鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

2011年07月

原賠法関連法案の審議が始まった。共産党吉井議員の質問が鋭い。
①全面賠償の原則: 原発事故がなかった場合の収入と現収入との差額のすべてを賠償する。
②審査会メンバー: 9人中3人が日本エネルギー法研究所(電力会社の御用団体)の法律家。被害者側の委員は1人もいない。
③原賠法の目的から「原子力事業の健全な発達」を削除せよ。
④東電は債務超過、実質破綻。利害関係者に最大限の負担を求めるべきだ。株主やメガバンクに債権放棄を求めよ。
⑤埋蔵金を吐き出させよ。再処理引当金2兆9千億を取り崩せ。
⑥原子炉メーカー、「原発利益共同体」にも責任をとらせる。

これに対する政府側答弁
法的処理は適切ではない。その理由は
①迅速な賠償の実施の妨げとなる。
②事故処理を行う事業者(東電)への悪影響
③電力の安定供給への不安
以上3点は本当は理由になっていないのだが、まずはご挨拶。これから追及が始まっていくのだろう。審議の中で、当面問題となってくるのが賠償の遅れ。①の「迅速」が実現できないなら、②、③の理由はどうでもよくなる。誠意と賠償のスピードは正比例の関係にある。被災地の状況は待ったなしで、遅れれば枯木に水をやる仕儀となる。

たまには景気のいい話。
インド南部ケララ州の寺院から秘宝が発見された。評価額はかなり幅があるが、9千億ないし1兆8千億円といわれる。
これはむかし信者が寄贈した金銀や宝石が貯蔵されたまま忘れられていたものとされている。
あまりに巨額なため、最高裁が直ちに管理人を選定するよう求めたという。

以下は、外信の直訳。

長さ5.5メートルのネックレス、18世紀金貨が536kg、ダイヤモンドで飾られたプレート、ルビーそしてエメラルドが、ケララの寺院の金庫室で見つけられた。

発見は、Sri Padmanabhaswamy寺院の6つの地下室のうちの2つにおいてなされた。この寺は16世紀に造られて、Travancore王室の子孫の管理の下にある。Travancore王室は眠っている神の保護者かつ管理人と考えられる。

「アンティークとしての価値は、一晩で決められるものではない」と、ケララ州歴史研究会議議長のPJ Cherian教授が語った。

法廷の指定した委員会は現在宝の目録を実行している。推定US$ 113億の秘宝が帰趨を待っている。


ケララ州はやせ地だが州民は勤勉で教育水準も高い州。中国で言えば福建省にあたる。政権は共産党をふくむ革新派が握っている。さすがと思わせるエピソードだ。

全魚連が開催した「漁業者が一体となった復興を目指す緊急全国漁業代表者集会」という長い名前の集会。
宮城県漁連組合長の阿部氏の発言が赤旗に載っている。5月にも一度赤旗に登場しているが、この人は相当の理論家だ。「水産特区」に反対する意見の中でも説得力は抜群だ。

たしかに浜は高齢化が進んでいます。しかし企業に漁場を与えることが後継者不足の解消となるでしょうか。
高齢化が進んだのは、漁協による漁場管理が行われてきたことが要因ではありません。水産業をめぐる経済構造に原因があります。安い水産物の大量輸入によって漁家が暴落、国内漁業の低迷につながったのです。
特区により参入した企業も、<国内漁業の低迷という大状況から逃れることはできません>。いったん魚価が下がれば生産意欲は減退し、撤退につながるかも知れません。
しかし浜を生業とする漁業者は撤退などできません。なんとしても生産を維持しようと死に物狂いでがんばります。それを組織で支えてきたのが漁協ではありませんか。
いま、浜でもとめられえいるのは、多くの問題を抱えた「水産特区構想」を強引に実現することではなく、漁業者の一日も早い自立・漁業の再生に関係機関が一丸となって取り組むことです。(<>は私の補足)

赤旗経済面のコラム「清流・濁流」では英デーリー・テレグラフの報道を紹介している。
これによると英国では、エネルギー・気候変動省の予算の大半が核廃棄物処理と廃炉の費用で消えてしまうとされる。老朽化する原発が自然エネルギー予算を食いつぶしているのだ。
すべての廃棄物の処理が完了するまでには100年以上かかるというから、処理費用は今後も際限なく膨らんでいくことになる。
コラム子は「原発は自然だけではなく財政も破壊する」と結論付けている。
また別の報道(AP)からの引用で、アメリカでは廃炉コストを抑えるため、耐用年数をどんどん延長しており、「事故が起きたときまでが耐用年数」という状況になっていると述べている。

