手塚英孝「小林多喜二 文学とその生涯」という本が出てきた。
本棚の一番上に平積みにしてあった。ホコリまみれでタバコのヤニで変色している。
これは伝記ではなく写真集だった。1977年の発行で定価3千円というからかなりのものだ。青木文庫の「全集」はどこに潜ったか、おそらく発掘不能だろう。
伊藤ふじ子の名は年譜に一度だけ登場する。
1932年4月中旬、伊藤ふじ子と結婚。
これだけだ。
最近明らかになった各種情報から見て、手塚はもっと多くを知っていた。本人や旦那とも接触があった可能性がある。
印象としては、かなりの確度で、手塚はふじ子とふじ子に関わる事実を隠そうとしていたと見て良いと思う。
1981年にふじ子は死んでいる。だからこの本が出たときふじ子は生きていた。だから江口の意見はもっともだと思う。
しかしふじ子が亡くなり旦那も亡くなって、不名誉な噂だけが残されるのはやはり困るのである。やはり、どこかもうう少し早い時点で積極的に事実を明らかにすべきではなかったか。
さらに言えば、事実を明らかにしなかった事実とその理由を述べるべきではなかったか、そういう思いはどうしても残ってしまうのである。