鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

2011年09月

昨日は圧倒的な量の事実に圧倒されて、飲み込むのが精一杯で咀嚼できませんでした。
肝心なことは現在の税体制、そしてこれからやろうとしている「一体改革」の評価です。

A.シャウプ勧告をどう見るか

シャウプ税制は良くも悪しくも戦後日本の原点の一つです。ニューディーラーの影響を受けた制度という意味で は憲法をはじめとする戦後改革と並ぶ性格を持つものですが、他の制度とは異なり、日本が戦後民主化の時代を終え、いわゆる「逆コース」に入りつつある時代 に導入された制度であるという点では、一線を画して見ていかなければならない側面をもっています。

もう一つ、他のシステムはアメリカが戦時中から すでに準備し、占領初期に実施され少なくとも一度はシステムとして定着したのに対し、租税制度は施行の時期に講和条約を迎え、日本支配層の抵抗により、発 足当初から歪められた形で導入されていることです。その点ではシャウプ勧告と、それを受けて発足した戦後租税制度(シャウプ税制)は、一定分けて考えなけ ればならない側面があります。

シャウプ勧告は次のような側面を持っているといえるでしょう。
A.その残滓ではあるが、平和と民主主義の日本を築こうとする反ファシズム闘争の流れ。とくに反財閥・反独占の立場。
B.日本に理想を実現しようとするニューディーラーの流れ。批判的に見れば「所得税原理主義」ともいえる。
C.税収の安定を図り、経済成長を促す財政政策として位置づけ、資本主義育成に貢献するという目標。これはドッジプランとペアーになっている。

これらの側面を持つシャウプ税制ですが、全体としてみるならば戦前・戦中の日本の税制に比して進歩的なものであったことは疑いありません。
戦前世界に冠たるものであった日本の所得格差は、欧米諸国と肩を並べるまでに縮小しました。これはたんに税制の問題だけではなく、戦後諸改革や高度経済成長が寄与して総合的効果として実現したのですが、税制改革の貢献も無視するわけにはいかないでしょう。

B.直接税原理主義の内包する矛盾

1.直接民主主義の優位性と限界

シャウプ勧告に通底する思想は、一言でいえば直接民主主義の思想だと思います。自立した意識的な諸個人が社会を形成し、社会の公益のために応分の負担をするということが前提になっています。その上にある意味では外在的なものとして州なり連邦政府があるという構造です。
これはピューリタニズムであると同時に、君主制や大土地所有制を経験していないアメリカ独特の発想でもあります。国の政策がモロに国民生活に影響する日本にとっては、必ずしも適合した政治モデルとは言い切れないかもしれません。
税金に対する一種のオプティミズムにも違和感を覚えます。税金は神社の御祭の奉加帳ではありません。日本では明治の地租改正以来、重税に苦しめられてきました。税金は独占資本主義の強蓄積のための大衆収奪の手段にほかなりませんでした。税の持つはずの所得再配分機能はまったく働かず、飢えに苦しむ民衆の上に底知れぬ資産を持つ大金持ちが君臨していました。
「収奪者を収奪せよ!」が税制改革の合言葉にならなければなりません。その上ではじめて直接民主主義の理念が現実的意味をもつことになります。

2.包括的所得概念

概念的にはまさしくその通りだが、給与所得以外の所得評価はかなり難しい。捕捉率を100%にまで上げない限り包括的所得概念は画に描いた餅になります。個人経営でも「マルサの女」張りの格闘が展開されるのですが、これが法人経営となるとさらに困難を極めます。パチンコ屋のレベルではありません。したがって所得源泉としての法人利益を法人税として前取りした上で、給与外所得にはその分を割り引いて課税するという形にならざるをえないでしょう。
資産課税はさらに難しい。テレビの「おたから探偵団」のスタッフにお出まし願わないとならない。要するに包括的所得概念には、その理念以前に適正徴税能力という技術的な壁が立ちふさがっているのです。

ただし、包括的所得概念の理念がそれで死ぬわけではありません。さまざまな技法上のテクニックを用いたとしても、「取れるものは何としても取るぞ」という気構えと迫力はシャウプ勧告の真髄であり、それはしっかりと受け継がなければならないと思います。

3.法人税

法人は擬人であり人格を持たない。したがって本来は課税の対象とならないというのがシャウプ税制の「原理」です。これは現実を考えれば、あまりにもユートピア的考えでしょう。いまもなお企業には200兆円を越える内部留保が積みあがっています。そのお金は結局誰のものでしょう。法律的には会社を構成している社員、すなわち株主の財産です。株主総会の議を経ればどう使おうと勝手、ということになります。
もし企業が将来の拡大のためにそれを使おうという目的で留保しているのであれば、それは目的を限定して自己資本、あるいは何らかの基金に組み込まなくてはなりません。そうでなければただの死に金であり、日本経済のためになりません。法人税が所得税の前取りであるとするならば、内部留保の野放図な増大をコントロールできる税率が課されるべきでしょう。

C.いまシャウプ税制を考える

いくら骨抜きになっても、形骸化したとしても、税法の骨格はなおシャウプ税制に由来するものです。富裕税は施行されるまでもなく消えてしまいました。企業活動や個人のやる気を維持するために下げられた累進課税率や法人税率は、その後の高度成長政策の中で引き上げられました。

それが80年代後半からの新自由主義の浸透の中で、法人税率が下がり、その代わりに消費税が導入されました。いまや法人税収入と消費税収入はほぼ肩を並べるに至っています。所得税の累進性は維持されていますが、証券優遇税制により包括的所得に対する税率は大幅に引き下げられています。

さらにいま議論されている一体改革(恥ずかしげもなく復興税を隠れ蓑にしようとしている)が実現すれば、シャウプ税制は完全に息の根を止められることになります。

シャウプ税制というのは、ひらったく言えば、所得税を柱に金持ちからしっかり金を取ろうというのが基本です。その際、累進性を強化するよりは、定率性に近く曲線を寝かせて、金持ちのやる気も維持しましょう。そのほうが結局収納率は良くなるでしょう(水平面の公平性)、という理屈になっています。

もう一つは金持ちになればなるほど給与外所得が増えてくるから、それもしっかり捕捉しましょうということです。そのために法人税を所得の源泉を押さえるという視点から確保しましょう。これも企業のやる気をスポイルしないために最大35%程度の税率にして、それ以上については別途に課税の方法を考えましょう、ということになります。

そこがきっちり押さえられれば、給与外所得については多少のお目こぼしはあってもいいかな、という姿勢も見え隠れしています。

この課税制度がうまくいかなくなった最大の理由は、法人がひたすら内部留保を積み上げるようになったからです。だからシャウプ税制の直接税原理主義が抜本的な改革を迫られているのは、事実ではあるのです。ただし改革の方向はまったく違います。内部留保への課税、資産課税の強化がもっとも大事な課題でしょう。

少なくとも法人税減税は問題解決の方向には向いていません。


税大ジャーナル 2008.10

「シャウプ勧告の再考」 神川和久

シャウプ勧告について歴史的背景、階級的性格、現時点での意義など非常に総合的に分析された文章で、参考になりました。さまざまな租税特別措置がいかに税制を阻害しているかもよくわかりました。また税制はいやおうなしに経済政策とのかかわりを持つが、根本的には時々の経済政策ではなく、国民生活の向上のためのものだという「原点」に立ち返らなくてはならない、という視点は大事なポイントだと思います。

A シャウプ勧告の歴史的背景

1.招聘の経緯

戦後復興にあたり緊急拡大型経済政策を取ったが、主たる財源を復興債に頼り、その大半を日銀が引き受けたため、通貨の供給過多を招きインフレ圧力が強まった。

アメリカは48年12月に「経済安定9原則」を発表し引き締め政策を打ち出した(ドッジ・プラン)。

その中で支出削減と並んで税収の増収をもとめた。これにもとづき米国内で適任者を募ったところシャウプを長とすることで一致した。

シャウプは「租税の経済的効果」に関する専門家で、大統領経済諮問委員会の委員、全国税務協会理事長などを歴任していた。メンバーのほとんどは法律専門家ではなく経済・財政専門家であった。

シャウプは就任に当たり、「細部にわたる具体的な租税法規の立案の責任を負わない」ことを条件とした。その目標は全体的な財政上の制度設計にあったとされる。

2.使節団の活動

49年5月から約2ヶ月、農業・商工業の納税者と直接面談し聞き取りを行った。また税務署の最前線を監察し行政の現状把握に努めた。

3.一次勧告(49年9月)

来日後わずか4ヶ月で、全4巻の勧告書を完成した。団員の一人は感想に「ある程度の税制の理想のようなものを掲げた点もある」と述べている。

B.勧告の概観

1.目標

①経済安定への貢献、②安定した税制の確立、③現行制度の不公平の除去、④地方自治強化への財政的支持、⑤政務行政の改善、徴税執行の強力化

序文は“一体改革”を強調。「勧告事項は相互に関連を持っている。その一部が排除されれば、場合によっては有害なものとなろう」

2.直接税中心主義

「直間比率は国民の納税に対する自覚の程度を示す」

直接税は納税意識を高め、応能負担の原則にもとづく公平に合致し、富の再配分機能を有する。

2.所得税

現行制度は公平性の視点からいくつかの問題がある。これを改革する。

①所帯課税制度を廃止する。

②貧困層を各種控除で保護する。

③最高税率を85%から55%へ低減。高税率による納税意識の低下に対処する。

④富裕層の税金逃れを防ぐため、譲渡所得の1/2課税を全額課税にする。利子所得の分離課税を廃止する。

3.富裕税

累進性を緩和する代わりに、所得税を補完する税として富裕税を提案。富裕層の純資産に毎年定率の課税を行う。

4.法人税

本来法人は擬人であり納税義務はない。しかし法人所得は個人所得の源泉であり。法人税はその前取りと考えられる。

多くの法人は内部留保すれば税金を逃れることができ不公平である。これを回避するため35%の単一税率を課する。(これはかなりの引き下げになった)

法人所得は最終的には株主の所得となるのであるから、キャピタルゲインの完全な捕捉により公平性が保障される。ただし法人税としての前取り分については割引が必要。

5.所得税の理念

「所得とは、一定期間中における純資産の増加である」ととらえる。現在の包括的所得概念に一致する。

包括的所得概念のよいところ

①公平負担の要請に一致する

②所得税の再分配機能を高める。

③所得税制度の持つ景気調整機能が増大する

ただシャウプ勧告が、戦後の悪性インフレに対処する租税政策として打ち出されたという背景は見ておかなければならない。現在のデフレ基調に対してシャウプ勧告がどういう意味を持つのかは慎重に検討されなければならない。


C. シャウプ税制の崩壊

51年法人税率の引き上げ。35%から42%に。

51年 法人の留保所得に対する利子付加税の廃止

53年 所得税からの利子所得の分離。銀行など金融機関の預金優遇のためとされる。

53年 有価証券の譲渡所得課税の廃止。低率の有価証券取引税の新設。

53年 富裕税の廃止。資産把握の困難さ、手続きの煩雑さ、執行上の困難。これに伴い所得税の最高税率を55%から65%に引き上げ。

シャウプ勧告における個人の所得を基準とした、公平を理念とする税制が、高度経済成長を支える資本蓄積というもう一つの大義名分により骨抜きにされ、法人税・所得税・資産課税という個別の体系を形成することになった。

「所得」を包括的所得概念により定義することは理論的には最も優れていいるが、実現主義の原則とは背馳する事があり、執行上の困難性も発生する。

設定税率の議論以前に、課税ベースの適正化という観点から租税特別措置法を全面的に見直す必要がある。とくに法人税の実効税率の議論において、租税特別措置等による課税ベースへの影響を考慮せずして、税率のみの国際比較をしてもまったく意味を成さない。

ともあれ、わが国の税制論議が経済政策に偏重することは好ましくない。

シャウプ博士は「税制は、国民のもっとも貴重な資源の一つです。納税者自身が納得して、全体としても筋が通っていてこそ、公平な税制といえるのです。そこで私は、公平さということを経済成長の前に位置づけようと考えます」

シャウプ税制骨抜きの歴史

1.占領軍の「逆コース」
*税制改革の骨抜きに最初に関わったのはほかならぬ占領軍。
*講和条約の締結後、最初に行ったのが富裕税の廃止。また金融所得が分離課税となる。

2.日本租税研究協会
*池田勇人蔵相を先頭とする大蔵省が財界人などを結集して組織。シャウプ税制の骨抜きを推進。
*山田勧銀会長(元大蔵次官)「とにかく外来的の思想、シャウプ勧告によってできた税はご破算に。一つは富裕税」
*松隈中央酒類社長(元大蔵次官)「直接税の比率を高めたのは馬鹿なこと、取引税を残せばよかった」
*原安三郎日本化薬社長「欧州諸国の売上税が一番取れる。一番公平だ」

静岡大学名誉教授の安藤さんが「税金から見えてくる民主主義」と題して戦後税制について語っています。
私たち「団塊の世代」は戦後民主主義の教育を受けて成長してきました。
学校時代に習った戦後民主化の柱は、①新憲法・軍備解体、②財閥解体、③農地解放 でした。これにより戦前の日本を支えた三本柱が弱体化し、民主主義発展への実質的な保障となったのです。
これに比べると税制改革はそれほど重大な課題ではありませんが、新政府を財政的に支える柱をどこに置くかという点では大きな意味を持つ改革だったと思います。
しかし税制改革について講義を受けた憶えはあまりないのです。恥ずかしながら今回の記事は初耳が結構多かったです。
たぶんネットには掲載されないと思うので紹介します。

1.シャウプ使節団
*1949年、占領軍司令官マッカーサー元帥は、税制面において天皇制から民主制への転換をはかるため、本国に調査団派遣を要請した。
*この要請を受けカール・シャウプ(コロンビア大学教授)を団長とする税制使節団が派遣された。
*シャウプ使節団は日本の民主化を目的とする税制改革案を提出した。

2.シャウプ勧告の基本思想
*使節団は、財閥による経済支配が、日本軍国主義の土台になったと見た。
*財閥を復活させない、特定のグループに膨大な富を蓄積させない。

3.シャウプ勧告の柱
*所得税など直接税中心の税制の確立
*取引高税という大型間接税を廃止
*地方自治を支えるため自治体の独自財源を確保

4.所得税のあり方
*個人所得税は利子や配当などの金融所得も総合して課税
*定率課税ではなく、所得が高いほど税率も上がる累進課税制度
*資産に対しても課税する富裕税の新設

5.直接税中心主義
*直接税は意識して支払う税金だから、国民は税金の使い道にまで関心を抱くようになる。
*間接税は、税金を払うという意識が薄いから、政府は国民から遠い存在になる。
*直接税は応能負担の公平な税なのに対し、間接税は大衆負担の税である。


G20会議に向けOECDとILOもアピールを出した。昨日載せた労働運動団体の訴えに次ぐもの。
とくに両者が連名でアピールを発表したことに、この問題の緊急性がうかがえる。

アピールではまず失業者の状況を報告している。
*主要20カ国では08年金融危機以降、2千万人があらたに失業した。
*現在の雇用情勢が続けば、来年までにさらに2千万人が職を失う。
*世界の失業者は世界で2億人。これは戦前の大恐慌に匹敵する数だ。

次いで失業対策を提示している。
*雇用の質を高める。非正規雇用を減らすことが決定的に重要だ。
*失業と結びついた貧困層の増加に対しては、社会保障制度が大きな役割を果たす。

