鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

2011年05月

被災地では、金融機関も甚大な被害を被っている。復興にあたっては、重要な窓口となるだけに、優先的な支援が必要だ。そこで融資残高、つまり貸し倒れや焦げ付きになりかねない金額がどのくらいなのかを把握しなければならない。
金融庁が26日発表した集計結果を見てみる。これは三県沿岸部の39区市町村に立地する都銀・地銀・信金・信用組合・労働金庫の店舗を対象としたものである。
1.残高の総額
去年9月末時点の残高は合計2兆8千億円。このうち津波の浸水地域と第一原発20キロ県内の営業店舗に限定すると1兆2千億円。さらにこのうち中小企業向けは6千億、住宅ローンが4千億円となっている。大企業・中堅企業向けは600億円とわずかにとどまる。
2.三県の8地銀の3月度決算
金融庁の集計とは別に三県の8地銀の3月度決算が出た。
合計で500億に近い赤字となった。震災関連の不良債権処理費用は750億円、直接震災と関係ない不良債権も含めると1千億近くに達する。隠れ不良債権ははるかに多いと予想される。

金詰りは予想以上に深刻で、まさに存亡の危機だ。とりあえず債務凍結・肩代わりと政府からの金融支援がなければ、住民も金融機関も共倒れとなる。それこそ銀行協会の言う「金融パニック」そのものではないか。

これは国会に参考人として出席した宮城県漁協会長の発言。
村井君が、国でやるの、会社を入れるのと言い始めた。一回も私たちとは話がない中で、何で、国でそういうことを話するんだ、仁義が違うだろう。水産を預かっている我々に話を持ってこないで、何でこそこそとやっているんだ。
ちょっと解説しておくと、大震災直後に宮城県の村井知事が津波でやられた港湾を復興特区にして、中央の大企業への売却話を進めた。野村證券がコーディネーターになりゼネコンが噛んだ。
これで宮城の漁協が「火事場泥棒」だと烈火のごとく怒った、というのが経過。「仁義が違うだろう」というのが迫力がある。
村井知事の陰謀 も参照されたい

"がんばろう"ではなく、"支え続けます"といってほしい
「国民の食糧と健康を守る運動全国連絡会」(略称: 食健連)の総会で、被災三県の代表が訴えた言葉。うなずかせる言葉だ。 被災地の住民が全国の人々に何をもとめているか、それが端的に示された言葉だろうと思う。
多分両方必要なんだろうと思うが、支え続ける姿勢がないと、“がんばろう”は“がんばれ”になってしまう。
復興には長期間を要するし、中心課題も変わってくると思うが、その時々でそれを押さえて支持し続けるということが支援の中心思想に据えられなければならない。

案の定だ。各電力会社が一斉に電気代値上げだ。
スライドするのはやむをえないが…
原油価格が7%上がっているので、スライドするのはやむをえない。九電、関西電力が50円台、大震災被害を受けた東北電力が60円台、浜岡を止めた中部電力が70円台、である。
しかし中国電力の84円が突出しているのはなぜだ。
なぜ中国電力が突出するのか?
原油価格のコストに占める比率がどのくらいのものかは分からないが、他者との比較は誰にでもできる。
北電や沖縄など地域的な困難を抱える電力会社でもなく、大震災や原発がらみの被害も受けていない、元々料金が安かったわけでもない、むしろ異常に高かった。
企業モラルが疑われる
便乗の疑いがないのか? 便乗値上げはもちろん不愉快なことではあるが、便乗するものが大震災ということでは企業モラルを疑われかねない。しっかりした説明が必要だろう。

懸命に頑張っている行政当事者のあいだで、宮城の村井知事だけが一人はしゃぎまわっている。その背後に誰がいるのか気になっていた。
29日付の赤旗でそれが少し見えてきた。
1.復興会議のメンバー
宮城県の震災復興会議は、委員12人のうち県内在住者はわずか2人だ。これは委員19人全員が県内在住者である岩手県の復興委員会と著しい対比をなしている。
メンバーには野村総研顧問や三菱総合研究所理事長らが顔をそろえている。
委員の大半が首都圏在住のため、会議は村井知事ら県内組が上京し都内で開催している。
2.計画作成は野村総研に丸投げ?
ことはたんにメンバー構成の問題ではない。
それどころか、復興計画案の作成はどうも野村総研に丸投げしているようだ。
3.「地元はあえてオミットする」
村井知事は、野望を隠そうともしない。記者会見で「あえて地元の方はほとんど入っていただかないことにした」と述べている。
宮城県民よ、党派を越えて怒りの声を上げよ!

1.驚くべき近さ
不勉強で知りませんでしたが、島根原発はえらく街場に近いのですね。半径10キロ以内、それこそ目と鼻の先に島根県庁、松江市役所、県警本部、島根大学が集中しています。
2.安全度ワーストワン
 しかも原子力安全・保安院から商業原発の5段階評価で最低ランクの「1」をもらっているという、危険度お墨付きのお粗末な原発です。
3.管理もずさん
しかも、もうひとつ、511ヶ所の点検漏れを1年間隠蔽してきたのが発覚しました。
場所が余りにまずい、設備があまりにおぞい、管理があまりにずさんと三点セットの揃い踏みです。
4.それでもやる気の山下社長
中国電力の山下社長は、「原発増設やプルサーマル導入をこれまでどおり進める」と表明しました。なんと東電騒ぎのさなか3月28日のことです。脳ミソから前頭葉が脱落しています。

ここに地図があります。 http://sun.ap.teacup.com/yashemmi/img/1303649870.jpg 「戦う!!ヴァイオリン 現代音楽をこよなく愛すヴァイオリニスト、辺見康孝からの宣戦布告です」という勇ましいページ。
http://sun.ap.teacup.com/yashemmi/img/1303649870.jpg
辺見さんによると、 「赤丸が20キロ圏内、松江市はほぼ全域もぬけの殻・・・宍道湖のしじみも全部アウト!黄色丸が30キロ圏内、米子も風向きによっては人が住めません」と書かれています。

別に提灯持ちをしようというのではないが、村井宮城県知事の悪口を書いていて気になったので、達増岩手県知事のページを当たってみた。
5月23日の記者会見が、構想会議の内幕を暴露していて面白い。 http://www.pref.iwate.jp/view.rbz?cd=32560&ik=0&pnp=14 以下に一部を紹介する。
1.震災ファンドについて
 二重ローン問題が復興の全体の中でも非常に重要な問題であるという認識はかなり共有されてきていると思います。その中で、ファンドを作るということが有効な手段だということについても、いろいろ理解が広がってきている。
2.復興増税について
 (構想会議で)財源について議論したい人が多く、国際的なマクロ経済情勢も議論の対象になっていくわけで、私としても発言をしている。
「財源について議論したい人」というのは宮城の復興会議の連中を指す。ようするに震災を「民活導入」の起爆剤にしようと企んでいる連中のことだ。
3.国債発行で消費の拡大を
企業の活動が活発化し、消費が拡大、つまり消費者の家計の経済がうまくいく(ということが大事である)。
(そのためには)いきなり増税するのではなくて、まずは国債、かつその国債も日銀の引き受けも検討すべきという発言をした。

