という文章を書いた。正確には「マケルナ会」の呼びかけを転載した。

ネトウヨからコメントを頂いた。

普段なら削除して無視するのだが、「国の品格と国益を損なう団体と改称すべし」と書かれてムラムラと来た。

私が生まれた時、国の品格はゼロだった。

軍部と政府・資本家たちが「国の品格」どころか日本のすべてをぶち壊したすえにドロンしたのだ。

浮浪児の写真を見ながら、「そこに写っているのは自分ではなかったのか」と反問する時、私を写している誰かは確かにもう一つの「日本」だった。

そんな「日本」に品格があったろうか。わずかでも品格が残っていたら、国民を見殺しにしながら、恬として生き残ることなどできたであろうか。

世間の風あたりが弱くなったのを見計らって、「昔はよかった」などとしゃしゃり出る人間の品格とはなんだろうか。

恥ずかしながら、私はそういう人間の驥尾に付しながら大人となった。

そういう人間は太平洋の島々で兵士に玉砕を命じながら、みずからはいけしゃあしゃあと戦後を生き抜いた。満州に開拓民を置き去りにしながら財宝を懐にして逃げ帰った。

腹かっさばいてお詫びしなければならなかったのに、頬ッカぶりして逃げまわった人間に、品格など語る資格があるのだろうか。

もし今の日本に品格があるとすれば、それは、そんな情けない「日本」をはじき出し、暮らしを建て直し、今の平和日本を作り上げた私たち戦後日本の努力の結果だ。国家の品格は私たちが作り上げたものだ。

親兄弟を異国の土と成し、全土を焦土と成し、大量の浮浪児を生み出した連中を、何故持ち上げなければならないのか。そのような輩に「国家の品格」など云々されたくない。