鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

2011年08月

(19)思い出 (Recuerdo)
この曲は、演奏によって好きか嫌いかがかなりはっきり分かれる曲です。オラシオ・サルガン楽団で聞いたとき、あまりの素晴らしさに「えっ」とびっくりしたことを覚えています。
HPではオラシオ・サルガンがラジオタンゴになかったこともあってコロール・タンゴの演奏を選びました。

Bandoneon Tango "Recuerdo" Pugliese - Color Tango

これはライブ版です。正直言って、音盤でコロール・タンゴを聴いたときの印象とはだいぶ違います。もちろんこれはこれで素晴らしいのですが。

COLOR TANGO al Rio - Recuerdo" Pugliese

苦労してこの演奏を突き止めました。素晴らしい演奏で、これで決まりといってよいでしょう。

Recuerdo - Tango

本家プグリエセの演奏で歌手はホルヘ・マシェルです。1968年の録音と記されています。これだけ音が良いとこちらを本命盤にしたくなります。

"Recuerdo" - Osvaldo Pugliese

普通プグリエセのレクエルドというとこの録音が頭に浮かびます。この音だとやはり推薦しかねます。

Sexteto Mayor - Recuerdo

どういわけかレクエルドで検索して200番目を超えてからこの演奏が出てきます。演奏、音質ともに立派なものです。

Orquesta Típica Fulvio Salamanca - A. Guerrico - L. Correa - Recuerdo

編曲が異なるとまったく別の曲のように聞こえます。しかし男声のデュオはそれなりに心地よいものです。

Sexteto Julio De Caro - Recuerdo

フリオ・で・カロも録音しているんだ、という程度のものです。

Ismael Serrano - Recuerdo

同じ題名でまったく別の曲ですが、実にしみじみと来る素晴らしい曲です。イスマエル・セラーノという人、要注意です。

Tamara Castro - Recuerdo

これも同じ題名の異曲です。タマラ・カストロという歌手、初めて聞きましたが、なかなかのものです。

Te Recuerdo Amanda
レクエルドで検索しているとこんな曲まで引っかかってきます。チリのビクトル・ハラの名曲です。

(20)フェリシア (Felicia)

フェリシアというのはカッタルイ曲だと思っていましたが、Cuidadanos Del Tango の演奏で聞くともっと軽やかで生き生きとしています。どちらが良いかと一概には言えませんが、演奏次第でさまざまな顔を見せてくれる可能性があるという意味では、ニュアンスに富んだ曲といえるでしょう。

と書きましたが、Cuidadanos Del Tango の演奏はYOUTUBEでは聴けません。

TANGO入門(13) フェリシア FELICIA(E.Saborido) Quinteto Pirincho, ...

さんという方がうpしてくれた音源で、なんと「ピリンチョ五重奏団、フアン・ダリエンソ楽団­、キンテート・レアルの3楽団の演奏を収録」というお徳版。

Felicia - Tango - por la Orquesta "La Mínima Mina"

ピアノにバンドネオン2丁というまさにミニマルな編成だが、意外に面白い。

FELICIA

デ・アンヘリスの演奏はとてもフェリシアには聞こえない。

felicia - djdom.mp4

カラベリの演奏。かったるい演奏の代表である。

というわけで、いまは百選からはずしたいくらいの思いです。いつかは良い演奏が出てくれることを期待します。

恥ずかしながら、長崎市長の平和宣言を読み損ねていた。
「俳壇」欄の引用で初めて知った。良い一節である。

どうして再び放射線の恐怖におびえることになってしまったのか

自然への畏れを忘れていなかったか

人間の制御力を過信していなかったか

未来への責任から目をそらしてはいなかったか

「非正規切り」裁判闘争のいま というインタビュー記事が載っている。本日が連載の1回目。
鷲見さんという弁護士が語っているが、そのなかに大事な指摘がある。
鷲見さんは「非正規」の本質は間接雇用にあるとして、間接雇用の本質を以下のように語っている。

派遣社員は、直接雇用される期間社員と比べても不安定・低賃金雇用です。製造業務派遣ですと、残業や夜勤などを一生懸命やっても、年収で300万円になるかならないかです。

戦前の人貸し、口入れ稼業とか、たこ部屋とかいわれる悲惨な労働実態がすべて、この間接雇用から生まれています。
ですから、戦後の日本国憲法にもとづく労働民主化のなかで、人貸し業のような労働者供給事業は全面禁止され、職業安定法に明記されたのです。
それが財界の要求で、1985年に労働者派遣法が作られ、間接雇用が復活したわけです。

ということで、すでに25年前に、私たちは渡ってはいけない橋を渡ってしまっていたということが、いまさらながらに悔やまれる。
しかし当時と状況はまったく変わっている。派遣法は社会の隅々に定着し、あらゆる悪の根源となっている。この変化を捉えて、派遣法の改正を目指す自らの構えを形成し、世論を作り上げていかなければならないだろう。

喜田さんというかたが「阪神・淡路大震災を振り返る」と題して赤旗に寄稿しています。
短い文章の中に Facts がぎっしり詰まっています。いくつかの数字を拾っておきたいと思います。

“復興”事業に関して
*震災後10年間で国・自治体が投じた復興事業費は16兆円。その6割10兆円が大型開発事業に注ぎ込まれた。
*“復興”の目玉、神戸空港で2千億の借金が残った。09年から償還が始まったが、まったく財源はない。新たな借金と別会計資金の流用でしのいでいるが、運営そのものも赤字が続いており、いずれ破綻するのは明らかである。
*長田区の再開発には3千億円がつぎ込まれた。いまや軒並みシャッター通りとなっている。

自助努力の押付け
村山内閣は「個人補償は私有財産制の下では認められない。生活再建は自助努力で」との方針をとった。
 被災者には資金貸し出し以外の補償はなかった。したがって資金を受給した人たちの多くが、二重債務者となった。
*災害援護資金は5万6千人に貸し出された。06年に完済予定であったが、現在も1万件以上が返済中である。最高限度350万円という涙金だが、それでも返す側には重くのしかかっていることが伺われる。
*業者向け緊急災害復旧資金は4万7千件が利用。そのうち7千件が返済不能に陥っている。

二重ローンに関して
*持ち家を失った被災者の1/3が自宅再建を断念した。
*残りの2/3は住宅金融公庫などの被災者向けローンで自宅を再建した。このうち2500件が返済不能となり、家を手放した。
*他の人は順調か?
被災者ネットワーク事務局長の石田さんの談話が載っている。

最初は、少しは国からお金が出るやろと思っていましたが、えらい間違いでした。私たちには何もありませんでした。私も再建住宅のローンを月10万円返していて、97歳まで続きます。生命保険も解約し、国保料を払えないときもありました。

ちなみに石田さんは現在75歳だ。2400万を年利2%40年返済で借りると大体倍になる。これを月割りすると10万という見当だ。世間一般ならそんなものだと思うが、これではまったく被災者支援になっていない。
端的に言ってあれだけ集めた義捐金は何に使われたのかと思う。自助・共助・公助というが、公助が結果としてゼロだったことに最大の問題がありそうだ。

いっそ神戸空港や長田区のシャッター通りを、ユネスコに申請して「負の遺産」に登録してもらったらどうだろう。まんなかに15年前の神戸市長の銅像を立てて、石つぶてを置いておいて「ご自由にぶつけてください」と看板を立てるとか…


26日のバーナンキ演説について山田俊英記者が解説している。
英語の略称が目白押しで、えらくむずかしいので、分かったなりに紹介する。他紙の解説も勉強して紹介したい。

記者によると、バーナンキ演説の要点は「金融政策では長期的な経済成長を回復させることはできない」ということだ。

バーナンキは「しっかりした経済成長に必要な政策の大半は中央銀行の範囲外にある」と語っている。これはある意味で当然だ。たとえば日本で日銀が経済成長の回復の役割を担うといえば、「何を馬鹿な」ということになる。
それがことアメリカに関しては成り立ってきたということがむしろ不思議な話だ。
これは金交換の停止・プラザ合意・東西対立の終焉から以降、数十年のあいだに「ドル本位制」という架空の王国が築かれ、その基軸通貨・ドルの発行権がアメリカの日銀にあたるFRB(連邦準備制度理事会)の手に握られてきたからである。

話しは元に戻るが、今回の演説は世界中が注目していた。それはバーナンキが追加的な量的緩和を発表するのではないかという期待からだった。

量的緩和というのはFRBの持つ伝家の宝刀で、連邦債を買うという形をとって、ドルを発行し市場にばら撒く措置である。Quantitative Easing の頭文字をとってQEと呼ばれる。

リーマンショック以来、二度の量的緩和が行われ、とくに去年末から半年をかけ実施された量的緩和がQE2と呼ばれる(私たちが子供の頃、世界最大の客船がクイーン・エリザベス二世号、QE2だった)。

によれば、

FOMC(連邦公開市場委員会)が決定し、FRBは6,000億ドルの米国債の買い入れを行って大量のドルを市場に供給している。世界経済に未曾有の流動性をもたらすインフレ政策は「世紀の大実験」とも言われ、各国の為替、債券、株式の市場に大きな影響が出ている。


円でいえば50兆円ものドル札を何の裏づけもなしに印刷してばら撒いたわけだ。一種の政策インフレである。

結果はどうなったか、少なくとも当初の目標だった経済成長や雇用の改善に関しては効果ゼロだった。副作用はどうなったか、余剰マネーが投機に回り、商品市況が高騰し、新興国でバブルを招くなどの弊害が広がった。

結局ばら撒かれたドルは生産にも輸出にも向けられず、すべて金融界に回ってしまったことになる。有効だったとはとてもいえない。しかし無効だったかといわれるとなんとも応えかねる。しかし3回目をやりたいかと問われれば、とてもそうは思えない。


バーナンキ議長の主張はこうである。
*税制改革、予算編成を通じた景気刺激策、投資の促進策、研究開発の重視、インフラ整備などが基本だ。
*より生産的な経済は、“われわれが直面する二律背反”を和らげるだろう。

“われわれが直面する二律背反”というのが何か、いまひとつ不明だが、「もしQE2をやらなかったとしたら、アメリカと世界はどうなっていただろうか」、という答えのない問いかけが呪縛となっているのかもしれない。

それが「QE3はありません」と言い切れない弱さと、「世界恐慌の引き金を引いた男」にはなりたくないという意地との交錯をしているのではないか。

英フィナンシャル・タイムズはバーナンキ演説を受けて次のように述べている。
「要するに、米経済に必要なのは政治家の助けだということだ」

差し迫る危機はまさにそこにあるわけで、目前には議会共和党、とくに「茶会派」との対決がある。オバマへの好き嫌いではなく、良識派が結集する場面が出てこないと、先行ききわめて危険だと思う。

厚労省の雇用実態調査。なんと「就業形態の多様化に関する総合実態調査」と題されている。
就業形態の多様化などではない。雇用条件の劣悪化そのものだ。良い方向での多様化など一つもない。

調査方法の問題
まず調査の信頼度であるが、総合実態調査とは言うものの、抽出調査であり、しかも回答率は低い。対象事業所は従業員5人以上の1万7千件、対象従業員は5万1千人である。有効回答率はそれぞれ62%、65%に留まっている。
実態を正確には反映していない可能性があり、実態はさらに悪いと思われる。

調査結果
*全労働者のうち、パートタイムや契約社員など非正社員の割合は39%だった。
*非正社員の割合は87年の調査開始以来、一貫して上昇を続けている。
*非正社員の内訳は、パートタイムが23%、契約社員が4%、嘱託社員が2%、派遣労働者が3%となっている。
*派遣労働者は前年度から1.7%減少した。これはリーマンショック後の雇い止めの影響と考えられる。

考察
1.「就業形態の多様化」の実態は、結局非正社員の増加である。それは調査そのものが明らかにしている。「非正社員を雇う理由」の圧倒的トップは「賃金の節約」である(44%)。これが雇用条件の劣悪化でなくして何というのか。
2.派遣労働者が1.7%も減っている。3人に1人が首を切られたことになる。
派遣労働者が他の就業形態に移行した可能性は低い。移行可能な就業形態はパートタイムだが、その増加率は派遣労働者の減少率を吸収していない。
従業員4人以下の零細に流れたか、失業者の群れに加わった可能性が高い。
すなわちこの調査の枠外で、巨大な雇用の変化が生まれていることになる。
3.派遣労働者の著名な減少にもかかわらず、非正社員全体の数はそれを上回って増加している。
あらたに膨大な数の非正労働者が誕生したことになる。この国はどこに向かって漂流していくのだろうか。