日銀引き受けには異論もあるが、スタンスのしっかりした政治家だと思う。2日には日本記者クラブでの会見があるとのことなので注目しよう。

「復興税」の次は特区構想
発足早々から「復興税」構想をぶち上げて世の顰蹙を買った構想会議だが、その後の議論もまったくなっていない。
29日の記者会見では五百旗頭会長が「積極的に特区制度を活用する」と語った。
ハイエナも真っ青、村井知事
会議の中ではしゃいでいるのが宮城の村井知事で、水産業への民間参入に続き、特養ホームへの民間参入、医療機関での医師・職員数の基準緩和、幼稚園への無資格教諭の導入など、ドサクサ紛れの「規制緩和」でもうけ話を持ち込もうとしている。
宮城の水産団体幹部が村井知事と面会後に、「そもそも話しにならない。違う人間だ」と語った言葉が思い起こされる。同じ保守でも岩手の達増知事とはまったくスタンスが異なる。
宮城県議会の団結が要め
 リコールという手段は当面適切ではないかもしれないが、「オール宮城」で包囲体制を構築すべきではないだろうか。
それには、大衆の願いと怒りを背景に、党派を問わず県議会そのものの権威を高めることが中心課題となるだろう。

中長期を見据えた「復旧・復興センター」を
仙台で29日、「東日本大震災復旧・復興支援みやぎ県民センター」が発足した。民間の知識人・有志が結集したもので「憲法13条、25条に基づく住民の権利」を基本とすることをうたっている。
また「県は(水産業復興特区など)財界に都合のよいことは対応が早く、県民のためになることは遅い」と行政への批判を明確にしている。
反村井知事の旗印を
6月中に政策を提言するという。そろそろオール宮城ではない,旗色鮮明な組織が必要となっている。当面は1ヶ月の集中作業をおこなうアドホックなものだが、運動はかなり息の長いものになるだろうから、そういう方向での組織編成も必要だろう。
災害対応の5本柱
発言の中で印象的だったのは石巻の避難所本部長(共産党市議)。
「最低限必要なのは水・食料・生活用品・医療・介護の五つであり、平常時に準備が必要だ。とくに介護の緊急体制が大事と実感する」
これは今後各地で教訓化し、実行に移さなければならないだろう。

2010年12月の更新記録からの転載です。前の記事で「大企業減税の見直し」と書いたものの補足説明です。
欠損金の繰越控除
欠損金の繰越控除という減税があるのだそうだ。聞いたこともない制度だが、現在は控除前所得でほぼ全額が控除になるようである。これを50%までに制限するだけで5千億円の税収になるそうだ。これは政府税調が言っていることだから間違いないだろう。すぐにでも実施してほしいものである。
研究開発減税
もうひとつは研究開発減税で、現在は研究開発と名をつければすべて減税の対象になっているが、これを総額型でなく選択型に移行することで5千億円が捻出できるという。両方あわせて1兆円、消費税1%分に当たる。  
海外逃避する大企業にペナルティーを
いつも思うのだが、大企業が海外逃避しないように減税せよと言うが、その前に、海外逃避する大企業にペナルティーを課すべきではないだろうか。日本に籍を置くさまざまな恩典を享受しながら、外国に拠点を移す企業は一種の“食い逃げ”をしていることになる。盗人に追い銭する必要はまったくない。  
財務省試算で2兆円強
財源問題は研究開発減税とナフサ免税に絞られてきたようだ。財務省試算で2兆円強、消費税2,3%に相当する。撤廃すればこれよりはるかに大きい。それでも大企業の内部留保に比べれば微々たるものだ。

1.貿易収支は4637億円の赤字
貿易収支は4637億円の赤字となった。意外に少ないなという印象である。
 問題は輸出額が減少したことで、前年同期比で12.5%の減少。3月がマイナス2.3%だったが、在庫の吐き出しが終わり、ようやく数字に出てきたなと思わせる。
2.輸出産業の花形が激減
 自動車はマイナス67%、電子部品がマイナス19%となっている。日本の景気を支えてきた輸出産業の花形が見事に落ち込んだ。ただし海外拠点での生産が増えている可能性はある。
3.輸出依存ではダメ

 はっきりしていることは輸出にドライブをかける従来の景気対策は、少なくとも当分の間は無効だということだ。景気を上向かせるためには内需を拡大するしかない。その方向に経済政策のカジを切り替えなくてはならない。
まずは輸出ドライブ型、対米依存型政策の凍結だ。それに付随したいわゆる「構造改革」型政策も見直しが必要だ。
4.内需の拡大以外にない
白川日銀総裁は、25日の講演で、「市場の安定が保たれている間に、成長力の強化と財政の建て直しに向けた動きを進めていくことが不可欠だ」と述べている。 成長力の強化を図るとすれば、当面は内需の拡大以外にない。東北の被災地のみならず、かつてないほどの有効需要の高まりがある。投資は実需を生み、成長をもたらすうえできわめて有効である。
5.国債(復興債)の発行はありうる選択肢
白川総裁は国債の発行を否定しているのではなく、日銀引き受けを否定しているのである。 結論は明らかであろう。
まずは復興債の発行と大企業による引き受けである。次いでは大企業向け減税の廃止ないし凍結である。第三には東電グループによる被害の完全補償である。

外来を受診したおばさんが、発掘作業をやっているという。
聞いてみると江別は遺跡の宝庫なのだそうだ。掘ればいくらでも出てくるが、予算がないのでそのままになっているそうだ。
おばさんの話だと、縄文前期が狙いという。縄文後期など目ではない。ただ北海道の縄文時代は内地とは異なっていると思うが…

これら縄文の担い手が、現在のアイヌと何らかの形でつながっている可能性はある。なぜなら、縄文以降の北海道には動物が絶滅するような天変地異も、後から入り込んだ民族と血みどろの戦いを演じた痕跡も見られていないからだ。
しかし歴史に登場し始めた頃のアイヌは、これら先行する遺跡から見ると生産・文化のあらゆる面において貧弱だ。縄文文化が農耕と定住を予感させるのに対し、アイヌの生活は狩猟と採取の生活に留まっているように見える。
縄文の豊かな遺跡群が発掘されればされるほど、我々は歴史上の重大な退歩、それも絶滅に近いほどの後退をどこかの時期に設定しなければならなくなってきている。
紀元100年頃に津軽平野での米作りの行われていた考古学的証拠があるという。とすれば、それから阿倍比羅夫の遠征までの数百年の間に、農耕が不可能になるほどの、あるいは狩猟生活への復帰を迫られるほどのミニ氷河期が到来したことを前提としなければならないのではないだろうか。

