今年4月に広瀬隆さんが鹿児島で行った講演の記録があって、そこにいくつかの図表が載っていたので、転載させていただく。

川薩
この記事は1997年3月26日の出来事だそうだ。キャプションによると、日本の原発が初めて地震の強い揺れに直接襲われた日なのだそうだ。直下型でマグニチュード6.2というのは相当のものだと思う。
川薩の川というのは川内のことのようだ。阿久根というのは地図で言うとこのへん。川内の隣町だ。

akune

そういえば、前にえびの地震というのもあったな。

それで、さっきの地震が3月だが、その2ヶ月後には川内を地震が直撃した。

川内

それ自体きわめてやばい話だ。次はまさに原発の直下だ。

だが、もっと恐ろしい話がる。見出しに「川内原発停止せず」と書いてある。二回目の地震のその時、九電は深度6弱でも原発を止めなかったのだそうだ。脇見出しには過去最大71ガルと書いてある。

止まったのは原発ではなく、原発を管理する人間の思考が止まったのだ。これが一番恐ろしいことなのだ。「止める」という発想がそもそもない。車にはアクセルとブレーキのペダルがあるが、ブレーキを踏むつもりがなければブレーキはブレーキではなく、たんなる飾り板でしかなくなる。


広瀬さんはこう語っている。

これは信じられない事です。
原子力発電所というのは危険ですから、普通の地震でも原子炉は止めるようになっているはずなんですが、
止めなかったんです。
「なぜ止めなかったのか?」
それは私は今もってですね、九州電力を信頼できない一番の根幹になっています。

それで今回の申請だが、なぜ通ったのかがわからない。断層なくして地震なしだ。10年ちょっと前には、あわやあと一歩という直下型地震があった。

とすればそこには断層があるのであり、それは定義上は紛れもない活断層ではないか。