経団連が巻き返しに成功した。これが潮目となるのか。逆流が押し寄せるのか。

最初は5月12日 復興国債に関する文章で

野田財務相は「大企業に内部留保がたくさんあるなら、官民でファンドを作り、投資を通じて貢献するのもひとつのアイデアだ」と応えた。これで復興国債のアイデアが復興構想会議まで登ってくれるとよいが。

次は8月18日 GDP減少に関する文章で

被災地企業が倒産の危機にあえぐなか、復興資金を狙って禿げ鷹が群がろうとしているが、どのくらい地元本位を貫けるかが分かれ目であろう。
その点から見ると、自民党も推す次期首相候補の野田財相が「復興需要をどう満たしていくかという観点からすると、まさに千載一遇のチャンス」と述べているのは、財界の狙いが透けて見えるようで、まことに気になる発言である。

三つ目は8月24日

総裁選がいろいろ噂になっているようだが、親米反中・極右の前原で本当に良いのか、米倉の新アイドルで前原を上回る極右の野田財務相で本当に良いのか。

どちらにしても右転換は必至と見ていたが、やはり来るべきものが来た。憲法9条を守る闘い、消費税を阻止する闘いがこれから正念場を迎えることになるだろう。

(17)我が悩み (Mi Dolor)

石川さんの解説に従い「我が悩み」としましたが、ドロールというのは医学用語では「痛み」を指します。名曲百選というと、「ちょっと待って」という感じもしますが、演奏が名演ぞろいで評価を押し上げています。

Julio De Caro - Mi Dolor

この曲のスタンダードとなっている演奏です。Orlando Verri という歌手が歌っています。

MI DOLOR,JUAN D'ARIENZO - OSVALDO RAMOS

しかしこちらのほうが断然素敵です。やや速めのテンポでダリエンソ節炸裂です。

ANGEL VARGAS - Mi dolor

歌で採るならこちらです。港にかかる夜霧に街灯がかすむようにアンヘル・バルガスがさえています。

http://www.youtube.com/watch?v=GkvC0A63x10

アルフレド・デ・アンヘリスの演奏で、流れるような旋律が特徴です。歌抜きです。

" TANGO DE ORO SUMMIT " JULY 9th tto 17th - song : ( MI ...

Jorge Maciel con el Sexteto Mayor の演奏で、音質は最高ですが、ちょっと癖のある演奏です。

(18)我が愛へのミロンガ (Milonga de mis amores)

HPではコロールタンゴを一推ししています。

まさしくコロールタンゴの快演です。録音もすばらしい。今までは、あまり面白い曲だとは思いませんでしたが、コロール・タンゴの演奏で一気に評価が上がりました。

Cuarteto NUEVO ENCUENTRO -- Milonga de mis Amores

これはダンスのほうでもステップの複雑さでかなり受ける曲らしく、動画は踊りばかりです。この絵もそういうひとつですが、たんなる踊りの伴奏の域を超えてうまい。

Pedro Laurenz - Milonga De Mis Amores

これが作曲者ペドロ・ラウレンスのオリジナル演奏。これも悪くはないが、やはりなんとなく物足りない感じはします。次々と素晴らしいカバーが出てくると影が薄い。もうちょっとあくが強く下品な感じがよいと思うのですが。

Milonga De Mis Amores Juan D'Arienzo & Su Orquesta Tipica The Tango

グラン・オルケスタではこの曲の魅力は出ないのかな。さすがのダリエンソもてこずっている感じです。

Charlo - Milonga de mis amores

歌もあるんですね。初めて知りました。しかし歌はないほうが良い。我が愛へのミロンガ (Milonga De Mis Amores)

Milonga de mis amores - Coco Nelegatti y su Quinteto Arrabal

もうやめようと思った300番目にこんな演奏が出てくる。アラバルというのは場末のことですが、まさにそういう感じの後ろ乗り。

Como es un momento romántico les dejo la MILONGA DE MIS AMORE

カナロの演奏。ミュートをつけたトランペット、クラリネットにアコーディオンまで登場する。しかしやはり語尾をはっきりさせるカナロ節で気持ちよい。

"Milonga de mis amores" (P. Laurens) Ensemble La Chimera

なんと古楽器による演奏。これがメリハリが利いて迫力ある。

Pablo Delvalle Milonga de mis amores


ギター伴奏つきのバンドネオン・ソロ。うまい。

Cuarteto NUEVO ENCUENTRO -- Milonga de mis Amores


小味な演奏だが悪くない。

Milonga de mis amores

Leo Sujatovich Trio の演奏。スハトビッチは現代版サルガンだろう。こういう曲ならそれなりに乗れる。

Gotan Project - Milonga De Mi Amor

おなじみゴタン・プロジェクトの演奏。さすがに少々鼻につく。

Milonga De Mis Amores

なかなかいい演奏だと思うが、残念なことに誰の演奏なのかわからない。

ORQUESTA JUAN D'ARIENZO - ALBERTO REYNAL -- ALMANAQUE DE

すみません。全然関係ない曲なのですが、忘れると困るので、とりあえずここにおいておきます。


ものすごい量の動画があり、探すだけで1時間かかりましたが、結局コロール・タンゴの演奏は見つかりませんでした。しかたなしにコロール・タンゴで検索をかけたら、またいやなものを見てしまいました。金でバンドを買ってカラオケ代わりに唸って、それをYOUTUBEに載せる北島三郎風の日本人歌手、こちらは男性です。
もう今日は止めて寝よう。


「経済学批判要綱」1-298ページ

貿易の発生

余剰を交換することは、交換価値を措定する活動である。これが交易と呼ばれる。
この交易は余剰の交換を範囲とするのみである。

貿易の持続

交換を促す商人が繰り返し出現するようになると、一つの持続的な商業に発展する。
しかし交易=交換価値を措定する活動の刺激は、その生産の内部から生じるのではなく、外部からもたらされるに過ぎない。したがって生産する民族はいわば受動的な商業しか営んではいない。

生産の変容

やがて国内生産そのものが、流通を目指すようになると、生産は交換価値の措定を目指す傾向を持つようになる。
新たな欲求が生まれ、その範囲が広げられる。それは生産をより大規模で規則的なものとする。そして国内生産の組織そのものを、流通と交換価値により変容させる。

変容の程度を規定するもの

この場合、交易がどの程度まで生産の全体を捉えるかは、ひとつは外部からの作用の強さに、一つは国内生産の発展の度合い、分業の発展など、にかかっている。

イギリスにおける羊毛産業の例


解説(私なりの)

文明化というのは資本主義化ということです。
交換価値の措定というのは、あらゆる生産物に値がつけられるということです。値段がなければ交換できませんから、交換は、モノに値段をつけることから始まるのです。バザーなんかやると実感しますね。
むかし山下某という知恵遅れの画家がいて、「それでそれは兵隊で言うとどのくらいの階級なのか」というのが口癖でした。なんでも軍隊に還元する言い方にみんな笑ったものですが、案外みんなそういう還元を、お金というかたちでやっているんですね。
家事・育児・介護などもむかしは値段などつけなかったものですが、いまはしっかりとお金で評価されるようになっています。「万事世知辛くなった」と嘆く向きもあるでしょうが、やはりこれは主婦の一方的犠牲の上に成り立っていた世界が、社会的に評価されるようになったと喜ぶべきことなのでしょう。
こういう仕事が、きちっと評価されるようになったのは、女性が社会進出して男性と肩を並べて仕事をするようになったからです。「国内生産の発展の度合い、分業の発展など、にかかっている」というのは、そのことを表現しています。だからあらゆるものに値段がつくというのは歴史的な進歩なのです。

という風に、この一節を介護労働の解説に使えないかと考えているところです。



ペルーにオジャンタ・ウマラ革新政権が誕生して1ヶ月、早くも画期的な成果が現れた。
鉱山会社との交渉の末、今後5年間に55億ドルの新税を課すことで合意したというのです。
現在鉱山各社は税率35%の法人税を課せられているが、新政権は、これに加えて過剰利益にふさわしい納税を求めた。業界側は「国際競争力を失う」として難色を示してきたが、新政権の高い支持率と強い態度をまえに、提案を受け入れざるを得なくなった。
鉱山会社の会長は「競争力に配慮しながら可能性に応じて納税して行く用意がある」と発言しており、新税の実施はほぼ確実と見られる。

この間の経過を日本と比べて見ると、三つのことが言える。
一つは、国民所得が5千ドル/年足らず、貧困層が国民の4割を占める国でも、資本家は国際競争力を口実に、国民に犠牲を迫るということだ。これは、日本がペルー並みの生活水準に落ち込んでも、財界は「国際競争力」を口にし続けるだろうということを示唆している。
一つは、「国際競争力」は財界の最後のよりどころではないということだ。国際競争力がなくなれば日本は崩壊するかのように騒ぎ立てるが、実際のところはそこまで決定的な分岐点ではなく、国民との力関係が変われば妥協しうる、「便利なスローガン」に過ぎないということだ。
そしてもう一つは、国民生活と「国際競争力」の維持とを両立しうる適正・妥当な領域というものが存在しうるということだ。
交渉過程では、直近の国際価格と各企業の利益水準、今後5年間の業績見通しを勘案し新税の規模を算出したとされている。日本はモノカルチャー国家ではないから積算ははるかに複雑なものとなるだろうが、その構えさえあれば原理的には可能であろう。

企業税35%というのは、奇しくも日本のそれと一致する。まず税金を誰が出すか、誰から取るのかの議論を始めなければならない。その過程で初めて「国際競争力を疎外しない程度」についての議論が意義を持つことになる。「国際競争力」論が議論を拒否するための道具になってはいけない。

「データで見る東日本大震災」の連載が4回目。

信用金庫の中央金融機関である信金中央金庫の6月特別調査の結果を報道している。これは全国の信金取引先1万6千社を対象にしたもので、回答率8%。

震災によって何らかの被害を受けた中小企業が全国で68%、実に2/3だ。地域別では東北地方90%、関東79%、首都圏71%となっている。
これは震災の二次被害(物流、原材料、受注)が予想以上の深刻さをもたらしていることの現われだ。

これを救済するには、「補償」だけでは足りない。中小企業、とりわけ製造業への振興策が必要であり、身近な金融機関である信用金庫への支援が鍵となるだろう。

太陽光発電協会が第二四半期の出荷統計を発表した。総出荷が26%増。産業用の伸びがとくに著明で前年比31%に達した。また輸出も好調で、メガソーラー需要を中心に23%伸びている。

だめになる産業もあれば、これから成長する産業もある。経済政策の根幹には、技術革新とその普及の見通しが必要だということだ。
大企業の既得権益を守るだけの政策では、この先やっていけないことははっきりしている。ものづくりと技術の重視に立脚した新たな産業政策が必要だ。そして何よりも、大企業と対決してでも産業構造の転換を断行していく政府の姿勢がもとめられている。

今回は二つともガルデルの十八番で、ほかに選択の余地はないから短く行きます

(15)我々が悲しみの夜 (Mi noche triste)

ガルデルが世に出た出世作です。ガルデルは男っぽい歌い手ですが、それはマッチョとしての男らしさではなく、もっと素直に自然ににじみ出た人間臭さだと思います。だから女性が歌っても全然違和感がないし、外国人が歌っても素直に曲の良さがしみじみと伝わってくるのです。

Mi Noche Triste - Carlos Gardel - Tango

初めて聞きましたが、旧盤です。すごい音です。

The tango I love (1): "Mi Noche Triste", Carlos ...