厚労省が被災地求職者に対し失業手当の給付日数を90日間延長すると発表した。
とりあえず、正月は越せるということだ。
しかし厚労省としてはこうやって尻拭いをさせられるのは面白くなかろう。速やかに補正予算を執行させ、仕事起を急がなくてはならない。とくに漁業ではインフラの整備が不可欠だ。
冷凍設備がないとさんまの水揚げもできないということが、花咲漁港のニュースでわかった。このあいだのサメの話といい、漁業は流通インフラを含め裾野あっての漁業だ。

政府の原子力委員会が国民の意見の集計結果を発表した。
これによると原子力発電を廃止すべきだという意見が98%を占めた。このうち直ちに廃止が67%、段階的廃止が31%というから驚き。
…と思ったら、これは国民から寄せられた意見の集約だ。原子力委員会に送られた意見書約1万件のうちから抽出調査したものなので、相当バイアスがかかっていることは間違いない。組織的な投書が行われた可能性もある。

すっかり風邪を引いたようだ。
何をする気も起きない。
「淡き光に」のヨウツベあさりをして一日過ごした。「淡き光に」というのは名訳であるが、本当は上品過ぎる題名だ。コリエンテス通りという高級マンションが並ぶ町の二階に居を構える超高級娼婦の歌だ。大正末から昭和はじめの時代だ。昭和元年全国の電話加入数が50万台を突破したという記録がある。電話があって高級電気蓄音機があって(それもビクトローラだ)という家など、たぶん静岡でも両手で足りるくらいではなかったろうか。
メディア・ルスというのは電球を半分消して、仄明かりの状態にすること。「夜目遠目傘のうち」といって、これなら年もしわも隠せる。後はシンネンムッチリ、という次第。
当然、本来なら女性が歌う歌だが、どう歌うかとなると難しい。上品過ぎてもだめだし、港町の女のように下品になっても困る。どのくらいならよいかというと、それは殿方のお好みで変わってくる。
ということで、結局男性が歌う歌になってしまった。





24日の赤旗に「国際労働団体の共同声明」が報道されている。
国際労働組合総連合(ITUC)、国際金属労働組合連盟(IMF)などが、G20雇用担当相会合に向けて発表したもの。

声明の趣旨

声明の趣旨は、雇用創出を政策の基本に据えるようもとめているところにある。

08年の世界金融危機はG20だけで1億人以上の雇用を奪った。雇用水準を危機以前の水準に回復させることが必要だ。

現下の経済情勢は民需の減少に起因するものだ。民需振興のためには雇用の拡大を政策の中心に据えければならない。

提案の要旨

以下要旨を箇条書きにする。

1.財政赤字と緊縮政策について
*「財政赤字は弱い民間需要の結果である。原因ではない」
*緊縮財政は景気を冷え込ませ、さらに財政を悪化させる。
*積極財政をとり、「雇用と生産の拡大によって財政赤字を削減すべきだ」

2.構造政策について
*構造的危機の原因は経済格差の拡大だ。
*「雇用の質を向上させ、所得の不平等を縮める」構造政策への転換。
*当面、「雇用創出をマクロ経済政策の中心に据える」方向にG20諸国が立つこと。

3.具体的な対策について
*税制改革による所得格差の圧縮
*最低賃金の引き上げ
*社会保障の拡充

4.財源について
*タックス・ヘイヴン(租税回避地)を野放しにせず、必要な規制を加えること。
*金融取引税など投機的な資金移動への規制を強めること。

新自由主義について
「今回の危機を最後に規制緩和、“柔軟な労働市場”のモデルを促進するようなイデオロギーを終わらせなければならない」

まずはIMFの発表。
ユーロ危機は欧州全体に波及し、銀行は2千億ユーロ(20兆円)の国際関連損失を計上することになる。さらに危機国との取引に伴う損失を含めれば3千億 ユーロに達する可能性があるとしている。ただしIMFはアメリカの立場を代弁しており、危機感をあおる傾向があるので、少し割引してみておくべきだろう。
IMFは危機回避のためには資本増強しかない。自力調達ができなければ公的資金の注入を、と訴えています。

よく分からないのですが、国債の格付けが下がると、国債のリスクが高まり、リスクが高まれば利率は上がります。欧州の銀行は国債を購入するというかたちで、それらの国に貸し込んでいましたが、利率が上がれば、額面に対する実質価格は割り引かれることになります。この差額が銀行にとっては損失処理の対象となります。
…ということだと思います。


欧州中銀は「EUの金融システムのリスクは著しく高まった」と発表した。とくにユーロ導入後EU内金融システムの相互関連性が高まったことが、深刻な結果をもたらしていることを強調した。その上で銀行資本増強の必要性を訴えた。
まさにギリシャやアイルランドではなく、EU本体の動揺が始まったのである。

2010-06-01 13:25:57
牧田吉明が死亡しました。
これをご覧になったお知り合いの方、牧田と縁のあった方にお知らせします。
もう1年以上もたつんだ。岐阜に居たんだね。最後は生活保護を受けて、心筋梗塞になって入院して、入院先から脱走して家に帰って、死んでいるところを発見されたらしい。

ブログ改題 チャタレー夫人の居ない庭番というブログを開設していて、そこに経過が詳しい。

わたしは、小樽診療所の所長時代に、飲み屋で2,3回席を並べただけである。その店は花園通りのだらだら坂を半分ほど登って、ふいと右に曲がった、嵐山通りの奥の、居酒屋なのになぜかチーズパイにはまった亭主の店だった。9時半を過ぎると、居酒屋の客は大抵いなくなる。そこでセザリア・エボラを聞きながらグレンヴィルのロックで一杯やるというのが日課だった。そこに時たま彼もいた。塩谷の山の中で鶏を飼っていると聞いた。
おそらく彼は極度の躁病で、しかも年齢とともに重症化して行ったのではないか。ただ欝というほどではないにしても多少落ち着いていた時期はあったと思う。小樽期の後半がそうだったのかもしれない。
とにかく私のようなごりごりの日共・民青ともまともに話が通じた。私のほうが半年ほど上だが、同じ学年。同じ静岡の生まれだったから、おのずから話は無難にそういう話で始まった。
行動半径はかなり重なっていた。昭和町のちょっと入ったところに浮月という料亭があって、ここは隠居した徳川慶喜が暮らしたところだが、そこの息子と彼はつるんでいたらしい。そこへ行くと私は貧民だから、浮月といえばセミ取りで忍び込んで追い出された記憶しかない。
しかし酔いが回ればそれで終わるはずもなく、爆弾の話から、立命館での“単身殴りこみ”の武勇伝と一通りは聞かされる羽目になった。
実は立命館の攻防戦については民青の側の当事者からも聞いていたので、「飛んで火に入る夏の虫」の弁は面白かった。
彼の記憶力には舌を巻いたが、しかしそれが何になるという冷めた感情も捨て切れなかった。「俺は今でもがんばっているぞ」という自負が素直にさせなかったのかもしれない。
三回目には、養鶏場がうまく行っていないと愚痴もこぼした。そして本をくれた。「わが闘争・スニーカーミドルの爆裂弾」という勇ましい題名の本である。
それ以来音沙汰はなくなった。飲み屋の亭主も最近は顔を見せていないという。1996年の初春、未だ残雪うず高きころの思い出だ。


最近では、コロンビアの前大統領アルバロ・ウリベが右翼勢力の極となり、チリ、ペルー、コロンビアの統合を図っているようである。10年12月、サンチァゴで彼らの会議がもたれた。ノーベル賞受賞者マリオ・バルガス・リョサ、スペインのホセ・マリーア・アスナール前首相が会議の成功に尽力したといわれる。

前進しているのか、後退しているのか?

進歩的政党と社会運動が前進していることは疑いのない真実である。しかし 長期にわたる変異の繰り返しが彼らを後退させ、変革をさらに推進する力を弱める可能性はある。“進歩主義”が停滞の段階に入り、やがて退歩へと向かう可能性もある。

この20年間、地域の多くで左翼運動はさまざまな形で現れ、政府機能の重要な一部を遂行した。国家というものの論理が、そのための役割を果たしている。進歩派は政府の持つさまざまな側面を修正することができた。いっぽう、国家装置を管理するということは、管理する側の人間も変えていく可能性がある。

それは倫理の問題ではない。フライ・ベットが「青いハエ」のなかで指摘したように、たしかに倫理の問題も存在するが。

真の問題は、国家がその本質からして保守的な存在だということであり、とりわけ国家自らの既存構造を保持する傾向を持っているということである。この理由のために、もし外部勢力(政党や運動)に変革を促す圧力がなければ、政府はかならず保守的傾向を持つ勢力の支配に終わる。

チリの場合は、20年のあいだ続いた協調戦線政府(コンセルタシオン)が右翼にその席を譲った。右翼政権の登場はピノチェト独裁が終わって以来最初の出来事である。それは私たち自身を写す鏡となるべき実例である。

政府を支えたさまざまな運動は、自らのリーダーシップ・チームを固定化し、実行する人より指導する人、それに特化した人々のグループを作り上げた。そこにはヒエラルキーが出現した。指導者たちと立派なオフィスを維持するための予算が組まれるようになった。

これらの“発展”をどう評価するかは問題ではない。しかしそのことをどう理解するかは重要な課題である。生命はサイクルを持つ。成長の期間、安定した期間、そして低下していく期間。そこから逃れることは不可能である。

20年から30年前に生まれたそれらの運動は、社会変革のインキュベーターかつプロモーターとしての段階を完了したのかもしれない。そして非常に異なった現実への道、安定をもとめる傾向のために道をゆずったのかもしれない。

21世紀の第二の10年間が始まった。この時代は、先進国世界の財政・経済的危機が政治的危機につながる恐れがある時代である。この10年に、南米地域にはより多くの変化が生まれるだろう。キューバでは何かが起ころうとしている。それはキューバの政治体制に根本的変化をもたらすかもしれない。米国でも大きな変化が起こるかもしれない。それは地球上のすべてに衝撃を与えるだろう。

南米の若干の国でも何かが起こるだろう。それは現在の南米地域の政治的・経済的バランスを変更することになるだろう。その候補はたぶん、まずベネズエラ、そしてアルゼンチンであろう。間違いなくそこには混沌とした状況がある。そしてクーの試み、さまざまな形の不安定化工作をふくむ安全への脅威が存在する。」

そこには新たなものは何一つとしてない。新しいこと、エクアドルで示されたことといえば、それは左翼内の分裂であり、草の根組織の動員力の減退である。誰もそれをもとめていなかったけれども、両方ともまた、進歩的な10年の政府の結果である。


この節に関しては相当異論がある。論者の基調はペシミズムであり、そのベースにはアナーキーな運動至上主義がある。論者はこれからの十年を「敗北の十年」と予言する。しかし「21世紀の社会主義」の実験は未だ始まったばかりである。

付け加えるならば、エクアドルのクー未遂事件については事実の評価が間違っている。拙文 エクアドル・クーデター未遂事件 報道と真実 を参照されたい。

南米を変えたこの十年 完

時代が変わるのだろうか?

 

これからの10年、南米地域はどの方向に進まなければならないのだろうか? それを考えるということは、この10年を推し進めてきたプッシュ要因をあらためて分析することを意味する。そして、10年かけてここまでしか進めなかった原因を分析することを意味する。

90年代最後の10年間に、様々なタペストリーが織られた。その織り糸は草の根運動家が提供され、左翼組織から提供された。その織り糸は徐々により合わさって、変革の主要な推進者となった。

古い労働組合運動は、新たな運動の波が彼らと並び立つのを見た。しばしば激しい競争が展開された。それはシステムから疎外された敗北者たち、「持たざる者」、職を失い、家を失い、権利を失った者たちの集団であった。

それぞれが自己の立場に立ち、決定的な瞬間には共同し、力強い流れを作り出した。ネオリベラリズム・モデルは拒否され、政府は統治能力を試され、極端な場合は堕落した無能な支配者を飛行機に乗せて追い出した。

エクアドルでは三人の大統領が、ボリビアでは2人の大統領が民衆の動員に直面して打倒された。彼らは、民衆には政府を放逐する力があることの証明となった。民衆は反国民的政府を権力の座から追い落とす力がある。その力が証明されたことが、南米地域変革への新しい方向性を解き放った要因のひとつである。

その他の国の流れは、より平和的であるが、同じように民衆のパワーを受けての変化である。それは定められた合憲的な手順を踏んで、進歩的政治勢力が勝利して、国政の機関を引き継ぐ形で進んだ。

この変化は最初は地域レベルで発生した。それが地方レベルに拡大し、最終的は全国的レベルにまで拡大した。それは同時に民衆の動きが政党や大衆運動に影響を与え、「古い」左翼と「新しい」左翼の共同を生み出してきたともいえる。

エクアドルでの祖国同盟Alianza Pais、ボリビアでの社会主義運動Movimiento al Socialismo、ベネズエラでの統一社会党は、政党システムの破産状態が続いていた国での政治勢力のあり方を示している。

一方で、ブラジルの労働者党(PT)、ウルグアイの拡大戦線、パラグアイでのTekojoja は伝統的政治システムの中で生き延びてきた。そして政治革新の主要な要素として発展した。

すべては、我々がサイクルの終わりにいることを示す。国家装置としての政権を引き受ける政党は民衆運動のパワーによって作り直された。民衆運動は一定時間の後、最も戦闘的な人々を柔軟にさせることでひとつの組織にまとめ上げられた。実際、今日、変革過程の分析は、そもそも変革の戦いを始め、指導した勢力の内部にどんな変化が起こったのか、その内容を理解することに集中している。

ブラジルでは、「新時代」に関する議論がもっとも広範にかつ深く進行している。たとえば社会学者オリヴェイラは、「逆ヘゲモニー」 reverse hegemony という概念を提示している。これは労働党政府が金融資本や多国籍企業を統治するという現象を説明するために用いた概念である。

彼の編集した著書「ルーリスモ」の中で、社会学者ルダ・リッチは労働党の草の根的基盤における変化の基礎にせまっている。そして新中間層の興隆をルーラの人気を理解する鍵として捉えている。

さらに最近では、社会的な運動でありかつ政権でもあることの複雑さを、社会学的に捉えることも含め、「ポスト・ネオリベラリスム体制」という言葉が出現してきている。

アメリカの再位置づけについての議論も付け加えておく必要がある。アティリオ・ボロンはアメリカの政策の基本を「この地域の政権を崩壊に至らしめるさまざまな攻勢」として捉えている。そしてそれはコロンビアとパナマでの軍事基地、ホンジュラスでのクーデター、関係国との関係における軍事突出として特徴付けられている。その典型が第4艦隊の活動再開とハイチへの一方的干渉である。

政治的変革の前線

経済の変化はマクロ・レベルにとどまるものではない。南米地域はマクロの変化に加えて持続的な経済成長を行ってきた。この経済成長を支えたのは、生活必需品の輸出増加であり、貧困率の低下であり、若干の国での国内市場の拡大である。

これらの指標が新しいサイクルの始まりを意味するのか、それともたんなる一時的現象なのか、その評価をするのは時期尚早であろう。これらの国の輸出産品が世界市場でいっせいに価格上昇したため一種のブーム(bonanza)をもたらしているからである。

しかしはっきりしていることはある。それは商取引の流れが劇的に変わったということである。

いまやブラジルの一番の取引パートナーは中国である。1930年以降、首位の位置を保ってきた米国はその座を譲った。アジアの巨人・中国の存在は、いまや南米地域に定着した。中国はすでにラテンアメリカ全体としても、アメリカに次ぐ第二の取引パートナーである。

