一部のマプチェ族活動家の間で、反テロ法の適用停止などで合意。24名がハンストを終了,14名がハンストを継続。世論調査で,政治的弾圧反対は86%に達する。

10.13 サンホセ鉱山で、33名全員が無事に救出される。世界中から約2千人のプレスが集結し,救出作戦の模様が各国で生中継される。,ピニェラの支持率は63%に達する。

10.21 コンセルタシオン内部で進路をめぐる対立。PPDのトア委員長は共産党などとの対話を訴えるが、キリ民党は左傾化に反対する。

10.24 政府の教育制度改革案が提出される。①校長への解雇権付与、②高齢教師への退職勧奨、③入学試験の点数で教育学生の待遇を差別、④採用試験の点数で教師の待遇を差別、などひどいもの。

10月 ピニェラ(コロコロの実質オーナー)がサッカー協会会長選挙に干渉。チリ代表監督は抗議の辞任。大統領の支持率は前回より13%低下する。

12.08 サンチアゴ近郊のサンミゲル刑務所で囚人間の抗争から火災となる。死者は81名に上る。この刑務所は収容能力1100名に対し1924名を収容していた。

1990年

3.07 ピノチェト、最後の置き土産として改悪教育基本法(LOCE)を公布。公教育は国営から自治体の管理へ移行された。その結果、教育も市場原理に基づく学校ビジネスが基本となり、教育の質の低下を招いた。

 2006年 ペンギン革命 (Revolución de los pingüinos)

ウィキペディアに非常に詳しい解説あり。

3月 バチェレが大統領に就任。社会党政権が継続する。

4.24 新政権、大学共通入学試験(PSU)の受験料引き上げと、バス料金の学生割引の制限を発表。高校生(チリでは14歳から18歳まで)による闘争が高揚。

4.26 サンティアゴのメインストリートであるアラメダ通りで、政府提案に抗議する高校生のデモ。47人の高校生が警察に逮捕される。高校生の制服がペンギンに似ていることからペンギン革命と呼ばれるようになる。

5.01 高校生がデモに参加し、新政策に抗議する。全土で1,024人が警察に逮捕される。

5.10 内相が、「暴力は正しい手段ではなく、政府は警察の行動を支持する」と開き直る。

5.19 名門校のインスティトゥト・ナシオナルとリセオ・デ・アプリカチオンで、学生たちが学校を占拠し教育改革の改善を求める。その後数日のあいだに、スト/占拠は14校に拡大。

5.26 高校生調整会議(ACES)が「5.30全国ストライキ」を呼びかける。チリ大学学生連合(FECH)、全国教員組合などが支持表明。この日までに70校以上がスト入り。

5.30 79万人の学生が全国各地でデモ。この日までに全国で320の高校が占拠され、さらに100校以上がストライキに入る。73年クーデター後の最大の学生運動となる。

5.30 ジリッチ教育長官と学生リーダー23人が国立図書館で直接会談。図書館前に集まった学生に警官隊が催涙弾を発射。725人が逮捕され26人が負傷する。個人宅にいた見物人も逮捕され、報道関係者も特殊部隊に攻撃された。これらの映像は報道によって流された。

5.31 警察に対する非難が集中する。バチェレ大統領は「警察に治安の維持を期待しているが、昨日目撃したような出来事は到底受け入れることはできない」と非難する。サルディバル内相も、調査の開始と、特殊部隊の隊長と副隊長を含む10人の解雇を指示。

5.31 ACESがジリッチ教育長官の提案を拒否。6.05からの全国ゼネストの決行を宣言。

6.01 バチェレ大統領がテレビ演説。学生たちの要求を受け入れ、大統領諮問委員会を設置、新たな教育政策を検討すると述べる。

6.02 ジリッチ教育長官とACESの再度の直接交渉も物別れに終わる。

6.05 ACESが全国ゼネストを決行。高校生に加えて大学生、高校教師、トラック運転手、労働者の組合も連帯スト。警察は運動の拠点インスティトゥト・ナシオナルに対し、催涙ガスや放水で挑発攻撃。240人が拘留される。

6.07 全国で175の学校がストライキを終了し、平常状態に戻る。

6.07 バチェレ大統領が大統領諮問委員会のメンバーを発表。高校生の席は6つだった。

6.09 闘争委員会、大統領提案を受け、ストライキや学校の占拠を終了するよう呼びかける。

8.08 警察はサンチアゴの21の学校の生徒2千人のデモに対して催涙ガスと放水砲を使った。生徒は投石で対抗した。

8.23 2,000人の学生が改革の遅れに対する抗議デモ。一部学生が警官隊と衝突し200人以上が逮捕される。

12月10日 ピノチェト元大統領が入院していた陸軍病院にて心筋梗塞で死去。

チリ学生の改革要求運動の柱

3日間かけて、チリ学生の闘いの経過を見てきました。いくつかの感想を述べます。この闘いには三つの柱があるようです。

この三つは、たんなる事象の説明ではありません。実際に闘いの過程でいやおうなしに、団子三兄弟のように串刺しになって、出現してくるのです。

 

1.運動の基本は教育制度の抜本的改革

実は、チリの教育制度は軍事独裁政権の制定したものがそのまま続けられているのです。まずそのこと自体が大問題です。

ピノチェト将軍は、学生なんてみんな敵だと思っていましたし、インテリは嫌いです。それに教育などというものに金をかけるのも馬鹿らしいと思っていました。

民主化の声に圧倒されて、89年に退陣を余儀なくされるのですが、その直前にイタチの最後っ屁のように、教育基本法を改悪させました。

これにより、「公教育は国営から自治体の管理へ移行された。その結果、教育も市場原理に基づく学校ビジネスが基本となり、教育の質の低下を招いた」(ウィキペディア)のです。

こうして金のあるなしで差別される制度が出来上がったのですが、民主化の後も歴代の政権はこの制度に手をつけようとはしなかったのです。なぜなら新自由主義経済支持という点では、ピノチェト政権と同じだったからです。

これだけでもひどいのに、2010年から保守政権が発足すると、さっそく「教育改革」に手を伸ばしてきました。どこの国でも右翼は教育介入がお好きなようです。

政府の教育制度改革案は、①校長への解雇権付与、②高齢教師への退職勧奨、③入学試験の点数で教育学生の待遇を差別、④採用試験の点数で教師の待遇を差別、などひどいものです。

教育というのは経営主義的な発想に最もなじまない分野でしょう。だからこそ、彼らにとっては目障りでしょうがないのでしょう。だから学校を会社のように、経営の論理に従って運営したいということなのでしょう。

まさかこんな法案は通らないだろうと思ったら、それまでの与党も賛成して、あっさりと成立してしまいました。これが今年3月のことです。

 

2.より広くは、公正と平等を求める闘い

運動はこの国が一貫して進めてきた新自由主義経済システムの残忍さを告発し、公正と平等を求める闘いともなっています。それはウォール街乗っ取り行動とも通じるものがあります。