こちらが世間に流布する定番です。

mi noche triste - julio sosa

フリオ・ソーサはポスト・ガルデル世代の代表の一人で。ほとんどの曲をカバーしています。決してたんなるコピーではなく、独自の世界を築き上げています。(エドムンド・リベロの歌もありましたが、ひどいのでリンクしません)

Buenas Noches Bs.As. 2 ANIBAL TROILO HUGO DEL CARRIL

映画の演奏をアップロードしています。映像が見られることもさることながら、緊張感のある素晴らしい演奏です。トロイロ自身がバンドネオンの名手だということもわかるし、バンドマスターとしてはけっこう怖い人だということも感じられます。

VIRGINIA LUQUE - MI NOCHE TRISTE

これはすごい演奏です。テレビの録画映像で、すでにカラーの時代です。年は50歳前後でしょうか、完全にはまっています。この人はおそらく人格乖離(ヒステリー)で歌うときにはヒョウエ(憑き物つき)しているようです。それが当たればすごいし、外れてもすごくなりそうです。

Bandoneon Tango "Mi Noche Triste" V.Luque/orq.Firpo

前項の記載がこの映像でも確認されます。音はひどいが迫力はあります。

ZITARROSA-MI NOCHE TRISTE (TANGO)

まさかここにシタローサがあるとは思いませんでした。シタローサはウルグアイのフォルクローレ運動の旗頭で、軍事政権に国を追われ、メキシコで病死しました。この演奏けっこう味があります。

ORQUESTA JOSE BASSO - FIORENTINO - MI NOCHE TRISTE - TANG

フィオレンティーノは好きではないが、ホセ・バッソ楽団に敬意をはらって記載。

そのほか、リストに載せるほどではないが、サビナ・オルモスという馬面の歌手がいて、この曲はひどいが、「三つの思い出」という曲はうまく歌っている。

(16)帰郷 (Volver)

もうひとつガルデルの歌です。短いけどとても印象的な曲です。ちょっとハリウッド的な匂いがしますが、考えてみると、この時期ハリウッドはとても良かったのです。1930年代の後半に「ハリウッド的だ」というのは、ある意味で最高のほめ言葉かもしれません。

CARLOS GARDEL VOLVER

これが標準の演奏です。

CARLOS GARDEL VOLVER

これが映画のほうのファイルです。

hECTOR iSLAS - vOLVER / tANGO

YOUTUBEで名演奏を探すのは大変です。聞き逃しはつきものです。この演奏も検索順位は100番以下でした。

PORTOTANGO - Sin esquinas 2010 - Volver

現代的な演奏の代表です。これを聴くとあらためて、ガルデルを乗り越える難しさを感じずにはいられません。

Volver - Estrella Morente [Soundtrack "Volver" Pedro Almodovar]

なかには勇敢な人もいます。しかし…

Eliades Ochoa - Volver

これは「やったぜ」という感じ。見事にボレロに変身しました。冒涜ともいえますが。

Chano Lobato - Cancion por Bulerias - Volver

これも見事にフラメンコに変身。




(13)下り坂 (Cuesta Abajo)

HP: 私の記憶では、「下り坂」はスサーナ・リナルディのほうが良いのですが、とりあえずそれがラジオタンゴでとった音源の中にはないので、ガルデルにしておきます。

YOUTUBEでも、やはりなかった。スサーナ・リナルディはすべてに贅肉がついて醜くなった。一番悪いのは前頭葉の贅肉だ。

Carlos Gardel - Cuesta Abajo

こちらは映画からのアップ。画面にそこはかとなく色がついています。まさか1枚1枚色を塗ったわけではないのでしょうが、テクニカラーというんでしょうか。音も音盤と比べそん色ないものです。

Carlos Gardel - Cuesta Abajo

こちらが音盤からのもの。

Elio Roca cuesta abajo.wmv

これは思わぬ拾い物。美声で声に色気があり、張上げず(多少は張上げていますが、まぁタンゴですから)、癖がなく、聞きやすい。聞いた範囲では最高だと思う。

CUESTA ABAJO por Claudio Rojas Tango y Rolando Garcia Gomez.wmv

テレビのチェックだが、最近のものでハイビジョン。音もハイファイだ。演奏はガルデル時代を踏襲してギター1本のシンプルなバックで、語りかけるように歌う。これは良い。表情がきめ細やかな分、流れにやや欠けるが、立派なもの。

HUGO MARCEL - CUESTA ABAJO

カラーテレビの番組をビデオに落としたものだが、意外に音はよい。バックはピアノでもちろんモノ。ウーゴ・マルセルという人初耳だが、表情に過不足ない。

JERONIMO - Cuesta Abajo

ちょっとオーバーだが、色気のある声だ。ギターがバック、音はよい。

Libertad Lamarque "Cuesta abajo"

こちらも映画から落としたもの。熱演ですが、もう少し淋しい歌なのでは?

Roberto ''Polaco'' Goyeneche - Cuesta Abajo

「私にも歌えますよ」という程度。歌う必然性が感じられない。

ここまでやってきて思うのだが、良い女性歌手がいないですね。最近は…

(14)我がなつかしのブエノスアイレス (Mi Buenos Aires Querido)

HP: まさに名曲・名演。極めつけというのはこういうのを指して言うのでしょう。この歌を歌うのに、ガルデル以外の余人をもっては代えがたいという実感がつくづくします。「余人」が手を出さないという事情もたしかにありますが。

Carlos Gardel - Mi Buenos Aires querido - Tango

これが音盤からのアップです。映画からのものもありますが、リンクは省略します。

SEXTETO MAYOR " Mi Buenos Aires Querido" - "Onda 9"

セステート・タンゴの演奏です。曲そのものを聴くにはこちらのほうが良いかもしれません。

Omar Torres - Mi Buenos Aires querido

これは掘り出し物の演奏です。歌なしですが、ホンワカとしていい雰囲気です。Omar Torres y su Gran Orquesta de Cuerdas.の1982年の録音ということですが、ずいぶん古臭い音です。

MI BUENOS AIRES QUERIDO

こちらはMIGUEL CALO楽団に、MARGA FONTANAという歌手。古い録音ですが、悪くありません。

MI BUENOS AIRES QUERIDO

新しい録音で、ということになると、このくらいしか見当たりません。SEXTETO TANGOの伴奏で RAUL FUNES という歌手が歌っています。可もなく不可もなし。

Lucía D'Agostino canta Mi Buenos Aires querido (Gardel - Le Pera)

ルシア・ダゴスティーノという若手女性歌手が挑戦しています。結果は?

mi buenos aires querido Por Roberto Goyeneche

ゴジェネチェも当然カバーしていますが…

cantora SIMONE MI BUENOS AIRES QUERIDO

かえってシモーネのほうが良かったりして…


(11)黄昏のオルガニート (Organito De La Tarde)

HP: これもディサルリ楽団の十八番です。ディサルリでなければならないわけではないが、たしかにほかにこれといった演奏があるわけではありません。このマロ~ンとした雰囲気は(歌詞の中身は結構切羽詰っているが)、次の世代が受け継ぎにくいものなのでしょう。

CARLOS DI SARLI Y SU ORQ. TIPICA - ORGANITO DE LA TARDE

他に対抗馬もなく、ガチガチの本命です。音もディサルリとしては最上の部類に入ります。

Organito de la Tarde Francisco Canaro.wmv

カナロとしてもかなり古い録音ですが、それだけにカナロのひなたい音楽が心を和ませます。

ORGANITO DE LA TARDE (CATULO CASTILLO - Arreglo musical RUDY

メロディーラインをいじることなく、見事にマンボの名演奏に仕立てています。むかしレクォーナ・キューバン・ボーイズがこの曲を編曲したときは相当いじられていました。

ORGANITO DE LA TARDE

ガルデルの歌唱です。かなり古いものです。あえて聞くほどのものではありません。

Rodolfo Biagi - Organito de la Tarde

名演奏といっていいのでしょうが、いまひとつ迫力がありません。

Mercedes Sosa - El día que me quieras

すみません。この曲は後で採りあげる予定ですが、上記の演奏があまりにすごかったので、予定外にあげておきます。(ただし音は最悪)

(12)カミニート (Caminito)

HPでは一応、ホルヘ・マシェルを推していますが、消去法です。民主党の党首選びと同じです。

ホルヘ・マシェルは声の良さからすればタンゴ界最高ですが、その下品さには「どうして?」と戸惑います。

CARLOS GARDEL - CAMINITO

普通に選ぶならこっちでしょうね。たぶんホルヘ・マシェルを選んだときは気が動転していたのでしょう。彼のカミニートはYOUTUBEにはアップされていないようです。

Orquesta Miguel Caló - Lucho Gatica - Caminito - Tango

ミゲル・カロはいまどき一番の楽団だと思います。歌手はいまいちですが、この曲のトップといっても良さそうです。良い音で聞いてはいけないということもないでしょう。

Caminito (Tango) - Coro Polifónico de José C. Paz

混声合唱だが、残響が半端でない。どこかの教会で採ったのだろうか。複雑なことはせず、生地の良さで勝負している。

ESTELA URIARTE-Tango "Caminito"

ついに見つけた、という感じ。HPで「むしろフォルクローレ畑の歌手のほうが雰囲気が出るかもしれません」と書いたが、なかなかそのような音源には出会えずに来た。
これがそれだ。

一度に二曲づつではとうてい終わらない。少しがんばろう。

(09)夜明け(El Amanecer)

HPではディサルリを推した。
アマネセ-ルをどうしてロベルト・フィルポの自演盤にしないか、それはこのディサルリ盤を
聞いてもらえば分かってもらえるでしょう。まったく別の曲のようにも聞こえます。タンゴはこう
でなくっちゃというディサルリの強情さが伝わってきます。

と書いたが、YOUTUBEではディサルリ盤は聞けない。

Roberto Firpo - EL AMANECER

これが針音もゆかしい、ロベルト・フィルポの正調盤。

Juan D'arienzo - El amanecer.
聞いてみたらディサルリよりこちらのほうがよい。音質はきわめて良好、演奏も力強い。

El Amanecer Neotango Tango Passion

セステート・ネオタンゴの颯爽とした演奏。おそらくもとの音質は素晴らしいのだろうが、Up時に音割れしてしまったのが残念。と思ったら、別の人が同じ音源をあげてくれていた。この曲の最上の演奏といえる。

El Amanecer Alberti Teatro Maccio Octubre 2008

大編成の豪華なサウンドだが、へたくそでいやみ。 Orquesta Típica "Nelson Alberti"a lo D'Arienzo.5 de Octubre de 2008 とのクレジットあり。

El Amanecer.wmv
プグリエセの演奏。初めて聞いた。基本的にはスカ。

Tango Grill Live - El Amanecer
Pablo Agri, violin; Nicolas Ledesma, pianoと書いてある。あのアグリの息子なのだろうか。乗りはよいとはいえない。

Florindo Sassone y su orquesta típica (El Amanecer)
テレビのエアチェック。バンドネオン3つに対しバイオリンが6丁もある。これがサッソーネ・サウンドなのだろう。

Vale Tango En El Palais Chaillot - (París) - El Amanecer

シャイヨー宮殿のライブ。ドラマチックな演奏で、迫力満点。ただし音質はいまいち。

Juan Sánchez Gorio - El Amanecer

いやみのない素直できれいな演奏。それ以上を求める人には不向き。

(10)君を待つあいだ (Fumando Espero)

この曲は実はスペイン生まれの歌なんだそうです。訳には入っていませんが、“Fumando”という言葉がだいじです。ただ待っているのではなく、タバコを吸いながら待っていることがこの情景には必須なのです。

HPではディサルリ楽団を選びました。デアンヘリスの演奏もなかなか良いのですが、はかなさの感じられるところが他にない魅力です。

fumando espero-carlos di sarli

あまり音質が良くなくて、この録音だったかな? と思ってしまいます。

CARLOS DANTE ''FUMANDO ESPERO''.wmv

これは次点にしたデ・アンヘリス楽団の演奏です。歌手がカルロス・ダンテという人のようです。これでも十分と思いますが。

Fumando Espero ~ Tango

エクトル・バレラの歌で、録音が新しい点では、こちらのほうが良いかもしれません。

ARGENTINO LEDEZMA - FUMANDO ESPERO

どんな人か分かりません。歌手の名前なのか楽団の名前なのかも分かりません。しかしなかなか良いです。

ORQUESTA DONATO RACCIATTI - NINA MIRANDA - FUMANDO ESPER

早目のテンポで颯爽と歌いきっています。

SARITA MONTIEL ''FUMANDO ESPERO'' by J. Viladomat-Masanas. ...
ウームと唸ってしまいます。やはり男歌ではないでしょうか。それと、それなりに品格が必要ではないでしょうか。チンピラやあばずれではなく、貧しくともけなげに働く労働者という感じが欲しいです。

Fumando espero - Carlos Gardel.

さすがにガルデルは品がありますが、そこまでドラマチックに歌う歌なのでしょうか。

LIBERTAD LAMARQUE - FUMANDO ESPERO

ラマルケも歌っています。この人にしては珍しく素直に歌っていて、けっこう沁みてきます。

FUMANDO ESPERO IGNACIO CORSINI

この人はアディオス・ムチャーチョスの人でしょう。

Tango: Fumando espero por Dalva de Oliveira ("a Rainha da Voz" ...

カナロはここでは女性を起用していますが、凡庸です。音もさすがに古過ぎます。

Tango español: „Fumando espero" - Francisco Lomuto, 1927 !