葛西JR東海会長よ、これがコスト論の行き着く先だ。日本人はトイレのないマンションに入って懸命にうんこを我慢している。それで100円倹約できたとしても、最後にお漏らししたときのクリーニング代は相当高いものになりますよ。

6日の午前中に海江田経産相が「すべての原発を対象にストレステスト(安全検査)を行う」と発表した。菅直人首相は同日午後の衆院予算委員会で「新たなルールを作って、あらためて国民 が納得できる判断が出るよう指示している」と述べ、ストレステストの実施が再稼働判断の前提になるとの見解を表明した。


解説 EUのストレステスト(毎日新聞)

ストレステストは、製品の性能以上の負荷(ストレス)を与えた場合の限界を確認する試験を指す。想定を上回る地震や洪水といった災害、航空機墜落に耐えられるかどうかを統一基準で評価する。欧州連合(EU)が福島第1原発事故を受け6月から始めた。

検査は、自国と他国の規制機関による二重チェックで、安全性の向上を図る。具体的には全電源や冷却機能が失われた場合、メルトダウンなど過酷事故に至るかどうかを調べる。年内に中間報告、来年6月に最終報告が提出される。


不思議なことだ。経過から見ればあっと驚くどんでん返しなのに、正面からの論評は少ない。

毎日新聞が「安全検査」の舞台裏をかなり詳しく報じている。文章は原発の全面停止に対する危機感を漂わせ、「余分な検査などするな」という雰囲気をにじませている。

これによると発表の前日(5日)に菅首相が新たな安全基準を示すことを指示したという。九州電力玄海2、3号機再稼動をめぐる交渉過程を見て、「新しい安全の視点がないと、自治体や住民は納得してくれないのではないか」というのがその理由だった。ストレステスト実施により今夏の再稼働は難しくなったが、節電などで乗り切れるとして、今冬や来夏への対応を重視したようだ。

原発再稼働が実現しなければ、来年5月には原発 54基が全て停止することになるが、経産省幹部は「テストで住民の安心感が高まれば再稼働も円滑になる」と強調する。

そもそも「安全宣言」からボタンのかけ違えが始まっていたようだ。海江田経産相と傘下の原子力安全・保安院が6月18日に安全宣言を行った。3月30日に指示した緊急安全対策、6月7日に指示した追加的対策について、いずれも「事業者の対応は適切」と評価したのである。

最初は首相も「私も全く同じ」と同調していた。しかしこの宣言は海江田氏の独走だった。現行制度は原子力安全・保安院の検査で再稼働の是非を判断する仕組みになっているが、菅首相はそれでは不足と考えていたのである。その後6月29日に、菅首相は安全宣言が原子力安全委員会の了解を取っていないことを批判した。

産経新聞によると、閣内ではストレステストの実施は必要との認識で一致していたものの、玄海原発でも実施することに強くこだわったのは首相だった。運転再開を目指していた海江田万里経済産業相は慎重だったが、首相が押し切ったという。(ところでこの署名入り記事は産経とは思えないほど弱腰である。本件へのアメリカ筋のかかわりを想像させる)

それにしても、ベルリンの米倉会長、首相気取りでメルケルと会談したら、その最中に「このままで原発再稼動は認めない」との報道が流れたことになる。ひごろ散々コケにしてきた菅首相から、べっとりと顔に泥を塗られた。クーデターにでもあった気分なのではなかろうか。血圧には十分注意されたいと思う。

前回、浜益の生んだ英雄ポイヤウンベについて書いたが、その後キムタコさんのページで、ポイヤウンベの城(チャシ)について面白い話を見つけたので紹介する。
ポイヤウンペの記述で毘砂別は出城に過ぎないと書いたが、そうではないかもしれない。
城が毘砂別にあったと書いてあったのは、ユーカラ発祥の地というページ。ところがキムタコさんは、現毘砂別ではなく浜益の市街地から少し入ったところ(柏木)のすり鉢山がポイヤウンベの城ではなかったかと考えている。
この山、名前に似ず三角形の山だ。しかしキムタコさんは古地図を調べて、そこが明治の末期まですり鉢を伏せた形をしていたことを突き止めた。そのあと道路工事のために頂上が削り取られてしまい、現在の変哲もない山容となった。
明治30年の地図によると、この山はシヌタプカというアイヌ名前がついていた。浜益川の河口から3キロに位置し、浜益の市街と海岸を一望する。高さは200メートル。頂上が平地となっており、その広さは200x150メートルに及んだという。
これなら辺りを睥睨する堂々たる城郭だ。周囲にはかなりの人々を食べさせるだけの広さを持つ平原が広がっている。
すこしポイヤウンペとその軍に対するイメージが違ってくるが、これもアイヌ史の楽しみの一つだろう。