チリの教育予算は4%程度、ユネスコが目標として掲げるGDP比7%を大きく下回っています。チリはOECD加盟31カ国のうち、教育費の国民負担が最も高い国で、その割合は41.4%に達します。(ちなみに日本は34%で下から3番目で、これもひどい話)

大学生は高利の教育ローンを組むのが常識になっており、卒業時には、学生1人あたり平均で4万5千ドルの借金を抱えることになるようです。これで就職先がなければ、目も当てられません。

運動は、たとえば奨学金の返済金利の利下げとか大学受験料の割引などという慎ましやかな要求から始まりましたが、ただちに教育制度の抜本的改革と、教育予算の大幅な増額を求める闘いに発展しました。

あの国際通貨基金(IMF)でさえ、チリの財政状況を分析したうえで、チリ政府の財界本位の政策を批判しています。

「国民の諸要求の高まりに応えるためにも、企業が支払う税率を国際水準に引き上げ、企業に対する気前の良い優遇策や税制上の譲歩を減らすべきだ」

(おい、聞いているかい、野田さん!)

 

3.同時に、民主主義実現の闘いでもある

それは同時に、表現の自由を確保し、ピノチェト軍事独裁の残滓を最終的に取り除くための民主主義実現の闘いでもあります。

チリでは警察は軍隊です。人民連合の前からそうです。警察軍といいます。民主化以降も人事は基本的には変わったいません。独裁時代に人民弾圧に辣腕を振るった人間が、現在も幹部として残留しています。

だからデモ隊に対して情け容赦はありません。デモ隊が手を出さなければ、手を出すように仕向けてから弾圧に回ります。催涙弾の水平撃ちなどへっちゃらで、人が2,3人死んだくらいでは動揺しません。

デモ隊はこういう連中と向き合わなければなりません。そうして一歩一歩、彼らを政治的に追い詰めて行くほかありません。

学生が最初に機動隊と向き合ったのは5年前、06年4月のことでした。このときはバスの学割廃止に反対する高校生のデモで、高校生の制服がペンギンに似ていることからペンギンの反乱と呼ばれました。

(チリでは14から18歳まで中等学校に通うことになっている。日本の旧制中学に近いが、ここでは便宜上高校と呼んでおく)

そんなデモ隊に警察は襲い掛かり、50人ほどが逮捕されました。さらに数日後のメーデーでも高校生の集団が狙い撃ちされ、全国で1千人が逮捕されました。

これで全国の高校生は頭に来ました。1ヶ月のあいだに全国で320の高校が占拠され、さらに100校以上がストライキに入ったのです。

さすがに政府もうろたえました。5月の末には教育長官が高校生代表と直接会見を持つに至ります。これで要求が認められるかと期待する高校生が会場となった国立図書館周辺に集まりました。

その広場に機動隊が突入したのです。そして催涙弾を撃ちまくり725人を逮捕しました。このとき26人が負傷し、個人宅にいた見物人も逮捕され、報道関係者も特殊部隊に攻撃されました。これらの映像は報道によって流され、世間の憤激を呼びました。

バチェレ大統領は「警察に治安の維持を期待しているが、昨日目撃したような出来事は到底受け入れることはできない」と非難しました。それまで「警察 の行動を支持する」としてきたサルディバル内相も、調査の開始と、特殊部隊の隊長と副隊長を含む10人の解雇を発表せざるを得なくなります。

それまで世間の目を気にすることなどなかった警察も、ようやく時代が変わったことを実感せざるを得なくなりました。

それから5年たって、いわば戦闘再開です。デモの参加者の数も、封鎖行動も5年前よりさらに大規模になっています。6月30日には30万人のデモが行われました。とくに8月に入ると毎週のように5万から10万のデモが繰り広げられるようになります。

8月24日には労働組合センター(CUT)がゼネストを支持するなど、闘いは学生だけでなく労働運動と結合して展開されるようになりました。

これに対し、警察はふたたび牙を剥き出して襲い掛かりました。今度は少し巧妙になっています。エンカプチャドス(覆面をした若者)の部隊がいずこからともなく現れて、警察に対して投石、火炎瓶などで攻撃を仕掛けます。

そうすると報道陣もそちらに集まります。煙が漂い、炎が上がり、乱闘・流血ショーのほうがテレビ映りが良いからでしょう。報道陣がそちらに行っているあいだにデモ隊をやっつければよいわけです。

 

補 「二つの戦線での闘い」 という懐かしい言葉もあったね

三つの柱とは別に、学生運動であるがゆえに必然的なのですが、左右に揺れる路線の心棒をしっかり支え、挑発分子を排除し、統一と団結を守り抜く闘いもますます必要になっています。

全学連全国指導部8人のうち、委員長のカミラ・バジェホが共産党員であることは紹介しましたが、ほかは社会党系が1人で、あとは無党派ラジカルだと いうことです。バルパライソ大学の代表のインタビューによると、ゲバラだったりネグりだったりとさまざまですが、共産党嫌いでは共通しているようです。

人民連合の時代にもコンセプシオン大学を中心にMIRという跳ね上がり集団がいて、それが社会党の「左派」と結びついて、ずいぶんと、余分なことをやってくれました。

彼らの残党はいまだにミニ集団に分裂し抗争を繰り返しながらも生き延びていて、このノンセクトラジカルを取り込もうと策動しているようです。

 

総務省の労働力調査が発表された。
内容が豊富なので、少し整理しながら紹介する。

1.完全失業者
完全失業者の失業期間で見ると、1年以上が39%、2年以上が23%に達する。
これは過去最悪である。
とくに男性の長期失業が深刻で、2年以上の長期失業者が31%に達している。
つまりリーマン・ショックで失業した人の内、3割が現在まで失業し続けていることになる。

2.潜在失業者
潜在失業者とは「就職を希望しているものの、求職活動をしていない人」をさす。
就職をあきらめたら不完全だということになり、言葉としては変だ。まさに「完全無欠の」失業者であることに変わりない。

3.非正規雇用労働者
非正規雇用率(雇用者全体のなかの非正規労働者の割合)は35%、
特徴としては若年層、サービス業というところ。
25歳以下の若年層の47%が非正規で、ほぼ半分となっている。
業種別では飲食サービス業の70%が非正規となっている。

若者の半分が非正規という社会は明らかに異常だ。そう思わない人間はもっと異常だ。非正規雇用を推進する人間はほとんどXXだ。

たしかに給料が同じなら、円高によりドル換算での収入は増えている計算になる。生産性が向上しない中で賃金だけが上がれば、それは「コスト」として跳ね返ってくる。年金受給額についても同じことが言えるが、これはもともとの額があまりに少ないので、減額にしても効果は少ないだろう。むしろ限界額に近い年金がさらに減ると、需要の減少に直接跳ね返る危険が高い。
大企業の共済や高級公務員の年金加算については考慮の余地はあるかもしれない。