良い演奏ですが、歌なしです。やはりこの曲は歌が欲しい。

ORQUESTA SUPER COLOSAL Fumando Espero.wmv
キューバのチャランガ・バージョンで、ゲテモノと言えばゲテモノですが、意外に面白い。エンリケ・ホリンの曲だといっても通用します。



(07)大きな人形 (A La Gran Muneca)

ホームページではカルロス・ディサルリ楽団を推しています。以下はその説明。

ディサルリというのは「泣かせ」の芸を会得した手練れという感じです。弦を叩くようなスタッカートと、思いっきりレガートを利かせたポルタメントを交互に繰り返し、たたみ掛けていきます。あざといといえばあざといのですが、それだけではない何かプラスアルファがあるのでしょう。

A LA GRAN MUNECA/carlos dis sarli

YOUTUBEでもディサルリ楽団の音源が手に入ります。

A la gran muñeca-Juan D'Arienzo

さすがダリエンソという感じ。しかし最初から勝負はあきらめた感じの演奏。

Orquesta JUAN D'ARIENZO . 78 Video CLUB - " A LA GRAN MUÑECA ...
と思ったら、さにあらず。すごい演奏があった。テレビ放送のエアチェック。当然モノだが意外に音はよい。擬似ステ化しているのか? grabacion del 17 de Diciembre de 1963 -とのコメントがある。全盛期は過ぎているのかもしれないが熱演だ。

A LA GRAN MUÑECA

デ・アンヘリス楽団の演奏。これも音に厚みがあって、良い演奏だ。もうひとつこれは昔のラジオ番組のエアチェックらしい。これが意外に良い。ただしかなり音飛びしている。

A la gran muñeca, tango, Florindo Sassone y su orquestra típica

この演奏は最近のもので、音は一番よい。弦を重視したコンチネンタル風に仕上げている。きれい過ぎるともいえる。しかし間違いなく一流だ。

Orquesta Héctor Varela - A La Gran Muñeca - Tango

あざとさが売りのエクトル・バレラ楽団の演奏。お勧めはしない。

Recordando a Libertad Lamarque... A LA GRAN MUÑECA

よくこんな音源を捜してきたね、というくらいひどい音だ。「耐えがたきを耐え…」レベルだ。

(08)バイア・ブランカ ( Bahia Blanca)

おそらく誰がタンゴの名曲を選んでも5本の指に入るディサルリの名曲です。

TANGO(17)入門 バイア・ブランカ BAHIA BLANCA(Di Sarli) Carlos ...

欲深ですが、この演奏のままで、もう少し良い録音で聴きたいものです。と書いたあと、これを見つけました。音源は同じはずですが、高音が補償され、ビビリが減少するなど音質が改善しています。ありがとうございます。

TANGOS Carlos Di Sarli Bahia Blanca

クレジットで見る限りはっきりしないのですが、ディサルリの新盤のようです。確かに音は良いのですが旧盤の下品なほどのすすり泣きはなくなっています。

それにしても、これほどの名曲、YOUTUBEでは誰もカバーしていない!

「要綱」の「貨幣の成立と本質」で一見未来社会論みたいなものが語られているが、読み通してみるとたいしたことは語っていない。彼が言いたかったのは、「ここから出発するしかないんだ」ということであり、そのためには「ここがどこなのか、どういうところなのかを分析し批判するしかないんだ」という主張である。

共同体が滅亡し個人が切り離されたという側面が一つ、交換、その物象としての貨幣が共同体を滅ぼし自らの共同性に包摂したという側面がもう一つ。
「貨幣それ自体が共同制度(ゲマインヴェーゼン)なのであって、自分の上に他のものが位することを許さない」
「それは交換価値=貨幣制度の完全な発展を想定し、それに照応する社会組織(ゲゼルシャフト)の完全な発展を想定している」

しかし交換は対立であり、対立であるがゆえに止揚されなければならない運命にある。さらにその元となる資本主義的領有の否定にある。とすれば、交換の代わりに結合が生まれなければならないだろう。
これは「貨幣を廃止すれば資本主義が克服できる」とするプルードン主義者との論争である。貨幣ではなくその基礎にある交換という対立を止揚するというのがマルクスの主張である。
しかしその「自立した諸個人の結合」のありようは、「みんなで考えようぜ」ということだ。交換が止揚されれば「自立した諸個人の結合」が自然に生まれ出て来るようにも思われる。ここはやはりマルクスの理論の未達点だろう。
「交換」が最終的に消滅するまでには相当の時間がかかるだろう。一つつぶしてもまた出てくる。そうなると「永続革命」ということになる。このままでは社会主義は「クレド」に過ぎない。

のちに「労働者階級の役割」への言及が出てくるが、それは別のコンテキストだろう。

「要綱」65ページ
すべての神話は、想像を通じて自然力に打ち勝ち、自然を支配する形を描くのである。したがってそれらは自然力に対する現実的な支配とともに消えうせる。

政府・発電会社は「安全神話」をふりまいたが、もっと大きな意味で、私たちは原子力に対する神話の時代に生きているといえるだろう。

本日の赤旗に表題のごとき記事が掲載された。
「ごとき」というのは記事が整理されていないから不分明だということで、もう少し独自調査を踏まえて、的を絞って、ことの重大性を明らかにすべきだと思う。

事実としては以下のようになる。
*東電は津波の試算を3年前に行っていた。これだけで想定外はウソだったことがはっきりした。
*東電は試算結果を受け、経営陣も了承した上で、土木学会に評価基準の見直しを要請した。
*東電は今年3月7日(大震災の4日前)に試算の結果を保安院に報告した。
これらのことを、東電の原子力担当責任者が明らかにした。

つまり、①地震・津波は「想定外」だったのではなく、想定されていたにもかかわらず対策を怠ったということであり、②幹部は十分に想定していたにもかかわらず、公の場でウソをつき続けたということである。

①についてはいろいろ言い訳もあるだろうが、②については許しがたいことであり、断罪が必要である。

もうひとつ大事なことは、「未曾有かつ想定外の災害であった」ことを前提にして議論を組み立ててきた多くの論者は、このたび明らかになった事実に眼をつむったままでいてはならないということである。原発の是非をめぐる論争はこれからも続くと思われるが、電力会社のモラルへの信頼性はその根幹に横たわる問題である。

電力会社のトップが嘘をついて恥じない状況の下で、それに抗議しようともしない人々に、原発について語る資格があるだろうか。
議論の前に、「それであなたは東電に抗議しましたか? 幹部の断罪を求めましたか? 少なくとも幹部糾弾の姿勢を明らかにしましたか?」と問いかけなければならない。


この発表を受けた東電の西沢社長は「津波の源が分からなかったので、影響が把握できなかった」と述べているが、これでは答えになっていない。そもそも何を言っているのかわからない。記者会見に居合わせた人たちは、もう少しましな答弁を引き出すべきだったろう。

赤旗にはこんな記事があった。

2011.04.21 赤旗

 東京都墨田区議会で、浜岡原子力発電所に関して、二つの陳情が不採択になりました。

 浜岡原発の放射能災害を防ぐ陳情は、区が放射能災害対策を策定し、安定ヨウ素剤の常備や避難方策、放射能汚染のない食料・飲料水などの確保を求めたものです。
 自民党は「災害対策計画を立てるというのは必要ない」、公明党も「起こる可能性が極めて低いような災害」「(食料や飲料水の備蓄は)大変な金がかかる」と不採択を主張しました。
 浜岡原発震災を未然に防ぐ陳情を審議した区議会委員会では、自民は「原発を直ちに否定することは難しい」、公明も「代替エネルギーがない」と陳情に反対。

 委員会で採択を主張した民主党は、本会議で不採択に賛成しました。

火の玉で有名な早稲田の名物教授大槻義彦氏は、ブログで気勢を上げている。



公明党よ、恥を知れ

7月8日、衆議院 本会議、公明党の佐藤議員が菅総理を追及した。『。。。失政を重ねながら居座り続ける恥知らずな史上最低な首相。。。』 これに対してめずらしく声を張 り上げ、激しく菅総理は反論した。『。。。今回の事故は、長年与党だった公明党の皆さんにも責任の一端はある。すべての失政を押し付け責任を免れようとす る。。。』と。

これだけ激怒して反発した総理ははじめてである。拍手喝采!恥知らずはどっちか?

菅総理が周囲の反対を押し切って浜岡原発の 停止と今回のストレステストの導入に踏み切ったのは彼の国民を守るという根本的な政治理念からきている。静岡沖で大地震が起こる確率が87%と予測されて いるものを平気で原発運転継続させることは国民を守る立場から許されない。

宮城、福島沖で巨大地震の確率が99.9%と予測された2006 年、福島原発、女川原発をチェックし、止めることもなく大災害にいたらしめた時点の政府はどこのどいつだったか。自民、公明こそこのときの与党であった。

それを現政権のせい、としゃあしゃあとうそぶいているのは公明党であり、恥知らずはどちらか!

財務省が発表した円高緊急対策。中身がひどい。
1.円換算80兆円の外為特別会計の外貨資産を活用し日本企業による海外企業の合併・買収(M&A)を支援する。
2.このため1年間の時限つきで最大1千億ドルの融資枠を創設する。
3.“円高で打撃を受ける中小企業”を支援するため、海外進出のための資金供与も行う。
何のことはない円高を口実にした大企業奉仕ではないか。中小企業といっても大企業の関連・下請け企業を海外に連れ出す費用を負担させるだけではないか。

中小企業支援というが、彼らが海外に進出すれば、産業は空洞化する。雇用はますます厳しくなる。
これは私たちが言っていることではない。まさに経団連の脅し文句そのままだ。経団連はそれを防ぐために税を軽減せよと主張している。

たしかに、最近の急激な円高の最大の理由は、アメリカとヨーロッパの先行き不透明感から来る「雨宿り」現象だ。しかし120円からの連続する円高傾向はそれでは説明できない。それはデフレ円高に他ならない。給料が下がって、消費が低迷し、物価がそれにつれて下がるという連鎖の中で、見かけ上、円の価値が増大したのだ。

雇用の改善、労働条件の改善につながる対策、少なくともそれらをさらに悪化させることのないようにするのが真の対策だ。そうでなければ、それは巡り巡って円高をさらに昂進させる結果となるだろう。

赤旗のシリーズ「原発と各党」、本日は公明党の巻。気になったのが次の一節。

…公明党は今年5月、政府が行った静岡県の浜岡原発の運転停止命令に対して猛烈な反対運動を展開…

恥ずかしながら、この事実は知らなかった。しかしそれ以上の説明はない。そこで「公明党」と「浜岡原発」で検索をかけてみた。あまりそれに相当するような記事はない。

5月10日に、山口代表が「法的根拠のないことを突然首相自らの判断でやってしまうことに大きな危惧を感じざるを得ない。政治主導に名を借りた誤った行政権の暴走だ」と非難したくらい。これとて、いま考えるととんでもない発言だが。

検索ページをずっとめくっていくと、ようやく次の記事にあたった。

Twib - 今日の国会。公明党の魚住議員が浜岡原発を止めた事に中電社長 ..

公明党の魚住議員が浜岡原発を止めた事に中電社長様まで呼んで猛抗議。野党側から、普通はそんな事出来ないと野次が飛ぶ。殆どの政治家って原子力村の方々なんだと痛感。浜岡が事故起こしたら責任取る覚悟あるのか、この連中。seiji ...