しかし取引の多角化には、いろいろな側面がある。一方では、それは地域のすべての国のためになる。なぜならそれは新しい市場の開拓であり、地域の生産活動の要求に応えることになるからである。

しかし短期的には、もし必要な対策がとられなければ、その影響はextractive modelに打ち勝つ能力の喪失へと導く可能性もある(意味不明)。世界第7の工業国ブラジルでさえ工業生産物の輸出は低下した。

中国の大豆や鉄鉱石などに対する需要は絶え間なく、すさまじいものがある。生産の基盤は世界的な危機から変わるだけではない。アジア諸国の上昇は第一次産品の生産への復帰の原動力となっている。

これらが複合して、力強い経済成長が妨げられる可能性がある。それどころか、南米地域全体に根付いた社会政策の補完をもってしても経済が後退する可能性すらある。

 


この部分は、論旨が不明瞭でわかりにくいが、おそらく言いたいことはこうだろう。つまりアメリカからの脱却は成功したが、それに代わって中国が進出してきた。ブラジルは産業大国ではあるが、まともにぶつかれば到底中国にはかなわない。そうするとこれまで成長してきた産業は衰退し、中国への原料供給国として特化(いわゆる周辺化)せざるを得なくなる危険性がある。


 

もう一つ、進歩派の経済手法は、構造改革や所得再分配抜きの成長政策や貧困抑制政策と批判される可能性がある。不平等を判断するインデックスはわずかな改良を示してはいるが、ワシントン・コンセンサスの前の状況からは程遠い。

さらに悪いことには、富の集中は巨大鉱業や、単一作物栽培のアグリビジネスでさらに増大し続けている。その経済モデルの影響は二倍になって跳ね返ってくる。

まず第一に、これら産物の生産増大は威厳のある仕事を生成しない。むしろ新しい貧しい人々のグループを形成する。ブエノスアイレスでの大規模スラムの急速な拡大は、まさにこの現実の氷山の一角である。

2006年時点での推計で、首都とブエノスアイレス首都圏の間には819のスラム街が形成され、100万人の住民が暮らしているとされた。今日では約200万人の人々がスラムでの生活を余儀なくされている。そのうち23万人が首都に集中している。これはブエノスアイレスの人口の7%に相当する。しかもスラムの人口は全国平均の10倍の速度で増加している。

「静かな津波」、アルゼンチンの右翼はそういって非難している。毎日毎日、アルゼンチン北部地方だけでなくパラグアイから、そしてボリビアから食い詰めた人々が流れ込んでくる。

理由は明らかだ。国の耕地の半分を占める大豆畑が彼らを追い出したのだ。

農産物価格の高騰が止まない限り、あるいは構造的変化が起こらない限り、社会政策のみでは、都市に押し寄せるこの貧しい人々の「津波」を食い止めることはできない。

しかし、これは議論のレベルにとどまる。解決は相当先の話になる。ブラジルを除く多くの国はそれどころではない。政府の優先課題は、まずは月々の財政収支の帳尻を合わせことだからである。

南アメリカの新たな枠組み

米州自由貿易地域協定(FTAA)はブッシュ政権の地域方針の枢軸をなすものだった。これらの変化なしでFTAAを拒否するのは不可能だっただろう。

2005年11月の米州サミットは、統合主義にもとづくワシントンからの提案を葬り去った。そして南アメリカ全体ににメルコスールを広げる戸口を開いた。ブラジルの位置は、アルゼンチンとともに、転換の鍵となった。それは一貫して堅固な姿勢を貫いたことによる。そして自立的発展の道筋を創造するという論点を曲げなかったためである。

サミットは地域統合のプロセスを「前」と「後」に分ける分水嶺となった。南米諸国連合・UNASURの創設は、この最初のステップなしには不可能だった。

日付を思い出してみよう。

2004年12月に、南米諸国の大統領は「クスコ宣言」に署名した。それは南米諸国共同体(South American Community of Nations)の創設を宣言するものだった。その後一連の会合が持たれ、2007年4月に、南米地域はUNASURの名称を採用した。

その後もプロセスは、前進し続けた。

2008年3月1日、コロンビアの空爆作戦が起きた。エクアドル領内のFARC(コロンビア革命武装勢力)の根拠地が襲われ、ラウル・レジェスが殺された。それはアンデス山脈の地域で重大な対立に火をつける恐れがあった。そして、UNASURは南米防衛会議をつくることを決めた。地域内の軍事力を協調させるためである。

その後、南米地域で経験されたいくつかの最重要な危機に際してUNASURの役割は決定的だった。

2008年8月から9月、ボリビア極右がエボ・モラレス政府に対して攻勢に着手したときがそうだった。そして2010年9月、エクアドルでの警察反乱がクーデターに発展しそうになったときがそうである。

この新たな地域同盟は、政治的舞台の中心を占めるようになった。そして民主主義を守るため全ての政府を列につかせた。過去数十年にわたり外交の中心を占めてきた米州機構(OAS)は、ホワイトハウスの支配の下に置かれてきた。しかしそれはいまや支配の座から遠ざけられた。

ここに至る過程でブラジルの果たした役割は明らかである。とくに外務省の役割は決定的だった。その影響下で、地政学的な力関係の方向転換が促進された。この間ブラジル外相を務めてきたセルソ・アモリンは、2009年に雑誌「外交政策」によって「世界最高の外務大臣」との評価を得た。彼はブラジリアに構築されたルーラ新政権のなかで、もっとも著名な人物となった。

21世紀最初の10年間の終わりにあたり、政治的な統合はこれまでないほどの高い水準に到着した。経済的事情においては未だ克服すべきいくつかの重要な相違が残されているが、これは寛容と長期的視野の上に相互の補完関係が形成されるべきだろう。

確かなことは、これらの変換は、エネルギー統合がふくまれていれば、もっと希望に満ちたものとなっただろうということである。たとえば「南の石油の道」計画がもっと具体的に進展していれば、統合は飛躍的に進んでいただろう。

たとえば「南の銀行」の憲章が生命を吹き込まれていたなら、まったく新しい財政的アーキテクチャーが実現していたかもしれない。それらの議論はすべて尻切れトンボに終わっている。

そういった意味では、「われらがアメリカの諸国人民のためのボリーバル同盟」(ALBA)の息吹は、UNASURに属している全ての国によって受け入れられているとは、到底言い難いのが現状である。

以上挙げたのが、前進面と限界面である。これが「進歩の時代」(progressive era)の最初の10年が終わろうとする現在の状況である。

2011年1月

Raul Zibechi

「大陸を変えた10年」

The Decade that Transformed a Continent

© 2011 Upside Down World

 

はじめに

いろいろな意味で、南アメリカにとって、21世紀の最初の10年間は20世紀の最後の10年間の裏返しであった。多くの目覚しい変化があった。我々は未だこれが一連の蹉跌であるのか新たな時代の始まりであるのかを確言はできない。いずれにせよ間違いなく、この地域は20年前と同じものではない。

90年代は民営化と規制緩和の時代であった。前例のない国家沈没の時代であった。富の強度の集中と多国籍企業の存在感の劇的な強化の時代だった。経済の全部門が民営化されたブラジルでは、国民総生産の30%がその担い手を変えたと見積もられている。

ブラジルの社会学者オリベイラは「それは大震災だった」と語る。ワシントン・コンセンサスは、すべての石をひっくり返した。場合によっては、アルゼンチンの場合のように、ネオリベラリズム・モデルは国家全体の数世代にわたる将来を脅かした。

この変換はより危険なものとなった。なぜなら民営化の嵐は軍事独裁の年月が過ぎ去った直後に襲ったからである。人によってはネオリベラリズムは独裁政権の不可欠な一部であったと主張している。

しかしその恐怖の年月は、また社会の目ざめ、新旧の社会運動の活性化の年月でもあった。サンパウロのフォーラムで大陸の左翼の共同行動が開始された。世界社会フォーラムで世界的な共同行動が開始された。

巨大が民衆蜂起が1989年の「カラカソ」から始まり、ボリビアの二度の「ガス戦争」、2001年のアルゼンチンの反乱へと続いた。反応はきわめて強烈であり、与えられた筋書きは完全に書き換えられた。

70年代以来、この地域から途絶えていた社会主義の波が再び出現した。それはネオリベラリズム政府の退陣のための巨大なカーペットを広げた。それに代わる新世代の政府は、徐々に、しかし持続的に左翼化し、あるいは進歩的な容貌を帯びるようになった。いずれにせよ、彼らはワシントン・コンセンサスに反対の立場に立った。

(31)エル・チョクロ (El Choclo)

HP: もちろんラ・クンパルシータと並ぶ超有名曲で、演奏もピンからキリまでごまんとあります。私はソブラール(Jorge Sobral)という人の歌を初めて聞いたのですが、余りにもうまいので、ついほかの定番演奏を全部捨ててこちらにしてしまいました。

Jorge Sobralで検索をかけたら、それはない。その代わり下り坂(Cuesta Abajo)が大変良い。曲名検索でどうしてこの演奏が引っかからなかったのでしょう?

Su majestad el tango. "El choclo" - 07/09/11
一応これが定盤でしょう。Tita Mercello という歌手のある種の“臭み”がこの曲にぴったりはまって痛快です。


TITA MERELLO - EL CHOCLO
おなじ顔ぶれで、テレビ番組の録画音源のようです。あばずれ女の雰囲気が出ています。

el choclo - juan d'arienzo
しかしこちらも棄てがたい。ただしこちらは歌抜き。

LIBERTAD LAMARQUE " EL CHOCLO "
さすがリベルタ・ラマルケ、見事な歌唱です。しかし Tita Mercello を聴いてしまうと…

El Choclo - Orchestra Ensemble Lalo Schifrin
音は最高です。演奏も水準以上です。


EL CHOCLO
これはピアノ独奏で、MITI DEL TANGOというグループのピアニストが演奏している。クラシック風で気持ちのよい演奏だ。

MARIA GRAÑA- DOMINGO CURA- EL CHOCLO.wmv
マリア・グラーニャの歌で、伴奏は打楽器のみという変わった演奏。けっこう迫力あります。

Violentango - El Choclo (con intro)
バンドネオンとギター二丁の演奏だが、味わい深く聞き応えがある

Tango Project: El Choclo (Villoldo, 1903) - Recorded in 1981
名前からするとアメリカのグループのようだが、端正な演奏だ。


Bandoneon Tango "El Choclo" Raul Jaurena y su orquesta en Montevide
バンドネオンとピアノのデュオ。いい演奏だが、残念ながらライブ版で音が割れている。

Sexteto Mayor - El Choclo
大変立派な演奏ですが、この曲はそんな立派な曲ではありません。料理のしかたを間違えたのでは?


Carlos Di Sarli - El Choclo
ディサルリも悪くありません。しかしどうしてみんなバイア・ブランカに聞こえてしまうのでしょうか。

Tango Argentino - El Choclo, 1929
オルケスタ・ティピカ・ビクトルのおっとりとした上品な演奏です。それ以上のものではありません。

ROBERTO FIRPO - EL CHOCLO
これも似たような演奏です。
結局この曲はティタ・メルセロ以降、性格が変わってしまったのかもしれません。

TANGO入門(2) 4楽団によるエル・チョクロ EL CHOCLO(A ...
例によってISHIZAKI さんのてんこ盛りサービス。ディ・サルリ楽団、ダリエンソ楽団、ピリンチ­ョ五重奏団、サッソーネ楽団の4楽団の演奏が一度に聴けるファイル。


Angel Vargas - Angel D'agostino - El Choclo
チョッと冴えない演奏です。アンヘル・バルガスはちょっと都会的な歌のほうが良いみたいです。自分の楽団をバックにした演奏もありますが、こちらはスカ。

Tango "El Choclo" , por la Orquesta Típica LOS REYES DEL TANGO
この楽団はタンゴからエスプリを抜いた搾りかすみたいな演奏をします。音は良いのですが。

El choclo. Astor Piazzolla.
これも面白くもなんともない演奏です。




EL CHOCLO - VIRGINIA LUQUE
クサい曲ならあうかと思ったが、だめでした。スサナ・リナルディもこの歌にはあいません。

El Choclo
エルチョクロをテーマにしたデスカルガといったところですが、なかなか面白い。ただし音は貧しい。ほかにエル・アランケの演奏もあって期待してみたのですが、会場での盗み撮りで音質は評価以前のものです。

素晴らしい歌手を見つけました。Graciela Figari という名です。今や日本でも珍しいほどの反っ歯。エルチョクロも良いが、音は最悪。名前で検索してひとつだけまともな音源を見つけました。Una làgrima - Graciela Figari ぜひ聞いてやってください。


(32)ナイフで一突き (La Punalada)

HP: もっとも危険な題名のミロンガ。トロイロ楽団のオリジナルだが、どういうわけかダリエンソの十八番。この演奏はホセシート・パセという名前がクレジットされている。ピアノ・バイオリン・バンドネオンの三重奏。ピアノがなかなか良い音を出している。ステレオ初期の録音か、意外に音が悪い。リマスターして欲しい演奏。

La puñalada Sexteto Mayor

セステート・マヨール会心の演奏ではないか。オーソドックスではないが、重くならず、臭くならず、この曲の良さを見事に引き出している。

Tango Uruguayo "la Puñalada" interpreta Carlos lázzari

これも甲乙つけがたい。

Bandoneon Tango "La puñalada" version Uruguaya


ヨウツベではお馴染みのorquesta Matos Rodriguezの演奏。さほど迫力があるわけではないが安心して聞ける。音も良い。

la puñalada - juan d'arienzo

ダリエンソ楽団の演奏。この曲の演奏のスタンダードといえる。

La Punalada - Milonga on EMG gramophone

これはダリエンソを聞くというよりはEMGグラモフォンを聞く音源。高音の伸びには舌を巻く。アナログ録音は無限の可能性を秘めているということがわかる。

La puñalada - C. Angeleri / G. Beytelmann

こいつはすごい。Gustavo Beytelmann : Piano César Angeleri : Guitarra Studio de l´Ermitage, Paris 2010 という説明が着いている。ジャズのインプロヴィゼーションだ。

La Trampera ( Anibal Troilo) - La Puñalada


Tangos Montevideoというトリオの演奏。音は良いがそれなりの演奏。バンドネオンとギターにウッドベースの組み合わせではこんなものでしょう。

Las Guitarras de Oro - La Puñalada (tango milonga)

ギタートリオの演奏。それなりに面白い。






気仙沼のサメがそんなに有名とは知らなかった。ムラタの社長さんのインタビューが赤旗に掲載されている。
全国で年間1万トンのサメ漁のうち、気仙沼はその8,9割を占めていた。
たとえば、最大業者「ムラタ」の冷凍施設には、日本の年間漁獲量に相当する8千トンのサメが貯蔵されていたという。処理のノウハウのレベルが違うようだ。

…サメ処理業は裾野が広い。身は肉屋に、ヒレはヒレ屋に、皮は皮屋に行きます。残った骨を扱う骨屋まであります。社長は「私の関係先でも、皮屋や骨屋ら200人以上の仕事・生活に関わる」と話します。
…漁協幹部も「水産加工の復興の遅れは人口の流出だけではなく、サメの加工という気仙沼の水産加工技術の消失につながる」と述べている。

ところでサメは絶滅危惧種だっけ?