最大の問題は、非正規雇用が5割のままでは、医療保険も、介護保険も年金もいずれ破綻するということだ。後世に悔いを残すことになる。


本日の赤旗によると、労働者派遣法改定案から「登録型・製造業覇権の原則禁止規定」を削除することが決まったそうだ。
民主党政権が提出しようとしていた改定案には上記規定が盛り込まれていたが、自民・公明が難色を示していたようだ。
そして今回、民主はそれに妥協してこの条項を削除することにした、というのが経過のようである。
志位さんの見解は大変正しいものである。要点は以下の通り。

リーマン・ショック後、派遣切りという社会的災害が起こり、大きな怒りの中で"構造改革ノー"の審判が下ったのが、二年前の政権交代だった。

派遣労働の規制緩和は、06年度の米側「イニシアチブ」に明記されており、アメリカの圧力という側面を持っている。したがってTPPと無関係ではない。

チリ学生運動のジャンヌ・ダーク

オハイオに続いて、日本ではあまり報道されないチリ学生運動の紹介。

最初はやわらかく、美人女性リーダーの話。

http://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/1/5/159ca420.jpg

カミラ・バジェホは芳紀23歳、ご覧のとおりの顔立ちである。我々の年だとどうしても鼻ピアスが気になってしまうが…

彼女は5年前から共産主義青年同盟の活動家だ。チリ大学で地理学のマスターズ・コースをとっている。

チリ大学といえば名門国立大学で、日本でいえば東大にあたる。70年ころの話だが、これに対して京大にあたるのがコンセプシオン大学、チリ工科大学、早稲田にあたるのがマガリャンエス(マゼラン)大学だった。いまは再編が進んだらしく、さっぱり分からない。

彼女はチリ全学連の委員長である。女性の委員長は全学連の105年の歴史上二人目だ。

チリの学生はピネーラ保守政権に対してこの3ヶ月間、不屈の闘争を続けてきた。彼女は闘いの先頭に立ち、そのシンボルとなっている。

カミラが演説する。そして何十万もの高校生や大学生が街頭に出てデモ行進する。その隊列には教師、教授、労働組合員も加わる。

先週、カミラは「空鍋叩き」(cacerolazo)を呼びかけた。首都サンチアゴやその他の町での空鍋の騒音たるやすさまじいものだった。

カミラは死の脅迫を受けている。先週の木曜日、一人の阿呆がツィッターに自宅の住所と電話番号を掲示したからだ。

彼女の家族は政府に保護を求めた。しかし昨日(月曜日)、ピネラ政権の内務相ロドリゴ・ウビラは「政府は彼女の安全を保証することは出来ない」と言い放った。

カミラは現在、市内を転々としながら活動を続けている。


もうひとつ別の記事

http://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/4/f/4f643660.jpg

カミラの言葉は、衒いなく直截である。彼女は外国のプレスに応えてこう語る。

「今日、共産主義の思想は現実的な意義を持っている。なぜなら共産主義は人民の覚醒というコンテキストにおいて展開されているからだ」

彼女が指導する学生運動は、この6ヶ月間、教育の構造改革を要求し、闘い続けてきた。

「チリでの不平等は、もはや一日たりとも続けることは出来ない。それは持続不可能だ。なぜなら人民がそれに耐えられないからだ。

…人民の意識を高める必要がある。それだけでなしに、何が不平等を引き起こすかについて分析し、闘う部隊を組織していかなければならない。

それこそは我々が、共産主義者としての歴史を通して提案してきたものである。

もし、“ほかならぬ今、あなたにとって共産主義者であることがどんな意味を持つのか?”と問われるのなら、私はこう答える。

“私は、ほかならぬ今、共産主義者であることを、大変誇りにしている” (どうだい、言ってみろよ、このせりふ!)

カミラは自らの指導する学生運動の状況に関して、以下の点を強調した。

「現下の状況に対しては、我々は極めて厳しい状況にあると認識している。動員を繰り返す間に、みんなの神経はすり減らされてきてる。しかし我々は抵抗を続け、困難を乗り越えていかなければならないだろう」



「税率高いと企業つぶれる?」という疑問に対して、赤旗がうまく答えている。

法人税は企業の利益に課せられる税金です。
企業の利益は法人税を差し引いた後は、主に内部留保と配当に配分されます。
つまり、法人税が増えると減るのは、企業の内部留保と株主の配当なのです。

利益がない場合、赤字の場合には法人税はかかりません。

ただし、外形標準課税や法人住民税は赤字でも課税されます。

つまり、法人税が減ると増えるのは、利益ではなく内部留保と株主配当なのである。

「税率が高いと賃金が減る?」
これは17日の一口メモ

法人税は利益にかかる税金です。賃金が増えれば利益は圧縮されますが、利益が減れば法人税は減額されます。

逆に言うと法人税が高いということは利益が多いということですから、本当はもっと賃金を支払うべきなのです。それを口実にして賃金を下げるのは「白黒逆だ」ということになります。


11年第3四半期のGDPが発表された。
10年第3四半期以来のプラス成長だ。ただ第2四半期の数字が、東北の数字が算入されていないなどの事情があり、数字そのものにはあまり意味はない。
そこそこの数字が出たのは日本経済の底力というべきか。当初、年間マイナス7、8%と予想したが、読みを間違えたようだ。
しかし、GDPでは震災で失われたものの深刻さは表現されないことも分かった。国民総資産の減少が、GDPには反映されないということだ。

ところで、企業の内部留保や富裕層の所得増大という傾向を乗り越えて、国民総資産の減少があるはずだ。ではそれがどの指標に表現されるのか、私にはどうも国民総資産の減少が雇用統計のほうに表れるのではないかという気がする。
経済学者の方の検討をお願いしたいところである。

これだけ"occupy"運動が拡大すると、訳語が欲しくなる。
お散歩英語」というページを見ると、以下のように説明されている。

”占有する,占める”という意味の英単語で、
語源はラテン語の ”oc(の方へ、上に),capere(つかむ,取る)”。
”空間や時間をがばっと取ってしまう”ってイメージでしょうか、
そこに他のものが入る余地があまりない感じ?
占有する,占領する という訳からも想像出来るように
、 本来自分のものではないこと、或いは一時的なことに対して
使われることが多いようです。

上述の説明からは、"乗っ取る"という言葉が一番近いようです。
be occupied という言葉も、自分自身が乗っ取られるという感じだとぴったり来るようです。


オハイオ教育協会のホームページが、闘いの内容を詳しく伝えている。訴えの力点は、「これは予算の問題ではない。オハイオ州民の権利に対する攻撃な のだ」という点にあった。

