不破さんが京都で街頭演説して、そのなかでこう言っている。
自民党候補への一票は、日本の戦争を礼賛し、ふたたび日本を戦争する国に変える「ネオナチ政治」を助ける一票になる。
たしかにそういう危険はあるし、そういう点では警鐘を乱打しなければならないだろう。
おそらく、京都は朝鮮人学校を標的にしたハラスメントが行われた「本場」であり、これに対し京都地裁で画期的な判決がくだされ、それがつい最近最高裁で確定した、という経過を踏まえての発言でろうと思う。
ただ、自民党あるいは安倍政権を「ネオナチ」と規定することには、現時点ではためらいを抱かざるをえない。
少し正確に規定しておく必要があるだろう。
ネオナチを連想させる事実は三つある。
ひとつは在特会などのヘイトスピーチや自治体などへの不当な圧力、それに対する自治体側の屈服。
ひとつは権力側の極右団体(ネオナチと呼んでも良い)泳がせ政策。NHK人事に見られる右翼的人物の登用。
そして、安部首相自らによる数々のネオナチばりの発言や右翼的人物の登用。
である。
ただこれらは、改憲・機密防衛法、集団自衛権の動きと軌はいつにしていても、やはり分けて考えて置かなければならないと思う。
彼らを孤立させることは可能であり、現にある程度孤立させつつあると思う。しかし権力の側が本格的にテコ入れを計れば、情勢はまた大きく変わっていく。そういう危険性を秘めていると思う。
もうひとつ、欧州のネオナチを見ても分かるように彼らはある意味で社会の歪みの象徴としての側面を持ている。社会から疎外された若者が、歪められた方向性と暴力性を与えられて組織化されている、というのが事の本質である。ここを何とかせんと根本的な解決はなかなか難しい。