共産党の政策委員会の垣内さんがバフェットの税金をいろいろ計算してくれた。
これだけの苦心はもっと広げないといけない。
以下引用する。

*バフェット氏の税負担を1ドル80円で計算すると、32億円の年間所得に対して5.5億円の連邦税を払った計算になる。

*連邦所得税の最高税率は35%だが、証券取引は最高15%に抑えられているため、税率が下がった。推計では所得の88%が証券取引によるものということになる。

*この収入構成を日本の税体系に当てはめると、税率は11%にまで低下する。所得税の最高税率は40%だが、証券取引への課税は7%(国税)に過ぎないからである。

*地方税を合わせれば日米間の格差はさらに広がる。トータルの負担率を試算すると、ネブラスカ州で25.7%、ニューヨークだと30.2%。これに対し日本では14.8%にしか達しない。

試算にはいろいろな仮定が入っているが、算定の根拠はしっかりしています。よく調べてくれました。ご苦労様でした。

ジェトロ世界貿易投資報告(各国編)より

ベネズエラの経済・貿易・直接投資動向 2011年版

 

 

2008 年  

2009 年

2010 年

実質GDP 成長率(%)

5.3

△3.2

△1.5

貿易収支(米ドル)  

456 億5,600 万

191 億5,300 万

271 億7,300 万

外貨準備高(米ドル)  

330 億9,800 万

217 億300 万

131 億3,700 万

対外債務残高(米ドル)

606 億8,200 万

738 億4,700 万

848 億8,400 万

為替レート(1 米ドルにつき)

BsF,期末値

2.147

 

2.147

 

2.600

4.300

1.経済成長

2010 年にGDP 全体の約7割を占める個人消費はマイナス1.9%となった。部門別では石油部門が0.1%増とほぼゼロ成長,非石油部門は全体が1.6%減となっている。

2009 年第2 四半期からマイナス成長に陥った後,2010 年第4 四半期にプラスに転じ,2011 年第1四半期は4.5%増となった。

数年前までとは異なり政府支出の景気拡大への貢献度は相対的に低下している。

リーマンショックの影響や、原油安もあるが、03年以降の急成長に対し一服気分が出現しているものと思われる。

公共投資により下層階級の生活が向上し、需要が亢進した。生産が追いつけないことと、輸入に厳しい制限が加えられていることから、インフレが出現した。

公共投資の効果はインフレにより相殺されている。

2010 年通年の消費者物価上昇率が27.2%を記録する一方,労働者賃金指数の上昇率は22.2%にとどまった。

この結果、GDP 全体の約7 割を占める個人消費は前年比1.9%減となった。

ただしこの国の諸指標は階級的に見なければならない。就労者の4割がインフォーマル・セクター部門という状況で、「労働者」の概念はあいまいである。

 

2.各分野の成長

GDPの停滞にはかなり政策的な要素が強い。さらにインフラの遅れが足を引っ張る傾向がある。

ベネズエラでは発電の約7 割を水力に依存しており,適切な投資やメンテナンス不足による構造的な問題がある。電力問題は引き続き経済成長の押し下げ要因になるだろう。

基幹産業である金属鉱業の生産量指数は37.1%減となった。これは節電の一環で強制的な減産を余議なくされたためである。

2010 年の自動車販売台数は12 万台で、国産車10 万9,240 台,輸入車1 万5,962 台であった。

2007 年には49 万台を売り上げているから実に74.5%減少である。外車については95.3%減と事実上輸入禁止に近い扱いとなっていることが分かる。

原油価格の上昇により外貨収入は増えたが,企業の外貨割当は前年比8.5%増にとどまった。

今後の成長分野は住宅関連であろう。ベネズエラでは200 万戸以上の住宅が不足している。さらに2010 年末からの大雨洪水で多くの国民(特に貧困層)が住居を失った。チャベス大統領は,今後7年間で200 万戸を建設するプロジェクトを打ち出している。

 

2.対外収支

10年の輸出総額(FOB) は670億ドルで、前年比14.2%の伸びを示した。輸出金額の94.7%を石油部門が占める、極端なモノカルチャー構造を示している。一方輸入総額は0.4%の伸びに留まっている。結果として貿易黒字は前年比42%の伸びを示している。

原油価格は08年前半に120ドルまで高騰した後、リーマンショックで50ドルまで下落し、その後75ドル前後で推移している。この関係で輸入を相当制限したものと思われる。結果的にはこれがインフレの亢進と生産停滞を招いていると見るべきであろう。

輸入総額が前年並みに留まる一方、政府による輸入の割合は輸入総額の24%から34%へ急増している。逆に言えば非政府輸入はその分だけ減っていることになる。貿易への政府の統制が強まっていることを表している。

ベネズエラは「21 世紀型社会主義化」を進めている。大土地所有制に基づく農地や一部民間企業の国有化・接収が行われている。銀行,保険,証券など金融業界でも法制度の見直しが行われた。

これらの施策は民間企業の投資意欲を削ぐ結果となり,対内直接投資額は2年連続でマイナス(資本の流出)となった。

外貨準備高はしばしば適正水準である280 億ドルを割り込む事態が生じ,近年では最も低いレベルで推移している。

これにはからくりがあり、国家開発基金(FONDEN)という会計に外貨を集中させているからである。日本で言えば財政投融資会計である。

ただ財政民主主義の立場から言うと、第二会計の肥大化はあまり健全とはいえないと思うが。


私の感想

アジ研のレポートと論調は共通するが、それよりだいぶ品は良い。データも基本的には揃えてある。

まずはチャベスというより、こういう石油オンリーの国では政府の強い経済介入が必須であることを認識しなければならない。

http://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/7/3/732c8a68.jpg

ベネズエラは30年前の石油ブーム(日本から見ればオイルショック)のときに大々的な設備投資をやって、その借金が貯まり大変な思いをしたことがある。

リーマンショックの後、ほかのラテンアメリカ諸国の景気は回復したのに、ベネズエラだけが立ち直れない、と鬼の首でもとったように言うが、この図を見れば、2010年に強い歳出抑制策をとったのは当たり前の話で、やらないほうがおかしい。

ラテンアメリカ諸国で国民一人当たり所得を見てもあまり意味がない。貧富の差がべらぼうだからである。

資源輸出国だから、基本的には仕事がない。失業が当たり前である。富を配分し、仕事をつくり、国民全体を豊かにするためには公共投資しかない。したがって政府支出が景気と経済成長をもろに規定する。

こういう国と政府をどのように運営すべきだろうか、そういう問いかけを常に自らに課しながら、経済分析をしないと意味がない。

たんなる投資先としてはおよそ魅力のない国だから、その向きの方はご遠慮願ったほうが良いだろう。

 

 これがネタ本のようだ。それにしてもこんな文章が日本を代表する銀行の情勢評価の基礎になってしまうんですね。

アジ研のレポートで題名は「ベネズエラ: ボリーバル革命に立ち込める暗雲」筆者は坂口安紀さんという人である。

コピペ禁のため、箇条書きにして紹介する。

1.ヘテロドックス政策とマクロ経済のゆがみ累積

*インフレ率が年間30%。5年間の累積は174%。

*1ドル2.15ボリバルの固定相場が維持される。この分が通貨の過大評価につながる。

*2010年5月、通貨の50%切り下げ。しかしペルムータ・レートと呼ばれるセカンダリー市場の相場は5~6ボリーバルで推移。

*政府はペルムータ市場におけるドル建て債券の増発によりレートの引き下げを図った。しかし発行高が僅少なためレートはさらに上昇し、現在は7ボリーバルを越えている。

2.生産活動の停滞

*生産活動は08年前半まで好調だったが、リーマンショックの後停滞。09年はマイナス3.3%に落ち込んだ。

*問題は10年に入っても生産活動の活発化が見られないことである。ラテンアメリカのほとんどの国が再成長を開始し、石油価格も70ドル台を維持しているにもかかわらず、再成長の動きが見られないことは事態の深刻さを示している

ここで坂口さんは4つの要因を指摘している。

①食料・基礎生活財におけるコストを無視した価格統制が企業の生産意欲を阻害している。

②企業や不動産の接収が加速し、企業の投資意欲を阻害している。

③外貨不足による原材料の確保困難。

④電力不足による生産制限。(アルミ精錬、製鉄などの国営企業は40%節減)

http://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/0/a/0a0268e6.jpg

「上記を鑑みると、ベネズエラがマイナス成長から抜け出せない理由は、チャベス政権のもたらした経済の構造的ゆがみが原因であったと考えるのが妥当であろう」

①、②については事実関係があいまいで、原因と結果の結びつけは恣意的である。

③については検討が必要。

④については需要の拡大に基づく相対的なものなら、ここに入れるのは間違いだ。東南アジアでは日常茶飯事だ。

ということで、のっけから「郵便ポストが赤いのもみんなあなたが悪いのよ」とばかりのけんか腰、学術研究としてはきわめて下品で“ヘタレドックス”である。

3.汚職の蔓延とボリブルの台頭

この問題は必ず出てくると思ったが、やはりだ。明治維新後の政商たちの跋扈と同じだ。

*09年11月、11の新興銀行が不正取引の疑いで手入れを食らい、社長が逮捕され、接収された。最大のスキャンダルはチャコン科学技術大臣の弟が逮捕されたことである。

*反革命ゼネストを闘い、チャベスの盟友だったリカルド・フェルナンデスも逮捕された。彼は駐車場の管理人からのし上がり、複数の銀行を含む数十の企業のオーナーとなっていた。

4.人権抑圧の拡大

ここまでくると、「坂口さん何しに行ったの?」ということになる。

*「世論調査ではチャベスに不信感を持つ人が70%に達し、支持率も44%に落ちている」と書いている。

出所はクーデターの片棒を担いだあの「エル・ウニベルサール」だ。カラカスのホテルで遊んでいたのか。ウニベルサールの「世論調査」がどんな結果を出すのかくらい、札幌に居ても分かる。

*政治犯の数はキューバに次いで2番目に多い国となってる。チャベスと違う意見を持つこと自体が犯罪扱いされている。…新聞でも「恐怖政治」などの言葉が飛び交うようになった。

これも反動紙エル・ナシオナールの記事だ。この後も「自由と人権侵害」に関する記述が延々と続く。そして「これはまともな人ではないな。職業売文家だな」と、坂口さんに対する目はますます醒めてゆく。

*治安状況はますます悪化している。その原因としてはチャベス大統領自らの富裕層への攻撃的レトリックや土地不法侵入の容認姿勢が、富めるものへの強奪行為に対するモラル的ハードルを下げているように思われる。

この人は女性でカラカス在住、文章をアジ研に送って給料をもらっている身分のようです。むかしゼネストの頃、カラカスの高級住宅街に住んでいて、そこに住む「庶民」の反チャベス活動をせっせと送っていた商社員の妻が居ました。今そのことを思い出しています。ただあの人には悪気はなかった…

ベネズエラ経済の現状と今後の課題」と題するレポートがある。09年12月執筆のものだ。
三菱UFJ調査部の堀江さんという方が書いている。
一読してフムフムとうなづいたが、コピー禁止のため泣く泣く摘要を作り始めた。やっているうちに何か変だぞと感じるようになった。
正面から評価すべき、マクロ指標がきちっと抑えられていないのである。資料の採否が恣意的である。おそらく政府発表、あるいはECLACの統計が使われていないのではないか。

ベネズエラという国は二重の意味で特殊な国である。
まずは石油で食っている国だという特殊性である。GDPの大半を石油関連が占めてしまうので、それだけでは経済指標にならない。原油価格が半分になればGDPも半分になるのである。
第二に、チャベス体制の下で一種の金融鎖国政策がとられていることである。こういう国ではドルは「闇ドル」として流通するしかないし、輸入産品がえらく高くなることも間違いない。そういう面もふくめて基礎生活レベルで見ていかなければならないのである。

経済分析をする上では、最低この二つを抑えておかないと、意味のある分析にはならないと思う。
そのうえで、堀江さんの提出したデータから私の感じたいくつかのポイントを述べたい。

ベネズエラ型の発展モデルはどのようなもので、どのように進行しているのか。かつてプレビッシュが提唱し、ペロンが試み失敗に終わった「輸入代替」構想の再現に終わる可能性はあるのか。

行政があまりにも多くを背負い過ぎている可能性はないか、市場の役割がスポイルされていない可能性はないか。行政におんぶにだっこ型企業がのさばっている可能性はないか。

21世紀型の社会主義を考える上で、「旧ソ連の誤りを決して再現してはならない」という点が決定的に重要だ。そのことは当局も十分理解していると思うが、そのための保障となるポイントをどう捉えているのか。

もう一つは金融・為替政策だ。そもそも為替固定制度は、02年暮の石油ゼネストで、チャベス政権を打倒しようとした時、アメリカが金融体制の崩壊を狙って売り浴びせをかけたとき、これに対する防衛体制として開始されたものだ。

外貨はうなるほどある。身の程知らずの設備投資をしない限り、海外資金投入の必要はあまりない。しかしそれ以外の理由もふくめ、それなりにグローバル・スタンダードの中に身を置くべきだろう。(今年になって40%の通貨切り下げを行った)

外資導入は外貨準備に合わせて総量を規制すればよいので、著しい内外価格差を生まないような合理的な基準を打ち出すべきではないか。






いま大事なのは、大企業の未来と日本の未来を分けて考えることだ。

「国際競争力」についても大企業の国際競争力と、日本の国際競争力を分けて考えるべきだ。大企業の国際競争力を強化すれば、日本の国力は衰える。現にそうなっているではないか。現実を直視せよ。

大企業と一体の政策運営をすれば、大企業は良いだろうが、日本の底力は弱まるばかりだ。大企業の横暴を抑えてこそ、日本はふたたび成長と発展の過程に入ることができる。

大企業は国際競争力の源をコスト競争力と考えている。コストの削減は必要だが、人件費は正確にはコストではない。労働力の質の評価なのだ。日本国民の持つ生産力の評価なのだ。

大企業はさらに海外への進出を強めている。それはそれで良いだろう。しかしコスト至上主義の下では、それはいずれ破綻するだろう。現地企業が技術力を高めれば、所詮コストでは対抗できないからだ。

国際競争力=コスト競争力という呪縛から、日本は解き放たれなくてはいけない。なぜならそこに未来はないからだ。

大企業は今や日本の寄生虫と化している。日本を弱らせ、自らはますます肥え太っている。

しかしそれが何時まで続くというのだろう。やがて日本という国が朽ち果てれば、大企業の繁栄も終わりを告げるのではないか。

そこまで突き進むのかどうか、それがいま問われている。

(29)ラ・モローチャ (La Morocha)

HP: 歌入りの演奏もあって、捨てがたいのですが、エクトル・バレーラのバランスのとれた品の良い演奏が光ります。モローチャは褐色の肌の女性のことで、ムラータという表現と近いのかもしれません。

Víctor Lavallén Quinteto.Japón 2010.La Morocha ( Villoldo-Saborido)

エクトル・バレーラの演奏はなさそうです。代わりにこんな音源がありました。日本でのコンサートの録画のようです。この曲は歌なしのほうが良さそうな気がします。

LIBERTAD LAMARQUE " LA MOROCHA "

映画の音しかありませんが、一応これが定番です。

Tango Uruguayan "La Morocha" - Francisco Canaro

カナロ楽団をバックにアダ・ファルコンが歌っています。SP盤をそのまま再生した音源です。

Bandoneon Tango "La Morocha" Virginia Luque

ビルヒニア・ルケ若かりし頃の映画のシーンです。むかしは美人で、歌にもそれほど癖がなかったようです。彼女はこの歌を十八番にしているようで、ほかにもいくつか音源がありますが、いずれも腐臭が漂い聞くに耐えません。なれ鮨がお好きな人にはお勧めです。