東京商工リサーチの調査で三県の被災企業(全壊もしくは浸水)の売上高合計は1兆7630億円、これには仙台市はふくまれない。これら企業の従業員合計は7万3千人。 さらに福島では30キロ圏内で操業不能となった企業が2207社に達している。 ざっくり20兆円と見たが、この数字だと、被害総額は10兆円強かもしれない。あまり慰めにはならないが…

かつての指標GDPは、むしろ国民収奪率の指標となり、生産活動の水準を反映しなくなっている。実体経済の指標としては鉱工業生産の数値を見ていかなくてはならない。そういう意味で最も注目していた粗鋼生産量の推移が、鉄鋼連盟から発表された。 4月の粗鋼生産量は前年同月比6.3%減の842万トンとなった。特殊鋼が11.3%減など、やはり自動車減産の影響が強い。3月のパニック状況での数字は無視するとしても、震災の経済的影響は10%近いものと考えるのが妥当なところであろう。 受注統計も低水準が続いており、今後しばらくはこの状況が続きそうだ。とすればこの構造的変化を小手先の刺激策で乗り切ることは困難だということだ。 「せめてゼロからの出発を」の目標を実現するのに、ざっくり20兆円、原発関連の補償に10兆円と見て財源の確保と同時に、それが景気刺激に結びつく方策を体系だてることだ。 その際の二本柱は、復興債の発行と大企業による引き受け、原発に関しては「原産複合体」の全面責任ということになるだろう。 リーマンショックのとき、沈没寸前の日本経済を助けたのはアジア経済だった。そのとき以上に、今後の景気回復にあたってはアジア頼みとなる。しかし日本の強い影響下にある中国などの経済が、日本の経済収縮に伴い今後は後退局面に入ることもありうる。 この際、東アジアの枠で大きく大震災を捉え、日本とアジアの経済再興のためにどのような共同が必要なのかを考える必要がある。日米同盟・PPFからASEAN+3へのパラダイム変換が急がれる。少なくともアジアに背を向けるようなTPPの推進は行うべきではない。 端的にいえば、一刻も早く与謝野(経団連の送り込んだ刺客)を解任せよ。

東電が3月期決算を発表した。
1兆2千億円の赤字となった。福島第一原発の廃炉費用、被災した火力発電所の修復などで過去最悪の特別損失を計上した。6千億円規模の資産売却とともに、リストラを含む5千億円規模のコスト削減も発表された。
上層部に緊張感なし
しかし北海道新聞によれば、「役員の退職金や企業年金の見直し、人員削減の具体案などは先送りされた」とされている。結局やるつもりはないということだろう。
 東京新聞は「東電の上層部から緊張感が伝わってこない。政府が東電温存案を出したためだ」と批判し、「東電寄りの枠組みがモラルハザード(倫理観の欠如)を助長する現実は論外というほかない」と断罪している。
東電一社で支払えないのは事実だが
 おそらく総被害額は10兆円の桁に乗るだろうし、東電一社で支払えないことも明らかだ。最終的には政府が引き受けざるを得なくなることは明らかだし、そのことを宣言すること自体は間違ってはいない。
さらに、東電が行っている発電・送電・配電事業は存続必要なことも明らかである。 問題はそれを隠れ蓑にさせないことである。
引き当て可能資産は5兆円ある
引き当て可能資産は5兆円あると推定される。
これに関して赤旗で税理士の浦野氏が分析している。それによると
①経常利益は黒字で、剰余金5千億、使用済み燃料再処理引き当て残高は1兆円に達している。
②資産は現金・預金・投資資産などで2兆円を超える。
③電気事業以外の固定資産は簿価で5千億円、これはふくみでは2兆円程度となる。
④負債として社債・長期借入金が8兆円となるが、これは交渉が必要だが減額可能である。
これから見ると1兆2千億の赤字はお笑い種であろう。

被災地でサラ金が自由化された
赤旗によると、金融庁は内閣府令で「サラ金・クレジット融資の規制緩和」を行った。被災地特例として、①総 量規制に抵触する場合も返済計画の弾力化により融資に応じる。②極度額借り入れの手続きを簡略化する など、かつてのサラ金・クレジット地獄の再現を事実上容認するもの。 当座の資金が必要な被災地では資金が借りられない恐れがあるためと金融庁は説明しているそうだ。
開いた 口がふさがらない。当座の資金が必要なのはいわゆる「二重ローン」が被災者を苦しめているからだ。すでに多重債務者であるこの人 たちが高利貸しに手をつければどうなるかは火を見るより明らかではないか。
義捐金が1千億近くあるはずだ。被災者100万人として、一人平均10万円になる。家族・知人・従業員を合わせれば1千万くらいの資金は何とか作れる。これを配らずに溜め込んでおいて、サラ金を送り込むとは恥知らずとしか言いようがないが、改正貸金業法に明らかに抵触する政令を、国会にもかけないで政令で実施することはどう考えても容認できない。
 八木博之さんという方のブログでも下記のように指摘している。
この方は「銀行系リース会社で全国屈指の債 権回収担当者として活躍」したという結構恐ろしい人である。
 被災地域の企業の救済策や被災者の雇用問題も解決できないまま、お金を借りる環境だけを整えても、それ を返せるかどうかが現状では分からない方 が圧倒的に多いのではないでしょうか。震災により失業した上に 、健康にも問題のある方に融資をするのは、貸金業者側でもためらわれるところでしょう。
金融庁の言葉通り、「医療費などに限る」のであればそれぞれ助成を拡充すれば解決できるとも考えられます 。「被災者の資金需要に国で対応できないから民間でなんとかしてほしい」というのはあまりにも都合のいい話 です。http://www.h-yagi.jp/07/post_230367.html

療養という活動は療養力を身につける活動だ、とふと思った。障害児や障害者を論じる際には発達とか発展 という考えが押し出されるが、どうも病者の場合これらの言葉ではしっくりこない。拙著「療養権の考察」では、 「病を持ちながらも自己を発展させていく活動」と表現したが、いかにも生硬で分かりにくい。 療養活動は個別の闘病活動を基礎とし、他者の援護を受けつつ自立をめざす社会活動である。しかし人間的活動としては学習・労働・生活と深く結びついて「生きる力」を蓄え、多彩な個性へと結び付けていく活動で ある。生きる力のひとつとしての「療養力」の陶冶こそは療養活動の究極の目的である。 それでは「療養力」とはなんだろう。その根っこにある「生きる力」とはなんだろう。それらは普通に使われる「生命力・生活力・活力・行動力」とはどう違うのだろう。