そして攻撃の対象となっている“公務員”が公務員一般ではなく、まして高級官僚や月給泥棒でもないこと。地域でともに暮らす「普通の人」(ミドル・クラス)であると同時に、現場の教師であり、消防士であり、看護婦であり、巡査であり、公共生活の担い手であり守り手である、という当たり前の事実を前面に押し出したことである。

そして、公務員法は「普通の人」の権利を侵害するものであり、公務員法を廃止する闘いは「普通の人」の権利を守る闘いなのだと訴えることで、「普通の人」支持を獲得したことだった。

闘いにこれといった秘訣はない。主戦場は州民投票(イシュー2)ではなく、州民投票を要求する署名行動だった。ボランティアが総がかりで戸別訪問を繰り広げ、130万の署名を集めた。1100万の人口の1割以上に署名させたのである。

署名行動は選挙と同じ位置づけで行われた。カンパも選挙並みに集められ、事務所が設置され、テレビでのスポット宣伝も有効に行われた。このCMは教職者協会のホームページで見ることが出来るが、きわめて印象的なものである。

これでもう州民投票は勝ったようなものだった。

1321284174

Pat Frost-Brooks, right, president of the Ohio Education Association, hugs Sue Taylor, of the Ohio Federation of Teachers, after Issue 2 was defeated handily Tuesday, Nov. 8, 2011. The two were at a We Are Ohio victory party at the Hyatt in Columbus.

3月にティーパーティ派知事が制定し、11月の州民投票で廃止されたオハイオ州公務員法の要点を紹介する。橋下前知事のやろうとしている中身と瓜二つである。

http://www.cleveland.com/politics/index.ssf/2011/11/issue_2_early_ohio_election_re.html

Here's what Senate Bill 5 does:

①団交権の否定

オハイオ州におけるおよそ36万人の公務員の団体交渉権を制限する。

それまでの労働組合法(団体交渉法)は、労働者に賃金、労働時間、労働条件などの広範な問題について交渉する権利を与えている。そして更新期限を迎えて雇用者側が変更を望む事項があれば、団体交渉で確認されなければならなかった。

SB 5の下で、労働者は以前の労働条件を変更するに当たって団体交渉する権利をもはや持たない。

たとえば医療保険の変更などは、これまで交渉の主要な議題だったが、もはや交渉にかけられることはない。

主要でないいくつかの話題は 経営陣が同意する場合だけ交渉の対象とすることが出来る。

②「管理権」の絶対化

「管理権」として知られるこれらの主張は、 従業員の資質(employee qualifications)を決定する権利、始業・終業時間、仕事の割り当て、昇進規則などをふくんでいる。

③スト権の否定

公務員がストライキをすることを禁止する。

④労使仲裁システムの拒否

労使の仲裁システムは排除される。労働組合と管理側の対立が行き詰まりに陥ったとき、第三者が介入して調停案を課すことは拒否される。

これに代わり行政体、たとえば市議会が、労組との契約における「最後の声」となる。

⑤非組合員からの協力金徴収禁止

「公平な割当料金」(Fair share fees)を排除する。「公平な割当料金」は組合に加入しないことを選択した労働者からも、組合の貢献に対して負担金を求める制度で、これまでは、雇用の条件として労使協定にふくむことが可能だった。

⑥休暇制限と、未消化休暇の買取

個人休暇(3日)、有給休暇(12日)が頭打ちとなった。使わなかった病気欠勤やバカンス休暇を退職時に清算することが可能になった。

⑦年功賃金制度から歩合制へ

年功に基づく自動的な賃上げは廃止され、歩合給システムを確立する。

労働者が解雇される時、年功を"考慮すべき唯一の要因"とすることは禁止される。

⑧医療、年金の自己負担拡大

公務員に要求する。医療コストの少なくとも15パーセントを払うこと、給料の少なくとも10パーセントを年金の掛け金として支払うこと。



自由貿易と雇用とはトレードオフ(取引)してはならない

これは、第二次大戦の惨禍を潜り抜けた世界の人々が、平和と繁栄のための最大の教訓として導き出したものだ。
国際貿易機構は自由貿易の推進を原則として、ブロック経済の再現を拒否するとともに、これと対にして、雇用の保証を自由貿易の前提とした。

雇用を失うような貿易は自由貿易ではない。それは倒産の自由、失業の自由、飢餓の自由をもたらすのみである。

2,3%の関税引き下げの恩恵に浴するために、多くの国民から雇用を奪うような政策は愚の骨頂であるばかりでなく、自由貿易の原則に反する行いである。

(55)南 (Sur)

HP: この曲に関しては、伴奏が良いだけガルデルよりリベロのほうが良いと思います。もう少し伸びやかに歌ってくれればと思うのですが。

と書いてありますが、この曲ができたのは48年、すでにガルデルは生きていません。何を勘違いしたのか。

sur- julio sosa (tango)

というわけで、この音源が標準版です。クレジットにはないが、オルケスタも上等です。リベロよりこちらのほうが良いです。

Valeria Lynch, Sur - Grandes Valores del Tango 1989 -

初めて画像を見たのですが、若いんですね。ど派手な衣装ですが、歌はまともで、リズム感のよいのが好感が持てます。テレビのエアチェックで音程が少しずれますが、きちんと準備して吹き込んだら、もっと良いでしょう。

Tango sur - goyeneche y troilo - corto

作曲者トロイロの自演版で、歌手はゴジェネチェ。ゴジェネチェが好きかどうかで決まるでしょう。

Edmundo Rivero Tango Sur Argentinisima 2

これで御三家そろい踏みです。リベロはテレビ出演時のエアチェックもうpされていますが、声の衰えがひどい。

Nelly Omar - SUR

英語で歌詞が出てくるのがありがたい。演奏は「老醜」というほかない。


(56)リノの花 (Flor de Lino)

エクトル・スタンポーニのピアノ独奏です。シンプルなワルツですが美しいです。タンゴというより上流階級のサロンの音楽のように聞こえます。当然ブエノスアイレスにもそういうサロンはあったのでしょう。

Hector Stampone - Flor de Lino

これがスタンポーネの演奏。しかしこの音源だったかな? 彼の作曲だから他にもバージョンがあると思うが…

Flor de Lino - Hector Stamponi

と思ったら、やっぱりありました。こちらが独奏です。しかしもう少しうまい人が弾いてくれないかな。

Flor De Lino

とおもったら、パブロ・ジーグラーの演奏があった。しかしこれはジャズっぽいムード音楽仕立てで、ワルツの香りは消し去られている。これはこれでいいのだろうが…

FLOR DE LINO - TROILO Y FLOREAL RUIZ

トロイロの演奏だが、音はかなり貧弱だ。

Miguel Caló - Raúl Iriarte - Flor de lino

これも音は古いが、雰囲気は出ている。タンゴの楽団がワルツを演奏するのは結構難しいのだろうか。

Flor de lino - Caracol

こんなにドラマチックに歌わないでほしい。Esteban Morgadoのギターはさすがだ。

Flor de Lino - Paola Iazzetta y Pepe Ferrer.mpg

いろいろな人が歌っているが、どれも物足りない。これは素人の歌なのだろうか、意外にこれが一番良いみたいだ。

Flor de lino.- Graciela Figari

前にもあげたグラシェラ・フィガーリで、とても良い演奏だが、音がひどすぎる。この人日本で呼んでくれないだろうか。

笠井議員の予算委員会質問。中身はよいのだが、質問の技術が未熟なのか、良い答弁を引き出せない。すれ違い答弁を許してしまうのが惜しい。
質問の中で、一つ勉強になった。

