郊外のDIYの店に行くと、レジカウンターの脇に、千円メガネのコーナーと並んで廉価盤CDのコーナーがある。最近は落ち目だが、一昔前には歌謡曲のところに「本人歌唱」と銘打ったアルバムがあった。裕次郎とか美空ひばりのCDで、無名歌手のカヴァー盤よりちょっと高かった。
バッハのCDも一番高いのがグレン・グールドの本人歌入りヴァージョンで、これが長いこと定盤だった。
みんなが口を極めて褒めそやすから、バッハといえばこれしかないと思い込んでいた。しかしそのためにバッハが嫌いになった人が何人いたことか。
そこに敢然と立ち向かったのが、ほかならぬポリーニだった。
これはみごとにグールドのパロディーである。すなわち本人歌入りヴァージョンの麗しき伝統を守っている。
そのうえで、木魚ポクポクと念仏のグールドサウンドに見事に逆ネジを食らわせている。
ペダル踏みっぱなし、レガート&レガート、極端な急緩とデュナーミク、おまけに残響たっぷりサウンドだ。メンデルスゾーンを聴くようでもあり、所によってはベートヴェンを聴くようでもある。瞬間的にはショパンを聴くようですらある。
当然ながら短調作品がいい。第4曲の透き通る感じもさることながら、第8曲、第10曲の堂々たるフーガの押し出しはどうだろう。
万人におすすめするものではない。本人がそう思っている。こう演奏してどこが悪いんだという開き直りが見て取れる。その故に、そこには圧倒的な説得力がある。
それこそこれまでのポリーニになかったものだ。「ザ・スタンダード」の地位の放棄、完璧主義からの離脱である。
ペライアを愛聴してきたが、音質イマイチ。これからはポリーニだ。
(すみません。間違えましたペライアに平均律の音源はありませんでした)