北原白秋の作詞した「待ちぼうけ」という曲がある。鹿児島県川内市の状況がまさにそれである。
赤旗の連載記事を読むと暗澹とした気分になる。

川内市に原発が建設されたのは1979年。それから30年のあいだに原発立地交付金220億円、固定資産・法人市民税603億円、あわせて823億円が転がり込んだ。
いま、市民の暮らしはどうなっているのか。

国保税は県下市町村で最高。しかも18%も一気に引き上げた。年間450万円の所得の場合、国保税は72万円となる。これはあくまでも掛け金、病気になって病院にかかれば、さらに3割の窓口負担がのしかかる。
当然払えない。中には払わない人も出てくる。対象1万5千世帯のうち滞納が3350世帯、保険証取上が2千世帯を超えている。これでは保険のテイをなしていない。
産業はどうか。基幹となる農業は従事者数が2万から9千に減少した。耕作放棄地面積は県下第1位となっている。歌の文句「むかし涼しいキビ畑、いまは荒れ野の箒草」そのままだ。
つまり市長と取り巻きが土建屋とつるんで823億円全部使っちゃったわけだ。福祉とか産業育成などには一文も使わなかったのだろう。

それで金がなくなったから、国保料を上げて市民にツケを払わせることになる。それどころか、岩切市長はもっとお金がほしいといって3号機の増設を認めたのだ。
これはもはや病気だ。麻薬中毒と同じだ。市民の安全・お年寄りの安心・子供たちの未来と引き換えにしてでもヤクを求める依存症だ。地味でもまっとうな稼業という生き方ができなくなっている。

おそらく農民は農業を辞めて、手っ取り早く金の稼げる土方仕事に転業したのだろう。土建会社がグルミ選挙をやれば、市長も議員も安泰。これも原発の生み出した社会病理現象といえる。

浜益はユーカラ発祥の地

というページがあって、次のように記載されている。浜益村史から引用したらしい。

1.大陸からオホーツク文化をもたらしたモヨロ民族とアイヌ民族との戦争が勃発する。
アイヌ民族から「ポイヤウンペ」という英雄があらわれ、モヨロ民族を撃退する。
英雄ポイヤウンペが砦を構えたところがトミサンベツ(現在の浜益村毘砂別)と言われている。

2.ポイヤウンペは洞爺湖のオヤウカムイを征伐するために遠征するが、オヤウカムイに苦しめられ滝の神にかくまってもらう。
このことを知ったオヤウカムイはポイヤウンペと滝の神を攻撃し、滝の神は殺され、ポイヤウンペは全身に大火傷を負い、石狩に逃れ、命からがらトミサンベツへ戻った。

いつのことかは分からない。しかし、元の骨鬼討伐に絡んだエピソードであることは容易に想像できる。「モヨロ民族」というのは作者がつけたのだろう。宗谷から網走にかけてのオホーツク海岸沿いにモヨロ貝塚を残した狩猟民族が住んでいたことは間違いないが、両者の力関係から言えば、アイヌのほうが圧倒的に強力であり、彼らのほうから戦いを仕掛けることは考えにくい。
元の史書によれば、アイヌがギリアーク(ニヴフ)族や樺太のウィルタ族を攻撃したため元が軍を差し向けたことになっている。その先頭にギリアークやウィルタが立ち、アイヌと干戈を交えたと考えるのは合理的である。

知里真志保「ユーカラの人々とその生活」では次のように語られている。

この戦争の相手である異民族を一括してユーカラでは「レプンクル」(rep-un-kur「沖
・の・人」)と云うのでありますが,それはつまり「海の彼方の連中」ということ
で, その連中の中には「サンタ」と称していわゆる山丹人が出て来るし, その山丹
人の仲間には「ツイマ・サンタ」(Tuyma-Santa)すなわち「遠い・山丹人」と称して
牛の尻尾みたいな髪の毛を背後に垂している連中なども出て来ます。これは明らか
に弁髪なので, 大陸の民族であることが分かるのであります。