だいたいこの消費期限とありますが、これだって元々は「製造年月日」とあったわけですよね。

たしかに言われてみるとそうだったなぁ…

それがアメリカの要求で94年に廃止されました。

ほぉ、そうだったのか…

当時のアメリカの議論は、製造年月日表示ではアメリカから日本に輸出する食品のほうが輸送機関が長い、そうすると日本の店頭で並べられたときに比べられて、アメリカが作ったのが古いね、だから新しいのを買おうということで、売れ行きに影響が出てアメリカに不利になるという要求があって、それが消費期限、賞味期限表示にされてしまったわけであります。

すいません。台所の話にはとんと疎くて、そういうことだったんですか。勉強になりました。

しかしさすがに気になって、ウィキペディアを見たが、そのようなくだりは一切ない。外圧だという話はたくさんあるが、その根拠は明示されていない(もちろんあるのだろうが)。

夢も枯れ野をかけめぐるというブログにはこんなことが書いてあった。

アメリカの「賞味期限」

スーパーでお買い物をするときには賞味期限を気にしながら買っていますが、アメリカの卵や豆腐や牛乳の賞味期限は軽く1ヶ月くらいあるのですごいと感心してしまいます。

アメリカでは賞味期限というのは目安に過ぎず、いつまで食べられるのかは消費者の自己責任で判断することが求められています。アメリカ産牛肉の輸入 禁止措置をみればわかるように、日本ではお上が国民を守ってくれますが、アメリカでは国(や州)がそこまで面倒をみてくれるわけではないようです。

小林 勇さんは次のように主張しています。説得力のある意見です

「賞味期限」は鮮度と味覚という安全性より一段高いレベルの要求である。味覚は個別的嗜好を考えたら、極めて曖昧な表示基準である。特に消費期限と混乱する。「消費期限」は鮮度問題で、安全性と密接な関係にある。細菌検査(生菌数105個/g、大腸菌群陰性)で科学的に検証できる。

④「賞味期限」をなくし「製造年月日」と「消費期限」だけにする

 ③の理由から、曖昧な「賞味期限」をなくし、消費者にわかり易い「何時作って、何時まで食べられるか」の表示、「製造年月日」と「消費期限」に統一すべきである。表示には科学的安全性実証の裏づけをすべきである。



Ohio Labor Movement Defeats Anti-Union Bill and Its Wealthy Supporters

by: Mike Ludwig, Truthout | Report

オハイオの労働運動は今日はお祝いだ。有権者が火曜日に共和党のジョンKasich知事に大掛かりの一撃を加えたからだ。Kasichは元リーマン・ブラザーズ社員で、フォックス・ニュース・パーソナリティという経歴を持つ。2010の共和党の地すべり勝利において選ばれた。

州の有権者はKasichが昨年提案した 反・団体交渉法を廃止することを圧倒的な差で票決した。Senate Bill 5 (SB 5)と呼ばれるこの州法は、61%対38%の大差で無効とされた。

SB 5は、オハイオの350,000人以上の公務員のための集団的交渉権を制限した。一部の労働者の医療費と年金コストを上げた。SB 5は一回の投票によって3月にオハイオ議会を通過した。10,000人の労働者ボランティアは、SB5をオハイオ法によって認められた州民投票にかけるために、ただちに動き始めた。

ボランティアは、6月までに先例のない130万の州民投票要請署名を集めた。巨大なボランティアの努力は、 労働組合の作戦を特徴づけるようになった。それは重要な振動州(key swing state)で草の根の労働運動を生き返らせた。

SB 5に関する州民投票は、より広い視野からはKasich知事に対する不信任投票とみなされた。

Kasichは言った。SB 5は行政当局が厳しい経済の時にお金を節約するのを援助すると。しかしウィスコンシン州マディソンで、そして他のswing statesで、抗議が荒れ狂った。SB 5は共和党の戦場州(battleground states)における公務員と団結に対するより幅広い攻撃を反映している。

彼らの選挙運動費はおよそ4000万ドルに及んだ。それは2010年の知事選に費やされた費用に匹敵する。キャンペーンは労働組合と中産階級の支持者から資金を集めた。それによって企業の秘密献金、富裕層、州外の利害関係者からの資金に対抗した。

労働者の結集体「We Are Ohio」は彼らの財源の全てを報道して、3000万ドルを集めた。その大部分はオハイオの労働組合と公立学校の教師グループからのものだった。

共和党にリンクされたグループはSB5を擁護する立場から「Building a Better Ohio」を結成した。金を集める非営利的な会社をセットして、彼らの財政を明らかにすることを避けた。しかし最近のTruthoutの調査により共和党の資金繰り計画が明らかになった。

「Building a Better Ohio」を結成するに当たりKasich知事は「Make Ohio Great」から支持を受けた。「Make Ohio Great」は共和党知事会 (RGA) のフロント組織である。この組織はKasichの2010年の選挙を支持することに1100万ドルを費やした。

Make Ohio Greatは、Better Ohioに与えたお金の量を現さなかった。SB5を守る宣伝に費やした費用も明らかにしなかった。しかし2010年の記録を見ると明らかだ。RGAは資金をmiddle-manを介して提供している。出所は民間の健康管理会社、コカ・コーラやウォルマートなどの企業だ。それは州外からの資金で、ひそかにKasich陣営に渡されている。

Make Ohio Greatは100万ドル以上を使って、Kasichを支持するテレビ広告を行った。莫大な州外資金がBuilding a Better Ohioの財源を形成した。

Building a Better Ohio は10月の遅くにその貢献者の名前を現した。しかし寄付額は明らかになっていない。

SB5支持のキャンペーンは、Make Ohio Greatを通じたオハイオ州の富裕層、大企業、オハイオ商工会議所とRGAの金で支えられた。

結局は、SB5支持のキャンペーンは廃止運動の勢いに拮抗することに失敗した。廃止運動への支持があまりにも巨大だったからである。

それは疲れを知らない何千ものボランティアの支援と中流階級の財政支援を受けた。彼らは、オハイオ州の警察官、消防士、教師の集団の声を無視しようとする態度を拒否したのである。