公明 原発対応で協議会設置へ – NHK | 気になるトップニュースのまとめ

2011年5月13日 – 公明党は、中部電力浜岡原子力発電所が、菅総理大臣の要請で運転を停止することについて、原発を抱えるほかの地域への影響が懸念されるとして、党内に協議会を設けて、対応を検討することにしています。

しかし、リンク先は切れている。

そこで公明党、魚住、国会質問、で検索をかけて議事録を引っ張り出した。以下はその内容。


今日は、中部電力さん、お見えいただいております。私は苦渋の選択をされた中部電力に本当に心から敬意を表したいと思っております。

総理が突然要請をしたことで、中部電力さんも本当に苦渋の選択だろうと思います。命令だったらまだ分かりますが要請です。責任がどこにあるんですか。

法的根拠もない、科学的な根拠も、87%とか84%とか言われているけど、そうなると全国すべて停止しなければいいけない、となってくるわけです。どう考えても政治的パフォーマンスというふうに言わざるを得ない。

 再開できるようになるまで、例えば2年だったら5千億と、そういうような試算、総理、 これ支援しないとまずいでしょう。国としてきちっ と補償せぬと憲法29条からみて大問題になりますよ。株主さんにどうやって説明するんですか。


答弁 省略

総理、それは具体的な請求書が来てからという話だと思いますけれども、しかし、株主総会を目の前にして、「総理からきちっとした言葉をちょうだいしました」と説明できないじゃありませんか。「きちっと全部補償しますよ」と言ってもらわなきゃいけないと思いますが。

中電の会長がカタールまで行った。ホルムズ海峡に海賊が出て(タンカーが)通れなかったら、中部は大停電を起こしかねないですよ。そういうことまで考えて要請を決定したんですか。御答弁いただきたい。

以下略


やくざの難癖と同じで、それなりに筋は通っている。さすがは東大法学部卒である。「こっちも痛んでいるんですよ。オタクら大体やり方が筋が通っていませんよ。可愛い舎弟があぁやって泣いているんだ。このオトシマエどうつけてくれるんですか」
違うのは「可愛い舎弟」が、実は泣く子も黙る中電だということ。「兄貴」顔しているが、こっちはただの雇われ三百代言にしか過ぎないということだ。

傍から見れば一目瞭然の猿芝居だが、本人はそれと分からぬほどに大企業との距離感が消失してしまっている。伸介のセリフを借りるなら、「ここまでセーフ」と思い込んでしまっている。こういうのを世間では「堕落」という。

(05)動機 (El Motivo)

この曲もHPではアニバル・トロイロを推しています。

"El Motivo" - Anibal Troilo y Astor Piazzolla

という音源があって、バンドネオンのデュエット、1970年の録音だそうです。好事家にはたまらないでしょうが、私のごとき素人にはちょっと…

Tango El Motivo por Roberto Goyeneche y Aníbal Troilo

テレビからの録画で、「ゴジェネチェというのがこういう顔でこう歌っていたんだな」というのが分かります。

Polaco Goyeneche - El Motivo

ゴジェネチェがorquesta de Raúl Garelloというバンドをバックにうたった録音。とりあえずYOUTUBE上の標準音源としておきます。このねっとり感はいささかもたれますが…

CARLOS GARDEL - POBRE PAICA (EL MOTIVO)-(1920).

こんな音源があるとは知りませんでした。声は若々しいが荒削り、うまいとは言えない。

ORQUESTA ALBERTO MANCIONE - FIORENTINO - EL MOTIVO

フィオレンティーノの歌にはインスピレーションがない。どうして有名なのか分からない。

Susana Rinaldi sings "El Motivo" with the Seleccion Nacional de Tango

レオポルド・フェデリコのバンドネオンにMario Abramovich、Nicolas Ledesmaというすごい顔ぶれのオルケスタ。歌手はお気に入りのスサナ・リナルディとくればさぞやと期待したが、見事にはずれ。トリオをバックの歌唱エステバン・モルガド四重奏の伴奏もあるが、リズム感の欠如はいかんともしがたい。スサナは名を惜しむべきであった。(ちなみにスサナ・リナルディの最高の演奏はガルデルのカバーの「下り坂」)

ALFREDO BELUSI - El Motivo

VÍCTOR RUIZ EN "EL MOTIVO" (Pascual Contursi y Juan Carlos Cobián,

以上の二つ、あえてお勧めはしない。好き嫌いはあるだろうが…

(06)アディオス・ノニーノ (Adios Nonino)

お勧めはピアソラの自演版。

Adios Nonino - Astor Piazzolla

これは74年のスタジオ録音。現在の演奏よりはだいぶシンプルでごつごつした感じ。

ASTOR PIAZZOLLA "ADIOS NONINO" [HQ]「「

これが定番と呼ばれる9分にわたる演奏。Concert in Utrecht, Netherlands.1985.と書いてある。

sexteto mayor adios nonino

実は私が好きなのはこちらの方。まずバンドネオンがはるかにうまい。ピアノが変にムード音楽っぽくない。というか、プグリエセっぽい。

クラシック畑の人がずいぶん手出しをしていて、もはやレパートリーの一つとさえなっているようだ。しかし私にはいまひとつピンと来ない。ピアソラはふつうのタンゴではないが、やはりタンゴなのであって、クラシックなのではない。
そこにはまなじりを決した「疾走感」が必要なのだ。

Ensemble Contraste - Adios Nonino - Snook (By: Thomas_AV)

タンゴは港町の生まれ、貧民街の夜の喧騒から生まれた剣呑な音楽だ。その雰囲気がこの演奏には出ている。

Editus - Adios Nonino

この曲に必要なのはもうひとつ、パンパの草いきれだ。大都会のブエノスアイレスも、町を一歩出れば見渡す限りの大草原。その雰囲気がこの演奏には出ている。

Michel Camilo & Tomatito - Adios Nonino

ギター弾きにはリズム音痴が多くて好きになれないのだが、このトマティートの演奏は良い。トマティートはフラメンコ・ギターの名手で、本名をJosé Fernández Torres Tomatitoというらしい。

ほかにも良い演奏がたくさんある。

Adios Nonino (Astor Piazzolla) - Tango For Four

「1999年、フィンランドでタンゴを演奏するために創設された楽団。豊かなタンゴ文化を誇るアルゼンチンと、フィンランド国内のタンゴを融合させて、新しいタンゴを生み出そうと試みている」そうだ。

Esteban Morgado-Adiós nonino

最近売り出し中の4重奏団。モルガドのギターにバイオリン、バンドネオン、ベースの編成。小編成だけに曲により向き不向きがある。

JOSE LIBERTELLA - ROBERTO GRELA - ADIOS NONINO - TANGO

リベルテラのバンドネオンとギターのデュオという簡素な組み合わせ。しかし色彩は豊かだ。

7月の工作機械受注総額が1134億円、前年比35%も伸びている。
震災特需で上がっているのだろうと思ったら、まったく違う。
①震災でも中断することなく、20ヶ月連続の増加である。(ドル換算ではどうなのだろう?)
②基本は外需である。(外需41%増、内需22%増)
③修正予想では11年度受注額は1兆3千億円、うち外需が9千億円とされる。

輸出先は圧倒的に中国であり、もはや日本の輸出産業は中国なしには生きていけない状況になっている。また、消費財ではなく生産財が伸びているということは、一般的な生産能力の格差が急速に狭まりつつあることを示している。

総裁選がいろいろ噂になっているようだが、親米反中・極右の前原で本当に良いのか、米倉の新アイドルで前原を上回る極右の野田財務相で本当に良いのか。

前の記事で国内への生産拠点の集約の理由が「需要の変化へのすばやい対応」にあると書いたが、「すばやい対応」とはなにか、が以下の引用を見れば分かる。

これはhey hey heydays*というブログの「REGZA Phoneの良いところ、そうでもないところ&レビュー記事まとめコメントなど」というページの紹介である。

感心するのはとにかくスピードが速いことである。10月に東芝から会社を買収して、11月に新製品を発売して、それから1ヶ月あまり後には、あらかた使用体験が出尽くして、まとめの段階に入っているのだ。

で、紹介に入るが、実は言っていることがほとんど分からない。情報リテラシーの欠如がすでに相当深刻な状態に陥っていることが、改めて実感される。


良いところ

防水

何はともあれ、防水。お風呂で快適に使える、ランニングアプリを使ったり、料理中にレシピを参照したりといった使い方ともできて便利で楽しい。

それに、水でジャバジャバ洗える、というのも意外に嬉しい。タッチスクリーンが一日使っていると結構指紋で汚れるので。

アプリ

フィーチャーフォンとスマートフォンで大きな違いのひとつが「アプリ」。アンドロイドマーケットも十分に充実していて、便利なものや役立つもの、楽しいもの等々、たくさん揃っている。

一度スマートフォンに移行してアプリの魅力を知ってしまうと、フィーチャーフォンには戻れないのでは、と思う。

ディスプレイ

モバイルREGZAエンジン搭載、ってことでディスプレイがことのほか綺麗。特にYouTubeがクリアで綺麗に見える。

あと、撮影した写真や動画も大画面でかなりきれいに見れる。

そうでもないところ

spモード

これはREGZA Phoneのせい、というよりもspモードアプリのせいかなとも思うけど、とにかく遅い。メールを開くのにかなり待たされるし、画面遷移もゆっくーり。

フィーチャーフォンからスマートフォンに移行する際に、iモードのメールアドレスをそのまま使える!というのでとても大きなポイントとなっているけど、アプリの使い勝手が非常によくないのが残念。

ハードボタンの配置

具体的には本体右横にある電源・スリープボタンの配置が使いづらい。

音量調整ボタンの上の割と近い位置に配置されているので、YouTubeやワンセグを見ていて音量を調整しようとして電源・スリープボタンを押してしまい、画面が消える(スリープする)ということがしばしば。

WiFi接続

スマートフォンはWiFi接続にも対応しているというのがスタンダードと言っていいと思うのだけど、このWiFi接続がREGZA Phoneでは不安定。

iPod touchやiPad、Galaxy Sでは問題なく接続できているのだけど、REGZA Phoneではうまく接続できない、ということが結構頻繁に起きる。特にスリープすると電源節約のために自動でWiFiが切断されるのだけど、スリープか ら復帰したときに再接続できない、というのがよく起きる。

なので、常にWiFi接続しているか、あるいはWiFiでのインターネット接続は諦めて常に3G接続でデータ通信するか、というようなことが必要になる。

このWiFiの不安定さについては、今後のアップデートで改善されていくことを強く期待!という意味でも、あえてここで書いておきます。


てな具合。携帯のメールも使えないおっさんには縁なき世界だが、これがとてつもなく巨大な近未来市場であることは実感する。そして市場での勝者となるためには顧客目線と猛烈なスピードが鍵となること、そしてそれこそがかつての日本企業の持っていた最大の優位点だったよねぇ、ということも心から実感する。

それこそが米倉会長に欠けている最大の欠点だということも痛感する。「前掛け外して、上から目線」では日本の未来は見えないぞ!

びっくりするような記事が載っていた。
富士通がKDDI向けに開発した「レグザフォン」が大当たりして生産が追いつかない状況になった。そこで兵庫県に製造ラインを作り7月までに移管を終えたそうです。
名前からも分かるようにこれは元々東芝のブランド。東芝は中国企業に生産を委託していたが、売れ行きさっぱりで、去年10月に売却したのです。それが新製品を出したとたんに売れ始めたという経過です。
電機業界ではコスト削減のため海外に生産委託するのが主流ですが、富士通は「国内で生産したほうが需要の変化にすばやく対応できる」と判断し、あえて生産ラインの国内集約に踏み切ったということのようです。
富士通といえば能力給で社内の人間関係がずたずたになったことで知られた会社。これがどういう結果になるのか、注目に値します。

トヨタとフォードがハイブリッド技術で提携すると発表された。
フォードというとブリジストンの訴訟以来、どうも日本人には好感が持てない会社だった。
しかしその後フォードは生まれ変わったようだ。あの訴訟のときの悪役社長はその後首になり、フォード家の御曹司が会長職についた。トヨタと同じだ。
この社長は海外のブランドを次々に手放し、M&Aから手を引き、技術を再構築し、国内でのものづくりに集中しようとしているようだ。今のところ結果は出ていないようだが、たぶん今のトヨタと気分はともにできるのだろう。

与謝野経済財政担当相が、内閣府の研究報告の公表を機に記者会見。
「経済成長や物価上昇によって財政健全化が達成できるというのは“偽りの伝説”であり、“霊感商法みたいなもの”とこき下ろした。
そもそもこの報告は「経済成長と財政健全化の関係を分析」するためのもの。報告書の結論はもう少しおとなしく、
1.高い経済成長による税収の自然増収を期待することは適当ではない。
2.物価上昇(いわゆる政策インフレ)では財政収支が改善するとは限らない。
というもので、そもそも低成長下における財政を念頭におく限りでは妥当な結論だろう。

問題は入り口と出口の二つある。
低成長は私たちが長期にわたり甘受しなければならない“運命”なのか、そもそも低成長をきたした理由を分析し、その克服の展望を明らかにしない限り、小手先の議論にしかならない。
出口の問題としては、ここでは書かれていないが、果たして消費税なのか、という議論である。
少なくとも低成長であっても、マイナス成長にはしないという観点がなければ、財政再建論は底が抜けてしまう。経済再建のビジョンなき財再建策は無意味だ。そのことは、この間の経過で散々叩き込まれてきた教訓ではないか。
もうひとつは、財政再建論者としてその正統性を気取るなら、徴税体系の正道である所得税を根幹とする高度累進課税、企業への法人税の厳正な徴収、要するに「あるものから取る」原則を前面に押し出す必要がある。
それでなければ財政通を表看板にした財界の回し者による、国際競争力という「偽りの伝説」を口実にする「霊感商法」とのそしりを受けてもやむをえないだろう。