ところでこのポイヤウンペであるが、文2とあわせ考えると、余市あたりの部族により毘砂別の砦の司令官として封じられた領主である可能性が強い。毘砂別は浜益の本町から山ひとつ南側、海に向かって開けた沢であり、家が10軒も建てば平地がなくなってしまうようなところである。とても強大な集落を築けるようなところではない。

オヤウカムイはその名からして洞爺湖周辺一帯を差配する部族の長である可能性が高い。そして余市あたりにもうひとつの部族があって、それらが対立していたというのが想像される構図である。元との戦いで武功を立てたポイヤウンベは、余市軍の司令官として洞爺に攻め込んだが、敗れ、重傷を負って浜益に逃げ帰ったという筋立てではないだろうか。

この敗走の旅が、ユーカラではギリシャ神話のオデッセイの物語のごとく語られているようである。設定にはさまざまのバリエーションがあり、義経伝説とも重なっているが、浜益がオリジナルとすればつじつまは合いそうだ。

以上のことからうかがえるのは、アイヌとその北方の民族のあいだには対立・抗争があり、北方民族の背後には元帝国があったということであり、アイヌ自身も日本海側の部族と太平洋側の部族とのあいだに武力衝突を伴うような対立があったということである。


経団連米倉会長は、いち早くセシウム除去剤をドイツから輸入した日本メジフィジックスの50%出資・住友化学の会長。 というつぃったーがあった。あまり正体不明の情報を取り入れたくはないが… http://twitter.com/#!/tibetan_rose/status/67791605674946560

新潮文庫の「あっぱれ 技術大国 ドイツ」という本を紹介する。けっして学術的な本ではないが、なにせ最新情報だ。去年の12月に書かれて今年の正月に発行されたばかり、書き下ろしの新刊だ。 腰巻の謳い文句はこうなっている。「不況にもへこたれないドイツのものづくりにいまこそ学べ! 在独20年のジャーナリストがレポートする最新事情」 ということで、中身としてはドイツの中堅企業の紹介で、半分はちょうちん持ち記事である。これを日本の中堅企業と置き換えてもそのまま使える。ただその間に透けて見えるドイツ産業界の姿勢、政府の立場が日本とまるっきり違っている。ここがこの本の味噌だろう。 1.品質を守るためにドイツで生産 ドイツでもご他聞にもれず人件費の高騰に悩んでいる。多くの企業が安い労働力を求めてポーランド、さらにルーマニアへと工場を移転している。しかしドイツ国内での生産に固執している企業もある。その重役が語った言葉、「技術集約型のプロセスは蓄積したノウハウが必要だ。高い技術水準を維持するには、ドイツで生産することが重要なのだ」 革新的な商品を開発すれば、三度楽しめる。一度目は製品の独占販売による超過利潤、これは幸運の女神が微笑むかどうかで決まる。二度目は設備投資で先行しているためのスケールメリット、これはおまけで自動的についてくる。三度目はそれに多様な機能を付加し個別化してコアーな顧客を引き込むことによる利潤。これこそが企業の腕の振るい所。知識集約型生産の真価が問われるところである。ソニーはここを放棄した。 2.中規模企業を産業の柱にすえる 中規模企業とは従業員数500人未満、年間売り上げ60億円未満の企業をさす。日本とほぼ同程度だが、日本の場合はほとんどが大企業の下請けであるのに対し、独立性が高い。 今度の震災で一躍注目されたのがマイコン・メーカーのルネサス・エレクトロニクスだった。自動車メーカーは下請けは星の数ほどあって搾り取るものだと思っていた。ところが実は名もないマイコンメーカーに牛耳を握られていたのだ。 原発さえなければこのニュースは衝撃度ナンバーワンだった。 かつてはソニーも本田もシャープもそういう会社だったのではないか。通産省(MITI)はそういう会社を育成することを国家的事業として重視してきたのではなかったか。いつのまにぶよぶよと内部留保太りした大企業の代弁人に成り下がったのか。 3.国民一人当たりGDPは日本を上回る ドイツ人は日本人の倍休んで、倍も年金をもらって、医療も保証されている。これは常識である。しかし驚くのは、これだけ休んでも、一人当たりGDPが購買力平価で5%上回っているということである。 これはどういうことか。答ははっきりしている。技術革新が進行しており、労働の付加価値率が高いからである。 かつては日本もそうだった。給料は毎年1万円を超えて上昇した。保険給付も改善された。老人医療は無料、健康保険本人も窓口負担はゼロだった。それでも日本企業は成長した。むしろそれをばねにさらなる需要を創出し設備投資を行い生産体制を強化した。 現在の政財界のトップは、すべてを高齢化社会のせいにして、社会コストのせいにして、自らの責任を覆い隠し、技術革新を怠っている。そして大衆収奪の強化により目先の利益を確保することに汲々としている。 しかし人口構成の変化だけでは、なぜドイツが高い付加価値率を維持し、日本が総崩れになっているのかの説明はできない。 説明するとすればただひとつ、「ベンチがアホやから」ということに尽きる。 米倉会長の顔を見ると、なぜかかさぶたを思い出す。ひざ小僧のすりむき傷についたかさぶたを爪で剥がして裏返してみたら、そこに米倉会長の顔が浮かぶ上がってくる、そんな夢に、今夜はうなされそうである。 それではベルリンの米倉様、今夜もゆっくり御休みください。