橋下らは日本版ティーパーティであることが分かる。大企業の手先であり、その中の野蛮な役割集団である。

この集団に対してどう戦えば勝利できるのか、オハイオの経験は教訓的である。彼らが何を言っているのではなく、彼らが何なのかを明らかにして闘うことが重要である。



90年代からの20年間、ラテンアメリカは大きく左へ舵を切った。
そのきっかけとなったのは、ひとつはベネズエラのチャベスによる革命であり、ひとつはルーラによるブラジルの民主化だった。
しかしそれはラテンアメリカの左翼化の二つの極でもあった。この二つの傾向の「正統性」をめぐる争いは今でも続いている。
便宜的に、それを原理派と柔軟派と呼んでおく。
ルーラの柔軟主義は一時期ずいぶん批判を浴びた。考えて見るとルーラ政権は革新的な政策は何も行っていない。むしろここの経済政策を見ればネオリベラリズムそのものである。にもかかわらず、ラテンアメリカの経済自立路線を貫くことで、ベネズエラを先頭とする原理派政権を支え続けた。
もしルーラ政権がなければチャベス政権もキルチネル政権も継続不可能だったのではないか、と思われる。
どちらが正しいとはいえない。ルーラがベネズエラで闘えばチャベス路線をとったのかもしれない。

前置きが長くなったが、どの国でも革命路線をめぐってチャベス路線(革命路線)とル-ラ路線(改革路線)は必ず並存する。
しかし改革路線のほうが難しい。「ミイラ取りがミイラになる」からである。「虎穴に入らずんば虎児を得ず」とも言うし、その辺の兼ね合いは難しい。
ここを乗り切る保障は「大衆路線」である。最近の言葉で言えば「現場主義」である。もうひとつは党内民主主義だ。
フィードバックがしっかりしていれば誤りを恐れる必要はない。修正をかければよいのだ。

この問題を考える上で、サンディニスタの96年の分裂はきわめて参考になる。

インテリ・文化人の多くはこのとき党を離れた。そしてレノバシオニスタを形成した。この分裂を多くの文化人が憂慮した。チョムスキーが調停に乗り出したこともある。どうもみんなニカラグアのことになると第三者ではいられないらしい。

多くの文化人を失ったサンディニスタは、しかしそれ以上に多くの民衆を獲得した。分裂は直接には民主主義的手続きの問題をめぐって発生しており、路線の問題ではないように見える。

しかし底流には明らかにルーラ路線かチャベス路線かという問題があり、この問題は避けて通るわけにはいかないのである。

4. 国際的な反応

エルサルバドルのマウリシオ・フネス(Mauricio Funes)大統領は、ニカラグアとダニエル・オルテガ大統領の当選を祝った。

与党ファラブンド・マルティ民族解放戦線 (FMLN) もサンディニスタ民族解放戦線 (FSLN) を祝福した。「ニカラグアでの勝利は、我々の勝利である 。そして中米とラテンアメリカの勝利でもある」

FMLN国際部長のニディア・ディアスは、「選挙が示したものは、貧しい大衆の立場に立った、社会正義と民主主義の立場に立った変革の過程を、人民が受け入れ活力を与えているということだ」

(またもや懐かしい名前。しかしこの間はキューバのグランマ紙のボリビア特派員だったはずだが…)

キューバのラウル・カストロ大統領も、オルテガ大統領を祝福した。そして「長年の友情関係と、2つの姉妹諸国としての協力を続ける」と誓った。

ベネズエラのウーゴ・チャベス大統領は、オルテガの再選を「アメリカ大陸人民の統合プロジェクトが強化されたことの証」として歓迎した。

チャベスは、「この勝利はわれらの地域の尊厳と主権という将来への希望をさらに強化した」と語った。

他方アメリカ合衆国は、選挙不規則性を報道することでニカラグアへの懸念を表明した。共和党極右の女性議員Ileana Ros-Lehtinen(下院外交問題委員会の議長)は、選挙管理委員会がオルテガの出馬を容認した選挙は「まったくの茶番劇だ」と評した。

3. サンディニスタは、勝利を祝う

ダニエル・オルテガ大統領は、「全てのニカラグアの家族」とともに地すべり選挙勝利を祝おうと発表した。

何千ものサンディニスタ支持者は投票が日曜日に閉まった時からもうお祭りを開始した。そしてその夜遅くに第1回目の開票速報が発表されるまでそれは続いた。

ファーストレディーで政府広報長官のロサリオ・ムリージョが語った。

「ニカラグアは、愛、平和と生命の祝賀を送った。永遠の青春期を祝おう。我々は生まれ変わったのだ。このニカラグアは、今日、すでにもう一つのニカラグアである。巨大な精神、寛容、良識の発展が平和的な革命で達成された。ここニカラグアで私たちはすべて参加者である。私たちみんなが調和して我々の生活を改善するために働こうではないか」

 

選挙の直前、最後のミサでミゲル・オバンド枢機卿は、「キリストは、完全に報いる」と述べ、ダニエル・オルテガ大統領の仕事をたたえた。そして、貧しい者の立場に立った過去5年の間の政府の仕事を賞賛した。この発言はまったくの驚きだった。オバンドは96年の選挙前のミサでは、“自分を救ってくれた男を殺した蛇”の寓話を説いたのである。それは明らかにオルテガを蛇に例えたものであった。

しかし、オルテガの現在の任期に、オバンドは「平和と和解委員会」を一緒になって推進した。そして土地分与、住宅建設では政府と密接な関係をとりながら活動し、住宅用資材の供給をサンディニスタ、コントラの元兵士に分け隔てなく提供した。

 

2.選挙結果をどう見るか

世論調査会社 ”M&R Consultores”のラウル・オブレゴン会長は、オルテガの高い支持率に驚かないと語った。「変化は一日や二日のあいだに来たものではない。すでに2007年に、オルテガの支持率は52%に上がっている。それは人々のあいだに“希望”という言葉で表されるような感情をもたらしたからだ。それは8ヵ月にわたって下がり続け、30%ちょっとの妥当な水準まで低下した」

「しかし、2009年9月になると、我々は支持率の変化が現れてきているのを発見した。人々の態度が徐々に変わり始めたのだ。人々は政府とサンディニスタ党員がどんな非常事態においてでも、その正面に向き合っていることに気が付いた。たとえば最近の水害でもそうだ。彼らはゴム長と黄色のレインコートを身につけ、人々が救いを求めている所ならどこへでも出かけた。そうやって、野党が無視しているあいだに無党派の人々はサンディニスタのほうへ向きを変えたのだ。

政府の社会経済プログラムは多くの有権者にとって決定的要因だった。10人中4人は「屋根計画」が一番のお気に入りだという。その次に人気の政策は「ゼロ高利貸し計画」だ。

