ジェノバの利子率革命というのは、F・ブローデルの『地中海』という本からの引用らしい。注によると、藤原書店の〈普及版〉で1~5巻におよぶという。とても手が出るものではなさそうだから、とりあえずネットで分かる限りの情報で我慢しよう。

まずはこのページから ジェノバ国債の暴落 – 1620年代に利回りが1%から6%に急騰

15~16世紀のイタリア北部は、毛織物の製造とワイン製造が盛んな経済力のある地域でした。そこでは、都市国家ジェノバの国債金利(4~5年物)が指標になっていました。発行量が多く、徴税権で保証された国債であったからです。

しかしイタリア北部の繁栄は、永遠には続きませんでした。

1.ブドウの生産量が頭打ちになります。未開の可耕地が消失したからです。

2.地中海貿易が、オスマン・トルコ帝国の台頭によって遮断されてしまいます。

3.コロンブスが新大陸を発見し、新しい市場が発見されました。

こうしてイタリア北部は没落していくのだが、その過程でジェノバ国債の利率が乱高下したようだ。

1555年 国債金利が9%に跳ね上がる。

1619年 国債金利が1.125%まで低下する。

「これは、確認できる長期金利の歴史において、2003年に日本の国債が1%割れを記録するまで破られなかった最低の水準です」と注釈が付けられている。

1620年代 国債金利が6%に跳ね上がる。

「これはジェノバ国債の買い手がいなくなったためです。イタリアは超低金利の後の金利急騰を経て、衰退していったのです」との注釈。

記事はこれだけなので、事実だけを突きつけられても、なんとも理解のしようがない。

ただ、この記事を読むとジェノバ・北イタリアという地域が経済力を失って没落していく過程で、国債の利子率の乱高下が併発したということは分かる。

正直言えば「そりゃぁ乱高下するだろうなぁ」という程度。水野和夫さんのように「そこに資本主義の秘密がある」と振りかぶるほどのものかという思いはある。

平常時では国債と証券はトレード・オフの関係にある。景気が良ければ投資は証券に向かうから国債の人気は下がる、つまり利率は上がる。逆に景気が悪くなれば国債に投資が集中し、利率は下がる。

ただ不景気が構造的なものとなり、長期化し、やがて国家の屋台骨を揺るがすようになれば、国債からの逃避が起きる。そして最後にはジャンク化する。

この経過をジェノバも辿ったに相違ないということだ。そこには「革命」のカの字もない。それだけなら大騒ぎするほどのこともない。

それでは、なぜジェノバ、ジェノバと大騒ぎするのか?


次が水野さんを盛んに持ち上げている「アゴラ」の解説 400年ぶりに起きているデフレと長期不況(利子率革命) 藤井 まり子

まず冒頭に「利子率革命」の定義。

「利子率革命」とは、デフレと長期不況が異常に長く続く現象を指す。

これは言葉遊びだ。なぜなら世界中が長期不況の氷河期状況にあるからだ。まぁ先に進もう。

400年前の中世末期のイタリア・ジェノバでも、国債の金利が異常に低い時代が20年もの長きに渡って続いた。

この「利子率革命」の前後を丹念に調べてゆくと、明らかに、様々な点で「歴史的大転換」が起きていることが分かる。「中世が終わり、近代が始まった」のである。

と、以下近代の始まりが叙述されていくが省略。

最後が面白いところ、

中世イタリアのメディチ家は、低金利の国債を買い続けるのが馬鹿馬鹿しくなって、東インド株式会社の株式を購入し始めた。ジェノバ国債の金利も、ある日を境に、およそ6%近くまで急騰する。

そしてジェノバは経済史の表舞台から姿を消すことになる。


面白いが、所詮は「中世の没落」の一エピソードだろう。「革命」と言うほどのものではない。

はたしてジェノバの国債が、金融市場にどの程度の影響力を持っていたか分からないし、市中金利との関係も不明である。

近代資本主義の曙を語るのなら、他にもっと総合的な分析もある。中でも「資本主義」の名付け親であるマルクスが出色だろうと思う。