吉井さんの記者会見で印象に残った点は、事故の責任が東電か政府かということではなく、原子力産業をこれまで推進してきた、「原産複合体」にあるということだ。 もちろん第一義的責任は、それが「民間企業」であるという点において、少なくとも自らそう主張し、そのように 行動してきた点において東電にあるわけで、いまさら「お国のために尽くしてきました」とは言わせない。 しかしこれだけの規模の災害となれば、一企業に担わせることが不可能なこともたしかであり、その際は原子 力産業に積極的にかかわってきた企業グループが連帯責任を負うべきである。 株主が納得しないというが、株主はそもそも「共犯者」であり責任を免れうるものではない。日航の株主のこと を考えれば債権放棄は当然である。 銀行協会は債権をチャラにすれば金融パニックが起こると主張するが、貸し金はすべて合わせても数兆円規 模で、リーマン・ショックと比べてもわずかなものである。第一、政府が国民の税金を使えばパニックにならず 、銀行が負担すればパニックになるという考えがおかしい。日本と日本国民はすでにそれだけの損害をこうむ っている。パニックになるなら、とっくになっているのである。 原子炉メーカーや建設会社の責任があまり問題にされていないのも不思議である。倒壊した送電線の鉄塔を 建設した企業にも責任は及ぶはずである。 大企業・財界も、そろそろ本気で腹を括らないと国民総スカンの事態になりかねない。事態の深刻さを再認識 し思い切った資金投入に踏み切るべきだろう。

すみません、間違えていました。ポストニコバは3位でした。 1970年のチャイコフスキー・コンクールの優勝者は同じソ連のクライネフという人でした。ポストニコバはブラジルのモレイラ・リマと並んで3位です。 ちなみにバイオリン部門の優勝がクレーメル、2位が藤川真弓さん、チェロ部門では岩崎洸さんが入賞しています。 70年と言えば私はヘルメットに鉄パイプで教室に寝泊りしていました。

Viktoria Postnikova をはじめて聴いた。プロコフィエフのピアノ協奏曲第1番。 http://www.youtube.com/watch?v=SeoK-Xmcu7k 1970年のチャイコフスキー・コンクールに優勝したときの演奏だが、もはやコンペティショナーの域を超えている。 その前の年に指揮者のロジェストヴェンスキーと結婚しているから、当時すでに完全にエリートである。ちなみにロジェストヴェンスキーの曾祖父は日露戦争でロシア軍を率いた将軍として名高い。 名ピアニストというのは星の数ほどあることが良く分かった。 画像は白黒のフィルム映像で、むかしのソ連映画を見ている雰囲気だ。少女っぽい服装をしているが二の腕はコルホーズで働く女性農業労働者のようだ。 ついでに、シュニトケの合奏協奏曲第6番という曲も、感電するくらい静電気が走っていてすごい。 http://www.youtube.com/watch?v=c5hTEDDXUM0

吉井議員の記者会見がすばらしい http://www.jcp.or.jp/movie/11mov/20110519/index.html 毎日赤旗を読んでいる人間にはそれほど目新しいことはないが、党に接したことのない人間には、 吉井さんが、まともな人間の顔をして世間水準以上にまともに話していること自体が不思議な体験だったかもしれない。 1970年までは、クラスで一番優秀な人間から順番に共産党に入った時代があったことを、若者は知らないだろう。 吉井さんの話で大事だと思ったのは、柏崎と女川の経験を基礎にしていくことが、もっとも説得力があるということだ。 東電分割の話はかなり広範な世論となってきているようだが、肝腎なことは原子力関連事業の分離だ。リスクの再評価、コストの再評価など原子力発電の見直しをするには、電力会社からの切り離しが必須だ。もちろんそれで電力会社を免罪するわけではないし、推進してきた主体としての責任は負わせなければならないが、客観的で透明な情報を国民のものとするためには、「民間」という障壁を取り払わなければならない。 あくまでもそれが本筋の議論であり、そこに「分割・民営化」論を忍び込ませるのは火事場泥棒だ。

大前氏の発言を紹介したが、これは通産省サイドのメガフォンであると思われる。 通産省が当初案で東電を破たん処理するつもりだったといわれているが、 おそらくはその張本人と思われる古賀氏がテレビ朝日で発言している。 http://www.youtube.com/watch?v=YA2LaX8eGDA&feature=related 誰が古賀氏をテレビでしゃべらせたのか気になるところであるが、 メディアにしてみれば、反東電・反住銀というポジションは相当怖い。

週刊ダイヤモンドの原発特集の白眉となるのが最後の3ページだ。著作権さえなければ全文転載したいほど の内容だが、一番大事なのは5兆円といわれる「東電債」の特殊性だ。 説明を聞いてもよく分からないが、東電債をふくむ電力債は一般の社債とは異なり、被害者の賠償請求権よ りも債権者の債権のほうが優先されているのだそうだ。したがってもし東電を破産に追い込むと、被害者より も優先順位が高くなってしまい、被害者に対する賠償金支払いができなくなってしまう。 そこで政府は、金融マーケットの混乱を避けるために賠償機構を活用して東電を温存し、東電に一義的な責 任を負わせつつ、上場を維持して社債については保護するというやり方に出た、とされる。 ただこれは非常にムシのよい話で、市場がそんな甘えを許してくれる保証はない。格付け会社がランクを下 げれば機関投資家は一斉に売りに出る危険がある。そうなってからでは次の手はない。

徳山勝氏は、ブログの中で、「日本の電気料金は先進諸国の中で一番高い。為替レートにもよるが、1KWH 当たり、日本は17円台、アメリカ、韓国は7円台である」としている。ただしヨーロッパ諸国は日本と同程度で あることにふれていない。これは片手落ちの感がある。 だが、少なくとも「安い」原子力を使っているという割には高い。火力が主体のアメリカや韓国が日本の半分以 下の電力料金でやっていけるのなら、日本の電力料金はむしろ安くなって当たり前である。口を開けば「国際 競争力」と騒ぎ立てる大企業が、この点については口をつぐんでいるのも不思議なことである。 そのコストにはPR費用が相当含まれているようだ。徳山氏によれば、「東京電力の年間の広告費は約244 億円、販売促進費は約239億円、その他に普及啓発費200億円弱で、計約680億円」である。 東電がスポンサーのテレビ番組は、TBS「みのもんたの朝ズバッ!」「報道特集」「ニュース23」、フジテレビ「 めざましテレビ」、日テレ「情報ライブ・ミヤネ屋」「真相報道バンキシャ」、テレ朝「報道ステーション」など世論 形成に重要な役割を演じている番組が網羅されている。