SABINA OLMOS ''LA MOROCHA'' orchestra Charlo.wmv

これは案外雰囲気が出ていて良いです。中間のミロンガ調のところがいまひとつ乗りが悪いのが惜しまれます。

Carlos Di Sarli-La Morocha


良くも悪しくもディサルリのラ・モローチャです。

Ranko Fujisawa - La Morocha

ロリータ・トレスの歌もアップされていますが、それくらいならこちらのほうがまだ綺麗で良い。

Voleos e Adornos - La Morocha

番外ですが、変な一人踊りの伴奏にレコードをかけているのですが、この演奏が良い。誰の演奏でしょうか? ダリエンソっぽいのですが…

Fumio Nanri - INDIANA

番外の番外。これは肩の力が抜けて、惚れ惚れするほどうまい(トランペット以外)。ギターの沢田駿吾は、30年前六本木のジャズ酒場で聴いて、あまりのうまさに感動して、楽屋までサインをもらいに行った記憶があります。

(30)淡き光に (A Media Luz)

HP: ちょっとタンゴをかじった人なら、ラ・クンパルシータよりこちらのほうが人気が高いでしょう。「こりえんてー、れくぁとろおーちょ」と聞くと、それだけでゾクッとくるほどです。ホセ・バッソが一番とは思えませんが、とりあえずラジオ・タンゴの録音ではこれくらいしかないので。

LIBERTAD LAMARQUE - A MEDIA LUZ (1925)

このリベルタ・ラマルケは絶品です。地でやってるみたいな雰囲気を漂わせています。

¿Carlos Gardel? - A media luz

不思議な演奏です。クレジットにはガルデルの歌と書いてあって、たしかにガルデルっぽいのですが、ステレオです。おそらく合成したものと思われます。ラテンアメリカではよくある手法です。

Bandoneon Tango "A media luz" version Uruguaya

160番目に登場するファイルですが、演奏、音質ともにトップレベルです。歌詞が出てくるので、カラオケ代わりにもなります。

PEDRO MESIAS " A MEDIA LUZ"

この音源はなんと240番目に出てきました。歌なしですが、よい演奏です。

A Media Luz - Fulvio Salamanca Y Su Orchestra

なんでこれが280番目なんだ? ええかげんにせぇ!

Héctor Varela - Lesica - Ledesma - A Media luz


エクトル・バレラ楽団の演奏で歌手はロドルフォ・レシカ。地味だが飽きの来ない標準的な演奏。

A media luz Nina Miranda.mpg

ラシアッティ楽団の演奏で歌がニニャ・ミランダ。恐ろしく速いテンポだが、さすがに歌い切っている。

Tango Project: A Media Luz (Donato, 1925)

これもクラシック音楽を聞く気分の演奏。しかしもうちょっと艶があってもよいのではと思う。

Pilar Arcos - A media luz

相当物好きの類になるが、この歌手はうまい。さすがにこの録音はひどいが、フマンド・エスペロは聞く価値がある。トド・タンゴによれば、1893年ハバナの生まれでマドリドの音楽院を卒業した後ニューヨークで活躍。フレセド楽団をバックにタンゴも歌った。

Bianco-Bachicha : A Media Luz

「Chanté par César Alberu Orchestre Argentin Bianco-Bachicha 品川さんのレコード棚より」 というクレジットがついています。そうとう崩した歌い方ですが、崩し方がポルテーニョっぽい。品川さん、ビクトローラで再生しているところがにくい。音質もよくおすすめです。

A MEDIA LUZ
Anna Maria Castelli という歌手が歌っています、シャンソンの語法です。ルイス・バカロフというピアノ弾きの爺さんが良い。

Pureza Natural - A Media Luz (Live)

これは同名異曲です。しかしものすごくイイ! リズム的には昔で言うファンキーになるのでしょうか。しかし演奏はクールです。



オバマ大統領は19日、先日議会での演説で検討中としていた総額3兆ドルの赤字削減案を発表した。共和党幹部はこの提案を「階級闘争だ」と非難した。

1.5兆ドルを富裕層増税などの税制改革で削減。

①富裕層に対するブッシュ減税の打ち切りで0.9兆ドル削減。
②税の抜け穴や石油産業などの税優遇を撤廃。
③年収100万ドル以上の富裕層の税負担を引き上げ。

2.イラク・アフガン撤退で1.1兆ドルの削減。


3.公的医療保険の無駄な支出を抑制
ただし富裕層増税なしに、高齢者医療保険支出を抑制することは拒否。

というから、たしかにあからさまにけんか腰だ。これでは、いまの議会の力関係では通らない。通らないことを覚悟のけんかだ。そういう意味ではまさに「階級闘争」だ。

オバマは国際的世論が自分に味方し、共和党に批判的であることを感じているし、国内にも潜在的な支持層が分厚く存在していると感じているようだ。
そして勝負は議会での数だけではないことを感じているし、それを大衆の支持でひっくり返すことは可能だと革新しているのだろう。彼は大恐慌の後のF.D.ルーズベルトを意識しているのかもしれない。

国際通貨基金:IMFが世界経済見通しを発表した。

報告は、緩慢ながらも回復を続けてきた世界経済が「新たな危険局面に入った」と警告。

特にユーロ圏の債務危機について、「政策決定者による制御を超えて進行している」と強い調子で指摘している。ただ方途としては7月のユーロ圏首脳会議の合意を推進することをうたうだけで、新味はない。

またアメリカについては、「深刻な党派対立が政策の不透明性を高めている」とし、間接的ながら共和党の動きを批判。中長期的な財政健全化策の必要は認めつつも、拙速な財政切り詰めは「一段と成長見通しを弱まらせる」と批判し短期的には景気に軸足を置くよう求めている。

新興国経済について、「不透明さが一段と増している」とし、下振れリスクの拡大に強い懸念を示した。

日本については、公的債務の削減に力を注ぐようもとめている。しかし債務拡大の原因となっている賃金デフレの問題には触れていない。「まぁええようにせぇ」ということだろう。

震災で仕事を失い、失業手当を受けている人は、被災三県で7万人いる。
特例で4ヶ月延長されたが、それが10月11日以降切れ始める。もっとも長い人でも来年1月までにはすべて打ち切りとなる。7万人が手に職なく路頭に投げ出されることになる。その子供・家族を含めれば、その影響はさらに大きい。
大幅延長が必要だが、政府にいまだ動きはない。

この報道には、正直、唖然とした。これが人間のやることか、ここまで人間は冷酷になれるものなのか。

恥ずかしながら、「情報収集衛星」の実態についてほとんど知らなかった。
赤旗が、17日付社会面で報道してくれた。
まずは今回の問題。

共産党の吉井議員の話: 
大地震、津波、原発事故の状況について、情報収集衛星の画像公開を何度も要求してきたが、政府は拒否し続けている。
今回の台風12号の被害についても、土砂ダム決壊や新荘崩壊の危険性について重要な情報が得られるはずなのに、これも拒否している。
そもそも情報収集衛星の導入の目的は大規模災害への対応であった。背景には軍事偏重がある。

これは大変な話だ。これ以上の大規模災害はない。たとえ真の目的が軍事にあったとしても、いま出さなくて何のための衛星か。責任者は直ちに断罪されるべきであり、更迭されるべきだ。血の通った人間とは思えない。人情から考えて到底許される行為とはいえない。

それはそれとして、情報収集衛星の背景について、赤旗に解説がある。
情報収集衛星は、内閣情報調査室内の「衛星情報センター」を母体として2001年に計画が開始された。目的は①大規模災害への対応、②安全保障の二つである。
03年に1号機が打ち上げられ、その後現在までに8機が打ち上げられ、17年までにさらに9機が打ち上げられる予定となっている。性能や運用実態、撮影画像は非公開とされている。
なお、これまで衛星打ち上げに8千億円以上がつぎ込まれているが、打ち上げられた8機のうち5機が失敗に終わっており、それだけでも会計検査上からいえば大問題である。
撮影データを利用できるのは防衛省や公安調査庁などとなっている。これでは大規模災害には利用できない。8千億円の事業だから当然立法措置を必要としているはずだが、条文は一体どうなっているのだろうか。



ずいぶんと振りかぶった題名のレポートがあった。「世界経済・米国経済における新たな動きと諸問題」、筆者はみずほコーポの専務執行役員チーフエコノミストの中島厚志さんという人

2010年11月5日の日付だから若干古いが、まずまずアップデートだ。

1.金融危機後の世界経済

まず鉱工業生産統計から実体経済の動向をみる。中国経済とアジア経済の好調が際立つ展開。日本・ユーロ圏は9割強の水準。

筆者はもともと大恐慌を勉強したらしく、現代を“大恐慌期に類似する世界経済”と特徴付ける。そして、「政策手段が限られる中、当面地道に財政健全化と景気回復を図らざるを得ない」とする。まぁ常識的な線である。


2.浮き彫りになった世界経済の課題

(1)バブル経済からの脱却

次いでニクソンショック以降のトレンドをバブルの連続に過ぎなかったと評価する

…1971年以降の米ダウ平均株価の推移を見ると、とりわけ80年以降に5つのブームが訪れているが、いずれも健全な経済成長と財政金融政策の帰結とは言いがたい…

…バブルの繰り返しでは先進国経済の安定成長にはつながらない…

そして

…今回の米国の金融危機も、これまでのアンバランスな金融部門の拡大によって形作られた債務過剰に起因するもの…

と断罪する。

ここは本質をとらえた指摘だと思う。実体経済の数十倍に膨らんだ信用は、結局は借金の塊であり、いったん収縮局面に入ればそれは債務の塊となるわけだ。

それが怪しげなジャンク債ではなく、ドル紙幣によって裏付けられていようと、ドルそのものが紙くずになれば、実体的には裏づけのないものとなる。金本位制の放棄と変動相場制導入の必然的帰結だ。

つぎに金融危機後の動きの評価に入る

…米国は量的緩和姿勢を強めている。金融危機の契機となった「住宅ローンバブル」は終息したが、新たな「中央銀行バブル」が発生しつつある…

…世界的な流動性不足に対応するためとはいえ、FRBの流動性供給は突出している。それでも景気減速がやまず、FRBはさらに流動性を拡大する方向にある…

この方向の先に何があるか、筆者は警告する

…このままでは、「中央銀行バブル」の行き過ぎで新興国経済の失速、世界経済の再失速、金融市場の混乱などが生じる…

(2)主要先進国での構造的な需要不足

…金融危機後の需要急落により、主要国ではディスインフレが進行した。日本では、賃金下落の持続が安値買いや買い控えを長引かせる要因となっている…

トップ・アナリストが、本音としては、不況の原因を「国際競争力」や「円高」のためとは見ていないことが良く分かる。

(3)市場経済と社会安定のバランス

…市場メカニズムの下で小さな政府、民営化、規制緩和などを説く新自由主義的かつサプライサイド的な経済運営が行き詰った…

…社会福祉もあわせて追求してきたユーロ圏経済も、財政制約の高まりによる社会保障水準の引き下げに追い込まれている…

現在の危機を新自由主義の行き詰まりと見る視点は正しいと思う。ただしユーロ圏についての表現はおかしい。社会福祉が悪かったのか新自由主義が悪かったのかはぼかされ、アメリカもヨーロッパもダメというニュアンスになっている。

3.先進国・新興国経済モデルの課題

(1)先進国と新興国のデカップリング

…人口が多い新興国が高成長を続け、世界経済を牽引する構図は金融危機後の世界経済の大きな特徴…

…新興国経済の課題は、キャッチアップ型成長モデルの限界と金融バブル懸念…

実体経済として成長しているのは新興国のみという現状、しかもそこには、キャッチアップの完了という壁がすぐそこにある。中国のGDP伸び率の鈍化と物価騰貴としてすでに前兆は現れている。

(2)先進国は成長モデル再構築の局面

ここから先、筆者は不況脱却のモデルを提示する

…先進国は大きな需要創造を図ることがブレイクスルーへの道だ。安定した内外需を確保するためには、①充実した社会保障制度、②産業競争力のある産業を維持強化する、ことが不可欠だ…

そしてスエーデン型国家形成を推薦する

…福祉国家スウェーデンは安定した個人消費に加えて投資、輸出のウエイトも大きい。また、その経済の生産性(TFP)の伸びは高く、ひとつの先進国経済モデルだ…

また、新興国との差別化と人的資源開発が先進国復権への鍵と強調する

…中国等新興国の産業高度化も著しいことから、差別化は大きなイノベーション、画期的なビジネスモデルの開発、新たなグローバルスタンダードの定着、などが焦点になる…

…教育の一層の充実は先進国が新興国と差別化するための最大の手段である。ただしこれは実現が不確実で時間がかかる、政治的安定と国民の強い意志が不可欠だ…

ということで閉めている。

銀行の政策トップという立場からして、それほど学問的に突っ込んだ文章ではなく、メモ書き程度のものだが、実践的な勘所を押さえたものとなっている。

金融界の中枢からこのような意見が出始めているということは、間違いなく私たちが政治の転換点に差し掛かっているということだろう。


「曇りガラスを手で拭いて、あなた明日が見えますか?」

デンマークで社会民主党を中心とする中道左派が選挙に勝った。
社会民主党政権はこれまでも多数誕生している。しかしそれらの政権はネオリベラリズム推進という立場では保守党と変わりなかった。
今回の勝利の特徴は、金融危機と不景気に直面し、これをどう打開していくかという点で、野党連合がネオリベを否定する立場を主張し勝利したということにある。
これまで政権を担ってきた中道右派政権は、緊縮財政の継続と年金削減などを訴えた。これに対し中道左派は景気回復のための積極的な政策、その財源として富裕層増税を訴えた。これまで偽りの争点として「移民問題」が取り上げられてきたが、今回は主要な争点とはならなかった。

新聞報道だけなので詳細は不明だが、いよいよ「富裕層増税」が政治の主要争点となってきた。国民の目がそちらに向いてきた。これはオバマにも追い風となるだろう。

デンマークはユーロを採用していない。2000年、2004年の国民投票でユーロ導入は否決されている。
したがって独自の財政政策は、原則的には可能である。ただしヨーロッパ為替相場メカニズムを通じて、対ユーロ為替相場の変動幅は2.25%以内に抑えられている。
スエーデンもユーロ非加入、ノルウエーはEUそのものに非加入である。

同じく市田書記局長の質問から…

手続きの遅れが目にあまる。

共同利用漁船等復旧支援対策事業、養殖施設復旧支援対策事業、漁港関係等災害復旧事業: 第一次補正予算の対象事業が、8月末現在一円も支出されていない。

というのでびっくりして調べてみたが、どうも原因がはっきりしない。「災害復興研究」という雑誌があって、PDF形式で閲覧できる。

日本のように始終天災があって、そのたびに救援・復旧事業が行われている国では、それなりにシステムも整備されているはずだが、よほど深刻なシステムの落 とし穴があったのか、この位が当たり前と割り切るべきなのか、得心が行かない。しかし庶民感情としては半年たって執行ゼロというのは合点が行かない。

