先進国のネオリベと途上国のネオリベ
7年前に書いた文章を再掲しておく。洞爺湖サミットの対抗サミットにおいて、北大の橋本教授との議論を通じて考えたものである。
その時私は、ネオリベラリズムというのはチリのピノチェト政権下で推進されたシカゴ・ボーイズの諸政策をさして用いられ始めたた言葉であり、そこからワシントン・コンセンサスへとつながる流れをネオリベとして限定的に扱うほうが良いのではないかと提起した。そしてポストケインズ、ポスト福祉国家論としてのレーガノミクス、サッチャリズムなどに繋がる流れとは混同しないほうがいいと主張したのだが、それを聞いた橋本教授が一瞬「キッ」となったのを覚えている。
整理すればこういうことだと思います。
1.ネオリベラリズムは三段重ね
まず具体的な政策論としては、ドメスティックには日本でもおなじみの「構造改革」論があり、グローバルには「ワシントン・コンセンサス」(米財務省・IMF)としてまとめられた10か条の御誓文がある。
これを補強する経済理論として「マネタリズム」(フリードマン)がある。マネタリズムというのはマネー・サプライ(通貨発行)が経済規模と成長を規定するという考えで、有効需要が成長を規定するというケインズ経済学に対抗する理論である。
さらにポスト・モダン理論として、ケインズ経済学とマルクス経済学を串刺しにして「福祉国家」の終焉を打ち出し、市場原理のワイルドな世界の復活を説くネオリベラリズムの思想(ハイエク)がある。
という三段重ねの構造です。
2.「構造改革」は先進国におけるネオリベ政策の総称
グローバリゼーションという歴史のトレンドがあり、この大波のなかで「福祉国家」を中心とするこれまでの政策体系が崩壊した。これに対し、先進国経済と社会を守るための枠組みが模索されているのが現状である。
その中で、保守層の打ち出した延命策として「構造改革」という枠組みが提示されている。
うんと上品に言えば、こういうことになるでしょう。しかしそれは本当の延命にはなりません。
3.ワシントン・コンセンサスは途上国におけるネオリベ政策
字面はほとんど同じですが、その目的は債務関連に限定される一方、破壊的影響力はすさまじい。先進国では福祉国家が曲がりなりにも実現しており、そこからの出発だが、途上国にはそもそも福祉国家など存在しない。
実際の手法としても、ワシントン・コンセンサスを形成した連中は正統派マネタリズムではなく、マネタリズムもどきでしかない。だから両者は分けて考えなければならない。
3.「世界帝国」とネオリベ
グローバリゼーションが歴史のトレンドとして必然だとすれば、その先に見えてくる一つの可能性として 「世界資本主義」あるいは「超帝国主義」というものが浮かび上がってきます。アントニオ・ネグリの世界です。そこでは少数のワールド・チャンピオン資本がユニバーサルに支配を及ぼし、その下で先進国であろうと途上国 人民であろうと、ひとし並の搾取・収奪を受けることになります。
そのとき構造改革はワシントン・コンセンサスと一体化し、「各国版」としてその一部となり、ネオリベラリズムは本願を成就することになるでしょう。
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