これまでも書いてきたが、小選挙区制と二大政党制はセットのものだ。これに政党助成金を合わせた三本柱が日本における政党政治制度の骨格をなしている。まるで盆栽だ。
もし二大政党体制が壊れれば、たちまちそれは一党独裁に移行する。
一党独裁と言ってもそれなりに民意を反映していればよいが、それが民意と逆の方向に動き始めれば、国民との間に深刻な矛盾を産み、議会制度があろうとなかろうと政治は不安定なものになる。
戦いの場は議会ではなく街頭になる。それは容易に流血を伴うものになるだろうし、権力はますます極右的・専制的になる。間違いないのは政治の安定性が失われるということだ。
支配する側から見た本質
志井さんの新年挨拶では「2003年以来の「二大政党づくり」の動き、それが破綻した後の「第三極」論…」と語られている。
つまりはっきりしているのは、前回選挙で二大政党制が破綻した後、権力の側はこれに代わるものとして「第三極」論を掲げたが、「そんなものオルタナティブにはならないよ」と国民から一蹴されてしまった。ここに今回の総選挙の本質があるということである。
これは考えて見れば当たり前の話で、小選挙区制度というのは本質的に「第3極」の存在を許さないシステムなのである。選択はAかBかなのであって、Cは原則的にはありえない。それはせいぜい「仲間割れ」の結果としてたまたま生じる現象に過ぎないのである。
ところがここで政党助成金が加わる。これは莫大な財源であり、これを党本部が掌握するわけだ。下っ端の国会議員は到底党本部に逆らうことはできない。与党には派閥も、意見対立も起きなくなってしまう。政治は与党対野党の関係でも独裁的になるし、党内においても専制的になっていく。
もし小選挙区制を続けるとすれば、政党Bをもう一度作りなおすしかない。そうでないと、国民に不満がたまった時にガス抜きができない。ベントがないのだから、国民の不満が貯まればそれは水素爆発を起こす他ないのである。
これは政治装置としてはきわめて不完全な装置である。
国民目線から見た本質
水素爆発の予兆はすでに起きつつある。数から言えば圧倒的に少ないとはいえ、共産党が躍進したことである。今のところは微小なクラックのレベルだが、そこに押し当たる世論の圧力は予想を超えて強い。共産党をふくむ真の野党勢力が一気に裂け目を押し広げて、政党Bにのし上がる可能性は十分にある。
これが今回の総選挙のもう一つの特徴だろう。
支配勢力は「革命」を準備しつつある
その時支配勢力はこれに対応できるのだろうか。現有の自民・公明の枠組みを越えた対応ツールを準備できるのだろうか。
レーニンの昔から、権力は自動的には崩壊しないと言われていたが、同時に、権力側に支配する手立てがなくなったとき革命は起きるとも言われてきた。両者ともに真理である。それは弁証法的に理解する他ない。
今日これを考えるとき、ある意味で支配勢力は「革命」を準備しつつあるといえるかもしれない。それは議会を通じた「革命的な」政権交代である。かつてマルクスは資本主義はその墓掘り人を生み出しつつあると喝破したが、今日の支配層は、前進的な変化の道を塞いでいくことによって、沖縄型の激変を全国レベルで巻き起こす道をひた走っている、という見方もできるのではないか。
肝心なことは「深部の力」、民主党政権実現へと雪崩を打った「深部の力」が、今もなお脈々と息づいていることを信じることである。