答弁を見ると、
①補正予算事業は、現在多くの事業の交付決定や査定内着工を実施している。
②指摘の事業も執行は着実に進んでいる。
③水産業インフラ復旧に必要不可欠な機器等の整備を支援している。
となっており、質問の内容を否定しているような、答えていないような変な答弁である。
質問の内容は大変重要なことなのだから、はぐらかさないでしっかり答えてほしい。
別にそれで責めようとは思わない。ただシステムに問題があることも間違いない。改良が必要だということではお互い一致するはずだ。


一つ覚えたのだが、制度設計の原則は“MECE”というのだそうだ。これは Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive の頭文字をとったもので、「それぞれが重複することなく、全体集合としてモレがない」という意味である。つまり「ダブリなく・漏れなく」でなければいけな いということだ。

ただ、その原則が金科玉条なのか、たとえば山田町のルポを見ると、義捐金の交付すら3ヶ月近くたっての開始となっている。
たしかに金よりまず水だし、医療だし、食料だし、石油だし、電気だろう。しかし着の身着のままで逃げた人にとっては、1ヶ月もすれば一番不足するのは現金だ。
ただ金は救援物資の配り方とは異なるから、別途の配布ルートが必要になる。そこまで自治体は手が回らない。“MECE”の原則を守る限り、たしかにそこは隘路だ。
 

市田書記局長の代表質問は最初に、「復旧・復興の究極の目標」を掲げている。
①これまで被災地で暮らし、あの大津波から生きながらえたすべての人々が、これからも安心してその地で住み続けることができるようにすること、
②子や孫たちの世代に地域社会を残すことであります。

そのためには復旧課題として住環境の整備があるが、長期的に見れば雇用の確保がもっとも大事だ。雇用の確保のためには事業の再開が必要だ。

そのためには
①被災した事業所の抱える「二重ローン」の解消が鍵となる。
②事業所・店舗への直接支援も必要だ。
③とくに漁業関係では、生産・加工・流通施設への支援が必要だ。

ここまでみると、神戸大震災の復興方針とはだいぶ違っていることに気づく。
津波被害は陸の孤島のような集落が集落丸ごと破壊されたことが特徴であり、神戸のような地震+火事でまだら被害を受けたのとは異なる。たとえは悪いが東京大空襲と広島・長崎の原爆の違いのようなものだ。
水産業が唯一最大の産業である集落で、生産設備一式が消滅したことから、まったくゼロからの再出発となるところも深刻だ。
そもそも震災前から限界集落化しており、再生能力が極めて低いことも特徴だ。率直に言えば一定の取捨選択は避けて通れない。その際は被災者一人ひとりへの対応がより重要になる場合もある。
良くも悪しくも、震災を名目にして都市再開発を推し進めるような計画は立てられない。業者にしてみればそれほどおいしいもうけ話は浮かんでこない。だから政府は復興をサボるだろう。
復興は、それをやらせる国民の圧力にかかっている。とくに財界に出資を強制する復興債の実現が大事だと思う。



日本経済には二つの隘路があると思う。
一つはデフレ・円高のスパイラルだ。
国際競争力を目標にする限り、円高は必至だ。「因果は回る、火の車」だ。
世界はギブ・アンド・テーク。誰かがもうかれば誰かが埋め合わせしなければならない。企業が輸出でもうかれば、円の評価は上がり、円高不況になる。それで苦しむのは国民だ。
収支はトントンでいいのだ。どこが着地点なのか、どう着地すればよいのか、真剣に考えるときだ。
もう一つは総量緩和・財政赤字のスパイラルだ。
「流動性の罠」は、とうに実証されている。日銀の金融操作だけで解決しようとしても事態はますます悪化するだけだ。白川総裁も、あのバーナンキでさえ、「景気回復は政府の課題だ」といっている。

今年6月にQE2(連銀の量的緩和第二段)の終了をもって、新自由主義の政策は最終的に崩壊した。今日のアメリカ・ヨーロッパは、間違いなく明日の日本だ。
「有効需要の喚起」というケインズ的手法が、部分的にはこれに代替されなければならないだろう。とりわけ需要一般ではなく、政府の所得再配分機能の発揮が求めれれる。
オバマの新政策は、迂余曲折はあっても実現していくあろうし、実現させなくてはならない。
同時にヨーロッパですでに始まっている、大企業・金融を国民的統制のもとに置くという課題が避けて通れなくなるだろう。

本屋へ行ったら、中央公論が平積みになっていた。何かと思ったら、「災後の“空気”がおかしい」という大特集。「“本音”も“正論”も言えない社会」という副題がついている。


http://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/a/2/a251cd98.jpg

以下が所収の論文名。

黙る良識派、跋扈するエセ専門家
  原発不信増幅の構造 澤昭裕
既得権益者を甘やかすな それでも東北の農業漁業に「改革」は必要だ
<対談>本間正義×小松正之
強いリーダーをねだらず“民”が自立を
<対談>原丈人×長谷川幸洋
テレビのなかで消費される知識人 竹内洋


当節、支配層の嘆きが良く分かる題名です。震災までのあの甘くやさしい「空気」はどこへ行ってしまったのか、“本音”や“正論”言い放題の世界はどこに行ってしまったのか…

「水素爆発しても、放射能が飛び散っても安心」とテレビでしゃべり続けてきた、「良識派」の東大教授たちはいまや沈黙し、いまや全世界で「原発廃止しかない」とするエセ専門家が跋扈しています。

既得権益者の背水の陣をしいた抵抗は予想以上のものでした。漁業特区を掲げ、漁業関係者の総すかんを食らった宮城県知事は、影を潜めています。

それでも支配層は野田政権の誕生に未来を見出そうとしています。だから菅首相のときはあれほどまでに指導力の欠如を非難したのに、今度は手のひらを返したように、「強いリーダーをねだらず“民”が自立を」と諭しに回ったのです。

しかし“民”が自立するようになれば、「空気」はおかしいどころか、ますます剣呑になっていくでしょう。

震災後半年を経て、日本国民は大きく変わりつつある。特集はそのことを逆の立場から証明してくれたようで、その変化を改めて実感させられます。

「大地の侍」を見てきました。見た感想は一言では言えません。言いにくいものがあります。

ぎゅっと言葉をつめて言えば失敗作でしょう。しかし「思いのぎっしり詰まった失敗作」であり、「負けたけどいい試合だったね」という感じです。

映画のあらすじは「日のあたらない邦画劇場」http://home.f05.itscom.net/kota2/ が詳しい。蛇足だが、この人の映画解説は映画を見るより楽しい。

分かりもしないのに偉そうにいうのですが、これは当時の東映としては大作です。しかも共産党員作家の書いた小説の映画化です。何でこんな映画を大川社長は作らせたのか。それは「怪傑黒頭巾」シリーズを続けざまにヒットさせた佐伯監督と大友柳太朗に対する論功行賞だと思います。

御存じ快傑黒頭巾 第二話 新選組追撃御存じ快傑黒頭巾 マグナの瞳御存じ快傑黒頭巾 危機一発

この映画が封切られた昭和31年、私は10歳、小学4年生です。喜び勇んでこの映画を見に行きましたが、映画館を出るときは狐につままれたような気分でした。それから55年、まったくどのシーンも覚えていなかったし、実際に映画を見てもまったく思い出すものはありませんでした。ただ大友柳太朗のホームベース顔が普通のオジサン顔になって、笑って、「がんばろうな」といわれているような記憶だけあります。

実際のところ、なんで大友柳太朗が良かったのかは分からないのです。強いていえば子供たちは「良き親父」像を求めていたのかもしれません。錦之助も千代介もスターで縁遠い存在でした。大友柳太朗は東映のスターシステムから言えば傍流で、右太衛門、千恵蔵がメインでした。大友柳太朗の相方も喜多川千鶴という狐目の老け顔女優でした。

そのスター・システムを改変せずに好成績に報いるとすれば、何か1本作らせてやるのが良いだろうと社長は考えたのではないでしょうか。

 

映画「大地の侍」のチラシ(北の映像ミュージアム提供)大地の侍

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 この秋をめづる心の湧く間なく起きて働きつかれて眠る

昭和萬葉(まんようしゅう)」(講談社刊)に俳優、大友柳太朗の4首の一首。花も月もない秋の歌である。1939年(昭和14年)といえば「丹下左膳(さぜん)」や「むっつり右門」の当たり役を演じる前、27歳当時の作である。

何気なく気づいたのだが、宮本顕治は4歳上で、徳山中学から松山高校に進んでいる。その高校生活3年間と大友柳太朗の松山中学の生活は完全に重なっている。だからどうということではないが…

バフェット発言について勉強すると書いたが、その結果を以下に記しておく。

バフェットの発言というのは、そもそも「ニューヨーク・タイムズ」紙への寄稿であり、それは8月15日の紙上に掲載されている。

題名は Stop Coddling the Rich  (金持ちを甘やかすのはやめろ)

各紙の報道を総合すると、バフェットは以下のように語っている。


 

私や私の友人は、億万長者に優しい議会によって、もう十分に甘やかされてきた。貧困層と中間層がアフガニスタンで我々のために戦い、大半の米国人がやりくりに苦しんでいるというのに、われわれ超富裕層には桁外れの税優遇が続けられている。

政治家たちは『痛みを分かち合うこと』を求めてきた。だが、そのなかに私は含まれていなかった。大富豪の友人らにも「どの程度の痛みを覚悟しているのか」と聞いてみたが、分かったのは、彼らも対象外だということだ。

わたし自身が昨年支払った所得税、給与税などの連邦税は693万8744ドルである。額だけなら高額に聞こえるかもしれないが、所得との比率で言えば課税所得の17.4%にすぎない。いっぽう、わたしの職場にいるスタッフ20人の税率は33~41%だ。平均で36%にも達する。私の税金は一番低い。

金持ちの中には、私よりもっと税率が低い人もいる。ある投資マネジャーは、何十億ドルも所得があるのに、その15%しか税金を払っていない。1992年には、トップ400人の高額所得者がIRSに対し、支払う税金の比率は、29.2%だった。2008年時、この比率は、21.5%まで落ち込んでしまっている。その一方で、中間層には最大25%の所得税が課されている。

収入に対する定率性が復活されなければならない。人口の99.7%は100万ドル以下の収入の人々である。その課税率は現状維持とすべきだ。その一方で、配当やキャピタルゲインなどで100万ドルを超える課税所得者24万人については、直ちに増税をすべきだ。さらに年収1000万ドルを超える8千人には、より高い税率を適用すべきだ。

増税が投資や雇用創出に影響することはない。富裕層に重税を課すと、投資意欲を削ぎ雇用にマイナスに働くと叫ぶ人がいる。しかしそれは嘘だ。20世紀末の20年間、私に対する課税率は、もっとずっと高かった。1976年にはキャピタルゲイン税率は39.9%だった。それでも4千万件の雇用が創出されている。

しかし富裕層減税の導入後には、雇用創出数は減少している。人々が投資するのはお金を増やすためだった。投資熱は、増税があるかもしれないというだけで冷え込むことはなかった。私や私の周囲の投資家は、意味のある投資に着手することをやめたことなどない。

議会は経済危機に対処する能力を持っているのか、米国人は議会に疑問を抱き、信頼を失いつつある。政治家は今こそ、犠牲の分かち合いについて真剣に考える時だ。

いま非常に多くの国民がほんとうに苦しんでいる。迅速かつ現実的で実のある内容を伴った行動が必要だ。そういうときなら、なおさら、富裕層の多くも増税をいとわないだろう。そうではないか。


ウォーレン・バフェットは今年80歳。いまも投資持株会社「バークシャー・ハサウェイ」(Berkshire Hathaway)最高経営責任者の地位にある。フォーブスによる世界長者番付で3位に入る大富豪である。

いっぽうでネブラスカ州オマハに住んでいることから、「オマハの賢人」とも称され、神託(Oracle)とも称される独特の発言によりカリスマ的人気を博している。日本でもほとんど信者と呼べるほどの熱狂的な支持者が大勢いる。たしかにスターウォーズのヨーダの風貌に似ていなくもない。

ロイターによれば、バフェットが富裕層への増税を訴えかけるのは今回が初めてではない。昨年11月にもABCニュースのインタビューで、高額所得者は「相当多く」の税金を負担する義務があると語っていた。そういう意味では新味はない。

したがって語った中身が問題ではなく、そのタイミングが問題なのだという。米連邦債務上限の引き上げなどで米国の財政問題に関心が集まっており、2012年の米大統領選挙でも財政問題や税制が大きな争点になるとみられていることが、この発言の意義だととらえる。

連邦債務上限引き上げ問題は民主、共和党双方の議員を巻き込んだ泥沼の攻防を招いた。8月2日の期限直前で債務不履行は回避されたが、議会への国民の信頼は大きく揺らいだ。

オバマ政権は財政難打開のため、ブッシュ前政権が導入した富裕層減税措置の停止を求めているが、共和党は財政赤字削減は歳出の削減を通じて行うべきだと主張し、富裕層減税を頑なに拒否している。

このロイターの記事のニュアンスは、バフェットの発言を時局がらみのエピソードとして描き出すことにより、その衝撃をできるだけ軽く見せたいという心理が働いているように思える。

 


さすがに日経はフォローした。バフェットの発言は無視できないからだろう。朝日、読売、毎日はロイター電を一度載せただけでおしまい。産経は記事をネットから削除した。一体改革を推進するのには都合が悪いと考えたのだろう。

長者番付3位バフェット氏「甘えた富裕層に増税」(産経新聞) - goo ニュース という9月6日付のニュースが閲覧不能になっている。未だ10日も経っていないから、抹消されたようだ。

ということで、「バフェット増税発言の波紋」(NY特急便) と題された藤田和明記者(米州総局編集委員)の署名記事が8月25日付で報道された。以下に紹介する。

米国内ではバフェットへの反論が噴出している。

アメリカン・エキスプレスの元経営トップは「既に毎年2兆ドル強集めている税金をまず賢く使 うべきだ」と主張した。「俺は出すつもりはないよ」ということだろう。一部にはバフェットを偽善者扱いする論調もある。「俺は慈善もしないが偽善もしないよ」との開き直りだ。「連邦政府への寄付制度があるのだから、難しいこと言わないでそうしたら」と忠告する向きもある。

ということで藤田記者の取材の範囲ではあまり好意的な意見はなさそうだ。これでは実も蓋もないと見たのか、藤田記者は「フランスでは、産業界の16人が連名で富裕層への一時課税を提案。財政赤字の削減へ貢献する意思を表明した」と付け加える。

これが「波紋」のすべてだ。藤田記者はバフェットに好意的なポジションはとっているが、その発言は軽い。

「バフェット発言は、自分たち富裕者の責任表明と同時に、税金を使うワシントンの政治家にも覚悟を求める意味で、重い問いかけとなっている」

こんな紋切り型の結論では、まったく発言の「重さ」が伝わらない。


過去20年の特別減税で、富裕層の税率は低下し続けてきた。 NYタイムズによれば、米国人トップ400人の税率は29.2%が21.5%へと低下した。いっぽう課税所得は169億ドルから909億ドルに急増している。しかも88人は労務所得がない。つまりなんにも働いていないのである。

ウォール・ストリート・ジャーナル(8月19日)には肥田美佐子さんがかなり長い文章を載せている。日本語で読める文章としては最も詳しく背景を説明している。そこには恐るべき数字が連打されている。

 

 政府債務上限引き上げ問題では共和党が増税阻止を死守した。その直後の8月2日、ムーディーズは米国債格付けに際して「金持ち減税」をマイナス材料と判断。減税継続なら格下げ判断の基準のひとつにすると警告した。

