念のため98年のルーブル危機についても調べてみました。

あまり資料はないのですが、調べた限りでの感想としては、たぶん98年危機のようなレベルに達することはないだろうと思います。

経済、財政、金融のインフラが当時とは比較にならないほど整備されています。当時のロシアはふっと息を吹きかけただけでも倒れるほどの脆弱さでした。エリツィン大統領はアル中で執務能力ゼロでした。その後、ルーブルは90%減価したところで、平衡を取り戻したのです。今回はそこまでは行かないのではないでしょうか。


1997年

7月 炭鉱労働者がシベリア鉄道を封鎖。エリツィン辞任をもとめる。

97年 石油価格は40%以上下落し、15ドル近辺までさがる。これによりロシアの政府債(GKO)の価格は暴落。

1998年

3月 エリツィン大統領、チェルノムイルジン首相を罷免し、セルゲイ・キリエンコを首相代行に指名。キリエンコは150%の超高金利政策により外貨の引き止めを図る。

7月13日 ルービン財務長官、200億ドルの緊急支援を承認。ロシア救済ではなくLTCM倒産の波及を恐れたためとされる。

7月20日 IMF、ロシアに対して226億ドルの緊急支援を発表。IMF拠出分の112億ドルが即時発動。多くは金持ち(オリガルヒ)のドル換金と海外送金に用いられたという。

8月17日 ロシア政府、「民間対外債務の限定的モラトリアム」を宣言(90日間支払停止)。これによりルーブル建て短期国債が債務不履行に陥る。同時に対ドルで最大24.7%の下落容認。実質的なルーブル切下げ。この後ルーブルが急落。

8月26日 ルーブル急落により対ドル取引の不成立が宣言される。

8月27日 為替取引を全面的に停止。

9月07日 対ドルの取引を再度停止。このあと1ドル5ルーブルから20ルーブル台へ下落した。

98年末 米国債売り・ロシア国債買いの裁定取引が破綻。LTCMなど大手ヘッジファンドが危機に追い込まれる。

98年 ロシアの貧困層が24%に達する。ソ連時代は2%。

1999年

1月 ロシア政府は利払い停止とルーブルの切り下げを発表。ルーブル相場は98年夏の水準から75%も下落する。外貨準備高は110億ドルに落ち込み、公的債務額はGDPにほぼ匹敵する水準に上った。ドル建てで資金調達していた銀行のほとんどが倒産。投資家の「質への逃避」により、深刻な外貨不足に陥る。


2008年 10年間の調整により、一般政府債務はGDP比8%まで減少する一方、外貨準備高は約6500億ドルと、世界第3位の規模に達する。