日中に3時間も寝たから(それは3時間も仕事をしなかったということでもあるが)、変に頭が冴えている。クスリの「アスピリン効果」もあるのかもしれない。
既存の医学体系は、この恒温動物の温度管理システムの破綻と、それへの対応の体系として、もう一回整序してもよいのではないかと思いついたのだ。

まず「炎症」という症状である。Dolor, Calor, Tumor という炎症の三主徴は、動物が恒温性を獲得したことによって、恒温性維持のシステムの破綻が生命を脅かす存在となったことの象徴的表れではないか。
だから人間の炎症を理解するには、まず変温動物における炎症のあり方を研究して、それと恒温動物との違いを理解する必要があるのではないか。
とはいえ、これはあまりにも大問題であるから、とりあえずはおいておく。
人間の命が、変温動物的な命Aと恒温動物的な命Bの2階建てで成り立っているとすれば、自然死においてはBの失調→Aの失調→死というコースがルーチンのパターンとして描かれるのではないか。
とはいえ、これもあまりにも大問題であるから、とりあえずはおいておく。

人類史を考えてみると、イブの子どもたちが10万年前にアフリカを出て世界に散らばっていったわけで、彼らは何回かの氷河期を生き延びて、一番寒さに強かった連中は極寒のベーリング海峡を越えてアメリカ大陸に散らばった。現在アジアに住む黄色人種もほとんどがシベリア育ちの先祖だ。みんな寒さには強い。それがDNAに閉じ込められている。
おそらく500万年前にもオーストラロピクテスの一団が北を目指したが、コーカサスあたりで死に絶えた。100万年前には北京原人やジャワ原人に相当するような連中が世界を目指したが、これも絶滅した。100万年前にはネアンデルタール人が頑張って、いいところまで行ったが、これも10万年前に息絶えた。
彼らの恒温動物としての体温維持装置が不十分だったためだろう。そんなもんなんだ。体温維持装置というのは。
ホモ・サピエンスの場合はたまたまうまく行ったにすぎないのであって、装置が優れているのか、たまたま強い氷河湖がなかったためにうまく行ったのか、まだ判断はできないのだ。ネアンデルタールだって50万年くらいは頑張ったのだ。我が人類はたかだか10万年だ。

人間の命を考える時、ホメオスターシス(恒常性)というが、その中心にあるのが体温の恒常性だ。しかしこの「恒常性」は、発生学的に見ればできたてで、きわめてもろく不安定なものだ。はたして命にとって有利なものなのか、それとも生活範囲を広げるために何かを犠牲にして獲得したものなのか。
この「恒常性」への強迫観念が人間の行動パターンや精神、さらには価値観・文明まで規定しているような気もする。「恒常」でなくたっていいんだよ、もっと流れに身を任せて生きていく方法もあるんだよ、という声が聞こえてくるような気もする。