これまで各種統計ではすべて「被災地を除く」として出されてきたが、赤旗で待望の連載が始まった。
24日付けでは農林水産業関連として農水省の8月15日現在のまとめが報道された。

*農林水産関係の被害総額は2兆3千億円。内訳は水産1兆2千億、農地・農業施設8千億、林野2千億で、水産業の被害が圧倒的比重を占める。今回の災害が実態としては津波災害であったことが改めて確認される。しかし04年の中越地震の総額が1千億だったことを考えると、農業だけでも8倍の被害規模である。

*水産関係被害の内訳は、漁港施設が319施設・8千億、漁船が2万隻・1千600億、ほか供応利用施設、養殖関連などで2千億あまりとなっており、まさに根こそぎ喪失ということになる。

*農業関連被害は、農地の損壊が4千億、農業施設の損壊が4千億となっている。

*翻って考えると、これだけの施設インフラに比して農産物・水産物の被害が少ないことが分かる。投下資本の見返りがかなり悪い。

*改めて思うのは農林水産業が施設インフラの力で成立していることで、これにより高齢化や労働力不足を乗り切ってきたのだな、と実感する。ぐらついていた歯が殴られて抜けたようなものだ。


これだけの被害を復旧するということは、おそらく不可能だろう。資本の有機的構成があまりに高すぎる。これからますます高齢化が進む中では、労働力の手当てがつくものから優先して傾斜配分していくしかないと思う。

(03)三つ角(Tres Esquinas)

ホームページではアンヘル・ダゴスティーニョ楽団を推しています。

D AGOSTINO ANGEL VARGAS TRES ESQUINAS TANGO
それが画像つきでありました。映画の1シーンのようです。歌うのはやはりアンヘル・バルガスでした。

Tres esquinas (Tango)
ダゴスティーニョにはもうひとつあって、こちらはAlfredo Attadíaという人が歌っています。音盤のアップですから音は断然良いです。

Ariel Ardit - Tres esquinas (video oficial)
音質・画像ともに素晴らしい。正直、これを聞いて初めてこの曲が名曲だと分かりました。

Sexteto Milonguero-Tres esquinas
踊るときにかけるレコードの定番みたいです。たしかにバイオリンがバンドネオンの股下に突っ込んでくる雰囲気です。

Quinteto lo que vendrà: Tres esquinas
音質は最高。演奏はあまりエスプリを感じないが。

(04)踊り子(Danzarin)

ホームページではアニバル・トロイロ楽団を推しています。

Anibal Troilo "Danzarín"

歌はないけど咽ぶようなメロディーがタンゴの真髄を満喫させてくれます。アニバル・トロイロの分厚い弦の響きがこれほど生かされた演奏も、そうないでしょう。もう少し録音がよければと、残念に思いますが、トロイロの録音としては最上級の部類に入るものです。

ANIBAL TROILO "Danzarin "

これは実写版です。バイオリンだけで9人もいる超豪華な編成で、会場の興奮が伝わってきます。

LEO SUJATOVICH Y LUCHO GONZALEZ "Danzarin"

みな遠慮しているのか、ほかに良い演奏がありません。これはピアノとギターの二重奏という超シンプルな演奏。

DANZARIN

これはラジオタンゴ・ロサリオというところでアップロードしてくれた音源ですが、クレジット一切なしというもの。小規模演奏で内容はしっかりしています。…すみません。書いてありました。フリアン・プラサ楽団です。



風力発電て、なにか胡散臭いな という感じをいまだにぬぐいきれない

ひとつは原理的に風任せというのが気に食わない。もうひとつは「それだからいいんだ」という言い方をするエコの人々が胡散臭い。調査捕鯨を妨害するやからとイメージがダブってしまう。

北海道にはたくさん風車が立っているが、あまり回っているのを見たことはない。「もったいない、エコの人に騙されて」という感じがする。

これから少し調べてみようと思うが、まず現時点での疑問を整理しておく。

1 羽根の形が気に入らない。飛行機のプロペラに似ているがあれは時速数百キロの風を引き起こすために考案された形だ。低速系なら船のスクリュウか扇風機の羽根の形だろう。

2.風車でぐるぐる回るというのは、あまりにも前近代的なイメージだ。風圧を直接電気に変えるとか空気の摩擦を利用するとか、葦のしなりのように反発する弾性力、ゆがみ応力を使うとか、もう少し現代的な方法はないものなのか。

3.巨大蓄電池というのは結局無理のようだ。とすれば電気以外の貯蔵・輸送可能なエネルギー形態に転換して保管すべきではないか。

4.どうして風力ならエコで、水力はエコでないのか。ヨーロッパは風車、日本は水車とむかしから相場が決まっている。車を回せば後は同じだ。風力発電のノウハウは基本的にすべて応用可能だ。
(余分な一言: ヨーロッパには水もないし山や森もないし、台風もないし地震もないから風車だ。日本には何でもありだから水車だ。
風は貯められないが水は貯められる。風はほかに使い道はないが水はいくらでもある。それこそ水そのものが資源だ。
逆に言うと、だからダムの目的があいまいになっている。いくらでも理由が作れるから「目的なき多目的ダム」建設がはびこって、結果として水力発電の評判がガタ落ちにされてしまった)


5.私たちが課題としているのは山奥や僻地・離島の小規模発電ではなく、日本全体の電力をまかなうだけの巨大なエネルギーだ。それは都市に近く海岸に面して、火力とのハイブリッドで安定した電力を供給しうるプラントだろう。やはり風力にはそれだけのイメージがもてない。

再生エネルギーの展望を考える上で、岩手県葛巻町の経験は非常に参考になった。
赤旗連載の再集合で、売電の課題が提起されていた。
「町で作った電気は、自家発電を除けば東北電力に買ってもらう」ことになるが、東北電力が買ってくれないということである。
「年に1回の買電の募集には20万KWの買い取り枠に対し10倍もの申し込みがある。購入者はくじ引きで決められている」ということだ。
単純計算で200-20=180万KWの電力が捨てられていることになる。

それにしても、北海道のあちこちで風力発電の塔が立てられているが、正直言って、回っているのを見たことがない。大体あの羽根の形が気に食わない。あれでは風の8割は素通りしてしまう。扇風機の羽のように幅広くしないともったいないと思うのだが。
おまけに石狩の人は「風車から低周波がでる」といって建設に反対しているし、ほんとうにだいじょうぶなのかねぇ。

原発後のエネルギー政策をめぐって、私たちに一番参考になるのはドイツだろう。この間注目してきたが、いまのところ情報は断片的である。
肝心な問題は、メルケル政権の提起した「20年までに電力生産の35%を再生可能エネルギーでまかなう」という計画が、技術的に可能なのか、コスト的に可能なのかに関わっている。

今日の赤旗でいくつかの数字が報道された。緑の党の議員のインタビューによるものである。

*95年にキリ民党政権は「再生可能エネルギーは発電量の4%以上にはならない」と予測した。しかしその5年後には6%に達した。
*00年に社民党=緑の党連立政権は「再生可能エネルギーを10年間に2倍、12%にする」との目標を立てた。キリ民党は「非現実的」と攻撃したが、2010年の比率は17%に達した。
*現在、再生可能エネルギーの発電量は原発8基分に相当する。17年には、再生エネルギーの発電量が、原発廃止分を埋め合わせる形で確保される見通し。
*再生可能エネルギーの比率が高まっただけではなく、国内消費量に対する発電総量の比率も高まった。10年前ドイツの電力輸出と輸入量はほぼ同じだったが、現在では輸出国となっている。

ついでにスペインの電力事情も報告する(こちらはWikipediaの記事)

*2010年の風力発電は電力需要の16.6%を供給した。2011年3月には21%を占め、原子力やガス複合火力を抜いて最大の電力供給源となった。
*風力のシェア増加により電力コストは低減された。(原発王国フランスよりも安価)

以前、私のサイトで「ラジオ・タンゴで聞くタンゴの名曲・名演」という文章をアップしました。
そのとき曲も実際にアップしようとしたのですが、べらぼうに容量を食うのと、著作権の問題があって断念しました。
その後YOUTUBEでどんどん名曲・名演がアップされて、音質も当初とは比べ物にならないほど改善されました。そこで改めて、YOUTUBEタンゴの名曲百選を組んでみることにしました。

01 Corazon de Oro (黄金の心)
この曲はホームページではアダ・ファルコンの演奏を推しています。しかしYOUTUBEでは次のような演奏が聴けます。

23 tango dance orchestras : Francisco Canaro
定番中の定番です。途中で団員が胴間声を張り上げていますが、カナロ楽団では良くやっています。

Corazon de oro - Nelly Omar y Francisco Canaro
ネリ・オマールはお気に入りの歌手です。この演奏は出ない低音を一生懸命出しているが、理由が分かりません。音質は信じられないほど良好です。

Cecilia Rossetto - Corazón de oro
これは掘り出し物です。ただし音は最初のほうがつぶれています。コメントには以下のように紹介されています。今年60歳にしては色っぽい。ほかにもいくつか演奏がありますが、曲によっては少々鼻につくところもあります。
Cecilia Rossetto (16 de julio de 1950, Nueve de Julio, provincia de Buenos Aires, Argentina) es una cantante, y actriz argentina de teatro, cine y televisión


(02)ジーラ、ジーラ (Yira! Yira!)

これも私の推薦はアダ・ファルコンです。この演奏は山ほどあって、一番有名なのはガルデル、次いでゴジネチェといったところでしょうか。

Carlos Gardel - Yira Yira -Tango

これが極めつけの定番です。YOUTUBEには別に映画のサウンドトラックからの音源もありますが、音質は最低です。

Francisco Canaro - Yira Yira (Tango)
これも定番のひとつです。例によって団員の「コーラス」が入っています。

Hugo del Carril - Yira Yira
ウーゴ・デ・カリルという歌手が良い。二種類アップされているが、こちらが文句なしに良い。

Rudy Alagna - Yira yira
シーラ、シーラとしか聞こえない。ルディ・アラーニャという名前は初耳だが元ヤサグレという感じがあって、雰囲気は出ている。

Típica Víctor - Alberto Gómez /Alberto Vila - Don Juan/Yira Yira
オルケスタ・ティピカ・ビクトルの音はどうしてこんなに鮮明なのだろう。1930年にこんなにきれいの音がとれて、どうしてダリエンソの音があんなに惨めなのだろう。


Orquesta Carlos VG Flores - Yira Yira - Tango
とは言え歌抜き演奏ではこれが群を抜いてすごい。こんな楽団があったんだと感心する。

Toquinho y Maria Creuza en Buenos Aires, 2010
ジーラジーラで検索していたら、この画像を掘り当てた。マリア・クレウーザが生きていて現役で歌ってるというだけでうれしくなってしまう。ブエノスアイレスでの公演の隠しどり動画で、音質も何もあったものではないが…
そもそもクレウーザはブエノスアイレスでの大ヒットがスタートだ。もう40年も前の話。この二人にビニシウス・ジ・モラエスが組んで、次々にヒットを飛ばした。でも最初はトッキーニョじゃなくてバーデン・パウエルだったかな。それでモラエスにかなわぬ恋をして、モラエスが死んでからはすっかり落ち目だと聞いていたが、なかなかどっこい、体はぶくぶくに太ったが、奇跡ののどは健在のようだ。

久しぶりに、「経済学批判要綱」に手をつけた。
 
ダリモン「銀行の改革について」の批判に以下の件りあり(草稿集1-76ページ)

穀物商人たちは、穀物価格の騰貴、公衆の困窮、需要と供給の不均衡を食い物にするために銀行に殺到した。
(彼らは生産の元手を生産のために用いるのではなく、利ざやを稼ぐために流用しようとする。そのために銀行に殺到するのである)
そして銀行組織は、(それらの金の)穀物飢饉の際に国民にとってもっとも有益な使用手段を、遊休状態に押し込める。
(それらの金は)資本として生産の転換過程をたどるべきものであった。(しかしそれは)流通の非生産的で無駄な基礎となった。
(かくして資本は、飢餓を救済するはずの資本から飢餓を食い物にする資本に転化する)

79ページ
穀物や繭の不作が国民の直接交換可能の富を激減させているのに、鉄道企業や鉱山企業が同じ直接交換可能の富を、なんら直接に生産物を作り出さず、それらの富を飲み込んで、固定させている。
国民の富の無条件の減少、他方では銀行証券の無制限な増大。