知人から週刊「ダイヤモンド」の原発特集を読むよう勧められた。以下抜書きしていく。 大前健一氏が発電・送電・配電の分離を唱えている。独占体制が今回の事故をもたらしたという点には共感 できる。とくに送電機能に着目して、これを一本化・公営化するという考えは鋭いと思う。ただし発電機能の民 営化、市場開放については問題だ。発電事業の公的性格を否定すれば、形を変えた原発事故の起きる可能 性が拡大しかねない。 じつは政府案の当初案は「東電解体論」だった。特集の57ページにはこう書かれている。東電の責任を重く 見た一部の経済産業官僚は、「東電解体論」ともいうべきスキームを練り上げた。その中身は、東電が独占し てきた発電と送電を分離する、いわゆる「送発電分離」にまで踏み込んでいる。そして銀行に債権放棄を促し 、株主にも責任を問うなど厳しいものだった。

「推進派の懺悔」として元原子力安全委員会委員長代理の住田氏が語っている。「今回の事故の直接の原因は 天災。しかし事故を拡大したのは人災。すべての交流電源が失われたあと直流電源は約10時間作動してい た。この時間に致命的なミスがあった。救いようのない失態だ」
これが正しいとすれば、原発賠償法の免責条項の前提は、少なくとも半分は成り立たなくなる。

知人から週刊「ダイヤモンド」の原発特集を読むよう勧められた。以下抜書きしていく。 原発にまつわる金の動き: 54基の原発の1基あたりの建設費は3千~5千億円、これにウランの購入・廃 棄価格、保守・点検費用が上乗せされる。電力会社の投じる費用は年間2兆円といわれる。これに政府の原 子力関連予算が5千億円つけられている。

大震災なのに
大震災を横目に、相変わらず貧富の差が拡大している。勝ち組でいうと5大銀行。3月期決算で連結純利益 が1兆8千億円に達した。前期比56%の増加である。
これは通常の資金利益ではなく、国債などの債券売買益によるものである。 銀行資金は経済成長には回っていないわけだから、結局は回りまわって国民の懐から搾り取られる仕掛けで ある。成長率0%、ゼロサムの世界だから、企業のもうけは国民の貧困化とイコールになる。
負け組みは労働者だ。総務省の第一四半期労働力調査によると、正規の職員・従業員は前年同期比53万人減の3164万人となった。一方非正規雇用は103万人増の1739万人に達した。これには東北3県はふく まれていない。
大震災+“構造改革”という災難
このたびの大震災は、阪神大地震と比べると規模や形態などさまざまな差があるが、最大の違いはこれが国民の貧困化の進行の中で起きていることだ。“泣きっ面に蜂”という具合である。
災難を跳ね返し、立ち直っていく地域の力が極端に 落ちている。自助力がほとんど期待できないのが実情である。
改革モラトリアムの宣言を
緊急避難的な措置にせよ、構造改革をさらに推し進めるような施策はただちに停止し、一種のモラトリアムを宣言すべきである。 少なくともTPP参加をふくむ新成長戦略、社会保障と税の一体改革は、1年程度に時期を区切って凍結を宣 言すべきだ。

本日(17日)の赤旗記者座談会では、賠償支援枠組みについて、かなり厳しい見方をしている。
原案の提案 者は東電の大株主である三井住友銀行で、
①賠償に上限を設け、それ以上は国の負担、②東電は賠償金 支払いを行わず、新たな機構にゆだねる、というもの。
この場合、国民負担は5兆円を超えると予測される。
これに対し官邸側が反撃したのが今回の経緯のようだ。①賠償に上限は設けない、②支払い主体は東電、と いうことで押し切った形だが、今後の力関係ではまだ先行き不透明とされている。
 例によって経団連の米倉会長は「東電は免責されてしかるべき」と全面支援の姿勢を崩していない。記者団の 質問に逆切れして「なぜ東電だけに責任があるのか」と吠えている。
米倉会長に聞きたいが、東電は基本的に民間企業と考えているのか、公的企業と考えているのか?
これまでの東電の言動からすると一民間企業としてしか振舞っていないように思えるが、もしそうだとすれば東電が倒産・再生法適用を受けるのは当然で、役員の民法・商法上の無限責任は問われてしかるべきと思われるのだが。
原発が国策だったというのはいいわけにはならない。日本航空は当初はまさに国策会社だった。


当初は「冗談」かと思いました。ついで彼の政治的ポジションを考えて「美人局」の可能性もあると感じました。 しかし性犯罪者というのは必ず前歴があるものですから、調べれば出てくるかと思っていたら、案の定出てき ました。 08年10月に部下の女性と性的関係を持ち、この女性に厚遇を諮るなどの職権乱用を行っていました。発覚 後にIMF理事会から譴責を受けています。できちゃったことが怪しいというより、人目をしのぶという姿勢が見 られないところが怪しい。その後の職権乱用はマッチョ思想の現われだろう。

これってありですか? 社保庁の首切りマニュアル 共産党の山下議員が暴露した厚労省の「面接要領」、これで社保庁職員525人が分限免職に追い込まれた 。以下はその内容。 http://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/a/1/a168b86a.jpg こういうのを「卑劣」というのではないでしょうか。「面接者を送り出した後は、忘れない内にすぐ内容を記載」す るとのくだりは、思わず目に浮かぶようです。 面接官も良く耐えられましたね。「お父さんはこんなことをしているんだよ」と子供に言えるような仕事ではあり ません。

どうも斑目という人物、怪しい。予算委員会の答弁で「格納容器が破裂する可能性がある」と首相に助言してい たというが、首相は「格納容器には窒素が充填されているので水素爆発はない」との助言を斑目から受けてい たと説明している。 youtubeの動画(http://www.youtube.com/watch?v=zKwOxJuMhPs)をみると、少なくとも原子力"安全"委員長を務めるべき人物ではないことが分かる。

すみません。中野重治の“有名な詩”なんだそうです。 いくつか異文があって、それについて中野らしいエクスキューズがあって、 つまりは“逃げ”があって、いかにも中野らしくうじうじと書き連ね、 “黙れ”と一喝したくなります。 所詮は西条八十の左翼版なのでしょうか。