彼はこう付け加えた。

「これらのプログラムが有効だったのは、資産とか家とかのようなものを持ちたいという有権者の“やる気”に訴えたことであった」

そして最後に、彼は述べた。

この国の独立した有権者は、「1980年代の幽霊」の後遺症から完全に立ち直った。戦争、徴兵、配給、欠乏その他もろもろだ。それらすべてのものは、脳裏から消失した。

 

アルトゥーロ・クルスは、最近のCID-ギャラップ調査の結果に注目している。調査対象者の63%が、「この国は正しい道を歩いている」と回答しているのだ。この数字は今度の選挙の結果とぴったり一致している。

「ニカラグアでこの5年で生じたことは、一種の選挙の再編成である」 これが彼の結論である。

(クルスはサンディニスタを支持する経済人の一人だったが、84年に国連大使を辞し、反サンディニスタの大統領候補として動いた経歴を持つ。いまはどこかの大学教授を勤めているようだ)

 

http://livedoor.4.blogimg.jp/shosuzki/imgs/9/4/94f6e7f3.gif

Nicaragua Election News Bulletin (November 8, 2011)

そろそろラテンアメリカについてもコメントしておかないと、「ラテンアメリカ研究者」の名がすたる。大慌てで、1本翻訳した。25年前、ニカラグアに夢中だったころの懐かしい名前がたくさん出てくる。

1. 選挙結果

 ニカラグア最高選挙委員会(CSE)は、大統領選挙の結果を公表した。サンディニスタ党(FSLN)とその大統領候補ダニエル・オルテガは、投票の62.65%を獲得。独立自由党同盟(PLI)は30.96%、憲法自由党(PLC)が6.02%だった。投票率が75%と80%の間だった。

全ての当選候補の任期は、2012年1月1日に開始する。リバスは発表の後、オルテガ大統領の勝利を祝福した。

リバスはまた、PLI同盟支持者によって若干の地区で暴行が行われたことに憂慮の念を表した。また非公認の「監視団」によって出される不正手段の主張を退けた。またラ・プレンサ紙がしばしばデマ記事を報道したことを、国の民主主義の発展に対する障害だと非難した。

リリースされる結果に基づいて、El Nuevo Diario紙は国会議員数を推計した。サンディニスタ党は60議席、PLIが24、PLCが6議席となった。サンディニスタは最重要法案の成立に必要な2/3を確保する可能性が強まった。

議員に就任するサンディニスタの幹部はルネ・ヌニェス、トマス・ボルヘ、アルバ・パラシオス、ブルックリン・リヴェラ、ワルマロ・グティエレス、グスタボ・ポラス、アグスティン・ハルキン、グラディス・バエスらである。

ブルックリン・リヴェラはあのなつかしのMISURASATAのリベラである。彼は06年にサンディニスタとの関係を回復して、その幹部となっている。いっぽうPLIからは元サンディニスタ政府の外務次官ティノコが当選した。ついでながらメヒア・ゴドイもこの流れに与している)

投票日翌日、 PLI同盟のガデア候補は「選挙結果を受け入れることは出来ない。なぜなら選挙管理委員会は人民の意志を反映させようとしないからだ。自由に政府を選ぶというニカラグア人の権利は侵害された。私たちはこの巨大な不正を認めない」

第三位のアレマン候補は「ニカラグアに独裁政権が打ち立てられようとしている。私たちはそれを許すことは出来ない」と語る。反政府派の市民団体(その多くは米国の「民主主義促進」プログラムの資金提供を受けている)は、選挙を非難する声明を発表した。

米州機構は選挙に成功したニカラグア人を祝福した。とくに「緊張と暴力行為についての一定の憂慮が存在したにもかかわらず、ニカラグア国民の成熟と平和に対する才能は、総選挙に平和的性格を与えることに成功した。ニカラグアでは昨日、民主主義と平和が一歩進んだ」と評価する。

OASが派遣した監視団のアルベルト・ラミレス(パラグアイ選管議長)は、選挙プロセスが明らかにポジティブに進んだという。「投票プロセスにおける機敏さ、平穏で平和な機能の有効な発揮」が見られたと発言。反対派によって主張される不規則性については、彼のグループのメンバーはそのような証拠を見いださなかったと語った。

 

この2日間、NHKは国営放送化している。
TPP推進派を総動員してキャンペーンを繰り広げている。
原発のときにあれほど叩かれながら、まだ懲りていない。
しかし、推進派の理論家に語らせれば、それだけTPPの無意味さが浮かび上がってくるから困ったものだ。
とにかくメリットが説明できない。農業だけではないのだが、少なくとも農業は壊滅するという事実を直視しようとしない。
たしかに生き延びる部門も多少あるとは思うが、そんなことを言っているのではない。いま働いている人の生首が切られて血が出るんじゃないですか?、という話なので、質問を逸らしてはいけない。
だから、それだけの犠牲を払ってでも参加するメリットを、数字で示してもらわなければ、首切られる人は納得しないんじゃないですか。
…などということを、これだけ聞かされているうちに誰でも考えるようになるだろう。
ことが医療の話になると、推進派の理論家は途端にうろたえる。質問する人の眼が意外に真剣だからだ。
ごまかした答弁は出来ないのだが、所詮は素人だからごまかすしかない。

ほんとうは「メリットなんかあるわけないじゃん、日米同盟のために我慢するしかないんだよ」と叫びたくなる気持ち、よく分かります。

やはり原発の影響が大きい。素人は専門家を信用しなくなっている。聞き手のアナウンサーが、口にこそ出さないが、「あなたどうしてこんなところに出てきたんですか」という雰囲気を漂わせると、もはや笑いをこらえることが出来なくなる。
「こいつら、あの東大教授たちと同じ穴の狢だな」ということで、学者としての評判は地に落ちる。


この間、テレビでは「最後の推進派の砦」として自動車工業会が発言する場面が目立つ。
しかしTPPが実施されて、たとえば北海道の農業が壊滅したとして、それが自動車の売り上げにどのくらいマイナス効果を与えるのか、計算した後がない。
交渉ごとだから、プラスもあればマイナスもある。関税が若干下がったとしてそれで果たしてかつてのような集中豪雨型の輸出が出来るのか? たぶん出来ないだろう。
もし出来たとしたらますますドルが溜まって、その結果円が上がるだけだ。
どう考えても、自動車会社にとって得な取引ではないはずだが…

こういうのを勝手読みという。儲かる夢だけ見て、損する夢を見ようとしない。経営者にとって最悪の手法である。

11月4日の記事で、占拠運動の最初の成果として、ラピッドカード手数料徴収計画の撤回をあげたが、オハイオ州の住民投票はケタが違う。真っ向からの力勝負でティーパーティに勝利した大闘争だ。

この住民投票は、改悪された公務員法に対し、法律の廃止をもとめたもの。

対象となった法律は、去年の選挙で当選したティーパーティ派の知事が、公務員の団体交渉権を剥奪し、その上で医療保険給付や年金の引き下げを図ろうと提案したもの。この提案は州議会の賛成を経て、今年3月に成立した。