前の記事でエレーナ・ブルケの絶唱として「ノスタルヒア」を紹介した。
そのときにこの曲はアルゼンチンタンゴの18番のひとつだと書いて、そこにタンゴの典型的な演奏をリンクさせようと思って、YOUTUBE漁りをしていた。
そのときに日本人の歌う「ノスタルヒア」がヒットしたのである。
アンナ・サエキさんという方のようだが、まぁ見てもらえば分かるが熱演である。
見ていて「これは石川さゆりの津軽海峡冬景色だ」と思った。年恰好も振袖を着るにはちょっと年を過ぎたくらいの方で、振りも大げさなわりには単調で、都はるみが「あんこ椿は…」と手をかざして唸るときのしぐさの繰り返しである。肝心な歌もムムである。発音もルビについたカタカナを読んでいる程度だ。正直言って顔と度胸がいいだけの素人だ。
私に責任はないのに、なぜか見ていて恥ずかしい(サエキさん、ごめんなさい。すこしアルコールが回っている)
この動画に40もコメントがついていて、そのほとんどがスペイン語、アルゼンチンからのリスポンスも多い。
スペイン語はテンで読めないが、みんなびっくりしている様子はうかがえる。それも中身よりも発音が素晴らしいとほめている。
なかには、最後のフーベーントゥー(Juventud)の「ウ」が「オ」に聞こえるから、もっと下唇を突き出せなどという指導もある。考えてみると、これらの意見は、カタカナをそのまま読めばスペイン語になるほど母音構造が似ていることの証明かもしれない。
50年前のポルテーニョ(ブエノスアイレスっ子)は世界一流の国民として、他国民を見下していた。落魄したいまのアルゼンチン人にとっては、巧拙は別として、日本人がこんなにタンゴを好いてくれるというのはとてもうれしいのだろうと思った。


Malena Burke という歌手がいる。キューバ人歌手だった。現在はキューバ系アメリカ人歌手というべきか。
素晴らしい声の持ち主である。とくに低音の響きがすごい。母親がエレナ・ブルケ。この人は黒人系の強い混血だった。これは実物を見ているから間違いない。マレナも母親とのデュエットの画像を見ると黒人の混じった容貌だ。深みのある低音は白人には出ない声質だろう。
歌は母親よりはるかにうまい。母親はドスを利かせた歌い方が売りの人で、テンポもけっこう美空ひばり並みに崩して歌う人だった。「センティミエントの女王」と言えば聞こえはよいが、センティミエントしか歌えない人だったかもしれない。率直に言ってオマーラ・ポルトゥオンドよりは一段格下の歌手である。95年にグルポ・ライソンと来たときはまったくさえなかったが、帰って間もなく亡くなった。
マレーナはディーバである。2千人入るコンサートホールで隅々まで歌声を響き渡らせ、聴衆を感動させる力を持っている。歌唱にも微塵の狂いもない。
それはベネズエラのテレビ局の録画が見事に示している。これは面白い録画で2000年のミスベネズエラ・コンテストのエギジビションの模様らしい。観客のほとんどが十代の白人姉ちゃんばかりというのも異様である。(余談だが、10年余り前に病院でサルサ教室を開いたときの講師はベネズエラ人、ミスコンに出れば入賞間違いなしという美人だった。しかしミスではなかった。手を合わせるだけで胸が痛いほどに高鳴ったが、懐にも痛かった)
マレーナはマイアミに亡命したあとマイケル・ジャクソン並みの美容整形をやったらしく、鼻筋が異様にすっきりしている。ライザミネリ張りのバリバリ化粧で登場するが、歌のほうはライザミネリも真っ青のできばえである。容貌・スタイルは比較以前の問題だが、こちらは画面は消して聴くだけだからどうでもよい。
YOUTUBEで聴けるのは次の三つ。

Opening Miss Venezuela 2000.

De Ti Depende

Yo Soy

この動画をアップしてくれた人は、なかなかのマレーナ・フリークらしく、母エレナとのデュエットなど貴重な映像も含まれている。この絵では、エレナがテンポを崩して歌うのに少々もてあまし気味のマレナも映されていてほほえましい。
ほかにもYOUTUBEにはいくつかの映像がある。「絵」的に面白いのはワイドニュースに刺身のツマ的に出て来て、最初はおざなりに聞いていたキャスターが途中から表情が変わっていくのが見ものの1本。
当たり前だろう、世が世なればキューバを代表する最高の歌手なので、ワイドショーの時間つなぎに使うような玉じゃないぞ、と叫びたくなる。
しかしYOUTUBEで見る限りは、テレビでは色物扱い、ライブではフィーリン歌いとして枠嵌めされてしまっているようだ。資本主義の世界の独特の厳しさだろう。これでセリア・クルスのように反共・反カストロの旗でも振ればもうちょっとしっかりした仕事が回ってくるのだろうが。
ライブスポットでの隠し撮り的映像がいくつかアップされている。そのなかに、母エレナの絶唱とも言うべき「ノスタルヒア」のカバーがある。正直がっかりだ。
この曲はもともとアルゼンチンタンゴの定番曲だ。エレナはCDでこの曲を、彼女としては珍しいほど「端正」に歌いきっている。
しかしエレナよりはるかに「端正」なはずのマレーナがこの曲をド演歌にしてしまった。マイアミという町がそうさせてしまったのだろうと思うが、こちらとしてはかなり複雑な思いである。
80年代にアメリカに渡ったミルトン・ナシメントも、ジャヴァンもずたずたになって故国へと戻っていった。マレナの素質が摘み取られないように祈るばかりだ。(余談だが、30年代にハリウッドに行ったガルデルは、そこで彼の最高の仕事を成し遂げた。その頃のアメリカはよかったのだ)

軍政時代からアルゼンチンの金持ちは自国通貨を信用しなかった。だから資産はドルに変えて海外銀行に貯めていた。これをアルゼンチン・ダラーと呼んでおく。
90年にドルとペソが連動し固定相場となった。これを見た金持ちは安心して、ふたたび国内に投資し始めた。しかし企業に直接投資するのは危険だから国債と不動産に集中した。これがバブルを呼んだ。
不動産バブルはドル・バブルでもあった。金持ちはペソに換金せずにドルのまま取引したからである。資本の自由化はIMFの強制の下に実行されたから、ドルをペソに切り替える必要なまったくない。しかし1ドル=1ペソは虚構だ。債権の利息分だけでも間違いなくペソが損をする構造だ。経済成長がそれをカバーしているときは何とかなるが、カントリーリスクの逆数が為替上のスプレッドを生む。最終的にはデフォールト直前で1ペソの実勢価格は0.78ドルにまで下がっていた。変動相場への以降以後は1ドル=3ペソに下がった。
だから金持ちたちはつねに注意を払い、危機発生の直前に売り抜けることを狙っていたのだ。
小金持ちはアルゼンチンの銀行にドルを預け運用した。大金持ちはアメリカの銀行にドルを預け運用した。アメリカの大銀行はIMFとツ-カーであるから、大金持ちは危険が迫ればいち早く脱走できた。
小金持ちはドルを預けたブエノスアイレスの銀行がつぶれたとき、途方にくれるしかなかった。サムライ債を買った日本の年金ファンドは、何も知らずに損害を真っ向からかぶった。

8月12日から仏、伊、西、伯の4カ国株式市場で空売り規制の強化が始まった。ドイツはすでに昨年から規制を開始しており、今回の一斉規制開始の旗振りを務めていた。
ドイツの財務当局は「欧州での幅広い空売り禁止が破壊的な投機に立ち向かう唯一の方法だ」と強調したという。
欧州委員会も規制に動いており、9月には成案が発表される予定だ。流れから言えば、年内にはEU全体で空売り規制が実施されることになるだろう。


しどろもどろの感想

「唯一の道」は少々大げさだが、たしかに米英を先頭とするネオリベ主義者と金融資本にとっては大きな打撃となるだろう。しかし投機資本は抜け道を探してくるだろう。

資本流通の自由化を最大の柱とするネオリベラリズムは、同時に情報化社会の発展と軌を一にして世界を席巻した。コンピュータを用いた大量の金の瞬時のやり取りにより資本回転が加速し、通貨の発行量の数十倍の流通がもたらされることになった。いわば金融全体のFX化が進行した。
しかしこの情報革命は英語を世界語として進んだから、英語を母語とする社会とそれ以外の社会のあいだに著しい情報格差を生じた。この格差が富の著しい不均等をもたらしている。

しかし、これは政策により是正可能な格差である。空売り禁止も一文の金も要らない。法律さえもいらない。もともとが犯罪行為なのだから、政府が証券取引所に「今後は商法・証券取引法を厳密に適応しますよ」と行政指導すればよいだけでだ。
スティグリッツはまさにこの点を強調している。アメリカは米英契約法の薄衣をまとった裸の王様なのだ。「ドル本位制」は、金本位制を標榜したブレトン・ウッズ体制が死んだ後の亡霊に過ぎないのだ。

前の記事の訳です。我ながらひどい。しかしどうせ誰も原文は読まないと思うので、あえてやってみました。


Stiglitz、 ヨーロッパの解決として債務の再構築を呼びかける。

Sitges .- Sitgesで XXVII Meeting of the Circle of Businessが開かれた。これに参加したノーベル賞受賞の経済学者Joseph Stiglitzは金曜日に語った 「思うにEUは公平な経済成長を回復するためには連帯基金を創設すべきだ。もし現状で連帯基金の創設が不可能なら、ヨーロッパが考えるべきオプションのひとつは諸国家をまたがる債務再構築だ」

会議に参加したエコノミストは、現下の状況で可能な変化の道、債務者の失敗がどこにあったかの理解、について一致した。しかし債務再編の適用は「ヨーロッパの金融システム全体の失調」につながるとの声もあった。

スティグリッツにとって、これらの解決法は公平な経済成長を実現する解決策だった。そしてそれは強国の経済危機を考慮に入れなければならないと考えられた。Former World Bank chief economist であるスティグリッツは、ここ数年の救済策に懐疑的である。彼は言う「緊急援助という言葉はあいまいだ。誰が援助するかにより意味が変わって来る」

彼は「言われているヨーロッパの救済策は、形を代えた“多額の資金を貸し込んだヨーロッパの銀行の保護”にすぎない」と非難する。「民間債務は公的債務に切り替えなければならない。いまや政府はそのことに答えを出さなければならない」

彼はまた米国とヨーロッパの政府が赤字削減のために行っている厳しい緊縮政策についても批判する。「それは危機の解決にはならない。それは経済の弱体化をもたらすのみだ。ヨーロッパに停滞をもたらし債務問題は改善しないだろう」

スティグリッツはEuropean Central Bank (ECB) を批判する。インフレ抑制策一本やりでは、雇用問題などほかのリスクは改善しない。利息率の上昇は「競争力」(competitive advantage)の低下をもたらすだろう。ヨーロッパの輸出力は低下するだろう。

もちろん、彼は輸出のみが問題の解決だとは信じていない。なぜならそもそも市場が消失してしまうからだ。「アメリカとヨーロッパは輸出こそが問題の解決だと考えている。しかし我々はもはや輸出できなくなるのだ」

消費を抑制(containment)する前に、輸出が停滞(restraint)し投資が欠乏する。

スティグリッツは、解決策を見出すためには各国政府が決定的な役割を握っていると考える。彼がとくに強調するのは「課税構造の再構築」である。それによる税収の増加が、その使用を促し、生産を増加させる。

「より高い需要を喚起し、高い成長を実現し、より良い経済環境を作ることで赤字を減らす」というのが彼の主張である。

スティグリッツはスペインに関しても言及している。彼が強調するのは「たとえ危機以前に適正な課税システムがなかったとしても、スペインを非難することはできない」ということだ。それはある意味で超過利潤をもたらした。危機が発生したからそれが問題になっただけのことだ。

いまやスペイン経済に「懸念」のレッテル貼りが行われている。その結果米国とヨーロッパの短期成長は2%以下に留まると予測されている。このオプションは悪い結果をもたらすだろう。それは経済危機に対する先進国の政策にノーを突きつけることになるだろう。


独仏首脳会談が開かれ、ユーロ圏経済統合の維持・強化を確認した。
内容としては、①両国の責務の確認、②各国の厳格な財政規律の維持、であり新味はない。
サルコジ大統領が記者会見で①EUレベルの金融取引税、②独仏両国の法人税率共通化などを語ったが、語ったというだけ。
一番肝心だったユーロ共同債の課題は時期尚早として退けられた。
一方、BBCのインタビューを受けたジョセフ・スティグリッツは、ユーロ共同債なしにユーロ圏が生き残ることは非常に困難と述べた。