 何といっても原発事故が現在進行形であり、これに一定の見通しがつかないと、まったく将来像が描けません。①仮にGDPが10%減少したとして、それが相当長期にわたり続くとして、どのようにダウ ン・レギュレーションしていくのか、厳しく問われることになるでしょう。②首都機能が(その規模を問わず)移動せざるを得なくなれば、関東周辺に1千万人を越える膨大な経済難民が発生することにな ります。③原発から火発への復帰は原油供給の不安定さを考えると相当のコストとリスクを伴うことになり、コストインフレの発生は必至です。④アジアのエマージング・パワーへの依存が一気に強化さ れることになるでしょう。今後東アジア諸国から何を求められているのかを分析し、その枠組みにいかに適応していくかの判断が決定的になります。自動車・重機に傾斜した日米同盟の枠組みは少なく とも主役にはなりえません。「量は少なくとも質の良いものを」が合言葉になるでしょう。  三馬鹿トリオというのがあって、一人は「天罰」の石原慎太郎都知事、一人はいまだに「原発推進」を叫ぶ米倉経団連会長、もう一人がセリーグ単独開幕のナベツネです。基本はKYですが、それだけ ではすまない過去の言動があっての馬鹿野郎たちです。とくに石原は「東京湾に原発を」と叫んできた確信犯です。築地市場移転に際しても汚染隠しを貫いてきました。「“天罰”知事に“民罰”を!」を 合言葉に都知事選挙をがんばりましょう。

解放新書「民族としての在日朝鮮人」(間宮茂輔)という本がある。
古本屋で入手した本で、いま読むと相当荒っぽい文章だが、その中に「雨の降る品川駅」という詩が引用されている。作者の名もないものだが、日本国内で検挙され朝鮮に送還される朝鮮人活動家をおくるうたである。1930年前後のものであろう。
以下紹介する(ひとこと、“さようなら 女の李”がたまらず良い)

雨の降る品川駅

辛よ さようなら/金よ さようなら/君らは雨の降る品川駅から乗車する
李よ さようなら/もひとりの李よ さようなら/君らは君らの父母の国に帰る
君らの国の河は 寒い冬に凍る/君らの叛逆する心は 別れの一瞬に凍る

海は 夕暮れの中に海鳴りの声を高める/鳩は 海に濡れて車庫の屋根から舞い降りる/君らは 雨に濡れて 君らを逐う日本天皇を思い出す/君らは 雨に濡れて 髭、眼鏡、猫背の彼 を思い出す

降りしぶく雨のなかに 緑のシグナルは上がる/降りしぶく雨のなかに 君らの瞳は尖る
雨は 敷石にそそぎ 暗い海面に落ちかかる/雨は 君らのあつい頬に消える

君らの黒い影は改札口 をよぎる/君らの白いもすそは歩廊の闇にひるがえる
シグナルは色を変える/君らは乗り込む
君は出発する/君らは去る

さようなら 金/さようなら 辛/さようなら 李/さようなら 女の李

行ってあのかたい 厚い 滑らかな氷を叩き割れ/長く堰かれていた水をして迸らしめよ
日本プロレタリアートの後ろだて 前だて/さようなら/報復の歓喜に泣き笑う日まで

「石原当選」を聞いて戦術的勝利と感じた。いま選挙をやれば現職有利に決まっている。だからやったのだろうが、勝ったと思う人は誰もいないだろう。選挙を強行した人間への不信感が募るだけだ 。そういう人間どもを乗り越えて現実は進んでいくだろう。選挙の票数とは違う民衆の力が、はるかに速いテンポで津波のように現実の政治、統治の現場を動かしている。政治にはそういうフェーズ(局 面)があると思う。  原発事故の直後、東大教授が大挙してテレビに出演した。ほとんどデマに近いような情報を垂れ流していた。レントゲンやCTの被曝に比べれば微々たるものだというのだが、そもそも単位が違う。片 方は1回の検査につき何ぼというもので、原発の被曝は1時間ごとに何ぼというものだ。1日の通算被曝量は24をかけなければならないし、10日たてば240をかけなければならない。しかもその間に 細胞分裂のフェーズを迎える細胞は桁違いだ。CT検査が1分とすれば、感受性の高い細胞数はさらに60をかけなければならない。  一番の傑作はフリップにメルトダウンと書いて、その横に日本語で「全炉心溶融」という日本語をつけていた某若手教授だった。米国のエネルギー長官がすでに13日に、「部分的なメルトダウンが生 じている」と発言したことを知らなかったのだろうか。「真っ黒でなければシロ」という推定無罪の論理は、ここでは物笑いの種でしかない。東大というのは東京大学ではなく、東電大学のことらしい。  パニックを避けたい気持ちは分かるが、そのために必要なのは事実を正確に伝えることであって、うその情報を流すことではない。避難命令が拡大されたときも「大丈夫論」が足かせになって、逆デ マや不安・不信を招いたことは明白だ。スリーマイルよりグレードが下だと強弁するに至っては何をかいわんや、恥を知れ、である。

不破さんの話で面白いことが分かった。原子力安全委員会の現委員長班目春樹氏は、浜岡原発裁判のときに電力会社側の証人として証言しているそうです。 不破さんによれば「浜岡原発は安全だ。あなた方(原告側)のようなことを言っていたら原発など作れませんよ」と大見得を切ったそうである。 参議院の経済産業委員会での参考人質疑。長崎大学の山下教授が良い発言をしている。「農産物の出荷制限や「風評被害」は国民の命と健康を守るために 払わされた「代償」でありしっかり賠償すべきだ」 これで風評被害におびえる消費者と、風評で被害を受けた生産者が対立する図式は解消される。別に消費者が悪いわけではないのは当然だが、マスコミは 対 立があるかのように描き出すから、ここを根っこにすえることは大切だと思う。(ただ卸・仲買業者の悪意があるとすれば話は別だが) また柳田邦夫氏は想定外というのは考え方の逆転であり、「それ以上のことは考えないようにしよう」という思考様式のもたらしたものだ」と批判している。

中国の4月度貿易統計が出た。輸出は前年比30%増の1500億ドルで過去最高を更新。あいかわらず景気にかげりは見られない。新車売り上げの減少は杞 憂だったようだ。 しかし輸入は22%増の1400億ドルで、とくに日本からの輸入が5%増以下にとどまり大幅に鈍化している。日本からの輸入のほとんどが原材料・資 料などであ ることから、減速は避けられないであろう。問題はこれがどの程度深刻なものとなるかであり、5月、6月の動向が注目される。

政府をほめたとたんに、賠償支払いの枠組みが決定された。注目の金融機関の一部債権放棄や社債権者への額面切り下げなどは行われなかった。資産の売 却も前提とされなかった。結局のところ、金持ち保護の姿勢が貫かれたことになる。ただその分、第三者委員会の監視は厳しくなると思われ、東電の財界からの 孤立がいっそう際立っていくこととなるだろう。 東電はそもそも会社更生法の対象である。管財人の手にゆだねるべきである。企業の再生にともなっては三方一両損が原則である。電力事業は必要だが、た とえば中部電力が事業を引き継いだとしても何の問題もない。北海道でも唯一の都銀であった拓銀が経営破たんしたが、第二地銀の北洋がちゃんと後を引き 継いで何の問題もない。