わららが米倉会長がついにドイツ訪問。原発の重要性についてご託宣をたれる予定という。一体何様のつもりか知らないが、いまや首相気取りだ。まぁここまでやるということは、それだけ日本国内で孤立を深めていることの証でもあるが… 日本とドイツは戦後復興の歩み、経済パフォーマンスをはじめ良く似た国である。荒っぽい言い方だが。このことについては大方の異論はないと思う。 お互いの親近感も強い。おじが戦後まもなくドイツに留学したとき、ビヤホールで「今度は勝とうぜ、兄弟!」と声をかけられたそうだ。 わたしの世代はドイツ語で医学を習った最後の世代。彼女はリーベであり、姉ちゃんはメッチェンだ。閑話休題。 それにもかかわらず、原発をめぐっては片や廃棄、片や存続と真っ向から対立している。これはなぜか。これは結局経済のあり方についての考えがまったく異なっているからだ。 私たち庶民から見て、ドイツの考えは正しいと思う。変な三段論法だが、したがって日本の財界の考えは間違っていると思う。つまりドイツの考え方と異なる点が、日本の財界の間違っている点なのである。

ネットで見ていたら、「被災地復興に10兆円もかかるわけはない」という意見があった。どう試算したのか知らないが、私も計算してみた。 震災発生から3ヶ月で、東北3県の離職者票の発行件数は12万7千件。これを5年間で完全再就職させるとすると。1件当たり生活費が年間400万円として初年度5千億円、以下4千億、3千億と漸減させて1兆5千億円だ。この地域の有効求人倍率は0.46倍となっているから、今のままではこの数字をクリアーできる見込みは少ない。 12万7千件というのは極めてコアーな数字で、東京商工リサーチの調べでは被災44市区町村の企業数は3万2千社、従業員は36万人に上るという。今は企業が我慢して抱え込んでいても業況が悪化すればさらに大量の失業者が顕在化するだろう。 さらにこれらの数字には農林漁業関係者はふくまれないこと、福島原発の影響が今後さらに拡大することも考慮すると、どう内輪に見積もっても4,5兆円に達することは明らかだろう。 もちろん、債務整理やインフラの復興や産業基盤の整備なども重要だが、もっとも金がかかるのは人間である。ネット氏はおそらくここを計算していないのではないのだろうか。あるいはひょっとすると、このような費用は考慮する必要なしと考えているのかもしれない。