これを探したが見つからない。
 Sitges で開かれた XXVII Meeting of the Circle of Business に出席したスティグリッツが語った内容が下記に紹介されている。ここではEU危機の見方がより全般的に語られている。
http://economicsnewspaper.com/policy/spain/stiglitz-calls-for-a-restructuring-of-debt-as-a-european-solution-30698.html
見たい方は早めにダウンロードを。

毎月勤労統計の特別版として、地域別の集計が発表され、被災地の雇用状況が見えてきた。
「東北・関東」でまとめられた統計を見ると、
①労働者数が1106万人。これは前年同月比3.2%減となっている。
②雇用形態別では、正社員が2.2%減、パートタイム労働者は実に6.4%減 となってる。
③東北・関東以外の地方では労働者数2.5%増、うちパートは5.6%増となっている。
震災の影響は雇用にしわ寄せされていること、とりわけ不規則労働者が辛い目にあっていることが示されている。また企業は被災地を支えずに西日本に逃げようとしていることも示唆される。被災地に絞ればこの数字はもっと厳しいものになるだろう。
経済復興は突き詰めれば雇用の問題だ。このことがいよいよ明らかになってきた。

赤旗に信じられないような記事。
電力9社と電源開発のシンクタンクに「公益産業研究調査会」という組織がある。会長は代々東電元会長(現在は空席)
調査会には、その後原発関連メーカーやゼネコンも加わり、加盟企業は300社に及ぶ。

この機関紙に事務局の文章として「火事場泥棒」の言葉が出てくる。

そのまま紹介する。
*「天日に晒された稲わらへの放射性物質の影響などは、当然注意していてしかるべき」である。
*汚染は「その注意の徹底を行政が怠っていたために起きた」
*「電力にその賠償の責を負わすとは責任逃れもほどがある。大衆の怒りに便乗して、何でもかんでも責任を推しつけてくるとは、火事場泥棒のそしりを免れない」

これはそもそも二面最下段の囲み記事ではない。一面トップにドカンと行くべきだ。(未だしっかり裏がとれていないなら、それまで待つべきだった)

4~6月期のGDPが総理府から発表された。前年同期比マイナス0.3%と意外に小さかったなという印象である。
輸出はやはり5%減と落ち込んだが、内需が0.4%増と持ちこたえたのが大きい。しかしこれは公共投資の3%増によるもので、個人消費は0.1%減となっている。
問題は公共投資が市中に還流するかどうかで、ゼネコンのポケットにそのまま収まったのでは、残るのは庶民の借金と国債ばかりということになる。
被災地企業が倒産の危機にあえぐなか、復興資金を狙って禿げ鷹が群がろうとしているが、どのくらい地元本位を貫けるかが分かれ目であろう。
その点から見ると、自民党も推す次期首相候補の野田財相が「復興需要をどう満たしていくかという観点からすると、まさに千載一遇のチャンス」と述べているのは、財界の狙いが透けて見えるようで、まことに気になる発言である。

探しているうちにへんなページに当たってしまいました。以下のように書いています。

 まず始めに飛行機が飛ぶ原理というものはいまだに完全には解明されてはいないことを理解しておいてください。
 「翼の上を流れる空気はなぜ下を流れる空気よりもはるかに速く流れるのか?」という研究は「たぶん、こうだからじゃないかな?」と言うレベル以上の解答を見いだせていません。

「翼は上側がふくらんでいるから揚力が生じる」という「翼型理論」は、飛行機が背面飛行できる理由が説明できませんし、揚力その物は別にただの板きれであっても(効率はさておき)発生します。

「流速が上昇するとそれに伴って減圧する」というベルヌーイの定理も忘れてください。
 これもかえって理解を妨げます。
 翼を理解する上でいちばん簡単なのは「翼とは空気を下に向かって押しつけ、その反動で浮かぶもの」であると理解することです。

ということで、分かりやすいといえば分かりやすいのが、これまで習ってきたことはなんだったんだろうと、物理苦手派の私としてはがっくり来ます。

自動回転機能について、Web を小当たりしてみた。

まずは

週刊オブイェクト

という良く勉強しているサイト。これによると

オスプレイは正式名称がV-22オスプレイ。ティルトローター(傾斜翼)と呼ばれる回転翼機と固定翼機の両方の特徴を兼ね備えた航空機。

2000年のテスト飛行で死亡事故 を連続で起こし、一時は「ウイドーメーカー」(未亡人作り)と呼ばれた。その後「改良」を重ね、2007年から実戦配備されている。

“大事故はもう10年近く発生しておらず、試作機時代の不具合にこだわる必要はない。オバマ大統領がイラクを訪問したときもV-22オスプレイに搭乗しており、安全性の問題はない”と、オバマの写真付きで安全性を強調している。

さらに“難産の末に生れたが、うまくいけば「傑作機」に仲間入りするかもしれない”と天まで持ち上げています。

ただしこの記事では「自動回転」機能については触れられていません。またコメント欄に書いてありましたが、写真はオバマ「大統領」ではなく、オバマ「上院議員」の時代の視察時の写真だそうです。

記事を読んでの疑問

ただそのあとの記事を読んでいると、改良した点はローターの加重のかかる主翼を補強したことくらいで、あとは制御ソフトの性能アップによるもののようで す。しかし傾斜角が20~30度程度変わるのであれば「制御」の枠内ですが、90度変わるときにそれを制御理論でコントロール可能なのかという疑問が残り ます。重力に対して90度というのはまったく別の世界で、別の力学が働くはずで、30度変更のプロセスを3回踏んだら90度になるというものではないで しょう。

サイト主はローターという言葉にこだわって、プロペラと呼ぶ人を間抜け扱いしていますが、水平飛行における「ローター」の働きはまごうことなくプロペラです。つまり90度傾斜が変わるということはローターがプロペラという異質のものに変化することであり、物体が空中に浮かんでいる原理が変わるとい うことです。そこには断絶があります。

したがってローターのヘリ機能と飛行機機能の移行に当たっては、二つの機能のオーバーラップするフェーズが必ず、しかも安定的に存在していなければなりません。つまりひとつのローターが同時に、ヘリのローターでもあり、飛行機のプロペラでもある角度が一定の角度幅で存在していなければなりません。

もしこの角度が狭いものなら、移行時には垂直落下の時間を想定しなくなければなりません。

20年位前に「ブルーサンダー」という映画があって、ヘリコプター同士の空中戦が売り物でした。最後は主人公の操縦するヘリが宙返りという荒業で相手をやっつけるのですが、果たしてこれが可能なのか疑問を感じました。逆さになっているときは重力と水力が相乗して下向き加速を生じるわけですから、その間の下降速度はすさまじいものになります。

オスプレイのオートローテイションにも同じような危険を感じずにはいられません。

先日、共産党の赤嶺議員が次のような質問をしていた。

普天間基地のCH53Dヘリが沖縄国際大学に墜落した事件のあと、日米両国政府が「ヘリは緊急の際にもオートローテーションによって飛行場内に帰還でき る」とし、飛行経路を変えなかったことを指摘。「オートローテーション機能さえ持たないオスプレイが墜落する危険がある」と批判…

そのときはさほど気にとめなかったが、上記見出しの記事があり、何気なく読んで驚いた。
中身が結構マニアックですごい、さすがは「榎本記者」の署名入り記事だけのことはある。ただし予備知識なしには少々分かりづらい。



オートローテーションというのはヘリのエンジンが止まったとき、斜めに落ちていくとその力でローターがまわりいくばくかの浮力を受けることができ、時間稼ぎ、あわよくば軟着陸ができるという仕掛けのことのようです。

ウィキペディア(10 ヘリの飛行特性)によると、機体の降下によって生まれる空気の流れからメインローターの回転力を得る飛行方法であり、ヘリコプターパイロットにとって操縦に必須の技術とされているそうです。
ただし前進速度や高度が不足している場合は、オートローテーションに移行する前に墜 落してしまうことになるようで、それらがどれくらいであれば可能なのかが機種ごとに問題となります。

オスプレイにもその機能がついているという触れ込みですが、これが相当の眉唾で、実際にはついていないに等しいということをタイム誌が暴露したわけです。この記事は相当前の話で、なぜ今頃議会で迫っているのかという事情がもうひとつ分かりませんが、勉強不足で申し訳ありません。

しかし答弁で北沢防衛相が「オートローテーションの機能は十分にある」と開き直り答弁したことから議論が紛糾しているようです。

米軍当局は、緊急時は固定翼モードで着陸することを前提としています。だから「オートローテーションができないから危険だ」ということにはならないと答弁しているのです。
オスプレイのパイロットは、たしかにオートローテーションの訓練を受けています。しかしそれはシミュレータ訓練であり、実地訓練は禁止されているのです。
なぜか、
ヘリモードでローターが止まった場合、固定翼機モードに切り替えなければなりませんが、この切り替えには12秒かかり、機体はその間に500メートル低下します。ヘリモードは通常は比較的低空で操作されるモードですから、このような危険を伴う訓練が許されるはずはありません。(これらの記述はオスプレイの元主席分析官レックス・リボロの09年6月議会公聴会での証言による)

タイム誌の記事はここで読める。V-22 Osprey: A Flying Shame, Sept. 26, 2007

廣渡学術会議会長が赤旗の取材に応じて語った「復興の原則」が良い。
第一に復興主体の原則。これは住民と市町村だ。神戸の震災の「上から復興」の批判を基盤にすえているだけに説得力がある。
第二に憲法25条生存権の原則。これは権利というより国家の責務として語られるべきだという主張。この由来をワイマール憲法「人間の尊厳にふさわしい生き方」にもとめる。ここは大学の教養部でかじった記憶があるが定かでない。なにせあの頃は「ワイマール=社民」と切り捨てるのが「運動圏」の通例だった。少し勉強しなければならない。
第三に弱者支援の視点。これは生存権一般からはみ出す問題として、無差別平等を目指す運動では組みつくせない課題として、明確に独立させて議論しなければならない。これも貴重な観点だ。
第四に原発対応の原則。廣渡氏はまず科学者自らの主体的な努力を提示する。自らがデータを収集するという作業を行う中で、情報公開の原則がもとめられるようになるという関係です。この関係を前提にしないと情報公開の要求が国民的なものにならない。実践的な原則だと思う。
インタビューではおそらく紙面の数倍を語っていると思われるが、とりあえず紹介ということで。

 こころよく
    我にはたらく仕事あれ
    それを仕遂げて死なむと思ふ

啄木の処女歌集「一握の砂」20番目の歌です。

この歌の解釈には二通りあるようです、ひとつは啄木の生き方にあわせ、仕事にあれこれと不満を持って職場適応ができない人の思いを歌った歌ととらえる見方です。 もうひとつは啄木のだらしなさとかを勝手に読み込むのではなく、ひたむきで正義感にあふれた青年の思いとして読むべきだという考え方です。私としては断然後者です。

口を開けば美しいことをいうくせに、私生活はまったくだめという人が世の中にはゴロゴロいます。それはある意味で「名人かたぎ」という言葉にも通じます。一芸に集中するときは、身の回りのこまごまとしたことに構ってなどおれるか、という迫力です。

 啄木論はひとまずおくとして、職業に貴賎なし! たとえ仕事がキツイ、汚い、危険という三拍子揃っていたとしても、しかも低賃金の重労働であったとしても、それが社会にとって必要な労働であれば、生きがいの対象ともなります。
一日の仕事を終えたときの心地よさは何者にも変えがたいものがあります。

 つまり問題は労働の具体的有用性ではなく、価値生み労働としての一般性にあるのです。お給料をもらうということは、自分の仕事の社会的有用性が証明され、自分が社会の一員であることが確認されたことになります。だから「心地よい」のです。仕事帰りのビールがうまいのです。

 ビールのおかげで話が飛びますが、前にも書いたのですが、テレビで生活保護者が保護費をもらったその足でパチンコ屋へ行くシーンが映し出されて、「けしからん」と非難されました。
私は、もしこれが失業保険を受け取るのであったら、非難の対象となるだろうかと反論しました。

「勝手に人の首切っておいてなにぬかすんや」
 セーフティーネットがない、そもそも正社員としてあつかわれなかったから失業保険もないし、いきなり生保にならざるを得なかったというのが実情です。
「失業給付金も出さんと、何言うとんじゃぁ」、「文句あるんやったら、仕事もろうてこい」、「明日はわが身やでぇ」

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