とにかく米国の「格差大国」度に拍車がかかっていることは確かである。米国トップ0.1%の超富裕層が約46兆ドルの富を抱えている。これだけでも驚嘆する額だが、一説ではこの富が2020年までにさらに225%アップし、87.11兆ドルに達すると言われている。オフショア資金のほ うは、今後10年間で100兆ドルを超える見込みだ。

ちなみにこの調査結果では、日本の富裕層が米国に続いており、現在、10兆ドルの資産は 2020年までに約19兆ドルに膨らむものと予想される。

経済誌『フォーブス』によると、米国の富豪トップ400人は、15年前に年収の30%を納税していたが、今では平均18%にダウンしている。主な理由は、03年のブッシュ減税導入によるものだ。長期キャピタルゲイ ン税率が20%から15%に、配当税率が35%から15%にカットされた。

1955年に連邦政府の歳入の27%以上を占めていた法人税は、昨年には9%以下に激減した。米会計検査院(GAO)によれば、米企業の3分の2が、1998年から2005年にかけて連邦所得税を納めていない。タックスヘイブンへの資本移転 や生産拠点の海外への移動などのせいである。

 翻って、米国の中流層や低所得層の苦境ぶりは鮮明だ。米民間世論調査機関ピュー・リサーチ・センターが7月26日に発表した調査結果では、米国の全世帯 の2割に当たる約6200万人が、資産ゼロか負債を抱えている。

米誌『ワークフォース』によれば、伸び悩む年収と物価高を乗り切るために「必要な物しか買わなくなった」米国人が70.5%、食費を抑える人も42%という高率に達している。

フードスタンプ(低所得者層向けの食料配給券)受給者は全米で約4580万人。これは今年5月の数字だが、前年同月比で 12.1%増となっている。6年前には2570万人だったから、2倍近くに増えたことになる。貧困化が急ピッチで進んでいることが分かる。

ニューヨーク州では、約302万人が、政府の援助なしには食事にも事欠く状況だ。8月2日に成立した財政赤字削減策の下で社会保障費がカットされる と、貧困率(09年時点で14.3%)が倍になるという調査結果も出ている。


下記のページにドイツの資産家の増税を求める動きが記録されている。2011年8月24日にドイツにて放映されたテレビ番組を起こしたものである。

Maskenfall ★Real Democracy Now★

ただし数字には信頼性が欠ける。



今日の赤旗に、非常に分かりやすいグラフがあった。

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年度ごとに山谷はあるが、この20年の全体の動きを見ると、所得税が横ばいで法人税が半分になってその分を消費税が穴埋めしたことになる。

これは数字でも裏付けられている。89年度の法人税をそのまま維持したとすれば、累計の差額は223兆円となる。企業はその分の「合法的脱税」に成功したことになる。ではそれを誰が払ったか、「消費税」の累計は237兆円だ。これでぴったり計算が合う。ついでに言えば、これは企業の内部留保2百数十兆円ともぴったり符合する。

これで単純に分かることは、消費税を5%から10%に上げれば法人税はただになるということである。
つまり企業は法人税をただにしたいから、その分の消費税を上げろと主張していることになる。

これが実現すれば89年に所得税と法人税の二本柱だった税収体系が、所得税と消費税の二本柱という構造に変わるということだ。それは日本がケイマン並みのタックス・ヘヴンに変身するということだ。

企業は法人税の減税を「資本蓄積」のためと説明してきた。単純に考えれば、消費税を上げて法人税をただにすれば、企業の内部留保が500兆円を超えて増える結果となる。消費税引き上げの目的は、つまるところ、そういうことになる。

これが長期の景気にとってどのような役割を果たすか、誰が考えても結果は明らかだ。政府がこの問題について原則を明らかにしない限り、つまり法人税減税は行わないという宣言をしない限り、提案に説得力はない。

最近思うのだが、大企業というのはほんとうに日本に必要なのだろうか。もちろんいまはなんだかんだといってもメリットは大きい。しかし生産拠点が海外に全面的に移行して、税金もまったく払わないということになったら、日本にとって大企業に残ってもらうメリットがあるのだろうか。
むしろ、海外の会社が日本で商売してもらうのと同じように、きちっと契約をして、ギブアンドテークの形で進めたほうが好いのではないだろうか。そのさい、国内資産は日本国の資産として管理し、勝手な売買を許さない。
海外生産比率が6割を超えれば、円高はむしろ追風のはずである。それでウィン・ウィンの関係を作って、日本経済はかなり収縮するだろうが、そのぶん人口も減っていくから、そこそこアパートの大家くらいの生活はできるのではないか。



アジア開発銀行の「経済見通し」によると、アジア諸国の今年度の経済成長率は当初より0.3%低い7.5%となるとされた。中国は9.3%、インドは7.9%が見込まれる。
主要貿易相手国である欧米の需要が鈍化していることが要因となっている。
逆に消費者物価指数は0.5%引き上げられ、5.8%とされた。
アジア開銀は、この結果について「先進国の需要が控えめなため、長期的には内需主導型の成長を目指し構造改革を進める必要がある」と提言した。

日本工作機械工業会の受注額速報では、中国の需要減を受けて、中国向けの工作機械受注も23ヶ月ぶりの減少を示した。ただし内需は復興需要により31%の増を示している。


米国勢調査局が米国民生活調査を発表した。
一世帯の年収は4万9千ドルで、昨年に比べ2.3%の減というから相当なもの。円にすると78円換算で390万円、日本より大夫低くなる。日本の世帯あたり収入は400万円ちょっとだったはず。
ついで貧困者比率。
米国統計では4人家族で2万2千ドルを貧困ラインとしている。円で言うと170万円、月額14万円である。これは貧困ではなく飢餓ラインである。
貧困層人口は4600万人。15%である。生保基準を当てはめれば20%を軽く超えるだろう。
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Wikipediaより

エスニックの問題があるが、白人でも10%に達している。母子家庭の貧困率は32%に達している。ティーパーティの財政縮小の主張は、暴動覚悟の狂気の沙汰だということが分かる。

世界最大の投資持ち株会社のCEOのバフェットが資産家増税を提案した。
前からバフェットという人はこういう傾向があったし、オバマの応援役もやっているので、議会演説を前に一発かましたのかと思っていた。
しかし今日の赤旗は一面トップにこの記事を掲載している。これによると、
①米国のNGOで企業経営者や投資家で作る「繁栄の分かち合いを目指す実業家」がバフェットに賛同し、「景気浮揚のため最高税率を引き上げよ」と提案。
②フランスの大企業トップ16人が連名で「われわれに課税せよ」とのアピールを発表。
③ドイツの資産家50人のグループ「資本課税を求める資産家たち」はさらに具体的に、「最富裕層への2年間の課税強化で、1千億ユーロの税収増加が見込める」と提案している。
などの動きがでている。

ただこの記事はよいとこどりのつまみぐい情報なので、もう少し情報を集めてみる必要がありそうだ。この手の金持ちの親切にはあまり期待はしないが、それぞれの発言をつき合わせると、かなり納税実態が明らかになるのではないだろうか。
もうひとつ、日本のメディアは一体改革・消費税増税・TPP参加にこぞって提灯持ちをしているが、バフェット発言をどうフォローしていくのか、それなりに注目である。

なお、赤旗の見出しは大きく「この違い なに?」となっているが、それは端的に言えば貧富の差の違いである。アメリカの貧富の差は何時暴動が起きてもおかしくないレベルにある。

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http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/index.html より


続いては、「総合エネルギー論入門: 人はどこまで生きながらえるか」(1993年)の結論部分。

「環境容量限界」の図を示した後…
世界のエネルギー消費が地球流体エネルギーに近づき、あるいはこれを超えれば、燃料の如何を問わず、何らかの気象異変を起こす可能性がある。これは太陽のほかに有力な熱源ができたことによるので、この限界線を地球の熱容量限界と呼ぶ。
これとCO限界との関係を見ると、エネルギー問題は少なくとも差し当たっては、資源枯渇の問題というよりも、むしろ地表の容量限界、あるいは地球の環境の壁にあるといえよう。
中略

(原子力問題に関して)
“全体的破滅を避けるという目標は、他のあらゆる目標に優位せねばならない”というアインスタインの原則は、人類にとって最重要かつ緊急な課題である。
換言すれば、“核エネルギーの暴発”による突然の絶滅の可能性を常に意識し、かつ相応な行動を伴わないで“エネルギー”を論ずることはまったくのナンセンスに過ぎない。
いわゆる“原子力の平和利用”も、原子兵器の存在する限り、正常な発展を期することは不可能である。
“エネルギー”に関する著書に、このことを述べたものがほとんど皆無であるために、とくにこれを強調しておきたい。
中略

エネルギー問題解決の方策
エネルギー問題の解決については、省エネルギーをふくめて、石油に代わるべき諸燃料、核分裂・核融合、再生可能エネルギーの利用、宇宙空間よりの電波などが賑やかに論ぜられている。
またその視点としては、産業発展のための開発推進から、“自然(薪の生活)に返れ”という極端なもの、消費の地方分散化をうたう“ソフトエネルギーパス”などが喧伝されている。
ここではグローバルな観点に立って短期・長期の見通しを立てる。その際科学・技術の側の方策としては次のようなものが挙げられる。

①資源・環境の容量限界の性格を明らかにし、それらを具象化する。そのための条件を総合的に検討する。
②限界に近づかないようにすることが肝要であり、そのために省エネルギーを追求する。
③原子力のような階層の異なったエネルギー源を利用しようとする場合は、安全性を徹底的に追求し、廃棄物処理のための万全の方策を立てる。
④在来エネルギー資源の探査・活用とともに、新エネルギー(たとえば遺伝子工学を利用したバイオマスなど)の可能性を広範に探求する。
⑤これらの探求の成果を踏まえて、各種エネルギーをその特徴に応じて、世界的に合理的に配置する。
⑥遠い将来を考えて、宇宙空間・別天体への進出可能性の基礎研究を着実に行う。

以上の基本方策を実施する上では、軍備の撤廃(とくに核兵器)・各種格差の撤廃、“平和で平等な世界の創造”が大きな前提条件となる。





大野陽朗先生の遺稿集をいただいた。
立派な本だが、いつか読もうと思えば必ず本棚の肥やしになる。宇宙物理学の論文はテンで歯が立たないから、社会的発言のいくつかをここに紹介する。

最初は「ストロンチウムと牛乳」という昭和32年の小論。

…私たち物理学者は、この問題に注目し、ストロンチウムの増加による危険性を世界各国の物理学者に訴えていた。…
空中の放射能が増すということは、人間にとってさまざまな害を与えるのだが、その影響を受けるのはまず牛乳である。はっきり申し上げると、このまま核実験が中止されるとしても、5年後には、牛乳は危なくてウカウカ飲めなくなるということである。これは酪農家にとって真に重大な問題であるといわなければならない。
そこでそのわけを述べたい。
水爆によって吹き上げられた細かい放射性の塵は、成層圏に何年も漂い、次第に地上に落下してくる。…これが現在、空中の放射能を急激に増加させている。この塵の中には寿命の長いストロンチウム90とかセシウム137などが含まれている。
地上に落下した塵は、野菜や牧草について、直接、または家畜の肉や乳を通じて人体内に入ってくる。ストロンチウムはカルシウムと同性質なので骨につく。セシウムはナトリウムと同性質で血液などに入っていく。これらによる放射線が体内で重大な障害を起こす。
野菜のほうは洗えばまあ好いとしても、肉やとくに牛乳はそうは行かないので、乳幼児には大きな脅威になる。実際、乳幼児の骨の中のストロンチウムが次第に増えていることが報告されている。…
…今後、たとえ実験を一切やめたとしても、上から落ちてくる放射性の塵はどんどん増えて、10年後には許容量の1倍半に達することが推定されている。したがって5年後には牛乳も危なくて飲めないのではないかという、幼児にとって大変なことになる。
もちろん、以上の見解は推論である。誤差もあり、また地域的にも時間的にも変動があるはずだが、全般的に見て、今のままでも楽観を許されないということはたしかだと思われる。
そのほか、遺伝に対する影響も、これに劣らず重要なものだ。いずれにしても水爆は、すでに人類を生存のぎりぎりのところまで追いやっているといっても過言ではない。(以下略)

50年余り前の文章が、いまの私たちに迫ってくる感じがする。

生きているということは、すべてが“過程”のうちにあるということだ。それが止まる瞬間がある。
それはストロボを炊いた写真のようだ。後になって突然震度5強の地震のよう襲ってくる。
写真と違うのは、そのときのアドレナリン分泌を伴って海馬溝の底から噴出してくることだ。いち早く気づいて口を押さえないと叫んでしまう情動を伴っていることだ。
言葉にすると嘘になってしまう。前後関係で説明しようとするからだ、それで合理化しようとするからかもしれない、それを自分は見破っている。だから恥ずかしさが余韻となって残る。
もっと言えばいたたまれないほどの恥の気分が襲ってくる。これはアドレナリン分泌に付随して起こるセロトニン分泌のためだろう。

永六輔は「幼なじみの思い出は、青いレモンの味がする」とさらりと書いた。これはこれで良い。さだまさしは、相方の気持ちに仮託することで逃げを作りながら、その一瞬を鏡に描いた。いずれもテクニックである。さもないとドロドロになるか硬直してしまうか、どちらにしても逃げ道がなくなってしまうからである。

しかし本当の業は、流れの中の一瞬をふたたび流れのなかに解き放つことであろう。その流れはバーチュアルな流れであり、ありていに言えばフィクションである。

「それでも原発やめられない、やめれば日本は破滅する」と絶叫していたのは誰だっけ。
世論をミスリードした責任を明らかにすべきだ。
経済同友会の行った経営者アンケートで、「生産量や売り上げへの影響はなし」とした回答が69.3%に達したそうです。とくに製造業では70%を超えたそうです。
また今年冬や、来年夏の対応についても、「対応可能」との回答が90.0%に達しました。いっぽう「対応困難」との回答は4.8%に留まっています。

これってなんだろう。会社の経営者が電力見通しを立てられなかったのだろうか。経団連の副会長に東電が入っているのに。東電は経団連トップにさえ、正確な情報を提供しなかったのだろうか。それとも経営者たちは知っていてデマ情報で危機感をあおったのだろうか。無知か悪意か、いずれにしても救われない。

JR東海の葛西社長よ、あなたはどちらだったのですか?