2日の赤旗で、原子力文化振興財団の宣伝マニュアルが明らかにされた。 この財団は東電ではなく政府の外郭団体である。「宣伝マニュアル」というのは、その財団が科技庁の委託により作成した「原子力PA方策の考え方」という報告書(91年)を指す。 少し拾ってみよう。 1.国民向けPA *人気タレントが「安心」といっても人々は納得しない。専門家の発言のほうが信頼性がある(だから大量の東大教授を抱えていたんですね) *読者は3日たてば忘れる。繰り返すことで刷り込み効果が出る。(ゲッペルスと同じです) *不美人でも長所をほめ続ければ美人になる。原発は元々美人だからその美しさを引き立てる。(さすがにブスとは書かなかった) *文科系の人は数字を見るとむやみにありがたがる。(だから数字を並べとけば騙すのは簡単) *「停電は困るが原子力はいやだ」という虫のいいことをいっているのが、大衆であることを忘れないように。 *ドラマの中に原子力関連の人間が登場するなど抵抗の少ない形で織り込んでいく。 2.マスメディア対策 *原子力に好意的な文化人を常に抱えておいて、何かのときにコメンテーターとしてマスコミに推薦する。 *役所のスポークスマンが新聞記者間に浸透するようにする。一種のマスコミ操作法だが、合法的世論操作だ。(かりそめにも役所ですよ。そもそも「合法」などという言葉を口にするものではない) *マスコミ関係者との接触とは会って一緒に食事をしたりすることばかりではない。 *人気キャスターをターゲットにした活動。時折会合を持ち、情報提供をする。人気キャスターを集めて理解を求めることが最も効果的である。うまくやれば可能だ。知恵者を日ごろからつかんでおく必要がある。(みのもんたや古館の唐突・不可解な発言がこれで納得) 3.学校教育 *教科書を厳しくチェックし、文部省の検定に反映させるべきである。 *大事なのは教科書に取り上げることだ。文部省に働きかけて教科書に入れてもらうことだ。 4.原発反対派 *反対派リーダーと何らかの形でつながりを持ったらどうか。(裏金を渡すこととしか読めない) ほとんど犯罪マニュアルといってよい。公費を使ってこんなことまでするとは、なんとも開いた口がふさがらない。

マスコミへの疑問
消費税増税を声高に叫ぶマスコミが、どうして増税の対象を消費税に絞るのか、これが良く分からない。
税の本道は所得税にあり、その本質は累進課税制にある。増税しようとするのに、どうしてそこから出発しないのか、これが良く分からない。
累進課税制度の良いところは、貧乏人へは増税しない、被災者には増税しないということだ。消費税はこういう人たちからも取る、その分だけ金持ちの負担は少なくなるということだ。
「分かちあう」というなら
政府が「この際は負担を分かち合ってというのなら」せめて所得の何割とかにするべきだ。これだと累進比率はゼロということになる。しかし消費税は所得に反比例して税率は下がることになる。人間の使うお金の額などそう違うものではないからだ。
社長も部長もワリカンか
会社の慰労会で、社長も部長もワリカンというのと同じである。「せめて1,2万は包みなよ」と思うが、「そうすると社長は慰労会に出席しなくなる。それでもよいのか」とか、「会社も苦しいんだ。社長が多く払うことになると、会社がつぶれてしまう」といって脅すのである。
 これがひどくなると、社員の祝儀、不祝儀までケチるようになる。「みんなが払った分、俺の分をまけろ」とまで言い出す。さらに「そもそも社員なんてぇものがいるからこんなことになる」といって首を切る始末。
そんな企業は逃げていけばよい
 税金の趣旨は所得の平準化にある。おなじ徴税システムであっても消費税は所得の平準化にはならない。 政府からすれば、消費税のほうが手間がかからず、手っ取り早く収入になるが、邪道である。
金持ちからすれば、そんなことをすれば企業が逃げていくというが、そんな企業は逃げていけばよい。追い出すべきである。そんな企業が国の政治を左右していては、日本の国際競争力は弱まるばかりだからである。

所用で東京に行って来たが、死にそうな暑さだ。湿気が毛穴という毛穴にまとわりつく。良くこんなところで人間が生きていけるものだと感心した。原発の過酷事故などというが、東京は日常そのものが過酷だ。避難勧告を出したいくらいだ。 7月1日から節電が始まって、喫茶店に逃げ込んだのに冷房が効いてない。しかし見回すと皆さん涼しい顔をしている。体中から玉の汗を噴出しているのはどうやら私だけのようだ。ひょっとして私はエイリアンなのか? 熱に浮かされた私は、こう考えた。いっそ電気を使いまくって発電量を一度オーバーさせてみたらどうだろうか。それでガシャっと止まって見たらそれでお互いもう少し本気になるのではないだろうか。このままではひたすら庶民が我慢するだけではないだろうか。 息子がつけてくれたクーラーを「もったいない」といって点けないで、熱中症で死んだばあちゃんがいた。まさにJR東海の社長が考える理想の日本人だ。JR東海の社長はこのおばあさんをほめたたえるだろう。そしてこの際役立たずのじじい、ばばあはもっと死ねと呼びかけるだろう。それがお国のためで、「国際競争力」のためなのだから。 そうやってどんどん死んで、それでも庶民の我慢だけで行かなくなったとき、初めて大企業は本当に考えるのはないだろうか。

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