共産党の大門議員が地域経済復興のためのスキームを提唱した。被災地経済団体等の要望を元に作成したものとのことで、かなり現実味のある提案だ。①「 地域経済復興機構」というファンドを立ち上げる。②ファンドは金融機関の債務を買い取る。③金融機関は再建売却資金で新規融資を行う、というもの。ふつう なら企業の破たん処理と、金融機関の救済で用いられる手法を、さらにもう一回転させるというのがミソだ。 金融機関にはかなりの負担になるが、既存の融資ルートが活用できる点では監査・回収の能率がはるかに効率的である。私見だが、このファンドが公債を発行 し国民の資金を募るという方法もあると思う。

4月上中の貿易統計速報が出た。貿易赤字は約8千億で4月全体では1兆円を超えるものと予想される。輸出額が13%減少、輸入が14%増えていることが主た る要因となっている。貿易赤字そのものがオイルショックの1980年以来。これが貿易外収支でどのくらい回復できるのか、4月の国際収支速報が注目される。 いずれにしても日本経済への大震災の影響は10%前後に達することが明らかになってきた。これが震災・津波によるものか、原発事故によるものかは判断でき ないが、いずれにしても構造改革路線をそのまま突っ走るだけでは乗り切れないことが明らかである。 今は水ぶくれ・金ぶくれ状態ではなく、出血が止まらない貧血状態だ。さらにスリム化することよりも、まずは輸血だ。しかも即時に相当大量の輸血が必要だ(そ の前に止血が必要だが)。資力の逐次投入は、将来に禍根を招くことになるだろう。 いま構造改革の推進を唱えることは、風邪をこじらせて肺炎になった患者に冷水マサツを強制するようなもの。財界首脳部もそろそろこの辺で気づいてほしいも のだ。

久しぶりに東京に行ってきました。田町の日航ホテルに二泊。14階建てですが、いまや超高層ビルの陰に埋まって地味にやっています。羽田からモノレールで やって来ると、港区体育館のちょっと手前に見えます。たくさんマンションがあってお金持ちの住んでいるところです。マンションの値段は分からないが、駐車場 の相場が7,8万だそうです。年収2千万はないと落ち着いて暮らせないでしょう。 研修会のあと高円寺の古本市を見てきました。いい古本がなくなって、ごみみたいな古本か1/2の店で売ったほうが良さそうな本ばかりです。それでも3,4冊ほ ど買いました。天気は最高、高円寺の商店街もいい賑わいでした。 電車に乗っていて、若い姉ちゃんが日経を読んでいたのにはびっくりしました。あんちゃんも日経を小脇に抱えています。ちょっとしたストリートファッションなので しょうか。「いっちゃぁ悪いがそれはカブヤの新聞で、競馬の予想紙と基本は同じですよ、品性疑われますよ」と言いたい気分になりました。といいつつもちょっと 気になるので、駅前のルノアールで目を通しました。確かに面白い。大企業の東電がらみの狼狽振りが良くわかって面白い。 経団連も同友会も、基本的にはゆすりとたかりの構造は変わっていません。政府を通じて金は取れるだけ引き出そう、出すものはただの一文だって出すものか という気迫が伝わってきます。最後にはお定まりの「国際競争力」です。ただこの脅し文句が効かなくなってきているのです。親方日の丸だけで行かなくなって内 輪もめが始まっています。 政府は東電をすっかり人質にとっています。浜岡原発の停止だって財界は面と向かって反対できませんでした。「株主に対する責任」という言葉は途中から飲み 込まざるを得ませんでした。国民の猛反発を食らうことは間違いないせりふだからです。これは相当の衝撃だったと思います。いままで政府に対してすっかり見 下す態度だったのが、いまや完全に力関係は変わりました。 東電が民間企業であると主張するなら無限責任を負うべきです。自分がつぶれてでも債務と賠償責任は果たさなければなりません。責任が果たせないのなら、 国の支援を受け入れるだけではなく、国の管理に移行すべきです。海江田大臣が「給料50%削減では足りない」といったのはそういう意味での先制パンチです。 東電の立場を弱めているのは、金融界からの反発です。当初東電は支払い能力を口実にして賠償額を値切ろうという路線でしたが、それは経済団体の一致し た支持があっての強腰です。ところが債務削減策が現実のものになってくると金融界から猛反発が出てきました。「政府の裏書があったとしても東電みずからの ガバナビリティがなければ金は出せません」という当たり前の見解です。まさにここに来て東電の企業体質が問われ始めたのです。 ベンツに乗った紳士が交通事故を起こした。調べてみたら強制の自賠責しかもっていなかった。金がないから補償できないという、この紳士信用できますか? こんな男に金貸したら、銀行の株主総会で何て言われますか。 金融界が叛逆ののろしを上げたら、もう経団連はやってゆけません。大企業の利権集団の屋台骨がぎしぎしと音を立てて揺らぎ始めています。日経新聞を読ん でいるとそのうめきが聞こえてくるようです。

ユッケの食中毒はあまりにも原発事故と似ている。卑怯なのは卸業者で、嘘をついていたのがばれたから、こちらは完全な犯罪行為である。生食には危険が付 きまとうこと、できれば食べないほうがよい。しかし食べるのなら必要な手間とコストをいとうてはいけない。少なくとも「安売り」を売り物にする焼肉店で出しては いけない。安全のコストは、理論上はゼロにでもできるのだから。 中部電力の水野社長の記者会見で、「原発は電力供給の基幹だ」と言い切っている。そして政府からは、追加対策の実施後に速やかに再稼動させることで確 認が得られていると述べている。これが焼肉チェーンの社長なら「ユッケは当店のメインメニューだ。追加対策をとれば問題ねぇだろう」というところだ。 問題はユッケなら食わなくても済むが、電気はそういうわけにはいかないところだ。中電社長の言っていることは、「いやなら食うな。食うなら文句言うな」というに 等しい。 今求められているのは「原発が電力供給の基幹」かどうかについての根本的な見直しである。原発が供給の基幹であるとする理由は、究極的にはコストにあっ た。安全性の抜本的見直しはコストの抜本的見直しにつながる。この視点が水野社長には欠落しているようだ。 経団連の米倉会長が副会長である東電の代弁を買って出ている。かなりハチャメチャだ。「東電の責任は免れない」という政府・与党内の意見に対し、こう開き 直った。「政府は安全基準をもっと強化しておくべきだった。政府は何をしていたのか」 よい質問です。政府はあなたの僚友のために基準を緩め、事故を隠し、安全だ安全だと大合唱を繰り返し、東電に老後の面倒を見てもらってきたのです。これ が自公政府のしてきたことのすべてです。それをあなた方は一生懸命応援してきたのです。 それにしてもこのせりふ、警察に捕まった犯人が「これまで悪事を重ねてきたのはお前たちの捜査が甘すぎたからなのだから、悪いのはお前たちだ」といってい るようなものです。たしかに国民目線で見ればあたってはいますが、犯人から言われたくはないですね。

