「今井家の10年」を考える

AALAの例会で「ファルージャ」という映画の上映会を行った。映画の題名はそれ自体がメタファーだ。

つまりイラクのファルージャを描いた映画ではなく、2004年4月にファルージャで人質となった若者の、その後の10年を描いたものだ。

例会には今井くんのお母さんが来てくれて、今井家の家族の歩みを物語ってくれた。それは圧巻だった。誰かが録音したようなので、いずれ起こせたらと思っている。

事柄の性格上、あまり細部にわたって語ることは出来ないが、私の着目したのは家族の一人ひとりの立ち直りの心的経過だった。

今井くん本人の自立への経過は、映画を見ればわかるので省略する。ただお母さんの話では、在日コリアンの青年との交流がとても大きな影響を与えたそうだ。なんとなく分かる気がする。

お母さんの場合は、NHKの番組作成にあたって、長時間・数次にわたるインタビューがあり、そこで徹底して過去を振り返ることで、気持ちが整理できてスッキリしたのだそうだ。

(こういうスタッフも居るのだから、簡単に「受信料拒否」などと言ってはいけないだろう)

他のご家族の話も伺い、それぞれの立ち直り方に非常に感銘をうけたのだが、今ここでは語れない。

結論として、今井家のすべてのメンバーは、それぞれのやり方で立ち直り、今井家は立派に一つの家族として弥栄である。


ここから先は私の感想だが、想像を絶するな災難が飛び込んできた時、それが邪悪な意思の塊としてぶつけられた時、人間はどう対応すべきものなのかということだ。

短期的には、気を失う、逆に無きもののように振る舞う、ウツになって閉じこもるなどの対応が考えられる。

しかし中長期には、それだけでは済まない。忘れること、状況からトンズラすること、慣れることの3つの選択肢しかない。みずからの存在を物理的に否定する選択はあってはならない。

忘れることはいかなる状況においても有効な心理的機転だ。しかしフラッシュバックという厄介な現象を伴う不完全な機転だ。しかも歪められた人間関係や信頼関係がそのまま固定されてしまう危険をはらむ。

状況を離脱するのは、それが可能であれば根治療法となる。しかし完全な形での離脱はほとんどの場合不可能だし、そこには異邦人として新たな葛藤が生まれる危険もある。また、歪められた人間関係や信頼関係は、そのままの形で凍りついてしまう。

したがって、対応の基本としては“慣れる”ことしかない。では、“慣れる”とはどういうことなのか。

1.状況を把握すること

2.状況に順応し行動と生活のスタイルを変えること

3.新しい生き方を確立すること

これに“正しく”という副詞をつけなくてはならない。そうしないと誤作動してしまう。1.の過程抜きでも2.は可能だが、それでは3.は達成できない。

1.の作業には、状況がどう変化したかということと、変化により生まれた新たな状況とはどういうものかの、二つの認識過程がふくまれる。それには、苦しいことだが「振り返り」の作業が不可欠である。

変化が不条理なものであればあるほど、気分に流されない把握が必要になる。多分それは“行きつ戻りつ”の過程になるのだろうが。

時間(忘却作用)の助けを借りながら、時によっては長短の小離脱をはさみながら、それを生活化することと、それをも織り込みながら新たな生活を作り上げていく…、これが慣れるということの一般的な意味である。


ただし、今回のような憎しみと、恨みの応酬という関係はこれだけでは収まらない。

私には、「人類愛の獲得」という過程が不可欠であるように思う。“人間への信頼感”と言っても良いのだが、もう少し強い感情だ。「人間ていいものだ、人生ってなかなかのものだ」という感慨である。

ききかじりで申し訳ないのだが、昔トマス・アキナスという神学者がこう言ったそうだ。

神の愛(アガペー)とは、「事物」に対する「存在」の無償の付与にある。愛のもとでは、存在すること自体が「善」であり、事物における「存在の欠如」は「無」である。最悪の悪は「無」である。

トマスが言う「存在」というのは意味、あるいは意義ということだろう。

トマスは善と邪悪なるものの対立という図式を退けている。

私が思うには、時間軸上のゼロ点を災難の発生時に持って来なさいということだろう。そこからの出発だ。そうすると災難は邪悪なものではなく、生活を構築していく上でじゃまになる事物にしかならない。

それらの事物には「意味」は無いのだから、避けて通るか、邪魔なところだけ取り除ければいいということになる。私たちの目標は私たちの生活に意味を持たせることであり、それは人々との間に見晴らしのいい、生き生きとした関係を結ぶことにあるのだから。

「言うはやすく、行うは難い」ことではあるが、そういう人との交わりをどう形成していくかが問われていくのであろう。

*映画鑑賞をご希望の方は北海道AALAへ(Tel 011 747 0977)