土曜の夜はなんとなく、撮りためた映画を見て夜更かししてしまう。
この間は終戦前夜に物資の秘匿作戦にあたった秘密グループが、作業にあたった女学生たちを毒殺してしまうという話だった。「倍返し」で有名になった俳優が主役だった。
どうでもよいといえばどうでもよいのだが、女学生が整列し号令をかけるときに、「イチ、ニ、サン、ヨン…」というのが気になった。
「イチ、ニ、サン、シ…」だろう。9は「キュー」ではなく「ク」なのだ。
私は昭和20年代の後半に小学校に入ったが、秋の運動会の練習というのが半月ほど続いた、白い帽子に紐付きで、ひたすら行進だった。
「せいれつ!」と言われると、両手を真っ直ぐ前にあげて、前の生徒の肩に指先が触れるのが前後の間隔で、「右に倣え」と言われると、右手を腰に当てて曲がった肘の先が隣の生徒に触れるのが左右の間隔だった。
「気をつけ!」で直立不動、この時は顎が引けてないと先生に顎を掴まれた。「休め」は足を肩幅に広げ、手を後ろに組むことになっていた。
行進はその場足踏みからで、そのうちにレコードの行進曲がかかり始め、「全体―前へ―、進め!」で行進が始まった。さすがに軍歌ではなくスーザだったと思うが、君が代行進曲はしっかり覚えている。止まるときは「全たーい―、止まれ!」で、その後左、右と踏んで止まる。止まった時は直立不動だ。「休め」の号令がかかるまではそのままだ。
その後校長先生の式辞があって、そのあとは「まわれ、右」、右足を後ろに半歩、その足を軸にして180度回転、右足をもどす。それから君が代と国旗掲揚である。
静岡の田舎ではこれが常識だったのである。一種のマスゲームなんだろうね。
それで、少人数の整列は一列横隊で、並び終えると「番号」と声がかかり、1,2,3,…となるのだが、これがヨンとでも言おうなら、たちまち「元い!」と叫ばれる。これが何度か繰り返されると、先生が出てきてビンタが飛ぶという具合だ。ひどい時は連帯責任だと言って全員にビンタが飛ぶ。
この先生、休憩時間には銃剣術を披露するのが得意だった。
こういう世界で育つと、おなじ民主主義者でも、街場育ちの人とは若干肌色が違うかもしれない。
最近の戦争もの映画を見ると、なんとなし、だらしなさにイラつくこの頃である。

運動会の歌
城山高く、秋深し
田の面をみなぎる黄金色、
今日ぞ迎ゆる運動会
日頃鍛えしこの体、日頃磨きしこの業を
振るえや振るえよいざともに