大震災の中国経済への影響に注目している。2年前のリーマンショックのとき、中国経済は意外な堅調を維持した。そしてGDP世界第2位へと駆け上がっていっ た。これを中国経済の地力と見る見方もあるが、私は中国経済が米国よりも日本に強く依存しているため、直接の影響を受けなかったからではないかとひそか に感じている。その意味では今回の震災で日本の影響度が計れる可能性がある。 4月の中国新車販売実績がリーマンショック以来2年3ヶ月ぶりに前年同期を下回ったとの報道があった。もう6年も前、オリンピック前に短期間北京を訪れただ けの経験しかないが、中国市場で日本製自動車は完全に出遅れていた。日本車に新車全体の売れ行きを左右するほどの力はない。しかも4月といえば、新車 売り込みの最高のシーズンである。ではなぜ車の売れ行きが落ちたのか。もう少し情報を知りたいところである。

労働総研大木顧問の発言。最も深刻かつ長期にわたる問題(原発を除いて)は雇用だ。被災市町村の就業者84万人+関連離職・就職取り消し10万人で合計 100万人が新たに失業者に加わる。 3万2千人だった阪神大震災とくらべ数は圧倒的だ。しかもその多くが農民・漁民・自営業者などで、従来の失業保障システムではカバーされない。復興事業と あわせ、公的就労事業の創設が不可欠である。

パラグアイのトピックス: 首都アスンシオンでは市内を回る廃品回収の荷馬車が風物詩となっている。このほど、市当局は「重い荷物を一日中引かせるのはか わいそう」という動物愛護団体の要請を受けて、積荷の重さを最大300キロに制限する条例を提案した。 この提案に対し「上限は100キロにせよ」とか、「馬車を全面禁止せよ」とかの意見が続出しているそうだ。100キロなら人間で十分引ける。馬など要らない。 どうもよく分からない話だが、馬がかわいそうという前に、馬車で廃品回収をして生計を立てている人たちをかわいそうとは思わないのだろうか。 彼らにしてみれば馬は大切な財産。誰よりも大事にしているはず。ペットではなく生活を支えあう「同志」だ。「猫っ可愛がり」とは分けて考えなければならない。ま して馬車の全面禁止となれば、残された馬たちの命はどうなるのか。その行く末はあまりにも明らかではないだろうか。 捕鯨禁止といい、どうも牛肉をたらふく食っている連中の発想は分からない。

共産党の佐々木議員の質問。大企業の資金力を復興のために生かすのは社会的責任とした上で、大企業の内部留保(利益剰余金+資本剰余金)が10年3月 末で227兆円に達していること、これは過去10年間に73%増加していること、を明らかにした。そして復興国債の引き受けを大企業に要請することを求めた。 野田財務相は「大企業に内部留保がたくさんあるなら、官民でファンドを作り、投資を通じて貢献するのもひとつのアイデアだ」と応えた。これで復興国債のアイ デアが復興構想会議まで登ってくれるとよいが。

集団化の話で、田老町の漁協組合長の話に納得するところがあったが、亘理町の町長の談話もその文脈の上でうなずけるものだ。 「町は何をするにも現場主義を貫いてきました。机の上の計画ではだめです。上からの押し付けではなく、住民の要求に基づいた積み上げによる復興計画が必 要です。農漁業の集団化や会社化という案が政府から出ていますが、まずは住民の声を良く聞いてから考えるべきことです」 集団化は一定の条件の下で、一定の期間は絶対に必要なものだ。それは同時に、集団化には一定の前提条件が必要であり、その先の大目的が明確にされた 上でなされるべきものだということです。 集団化を成功させる上での二つのキーワードが提示されてきている。ひとつは前提条件としての「現場主義」である。その定義は亘理町長がしてくれた。①要求 を基礎とし、住民一人ひとりの声を反映させること、②大所高所からの演繹プランではなく、積み上げによる帰納プラン。③整合性は求めない。後から考えれば よい。とくに③が大事だ。 もうひとつのキーワードは、集団化は個人経営の復活を目標として、その手段、過渡期形態として採用されるべきものだという信念である。会社化計画にはそれ がない。最終目標は極めて漠然としている。これでは「集団化のための集団化」になりかねない。社会的生存権も幸福追求権も最終的には個人に属するもので あるという法の原理をしっかり確認しておかなければならない。 (さらに言えば、集団化はそれ自体が階級闘争だということになると思います。それ抜きに、イニシアチブ抜きに集団化に乗れば、企業や官僚の牛耳る組織に変 質し、住民は排除されてしまうことになります) と書いたら同じ12日号の4面に宮城県知事の「水産業復興特区」構想が報道されている。民間企業も漁業権が得られるようにするという会社化案だ。宮城県漁 連の安部理事長は「漁協の根幹を揺るがす重大な事案、であり、再建に向けた漁業者の思いを逆なでされた」と抗議の談話。復興税創設提言といい、どうもこ の村井という知事は危険だ。

米ギャラップ社の世論調査で、国民が感じる「幸福感」によって国を順位付ける調査結果を発表。驚いたことにベネズエラが世界第5位に入った。インフレ率が2 7%に達する中で景気が低迷するベネズエラがなぜ?、と多くの人がいぶかしんだようだ。 しかし、人口に占める貧困層の割合が70%から26%にまで減り、大学進学者が倍加するという社会政策の成果があがれば、むだな経済成長はなくとも国民生 活は活気付くことが明らかになったともいえる。 この間の小泉改革の中で、GDP成長と国民生活の乖離が明らかになった。GDPの持続的な成長にもかかわらず、国民生活は貧困化した。GDPは経済成長率 よりも国民搾取率と考えられるようになった。ベネズエラの例は現代社会におけるGDPの持つ意義を逆の方向から明らかにしていると思う。 これと対照的なニュース: スティグリッツが雑誌論文「1%の1%による1%のための」で次のように述べている。 2000年からの10年間で、米国の貧富の差はさらに拡大した。所得上位1%の富裕層が米国の富を独占している。この階層の収入は過去10年間で18%増加 した。しかし中産階級の収入は減る一方である。

復興構想会議が経済三団体からヒアリングを行った。回答はまことにひどいものばかりで、「痛みを分かち合う姿勢」はまったく見られない。「復興」は枕詞で、救済・救援の視点は見事に欠落し、現場の苦しみはまったく反映されていない。 いまどき財政健全化を唱えることの異常さを彼らは感じないのだろうか? 消費税増税と社会保障費の削減が被災者に与える影響について思いを致さないのだ ろうか? 自らがこの際は身銭を切ってでも復興に尽力しようとは思わないのだろうか? 「苦しいときはお互い様」という感覚をもてないまでに品性落ちぶれてい るのだろうか?

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