共産党の笠井議員が面白いことを言っている。
「うそつきは原発の始まり、原発はうそつきのかたまり」
だから原発廃止を、とつながって行く論理である。

面白い切り口だと思う。
原子力の安全性やコストを云々することももちろん大事だが、社会的に見ると、そこにありとあらゆる邪悪な意思が凝集しており、それがウソという接着剤で、原発というものに結実しており、その故にこそ原発が危険なのだという主張である。
たしかにこういう観点が必要でもあり、説得力を持つ。

ただ「壮大なウソとしての原発神話論」批判を全面的に展開しないと、むやみに人を斬ることにもなりかねない議論であり、慎重を要する感じもしないでもない。

文芸欄にこんな記事が載るとは、赤旗も油断できない。
石川巌という元朝日の論説委員が「検証 トモダチ作戦」という題名で寄稿している。おそらくネット版には載らないと思うので、紹介しておく。なお作戦全体に関する記述は「軍事研究」誌9月号に掲載されているそうです。

*“トモダチ作戦”の名で有名になった米軍の救援活動は、実は米太平洋軍(ハワイ)の“太平洋有事519作戦”だった。
*津波で水没した仙台空港の機能を復旧したのは、「嘉手納の第353特殊作戦航空群」である。この部隊は夜間の隠密作戦が多いので“コウモリネコ軍団”の異名を持つ。
*“コウモリネコ軍団”の本来任務は紛争地での民間空港の奪取と特殊部隊の投入にある。仙台空港の復旧は砲弾を撃つこと以外は本来任務そのものだった。
*519作戦の名称は、米太平洋軍の下に常設された第519司令部が指揮する作戦であることから名づけられている。
*第519司令部は10年あまり前に4軍を統合し創設された。太平洋周辺の突然の有事に対する指令をとる。
*司令官は太平洋艦隊司令官、副司令官に中将クラスの空軍幹部、地上作戦は沖縄駐留の海兵隊が担う。
*震災直後、横田基地に“災害救援統合司令部”がおかれたが、その実体は第519司令部であり、ウォルシュ太平洋艦隊司令官が横田に乗り込み指揮を執った。
*“トモダチ作戦”の命名者は太平洋軍司令部の職員だった(読売新聞)
*米軍はこの作戦に総力をつぎ込んだ。米韓合同演習は規模を縮小し、海兵隊は演習先の東南アジアから日本に急行した。
*気仙沼への揚陸作戦(4月1日)は基本任務を終えた後、「見せ場がほしい」との要望にもとづくものだった。

7月に中国が共産党の本格介入で南沙諸島問題の解決に乗り出したと書いた。その後一定のやわらぎが見られ、平和解決に向かい始めたと思っていたが、どうも違うようだ。
9月に入ってから、400トン級の大型漁業監視船を配置した。これは南沙ではなく西沙諸島であるが、これは軍艦の配置と同義だろう。
ついで10日からは南沙諸島で1千トン級の大型漁船が操業体制に入った。
赤旗の北京特派員の質問に対し、管轄当局(農業省)はこの漁船を「南沙海域での養殖事業の中核船と位置づけられている」と語ったようだ。
これは重大な発言である。少なくとも政府機関レベルでは、南沙進出をさらに強化しようとする姿勢が明らかになった。
これは共産党の外交方針との食い違いを意味する。そしておそらくは農業省の背後にいる人民軍が、党の統制を、少なくともこの件では受け入れていないことを示している。
ことは南沙諸島に留まるものではない。人民軍の攻撃的態度はベトナムへの第二の「懲罰作戦」や、台湾海峡問題に直結する可能性がある。

経済同友会の長谷川 閑史代表幹事が、来年度からの法人実効税率5%の引下げを主張した。
この国の大企業というものがどういう精神を持っているかを象徴的する発言だ。

経歴を見ると1946年山口県生まれ。1970年早稲田大学政治経済学部卒業後、武田薬品工業入社とある。私と同じ年だ。私と同じ時代の空気を吸いながら、人の命を救う目的の製薬企業に入って、円高の余禄を受けつつ、こういう発言をするこの男が、私には分からない。

米倉会長に会えて異論を唱えれば、財界主流からは「勇気ある発言」と讃えられるのかもしれない。財界若手として、おそらく出世欲に目がくらんでいるのだろう。下劣な男である。

きょうび、5%減税することは、その分、被災者救援の資金を横取りするようなものではないか。そのことがどうして分からないのか。人の金をネコババして、その金がなければ企業がつぶれてしまうというなら、そんな企業はつぶれてしまえ。

(27)ブエノスアイレスの冬 (Invierno porteno)

HP: ピアソラにはクラシックの演奏家が多くチャレンジしていますが、その中ではクレーメルが出色です。これはクラシックのアンコール曲といわれてもまったく分かりません。ビバルディ「四季・冬」の一節が織り交ぜられるのは、好みが分かれるでしょう。少し音量を上げて聞いたほうが良いです。

とにかくピアソラはやたらに多いのです。世界中でせっせと演奏してはうpしまくっています。

Invierno Porteño .wmv

ピアソラの自演だけでもいくつかのバージョンがあるようですが、これが一番聴きやすいです。少し編成が大きいようです。

Astor Piazzolla - Invierno Porteno (Buenos Aires Winter) (live)

これはライブ録音でLP盤を再生したファイルです。ジーグラーのピアノに、スアレス・パスのバイオリンですから、比較的最近のものでしょう。演奏は最高、プチ・ノイズはあるものの音質も最高です。(オリジナルのCD版は意外に冴えません。演奏を重ねるうちにだんだんこなれていったのでしょう)

Gidon Kremer - Piazzolla Seasons (Winter)

これがクレーメルの演奏です。ほかに日本でのコンサートをビデオでエアチェックしたものもありますが、音質の劣化がかなり激しい。

Trio Addendum - A.Piazzolla: Invierno Porteño

掘り出し物。横綱審議会ではないが技量・品格ともに素晴らしい。音質も最高だ。

Quartetto Pessoa & Leandro Piccioni - Astor Piazzolla - Invierno Porteñ

これも名演奏。ピアソラの角を取って、とげを抜いて、丸くして、徹底的にカンタービレ。イタリア名画のテーマ曲のように聞こえる。しかしピアソラが聞いたら、これは俺の曲ではないというかもしれない。

Giancarlo Guarino Conductor: Las Cuatro Estaciones Portenas: Invierno

これも絶品。トレントというおそらくは田舎町の室内コンサート。ギターがめちゃうまい。第一バイオリンのパートに美人がいて、バンドネオンのあんちゃんが流し目を送ったりするシーンが良い。せっかくの名演奏なのに女の子は父さんの肩に寄りかかって爆睡。

Invierno Porteno

これも掘り出し物。Trio Siciliano al Teatro Coccia Novara と書いてある。ブエノスアイレスという町はシシリアの先にあるのだなと実感させる。たしかにセステート・マヨールの演奏はまるで曲にあっていない(音があまりにひどいのでリンクはせず)。

Arminda Canteros, pianist, plays Invierno Porteño by Astor Piazzolla

これも掘り出し物。ただしピアノ独奏で独自の編曲、だいぶ短縮されている。英語の解説がついていて、アルゼンチンの田舎で活動するピアニストらしい。いい雰囲気だ。

Astor Piazzolla - Invierno Porteño - Giorgio Zagnoni *** Salvatore Fiume

これも良い。フルートがバイオリンのパートを吹いているのだが、徹底的に低音勝負で、尺八を聴いている気分だ。

Astor Piazzolla - Invierno Porteño - Quartetto Fernando Suarez

若手の腕っこきを集めたのだろうが、スアレスがわがままに弾いてアンザンブルを台無しにしている。

(28)パリのカナロ ( Canaro En Paris)

HP: 名曲・名演・名録音の極致です。わたしはこの曲がアルゼンチンタンゴのベストワンだと思っていますが、それだけに良い演奏もたくさんあって選択に迷います。その中で Gran Quinteto Real の演奏がベストだと思っています。SP盤もなかなか風情はあるのでしょうが、こういう録音を聞いてしまうと…

Quinteto Real / Canaro En París

その演奏がアップされているが、音がひどすぎる。もうひとつの音源もあるが、こちらはピアノが完全にいかれている。

Bandoneon Tango "Canaro en Paris" Vale Tango

とりあえずお勧めとしてはこんなところか、オルケスタ・ミロンガの演奏。胸のすく怪演とは行かないが…

JUAN D ARIENZO CANARO EN PARIS TANGOS EN BS AS


ダリエンソの演奏。標準的なものですが… なお日本でのコンサートのビデオがアップされているが、残念ながら音はお勧めできない。。

El Arranque - Canaro En Paris

と、いささか萎えた気分で聴いてきたら、これにあたりました。4分41秒の熱演。これはとりあえず一番のお勧めです。

Sexteto Mayor - Canaro en Paris

といっているうちに本命盤が出てきた。これで決まり。それにしてもYOUTUBEはデフォルトの「関連度」で検索しているとダメだということが分かってきた。

canaro en paris

Grupo El Caburé という若手グループのデモテープみたいなものだが、なかなかうまい。

Los Hermanos Macana and QuinTango: Canaro en Paris

これは番外。見て楽しむタンゴ。

Canaro en Paris- El turco con Adolfo Beron.avi

ギターのデュオでかなり曲がカットされているが、颯爽とした演奏。

それにしても、キンテート・レアルは抜群です。そのうちホームページのほうにアップしますので乞うご期待。



投機資本による金融市場の撹乱が、バブルを招きリーマン・ショックを招いた。深刻な反省が生まれているが、商業銀行の自己勘定取引が額から言っても大きい、これに次いで投資銀行(日本で言う証券会社)、さらに取引保険をあつかうヘッジファンドと並べて議論していかなければならないということが分かった。

90年代の末にソロス対イングランド銀行の仕手戦、さらにアジアやロシアの金融危機とヘッジファンドの「活躍」が大々的に報道されたが、今世紀に入ってからは本家の金融機関そのものがマネーゲームの主役となっている感がある。

しかしヘッジファンドそのものが斜陽化したわけではなく、その影響力も依然として強大なままである。とくに08年の大規模な信用収縮においてヘッジファンドの動きは深刻な影響を与えた。

このことから、ヘッジファンドの規制の動きが急速に高まっている。今回は下記の論文を勉強したので、その摘要を紹介する。


ヘッジファンド規制強化

岩谷 賢伸 (野村資本市場研究所副主任研究員)

この論文はリーマンショック後のヘッジファンド規制の動きをレビューしながら、そのなかで最終・最強(09年央現在で)の規制案である、欧州委員会のヘッジファンド規制案に焦点を当てている。このプランは正式には「オルタナティブ投資ファンド運用者指令(案)」(Directive on Alternative Investment Fund Managers (AIFM))と呼ばれるようである。


概 要

これまでは銀行などの規制・監督を通して間接的にヘッジファンドを規制する方法が主流であった。

しかしグローバル金融危機の勃発により、間接規制では金融システムの安定性を担保できないことが明らかになった。

このため、ファンド運用者又はヘッジファンド自体の直接規制を強化する方向が打ち出されている。

直接規制の方式

サミットをはじめ、各国・地域の金融規制当局や国際機関から提言や規制案が発表されている。

主要国の間の合意事項として、①登録の義務付け、②レバレッジなどの情報開示が固まりつつある。

特に欧州主要国では、自己資本、流動性、リスクマネジメントの三つの指標で健全性を監督する流れにある。

主な規制案

08年1月

ッジファンド作業G(業界団体)

ヘッジファンド規定・最終報告

09年1月

大統領作業部会

ヘッジファンド企業の最善形態

09年2月

州委員会高官G

De Larosiere Report

09年3月

財務省

システム・リスク対応の規制枠組み

09年4月

20 ロンドン・サミット

金融システム強化宣言

09年6月

券監督者国際機構(IOSCO)

ヘッジファンドの規制最終報告

規制強化の背景

グローバル金融危機を引き起こした主犯はヘッジファンドではない。金融機関の破綻が主因であり、ヘッジファンドはその「被害者」である。

にもかかわらず、ヘッジファンド規制の強化が必要な理由は、

①ヘッジファンドが金融危機を促進した。流動性不足に陥ったヘッジファンドは急速なポジション清算をおこない、信用収縮を促進した。

②ヘッジファンドはそもそも潜在的にシステミック・リスクを増幅し得る特性を備えている。

その特性とは①取引が不透明であること、②レバレッジ比率が高いこと、③銀行など顧客との間の利益相反が生じることなどである。

各プランの説明

大統領作業部会(30人委員会)報告

議長がボルカー元FRB議長、メンバーにはガイトナー財務長官、サマーズ元財務長官がくわわる。

ヘッジファンド規制については、

①ヘッジファンドやPEファンドの登録制と、規制当局に対する定期的な報告義務。

②影響力が大きいファンドについては、自己資本、流動性、リスクマネジメントの基準を設ける。

③ファンド規制のフレームワークに国際的一貫性を持たせる


財務省の「システミック・リスクへの対応」に関する規制フレームワーク案

①システム上重要な金融機関に対する資本・リスクマネジメント基準の高度化

②デリバティブ市場に対する監督・保護・開示の包括的フレームワークの構築

③全てのヘッジファンド(PEファンドなどの私募資本プールを含む)に対する登録制の導入

④システミック・リスク・レギュレーター(システミック・リスクの規制・監督機関)の設置。その後米国連邦準備制度理事会(FRB)が受け皿となることが決まった。

⑤全ての投資ファンドに対して、投資家、債権者、カウンターパーティー、規制当局への情報開示義務を課すことも検討されている。


 欧州委員会によるド・ラロジェール・レポート

社会一般向け業務を行っているかどうかは関係なく、ヘッジファンド業務を銀行類似業務の一つと位置づけ、規制の抜け穴を埋める。

システミック・リスクの高いものについては、金融市場の透明性を高めるための規制・監督を強化する。具体的には登録制と情報開示の強化。

また、ヘッジファンドを所有する銀行、自己売買業務(ディーリング業務)を行う銀行に対する自己資本規制の強化。


IOSCOのファイナル・レポート

ヘッジファンド又はその運用者に加えて、ブローカーや資金供出者へも登録制を課す方針をうちだす。

規制当局がヘッジファンドに提出を求める情報例や、事業継続の要件例を提示する。

①キー・パーソンのバックグラウンド、組織形態、オーナーシップ 

②第三者評価の上での運用資産残高と自己資本 顧客資産の分離と保護

③ターゲットとする投資家と提供するサービス

④使用するリスク管理ツール、利益相反の管理と開示 など11項目に及ぶ


ここからが本番

 欧州委員会のヘッジファンド規制強化指令案

規制の対象

運用資産額が1億ユーロ未満の小規模な運用者は、金融システムの安定性を脅かす可能性が低いことと、高い規制コストに比して得られるベネフィットが小さいことから、規制の対象外とされた。

この結果、EU域内で活動する約30%のヘッジファンドが規制の対象となり、運用資産総額ベースでは90%がカバーされる。

情報開示

個々のファンドについて年次報告書を作成し、投資家と監督当局が縦覧できるようにする。投資家に対しては、投資対象資産、レバレッジの活用、解約に関する方針、フィー体系などを開示しなければならない。

特定の業者への追加規制

高いレバレッジをかけたファンドを運用する業者は、投資家に対して活用する可能性のあるレバレッジの最大レベルと実際に活用しているレバレッジの程度などを開示しなければならない。また、大口の借入先の身元を報告しなければならない。

欧州委員会にはレバレッジに制限を定める権限が付与される。

登録制から認可制へ

認可制の導入は、ヘッジファンドの登録制から一歩踏み込んだものである。フランスやドイツの意向がより強く反映されたといえる。

一方、ヘッジファンドやPEファンドの業界団体は、指令が施行されると多くのAIFMがEU域内からより規制の緩い地域に拠点を移し、EUの競争力が削がれるという懸念も表明されている。


ここからは全体の結論

ヘッジファンド規制の行方

グローバル金融危機を経て、世界のヘッジファンド規制のトレンドは、間接規制中心から間接規制と直接規制の併用へと移った。

また、金融システム上重要なヘッジファンドについては、登録を義務付け、システミック・リスクに関連するレバレッジなどの情報を開示・報告させることが主要国の間の合意事項となった。

加えて、特に欧州では、金融システム上重要なヘッジファンドに対し、自己資本規制、流動性規制、リスクマネジメント規制といった健全性に関する規制を強化しようという流れが固まりつつある。

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