「浮浪児」について調べたり語ったりするのは、気の重い仕事である。明白に差別する側にいた自分の記憶が浮かび上がるからである。

「浮浪児」、あるいは「浮浪者」は歴史的な言葉で、今では死語ないし差別用語に属するものであろう。

私が子供の頃、浮浪児はかわいそうな人達というよりは怖い人達と受け止めていた。「悪いことをすると橋の下に捨ててくるよ」とか「サーカスに売って しまうよ」というのが母親たちの最高の脅し言葉だった。

だから道端でコジキをしている子供を見たり、サーカスで子供の芸人を見ると、怖さが先に立って、な るべく見ないようにしたものだった。

さんざん子供を脅かすくせに、乞食や傷痍軍人がいると、親は私に10円玉を渡して「やって来い」と命じるのだった。私はうつむき加減に目を合わさないようにして、恐る恐るかごにお金を入れると、一目散に逃げ出したものだった。

いま考えると、あの頃の大人はずいぶん薄情だったが、情は濃かったかもしれない。


私たちは毎日、仕事の行き帰りにホームレスを見ながら生活している。「それと同じではないか」と思うかもしれないが、やはり違うのである。

金田茉莉さんは下表のように整理している。


ホームレスと浮浪児の違い

   現代のホームレス  戦後の浮浪児
年代   成人した大人
   働ける年代である
  15歳以下の子ども
   働けない。保護が必要
寝る所   公園などに空色のテントなど
  張って、その中で寝る
  地下道などコンクリートの上で
  ごろ寝する
食べ物   賞味期限のきれた残飯はある
   ゴミ箱には食べ物がある
  食べるものが何もない
  物乞いするか、盗む
衣類   棄ててある衣類がある
  衣類には困らない
  衣服はボロボロ、垢まみれ
  虫がゾロゾロいる
家族   どこかにいるだろう
  親から独立した年代
  両親がいない。誰にでもある
  家庭そのものがなかった
学歴   義務教育(小中学校)は終了   小中学校さえいけなかった
 
浮浪児というのは戦争という理不尽の、あまりにも理不尽な結末なのだ。(ホームレスが理不尽でないとは言わないが)

最後に、金田さんのホームページ「戦災孤児」は膨大な内容をふくんでいるが必ずお読みいただきたい。