公務員組合は、労働者の基本的権利の剥奪だとして糾弾するとともに、以下のように訴えた。

①富裕層に富が集中する一方で、中間層の所得が停滞している。この中で公務員の権利を奪い生活を脅かすことは、中間層全体の活力をさらにそぐ結果となる。
②公務員の地位が不安定になれば、地域社会にも悪影響をもたらす。

なかなか一般市民には飲み込みにくい論理だが、この論点で、住民投票を求める署名を開始した。

オハイオ州はエリー湖に面し、クリーブランドを抱える大きな州、人口も1千万人を越える。北海道と東北を合わせた規模だ。ここで署名運動は130万人を結集することに成功した。

そして8日の住民投票では60%を越える支持を獲得し、改悪法を廃案に追い込んだ。

すさまじい底力だと思う。そしてティーパーティの躍進は一過性のものに過ぎなかったことが分かる。そしてウォールストリートの占拠運動が、いかにアメリカ国民の琴線に触れつつあるかが実感される。

この闘いから、私たちは多くのものを学び取る必要があるようだ。とくにスローガンの件では、赤旗報道ではいまひとつ不分明だ。フォローを期待したい。

タンゴ名曲百選 その27でハイチの音楽にちょっと触れたが、その後なんとなく気になっていた。最初はブークマン・エクスペリアンス(Boukman Eksperyans)と書いたが、やはり違う。もう20年も前の記憶だからあやふやだったが、ブークマンは割とメッセージ性の強いシングアウトっぽい音作りだった。

とはいうものの、他のグループの名前が出てこない。そこで苦し紛れにブークマンと書いたが、のど元に骨の引っかかる感じが取れない。

そこで本日は少しグーグルとyoutubeで、思い出し作業を行った。案外簡単に名前が出てきた。日本語のウィキペディアでハイチ音楽と引いたら、ブークマン・エクスペリアンスと並ぶ80年代後半のルーツ・ミュージック運動の代表だったブーカンギネ(BOUKAN GINEN)である。私の記憶ではもうひとつララ・マシーンというグループがあったと思うが、こちらは検索には引っかかってこない。

聞き比べてもらえば分かるが、ブークマンは基本的にはメレンゲである。これに対してブーカン・ギネは何といったら分からないが、とても複雑でとっつきが悪い。基本的には4拍子なのだが、一拍が三連符でなので掛け算すると12分の4拍子なのだ。しかも三連符といってもひとつの音符が二分割されている。だから4拍子の1小節のなかに音符が24個あることになる。

メレンゲも大変忙しい音楽だが、音符の数からはその上を行っている事になる。その割には変にゆったり感があるのだ。アヒルの水かきのように水面下は大変忙しいが、表面上はそんなそぶりを見せないというのが、アフリカ流の優雅さなのだろう。昔アフリカの留学生に踊りを手ほどきしてもらったことがあるが、まさにそういう感じだった。タップダンスと似た美意識なのだろうか。

もっとも最近のビデオを見ていると、ブーカンギネもメレンゲのほうに移行しているようで、そう大差はなくなっている。どちらかといえば、ブーカンギネのほうが洗練されていて、ハイソな感じなのかな?

Boukan Ginen - Ede'm Chanteはお勧めだ。

TPPは経済政策というより政治的選択だった」と、1年前に日刊ベリタ編集長のさんが指摘している。

これによると、

ASEANとの連携では中国がすでに主導権を握り、鳩山由紀夫前政権は東アジア共同体を政権の目玉として打ち出して、こともあろうにこの地域の経済連携から米国を締め出すそぶりさえみせた。
落ち目の米国にとって、TPPはこの地域で米国が中国に対抗して主導権を取れる唯一の経済連携グループとなった。

TPPは菅政権にとって日米同盟を立て直す切り札だったのだ。

ということになっている。つまり、TPPで日本はアメリカに恩を売るつもりだったということだ。若干うがちすぎの嫌いもあるが、1年前にこれだけのことを見通したのだから、先駆的であることは間違いない。

と書いたが、その後いろいろ調べてみると、どうもメディアは最初は日米同盟を前面に出した論調を展開していたらしい。
それが途中から変わって、自由貿易だとか、韓国に負けるなとか言い出したようだ。どうも不勉強でよく分からないが、その辺の経過はよもぎねこ♪さんのブログに詳しい。

【北京=高橋哲史】中国の兪建華商務次官補は7日に記者会見し、環太平洋経済連携協定(TPP)への中国の参加について「現時点でいかなる国、組織からも誘いを受けていない」と述べ、立場を表明する段階にはないとの考えを示した。

 兪次官補は「TPPは非参加国にも開放的であるべきで、排他的な貿易協定になってはならない」と述べ、TPPの経済ブロック化に警戒感も示した。

11月7日 日本経済新聞

米倉発言と合わせると、これはかなり重大なニュースだ。
アジア・太平洋地域の開かれた関係を構築することをうたい文句にしながら、実は最大の国の一つである中国を最初から排除していたことになる。
ここはぜひ事実関係を明らかにしてもらいたい。

米倉会長がまたヒットを飛ばした。
TPP途中退席などもってのほか、と一喝し、「ヒヤカシ参加」論を蹴飛ばした米倉会長、今度は第一回国家戦略会議で次のように発言した。

(TPPは)、外交・安保の基準である日米同盟の深化、アジア太平洋地域における安定的秩序作りといったことから不可欠な政策課題であると思います。

賛成派の全員が、心で思っていても、とても口に出せなかった言葉を、ズバッといってくれました。

つまりTPPは、日米同盟が仮想敵国とする中国への警戒感を最大の前提とする、かなりきな臭い同盟作りの一環だということです。

そういえば中国の通商担当者が、TPPに対する態度を聞かれて、私たちは参加を要請されていないと答えていたような気がします。少し調べてみます。

佐々木議員の代表質問で、面白い話があった。

昨年11月、経団連の副会長が「減税分は、国内における投資の拡大、雇用の創出につなげていく。5年後に84兆円、10年後には104兆円に国内投資を拡大する」と述べたそうだ。
これに感激した菅首相は「すばらしい提案をいただいた」と大喜びし、法人税率引き下げを決意したといわれています。

しかし実際には、大企業で増えた利益のほとんどが内部留保、配当、役員給与に分配され、労働者の給与総額は引き下げられた。

経団連の副会長は嘘をついて減税を「勝ち取った」ことになるのだろうか?


いまからでも遅くはない。減税分をそっくりそのまま復興税として取り立てよう。「痛みを分かち合おう」というが、それでも大企業は痛みを分け合ったことにはならない。
証券優遇税制は期限切れになっている。この延長をやめれば、年間1.7兆円がでてくる。
消費税1%で年間2兆円といわれるが、結局それは金持ち優遇のために使われることになる。

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